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観測問題と他者介入 -- 社会科学の方法的省察 (特集 本の森への道案内)

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Academic year: 2021

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全文

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観測問題と他者介入 -- 社会科学の方法的省察 (特

集 本の森への道案内)

著者

後藤 玲子

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

240

ページ

30-31

発行年

2015-09

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003120

(2)

アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)  

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った論点をみつけるように、また、 書かれなかった論点を自ら展開す るよう、読み手を誘う。   つまり、研究書は、本の読み手 の方向性と心構え・身構えを、読 む前と後でがらりと変えてしまう。 本人の思考と関心をこれまでまっ たく無縁であった世界に向けて開 く。いったいそんな本を誰が好き 好んで読もうとするのだろう。そ んな本だからこそ、ふいに出会っ てしまうものなのだ。出会ってし まった以上は、覚悟して読むしか ない。以下では、このような類の 研究書を三冊、紹介したい。   筆頭は、 ハイゼンベルグ著『現 代 物 理 学 の 自 然 像 』( み す ず 書 房 、 一九八七年) である。一九六〇年 代の中ごろ、ハイゼンベルグは、 自然科学の方法に関して次のよう な警鐘を鳴らした。   自然科学はもはや観察者として   近年、研究者の書くものにも定 型的なストーリーが増えた。論理、 統計、数学、事例、史実、論拠と するものに違いはあっても、叙述 のスタイルは変わらない。書き出 しから結びまで、読み手の予想を 裏切らない、思考をさえぎること もない、ひとつながりの物語り。   政府刊行の報告書など、書き手 から読み手に一方的に流される文 書であれば、それでよいのだろう。 その目的は真理の探求ではなくて、 情報の伝達、広報であり、忙しい 読み手に、最小の集中力以上のも のを要求してはならないとされる から。   だが、研究書は違う。研究書は、 読み手に、書いてある事柄が一考 に値するかどうかの判断を迫る、 一考に値するのだとしたら、そこ での考察を前に進めるよう要求す る。加えて、そこには書かれなか 自然に立ち向かうのではなく、人 間と自然の相互作用の一部である ことを認める。分離、説明そして 整理という科学的方法は、方法が 対象をつかむことによって対象を 変化させ、変形するということ、 それゆえ方法はもはや対象から離 れえないということによって課さ れる限界を知るに至る。   自分を離れて対象をありのまま とらえることが、はたしてできる の だ ろ う か。 「 観 測 問 題 」 と 呼 ば れるこの難問は、社会科学をも呪 縛する。社会科学の場合には、ま さに、対象が人間であるために、 科学もまた人間と人間の相互作用 の一部に他ならず、観測すること は、ただちに他者介入を意味する ことになる。的外れの観測は、対 象をとらえ損ねるのみならず、対 象を深く傷つけかねない。社会科 学において観測問題はいっそう深 刻である。   このような関心から、学として の社会学を再帰的・自己言及的に とらえる「知識社会学」が生まれ た。経済学にこの視点が乏しいの はなぜだろうか。   塩野谷祐一は、例外的に、この 課題に精力的に取り組んできた経 済学者である。ここではその到達 点ともいえる 『ロマン主義の経済 思想――芸術・倫理・歴史――』 ( 東 京 大 学 出 版 会 、 二 〇 一 二 年 ) を取り上げよう。   ロマン主義はしばしば、理性に 対して感情を、普遍性・画一性に 対して多様性・個性を重視する点 で、啓蒙主義と対置される。それ に対して、塩野谷は、ロマン主義 を、 「 啓 蒙 と 反 啓 蒙 を 融 和 さ せ 」 る 「根源的な 『生のパラダイム』 」 と再定義する。本書の企図は、経 済学の理論枠組みをもとに、ロマ ン主義の方法的特質を解析し、後 者をもとに、経済学の方法的拡張 を図ったことにある。   塩野谷によれば、 「『科学』は、 すでに一定のパラダイムを持った 『 科 学 世 界 』 に お い て、 特 定 の 問 題と方法に従った謎解きの活動」 に収れんされてしまった。科学と し て の 経 済 学 の 方 法 的 特 質 は、

 

本の森への道案内

 

後藤

  玲子

[経済哲学]

