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サービス提供の仕組みに関する先行研究の整理 : 柔軟性と効率化のトレードオフをめぐって

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(1)『地域共創学会誌』,vol.3,25-36,2019 KYUSHU SANGYO UNIVERSITY, Journal of Collaborative Regional Development No. 3, 25-36, 2019. 【研究ノート】. サービス提供の仕組みに関する先行研究の整理 ―柔軟性と効率性のトレードオフをめぐって― 加 藤 佳 奈. 要 約 優れたサービスを実現するためには, 競争力のあるサービス提供の仕組み (service delivery system) の構築が不可欠 だ。 本稿の目的は, サービス提供の仕組みに関する先行研究を整理し, 今後の研究課題を導出することである。 当該研究 における深刻な課題の一つに, 「権限移譲による柔軟な顧客対応」 と 「標準化による安定性 ・ 効率性」 のトレードオフがあ る。 両アプローチは長きにわたり相容れない関係にあったが, 二元論を超え, 製造業の知識の移転により同時達成しようと するリーン ・ サービスの有効性が報告されている。 今後の研究課題として, サービス組織が変わりゆく市場に適応を試みな がら柔軟性と効率性を同時達成する変化のプロセスの解明をあげた。 Keyword : サービス ・ マネジメント ( Service Management), サービス提供の仕組み ( service delivery system), 標準化 ( standardization), 効率性 ( efficiency), 権限移譲 ( empowerment), 柔軟性 ( flexibility), 個別化 ( customization), トレードオフ ( tradeoff), サービス ・ オペレーション ( service operation), リーン ・ サービス (lean service). 1 . はじめに 日本の経済は長きにわたり製造業の成長に支えられてきた。とりわけ,自動車や家電,電子 部品といった産業は,世界的に高い評価を受けている。今後も,日本の製造業における「もの づくり」は,国際競争力の源泉として重要である。 一方, 我が国のサービス業は,GDP の 70% 以上を占める重要な存在になった現代において もなお,製造業に匹敵するほどの国際競争力を発揮しているとは断言しがたい。日本のサービ ス業は,いわゆる「おもてなし」に表される手厚いサービスの品質を高く評価される一方で, 労働生産性は「質」の調整後においても米国の 5 割程度と低水準に留まっている(日本生産性 本部,2018)。サービス業の強化は,我が国の重要な課題である。 優れたサービスを実現するためには,競争力のあるサービス提供の仕組み( service delivery system)の構築が不可欠だ。本研究の目的は,サービス提供の仕組みに関する先行研究を整理 し,今後の研究課題を導出することである。 本稿の構成は次のとおりである。2.ではサービス提供の仕組みに関する初期の先行研究を整理す る。3.4.ではサービス研究において相容れない関係にあった標準化による効率性を重視するアプ ローチと権限移譲による柔軟性を重視するアプローチについて論じる。5.では両アプローチの二元 論を超えて,同時達成を目指す新たなアプローチとしてリーン・サービスについて述べる。6.では 先行研究の到達点と課題を議論する。最後に,結論と今後の研究課題を述べて,本稿の結びとする。 25.

