IT
技術者の人的資源管理の事例分析
─成果主義・市場志向の人的資源管理は一般的なのか─
三 輪 卓 己
要 旨 本稿の目的は、IT 技術者の人的資源管理(以下 HRM)の多様性と、そこで働く技術者の意識や行動の 違いを探索することである。IT 技術者をはじめとする知識労働者の HRM は、成果主義・市場志向のも のだと考えられやすいが、彼(彼女)らの仕事の特性を考慮すれば、プロセス重視・組織志向の HRM も 重要になるものと思われる。本稿では、IT 関連企業 11 社の事例から、実際の HRM の多様性と、それぞ れの HRM の下で働く技術者の意識や行動の違いを探索する。分析の結果、3 つのタイプの人的資源管理 が見出されている。 a)成果主義でありながら組織活動も重視する、プロセス重視の成果主義ともいえる人的資源管理 この人的資源管理の下では、IT 技術者は組織に長くとどまる傾向があり、メンバー間の相互学習も 活発である。そして、キャリア志向が管理職志向になりやすい。 b)職能等級制度を維持しつつ部分的に成果主義の制度を導入した人的資源管理 この人的資源管理の下でも、長期勤続や相互学習が多くみられ、管理職志向の人も多くなるが、 a)の企業ほど顕著ではない。 c)職能等級制度に基づいたあまり競争的でない人的資源管理 この人的資源管理の下では、IT 技術者の離職がかなりみられ、メンバー間の相互学習もそれほど活 発ではない。そして大半の人のキャリア志向はテクニカルな専門職志向である。 キーワード:IT 技術者、成果主義、定着、相互学習、キャリア志向 1. はじめに 本稿の目的は、知識労働者の人的資源管理(以下 HRM)の多様性と、そこで働く知識労働者の意識 や行動の違いを探索することである。IT(information technology)技術者(ソフトウェア技術者、ハー ドウェアやデバイスの技術者)を研究対象として、複数の企業事例の分析を行う。 Drucker(1993)などに代表される先駆的な研究によって、知識や情報が生産手段となる新しい社会 への移行が広く認識されるようになってきた。それに伴い、そうした知識・情報社会を牽引する知識労働者(knowledge workers)に関する研究も盛んになってきた。Kelly(1985)や Reiche(1991)、 Davenport(2005)、Florida(2005)によって知識労働者の特性が論じられ、日本においても、知識労 働者のキャリア発達に関する実証研究などがみられるようになってきた(三輪 ,2011)。しかしながら、 知識労働者の HRM についてはまだ研究蓄積が乏しく、特に日本においては梅澤(2000)による情報 産業の研究等、わずかな実績しかないのが現状である。今後、知識労働者が増加し、その重要性が高 まることを考えると、それらの研究の進展が強く求められていると思われる。
知識労働者は本来、Drucker(1993)のいうように What is the task? を自問しながら働く人たちであ る。仕事の目的や内容が所与であるマニュアル・ワーカーとは異なり、彼(彼女)らの仕事は非定型 的で提案力や問題解決力を必要とするものである。また知識労働者は何らかの専門性を持つゆえに、 特定の組織に縛られずに活躍できるともいわれている(Arthur and Rousseau, 1996)。それに則るなら ば知識労働者の HRM は、従来の日本企業にみられた年功的、組織志向的なものではなく、成果主義 (年功よりも業績や成果が処遇の基準となる)や市場志向のもの(労働移動があり、処遇等の決定に外 部市場の基準が重視される)になりやすいと考えられる。非定型的な仕事では経験年数が個人の仕事 の出来栄えを規定しないであろうし、転職などの組織間移動を前提とすれば、年功的な HRM はうま く機能しないと考えられる。それゆえ、知識労働者には成果主義、市場志向の HRM が適していると 推察されるのであるが、そこには考慮すべき要因も存在している。 その一つは知識労働者の多様性である。Davenport(2005)や三輪(2011)が指摘しているように、 知識労働者には高度な思考力を発揮して働く人もいれば、比較的定型的な仕事に従事する人もいる。 本稿の研究対象であるソフトウェア技術者においても、上流工程を担当するシステム・アナリストや プロジェクト・マネジャーと、下流工程を担当するプログラマーでは仕事の難易度や複雑性がかなり 異なる。彼(彼女)らの仕事に多様性があるのであれば、その HRM にも多様性があることが考えら れる。単純に知識労働者だから成果主義、市場志向が適しているとは断定できないであろう。 もう一つは、近年日本企業で増加している成果主義の HRM にも、色々なタイプがあることである。 中村(2006)がいうように、日本企業の成果主義は一様ではなく、また単純に財務業績や数値の成果 で人を評価するものばかりではない。こうした事実に目を向ければ、知識労働者の HRM も単純な成 果主義だとは考えにくく、複雑かつ多様なものであることが推察される。 本稿ではこうした問題意識に則り、IT 技術者の HRM にはどのような多様性があるのか、またどの 程度成果主義、市場志向といえるのかを明らかにするという研究課題を設定した。さらに、異なる HRMの下で働く知識労働者の意識や行動の違いを探索することを、もう一つの研究課題として設定し た。HRM が異なれば、そこで働く人々の意識や行動も異なることが推察される。例えばかつて日本企 業に多くみられた年功重視の HRM は、従業員の組織への参画やチームワークを促すものだと考えら れていた。そして成果主義の HRM の導入により、日本企業はそのメリットを失ったという議論がな
されることがある。その真偽はともかくとして、HRM の違いによる働く人の意識や行動の違いは、企 業にとって重要な問題になりえると思われる。特にその意識や行動が、知識労働の成否に関わるもの ならなおさらであろう。HRM と知識労働者の意識や行動の関わりを分析することにより、多様な HRM の意義や、それに関わる課題がわかってくるものと思われる。 もちろん、現状においてこれらの研究課題に関する厳密な実証分析や、仮説の検証を行うことは困 難である。本稿では将来の研究の発展可能性を見据えつつ、複数の企業事例から帰納的に事実や傾向 を把握し、それらを比較、分類することを目的としている。そのために、11 社の IT 関連企業の人事 部門、事業部門のマネジャーへのインタビュー調査を行い、各社の HRM と IT 技術者の意識や行動に ついて分析を行った。 2. 先行研究のレビュー 2 − 1 知識労働者の HRM 知識労働者の HRM についての先行研究はそれほど多くなく、かつその中でも多様な主張がなされ ているのが現状である。先述したように、知識労働者の特性から考えれば、その HRM は成果主義や 市場志向のものになりやすいと推察されるのであるが、実際の IT 企業を扱った先行研究においても 様々な事例がみられている。
