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江戸期の工業会計 : 中井家押立店の場合

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Academic year: 2021

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(1)

江戸期の工業会

      −中井家押立良

の場合1

一 は し が き  武蔵国︵東京都︶押立に醤油醸造業を開始したのは、初代中井源左衛門良祐の後半期に属する天明八年︵一七八八︶のこ とである。店名は中井市蔵、中井源左衛門と小谷次郎右衛門の出資によっている。経営の衡に当ったのは小谷次郎右衛門        ユ  であるが、この人が現地の人であるか、日野の小谷一門であるかは分っていない。屋印は夢。寛政十一年︵一七九九︶に 閉鎖されている。これは江戸中彦店と共通の支配人であった九兵衛なる者の不始未によって、両店相次いで閉店のやむな       お  きにいたったものである。九兵衛不始未がどのようなものであったかは明らかでないが、初代の経営中では重要な店であ った。  この店については次の諸点が分っている。初代が関東へ進出したのは延享二年︵一七四五︶頃と考えられる越堀店開設が 第一で、はじめて行商に出てから十二年めであった。この頃から定住商時代に入り、次々と支店を開設してゆくが、大田 原店は家弟店に続く開設で、当時はこれが主力店であっただけに、初代はその経営に大いに意を用いており、特に酒蔵を 設けるにあたって、前後四年間は日野本家に帰りもせず、現地に詰め切りにて業にはげみ、この経験が本支店会計法定立      江戸期の工業会計      一

(2)

     江戸期の工業会計       二         ︵3︶ の動機となっている。この店は主力店として十分に成果をあげた店であったが、何故か明和二年︵一七六五︶に一旦閉鎖 し、再開して大正三年まで続いた。この店が閉鎖される頃には、京・伏見・大阪方面にも取引範囲が伸び、一方で仙台へ も進出、伏見を糸面、仙台を古手方と呼んで、中井家支店網形成の第二段階に入るのである。旧著において﹁中期・本支         店会計萌芽期﹂と呼んだ時期である。この期の後尾、宝暦七年︵一七五七︶には大田原店の枝店として小泉店︵十一屋茂衛 門︶が辻次郎七なる者の引請世話で開設されるが、これは酒造場であったし、その他にも類例は少なくない。醸造業は中 井家の当初よりの関心事であったことが窺知できる。  押立店はこの直後に開店している。初代としては、すでに相当豊富な経験と、人材を有していたはずの、いわば脂の乗 り切った時期であったが、前記のごとくに閉鎖されるにいたったのである。筆者が引用する経営が、欠損で閉鎖されるも のが多いのは、閉鎖の際に帳簿資料が本家に送られ、これが現存しているためと思われる。  押立店はそのような結末になるとはいえ、中井家有力店であったことはたしかである。初代が八十二才に達した寛政九       ヨ  年︵一七九七︶に相続案を立てたときは押立店は健在であった。その財産分配案はきわめて注目すべきものである。すなわ ち、押立店を一個の財産単位として一人の嗣子に与えるのでなくて、一経営単位として存続せしめつつ、有機的組織であ るままで、望性金︵中井家固有の資本金概念︶と呼ばれる正味財産持分権の一定部分をわかち与えることにした。押立店の望 砂金総額を四分して、嗣子二代源左衛門光昌︵次男︶正治右衛門武成︵三男︶源三郎光傭︵長男の子︶市左衛門︵姉の子︶に それぞれ一、一〇〇両つつを相続せしめ、押立店そのものを物的には分割せずに﹁乗合長内﹂となるような構想であった。 ︵江戸中彦店も一、六〇〇両つつの持分権分配の案であった。︶ しかるに、前述のごとく押立店はその直後の寛政十一年に閉店と なり、江戸中子店も同十三年に閉鎖となったので、この構想は実現されないままになり、光昌には本家・仙台店・相馬店 武成には京都店.尾道店、光儒には大田原店・小泉店、市左衛門には金のみという月並みの相続となったのである。初代

(3)

       へ も ヘ ル の構想の基礎に今日の会社企業の考え方があ◇たことに注目されたい。﹁永代良祷様御金積金帳﹂にも7−⋮商売株式組立        ヘビ  望性金夫々配分譲渡申所也⋮⋮﹂とある。  第三に注養すべき点は、前号で検討した香良州の太田屋酒造場よりは遙かに古い年代であるにかかわらず、内部生産過 程の計算が緻密であるということである。          ア   太田屋酒造場の場合は、酒倉のことであるから生産期間は限られており、 ﹁仕込み﹂の時期が過ぎるとあとは販売活動 が専らとなり、ここに決算期をもってくれば、期末棚卸資産には仕掛品がないことになる。したがって決算報告書は極め て商的な様相を呈しており、棚卸製品が銘柄別に異なる単価を附されているのみである。この単価を検討してみると、今 日いうところの等級別総合原価計算を適用した場合にみられるような銘柄別単価の間の合理的な関係、すなわち、銘柄別 に異なる単価を、期末棚卸量でもって加重平均した平均単価と、期間計算によって総額的に把握した期間額の平均単価と が一致するという事実が発見できるのである。等級別総合原価計算といったけれども、等価系数をどう決めていたか、計 算のプロセスはどのようであったかといった肝腎の点は全く不明である。しかし結果にみられるところの合理性は、その ような計算が用いられていなかったとすれば、売上製品を構成する銘柄品位別の構成比率と、期末棚卸高を構成する銘柄 品位別の構成比率が等しいという極めて例外的な場合にのみにえられるところであって、一般にはそれはありえないこと であるから、偶然の一致と考えないとすれば、等級別総合原価計算に類する加重平均法が用いられていたと解するほかは ないというのが此削稿の主旨であった。  押立店は醤油醸造であって、決算日には、仕掛品たる﹁醗﹂が棚卸しされるのである。これは購入品ではなく、内部生 産過程の所産であって、何らかの計算によらねばその合理的評価基準はえられないことになる。かくのごとき実践的要求 に裏付けられて、内部生産過程の計算法が考案されるのである。本稿はその解明を目的としている。      江戸期の工業会計      三

(4)

︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶   江戸期の工業会計 江頭恒治﹁近江商人中井家の研究﹂七九一頁。 同右、一一二頁。 拙著﹁江州中井家帳合の法﹂ニニ頁、四〇頁。 同右、三九頁。 江頭恒治、前掲書、五九頁。 同右、六三頁。 拙稿﹁江州商人の工業会計﹂滋賀大学経済学部附属史料館研究紀要第一号、 三一頁。拙著、前掲書、八○頁以下。 四 二 押立店の決算報告書  香尾州の太田屋酒造店の場合は八月二十八日決算であったが、これは例外であって、ほとんどの支店は正月吉日決算 ︵実際上は一月十四日が多い︶であった。押立店でもやはり正月吉日決算になっていた。天明八年開店であるから、その翌 年の﹁巳天明九年酉ノ正月吉日 申店勘定帳﹂からはじまり、 ﹁戌寛政十年置正月吉日 己年店卸帳﹂までが残存してい る。年度によって報告書の体裁も名称も異なる。 ﹁店卸勘定帳﹂と呼ばれるのが一般であったが、 ﹁店勘定帳﹂とも呼ん でいる。寛政弐年日付の寛成元年の決算は﹁金銀差引帳﹂ ﹁店卸書抜帳﹂ ﹁酉年店卸勘定帳﹂の三冊をもって構成されて いるけれども、翌年からは一冊の﹁○年店卸勘定帳﹂にまとめられることが多かった。寛政弐年去勢正月吉日付の酉年店       ユ  卸勘定帳については、旧著に簡略な解釈をつけてあるので、本稿ではその翌年の決算﹁寛政三年置亥正月吉日 成年店卸 勘定帳﹂を検討しよう。これは表紙とも四十二枚、本文八十頁に及ぶ一冊の報告書で、 ﹁金差引春期﹂が最終に添えられ ている。前半三十五枚七十頁︵表紙とも︶が決算報告書に該当するのであるが、そのうちの前半二十五枚は内訳計算になっ ており、ここで興味ある製造原価の計算がなされる。次に、まったく不必要な部分若干を省略した形で、その内容のほと んどを例示する。最下段に示した数字は原本の頁の区分である。また論述に関係ある記入事項に通しの符号をつけた。

(5)

辛寛政三年

 戌年店卸勘定帳 亥正月吉日    ︵裏は白地︶     覧 酉年有物 一 大豆弐百九拾四石五升五合   代金弐百七拾両壱分ト       拾壱匁弐分四厘 戌盆前迄 一 同 六石弐斗七升   代金 四両壱分ト       拾匁壱分六厘  弐口合   大豆 三百石三斗弐升五合     内三石六斗弐升五合カン引  差引正味   大豆 弐百九拾六石七三   代金 弐百七拾四両三分ト       六匁四分 戌極月迄 一 同 九拾五石壱斗四升 江戸期の工業会計 (2) (1) (3) (4)   代金七拾壱両三分ト        六分七厘  〆大豆 三百九拾壱石八斗四升   代金三百四拾六両弐分卜        七匁七厘    平均 金壱両に付       石壱斗三升四勺  内 一 三百拾九石五斗   仕込出ス   此代金弐百八拾弐両弐分ト        拾四匁六分 指引   大豆 七拾弐石三斗四升   代金 六拾三両三分ト        七匁四分七厘    右者越年有物方へ出ス 酉年有物也 一 小麦 弐百四拾壱石五斗四升六合   代金弐百三拾七両壱分ト        六匁七分六厘 戌盆前仕入 一 同 六石四斗   代金五両三分ト 五 ︵a︶ ︵b︶ (5> (6) (7)

(6)

     江戸期の工業会計      拾四匁九分弐厘  〆 小麦弐百四拾七石       九斗四升六合     マ   又拾四石六斗四升四合  出石 正味  〆 小麦弐百五拾八石五斗九升   代金弐百四拾三両壱分ト       マ         六匁五分九厘    平 石六升弐合五勺 内 一 小麦 九拾弐石七斗九升 売立   代金六拾五両弐分ト         三匁弐分九厘

一同廿壱両三分ト 右売立

       壱匁五分七厘  損金 差引   小麦 百六拾五石八斗   代金 百五拾六両ト        壱匁七分三厘 戌極月迄 一 小麦 弐百四拾九石弐斗七升七合   代金 百五拾弐両弐分ト         六匁九分 ︵c︶ (8) (9) /x  〆 小麦 四百拾五石七升七合   代金三百八両弐分ト         八匁六分三厘      平 石三十四升四合五勺 内小麦 三百拾九石五斗  仕込出ス  此代金弐百三拾七両弐分ト          八匁九厘 差引   小麦 九拾五石五斗七升七合   代金七拾壱両ト          五分四厘   右老越年有物方へ出ス 酉年有物  一 塩 百五拾三俵    代金廿両三分ト          八匁弐厘 溌 戌極月迄

 一同千四百五拾俵

   代金百廿四両壱分ト          六分三厘  〆 塩千六百三俵         マ    リロ    代金百四拾七両弐分ト         八匁六分五厘 ︵d︶⑩ ︵e︶ (11)

(7)

     平拾俵八分五厘 内 ﹁千弐百四拾俵      仕込出ス   代金 百拾四両壱分ト         弐匁壱分    又拾四俵       売立     代金壱両弐分ト         弐匁三分九堕 差引   塩 三百四拾九俵   代金三拾壱両三分ト        四匁士信三山令書 右者越年有物方へ出ス 酉年有物  一 薪 金三拾壱両ト五匁 戌極月迄  一同金五拾四両三分ト         七匁八分三厘  〆 金八拾五両三分ト        拾弐匁八分一二厘   内金六拾両也       仕込出ス 差引  金弐拾五両三分ト     有物へ出ス       拾弐匁八分三厘     江戸期の工業会計 ︵f︶ ︵g︶

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h (13) 亡コ 酉有物  ﹁ 米 五拾壱石六斗    代金四拾六両 四匁弐分六厘 戌極月迄  一同四拾四石五斗四升六合    代金 四拾五両弐分卜          六匁七分八厘  〆 米 九拾六石壱斗四升六合   代金 九拾壱両弐分ト          十一匁四厘      平 石四升八合五香 内米 拾三石五斗三升    売立   代金拾三両三分ト         拾弐匁九分五厘 又 米 四十八石弐斗三升六合 飯米出   代金四拾四両三分ト         九匁七分六厘 差引   米 三拾四石四斗   代金三拾弐両三分ト        三匁三分三厘 右者越年有物方へ出ス 酉有物       七 ︵﹂︶ ︵k︶ (1di as) G6)

