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教育課程編成における高等学校教員の学校改善意識に関する考察

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(1)平成9年度 学位論文. 教育課程編成における. 高等学校教員の 学校改善意識に関する考察. 学校教育専攻 教育経営コース. M96052H 久米広数.

(2) 目. 次. はじめに. 1. 第1章 高等学校の現状と改革の流れ. 4 8 8. 第1節 高等学校が抱える教育課題. 第2節 高校教育改革 (1). 「四六答申」以降の改革の流れ. a, 「四六答申」. ・・. @8 10 13 16. b. 昭和53年高等学校学習指導要領改訂. c.臨教審と現行の学習指導要領改訂. (2) 最近の高校教育改革. 第2章 学校改善と教員の改善意識 第1節 国際学校改善プロジェクト. 19. 第2節 学校改善の取り組み. 20. 第3節 教員の改善意識. 22. 第3章 高等学校教員の学校改善意識. 24 25 27 30 31. 第1節 学校改善意識をみる視点. 第2節 学校教育目標 第3節 学習指導要領 第4節 生徒のニーズ 第5節 教育課程編成 第6節 学校改善意識. ・・. R4.

(3) 第4章 高等学校教員の学校改善意識に関する調査 第1節 調査の目的・対象・方法・内容. … 36. 第2節調査結果のまとめと分析. … 38. (1) 学校教育目標について. … 38. (2) 学習指導要領について. 42. a.学習指導要領への姿勢について. 42. b.学習指導要領に示された「多様化」に対する姿勢について. 48. (3) 生徒のニーズについて. 56. (4) 教育課程編成について. 60. a。教育課程編成のあり方について. 60. b.教育課程編成に対するかかわり方について. 64. 第5章 調査結果に基づく考察 第1節 学校改善意識の実態 (1) 学校教育目標を中心にして (2) 学習指導要領を中心にして. … 73 ・・. ・・. @74 @78. (3) 教育課程編成を中心にして. … 80. (4) 生徒のニーズを中心にして. … 82. (5) 学校改善意識. 第2節 学校改善意識に関する今後の課題. おわりに. 注 謝辞. ・・. @83. … 86. … 89. … 91.

(4) はじめに 今日、高等学校には義務教育諸学校とも共通するいじめや不登校・非 行を始め、不本意入学・中途退学などさまざまな問題が見られ、解決す べき教育課題が山積している。. このような問題はいくつもの要因が複雑に絡み合っているので解決は 決して容易ではない。問題を解決するために制度面での改善がさまざま に進められているが、制度上打開の道が開けてもそれが問題解決に結び つくとは限らない。新しい制度や施策を実施する段階でそれらがなかな か定着しない場合がある。それは、制度・施策自身が持つ不備や行政当 局の条件整備面での対応の遅れによることもあろうが、教員の対応のま. ずさによることもある。新制度や施策の趣旨を理解し、その実現に向け た営みを直接行うのは児童・生徒を前にした教員であり、いわば教員が 問題解決の鍵を握っていると見ることができる。. 社会が学校の閉鎖性等の問題点を指摘し、また、それを受けて行政が 教育改革を推進するための施策をさまざまに講じているが、いっこうに. 現場が変わらないのは一つには教員の改革意識の低さや狭さに要因があ るとは言えないだろうか。筆者は長年の現場での経験からこの思いを強 めてきた。職務の特殊性や多忙を理由に直面する課題の解決に前向きに. 取り組まなかったり、取り組む時機を逸したりする。また、教員の仕事 を教授行為の領域、あるいは生徒指導の領域のものだけと思いこんでい る面もみられる。. 教員の仕事はもちろん教授行為が中心になるが、それだけではない。. 実にさまざまな仕事があり、それらを組織的に分掌している。組織によ る分業体制は、その特性として専門家を生み出すが、同時に、無関心派. 一1一.

(5) をも生み出すことになる場合が多い。教育の世界でも同じことがあては まる。ことに現場での実践経験の多寡がものをいう世界であるだけに、. 経験豊かな教員に任せてしまおうとの意識が比較的強く働き、このこと が改革意識の低さや狭さにつながることは十分に予想される。. 「授業をしっか切は当然のことで、どの教員もこれを否定すること はあるまい。そして、「あなたは学校の健全な教育活動をめざして校務 全体に目を行き届かせる努力をしていますか」と問えば、然りという答 えが返ってくるであろう。が、本当にそうであろうか。教授行為やホー ムルーム指導及び部活動指導の実践活動で得たことを土台にして、学校 を少しでもよくしてゆこうとの意識を持って学校全体の改善につながる 前向きの提言をしたり、具体的な取り組みを行ったりしているだろうか。. そのような働きかけは普段から改善に対する関心が高くないとできる ものではない。教員が職能成長とともに視野を学校全体に広げ、改善の 視点を持って日々の教育活動に当たれば、学校はずいぶんと違ったもの になるのではないだろうか。筆者は、学校現場でのさまざまな実践・体 験を通じて、自分の学校をよりょくしてゆこうという「学校改善」の意 識が一人ひとりの教員の中で必ずしも高くはないのではなかろうか、と の思いを持ち続けてきた。. 本研究は、高等学校の教員にアンケート調査を行うことによって、教 員が学校改善についてどのような意識を持っているのかを、教育課程編 成の観点から探り、明らかにすることを目的とするものである。教育課 程編成の観点から考察しようとする理由は次の3点である。すなわち、. 第1に、教育課程経営は学校種の違いにかかわらず学校経営の中核であ ること、第2に、高等学校では小・中学校と違って各学校独自の教育課 程を学校裁量で編成することが特に容易であること、第3に、高等学校. 一2一.

(6) では教育課程が管理職や教務主任が提示する原案を受け入れて編成され ることは通常なく、多くの教員がかかわって編成されるものであること。. これらのことから、教育課程編成へのかかわり方をみることによって学. 校改善意識を明らかにすることができると考えた。教育課程編成の観点 に立った学校改善意識についての先行研究は見当たらず、研究を行う意 義は十分にあると考える。. 本研究の構成は次の通りである。第1章で、教員の意識を含む今日の 高等学校が抱える課題を取り上げ、四六答申以降、今日に至る教育改革 の流れを概観する。続いて第2章で、教育改革の流れに即して学校改善 の概念と教員の改善意識を取り上げる。第3章は、これらを背景に教員. の学校改善意識を明らかにする視点について論じる。第4章は、第3章 の視点をもとに行った調査の結果をまとめ、その分析を行う。最後の第. 5章では、第4章の分析をもとに、高等学校教員の学校改善意識につい て考察し、それに基づいた今後の課題を探る。. この研究で得られる知見をもとにして教員の意識の中にある学校改善 を阻んでいる要因を明らかにすることができ、さらにそれらをもとに学 校改善の具体的方策の策定に寄与できるのではないかと考えるものであ る。. 一3一.

