Transforming Growth Factor-
β
(TGF-
β
)
シグナル伝達の制御機構と疾患
中 尾 篤 人
山梨大学大学院医学工学総合研究部免疫学講座
要 旨: Transforming growth factor-β(TGF-β)は多彩な機能をもつサイトカインとして知られて おり,細胞増殖,アポトーシス,分化,細胞外マトリックス産生等の制御作用を介して,癌や線維 化,免疫,発生など幅広く生命現象一般に関与している。細胞の種類や分化段階などに応じ,あま りに多彩な作用を TGF-βがもつため,このようなバラエティーに富んだ作用がいったいどのよう にして惹起されるのかということがこの分野の最大の関心事であった。しかしながら 1996 ∼ 97 年 にかけて,TGF-βの主要な細胞内シグナル伝達経路である Smad 経路が同定されて以来,この多彩 な作用の基礎となる分子メカニズムが次々と明らかにされつつある。現在では,Smad 経路を中心 として,さらに細胞内で数多くのシグナル促進因子,抑制因子が時間的/空間的に協調することに よって,ある特定の細胞における TGF-βシグナルの最終的なアウトプットが規定されると考えら れている。このような TGF-β作用の制御メカニズムを理解することによって TGF-βシグナルの制 御分子を標的とした薬剤の開発につながり,TGF-βが関係する数多くの疾患(癌/線維化/免疫疾 患など)の根本的な治療が将来見いだされることが期待される。
キーワード transforming growth factor-β(TGF-β),シグナル伝達,Smad,癌,線維化
はじめに
TGF-βは多彩な機能をもつサイトカインとし て知られており,アクチビンや骨形成性タンパ ク(bone morphogenetic protein; BMP)など のサイトカインと TGF-βスーパーファミリー を形成している。TGF-βは細胞の増殖抑制作用 やコラーゲンなどの細胞外基質産生作用,アポ トーシス制御作用等を介して発生や免疫,組織 の線維化,癌,炎症性疾患などの様々な生命現 象,疾患に密接に関与している。従来,TGF-β のこのような多彩な作用がどのようにして惹起 されるかということがこの分野の最大の謎であ った。実際,異なる種類の細胞だけでなく,不 思議なことに,同一の細胞においても分化段階 や活性化の有無によって,ときに全く異なる TGF-β作用が観察されることが数多く報告され ている。例えば T 細胞では,ナイーブ T 細胞 の増殖を TGF-βは抑制するが,抗原に感作さ れた記憶 T 細胞では逆に増殖を促進するとい った現象が古くから知られていた。このような TGF-βの多彩な作用を説明するために,TGF-β シグナルを細胞内で伝達する分子の同定が待望 されていた。しかしながら TGF-βは MAP キナ ーゼ経路などのいわゆる既知のシグナル経路を 活性化することはほとんど見いだされず,よう やく 1996 ∼ 97 年にかけて,TGF-βの主要な細 胞内シグナル伝達経路である Smad 経路が同定 されてはじめてこの多彩な作用の基礎となる分 山梨医科学誌 19(3),79 ∼ 82,2004 〒 409-3898 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東 1110 受付: 2004 年 5 月 10 日 受理: 2004 年 5 月 10 日
総 説
子メカニズムが次々と明らかにされることとな っ た 。 本 稿 で は こ れ ま で に 明 ら か に さ れ た TGF-βによる多彩な作用の分子メカニズム,そ れらと疾患との関係,などについて概説する。 1 TGF-βとは? TGF-βは,分子量約 2000 のペプチドがジス ルフィド結合で結合したダイマー構造から成る サイトカインである。ほ乳類では TGF-βには 構 造 の よ く 似 た 3 種 類 の ア イ ソ フ ォ ー ム , TGF-β1, TGF-β2, TGF-β3 が あ る 。 TGF-β受 容 体に対する親和性に若干の相違があるが,3 者 のインビトロでの活性は多くの点で類似してい る。したがってそれらの違いは個々の組織にお ける発現パターンの違いにあると考えられてい る。実際 TGF-β1 は比較的諸臓器に広範に発現 しているが,TGF-β2 は眼や皮膚に多く発現し ており,またそれらの事実に一致して TGF-β アイソフォーム遺伝子のプロモーター領域の構 造もかなり異なっていることが知られている。 これまで多くの実験は TGF-β1 を用いて行われ ている。 2 TGF-β受容体の活性化のしくみ TGF-βは,潜在型複合体として作られた後, 活性化されると 2 種類のセリンスレオキンキナ ー ゼ 型 受 容 体 ( Ⅰ 型 , Ⅱ 型 ) に 結 合 す る 。 