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初期洋画の技術的変遷(I) : 明治初期油彩画の下地組成

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(1)

初期洋画の技術的変遷(Il

明治初期油彩画の下地組成一

神 庭 信 幸

1. はじめに 2.調査方法 3.調査作品 4.分析結果 5.下地組成に関する考察  (1)下地の分数  (2)化石状の微小物体について  (3)絵画材料の流入 6.結 論 7.むすび

1.はじめに

 南蛮文化や紅毛文化に代表される西洋世界との初めての接触,そして江戸時代後期

から徐々に始まり明治初期に急激に行なわれた西洋文化の輸入等により,最も西洋的

な技術の一つである油彩画の技術が絵画と共に我が国に伝来された。西洋油彩画技術

の影響,あるいはそのものによって生み出された油彩画作品は,様々な材料と技術と

によって構成されていると考えられる。しかし,それらの材料が如何なるものであ

り,また如何なる技術が使用されたかについては,今の所わずかな調査報告例を頼り に類推するしかない(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)。舶載品のキリシタン,絵画やセミナリオで

制作された宗教絵画,我が国の伝統的な絵画技術で西洋風の主題を描いた南蛮屏風

わずかな知識と材料を基に小田野直武や平賀源内,あるいは葛飾北斎等によって描か

れた油彩画,本格的な西洋文化との接触が始まった江戸末期から明治初期にかけて描

かれた司馬江漢,高橋由一,五姓田義松の油彩画がそれである(写真1)。

 本研究の目的は,材料と技術に対する科学的な分析調査により,油彩画という西洋

の伝統的な絵画技術が我が国で辿る技術的な変遷を把握し,各時代における技術情報

の伝達の様子,あるいは諸材料の交流の様子について明らかにすること,更には我カミ 国における外来文化の受容の仕方を探ることである。

 本稿では,特に明治初期に描かれた油彩画の下地に関する科学的分析を基に,その

357

(2)

 初期洋画の技術的変遷(1) 材料と技術について述べる。

2.調査方法

 実際の調査は,調査対象の作品が修復処置を受ける際に行なわれることがほとんど

である。調査には最初,赤外線写真撮影,紫外線蛍光写真撮影,あるいはエックス線

透過写真撮影等の様々な光学的方法が用いられ,絵画作品を非接触の状態で詳細に観

察する。次に,光学的な調査によって得られた結果に基づき,下地層や絵具層から極

く微量の試料を採取して分析する。こうした分析結果は,作品の材料や技術を知る上

で重要な資料となるぼかりでなく,修復処置に対する基礎的な資料として役立つ(8)。

 採取する試料の大きさはα5ミリ角以下であることが多い。微小な試料からより多

くの情報を引き出すために,試料から断層面(クロスセクション)を切り出し,断層

面の観察と断層面表面の成分分析を行なう。断層面から試料内の層の構成が観察でき

るため,下地の製作技術に関して重要な知見を得ることが可能となる。

 断層面を切り出すために,試料は先ず40℃・2気圧の加温・加圧の条件下で合成樹

脂の中に埋包される。樹脂が完全に硬化した後,埋包された試料は絵具表面に対して

垂直な方向に切断され,2つに分けられる。分割された試料の一方は保存され,片方

が分析・調査用として利用される。分析用試料の断層面は,最終的には0.05ミクロン の酸化アルミニウムの粒子によって鏡面状態になるまで研磨される。

 試料の観察と分析には光学顕微鏡,電子顕微鏡,電子顕微鏡とエネルギー分散型蛍

光エックス線分析装置とが連動した電子線プローブエックス線マイクロアナライザー

(EPMA)等を使用する。絵具の断層面のEPMAによる成分分析法(9)(10)(11)はかな り普及しているので,詳細についてはここでは触れない。

3.調査作品

 分析した作品は,東京芸術大学に所蔵される油彩画の中から数点と,創形美術学校

修復研究所においてここ約10年間に修復された油彩画の中から明治初期の作品を利用

させて頂いた。対象作品は表1にまとめてある。 358

(3)

写真1 明治時代初期に描かれた汕彩両 1−1 床次正精「三田製紙所」(明治13年)紙の博物館蔵 1−2 百武兼行「鍋1島直大公肖像」         (明治]5年)佐賀県立美術館蔵 1−4 高橋由一「宮城県庁門前図」(ll月治14年)宮坊媒美術館蔵 1−3 原田直次郎「騎龍観音」醐治22年)       護国寺蔵