(2) 加 藤 佳 奈. 2 . サービス提供の仕組みに関する先行研究 サービスは顧客の求める本質的な価値を提供するための一連のプロセスである。 そのため, サービスの全体像を包括的に捉えるサービス提供の仕組みの設計(service design)は,サービス・ マネジメント研究の重要な課題である 1。特に,対人サービスは柔軟な顧客対応を前提としており, サービス提供の仕組みのマネジメントが困難であるといわれている(Fisk et al., 1993, p.81) . Langeard, Bateson, Lovelock and Eiglier( 1981)は,サービス提供の仕組みの捉え方として, Service Production System を概念化したサーバクション・フレームワーク(servaction flamework) を提示した(図 1)2。サービスは同時性・即時性の観点から,提供者と顧客の接点であるサー ビス・エンカウンター( service encounter)を軸に,サービス提供の仕組みを捉える必要があ るとした。さらに,サービス提供の仕組みの要素を,顧客に可視の物的環境と直に接する従業 員と,顧客に不可視の組織や支援システムを含めて捉えることが特徴的である。. Shostack( 1984)は,組織のサービス・プロセスは,顧客の経験のプロセスであることから, オペレーション管理で用いられる作業の流れ( work-flow)を参考に,サービス・ブループリ ンティングを提示した。サービス・ブループリンティングは,サービス提供の仕組みを顧客の 流れに合わせるように顧客に可視の部分と不可視の部分に分類して時系列に描写する方法であ る。Langeard, Bateson, Lovelock and Eiglier( 1981)のサーバクション・フレームワークに,顧 図 サーバクション・フレームワーク 図 11 サーバクション・フレームワーク. 目に見えない 組織とシステム. 物的環境 顧客接点の サービス提供. 不可視. 顧客 A. 顧客 B. 可視. 顧客 A が受け取る サービス便益の束. New(1981). insights“Services from consumers 出所:Langeard, E.,Langeard, Bateson, J., Lovelock, C. H., &Christopher Eiglier, P. (H. 1981 ). Services 出所:Eric John E. G. Bateson, Lovelock, andmarketing: Pierre Eiglier and managers. Marketing Science Institute, Cambridge, p. 15 . Marketing: New Insights from Consumers and Managers”, Cambridge, MA, 81-104. 1 2. サービス・マネジメント研究の変遷については,加藤(2015)に整理している。 Shostack(1984)は,組織のサービス・プロセスは,顧客の経験のプロセスであるこ サーバクションとは,Service と Production を合体した造語である。当該枠組みは,Eiglier & Langeard(1977) で「The Service Business as a System(システムとしてのサービス・ビジネス) 」として発表され,Langeard, とから,オペレーション管理で用いられる作業の流れ(work-flow)を参考に,サービ Bateson, Lovelock and Eiglier(1981)の議論において Servuction system の概念が示された。サーバクション・フレー ス・ブループリンティングを提示した。サービス・ブループリンティングは,サービ ムワークという呼び名は,Fisk, Grove & John(2008)や翻訳本などで用いられており,広く認識されている。. ス提供の仕組みを顧客の流れに合わせるように顧客に可視の部分と不可視の部分に分 26 類して時系列に描写する方法である。Langeard, Bateson, Lovelock and Eiglier(1981)の サーバクション・フレームワークに,顧客の流れの時間軸を取り入れ,動態的な枠組.

(3) サービス提供の仕組みに関する先行研究の整理. 客の流れの時間軸を取り入れ,動態的な枠組みに発展させたといえる。サービス・ブループリ ンティングは,サービス提供の仕組みの設計に役立つだけでなく,さまざまな顧客接点におけ る不具合を未然に防止し,サービスの差別化戦略に貢献すると考えられている。. 1990 年代になると, どのようにサービス提供の仕組みをマネジメントするべきか, 具体的 な議論が展開されていく。Bowen and Lawler( 1992)によれば,サービスに関する研究は,標 準化による効率性を重視するアプローチ(例:Levitt, 1972, 1976)と,権限移譲による柔軟性 を重視するアプローチ(例:Zeithaml, Parasuraman and Berry, 1985;Rafiq & Ahmed, 2000)に大 別され,両アプローチが相容れずに,二律背反の関係であったという 3。. 3 . 標準化による効率性を重視するアプローチ (“The Production-line Approach”) 標準化による効率性を重視するアプローチとは,具体的には標準化をつうじたサービス・オペ レーションの安定性および効率性を重視するアプローチである。Bowen and Lawler(1992)は,こ の代表的な研究として,Levitt(1972) “Production-line approach to service” および Levitt(1976) “Industrialization of service”を挙げている。Levittは,産業革命をもたらした製造業における生産管理 の発想にもとづいて,サービスの生産効率と品質向上を実現することが重要であるとした。サー ビスのマネジメントを,サービス提供者の技能と態度の改善に依存する限り,サービスは効率化 されず,顧客満足は実現されないとし,サービス業への製造業の知識移転を提唱したのである。 サービスの工業化は,人間に依存する作業をハード・テクノロジー,ソフト・テクノロジー, 両者のハイブリッド・テクノロジーに置き換えることで実現する。その典型例が,マクドナル ドだ。食品や飲料は事前に計量されており,従業員は決められたプロセスで組み合わせるだけ である。フライドポテトなどは調理行程の大部分が自動化されている。そのため,味や品質の 変動は稀である。また,従業員の自由裁量は,生産性の向上や品質管理を困難にするため,従 業員が意思決定を下すことのない仕組みが構築されている。マクドナルドでは,サービス提供 の仕組みに製造業の設計や生産ラインの知識を応用し,品質の安定した製品を手早く低価格で 大量に提供することを可能にした(Levitt, 1972, pp.43-46)4。. 3. 4. 原 本 の Bowen and Lawler(1992) で は, 標 準 化 に よ る 効 率 性 を 重 視 す る ア プ ロ ー チ は,“The Production line Approach”, 権 限 移 譲 に よ る 柔 軟 性 を 重 視 す る ア プ ロ ー チ は,“The Empowerment Approach”と表記されている。本稿では,「標準化による安定・効率」と「権限移譲による柔軟な顧 客対応」のトレードオフが示されるように上記の表現を用いることとした。 Levitt(1983)は,マクドナルドの世界規模での成長をふまえて,サービス業において製造業と同様 に標準化が進むと,市場のグローバル化と同質化が加速するという点にも注目した。そして,同質化 した市場においては,標準化された品質の安定した商品を,低価格で,大量に提供できる企業が成功 し,できない企業は敗者になるだろうと述べている。. 27.

