頚椎症性脊髄症(110111)
しびれが主訴の場合、神経根症や末梢神経の紋扼性障害を想起することも多い。神経根症だ けではなく、中等度以上の脊髄症も認めた場合には手術も含めた多角的な対応が必要になる。 歩行障害のようなサインがゆっくりと進行することがあると思うが、安易に年齢のせいにして漫然 と診察することなく、脊髄症の合併などにも注意を払っていきたい。 一般的な頚椎症性頚髄症は慢性の経過をたどると思うが、同じような症状が(外傷などの誘因 無く)突然発症すると、血腫等の病態も想起しなければならないケースもあるようだ。 頚椎症性脊髄症について一度復習してみることにする。 病態/疫学 頚椎の椎間板変性、骨棘形成、椎間関節の変性、脊柱靭帯(後縦靭帯か黄色靭帯)の肥厚、 さらにこれらの変化に伴って発生する脊椎不安定性など、脊椎の加齢現象によって疼痛や 神経症状が生じた状態を(変形性)頚椎症と呼ぶ。このような変形性頸椎症とよばれる状態に よって、頸椎内の脊髄の通り道である脊柱管に 狭小化が生じ、内部の脊髄組織が圧迫され ることによって、四肢体幹のしびれ、筋力低下、膀胱直腸障害などの神経症状が発生した病 態が「頸椎症性脊髄症」で ある。2) 頚椎症性脊髄症は、頚椎脊柱管の狭い状態に経年的な頚椎の変化(後方骨棘、椎間板狭 小と後方膨隆)に頚椎の前後屈不安定性や軽微な外傷が加わって脊髄麻痺を発症する疾 患の総称である。狭窄や骨棘などを頚髄の静的圧迫因子とし、後者を動的因子とする。1) 先天的あるいは発育性に頚部脊柱管前後径が狭いものに脊髄症状が発生しやすい。肥厚し た黄色靭帯が頚椎後屈時に硬膜管側にたわむこと、頚椎の動きによって頚椎椎体隅角部と 後方の黄色靭帯、椎弓との距離が狭まり硬膜管の狭小化が増強されること(ピンサーメカニ ズムと専門用語では呼ばれている) など後方要素をも含めた動的因子も脊髄症悪化要因と なる。2) 本症は欧米人に比し脊柱管が生まれつき狭い日本人に多く、その病態、治療法に関する研 究はわが国で主に行われてきた。1) 症状/所見 手足のしびれ、脱力感、手指の使いにくさ(ボタンがかけにくい、字を書きにくいなど:巧緻運 動障害という)、歩きにくさが典型例での症状となる。進行例では四肢麻痺がより重症化し、 膀胱障害(おしっこができらない、回数が多い、残尿感、失禁)や便秘が出現する。2) 臨床症状は、脊髄への圧迫の程度(変形性頚椎症の骨・椎間板病変の進行)によりその重 症度は異なるが、両上肢のみの初期から四肢不全麻痺へと進行する例が多い。1) まず指のしびれが現れ、両側性となることが多いです。その後、巧緻運動障害(字を書くこと が困難、はしが持ちにくくなるなど)や、歩行障害が出現し、ときには膀胱直腸障害(排尿、排 便障害)もみられるようになります。3) 発症には外傷の関与も指摘されている。1) 頚椎症性脊髄症との鑑別が必要な ものには、頚椎椎間板ヘ ルニア 、後縦靱帯骨化症 (OPLL)、頚椎症性神経根症、頚椎症性筋萎縮症、平山病、絞扼性末梢神経障害、脱髄性 疾患、運動ニューロン疾患(motor neuron disease: MND)などがあげられる。1)
椎間板ヘルニアや後縦靱帯骨化症は発症年齢や性差などにいくぶん違いはあるものの、い ずれも脊髄症状を呈し、臨床所見のみでの鑑別は困難であり、画像診断による鑑別が重要 となる。1) 頸椎症性脊髄症では X 線写真と MRI にて椎体後方隅角部の骨棘、変性膨隆した椎間板、肥 厚した黄色靭帯などによる頸髄圧迫の所見があり、多くの場合、MRI の T2 強調画像で脊髄 内に高輝度信号変化を伴い(図 1)、画像所見と神経所見との整合性があれば診断できる。2) 手指の巧緻運動障害、歩行障害、膀胱直腸障害などが進行例の主症状であり、四肢のしび れや知覚障害を伴う。経過や神経学的所見から多発性硬化症、パーキンソン病、運動ニュ ーロン疾患、脳障害、脊髄サルコイドーシスなど神経内科的疾患を除外する必要がある。2) 四肢不全麻痺があっても知覚障害がない場合、運動ニューロン疾患やパーキンソン病を疑 う必要がある。麻痺が重度でも、MRI で頚髄圧迫に伴う髄内輝度変化がなければ他疾患を 疑う根拠となる 2) 診断の手順 1) 1.問診における注意点 四肢のしびれはないか? しびれの範囲は? (病巣高位診断の助けになる) 手指の巧緻運動障害(箸の使用、ボタンかけ、紐結びなどの障害)・痙性歩行障 害(階段の昇降で手すりが必要、平地歩行で杖が必要)はないか? 膀胱直腸障害(排尿開始遅延、尿線の勢いの低下、残尿感など)はないか? (あ れば重症の脊髄症がある可能性を示唆) ↓ 2.身体,神経学的所見における注意点 四肢の感覚障害の有無
上下肢の腱反射の亢進
Hoffmann 徴候、myelopathy hand(finger escape sign、10 秒テスト)の出現