(8)

    江戸期の工業会計  一金三拾三両ト       弐匁七分  一同九両壱分ト        弐匁壱分壱厘  一同十八両弐分ト        拾弐匁七分弐厘 戌年仕入  一同九拾四両三分ト        弐匁八分九厘

〆潰五千四百六樽

  代金百六拾五両三分︸        五匁四分二厘     ︸半  一二¥弐樽山ハ分  内金五拾八両弐分ト       壱匁壱分五厘  又金壱両弐分       壱匁壱分  又金拾九両弐分ト        六匁 差引   潰弐千八百九樽五分        マ   代金八拾六両拾壱匁六分七厘  一金廿三両三分ト 潰し樽  千百廿五 同  三百十五 同八百八十八 同三千⊥ハ十八

轍鋤

樽屋作料 ︵v︶ ⑰ ⑱         九匁七分五厘 〆 金 百拾両ト         六匁四分弐厘 以上小樽数三千九百三拾三樽     平 壱樽二付壱匁六分七厘 一 壱〆七百十九匁        八分五厘  〆 小樽 五千九拾九樽也   代金百三拾八両三分ト         拾弐匁七分      平 内金拾壱両卜       八匁三分 差引 小樽 四千六百八十九樽    代金百廿七両三分ト四匁四分   右は売立勘定へ出ス 戌年仕入 一帰小樽 九千弐百四拾七樽   代金弐百三拾三両三分ト         六匁九分三匝 酉越年有物

一同八百弐拾四樽

  代金廿三両弐分ト 八 酉年有物  千百六十六 壱樽二付壱匁六分三厘也 四百十樽        ︵W︶ 有物へ出ス ︵x︶ (19) tzo) 〈2D

(9)

       拾匁六分  〆 金弐百五拾七両弐分ト        弐匁五分三厘   平均壱樽二付壱匁五分三厘  内金廿七両三分ト      千九十樽       弐匁七分      有物方へ出ス  叉金廿六両弐分ト       千四十六       拾匁三分八厘    有物方へ出ス 差引金弐百三両ト       七千九百       四匁四分五厘       三十五  右者売立方へ出ス     仕込方之部 申年仕込成年越有物  一 酷 五拾七石       売立に出し   代金八拾三両 壱匁八分 酉仕込成越年有物  一 同 八百九拾四石   代金千百七拾四両ト七分弐厘

 内五百五十八石   売立に出し

  代金七百三十弐両弐分ト          七分弐厘 差引 酷 三百三十六石   代金四百四拾壱両弐分     江戸期の工業会計 ︵y︶ ︵y︶ ︵z︶ ︵1︶ ︵m︶ 働 tz3)   ⑳ ︵n︶  右は有物方へ出し 戌極月迄仕入  一 酷 六百三十九石

 内大豆三百十九石五斗  ’

  代金弐百八拾弐両弐分ト        拾四匁六分    小麦 三百十九石五斗   代金弐百三十七両弐分ト         八匁九厘    塩千弐百四拾俵   代金百拾四両壱分ト         弐匁壱分    薪金六拾両 〆 金六百九拾四両弐分ト         九匁七分九厘     平 醗壱石二付         六拾五匁弐分弐厘

 内醗四石    売立出ス

  代金四両壱分ト七匁九厘 差引 新醗 六百三拾五石   代金六百九拾両壱分卜弐匁七分  右者 有物方へ出ス     利足勘定之部 九 ︵a︶ ︵d︶ ︵f︶ ︵h︶ ea

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(10)

    江戸期の工業会計 一 金三百両弐分卜六匁九分  内金七両ト三匁三分六厘 差引金弐百九拾三両弐分ト        三匁五分四厘  右者造用方へ出ス     造用之部 一金弐百九十三両弐分ト       三匁五分四厘 一同四拾五両 一同弐両弐朱ト      九百八十三〆 一同 四両 一同拾八両弐分ト      壱匁九分三厘 一金 拾弐両ト      拾三匁八分弐厘 一同三両三分ト      四匁四分六厘 一同廿五両壱分ト      九匁七厘 一同壱両ト壱匁壱厘 一同七両壱分ト十一匁三厘 一伺 三拾三両弐分ト 利払 利足入方 払不足 利 払 蔵 敷 宜加金 村入用 地代金

普請

大工旦雇

桶屋

作 料 蔵諸色 道具代 家 具 諸入用

飯米

  ㈱ ︵q︶ ︵q︶⑳ ︵.−︶勧

同金同同同同同同同同同金同同同同

〆 メ      九匁三分三厘 四両壱分ト壱匁五分八厘 三両弐分ト三匁 七両ト拾三匁壱分弐厘 弐両弐分ト拾匁壱分四厘 弐分ト  六匁四厘 五両壱分ト八匁四分三厘 弐分 四両弐分ト十一匁壱分 五拾三両ト拾三匁 壱分ト拾匁八分壱厘 壱両弐分ト三分七厘 五両ト 四匁八分 壱両壱分ト五匁四分三厘 六両弐分ト五分九厘 三分ト 十匁四分 五百六拾壱両ト      拾三匁六分九厘 金千百三両弐朱ト 銀百七拾壱匁四分九厘 銭九百八十三〆 代銀拾匁壱厘 為金千百六両ト九匁 一〇 味 噌

酒代

青物肴代

給筆客霊草油

金紙用信鞍代

二郎衛門遣

冨二郎遣

九兵衛遣

半  二遣 旅行遣 諸費貸 酉年  造用 ︵r︶ BZ 〈33) 燗

(11)

 平均 酷壱石二付 但し千七百四十三石割      三拾八匁壱分懸り 内金三百九拾三両ト  成年売立       つコ        三匁九分   六百三十九石ト       諸懸リ出ス 差引  金七百拾三両ト五匁壱分  右者越年酷諸懸リ有物へ出ス     正貸方部 一金 五両

同同

同同

・売分 七両三歩ト  壱〆五十文 弐匁 八両三分ト  三百三十弐〆 一同三両三分ト九匁四分三厘 一同 拾両 一同 一同 弐分ト   壱匁五厘 壱両弐朱ト 江戸期の工業会計 五右衛門殿  誼文金貸 松二郎殿かし 四郎右衛門殿 三山代貸 二三三殿かし 近江屋 源右衛門殿 差引残りかし 勘兵衛黒 円一年貸 七郎兵衛殿