(4)

写真2.ド地の光学顕微鏡写1}[(a)、反射電了線像(b}、元素分イ1∫像(cl川ローてある倍率はフィ・しムーヒの倍率てある) 2−1 五姓田義松「一十・三歳の「1画像」慶応3年18(∼7‘  一戸.パジ、 ’  }L  「’パ

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已癬   』1・  コ     ベ  ト      ィ 慈三;:・1三5;  a       (×66}    b 2−2 五姓田義松「自画像1明治10年(]877) 〔×450〕

 a  .×661b

2−3 五姓田義松「横浜亀ノ橋通.明治13年:188“: a .雛. 灘!.  ”願

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、×6ω /4(io・ b ×6Uo C ■Pb■Ca C ■Pb■Ca■Si C ■Pb■Ca■Si

(5)

■Pb C ■Pb■Fe C ■Pb■Ba C 五姓田義松「男子半身像」明治U年U88P 4 2 孜ー ヵ み

 ・ 彩叢羅 ㌢聡勾 族灘四、 場 ヅ ∀び × ]∼}()(〕 五姓田義松    〔×25m      b 「男裸体」1111治/4年(1881)

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 2

難馳

撃玲講解 ×950)         (×165)     b 五姓田義松「西洋婦人像」明治]4年(エ881)

・づ

 2

(×700) b (×165) a

(6)

2−7 五姓田義松「操芝居」明治16年(1883)  乃 ソ       ’  ドル

蟻1譲

〕w … ,,      『

    .斑・パ怜:     c〆 , ’w灘       パ らり

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  b

「6−9年(1873−1876) 〔×850) a      〔×66)   b 2−9 高橋由一「・巻布」明治6.9年(1873−/876) 蠣麟

灘職

(×125) (×450) b (×1100) C ■Pb■Fe C ■Pb■Ca C

■Pb■Ca■Ba

(7)

■Pb■S| C ■Pb■Ca ■Ba C ■Pb■Ca■Si C 日1[rr9汀 187b fl∫引1i−’ 「‘]1」是’i1“ 2−10 ・遇只項斥イ箒.,號芦揮緬

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 2

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灘ぷ簿羅離薄難i

撫舞

45い b 66 a

(8)

2−13 高橋由一「栗子山燧道」明治ユ4年〔1881) 為畦.

、 議 一運

 a       (×66)   b 2−14 高橋由一「宮城県庁門前図」明治]4年(1881) a (×工65) a (×]65) 〔×350)   b 日月「台ユ4年(1881) 〔×ユo〔〕o) b (×850) C ■Pb■Ba C ■Ca C ■Ca

(9)

2−16 高橋由一「松島図」明治M年口881!

 a       (×100)  b

2−17 高橋由一「馨道八景 第二景栗子山」 〔×550)  a      〔×66)    b 2−18 百武兼行「耕作」明治11年頃(1878} 滋.「 〆    づシ. タ a (×66) (×600〕 b (×450) C ■Pb■Ca C ■Pb C

■Pb■Ca■Ba

(10)

■Pb■Ca■Si C ■Pb■Ca■Si C ■Pb■Ca■Ba C Is7べ ヰ 羽 に 母と了 ビi正モこ〕良∼.f 1W 参, 蜘 川 喉 云 .﹄M.冒.孫〆  . 方﹁.﹄. ψ, %. 、㍗ 旗ゐ ノ:ぴllll b lil lll:r 1卜7卜     /1[lo サドルバ・ク山 a 刊’ 武兼行 ゾo ㌣  靱事

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 21

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(11)

2−22 こ「武兼行「ブルガリアの女」明治12年(1879} ㌧

繕鷺裁翻

︽㌘☆ ー濯 、.少:ぺ㌦

熱澱.灘羅

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a  (×165)b 

(×工300) 2−23 百武兼行「マンドリンを持つ少女」明治ユ2年〔1879}

a  (×165)b

2−24 百武兼行「老婦人」明治12年頃(1879)

難鍵

・灘%m、μ a (×125) (×1200) b (×900) C ■Pb■Ca C ■Pb C ■Pb

(12)