まずソフトウェアの世界的な大企業であるマイクロソフトの例をみてみたい。Cusumano and Selby (1995)によれば、同社は人材の採用にあたって、候補者をかなり厳しく選別している。同社の幹部 は、特に優れた従業員のみを集めることの利点を強調している。トップレベルの学生を採用すること は、どこの企業にもできることではなく、それができるということが、同社の強みにつながっている と考えられている。そして候補者の選考は、人事部門ではなくリクルーターや製品部門の人によって 直接行われる。選考にパスするのは候補者の 2 ∼ 3% で、まさに厳選された人材が採用されているこ とがわかる。 同社はこうして採用した優秀な人材を、競争的で自律的な環境に置いて育てる方針を持っているよ うである。そのことは、同社の教育訓練の方法にも現れている。同社では研修制度や昇進制度、その 他人事上の手続きがあまり整備されておらず、正規の社内教育やオリエンテーションもあまりない1)。 教育訓練は主に実際の仕事を通じてなされるか、メンターによるもののみである。そして優秀な人の 昇進は早く、若くして重要な地位につく。同社の経営の重要事項を協議する非公式な組織として、ブ レーントラストというものがあるのだが、それは十数人の幹部によって構成されている。1995 年当時、 そのメンバーに名を連ねていた人たちの年齢は 40 歳前後であり、それをみても、優秀な人がかなり早 いペースで昇進しているのが分かる。 またマイクロソフトは金銭的インセンティブが強い報酬制度を導入している。仕事の実績に応じて
高額な賞与やストックオプションなどが支給されており、成功した従業員の中にはポルシェを 9 台も 保有するようになった例もあるのだという。そして、他の従業員はそれを妬むわけではなく、優秀な 人への正当な報酬として承認するということである。
一方、同じ IT 企業でもそれとは対照的な事例もみられる。SAS インスティテュートでは協働を重視 した、金銭的報酬があまり強調されない HRM が行われているといえる(O Reily and Pfeffer,2000)。
例えば業績の管理や評価についても、同社は独自の考え方を貫いており、一般的な企業でよくみら れるような業績評価シートを廃止してしまっている。同社では正式な業績の査定を行っていないと いってもよいだろう。その代り、マネジャーは少なくとも年に 3 回は部下と話し合い、仕事ぶりにつ いてのフィードバックを行うことにしている。また、努めて社内を歩き回り、部下たちと言葉を交わ すようにしているそうである。 同様に、報酬に対する考え方もマイクロソフトと大きく異なっている。SAS インスティテュートで はストックオプション、利益分配その他の特典を一切設けていない。年末には特別ボーナスを支給し ているが、金額は膨大なものではなく、年間賃金の 5.5%から 8%程度のものである。また賃金水準は 業界平均と比べて遜色なく、毎年ベースアップも行われているが、社内では賃金が高くなってもモチ ベーションが高まるわけではないと考えられている。金銭的報酬には重きが置かれていないことは明 らかであり、このことから、同社では成果主義のような考え方が強くないことがわかる。 それに加え、SAS インスティテュートでは社内での教育訓練が非常に重視されているのも特徴的で ある。ほぼ 100%の教育が社内において行われており、新入社員オリエンテーションでは、上級マネ ジャーが会社の沿革、ビジョン、価値観などを新入社員に紹介し、製品、組織、ビジネスモデル、顧 客などについても丁寧に説明している。ベテラン社員たちは、新入社員とのこうした交流を楽しみ、 大切にしているのだそうだ。また技術研修も充実しており、1997 年には 9 カ月半で 400 ものコースが 開かれ、合計でおよそ 3000 人が参加したそうである。この点もマイクロソフトとは対照的だといえる だろう。 このように、同じソフトウェア開発の企業であっても、かなり異なる HRM が行われている。マイ クロソフトでは個人の自律性に立脚した成果主義、市場志向の HRM が行われているのに対し、SAS イ ンスティテュートでは、どちらかというと組織志向の HRM が行われているといえるだろう。 Alvesson(2004)にしたがえば、このような二つのタイプの HRM は、ヒューマン・キャピタル・ア ドバンテージ(Human Capital Advantage)を追求する HRM と、ヒューマン・プロセス・アドバンテー ジ(Human Process Advantage)を追求する HRM として理解することができる。
ヒューマン・キャピタル・アドバンテージとは、卓越した人的資源による組織の優位性のことを意 味しており、それを追求する HRM とは、特に有能な人の採用と保持(リテンション)を重視するこ とになる。そのための具体的な人的資源施策としては、ベスト & ブライテストといわれるような人材
を獲得して保持すること、それらの人材に見合うだけの高い賃金を支払うこと、さらには優秀な人を 引き付けるような面白い仕事を用意すること、そして彼(彼女)らがキャリアの展望を持てるように することなどがあげられる。これらの施策は、特に有能な知識労働者の高い自律性とプライド、仕事 自体への強い関心に配慮するものであり、同時に彼(彼女)らが働く場所を選べる人であることを認 識したうえで、その定着を目指すものだともいえるだろう。次にヒューマン・プロセス・アドバンテー ジとは、模倣困難なレベルに達した HRM のプロセスが生み出す優位性を意味しており、それを追求 する HRM では、強いチームや良好な人間関係、あるいは組織文化の創造を重視する。そのための具 体的な人的資源施策としては、ワークオーガニゼーションの設計、個人へのサポートのメソドロジー の確立、社会的関係の構築やチーム・ビルディングなどが重要なものになる。こうした HRM は、知 識労働者が組織活動を行うことに焦点をあてたものであり、同時に特に有能な個人を活かす HRM で はなく、優れたチームや組織をつくるための HRM だと理解されるだろう。協働や相互作用を重視し た、あるいは組織志向の HRM であるといえる。 このように、知識労働者の HRM は必ずしも成果主義、市場志向が強調されるものばかりではなく、 組織志向が強いものも存在するのである。Drucker(1993)が指摘しているように、知識労働者には専 門性だけでなく、組織活動が重要になる。特に本稿の研究対象である IT 技術者は、チームメンバーや 顧客と協働し、そこから学習することによって優れた成果をあげる人たちである(三輪 ,2011)。それ を考慮するならば、IT 技術者に組織志向の HRM が重要になることは十分に考えられるだろう。 さらに、この議論を日本企業を対象として行うならば、組織志向の HRM がより多くみられるとい う可能性がある。従来から日本企業の HRM は組織志向のものが多く、それが高く評価されてもきた からである。もちろん日本においても、近年は HRM の成果主義や市場志向へのシフトが顕著であっ た。ただし近年の HRM といえども欧米企業に比べれば組織志向ものであるし(Jacoby, 2005)、従来 の日本的な HRM の特徴も根強く残っているといわれている(平野 , 2006)。 中村・石田(2005)や中村(2006)は、日本企業の成果主義の実態を詳細に分析してきた。その中 で、日本企業ではあまり極端な成果主義は導入されていないことが明らかにされている。例えば若年 層の従業員には大きな賃金格差がつくわけではなく、成果主義導入後の賃金の変化は、中年期以降の 昇給カーブが緩やかになり、その差がやや広がったことであることが明らかにされている。つまり、 マイクロソフトのような HRM が日本企業で行われるようになったわけではないのである。さらには 日本企業の成果主義では人事考課においても、財務業績や数値の成果だけでなく、定性的な成果や行 動、能力なども評価されることが明らかにされている。 中村(2006)では成果主義を、①売り上げや利益などの数値実績に報酬を直結させる「素朴な成果 主義」、②数値以外の成果や成果を生むプロセスも評価する「プロセス重視型成果主義」、③成果主義 を謳いながらも成果目標の達成率では賃金を決めない「分離型成果主義」の三つのタイプに分けて論
