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62 VI (p.256) 2001 CDA (p.13) CDA CDA 2006 (p.251)

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−マスメディアにおける敬語・敬称の使用/非使用から−

東 弘子 はじめに

野呂 2001 は、社会言語学の一分野であるクリティカル・ディスコース・アナリシス批 判 的 言 説 分 析(Critical Discourse

Analysis、以下CDA)を紹介した論考であるが、その中で「CDA の大きな特徴の一つ

は分析者の立場および研究の社会的目標を明言することにある」(p.13)と述べる。 本稿は、新聞、テレビといった不特定多数の受信者が想定されるマスメディアにお ける、話題の人物に対する敬語・敬称の使用/非使用について、その事実を示すとと もに、待遇解釈のプロセスの理論モデルを通じて、情報の受信者の感情に働きかける 効果のシステムを明らかにする。具体的には、マスメディアで皇室構成員に特化して 使用されるかのように見える「敬語」について、話手/聞手の関係性から、そこにひ そむ「視点の同化」の働きを分析するという作業を通じて、報道の言説に対する CDA をおこなう。 ここで問題とする「視点の同化」とは、報道の情報内容、メッセージ内容そのもの ではない。敬語の使用により自動的に規定される「受信者の視点の位置づけ」である。 発話現場に存在しない話題の人物(皇室構成員)を、慣例に従い「事なかれ主義」的 にマスメディアが「上位待遇」して発信し続けることは、「社会的支配関係の再構築1 に寄与し続けることになる。 「皇室報道」について、社会言語学及び CDA の立場による研究は少なからず存在 している。たとえば村松 1991 では、報道がさかんに女性皇族について言及する中で、 国民との連続性・共通性を強調しながら皇室に見る家制度という不平等性の再構築が なされていることをテクスト分析的に論じている。また、近藤 2000 は《崩御》という 語の使用/非使用を通じて導き出されるイデオロギーが発露するしくみを、佐藤 2004 は皇室に言及する引用発話のありかたから生じる「敬意の強制」を示している。これ ら論考は「ことば」を通してのメッセージ分析、テクスト分析であるが、「言語学的な 分析結果」に基づいたものではない。 一方、敬語の運用システムの本質を示しつつ、言語研究の立場から「皇室敬語の語 用論」について言及した論考もある。たとえば滝浦 2005 では、敬語が〈距離〉の表現 であることをふまえ、報道において外国(ソト)の要人に対しては敬語を使用せず、ウ チの天皇に敬語を使用する事実を、日本国民にとって天皇よりも外国の要人に対して の共感度が高いことの表示であるとする2 。確かに「距離」を表示する敬語システム が適用されている以上、その言説は、天皇への心理的距離を表示するものである。し かし、外国の要人よりも天皇を、当然のように遠い存在として待遇する言語表現を用 愛知県立大学/ [email protected] 1赤川学 2001 および van Dijk,T.A. 1993 参照。 2滝浦 2005「共感度の不等式で書けば、E(日本国民)= E(外国首脳)>E(天皇)ということになる が、これを共感度関係の矛盾と見るかどうかは解釈の問題にすぎない」(p.255)

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いるメディア報道のあり方は、「日本国民」のメンタリティの反映となっているわけで はない。滝浦 2005 は皇室関係だけは「絶対敬語」であるとする別のシステムを適用す るという旧来のダブルスタンダードを設定3してでも天皇の絶対視を守ろうとするよう なイデオロギー性からは脱却しているものの、こうした報道の言説のあり方が繰り返 されることを、批判的に捉えるところまで踏み込もうとはしない。「客観的」な言語研 究の考察の範囲外だということであろう。そして「従来、こうした問題は、敬語をめ ぐるイデオロギーの問題と捉えられてきた。しかし〈視点〉と〈距離〉の敬語論は、す くなくともここまでは、その「用法」の語用論を語ることができる」(p.256)とその章 を結んでいる。語用論として示したシステムを、その実際の運用の中で発動するイデ オロギーにふみこんで解釈することを、あえて避けているようである。 あくまで「言語システム」を明らかにしようとする言語研究の立場として、筆者も その態度は理解できる。しかし、言語データとして皇室報道の記述を見た場合、後述 のように通常の報道において、皇室構成員に非常に偏って敬語や敬称による上待遇が 分布するという事実がある。このデータの偏りから生ぜざるを得ないイデオロギーに 無関心でいることは、はたして「客観的」であろうか。本稿は、野呂 2001 の「学問的 客観性の中でベールに覆われたままの受動態の中にひそむのではなく、正面から社会 の諸矛盾と向き合う CDA の分析姿勢や研究動向を紹介することで「社会言語学」の 「社会」に「社会性」という意味を積極的に含めた学問のあり方について、学問を学問 として自己完結的に終わらせず現実社会との結びつきの中で言語の諸相に取り組む研 究姿勢について研究してみたい」(p.13)という立場に同調し、従来のメッセージ分析、 テクスト分析とは異なるアプローチ、すなわち言語システムに依拠した CDA を試み るものである。言語システムという別次元の分析結果を CDA の手段に用いることは、 友枝 2006 の示す「言説分析の出現という衝撃によって、社会学がかかえこんだアポリ ア」(p.251)を解消する一つの手段になりうるのではないかと考える。 本稿は以下のように構成される。   1.待遇領域による待遇決定のしくみとその解釈のプロセス   2.マスメディアの敬語使用−「視点の共有」から「視点の同化」へ−   3.皇室構成員に対する敬称使用による「視点の同化」   4.おわりに 1 では、東 2004 で主張した、敬語使用時の待遇決定のしくみを概観し4、運用時の待 遇の適用および解釈のプロセスをモデル化する。2 では待遇の解釈システムの中で生 じる話手、聞手の相互の視点の設定が、マスメディアの敬語使用において、不特定多 数の受信者をどのように規定してしまうことになるのかを明らかにし、「違和感」が指 摘されてきている皇室への敬語使用をこのモデルから解釈しなおす。3 では、敬語述 語を避けているメディアにおいても、「さま」など敬称の使用が、話手と聞手との具体 3金田一京助 1959 など。 4本稿では、述語部分に現れる要素を敬語と呼ぶ。敬称など名詞に付与される敬語形式には、述語部分の 敬語のようにシステマティックな統語的現象は起きない。