2−25 百武兼・行[イタリア風俗」日∫lil’1]3年『(]88川 許

 a  「×]651b  .:×95〔}]

2−26 .百武兼行「タンバリンを持つ少女」1]1胎14年頃〔188/) a 1×661 z兵.‘c. ︵L

罐欝

繊’喜. ∵ ’﹁.︷± 云.繁緬二  r rヒ き

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b 614年ヒ11「]8811 a ↓×lo〔り ∫×2000} b 1×55m C ■Pb■Si C ■Pb■Ba C

■Pb■Ca■Ba

(13)

2−28  『1’止V身kイf 「ト果女話立二f象」 [|月;㍍1[年ヒ貞ll881‘ 懸 i診灘 a 、×R}01 b 2−29 〔1武兼行「少女像」明、rll4年頃1881,

麟﹄

a 2−30          {×66) rrエ式兼イ了 「ト果女吊立f象」 a ×165 ‘×551レ b (×6([o} b ×8Do・ C ■Pb■Ca■Si C ■Pb■Ca c ■Pb■Ca

(14)

づ 31 百武兼行  西∩’・婦ノ\f象一 庵 a ×工25 勢・ ︶ ︸ ‘×110〔}. C ■Pb■Si 232 .百武兼行「鍋、ll、1直大公肖像、「]/lll「}15年(18821 a M25(1 ︺ | ズ3しloo C ■Pb■Ca■Si ソ  33  サン  ・ ジ コ ノミン ニ  ー†二 . ノ ・・

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a 籾砲析

(15)

■Pb■Ba C ■Pb■Ca■Ba C ■Pb■Ca C 尾忠次郎像 サン・ジョバンニ ︶ 34

灘ぎ

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55 タ ﹁ 1×u[〔〕1 床次iE精「三日]製紙所 b 日月,台1.∼fr  l∼く8 a 36 ソ] ピ  ロ       タ        し

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1川 b ノりh a

(16)

2−37松岡寿 ピエトロ・ミ・力半身像一lil治工4年1・81

 a  .×lo〔[. b

2−38 横山松三郎「自画像」明治17年頃‘1884‘ 凄・σ 旬 .×65〔[.   → 一 ‥ぐ   爵 } て 、 8 8 8 b 自 ー ソ一 ム 日 川 ぷ × ︷  ﹂ 象 射 ち刃 一 保 久 大 ﹁ 化 ± n 寸 卜 a 9 3 一 2  三・子三 ・芦;ピ三 、

㌔V 「 「  止 a 〔×](IOI (×40〔}) b !〉(650} C ■Pb■Ca C ■Pb■Ca■Ba C ■Pb■Ca

(17)

2−40 渡辺幽香「五姓田芳柳像」明治22年〔188tl) 芦

 a  (×165)b

2−41 原田直次郎「騎龍観音」明治22年(1889) 臨,〃 ≠ (×]100}  a       (×50)   b 2−42 ワーグマン「少女」明治24年(1891)

難欝

a

(×66) (×45し)) b (×370} C

■Pb■Ca■Ba

C ■Zn■Ba■Si C 邑Pb■Ca

(18)

2 ..}:】 山ドリン  ヤコフ.1象一  a      ::x:66     1) 244 山本芳翠一若い娘の肖像..明、11[1碑窃]卜鴎 /1∼{川 、響.  a      〔×66)     b 2 45  Ll」本)}:文2 「ド][目旨l/象」 日llir㌃25fF(1sり2‘

a [メ16引 〔×65(川 ︺ | 1×]200‘ C ■Pb■Ca■Ba C ■Pb C ■Pb■Ca■ZII

(19)

■Pb■Ca■Ba C ;・85i) b w㌧i上也決亘  ’r」じ/4ミ 2−46 山本芳 ×66 a

(20)

