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ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著 : 『ドイツ伝説集』(1853)試訳(その十五)

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(1)

*凡例 1. ル ー ト ヴ ィ ヒ ・ ベ ヒ シ ュ タ イ ン 編 著『ド イ ツ 伝 説 集』 (一 八 五 三) (略 称 を D S B と す る) の 訳・ 注 で あ る 本 稿 の 底 本 に は 次 の 版 を 使用。 D eu tsc he s S ag en bu ch vo n L ud w ig B ec hs tei n. M it se ch ze hn H olz sc hn itt en na ch Ze ich nu ng en vo n A . E hr ha rd t. Le ip zig , V er lag vo n G eo rg W ig an d. 1853.; R ep rin t. N ab u P re ss . 初版リプリント。因みに一〇〇〇篇の伝説を所収。 2. DSB所載伝説の番号・邦訳題名・原題は分載試訳それぞれの冒頭に記す。 3.ヤーコプとヴィルヘルムのグリム兄弟編著『ドイツ伝説集』 (略称を DSとする)を参照した場合、次の版を使用。 D eu tsch e Sa ge n he ra us ge ge be n vo n B rü de rn G rim m . Z w ei B än de in ein em B an d. M ün ch en , W in kle r V er lag . 1981. V olls tä nd ig e A us ga be , n ac h d em T ex t d er d rit te n A ufl ag e v on 1891. 因みに五八五篇の伝説を所収。   なお稀にではあるが、DSの英語訳である次の版(略称をGLとする)も参照した。 Th e G er m an L eg en ds of th e B ro th er s G rim m . V ol.1/2. E dit ed an d tra ns lat ed by D on ald W ar d. In stit ute for th e Stu dy of H um an

ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著

『ドイツ伝説集』

(一八五三)

試訳

(その十五)

 

  

滿

 

訳・注

(2)

Iss ue s. P hil ad elp hia , 1981. 4. D S B 所 載 伝 説 と D S 所 載 伝 説 の 対 応 関 係 に つ い て は、 分 載 試 訳 冒 頭 に 記 す D S B の 番 号・ 邦 訳 題 名・ 原 題 の 下 に、 ほ ぼ 該 当 す る D S の 番 号・ 原 題 を 記 す。 た だ し、 D S B 所 載 記 事 の 僅 か な 部 分 が D S 所 載 伝 説 に 該 当 す る 場 合 は こ こ に は 記 さ ず、 本 文 に 注 番 号 を 附 し、 「DS***に詳しい」と注記するに留める。 5. 地 名、 人 名 の 注 は 文 脈 理 解 を 目 的 と し て 記 し た。 史 実 の 地 名、 人 名 と の 食 い 違 い が 散 見 さ れ る が、 こ れ ら に つ い て は 殊 更 言 及 し な いことを基本とする。ただし、注でこれが明白になる分はいたしかたない。 6. 語 ら れ て い る 事 項 を、 日 本 に 生 き る 現 代 人 が 理 解 す る 一 助 と な る か も 知 れ な い、 と、 訳 者 が 判 断 し た 場 合 に は、 些 細 に 亘 り 過 ぎ る 弊 が あ ろ う と も、 あ え て 注 に 記 し た。 こ う し た 注 記 に お け る 訳 者 の 誤 謬 へ の ご 指 摘、 お よ び、 こ の こ と に つ い て も 注 記 が 必 要、 と い っ たご高教を賜ることができれば、まことに幸いである。 7. 伝説タイトルのドイツ語綴りは原文のまま。 8.本文および注における〔     〕内は訳者の補足である。 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その一)     一──    六〇 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第一 ・ 二号 一一七〜二三五ページ、平成二十四年十一月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その二)    六一──    九〇 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第三号 四六三〜五三〇ページ、平成二十五年二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その三)    九一──   一三四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第四号 七五〜一七六ページ、平成二十五年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その四)   一三五──   一八四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十五巻第一 ・ 二号 一五七〜二八五ページ、平成二十五十一月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その五)   一八五──   二二五 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十五巻第三 ・ 四号 九五〜一八〇ページ、平成二十六年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その六)   二二六──   二八八 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第一号 二〇九〜三三〇ページ、平成二十六年十月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その七)   二八九──   三三九 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第二号

(3)

『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 一五一〜二四六ページ、平成二十六年十二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その八)   三四〇──   三九四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第三 ・ 四号   一〜九八ページ、平成二十七年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その九)   三九五──   四四四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第三 ・ 四号 九九〜一九六ページ、平成二十七年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十)   四四五──   四八四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十七巻第一号 八三〜一七八ページ、平成二十七年十二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十一)四八五──   五四四   所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十七巻第二号 五五〜一五六ページ、平成二十八年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十二)五四五──   六〇九   所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十七巻第三 ・ 四号 一〜一〇九ページ、平成二十八年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十三)六一〇──   六五九   所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十八巻第一号 二九〜一二九ページ、平成二十八年十一月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十四)六六〇──   七〇九   所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十八巻第二号 一八五〜二六七ページ、平成二十九年三月 *本分載試訳(その十五)の伝説 七一〇 彷 さ ま よ 徨 う 僧 そ う り ょ 侶 Der wandelnde Mönch. 七一一 九種類の物 Neunerlei Dinge.    

*DS116. Der Liebhaber zum Essen eingeladen. / *DS118. Das

Hemdabwerfen.

七一二

沈んだ教会

Die versunkene Kirche.

七一三

四十人の騎士

Die vierzig Ritter.

七一四 ホレ夫人 火 ひ あ ぶ 炙 り

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七一五 豌 エルプセンアッカー 豆 畑 Der Erbsenacker. 七一六 ウンマーシュタットの話 Von Ummerstadt. 七一七 シュテルツェンと巨人たち

Stelzen und die Riesen.

七一八 ツィンゼル 洞 ヘ ー レ 窟 とツィンゼル 小 メンヒェン 人

Zinselhöhle und Zinselmännchen.

七一九 シュヴィッカースハウゼンの 騒 ポルターガイスト 霊 Poltergeist zu Schwickershausen. 七二〇 シュトラウフ近郊のごろた石の十字架

Das Ackersteinkreuz bei Strauf.

七二一 殺 モ ル ト ヒ ュ ー ゲ ル しの丘 の 黄 こ が ね 金 の太刀

Der goldne Degen im Mordhügel.

七二二 悪 ト イ フ ェ ル ス ブ ル ク 魔の城 と 地 ヘ レ ン マ ウ ア ー 獄の壁

Teufelsburg und Höllenmauer.

七二三

鐘が十二鳴るのを聞く

Zwölf schlagen hören.

七二四

お下げ髪の乙女

Die Jungfrau mit dem Zopf.

七二五

シュロイジンゲンの由来と名

Schleusingens Ursprung und Name.

七二六 死者たちの 弥 ミ サ 撒 Die Todtenmesse. 七二七 死 ト ー テ ン ラ ッ ヘ 者の水溜まり の 水 ニ ク セ の精

Die Nixe aus der Todtenlache.

七二八 男 ヴ ァ ッ サ ー マ ン の水の精 ハッケルメルツ Wassermann Hackelmärz. 七二九 雌 ヘ ン ネ ン ブ ル ク 鶏城 Die Hennenburgen.     *DS576 Henneburg. 七三〇 荒 ダ ス ・ ヴ ュ ー テ ン デ ・ ヘ ー ア れ狂う同勢 の話

Vom wüthenden Heer.

七三一 ハ ハ ス フ ル ト ユ ン グ フ ラ ウ スフルトの乙女 と幸運の花

Die Haßfurtjungfrau mit der Glücksblume.

七三二

トリッケンハウゼンの湖の話

(5)

『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 七三三 男 ニ ク ス の水の精 の 細 シ ュ リ ッ ツ エ ー ア ヒ ェ ン 長耳小人 Nix Schlitzöhrchen.     *DS63 Schlitzöhrchen. 七三四 夢 ア ル プ 魔 となった修道女 Die Alp-Nonne. 七三五 怒 グ リ ン メ ン タ ー ル りの谷 の話 Vom Grimmenthal. 七三六 緑なす杭

Der grünende Pfahl.

七三七

母の祈り

Das Gebet der Mutter.

七三八

石を抱えて

Stein auf dem Herzen.

七三九

ヴァーズンゲンのとんちき

Die Wasunger Streiche.

七四〇

天から降った石

Stein vom Himmel.

七四一

埋められた

妖 コーボルト

Der vergrabene Kobold.

七四二 リーベンシュタイン城近傍なる 悪 ト イ フ ェ ル ス マ ー テ ン 魔の刈り取り地

Die Teufelsmahten beim Schlosse Liebenstein.

七四三 ボニファツィウス 巖 い わ とルター 山 ぶ な 毛欅

Bonifaciusfels und Luthersbuche.

七四四 アルテンシュタイン城周辺の山の精たち Berggeister um Altenstein. 七四六 巡礼の庭園 Der Wallfahrtgarten. 七四七 フルス 山 ベルク の男たち

Die Männer im Flußberg.

七四八 真 ま こ と 実 なるやをたれぞ知る

Wer weiss ob’s wahr ist?

七四九

ザルツンゲンの湖の幾つか

Die Salzunger See’n.