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的関係の表示となるとともに、「視点の同化」作用を生み出すことを主張する。さいご に 4 において、言語研究による分析の成果にもとづく CDA の重要性と、それによっ てつまびらかにされる「視点の同化」への批判を述べる。 1.待遇領域による待遇決定のしくみとその解釈のプロセス 1.1.敬語の上位待遇の決定−統語的機能と心的距離と運用− そもそも、述語部分の敬語形それ自身の機能は統語的なものであり、特定の敬語形 が個別の人物関係とは無縁に、文中の要素を上下に待遇する働きを持つ5 たとえば、「V られる」もしくは「お V になる」という語形(V「答える」→「答えら れる/お答えになる」など)は常に「主語」を上待遇する統語的機能を持ち6、「お V す る」という語形(V「答える」→「お答えする」など)は「目的語」を上待遇にするとと もに「主語」を下待遇にする7。例 1)、2) では、具体的な人物が特定されないaでも、 特定される b、c でも、同じ統語的位置にある下線部の名詞句が上待遇を受ける(例2) の場合は連動して波下線部が下待遇を受ける)のである。 1) a Aが     Bに    お答えになった。 b 小泉首相が  小沢代表に お答えになった。 c 小沢代表が  小泉首相に お答えになった。 2) a :::::Aが     Bに     お答えした。 b :::::::::::小泉首相が  小沢代表に  お答えした。 c :::::::::::小沢代表が  小泉首相に  お答えした。 この統語的機能とセットになって、ある特定の人物の待遇を決定するにあたり、話 手の心的距離の表示と待遇性のあり方の関係が存在する。東 2004 では、「『礼儀』や 『常識』とは別のレベルで、話題の人物に関する待遇の上・中・下を導く待遇決定シス テムが存在する」(p.101)ことを主張し、そのシステムとして、一般的な対話において は8、コソアで表される指示語の話手・聞手を基準とした距離の領域のように、待遇の 定まっている既存の領域の存在を設定し(図19)、聞手との心的距離のありかたと、 待遇性を付与する話題の人物の領域への割り振りによって待遇の上・中・下が決定さ れるものであることを示した10 5菊地 1994 に詳しい。 6その機能をもつものを一般的に「尊敬語」と称する。 7その機能をもつものを一般的に「謙譲語」と称する。 8東 2004 では、小説やドラマなどフィクションにおいて、目下の聞手に対しての配慮が全くなされない タイプの発話を、待遇のルールが異なるために別の発話タイプとして設定したが、本稿ではこの特殊なタイ プについては言及しない。 9この図は東ほか 2005 による。 10滝浦 2005 では、語用論的なルールとして、同様の事実を、久野 1978 の「共感度」のスケール概念を 用いて説明するが、本稿では、東 2004、東ほか 2005 にある、聞手との心理的距離も含み込んだ、話手から 同心円的に広がるスケールによって示される領域概念を使用する。

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「遠 領 域」 <上> 図 1 「中間領域」 <中立> 「近領域」【話手】 <中立・下> 話手から心理的に遠い「遠領域」は「上待遇」、心理的に近い「近領域」は「中立また は下待遇11、遠くも近くもない「中間領域」は「中立待遇」となることが定まってお り、当該の話題の人物に対する話手の心的距離のあり方に対応し、待遇は自動的に決 定する。その待遇は、統語的機能を持った「語形」を使用することで表示可能となる。 しかし、実際の運用においては、この 2 つのレベルの言語的な要因に加えて、待遇 にかかわる当該の話題の人物についてどの領域に割り振られるのが「適切であるか」、 話手、聞手との三者の関係において、はからなければならない。これが運用/語用論 上の適切さの問題となる。その場合、典型的には聞手を割り振るのが、遠領域か、近 領域かによって、発話のタイプが 2 つに分かれる。話手と聞手の関係が、exclusive で あるか、inclusive であるかの違いである12 「遠 領 域」 <上> 図 2 「中間領域」 <中立> 「近領域」 <中立・下> 【話手】 【聞手】 11ここで扱う下待遇は、連動して「上待遇」が生じるタイプのものであり、「∼しやがる」のような、さ げすみや卑語にあたるものではない。 12日本語文法のコソアの指示語の「現場指示」用法になぞらえた場合、聞手が遠領域の場合が「対立型」 近領域の場合が「融合型」に相当する。コソアの用法の説明として、話手と聞手の関係が「対立型」「融合 型」の二種を区別することは定説となっている。コソアの用法については金水・田窪 1992 参照。