TGF-βは,はじめにⅡ型次にⅠ型受容体に結合 し,複合体を形成する。このときⅡ型受容体は そのセリンスレオニンキナーゼ活性によってⅠ 型受容体の細胞膜直下にある GS ドメインと呼 ばれる領域の複数のセリンをリン酸化する。こ の GS ドメインは TGF-βスーパーファミリーの _ 型受容体に共通に認められる。リン酸化によ って活性化されたⅠ型受容体は細胞内のシグナ ル伝達分子へその情報を伝える。 3 Smad 経路による TGF-βシグナルの核へ の伝達 TGF-β受容体が活性化されると細胞内ではい くつかのシグナル伝達経路が活性化される。そ の中で,最も顕著にみられるのは,シグナル分 子 Smad の活性化である。したがって現在では TGF-βシグナル経路は,おおまかに Smad 経路 と Smad 非依存的経路の 2 つに大別して語られ ることが多い。Smad 非依存的経路の役割も非 常に興味深いところではあるが,本稿では主と して Smad 経路について概説する。 Smad タンパクは既知の分子との相同性をも たずユニークなファミリーを形成しており現在 まで 8 つの Smad が哺乳類で同定されている。 活性化された TGF-βⅠ型受容体はそのセリンス レオニンキナーゼ活性によって,細胞質内に存 在 す る Smad2 および Smad3(特異型 Smad) のカルボキシル末端終末にある SSXS モチーフ の最後の 2 つのセリンをリン酸化する(図 1)。 リン酸化された特異型 Smad はすぐに I 型受容 体から離れ Smad4(共有型 Smad)と複合体を 形成し核内に移行する。 特異型 Smad(Smad1/2/3/5/8)のアミノ末 端には核移行シグナル(NLS)様の配列が存在 中 尾 篤 人 80 図 1.TGF-βシグナル伝達のモデル
する。Smad3 のこの領域に変異をいれるとリ ン酸化や Smad4 との複合体形成等に変化はな いものの,TGF-β刺激による核移行が消失する。 また Importin βがこの領域に結合し,Smad3 の核移行に関与することが示唆されている。特 異型 Smad の核移行機序はリガンド刺激による Smad 複合体の形成によって NLS が立体構造的 に露出され核移行装置がアクセスしやすくなる ために起こるのかもしれない。 4 核内での Smad 複合体による転写調節 核内で Smad 複合体はさまざまな転写因子と 結合,あるいは自身が直接 DNA と結合する。 この Smad/転写因子複合体は,さらに転写因 子コアクチベーター p300 や転写リプレッサー c-Ski などと協調して標的遺伝子の転写の活性 化,非活性化を決定すると考えられている。 p300 は RNA ポリメラーゼ II(Pol II)との結 合やそのヒストンアセチルトランスフェラーゼ 活性を通じて転写を活性化し,転写リプレッサ ー分子 c-Ski は,p300 と Smad との結合を阻害 しその転写活性化作用を抑制する。Smad と結 合し機能的に協調する転写調節分子はこれまで 数多く報告されていて,細胞の種類や分化段階 によって多様である。 5 抑制型 Smad による TGF-βシグナルの負の 調節 抑制型 Smad として同定された Smad6/7 は TGF-βⅠ型受容体に結合して特異型 Smad の I 型受容体によるリン酸化をブロックすることで TGF-βシグナル伝達を細胞内で抑制すると考え られている(図 1)。興味深いことにこれら抑 制型 Smad は TGF-βスーパーファミリーに属す るリガンドによって発現誘導されることが知ら れており,TGF-βシグナル伝達系で負のフィー ドバック機構を担っていると考えられている。 また Smad7 の発現は TNF-αや IFN-γといった 炎症性サイトカインによってもある種の細胞に よっては誘導されることが報告され,他のシグ ナル伝達系による,Smad7 を介した TGF-βシ グナルの制御機構の存在が示唆される。 6 Smad の分解機構 細胞周期制御にかかわる多くの因子がユビキ チンープロテアソーム系による分解によって調 節をうけている。強い細胞増殖抑制作用をもっ ている TGF-βシグナルも例外ではなく Smad1 や Smad5 はリンカー領域において,E3 ユビキ チンリガーゼである Smad ubiquitination regu-latory factor(Smurf)-1 と結合しユビキチン化 され分解される。ある種の癌では Smad2 の変 異(主に MH1 領域の変異)によってユビキチ ンによる分解が野生型に比べて早くなっている ことが示され,Smad 自身の安定性も TGF-βシ グナルの応答性に関与していることが示唆され る。 