「弾き歌い」に関する一考察
鈴木 由美子
One consideration about the singing to a musical instrument
Yumiko SUZUKI
小学校及び保育の現場で,教育者,保育者によって行われる歌唱指導のための指導技 術の一つであるピアノを弾きながら歌う「弾き歌い」は,初等教育課程で教育者保育者 を目指す学生が学ぶ音楽技術である。この「弾き歌い」について,教育現場でのより有 効的な活用のための留意点,その技術を習得するための具体的な練習方法を考察する。 また,「弾き歌い」の指導技術に求められる「先歌い」についても,その必要性を考察する。 1.はじめに 日本で初めて就学前の幼児教育施設として実際に設けられたものは,1875 年(明治8年) 12 月京都の上京第三十区第二十七組小学校(現,京都市立柳池小学校)に付設された「幼穉 遊嬉場」(ようちゆうきじょう)であった。 これは,幼稚園教育の祖,フリードリヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・フレーベル(Friedrich Wilhelm August Fröbel, 1782年4月21日―1852年6月21日)のKindergartenの考えを 基に,官民一致で設けられたものがはじめである。(日本で初めて「幼稚園」を名乗ったのは, 東京女子師範学校附属幼稚園,現お茶の水女子大学附属幼稚園で,日本最古とされている。) 日本の幼児教育施設,保育所教育に大きな影響を与えた,フリードリヒ・フレーベルの考 えとは,彼の持つロマン主義的な考えと,その生い立ちにある。彼はドイツ・テューリンゲ ン州のオーベルヴァイスバッハという村の牧師の息子として生まれた5人兄姉の末子。生後 9ヶ月で,母を亡くし,孤独な幼少年期を過ごす。4歳で継母を持つことになったが,新し い母の実子が生まれたことで疎まれるようになってしまう。10 歳の時,実母の兄(聖職者) が実情を察知し自らの元に引き取り,以後4年の間,そこで生活する。この伯父のもとで, 穏やかに暖かく受容された生活を送り,学校では多くの学友を得るという自分の経験から, 子どもの本質を人知では計り知れない不思議な力を持ち神性に属するものとして捉えるよう になった。 この「子どもの本質は神的である」という児童観に基づいて,日本の幼児教育施設,保育所教育では,受動的,追随的な教育を主とし,教育者は子どもの本質に追随し,その無傷の 成長を保護し助成するように働きかける者となった。 また,フレーベルは,人間の発達の連続性を主張し,この立場から子どもの共感的理解と, それに基づく教育を擁護し,不自然な早期教育に強く反対した。神を不断の創造者として捉 えた彼は,神的本質を有する子どもは不断に創造すべきものと考えた。この立場から,彼は 幼稚園の教育内容は,幼児期における「身体」「四肢」,そして「感覚」を発達させ,より強化し, その身体的感覚的発達を踏まえたうえで,「知的感覚(知覚)」の発達へと進ませるための「遊 び」や「作業」を中心にするべきであると考え,さらに,その発達のための「習慣付け」をす ることも重要であると考えた。 この考えは,日本の幼稚園における教育内容として幼稚園教育要領の中に「健康」「人間 関係」「環境」「言葉」「表現」の5領域として示されることとなった。 現在,多くの幼稚園,保育所で,この教育要領の内訳に則り,年間行事及び日々の日課が 行われている。それは,良い意味での繰り返しによる習慣付けであり,その中で,より具体 的に現場に即した工夫をする事によって,フレーベルの考えを実践していることになる。 