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「遠 領 域」 <上> 図 3 話題の人物 「中間領域」 <中立> 「近領域」 <中立・下> 【話手】 【聞手】 図 2 のように聞手が遠領域であれば、聞手に関連の深い人物を同様に遠領域に割り 振ることが多く、図 3 のように聞手が近領域の場合、話手・聞手ともに同質に、そこ から心理的に遠い人物を遠領域に割り振ることとなる。遠領域に割り振られる具体的 な心理的要因は敬意、崇拝、畏怖、嫌悪、疎、忌避などさまざまあり、近領域に割り 振られる要因としては、親しみ、仲間意識などが考えられる13 以上、統語的機能、心的距離(領域)により決定される待遇、当該人物の割り振り(運 用)の 3 段階にわたって、待遇決定がなされるシステムを示した。運用上の「適切さ」 は、割り振りの適切さが常識的であるか否かから生じるものであり、それ以外の統語 的機能と心的領域は、母語話者には言語知識として備わっているものである14 つぎに、聞手が聞手自身の位置づけをその待遇表現から解釈するプロセスをたどり、 その解釈が、運用上の適切さのありかたの判断基準となることを示す。 1.2.待遇の適用とその解釈のプロセス 敬語の運用上、その敬語使用が適切であるか否かに関して最も重要なのは、実は話題 の人物そのものの待遇のあり方ではなく、その前提となる聞手の位置づけであり、そ の位置づけを言語表現から聞手がどのように解釈するかである。聞手が関与しなけれ ば、話手がある人物に対してどのような待遇をしようとも、運用上の問題は生じない。 話手が敬語を使用して出力した言語表現によって聞手が解釈する「話手の設定する聞 手の位置づけ」が、聞手にとって適切であれば運用上適切な表現となるのである15 まず、通常の対話において、敬語使用が典型的にあらわれる発話タイプは、話手が 聞手に対し心理的に遠である場合で、聞手を遠領域に割り振るタイプである。先に示 13南 1987、蒲谷ほか 1998、菊地 1994 などで、敬語決定のための要因としてあげられているが、東 2004 では、これらはすべて、まず一旦「距離」に置き換えられて、相当する待遇に対応させられると考えるので ある。 14それゆえに、1.2. で見るように、聞手が話手にどの領域に割り当てられたかを知ることが可能となる。 15適切な運用か否かを判断するのは、第 1 には聞手であるが、その発話を間接的に受ける「ワキの聞手」 もその判断に関与していくことは可能である。ただし、その際も判断の対象となるのは「話手と聞手の距 離」「聞手の位置づけ」に関してである。

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した図 2 にあたる。 3) 〔聞手の〕お嬢さん はどちらに :::::::::::::::::::::お勤めでいらっしゃるの? 4) うちの社長が そちらの営業の方 にうかがっております。:::::::::: この場合の待遇の適用と解釈のプロセスを示すと以下のようになる。 話手 1 聞手を「遠領域」に位置づける 2 話題の人物「お嬢さん」「そちらの営業の方」を聞手類と見なす 3 話題の人物を【聞手】と同じ領域に割り振る:上待遇の適用    ↓(出力) 「あなたのお嬢さんはどちらにお勤めでいらっしゃるの?」 「うちの社長がそちらの営業の方にうかがっております」    ↓(入力) 聞手 1上待遇:聞手類の話題の人物「お嬢さん」「そちらの営業の方」が遠領域である 2話題の人物「お嬢さん」「そちらの営業の方」は聞手類(自分に近い人物)である 3聞手(自分)の位置づけ:遠領域であると解釈 この聞手自身の距離の位置づけが聞手にとって適切であれば、運用上適切な発話と 解釈されるのである。 また、聞手領域に位置づけられない人物を上に待遇する場合、話手は言語表現の中 で積極的に聞手を位置づける必要はない。しかし、その場合も、図 2 タイプであるか 図 3 タイプであるか、聞手は聞手自身の位置づけを解釈する。 5) あの有名な 山田先生 が被災地をご訪問になったそうです。:::::::::::::: ::::::ご存じでしたか? 5) のように、聞手領域には入らない「山田先生」を上に待遇していても、聞手の行為 に「ご存じ」という尊敬語があることから聞手は上待遇されることが明確であり、そ のとおり解釈される。しかし、6) のように聞手を遠領域に割り振っていることが談話 の中で積極的にマークされない場合、以下のようなプロセスをたどると考える。 6) あの有名な 山田先生 が被災地をご訪問になったそうです。:::::::::::::: 話手 話題の人物「山田先生」を「遠領域」に割りふる:上待遇の適用    ↓(出力) 「あの有名な山田先生が被災地をご訪問になったそうです。」    ↓(入力) 聞手 1 上待遇:聞手類ではない話題の人物「山田先生」が遠領域である 2 話題の人物「山田先生」は聞手類(自分に近い人物)ではない 3 聞手(自分)を遠領域に割りふったマークがない 4 聞手(自分)の位置づけ:近領域であると解釈:話手と視点を共有する