(7) 第1章 高等学校の現状と改革の流れ 学校改善意識を取り上げて論じるためには、まず今日の高等学校がど のような状況にありどのような課題を抱えているかをつかむ必要がある。. そして、そのためには今日に至る高等学校の変遷と改革の要点を理解し ておく必要がある。意識は学校に限らず組織風土の中で個々人の中に形 成されていく性質のものであり、高等学校の現状や変遷・改革の経過を 背景に持って現在の意識が存在するわけであるから、これらをみること は改善意識を考察する上で欠かせない。. 第1節 高等学校が抱える教育課題 戦後の学制改革により昭和23年に新たに発足した高等学校は今日に至 るまでおよそ半世紀にわたって日本の後期中等教育を担ってきた。この 間、国際社会の変動、高度経済成長、科学技術の発展、価値観の多様化 など、さまざまな波が日本を大きく揺らせてきたが、高等学校を含む学 校制度の根幹にかかわるものは一切変更されずに今日に至っている。今 次の第16期中央教育審議会答申でも実現を強く提言され、設置のため近々 法改正の手続きに入るといわれている六年制中等学校(仮称)を除けば、. 高等学校の制度上あ基本的な変革はなされてこなかった。しかし、実態 としての高等学校はその間大きく様変わりしてきた。発足後間もない昭 和25年の高等学校への進学率は42.5%でしかなく、中学校卒業者の半数. 以下の者しか高等学校に進学しなかった。それが昭和49年には90%を 越え、平成8年には96.8%に達している(1)。制度上は義務教育ではない. が、事実上ほぼ準義務教育化していると見るのが自然であろう。. 一4一.

(8) ところで、高等学校の目的及び教育の目標については学校教育法第41. 条及び第42条に明確に規定されている。学校教育法が制定された昭和 22年4月以来、これらの条文は全く変更されていない。義務教育を前提 として設置されたのではない高等学校の目的と目標を規定した内容を中. 学校卒業者の大半が入学してくる現在の高等学校にあてはめることに問 題はない。しかしこの間、高等学校の性格そのものは大きく変化してき ている。戦後社会の急激な変化による高等学校への進学率の上昇が高校 像を激しく揺れ動かすことになり、ひいては教育荒廃を始めとした今日 の高等学校におけるさまざまな問題を生じる最大の原因になったと見る ことができる②。. ほぼ全員が入学してくるということは、換言すれば、能力、適性、興 味・関心などの個性が極めて多様な生徒を高等学校が受け入れるという ことである。そして、それら多様な生徒に応じた教育を行うことができ ればよかったのであろうが、過去に経験のないそのような教育を行うこ とが人的・物的・財政的な各面で実際には極めて困難であったことは多 くの実践記録に記されているところである(3)。. それでは、今日の高等学校ではどのような問題があり、どのような解 決すべき課題があるのであろうか。. 学校が個人を対象とした教育機関ではなく集団教育の場であることを 踏まえれば、多様な能力、適性、興味・関心を持った生徒に個々に対応 することを最大限に許容するとしても、自ずと制限が加えられることに なる。画一的な教育課程の実施ということを背景として、この制限が主 として、学校を生活の場として受け入れることができない者を生み出し. たり、学校生活に意義を見いだせない者を生み出しているとみることが できる。そして、中途退学・学校不適応・不登校や保健室登校・いじめ・. 一5一.

(9) 非行・体罰などの教育病理現象につながって行くと考えられる。. これらのうち中途退学を取り上げて状況をみてみよう。平成7年度の 高等学校中途退学者数は文部省によれば98,179人とおよそ10万人であ り、その在籍者に対する割合は2.1%を占めている(4)。中退者数、中退. 率ともに平成2年度をピークにしばらく減少が続いていたが、生徒数全 体が減少する中で平成6年度からはともに増加に転じており、各学校に おける対応が困難な状況を示しているのではないかとの見方もある(5)。. 退学者数の9万8千人は、同じ平成7年度の大阪府下の公立高等学校進 学者数が61,508人であるので(6)、その1.5倍を越える膨大な人数である。. 中途退学が社会に及ぼす影響は、単に税金の無駄遣いというだけでなく、. 健全な社会の形成という観点からも極めて深刻なものといわざるを得な い。門戸を開いて受け入れたにもかかわらずこれだけの中途退学者が出 ることは、不適応・進路選択の変更といった形で責任を生徒に押しつけ ることで片づけるわけに行かない。退学の原因を探り、退学者を減らす ための施策を講じることは教育行政に要請される重要事項であるが、同 時に各学校でも生徒一人ひとりを大切にしその成長を見守る観点から、. 学校の教育方針のありようを検討することをはじめ、改善への模索をお ろそかにすることはできない。. ところで、高等学校が準義務教育化したことはその上級学校である大 学等への進学率の上昇につながる。高度経済成長下、学歴が偏重されて 学歴社会が生み出され、高学歴が経済的安定を前提とした生活の安定を 保障するとの見方が定着し、大学への進学率を押し上げることになった。. このことは過度の受験競争を生み出し、高等学校の教育が受験体制のひ ずみをまともに被ることになった。今次の第16期中教審答申でも大学入 学者選抜の改善について指摘されているものの抜本的な解決策は示し得. 一6一.

(10) ていない(7)。. さらに、高等学校教員の意識の問題も指摘することができる。高等学. 校への進学率が90%を越えたのは昭和49年であり、それ以後漸増して 現在に到っているが、このおよそ20年の間に教員の意識にどれほどの変 化があったのであろうか。文部省は高等学校への入学に関して昭和38年 に「適格者主義」の立場(8)を明らかにした。すなわち、学校教育法施行. 規則の一部を改正して、志願者が定員を超過すると否とにかかわらず高 等学校は入学者選抜を行い得ると改め、また通達でも「高等学校の目的 に照らし……高等学校の教育課程を履修できる見込みのない者をも入学. させることは適切でない」と示した。しかし、15年後の昭和53年学習 指導要領改訂時にはこの「適格者主義」の立場を捨て、高等学校をも 「国民教育機関」と位置づけた。このように、進学率が90%を越えた時. 点で行政当局の方針が転換された。その当時、高校の教員が高校を「一 定以上の能力の者の学校」とみなして義務化反対を意識している傾向は 強かった(g)。それから10年近く立った後、秦政春は「社会の高学歴化に. 対して、現在の高校教育システムが適切に対応できなくなっていること だけは確かである。しかし、こうした矛盾の存在を、高校教師が正確に 認識しているかというと必ずしもそうではない。それどころか、伝統的 な高校イメージに支えられて、旧来の『エリート教育』としての高校教. 育に逆行しようという意見すら決して少なくはない」と指摘しており (10)、それ以降、さらに現在まで10年以上の歳月が経っているが、 「国. 民教育機関」の概念を高等学校の教員のどれほどが認識するに至ったで あろうか。開放性の教員免許のもとでの高等学校教員の意識の固随性も 学校現場が抱える問題の一つである。. 今後の社会はますます自由化・規制緩和・情報化が進み、それにつれ. 一7一.

(11) て価値観が多様化し様相が複雑になると予想される。そのような社会の 中で生き抜き、わが国や世界を築いて行かねばならない人間を育ててい く上で、今日の高等学校をとりまく状況の中で問題はあまりにも複雑多 岐にわたるといえよう。. 第2節 高校教育改革 (1) 「四六答申」以降の改革の流れ a. 「四六答申」. 今日の教育改革論議は政府が昭和42年に中央教育審議会に対して「今 後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」. 検討を求めたことに端を発しているが、それは「新学制発足後20年を経 た今日、制度的にも内容的にも多くの問題点が指摘されて」いるとの理 由に基づくものである(1)。. このときの答申は、会長の森戸辰男自身が「第三の教育改革」と宣言 したほどの意気込みをもって作成されたもので、通常「四六答申」と呼 ばれており、高等学校を含む現在の学校教育改革の出発点に当たるもの である。従って、ここでその要点を押さえておきたい。. この諮問の背景には、技術革新の急速な進展や高度経済成長など社会 環境の急激な変化が学校教育に多くの新しい課題の解決を求めていたこ と、同時にベビーブーム世代の到来と高校・大学進学率の上昇がもたら した学校教育の量的拡充が学校教育の見直しや中等・高等教育の多様化 を要請したこと、がある②。. この中教審が答申した特徴のうち主なものを水原克敏の考察に基づい て、あげてみよう(3)。. ①学校教育・家庭教育・社会教育の生涯教育系への位置づけ。 一8一.