(4) 加 藤 佳 奈. Bowen and Lawler は,Levitt のサービス業における生産ラインアプローチを,(1)タスクの 簡素化,(2)分業,(3)機器・システムによる従業員の置き換え,(4)従業員の自由裁量権の 縮小,という 4 点に整理し,管理者が仕組みを構築して従業員は意思決定を下さずに実行する 仕組みであると述べている(1992, pp.31-32) 。. 4 . 権限移譲による柔軟性を重視するアプローチ (“The Empowerment Approach”) 具体的には権限移譲(エンパワーメント)をつうじた柔軟な顧客対応を重視するアプローチ である。 権限移譲とは, 主としてサービス提供の現場で直に顧客と接する従業員( front-line employee)に,意思決定権を委譲することだ。例えば,オールインクルーシブ・リゾートのク ラブメッドでは,G.O( Gentle Organizer)と呼ばれる従業員が,アクティビティのインストラ クターやショーのエンターテイナーといった複数の業務を多能的に担っている。G.O は,一日 中 G.M( Gentle Member)と呼ばれる顧客と接するが,画一したマニュアルは存在せず,自らの 意思決定にもとづいて顧客対応をする。また,リッツカールトン・ホテルでは,従業員は「ク レド」と呼ばれるサービスの価値観にもとづき,自身の意思決定により柔軟な顧客対応を実践 しており,上司の判断を仰がずとも顧客のために活用できる一定額の決裁権を与えられている。 このように,権限移譲をつうじた柔軟な顧客対応が顧客満足に影響していると考えられている。 Bowen and Lawler( 1992)は,権限移譲の利点と欠点を整理したうえで,適切な権限移譲の 在り方を提示した。 権限移譲の利点として,次の 5 点が示されている。(1)顧客のニーズや不満に対する迅速な 対応を可能にする。(2)従業員に組織や職務に対する責任感をもたらす。(3)従業員が権限移 譲にもとづき,熱心に顧客と相互作用する。顧客が知覚する品質は,サービス提供者の顧客に 対する丁寧さ(courtesy),共感性(empathy) ,反応性(responsiveness)といった要素に影響を 受けている( Berry and Parasuraman, 1991)。そのため,従業員が権限移譲にもとづき,熱心に 顧客と相互作用することは,顧客満足につながる( Schneider and Bowen, 1985)5。(4)従業員 がサービス改善のアイデアを開発しやすい。従業員が権限移譲により顧客のために常に思考を 巡らせることは,サービス提供の仕組みの改善や新たな顧客ニーズの発見に役立つ。(5)権限 移譲をつうじた柔軟な顧客対応は絶大な広告効果がある。例えば,柔軟な顧客対応に定評のあ 5. 権限委譲と従業員の職務に対する姿勢の関係性についての議論は,1970 年代にサービス・マネジメン ト研究で出現したインターナル・マーケティングの文脈にあると考えられる。インターナル・マーケティ ングとは,従業員を内部顧客と位置付けて,ニーズを満たすように職務を方向付ける戦略であり(Berry & Parasuraman, 1991) ,その実践には権限委譲の重要性が指摘されている(Grönroos, 2007, pp.401-404, Rafiq & Ahmed, 2000, pp.454-455) 。インターナル・マーケティングの論点は従業員満足による顧客満足 の促進であり, Heskett, Jones, Loveman, Sasser, & Schlesinger(1994)のサービス・プロフィットチェーン(従 業員維持と顧客維持および企業の業績の関係性についての研究)にも影響を与えている。. 28.