    *DS58 Der Döngessee. 七五〇 賭 シ ュ ピ ー ル ハ ウ ス け物邸 Das Spiel-Haus. 七五一 石の揺り 籠 か ご

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七五二 郁 チ ュ ー リ ッ プ 金香 Die Tulipane. 七五三 羊 フ ァ レ ン ザ ー メ ン 歯の種 を見つけた男 Der Farrensamenfinder. 七五四 ゲルシュトゥンゲンの肉屋たち

Die Fleischer zu Gerstungen.

七五五 リ リ ン デ ィ ッ ヒ ス フ ラ ウ ヒ ェ ン ンディッヒの小奥方 Das Lindigsfrauchen. 七五六 ヴェラ 河 タ ー ル 谷 の 小 ヴィヒトライン 人 たち

Die Wichtlein im Werrathale.

七五七 ホレ夫人の 沐 も く よ く じ ょ う 浴場 と池 Frau Hollen-Bad und –Teich.     *DS4 Frau Hollen Teich. / *DS5 Frau Holla

zieht umher. / *DS6 Frau Hollen Bad.

七五八 愛 リ ー ベ ン バ ッ ハ の小川 Der Liebenbach.     *DS106 Liebenbach. 七五九 射手オットー Otto der Schütz.    

*DS568 Otto der Schütze.

七六〇

呪い

Der böse Wunsch.

   

*DS569 Landgraf Phillips und die Bauersfrau.

七六一 ニッダ Nidda.     *DS573 Nidda. 七六二 ツィーゲンハイン伯

Der Graf von Ziegenhain.

七六三

ボイネブルクの姫君たち

Die Fräulein von Boineburg.

   

*DS10 Fräulein von Boyneburg.

七六四

灰色衣装の小人

Das graue Männchen.

七六五 最後の 葬 ト ラ ウ ア ー リ ッ タ ー 送の騎士

Der letzte Trauerritter.

七六六

フランケン

邦 ラント

の使徒

Des Frankenlandes Apostel.

七六七 沼 モ ー ア ユ ン グ フ ラ ウ の乙女 たち Die Moorjungfrauen. 七六八 聖ガンゴルフとミルゼブルク山

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 七六九   レーン 山 ゲ ビ ル ゲ 地 の悪魔の造作いろいろ Teufelsbauten im Rhöngebirge. 七七〇   巖 い わ の聖母像 Muttergottesbild am Fels.

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七一〇   彷 さ ま よ 徨 う 僧 そ う り ょ 侶 コ ー ブ ル ク 公 某 (1 ( が バ ン ベ ル ク 司 教 と 合 戦 に 及 ん だ。 こ の 戦 い で 十 二 人 の 若 い 貴 族 が 捕 虜 と な り、 〔コ ー ブ ル ク〕 市を見下ろす城塞へ連行され、そこで拘禁されたが、待遇はまずまずだっ た (2 ( 。彼らは城の中庭に出て、気晴らしす ることを許され、これについては何の支障もなかった。ある時城の礼拝堂付き牧師──これが底意地の悪い老僧で ──中庭への階段を下りて来た。彼を嫌っていた若様たちがこの階段にどうやら〔干し〕 豌 え ん ど う 豆 を 撒 ま いておいたらし い。太っちょの年寄り坊主が足を滑らし、もんどり打って転がり落ちると、彼らは一斉にどっと高笑いをした。僧 は恨み骨髄とばかり毒毒しい目付きで 睨 に ら みつけ、ひっそり引き下がったが、青年たちのことを公爵に 讒 ざ ん そ 訴 し、ここ ぞとばかり 煽 あ お り立てて激怒させた。公爵は、その日の真夜中若者どもを処刑し、塔の見張りが角笛を吹き鳴らす数 だけの 頭 こうべ を打ち落とせ、と命じた。この 峻 しゅんれつ 烈 な命令は城中に知れ渡り、公爵夫人の耳にも達した。穏やかで優しい 気立ての 公 こ う ひ 妃 は背の君に貴公子たちの助命を嘆願、その怒りを 宥 な だ めたので、公爵は、では一人だけ死なせることに す る、 と 言 っ た。 し か し 奥 方 は こ の 一 人 の 死 を も 阻 も う と 思 い、 塔 の 見 張 り 番 が こ の 夜 全 く 角 笛 を 吹 け な い よ う、 この男を呼び寄せ、安心できる部屋に閉じ込めた。もっとも酒と食べ物はたっぷり与えておいた──。さてそれで も青年貴族らは、真夜中、 松 た い ま つ 明 に照らされた城の中庭の処刑台に引き出された。不敬な所業を犯した罰として彼ら に少なくとも恐怖を感じさせようというわけだった。刑吏は準備を調え、一同を 跪 ひざまず かせて剣を振り上げた。けれど も刑吏は公爵が命令を撤回したことを知らされていなかった。そこで真夜中を告げる角笛の音が塔から陰陰と響く と、 親 マイスター 方 ヘンマーリン グ (3 ( は血のような松明の光の下で血みどろ仕事に取り掛かった。首が一つ落ちた。──再び角

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 笛の響き──再び首が落ちた。そしてまた一つ、また一つ。これを聞き付けた公爵夫人は 驚 きょうがく 愕 の叫びを挙げて失神 し た。 塔 の 見 張 り 番 も こ れ を 聞 い て 仰 天 し た。 角 笛 が 吹 か れ た の を 耳 に し た 公 爵 (4 ( は か ん か ん に な っ て 塔 へ 急 行 し た。陰険な坊主は塔の番人がいなくなっていることを知っていたのである。こやつ、見張り番の代わりに十二回目 の角笛も吹き鳴らしたので、最後の 公 き ん だ ち 達 の頭も落ちた。次いで 復 ふくしゅう 讐 に狂った僧侶の心臓を公爵の剣が貫き、その体 は激昂した殿に 摑 つ か まれて塔から投げ落とされた。今も僧侶は亡霊となって 聖 ザンクト モーリッツ 教 キ ル ヒ ェ 会 の中や周囲を彷徨い歩 き、時折あのトゥート・オーゼ ル (5 ( のように叫んで、衆人を恐れ 戦 おのの かせる。 七一一   九種類の物 コーブルクではかつて九種類の物がさまざまの迷信的習俗に使われた。貴族の令嬢たちが何人か九種類の料理を ── そ れ も 降 ク リ ス マ ス 誕 祭 の 夜 に── 食 卓 に 並 べ、 そ れ で〔未 来 の〕 恋 人 た ち の 姿 を 見 よ う と し た。 男 た ち は 出 現 し た が、 めいめい 小 ナ イ フ 刀 を携えていたので、乙女たちはびっくりして悲鳴を挙げて逃げ出した。逃げて行く娘らの後ろから男 の一人が 小 ナ イ フ 刀 を投げ付けた。乙女の一人が振り返り、投げた男の顔形を見定め、 小 ナ イ フ 刀 を拾い上げた。やがてこの令 嬢はかつて自分の前に現れた通りの夫を得た。もっともいつもこんな風にうまく行くとは限らない。 同 地 の 他 の 娘 た ち の 話。 こ れ ま た 降 ク リ ス マ ス 誕 祭 の 宵、 九 種 類 の 薪 たきぎ を 集 め、 こ れ を 燃 や し た。 そ れ か ら 一 人 が 服 を 脱 ぎ、 最後に肌着まで取って、これを部屋の扉の前へ投げ出した。そして九種類の木の 焚 た き火の傍に 坐 す わ り、こう唱えた。 わたしはここで 赤 あかはだか 裸 、なにも 纏 ま と わず坐ってる

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 恋しいお方よ、やって来て、 膝に投げてよ、わたしの肌着。 すると男の姿が戸口から 覗 の ぞ き、肌着を投げてよこした。これがその娘の未来の恋人だった。その時他の娘たちも 友だちの真似をしたくて 堪 た ま らなくなり、皆先を争って最初の娘の通りにし、脱いだ肌着を部屋の扉の前に投げ出し て焚き火の傍に坐り込んだ。ところがそのため引き寄せられた〔未来の〕恋人たちの霊が一斉にやって来て、室外 でどたばた恐ろしい争いを始めたので、娘たちは 怯 お び えきった。慌てて九種類の薪の火を消しはしたものの、だれも 扉を開ける勇気はなかった。彼女らは肌着を着けずに寝床に潜り込んだ。翌朝見ると、扉の前では全員の肌着がま ぜこぜになっており、しかもずたずたに引き裂かれていた。夫を持てた者は一人もいなかった。 七一二   沈んだ教会 コーブルクのすぐ近くでラウター川がある 長 の ど か 閑 な谷を流れている。この谷にはその昔町があり、住む者は悲嘆と は 無 縁 の 幸 せ な 人 た ち ば か り だ っ た。 死 者 を 偲 し の ん で 嘆 き 悲 し む 万 霊 節 (6 ( が 到 来 す る と、 町 の 住 民 は「わ し ら に ゃ 何 も嘆き悲しむことはないのに、どうしてこの日を 祀 ま つ らにゃならんのだ。祭礼はやらんことにしようじゃないか」と 言った。すると 主 し ゅ なる神は、町民たちが大きく深い苦悩を味わい、万霊節を謙虚に行い、死者たちのために祈りを 捧げるようにさせようと、子どもたちが死ぬ病を送りたもうた。──そこで子どもたちは全て死んでしまい、教会 墓地は一日の内に 新 に い は か 墓 で一杯になり、棺桶にも事欠くような有様だった。そこで万霊節には大きな葬列が教会に向