じられている。そのうえで、日本企業にはプロセス重視型や分離型が多くみられることが述べられて いる。それらをみても、日本の IT 企業の HRM を単純に成果主義や市場志向で捉えるわけにはいかな いものと考えられる。おそらくは、組織志向やプロセス重視型の要素を多分に含んだ HRM があるの であろうし、また企業によって HRM にかなりの多様性があることが考えられるのである。 2 − 2 知識労働者の仕事の複雑・不確実性と HRM さて知識労働者の HRM を考えるうえで重要となるもう一つの視点として、彼(彼女)らの仕事の 複雑さや不確実性の程度がある。Maister(1993)は、知識集約型企業の事業特性や仕事内容を、①新 奇性の高い仕事に取り組む「頭脳型」、②組織に蓄積された知識を応用する「経験型」、③やや標準化 された仕事を高いレベルで実施する「効率型」に分類している。そしてそれらのタイプによって働き 方やマネジメントも異なることが示されている。頭脳型の企業では、従業員はプロフェッショナルの ように扱われ2)、個人の自律性と責任を重視した HRM が行われる。競争的な環境で Up or Out の昇進 が行われること、報酬の中に変動給部分が多く、業績に応じたボーナスが支給されることが特徴にな る。それ以外の企業に比べると、成果主義、市場志向の HRM が行われやすいといえるだろう。 また Davenport(2005)は、知識労働者を協働の度合いと業務の複雑さの二つの基準で整理分類し ている。それら二つの程度が高いかどうかによって、知識労働者の働き方はかなり異なるとされてい る。業務が複雑な場合には高度な専門能力や、時にはスター的なパフォーマンスが必要となり、反対 に複雑でない場合は、定まったルールや手順に基づいて働くことが多くなるとされている。 一方、日本の IT 技術者に関する研究では、梅澤(2000)がソフトウェア開発の上流工程(要求分析 や要件定義)から担当する企業の方が内部昇進が多くなり、教育訓練も充実して長期勤続になりやす いことを明らかにしている。いいかえるならば、非定型的で複雑な仕事をしているソフトウェア企業 の方が人材育成やキャリア開発が充実しているということになるだろう。
表− 1 ソフトウェア技術者の仕事や職場の特性の因子分析結果 (主因子法・バリマックス回転後) 因子 1 2 3 プロジェクトや案件が多数のユニット、モジュールから成る大規模 なものである。 .463 仕事の内容(仕様や最終的な成果の形)が途中で変わることがある。 .484 プロジェクトや案件のたびに新しいノウハウや考え方が必要になる。 .777 プロジェクトや案件の構造や内容が複雑で入念な検討や摺り合わせ が必要である。 .669 先進的で不確実性の高い仕事である。 .631 基本的に仕事の進め方は事前に予測できる。 .525 仕事のアウトプット・イメージが予め決まっている。 .815 仕事に使うメソッドやフォーマットが決められている。 .643 自社の独自技術や独特のノウハウをよく使う。 .634 自社で作られた仕事のルールや基準が多い。 .459 他社にはないツールやメソッドがある。 .599 高度な専門教育や資格の取得が必要になるような仕事である。 固有値 3.122 2.049 1.307 寄与率 26.015 17.077 10.893 α .746 .693 .908 平均値 3.375 3.412 3.398 標準偏差 .729 .765 .817 出所) 三輪(2011)、184 頁より。 次に三輪(2011)では、日本のソフトウェア技術者の仕事や職場の特性が、サーベイリサーチによっ て分析された。表 -1 はその結果であるが、3 つの因子が抽出されている。その中で、第一因子は新し いノウハウの必要性、プロジェクトの複雑さ、不確実性の高さに関わる因子である3)。Maister(1993) や Davenport(2005)らが指摘した新規性や複雑さと仕事の不確実性が、実証分析の結果一つの因子 として抽出されたわけであり、その因子は「仕事の複雑・不確実性」と名づけられている。新規性や 複雑さの程度が高い仕事は、難易度が高いものであるし、仕事の過程で予測がつかないことが多く、 不確実性が高くなるのだと考えられる。そしてそれが高い状況で働く知識労働者は、仕事上で新しい アイディアを試したり、仕事の目的を常に問い直して、その進め方を改善するといった、高いレベル での学習や行動が活発になることが実証されている。同時に、仕事の複雑・不確実性が高い知識労働 者は、一つの組織に留まってキャリアを形成することが多く、反対にそれらが低い状況で働く知識労 働者は組織間移動を経験しやすいという分析結果も示されている。
このように、仕事が非定型的であるか、新奇性や複雑さ、不確実性が高いかによって、知識労働者 の働き方や HRM が異なるものと思われる。先行研究からは、それらが高い場合には競争的な HRM や 人材育成の充実が行われやすいことが示唆された。このことは本稿において非常に重要なものだとい えるだろう。複雑で不確実性の高い仕事においては、個人の仕事の成果が年齢や経験に比例するとは 考えにくい。その意味で仕事の複雑・不確実性は、HRM の成果主義、市場志向の程度を高めるものと 推察される。ただその一方で、複雑で不確実性の高い仕事は優秀な従業員を多数必要にすることから、 人材の内部育成を促すことにもなるようである。これは組織志向の HRM の特徴ということができ、 Davenport(2005)に則るならば、協働が重要になるような企業では、特にその傾向が強くなると考え られる。いずれにせよ、先行研究から仕事の複雑・不確実性が成果主義、市場志向の HRM にも、組 織志向の HRM にも通じる可能性が示されたわけである。このことは本稿にとっても非常に重要であ ると思われる。実際の日本企業において、仕事の複雑・不確実性によって HRM に多様性がみられる のか。またその多様性はいかなるものなのか。それが事例分析における大きなポイントになるものと 思われる。 2 − 3 知識労働者の意識や行動 ここからは HRM と関連して議論されている知識労働者の意識や行動について、先行研究をみてい きたい。これからあげる 3 つは、いずれも知識労働の成否や活性化に深く関わるものである。それゆ え、HRM の違いによってこれらがどう異なるかが重要なポイントになるのである。 最初にあげられるのが知識労働者の企業組織への定着である。これについては数多くの先行研究が 取り上げているが、知識集約型企業において知識労働者の離職は経営資源である知識の流出に他なら ない。それゆえ、彼(彼女)らの HRM の議論の中で、組織への定着が重視されるのは当然のことと いえるだろう。Thite(2004)、O Reily and Pfeffer(2000)、Swart and Kinee(2004)、潜道(1998)な どによって活発な議論がなされている。また、Lee and Maurer(1997)では、IT 技術者の離職のパター ンが分類され、パターンごとの引きとめ方法の検討がなされている4)。ただし、知識労働者の離職は 消極的な理由によるものばかりではないし(三輪 ,2011)、ある程度雇用の柔軟性を確保した方がいい 企業があることも十分に考えられる。そのため組織への定着率が低い企業の HRM が、すべて不適切 なものだとは断定できないことに注意が必要である。
次にあげられるのが、知識労働者の相互作用、相互学習の促進である。例えば Davenport and Prusak (2000)は、知識・情報社会の企業の成功要因として、賢い人々を雇い、お互いに会話させることをあ げている。他にも、Prusak and Cohen(2004)や Levin, Cross, Abrams and Lesser(2004)も知識労働 者の人的ネットワークについて論じている。組織における知識創造を理論化した野中(1990)や、 Nonaka and Takeuchi(1995)の主要な論点は、組織で働く人たちの協働による暗黙知と形式知の共有