(12) ②学校制度の「先導的試行」の提案。「人間の発達過程に応じた学 校体系の開発」と題して、次のねらいをあげている(4)。. (1) 4∼5歳児から小学校の低学年までを同じ教育機関で一貫した 教育を行うことによって、幼年時の教育効果を高める。. (2)中等教育が中学校と高等学校とに分割されていることに伴う問. 題を解決するため、これらを一貫した学校として教育を行い、幅 広い資質と関心をもつ生徒の多様なコース別、能力別の教育を、 教育指導によって円滑かつ効果的に行う。 (3) 小学校と中学校、中学校と高等学校のくぎり方を変えることに よって、各学校段階の教育を効果的に行う。. ③教育課程の改善.特に小学校と高等学校を問題にしており、高等 学校では、 「生徒の能力・適性・希望などの多様な分化に応じ、高 等学校の教育内容について適切な多様化を行うこと。この場合、コー スの多様化と同時に、個人の可能性の発揮と志望の変化に応じてコー. スの転換を容易にし、また、さまざまなコースからの進学の機会を 確保すること。」と提言している(5)。. ④個人の特性に応じた教育方法の改善。「教育の成果は、形式的に 何を履修したかではなく、実質的に何を履修したかによって決まる ものであり、それは教育の内容・程度の適否とともに教育方法の良 否が大きく影響する。」として、次の4点について提案している。 いずれも日本の伝統的な考え方の中ではかなり思いきった提案であ る(6)。. (1)教育の目標と個人の特性に応じて教育を効果的にするため、グ ループ別指導など弾力的な学級経営を行うこと。. (2)個人の特性に応じてもっとも合理的な勉学ができるような個別. 一9一.

(13) 学習の機会を設けること。. (3)生徒の指導を学年別に行うことを固定せず、弾力的な指導のし かたを認めること。. (4)一定の成熟度に達した上級の段階では、能力に応じて進級・進 学に例外的な措置を認めること。. このように、四六答申は今日の施策に反映されたり、注目されている ものを多く含むきわめて画期的な内容を含んでいて政策の方向も量的見 通しもほぼ適確であったが、当時の行政側の評価は低く、その実施は見 送られたものが多かった。その理由として、黒羽亮一は「教育現場に対 して高圧的なにおいが強く、また『学歴信仰』やそれと裏腹の『学歴怨 念』という、量的拡大を続ける根源にある大衆の学校観や心理への気配 りは表現されていなかったのであり、このへんが反発を招いたのである。」 と指摘している(7)。. しかしながら、四六答申を教育制度や方法に関して多様化への対応策 を提言し、高等学校のその後の変容を方向づけたものとして捉えること ができる。. b.昭和53年高等学校学習指導要領改訂 昭和40年代後半以降、高度経済成長による児童生徒を取り巻く状況の 著しい変化とともに、教育荒廃、非行の増加、校内暴力、詰め込み教育、. 落ちこぼれの増大、能力・適性の名の下での受験戦争の激化、地域社会 の崩壊などのきわめて深刻な問題状況が数多く指摘されるようになった。. 主としてこれらを背景として、昭和48年11月に教育課程審議会が発 足した。その審議の途中、国際的影響として、もう一つ見逃せない重要. な契機となったことがらがあった。それは、昭和49年3月、文部省が経. 一10一.

(14) 済協力開発機構(OECD)の教育開発研究センター(CERI)との協力で東 京で開催した「カリキュラム開発に関する国際セミナー」である。そこ. でOECD−CERIの専門家により紹介された「学校に基礎をおくカリ キュラム開発(school based curriculum deve10pment)」(一般に. SBCDと呼ばれる)という概念は、この時期のわが国に大きな衝撃を与 えたといってよい。すなわち、国レベルからの「上からのjカリキュラ ム開発ではなく、教員や学習者を中心とした「下からの」カリキュラム 開発の考え方で、教育現場の側からの、教員による日々の創意的な積み 上げを抜きにしては良い教育課程は編成できない、という発想である。. 学校の日常的な活動を通してカリキュラム開発を進めていこうとする主 張は、画一化した教育への批判が多い中で新たな転換を迫られているわ が国にとって新たな視点を提供するものとなった(8)。. さて、文部大臣が教課審に「小学校、中学校及び高等学校の教育課程 の改善について」諮問した検:討の観点は「児童生徒の人間として調和の. とれた育成を目指し、国家及び社会の形成者として心身ともに健全な国 民の資質を養うため、小学校、中学校及び高等学校を通じて、教育上の 問題を検討し、教育課程の改善について審議する」というものであった。. 主たる検討事項は、次の3点である。 (1)高等学校の普及に伴う教育内容の在り方について(高等学校進学 率が90%を超えたことをふまえ、 「国民の教育として必要とされる. 内容」と「多様な生徒の実態」とをふまえた教育内容の在り方につ いて検討を要請)。. (2)小学校、中学校及び高等学校を通じた、調和と統一のある教育内. 容の在り方について(高等学校までを国民教育機関と捉え、小学校 から高等学校までを全体として、 「調和と統一」のとれた教育内容. 一11一.

(15) 編成を要請)。. (3)児童生徒の学習負担の適正化を図り、基本的事項の指導を徹底す. るための教育内容の在り方について(教育内容を精選して「児童生 徒の生活のゆとり」を確保することの要請)。. そして、審議の本来の目的は、水原克敏によれば、高度経済成長を達 成した昭和48年現在、改めて、国民教育のミニマムエッセンシャルズと しての教育内容を見直し、その上で、「調和と統一」、のとれた教育課程 を小・中・高等学校を一貫して配分しようという考え方にあった(g)。. この答申を受け、昭和53年8月30日、文部省は高等学校の学習指導 要領を改訂した(昭和58年度から学年進行で実施)。. 改訂の特徴は次の6点である。. (1)国民共通の教育機関を10年としたことにより、高等学校1年の 教育内容水準を相応に下げ、中学校教育との関連性を強化した。 (2)必修科目等の弾力化。. (3)選択科目中心の方針を出し、卒業単位数を85単位から80単位に 減じるなどの教育課程編成の弾力化を従来以上に進めた。. (4)勤労体験学習の重視。多くの青年が普通科に所属している実態を ふまえ、職業観の教育を展開しようとした。 (5)習熟度別学級編成の容認。. (6)教科外活動の儀式における国旗掲揚と国歌斉唱の問題(小・中学 校と共通する)。. この時の学習指導要領は、 「学校の教育課程編成の基準としての弾力. 性を強め、学校の教育課程経営の主体性をむしろ要請する方向を、その 改正の方針として新しく採用し」(10)たことで大きな転換点を迎えた。. そして、この学習指導要領改訂が、前回に比してはるかに評判が良かっ. 一12一.