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かい、教会内はただもう溜息と 啜 す す り泣き、 愁 しゅうたん 歎 と名状し難い 懊 お う の う 悩 に満ち満ちた。子どもたちが死んで全ての幸せを 奪われた父親母親の苦しみを見そなわした主は彼らを憐れみ、慈悲を垂れ、教会と墓地を子どもらの墓もろとも地 中深くに沈めた。幸せな人人の町があったラウター 谷 タール のその場所は 荒 こうりょう 寥 とした。祭日になると時折、そして万霊節 には大抵、沈んだ教会の鐘が地の底で鳴るのが聞こえる。ラウター河谷に点在する村村の子どもたちはその場所を 知っていて、あの言い伝えを語り合い、地下の音にひっそりと耳を澄まし、身震いして祈りを捧げる。 七一三   四十人の騎士 アイスフェルトの 白 シ ュ ヴ ァ ー ン 鳥亭 と 鷲 アードラー 亭 の間だが、ここにはその昔ヴェラ川が流れ、沼沢地を作っていた。甲冑に身を固 め た 騎 士 が 四 十 人、 敵 勢 に 追 わ れ て こ こ に 入 っ た が、 重 武 装 が 仇 あ だ と な っ て 軍 馬 も ろ と も ど ろ ど ろ の 沼 に 嵌 は ま り 込 み、哀れな最期を遂げた。 単純かつ不思議に遠い過去から響いて来たこの伝説は奇妙にもかの四十人のローマの騎士を示唆しているように 思 え る。 三 月 九 日 が 殉 教 の 日 で、 皇 帝 リ キ ニ ウ ス (7 ( が キ リ ス ト 紀 元 三 二 〇 年 の 寒 い 冬、 凍 て つ い た 沼 地 に 裸 で 坐 す わ ら せ、惨めに横死させた彼らを。   七一四   ホレ夫人 火 ひ あ ぶ 炙 り アイスフェルトでは、 公 エ ピ フ ァ ー ニ ア 現祭 が (8 ( 日曜日に当たると、教会での午後の礼拝の後、音楽付きで聖歌を歌う古い習慣が

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 ある。これには全住民が出席する。そして子どもたちと老人たちがお互いに「ホレ夫人が火炙りにな る (9 ( 」と叫び合 う。この習慣について人人ははっきりしたことは何も言えず、彼らが語る話ではホレ夫人の名もその火炙り 云 う ん ぬ ん 云 も まことに不得要領。いわく。昔むかしのこと、アイスフェルトに男子修道院と女子修道院があった。二つは向かい 合っていて、地下道で繫がれていた。この通路は前の前の大火まではまだ開いていたが、その後埋められた由。修 道士はこの通路を使って修道女の 許 も と を訪れたので、とうとう女子修道院長その人すら──決して喜ばしいことでは なかったが──ただの体ではなくなり、男の赤ちゃんを、それも二人産んだ。そしてこの不始末を隠し 果 お お せること はできなかった。犯人は結局露見しなかったので、だれか世間一般ありきたりの色男──哀れな悪魔野郎──が彼 女の 情 い ろ 人 だったんだ、と片付けざるを得なかった。これが本当の 贖 しょくざい 罪 の 牡 お 羊で、その背中にはたっぷり重荷だの悪 徳だのが載せられたもの。さて贖罪の牡羊はこの新しい重荷も我慢して背負ったが、女子修道院長は、年明けの日 曜日の午後、衆人環視の下、市の広場で火刑に処されたのだ、と。彼女の名はフル ダ ((1 ( だったかも知れない。であれ ば、ホレ火炙りの謎は解けるのだが。 七一五   豌 エルプセンアッカー 豆 畑 アイスフェルトから一時間の行程にあるクロック 村 ((( ( の高みの険しい丘の上にこの村の古い教会が立っている。昔 は イ ル メ ン 教 キ ル ヒ ェ 会 と 呼 ば れ た。 教 会 の 近 く に 深 い 泉 も あ っ て、 こ れ は い ま だ に イ イ ル メ ン ブ ル ン ネ ン ル メ ン の 泉 と い う 名 で あ る。 伝 説 にいわく。ここにさる王女が住んでいた。人目を忍ぶ恋をしてここへ 駈 か け落ちして来たのだ。けれどもとうとう持 ち物が一切尽き、恋人も去った。 手 て も と 許 に残ったのはほんの一マースほどの〔干し〕 豌 え ん ど う 豆 だけ。王女はこれを手に取

(14)

り、しょんぼりアイスフェルトへ向かった。ところが豌豆の入っていた小袋には穴が開いていたので、クロック山 の 麓 ふもと でほとんど無くなってしまった。 イ イ ル ミ ン ボ ル ン ルミンの泉 の ((1( 傍に住んでいた王女がどこへ行ったのか分からないが、落ち た 豌 豆 は 全 部 石 に 変 わ り、 い ま だ に 王 女 を 偲 し の ぶ よ す が と な っ て い る。 な に し ろ 丘 の 麓 に は 毎 日 豌 豆 大 で 豌 豆 色 の 小さい丸い砂利──時折はもうちょっと大きいことも──が見つかるのだ。豌豆が石に変わったというこの伝説は ──解釈を試みても構わないなら──貧しい者はなけなしの財産まで失ってしまうということと、苦悩の石化力を 示唆していよう。豌豆石の伝説(DSB三七五)では貪欲を罰するため石に変えたのだし、パレスティナの伝説で は 噓 う そ をついた罰である。かの地の、エルサレムからベツレヘムに行く街道の 畔 ほとり に、やはり 荒 こうりょう 寥 とした不毛の豌豆畑 が あ る。 か つ て こ こ で 一 人 の 農 夫 が 豌 豆 を 播 ま い て い た。 幼 い キ リ ス ト を 連 れ た マ リ ア が 通 り 掛 か り、 「何 を 播 い て いるのですか」と農夫に 訊 た ず ねた。このアラブの農夫のがさつさは疑いもなくドイツのご同輩に引けを取らなかった ので、ぶっきらぼうに「石だ」と返辞。 「それではそなたの畑では今後それが稔りますように」とマリアは叫んだ。 ── 以 来 こ の 畑 に は 食 べ ら れ な い 石 の 豌 豆 が で き る だ け。 昔 の 自 然 科 学 者 た ち は こ う し た 豌 豆 大 石 状 形 成 物 を ピ サ・ベトゥレヘミティ カ ((1 ( と呼んだ。 七一六   ウンマーシュタットの話 そ も そ も ウ ン マ ー シ ュ タ ッ ト ((1 ( は、 い イ ン マ ー つ も 都 シ ュタット 市 だ っ た、 と い う 徴 しるし と し て、 イ ン マ ー シ ュ タ ッ ト な る 名 と な っ た 由。 ──昔はそう主張する者が少なくなかった。その証拠として──と彼らは言う──あるところ(どの建物だか分か ら な い) の 飛 ひ り ょ う 梁 に 以 前 ギ リ シ ア 語 で ἀεῖ ── こ れ は「い つ も」 と い う 意 味 に 他 な ら な い── と 記 さ れ て い た、 と。

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 さりながらこの町の都市権が実証されるのはやっとこ一三九四年以降なのだ。とにかくこの年、住民はテューリン ゲ ン 方 ラントグラーフ 伯 バ ル タ ザ ー に、 都 市 の 自 由 権、 歳 の 市 と 週 市 開 催 権 を 認 め る 文 書 が 行 方 不 明 で な お ざ り に な っ て い る の を更新して 戴 いただ きたい、と上申、これが認められている。かつてウンマーシュタットは シ シ ル ト ビ ュ ル ガ ー ルダの市民 的愚 行 ((1 ( ──近在 の市町村は、ウンマーシュタットの市民がそういうことをやらかしている、と言い 囃 は や したのだ──のため界隈で有 名だった。これらの行為はヴァーズンゲン 市 ((1 ( とかレーン 山 ゲ ビ ル ゲ 地 のディッティス 村 ((1 ( 、その他いろいろの所の 阿 あ ほ う 呆 ぶりと まずまあ同工異曲である。 ウンマーシュタットの人たちは自分らが 兎 うさぎ 猟をしたしだいが語られるのを聞きたがらない。彼らのちょいと愉快 な話の一つは塩袋の一件だが、これは元来ウンマーシュタットの愚行とはいえない。コールベルクの農家に奉公し て い る 下 男 が ウ ン マ ー シ ュ タ ッ ト の 町 を 通 っ て コ ー ブ ル ク へ 行 こ う と し た。 す る と ウ ン マ ー シ ュ タ ッ ト の あ る 内 儀が声を掛けて、どこへ行くんだね、と 訊 た ず ね、そんならコーブルクから塩を一袋買って来ておくれでないか、と頼 ん だ。 女 が 下 男 に 預 け た 袋 に は 下 の 隅 に か な り 大 き な 穴 が 開 い て い た が、 こ れ は 女 が 紐 ひ も で き ゅ っ と 括 く く っ て あ っ た。 コ ー ブ ル ク の 塩 商 人 は こ の 紐 で 括 ら れ た 方 を 本 当 の 口 だ と 思 い、 結 び 目 を 解 い て、 な ん と か 塩 を 中 に 入 れ た。 で、 もっとぎっしり詰めようと袋をぐいと持ち上げたところ、逆さまになっていた袋の口からどさどさと塩が全部出て し ま い、 塩 屋 の 手 に 残 っ た の は 空 っ ぽ の 袋 だ っ た。 「こ り ゃ ま あ な ん た る こ っ た、 な ん た る こ っ た」 と コ ー ブ ル ク の 商 人 は 叫 ん だ。 「あ ん た、 さ だ め し ウ ン マ ー シ ュ タ ッ ト か ら 来 た ん だ な」 。 こ う 言 わ れ た 下 男 は 顔 中 真 っ 赤 に な り、 お ず お ず 口 籠 ご も っ て い わ く「う ん に ゃ、 旦 だ ん な 那 、 わ っ ち ゃ あ そ う で ね。 だ ど も 袋 は そ う だ よ う」 。── 一 八 五 一 年のこと、ある 麵 パ ン や 麭屋 が麵麭焼き 竈 かまど を作らせた。壁工が一人、作業の間中に寝そべって、内側から粘土やら石灰や らを塗った。他の職人たちは外側から 煉 れ ん が 瓦 を積んだ。竈がとうとうでき上がったが、わあ、大変、中にいる壁工が