7 Smad 経路と他のシグナル伝達系とのクロ ストーク Smad と相互作用してはたらく細胞内分子/ 転写因子/転写補助因子(コアクチベーターや リプレッサー)がこれまで数多く報告され,そ れらは他のシグナル伝達系(NF-κB,MAP キ ナ ー ゼ , Wnt シグナル,ステロイド受容体 等々)の下流でも働く因子である。したがって それらのレベルで Smad pathway と他のシグナ ル伝達系がクロストークし TGF-βシグナルを 促進あるいは抑制したり,逆に TGF-βシグナ ルが他のシグナルを修飾する可能性が考えられ ている。実際,ある種の細胞においては Stat3 と Smad1 が転写コアクチベーターである p300 を橋渡し役として間接的に結合し遺伝子の転写 を協調的に活性化する例などが報告されてい る。またより上流においては,代表的な癌遺伝 子である Ras は活性化されると MAP キナーゼ によって Smad1 や Smad2,Smad3 のリンカー 部分をリン酸化し Smad の核移行を抑制するこ 81 Transforming growth factor-β(TGF-β)シグナル伝達の制御機構と疾患
とが報告されている。 8 TGF-βシグナルの異常と疾患 TGF-βは強力な細胞の増殖抑制作用をもち, その作用は細胞周期の G1 期から S 期への移行 が阻害されることによる。TGF-βはサイクリン 依存性キナーゼ(CDK)とサイクリンによる RB タンパクのリン酸化を,CDK インヒビター である p21 や p15 などの発現を促進することに よって抑制し細胞周期を G1 期で停止させる。 したがって TGF-βならびにそのシグナル伝達 系の異常がおきると細胞は増殖抑制のシグナル を伝えなくなりその結果正常細胞の癌化やより 悪性度の高い癌細胞が出現すると考えられる。 実際,多くのヒト癌患者において TGF-β受容 体や Smad 分子の変異,機能異常がこれまで報 告されている。 また,TGF-βは線維芽細胞に対してコラーゲ ン等の細胞外基質の強い産生作用を有し,この 作用を介して TGF-βは肺線維症,肝硬変,腎 硬化症,強皮症のような臓器の線維化をきたす 疾患の病態に関与することが知られている。そ れらの患者さんの病変局所では線維化の程度に 応じて TGF-βの産生が有意に増加している。 また TGF-βの中和抗体や抑制型 Smad である Smad7 の投与などによって TGF-βシグナルを 阻害すると多くの線維化病変動物モデルでは線 維化が抑制されることが報告されている。した がって TGF-βシグナルの効果的な抑制は,線 維症の治療における有用なアプローチの 1 つで あると考えられる。 9 おわりに TGF-βの細胞に対する作用は Smad 経路を中 心として受容体,細胞質,核内等のいくつかの レベルでさまざまな分子が関与し,それらの発 現量や組み合わせ,クロストークの仕方などに 応じて標的遺伝子の活性化,不活性化が決定さ れ,個々の細胞における最終的な TGF-βの作 用が規定されると考えられる。TGF-βシグナル が関係する疾患においては,それらの TGF-β シグナルを正や負に調節する分子の発現や活性 に異常をきたし,正常な TGF-βシグナルが適 切に細胞に伝達されなくなっていると考えられ る。通常の TGF-βシグナルに関係する制御機 構のかなりの部分が解明されてきた現在,今後 の課題は,癌や線維性疾患,免疫疾患などにお いて,TGF-βシグナルの伝達機構のどこが異常 をきたしており,なぜそのようなことが起こる のか,またどのようにすればそのような異常が 是正できるのかについて明らかにしていくこと となると思われる。本稿によって TGF-β(ファ ミリー)シグナルの多様な役割を担う分子作用 機序の一端が少しでも理解され,この分野に興 味をもっていただければ幸いです。 文 献 (詳細は以下にあげたすぐれた総説をご参照頂きたい。) 1) Itoh S, Itoh F, Goumans MJ, Ten Dijke P:
Signal-ing of transformSignal-ing growth factor-βfamily mem-bers through Smad proteins. Eur J Biochem, 267: 6954-6967, 2000.
2) Massague J: How cells read TGF-βsignals. Nat Rev Mol Cell Biol, 1: 169-178, 2000.
3) Heldin CH, Miyazono K, Ten Dijke P: TGF-β sig-naling from cell membrane to nucleus through SMAD proteins. Nature, 390: 465-471, 1997. 中 尾 篤 人