中原中也の身体意識
一、はじめに 私は近代文学を専門とするものではない。心理学の研究者である。そ れなのに、なぜ中原中也について論じようとするのか。まず、そのいき さつを書くことからはじめる。 私は心理学の立場から、ここ数年、疲労したときや病気のときの身体 症状の言語表現について考察してきた。その一滴として、日本人の肩こ りの特異性に注目し、 身体意識との関連を論じ飢。この中で、﹁肩がこ る﹂という表現のはいった文学作品として、中原中也の詩を二篇紹介し た。それは﹁蛙声﹂と﹁味嘆調﹂である。﹁蛙声﹂は彼の第二詩集﹃在 りし日の歌﹄の最後に、﹁味嘆調﹂は全集の未刊詩篇の中にでているも のである。 蛙 声 天は地を蓋ひ、 そして、地には偶々池がある。 その池で今夜一と夜さ蛙は鳴く・・・・: 1あれは、何を鳴いているのであらう? その声は、空より来り、 空へと去るのであらう? 天は地を蓋ひ、 中原中也の身体意識 ︵吉竹︶ ± 1コ 竹 人文学部 そして蛙声は水面に走る。 よし此の地方が湿潤に過ぎるとしても、 疲れたる我等が心のためには、 柱は猶、余りに乾い・たものと感はれ、 頭は重く、肩は凝るのだ。 さて、それなのに夜が来れば蛙は嗚き、 その声は水面に走って暗雲に迫る。 博 心理学研究室 味嘆調 悲しみは、何処まででもつづく 蛮土の夜の、お祭のやうに、その宵のやうに、 その夜更のやうに何処まででもつづく。 それは、夜と、湿気と、矩火と、掻き傷と、 野と草と、遠い森の灯のやうに、 頭をめぐり少しばかりの傷を負はせながら過ぎてゆく、 それは、まるで時間と同じものでもあるのだらうか? 胃の疲れ、肩の凝りのやうなものであらうか、九二 いか この 高知大学学術研究報告 第三十七巻 ︵一九八八年︶ 人文科学 のゆえであらうか つづく悲しみの小さな小さな無数の群は。 それ、はボロ麻や、誹に吹く、 夕べ野道を急ぎゆく、漂泊の 何処までもつづく此の悲しみ は民忿夕べの風の族であらうか?であらうか? はや頚を真ッ直ぐにして、ただ諦めてゐるほかはない。⋮⋮ ︵後略︶ 私はその後も折にふれて、コ肩がこる﹂という言葉のはいった詩がな いかさがしてみた。コ肩がこる﹂をI eel uneasyという比喩的な意味で 使ったものとしては、堀口大学の距があったか、、身体症状を表現するも のとしては、中原中也のほかには見つけることができなかった。このこ とは、中原が身体感覚に大変敏感であったことを示すものではないかと 思われる。﹁肩がこる﹂というのは、﹁頭が痛い﹂とか﹁歯が痛い﹂とい うような症状に比べると弱いものだからである。肩関節周囲炎のような 病気の場合はともかく、疲労の症状であればさほど強いものではない。・ 彼がこれを疲労の症状として使っていることは、次のような表現から推 測できる。﹁蛙声﹂では、﹁頭は重く、肩は凝るのだ。﹂と﹁頭が重い﹂ と対になっているが、﹁頭が重い﹂と’いうのは、疲労の症状としてよく ︵3︶ ・ 1 一 ︱出現するものである。また、この二行前に﹁疲れたる我等が心のために は﹂というのがある。﹁味嘆調﹂では、コ屑の凝り﹂が﹁胃の疲れ﹂と 対にして用いられている。 そこで、あらためて中原の詩を読み直してみると、﹁胸﹂とか﹁腕﹂ というような身体語が頻出することに気がついた。身体語の頻出と身体 感覚の鋭さとは関係あるとみられるから、まずはじめに、身体語の統計 をとってみることにした。 ニ、身体語の統計 大岡昇平編﹃中原中也詩集﹄︵岩波文庫、昭56︶にもとづき、 ﹃山羊の歌﹄︵昭9、四四篇︶ ﹃在りし日の歌﹄︵昭13、五八篇︶ の中か ら、身体語をぬき出してみた。ここで身体語というのは、身体部 位の名︵﹁血﹂とか﹁身﹂とか﹁からだ﹂を含む︶、身体部位名をふくん だ表現︵例えば﹁猫背﹂︶、並びに分泌物の名︵﹁涙﹂、﹁汗﹂など︶であ る。﹁立腹﹂とか﹁目ざめる﹂というような比喩表現や﹁貝の肉﹂のよ うな動物に関するものは除いた。これが表1、表2である。頻度の多い ものから順に並べた。︹ ︺内は関連した語である。 中原中也『山羊の歌』(44篇)の身体語 )内は例数。数字のないのは1例である。 表1 ( 『』 唇 〔貳 騒 趾頭〕