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このように、聞手類以外の人物を上に待遇すると、近領域へ聞手が自動的に引き込ま れると解釈する仕組みがあると仮定すれば、敬語マニュアル本などで聞手に不快感を 生じさせ運用上不適切であるとみなされる 7) のような例16を、説明することができる。 7) 僕の恩師 が、被災地をご訪問になったそうだ。::::::::::::::: 話手の恩師のことを知らない「同僚」が聞手である場合、例 7) では、聞手が近領域 に位置づけられたと解釈することで、話手が話題の人物を遠領域に割り振るその視点 を共有させられたという意識が生じ、聞手が反感を覚えると考えることができる。「僕 の恩師」は話手にとっては「敬意」をもつ対象で遠領域に位置づけることが適切であっ ても、聞手には無関係であるからである。敬語を使用し、話題の人物を上に待遇する と、話手が上待遇することを表明するだけにとどまらず、その発話を受け取る聞手の 位置づけが同時に解釈されてしまうのである。 聞手はこのように、敬語が使用される発話から、聞手自身の位置づけを計算する。 8) ご主人、料理教室に:::::::::::::::::::通っていらっしゃるんですね。 9) 庶務課の伊藤さん って料理教室に:::::::::::::::::::通っていらっしゃるんですね。 例 8) では、聞手は「ご主人」という自分の夫(聞手類)が上待遇を受け、遠領域に位 置づけられていることから、自身も遠領域に位置づけられたという解釈をする。例 9) では、「庶務課の伊藤さん」について、聞手が聞手類と考えにくい場合、話手によって うわさ話をする仲間としての近領域に位置づけられたという聞手の解釈が生じる。「視 点の共有」状態であるが、聞手がそもそも話手との視点の共有を想定していなかった 場合、話手による聞手の「視点の同化」とも言える。聞手類以外の人物を上に待遇す ると、聞手は計算によって話手の視点との同化を解釈することとなるが、それを受容 するか否かは聞手にゆだねられている。それを受容すれば話手との仲間意識が生じる し、反発すれば不快感が生じるなど、さまざまな感情があらわれる可能性がある。 以上、運用上の適切さは、聞手自身の位置づけの解釈であることを主張した。 2.マスメディアの敬語使用−「視点の共有」から「視点の同化」へ− 1 では、待遇領域による待遇決定のしくみと、聞手が敬語使用から聞手自身の位置 づけをどのように解釈するのか、そのプロセスをたどった。本節では、対話コミュニ ケーションではなく、マスメディアにおいても受信者が同様の自身の位置づけをする と考え、メディアごとに想定される聞手(受信者)のあり方と敬語使用を関連づけて分 析する。その中で、皇室構成員への敬語使用が果たす「視点の同化」機能を明らかに する。 16菊地 1996 に、「失礼な例」「迷う例」などとして聞手類以外の人物の上待遇について事例が出ている (pp.120-123)。菊地では、聞手から見てその当該人物が上位であるか否かが重要だとされるが、東 2004 に おいて、聞手の子どもを上位待遇する例などを示し、「聞手類」に含まれるかどうかが重要であることを主 張している。

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2.1.均質な聞手(受信者)が想定されるメディアにあらわれる敬語 多数の受信者を想定していても、それが均質な場合、すなわち、そもそも送信者と 同じ視点を持つと想定されるようなメディアがある。具体的には、宗教の教義書17や、 皇室雑誌、女性誌18などである。宗教上の上位者など、上待遇される当該の人物が、聞 手類とされて遠領域の聞手領域に割り振られているとは考えにくいことから、聞手は、 話手が聞手を話手の近領域に割り振って視点を共有しているものと扱った、と解釈す ることとなる19 10)お釈迦さま は、二千五百年前に悟りを開かれたのが三十五歳だったんです。それ:::::::: から八十歳で亡くなるまで、自分の足で :::::::::歩かれて悩める人の話を聞き、苦しんで いる人を慰め、教えを :::::::::::::::::ひろめていかれた人なんです。(瀬戸内寂聴『寂庵法話集』 CD集解説書(日本通信教育連盟)p.22) 11)イエス がガラリヤ湖のほとりを:::::::::::::::歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼 ばれるシモンとその兄弟アンデレを :::::::::::: ご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。 漁師だったからである。イエス は彼らに :::::::: 言われた。「私について来なさい。あな たがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」彼らはすぐに網を捨てて従った。そ こからなお :::::::::行かれると、イエス は、別のふたりの兄弟、ゼベダイの子ヤコブとそ の兄弟ヨハネが、父ゼベダイと一緒に舟の中で網を繕っているのを :::::::::: ご覧になり、 ふたりを :::::::::::::::お呼びになった。(1978『新約聖書 新改訳』日本聖書刊行会p.4-5) 12) あなたがた信仰する者よ、忍耐と礼拝によって助けを求めなさい。本当に アッラー は耐え忍ぶ者と共に :::::::::おられる。(コーラン2.153『日亜対訳・注解 聖クルアーン』コーラ ン:「日亜対訳・注解 聖クルアーン」(第五刷)宗教法人日本ムスリム協会発行(聖クルアーン・ アラビア語・日本語検索(日本ムスリム情報事務所)http://www.isuramu.net/index.html) 13)天皇・皇后両陛下 は 10 月2日、香川県に :::::::::入られた。この日は高松市の県福祉総 合センターで、ハンセン病療養施設「国立療養所大島青松園」(同市庵治町)の 入所者らが手がけた写真や盆栽、絵画、陶芸などの作品を :::::: ご覧に。入所者の説明 を受けながら、一つ一つの作品を熱心に :::::::::::::見て回られた。(平成16(2004)年冬第25

