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井伏鱒二「朽助のゐる谷間」初期本文の考察 : 仮名遣いの推移について

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Academic year: 2021

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(1)兵庫教育大学研究紀要第24巻2004年2月pp.15-30. 井伏鱒二﹁朽助のゐる谷間﹂初期本文の考察 -仮名遣いの推移について-. 前 田 貞 昭 ★. 本誌第二十三巻第二分冊に掲載した拙稿﹁井伏鱒二﹁朽助のゐる谷間﹂初期本文調査﹂で、﹁朽助のゐる谷間﹂の初期本文三種における本文異同を調査し、﹁本文異同表﹂を作. 成した。本稿では、この﹁本文異同表﹂に加えて、﹃夜ふけと梅の花﹄収録作品の雑誌初出本文・同書収録本文、さらに二点の自筆原稿とその雑誌初出本文及び単行本(叢書)収. e. y. w. o. r. d. s. ︰. I. B. U. S. E. M. a. s. u. i. i. ,. t. e. x. t. u. a. l. c. r. i. t. i. c. i. s. m. ,. u. s. e. o. f. a. n. a. ,. K. U. C. H. I. S. U. K. E. N. O. I. R. U. T. A. N. I. M. A. 該文庫既収録書目も増刷時に改版し新表記化することが通例となったようだ。こ. k. 録本文を検証し、各雑誌初出本文の仮名遣いが概ね自筆原稿(印刷用原稿)のそれを反映したものであり、単行本収録時に歴史的仮名遣いの規範に沿うべく改められている実態 を明らかにした。. K. キーワード︰井伏鱒二へ本文批評、仮名遣い、﹁朽助のゐる谷間﹂. ところで、旧表記の口語作品を文庫に収録する際に新表記に改めるようになっ. れらの措置は'一般読者を対象として馴染みやすい本文を提供するという目的に. 一、はじめに 本誌第二十三巻第二分冊(二〇〇三年三月三十一日)に掲載した拙稿﹁井伏鱒. (-). たのは一九六〇年代に入った頃からのようで、一九六〇年代後半にかかると'当. 二﹁朽助のゐる谷間﹂初期本文調査﹂において、﹁朽助のゐる谷間﹂初出雑誌及. 即したものだが'作品本文の成立した当時においても、今日と同様に整序の目の. は当然のことであろう。しかし、それも誤解を生じやすいように思われる。. 人全集で'底本刊行時に行なわれていた本文に近づけるという方法が採られるの. の仮名遣いを尊重することが多い。文庫本よりは限定された読者を対象にした個. 一方、近年の個人全集編纂においては'旧漢字は新漢字に改められるが'底本. 行き届いた本文が存在していたと錯覚されかねない危険性を含んでいる。. び同作収録吉である、 日印刷、同年三月一日発行). ①﹃創作月刊﹄第二巻第三号(三月号)(一九二九︹昭和四︺年二月二十. 年四月一日印刷、同年四月三日発行). ②﹃夜ふけと梅の花﹄(新興芸術派叢書)(新潮社、一九三〇︹昭和五︺ ③文芸家協会編﹃日本小説集﹄(第六輯・昭和五年版)(新潮社へ一九二. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. ヽ. 底本の仮名遣いを尊重するという方針が著者の仮名遣いを再現しようとするも. のだと解されるとすれば、それは明らかに誤解である。この方針は、必ずしも、. 〇︹昭和五︺年五月三十日印刷、同年六月三日発行) の本文異同を調査し'その結果を前稿に附した﹁本文異同表﹂にまとめた。そこ. 底本の仮名遣いを著者その人のものとして絶対化することを目指すものではない。. すなわち、底本として選択された本文の時代性を反映させるものであり'そして、. では、﹃夜ふけと梅の花﹄においてはルビ附き活字の使用が推定できることへそ. その時代性の内に、個別の著者の表記意識も包括されていると見られる。しかしへ. やがて本稿でその一端を明らかにできるであろうが、この措置は底本の成立した. 本稿では、この﹁本文異同表﹂から仮名遣いの異同を抽出し'これに﹃夜ふけ. その時代性の内実も決して一様ではない。同一作品ですら、著者の仮名遣いをほ. れが送り仮名に〓正の影響を及ぼした可能性が高いことへ﹃日本小説集﹄の底本. と梅の花﹄収録作品の雑誌初出本文と同書収録本文、﹁丹下氏邸﹂・﹁頓生菩提﹂. ぼそのまま反映している本文もあれば、当該時期の仮名遣いの規範によって統1・. 時期の一つの仮名遣いの在り方を尊重するものであると考えるのが適切である。. の自筆原稿(印刷用原稿)と雑誌初出本文・再録書本文を調査対象に加えて、自. が初出﹃創作月刊﹄であることなどを指摘した。. 筆原稿(印刷用原稿)・雑誌初出本文・単行本(再録書)本文の仮名遣いの一般. 整理に努めた本文もある。これは、出版社(者)・編輯者・校正担当者・印刷担. 平成十五年十月二十一日受理. 的特徴を括り出し、本文校訂における仮名遣いの在り方を検討する資料としたい。. ホ兵庫教育大学第二部(言語系教育講座). 15.

(2) る、あるいは、それを前提として書かれる近代文学の本文が必然的に抱え込む要. 当者が仮名遣いに関与していたことを証明する現象である。複製によって流布す 抱え. さ与. (四九・-、四九・-、五〇・1. つな了見は(四八1さ刊うな了見は(二四・3/六三・-). ふるえた(四八・7)1ふるへた(二二."T六二・-). 前凹--'^3. 素だと言わなければならないのだが、個人全集が著者個人の名称を冠しているが. 12へ二四・13、二七・-、二九・14へ三一・-/六三・11へ六三・12、六. 準を設けるのか--'いずれにしろ、特定の方針を定めた上で、個別の語の仮名. 名遣いに沿うか、底本の仮名遣いを尊重するか、あるいは、校訂担当者が別の規. 心が持たれなかったことは容易に想像されるが、本文校訂においては、歴史的仮. つらい目に達は対とは(五〇T-01つらい目に逢は引とは(二七・-/六. 植え. sB刑. 答にあたると恩打て(四九・2)1答にあたると思うて(二五・-N六四・. 9、五二・-、五三・-)1抱へ(二四・. ために、その全てが著者個人の権威に帰せられてしまうことはなかっただろうか。. 遣いを決定しなければならない。ある字句について﹁どちらでもよい﹂という判. 五・-) 持ちは引めて(五七・-)1持ちはじ. 五・11へ六七・4、六八・-). 断を下すことはあり得る。仮名遣いに関しても同様だ。しかし、そのような判断. 羽根を封さめて(五七・﹂)1羽根を封さめて(三九.sx七四・-). 仮名遣いは作品の本質的要素ではなく形式的要素に過ぎないという理由で、関. を下してもう複数の可能な本文の内のlつを選択し、その結果を示さなければな. めて(三八・s¥七三・S). tてあって(二六・-/六四・S). らない。そして、いずれの本文を選択しても、その本文を具体的に提示するため. 細ひ黒色の一線(五七<sl)1細叫黒色のl線(三九.3s七四. 二十箇所へ異なり語数で十五語に異同がある。 ﹃夜ふけと梅の花﹄の﹁要職にお副でになる﹂は、後で検証するように、錯誤. で十六語に仮名遣いの異同が認められる。初出雑誌と﹃日本小説集﹄では、延べ. 右のように初出雑誌と﹃夜ふけと梅の花﹄では、延、べ二十一箇所へ異なり語数. てあって(五〇・-)1植ゑ. には、仮名遣いという問題は避けるべくもないのである。. 二へ仮名遣いの推移-初出﹃創作月刊﹄から﹃夜ふけと梅の花﹄ ﹃日本小説集﹄へ. 最初に雑誌初出本文(括弧内に該当貢・行)を置いて、1の下に﹃夜ふけと梅の. る異同を次に掲げる。以下に掲げる用例についてはへ次のような形式に従った。. 間﹂本文と、﹃夜ふけと梅の花﹄﹃日本小説集﹄収録本文のうち、仮名遣いに関す. 移の現象を敷桁することが可能であるならば、雑誌初出本文においては歴史的仮. ﹁要職におゐ. 範に沿うべ-改められている。. おいて、仮名遣いに雑誌初出本文と異同がある箇所は、全て歴史的仮名遣いの規. あるいは誤植と考えられる。これを除-と、﹃夜ふけと梅の花﹄﹃日本小説集﹄に. 花﹄もしくは﹃日本小説集﹄の本文を掲げることとし(括弧内にはスラッシュ/. 名遣いの規範を緻密に適用せず(もちろん、その規範によって校訂・校正がなさ. 前稿掲載の﹁本文異同表﹂を利用して、初出﹃創作月刊﹄掲載﹁朽助のゐる谷. で区切って、﹃夜ふけと梅の花﹄/﹃日本小説集﹄の順に該当頁・行を記した)、. れたが、それから漏れた可能性もある。が、それにしては(誤用)(誤植)が多. 単行本収録時に仮名遣いの規範に沿って改訂に努める、と一般化できるのではな. m.. 複数箇所に出現する同1語は、差し支えない限りまとめて掲出した。なお、﹃夜. すぎる。歴史的仮名遣いの規範にとらわれなかったと見た方が相応しいだろう)、. 木立を縫対て(三七・-)-木立を縫引て(四・-/四八・S). いだろうか(厳密に言えば﹃夜ふけと梅の花﹄は﹁新興芸術派叢書﹂という叢書. Iでになる﹂を考察から外して、ここに見られる仮名遣いの本文推. ふけと梅の花﹄は総ルビであるが、原則としてルビは省いた。 要職にお叫でになる(四〇・-)-要職にお副でになる(九・-/﹁要職に. 拠るのか。雑誌印刷時になされる文選の根拠は印刷用原稿(著者自筆原稿)以外. それでは、歴史的仮名遣いの規範から外れた'雑誌初出本文の仮名遣いは何に. の一部であるが、以下、煩境を避けて﹁単行本﹂という言い方を用いる)0. え. にはない。自筆原稿については編輯者による原稿整理が行なわれただろうし、ゲ. お叫でになる﹂五二・-)︹﹃日本小説集﹄は初出と同じ︺ 暗きご対(四一・2)1時きごゑ(1二・-/五四・-). ぐりぬいて(四1-3)-剥ぐりぬいて(]]五四・-). 掛けか射られ(四三・^)-掛けか7られ(1円.Lf3N五六1-!>. 遣いの規範ではな-、当時の規範であるが)に背-ような手が入れられるとは考. 働かない限り、その段階で'仮名遣いの規範(正確に言えば、今日の歴史的仮名. ラについては担当者による校正がなされたことは予想されるが、何らかの錯誤が. I. 支打てゐた(四五T-I/1支7てゐた(一八・5/五八.ォ= l 向打倒(四六・-'四六.^1向引側(一九・S'二〇・5/五九・1 六〇・-). Hi.