薪山貸

中的 長兵衛殿 差引残かし ︵s︶ ︵t︶ ︵u︶ (36) (30     七百三文 ︵以下 個人貸など二十三項目省略︶ 一金三拾四両下金ト      給金帳       三十四〆九百六十交 一金五両         村貸し 一 五貫百廿六文       村無尽 一金弐両三分ト三匁三分五厘  樽 屋 一同弐百九拾両        松助殿 〆 金四百五拾六両 廿匁三分四厘   銭六十〆四百十弐文   此金拾両ト十四匁四分 〆 金四百六拾六両弐分ト四匁七分四厘   右者有物方へ出ス   問屋預荷並掛方 一金八両       中 宣口       @百樽        十八五三 一金七両ト拾匁四分四厘    同 人       命九十九 一同五両  十三八入 八セ平 〇七十  十四入 = ︵イ︶ (42 (38 (43) (4D (4S 〆

(12)

江戸期の工業会計 一同四両壱分ト壱匁三分五厘   川 村        @三十        七入 ︵以下 問屋別十九項目省略︶ 〆 金百拾九両壱分ト    百七拾匁三分六厘    三貫弐百拾壱交    此銀三拾弐匁六分五厘  〆 為金百弐拾弐両弐分ト八匁壱厘 筆 右者有物方へ出し ︼金三千五百両        望 性 一金百拾七両弐分ト三匁九分六厘 本 家 一金百拾六両弐分ト六匁四分弐厘 小 谷 〆 金三千七百三拾四両ト拾匁三分八厘        預り    有物宇部 一金九拾七両弐分ト       有 金      九拾弐貫八百七拾三文 一金四百四拾壱両弐分      酉年仕込        醗三百三十六石 一同六百九拾両壱分ト    成仕込       弐匁七分     六百三十五石 一同七百拾三両 五匁壱分    造  用 ︵ロ︶ ︵n︶ ︵p︶ (49) (as) 60) 60 (5M ︵u︶㈱ 一同六拾三両三分置      七匁四分七厘 一同七拾壱両 五分四厘 一同三拾壱両三分ト      四匁壱分六厘 一金廿五両三分ト拾弐匁八分三厘 一金三拾弐両三分ト      三匁三分三厘 一金七拾九両弐分ト      八匁七分八厘 一金拾壱両ト      八匁八分 一同五拾四両壱分ト      拾壱匁三厘 一 拾三貫七百四文 一 五貫文 一金拾壱両ト      六匁六分 一金 三両 一二 大  豆 七十八石 三斗四升 小  麦 九十五石 五斗七升七合

赤穂塩

三百三十九俵 薪 米 三十四石四斗 潰  し 三千五百 九十六・五 新  樽

四百十

帰り小樽 弐千百三十六

すり縄

星  代 命  印

百五十

十三五入 @  印 弐十一   七三 ︵b︶ ︵e︶ ︵g︶ ︵i︶㈱ ︵k︶ ︵v︶ ︵W︶ ︵y︶65 6e

(13)

一金弐両弐分ト      三匁六分 一金拾壱両弐分ト      十四匁五分弐厘 一同弐両壱分ト      九匁 一同七両三分ト      拾四匁九分弐厘 一同五両壱分ト      七匁四分 一同三両 一同九両弐分ト      六匁 一金十九両両壱分ト      六匁弐分九厘 一同拾五両 一同百十弐両弐分ト    一 八分壱厘 一同四百六十六両弐分ト      四匁七分四厘 江戸期の工業会計 余  印

三十弐

 十弐五入 e  印 百八十二  十五五入 △  印 三  十  十弐五入 令  印 拾壱石弐斗    五升 尊  印 十一石弐斗五升 e印 六石 令  印 百  廿 十弐五入

積出し

積出し

e  印

三四樽

 十五出入 粕  代  三百俵 掛  方 正  貸 ︵ロ︶ ︵イ︶ 6T 働

一同拾三両壱分  

馬代

一同廿七両三分ト       和倉丸       五匁三分四厘  〆 金三千三拾弐両    百五十弐匁七分    百十〆九百八十五文   此銀壱二百廿八匁七分八厘  〆 為金三千五拾三両壱分ト         六匁四分八厘  望性金預り  差引   金六百八拾両三分ト三匁九分 不足   醤油売立勘定部 ざる 申年仕込 一 醗 五拾七石   代金八拾三両 壱匁八分 酉年仕込

一同五百五拾八石

  代金七百三拾弐両弐分ト七分弐厘 戌とし仕込 一 同 四石   代金四両壱分ト 七匁九厘  〆 醒 六百拾九石 一三 & ︵1︶ ︵m︶ ︵o︶ (59) (60) (6D

(14)

  江戸期の工業会計 代金八百十九両三分ト九匁六分壱厘 一金三百九十三両 五匁壱分 一同弐両三分ト 六百文 一同弐百目 一同拾七両弐分ト壱匁七分五厘 一三拾四〆九百九十三文 一金三分ト七〆百九十三交 一同百廿七両三分ト四匁四分 一同弐百三両ト四匁四分五厘 一同六十三両弐分ト拾匁七分七厘  小以 〆金八百八両壱分ト      弐百廿六匁四分九厘 造  用 戻生酒代

酒粕代

戻  生

すり縄

不し代

新  樽

帰小樽

運  賃       四拾五〆七百九十一文       此金七両三分ト七分壱厘     〆為金八百十九両三分ト        弐匁弐分    平均壱石二付七十九匁六分懸り 惣〆金千六百三十九両弐分卜         拾壱匁八分壱厘 一金百廿六両弐分八雲      酉年掛方      三匁三分八厘      有物 一同八拾四両壱分ト弐匁八暉酉越年有物  〆 金千八百五拾両弐分ト九匁七分九厘 ︵t︶ ︵x︶ ︵z︶ (63) (6D (6S 内 一金千弐捨弐両三分ト      十一匁八分四厘 一金百廿弐両弐分ト八匁壱厘 一同四拾三両弐分差      四匁八分弐.厘 一同拾五両 一同七十五両ト       山ハ拾八匁﹁二分一二厘  〆 金千弐百七拾八両三分差         九拾三匁  為金千弐百八拾両壱分ト三匁 差引  金五百七拾両壱分ト       六匁七分九厘     徳方 一三貫三百四十文 一三貫五百六文 〆  六貫八百五十四文  此金壱両ト九匁七分    損 方 一四 現 唄 うり直 貸 方 粕現金 うり直 十三〇石 残り有物 残醤油