3.調査作品 表1 下地組成に関する分析対象作品

翻1作∋題

名 制  作  年 所 蔵

1234567

8901234567

  11111111

890123456789012112222222222333

34

令︼OO

5678901233333444

43

456444

五姓田義松i十三歳の自画像 高橋 由一 百武 兼行 サン・ ジョバンニ 国澤新九郎 床次 正精 松岡  寿 横山松三郎 川村 清雄 渡辺 幽香 原田直次郎 ワーグマン 山下 リン 山本 芳翠 自画像 横浜亀ノ橋通 男子半身像 男裸体 西洋婦人像 操芝居 慶応3年(1867) 明治10年(1877) 明治13年(1880) 明治14年(1881) 、明治14年(1881) 明治14年(1881) 甲治16年(1883) i東京芸術大学芸術資料館蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 二見ケ浦 巻布 墨堤雪 墨堤桜花 牧ケ原望嶽 栗子山燧道 宮城県庁門前図 松島五大堂図 松島図 馨道八景 第二景栗子山 耕作 母と子 サドルバック山 バーナード城下図 ブルガリアの女 マンドリンを持つ少女 老婦人 イタリア風俗 タンバリンを持つ少女 臥裸婦 裸婦立像 少女像 裸婦立像 西洋婦人像 鍋島直大公肖像 牛 山尾忠次郎像 静物 三田製紙所 ピエトロ・ミッカ半身像 自画像 大久保一翁像 五姓田芳柳像 騎龍観音 少女 ヤコブ像 若い娘の肖像 自画豫 福地源一郎像 明治6−9年(1873−1876) 明治6−9年(1873−1876) 明治9年(1876) 明治10年(1877) 明治11年(1878) 明治14年(1881) 明治14年(1881) 明治14年(1881) 明治14年(1881) 明治11年頃(1878) 明治11年(1878) 明治11年(1878) 明治11年(1878) 明治12年(1879) 明治12年(1879) 明治12年頃(1879) 明治13年(1880) 明治14年頃(1881) 明治14年頃(1881) 明治14年頃(1881) 明治14年頃(1881) 明治15年(1882) 明治13年頃(1880) 明治13年(1880) 明治14年(1881) 明治17年頃(1884) 明治21年(1888) 明治22年(1889) 明治22年(1889) 明治24年(1891) 明治25−26年 (1882−1883) 明治16年頃(1883) 明治25年(1892) 金刀比羅宮博物館蔵 金刀比羅宮博物館蔵 金刀比羅宮博物館蔵 金刀比羅宮博物館蔵 金刀比羅宮博物館蔵 西那須野町郷土資料館蔵 宮城県美術館蔵 宮城県美術館蔵 宮城県美術館蔵 西那須野町郷土資料館蔵 佐賀県立美術館蔵 有田工業高校 個人蔵 佐賀県立美術館蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 佐賀県立美術館蔵 佐賀県立美術館蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 個人蔵 石橋美術館蔵 神奈川県立博物館蔵 個人蔵 個人蔵 個人蔵 佐賀県立美術館蔵 個人蔵 個人蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 紙の博物館蔵 岡山県立美術館蔵 個人蔵 個人蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 護国寺蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 笠間日動美術館蔵 岐阜県美術館蔵 東京芸術大学芸術資料館蔵 岐阜県美術館蔵 377

(21)

初期洋画の技術的変遷(1) 4.

分析結果

分析結果は表2,3にまとめた。

表2 エックス線回折分析による下地組成(12) 番号

123456152602

      223344

白  色 顔 料 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2 2PbCO3・Pb(OH)2

CaCO3

CaCO3

CaCO3

CaCO3

CaCO3

CaCO3

CaCO3

CaCO3

378

(22)

4 分析結果

表3 光学顕微鏡およびEPMAによる下地組成の分析結果 番号

1234567

8901234567

  11111111

890123456789012112222222222333

34

0 0 0 0

567890123333334444

制作地

横東東パパパパ 浜 兄 京リリリリ 東東東東東山東東東東 京 京 京 京 京 形 京 京 京 京 層の厚さ (μm) 200 200 200 60 80 130 100 190 80 120 130 140 250 90 100 160 120 ン ン ン ンリリリマママママ ドドドド               一 一 [ 一 一 ン ン ン ン ロ ロ ロ ロパ パパ ロ ロ ロ ロ ロ ロ  ー  マ 京マ京  [ 東ロ東 京 京 浜 グ    ンド    ニ一 束東横レラ

456444

ノミ リ 190 150 120 120 70 60 90 80 30 160 150 130 90 70 20

0011

 1

150 200 120 180 130 80 180 200 140 120 50 100 層の構成

2331333

白色粒子の検出元素

PbCaBaS

PbCa Si PbCa Si

Pb

Pb

PbBaS

Pb

2212242232

Pb Ca(Ba S)

PbCaBaS

PbSiAl(BaS)