L一aw歯寡作JI鮭皿四身岫
手(13) 涙(8) 胸(8) 目(7) 〔眼(3)、眼(3)、瞳(2)、目玉〕 腕(7) 〔腕〕 合計 102 102/44=2.3 血(6) 〔血管、静脈管〕 頭(5) 口(3) 顔(2) 額(2) 〔顛〕 頭(2) 〔頚、顛すじ〕 髪 かみげ しらが 〔髪毛、白髪〕表2 中原中也『在りし日の歌』(58篇)の身体語 手(10) 〔手真似(2)、握手(2)、 てくび し●ち●ぅ 手頚、手中、手付き〕 胸(7) 〔胸乳〕 頭(6) 瞳(6) 身(6) 眼(5) まなこ〔眼(2)、眼付(2)、 目、眼玉、近眼、 瞼〕 腰(5) 骨(5) 顔(4) 〔笑顔〕 額(3) 汗(3) 面(2) 顛(2) 〔頭条〕 肩(2) 涙(2) 唇(2) くちづけ〔くちびる、接唇〕 耳 頬 顎 ぁぎと〔顎〕 舌 歯 髪 〔黒髪、髪毛〕 首 のんど 咽喉 背中 指先 誹 足 C裸足〕 膝 尻 心臓 胃袋 肺病 ’からだ 肉 肌 〔肌〕 白血球 合計116 116/58 =2.0 これらの表から、身体語が大変多いような印象を受けるが、このよう に結論づけるためには、他の詩人との比較をしてみなければならない。 そこで、中原と同じく、昭和初期の代表的な抒情詩人と評価されている 伊東静雄と立原道造の詩と比べてみることにした。いずれも、中原と同 じく早死した詩人︵中原は三〇歳、伊東は四六歳、立原は二五歳で死去︶ であり、作品の数があまり多くなく、比較をするのに便利である。 伊東については、桑原武夫・富士正晴編﹃伊東静雄詩集﹄︵新潮文庫、 昭32︶にもとづき、 ﹃わがひとに与ふる哀歌﹄︵昭和10、二七篇︶ ﹃夏花﹄︵昭15、L一四篇︶ 九三 中原中也の身体意識 ︵吉竹︶ 表3 伊東静雄詩集の身体語 『わがひとに与ふる哀歌」 (27篇) 「夏花」 (24篇) 『春のいそぎ」 (21篇) 目(5) 〔、目〕 手(2) 半身(2) 〔身〕 耳 唇 胸 肺病 肩 ’趾 〔洗足〕 目(6) まなこ ひとみ〔眼、瞳、眸〕 耳(2) 胸 毛髪 のんど 咽喉 指 手足 膝 身 体温 手(4) 目(3) 〔眼、まなこ、まみ〕 耳(2) 顔(2) 〔かほ〕 涙(2) 指(2) 額 頬 ひぢ 足 脚 身体 血 合計 18 18/27=0.6 合計 19 19/24=0.8 合計 26 26/21 = 1.2 ﹃春のいそぎ﹄︵昭18、二一篇︶ を対象にした。これらの中から、身体語をぬき出しだのが表3である。 立原については、﹃日本の詩集11、立原道造詩集﹄︵角川書店、昭43︶ より ﹃萱草に寄す﹄︵昭12、一〇篇︶
九四‘高知大学学術研究報告 第三十七巻 ︵一九八八年︶ 人文科学 ﹃暁と夕の詩﹄︵昭12、一〇篇︶ を対象にした。結果を表4、に示した︵立原の場合、作品の数が少ないの で、﹃両詩集を合併した値で示した﹄。’ 表4 立原道造詩集め身体語 「萱草に寄す」ギ. 『暁と夕の詩』(20篇) 瞳(7.) (賞用、鴎レ 眼(2ぅ 涙(幻 , 腰で2・)` 顔 〔横顔〕 耳 ‥● 唇 ` 1 手 ゛ 〔手つき、掌〕 足. ・ 、 身ぶり 身動ぎi 合計■・26 26/20=1.3 これらの表から、どのよ、うなことが読みとれるか。まず、一篇あたり の身体語数をみると、表5のようになる。中原は二・一、伊東は〇・八、 立原はI・三であり、中原が圧倒的に多いことがわかる。伊東の二・六 倍という多さである。中原の詩に身体語が頻出するという印象が数字で 裏づけられたことになる。