2.5領域(健康,人間関係,環境,言葉,表現)と「歌う」ことの関係性 教育,保育現場で行われる生活活動の中の「歌う」ということは,姿勢を正したり,ピア ノの伴奏に合わせたりと,「学び」の姿をとることが多いが,本来,歌は花壇に咲くチューリッ プを見て「チューリップ」(近藤宮子(1番)╱教育音楽協会(2番3番)作詞・井上武士作曲) の歌が自然と出てきたり,お散歩の際に母と手をつないで「靴が鳴る」(清水かつら作詞・弘 田龍太郎作曲)を歌いたくなったり,ブランコをこぎながら「ぶらんこ」(都築益世作詞・芥 川也寸志作曲)の曲が自然と口ずさまれるような姿が望ましいと考える。遊びをしている本 人たちからではなく,共にそこにいて見守っている大人たちからの自然なかたちでの歌の出 現が望ましい。そこには,伴奏はなく,正しい音程や正確に分割されたリズムがないことも あるが,自分たちの歌えるように歌を楽しむ姿がある。それが,幼児期に出会う「歌」本来 の姿であると考える。 しかし,集団生活の場である現場の教育,保育者によって行われる様々な生活活動の中に「歌 う」ことを取り入れるためには,自然発生的に歌がうたわれることを待つことはできない。や はり,「歌う」ことによって得られることに目的があるのであるから,歌いやすい「環境」を作 り,歌うことだけではなく,その周辺事由からも「学ぶ」ことが重要になる。その現場で,子 ども達に歌を伝え共に歌う際の,教育,保育者の技術の一つとして「弾き歌い」はある。そして, この「歌うこと」及びそのための技術である「弾き歌い」は,特にフレーベルの示した幼稚園 における日々の生活の指針である「5領域」全てに関連性を持つ重要な要素であると考える。
・「健康」との関連 歌うことは呼吸をし,その呼吸をコントロールすることである。 そして,呼吸をすることは「生きる」ことである。すべての年齢を超えて,意識をして呼 吸をコントロールすることは,血行を良くし沈んだ気持ち,落ち着かない心を整えることが できる。教育,保育現場においては,教育,保育者自らが,子ども達とともに歌うことによっ て模範を示す。呼吸の場所や,その場に応じた量,速度,呼吸をコントロールすることに伴っ て,元気に大きな声を出したり,時には,囁くような小さな声にしたりと,子どもたち自身 の心を自由に,表情豊かに表現することにつながっていく。その表情から,教育,保育者は 子ども達の心の状態も読み取ることができるだろう。 ・「人間関係」との関連 音楽は,コミュニケーション・ツールである。教育,保育者は,その歌を弾き歌いながら 必ず目線は子ども達にあるはずである。その眼差しから,教育,保育者の自分に対する受容を, そして子ども達自らが,教育,保育者の眼差しから安心感を得,その存在を認められている ことを実感することができる。 もちろん,目を配ることは,危険の回避にもつながることは当然である。そして,共に声 を出すことは,となりに居る人間を受容し同じ目的に向かうことを示唆する。 ・「環境」との関連 現場で教育,保育を行うときには,その事柄に則した環境を整えその中で目的とした教育, 保育が行われる。教育,保育者による「弾き歌い」が行われ,子ども達が心地よく歌の歌え る環境は,まず静かで,教育,保育者に子ども達の意識がしっかりと集中できる環境を整え てから行われる。その「環境」の中で歌うこと,存在することが安心で心地よいということ を子ども達に身をもって体験させていく。 その集中できる環境を作るきっかけは,ピアノのはじめの和音であったり,教育,保育者 の言葉かけであったりするが,落ち着かないざわついた状況で行きなりピアノを弾き始めて も,子ども達は集中して歌うことができず,「弾き歌い」を実践する意義は見当たらなくなる。 ・「言葉」との関連 幼稚園,保育園の現場の幼児歌唱教材として使われる楽曲は,「童謡」「唱歌」「テレビア ニメのテーマ曲」など多種多様である。どのようなジャンルの曲であっても,その歌詞(= 言葉)は,正確で美しい日本語であり,その意味するところは,優しく思いやりを示す言葉 であったり(譜例1めだかの学校),母子の会話であったり(譜例2おかあさん),物語を絵 本の読み聞かせのように歌っていくもの(譜例3あめふりくまのこ),教育的内容(譜例4 はをみがきましょう)を含むものなど様々である。 まだ,文字を読むことができない就学前の子ども達に,教育,保育者の行う「弾き歌い」