(5) サービス提供の仕組みに関する先行研究の整理. る米国高級百貨店のノードストロームの広告費は業界平均と比較して低水準であり, スター バックスはテレビ広告を打たないが,店舗で満足した顧客の評判が広告の役割を果たしている。 一方,権限移譲をつうじた柔軟な顧客対応の欠点として,(1)従業員の選抜と育成にかかる 多額の投資,(2)高額の人件費,(3)一貫性の欠如(4)公平性の欠如,(5)非合理な意思決 定による費用の増加という 5 点を指摘している。例えば,スターバックスでは,正社員か非正 規社員かに関わらず, スタッフは同社の価値観や理念を理解するために座学と OJT を含む約 40 時間に及ぶ研修を有給で受講する 6。Levitt(1972)がマクドナルドを事例に論じた標準化に よる効率性を重視するアプローチでは,従業員は単純化された既定のプロセスで行動すればよ い。いわば,個人の技能に依存しない単純作業である。一方,スターバックスのように権限移 譲による柔軟性を重視するアプローチでは,柔軟な個別対応のための技能が一定求められる。 そのため,採用・育成にかかる投資や人件費がかさむ可能性がある。また,柔軟な個別対応は, 一貫性や公平性を損なう可能性があり,一部の顧客の満足の要因になる一方で他の顧客にとっ て不満足の要因になる。Berry and Parasuraman( 1991)によれば,顧客が知覚するサービス品 質の要素のうち,信頼性( reliability) ,つまり,約束されたサービスを正確に遂行する能力が, 最も重視されている。 この点, 標準化による効率性を重視するアプローチは, 顧客が正確な サービスを受けられるようにサービスをルーティン化することを目的としており,サービスの 正確性と一貫性を実現する。最後に,現場の従業員が常に最適な意思決定をするとは限らない。 権限移譲は,時に組織にとって深刻な課題を生じさせる。. Bowen and Lawler( 1992)は,標準化による効率性を重視するアプローチと権限移譲を重視 するアプローチの両者に利点があるとし, それぞれが効果を発揮する条件を顧客と従業員の ニーズの観点から検討した。表 1 は,どちらのアプローチを採用するべきかを検討する際の 5 表1 サービスにおける標準化と権限移譲の適用条件. 基本的な事業戦略 顧客との関係性 技術 企業環境 人材のタイプ. 標準化による効率性 Production Line Approach 低コスト, 大量 取引, 短期間 ルーティン, 単純 予測可能 管理者 : X 理論 従業員 : 成長の要求が低い 社会的欲求が低い 対人スキルが低い. 1 1 1 1 1. 2 2 2 2 2. 3 3 3 3 3. 4 4 4 4 4. 5 5 5 5 5. 権限移譲による柔軟性 Empowerment 差別化, 個別化 関係, 長期間 非ルーティン, 複雑 予測不可能 管理者 : Y 理論 従業員 : 成長の要求が高い 社会的欲求が高い 対人スキルが高い. 出所:Bowen, D. E., & Lawler, E. E.(1992).The empowerment of service workers: What, why, how, and when. Sloan management review, 33(3), P.37.. 6. 現在,研修時間は動画の活用等により 40 時間となったが,以前は 80 時間であった。. 29.

(6) 加 藤 佳 奈. つの条件を示している。基本的な事業戦略が低コストの大量生産である場合には,標準化によ る効率性を重視するアプローチが適しているという。例えば,ファストフード・チェーンでは, 迅速に低価格で安定した品質のサービスを求める顧客を標的市場としている。 いずれかのアプローチを採用するにあたり重要な点は,企業が顧客に何を提供しようとしてお り,顧客が企業に対して何を求めているのかという点だ。当然ながら,顧客にとって最低限の品 質は重要である。低価格のサービスであっても,味の安定性や店舗の衛生は求められる。しかし, 権限移譲により実現される標準の品質を上回るようなサービスが常に求められているとは限ら ない。例えば,コンビニエンスストアに関する研究で,売上高と顧客に対してフレンドリーに 接する従業員には,負の関係があるという報告もあるという。一方で,サービス提供において 顧客との関係構築を目指す場合は,権限移譲による柔軟性を重視するアプローチが適している。. 当該研究では,標準化による効率性を重視するアプローチと権限移譲による柔軟性を重視す るアプローチが効果的となる条件を示すとともに,サービス業の方向性として権限移譲を実施 している製造業の知識移転を提示した。 製造業では, 現場の従業員の関与を重視するように なっている。例えば,QC サークルは,現場の従業員が自主的な学習チームをつくり,製品・ サービスの品質の改善や作業能率の改善をする活動だ。サービス業は,現場の従業員に対する 権限移譲の方法を開発してきた製造業から学習できるという(Bowen and Lawler, 1992, P.39)。. サービスに関する研究には,標準化による効率性を重視するアプローチと,権限移譲による 柔軟性を重視するアプローチに大別され, 両アプローチは対極であると捉えられてきた。 Bowen and Lawler( 1992)は,両アプローチに利点があるとし,さらに二項対立ではないこと を示唆している。スターバックスは権限移譲による柔軟性を重視するアプローチが適している と考えられる。ただし,スターバックスにおいても,標準のサービス品質を実現するための研 修テキストやビバレッジのレシピは存在する。従来,スターバックスでは,従業員がオーダー されたビバレッジの ID をカップに手書きすることが一般的であったが, 近年では購入情報を 印字したシールが導入されている。『プロが選ぶホテル旅館 100 選』において 36 年連続日本一 に輝いた石川県・七尾市に位置する日本旅館の加賀屋は,女将と仲居が茶出しや食事の配膳に おける顧客との会話や観察にもとづき,きめ細やかな顧客対応を実施している。一方で,料理 の配膳は,主調理場から各階パントリー(配膳室)まで「自動搬送システム」によって機械化 している(小田,2015;日本経済新聞,1986;日経産業新聞,1989)。 このように,サービス提供の仕組みにおいて,柔軟な顧客対応が求められる部分と,従業員 の意思決定が求められない部分や機械化できる部分があるだろう。標準化による効率性を重視 30.