や変換であった5)。そのことを想起すれば当然ではあるが、相互学習の活発さは知識創造の要であり、 それが HRM における重要な論点になるのである。 さて知識労働者の HRM の中で、企業組織が求める人材の雇用や育成に着目するならば、彼(彼女) らのキャリア研究で重視されているキャリア志向にも注意する必要があるだろう。ここではキャリア 志向を、「自己概念に基づいて認識されたキャリアの方向性、長期的に取り組みたい事柄と仕事の領 域、働くうえでの主要な目的意識」と定義するが、三輪(2011)では、知識労働者には多様なキャリ ア志向があることが明らかになっている。専門性を追求する志向、経営や管理に参画する志向、社会 に貢献する志向、自律的に働く志向等である。同時に、専門職志向は主体的な先進的知識の学習を促 進し、一方で管理職志向や社会貢献志向は、先に議論した関係者との協働、相互学習を促進すること が明らかにされている。そして特に三輪(2011)では、知識労働者が専門職志向だけではなく、管理 職志向や社会貢献志向を併せ持つことの重要性が述べられている。そうした複合的なキャリア志向の 持ち主が、多様で充実した学習をしていることが実証されただけでなく、仕事の成果や満足度が最も 高いことも明らかにされたのである。IT 技術者は一般的に、専門職志向が強い人が多いのであるが、 仕事で活躍するためには、管理職志向や社会貢献志向を強く持つことが必要なのである。 異なる HRM の下では、働く人々のキャリア志向も異なるものと推察される。その関連性をみるこ とは、各々の HRM がどのような知識労働者を雇用し、育成する傾向があるかを明らかにするという 点で重要だと思われる。 3. 分析視点 ここまでみてきた先行研究を踏まえて、調査した企業の事例を分析する視点を設定していきたい。 まず、IT 技術者の HRM がどの程度成果主義、市場志向といえるのか、またそこにどのような多様 性があるのかという問いについてである。先行研究が示すように IT 技術者の HRM には、成果や個人 の自律性よりも、組織活動を重視するものもあるようである。特に日本企業の場合は、成果主義といっ ても中村(2006)が示したプロセス重視型の成果主義を採用する企業が多い。それを考慮するならば、 日本の IT 企業の HRM は、成果主義や市場志向と組織志向の中間形態、あるいは混合型を含め、多様 なものがあると考えられる。 次に、それらの多様性の背景にある要因として考えられるのが、仕事の複雑・不確実性である。先 行研究によれば、それが高い場合には成果主義などの競争的な HRM が行われやすくなるようである。 また同時に、仕事の複雑・不確実性は、企業内での人材育成を充実したものにする傾向もあるようで ある。これらは、仕事の複雑・不確実性が成果主義や市場志向の HRM にも、組織志向の HRM にも通 じている可能性を示しており、反対に仕事の複雑・不確実性の低い企業では、競争的な HRM ではな く、年功的である代わりに、人材育成機会もあまり多くない HRM が行われやすいのだと推察するこ
とができる。 これらの議論を踏まえ、本稿では知識労働者の HRM の特徴と多様性について、以下の分析視点に よって事例をみることにする。なおここでいう分析視点とは、実証分析における仮説のように強い論 拠を持ち、厳密な検証が可能なものではなく、先行研究から得られた事例分析の手がかりとでもいう べきものである。 (HRM の特徴と多様性の分析視点) ① 知識労働者(IT 技術者)の HRM は、どの程度成果主義や市場志向のものといえるのか。組織 志向のものや、それらの混合形態もあるのか。 ② 仕事の複雑・不確実性が高い知識労働者の HRM は、競争的で昇進昇格や報酬に差がつきやす いものなのか。 ③ 仕事の複雑・不確実性が高い知識労働者の HRM は、組織内での人材育成が充実したものなの か。 次に IT 技術者の意識や行動についての分析視点を述べる。従業員の組織への定着、相互学習、対人 的な活動を重視するキャリア志向が分析の対象となるわけだが、従来は日本企業で行われていた組織 志向、あるいは年功型の HRM において、それらが顕著になると考えられていた。それは多くの先行 研究においても論及されてきたことである6)。しかし、IT 技術者等の知識労働者を対象にした場合に は、別の考え方を試してみることも必要である。彼(彼女)らが自律的な働き方をすることを重視し たうえで、学習や挑戦機会の多い職場こそが知識労働者にとって居心地がいいとする研究も数多くあ る(Drucker, 1999; Florida, 2005)。また管理職志向についていえば、近年では困難な仕事経験を通じ てリーダーやマネジャーが成長するという研究が多く(McCall, 1998; 金井 , 2002)、日本企業の従業員 のキャリア志向と仕事経験を分析した西村・三輪(2012)においても、困難な仕事や大きな責任を任 される自律経験をした人の管理職志向が強くなることが明らかにされている。それらのことを考慮す ると、組織志向の HRM よりも、難しい仕事や競争的な HRM が、彼(彼女)らの企業組織への定着、 相互学習、対人的活動重視のキャリア志向を促進するとも考えられる。本稿ではそれらのことを踏ま えて、以下の二通りの分析視点を設定した。 (知識労働者の意識や行動の分析視点) ① 組織志向の HRM の下で、従業員の組織への定着、相互学習、対人的活動重視(管理職志向や 社会貢献志向)のキャリア志向が強くなるのではないか。 ② 複雑・不確実性の高い仕事や、成果主義、市場志向の HRM の下で、従業員の組織への定着、相 互学習、対人的活動重視のキャリア志向が強くなるのではないか。
次節以降、これらの分析視点に基づいて事例を検討していく。なお、HRM の活動や施策は多岐にわ たるが、本稿では特に人材の採用と育成、評価と報酬、昇進や昇格の方針と仕組みに注目してみてい きたい。それらの施策が HRM における競争の厳しさや、組織志向の強さを顕著に表わすと考えられ るからである。 4. 事例の分析 4 − 1 調査と事例企業の概要 表− 2 調査企業の概要 仮名 従業員数 主な事業内容 A社 約 5,000 コンサルティング、IT ソリューション B社 約 4,000 システム・ソフトウェア開発、関連サービス C社 約 4,000 IT サービス・ソリューション、IT 基盤開発 D社 約 600 システム・インテグレーション、コンサルティング E社 約 4,000 制御機器、FA システム、電子部品他 F社 約 60 組み込みソフトウェア開発、半導体エンジニアリング G社 約 500 デバイス、ソリューション開発 H社 約 90 組み込みソフトウェア、アプリケーション開発 I社 約 150 親会社向け情報システムの開発と運営 J社 約 150 基幹系システム開発、ネットワークサービス K社 約 100 組み込みソフトウェア、アプリケーション開発 調査は 2011 年 3 月から 2012 年 9 月にかけて行われた。企業の選定にあたっては、企業規模(1000 人超、300 ∼ 999 人、299 人以下)、事業内容(業務系、組み込み・マイコン系等)が偏らないように 注意し、直接当該企業に協力を依頼するか、業界団体を通じて申し入れを行った。11 社の協力が得ら れている。基本的に調査企業のオフィスにうかがい、人事部門の責任者か事業部門のマネジャー、も しくはその双方に 1 時間から 2 時間程度のインタビューを行った。表 -2 は調査した企業の概要であ る。 事例の 11 社の HRM は 3 つのタイプに大別することができる。1 つめのタイプ(タイプⅠ)は成果 とプロセスの両方を重視し、組織活動と個人の自律性のバランスをとるような HRM であるといえる。 A, B, C, D, E社がそれに該当する。役割やコンピテンシーを基準とした等級制度を持ち、業績や行動 を丁寧に評価する制度を導入しており、充実した人材育成制度がある企業である。大企業が多く、そ こで働く人たちの仕事は、大規模あるいは長期的なプロジェクトや最先端の仕事が多い。したがって 仕事の複雑・不確実性はかなり高いものと理解できる。 2 つめのタイプ(タイプⅡ)は、古くから日本企業に普及していた職能等級制度を維持しながらも、