によって,唱えるのではなく歌わせることは,語彙を増やすだけでなく,その曲を歌うこと によってその歌詞(=言葉)の表現方法を覚えたり,歌詞(=言葉)の内容を伝える時の表情 を覚えたりすることができる。短くとも,その中に集約された多くの思いを伝えているその 歌詞(=言葉)をいずれは自己表現のために使えるようになっていくことが望まれる。 ・「表現」との関連 幼児歌唱教材として取り上げられる曲の歌詞は,擬声語,擬態語を多く含むものも多く 表情がとても豊かである。その歌唱教材は,歌詞(=言葉)だけでなく,メロディーやリズ ム,伴奏があるが,その製作工程は,まず歌詞(=言葉)が生み出され,それを活かすために メロディーが作られ,そのメロディーを支えるために伴奏が付けられているものが多い。当 然ながら,その楽曲の歌詞(=言葉)の意味するところは,教育的内容を含むものであったり, 思いやりを表すものであったり,会話であったり,その動物の様子を見て察するところであっ たりと様々である。 まずは,その楽曲の持つ内容に,教育,保育者が共感し理解をした上で,それらの歌詞(= 言葉)に見合った顔や声の表情,眼差しで,その曲の内容を話して聞かせ(解説),そして「弾 き歌う」ことで,子どもたちにその歌を歌いたいという気持ちにさせ,その楽曲を子どもた ちそれぞれが感じるままに表現できるように,それがいずれ,自分の心の表現につながって いくように導いていかれることが望ましい。ただ,幼児教育の場合,その曲を歌う子ども達 自身が,その曲をいかに理解して表現するかよりも,その曲をどのように感じてどう表現す るかということが大切である。楽曲の表現に「こうしなければならない。」という概念はない。 より好ましいものはあったとしても,正否で判断されるものではない。教育,保育者の考え るところの表現を子どもがしないからといって,その子の表現を否定してはならない。歌う ときの歌い方や,表情,表現の仕方によって見えてくるその子どもの心の状況や身体の状態 を,教育,保育者は読み取っていかなければならないからである。否定からよりも受容から 多くのことは見えてくるのである。 故に,幼児たちが「歌う」ことによって得られる多くのこと,幼児教育家フリードリヒ・ フレーベルが,その著書「母の歌と愛撫の歌」の中で説いているように,歌詞のある歌を歌 うことが,幼児への心の教育,そして,その幼児の世界を広げることになり,愛を知り,自 分の心の持ちよう,人間関係の保ち方を学んでいくことができることを踏まえ,教育,保 育者によって行われる「弾き歌い」は,ただ単に習慣的惰性的に行われて良いものではなく, 目的意識に則り確実な技術に支えられた,より良い模範でなければならないと考える。 5領域全ての要素にまたがる事を頭に置いて,現場の教育,保育者が自分の目指す教育保 育のために,何よりも子ども達のために行う必要がある。
3.「弾き歌い」をするための留意点及び練習方法 「弾き歌い」をする場合,教育者保育者の声の良し悪しは全く関係ない。幼児たちの前で, オペラを歌うような発声で,自分の声を聞かせてみせる必要はないと考える。どちらかとい えば,洋楽の響きを重視する発声ではなく,邦楽に使用される地声ではないが,響きよりも 直線的に通る素直な発声が望ましい。声量においても,子どもたちの声をかき消すような声 量は必要ない。表現においても,過度な自己陶酔による,見ているこちらが恥ずかしくなる ような,目を閉じ体を大きく揺らすような過剰な表現は全く必要ない。 その現場にいる幼児たちに聞こえる声量で,可能ならばその曲の内容にあった声量で(元 気な曲は大きな声で元気に,子守唄などは静かに,物語歌は絵本を読むように。),言葉(歌詞) をより明確に発音し,「歌う」よりも「話す」あるいは「しゃべる」ように,その意味するとこ ろを伝えることが望ましい。