(3) との敬語の場合﹁ゐる﹂にとらはれて、﹁おゐで﹂と吉-は正し-ない。. 用原稿)に八一回的な書き誤り)がなかったとは言い切れない。しかし、観点を. に(誤植)が存在する可能性は低くはない。また、それ以前に、自筆原稿(印刷. それを、そのままへ著者の(書き癖)とするのは即断に過ぎよう。雑誌初出本文. 自筆原稿(印刷用原稿)の仮名遣いを雑誌初出本文が反映しているとしても、. る仮名遣いは、自筆原稿(印刷用原稿)の仮名遣いを反映したものと考えるより はかない。. でになる﹂と歴史的仮名遣いの規範に従っているので、そのような意識は非常に. でになる﹂に改めるべきだとするほどに、この仮名遣いを井伏自身が強-意識し ていたということがあるだろうか。次の収録書﹃日本小説集﹄では﹁要職にお叫. は明らかになったが、それでは、﹁要職にお叫でになる﹂を強いて﹁要職にお副. あったようである。﹁おゐ で﹂という表記が当時の仮名遣いの規範に外れること. うに、同時代の仮名遣い意識の規範に則すれば﹁お利で﹂が注意するべき誤用で. この﹃校正の研究﹄が﹁一般に誤られがち﹂なものを取り上げたと言っているよ. 換えれば'(誤植)を除外し'八一回的な書き誤り)を除いたところに、著者の. 薄いと患われるのだが、念のために検証しておこう。 もし井伏に﹁お副でになる﹂とする仮名遣い意識あるいは(書き癖)があれば'. えにくい。錯誤や誤植を除けば、雑誌初出本文において規範から外れたと思われ. (書き癖)が現われるとも言い得る。同l原稿の同lTの近接した箇所に出現す るにもかかわらず、同じ単語が異なる仮名遣いで書かれている例もあるので、仮 は、ある程度の(揺れ)を持ったものも含めて、複数回に百一って複数の作日間に出. る谷間﹂に近接した自筆原稿、その仮名遣いを反映するところが大きいと思われ. ﹁朽助のゐる谷間﹂の自筆原稿(印刷用原稿)にそのように記されていた可能性 がある。しかし、﹁朽助のゐる谷間﹂自筆原稿(印刷用原稿)の所在は確認され. 名遣いに関する(書き癖)は'必ずしも固定していないところもある。その点で 現した場合、(書き癖)という言葉を使ってもよいようにも恩われる。 少し先走り過ぎたようだ。例外扱いした﹁要職にお副でになる﹂に触れておき. る雑誌初出本文によって、その傍証を得る方法が残されているだろう。. と梅の花﹄の﹁要職にお副でになる﹂への推移にも、蓋然性は極めて低いと思わ. 表された﹁頓生菩提﹂の自筆原稿がそれに次ぐ。この二つの作品の発表は、﹁朽. 九三一年l一月l日発行の﹃改造﹄第十三巻第二号に発表された﹁丹下氏邸﹂の自. まず、管見の限りでは、資料として用いることのできる井伏自筆原稿では'一. れるが、井伏の意志が働いていないとは断言はできない。 現在では、この仮名遣いは﹁要職にお中でになる﹂が正しいとされているが、. いずれの自筆原稿にも、編輯者による組版指定や文選工の分担割りを示す押印の. 助のゐる谷間﹂(﹃創作月刊﹄一九二九年三月)の二年後あるいは五年後である。. (r,A). ていず'そこにどのようにあったかは不明である。次善の策として、﹁朽助のゐ. たい。﹃夜ふけと梅の花﹄本文には'著者によるとしか想定できない本文改訂が. 数箇所含まれている。すると、この初出の﹁要職にお叫でになる﹂から﹃夜ふけ. これらの初出雑誌・単行本刊行当時における、この語の仮名遣いの規準を見てお. 筆原稿が最も古-'一九三四年十一一月一日発行の﹃改造﹄第十六巻第十三号に発. く必要があるだろう。今日の歴史的仮名遣いは平安中期すなわち延喜天暦年間ま. た仮名遣いと'必ずしも一致するものではない(以下、歴史的仮名遣いの規範に. うとしていた新進作家の頃に書かれているという微妙な相違がある。そういう点. 央公論﹄﹃改造﹄﹃文芸春秋﹄﹃新潮﹄等の総合誌や商業文芸誌に名乗りを上げよ. と七月に﹃夜ふけと梅の花﹄﹃なつかしき現実﹄という作品集二冊を刊行し、﹃中. 期の作品であるのに対して'残された二つの自筆原稿が、既にl九三〇年の五月. 三月発表の﹁朽助のゐる谷間﹂が井伏が同人誌作家から抜け出そうとしていた時. 照らして、﹁正しい﹂﹁誤まり﹂といった表現を用いるが'価値判断を含むもので. で慎重であるべきだが、﹁頓生菩提﹂自筆原稿には﹁お叫でなさい﹂(四二・E). 跡もあるので'実際に印刷に用いられたことは間違いない。ただし、7九二九年. はない)。﹁朽助のゐる谷間﹂が﹃創作月刊﹄に発表された一九一一九年当時、既に. の一例を見出せる。. で遡った用例の調査によって再構築されて来たものであり、﹁朽助のゐる谷間﹂. 元版が出揃っていた﹃言海﹄﹃日本大辞書﹄﹃大増訂ことはの泉﹄﹃修訂大日. 雑誌初出本文では、﹃夜ふけと梅の花﹄所収作品の内、﹁遅い訪問﹂初出(﹃三. の発表された当時において(正しい)とされる仮名遣いや、当時慣用化されてい. 本国語辞典﹄﹃広辞林﹄、また、時期としては﹁朽助のゐる谷間﹂発表時から数年. 田文学﹄l九二八年七月)本文に六箇所(四〇・15、四〇・l '四1-3、四一・. (4). いを認めるものはない。他方、大阪毎日新聞社校正部編﹃校正の研究﹄は、﹁特. を下るが同時代の規範を示すと考えられる﹃広辞林新訂版﹄﹃新編大言海﹄ などを見てみると'全て﹁お中で﹂を立項しているが、﹁お副で﹂という仮名遣. 一月)本文に〓固所(一一一・-)に﹁おいで﹂とある。﹃夜ふけと梅の花﹄に. 19、四二・1、四四・-)、﹁ジヨセフと女子大学生﹂初出(﹃新潮﹄一九三〇年. おいてもへこの計七箇所(六四・-'l七九・-、l七九・10、1八〇・1 2、l. に注意を要する仮名遣ひ﹂に﹁おいで﹂を取り上げ、次のように記している(≡ ︻おいで︼行-こと・来ること・在ること・居ることなどの敬語。居るこ. 七七貢)。. 井伏鱒二﹁朽助のゐる谷間﹂初期本文の考察. K.