号『皇室Our Imperial Family』扶桑社ムック)

14) 内親王殿下(愛子さま)が、ご病気ではないかという根拠のない憶測が流れ、両殿下 はずっとお心を :::::::::::::: 痛められていた。(2004年10月14日号『女性セブン』pp.44-45) 17聖書やコーランの日本語翻訳にも敬語があらわれるのは、宗教上の上位者を設定するその内容から、敬 語抜きの記述が困難であることを思わせるものである。 18女性誌の編集側の想定する読者が、皇室に対してどのような視点を持っているか特定することは容易で はないが、皇室記事の多さから「皇室に興味を持つ読者」という設定がなされていることは確かであろう。 19ここでは、「視点の共有」の場合のみ述べたが、均質な聞手の例として、受信者全体に対しての配慮を 示す敬語も存在する。「お客様としての受信者全体」を遠領域に割り振って、案内や謝罪などをする場合で ある。例として「ハガキまたはFAXで愛称とその理由、お名前、おところ、電話番号などを書いてご覧の 宛先までお送り下さい。たくさんのご応募をお待ちしています。(2004.12.8 放送 NHK 総合)」この場合、 送信者にとって均質な受信者は、話手領域とは異なる遠領域に割り振られている。東ほか 2005 参照。

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15) ご自分の病状からいって、このようなプライベートな写真やビデオを公開するこ とに 雅子さま は :::::::::::::: お悩みになったのではないだろうか。(2004年10月12日号『女 性自身』pp.33-36) 上記例 10)∼15) のように、波下線部の敬語の使用によって、下線部の当該の宗教上 の上位者や、皇室構成員に対して上位待遇がなされている。これらは、送信者と「視 点を共有」する受信者に向かって発信していることが明らかなメディアであり、個別 の読者が視点を共有していない場合でも、「その気になって」(視点を共有して)受信す ることを前提と考えることができるため、新聞などと違って、敬語使用の「違和感」な どに関して問題視されてはいない20 2.2.多様な聞手(受信者)が想定されるメディアにおける敬語 一方、多様な価値観を持つ不特定多数の受信者が想定される新聞、テレビニュース 報道などにおいては、社会的地位が高い人物や、著名人であっても、通常、話題の人 物を上に待遇しない。多くのマスコミの送信者はこのスタンスを基本とする。受信者 を送信者の領域には定めず、中立的に、多様な聞手に対応している。 例 16)はテレビニュース、17)18) は新聞の例であるが、波下線部で敬語使用はな く21、下線部の国家の首相も芸術家もスポーツ選手も、いずれに対しても上待遇はな されず、話題の人物は中立な領域に割り振られている。それによって、聞手の視点を 話手に同化することを回避できるのである。 16)小泉総理大臣 は訪問先のラオスで中国の温家宝首相と:::::::::::::会談しました。(中略)会 談の中で 温家宝首相 は日中関係は経済分野を中心に発展を続けており、主流に あたる部分については良好だと :::::: 述べた上で靖国神社参拝の問題を適切に処理して いただきたいと小泉総理大臣に靖国神社への参拝を取りやめるよう :::::::::: 求めました。 これにたいして 小泉総理大臣 は、これまで参拝してきたのは心ならずも戦火に 倒れた人たちへの慰霊の気持ちと不戦の誓いを新たにするためだとこれまでの 主張を改めて :::::::::::: 説明しました。(News7、2004/11/31NHK総合TV) 17) 大正ロマンの雰囲気が漂う美人画のスタイルをうち立てた 夢二 は、本の装丁や絵 はがきなどのデザインにも優れた才能を :::::::::発揮した。(朝日新聞2004/1/4朝刊 「今 年の朝日新聞社文化事業」) 18) 今季 2 千本安打を達成した巨人の 清原和博内野手 が故郷の大阪府岸和田市から 市民栄誉賞を :::: 受け、その授与式が 6 日、同市で行われた。(朝日新聞2004/ 12/7 朝刊 「巨人・清原、岸和田市民栄誉賞の授与式に参加(ハーフタイム)」) 20「視点の同化」に同意しない受信者が読んだとしても、そもそも「客観的記述」が期待されていないメ ディアであるということも可能であろう。後述 22) にあるように新聞では、皇室への敬語使用に関する問 題の指摘が数多くなされている。 21「ます」という丁寧語が使用されているが、これは話題の人物の待遇には関わらない。