(7) サービス提供の仕組みに関する先行研究の整理. するアプローチと権限移譲による柔軟性を重視するアプローチは二元論ではなく,サービス提 供の仕組みにおいて両立されうるのである。. 5 . 二元論を超えて-リーン ・ サービスのアプローチ- Bowen and Youngdahl( 1998)は,““ Lean”service: in defense of a production-line approach”に 表されるように, サービスの効率性と柔軟性のトレードオフを解消する方法としてリーン・ サービスの概念を提示し,既存のサービス・マネジメント研究において敬遠されてきた製造業 の知識移転を再評価する試みである。 リーン( lean) の概念は, マサチューセッツ工科大学の International Motor Vehicle Program ( IMVP) の研究グループが, トヨタ自動車の生産方式を研究し, その成果を発表した“ The Machine that changed the world( Womack, Jones, & Roos, 1990)”により世間に広く認識されるこ とになった。リーンには「無駄を削ぐ」という意味がある。当初,リーン生産方式は製造工程 におけるコスト削減の手段と認識されていたが,リーンの概念は顧客起点の価値にもとづく流 れづくり(プロセスの管理)として捉えられるようになり,製造業のみならず非製造業におけ る応用が示唆されてきたという(小菅・モディグ・オールストレム,2009) Bowen and Youngdahl(1998)の主張は次のとおりである。第一に,製造業はコスト,信頼性, 品質,柔軟性の間のパフォーマンスのトレードオフという基本の問題を解決する方法の開発に おいてサービス業を牽引してきた。 第二に,このような製造業からサービス業への知識移転は,Levitt(1972)のサービス業におけ る生産ラインアプローチで表されるように大量生産方式の適用に端を発している。 その特徴は, 従業員の自由裁量行為の縮小,分業,技術による従業員の置き換え,工程の標準化である。しかし, サービスにおける大量生産を前提とする生産ラインアプローチは,顧客に対する柔軟性という限 界があった。しかしながら,近年ではサービス業が製造業で開発されたリーン生産方式を採用す る事例が確認されており,サービス業における生産ラインアプローチの再評価がなされている。 第三に,リーン生産方式は,生産工程の標準化と権限移譲を特徴としており,皮肉にも製造業は サービス業において重視される権限移譲にもとづく柔軟性においてもサービス業を牽引してきた 7。 7. 当該研究では上記の主張について,ジェネラル・モーターズ(GM)や Schlesinger & Heskett(1991)におけるマクド ナルドの例を挙げながら論証を試みている。GM は自動車の生産ラインの従業員を代替する自動化を進めたが,自 動化は消費者の多様化したニーズへの対応を困難にした。大量生産の生産ラインアプローチは製造の効率性を著し く向上させたが,従業員の労働生活や顧客の選択を制限するという限界があった。このような製造業における標準化・ 効率性と個別化・柔軟性のトレードオフは,サービス業においても重要な課題になっていく。1960 年代,マクドナ ルドは属人的で品質が安定しないサービスの信頼性を生産ラインアプローチにより改善し,サービス業に革命を起 こした。しかし,消費者の価値観の多様化に呼応するように競合他社が出現するとともに,1980 年代には高度に機 械化されたハンバーガーの生産ラインを担う従業員の満足を維持することが困難になっていた。1960 年代頃より製 造業で開発されたリーン生産は,効率性だけでなく,顧客のニーズに対する柔軟性や従業員を留意している。. 31.