賃金制度などを工夫することによって、同制度にみられがちな年功的な特徴を低減しようとしている HRMである。より厳しい本格的な能力主義、あるいは能力主義と成果主義を組み合わせたものだと理 解できるかもしれない。定期昇給の廃止や等級別の明確な賃金レンジの設定等が特徴になっている。 F, G, H社がこれに該当するが、企業規模はそれほど大きくない。タイプⅠの企業ほど大規模な仕事に は従事してはいないのだが、それぞれ特定の技術領域で実績と競争力を持つ企業であり、仕事の複雑・ 不確実性は決して低いものではない。 次に 3 つめのタイプ(タイプⅢ)であるが、こちらはそれほど競争的な HRM ではない。職能等級 制度を維持しており、その運用方法も従来のものと変わっていない。中には目標管理制度(Management By Objectives: 以下 MBO)を導入している企業もあるが、評価の中心は能力考課の方であり、賃金や 賞与の差もわずかである。I, J, K 社がそれに該当するが、それらの企業では親会社、もしくは特定の 得意先企業からの受注が売り上げの大半を占める場合が多い。そのため、ソフトウェア開発における 下流工程を中心に従事することが多くなり、要求分析や要件定義については親会社か得意先企業が自 ら担当している。またそれらの企業では開発業務だけでなく、システム運用の仕事もかなり行ってお り、総じて他のタイプの企業に比べて、仕事の複雑・不確実性が高くないといえる。 要約するならば、タイプⅠは中村(2006)のいうプロセス重視型成果主義に近いものであり、タイ プⅡはあまり年功的でない修正型の職能等級制度の HRM、タイプⅢは従来の職能等級制度による HRMといえるだろう。 4 − 2 タイプⅠの HRM ではタイプⅠの例からみていこう。このタイプの企業では、近年の成果主義 HRM の構成要素であ る、①職務や役割による格付け制度、② MBO とコンピテンシーを中心とした人事考課制度、③職務 (役割)と業績に基づく賃金制度がすべて導入されている。 大半の企業がかつては職能等級制度を採用していたのであるが、ここ 10 年から 15 年の間に制度を 改定している。その狙いにはもちろん、年功的な人事制度から成果主義への移行があったわけなのだ が、ここで取り上げる 5 社はいずれも単純な、あるいは極端な成果主義を志向しているわけではない。 成果主義を基本としながらも、同時に人材育成や組織活動も重視した HRM を目指している。
表− 3 タイプⅠの企業の格付け制度 等級等の構成 A社 6 等級 B社 7 等級 C社 一般職(非管理職の基幹職)3 等級と管理職層 6 グレード D社 5 等級 E社 一般職(非管理職)で 7 等級と管理職層 11 グレード 出所) 筆者作成 各社の格付け制度は表 -3 のような構成になっているが、何れもかつての職能等級制度のように年功 的な昇格が行われないような仕組みになっている。 例えば A 社では、管理職層(下から 4 つ目の等級)に上がるまでに、非常に早い人で入社後 8 年、 順調と言われる人で入社後 10 年程度で到達するのだが、その一方で、その下の等級で 10 年以上滞留 する人もいるそうであり、年数に応じた自動昇格のようなことは行われていない。同様に、C 社でも 管理職層への昇格は簡単なことではなく、その前の主任(非管理職の最上位)に上がれないこともあ りえるという。さらには 45 歳が管理職層に昇格する事実上のリミット年齢になっており、それを超過 すると昇格できなくなってしまう。このように、タイプⅠの企業では昇格管理が非常に厳しく行われ ているのである。 <⟶⌮⫋ᒙ> ࢢ࣮ࣞࢻ11 㻂 㻂 ࢢ࣮ࣞࢻ1 <୍⯡⫋ᒙ> 7 ➼⣭ 㻂 㻂 1 ➼⣭ ࣭⫋⬟➼⣭ ⬟ຊ㛤ⓎࡸᏳᐃⓗ࡞ ฎ㐝ࢆ㔜ど ࣭ᙺࡼࡿ᱁ࡅ ⫋ົࡢෆᐜࡔࡅ࡛࡞ࡃࠊ ಶேࡢ⬟ຊࡸᡂᯝ➼ࢆ ᫎࡉࡏࡿࡇࡼࡗ ࡚ᰂ㌾࡞᱁ࡅࢆྍ⬟ ࡍࡿ 図− 1 E 社の等級制度の概要 出所) 筆者作成
一方、タイプⅠの企業のもう一つの特徴として、格付け基準に職務以外の要素も考慮に入れている ことや、階層別に格付け基準を変えていることがあげられる(図 -1 参照)。例えば E 社では、非管理 職の一般職層は役割ではなく、職能による格付けを維持している。また C 社においても、一般職はプ ラクティス(同社版のコンピテンシー)で格付けされている。どちらも役割ではなく能力に基づく格 付けであり、能力の概念は両社で違うものの、ともに若年層は現在の仕事の価値による格付けよりも、 人材育成を主眼とした格付けや昇格を重視しているといえる。さらに、その両社では管理職の役割グ レードも単純に職務内容によって決まるものではない。職務内容の他に、その人の持つ能力も考慮さ れるし、あるポストで個人が継続的に高い成果を上げることによって、そのポストの価値(役割グレー ド)が上がることもある。つまり仕事の難易度や責任だけでなく、人の要素も加えて格付けが決めら れる仕組みになっているのである。そうした格付け基準にすることによって、より柔軟な処遇や適材 適所の配置を可能にしているのだという。他の 3 社においても同様の制度が導入されており、こうし た制度は、タイプⅠの企業に共通したものだと考えられる。 次にタイプⅠの企業では、社内での人材育成が充実していることも特徴となっている。すべての企 業が新卒中心の採用であり、人材の内部育成を重視している。ただし各社とも必ず一定数の中途採用 を行っており、その比率が増加している企業もある(E 社では約 3 割にのぼる)。それゆえ、外部人材 の有効活用が軽視されているわけではない。 表− 4 タイプⅠの企業のスキルや専門性の認定制度 制度の内容 D社 専門分野ごとの専門レベル認定制度があり、試験を受けることで 11 の レベルでスキルが認定される。 B社、C 社 IT産業のスキル標準である ITSS に準拠した仕組みを用い、自社の従 業員のスキルを認定している。 E社 対象者を厳選する形での専門職制度。管理職層のわずか 5 ∼ 6% の人 しか認定されておらず、極めて高度な専門性を持つ人を育て、承認す るためのものになっている。 C社 専門職である上席プロフェッショナルは、事業部長同等の価値がある と認められている。 出所) 筆者作成 採用後の人材育成については各社充実した取り組みが行われている。A 社には全社的な人材開発セ ンターがあるだけでなく、各事業本部の中にも人材育成部門があり、それぞれが教育訓練の施策を企 画・運用している。また B 社では、人事制度と連携した共通育成 - 共通研修体系の整備を進めている。 その一つに若手技術者の育成に関する取り組みがあるのだが、そこでは入社 1 ∼ 5 年目の技術者を対