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ところが、客観的報道をめざすこうしたメディアにおいても、皇室構成員に関して は例外的に、敬語使用によって上待遇されるのが通例となっている。 19)天皇陛下 は「国民みなの幸せを祈り、世界の平和を念願いたします」とマイクを通 して :::::::::::述べられた。なお、前日の 1 日には、午前 11 時から宮殿の正殿で新年祝賀 の儀が行われ、両陛下 が海部首相ら三権の代表などから祝賀を :::::::::::::: お受けになった。 (朝日新聞1991/1/3朝刊) 20)天皇、皇后両陛下 は六日、東京から自衛隊のジェット機とヘリコプターを乗り継 ぎ、日帰りで新潟県中越地震の被災地を :::::::::: 訪問された。(共同通信2004/11/7) 21)紀宮さま は、秋篠宮さまのご学友で、東京都職員の、黒田慶樹さんと婚約される:::::::::: ことになりました。(News7、2004/12/1 NHK総合TV) 例 19)∼21)では、1.2 で確認した解釈のプロセスで確認した「視点の同化」が生 じている。天皇陛下、両陛下、紀宮さまなどの話題の人物が、敬語使用によって上待 遇されているが、聞手の解釈としては、それらの人物が聞手類として遠領域に割り振 られた、という解釈は成立しがたく、話手が聞手と視点を共有して、双方からの遠領 域に割り振ったという解釈となる。送信者の皇室構成員に対する心的態度を表示する のみならず、多様な受信者の視点を同化する作用が生じる。 話題の人物に対する待遇のあり方によって、発信者の心的態度を表示することだけ が問題なのではなく、個々の聞手が、敬語使用された報道を受信することによって、受 信者としての視点を定位づけられる、同化されることが問題なのである。1.2 で見た、 一般的な発話と同様、話手による聞手の割り振りの解釈の結果、その視点の共有、同 化を「素直に」受容するのも、反発を覚えるのも聞手の自由である。話手の操作に対 し、聞手の感情はさまざまに反応する。 その一つのあらわれとして、朝日新聞の世論調査で、1993 年4月の「皇室敬語」に 関するアンケートがある。それによれば皇室報道の敬語を「使った方がよい」が 76%、 「使う必要はない」が 15%という結果であった22 また、昭和天皇の死亡や秋篠宮の結婚があり皇室記事が増加した時期であるが、1989 年から 1993 年にかけて特に、報道における「皇室敬語」の使用についての議論が発信 側から繰り返し提案されてもいる。22) はその一例であるが、報道の送信者側にも、皇 室構成員に対する上待遇への「違和感」を持ちつつ敬語使用を続けていることが見て とれる。 22) 皇室敬語についての議論の例 『新聞研究』(1989/3)(No.452)海外での天皇報道と市民の反応 『新聞研究』(1989/5)(No.454)天皇報道を振り返るpp.31-36【天皇報道・わが社の展開】 pp.37-40【皇室敬語の“ゆれ”を検証する】 『新聞研究』(1989/9)(No.458)第八回全国新聞信頼度調査付帯調査・新聞の天皇報道に 対する読者の反応 22高年齢ほど敬語支持が高まるという傾向がある。

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『新聞研究』(1989/12)(No.461)天皇関連報道紙面調査 『創』(1991/12)(創出版)【東京新聞が改めて提起した「皇室報道」見直し論議】 朝日新聞社説(1993/6/6)【「さん」が「さま」になる日】 石井勤(1993)「皇室敬語を考える」『新聞研究』505 市川速水(1993)『皇室報道』(朝日新聞社) 「視点の共有」が上首尾になされるためには、前提として、2.1 で確認したような、 視点の共有を保証される「聞手グループ」が特定可能な状態でなければならない。 客観性、中立性、公共性を前提とする「新聞」「テレビニュース」の言説において、 これを前提とすることは、多様な価値観を持つ受信者へのメッセージとしては不適切 であると言わざるを得ない。 3.皇室構成員に対する敬称使用による「視点の同化」 1993 年以降、朝日新聞では、社内規定(皇室用語使用要領)で取り決められているタ イプの敬語使用を減らし23、名詞の敬称に傾倒してきている。表 1 は、1991 年と 2004 年それぞれ一年分の朝日新聞の記事の内、皇室構成員が主語となっている文の述語の 敬語形および非敬語形の数をあらわしたものである24。参考として、佐賀新聞掲載の 共同通信記事について 2004 年一年分についても表に付した25。表から分かるように朝 日新聞は明らかに敬語使用を激減させている。 敬語形述語数 非敬語形述語数 全述語数 朝日新聞(1991) 186(30.3%) 428(69.7%) 614 朝日新聞(2004) 5(0.5%) 1032(99.5%) 1037 共同通信(2004) (佐賀新聞掲載分) 252(35.7%) 453(64.3%) 705 (表1) 23朝日新聞社では以下のような使用要領がある。参考:朝日新聞社 (1990)【皇室用語使用要領】 一、皇室に対しては、国民感情などに照らして相当と思われる敬語を使う。   ただし、過剰な敬語を使わないことを基本線とする。 一、かつて皇室だけで使われていた特別な敬語は使わない。また官公庁が発表文で使用した特別な敬語は、 一般敬語に直す。 《参考》旧赤本では「一般敬語のなかの最上のものを用いる」としていたが改定。 (後略) ちなみに共同通信社では次のような規定である。共同通信社(1973)『皇室用語について』pp.488-489 一、皇室に対しては、敬語を使う。 二、敬語が過剰にならないようにし、特に二重敬語を使わないよう注意する。敬語はワンセンテンスにつき 一ヵ所を原則とする。(中略) 〔注〕動詞の敬語法は次の型がある。①れる られる(例略)②お○○になる(例略)③ご○○になる(例 略)②③の型はできるだけ使わない。(中略) 六、外国王室については原則として敬語は使わない。しかし、外国の王室関係者が、天皇、皇族と行動をと もにした場合などは皇室並みの敬語を使う。 (以上、引用文中の下線はすべて引用者) 24このデータは、朝日新聞のデータベース検索ソフト聞蔵によるキーワード検索「皇室、天皇、皇太子、 秋篠宮、紀宮」によってヒットした記事中、皇室人物が主体の文をカウントしたものである。 25データに佐賀新聞を用いたのは、佐賀新聞の購入により、web 上でデータベースを使用することが可 能であるという資料収集上の便宜による。また、ほとんどの皇室記事は佐賀新聞においては共同通信による ものであった。