また、詩集ごとにみると、表1、表2の最後 に示したように、﹃山羊の歌﹄の場合が二・三、﹃在りし日の歌﹄の場合 が二・〇となり、ほぼ等しい。このことは、中原の身体への強い関心が 一貫していることを示すものである。 次に、これらの身体語の内容が一般的なものであるかどうかをみるた めに、基礎語彙の中に含まれているものがどの位あるかを調べることに した。中原らの詩の書かれた昭和初期、東北大学教授で英文学者の土居 光知は、イギリスのオグデン︵ogden。 C.K.︶のBasic Englishになら い、基礎日本語としてI〇八五語を選んだ。この中から、私か身体語を 表5 1篇あたりの身体語の数 、中原中也 102十116 218 = =2.1 44十58 102 伊東静雄, 18十19十26 63 27十24十21 72 ・立原道造 26 -=1.3 20 表6 土居光知の基礎日本語の 中の身体語(35語) 体、頭、髪、毛、顔、目、涙、耳、鼻。 口、唇、、舌、歯、願(あご)、喉、頚、 肩、胸、腹、手、指、爪、腰、膝、足、 脳、神経、心臓、肺、胃、肉、血、骨、 皮、筋=・ / ぬき出したのが表6である。全体で三五語である。 表1から表4に示した中原、伊東、立原の身体語の中に、土居による 基礎日本語の中の身体語︵以下、基礎身体語と呼ぶ︶がどの位含まれて いるかをみたのが表7である︵完全に語形が同じ場合でなくても、意味 が同じならば同一と判定した︶。共通のものに○をつけて示した。 中 原の場合は、基礎身体語の八五・七%が使われている。基礎身体語の大 部分が使われているわけで、これは驚くべきことである。身体に対する 広範囲の関心がここからうかがわれる。伊東の場合は、四五・七%で半 分以下である。立原の場合は、二五・七%ときわめて少ない。﹁立原の詩 には人間の肉体が感じられない﹂という批評がこの数字からうなづける。 そこで、このような結果を頭において、表1から表4をあらためて見 てみると、いくつかの特徴がうかびあがる。まず、中原の場合である。 ﹁静脈管﹂とか﹁白血球﹂のように、日常会話で使われる言葉というよ りは医学用語といった方がよいものが使われている︵これには、中原 の父親が医者であることが関係しているかもしれない。︶。また、﹁誹﹂
表7 基礎身体語との重なり 中原 伊 東 立原 A B C D E F 腹 手 指 爪 腰 膝 足 脳 神経 心臓 肺 胃 肉 血 骨 皮 筋 ○ ○ ○ ○/○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○、 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 比率 30 (85.7%) 16 (45,7%) 9 (25.7%) 中原 伊 東 立原 A B C D E F 体 頭 髪 毛 顔 目 涙 耳 鼻 口 唇 舌 歯 願 喉 頚 肩 胸 ○ ○ ○ ○ ○ O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O ・ ・ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 0 ,0 0 F「萱草に寄す」 十「暁と夕の詩」 A「山羊の歌J Crわがひとに与ふる歌」 B「在りし日の歌土D「夏花」 E「春のいそぎ」 ぬか みみのは のんど あぎと はだえ うなじ ﹁顛﹂、﹁耳菜﹂、﹁咽喉﹂、﹁顎﹂、﹁肌﹂﹁顛条﹂のように、特殊な字や凝っ た呼び方をしているものがあることに気づぐ。このようなことも、中原 の身体への強い関心を示すものといえよう。・伊東や立原の場合には、こ のような言葉は使われていない。ただ、立原については、﹁瞳﹂の使用 頻度が非常に多いことが目立つ︵﹁瞳﹂は基礎身体語の中にはないもの である︶。