象として、上司やトレーナーが一緒になって育成計画を作成し、それに基づいて現場での OJT がなさ れ、各種の研修が多数実施される。他にも、外部での資格取得や留学制度を含めた専門性深化施策な どが順次整備されてきている。 またその他の企業においても、IT 技術者のスキルや専門性の認定制度があり、それを基軸とした技 術者の能力開発やキャリア開発が進められている(表 -4 参照)。これらの制度は、技術者の専門性を 承認し、彼(彼女)らの意欲を高めるための制度にもなっている。 さて、人事考課や賃金の制度に目を向けると、成果主義を原則としながらも、単純な財務的業績、 あるいは数値成果のみによる考課や賃金決定は行われていない。いずれの企業も、能力やプロセスを 重視してそれを行っている。 A社では本部ごとに、人事考課における目標項目や、そのウェイト等がある程度自由に設定できる ようになっており、本部の方針に基づいて、定性的なものも含めて多様な目標が設定されている。も ちろん目標の達成率だけでなく、行動および能力の評価もなされており、社内研修の講師実績などの いろいろな組織貢献も評価の対象となる。それらをみても複雑で丁寧な評価がなされていることがわ かる。また、人事考課の最終的な結果は全社的なバランスをみながら決定され、一定の配分ルールに 従って賞与などが決定されている。業績に比例して報酬が算出されるようなインセンティブの制度は なく、評価のプロセスも配分方法も市場原理に基づくようなものではないといえる。ただし、だから といって賃金などにあまり差がつかないわけではない。特に管理職層については、賞与で 2 倍くらい の差がつくことはあるという。
その他の企業をみると、B 社では業績の評価に Balanced Scored Card(BSC)を取り入れており、財 務面だけでなく顧客やビジネスプロセスの視点など、様々な視点から業績が評価されている。また C 社では MBO による業績の評価の他に、プラクティス(C 社版のコンピテンシー)の評価がなされ、そ れがキャリア・レビューとなって昇格や能力開発の判断材料とされている。さらに D 社では、ヒュー マン、プロセス、テクニカルという 3 つの視点から個人のスキルが詳細に評価されているし、E 社に おいても、MBO の他にコンピテンシーの評価が行われている。これらは、中村(2006)でいうところ のプロセス重視の成果主義に基づく人事考課であるといえるだろう。 そしてそれらの企業の賃金であるが、いずれの場合も業績比例の出来高給ではなく、また若い時期 から大きな格差がつくようなものでもない。B 社も D 社も、中堅クラスの賞与の格差は 20 ∼ 30 万円 程度が限度だということだった。各社が差をつけようとしているのは管理職層、年齢では 40 歳以降に ついてだということができる。この 2 社でもそこからは格差が大きくなるとのことであるし、E 社の 管理職階層の賞与は 2 倍くらいの差がつくということであった。また C 社の賞与制度も、仕組みとし ては 0 ∼ 200% までの差がつくものなのであるが、実際にはそこまでの差がつくことは例外的であり、 標準的な評価とやや高い評価に、分布の山が二つできることが多いのだという。このように、タイプ
Ⅰの企業の賃金に差がつくのは管理職層が中心であり、かつその差も極端に大きなものが目指されて いるわけではない。成果主義の賃金制度が原則にはなっているものの、それが HRM の主な目的では ないようだ。これらの企業では、どちらかというと昇進や昇格といった長期的なインセンティブにお いて差をつけることが重視されており、賃金などの短期的なインセンティブは二次的なものであると いったほうがよい。 さてその昇進制度においては、近年、中核人材の早期選抜を意識した取り組みが行われてきている。 例えば C 社では、次期経営者候補を早期に選抜して特別の能力開発プログラムに乗せる、いわゆる ファスト・トラックのようなプログラムがある。このプログラムでは大学教授等を講師とした理論的 なカリキュラムの他、自分の仕事上の問題意識を具体的な企画書、提案書としてまとめていく研修、 そしてそれを役員の前で発表して実践につなげていく取り組みなどが行われている。その他、各社に おいて管理職への登用が早い人で 30 歳代中盤になるなどやや早期化しており、特に部長相当に昇進す る年齢に大きな差がつくようになっている。このようにタイプⅠの企業では、幹部候補、あるい中核 人材を早期に選抜する傾向や、その人たちに特別な教育訓練の場を与えて大きく育てようとする傾向 がみられている。 4 − 3 タイプⅡの HRM 次にタイプⅡの企業の事例をみていこう。F 社と H 社は、マイコン、組み込みソフトウェアの開発 を主な事業内容としている。どちらも特定領域の技術に優れており、技術志向の企業といえる。例え ば F 社であるが、20 年以上取引が継続している大手顧客が数社あり、技術に対する評価の高い企業と いえる。大手の顧客と取引きしているからといって、F 社はオーダーに忠実に応えているだけではな い。F 社が顧客から受注する際にはまだ開発の仕様は決まっておらず、F 社は要求分析、要件定義の 段階から開発に参加している。いいかえればかなり上流工程から仕事を任されているのである。その ため、タイプⅠの企業に比べて仕事の規模は小さいものの、仕事の複雑・不確実性は高いものである と理解できる。一方 G 社は、計測制御デバイス、産業用 PC、ネットワーク機器の製造と、それらを 応用したソリューションの提供を行っている。こちらもニッチな領域での技術開発先行型企業として の評価を得ている。他社にはない独自製品を開発することを主眼としているため、G 社も仕事の複雑・ 不確実性は高いものと考えられる。 さてそれらの企業の格付け制度であるが、基本的には日本で普及していた職能等級制度を維持しな がらも、そこに独自の工夫を加えていることが特徴になっている。 図 -2 は F 社の等級制度の概要である。5 等級以上が管理職であり、4 等級のチーフ・エンジニア以 上がプロジェクトのリーダーをすることができる。枠組み自体は非常にシンプルなもので、大きな特 徴はないのであるが、その昇格管理の仕組みに工夫が施されている。F 社の制度では年に一度行われ
る能力考課の結果がポイント化され、そのポイント数に応じて自動的に等級が決まるのである。従っ て、一般的な職能等級によくみられる、昇格のために必要な最低年数とか標準滞留年数などは設けら れていない。そのため年功的な昇格は行われにくく、かつ場合によっては降格もありえる仕組みとなっ ている。能力に基づく格付けという基本的な考え方は維持しつつも、年功的になりやすい職能等級の 特徴を独自の工夫で修正したものだといえるだろう。 等級 役職他 7 等級 部長 管理職 プロジェクト リーダー 6 等級 課長 5 等級 係長 4 等級 チーフ・エンジニア 3 等級 2 等級 1 等級 図− 2 F 社の等級制度の概要 出所) 筆者作成 次に、G 社の制度は 11 等級構成(技術職は 2 等級以上)の比較的オーソドックスな職能等級制度で あるが、年功的にならないように人事考課制度や賃金制度に工夫がなされている。この点については 後で詳しく述べたい。さらに H 社であるが、こちらは 6 等級構成であり、その中の育成期間にあたる 下位 3 等級が職能等級であり、管理監督階層にあたる上位 3 等級が役割等級になっている。こういう 制度はタイプⅠの企業にも多いのであるが、H 社の場合は平均年齢が若いため、役割等級で格付けら れる従業員は非常に少ない。H 社の HRM の中心は職能等級にある従業員であり、そこにおいて年功 的な運用がなされないように、主任相当にあたる 3 等級に昇格する際に厳しい審査(昇格試験、全役 員による審査会議)が行われている。同社では主任相当の従業員は、顧客との交渉や小さなチームの リーダーの役割を担うことになる。そうした等級への昇格が安易になされないように厳しい審査が行 われているのだといえる。 これらの企業も人材育成に熱心なのであるが、そのための制度やプログラムはタイプⅠの企業ほど は充実していない。タイプⅡの企業は比較的小さな企業が多いので、自前で教育訓練のカリキュラム 等を豊富に設けるには限界がある。それでもこれらの企業では内部育成を基本方針としながら、長期 にわたって人材を育成する努力がなされている。