有物

損也

適うり直   過銭 諸色うり直 ︵ハ︶ (66) (6T

(15)

一金五百七拾両壱分ト      六匁七分九厘 一同廿壱両三分ト      壱匁九分七厘 一同四両ト      十匁七分四厘 一同八拾六両壱分ト      八匁弐分九厘  右の長い報告書のうち、 分ト三匁九分である。また 二匁六分九厘で、

醤油

 うり損 小 麦 うり損

胡麻

うり損

酉年

店卸損 ︵ハ︶㈲ ︵c︶  〆 金六百八拾弐両弐分ト      十八匁三分九厘 過不足 差引 金六百八拾壱両弐分ト         弐匁六分九厘 損也 ︵以下﹁金差引之覚﹂十四頁i裏表紙とも一につき、  係少なきにつき省略︶ ao) 本稿と関         前者と僅少の差が生じる。 際に隣合った次の項の金額と入替ったのがある。すなわち、 金三百九十三両三匁九分 両は正しく転記され、次の銀の額だけがすぐ次の項﹁差引金七百拾三両ト五匁壱分﹂ ものである。これらの誤謬が集って右の差になったものである。総じてこの店の決算報告書には筆先の不注意なミスが散 見され両計算の結果が一致しないことが多い。しかしこの事実は中井家帳合の計算原理を損うものではない。  まず、貸借対照表に相当する区分であるが︵51頁∼60頁︶望性感は三、五〇〇両で、その外に本家からの融資一一七両二 分余と共同経営者小谷次郎右衛門からの融資一一六両二分余があって、合計三、七三四両ト一〇匁三分八厘となる。これ は﹁預り﹂とか﹁覚﹂と見出書されるところの抽象的資本額である。これに対するその実体たる資産は、 一般に﹁引当      江戸期の工業会計      一五 中心をなすところの﹁貸借対照表﹂は51頁から60頁までで、その算出した損失額は六八○両三 ﹁損益計算書﹂に相当するものは68頁から70頁までで、その算出した損失額は六八一両二分ト         その理由は、筆者が検算して発見した誤算が二箇所と、明らかに書き上げの        62頁のコ金三百九十三両五,匁壱分 造用Lは、35頁の﹁内 器品売立六百三十九石ト諸懸り出ス﹂の項からの転記であるが、これが転記の際に三百九十三       の銀の額五匁壱分を誤って転記した

(16)

     江戸期の工業会計      一六 て﹂と見出書されることが多いが、中井市蔵店では﹁有物方部﹂と呼んでいる。現金在高、仕掛品たる﹁醗﹂、 原材料た る大豆・小麦・塩などの期末棚卸高、潰樽・新樽とその附属品・製品在庫・積送品・売掛金・現金貸付残高.固定資産の 一部で構成されている。それらの諸項目の一部は日常取引の記録の計算結果からえられるものであるが、多くの項目は計 算過程、すなわち内訳計算を示した方がよいので、3頁以下に次々と区分別に掲げられているのである。また、損益計算 書に相当する区分は68頁∼70頁で、項目は極めて少ないのであるが、これも、その前にそれぞれの計算過程が示されてあ って、計算結果のみを集合させたものである。工的企業の特徴たる製造原価の計算はこの部分でなされている。  ︵1︶ 拙著﹁江州中井家張合の法﹂一八四頁、二〇一頁。 三 押立店の醤油の原価の計算  醤油は大豆と小麦を等量用いて煮たものに多量の食塩を混じて発酵させたものであるから、大豆・小麦・塩・薪と労務 費・経費が原価要素である。物量記録と金額記録をおこなう基礎帳簿があるけれども完全な組合せで残っていない。ここ では決算報告書上の計算に限ることにする。  ︵大豆の計算︶決算日は一月吉日であるが、大豆の収獲は秋であるから、今年消費する大豆のほとんどが仕入済みで前年       圃現在高として原料倉庫に納められており、八月盆までに農家に残っている大豆が仕入れられる。この計算が3頁で掲げら

鱗灘豚鰻灘瀬鞠雛繋識爆麟欝

厘であき三で壱両あたりの平均点一科斗三升四合と記されている蒙ぜこのような平均を求めたの級意図㌦露

(17)

解らない。以上から今年度の製造投入量を引く、 ﹁仕込出ス﹂と記されているが、出スとは勘定に計上する、転記すると いうほどの意味で簿記技術から出た用語である。 ﹁仕込﹂はこのあとで出てくる﹁仕込方﹂すなわち製造勘定である。 当期製造投入量が三一九六五斗、その評価額は二八二両二分ト一四匁六分置a︶であって、したがって、 ﹁差引﹂七二石 三斗四升、金六三両三分ト七匁四分七厘︵b︶が期末棚卸高である。 ﹁右者越年有物方へ出ス﹂と貸借対照表計算に計上す ることが明示されている。 ﹁仕込方之部﹂は22頁からはじまるが、そのうちの24頁の﹁成極月迄仕入﹂ ︵仕入は仕込と同じ でシコ、ミと読む︶が当期製造投入の意、その次に﹁内大豆三百十九石五斗、代金弐百八拾弐両弐分ト拾四匁六分﹂がこれに 該当する記入である。︵25頁︶︵金銀換算率金一歩11銀一五匁︶     大豆投入:量と残高の計算       量 目   金 前期繰越 294.055石270.1両 盆迄仕入  6.27石 4.1両 カ ン 引 一3.625石 12月旦仕入  95.14石 71.3両

 銀

11.24匁 10,16匁 0.67匁       391.84石 346.2両

今期投入 319.5石282.2両

次期繰越  72.34石 63.3両 7.07匁 14.6匁ε 7.47匁互 江戸期の工業会計

    小麦投入量と残高

前期繰越 241.546石237.1両

盆迄仕入  6.4石 

5.3遠

出 石十10.644石

売立(売値) 一92。79石一65,2両   (損失)      一21.3両 6.76匁 14.92匁 3.29匁 1.57匁。 ユ2月迄仕入 165.80石 156.0両 1,82匁 249.277石 1522両 6、9匁       415.077石 308.2両