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朝日新聞(2004)のうち、敬語使用例と非使用例をあげておこう26 敬語使用例 23)天皇、皇后両陛下 は、家族のつながりを大切にしてこられた。そのことが平成の::::::::::::::::::: 皇室像の一面をかたちづくり、国民に支持されてきたと言えよう。(2004/11/15 社説) 24)皇太子さま は帰国後、内々に :::::::::::::: 検討されていたご一家での静養も :::::::::::::取り消された。(2004/6/9 朝刊(社会)) 敬語非使用例 25)天皇陛下 は 皇后さま や 皇太子さま、秋篠宮ご夫妻、紀宮さま ら皇族方とともに 計 7 回、宮殿・長和殿のベランダから::::::::手を振り、詰めかけた人々から新年の祝賀 を ::::::受けた。休養中の皇太子妃雅子さまは欠席した。:::::::: (2004/1/3朝刊(社会)) 26)皇太子さま は、雅子さま に対する「人格否定」発言の真意について、具体的な回 答を :::::::避けた。ただ、「皇室の環境に適応しようとしてきた過程」での「大変な努 力」を改めて :::::::::: 挙げている。(2004/6/9朝刊(社会)) 朝日新聞ではこのように、敬語形を避け敬称使用のみにするという方向に転換して きている27。しかし、「陛下」に限らず「さま」など敬称の使用についても、報道にお いて通常、他の話題の人物に付されるものではない。名前や役職の後に敬称を付す場 面を、27)∼29) のような例から考えてみよう。 27) 佐藤さま、予診室にお入りください。 28) お客様 にはこちらのお色の方が良くお似合いですよ。 29) おたくの社長さん、最近見ないけど元気なの? 30) その件について、小泉さん ははっきり答えていなかったよ。 敬称が付されるのが 27)28) のように聞手本人であっても、29)30) のようにそれ以外 の話題の人物であっても、敬称そのものが、具体的な聞手が存在する発話場面に典型 的にあらわれる表現である。北村ほか 2006 では、日本語において、個別具体的な解釈 者の存在を前提に使用可能な言語要素(です、ます、終助詞など)があり、その言語要素 を「共在マーカー」と呼んでいるが、上記例から、敬称もその一つと捉えることがで きる。繰り返しになるが、新聞は、特定の受信者に向けた発話スタイルをとっていな い。よって、そこに具体的な個別の受信者の存在を前提とする敬称の表示は、唐突で 不自然である。「さま」でなくとも新聞の本文であれば「さん」や「よ」を含む 30) で はなく、31) のようになる。 261991 の敬称使用例は例 19)を参照。 27中奥 1994 によれば、毎日新聞も同様の対応をしている。

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31)  その件について、小泉首相 は明確な回答を示さなかった。 具体的聞手との対話のモードでなければ使わない要素をもちこむことで生じる違和 感が、まずそこにはある。よって、「皇后 陛下」「皇太子 殿下」など皇室特有の敬称を 避け、多用される「さま」という一般的な上位待遇の敬称であっても、敬称そのもの が新聞という書き言葉的な発話場面に本質的にそぐわない。さらに、「さま」は遠領域 を表す敬称であるため、敬語と同様に、聞手および聞手領域の人物に対して使用する のが運用上もっとも一般的である。それ以外の人物について「さま」を付すと、やは り敬語と同様、話手と聞手の視点の共有が生じる。 多数の受信者に対し「ベッカムさま」「ヨンさま」など、あこがれの対象となる「遠 領域」の人物に対して「さま」を付して言及する際も、その価値観および視点を共有 できる特定の聞手/受信者との対話の中で使用する表現である。聞手をある均質な層 に想定しているワイドショー28や女性誌での使用は許容されているが、一般的な多様 な受信者が想定されるニュースや新聞報道では使用されない。 ここでは、「さま」などの敬称の使用が、聞手の存在を前提とするものであるところ から、受信者への視点の同化作用があることを示した。 4.おわりに 以上、待遇決定のしくみとその解釈プロセスを示し、マスメディアでの敬語使用の 実態と、そのことがもたらす「視点の同化」について見てきた。敬語の使用は、マス メディアの発信側の待遇意識を表すのみならず、受信者の視点をも同化させる機能が あることを、言語システムのあり方から主張した。 マスメディアの発信者側の発言で注目すべきものとして、1990 年の共同通信労組鹿 児島班により発表された「皇室敬語の廃止を訴えるアピール」がある29。「マスコミが 一律に敬語を用いたニュースを流すのは、受け手に敬語付きの記事を読み、耳にする ことを強要することになり、尊敬しない人の思想、心情を侵害することになる。私た ちは、皇室に敬意を抱いていない。それなのに、敬語を使い、そして敬うべき対象で あるかのように、そう思わない国民に読ませることは、自分の心情と国民に対する二 重の裏切りだ。」という宣言の文言は、まず送り手側の敬語使用において、皇室人物へ の上待遇を示すことが自らの心情に反することに言及した上で、それが受信者への心 情の侵害になることを実感として述べたものであるが、本稿は、このような感覚が生 じるシステムを、直示的(ダイクティック)な現象として、言語研究の分析によって明 示した。単に「皇室構成員への敬語使用」そのものの批判にとどまるのではなく、一 般的な敬語使用の運用システムにある「敬語使用にひそむ視点の同化作用」を明らか にした上で、新聞やニュースのようなタイプのマスメディアにおける、敬語の使用か ら、自動的に「視点の同化」が発動するしくみを示し、社会学的問題として捉え直し たのである。 28ワイドショーの想定する視聴者は芸能界や皇室に関心の高い主婦層と考えられる。小池 2001 参照。 29詳細について中奥 1994 参照。以下の引用は、中奥 1994p.222 より。