PbCaBaSSi

Pb Ca(Ba S)(Si)

PbBaS

Ca(Zn)(Si) Ca Zn(Si) Pb Ca(Ba S)

Pb

有色粒子の 検出元.i墓

赤色1黒色

Fe Fe Si Fe

333321211113221

12

111333212

−▲100 e 

eee

FFFF

Pb Ca(Si)(Ba S) Pb Ca Si PbCa Si(BaS) PbCa BaS(Si) Pb Ca

Pb

Pb(Si)

Pb(SiAlK)

PbBaS

PbCaBaS

PbCaSiAl

Pb Ca

PbBaS(Ca)

PbSiAl

Pb Ca(Si)(Ba S)

PbBaS

PbBaS

PbCa Ba S(Si) Pb Ca(Si) Pb Ca(Si Al) Pb Ca(Ba S) Pb Ca PbCa BaS(Si)

ZnBaS(Si)

Pb Ca

PbCaBaSSi

Pb

CaZnPbSi

PbCaBaS

Fe Fe Si Fe Si Fe Fe Si Fe Fe Si e 

ee

FFF

Fe Si Pb

PPP

aaa

CCC

化 石 ○ ○ ○

PP

aa

CC

PP

aa

CC

CaP

PP

aa

CC

PP

a a

CC

CaP

CaP

CaP

○○ ○○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 検出元素の項で()の印は検出量が微量であることを示す。また,化石の項で○の印は化石の存在を示す。 379

(23)

初期洋画の技術的変遷(1)

5.下地組成に関する考察

 予め数点について行なったエックス線回折分析の結果,鉛白,炭酸カルシウム,亜

鉛華等の白色顔料カミ用いられていることが判明しているので,EPMAによる分析で

鉛を検出した白色粒子は鉛白(2PbCO3・Pb(OH)2),カルシウムを検出した白色粒子

は炭酸カルシウム(CaCO8),バリウムと硫黄を検出した白色粒子は硫酸バリウム

(BaSO4),亜鉛を検出した白色粒子は亜鉛華(ZnO)と判断した。ただし今後,微小

部エックス線回折分析法等を使用して化合物としての結晶形を明確にをする必要はあ

る。

 分析結果から,下地には鉛白,炭酸カルシウム,硫酸バリウム,石英(Si)やケイ

酸塩化合物(Si, AI, K)の様々な材料が見られ,更に極く微量のアイボリーブラッ

ク(CaやPを含む黒色)や赤色の土性顔料(FeやSiを含む赤色)を加えた有色

下地が多いことが分かる。写真2は下地の光学顕微鏡写真,同部の反射電子線像,同

部の元素分布像である。反射電子像の黒白の濃淡は,存在する元素の原子番号に比例

し,大きな番号がより明るく写る。元素分布像については,主要な3元素についてそ

れぞれ赤青緑の疑似カラーを与え,元素の分布を示した。  また,下地の中の炭酸カルシウムの層に,化石状の微小物体(13)が見られるものが あることが判明した(写真3)。

(1)下地の分類

下地は成分と構造とにより下記のように5種類に分けられる。

①主に鉛白と炭酸カルシウムが使用され,異なる配合比の数層(1−3層)から

 成る下地で,全体的に見れば炭酸カルシウムが主,鉛白が従の配合比になってい

 る。かつ炭酸カルシウムの層中に化石状微小物体が散見される。

②成分的には①によく類似しているが,配合比は逆で鉛白が主,炭酸カルシウム

 が従の下地で,層構成は1層である。

③鉛白が主体で,数層(1−3層)から成る下地。

④ 成分や構造的には②,③に類似しているが,大型粒子の硫酸バリウムの含有量

 が極めて多い下地。

⑤その他として亜鉛華を含む下地。

作品の制作地と下地組成(①一⑤)との関連を見ると,以下のようになる。 380

(24)

写真3 下地の中に見られる化イ1状微・」・物質の2次電子線像 3.1 五姓田義i松「十二歳の白画像」 a (×2500) b (×23肌戊:‘ 3 2 工[姐三[日義i杉ミー自画像」 a 〔×18〔}m b 〔×2500) C 〔×3700) 3.3 五姓川義松1横浜亀ノ橋通」 a 〔×2200i b ‘×45〔}o)

(25)