(8) 加 藤 佳 奈. 当該研究は, 大手メキシコ料理チェーンのタコベル( Taco Bell) の事例をとおして, リー ン・サービスを 5 つの特性により定義した。すなわち,( 1)組織内の効率性と顧客起点の柔軟 性のトレードオフの縮小,(2)流れ作業と後工程引き取り生産,(3)サービス・ブループリン ティングなどの手法により付加価値のない活動を除外するバリューチェーン志向,(4)顧客起 点にもとづく育成,(5)権限移譲である。. 小菅・モディグ・オールストレム( 2009)は,トヨタが関連した 3 つのオペレーション改善 の事例(スーパーマーケット, 車検, 車検の入庫誘致) をとおして,Bowen and Youngdahl れにおいて,オペレーションをルーティン化することにより生産時間の短縮と品質の (1998)が示したリーン・サービスのロジックに関する命題を導いている(図 2 および表 2) 。 安定化を図り,標準にもとづくプロセス全体のコントロールをつうじて,顧客需要へ リーン・サービスは,顧客の流れに合うように顧客接触することで需要を満たす。既述のよ の柔軟性をも実現するという。これらの調査結果にもとづき,リーン・サービスがサ ービスにおける効率性と柔軟性のトレードオフを克服すると結論付けた。 うに, サービス・プロセスは,顧客の経験のプロセスでもある( Shostack, 1984) 。そのため,ブ 図 2 リーンサービス・オペレーション 図 2 リーン・サービス・オペレーション ルーティン・ オペレーション. モノ・情報 労働力. コントロール. 顧客接触 オペレーション 需要を待つ. 需要が満た. 顧客. された顧客. 出所:小菅竜介,ニクラス・モディグ,ペール・オールストレム(2009) 出所:小菅竜介,ニクラス・モディグ,ペール・オールストレム(2009) 「「リーン・サービスのロジック リーン・サービスのロジック (特集 < サービスづくり > の経営学)」 『組織科学』42(4),p. 55 . (特集 <サービスづくり>の経営学)」『組織科学』42(4), 55.. 表 表2 2 リーン・サービスのロジックに関する命題 リーン・サービスのロジックに関する命題 1 . 1. リーン ・ サービスは, 顧客の流れに同期するよう顧客接触を行うことで, 顧客の需要を満たす。 リーン・サービスは,顧客の流れに同期するよう顧客接触を行うことで,顧客の需要を満たす。 2 . リーン ・ サービスでは, 繰り返し性が高い限りにおいて, 作業 ・ 業務の標準化と従業員の多能工化にもとづいて 2. リーン・サービスでは,繰り返し性が高い限りにおいて,作業・業務の標準化と従業員の多能工 プロセスが流れ化される。 化にもとづいてプロセスが流れ化される。 3 . リーン ・ サービスでは, ルーティン化されたオペレーションが顧客接触におけるオペレーションを促進する。 リーン・サービスでは,ルーティン化されたオペレーションが顧客接触におけるオペレーション 4 . 3. リーン ・ サービスでは, 幅の広い在庫 ・ 品揃えを前提とした後工程引き取り ・ 後補充方式を通じて顧客需要の 不確実性 ・ 変動性に対応する。 を促進する。 5 . リーン ・ サービスは, 標準にもとづくプロセス ・ コントロールと, その下における多能従業員の裁量的行動によって, 4. 顧客需要の変動に柔軟に対応する。 リーン・サービスでは,幅の広い在庫・品揃えを前提とした後工程引き取り・後補充方式を通じ て顧客需要の不確実性・変動性に対応する。 出所:小菅竜介,ニクラス・モディグ,ペール・オールストレム (2009) 「リーン・サービスのロジック (特集 < サービスづくり > の経営学)」 『組織科学』42(4),pp. 56 - 58 の議論を引用して筆者が作成した。 5. リーン・サービスは,標準にもとづくプロセス・コントロールと,その下における多能従業員の 裁量的行動によって,顧客需要の変動に柔軟に対応する。. 32. 出所:小菅竜介,ニクラス・モディグ,ペール・オールストレム(2009)「リーン・サービスのロジック (特集 <サービスづくり>の経営学)」『組織科学』42(4), 56-58 の議論を引用して筆者が作成した。.