(16) たのは、教育の現代化への反省と新しい発想を具体化しようという意図 が見えたからであると指摘されている(11)。. いずれにせよ、国の方針が各学校に主体性を認める方向に転換された ことによって、各校独自の学校改善への取り組みが容易になったことを 押さえておきたい。. c.臨教審と現行の学習指導要領改訂 その後も中教審答申の逐次政策化が図られてきたが、その間、青少年 非行や校内暴力は衰えず、いじめや登校拒否などが新たに顕在化してき た。こうしたいわゆる教育荒廃の原因として、教育環境の悪化があるこ とはいうまでもない。都市化や核家族化など急激な社会変化が家庭の教 育力の低下や地域連帯意識の弛緩などを招き、教育荒廃を生んだことは 否定できない。しかし、それと同時に、時代の変化に柔軟に対応できな い学校教育の画一性や硬直性にも責任があるという見方も広がっていっ た。. 新学習指導要領が高等学校で実施された昭和58年の11月に第13期中 教審は、そうした批判に対応するため、学校教育の内容や方法に関する 改善策を盛った小委員会報告「時代の変化と学校教育の在り方」を公表 した。しかし、この頃になると、教育荒廃に的確に対処するためには、. 文部省だけでの対応では不十分であり、政府全体としてこれに取り組む べきだという声が強くなった。そして、内閣総理大臣直属の正規の審議 機関を総理府に設置し、政府全体の責任で教育改革に取り組む方針が決 定され、昭和59年8月に3ヶ年の時限法として「臨時教育審議会設置法」. が成立した。臨教審は翌月から精力的な審議を行って昭和62年8月の設 置期間終了までの間に4次の答申を提出し、後期中等教育の再編の可能. 一13一.

(17) 性や必要性を含んだ検討の必要性を提言した(12)。. 臨教審の答申した「教育改革の推進」のための基本的な考え方として 掲げられたものは次の8っの原則である。. ①個性重視の原則、②基礎・基本の重視、③創造性・考える力・ 表現力の育成、④選択の機会の拡大、⑤教育環境の人間化、⑥生涯 学習体系への移行、⑦国際化への対応、⑧情報化への対応 臨教審は、上の諸原則のなかでも特別に①の個性重視の原則を、今次 教育改革で最も重視されなければならない基本的な原則とした。この考 えについて臨教審は、「今次教育改革において最も重要なことはこれま での我が国の教育の根深い病弊である画一性、硬直性、閉鎖性、非国際 性を打破して、個人の尊厳、個性の尊重、自由・自律、自己責任の原則、. すなわち個性重視の原則を確立することである」と述べ、さらにその個 性については、 「個人の個性のみならず、家庭、学校、地域、企業、国. 家、文化、時代の個性を意味している」と述べている。さらに自他の個 性を知り、自他の個性を尊:重し、自他の個性を生かすことを非常に重視. していることを力説し、教育の内容、方法、制度、政策など教育の全分 野が、この原則に照らして抜本的に見直されなければならないと主張し ている(13)。. 臨教審答申を受けて、昭和62年12月、教育課程審議会が「幼稚園、 小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準改善について」答申を行っ た。. 各学校段階に共通する留意点は次の4点である。. ①豊かな心をもち、たくましく生きる人間の育成を図ること。. ②自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を重 覚すること。. 一14一.

(18) ③国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視し、個性を 生かす教育の充実を図ること。. ④国際理解を深め、わが国の文化と伝統を尊重する態度の育成を重 評すること。. 高等学校における各教科・科目の編成等については「中学校における 選択履修の幅の拡大や生徒の能力・適性、進路等の多様化の実態等に配 慮し、かつ情報化や国際化などの社会の変化に適切に対応し特に重視す べき内容の充実を図るとともに、各学校が学校や地域の実情及び生徒の 実態に応じて創意を生かして編成することが一層可能となるように留意」 して改善するよう具体的に答申している。. すなわち、普通教育に関する各教科・科目については、(1)社会科を再 編成して地理歴史科と公民科の2つの教科を設ける。(2)必修科目を置く. 教科を、国語、地理歴史、公民、数学、理科、保健体育、芸術及び家庭 とし、このうち家庭は今回から男子も必修とする。(3)普通教育に関する 各教科については、できるだけ多様な科目を用意する。(4)学習指導要領. に示す教科以外の教科や、各教科において学習指導要領に示す科目以外 の科目を、設置者の判断により設けることができるようにする。. また、職業に関する各教科・科目については、技術革新の進展や経済 社会の変化等に対応する観点から情報に関する科目を各教科に取り入れ るなど科目の構成を見直す。さらに、問題解決のための継続的な学習が 推進されるように、各教科に新しい科目として「課題研究」を設ける。. 授業時間数等に関しては、高等学校の卒業に必要な各教科・科目の修 得総単位数は、現行通り80単位以上であるが、特別活動の授業時間数に ついては、ホームルーム及びクラブ活動は合わせて週当たり2単位時間 以上当てることとされ、ホームルームは週当たり1単位時間以上、クラ. 一15一.

(19) ブ活動については学校において計画的に適切な授業時数を配当するよう. 答申された。そして、1単位時間の取り扱いについては、いっそう弾力 的に運用できるようにすることを求めている。. また、六年制中等学校及び単位制高等学校の教育内容の在り方につい. ても触れており、定時制及び通信制課程においても、今後は3年間で卒 業できる制度上の措置を講ずるよう検討する必要があるとしている(14)。. 平成6年度から学年進行で実施された高等学校学習指導要領は、教育 課程審議会の答申において示された上記のことがらを最大限に尊重する 形で平成元年3月に告示された。. (2)最近の高校教育改革. 改革の出発点である「四六答申」、高等学校を初めて国民教育機関と 捉え路線変更に踏み切った昭和53年度学習指導要領、そして、現行の学 習指導要領とその引き金になった臨教審答申を取り上げて改革の流れを 見てきた。それでは最近は、生徒の多様化に対応しながらその個性を最 大限に伸ばす観点から、どのような対応がなされ、改革の施策が講じら れてきているのであろうか。. 臨教審答申の2年後、平成元年に第14期中央教育審議会が臨教審答申. を受ける形で設置された。第14期中教審は平成3年4月、その答申「新 しい時代に対応する教育の諸制度の改革について」の中で、基本的な考 え方として、教育が国家社会の発展をめざすべきものとしつつ、固定し た未来像や産業国家としての計画や目的にあわせて考えるよりは、まず 子どもの心の抑圧を軽減することが肝要であるとしている。そして改革 の視点として、 「量的拡大から質的充実へ」、 「形式的平等から実質的 平等へ」、 「偏差値偏重から個性尊重・人間性重視へ」をあげている。. 一16一.

(20) 高等学校教育の改革課題と支援措置については、学科制度の再編成、個 性の尊重と選択の拡大、高校の個性化、特色ある学校づくりの推進、新 しいタイプの高校の設置の奨励、単位制の活用、高等学校間の連携の推 進、能力の伸長の著しい者についての教育上の例外措置、支援措置(教 職員定数や施設・設備などの教育条件の改善及び調査研究活動の支援、 モデル開発、情報の提供、人材の確保と待遇の改善等の国の支援措置、 教職員組織の活性化、教育委員会の活性化)等を提言している(15)。. この答申を受けて、特色ある学校・学科の設置として、単位制高校が. 平成5年度から全日制課程に導入され、また、総合学科が平成6年度か ら制度化された。. 単位制高校は設置当初は5都府県5校であったものが、平成9年度に は46都道府県1市172校に拡大されてきている。 一方、総合学科は、同中教審答申を受けて文部省が設置した「高校教 育改革推進会議」報告の中で、 「普通科斗職業学科」という枠組ではと. らえきれない総合的な新学科として位置づけられ提言されたもので、平. 成5年3月の「総合学科は普通教育及び専門教育を選択履修を旨として 総合的に施す学科であり、高等学校教育の一層の個性化・多様化を推進 するため、普通科、専門学科に並ぶ新たな学科として設けられたもの」. (文部省通知)という制度改正を経て平成6年4月、全国7つの国公立高 等学校に設置され、その後文部省の強力な支援のもとに急激に設置校を. 増やし、平成9年度には40都道府県74校に及んでいる。そして、平成 10年度には45都道府県105校に達する見込みである(16)。. 以上のほか、生徒の多様なニーズや社会の変化に適切に対応すること を目的として、例えば、職業に関する専門学科として、森林科学科や国 際マルチメディア科など、職業学科以外の専門学科として、国際文化科. 一17一.