さらに、﹁瞳﹂と﹁眸﹂を使いわけていることにも気づく。こ のことは、立原が﹁ひとみ﹂に強い関心を持っていたことを暗示してい る。彼の詩のかもしだすセンチメンタルな少女趣味の雰囲気は、このこ 九五、 中原中也の身体意識 ︵吉竹︶ とと関係あるものと思われる︵昔の少女雑誌の表紙を想起されたい。そ こには、異常に大きな﹁ひとみ﹂を待った少女の顔がえがかれていた︶。 三、身体感覚の鋭さ 以上のことから、中原中也が身体に対して強い関心を持っていたこと が証明できた。このことを念頭に置いて彼の詩を読んでみると、身体感 覚の鋭い表現が多いことに気づくのである。最初に引用した﹁蛙声﹂と ﹁味嘆調﹂以外にも、次のような詩がその実例である。 秋の消息 麻は朝、人の肌に追ひ鎚り’ 雀らの、声も硬うはなりました 煙突の、ヽ煙は風に乱れ散り 火山灰掘れば氷のある如く けざやけき顧気の底に青空は 冷たく沈み、しみじみと 教会堂の石段に 日向ぼっ・こをしてあれば 陽光に廻る花々や 物蔭に、すずろすだれる虫の音や 秋の日は、からだに暖か 手や足に、ひえびえとして
九六 高知大学学術研究報告 第三十七巻 ︵一九八八年︶ ︵人文科学︶ 此の日頃、広告気球は新宿の 空に揚りて漂へり ﹁からだに暖か﹂というのは、全体的な体感を示しているが、それを 分析的にとらえると、﹁今や忿に、ひえびえとして﹂というように、矛 盾して知覚されることを示唆している。 ﹄或る男の肖像 ’1 ’` 、 ︵略︶ 2 −幻滅は鋼のいろ。 髪毛の艶と、 庭に向って、 ラムプの金との夕まぐれ、 開け放たれた戸口から、彼は戸外に出て行った。 剃りたての、頚条も手頚も どこもかしこもそはそはと、寒かった。 開け放たれた戸口から 悔恨は、風と一緒に容赦なく 吹込んでゐた。 読書も、しむみりした恋も、 暖かいお茶も黄昏の空とともに 風とともにもう其処にはなかった。 ︵略︶ ﹁順条﹂と﹁手順﹂というように具体的な身体部位を示して、寒さの 感覚をきわめて分析的にとらえている。 僕が知る 僕には僕の狂気があ。る 僕の狂気は蒼ざめて硬くなる かの馬の静脈などを想はせる 僕にも僕の狂気がある. それは張子のやうに硬いが 張子のやうに破けはしない それは不死身の弾力に充ち それはひょっとしたなら乾咆であるかも知れない それを小刀で削って薄っぺらにして さて口に入れたって唾液に反撥するかも知れない 唾液には混らぬものを 恰かも唾液に混るやうな格構をして ぐっと嘸み込まなければならないのかも知れない ぐっと嘸み込んで、扨それがどんな不協和音を奏でるかは、僕が知る ﹁文学界﹂昭和12年CJ月号の中原中也追悼号に、中也の遺稿として掲 載されたものである。﹁静脈﹂︵馬の静脈であるが︶、﹁口﹂、﹁唾液﹂︵三
回でている︶と身体語が頻出している。特に、﹁唾液﹂という言葉が、 たて続けて三回でてきて、読むものに異様な感覚がかみかかとせまって くる。﹁奇妙な中也自身の生理感覚とでもい今べきものを孕んでい挺﹂ 詩である。 夏 血をはくやうな、倦うさ、たゆけさ 今日の.日も畑に陽は照り、麦に陽は照り 睡るがやうな悲しさに、み空をとほく 血をはくやうな倦うさ、.たゆけさ 空は燃え、畑はつづき 雲浮び、眩しく光り 今日の日も陽は炎ゆる、地は睡る 血をはくやうなせつなさに。 嵐のやうな心の歴史は 終焉ってしまったもののやうに そこから繰れる一つの緒もないもののやうに 燃ゆる日の彼方に睡る。 私は残る、亡骸としてI 血を吐くやうなせつなさかなしさ。 こ﹂れは﹁倦うさ﹂という表現があるように倦怠感をうたったものだが、 ﹁血を吐くやうな﹂とあるように、身体的な強い不快感としての倦怠感 九七 中原中也の身体意識 ︵吉竹︶ である。 次に示すのは、全集の未刊詩篇の中にある、題名もずばり﹁倦怠﹂と いう詩である。 倦 怠 倦怠の谷間に落つる この真ッ白い光は、 私の心を悲しませ、 私の心を苦しくする。 真ッ白い光は、沢山の っぷや かきけ倦怠の咳きを掻消してしまひ、 倦怠は、やがて憎怨となる かの無言なる惨ましき憎怨⋮⋮ 忽ちにそれは心を石と化し 人はただ寝転ぶより仕方もないのだ 同時に、果たされずに過ぎる義務の数々を 悔いながらにかぞへなければならないのだ。 たる意識の裡に、眼光らせ死んでゆくのだ ﹁午睡から覚めたばかりのやうに/呆然たる意識﹂というのは、倦怠