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31

  アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10) 「歴史の捨象」 「対象の構成要素へ の 分 析・ 還 元 」、 過 度 の 抽 象 化・ 数量化を特質とする。それに対し て、 ロ マ ン 主 義 の 特 質 は、 「 知 識 の 歴 史 性 と 多 元 性 」、 個 別 性・ 特 殊性を含んだ「対象の全体論的把 握」にある。   ロマン主義的方法が、経済学の 方法的枠組みを大きく拡張するこ とは間違いない。次の一文はその ひとつの証左である。   社会科学においては、社会現象 の「観察者」は同時に社会現象の 担い手としての「行為者」である。 「 観 察 者 」 と「 行 為 者 」 と の 一 体 性は、ハイデガーが「現存在」と 名づけたように、自分自身の理解 と対象の理解とが一体性を持つこ とを意味する。人間のみが、存在 するもろもろの事象の「意味・価 値・意義」を設定することができ る。経済学の主題を決め、経済学 のあり方を考えることは、他人事 ではなく、めいめいの人間の生活 態度の問題である (二九六ページ) 。   驚くべきことに、塩野谷は、ハ イゼンベルグの観測問題をやすや すと解いてしまっている。社会科 学においては「観察者」と「行為 者」は一体性を持ちうるのだと。 注意すべきは、塩野谷は、観察者 と 行 為 者 を、 「 生 活 」 概 念 等 を 媒 介として、自明の恒等式とみなし ているわけではない点である。   例えば、日本における餓死事件 を分析するとしよう。ここで、観 察者が、生活保護を受けたらおし まいだという自分自身の直観と日 本人の平均像をもとに分析を進め るとしたら、個別性・特殊性を含 む「対象の全体論的把握」の道は 閉ざされる。観察者の直観は、た とえ同業者にはすんなり受け入れ られるとしても、餓死に至った当 事者に通用する保証はない。   こういった困難さを、塩野谷が 見逃しているわけではない。むし ろ、困難さを知りつつも、それら を学問の射程外にすることによっ て済ませてきてしまった点に、こ れまでの経済学パラダイムの限界 をみる。代わりに、塩野谷が提示 す る 方 法 が、 「 ロ マ ン 的 ポ エ ジ ー と ロ マ ン 的 イ ロ ニ ー」 「 修 辞 と 思 想としてのレトリック」である。   これらの方法の要点は詩的想像 力と批判的反省力にある。観察者 が対象を照射する鏡と、観察者が 対象から逆照射される鏡を、いわ ば合わせ鏡としながら、行為者の 「 全 幅 的 な 人 間 精 神 の 多 元 性 」 に 接近する。この方法は、とりわけ、 現実の問題を発見し、解法を見立 てるうえで有益な「プレ理論」の 創出に有効である、と塩野谷は指 摘する。   同 書 の 関 心 は、 「 潜 在 能 力 ア プ ロ ー チ 」 を 提 唱 し た ア マ ル テ ィ ア・センの関心と見事に呼応する。 「 潜 在 能 力 ア プ ロ ー チ 」 は、 こ れ まで経済学で標準的にとられてい た資源アプローチや効用アプロー チを越えて、本人が実際にどんな ことができて、どんな状態であり えているのかという、個々人が享 受している自由の価値に接近する 手法である。   その射程は、既存の経済学はも とより、ジョン・ロールズに代表 される現代の正義理論を超える可 能性をもっている。ただし、その 実践的適用を図ることはむずかし い。ともすると観察者の視点から 行為者の潜在能力を一方的に同定 し、定量的操作と分析に邁進しか ねない。個々の行為者にとって真 に有益となるかたちで潜在能力ア プローチを適用するためには、そ れをリードする「プレ理論」が必 要となる。ここで参照される書の ひとつが、 宮地尚子著『環状島= ト ラ ウ マ の 地 政 学 』( み す ず 書 房 、 二〇〇七年) である。   精神科医としてDV被害者の治 療に関わってきた宮地は、人間は かくも残酷になりうるものなのか と、いく度も被害者の話に打ちの めされながら、また、ときに自ら 二次トラウマに陥る淵へと落ち込 みながら、被害者の生を支援し続 ける。宮地のユニークさは、特に、 苦悩を語ることなく亡くなってい った死者の被害の全貌をとらえよ うという試みに現れる。   死者は究極の犠牲者である。死 者の被害と苦悩をとらえないこと には、被害者の生に対して真に適 切な支援もおぼつかない。これが 宮地の信念である。だが、いった いどうやったらとらえられるのか。 ここで登場するのが本のタイトル ともなっている「環状島」である。 これは死者も含めた被害の全貌を と ら え る た め に 宮 地 が 構 想 し た 「プレ理論」に他ならない。   いつでも逃げることのできる自 らの立ち位置に悩みながらも、宮 地がひるまない理由は明快である。 ひるんだら加害を隠ぺいしようと する加害者の思うつぼだから。観 測問題を踏まえた社会科学の方法 的革新のヒントは、優れた他者介 入の実践にある。 (ごとう   れいこ/一橋大学教授)

参照

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