3−4 高橋1:h−「一見ケ浦」 a 1[×2〔.)OOI‘ 3−5 高橋由一「巻.布’一 a 〔×220(.)} b (×27〔.)0} 3−6 高橋由一「墨・堤桜花」 a 〔×450〔)〕 3−7 高橋由一「牧ケ原望嶽一 a 〔×2700.1 b (×3000)

(26)

3−8 高橋由一「松島図一 a 3−9 白武兼行「耕作」 (×10001, a 〔×3000) C 3−10 〔∫武兼行「サドルバック山」 〔×3000) a 〔×工600) b (×3700} b 〔×370〔}) b ‘;×2200)

(27)

(3−10 百武兼行「サドルバック山」) C 3−]1 百武兼行「少女像二 (×4500} a 3−12 床次正精「三田製紙所」 ‘、×3000〕 a 3−13 横LI」杉ミ三郎 1自画イ象」 (×3〔loo:‘ a (×230L〕) b 〔×60〔}〔)) b 〔×200〔川

(28)

3−14 川村清雄「大久保一翁像」 a 3−15 ワーグマン[少女」 {×370〔}1  a 3−16 山本芳翠[福地源・郎像」 〔×22〔}o} a 1×35〔.}OI b (×220し))

(29)

5 下地組成に関する考察

①一イギリス・日本型,作品番号1,2,3,8,9,11,12,16,18,19,20,21,

  29,36,38,39,40,42,46の作品が属す。 ②一フランス・イタリア型,22,28,32,35,37が属す。 ③一フランス・イタリア型,4,5,6,7,10,17,23,24,25,26,31,44が属す。 ④一フランス・イタリア型,13(③),27(②),30(③),33(③),34(③),43   (②)が属す。なお,()の中の数字は類似する下地の分類番号である。 ⑤一その他,14,15,41,45が属す。 これらの関係を模式的に表わすと図1のようになる。 イギリス・日本型 フランス・イタリア型一 その他 1①・4・・/化石 一1②・・/・ヨ

ヨ③・・1

1④・・/・・/・ヨ 1⑤・・/・・/・・/・・1 1④・・/・・1 図1 下地の分類 (2) 化石状の微小物体について(註)

 化石状の微小物体は,上記の分類で「①一イギリス・日本型」の下地にのみ見ら

れるのが特徴である。唯一例外として,分類②に属する松岡寿「ピエトロ・ミッカ半

身像」(作品番号37)に化石が見付かっているだけである。

 何れの場合も,微小物体は炭酸カルシウムの層の中に分布し,それ自体も炭酸カル

シウムである。大きさは10ミクロンから30ミクロンの範囲にほぼ納まる。微小物体の

(註)金沢大学教養部教授高山俊昭氏の御好意により,同氏から頂いた化石状微小物体の分析 に関する報告書の一部をここに掲載しておく。なお,分析は現在も継続中であり,その結果に ついてはいずれ報告する予定である。「1.写真で見られる物体の形状,および断面の結晶形態 (例えば作品番号2,3,39等に見られる球状,中空の殻,および放射状の結晶配例)により, この微小物体は生物起源(化石)である可能性が大きい。2.生物起源でありかつプランクト ンであるとすれば,その大きさと構成物質(Ca)よりこれら微小物体は石灰質ナンノプランク トン(calcareous nannoplankton)である。プランクトンの大きさを区分するとき,大きさ5− 60μのものをナンノプランクトンといい,その中でも体表に小さな石灰質殻を付けて生活す る一群のプランクトンを石灰質ナソノプランクトンとよぶ。3.しかしながらその形状と大き さから,これらの微小物体は代表的な石灰質ナンノプランクトンであるコッコリトフォード (c㏄colit hophorids円石藻)とは考えられない。なぜなら円石藻の体表に付着する石灰質殻コ ッコリス(coccolith)の大きさは大きくても10μ前後で,その形は多くの場合円形ないし楕円 形である。4.有孔虫(foraminifera)化石は発見できない。5.石灰質ナンノプランクトン化石 という産出種から,石灰の地質年代は白亜紀と考えられる。」 387

(30)

 初期洋画の技術的変遷(1)