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抜け出すことになっていた竈口が小さ過ぎた。哀れや、そやつは出られなくなった。自分で自分を塗り込めちまっ たわけだ。──かくなるしだいで、へまをやらかした職匠殿が無事におてんとさまの下へ出られるように、竈はま た一部を壊さなければならなかった。 七一七   シュテルツェンと巨人たち ア イ ス フ ェ ル ト の 町 を 下 に 見 な が ら、 森 を 登 っ て 行 く と、 ブ レ ス ((1 ( の 山 麓 に シ ュ テ ル ツ ェ ン ((1 ( と い う 名 の 村 が あ る。 こ こ に は 盲 人 や 蹇 あ し な え 者 を 癒 い や す 鉱 泉 が あ っ た。 泉 は 大 層 年 古 り た 木 立── か つ て は 聖 な る 杜 も り だ っ た の で は な い か と 思 わ せ る── に 囲 ま れ た 陥 没 地 の よ う な 洞 窟 の 中 に あ っ た が、 足 が 治 っ た 人 た ち は 泉 の 周 り に 使 っ て い た 撞 し ゅ も く づ え 木 杖 や 義 シ ュテルツバイン 足 を ぶ ら さ げ た。 す な わ ち こ れ が 村 の 名 の 由 来 で あ る。 泉 は 普 あまね く 有 名 だ っ た が、 や が て そ の 近 く に 村 が で き る と、 村 の 住 民 は 貪 欲 と い う 悪 魔 に 目 を 眩 く ら ま さ れ て 癒 や し の 鉱 泉 で 一 ひ と も う 儲 け し よ う と 思 い つ き、 随 分 遠 方 か ら 巡 礼 し て 来 る こ と も あ る の に、 哀 れ な 病 者 や 癒 や し を 求 め る 人 人 か ら 水 の 使 用 料 を 取 る こ と に し た。 す る と 噴 泉 は 涸 か れ こ そ し な か っ た が、 治 癒 力 を 失 っ て し ま い、 効 き 目 と 申 せ ば 喉 の ど の 渇 き を 鎮 め る だ け に あ い な っ た。 こ の シ シ ュ テ ル ツ ェ ン バ ウ ム ュ テ ル ツ ェ ン の 樹 は (11( イ ス の 泉 で あ る (1( ( 。 同 地 方、 ア イ ス フ ェ ル ト、 シ ュ テ ル ツ ェ ン、 バ ッ ハ フ ェ ル ト、 ブ ル ク グ ループ周辺にはその昔強大な巨人たちが 棲 す んでいた。例のエルザスの巨人の玩具(DSB三一)の伝説は、テュー リ ン ゲ ン 山 地 の ブ ラ ン ケ ン ブ ル ク そ の 他 で も し ば し ば お 目 に 懸 か る が、 こ こ で も そ っ く り そ の ま ま の を 聞 か さ れ る。シュテルツェンを見下ろす高みの巨人たちが、半時間ほど離れたトッセン 谷 タール で九柱戯をやっていた。 球 レ ー ン 路 の長 さはトッセンタールからアイスフェルトにまで及んだ。巨人たち/騎士たち──伝説では両語まぜこ ぜ (11 ( ──はシャ

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 ウム 城 ブルク を頂くシャウム 山 ベルク からブルクグループへ重い 金 か な づ ち 鎚 や 木 き づ ち 槌 を投げ合ったり、ふざけ半分城から城へ水の掛けっ こをしたり、黄金の 球 ボール を投げたりした。 シュテルツェンの教会の祭壇に 黄 き ん 金 でできた 牡 ヒ ル シ ュ 角鹿 の枝角が隠されているという言い伝えがあった。とうとう祭 壇を開けてみたところ、小さな銅製の 櫃 ひ つ があるだけだった。櫃の中には聖人の遺骨が数本と 黴 か び腐った古い羊皮紙 の断片が一枚入っていた。バッハフェルトでは、特に降誕祭の折、灯火が行列を作って教会の中を練り歩き、教会 の 外 に も 出 て 来 る。 け れ ど も 灯 火 を 持 っ て い る 者 の 姿 は 目 に 見 え な い。 シ ュ テ ル ツ ェ ン の 教 会 は 大 層 裕 福 で あ る。 柱状 巨 き ょ が ん 巖 のブレス山の樹木は 悉 ことごと く、村ではなく教会のものである。その結果訴訟沙汰がしげしげ起こった。ブレス の右斜面では広広とした美しい草原が平野までなだれている。これはかつてハンシュタインの殿た ち (11 ( の所領にして 避 ア ジ ュ ー ル 難所 だ (11 ( った。ここに逃げ込んだ者には、それがだれであろうと、捕吏も徴募 官 (11 ( も手を出せなかった。ここの山地 およびその他 マ マ イ ニ ン ガ ー ・ オ ー バ ー ラ ン ト イニンゲン高地 の (11 ( びっしりと森に覆われた地域には、ひとりでにせっせと働く夜の 鋸 のこぎり の伝説が語ら れる。これは貧しい 木 き こ り 樵 たちを少なからず豊かにしてやったものである。この鋸を動かすのは 小 ツヴェルク 人 たちだ、との説 もまずまあありはするが、こうした鋸とその作業は今日なおなんとも測り難い森の秘密のまま。 七一八   ツィンゼル 洞 ヘ ー レ 窟 とツィンゼル 小 メ ン ヒ ェ ン 人 マ マ イ ニ ン ガ ー ・ オ ー バ ー ラ ン ト イニンゲン高地 のメッシェンバッハ 村 (11 ( とラーベンオイスィヒ村の間にかなり狭い、けれどもとても長い 鍾 しょうにゅうどう 乳洞 がある。ツィンゼル 洞 ロッホ とかツィンゼン 洞 ロッホ と呼ばれているが、ツィンゼルなる名は以前そこに 棲 す んでいた山小人であ るツィンゼル 小 メンヒェン 人 ないしドゥリゲライ ン (11 ( に由来する。そこから遠からぬところにもう一つ、ツィンゼル 教 キ ル ヒ ェ 会 という

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地 下 の 窟 いわや が あ る。 も っ と も こ ち ら も ツ ィ ン ゼ ル ロ ッ ホ 同 様、 前 世 紀〔= 十 八 世 紀〕 初 頭、 〔小 人 の〕 会 衆 に 見 棄 て ら れ た。 事 の し だ い は 以 下 に 述 べ る 通 り。 メ ッ シ ェ ン バ ッ ハ の あ る 農 夫 が 自 分 の 豌 え ん ど う 豆 畑 で 一 群 の ツ ィ ン ゼ ル メ ン ヒェンに出くわした。小人たちはふざけ散らして畑の 畝 う ね をぴょこぴょこ跳び交い、 青 グ リ ン ピ ー ス 豌豆 を 莢 さ や からつまみ食いして いた。そこで農夫はかんかんに腹を立て、やみくもに 摑 つ か み掛かり、とうとうまく一人のちいちゃな縁無し 帽 (11 ( を取り 上げた。そこでそのツィンゼルメンヒェンはひどく泣き 喚 わ め き──なにしろ帽子を 被 か ぶ らずには家へ戻れなかったので ね──、 占 ヴュン シ ェルルーテ い 棒 を (11 ( あ ん た の 畑 に 挿 し と く か ら よ う、 あ ん た、 そ れ を 使 っ て ぎ ょ う さ ん 宝 物 を 見 つ け れ ば え え、 と 約束した。そう言われて農夫は小人に帽子を返してやったが、不実なドゥリゲラインはいかさまぶりを発揮して畑 一面棒を挿した。だもので農夫はその中から 占 ヴュン シ ェルルーテ い棒 を見つけ出せず、従って宝物も見つけられなかった。また一説 に よ れ ば、 初 め 農 夫 は 畑 で ツ ィ ン ゼ ル メ ン ヒ ェ ン を 見 掛 け た 折 り す ぐ に 怒 鳴 り つ け、 ち い ち ゃ い 子 ど も 相 手 の よ うに棒で脅かした。すると小人たちはこぞって畑全体に棒を植え、棒を振り回したくなってもこれなら不自由しな い よ ね、 と お ち ゃ ら か し た の だ、 と か。 畑 を め ち ゃ め ち ゃ に さ れ て 激 怒 し た 農 夫 は そ の 後 こ っ そ り 見 張 り を 続 け、 ツィンゼルメンヒェンの一人から縁無し帽を奪い、抵抗できなくなった小人をかわいそうにぶち殺してしまったそ う な。 ツ ィ ン ゼ ル メ ン ヒ ェ ン は 悲 嘆 に か き く れ た。 畑 に 挿 さ れ た 棒 は 一 夜 の 内 に 樹 木── そ れ も 神 神 し い ま で の 梣 とねりこ の (1( ( 老 樹 に 育 っ た。 そ し て 同 じ 夜 ツ ィ ン ゼ ル メ ン ヒ ェ ン た ち も い ず こ へ か 立 ち 去 っ て し ま い、 そ れ か ら と い う も の、ただの一人もこの界隈に姿を見せなくなった。