(21) や健康科学科など、また、普通科におけるコースとして、アドベンチャー. コースや日本文化コースなどさまざまな特色ある学科・コース等も設置 されている。. さらに、各高等学校における教育課程の多様化を一層促すため、平成. 5年度から制度化された学校間連携が平成9年度には9県の学校で実施 され、専修学校における学習成果の単位認定や技能審査の成果の単位認 定も専門高校を中心に急速に定着しつつある(17)。. このような最近の高等学校の急速な多様化の特徴は、各学校が多様な 教育サービスを提供して教育消費者である生徒・親の自由な選択を促進 するという市場原理を基盤として展開しているところにある。この点に. 関して佐藤学は「1980年代までの高校改革が、産業構造の変化に伴う 労働能力の多様化を推進したのに対して、1990年代の多様化は、教育 消費者の多様なニーズに対応した各学校の生き残り競争として展開して いる」と指摘している(18)。. 以上、今日に至る高校教育改革の概要をみてきた。教育改革の流れの 上に今日の学校があり、今日の教員がいるわけであるから、学校改善意 識について考察する上でこのような大局的な状況把握は必要である。. 一18一.

(22) 第2章 学校改善と教員の改善意識 前章で概観したようにさまざまな改革が提言され、施策が講じられて きたが、各学校を基盤にした有効な改革の方策として「学校改善」の視 点を取り上げることができる。. 第1節 国際学校改善プロジェクト. 学校改善という言葉は従来から存在していたが、1983(昭和58)年に 経済協力開発機構iOECD(Organization for Economic Cooperation and Developrnent)の教育委員会Education Comrnitteeの附属機関で ある教育研究開発センターCERI(Center for Educational Research 乏md Innovation)のプロジェクトの一つである「学校改善に関する国際 プロジェクト」ISIP(International School Improvement Pr(ガect)がオ. ランダのイニシアティブによりその活動を初めて以来、わが国でもしば しば用いられるようになり、特定の意味あいを持つキーワードとして定 着した。. ISIPにおける「学校改善」の主張はそれまでの教育改革に対する反省 的な認識の上に立っているといわれている。それまでにも多くの教育改 革が試みられてきたが、必ずしも成功を収めたとはいいがたい。それは、. それらが教育の「現場」である学校を改革することにつながらなかった からである。そこで、流れとして、より良い教育を求める努力は、制度. 的な改革から個別の学校を単位としたいわゆる「学校を基盤とした (schOol based)」改革へと重点を移すようになった。. 教育改革:は教育現場である学校に変化を起こし、児童・生徒にその改. 一19一.

(23) 革の効果をもたらすことを最終の目標とするのでなければ意味はない。. 基本的には、学校観・教育観にまで立ち返ってそれらを革新するべきで あろう。 「学校改善」の主張は「この点をより明確に認識したものであ り、教育現場において無効化させられてきた制度的諸改革を、行為に、. よりいっそう接近したレベルでとらえ、現実に機能しうるものとして提 唱したという点に特徴が認められる」(1)。. このような考え方をもとに、ISIPでは、 「学校改善」を「一つ、また. はそれ以上の学校で、最終的には教育目標を今以上に効果的に達成する ことを目ざして、学習条件やその他の関連する学校内の条件を変革する ことを目的とする組織的・継続的な努力」と定義している(2)。. OECD=CERIは、学校改善の研究領域として、①学校自体の評価、 ②学校改善を促進するための校長および教職員組織等の学校内諸条件、. ③学校改善のための学校外部からの支援④学校改善に関する破究・開 発、⑤学校改善のための政策の5つの柱をあげたが、それらの事項は、. 学校改善のための手順でもあり、また学校改善のためにおさえなければ. ならない最重要のポイントである。わが国ではこのうち主として②の 「学校改善を促進するための校長および教職員組織等の学校内諸条件」 と、③の「学校改善のための学校外部からの支援」の領域に参加した(3)。. 第2節 学校改善の取り組み 現行制度下でのさまざまな教育病理を解決し実りある学校教育を展開 して行くために、臨教審は個性重視の考えを前面に押し出してさまざま. な提言を行い、一方、OECD=CERIの学校改善の概念は学校を基盤 にした改革の視点を学校現場にもたらし、改革を押し進める上での追い. 一20一.

(24) 風となった。. 学校改善の対象は実にさまざまである。前節で引用したISIPによる定 義に基づけば、狭義には各学校内での組織的・継続的な革新の努力は学 校改善であるし、広義には教育委員会の支援に基づく広域行政単位内で の多くの学校の連携による、例えば特色ある学校づくりのような取り組 みまでをも学校改善の姿と受け取ることができる。このように、この定 義自体極めて弾力的である。. 地域社会に開かれた学校の対応課題など学校のソトと関係する学校改 善もあるが、対象を狭く校内に絞ってみると、校長や主任のリーダーシッ. プ、研修など教員の資質向上や意欲喚起に関するものなどをあげること. ができる。全国の小・中学校を対象としてどのような学校改善の試みが なされているかを知るために学校改善研究会が昭和60年に行った調査に よれば、学校改善の傾向として最もよく取り上げられているものは教育 課程の開発であり、続いて授業改善、生徒指導・教育相談・進路指導、 学校裁量時間、学校と地域・父母、教育環境の整備、学校安全、教授・ 学習組織の改善、学校行事、学校運営の近代化などが対象とされており、. 学校現場で想定されるもののほぼすべてが出揃っている。この調査結果 から、研究会代表の下村哲夫は、次のような特色を指摘している(1)。. ①学校教育の画一化に対する批判は厳しいが、全国各地の学校では 予想以上に多岐にわたるユニークな実践が展開されている。. ②ユニークな実践校は、都市の大規模校よりも地方の小規模校に多 い。小規模校の方が教職員の共通理解が得やすく、また、地方では 家庭や地域の協力も比較的得られやすい。. ③先進的な実践を進めるには、学校内外を問わず、よい指導者に恵 まれることが大きい。. 一21一.

(25) ④実践が斬新なものであるほど、学校を取り巻く家庭、地域、そし て教育委員会の支援体制が大きなウエイトを持つ。. 学校改善の形態はまさに百花附図的な状況を呈しているが、いずれも 各学校の教育目標の効果的達成を視点から外してしまっては形骸化して しまう。定義に即して継続的に絶えず問い直しつつ実践的に押し進めて いくことによって、一歩一歩着実にその成果を上げてゆくことになる。. 第3節 教員の改善意識 教育改革が推進されている今日、学校改善は比較的新しい概念として キーワード的存在になっているが、個々の教員の改善意識についてどの ようなことを指摘することができるであろうか。. 学校改善が叫ばれるのは、見方を変えれば、実際には学校改善的な打 開策がそれほど進行していない、あるいは定着していないことの裏返し であるとも言えよう。. 学校改善に通じる打開策が進行していないのは、教育が基本的には過 去から引き継いだ知的財産等の生徒への伝授という側面を持ち合わせて いることから必然的に導かれる教員社会の保守性によるためでもあるが、. 教員文化や教員組織に特に改善を拒む雰囲気があるためであるという指 摘がある。これに関連する先行研究としては、教員文化(1)、教員組織特 性(2)、学習指導要領改訂に対する教員の意識(3)などの分野でいずれも小・. 中学校を対象としたものがある。しかし、教育課程編成という観点から 高等学校教員の学校改善意識を扱った研究は見当たらない。 油布佐和子は、「これまでのいくつかのr改革』がうまく機能しなかっ. たのは、教育現場とそこに働く独自の論理を十分には理解してこなかっ. 一22一.