教育,保育者自身が恥ずかしがらずに,「表現」は相手に伝わっ て初めて表現したことになることを踏まえて,その曲を,その曲の内容に沿った表情でより 豊かに表現すること。どんな歌であっても,基本は微笑みを持って歌うことが望ましい。真 剣で真面目ではあっても,鬼のような顔をしてピアノや楽譜にかじりつきになっている教育, 保育者の弾き歌い,弾き直しばかりを繰り返す伴奏で,誰が一緒に歌いたいと思うだろうか。 (伴奏の弾き直しをする教育,保育者は,その伴奏で歌っている子ども達の気持ち,その子ど も達に自分のピアノがどう聞こえているか考えたことはあるだろうか。) 「弾き歌い」は,子ども達に聞かせるものではなく,ともに歌い,その時間と音楽と内容を 共有することが大切である。 では,「弾き歌い」を練習していくための具体的な留意点を挙げていきたいと思う。 ①歌詞については,必ず「音読」すること。 幼児教材は,決して時間的に長くはかからない。良い意味での繰り返しで1番から 10 番 まであったりするが(すうじのうたなど),そのすべてを音読する。 その際には,口を大きく開けて大きな声を出すことよりも,舌や唇を使って,明確な発音 を心がける。母音や子音,拗音,促音,破裂音,特に,鼻濁音の発音は音読の時から注意を する。そして,何よりも,自分の声を聞くことに慣れていくことを目的とする。 日本語は,大変美しく語彙も多く表現力の豊かな言語である。その分,子音や変化音が多 く,母国語とする日本人でさえきちんと発音しようとすると大変難しい。鼻濁音に至っては, 接尾語として使われた場合(ガ ga の前に n の発音をいれ強いガ ga の発音ではなく少し柔ら かくして発音する)と名詞の始めの音として使われた時(ガ ga をそのままはっきりと発音す る)では発音が異なる。 母音(a,e,i,o,u)は,子音や伴奏であるピアノの音よりも遅れて発音されるので,あえて, その歌詞の文頭が母音であることを意識しておく必要がある。そして,タイミングを合わせ
て,声を前に出す(自分の前にガラスの板があって,そこに息を当てる)ようにして発音する。 その母音の位置を認識するためにも,音読が必要なのである。曖昧な発音で弾き歌うと,例 えば「おはよう,おはよう,先生おはよう」という歌詞が,「うはよう,うはよう,えんせい うはおう」と聞こえてしまう。 次に,子音の発音について,口中の使い方を簡単に示す。 子音は,母音の前に別の音がついて母音と合わさることで音となる。 カ行は k,舌の付け根を上あごにつけて,それを離しながら発音する。 サ行は s,前歯の間に息をすり抜けさせるようにする。 タ行は t,舌の先を上前歯の裏に付け破裂するように息を出すのと同時に舌を離す。 ナ行は n,舌は上前歯の裏に脱力した状態で付けておき鼻から息を抜きながら響かせる。 ハ行は h,舌は下前歯の裏に付けておき口の中を広くして息を吐く。 マ行はm,唇は閉じ舌の付け根は上あごに付け下前歯に舌先をつけておき,口の中は開 けておいて息を鼻から抜く。 ヤ行は y, ヤとヨを発音するときは母音のiに近い音をyの前に素早く入れ,あとの母音 と一緒に発音する,ユを発音するときは舌の付け根を上あごにつけ,舌先を 下前歯裏につけ舌の真ん中を押し出すように発音する。 ラ行は r,舌先を上前歯の裏に付けしたに下ろす。 ワ行は w,唇を少しすぼめ,次にくる母音に素早く移行する。ワ WA を発音するとき唇 を広げるようにする。 ン音は n,ナ行 n に準じるが,唇は開かずに鼻腔に響くように発音する。 日本語には,この子音がどの国の言語よりも多いと言われている。だからこそ一つ一つ丁 寧により正確に発音していかなければならない。発音が曖昧になっている昨今,「ン」の発 音の際,唇を閉じないために「ウ」になってしまう学生が多い。