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 七一九   シュヴィッカースハウゼンの 騒 ポルターガイスト 霊 ヘルトブルク行政 区 (11 ( にシュヴィッカース──俗にシュヴァイカース──ハウゼ ン (11 ( なる村がある。この村にハンス あるいはハインリヒ・ケーゲルという名の農夫が住んでいた。一六六六年、 復 オ ー ス テ ル ン 活祭 の一週間前のこと、彼は部屋の 寝台の下でドンドン叩く音を耳にし、なにやら妖精を目にした。この精はヒンツェルマン(DSB二七五)のよう に子どもの姿だったが、 頭 かしら に 黄 き ん 金 の冠を 被 か ぶ っていた。そして最初、自分は天使だ、と告げ、その後、ちょっと前に 死んだある女の亡霊だ、と言った。大胆な者が数人、これと握手したが、妖精の小さな手が氷のように冷たいと感 じ、ぞおっと身震いした。けれども精は握手をした者皆にドゥカーテン金貨九万枚という財宝を約束したので、勇 気を 奮 ふ る い起こしたしだいである。だってねえ、こんなに莫大な金額のためだったら、連中、悪魔や悪魔の 祖 ば あ 母 様の 手だって喜んで握ったろうからなあ。その後この家ではドンガラドンガラけたたましい騒音が始まり、だれかれも 到底中にいたたまれなくなった。そしてこのうるさい音と 傍 は た 迷惑な妖精は家から村中にのたくり出したので、百姓 衆 は 精 魂 尽 き 果 て、 ヘ リ ン ゲ ン (11 ( と ヘ ル ト ブ ル ク の 坊 さ ん た ち に 泣 き つ い た。 坊 さ ん た ち── ヘ ル ト ブ ル ク の 牧 師 ブーヘンレーダー修士、ヘリンゲンの牧師ヨーハン・ハーゼ──は連れ立ってやって来て、シュヴィッカースハウ ゼ ン の 衆 に 向 か っ て、 お ま え が た は ろ く で も な い 金 の た め に 握 手 な ん ぞ を し て 生 き て い る 悪 魔 に 身 売 り を し た の だ、と決めつけた。そこで一同は死ぬほど恐れ 戦 おのの いた。さて両牧師は熱誠 籠 こ めてもろともにひたすら祈り、説教し 続 け た。 こ れ に は 騒 ポルターガイスト 霊 は 辟 へ き え き 易 し、 「あ た し に 子 ど も を 一 人 お く れ、 そ う す り ゃ 退 散 し て や る」 と 叫 ん だ。 「 糞 く そ で も 喰 く らうがいい、子どもなんぞ渡すものか」とヘリンゲンの牧師が怒鳴れば、妖精の方も 辛 し ん ら つ 辣 に応酬、双方ああだこ

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う だ と 言 葉 を 尽 く し て 言 い 合 っ た。 騒 ポルターガイスト 霊 が 引 き 下 が ら な か っ た の で、 ヘ リ ン ゲ ン の 牧 師 も 村 に 居 い す わ 坐 り、 と と こ ん 粘り強く頑張ったため、とうとう月曜日の夜から 三 ト リ ニ タ ー テ ィ ス ゾ ン タ ー ク 位一体の日曜日 に (11 ( 掛けて妖精は出現しなかった。かくして三週 間に三回、ドンドンガンガン、ドシンバタバタの騒ぎがありはしたが、結局 祈 き と う 禱 に制圧された。それというのも説 教 師 た ち が、 我 ら は 専 ら 祈 いのり を な す こ と と 御 み こ と ば 言 に 事 つ か ふ る こ と と を 務 め ん (11 ( 、 と い う 聖 書 の 言 葉 に 従 っ た か ら で あ っ て、 騒 ポルターガイスト 霊 は シ ュ ヴ ィ ッ カ ー ス ハ ウ ゼ ン か ら 退 散 の や む な き に 至 っ た し だ い で あ る。 さ は さ り な が ら こ の 種 の 民 間 信 仰 の妖精、まことに変化自在のヒンツェルマンももろともにいなくなったわけではない。なにしろごく最近にだって この村に住む 遣 や り手の魔法医にして賢い男の 許 も と に群れを成して人人が訪れたことがあるくらいなので。 七二〇   シュトラウフ近郊のごろた石の十字架 ヘルトブルクとヒルトブルクハウゼンの中間に樹木の生い 繁 し げ った高い山があり、頂きには山城シュトラウフの巨 大な 廃 は い き ょ 墟 がある。俗にシュトラウフハイ ン (11 ( 、あるいはシュトラオホハーンと呼ばれている。これは往古のヘンネベ ル ク 伯 爵 家 の 城 の 一 つ で、 〔ド イ ツ〕 農 民 戦 争 の 折 破 壊 さ れ た も の。 昔 の あ る ヘ ン ネ ベ ル ク の 史 家 は シ ュ ト ラ ウ フ ハイン城について以下のように記している。一六九八年四月のこと、野良にいた者たちが、城の廃墟と周囲の樹林 で恐ろしい喚声が 湧 わ き起こり銃砲が 轟 とどろ くのを耳にした。どうやら悪霊どもか 荒 ダ ス ・ ヴ ュ ー テ ン デ ・ ヘ ー ア れ狂う同勢 のしわざだったようだ。 シュトラウフ 城 じ ょ う し 址 とシュトロイドル フ (11 ( からさして離れぬ禁猟林の中に、かつてある若者が死に遭遇、埋葬された 場所がある。彼を悼む恋人が不滅の記念碑を建てて 偲 し の ぶよすがにしようと思ったがそんなお金はない。でも愛は思 いつきを生むもので、娘はすぐにそれを実行した。ごろた石を入念に草原に並べ、十字架を形作ったのだ。この十

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 字架は悪意もしくは気紛れからしばしばばらばらに壊されたが、そのたびに娘は愛情 籠 こ もる手でせっせと十字架を 作り直し、死ぬまでそうした。その後辺りのだれかれが故人の遺志──言葉にはされなかったが──を体して十字 架の維持を引き受け、人間かその他の偶然により石の十字架に空隙ができると、それをまた 填 う めた。かくして十字 架は長いこと路傍に横たわり、民衆の記憶の中で常に伝説の 証 あかし であり続けた。他の地域にも同様の話がある。マイ ニンゲン近郊では羊飼いや牛飼いらが芝の十字を手入れしている。ここの牧場でかつて男が急逝し、その草地にあ る牧人が十字架の形を掘ってやったのである。 七二一   殺 モ ル ト ヒ ュ ー ゲ ル しの丘 の 黄 こ が ね 金 の太刀 ミルツ村近郊、レームヒル ト (11 ( から遠からぬところに、真ん丸で頂きの尖った丘がある。ここには今日に至るまで 黄金の太刀が埋められているそうな。夜更けに旅人が一人、丘の 麓 ふもと を通り掛かると、騎馬の男に行き逢ったが、馬 も男も首無しだった。旅人は震え上がって足を速め、後でつくづくこの身の毛もよだつ経験を思い返した。つまり はこういうしだいである。三十年戦争の折、ある隊長が悪魔と契約を結び、魂を譲り渡す代償に、地獄の業火で鍛 え ら れ た 黄 金 の 太 刀 を 得 た。 こ れ を 手 に し て い る 限 り、 ど ん な 大 軍 を 相 手 に し て も 決 し て 打 ち 負 か さ れ な か っ た。 ある時この傭兵隊長が前述の丘に騎馬で登り、周辺の土地を見渡していると、敵の騎兵部隊が近づき、丘を包囲し た。 彼 ら は 丘 に 攻 め 上 り、 隊 長 を 取 り 囲 ん で 長 い こ と 闘 っ た。 つ い に 一 人 が 一 撃 で 馬 の 頭 を 切 り 落 と す の に 成 功、 馬はばったり 斃 た お れたので、隊長は落馬し、落ちる際太刀が手から離れた。馬の頭を切り落とした兵は素早く隊長に 跳び掛かり、またも剣を 揮 ふ る って隊長の首を 刎 は ねた。次いで一同は隊長が身に着けていた 金 き ん す 子 、装身具、 夥 おびただ しい高価