(4) 前 田 貞 昭. 月三十一R。二・九三・-、二九四・1、同-)においては、これらは全て﹁率ゐ て﹂と正されている。現時占学は取りあえず﹁要職にお副でになる﹂と同様に'. 八l・-、l八一・-'一八五・-)の内六箇所で﹁お叫で﹂と使われ、唯l ﹁ジヨセフと女子大学生﹂の﹁お中で﹂が﹃夜ふけと梅の花﹄所収本文で﹁お封. 何らかの錯誤の結果か、校訂の漏れとして扱っておきたい。. ea瓦. 次に掲げる箇所では、﹃創作月刊﹄﹃夜ふけと梅の花﹄﹃日本小説﹄の三本文全. る﹁恩ふ﹂﹁言ふ﹂である。. 残る二語は﹁う﹂と表記するべきり音便が、﹁ふ﹂と使われている点で共通す. で﹂(六四・-)となっている。 第一に﹃日本小説集﹄のこの箇所の仮名遣い、第二に近接した時期の自筆原稿 る雑誌初出本文の仮名遣いへ第四に﹃夜ふけと梅の花﹄収録本文の仮名遣いの多. の仮名遣い、第三に筆者の(書き癖)を反映しているところが大きいと推定され 数例-これらから判断すると、﹃夜ふけと梅の花﹄にだけ認められる﹁要職に. る。. 1いふ、. たら(四・-、四・-、四・"*'九・1、二二・-、二八i-H¥. い対たら(三七・-、三七・-、三七・S'四五・G'四七・a'五一・S). 同じくウ音便でありながら、﹁い(言)刃たら﹂とされたのが次の六箇所であ. 恩打たれば(五二・-)1思対たれば(n:o六七・-). 思対とります(四九・-)1恩ふ とります(二四・-/六三・-). 時に﹁思うて﹂と改訂されている)0 り音便でありながらへ﹁思ふ ﹂とされているのは、次の二箇所であるO. てが、ウ音便形の表記を﹁思ふ﹂﹁言ふ﹂と誤っている(前節に掲げたように初 出﹃創作月刊﹄四九・1 6の﹁思打て﹂は'﹃夜ふけと梅の花﹄﹃日本小説集﹄収録. お封でになる﹂は、何らかの錯誤が働いたか、誤植としてよいと思われる。. 三、﹃夜ふけと梅の花﹄と﹃日本小説集﹄に残る雑誌初出本文の仮名 遣い 前節で取り上げたのは、﹃夜ふけと梅の花﹄﹃日本小説集﹄の二書収録時に異同 の生じた仮名遣いであった。本節では'歴史的仮名遣いに反する雑誌初出本文の 仮名遣いで、﹃夜ふけと梅の花﹄﹃日本小説集﹄収録時にも正されることな-、雑. 四八・16へ四八・18へ四九・-、五九・-、六一・16、六六・-). ﹁忠ふ﹂﹁言ふ﹂に続いている、﹁とり﹂﹁たれ﹂﹁たら﹂は、連用形に接続する語. 前稿﹁本文異同表﹂には現われていないが、﹁朽助のゐる谷間﹂本文中には'. 誌発表時のままに残っているものについて検討したい。 そうした例が三語、延べ十二固所に存在する。. のう音便化した﹁恩う﹂﹁言う﹂が正しい。. に困難を生じさせているようだ。当時の仮名遣いの規範としては'実際の音声と. である。方言的要素が色濃い会話文中に出現することが'地の文の中にある以ヒ. ﹁恩引﹂﹁言引﹂の二語は、方言使用者である朽助の発話中に現われたウ音便. である。したがってへここは、歴史的仮名遣いとしては連用形﹁思ひ﹂﹁言ひ﹂. まず、初出﹃創作月刊﹄以下へ同一頁に出現して目につきやすいのが、ワ行上 一段活用の﹁率創る﹂の連用形が、全て次のように﹁率叫て﹂とされているとこ ろである(以下、前節と同様の掲出方法とする)。 率叫て(三八・㌔三八・S'三八・E)1率叫て(六・-、六・-、六・. れの仮名遣いでも'右以外にはこの語の用例を'﹁丹下氏邸﹂自筆原稿、﹁頓生菩. 示している語である(三六七貢)。 この語は﹁率叫る﹂﹁率創る﹂あるいは﹁率いる﹂とも表記し得るが、いずれ. ﹃校正の研究﹄も﹁誤りやすい仮名遺ひ﹂中に'﹁ひきゐ る﹂とあるべきだとして. ﹃大増訂ことはの泉﹄﹃広辞林﹄﹃新編太言海﹄ほか辞書類は﹁率創る﹂とし、. ﹁朽助のゐる谷間﹂では右の一二箇所でこの語が使われているのだが、その全てが ﹃夜ふけと梅の花﹄でも﹃日本小説集﹄でも﹁率叫て﹂とされている.﹃言海﹄. えて語としての表記規範に従うという(正しい)方法が採られたのだが、ウ音便. いとされる。この場面でも'音韻﹁ウ﹂と表記﹁ふ﹂とが垂離していることを弁. 仮名遣いの通常の活用ではハ行の仮名を用いて﹁恩ふ ﹂﹁言刃﹂と記すのが正し. 声で﹁オモウ﹂﹁イウ﹂と言う/聞くと認識されている語の活用語尾は'歴史的. 発話を写す/表わすという表音的機能を、その機能を欠いた歴史的仮名遣いに担. 単語を示す(表語の機能)である。しかし、当時にあっては'方言的色彩が濃い. な歴史的仮名遣いが果たし得るのは、音を写す/表わす(表音の機能)ではなく、. の率離が進行し、表音性を欠いてきた歴史的仮名遣いの用意しかない。このよう. 提﹂自筆原稿、﹃夜ふけと梅の花﹄収録作品本文に見出すことはできない。﹃日本. 1 0/五〇・-、五〇・-、五〇. 小説集﹄に続いて﹁朽助のゐる谷間﹂を収録した、所謂円本の﹃明治大正(昭和). 表記においては音韻﹁ウ﹂と表記﹁う﹂とがそのまま対応するという例外的な仮. 19、同20)、﹃世界ユーモア全集﹄第十一巻(日本篇)(改造社、一九三二年十二 名遣いを要求されるがゆえにへこの書き方は誤りとなったわけである。. 、 ? - I. わせるという方法がもっぱら採られる。そこにそもそも無理が生じる。実際の音. 文学全集﹄第五十五巻(春陽堂、一九三一一年一月二十三日。四五二・下・10、同. 18.

(5) ﹃明治大正(昭和)文学全集﹄第五十五巻や﹃世界ユーモア全集﹄第十一巻も、. の花﹄において、歴史的仮名遣いの規範に沿うように改めるべ-努めている様子. ﹁朽助のゐる谷間﹂の雑誌初出本文の仮名遣いの誤りは、単行本﹃夜ふけと梅. 四、﹃夜ふけと梅の花﹄収録時における仮名遣いの変更. 初出本文(該当貢・行)1﹃明治大正(昭和)文学全集﹄本文(該当頁・段∴付) が見えてきた。. このウ音便﹁恩引﹂﹁言引﹂については処理を誤ったところを残している。雑誌 /﹃世界ユーモア全集﹄本文(該当貢・行)の体裁で、以下に掲げる。問題の箇. ただし、現在の知見では﹁ある叫は(或叫は)﹂が正しい歴史的仮名遣いとさ. 貢・行)1﹃夜ふけと梅の花﹄所収本文(該当貢・行)の順である。. 同辞典が異説を紹介しているものなどを掲げた。掲出事項は雑誌初出本文(該当. ﹃新潮国語辞典第二版﹄の掲げる歴史的仮名遣いとは異なるもの、あるいは、. 尾に、*印を附けて、初出雑誌と﹃夜ふけと梅の花﹄との問に異同はないが、. ふけと梅の花﹄所収本文との問で仮名遣いの異同があるものを掲げ、各作品の末. 作品毎に括りへ底本となった雑誌の発行順に掲げた。最初に雑誌初出本文と﹃夜. 次に、﹃夜ふけと梅の花﹄収録作品本文において仮名遣いが問題となる箇所を. であるのだろうか。. 花﹄収録作品の内、﹁朽助のゐる谷間﹂以外の諸作においても、同じような状況. それでは、十三種の雑誌に発表された計十六篇の作品から成る﹃夜ふけと梅の. 所に傍線を引き、歴史的仮名遣いに沿わない箇所を二重傍線を引いて示してみた。 思対とります(四九・4)1恩対とります(四六二・下3)¥思対とりま. ﹁思う﹂とするべきところは、次のようにある。 す(三l四・-)。 恩対たれば(五二・-)1思打たれば(四六六・上0¥思引たれば(三 二〇・-) い対たら(三七・-)1い引たら(四五l・下.E2">い引たら(二九1・. ﹁い(言)うたら﹂とするべきところは、. i-u. い刃たら(三七・-)1い引たら(四五二下・S)い引たら(二九7・ r-ij. い対たら(三七.<?>.}1いう たら(四五二・上')¥い刃たら(二九二・. れるが、以トの作品本文では全例が﹁ある叫は(或叫は)﹂となっている。これ については掲出を省いた。. m い対たら(四五1-I>.1い引たら(四五九・下.^い対たら(三〇八・. ﹁うちあはせ﹂(﹃文学界﹄一九二五年一月) といふことにし叫うと思って(七二・S)1といふことにし封つと思って. 学全集﹄にせよ、﹃世界ユーモア全集﹄にせよ'ウ音便に関わる歴史的仮名遣い. てゐる﹂(﹃校正の研究﹄一五四貢)と豪語した春陽堂の﹃明治大正(昭和)文. とある。﹁多年の経験ある﹂﹁三名の専門家のほかに、特に作家の泉斜汀氏を碑し. 地に沿対て低く(七七・-)-地に沿引て低く(二lOT-1). 老叫よろばひになると(七四.^)1老中よろばひになると(二〇七・-). ふけと梅の花﹄本文ともに﹁さひはひ﹂﹁さいはひ﹂に傍点がある︺ 老引込んだ学者(七三・53)1老中込んだ学者(二〇五.<=>,}. さ叫はひ茸(七三・-)1さ叫はひ茸(二〇四・E)︹雑誌初出本文・﹃夜. 鉢植有(七三・-)1鉢植劇(二〇四・S). 壁に沿射た書笈の上(七三・-)1壁に沿引た書笈の上(二〇四・S). (二〇三.^. 日) い対たら(四七・G)1い引たら(里ハl・下co)い引たら(一二二 0 0 1 い対たら(五一・3)1い対たら(四六五・上i-1J¥い引たら(三l九・. というのは鬼門だったようである。再録を繰り返すことで、歴史的仮名遣いに則. あ副たゞしい小さな羽音(七七-あ材ただしい小さな羽音(二二. -). するように手が入れられたことは確認できるが、一部にそれが徹底しないところ. 嘆息をもらしたりし刊うとする(七七1嘆息をもらさせたりし副うと. B. を残しているという実態が浮かび上がってきたようだ。 こうした例外はあるにせよ'基本的な方向性は、﹃夜ふけと梅の花﹄あるいは ﹃日本小説集﹄においては、歴史的仮名遣いの規範に沿うように改めるところに. ヽ. して﹂とあるべきところ︺. *剖うして老人は(七七・2)1争つして老人は(二Il.oo)︹﹁副う ヽ. する(二一一・2)︹字句に変更がある︺ ヽ. あり(錯誤が働いたと見られる﹃夜ふけと梅の花﹄の﹁要職におゐでになる﹂を ヽ. 除外することにする)へまた、その後の再録書においても、その方向で校訂する ヽ. べく努めていると言うことはできるだろう。 井伏鱒二﹁朽助のゐる谷間﹂初期本文の考察. 19.