その学生の居住する地域の 話し方の特徴にもよると考えられるが,やはり,「ン」が「ウ」になってしまうと意味が変わっ てしまったり,正しい言葉にならないので,やはり指摘が必要と考える。 弾き歌いの指導をしているときは,ピアノの演奏技術の確認が主となり,指導教員自身も 歌詞を文字で見ていることが多い。文字で見ている言葉が本当に明確に発音されているか は,必ず確認されるべきである。 ②「音読」したあと,メロディーラインを弾きながら歌ってみる。(まだ伴奏はつけない。) このときの留意点は,「言葉割り」である。幼児教材の中の童謡,唱歌は,多くの楽曲が, まず歌詞が作られ,その歌詞を活かすためのメロディーがつけられ,そのメロディーを表現 しやすくするために伴奏が作られている。
歌詞は,比較的言葉数を揃えて作られてはいるが,曲が進んでいけば,歌詞(言葉)の文 字数には変化がおこる。その変化する歌詞に,全く同じメロディー,リズムを当てはめるこ とは不自然で不可能である。そこで,メロディーを歌詞に合わせて分割しリズムを変化させ たり,その和声の範囲でメロディーラインを変えて歌詞を当てはめていくという方法が取ら れている。 その楽曲を正確に理解し演奏するには,楽譜を読み解く力,特に拍子感とリズムを解く力 が重要である(譜例1,めだかの学校 譜例5,すてきなパパ)。 日本語には「モーラ」と言われる日本語の持つ独特の拍感覚があり,きゃ,きゅ,きょ,な どに代表される拗音を除いて,かな一文字が一拍になるという特徴がある。歌詞の中に出て くる小さな「っ」(促音),長い音符にかな一文字音を乗せるときに,そのロングトーンと歌 詞(=言葉)をどう歌うか考える必要がある。 この習得方法については,ピアノでメロディーラインを弾きながら,歌詞を,それぞれに 変化するメロディーライン,或いはリズムに合わせて,難なく歌えるようになってから,も う一度改めて発音を見直してみると良い。歌詞(=言葉)に合わせてどのように変化させて 良いか判断できない場合は,歌詞(=言葉)の発音やリズムを優先し変化させて弾いていく。 それらができるようになってから,それまでに弾けるようになっておいたピアノ伴奏と合わ せるようにするのである。ピアノ伴奏でメロディーラインを弾いていく場合,そのメロディー ラインのリズムは言葉に合わせて弾いていく。(譜例5) ③伴奏と合わせる ピアノの伴奏と合わせるとき陥りやすいことがある。それは,歌詞を歌いながらピアノの 伴奏のリズムを伸ばした母音でなぞってしまうことである(譜例6夕焼小焼)。5領域の中 の「言葉」を考えたとき,この歌い方は明らかな間違いである。 この歌い方は,大きく「言葉」を崩してしまう。多くの学生が,ピアノ伴奏を先に練習し, そこに歌詞を乗せる(あと付け)方法で弾き歌いの練習をしてしまう。故に,母音を伸ば しながら拍子やリズムを数えてしまう。そうすることで,ピアノ伴奏とつじつまを合わせて くる。歌詞の理解とピアノ伴奏がそれぞれに出来上がっていれば,この歌い方の間違いはお こってはこないであろう。 4.「弾き歌い」の目指すところ,そして「先歌い」の必要性 幼稚園児,保育園児の年齢を考えると0歳児から就学前の6歳児までである。この年齢は, 年長と言われる6歳児クラスで,クラス半分の子ども達が平仮名を読めるかどうかという年 齢である。その,未だ文字に目覚めぬ子ども達に教育,保育者が歌って聞かせることで耳か ら「歌」を覚えていく。