九八 高知大学学術研究報告 第三十七巻 ︵一九八八年︶ ︵人文科学︶ の本質をよくとらえている。この詩で表現されている倦怠感は、前の ﹁夏﹂と比べてみると、身体的というよりも心理的な側面が強くでてい るように思われる。 ところで、倦怠感というのは﹁動くのもいやなほど、だるく感ずるこ と﹂︵﹃岩波国語辞典、第三版﹄︶であるから、﹁だるさ﹂を基調とする 感覚である。これは﹁ねむけ﹂ 症状が疲労感の第一因子と考えられ とも関係が深く、﹁ねむけとだるさ﹂の られている。このような観点から、﹁ねむ い﹂という言葉。の頻出する次の詩は、中原の倦怠感との関連で興味深い。 冬の明け方 残んの雪が瓦に少なく固く 枯木の小枝が鹿のやうに睡い、 冬の朝の六時 私の頭も睡い。 鳥が啼いて通るI 庭の地面も鹿のやうに睡い。 −林が逃げた農家が逃げた、空は悲しい衰弱。 私の心は悲しい⋮⋮ やがて薄日が射し 青空が開く。 上の上の空でジュピター神の砲が鳴る。 −四方の山が沈み、 農家の庭が欠伸をし、 道は空へと挨拶する。 私の心は悲しい⋮⋮ 朝の疲労感をうたったこの詩は、朝の目ざめのときの倦怠感をうたっ た﹁朝の歌﹂︵初期詩篇の代表作と評価されている︶と通底するものが ある。 朝の歌 天井に・朱きいろいでぃ 戸の隙を`洩れ入石光、・ 鄙びたる 軍楽の憶ひ 。‘ 手にてなす なにごともなし。 小鳥らの うたはきこえず 空は今日 はなだ色らし、 倦じてし 人のこころを 諌めする なにものもなし。 樹脂の香に 朝は悩まし うしなひし さまざまのゆめ、 森並は 風に鳴るかな ひろごりて たひらかの空、 土手づたひ きえてゆくかな うつくしき さまざまの夢。
かくして、中原の疲労感と倦怠感とが結びつくことになった。と‘ころ で、疲労感をうたった﹁蛙声﹂は、最初にのべたごとく第二詩集﹃在り し日の歌﹄・の最後をかざっている詩である。・このことは、中原の詩の評 価におい’てかなり重要な意味を持っているものと思うQである。この詩 が彼の詩業の総決算であると考えるのは、疲労研究者の偏見だろうか。 四、おわりに 以上のような私の分析は、波多野完治の文章心理学の方法を適用した ものである。彼は次のようにのべている。﹁ある作家のスタイルが確立 しているとすれば、その作家のスタイルは必ず外部にあらわれているは ずである。だから研究者が充分慎重ならば、彼は必ず作家の本質を外部 的なものを通して、スタイルを通して把握することが出来るに相違ない。 我々の感覚は未熟であるから、この外部的表徴を必ずとらえうるとはき まらないのであるが、理論的にはこのことは不可能ではないはずなので ある。﹂ ここで問題は、﹁外部的表徴﹂として何をとらえるかである。波多野 は、久米正雄の小説の中の﹁みる﹂という表現の統計をとり、感覚生活 との関連を論じた。大沢博は、石川啄木の歌稿ノート﹁暇ナ時﹂でくり 返し使われている感情語を抽出し、この時期の啄木の感情の構造を解明 しようと試みた。 私は中原中也の詩の﹁外部的表徴﹂として身体語に着目して分析した。 このことによって、彼の詩の一面をとらえようと試みたわけである。 ︵中原の詩から受ける近しい感じと身体語の多さは、いくらか関係ある かもしれない。およそ、我々にとって、身体ほど﹁身近か﹂なものはな いからである。