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テレビ、ラジオ、新聞という多様な位相の受信者を想定しているマスメディアにお いて、社会的地位が高い人物に対しても通常、「上待遇」を適用せず、敬語システムに おける視点の同化を強要しないことがいわばスタイルとなっている中、皇室に対して のみ「上待遇」が「義務的」にされ続けており、発信者側に迷いはあるものの「他の社 会的上位者に倣って敬語も敬称も使用しない」という積極的な選択ができずにいる。 こういった言説のあり方は、van Dijk1993 が社会的支配関係の再生産の一側面とし て述べている、人々の共有知識に影響を与えるという操作プロセスと捉えた場合30 単に発信者が皇室への態度を示すといった意味で再構築の規範となりうるだけでなく、 発信者が敬語を使用するたびに、受信者は発信者と同じ視点を持つことを求められる という点において、より強固に、皇室を上位とする社会的価値観の再構築に寄与し続 けていくものだと言えよう。 ◆本稿は平成18年度科学研究費(若手研究B:研究代表者東弘子)16720108によ る研究成果の一である。 <用例出典>   朝日新聞の記事は検索システム朝日新聞オンライン記事データベース「聞蔵 DNA for Libraries」による。共同通信社の記事は、「佐賀新聞社ホームページ記事デー タベース http://www.saga-s.co.jp/kijiDB.html」による。 <資料>   朝日新聞用語幹事編集 1990『朝日新聞の用語の手引』補追「皇室用語用例集」(こ の資料の閲覧に関しては朝日新聞東京本社アエラ編集部石川雅彦氏の協力を得た。) 財団法人共同通信社 1973「皇室用語について」『記者ハンドブック 用字用語の 正しい知識』(株式会社共同通信社) <文献> 赤川学 2001「言説分析と構築主義」上野千鶴子編『構築主義とは何か』第二章、勁草 書房 東弘子 2004「「話題の人物」の待遇を決定するシステム」『名古屋大学国語国文学』95 東弘子、宮地朝子、加藤淳、江口正 2005「マスメディアにおける敬語使用の変異と聞 手の感情に及ぼす効果」『言語処理学会第 11 回年次大会発表論文集』言語処理 学会 蒲谷宏・川口義一・坂本惠 1998『敬語表現』大修館書店 菊地康人 1994『敬語』角川書店 30van Dijk1993 では、メディアのコントロールが可能な権力者側により、きわめて自然に、受け入れやす い様相をもつ日常的な言説のありかたを通して、巧妙に再構築されつづけるしくみがあり、CDA はそれに 着目すべきであると指摘されている。“dominance may be enacted and reproduced by subtle, routine, everyday forms of text and talk that appear ‘natural’ and quite ‘acceptable’ ” (p.254)

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 −  1996『敬語再入門』丸善ライブラリー 北村雅則、加藤淳、石川美紀子、加藤良徳、宮地朝子、東弘子 2006「伝達場面の構造 と「です・ます」の諸機能」『言語処理学会第 12 回年次大会発表論文集』pp.1139-1142、言語処理学会 金水敏・田窪行則 1992『指示詞』ひつじ書房 金田一京助 1959『日本の敬語』角川書店 久野日章 1978『談話の文法』大修館書店 小池振一郎 2001『ワイドショーに弁護士が出演する理由』平凡社新書 近藤佐和彦 2000「天皇制のレトリック−《崩御》のしくみ」『マス・コミュニケーショ ン研究』57、日本マス・コミュニケーション学会、学文社 佐藤彰 2004「皇室報道における引用−その歴史的考察」『メディアとことば 1』ひつ じ書房 滝浦真人 2005「敬語の語用論のために」『日本の敬語論』III 章、大修館書店 友枝俊雄 2006「言説分析と社会学」佐藤俊樹・友枝俊雄編『言説分析の可能性−社会 学的方法の迷宮から−』終章、東信堂 中奥宏 1994『皇室報道と「敬語」』三一新書 南不二男 1987『敬語』岩波新書 村松泰子 1991「九〇年代の天皇制と戦前との連続性・国民との連続性の問題点−ジェ ンダーの視点からの皇室報道批判−」『新聞学評論』40、日本新聞学会 野呂香代子 2001「クリティカル・ディスコース・アナリシス」野呂香代子・山下仁編 著『「正しさ」への問い』三元社

van Dijk , T.A.1993, “Principle of critical discourse analysis”, Discourse & Society, Vol.4-2:249-283

参照

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