(6) 前 田 貞 昭. 描き添え た(四・-)1措き漆へ た(l九七・-). 副かしい(二・ー)1封かしい(1九四i-iJ. 止してしまは刃か(一r-1jl止してしまは引か(一九一二・-). 酔幻ば酔ふほど(五二・-)1酔7ば酔ふほど(二二七・-). 実物の封つに立派に(五1・-*^). 吋どり出て(四八・-)1封どり出て(二二二・S). 入れ換打てやる(四六・-)I入れ換7てやる(二一九I-u. そのつ叫でに(四四・﹂)1そのつ叫でに(二一七. 六・-). それゆえ (四・S)1それ故(一九七・E). ﹁寒山拾得﹂(﹃陣痛時代﹄l九二六年l月). 封かしな身振り(五・-)1︹当該箇所削除︺. ︹参考酔7ば酔ふほど(五二・-)1酔7ば酔ふほど(二二七・3)︺. こ頼れつ1あった(四二・S2 )Iこ刷されつ1あった(l八二・-)︹字句. ﹁遅い訪問﹂(﹃三田文学﹄一九二八年七月). 1-M-実物の刊うに立派に(二二六・S). 副かしいんだ(五.^1封かしいんだ(l九九・-). 酔っぱらへば酔つばら引ほど(五四・-)-酔っぱらへば酔つばら刃ほど. ゆゑ. 笑は耳とする(六7-{)⊥天はう とする(二〇〇・3) か1わらず(一∵1、四・-)1かかはらず(一五四. (二二九・2). 歓迎し合は対といふ(五.--^1歓迎し合は引といふ (一五九・-). に変更がある︺ つ叫でにお伺ひしても(四七.^1つ叫でにお伺ひしても(l九〇・E). ﹁岬の風景﹂(﹃鷲の巣﹄一九一一六年八月). 何がおかしいんだ(六・8)1何がをかしいんだ(一六〇・4). ・庭にう司くまつてゐる(四四・-)1庭にう瑚くまつてゐる(1八五・. 2、一五七・2). はるか向ふの島(六S)1はるか向うの島(一六一・-). -)︹﹁用ひ. る﹂﹁用創る﹂の両説がある︺. co) *意味に用叫たのである(四八・-)I意味に用叫たのである(1九一・. 震対させた(1〇・S)1震7させた(l六七・3) ばかり言打て(11ばかり言引て(一六八・-) 向対から(一五i-0-向引から(l七五・-). 一七五i-O. *食ひしん副う(六・4)1食ひしん副う(一五九・E21 ︹﹁食ひしんば. 向対の空(一五.<->rl五S)1向引の空(一七五・7、. 刊くまる﹂﹁う封くまる﹂の両説がある︺. *黒くうづくまる島(九・-)1黒くうづくまる島(一六四・531︹﹁う. 窪みには中った(l二六1窪みには叫つた(六〇・-). 穴につか射て(11穴につか7て(五七・-). 卵を抱え. ﹁山根魚﹂(﹃文芸都市﹄一九二九年五月) 出口につか打て(l二co)1出口につか7て(五三・-). ﹁埋憂記﹂(﹃文芸公論﹄一九二七年九月) 先に向ふ へ行きつ-(九七・S)1先に向引へ行きつく(八五・-). 頭がつか射て(l二七・-)1頭がつかへ. う﹂とあるべきところ︺. 練習のつ叫でに(九八・4)1練習のつ叫でに(八六・-). ﹁一びきの蜜蜂﹂(﹃新文学準備倶楽部﹄l九二九年七月). て(一二三・E3^1卵を抱7て(五六・-). 塀に沿ふて(九八・-、九八・-、九八・-)1塀に沿引て(八六・-、八. 切歯にた射ません(五五・4)-切歯にた7ません(二四〇・-). 讃有る(一〇七・-、一〇七・-)1讃7る(九九・4、九九・-). それをお. 溝に沿ふて歩く時(五七1-ijl溝に沿引て歩く時(二四四・-). 手がふる有るので(五七・-)-手がふる7るので(二四三・S). 材がば(二四三・-、二四四・10、二四五・EY二四五・fT二五二・-). 心さ副がば(五六・a'五七・l'五八・-、五八・4、六一・E)1心さ. て(六一・-). 穴につか打たのである(l二円i-Ul穴につか7たのである(五七・-). 六・4、八六・4). ﹁鯉﹂(﹃三田文学﹄一九二八年二月). 綿か藍を植対(五七1-1/-綿か藍を植ゑ. さめた(l〇二y-tjIそれを利さめた(九二・-). 携打て(三八・3)1携へて(T四六・-). (二四五・-). 永いあ中だ(三九・8)I永いあ叫だ(一四七・4). (二四五・-). 出来そこな中の卵(五八・S)-出来そこな叫の卵(二四六・7). をりますゆ対(五七・S)-をりますゆゑ. 百五十本植打(五七・S)-百五十本植封(二四五・-) ーつぴら(二l三・E) ーつとしたのである(二1. ﹁夜更と梅の花﹂(﹃文芸都市﹄l九二八年三月) うとしたのである(四三・2)1握らせキ. 劃可つぴら(四I・﹂)1封は 握らせや. 20.

(7) 蓄える部屋(五八・3)1蓄へる部屋(二四六・-) 答になりますゆ対(六〇・-)1答になりますゆ剥(二四九 家族だりますゆ利(六〇・-)1家族だりますゆ劃(二四九・S). 料理部屋へはいって行った(二五・下・-)1料理部屋へはひつて行った (一三五・-). おっゆがは中ってゐた(二五・下・S)1おっゆがは副ってゐた(T三五・ 12). は中って行って(二七・上ァ3)1は副って行って(一三八・E). 帰りませぬゆ対(六〇。3s!1帰りませぬゆ劃(二五〇・E) ・引たばた(五六・S)1引たばた(二四三・8). ・オクツらとい刃たら(二八・上-オクツらとい対たら(一四〇・. -、l二六・-). *引ん可ん鳴る(二l・上・-、l二・上1引ん引ん鳴る(l二六・. だから、﹁イ可﹂も可か︺. -、一二三・-)︹﹁イ7﹂とあるべきだが、﹁らく書き﹂を写したもの. *コノイエーニモ(一八・下・E'一九・ド・S)1コノイ可ニモ(一二一・. 机を据え(二八・下・S)1机を据封(l四1.m}. 2)︹﹁委細文﹂だから﹁イサ叫フミ﹂とあるべきところ︺. ・イサパフ-(五九五九1イサパフミ(二四八・E'二四九・ ﹁炭鉱地帯病院﹂(﹃文芸都市﹄1九二九年八月) 門戸を構打てゐる(八四・-)1門戸を構7てゐる(四三・﹂) 診断のし副うもなければ(八四-診断のし刊うもなければ(四五・-) 書類のつくり封つもありません(八円1-1/I書類のつくり叫うもありませ ん(四五・-). 弧的. ・ぢつとしてゐろ(11引つとしてゐろ(二三一・-). ﹁屋根の上のサワン﹂(﹃文学﹄一九二九年十一月). *う司くまつて(四・4)1う司くまつて(二三三・S). *用ひる診断書(八四・2)-用叫る診断書(四三. 世間てみ(八九*i-1j-世間て叫(五二・-) *田舎の言葉を用ひて(八六・S)1田舎の言葉を用ひて(四七・-). の竹薮(二五・-)I向引の竹薮(七-)︹﹁薮﹂から﹁薮﹂へ. _. こ. 向対の山(五八・E)1向引の山(l五三・ほ) こ. ﹁休憩時間﹂(﹃新青年﹄T九三〇年二月). . C I. 下駄をはいて来ようが(六五・上.<511下駄をはいて采やうが(一一四・. _. ﹁生きたいといふ﹂(﹃近代生活﹄一九三〇年一月) 大亀裂がは中り(五六・3)1大亀裂がは叫り(l五〇・5). (弾く)﹂とあるべきところ︺. ・は引き返って(二五・望1は引き返って(七."31︹﹁はIj.く. 耐かしな男(l二〇・3)1利かしな男(七九・3). 15). 変更︺ 大望はく引けるであらう(二九・S)1大望はく引けるであらう(七七・. 向ふ. 〇・-). それにともな引末梢的愉楽(二四.02)1それにともな対末梢的愉楽(七. なにが樹かしい(二三・-)1なにが封かしい(六八・-). 1ぱいく吋されてゐた(111.00)1一ばいく刺されてゐた(六四・S). ﹁ジヨセフと女子大学生﹂(﹃新潮﹄一九三〇年一月). *用叫たり(九〇・-)1用叫たり(五二1-1j ﹁シグレ島叙景﹂(﹃文芸春秋﹄一九二九年十一月) つ叫でに彼女の部屋の(二〇・上・-)1つ叫でに彼女の部屋の(l二三・ 13). 向対の島から(二〇・上1向引の島から(l二四・5) 向対側へ(二〇・下・-)1向引例へ(一二四・3) 問題には中って行った(Ill-上・-)1問題には副って行った二二五・ 蘭的. 自分の部屋には中った(l二・下・S)1日分の部屋には副った(l二七・ s r s 的. つかま射ようと試みた(Ill*下・2)-つかま7ようと試みた(7二七・. 満潮をたゝ打て(二l・下・S)1満潮をたた7て(一一五・-). 10). 炊事室へは中って(一三・上."^1炊事室へは叫つて(一二八・-) さえづ. つて行った(l三三・. 噸判る(l一四・下・1、二四・下・-)-咽る(二二二・3'二二 問題には中って行った(二四・下3)1問題にはひ 13). 手には叫つたにしても(二門・下-手には叫つたにしても(l三三・ 14). 井伏鱒二﹁朽助のゐる谷間﹂初期本文の考察. 21.