同定に関しては,現在なお検討中であるが,今の所,プランクトンの化石にほぼ間違

いはなく,中世代白亜紀に堆積した石灰質ナンノプランクトンの化石と考えられる。 更に詳しい種の特定ができれば,化石の堆積環境や地質時代が特定できる。つまり, 炭酸カルシウムの産地の特定が可能となる訳である。

 白亜紀の地層から産出する白亜(チョーク)は,我が国にはほとんどないため,化

石を含んだ炭酸カルシウムが白亜層からのものであれば,ヨーロッパ,特に英仏海峡

に見られる白亜層から産出した白亜である可能性が強くなる。この見解は,微小物体

がイギリス・日本型下地にのみ観察されることと何等矛盾を生じない。

(3) 絵画材料の流入

 イギリスで制作された作品と国内で制作された作品の下地が,成分構成や層の構

成,化石状の微小物体を含有していることなど,多くの点で共通な特徴を示すことか

ら,明治初期においてはイギリスからキャンバスを始めとして多くの画材が流入して

いたことがうかがえる。百武兼行は滞英時代に,イギリスの代表的画材メーカーであ

るウィンザー&ニュートン社製のキャンバスを使用しているが,その下地の特徴とイ

ギリス・日本型の下地とが一致する点が多いことから,流入して来た画材,少なくと

もキャンバスは同社製である可能性がじゅうぶんに考えられる。  また,高橋由一の作品には,「①イギリス・日本型」,「③フランス・イタリア型」, 「⑤その他の亜鉛華を含む下地」等の様々な組成の下地が用いられている。「墾道八景

第二景 栗子山」の下地は,成分的には③に分類されているが,薄い絵絹の上に塗ら

れた下地がフランスやイタリアから輸入されたものとは考えにくく,また鉛白粒子の

分散の仕方も他の作品とは異なっているところから,下地を由一自身が制作した可能

性が強い。

 由一はヨーロッパに留学することなく,国内で油彩画技術についての熱心な研究を

行なったことを考えれば,彼は新しい技術情報や,絵画材料に対して敏感に反応した

と思われる。従って,彼の作品に見られる下地組成の多様性は,当時イギリスからの

画材の流入の他に,フランス・イタリアからもかなりの流入あるいは技術的な影響が

あったことを示すものと考えられる。

 更に,亜鉛華の使用は我が国でも早く,由一の旺盛な研究態度の一端がそこにうか

がえる。 388

(31)

7.む す び

6.結

 明治初期の作品の下地は,大きく分けて2種類のものがあることが判明した。つま

り,イギリス・日本型とフランス・イタリア型である。  イギリス・日本型は,炭酸カルシウムに鉛白が加えられる成分構成となっており,

それらの配合比は次第に変わりながら1から3層の構成になっている。各層での両者

の割合は,下層ほど炭酸カルシウムが高く,上層に行くに従って鉛白が高くなる。更

に,炭酸カルシウムの層中に,中世代白亜紀に堆積したと考えられる石灰質ナンノプ

ランクトンの化石が見られ,これによって,下地中の炭酸カルシウムはヨーロッパの

白亜紀の地層から産出した白亜である可能性が強いことが確認された。

 フランス・イタリア型は,鉛白に少量の炭酸カルシウムが加わり,1から2層の構

成になっている。ただし,鉛白と炭酸カルシウムの配合比は各層で同じである。こち

らの下地からは化石は検出されない。

 イギリス・日本型の分類が示すように,国内で制作された作品の下地と,イギリス

で制作された作品の下地とが多くの共通点を有することが明らかになった。従って,

明治初期においては,絵画材料,あるいは絵画技術の多くがイギリスから流入してい

たことが考えられる。

7. む す び

 本研究を進めるにあたり,深い御理解と惜しみない協力を頂きました創形美術学校

修復研究所所長歌田真介氏,並びに研究所員の皆様,貴重な試料を提供下さいました

東京芸術大学芸術資料館,化石の同定に関し全面的な援助を頂きました金沢大学教養

部教授高山俊昭氏,並びに帝国石油株式会社技術研究所佐藤時幸氏,貴重な助言を数

多く頂いた東京芸術大学美術学部教授坂本一道氏,並びに国立歴史民俗博物館考古研

究部助教授春成秀樹氏,数々の助言と激励を頂きました明治美術研究学会の会員の皆

様に対して深謝致します。

 本研究は,国立歴史民俗博物館が行なっている特別研究「在来技術の近代化過程に

おける変容」の研究成果の一部である。なお,本稿の一部については,明治美術研究

学会第37回例会において「明治初期洋画の下地組成」と題した口頭発表を行なってい

る。 389

(32)