今期投入319.5石237.2両

次期繰越 95.577石 71.0両 8,72匁 8,09匁d 0.63匁9 ︵小麦の計算︶小麦も同様の算式で計算される。 小麦は﹁出目﹂が生じる。これを﹁出石﹂と呼ん で量目計算に加算する。次に小麦は一部を原料の 姿で転売するが、これは損になる。売値と損失額 に内分して計上しているが、これは原価で差引い たと同じ効果である。この損失額︵c︶は69頁の ﹁下方﹂に出る。当期製造投入量と額︵d︶およ び、期末棚卸高︵e︶は、 ﹁仕込方之部﹂25頁と、 ﹁有物始部﹂53頁に計上される。 小麦の計算には原本に誤算がある。量目と金額 にそれぞれ一箇所で僅少であるQ

      一七

(18)

江戸期の工業会計

   薪投入と残高

前期繰越 

31.0両 5.00匁 12月仕入 54,3両 7,83匁 85.3両  12.83匁 60.0両    写        ×

   塩投入量と残高

前期繰越 153俵 20.3両8.02匁 12月迄仕入 1.450俵 124.1両 0.63匁

当期投入

次期繰越

25,3両 12.83匁i

当期投入

売   立

次期繰越 349俵

1.603俵 1.240俵  14俵 145.0両  8.65匁

       

114.1両2.10匁、S  1.2両 2.39匁 29.1両4.16匁 g

       一八

 ︵塩の計算︶前二者と同じ方式である。この計算も原本に誤算がある。この誤算は大きい。  ︵薪の計算︶ 薪は量目計算がない。  ︵米の計算︶米は原料ではない。一部は転売するが、一部分は従業員の食糧用で、この年はそれ 以上に多量に仕入れている。この項は製造原価の計算としては関係のない項目である。転売と飯 米の計算がどのようであったかは不明であるが、飯米帳というのがあって在庫管理がなされてい た。なお期末棚卸高は三四石四斗、三二両三分ト三匁三分三厘︵k︶となって、 ﹁有物方部﹂54 頁計上される。  ︵製造原価の計算︶ ここで原本の順序と異なるが、以上の原材料消費計算を承けて、仕掛品たる 醗の計算に移る。 ﹁仕込下之部﹂22頁∼27頁がそれである。  醤油は保存性の高い製品であるから前々年度の仕掛品たる熟年仕込成年越有物があり、その上 に前年度の仕掛品たる畑瀬仕込越年有物がある。前者はすべて当年に売り切り、後者は一部が当 年に売られ、残部は当期末に棚卸となる。醸造の樽が別であるから︵分別保管︶計算も別個になさ れるのである。その結果として、前年︵上膳︶仕込の分から三三六石金四四一両二分︵24頁のn︶ が次年度へ繰越される。  次に当期製造分の計算である。 ﹁戌極月迄仕入﹂で、醍は大豆と小麦の等量で製造されるが、 そのもの自体は発酵槽に水とともに入っていて計量できるものではないので、原料の合計であら わされるのである。今年は大豆・小麦各三一九石五斗つつで、計六三九石である。その原価は、 前段で計算された︵a︶5頁、︵d︶10頁、︵f︶12頁、︵h︶13頁、を加えて、﹁〆金六九四両弐分

(19)

申年仕掛品

当期売上

連年仕掛品

当期売上

当期投入大豆     小麦

仕込(製造)の計算

量 目   金

57石 83.0両

57 石  83.0両 銀 1.8匁 1.8匁1 894石1,174.0両0.72匁

558石

732.2両0.72匁m        ま 282.2両 14.6匁a 237.2両 8.09匁d 114.1両 2.1匁こ 60,0両    F

期末棚卸高

0石 弓1.240俵 薪 319.5石 319.5石

639石 694.2両9.79匁

 4 石   4.1両 7.09匁o 0両 336石 441.2両

当期売上

宕 635石 691.1両2.7匁P (ee 1石あたり平均原価は65匁2266となる。したがって・の計算僅少の誤算あり)

品上品上豆麦

掛売掛売大小

仕  仕  入

年期年期轍

申当酉当当

 江戸期の工業会計 ト九匁七分九厘、平均一石に付六五匁弐分弐厘﹂︵%頁︶となる。そのうち 四二は今年に売られ、他が次期繰越となる。  以上で終るものであれば原理的に素朴なものであるが、このあとに﹁造 用之部﹂があって、加工費または間接費の計算がなされ、これが当期売上 原価と、期末棚卸高に按分されて期間的対応関係が修正されるのである。 この点が極めて興味深いのである。  ︵経費の計算︶ 27・28頁で﹁利足勘定之部﹂があって利息計算がなされる。 この利息の大きな部分は望性金利息であって、中井家の経営管理に関して

       ︵1︶

この利息がもつ意味の深重さは拙著に詳論してあるので参考されたい。そ の点を別にすれば、自己資本利子が損益計算に優先算入されている形で、 この額はすでに貸借対照表計算﹁預り﹂に計上ずみになっている。この計 算の詳細は後尾に添えられた金差引之覚﹂に明らかであるが、本稿では触 れないことにする。利息は﹁利足入方﹂を差引いて﹁金二九三両二分ト三 匁五分四厘払不足﹂︵q︶28頁、が﹁造用方へ出ス﹂となって﹁造用の部﹂ 29ナの第一項として算入される。造用は雑用ともかかれ、諸経費を集計し ている。 ﹁蔵敷﹂は本家に対する固定資産投資の負担分で、あたかも減価

       ︵2︶

償却費の計上に類する作用をもっている。 ︵拙著参照︶  余談になるが、望性金利息と蔵敷と合せて三五〇両にもなり、﹁登せ金﹂

      一九

(20)