(8) 日﹂. 前 田 貞 昭 こ. _. こ. ー. 靴をはいて来ようが(六五・上.^1靴をはいて乗やうが(一一円・-) *暴力を用叫なくても(六二・下・-)1暴力を用叫なくても(二〇・. ﹃新潮国語辞典第二版﹄では、歴史的仮名遣いも現代仮名遣いと同形の﹁う. ずくまる﹂とて見ていて、﹁歴史的仮名遣いを﹁うづ-まる﹂とする説もある﹂. と注記している。﹃日本国語大辞典第二版﹄の語誌は、﹁平安時代の諸資料から. ﹃広辞林﹄は'﹁うず-まる﹂の項を立てて活用語尾、自動詞・他動詞の別、. のみを立てる。. ﹃言海﹄﹃大増訂ことはの泉﹄には﹁うず-まる﹂の項はな-、﹁うづ-まる﹂. 近世には一般化、﹁和字正濫妙-五﹂も後者を採る﹂とするO. _. 見ても﹁うず-まる﹂が正しいが'中世後期から﹁うづ-まる﹂が目立ちはじめ. こ. 右の語例の内へ﹃夜ふけと梅の花﹄収録時に変更のあった仮名遣いは概ね雑誌初 _. 出本文の誤りを、歴史的仮名遣いの規範に則して正すものである。 こ. 概ねというのは、﹁休憩時間﹂の﹁来よう﹂1﹁米やう﹂の変更が歴史的仮名 (﹁来る﹂の未然形)+(推量・意志の助動詞﹁よう﹂の終止形). 遣いの規範に反するからである。この表現の成立過程の諸問題を除いて、単純に、. 活用の種類を示しているが、語釈は﹁うづ-まる﹂の一語で済ませ、別項の﹁う. こ. づ-まる﹂の方で若干詳しい語釈を施している。ただしへ﹃広辞林新訂版﹄で. 4 T e. ている文脈と、ルビを無視すれば、﹁米やう﹂という解釈もあり得るが)。﹃校正. と見れば、雑誌初出本文の﹁来よう﹂という仮名遣いが正しい(この語の使われ. は﹁うず-まる﹂は'﹁凡例﹂に言う﹁国語中仮字道の誤り易きものは、特に其. ︻やう︼名詞である。ごと-・かた(刀)の意に用ひる。. ﹁もちひる﹂﹁もちゐる﹂. としてもl般に﹁う司くまる﹂が通用していたと見てよい。. る。これらからすると、諸資料から再構築された歴史的仮名遣いは﹁う列くまる﹂ を正しいとするべきだが、当時の辞書類では﹁う刊くまる﹂が優勢であり'実態. ﹁浮雲﹂﹁坊っちゃん﹂の二作品から引いているが、いずれも﹁うづくまる﹂とあ. 明治期文学作品の用例に目配りする﹃新潮現代国語辞典第二版﹄は用例を. は同等の扱いで、双方ともに用例も示す。. ﹃修訂大日本国語辞典﹄﹃新編人言海﹄は、﹁うず-まる﹂﹁うづ-まる﹂. を参照するように指示している。. 写音仮字を掲げてこれを語辞の列中に加へ﹂たものの扱いとなり、﹁うづ-まる﹂. の研究﹄から、この﹁やう・よう﹂の部分を引いておこう(三七九貢∼三八〇貢)0 例-花のやうに美しい(花の如-美し)。雪のやうに白い(雪の如くn L ) 0 いたしやうがない(いたしかたなし)。物は見やうによる(物は兄 かたによる)。 ︻よう︼助動詞である。文語の﹁む(ん)﹂にあたり、未来をあらはすに 用 へ j : f i 例-かうしようと恩ふ(か-せむ(ん)と恩ふ)。彼は恐ら-決行しよ (右の二例にあっては、本来Tせう﹂と書-が正当であるが、口語. う(彼は恐らく決行せん). ﹃新潮国語辞典第11版﹄は'﹁もちひる﹂﹁もちゐる﹂について、次のように. ふ﹂﹁もちふる﹂とハ行上二段にも活用するに至った。また、イ・ヒ・ヰの. としの混同によって﹁もちひる﹂とも書かれるようになり、それから﹁もち. (ヰ)る﹂の意.古-はり行上l段活用であったが、平安時代中期以後へヰ. もち・いる︻用いる︼-ゐる(動)Uア上(文り上一)(﹁持(モ)ち率. 記している。. では﹁し﹂と﹁よ﹂とを別々に発音するから﹁しよう﹂でよい) けふ来た、あすも来よう(けふ来たり、あすも来ん)。出来ようが 出来まいが。 史的仮名遣いに反するにもかかわらず﹃夜ふけと梅の花﹄で改められなかった仮. 混同から中世ごろよりヤ行にも活用された。一方へワ行上二段にも転じて. それでは、各作品末尾に*印で示した﹃新潮国語辞典第一一版﹄に照らせば歴. ここには、おそらくへ現在の知見による歴史的仮名遣いと、作品発表時において. 名遣い、あるいは、異説があるものなどについてはへどのように考えられるか。. ﹁もちう﹂﹁もちうる﹂とも活用した). とある。すなわち、﹃新潮国語辞典第二版﹄は訓点語などの実例によって﹁用 創る﹂が歴史的仮名遣いとして正しいと判断したようだが'他方、﹃校正の研究﹄. と吉-。我が社ではもっぱらこのハ行活用に統一して用ひてゐる。). もちゐる用(﹁用ふ﹂とハ行上二段活用ともせられ、口語では﹁用ひる﹂. ﹃校正の研究﹄(一二六七貢)には、. 行なわれていた仮名遣いとの相違として捉えるべきものが含まれていると思われ る。 掲げた用例の順に取り上げると、﹁うづくまる﹂へ﹁用ひる﹂のように仮名遣い に二説あるもの、そしてへ﹁ぢたばた﹂﹁ぢんぢん﹂﹁ぢつと﹂という擬態語・擬 音語の類が問題になろうか。 ﹁うずくまる﹂﹁うづくまる﹂. 22.