では,いきなり通常「弾き歌い」と言われることを行い,子ども達はすぐに歌えるように なるだろうか? 「弾き歌い」は,教育,保育者と子ども達が同時に歌うことである。ともに歌うことは最 も望ましいことであるが,最初からそれだけでは子ども達が歌を覚えるのに大変な時間がか かってしまう。そして,かなりいい加減に曲を歌うことになるだろう。 そこで,「先歌い」の技術が必要になってくるのである。 「先歌い」とは,そのメロディーよりも先に歌詞を言いながら曲を進めていくことで,歌詞 がまだ確実に覚えられていない場合に,対象者の年齢に関わらず大変有効である。まだ,文 字に目覚めない子ども達には歌うための,歌詞を覚えるための寄る辺となる。その技術の大 切な点は,言葉の明瞭さ,歌詞を発するタイミング,曲全体の速度である。「先歌い」は,子 ども達に初めての曲を伝えるときに,より有効な導入手段として使うことのできる技術なの である。 今は,CD を聴かせ,子ども達に概ね覚えさせてから,教育,保育者がかなり簡略化して 伴奏をし,それで良しとしている現場が多い。場合によっては,伴奏を全て CD にしてしまい, 教育,保育者が単に監督者になってしまっていることもある。それは,管理であって,人間 が人間を育てる教育,保育ではない。 その曲を「歌えるようになる。」という結果だけを求めているのではない。そのプロセスに 学ぶことが多く大切なのであるから,できるだけ初めから,子ども達の一番身近にいる教育, 保育者の手で子ども達に「歌」を伝えるべきである。 では「先歌い」は,現場においてどのように活用されるべきか。 まず,初めての曲を子ども達に伝える手順を考えてみる。 ①聞かせる ピアノはメロディーラインだけを弾き,教育,保育者は子ども達の方を向いて,歌詞の区 切りの良い場所の一番短いセンテンスで(2小節もしくは4小節づつ)歌っていく。(最後 まで通して歌うことではない。)子ども達は,教育,保育者の歌を,まず聞く。 ②反復した後,模倣させる その一番短いセンテンスを任意で(概ね2回くらい)繰り返した後,その曲の拍子の2拍 分を使って「どうぞ」と子ども達に指示を出し模倣させる。そして,もう一回反復する。そ れを繰り返して,もう少し大きなセンテンス,曲の区切りに来た時に,そこまでを通しても う一度歌わせてみる。 ③通し その時に,ピアノはまだメロディーラインを弾いているから,まずメロディーラインを弾
く前に,歌詞を区切りの良いところまで先に言い,タイミングよく,あるいは「どうぞ」とい う声がけをして,もう一度メロディーラインをピアノで弾きながらともに歌う(弾き歌い)。 これを最後まで繰り返して一曲にする。最後まで通すことができたら,今度は,ピアノは伴 奏を弾きながら通して歌ってみる。 その時に,全曲を通して「先歌い」を行い,歌詞の歌い始めを促す。 学生の中には,伴奏しながら,本来のメロディーと違うタイミングで歌詞を「話す」のは, かなり早口でしなければならないと思い込む者がいるが,そうではない。「先歌い」が必要な 時期は,まだその歌の歌い始めであることが多いので,曲のテンポを少し遅めにとり,言葉 をより明確に発音することが大事なのである。そして,その曲を子ども達がかなり歌えるよ うになってきたと思われたら,先歌いの歌詞の部分をきっかけになる一言だけにしていけば 良いのである。場合によっては,一日で一曲できないかもしれないが,少しずつこれを繰り 返して覚えさせていく。 この歌を伝える手順を考えると,ピアノを,自立して,巧みに弾けることも勿論だが,当 然ながら教育,保育者にとっては「歌うこと」も,より大切なことなのである。その歌を活かす, あるいは支えるピアノ伴奏は,和音を弾くだけのものであってはならず,簡略化していても 基本的には原曲伴奏を生かした伴奏が弾けなければならない。 そのためには,教育,保育者自身がまず楽譜が読めなければならない。 楽譜を読むに当たり,読む作業に入る前に,まず楽譜には機能的に何が書いてあるのかを 理解し,その第1段階としてまず拍子感をしっかり自分に植え付けること。第2に,リズム をパターン化して読み,リズムの読み方と拍子の取り方の関連を理解すること。最後に,音 名表を用い,大譜表の中でどの位置の音が何という音名で鍵盤のどこになるのかを理解した 後,初めて,目の前の楽譜に弾くために取り掛かるのである。 具体的に,自分が弾かなければならない楽曲の拍子を理解し,自分で拍が取れるようになっ たら,拍子感のないところにリズム感を養うことは大変に難しいため,その拍子に合わせて リズムを読めるようにする。