(9) サービス提供の仕組みに関する先行研究の整理. ループリンティングのように顧客の流れに合わせて捉える必要がある。具 他( 2008)は,もの づくり概念のサービス業への適用をめぐる議論において,組織のサービス作業の流れと顧客の 流れの最適化,つまり,顧客の流れに合わせて需要を満たすことの重要性を指摘している。 つまり,リーン・サービスは顧客の需要に合わせるように設計されたサービスの流れにおい て,オペレーションをルーティン化することにより生産時間の短縮と品質の安定化を図り,標 準にもとづくプロセス全体のコントロールをつうじて,顧客需要への柔軟性をも実現するとい う。これらの調査結果にもとづき,リーン・サービスがサービスにおける効率性と柔軟性のト レードオフを克服すると結論付けている。. 6 . 小括 : 先行研究の到達点と今後の課題 サービスに関する研究は,標準化による効率性を重視するアプローチと権限移譲による柔軟 性を重視するアプローチに大別され,両アプローチは二律背反とされてきた。近年,サービス の柔軟な顧客対応と効率・安定を両立しうるアプローチとして,製造業のリーンの概念をサー ビスに適用するリーン・サービスの研究が進んでいる。優れたサービスの仕組みの構築につい て,リーン・サービスが有効であることが一定認められた。既述の加賀屋における料理自動搬 送システムは,搬送時の落下や転倒を防止して,品質の安定性や効率性を実現するだけでなく, 女将と仲居の負担を軽減し,自動化により発生した余剰時間を接客に充てることで柔軟な顧客 対応を促進している。この事例は,リーン・サービスのロジックと整合的である。今後,リー ン・サービスのロジックの各概念の関係性について,さらなる精緻化が期待されよう。 サービス業の現状をふまえると,どのようにしてリーン・サービスあるいは標準化による効 率性・安定性と権限移譲による柔軟な顧客対応の両立を達成し,優れたサービス提供の仕組み を構築できるのかという問題がある。近年,サービス業への製造業の知識移転に関する議論が 展開され始めたが,既述のとおり日本のサービス業の労働生産性は,サービスの「質」の調整 後においても,低水準に留まっている。ここには,何らかの困難や障壁があると推測される。 例えば,対人サービス業における業務標準化に対する抵抗は根強い。日本のサービス業のな かでも効率性と柔軟性のトレードオフに直面する典型例に旅館業がある。旅館業は,歴史的に 柔軟で手厚い接客を重視する傾向があり,業界全体の傾向としては「我々は旅館なのだから」 と,効率化に抵抗感があった(財団法人日本交通公社,2002)。小菅他の先行研究においても, いくつかの類似する事例が報告されている。著者の一人が実施した医療業務の改善に関する研 究では,医療器具(カテーテル)を使用する最適の方法が認識されているにも関わらず,院内 で複数の異なる方法が存在していたので標準化を試みると,医者から激しく抵抗されたという のだ。興味深いことに,標準化に抵抗する理由は「対人サービスはこうあるべき」「自律性と 33.

(10) 加 藤 佳 奈. 裁量が取り上げられる不安」といったサービス提供者の心理であり,標準化の合理性は否定さ れなかったという。この原因として,第一に非ルーティン部分のルーティン化によるサービス 提供者の自律性の削減およびモチベーションの低下と,第二に標準化と個別化という異なる性 質のオペレーションを同時に実行する困難さが指摘されている(小菅・モディグ・オールスト レム,2009)。このようにサービス提供者が,標準化の合理性あるいは標準化による効率性と 権限移譲による柔軟な顧客対応を同時達成する合理性を認識していても進まない背景には, サービス提供者にとって,何らかの障壁ないし合理性があるのではないか。 また,サービス組織の長期的な生存を考慮すると,いかにサービス組織がサービス提供の仕 組みを変わりゆく市場に適応させてきたのかを検討することが重要であろう。例えば,旅館業 では,1990 年代頃までは団体旅行客の代理販売を担う旅行業の需要に応えるようにサービス 提供の仕組みを設計していた。団体旅行は製造業でいう大量生産方式である。近年,消費者の 価値観の多様化やインターネットの普及により,団体旅行は減少し,個人旅行が増加している。 市場の変化を生き抜いた旅館業は,旅行代理店からの送客依存から脱却し,個人旅行の顧客に 選ばれる旅館になるために,サービスの流れおよびサービス提供の仕組みを変革してきたと推 測される。このようなサービス組織における市場適応のための長期的な変化のプロセスについ ても,効率性と柔軟性のトレードオフという基本的な問題と関連付けて議論したい。. 7 . おわりに 本稿の目的は,サービスの競争力の強化にむけて,サービス提供の仕組みに関する先行研究 を整理し,今後の研究課題を導出することであった。サービスの研究は,標準化による効率性 を重視するアプローチと権限移譲による柔軟性を重視するアプローチに大別され,両アプロー チは相容れなかった。近年,サービスの柔軟な顧客対応と効率・安定を両立しうるアプローチ として,製造業のリーンの概念をサービスに適用するリーン・サービスの研究が進んでいる。 今後の研究では,サービス組織が効率性と柔軟性のトレードオフに関わる問題に直面しながら, 変化する市場に合わせるようにサービス提供の仕組みを変化するプロセスを明らかにしていき たい。. 謝辞 本研究は JSPS 科研費 19K20576 の助成を受けたものです。. 34.