(9) は両説のあることを示した上で﹁用ひる﹂の方が通行していた実状を示している。. た語とみて、歴史的かなづかいは﹁むかふ﹂とするが、他に連用形﹁むか. むこう純か︻向︼JI︹名︺(動詞﹁むかう(向)﹂の終lL形・連体形の名詞化し. い(むかひ)﹂のウ音便形とみて﹁むかう﹂とする説もある). ﹃広辞林﹄﹃広辞林新訂版﹄ともに、﹁もちゐる﹂を立てて活用語尾へ白動詞・. の辞書の示し方にも相違が見られるのだが、当時の認識は'﹁向引﹂とする見解. とし、見出し下の歴史的仮名遣いは﹁むかふ﹂となっている。このように、現代. 他動詞の別や活用の種類を示すが、語釈は﹁もちふ﹂の一語で済ませて、﹁もち ふ﹂の項に詳しい語釈を施している。﹃言海﹄﹃新編大言海﹄は凡例でも取り上. -、当時慣用されていた仮名遣いに従ったということのようである。 ﹁ぢ つと﹂﹁引たばた﹂﹁引ん引ん﹂など、歴史的仮名遣いの根拠となる平安時. 版﹄﹃新編太言海﹄なども﹁向ひ﹂の音便説を採っている。﹁朽助のゐる谷間﹂. 記し、﹃大増訂ことはの泉﹄﹃修訂大日本国語辞典﹄﹃広辞林﹄﹃広辞林新訂. と記している。辞書では、﹃言海﹄は﹁むかふ﹂の項に﹁むかひの誤﹂と明確に. ︻むかう︼名詞﹁向ひ﹂の音便。. 例えば、﹃校止の研究﹄(三七九貢)は、. が主流だったようだ。. げているように﹁もちゐる﹂説を採る。﹃修訂大日本国語辞典﹄は﹁もちゐる﹂ も掲げるが慣用に従って﹁もちふ﹂の項を中心に語釈を施している。 このように、雑誌初出本文や﹃夜ふけと梅の花﹄収録本文における﹁うづくま. 代中期以前にまでその成立を遡れるか否か疑わしく、しかも、音そのものを写そ. る﹂﹁用ひる﹂の仮名遣いは、現代の知見による歴史的仮名遣いに沿うのではな. うとする擬態語・擬音語についてへ単語単位で考えるべき仮名遣いを云々するこ. るべきだという見解が主流だったと見られる。﹃夜ふけと梅の花﹄はこれに従っ. 初出や初期の再録当時は'﹁向う側﹂﹁向うの往還﹂﹁向うの竹薮﹂などと表記す. 例=﹁向う通るは﹂。﹁向うの山﹂。﹁大向う﹂。﹁向う一週間﹂。. の項の補注を覗いてみれば、﹁ぢつと﹂に関しては、﹁かなづかいは'古い用例で. とは余り意味がないだろう。とはいえへ﹃日本国語大辞典第二版﹄の﹁じっと﹂ マ. たようで、先に掲げたように﹁岬の風景﹂﹁埋憂記﹂﹁シグレ島叙景﹂﹁ジヨセフ. マ. と女子大学生﹂﹁生きたいといふ﹂の各雑誌初出本文中の﹁向ふ﹂が、﹃夜ふけと. マ. は﹁じっと﹂が多く、江戸期から明治にかけて﹁ぢっと﹂も多くなる。﹂とし、. マ. ﹃日本国語大辞典第二版﹄に﹁ぢたばた﹂についての語誌・補注はないが、そ. 梅の花﹄収録時に﹁向う﹂へと変更されている。. この﹁向ふ﹂﹁向う﹂の類似例に、﹁は中る﹂﹁はひる﹂がある.﹁山椴魚﹂﹁シ. こに掲げられた用例は十八世紀半ば以後のものであり、近代の用例は﹁じたばた﹂. 他の作品では﹁入る﹂﹁這入る﹂と使っていて、﹃夜ふけと梅の花﹄収録作品では、. が二例へ﹁ぢたばた﹂が二例である。﹃新潮現代国語辞典第二版﹄も、﹁ぢつと﹂. 右の作品以外に平仮名表記の使用例はない。﹃新潮国語辞典第二版﹄は歴史的. グレ島叙景﹂﹁生きたいといふ﹂に、﹁は中る﹂の仮名遣いが見られる。漢字表記. ﹃新潮国語辞典﹄﹃新潮現代国語辞典﹄には'﹁じんじん(ぢんぢん)﹂の項は. 仮名遣いに﹁はひる﹂のみを掲げへ別説を紹介しているわけではない。しかし、. の用例を﹁城の崎にて﹂﹁一握の砂﹂﹁浮雲﹂から引き(なおへ﹁じっと﹂も三例. ないO﹃日本国]語大辞典第二版﹄はこの語を立てて'用例には、末広鉄腸﹁花. ﹁山椴魚﹂などに見られる﹁はいる﹂が必ずしも行なわれていないわけではなかっ. であれば隠れていた問題が、平仮名を使用したために顕在化したところである。. 問驚﹂の﹁ヂンヂン﹂と永井荷風﹁冷笑﹂の﹁ぢんぢん﹂を引いている。﹃日本. たようだ。例えば'﹃校正の研究﹄(三七九貞)は、. 引用)、﹁ぢたばた﹂の用例を﹁金色夜叉﹂から引いている。. いるが、ここに引かれた用例で最も遡るのは明治期の﹁花問鷺﹂であり'比較的. ﹁はひる﹂を誤と思っては本末顛例である。. 今日一般に﹁はいる﹂と用ひられてゐるが、本来は﹁はひる﹂なのだから、. ︻はひる︼﹁はひいる﹂の約昔。. ︻はいる︼﹁はひる﹂の転北。. ▽はいる・はひる. 国語大辞典第l一版﹄は﹁じんじん﹂﹁ジンジン﹂の表記の用例も計三例引いて 新し-出現した語であることが分かる。 これらから見る限りへ﹁引つと﹂﹁引たばた﹂﹁引ん引ん﹂の仮名遣いが、近代 文学作品においては、異例のものでなかったことは明瞭だろう。 初出雑誌各本文の全例において﹁向対﹂の表記しか使用されていない名詞﹁向 う﹂は、﹃夜ふけと梅の花﹄収録時に全て﹁向う﹂とされたが、﹁向ふ﹂が正しい ﹃新潮国語辞典第二版﹄は、﹁むこう﹂の見出しの下に、﹁むかう・むかふ﹂. いる﹂と用ひられてゐる﹂としているので、取り上げてお-0. のルビは多-﹁はい﹂となる﹂と書き、この﹃校正の研究﹄も﹁今日一般に﹁は. 現代国語辞典第二版﹄が'注記して﹁﹁這(ハ)ひ入(イ)る﹂の約。﹁這入る﹂. として、﹁はいる﹂の使用が当時一般的であったことを示している。また、﹃新潮. の順に歴史的仮名遣いを掲げて、﹁﹁むかひ﹂の音便。l説に﹁むこふ﹂の転﹂. とする仮名遣いの説もある。. と注している。﹃日本国語大辞典第二版﹄は、 井伏鱒二﹁朽助のゐる谷間﹂初期本文の考察. 23.

(10) 前川山pp しかし、辞書類では、﹁は中る﹂よりも﹁は叫る﹂の方に分があるような記述 である。﹃言海﹄では、﹁はいる﹂には﹁ほひるノ条ヲ見ヨ﹂とあるだけで、﹁は. の歴史的仮名遣いの規範によって校訂することが問題を含んでいることを意味す. 本文とは相違を見せていることに触れておきたい。先に掲げたところを見ると'. なお、﹁屋根の上のサワン﹂と﹁休憩時間﹂の雑誌初出本文が、他の雑誌初出. るものであろう。. とはの泉﹄も﹁はいる﹂の語釈は﹁這入。いる。いりこむ。はひる。俗語。﹂と. ひる﹂の項で活用語尾、自動詞・他動詞の別、活用の種類を示す。﹃大増訂こ する。ただし、﹁はひる﹂の語釈も﹁這入る.叫引(入)におなじ。﹂と詳純なも. ては、﹃夜ふけと梅の花﹄収録時の﹁采やう﹂への変更が、逆に、歴史的仮名遣. いに反することになっている。つまり、﹁屋根の上のサワン﹂﹁休憩時間﹂の二作. ﹁屋根のとのサワン﹂では*印を附したものしかな-、またへ﹁休憩時間﹂におい. の雑誌初出本文の仮名遣いには、当時行なわれていた歴史的仮名遣いに明らかに. のではない。﹃広辞林﹄は佳語・方言の表示とともに﹁はいる﹂を立てて'活用 いている(なお﹃広辞林新訂版﹄では僅語・方言という分類そのものをやめて. 語尾、自動詞・他動詞の別、活用の種類も記した上で﹁﹁はひる﹂の転詑﹂と書. 反する用例がないのである。. いる。いずれの辞書の記述も'﹁はいる﹂は﹁僅語・方言﹂とか﹁転誰﹂とかの. る(這入)の約﹂として、この辞典の語釈の文章では﹁はひる﹂の表記を用いて. 典﹄は'﹁はいる﹂の項は﹁はひる(這入る)の転﹂、﹁はひる﹂の項は﹁はひい. 活用語尾へ自動詞・他動詞の別、活用の種類などを示す。﹃修訂大日本国語辞. われている語が次のようにある(ただし、推量・意志の助動詞﹁よう﹂と比況・. 根の上のサワン﹂初出﹃文学﹄第二号(一九二九年十一月)において'正し-使. だが、それがない。しかもへ他作品の雑誌初出本文で一例でも誤用があって﹁屋. 端に少ないわけではな-、この二作にも多少の誤用があってもよいと思われるの. ﹁屋根の上のサワン﹂は九頁、﹁休憩時間﹂は十二頁ある。この二作品の分量が極. ﹃夜ふけと梅の花﹄収録各作品の分量を平均すれば、l作品十六貢弱になる。. いるが、この﹁はいる﹂の項目は﹃広辞林﹄元版と同一)。﹃新編大言海﹄は. 扱いで、語釈も﹁はひる﹂の項の方が詳しいが'実態として﹁はいる﹂の仮名遣. 推量の助動詞﹁ようだ﹂︹(形式名詞﹁やうLV十八助動詞﹁だ﹂)︺との区別. ﹁はいる﹂を立てて用例を掲げるが、﹁はひる﹂の参照を求めて﹁はひる﹂の項に. いが行なわれていたことを認める記載である。. 誌初出本文に誤用はない)0. 追ひはらは引ために(三・"^1(二三三・-). 仕へる(三・-)1(二三二1-1). 一三四・1 5、二三七・-). 副うして(一・10へ四・10、五・-、七・-)1(二三l・1、二三四・-、. 抱へて(一・-)1(二三〇・-). については値頃に亘るので省いたが、﹁屋根の上のサワン﹂﹁休憩時間﹂ともに雑. なおへ﹃夜ふけと梅の花﹄収録本文において'﹁入る﹂﹁這入る﹂のルビは全て ﹁は細る﹂となっている0 雑誌初出本文で使われていた﹁は中る﹂は使用実態があったという点では根拠 を有していたのだが、﹃夜ふけと梅の花﹄収録時に現行の歴史的仮名遣いと同じ 仮名遣い﹁は細る﹂に統1された.なお、後で触れるが、﹁休憩時間﹂雑誌初出 全例が﹁ある叫は(或叫は)﹂の仮名遣いであるので挙例をやめた﹁ある叫は. 本文の全例で﹁はひ る﹂となっている。. 抱7られて(八・-)1(二三八・Hi). また、同じく﹁休憩時間﹂初出﹃新青年﹄第十一巻第二ロ"J>(1九二〇年二月)で. (或叫は)﹂﹁ある叫は(或いは)﹂について、当時の辞書は次のように扱っている。 ﹃言海﹄﹃日本大辞書﹄﹃大増訂ことはの泉﹄﹃修訂大日本国語大辞典﹄は﹁あ. は、. 下 ・ 3 ) 1 ( 1 〇 六 ・ 1 0 へ 一 一 一 ・ 1 3 、 一 一 三 ・ l. ' 一 一 三 ・ 1 3 へ 一 一 六 ・. 副うして(六〇・下・-、六三・-、六四・下・S'六四・下・堕六六・. るひは﹂のみ立項し、﹃広辞林﹄は﹁あるいわ﹂を空見出しとして配した上で だけが立項されている。これらに対して'﹃新編大言海﹄が﹁あるいは﹂だけ. ﹁あるひは﹂の項に語釈を置き、﹃広辞林新訂版﹄は空見出しもな-﹁あるひは﹂. 1 1)︹﹃新吉年﹄六三貢は段抜き︺. 老中たる(六l・上・S)1(l〇八・-). を掲げるのが特異なようである。当時は﹁あるひは﹂とするのが一般的だったよ うであり、初出雑誌各本文、﹃夜ふけと梅の花﹄所収本文ともに全て﹁あるひは. たゞしく(六四・上・2)-(〓三・-). はひ(つて来た(六二・上・-)1(一〇九・1). 携へて(六六・上ァ3)1(一一六・-). あわ. (或ひは)﹂という仮名遣いしか見られないo. 教場へはひ. これらの諸例は、今日の知見によって構成された歴史的仮名遣いが、﹁朽助の ゐる谷間﹂当時の仮名遣いの規範や慣用とは必ずしも一致しないところがあった. るものは(六六・下・S)-(二七・-). ことを示すものであり、本文の歴史性や資料性という点においては'一律に今日. 24.