採用については 3 社とも新卒中心で、それを内部で育成しようとしている。G 社はほとんどが新卒 の従業員であり、中途採用といっても 30 歳代前半までの若い人だけを対象としている。F 社や H 社 も、中途採用は数年に一度行う程度で、やはり若い人が対象になっているという。各社とも自社独自 の技術やノウハウを大事にしており、かつ得意先企業との間に形成される固有のノウハウなども多い 企業である。いわゆる企業内特殊知識や関係特殊知識が企業の強みになるのであり、そのため自社内 における育成が非常に重要になるのである。加えてこれらの企業はタイプⅠに比べると小規模である ため、中途採用市場で必ずしも優位な立場に立てるわけではなく、優秀な経験者が確実に採用できる というわけではない。そのことも新卒採用が中心になる一因になっているものと思われる。 これらの企業では、新入社員研修、若手社員研修、中堅社員研修、管理職研修などの基本的な階層 別教育を行うことによって、社会人、組織人としての基礎能力を高めようとしている。それに加えて 各部門が起案する専門教育がいくつか行われている。タイプⅠの企業であれば、そのための専門組織 があり、教育プログラムも多数用意されるのであるが、これらの企業にはそこまでの余裕はない。そ のため外部の教育機関に従業員を派遣して、セミナーなどを受講させるようにしている。また社内で 技術者の成果発表会を開催することなどによって、従業員の学習意欲を高める工夫も行っている。 表− 5 F 社の賃金制度の概要(イメージ) 能力考課のポイント 等級 賃金 111 ∼ 170 3 ××××××円∼ ◎◎◎◎◎◎円 71 ∼ 110 2 ◇◇◇◇◇◇円∼ □□□□□□円 ∼ 70 1 △△△△△△円∼ ○○○○○○円 出所)筆者作成 さてこれらの企業の人事考課や賃金の仕組みにはそれぞれ独自の工夫が行われている。F 社では職 能給が年功的にならないよう、能力考課と等級、賃金を直結させる仕組みを導入している。表 -5 がそ の仕組みのイメージであるが、能力考課の点数ごとに等級と賃金が決められており、賃金は能力考課 の点数と 1 点刻みで完全にリンクしている。そして、いわゆる定期昇給のような制度がない。通常の 職能等級制度であれば、毎年標準評価であればいくらかの昇給が行われるのが一般的である。ところ が F 社の制度では、能力考課のポイントが前年を上回らなければ昇給はないのであり、考課のポイン トが前年より 1 点でも低ければ減給となる。F 社では職能給の特徴といわれていた年功による自動的 な昇給を廃することによって、より能力主義の HRM を追求しようとしているのである。ちなみに F
社では大卒の従業員も大学院卒の従業員も初任給は同じである。そこから能力考課に応じて昇給させ ることによって公正な競争を従業員に実感してもらおうとしているのである。 次に G 社であるが、こちらでは曖昧な評価になりやすいという理由で能力考課や情意考課を廃止し ている。その結果、人事考課はすべて MBO で行うことになっている。しかし財務的な業績や数値だ けの成果を問うのではなく、定性的な目標も立てて評価している。さらには結果がすべてにならない ようにプロセス目標を立てるなどの工夫も行っている。そして賃金制度においては、定期昇給を完全 に廃止してしまっている。G 社の賃金制度は等級別・考課ランク別に金額が決められたものである。 したがって賃金の改定は毎年のキャンセル方式となり、前年度の金額に昇給額が足されるようなもの ではない。前年より高い評価であれば金額は上がるし、前年度より低い評価であれば、例え標準以上 の考課ランクであっても金額は下がるのである。G 社ではこうした賃金管理を行うことによって、昇 格するか前年より高い考課ランクを得ない限りは昇給がない制度を実現している。賃金制度だけに 限ってみれば、タイプⅠの企業に比べても成果主義的な傾向が強いものだといえるだろう。また H 社 でも、職能給レンジを明確に定めて昇格のない昇給を抑制したり、人事考課が標準より低い管理職に 対してゼロ昇給やマイナス昇給を行って、年功的な賃金管理を防ぐなどの工夫を行っている。これら がタイプⅡの企業が一般的な職能等級の企業と異なる点だといえるだろう。 最後に昇進管理についてみておきたい。F 社や H 社は小規模で平均年齢が若いためか、昇進速度や その格差が HRM の大きな課題になってはいない。例えば F 社では、係長相当に昇進する人が 30 歳前 後で現れるなど、決して昇進が遅いというわけではないようだ。それに対して G 社は他の 2 社に比べ て規模も大きく、歴史も長いために既に多くの管理職がいる。現在の人事制度が導入されたのは 2003 年であるが、それ以前の標準的な昇進速度は、課長相当で 40 歳前後、部長相当で 50 歳前後であり、 突出した者はほとんどいなかったという。それが現在はそれぞれ 34 ∼ 35 歳、45 歳前後と早期に昇進 する者が現れてきており、昇進管理も競争的なものになってきたという。これらの点をみても、タイ プⅡの企業は職能等級制度を維持しているとしても、従来の年功的な HRM を続けているわけではな いことが分かる。 4 − 4 タイプⅢの HRM 最後に、タイプⅢの企業をみていきたい。ここに該当する企業はおおむね従来からある職能等級制 度をそのまま維持しているといえる。 I社は親会社である I メーカー社(機械製造業)向けのシステム開発に従事している。また従業員の 中には、システム開発だけでなくシステム運用に携わる技術者もかなりいる。次に、J 社は J メーカー 社(化学製造業)グループの企業であり、J システム社の子会社として、J システム社とともに J メー カーグループのためのシステム開発に従事している。ただし、すべての仕事がグループのためのもの
というわけではなく、売り上げの 30% 程度は、グループ外の企業向けの仕事から得ている。最後に K 社は主に、マイコン、組み込みソフトウェアの開発や試験・評価などに従事しており、親会社は持た ないものの、売り上げの 60% 程度を特定の電機メーカーグループの仕事から得ている。程度の差はあ るものの、いずれの企業も売り上げの大半を特定の顧客が占めており、そこに貢献することが強く求 められていることが特徴といえる。 先述したようにこれらの企業の格付け制度はすべて職能等級制度である。I 社は 6 等級構成で、そ の内の上位 3 等級がプロジェクト・マネジャーや管理職に相当する。J 社は 7 等級構成で上位 3 等級 が管理職、その一つ下の等級が技士と呼ばれる現場のリーダークラスに相当する。K 社は 9 等級構成 で上位 3 等級が管理職、その下の 2 等級がチームリーダーにあたる。タイプⅡの企業のように、昇格 や賃金についての独自の仕組みもなく、オーソドックスな職能等級制度だといえる。 これらの企業の人材育成はこれまでの企業とやや異なっている。まず採用については、中途採用が 多いことが特徴といえる。I 社と K 社がそれに該当する。I 社はかつて新卒中心の採用をしていたのだ が、近年は退職者が多く、ここ 10 年ほどでみると新卒採用者の 40% 近くが退職してしまっている。 それを補完する必要もあることから中途採用を増やしている。K 社も 2 分の 1 は中途採用である。組 み込み系のソフトウェア企業では比較的退職者が多く、同社も 3 年以内にやめる人、10 年程度で辞め る人が相当数いるのだそうだ。それを埋め合わせるためにも、30 歳代を中心とした中途採用が増える のである。次に採用後の育成方法についてであるが、社内における教育訓練プログラムがそれほど多 くなく、現場での指導や社外での研修が中心になっているのが特徴といえる。