(26) たからではないだろうか」と問題提起し、変革に抵抗する文化として、 「同僚との調和」による他律的性格と、経験に依拠する集団内の「出る 杭は打たれる」的な長老支配的性格があり、これらによって、 「さまざ. まな教育上の変革に対して、教員は根強い抵抗を示すのではないか」と 論じている(4)。. 児島邦宏は、学校改善とのかかわりの中で、教員の持続的な改善意思 の重要性について、次のように述べている。 「学校の変革・改善を担っ. ているのは、究極的には個々の教師にあるということが、はっきりして きた。いかなる学校改善のアイデアも、教室の入口まではたどりっくが、. それを受け入れ、実践に移すかどうかは教師の手にかかっている。すぐ れたアイデアも、教師は簡単に流産させることができる。教師の持続的 な改善の意思なくして学校は変わちない。しかも、教師の集団的な改善 の意思が初めて学校全体の改善を進める要因となる。. そこに、教師の学校全体の方向を見る眼と自己の仕事をつなげていく 『組織人』としての行動が求められるわけである。……教師の専門的自. 律性に支えられた、組織人としての主体性があって初めて、学校の改善 が可能になっていく」⑤。. このような改善意識の持続こそ教員に求められるものである。. 一23一.

(27) 第3章 高等学校教員の学校改善意識 第1節 学校改善意識をみる視点 学校改善を推進する主体は教員である。教育委員会やその意を受けた 管理職がいくら声高にその重要性を叫んでみても、教員がその必要性を 認め、自分自身の取り組むべき課題としてとらえることがなければ、画 餅に帰することになる。. 学校改善の必要性を認識しているということは、言い換えれば、常日 頃からわが校を少しでも良くしてゆこうという意識を持って諸活動に臨 み、その活動の中から課題を探り出し、解決法を模索し、可能なものか ら改善してゆくという実践を行うことである。このような学校改善につ ながる努力を絶えず持続しようとする意識は、何をもって明らかにする ことができるであろうか。. 教員が行う仕事のうちで最も重要なものは授業である。教員は、教科 を中心とした教授行為を通じて生徒の教育をつかさどっているからであ る。授業という形で端的に表される諸活動は教育課程経営の中心的実践 活動として位置づけられるものである。教育課程経営が学校での教育活 動の中核であると言われるゆえんであるが(1)、学校改善を推し進めよう. という意識は教育課程を編成する際に当然に現れてくる。. そこで、ISIPの学校改善の定義を出発点とし、今日の高等学校が多様 化した生徒の多様なニーズに応えることを強く要請されている現実をふ まえた上で、具体的には教育課程の編成が高等学校においても教育活動 の中核であるとの認識に基づき、「学校の教育目標を生徒のニーズに即 して実現するためには個々の教員がよりよい教育課程編成を求めて絶え. 一24一.

(28) ず協働的に努力する営みが不可欠である」という視点に立って、学校改 善意識について、次節以下、考察する。. この視点をもって日々の教育活動に取り組むことは学校改善の姿であ り、男節以下で述べる「学校教育目標」 「学習指導要領」 「生徒のニー. ズ」 「教育課程編成」に対する意識が高まることによって学校改善実現 への道を開くことができると考える。. 第2節学校教育目標 学校での教育活動が組織的・計画的に行われなければならないことは 当然のことであり、その活動を効果的に行うためには、明確で到達可能 な目標を設定し、その目標を達成するための具体的な方針を作ることが 必要である。舵がないと船はめざした方向には進まない。. 学校における教育の意図・目的は、そめ学校の学校教育目標として表 される。学校の教育目標とは、 「教育する側が教育される側の中に実現. しようとする『そうあってほしい人間の姿』を表現しためあてであり、. 価値である。その前提には、現実の子どもの姿に対する見方があり、そ れに基づくこうあつてほしいという教育の専門家としての基本的な考え 方や想いが反映されている」(1)。. 学校では学級経営・学年経営・校務分掌経営等、その経営対象に応じ てそれぞれ具体的に目標が設定されて活動が営まれることになるが、そ れらが個々に目標達成をめざして教育活動を展開したのでは、効果はあ まり期待できない。それらをつつみこみ互いに有機的に関連づける包括 的な学校としての教育目標が必要である。. 教職は教科指導以外に多種多様の職務をこなしてゆかざるを得ない特. 一25一.

(29) 殊な職種である。学校現場では仕事に追われて本来の目標を忘れたり見 失ったりしやすい。このような中で個々の教員がルーティン・ワークに 埋もれることなく目の前にいる生徒や今後入学してくる生徒に対してど のような教育を行ってゆくかをきちんと見据えることは重要であり、そ のためには、学校の教育目標を意識の中にゆるぎないものとして位置づ けておくことは極めて大事なことである。. 学校教育目標は、利潤追求を目的とする産業社会の組織における達成 目標と比べると、曖昧さを特徴として持っている。例えば、 「個性の重 視」 「自己教育力の育成」といった目標を設定したとして、それが、個々. の教員のところに降りてきて、具体的にどのような教育的手段を用意し、. そのためにどのような行動をとるかということになると、目標は拡散し てくる。つまり、 「学校においては、目標が一般的・抽象的であればあ. るほど意見の一致度が高く、逆に具体的になればなるほど、意見の一致 度が低下するという特徴がある」(2)ためであり、教員一人ひとりが自分. 自身にとっての生きた目標として捉える、言い換えると、公称目標的存 在である学校教育目標を実効目標化する必要がある(3)。. 児島邦宏によれば、このような学校教育目標は、大きく3つの要素か らなっている。. (1)わが国の教育法体系の中から実態として規定されてくるもので、. 「公教育としての制度的枠組」としての要素。ここでは、各学校間 の共通性が示され、独自性は考慮されていない。. (2)今日の学校教育をめぐる社会的役割もしくは社会的機能という側 面から規定されてくる要素。学校に対する社会的要請、社会的課題 がその教育目標に反映されることになる。. (3)個々の学校の実態に基づく教育課題としての要素。学校独自の教. 一26一.

(30) 育目標こそが、現実に足を降ろした日常の教育実践の指針となり、 教育活動の在り方と方向性を決めるものとなってくる。. これら3つの要素は、 「相互に有機的に関連づけて、学校の教育目標 として設定される必要がある。図式的にいえば、公教育としての制度的. 枠組を大きな枠組として背景にもち、個々の学校の実態を踏まえて、社 会的課題をとらえていくところに、個々の学校の教育目標が設定されて くる」(4)。. 学校の教育目標は所与のものであってはならない。教員が自分たちで. 作り上げなければならない。上記の3要素、特に第3の要素を十分に考 慮し、教員の合意の上で作られた教育目標は、日々の教育活動を行って ゆく上でのよりどころとなるものであり、実質的な目標としてきちんと. 見据え、意識の視野の中に入れるべきものである。学校教育目標策定へ の教員の参加は重要である。 「教師の専門的自律性に支えられた、組織. 人としての主体性があって初めて、学校の改善が可能になっていくため に、教師の経営参加が必要」となる(5)。学校教育目標や教育計画の策定. への教員の参加はその中枢的部分を占めている。学校教育目標がこのよ うな要素を持つことを理解してその重要性を承知し、内容の具体的な確 かめを常に行うことが学校改善を押し進める上で不可欠となる。. 第3節 学習指導要領 各学校の教育課程は学習指導要領を基準として作成される。その法的 根拠は、学校教育法施行規則第57条「高等学校の教育課程は、別表第3 に定める各教科に属する科目及び特別活動によって編成するものとする。」. 及び第57条の2「高等学校の教育課程については、この章に定めるもの. 一27一.