(11) である。右のうち、﹁丹下氏邸﹂自筆原稿で﹁仕有る﹂へ﹁老叫る﹂と使われてい. 印刷、同月五日発行。印刷・日東印刷株式会社)に初めて収録された。取りあえ. 舎)に発表され、井伏の第三創作集﹃仕事部屋﹄(春陽堂、一九三一年八月一日. ﹁丹下氏邸﹂は一九三l年二月1日発行﹃改造﹄第十二巻第二号(印刷・秀英. ているので'﹁仕える﹂へ﹁老叫る﹂が井伏の(書き癖)かと思われる(第五節参. の諸例である。自筆原稿(丁・行)1﹃改造﹄本文(貢∴付)1﹃仕事部屋﹄本. ず'﹁丹下氏邸﹂における歴史的仮名遣いの規範に外れると思われるのは、以下. はひつて行け(六六・*-蝣S)1(一一七・-). えていた。﹁抱射る﹂は﹁朽助のゐる谷間﹂﹁山椴魚﹂の雑誌初出本文に、﹁携え. 文(貢・行)の順に掲げた。 帯の上をおさ幻(二・3)-帯の上をおさ幻(四五・上・-)1帯の上をお. 輿)。またへ﹁は中る﹂は﹃夜ふけと梅の花﹄所収作品の雑誌初出本文で十例を数 る﹂は﹁鯉﹂雑誌初出本文に使用例がある。﹁老叫る﹂﹁あ副たゞしい﹂の仮名遣. さへ(三・-). 幻さした(四六・上・-)1その煙管を罪人の口にくは7さした(四・S). その煙管を罪人の口にくは幻さした(四・E)1その煙管を罪人の口にくは. このように、﹁屋根のLのサワン﹂﹁休憩時間﹂雑誌初出本文の仮名遣いから井. いも﹁うちあはせ﹂雑誌初出本文にあった(以上へ第一節及び本節)。. たものとなっている。雑誌発表時の仮名遣いに関わる事情は直接分からないが、. ﹁ちゃうど﹂(一七・S)の例もある︺. ︹参考﹁ちゃうど﹂(二一・3)1﹁ちゃうど﹂(五三・上1. 1ち叫うど(七・-、一二・-). (六・-) ち封つど(八・-、l五i-ulち封つど(四七・下・-、五〇・下・S). あ副たゞしく(六・S)1あ副たゞしく(四六・下・S)←あ材たゞしく. -)I井戸端へ植射たの悪い(五・﹂3 ). 井戸端へ植打たのは悪い(五.S)、井戸端へ植打たのは悪い(塑ハ・下・. 4)1彼は煙管をくは7たまゝ(四. 彼は煙管をくは幻たま1(四・S)1彼は煙管をくは幻たま1(四六・L・. 伏の(書き癖)らしいものは消えてへその仮名遣いは全て当時の規範意識に則し. て手が入れられたと推定してよいだろう。. ﹁屋根の上のサワン﹂﹁休憩時間﹂発表本文は、当時の歴史的仮名遣いの規範に従っ 雑誌初出本文が自筆原稿の仮名遣いを反映するものと見たが、﹁屋根の上のサ ワン﹂﹁休憩時間﹂の雑誌初出本文については、例外として扱うのが相応しいと 考えられる。 五、雑誌初出本文の仮名遣いの(誤り)の由来 前節に掲げた初出雑誌の仮名遣いの誤りを見ると'﹁向ふ﹂﹁おかしい﹂﹁植え る﹂﹁つひ で﹂﹁ゆえ﹂などという語が、lつの作品だけではなく、複数の作品に. 逮(四七・下・l '四七・下・1 5、四八・上・18、四九・上・1 1、四九・. 向対の往還(八.<33'八・2 '一〇・-、I-;.10へ一二・ァ)1向対の往. 下・4)1向刃の往還(八・1、八・-、九・-tl〇・10、0-. 跨って出現している。もちろん、歴史的仮名遣いが実際の音声と奉離したために これらの誤りが生じているのであり、同じ理由で誤植も起こりやすいと思われる。. この年老叫た男衆のところへ(1il1-3)1この年老いた男衆のところへ. をは刊まして(九・3). 語しをは瑚まして(11話しをは司まして(四八・下・S)1話し. u i 土. 手でおさ幻(l〇・E)1手でおさ幻(四八U-.to)1手でおさ7(九・. しかし、複数回、しかも複数の作品本文に現われているという事実は、それが誤 植ではな-'印刷用原稿(自筆原稿)において複数国に百一って出現する(書き 癖)であることを予想させる。 しかしヘビの程度まで、自筆原稿(印刷用原稿)の仮名遣いが初出雑誌の仮名 は避けるべきだろう。少な-とも、八一回的な書き誤り)も含めて、自筆原稿と. 遣いに反映しているかを検証してみない限り、軽々に(書き癖)と断定すること. 年老ひた男衆は(一七."^1年老ひた男衆は(五一・下・-)1年老いた. (五〇・上・-)1この年老中た男衆のところへ(1. 雑誌初出本文との対応関係を見ておかな-てはなるまい。 先にも述べたように﹁朽助のゐる谷間﹂の自筆原稿の所在は不明である。本節. 男衆は(一四. 或叫は(1七1或叫は(五一・下・-)1或叫は(T四・S). では﹁朽助のゐる谷間﹂に近い一九三〇年代の一一種の自筆原稿(印刷用原稿)、 すなわち﹁丹下氏邸﹂自筆原稿(原稿には﹁老僕のゐる風景﹂と題されている). 連れそ対た男(二〇・E)1連れそ対た男(五一一・^-・3)1連れそ引た男 (一七・-). と﹁頓生菩提﹂自筆原稿と雑誌初出本文との仮名遣いを比較することによって、 その様相を捉えておきたい。 井伏鱒二﹁朽助のゐる谷間﹂初期本文の考察. 25.