痙性運動麻痺(筋力は保たれるが巧緻運動障害、痙性歩行などが出現する)の有 無 ↓ 3.画像検査における注意点 単純 X 線:発育性脊柱管狭窄の有無、骨棘など変形性変化の有無、動態撮影によ る不安定性の有無、外傷、奇形や靱帯骨化症の除外 MRI:T1 強調像での圧迫による脊髄の形態変化や T2 強調像での髄内輝度変化の有 無、椎間板ヘルニアや脊髄腫瘍の除外 CT:脊柱管の形態や狭窄因子の評価、外傷、奇形や靱帯骨化症の除外 ↓ 4.鑑別診断上の注意点 椎間板ヘルニア、後縦靱帯骨化症(OPLL)、頚椎症性神経根症、頚椎症性筋萎縮 症、平山病、絞扼性末梢神経障害、脱髄性疾、運動ニューロン疾患(MND)などと の鑑別が重要 時として電気生理学的検査、髄液検査が鑑別に有効 臨床所見、画像所見、その他の補助検査を含めた総合的判断が必要 下肢反射減弱、下肢痛、間欠跛行などの下肢症状、著しい膀胱直腸障害などを認 める場合、腰椎病変の合併を疑う ↓ 早期に日本脊椎病学会認定脊椎脊髄外科指導医や日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医に照 会し、コンサルタントを受ける。 治療 いったん脊髄麻痺症状が出現すると保存療法に反応しにくく手術が行われることが多い。手 術のタイミングが遅れると脊髄の回復力が落ち、症状が回復しにくくなるといわれている。し たがって、生命予後が不良でないからといって、安易にかつ長期にわたり、漫然と保存療法 を続けることは患者の quality of life(QOL)を損なうこととなる。1) 頚椎症性脊髄症に対する保存療法として、薬物療法(消炎鎮痛薬、ビタミン B12、筋弛緩薬、 抗不安薬、プロスタグランディン製剤、ステロイドなど)、装具療法(カラーによる頚部外固定)、 頚椎牽引療法、日常生活における頚部姿位のアドバイスのような生活指導などが行われて きている。実際のところ、臨床の場では、これら保存療法によって症状の改善を得られる場 合があることを多々経験する。しかしながら何もしないよりも短期的に効果があるのか、長期
的な予防効果があるのか、エビデンスとして明らかになっているとはいえない。いたずらに効 果の少ないままに保存療法を行うと、いざ手術になったときに手術成績に悪影響を及ぼすの か、結論は出ていない。軽症例を長期に追跡していると必ずしもいつか重症化するともいえ ず、逆に高齢化してからある時期に急激に悪化するケースもあり、もっと若いうちに手術を行 っていればよかったと思われるケースも存在する。自然経過として、放置するといずれ悪化 する群とそうでない群との見極めができていないことも問題である。1) 麻痺が進行性であったり、日常生活に大きな支障をきたしたりする場合に手術適応となり漫 然と保存治療を続けるべきではない。椎弓形成術という安定した術式が確立されてきている ことが積極的に手術を薦める大きな要因となっている。2) 頚髄症であっても片側限局性の指のしびれや痛みが主症状の場合、保存治療(薬物治療、 頚椎装具治療、注射)が奏効することがある。しかしながら頚髄症が顕在化していて MRI で脊 髄病変が明らかである場合、保存療法を省略するのが最近の傾向にある。2) 軽度の頚髄症に対し、頚椎装具を主体とした保存治療と手術治療群とで 2 年成績に差がな かった、というランダム化試験(RCT)がある。頚椎装具が、軽症の 頚髄症例に対し短期的に は有効であることを中等度のエビデンスとして支持するものであるが、頚髄症自体が長期に わたって経過をみないと意味がない性質の疾患であり、脊髄の不可逆性が増えればいずれ 手術になった場合の成績が不良となることも予想される。軽症例に対する手術のタイミング については、わが国の整形外科医と脳神経外科医とでも意見が分かれるのが現状。2) 転倒、転落が頚髄症を悪化させ、手術成績を落とす要因である可能性があるので、転倒に 対する注意を促すことは重要。2) 生活指導以外で頚髄症の進行を予防できる手段は今のところない。頚椎の老化には椎間板 の変性が大きく関与していることは想像に難くないが、サプリメントも含め食生活上も推奨で きるものがない。2) 参考文献 4 に紹介されていた一症例は勉強になった。ごく簡単に症例の説明をすると、「70 歳女 性入浴中に首を下に向けたと同時に右後頭部から右肩の疼痛を主訴に来院。右上下肢筋力低 下、C8 領域異常知覚、尿閉、肛門括約筋緊張消失。頭部 CT/MRI 異常なし、頚部 CT 椎間孔狭 窄無し。」のような症例。この症例の最終診断は非外傷頚髄硬膜外血腫なのだが、これを単純な radiculopathy とせずに、突然発症の myelopathy と見抜けるかどうかがポイントなのだと思う。診断 に関しては血腫でなく、首の動きや外傷を契機にした頚椎症性頚髄症でも説明がつくのかもしれ ない。後から考えるのは簡単だが、十分に普通じゃない病歴からどのような病態/疾患を考えるの かが大切なのだと思う。 参考文献
1. 日本整形外科学会 診療ガイドライン委員会、頚椎症性脊髄症ガイドライン策定委員会.頚椎 症性脊髄症診療ガイドライン.Minds ホームページ http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0034/1/0034_G0000096_GL.html 2. 星地 亜都司.頸椎症性脊髄症.MyMed ホームページ http://mymed.jp/di/zew.html 3. 内納正一.頚椎症と頚髄症, 頚椎症性脊髄症と頚椎症性神経根症の違い.整形外科看護, 15(4) : 379-381, 2010. 4. 田中和豊.Step By Step!初期診療アプローチ「しびれ」.診療の達人 2008 年 3 月号.