(31) のほか、教育課程の基準として文部大臣が別に公示する高等学校学習指 導要領によるものとする。」で明示されている。. 学習指導要領は教育の公共性及び国家レベルでの教育水準の維持を目 的に示されるものであるが、過去に学習指導要領の法的拘束性をめぐっ て行政と職員団体との間で激しい論争がなされた経緯があり、その後遺 症ともいうべき学習指導要領軽視の風潮が学校現場に今も残っているこ とは否定できない。. また、授業を行うには教科書会社が出版する教師用指導書で対応でき るので学習指導要領は不要、という現場の雰囲気がある。さらに、そも そも学習指導要領には具体的な内容が記されていないので、読んでも参 考にならない、との見方もある。このように学習指導要領は必要不可欠 のものとはみなされず、教員の関心は必ずしも高くはない。. しかし、学校をよりよいものにしようと努力する上で、編成基準であ る学習指導要領の趣旨・主要内容を無視するわけにはゆかない。もちろ ん、教科書は学習指導要領に基づいて作成されるものであり、教師用指 導書も同様であるから、教科書や指導書を用いることによって学習指導 要領で示された基準について承知することができるという考えが成り立 つかも知れない。しかし、教科書・指導書のいずれも教材の域を越えな いし、また、学習指導要領が示し謳っていることを直接ではなく間接的 に伝えるものでしかなく、内容も限られたものになっているので、教科 書や指導書が学習指導要領の趣旨を理解することにはつながらない。. 現場で、学習指導要領に示された内容を知らないで教育活動を行い、 反省・点検の段階で初めて内容を知るに至ったということを耳にするこ とがある。予め知っておれば異なった展開の教育活動になっていたかも しれないということは許されるべきではない。. 一28一.

(32) このように、学習指導要領に関心を示さずして学校経営の改善は成り 立たない。. 高等学校の学習指導要領は、第1章第2節(1)bで概観したように、教 育改革の流れを受けて昭和53年度改訂時に大幅に弾力化され、それ以前 の学習指導要領に比較して、教育課程の改善方針において画期的な意義 を有するものであった。その後平成元年に新たに告示された現行の学習 指導要領は、「新しい学力観」や「個性を生かす教育」というキーワー ドが明確に示唆しているように、一人ひとりの子どもの学習過程に強調. 点が移行されてきた。そして、「前学習指導要領に比較して、改善方針 において学習者に焦点を直接におく方向への画期的な重点の変更があっ た」(1)と指摘されているように、個に応じた教育を推進するため、各学 校の主体性・裁量性をいっそう積極的に発揮できるように改訂された。. 特に、第1章「総則」第5款「教育課程編成に当たって配慮すべき事 項」の1には、次のように記されている。「生徒の特性、進路等に応じ て適切な教育を行うため、多様な各教科・科目を設け生徒が自由に選択 履修することのできるよう配慮するものとする」(2)。. ここから明らかなように、多様な科目の設定と生徒の自由選択にかか わって学校の裁量が大幅に認められた。これはもちろん、教育課題に応 えることをねらいとしたものである。文部省によれば、今次改訂の基本 方針の一つである「国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重 視し、個性を生かす教育の充実を図ること」を具体的に実現するために 「配慮すべき事項」として掲げられた新たな規定である。これによって、. 自校の教育目標や生徒の特性・ニーズに合わせた教育課程の編成が可能 になった(3>。. 「多様な科目設定・自由選択」は教育改革の流れの中で教育病理の解. 一29一.

(33) 決を目的に採用された基本方針であり、これについて関心を示すことは 教員として当然のことである。また、この導入は自校にとって最適の教 育課程を作り上げる推進力となり、学校改善に資することになる。. 第4節 生徒のニーズ 学校は生徒を育てる営みを行っている場であるということをふまえれ ば、学校の主役は生徒であるといえる。今日、このことに対する異論は ないであろうが、実際に教員はその意識の中に「生徒が主役であり、教 員は生徒を育て、生徒が自己実現を図るための手助けをする」という視 点を常に保ち続け、豊かな人間愛に裏打ちされた教育観をもって生徒と 向き合っているであろうか。無意識にとる管理的生徒指導、あるいは力 による押さえ込みの生徒指導は弊害が叫ばれながらも一向に改善されな い(1)。. 学校は未成熟な人間に対して計画的に教育を行う場である。生徒を指 導する際、未熟な人間である生徒は教育を与えられ受けるものであり、 学校の中では本質的に受け身の低い立場にあるとする旧来の生徒観や、. 聞く耳を持たない態度で臨むことが基本であるとする指導料は、往々に して体罰等の教育病理現象につながるものであり、教育者として許され るべきものではない。. ところで、臨教審答申以後、生徒や親を消費者と見立てる市場経済の 原理が教育の場にいっそうはっきりと持ち込まれつつある。市場経済の 場では消費者は「王様」であり、消費者のニーズに応えるということは 当然の原理であって、これを踏み外すと経済活動が停滞化することは自 明のことである。しかし、教育の場で消費者としての生徒や親のニーズ. 一30一.

(34) に安易に応えることは極めて問題が多く、場合によっては公教育の意義. が問われかねない。今日、このことによって教育現場が大きく揺れ、危 機的状況にさしかかっているように思えてならない。. このように、生徒のニーズを安易に取り上げたり重視したりすること は極めて危険であるが、一方、生徒のニーズを無視した教育は時代の流 れに逆行し、学校の活性化につながらない。要望の実現が期待できそう にない雰囲気は健康的で明るい学校生活を保障することにならないばか りか、逆に生徒の主体的な人間形成をも阻害しかねない。. 生徒は日常の学校生活の中で学校や教師、生徒に対する不満や愚痴、. 喜怒哀楽などのさまざまな声を漏らす。単なる愚痴や不満も多い。しか し、教育課程の改善につながるような正鵠を得た指摘が多いのも多くの 教員がその経験から知り得ていることである。. 生徒のニーズに対する具体的な姿勢として、授業をはじめ日頃のいろ んな場面での生徒とのやりとりの中で生徒とよく接し、生徒のさまざま な希望や要望を聞き出す努力をすること、また、生徒の生の声を整理・. 取捨選択した上で、学校の教育目標に照らして効果が期待できるものに ついてはその実現に向けて努力すること、これらは教員資質の基本的要 件であり、学校改善を押し進める上で必要不可欠のものである。. 第5節 教育課程編成 学校経営の中心をなすものは、 「教育課程の編成とその展開過程」に あるというのが、今日の共通理解になってきている(1)。. 活気ある教育活動の推進には、教育目標の実現をめざし、自校の実態 にあった教育課程を編成することが不可欠である。今日では、学習指導. 一31一.