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な宝石を奪い取り、 亡 な き が ら 骸 を丘の上に埋めた。黄金の太刀は墓穴の中の死馬の上に横たえた体に突き刺した。出所が 悪魔とあってはだれもそれを 佩 は い よ う 用 しようと思わなかったからである。それから一切に土を 被 か ぶ せた。そこで今日でも この丘は 殺 モ ル ト ヒ ュ ー ゲ ル しの丘 と呼ばれ、頭のない騎手の伝説が語られている。 七二二   悪 ト イ フ ェ ル ス ブ ル ク 魔の城 と 地 ヘ レ ン マ ウ ア ー 獄の壁 レ ー ム ヒ ル ト を 見 下 ろ す 大 小 両 グ ラ イ ヒ 山 ベルク は (11 ( 大 層 展 望 が よ く、 ま た 大 層 名 が 高 い。 双 方 と も 天 気 占 い に 使 わ れ、 二峰の頂きに霧の 面 ヴ ェ ー ル 紗 が懸かると、民衆は、グライヒベルクの山山が料理をしてる、今日中に 羹 ス ー プ 汁 が出る〔=雨が 降る〕ぞ、と言う。──大グライヒベルクの胎内には舟航可能な川が流れ出るのに充分な水が貯えられている、と い う 伝 説 が あ る。 山 さ ん ろ く 麓 に は ネ ー ブ ラ ー な る 場 所 が あ り、 そ こ に は 時 折 火 フ ォ イ ア ー マ ン 男 が (1( ( 出 現 す る。 一 方 山 頂 に は 氷 洞 が あ り、人人はこれを 寒 カ ル テ ・ ヘ レ 冷地獄 と呼んでいる。 小グライヒベルクは 石 シ ュタインスブルク の城 とも呼ばれる。その名の由来は巨大な玄武岩の塁壁が三つあるからで、これらは山を 取り巻き、山頂附近では長長と拡がっている。民間伝承にいわく。その昔山には城があった。とはいえあまり堅固 で は な か っ た。 城 主 は 気 難 し い 老 騎 士 だ っ た が、 姫 君 は と び き り 美 し く 淑 し と や か だ っ た。 騎 士 は 陰 い ん う つ 鬱 に 引 き 籠 こ も り、 年寄りの乳母と共に娘を箱入りにしていた。にも関わらず姫はさる若い騎士と恋の 絆 きずな を結んだ。もっとも老人はこ の 公 き ん だ ち 達 が、お嬢様のお手を 戴 いただ きとう存じます、と申し込んだ時、おぬしなんぞの妻にするくらいなら、悪魔にくれ て や る わ、 と け ん も ほ ろ ろ に 拒 絶 し た。 辱 はずかし め ら れ た 騎 士 は、 い つ か 不 意 打 ち を 喰 く ら わ せ る ぞ、 と 老 い た 殿 を 脅 おびや か し、絶縁状・挑戦状を突きつけた。恐慌に襲われた老城主は悪魔に助けを求め、 一 い ち ば ん ど り 番鶏 が 啼 な いて夜明けを知らせる

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 前 に、 決 し て 乗 り 越 え ら れ な い 三 重 の 城 壁 を 城 の 周 り に 繞 め ぐ ら し て く れ た ら、 代 償 に 娘 を 遣 わ そ う ぞ、 と 約 束 し た。 悪魔は条件を承諾、建築は大急ぎで始まった。無数の巨大な使役霊が際限もなく 巖 が ん せ き 石 を運搬、厳めしい囲壁が刻刻 と積まれていった。しかし姫を 頗 すこぶ る可愛がっていた乳母が、主人と悪魔との間に取り交わされた盟約を立ち聞きし て お り、 払 ふつぎょう 暁 、 洋 ラ ン プ 灯 を 携 え て こ っ そ り 鶏 にわとり 小 屋 に 出 掛 け た。 灯 火 を 目 に し た 雄 お ん ど り 鶏 は、 夜 が 明 け た、 と 思 い、 声 高 に 刻 と き を告げた。途端に地獄の壁は城もろとも粉粉に壊れ、幾千もの 瓦 が れ き 礫 と化した。これらは今日なお山を取り巻いて いる。 要 かなめいし 石 にするため 巖 い わ を引きずっていた悪魔は仰天したあまり巌をテマールの 町 (11 ( を見下ろすある山に落とし、そ の代わりに老騎士の魂をかっ 攫 さ ら った。これでもう若い恋人同士の仲を 堰 せ く障害はなくなったわけ。現代でも巷説に いわく。古城に通じる階段を見つければ、莫大な財宝がいまだに山の胎内にある。もっともこれは〔開門の鍵とな る〕白い花がなくては掘り出せない、と。山上では 丑 う し 三つ 刻 ど き に 彷 さ ま よ 徨 える乙女が出没することもある。 グライヒアムベル ク (11 ( 村──その名の由来は 山 アム・ベルク 麓 、すなわちグライヒベルク 山 さ ん ろ く 麓 す グ ラ イ ヒ ぐ傍 にあるからだとか──の近 くでなんとも奇妙な、長長と延びる岩石堆積層が始まっている。これはグライヒャーヴィーゼ ン (11 ( 村有地を横断、こ の 村 を も 掠 か す め、 更 に リ ン ト と ハ ウ ビ ン デ を 通 り、 ト ラ ッ プ シ ュ タ ッ ト (11 ( 町 有 地 に 入 り、 そ れ か ら ア イ ヒ ェ ル ボ ル ン、 シ ュ テ ル ン ベ ル ク、 ア ル ス レ ー ベ ン の 間 を 抜 け、 オ ー バ ー レ ス フ ェ ル ト (11 ( 村 有 地 に あ る ヘ ッ ケ ン ミ ュ ー レ 亭 (11 ( に 達 す る。田舎では 異 ハ イ デ ン マ ウ ア ー 教徒の壁 とも 地 ヘ レ ン マ ウ ア ー 獄の壁 とも呼ばれている。この石積みは、昔の ロ ヴ ィ ア ・ ロ マ ー ナ ーマ街道 の遺構なのだ、なぜなら 近傍でローマの古銭が発見されたから、と主張する学者も少なくないが、民衆は悪魔が造ったとする。堆積した石 の幅は大抵の場所で三 靴 シ ュ ー 尺 し (11 ( かないが、深さは大層ある。トラップシュタット近辺では十八 脚 フ ー ス 尺 掘 (11 ( ってもまだ底ま で届かないことが分かった。これは耕地の下を走っており、畑を 犁 す き返す折しばしば日の目を見るだけである。前 述 の ヘ ッ ケ ン ミ ュ ー レ 亭 傍 で は 三 十 靴 シ ュ ー 尺 も の 幅 の 石 床 に 拡 が り、 こ の 幅 は 延 長 六 十 ル ー テ (11 ( 続 き、 そ れ か ら ま た 狭

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ま っ て 三 靴 シ ュ ー 尺 と な る。 そ の 場 所 で フ レ ン キ ッ シ ェ・ ザ ー レ 川 の 二 つ 目 の 源 流 が こ の い わ ゆ る 地 ヘ レ ン マ ウ ア ー 獄 の 壁 を 越 え て い る。ヘレンマウアーはなおブレンハウゼンを経てフリーデンハウゼンとアイヒェルスドルフの間でホーフハイムと リ ュ ー ク ハ イ ム に 行 き 当 た り、 マ イ ン 川 の 岸 辺 に 達 す る。 マ イ ン 川 の 河 床 を も 貫 い て い て、 シ ュ タ イ ガ ー ヴ ァ ル ト (1( ( で 消 え る と い う 話 で あ る。 〔前 の 伝 説 で〕 悪 魔 が 落 と し た あ の 巖 は い ま だ に 悪 トイフェルス シ ュタイン 魔 巖 な い し 野 フェルト シ ュタイン 良 巖 と 呼 ば れ、 テ マール上方のある山に横たわっている。これは薪を積み上げたように層を成している巨大な列状玄武岩である。莫 大な財宝がその下に眠っている由。しかしながら巖上には踏む者の頭を 眩 くらま す惑わし草が生えているので、踏みつけ ると長いこと走り回らねばならず、どこにいるのか途方に暮れる。こんな目に遭ったら、急いで 坐 す わ り込み、靴下を 取り替えなくてはいけない。そうすれば、また路が分かるようになる。 七二三   鐘が十二鳴るのを聞く ダッハバッ ハ (11 ( 近郊の三つの町、テマール、マリスフェルト、オーバーシュタットの間には、ゲルトレス(ゲルト リッツ)もしくはゲートレスと呼ばれる広い野原がある。ここにはその昔村があった。草原には至極不気味な気配 が漂っている。ある旅人がこの 曠 こ う や 野 を 過 よ ぎっていたところ、突然──廃村ガーメルスハウゼンのあの軍 医 (11 ( (DSB 四九八参照)のように──綺麗な村落に出くわした。折しも日曜日で、村内では鐘が打ち鳴らされて教会へと招い ていた。旅人が村に足を踏み入れると、住民たちが粛粛と教会目指して歩いて行くところ。もっとも彼らの衣装は 大層古めかしく異様で、てんから当世風ではなかった。旅人は幾人かの通行人に村の名を 訊 き いたが、一人も返辞を してくれず、だれもかれも黙りこくっていた。いや、それどころか、しんとして何の音も立てず、 跫 あ し お と 音 もなく、旅