初期洋画の技術的変遷(1) 参考文献 1)青木 茂:高橋由一の油絵技法一潤色法について,近代の美術No.24「高橋由一」,至文  堂(1974) 2) 歌田真介,森田恒之:油絵修理報告,佐賀県立博物館報,27(1975),6−2 3)神庭信幸:高橋由一作品の材料・技法,創形美術学校修復研究所報告,2(1982),14−19 4)青木茂,森田恒之,神庭信幸,歌田真介:金刀比羅宮の高橋由一作品調査一第1報一,  創形美術学校修復研究所報告,3(1983),24−33 5)神庭信幸:若杉五十八「鷹匠図」一技法と材料一,創形美術学校修復研究所報告,3(1983),  34−37 6)青木 茂,森田恒之,神庭信幸,歌田真介:金刀比羅宮の高橋由一作品調査一第2報一,  創形美術学校修復研究所報告,4(1984) 7)青木 茂,森田恒之,神庭信幸,歌田真介:金刀比羅宮の高橋由一作品調査一第3報一,  創形美術学校修復研究所報告,5(1985),36−47 8) 神庭信幸:油彩画の加筆および補筆について,古文化財の科学,26(1981),74−80 9) Stolow, N., Hanlan, J. F, Boyer, R.,’Element distribution in cross・sections of pain・  tings studied by the X・ray microprobe’, SIC,14(1969),139−151 10) Haar, G. E.,,On the use of the electron microprobe in analysis of cross・section of  paint samples’, SIC,16(1971),41−55 11)宮田順一歌田真介,杉木龍一郎:原田直次郎作「靴屋の阿爺」−EPMA法による絵画試  料の分析一,東京芸術大学美術学部紀要,22(1987),63−80 12)神庭信幸:油彩画作品の下地組成の分析,東京芸術大学大学院保存科学修士課程の修士  論文(1979) 13)Gettens, R, J., FitzHugh, E. W., Feller, R. L.,’ldenti丘cation of the materials of  painting:9. calcium carbonate whites’, SIC,19(1974),157−184        (本館 情報資料研究部)        (1988年8月31日 受付) 390

(33)

The Ground of Oil Paintings in Early Meiji Period

KAMBA Nobuyuki

  The electτon microprobe has been used to analyse cross sections of ground layerswhich have been sampled from oil paintings painted by Japanese in early Meiji Period. The ground has been classified into three types a㏄ording to its structure and materials. Type I has a three−1ayer construction which contains: 1)calcium carbonate;2)calcium ca丈bonate and lead white;3)1ead white from bottom layer upward. Fossils, calcareous nannoplankton, are observed in calcium carbonate in most of type I ground. Type I ground is a characteristic one in paintings painted in Great Britain and Japan. It is closely related with the ground of the Windsor and Newton’s canvas which had been produced in England. Type II, is a characteristic ground in paintings painted in Italy and France, has a one or two layer construction which contained mainly lead white and small amount of calcium carbonate. Type III is the ground which does not belong to above two types and oontained zinc oxide white. 391

参照

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演題番号 P1-1 ~ P1-37 P2-1 ~ P2-36 ポスター貼付  9:00 ~ 11:00  9:00 ~ 11:00 ポスター閲覧 11:00 ~ 18:20 11:00 ~ 17:50 発表(ディスカッション) 18:20 ~

1 昭和初期の商家を利用した飲食業 飲食業 アメニティコンダクツ㈱ 37 2 休耕地を利用したジネンジョの栽培 農業 ㈱上田組 38.

〜 3日 4日 9日 14日 4日 20日 21日 25日 28日 23日 16日 18日 4月 4月 4月 7月 8月 9月 9月 9月 9月 12月 1月

6/18 7/23 10/15 11/19 1/21 2/18 3/24.

番号 団体名称 (市町名) 目標 取組内容 計画期間 計画に参画する住民等. 13 根上校下婦人会 (能美市)

番号 団体名称 (市町名) 目標 取組内容 計画期間 計画に参画する住民等. 13 根上校下婦人会 (能美市)

番号 団体名称 (市町名) 目標 取組内容 計画期間