(11) サービス提供の仕組みに関する先行研究の整理. 参考文献 ・ 資料 Berry, L. L. & Parasuraman A. A.( 1991) .Marketing services: Competing through quality. New York: The Free Press. Bowen, D. E., & Lawler, E. E.( 1992). The empowerment of service workers: What, why, how, and when. Sloan management review, 33(3),31-39. Bowen, D. E., & Youngdahl, W. E.( 1998).“ Lean”service: in defense of a production-line approach. International journal of service industry management, 9(3),207-225. Eiglier, P.& Langeard. E.( 1977).Services as systems: Marketing implications. In Eiglier. P., Langeard. E., Lovelock, C. H., Bateson, J. E. G. & Young, R. F.( Eds.) .Marketing consumer services: New insights. Cambridge, MA: Marketing Science Institute, 83-102. Fisk, R. P., Brown, S. W., & Bitner, M. J.( 1993).Tracking the evolution of the services marketing literature. Journal of Retailing, 69(1),61-103. Fisk, R., Stephen J. G., and Joby J.(2008),Interactive Services Marketing (3rd ed.).Boston: Houghton Mifflin. Grönroos, C.( 2007).Service management and marketing: Customer management in service competition( 3rd ed.).Chichester, UK: John Wiley & Sons, Ltd. Heskett, J. L., Jones, T. O., Loveman, G. W., Sasser Jr., W. E., & Schlesinger, L. A.( 1994).Putting the serviceprofit chain to work. Harvard Business Review, 72(2),164-170. 加藤佳奈( 2015)「サービス・マネジメント研究の現状と可能性-主要な論点および現代的意義-」 『立 命館経営学』53(5),57-85. 小菅竜介,ニクラス・モディグ,ペール・オールストレム( 2009)「リーン・サービスのロジック(特 集 <サービスづくり>の経営学)」『組織科学』42(4),50-61. 具承桓・小菅竜介・佐藤秀典・松尾隆( 2008)「ものづくり概念のサービス業への適用(特集 日本経営 学の最前線(3)日本発ものづくり経営学) 」『一橋ビジネスレビュー』56(2),24-41. Langeard, E., Bateson, J. E. G., Lovelock, C. H., & Eiglier, P.( 1981).Services marketing of : New insights from consumers and management. Cambridge, MA: Marketing Sciences Institute. Levitt, T.(1972).Production-line approach to service. Harvard business review, 50(5),41-52. Levitt, T.(1976).Industrialization of service. Harvard business review, 54(5),63-74. Levitt, T.(1983).The globalization of markets, Harvard Business Review, 61,(3),92-102. 日本経済新聞「加賀屋、 富士通などと電算化でチーム組み総合管理システム開発へ――後方部門合理 化。」1986年5月1日付. 日本生産性本部(2018) 『生産性レポート Vol.6 質を調整した日米サービス産業の労働生産性水準比較』 公益財団法人 日本生産性本部 生産性総合研究センター. 日経産業新聞「搬送システム――ハイテクで人員削減、サービス強化可能に(ユーザーの目)」1989年9 月4日付. 小田真弓(2015)『加賀屋 笑顔で気働き-女将が育んだ「おもてなし」の真髄』日本経済新聞出版社. Rafiq, M., & Ahmed, P.K.( 2000).Advances in the internal marketing concept: Definition, synthesis and extension. Journal of Services Marketing, 14(6),449-462. Schlesinger, L. A., & Heskett, J. L.( 1991) .The service-driven service company. Harvard business review, 69 (5),71-81. Schneider, B., & Bowen, D. E.( 1985).Employee and customer perceptions of service in banks: Replication and extension. Journal of applied Psychology, 70(3),423. Shostack, G. L.(1984).Designing services that deliver. Harvard Business Review, 62(1),133-139. Womack, J. P., Jones, D. T., & Roos, D.( 1990).The machine that changed the world, Rawson Associates. New. 35.

(12) 加 藤 佳 奈. York: Macmillan. 財団法人日本交通公社( 2002)『 21世紀・旅館経営の課題-10年後を生き残るために-』21世紀の旅館 ホテルを考える研究会. Zeithaml, V. A., Parasuraman, A., & Berry, L. L.( 1985).Problems and strategies in services marketing. Journal of marketing, 49(2),33-46.. 36.

(13)

図   1   サーバクション・フレームワーク

参照

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