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 人の姿が見えないかのように傍を通り過ぎて行き、その目は 硝 ガ ラ ス 子 みたいに凝然と 坐 す わ ったまま。そこで旅人は激しい 恐怖に襲われ、 蒼 そ う こ う 惶 としてこの奇怪な村を後にした。テマールに 辿 た ど り着くと、市門のところですぐ、村の様子を説 明、 あ れ は い っ た い い か な る 村 か、 と 問 い 質 し た が、 知 っ て い る、 と 言 う 人 は 出 ず じ ま い。 以 来 再 び そ の 村 を 目 撃した者はなかった。こんな伝説がある。ゲートレスで鐘が十二鳴るのを耳にしたら、大層な幸運を授かる。ただ し、そのためには勇気を出して十二聖夜( 降 ヴ ァ イ ナ ハ テ ン 誕祭 の聖夜からご公現の祝日まで)全てをこの悪名高い野原で過ごさ ねばならない。マリスフェルトのある農夫が大胆にもあえてこれに挑戦、 十 ツ ヴ ェ ル フ テ ン 二夜 になると夜毎 荒 こうりょう 寥 たる曠野に出掛 けた。すると十二夜の一夜、願い通りのことが起こった。すぐ身近で鐘が十二鳴るのが聞こえたのだ。けれどもそ の響きたるやとてつもなく 物 も の す ご 凄 かったので、最初の幾つかで男は恐怖 驚 きょうがく 愕 のあまり地面にひれ伏し、小娘さながら 朝まで失神して野原に倒れていた。朝になって覚醒すると、やっとのことで身を起こし、村まで体を引きずるよう にして戻った。戻ったのはいいが、高熱に見舞われ、三箇月もの間病みついた。やっと 恢 か い ふ く 復 すると、元通り働き始 めた。再開した仕事は何もかもうまく行き、利益を生んだ。彼の納屋はおのずと満ち満ち、彼の畑はついぞ 雹 ひょう に見 舞われることなく、彼の 衣 ポ ケ ッ ト 囊 は決して空にならなかった。いや、この男なら、仮に石を 播 ま いたって、極上の小麦が 生い育ったことだろう。男は村一番の金持ちになった。これが勇気の報酬だった。そこでこの地方にはこんな 俚 り げ ん 諺 ができた。つまり、だれかがはっきりした理由もないのに急に裕福になると、やつはゲートレスで鐘が十二鳴るの を聞いたんだ、と言うのである。

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七二四   お下げ髪の乙女 ヘンネベルク=シュロイジンゲン伯爵 家 (11 ( の紋章は、金色の紋地で三つの緑の山に止まった赤い 鶏 と さ か 冠 の黒い 雄 お ん ど り 鶏 を 描いたものだが、その上に飾り付きの 冑 かぶと が置かれている。この冑飾りは長いお下げ髪で、両腕のない、冠を 被 か ぶ った 乙女の半身像である。この紋章は往古のヘンネベルク伯爵領の塁壁、城門、礼拝堂、橋梁等等に無慮無数掲げられ ていたし、この冑飾りは他のどれよりも民衆に馴染まれていたので、一つならぬ伝説が作られ、拡がった。これら の伝説は多かれ少なかれお互い似ており、相互補完している。 ヘンネベルクのさる伯爵がイタリアを経て聖地に出征した。そこで伯爵はあるアラビア王の息女を知り、その愛 を 嬴 か ちえたが、やがて彼女の 許 も と を去らざるをえなくなり、苦悩の 裡 う ち に 訣 け つ べ つ 別 、故郷へ引き揚げた。その後 焦 こ がれ焦が れて矢も盾も 堪 た ま らなくなったアラビアの姫は、しばらくは恋心を抑えつけようとしたものの、あまりにも強い愛に 抗 あらが う こ と が で き ず、 財 宝 を た っ ぷ り 携 え て 祖 国 を 出 発、 恋 し い 人 の 跡 を 慕 っ た。 フ ェ ス ラ 修 ク ロ ス タ ー 道 院 の (11 ( 辺 り に 来 た 時、 教 会 の 二 つ の 塔 お よ び 近 隣 の 村 村 か ら 鐘 が 祝 祭 を 告 げ て 長 い こ と 鳴 り 続 け る の を 聞 い た。 い っ た い 何 な の だ ろ う、 と 問 い 質 た だ す と、 あ ん た は 随 分 遠 く か ら や っ て 来 た に 違 い な い、 ご 領 主 様 が 今 日 婚 礼 を 挙 げ な さ る の を 知 ら な い と は、との返辞で、領主の名も告げられた。悲しいことながらそれは彼女の恋人だった。姫は哀れにも 懊 お う の う 悩 のあまり 失神せんばかりになった。絶望した彼女は太く長いお下げ髪をほどき、 面 ヴ ェ ー ル 紗 をかなぐり捨て、所持金の全てと豊か な財宝を 敬 け い け ん 虔 な事業に使った。それらの事業は、フェスラを囲む修道院の壁や 上 オーバー マースフェルトと 下 ウンター マースフェル ト (11 ( の橋の数数などである、とのこと。右の村村およびフェスラ周辺の言い伝えでは、サラセン女性がヘンネベルク

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 へ や っ て 来 た、 と だ け。 異 国 の 乙 女 の 愛 と 苦 悩 に 深 く 衝 撃 を 受 け た 伯 爵 は、 そ の 像 を 冑 飾 り と し て 紋 章 に 描 か せ、 至るところに掲げさせた。そういうしだいでお下げ髪の姫君がヘンネベルク家の紋章に加わり、今日でもなおフェ ス ラ、 上 オーバー マ ー ス フ ェ ル ト 橋 脇 の 礼 拝 堂 そ の 他 で 頻 繁 に 目 に 留 ま る の で あ る。 ア ラ ビ ア 女 性 は フ ェ ス ラ に 埋 葬 さ れ た。かつて〔フェスラ〕教会階上合唱席に六つの小柱に乗る記念石像──髪を 靡 な び かせた、あるいは、髪を地面に振 り乱している乙女の姿──があった。ある古記録によれば、この乙女はどこかの王女で、軍隊と共にこの邦へやっ て来たのだ、とのこと。彼女はこの地で生涯を終え、所持していた若干の装身具を修道院に寄贈した。像は内に着 けた 服 ドレス あるいは 下 ス カ ー ト 裳 の上に長い 外 マ ン ト 套 を 纏 ま と い、幅の狭い帯を締め、胸の半ば下に高価な留め金を垂らし、全身を覆う 面 ヴ ェ ー ル 紗 な い し 布 ぬ の ひ も 紐 を 頭 か ら 足 の 上 ま で 下 げ、 頭 部 に あ て が わ れ た 褥 クッ シ ョン の 両 脇 に は 天 使 が 二 人 い て、 こ の 褥 クッ シ ョン を 支 え て い た。サラセン女性の記念像はこんな形状だった。 ヘンネベルクの伯爵が二人、九柱戯をし、いさかいとなって、兄弟の片方が他方を殺害して逃亡した、という話 もある。彼は巡り合わせでロシアに入り、モスクヴァに 辿 た ど り着いたのである。 瞞 だ ま された女性──つまり愛しい男の 跡を追うことになる女性──はモスクヴァの商人の娘。これは明らかにより近世に作られた伝説だが、それでもな お 東 オリエント 方 指向である。更に新しい類話では伯爵はヴュルツブルクまでしか行かない。同地の商人の娘に愛と 信 ま こ と 実 を誓 い、やがて信実を尽くすという約束を破る。親族が家柄の等しい相手と結婚するよううるさく責め立てたからであ る。財宝をたっぷり携えて男を追って来た婚約者は凶事を耳にし、悲嘆傷心のあまりお下げ髪をほどき、その財宝 で幾つも敬虔な施設を作り、橋梁を架けなどしたが、ある村に来た時、そこで心慰められので、修道院を創建、こ の 慰 い し ゃ 藉 の場所を 慰 ト ロ ス ト シ ュ タ ッ ト めの地 と名付けた。

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七二五   シュロイジンゲンの由来と名 この都市の象徴であるセイレー ン (11 ( もしくは 女 ヴ ァ ッ サ ー ニ ク セ の水の精 ──この象徴は市庁舎に掲げられた盾型の一つに今日でも 見られる──と結びつけられている伝説によれば、シュロイジンゲン市の由来と名は以下のごとし。町ができる随 分前のこと、ある富裕な伯爵がこの地域の森に狩りに行き、一頭の白い の レ ー ろ鹿 を追い続けたが、仕留めることはで き な か っ た。 そ う こ う す る う ち 夜 に な り、 従 者 た ち と も は ぐ れ て し ま っ た の で、 伯 爵 は 森 の ど こ か の 空 き 地 に 仮 寝の床を探す羽目になった。ごつごつした 巖 い わ 山の裾に横になっていると、なにやら常ならぬ輝きが見えるのに気付 き、きらきら光っている洞窟に行き当たった。洞窟内には水晶の水盤があり、 白 し ろ が ね 銀 のような三つの泉から水が流れ 込 み、 そ し て 明 る く 輝 く 水 み な も 面 に は 額 に 燦 き ら め く 鉢 ヘッドバンド 巻 ── そ の 上 に は S L V S と い う 字 が 記 さ れ て い た── を 着 け た 魅力溢れる水の精が浮かんでいた。この精は甘美で 蠱 こ わ く 惑 的な唄を歌い、歌い終わると、伯爵に傍へ寄るよう手招き し、伯爵が追ったあの白い の レ ー ろ鹿 はある 邪 よこしま な魔法使いに変身させられた自分の娘だ、と打ち明けた。いわく。その 魔 法 使 い は こ の 泉 の 上 に 聳 そ び え る 山 に あ る 巨 大 堅 固 な 塔 に 住 ん で い る。 彼 女 は こ の 魔 法 使 い に 唄 を 歌 っ て 眠 ら せ る か ら、 伯 爵 は こ や つ を 抑 え つ け て、 殺 し て 欲 し い。 自 分 の 鉢 ヘッドバンド 巻 の 飾 り と な っ て い る 言 葉── そ の 意 味 は、 彼 女 Sie (すなわち水の精の娘のこと)は愛し Liebe 、かつ V(=U)nd 勝利せん Siege ──の力でそれを果たすことができよう、 と。なにもかも本当にこの通りになった。そして邪な魔法使いが殺されると、伯爵はかの の レ ー ろ鹿 を水晶の水盤の水 で三度濡らすよう頼まれた。水盤に注ぐ三つの泉は三本の渓流シュロイゼ、エルレ、ナー エ (11 ( を意味する。三度水を 注がれた の ー ろ鹿 は素晴らしく美しい乙女の姿に変わった。伯爵はこの乙女と結婚、自らとその家系の名乗りをフォ