︶このようなアプローチの仕方に対しては、﹁外貌は手が かりなのであって、作者の本質はどこまでも読者の内面的理解にまたね 九九・ 中原中也の身体意識‘︵吉竹︶ ばならぬ﹂という主張があろう。このことは正当であると思うが、﹁内 面的理解﹂をしすぎることも問題があるのではないか。いささか深読み をしすぎるということが、文学の研究に多いように︵文学の研究者でな いものにとっては︶思える。中原の詩の底流として倦怠感があるとする 見方は多い。例えば、大岡信によれば、中原の詩は﹁生の倦怠をうたっ て、昭和抒情詩の一頂点をなす﹂ものである。ところで、我々が日常生 活で体験する倦怠感というのは︵病気の場合を別にすれば︶、大変微妙 でとらえにくいものであるから、これに注目しこれを表現するためには、 まずもって身体感覚が鋭いことが要求される。このような鋭敏な感覚と 豊かな詩的才能があいまって﹁昭和抒情詩の一頂点をなす﹂詩が書けた と思うのである。﹁倦怠の倫理﹂というような、一見高尚で意味のよく わからないことを論ずる前に、﹁倦怠の生理・心理﹂の面から中原の詩 を分析することがまず必要であると私は考える。 注 ︵1︶ 吉竹博﹁﹁おつかれさん﹂の研究﹂ダイヤモンド社、昭59 ︵2︶ 次の二篇である。﹁無駄な疲れ﹂は﹃白い花束﹄に、﹁ある訳詩集の扉に 題す﹂は﹃夕の紅﹄の中にでているものである。 無駄な疲れ 磋樗疲れは省きませy 薄情ならないが増し 手紙は焼いて捨てませう 写真は返して忘れませう
一〇〇 高知大学学術研究報告 第三十七巻 ︵一九八八年︶ ︵人文科学︶ つらさ切なさ佗しさが 胸にあまると肩が凝る 無駄な疲れは省きませう つれない人は忘れませう ある訳詩集の扉七題す 達者な訳だ 結構だ 苦心のほども さぞやさぞI ダ 難を言ふなら 大袈裟だ 絶えず真向上段だ 構えが過ぎて 肩がこる ︵3︶ 吉竹、前掲沓 ︵4︶ 大岡信﹁詩の発見﹂日本放送出版協会、昭59 ︵5︶ ちなみに、﹁中原中也詩集﹂︵岩波文庫︶に収録されている未刊詩編六一 編の身体語の総数は一二九である。したがって、一篇あたり二・一となる。 この値は、﹁山羊の歌﹂、﹁在りし日の歌﹂の場合とほぼ同じである。 ︵6︶ 土居光知﹁基礎日本語の試み﹂︵﹁国語文化講座第一巻、国語問題篇﹂ 朝日新聞社、昭16、所収︶ ︵7︶ ﹁日本の詩集11、立原道造詩集﹂角川書店、昭43の解説︵吉田精一︶ ︵8︶ 青木健﹁頑是ない歌−内なる中原中也﹂福武書店、昭62 ︵9︶ 吉竹、前掲書 ︵10︶ イブ=マリーアリ・ユーは﹁この詩はいくつかの理由のために非常に重要 なものに思われるのに、日本の批評家によって言及されること、あるいは評 釈されることが不当に少ないようである。⋮⋮﹁在りし日の歌﹂のなかで、 この詩に与えられた特別の位置︵詩集の最後の詩である︶が、この詩と私生 活とのかかわりを、また、この詩が詩集全体との間に保つ関係を、さらに深 く探求したいという気持をわれわれに起こさせる﹂とのべている︵イブ=マ リーアリュー、大槻鉄男訳﹁日本詩を読む﹂白水社、昭54︶ ︵11︶ 波多野完治﹁文章心理学入門﹂新潮文庫、昭28 ︵12︶ 波多野完治﹁文章心理学の理論﹂大日本図書、昭41 ︵13︶ 大沢博﹃石川啄木の短歌創造過程についての心理学的研究﹄桜楓社、昭 61 ︵14︶ 少し飛躍するが、百人一首の与えるよそよそしい印象と身体語の欠如と ’は関係しているかもしれない。金田一春彦は、百人一首には﹁黒髪﹂以外の 身体語が全く出現七ていないとのべてやる︵朝日新聞、昭60・J714朝刊︶ ・︵15︶ 波多野J︵昭28︶前掲沓 ︵16︶ 中村稔﹁中原中也像のなりたち﹂べ﹃中原中也全集、別巻﹄角川書店、 昭46所収︶ 、 ︵17︶ 大岡信﹁第六折々のうた﹂岩波書店、昭62 ︵18︶ 佐古純一郎のことば。中村前掲書による。 ︵昭和六十三年・二月 四日受理︶ ︵昭和六十三年・五月二十七日発行︶