(35) 要領及び各都道府県教育委員会が示す基準に則しつつも各学校が主体的 に独自の教育課程を編成することが可能になり、限られた人的・物的資 源を最大限に活用して活力ある教育課程を編成し、実施する条件が整え られた。すなわち、教育課程編成に際して個々の学校を基盤にした改善 を行うことができるようになった。. 教育課程は校内の諸活動に一定の方向性を与えるものであるが、同時 に諸活動を拘束する側面をも持ち合わせている。教員が教科のカリキュ ラム実施に際して教育方法上の工失を凝らすなど地道な改善努力をした としても、あるいは先端の技術を駆使した設備が整っていたとしても、. 教育課程がそれらを生かす形のものになっていなかったり、生徒のニー ズに応えられず実態にあったものになっていなければ、つまり、教育課 程に不備があれば生徒の成長を阻害しかねない。従って、その編成作業 は全力を傾けてとりわけ慎重に行われなければならない。 教育課程の編成作業は、次のような段階を経て行われる。. ①学校教育目標の設定:第2節で述べた3つの要素を取り入れ、教 育委員会の示す編成基準を満たし、通学区域を含めた地域の実態、. 自校の生徒特性、学校の施設・設備をふまえ、生徒・保護者のニー ズを反映できるように自校独自の教育目標を設定する。. ②コースや類型設定の可否の検討:①を受けて目標実現にふさわし いコースまたは類型を設定することの可否について検討する。設け るとすれば、どのような種類のものをいずれの学年から設けるか、. また、設けないとすれば、その必要性のないことが目標に照らして 妥当であるかどうかの検討も行われなければならない。. ③教育課程表の作成:生徒が履修すべき教科・科目を具体的に選定 し、それぞれを必修科目とするか選択科目とするかを決める。同時. 一32一.

(36) にそれら各科目の履修単位数とどの学年に配置するかを決定する。. また、場合によっては習熟度別の履修形態や少人数展開の採用につ いても検討する。. ④教務内規等の整備など:実施に伴って、進級や卒業の認定にかか わる教務内規等、周辺事務の整備を行う。. 以上の段階それぞれについて、前年度等の実施内容の点検・反省を踏 まえた上で、全教員が長期にわたって活発に意見交流や議論を行い、協 働的に取り組んでゆくものであり、最終的には民主的な手続きを経て教 員の総意としての決定をみることになる。. このように、教育課程の編成は教員一人置とりが自分の問題として受 けとめるべき重要事項であり、その策定に主体的にかかわってゆくべき である。. そして、かかわり方として、教員は、日頃の自他互いの実践をふまえ た上で、次のような動きをしていくことになる。. ①他の教員との間で教育課程に関するさまざまなことがらについて フォーマル・インフォーマルいずれの場を問わず意見交流を行う。. ②教科会や教育課程委員会のような場で自らが担当する教科につい て改善につながる具体的な問題指摘・意見表明・提案を行う。. ③自らが担当する教科だけでなく、視野を他教科を含めた学校全体 に広げ、教育課程全般にわたる改善にかかわって、学校経営の視点 に立った具体的な問題指摘・意見表明・提案を行う。. これらのうち、①と②は日頃の直接体験をもとにしているために行い やすい。それに対して③は教科の専門性から離れ、学校経営上の幅広い いくつもの局面に対する知識・経験・関心・意欲・思考力・判断力を必 要として、それらを自分の中でまとめあげて焦点化することを伴うため. 一33一.

(37) に容易なことではない。しかしながら、豊富な実践経験や各種の研修を もとにした職能成長とともに期待される行動であるとみることができ、. 学校を改善してゆくためには教育の専門家としての③のかかわり方が重 要となってくる。. もちろん、これらの動きをうまく引き出すことができるかどうかによっ. て教育課程の編成作業は大きく左右される。従って、牽引者である教科 主任や教務主任などのミドルリーダーの力量が問われることになるが、. 根源的には個々の教員が専門的自律性に支えられたしっかりとした教育 観をもち、自らの問題として捉えることがなければならない。. 第6節 学校改善意識 以上、本研究における学校改善の視点に含まれる4つの要素の重要性 をみてきたが、教員がこれらに対してどのような意識で臨んでいるかが 重要になってくるのであり、これらに対する意識が低ければ学校改善は すすまないことになる。つまり、一人ひとりの教員が、. ①学校の教育目標の重要性を認識し、その内容を具体的に確かめる 努力をすること. ②学習指導要領に対して関心を示し、その趣旨を承知する努力をす ること. ③生徒のニーズに関心を示して聞き出す努力をし、その実現に向け て努力をすること. ④教育課程編成の重要性を認識して自分の問題として受けとめ、そ の作成・改善に主体的にかかわってゆく努力をすること これらを常に維持・継続できるように自らの意識を高めてゆく実態があ. 一34一.

(38) れば、当該校での学校改善は推進されるものと考えられる。. 各教員の意識の中に、学習指導要領を含む社会の要請をふまえ、生徒 のニーズに即して学校教育目標を実現できるような教育課程の編成をめ ざして改善の努力を惜しまないという姿勢をうかがうことができれば、 それはすなわち、学校改善の意識であるとみなすことができる。. 一35一.

(39) 第4章 高等学校教員の学校改善意識に関する調査 第1節 調査の目的・対象・方法・内容. (1)調査の目的 前章で考察した高等学校教員の学校蘇善意識を調べるために、全日制 課程普通科を設置している大阪府立各高等学校(136校)の教員を対象に 「教育課程の編成に関する調査」と題したアンケート調査を郵送質問紙 法によって行った。. (2)調査の対象 調査の対象を全国規模でなく大阪府に絞ったのは、筆者が大阪府立の 高等学校に勤務していること、及び、教育課程の編成基準が各都道府県 によって異なるために、全国規模であれば共通の認識や共通の組織風土 の上に立った回答が得られにくい恐れがあると危惧したからである。さ らに、大阪府下の高等学校のうち全日制課程普通科を設置している府立 高等学校に絞ったのも同様の理由による。. 各高等学校の中では、国語、社会※1、数学、理科、英語の各教科に所. 属している教員のうち、現在の勤務校での経験年数が4年以上の教員か ら、それぞれ1名を対象とし、各員の人選は校長に依頼した。 なお、回答者の人選に条件を付した理由は次の通りである。. 教科を上記5教科に絞ったのは、教育課程編成において履修科目を選. ※1. サ行の学習指導要領による教育課程実施時(平成6年)から社会という教科が解体さ. れて地理歴史と公民に分かれたが、たいていの学校ではこれら新しい教科をもとにし た教科会を校内組織として位置づけておらず、両者を併せた旧来の「社会科」を単位 として扱っているので、本研究でもあえて「社会科」とした。 一36一.

(40) び、その単位数を決定する際に、それら以外の教科である保健体育、芸 術、家庭の各教科では選択履修科目として設定される科目も含めて教科 としての履修単位数が多くないために利害の衝突がみられにくいが、そ. れに対して上記5教科の問では利害の衝突がみられ議論が集中するとい う実態があるので、教育課程編成時に教科の利益ないし既得権が当然意 識にのぼると判断されるためである。. 次に、現任校での経験年数4年以上という条件は、平成元年告示の新 学習指導要領に基づく教育課程の平成6年度実施を前にして、その編成. が平成4年度から5年度にかけてなされた時に現任校に在籍していた教 員を対象とすることを意味する。それはその後に転任してきた教員に比 べて、編成に関わって現任校での共通の経験を持っているために質の高 い回答が得やすいと判断されるためである。. (3)調査の方法. 調査は、平成9年7月2日付で大阪府立各高等学校の校長宛に調査の 協力依頼を文書で行い、各校の該当者の中から回答者を校長に任意に選 んでもらい、同封した調査用紙を配布してもらう形で行った。夏休みに 入ると回収率が下がると予想されたので、選ばれた各教員(計680名)に は同月18日までにアンケート用紙に回答の上郵送してもらうようにした。. アンケートの回答形式は選択肢方式とし、大半は4分評定尺度方式と した。最後に自由記述の欄を設けた。. なお、調査は無記名回答によるものとしたが、回答者の若干の属性を 答えてもらうことにした。. (4)調査の内容. 一37一.

参照

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