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注

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ン・デア・ブルンシュテット〔=「泉の地」殿〕とし、シュロイジンゲン城とシュロイジンゲン市を建設した。そ の名はあの三つ の (11 ( 神秘な字母SLVSから作られたもの。シュロイジンゲン市はその象徴としてセイレーンを市の 紋章にとどめた。かの水の精は今なお城の泉──全市で最も清澄──の中に 棲 す んでいる、とのこと。しかしながら フォン・デア・ブルンシュテット一族はその後衰微 凋 ちょうらく 落 してしまい、ヘンネベルク伯爵家によってその地方から追 われたそうな。   七二六   死者たちの 弥 ミ サ 撒 シ ュ ロ イ ジ ン ゲ ン の 上 か み て 手 に 死 ト ー テ ン キ ル ヒ ェ 者 の 教 会 な る も の が あ る。 教 会 の 前 に 極 め て 古 い 見 事 な 科 リ ン デ の 木 が 聳 そ び え て い る。 か つてシュロイジンゲンのある女が、葬式に参列してお説教を聴いているうち、ついうとうと寝込み、会堂内の椅子 に 坐 す わ っ た ま ま、 か な り 長 い こ と 眠 っ て し ま っ た。 目 を 覚 ま す と、 も う 夜 に な っ て い た が、 教 会 は 人 で 一 杯 だ っ た。 弥 ミ サ 撒 が執り行われており、合唱の声が低くうねっていた。女も一緒に歌おうと思ったが、暗くて 讃 さ ん び か 美歌 番号が分か らなかったので、隣席の女性をつついて唄の番号を教えてもらおうとした。で、隣席の女をよく見ると、その顔は もやもやした 蜘 く も 蛛 の巣みたいだったが、とっくの昔に死んだ 馴 な じ 染 みの知り合いだった。死者は 乾 ひ か 涸 らびた手──骸 骨はまだちゃんとくっついていたのだ──を持ち上げ、黄色に変じた指骨で唄を指し示した。そこで女は番号と歌 詞が分かったわけ。唄は「おお永遠よ、 汝 なんじ 、雷の言葉 よ (11 ( 」だった。死ぬほど仰天した女は怖くて 堪 た ま らず甲高い悲鳴 を挙げた。すると満堂の青白い影は 悉 ことごと く一遍に消え失せた。女はわななきながら戸口を目指し、家へよろめき帰っ たが、その後あまり長くは生きなかった。   

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『ドイツ伝説集』(一八五三)試訳(その十五) 鈴木 滿 訳・注 七二七   死 ト ー テ ン ラ ッ ヘ 者の水溜まり の 水 ニ ク セ の精 ラッペルスドルフの近く、シュロイジンゲンとクロスター・フェスラの間に──伝説によればだが──底知れぬ 深さで、水の 漲 みなぎ る池がある。長さは四百 靴 シ ュ ー 尺 を越え、幅はほぼ百 靴 シ ュ ー 尺 、いかにも異様で、 界 か い わ い 隈 の民衆の風評は芳し くなく、 死 ト ー テ ン ラ ッ ヘ 者の水溜まり と呼ばれている。ラッペルスドルフの物故者はシュロイジンゲンで埋葬されるのだが、会 葬 者 ら と 共 に こ の 水 ッ ヘ 溜 ま り ま で 担 わ れ て 来 て、 そ れ か ら 先 は 会 葬 者 を 返 し て 町 ま で 馬 車 で 運 ば れ て 行 く 習 わ し で あ る。 死 ト ー テ ン ラ ッ ヘ 者 の 水 溜 ま り な る 名 は 元 来 こ の こ と に 由 来 す る。 穴 の 水 は と び き り 清 澄 で、 全 面 結 氷 し た た め し は な い。 デ ィ ー・ ハ ー ル ト と 呼 ば れ る 近 く の 山 の 洞 窟 や 断 崖、 特 に ベ ー レ ン グ ラ ー ベ ン 谷 の あ る 泉 と 地 下 で 結 ば れ て い る。 その泉に投げ込まれた軽い物体が 水 ッ ヘ 溜まり に浮かび上がるのを実験したことがあるとか。 水 ッ ヘ 溜まり は年年大きくな るともいう。古老の物語によれば、三十年戦争の少し前、それからとりわけクロアチア兵によるシュロイジンゲン 襲撃 前 (1( ( 、水の精たちが 水 ッ ヘ 溜まり から現れるのがたびたび目撃されたそうな。 あ る 時 こ ん な こ と が あ っ た。 死 ト ー テ ン ラ ッ ヘ 者 の 水 溜 ま り か ら 女 ニ ク セ の 水 の 精 が 出 て 来 た。 ほ っ そ り し た 若 い 小 娘 の よ う な 容 姿 だった。頸には黒い 数 ロ ザ リ オ 珠 を (11 ( 巻き、上体には 水 ッ ヘ 溜まり の水さながら湖水緑で 鱗 うろこ 模様の 胴 ボ デ ィ ス 衣 を着け、赤い 肩 シ ョ ー ル 掛け を羽織 り、 真 珠 の 花 束 (11 ( を 捧 げ 持 っ て い た。 腰 に は 猩 しょうじょう 猩 緋 ひ の 前 エ プ ロ ン 垂 れ が 巻 き 付 い て い た が、 後 ろ に 引 き ず る の は 醜 い 魚 の 尻 尾。水の精が飛ぶように急いで行ったのはラッペルスドルフから程遠からぬフーデルブルクだかルーダーブルクだ かという 旅 は た ご や 籠屋 で、折しもそこでは婚礼の舞踏が 闌 たけなわ だった。水の精は、のっぽのフリーダーなる威勢の良い若い衆 の隣の席に就き、 喋 ちょうちょうなんなん 喋喃喃 、軽口を交わしたので、男はすぐに彼女に 惚 ほ れ込み、彼女も楽しげに共に 科 リ ン デ の木 の周り

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で 踊 っ た。 水 の 精 は 踊 り な が ら フ リ ー ダ ー に 様 様 睦 む つ ご と 言 を 囁 ささや き、 と り わ け、 あ な た の お 嫁 さ ん に な り た く て 堪 た ま ら な い、と告白、抱き締めて 接 く ち づ け 吻 した。そうこうする内日が暮れ、夜になった。すると水の精は泣きながら男に向かっ て い わ く。 「フ リ ー デ ル (11 ( 、 あ た し、 あ ん た と も う お 別 れ し て、 棲 す ん で る あ の お 池 の 中 へ 帰 ら な く ち ゃ な ら な い。 愛 い と しいひと、あんまり長くあんたと一緒に居過ぎちゃった。あたし、 父 と う さんの言い付けに背いてここへ来たの。ここ へ来てあんたと楽しく過ごしたことを命で償わなくちゃならないわ。お別れが辛くて、辛くて。それじゃ、さよな ら、明日 水 ッ ヘ 溜まり に来てちょうだい。水が澄んでいて緑色なら、あたしは無事。どんより濁っていたら、あたしは 生 き て な い」 。 そ し て チ ュ ッ と 接 く ち づ け 吻 を す る な り、 身 を 翻 し て 逃 げ 去 っ た。 翌 朝 フ リ ー ダ ー が 急 い で あ の 小 さ い 湖 の 畔 ほとり に 行 く と、 水 は 濁 っ て い て 血 の 色 だ っ た。 そ こ で 青 年 は 愛 の 苦 悩 に 焦 が れ 焦 が れ て 死 ト ー テ ン ラ ッ ヘ 者 の 水 溜 ま り に 身 を 投 げ、 死によって愛しい水の精と結ばれた。 ラッペルスドルフの下方、街道の左側にも小さな湖があり、夏は 睡 す い れ ん 蓮 が一面に咲く。その折はなんとも不気味な 風情である。   七二八   男 ヴ ァ ッ サ ー マ ン の水の精 ハッケルメルツ ヘ ン ネ ベ ル ク の 極 め て 古 い 小 都 市 テ マ ー ル── 昔 の 名 は ダ ガ マ リ (11 ( ── で は、 子 ど も た ち が ヴ ェ ラ 川 で 水 浴 す る 時、 脅 か し っ こ を し て、 「お い、 逃 げ ろ、 ハ ッ ケ ル メ ル ツ が 来 る ぞ」 と 叫 び 合 う。── 子 ど も た ち が 考 え る ハ ッ ケ ルメルツというのはいやらしいのっぽでがりがりに 痩 や せた灰緑色 髭 ひ げ の 男 ヴ ァ ッ サ ー マ ン の水の精 で、川の深みからぽっかり浮かび 上 が っ て、 子 ど も た ち を と っ 捉 つ か ま え る の で あ る。 こ の ハ ッ ケ ル メ ル ツ 一 族 は ヴ ェ ラ 谷 タール で 幾 た び も 目 撃 さ れ て い る。

参照

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目について︑一九九四年︱二月二 0

その認定を覆するに足りる蓋然性のある証拠」(要旨、いわゆる白鳥決定、最決昭五 0•