     江戸期の工業会計       二〇 として実際に二〇〇両を送金している。この負担は、当期の製造過程投入額七〇〇両末満、純売上収益一、二七〇両とい う営業活動に対比してみるとき、極めて重い負担になっていることが分るであろう。中井家商法で純益があったというの は、この負担を超えた額のことであり、ここに引用した戌年決算が六八一両の欠損というのは、右と、酉年の欠損八六両 との累積赤字であるから注意されたい。  本論に戻って、給金、飯米代をはじめ人件費はもとより、蔵の修繕費、桶など設備の費用、旅費から、村入用にいたる までの諸経費が集計され、最後に前年からの繰越分であるところの﹁酉製造用﹂︵,︶34頁が加えられて、合計は一、一〇 六両ト九匁となる。前年からの繰越分が今年に合算されることの意味は、次に明らかとなる。  今年の製品取扱量は前年末棚卸製品一五三石︵今年の店卸勘定帳には出て、﹂ない︶と今期製造関係の申器品五七石、酉年醒 八九四石、翌年醍六三九石、合計一、七四三石であるから、︵、︶これで造用合計一、一〇六両ト九匁を割ると石当り三八 匁一分と算出される。これが経費配賦率である。このことを35頁に、 ﹁平均醍壱石二付三拾八匁壱分懸り 但し 千七百 四十三石割﹂と附記したのである。  今年の売上石数は詩論醜分五七石、昔年溜分五五八石、戌年忌分四石の合計六一九石である。そこで、右の配賦率を適 用して、三九三両ト三匁九分早算出され、これが、今年の負担分として、今年の売上収益に対応せしめるために﹁売立﹂ に出される。 ﹁内金三百九拾三両ト三匁九分、成年売立六百三十九石ト諸懸り出ス﹂︵t︶の意である。もっともここでも 六百三十九石とあるのは誤記であって、六百十九石であることは金額を検算してみれば明白となる。  経費の当期負担が右のごとくであるから、残額は繰越されて次期負担となる。 ﹁差引 金七百拾三両ト五匁壱分 右者 越年醗諸懸り有物へ出ス臨︵u︶の意味である。

(21)

  

蕪。婁爵謙艦瓢押麗酬整劃・・誉ゆ脹濫や

  画§學墨・嘩螢酬︸←峨錨油引曽ゆ餐醤φ

 有形の原価要素については醗の単位量について計算し、これは醗の原価という形にしたのに対して、無形の原価要素に ついては醍に負担せしめる計算こそしなかったが、売上量と棚卸量の比で按分して期間割当の適正を期したのである。こ の計算が、今日原価計算で間接費を配賦して、全部原価計算による財務諸表評価をする伝統的実践方式と比即してみると き、結果的には同じ効果をもっていることを考えると、一驚に値するのである。  念のために、今年負担分三九三両ト三匁九分は﹁醤油売立勘定之部﹂︵61頁∼67頁︶の一項目として62頁に計上されてい る。︵t︶この項が筆先の誤りで︵u︶の銀建分とすり替えられたことは前に指摘した。原理的誤謬ではない。  また、次期分の七=二両ト五匁一分目、 ﹁有物黒部﹂︵52頁∼60頁︶のコ同七百拾三両 五匁壱分 造用﹂として資産 に算入されている。︵53頁u︶  ︵容器−樽一の計算︶ 樽は繰返して使用する関係上、その消耗分だける費用と考えるのが妥当である。この額が売買損益 計算、すなわち﹁売立勘定之部﹂に計上され、在庫分は資産として﹁有物方之部﹂に計上される。  潰し樽は再製用古樽であろうか、前年からの繰越高が三口︵16頁︶と今年の買入を合計して五、四〇六樽で金一六五両三 分余、そのうちで今年末の在高三口︵17頁︶二、五九六樽半で、これを平均単価で評価して翌年に繰越すため﹁有物之部﹂ に出す︵v︶したがって今年再製用に使ったのは右の差﹁差引潰弐千八百九樽五分 代金八拾六両ト拾壱匁六分七厘﹂で 加工費コ金型三両三分ト九匁七分五厘 樽屋作料﹂を加算して﹁〆金百拾両ト六匁四分弐厘﹂の原価でもって﹁以上小 樽三千九百三拾三樽﹂を平均単価一匁六分七厘で製作したことになる。その上へ、前年から在庫していた小樽一、一六六      江戸期の工業会計      二一

(22)

潰樽から小樽再製の計算  2,338樽  71両   2匁53  3,068樽  94両3分 2匁89 5,406樽 165両3分 5匁42 2,596樽5 79両2分 8匁75’V 2,809樽5 86両一 11匁67 23両3分 9匁78 3.933樽  110両   6匁42 1,166樽  28両2分 9匁85 5,099樽 138両3分 1匁27  410樽  11両   8匁3 窟 4,689樽 127両3分 4匁4分x 江戸期の工業会計 ︵銀計算に偽少の誤差あり︶  ︶

物入夕占分料蓋物計分分

籍購艦灘犠

酉成     再酉   酉

別に加工費を﹁造用之部﹂で一石に付三八・ 匁︶ということになる。単純総合原価計算である。  販売するには適度に加水して樽詰めするわけで、樽の単価もすでに算出されている。そこで銘柄別の樽単価が算定でき るのである。  ︵1︶ 拙著、前掲書、 一七四頁、二二三頁。  ︵2︶ 同上、一六八頁。

      二二

個一貫七一九匁八分五厘︵日二八両二分ト九匁八分五厘︶を加えて、年末在庫は四一 〇樽あるので、差額四、六八九樽金一二七両三分ト四匁四分が今年消耗した小樽 であって、﹁売立勘定へ出ス﹂ことになる。︵x︶なお、年末在庫の四一〇樽は資 産として繰越すので、 ﹁有物へ出ス﹂︵W︶ことになる。  帰小樽は買戻した小樽である。前述と同方法で計算し、年末の在高は有物方へ 出し︵y︶差額は今年の売上によって売渡済みとなった分であるから売立勘定に 出す︵z︶。  以上で損益計算に必要な醤油の原価の計算は終了するが、品種別の単位原価は どのように計算したものか明らかでない。命、@、令、0、△、登、などの印入 れがなされていたが、 ﹁有物客部﹂の期末製品棚卸高の諸銘柄を検討するに、相 当の差のある評価がなされている。にもかかわらず原価計算の場である﹁仕込方 之部﹂では醒について原材料と燃料の原価を、一石に付六五・二二匁の算定し、   一匁と算出しているから、醜は石当り一〇三・三二匁︵一両二分ト一三・三二

(23)