リズムの読み方については,リズムは言葉から派生したもので あるからリズム別に読み方を覚えておいたものを当てはめていく。そして,拍子をとりなが らリズムを読み,最後に,そのリズムに合わせて音名を音読する。そして音名を音読しながら, 片手ずつ弾いていくのである。 拍子がとれていれば,ピアノ伴奏の両手を合わせることも,歌い初めの声がけ(どうぞ, サン,ハイ)や先歌いを行う際のタイミングを取ることも容易になる。 5.まとめ 実際,養成機関の学生たちは,事前の教育もあって,はじめから「幼稚園では(保育園で
は),先生はピアノを弾いて歌うもの」という先入観を強く持って授業を受ける。だが「なぜ それをするのか。」ということを考える学生は非常に少ない。 故に,歌うことよりもピアノが弾ければ良い,小さい頃からピアノを習っていた者が有利 と考えたり,あるいは,課題曲数をこなしさえすれば良いと思う者が多い。 「弾き歌い」という初等教育課程に在籍する学生のみが学ぶことのできる音楽技術に対す る認識が甘いため,いつまでたっても教育者としての意識を持った技術になり得ない。特に 教育,保育現場で歌われる歌の選曲は,年々,幼児期に適切あるいは必要不可欠と考えられ る曲ではなく,現場で曲を提供する教育,保育者の主観と各個人的技量に基づいた教育,教 育者の都合で選曲されてしまう傾向が強く,本当に幼児期に学ばなければならない楽曲と大 幅なブレを持ってしまっている。 良い意味での日々の繰り返し(習慣化)の中で,単にカリキュラムの一環として,朝の歌 を歌い,帰りの歌を歌い,季節の歌が歌われるが,その時に歌われる歌は,教育,保育者の 認識不足,あるいは自分の技術への自信の無さによって,惰性的な表現や,場合によっては 不適切な速度で歌われてしまうことが多々ある。 教育,保育者は,幼児教育現場において子ども達に本当に必要な教育,保育を,自信を持っ て伝えられる技術を常に模索していなければならないと考える。そのためには,現場に立っ たその日から,唯一,より完全な形を求められる「弾き歌い」の技術,幼児教育現場で必要 とされるピアノ演奏の技術の習得に努力を怠ってはならない。 養成機関に在籍する学生の,初等教育の教育者,保育者を目指すきっかけは,「子どもが 好き」でかまわないが,ただ好きなだけでなく,一人の人間の一番大切な心と体の成長期に 関わる教育者,保育者としての自覚と責任,適切な技術と知識を持った「大人の教育者,保 育者」に,自分自身を成長させていかれることが望ましい。 幼児期の教育,保育,そして,初等教育に携わる教育者,保育者の子ども達への関わりが, その子達のその後の人間を培っていく。その時期に蔑ろにされた教育,保育を受けた子ども は中等教育,高等教育に進んでも,人としての心の寄る辺を持つことができず不安を抱えて しまうことが多い。初等教育に関わる教育,保育者の責任は本当に大きいと痛感する。 限られた時間の中で,どのようにより高い技術を伝え,確実に習得させ,教育現場にふさ わしい意識と自覚を持った人間を育てていくことができるか,今,目の前にいる学生たちが いずれ出会うであろう子ども達への思いも持ちながら,私自身今後も探求し続けて行く思い と責任を考えている。
引用文献 「幼児のための音楽教育」教育芸術出版 参考文献 読売新聞文化部 「唱歌・童謡ものがたり」岩波書店 フリードリヒ・フレーベル 「フレーベル全集より 第4巻」玉川出版 フリードリヒ・フレーベル 「母の歌と愛撫の歌」玉川出版 金田一春彦,安西愛子編 「日本の唱歌」上,中,下 講談社文庫 山住正巳 「子どもの歌を語る 唱歌と童謡」 岩波新書 リーザ・ローマ著 鈴木佐太郎訳 「発生の科学と技法」音楽之友社 伊藤玲子編 「日本童謡選集」ドレミ楽譜出版 伊藤玲子編 「日本歌曲選集」ドレミ楽譜出版 斎藤公子著 「改訂版さくら・さくらんぼのリズムとうた・ヒトの子を人間に育てる保育の 実践」郡羊社