(12) 前 田 貞 昭 私らは老叫且つ孤独な(二四・-)1私らは老叫且つ孤独な(五円・ヒ・3) 1私らは老中且つ孤独な(一九・-) 恩ふてばかりはをりましても(二八・3)1恩ふてばかりはをりましても. 印刷・秀英舎)以下五種の本文との校異が掲載されている。詳細はこれに就いて. いただきたいがへこの校異を手掛かりに'歴史的仮名遣いに反するへあるいは、. 複数の規範を立てうる自筆原稿の仮名遣いを取り上げると以下のようになる。な. おへここでは、念のため、﹃雨の歌﹄、﹃悪い仲間﹄(井伏鱒二選集第二巻)も参. ︹参考垂別の箇所には﹁恩引てばかりはをりましても﹂(二八. (五六・ヒ・﹂3)1思うてばかりはをりましても(二二*t-│J. の丸数字を白抜きにして示した。丸数字で示した掲載書は以下のようである。. 看し、()内に該当仮名遣いの貞(丁)・行を加え、変更のあった段階の本文. なおへ折居・河守論文は1九三九年四月十八日発行のものを利用と記載。. ③﹃川と谷間﹄へ創元選書)(創元社へ1九三九年十月千八日). ②﹃頓生菩提﹄(竹村書房、一九三五年一月二十五日). ①﹃改造﹄第十六巻第十三号(一九三四年十二月一日). 1﹁恩引てばかりはをりましても﹂(五六・上r-I)1﹁思引てばか りはをりましても﹂(二二・﹂0ともある︺ 仕対てゐる(二九・2)I仕幻てゐる(五六u-'^1仕7てゐる(二三・ 2j. 年老叫た男衆は答へた(三〇・-)1年老叫た男衆は答へた(五六・下i-0. 本稿では奥付に一九三九年十月十八日発行とあるものを用いた。なお、. ﹃井伏鱒二文学書誌改訂増補版﹄(永田書房、一九八五年五月三十日). も一九三九年十月十八日発行と記載し(七十五貢)、戦後の第四刷奥付. 1年老いた男衆は答へた(一1四・-) 向対の山(一二.-^1向対の山(五七・下・2)1向対の山(二五 この本文推移を見れば'第一にへ雑誌初出本文はほぼ自筆原稿の仮名遣いを踏襲. も初版発行日を﹁昭和十四年十月十八日﹂としている。また、﹃川と谷. ⑤﹃悪い仲間﹄(井伏鱒二選集第二巻)(筑摩書房、一九四八年六月二十日). 間﹄巻頭の井伏﹁序﹂の日付も昭和﹁十四年初秋﹂とある。 ④﹃雨の歌﹄(飛鳥書店、一九四六年三月二十日). Lへほとんど異同がないこと、第二に、雑誌初出本文を底本とした推定される ﹃仕事部屋﹄が、歴史的仮名遣いの規範を適用するという方針によっていること が分かる。 僅かな例外が﹃改造﹄が﹁この年老いた男衆のところへ﹂(五〇・上・-)と. るが(四・-)1③せ叫でもあるが(一八四・-)1④せ叫でもあるが. ⑥﹃井伏鱒二全集﹄第一巻(筑摩書房へ一九六四年九月二十五日) せ中でもあるが(二・1)1①せ中でもあるが(六六・4)1②せ叫でもあ. (八二・-)1固せ封でもあるが(一四六・-)-⑥せ封でもあるが(三. 正している箇所と'前節で見たように﹃夜ふけと梅の花﹄収録時には﹁向引﹂と. 右のような例もあるが'初出雑誌﹃改造﹄発表時には、歴史的仮名遣いの規範. ぎしてゐた(l至・S)1静間. (八六."^1回はんji.つですね(1五三・-)1⑥ほん卓つですね(三. すね(11・S)1③ほん4J>つですね(l九1・ol④ほんと うですね. はん引つですね(九・ァ)1①ほんA)>つですね(六九・S)1②ほん引つで. 版・増補版は﹁胸さ和ぎしてゐた﹂とする︺. さはぎしてゐた(三一九︹①の段階で助詞﹁が﹂を削除。⑥の普及. 副はしてゐた(八六・-)1回胸さわ. 副ぎしてゐた(1〇・-)1③胸さ副ぎしてゐた(l九〇・-)1④胸さ. 胸さ副ぎがしてゐた(八I①胸さ副ぎしてゐた(六九・-)1②胸さ. 一六・-). 統一されていたのだが、﹃仕事部屋﹄においては自筆原稿・初出雑誌本文と同じ ﹁向刃﹂という仮名遣いのままであることである。 に反するものであっても、自筆原稿の仮名遣いをほぼ踏襲していること、そして、 ﹃仕事部屋﹄という初収録単行本で'歴史的仮名遣いの規範に沿って校訂がなさ れていることが確認できる。 別言するとへ雑誌初出本文における仮名遣いは、歴史的仮名遣いの規準から外 れていても自筆原稿を相当程度に踏襲するもののようである(例えば、﹁丹ド氏 している)。もう少し一般化すると、雑誌初出本文において見られる仮名遣いの. 邸﹂において二十三箇所の内、﹁年老いた﹂を除-二十二箇所で自筆原稿を踏襲. もう一つへ﹁朽助のゐる谷間﹂発表時に比較的近接しているl九三四年の自筆. 誤用は、自筆原稿のそれを反映するものである、と言えそうだ。. 原稿I﹁頓生菩提﹂﹁冷凍人体﹂の校巽について-﹂に'白筆原稿﹁頓生. -)1固とりあ7ず(l九三・-)1④とりあ7ず(八八・4)1⑤と. とりあえ ず(二蝣.-)1①とりあ射ず(七〇・3)1②とりあ射ず(l三・. 二〇・-). 菩提﹂(ただし、全体で六十枚にのぼったと推定されるが、現存は末尾を欠いた. りあ7ず(1五円'T-1Jl⑥とりあ7ず(三二一・-). 原稿(印刷用原稿)を検証しておこう。折居篤・河守和子﹁井伏鱒二﹁頓生菩提﹂. 四十八枚)と、同作の初出﹃改造﹄(第十六巻第十三号へ一九三四年十二月一日。. 26.

(13) 寒さのせ叫か(一四T-ijl①寒さのせ叫か(七一・S)1②寒さのせ中か. 封つけて(一五五・S)1⑥据封つけて(一二二二・4). <*nI③据幻つけて(一九四・-)1④据幻つけて(八九・-)1回据. 据えつけて(7三.<=>,. 刺(l〇一・-)1⑤薬を用叫た時刻(一七一・-)1⑥薬を用叫た時刻. た時刻(三二・-)1③薬を用叫た時刻(二11.-0-④薬を用叫た時. 薬を用叫た時刻(享1・-)1①薬を用叫た時刻(八〇・-)1②薬を用叫. 保証金ををさめて(三三一.^. 金を封さ接て(一〇〇・3)1⑤保証金を樹さめて(一七〇・-)1団. )1①据えつけて(七I.C-)1②据えつけて(一四・. (一五・3)1③寒さのせ叫か(一九五・-)1④寒さのせ叫か(八九・. (三三二・-) 考へ封つによっては(三三.^1①考へ封つによっては(八〇.^1②. か(三二二・E). 手のつけ封つもないほど(1五・-)1①手のつけヰ. 考へ封つによっては(三三・-)1固考へ刊うによっては(≡二・-). (二二・-)1③引わり引わり(二〇1・<サ)1④引わり引わり(九四・. ﹁さし﹂を﹁させ﹂に変更︺ 引わり引わり(二一・-)1①引わり引わり(七五・-)1②引わり引わり. 身悶対さし(一六二・-)1⑥身悶対させ(三l六・-)︹⑥の段階で. 1.c^n-③身悶えさし(二〇I・-)1④身悶えさし(九四・-)I⑤. 身悶7さし(三・日)1①身悶7さし(七四・511回身悶幻さし(一1. ったい(1五八・2)I固日れつたい(三二四・-). 5)1③引れつたい(l九七1④判れつたい(九1・ォ)1⑤引れ. LT.J 引れつたい(l七・-)1①引れつたい(七三・-)1②引れつたい(l八・. 2)1国利さまりがつきかねる(lt由〇・-)︹⑥の段階で字句変更︺. -④吋さまりがつかない(二〇・E)I⑤材さまりがつかない(一八三・. 封さまりがつかない(g]五・3)1③材さまりがつかない(二二四・3). 材さまりがつかない(塑ハ・-)1①封さまりがつかない(八七・-)1②. 引みたことを(二〇・-)1回不良日みたことを(l八二・4)1⑥. 引みたことを(四四・3)I③不良引みたことを(二一一三・-)1④不良. 不良ぢみたことを(四五・-)1①不良ぢみたことを(八六.<=>1②不良. 八.-)1回腕力など用叫る弟子(I]]]'1六. 1④腕力など用叫る弟子(一〇七・-)1回腕力など用創る弟子(l七. 腕力など用叫る弟子(四〇・4)1③腕力など用細る弟子(一二八・1). うもないほど(二二三・. Iつもないほど(七ll・. 4)-②手のつけ封つもないほど(一六・-)I国手のつけ叫うもない. 1④考へ叫うによっては(l〇一一・4)1⑤考へ叫うによっては(l七l一・. S)1固寒さのせ副か(一五六T-1JI⑥寒さのせゐ. ほど(l九六・4)1④手のつけ叫うもないほど(九〇・5)1⑤手のつ. 4)1団日わり以わり(l六二・-)1⑥日わり以わり(三二六・-). 冷凍法を用叫るよりはかに(四六・E)1①冷凍法を用叫るよりはかに(八. け刊うもないほど(l五七・-)1⑥手のつけや. 垣根の向対から(二三・E)I①垣根の向対から(七六・2)I②垣根の向. 七・-)1②冷凍法を用叫るよりほかに(四六・-)-③冷凍法を用叫る. -)1⑥一方また(三三三・-)︹⑥の段階で字句変更︺ 腕力など用叫る弟子(四〇・-)1①腕力など用叫る弟子(八四・-)1②. 刃から(l由・-)1③垣根の向対から(二〇三・8)1④垣根の向対か. よりはかに(二l一四・3)1④冷凍法を用叫るよりほかに(111・ォ0. 鼠を提有る(三〇・-)1回鼠を掴7る(七九・-)1②鼠を掴7る(l。. 1⑥陪7て(二三八.^. 射て(二〇五・-)1④結射て(九六T-OI団結7て(〓ハ五・S). 結打て(二五・﹂)1①結打て(七七・2)1②結え. からう(一11. I' I7H -N 1I Jl固冷凍法を用創るとよろしからう(l八四・-). 凍法を用叫るとよろしからう(一三五・4)1④冷凍法を用叫るとよろし. らう(八七・3)1②冷凍法を用叫るとよろしからう(四六.^I③冷. ほかに(三四〇・-) 冷凍法を用叫るとよろしからう(四七・-)I①冷凍法を用ひ. 1回冷凍法を用創るよりはかに(l八三1-¥)1回冷凍法を用叫るより. 調子はづれのことを(三三九.^︹⑥の段階で字句変更︺. ら(九五1⑤垣根の向対から(T六四・-)1回垣根の向引から. 〇・-)1③鼠を掴7る(二〇九・-)1④鼠を掴7る(九九l-1jl⑤. 1固冷凍法を用ひるとよろしからうね(三四〇︹⑥の段階で終助詞. -て(二六・-)1③結. (一二二七・2). 鼠を掴ま7る(l六九・-)1⑥鼠を桐7る('Ill二・4)︹①の段階で. 場をつく引叫必要(四八・S)-①場をつく剥引必要(八八・-)1②場を. るとよろしか. ﹁捉﹂から﹁掴﹂に変更︺. ﹁ね﹂が加えられる︺ さめて(l二〇・-)-④保証. 保証金をお さめて(l二・-)1①保証金を封さめて(七九・<*nl②保証 金を封さめて(l≡・-)1③保証金をお 井伏鱒二﹁朽助のゐる谷間﹂初期本文の考察. 27.

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