I 社、K 社においても、 人材育成の中心は現場での OJT である。そして必要に応じて、管理職研修に外部のコンサルタントな どを講師として呼んだり、外部機関の講習に従業員を派遣したりしている。これらの 2 社は比較的規 模が小さいため、社内で多くの取り組みをするのは難しいのだと思われる。 その中で J 社だけは新卒中心の採用を行っている。退職者も少なく、それゆえ中途採用はあくまで 例外的なことなのだという。そして採用後の社内の能力開発も充実している。J 社の新入社員はほぼ 全員が専門学校卒で、4 年制の専門学校の卒業生も少数いる。入社後の新入社員教育は 3 ヶ月間であ るが、その後の 1 年間、若手の先輩がアドバイザーとして相談役になってくれる。これはメンター制 度のような取り組みだと思われるが、終業後の時間も活用して相談や話し合いがもたれるのだという。 またその後も J 社の従業員は、親会社である J システム社と一緒の教育訓練を受けることが可能であ る。こうした充実した能力開発の制度が、J 社の従業員の定着につながっているとも考えられる。 次に賃金や人事考課の制度についてみてみたい。賃金については、全社とも職能給が基本給の中心 になっている。人事考課に関していえば、I 社は MBO を導入しているものの、それよりも能力評価の 方が重視されており、職能等級制度らしい考課の仕組みを維持している。考課の結果についてもそれ ほど大きな個人差がつくわけではなく、賞与において一般職層では 5% くらいしか差をつけていない
という。したがって成果主義的な性格は弱いといえる。それは J 社と K 社も同様で、MBO によく似た 役割や課業を分担・共有するための仕組みはあるが、その目的は考課よりも能力開発のためとされて いるし、能力考課や情意考課の方がより重視されている。従って J 社での賞与の差もそれほど大きく ない(一般職層で 10 万円程度、管理職層で 50 万円程度)。また K 社の賃金制度では、職能給の昇給 額に年功的な定期昇給部分が含まれており、賞与の差も一般職で 10 ∼ 15% 程度、管理職でも 20% 程 度とあまり大きくない。個人ごとの差が少ない、年功的な傾向が強い賃金制度だといえる。これらの ことから、タイプⅢの企業ではあまり成果主義的な考課や賃金は目指されていないと理解できる。た だし、業績賞与が導入されている(I 社)、役員の裁量で優秀な人に賞与加算金が与えられる(J 社)と いった若干のインセンティブも導入されている。 最後に昇進についてである。こちらも大きな格差はみられない。J 社では技師になるのが早くて 30 ∼ 35 歳ということなので、古くからある日本企業のゆっくりとした昇進に近い運用がなされていると 思われる。一方 I 社では、かつてよりも昇進昇格の速さに差がつくようになったといわれているが、そ れでも課長相当に昇格する時に 5 年程度の差がつくだけである。ただし、女性部長や中途採用の管理 職も存在しており、実力本位の昇進が行われていることもうかがいしれる。K 社でも極端に早い昇進 は少ないものの、近年はやや個人差がつくようになってきて、早い人は 32 歳くらいで上級のチーム リーダー(エリアリーダー)になるのだという。このように、他のタイプの企業ほど昇進の早さに差 はみられないものの、従来よりは昇進昇格が競争的になりつつあるようである。 4 − 5 IT 技術者の意識と行動 さて最後に、知識労働者の意識と行動についてみていきたい。表 -6 はインタビューの結果をまとめ たものである。ただし従業員の組織への定着以外については、何らかのデータに基づく議論ではない ことをお断りしておく。インタビューでは、組織への定着率については年間の退職者率や採用後 5 年 経過した時の定着率をうかがった。また相互学習については、チーム内の指導や情報交換とチームや 部門を越えた相互学習について回答者の見解をうかがった。またキャリア志向については、主に 30 歳 以上の従業員を念頭に、管理職志向や社会貢献志向の強い人がどの程度いるかについて見解をうか がった。 まず従業員の定着についてである。今回の調査では個人の自律性を最大限重視するような企業、あ るいは極端な成果主義の企業はみられなかった。全ての企業が組織活動をある程度重視しているとい える。その中での比較ということになるが、従来からの職能等級を維持しているタイプⅢの企業より も、その他の競争的な HRM を導入している企業の方が定着率が高いことが特徴的である。もちろん この結果には、企業規模などの他の要因も影響していると推察されるが、成果主義や市場志向の HRM において、必ずしも従業員の定着率が低いのではなく、むしろ高い傾向があることは注目すべき事実
であると思われる。それに加えてタイプⅠ、タイプⅡの企業は仕事の複雑・不確実性が高いと考えら れることから、難易度が高く、面白い仕事が IT 技術者を引きつけているという可能性もみてとれる。 難しい仕事をしながら競争的な環境にいることが、IT 技術者にとって魅力的だという可能性があるの ではないか。 次に、相互学習については、明確な判断をすることが難しい。全般的には各社それなりに相互学習 をしているようだが、部門間の相互学習に問題があるとする企業もあるし、一部の人しか活発にして いないという意見もある。競争的な HRM の企業の中にも、相互学習が活発な企業もみられるし、タ イプⅢの中にも J 社のように相互学習の環境が整っている企業もある。それゆえ、はっきりした傾向 があるようには思えない。ただ、タイプⅢと比べるとタイプⅠの企業の方に、積極的な回答が多くみ られるといえる。 表− 6 HRM と IT 技術者の意識、行動 HRM 従業員の定着 相互学習 キャリア志向 タイプⅠ ほとんどやめない(A 社)。 あまり辞めない(B 社)。 年間の退職率は 2% くらいで は(C 社)。 辞める人は少ない。競合より 処遇がいいのも原因ではな いか(D 社)。 大半が定着する(E 社)。 チーム内では活発、部門間で は中々難しいが、知識交流大 会等を開いている(A 社)。 職場単位での相互学習は活 発(B 社)。 チームは運命共同体(C 社)。 チームワークについては評 価が難しい(D 社)。 一時減っていたが社内勉強会 などが復活してきた(E 社)。 マネジメントを目指す人は 多 い が 個 人 差 も 大 き い(A 社、B 社)。 専門性のみでは昇進させな いので、マネジメントに関心 が強いのではないか(C 社)。 管理職志向が強い人はそん なに多くない(D 社)。 基本的に管理職志向(E 社)。 タイプⅡ 6 割∼ 7 割は残る(F 社)。 ほぼ定着している(G 社、H 社)。 意見が言いやすい自由さが ある(F 社)。 技術伝承を重視しているし、 面倒見のいい先輩もいる(G 社)。 日常的な教え合いはいいが 真剣なやり取りはまだまだ (H 社)。 30 歳以降は管理職志向が強 い(F 社)。 管理職志望と専門職志望に 分かれる(G 社)。 中堅以上で管理職志向が強 いのは半数くらいでは(H 社)。 タイプⅢ ここ 10 年は 40% くらい辞め ている(I 社)。 1 年に 2 人くらいしか辞めな い(J 社)。 中途採用は 3 年で 3 人が一人 になる。新卒は 2 年以内にや めるか続くか(K 社)。 先輩社員は聞かれれば教え るが、濃密とまではいえない (I 社)。 親会社の人と一緒に勉強で きる(J 社)。 3 分の 1 くらいの人は相互学 習している(K 社)。 職人気質の人が多い。組織人 タイプは 10% くらい(I 社)。 マネジメントに関する意識 は弱い(J 社)。 専門職になりやすい(K 社)。 出所) 筆者作成