四 押立店工業会計の特色  押立店の店卸勘定帳は他の支店のそれと異なり一見複雑であるが、すでに解説したごとく、一段つつ計算を区分して進 めてゆき、この計算結果を集合せしめることによって、貸借対照表、損益計算書そのものは極めて簡素にしてある点で異 色であるといえる。この決算報告書のもとには店卸下書があるわけであるが、計算上の連絡が﹁⋮方に出す﹂という技法 で完全につながれて粗漏がない。たしかに誤算と筆写の誤りは少なくなかったが、原理的誤りは犯していない。その一つ の大きな要因は﹁⋮⋮方﹂と呼ばれる集合勘定の体系が極めて明析であることに負うている。すでに詳論したところであ るが、総括する意味で次に全体系を図示する。金額は便宜上金建の数字のみを示すことにし、物量計算は必要な箇所のみ に限った。  次に重要な点は原料、燃料の原価は今日の原価計算でいえば、直接原価計算における先入先出法︵別算法︶を採用してい ることである。当時の会計者がこのような計算原理の重要さを理論的に究明していたというのではない。日常の必要に迫 られてこのようになったものであると思う。また、同じ方法が当時の他店でも採用されていたものかどうかも不明である。 そこで極端な断定は避けたいが、事実にあらわれている限りでは次のことがいえると思う。  醒の原価は﹁仕込方﹂で計算され、原料と燃料が計上されるが、これについては申年の醒原価は申年の醒棚卸高で除し て、丸年の醗は酉年占棚卸石数で除し、当年たる戌年の醗原価︵仕込高︶は今年仕込の石数六三九石で割っている。すなわ ち、原価の発生した期間と出来高の関係を個別的に結びつける方法を採用している。すなわち、先入先出法による総合原 価計算の方法である。多分醒の槽は年度別に分けられていて分別保管されていたに違いないし、例示にみるごとく原価は それぞれ年度によって異なるので、平均法なる総合原価計算の他の方法を排除して意図的に先入先出法を選好するまでも      江戸期の工業会計      二三

(24)

江戸期の工業会計 ﹁藤諮鼠恩嘩滞義﹂

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江戸期の工業会計

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b⊃ Iωbol &ρ卜⊃ 一鵠9卜⊃ 二六 甚興山留読孟細叫び誉!醐B引  温6母ぴ臼俸一嵩㊦伴臼ぴ4  趾び。 なく、濃く自然的にこのようになったともみえるけれども、また、当時の醤油の市場関係からみて、原料値の変動、原料 調達市場の限定があって仕込量も収獲状況に左右されるなど、醗原価に不同があったことは明らかである。さらに、品質 も相当に較差があるので、どの醗をどう混合使用するかによって製品の等級も相当に複雑であったと思う。現に、決算書 に出ているだけでも数種の銘柄があり、評価額も差がある。顧客の範囲も今日ほど広範囲なものではなく、特に前稿の酒 の場合と違って遠方へ積出した形跡はい。としてみれば、限られた市場で複雑な需要構成に対応するために品種選択、価 格政築に微妙なものがあっ允と思わ池る。競争関係についても、他店の状況を知っていうわけではないが、地域的独古さ

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え確立されてはいなかったと思う。そこで製品の等級、品種混合と値付け、価格政策という点から、それぞれ別個に原価 を算定する必要があったものと思う。残念なことは、醍の仕込原価の計算から、製品の品種別差別原価の計算への中間の 計算が現存しないことである。  原料費の右のような取扱いに対して、 ﹁造用﹂すなわち労務費、一般管理費、販売費については、取扱いが違うのであ る。  前年度の造用の繰越高︵34頁r︶と今年度発生高を区別することなく、合算してこれを生産の年度に関係なく通算した総 出来高で平均算しているのである︵35頁s︶原料費が変動費であって、製品との間にはっきりした物的関連があるのに対し て、 ﹁造用﹂を構成している費自は固定的費用であるものが大部分を占めている。その点で両者に質的な差があることを 意織していたものと思われる。直接原価計算において固定費を製品に配賦することが、漁業度変動によって単位原価を欄 乱せしめることになるという認識があったと同じ程度に、当時の会計者が右の質的差を意識してこのように別算する方式 を確立したとは断定できないが、結果として、醜の単位原価が年度により差があったとはいいながら、引用例にみる程度 の差に終ったことに対しては、この造用別算の方式が大いに寄与したことは見逃がしてはならない。  商的な企業にあっては、 ﹁造用﹂すなわち商品仕入原価以外の費用は、その発生の会計年度に課するのが一般である。 そして中井家の他の支店もその例外ではない。ところが、押立店の場合には、売上高に相当する額はこれをその期に課す る︵35頁t︶のに対して、期末棚卸高に対する額は次期に繰越して、次期以後の年度の収益に対応せしめるのである。  押立店の﹁造用﹂が製造間接費を構成する費目のみでなくて、一般管理、販売の費用も含んでいるので、この点が弱点 ではあるが、考え方としては、全部原価計算の考え方である。製品に対して間接費を配賦するということは、製品単位あ たりの全部原価を算定するということであると同時に、期間的損益計算の観点からすれば、製品との物的関連を手がかり      江戸期の工業会計       二七

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     江戸期の工業会計       二八 に、当期の収益とこれに対応する費用を厳密に限定しようとすることである。全部原価計算方式によって期間的損益計算 をするという基本的計算原理が承認されるとすれば、押立店の実践はこの原理に添って期間収益と期間費用を物的関連に もとづいて対応せしめんとする、すなわち、壱岐の売上高に対しては、戌年に売った製品分の原料費および造用を限定的 に対応せしめ、亥年の売上高に対しては、亥年に売られる製品分の原価を対応させんとしたものであるが、これを技術的 に変形して、亥年に売らるべき製品の原料費を﹁越年醗有物﹂とし、加工費などの造用を、 ﹁越年醒諸懸り﹂として二口 に分けて繰越したのである。  工業会計においては製品・仕掛品の評価の基準としての原価計算と、製造間接費の処理の問題が表面的な第一の問題点 である。単なる商業会計の流用でなく、それなりに解決法を見出していて、現象的には資産の項目の中に﹁越年造用﹂す なわち、繰越経費という形で棚卸製品・仕掛品に含まれるべき製造間接費・一般管理費・販売費が計上されるという異様 な形になったが、実質的には全部原価計算方式による損益計算の効果をあげたものである。

参照

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