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Vol.27 , No.1(1978)067三友 健容「『アビダルマディーパ』作者に対する二・三の問題」

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Academic year: 2021

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﹃ ア ビ ダ ル マ デ ィ ー パ ﹄ の 作 者 に 関 し て、 こ の テ キ ス ト を 刊 行 し た やP. S. Jainin 氏 は、 ヤ シ ョ ー ミ ト ラ の ﹃ 倶 舎 論 註 ﹄ に 引 用 さ れ て い る 衆 賢 の 思 想 と ﹃ デ ィ ー パ ﹄ の 思 想 と が 一 致 す る と こ ろ か ら、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ の 作 者 は、 ﹃ 大 唐 西 域 記 ﹄ に 出 て く る 衆 賢 の 弟 子 のVimalamitra で あ ろ う と 推 定 し た。 と こ ろ で、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ の 業 品 を 読 ん で い つ た と こ ろ、 衆 賢 が、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ の 主 張 を 非 難 し、 訂 正 し て い る の に も か か わ ら ず、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は こ れ を 採 用 せ ず、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ の 説 を、 そ の ま ま 踏 襲 し て い る と こ ろ が、 か な り 多 く あ る と い う 事 実 に ぶ つ か つ た の で あ る。 そ こ で、 本 稿 に お い て、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は は た し て、 衆 賢 の 忠 実 な 思 想 の 後 継 者 で あ つ た の か ど う か と い う 点 に つ い て ジ ャ イ ニ 氏 の 根 拠 を 再 吟 味 し よ う と す る も の で あ る。 1 d r gvyaparamanu に つ い て ﹃ デ ィ ー パ ﹄ で は、 ( 1 ) し か し て、 倶 舎 作 者 (Kosakara) は、 ﹁ 極 細 な る (sarva-suksma) 色 の 聚 り (rupa-samghata) が、 極 微 (paramanu) で あ る L と い う。 こ れ に よ つ て、 聚 と は 別 の (samghata-vyatirikta) 他 の 色 (rupanyad) が 説 か る べ き で あ る。 も し、 (聚 と は 別 の 他 の 色 が) な け れ ば、 聚 も な い こ と に な る。 こ の 故 に、 ﹁ 極 細 な る も の (sa-nva-suksma) が、 色 の 極 微 (rupaparamanu) で あ る ﹂ と い う こ と が 成 り 立 つ。 と あ る。 す な わ ち、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ が、 八 事 の 集 合 を 極 微 で あ る と し た こ と に 対 し、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は、 八 事 の そ れ ぞ れ が 極 微 で あ る と 主 張 す る の で あ る。 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ で は、 ( 2 ) 有 対 色 申、 最 後 細 分 更 不 レ 可 レ 析 名 二 極 微 ↓ 謂 此 極 微 更 不 レ 可 下 以 二 余 色 一覚 慧 分 析 為 吾 多。 此 即 説 為 二色 之 極 少 ↓ 更 無 レ 分 故、 立 二 極 少 名 ↓ 如 丁 一 刹 那 名 二 時 極 少 嚇 更 不 レ 可 丙 析 為 乙 半 刹 那 恥 如 レ 是 衆 微 展 転 和 合 定 不 レ 離 者 説 為 二微 聚 殉 と 述 べ、 玄 奨 訳 に よ る 限 り、 衆 賢 は、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ と 同 じ く 八 事 の そ れ ぞ れ を 極 微 と し、 こ の 集 り の 一 単 位 を 微 衆 と し て ﹃ ア ビ ダ ル マ デ ィ ー パ ﹄ 作 者 に 対 す る 二 ・ 三 の 問 題 ( 三 友)

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-221-﹃ ア ビ ダ ル マ デ ィ ー パ ﹄ 作 者 に 対 す る 二 ・ 三 の 問 題 ( 三 友) ( 3 ) い た よ う で あ り、 こ の 点 に 関 し て は、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ の 説 に 類 似 し て い る。 2 prapti に つ い て 得 (prapti) に 関 し て、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は ﹃ 倶 舎 論 ﹄ と 同 じ よ う に、 成 就 (samanvagama) と 獲 (labha) と に 分 類 定 義 し、 さ ら に、 有 法 性 (dharmavatta) で あ り、 建 立 (vyavasthitti) で ( 1 ) あ る と す る。 ジ ャ イ ニ 氏 に よ れ ば、 こ の 定 義 は、 ヤ シ ョ ー ミ ト ラ の 引 用 す る 衆 賢 の 定 義 と き わ め て 一 致 す る と い う の で あ る。 す な わ ち、 ヤ シ ョ ー ミ ト ラ は、 一 あ る 人 に 属 す と い う こ と を 知 る た め の 標 幟 (jnana-cihan) で あ り、 二 得 し た 法 を 失 わ し め な い 因 (oratilabdha-dharmavipranasa-karana) で あ る と、 衆 賢 が 主 張 し て い た と い う ﹃ デ ィ ー パ ﹄ に い う 建 立 と い う の は、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ で は、 毘 婆 沙 師 の 立 場 と し て、 凡 夫 と 聖 者 と の 違 い を 建 立 す る 因 (vya-Vastha-hetu) が 得 で あ る と 説 か れ て い る こ と を 指 し、 こ れ が、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ で、 得 し た 法 を 失 わ し め な い 因 と 呼 ば れ る の で あ る。 ま た、 有 法 性 と は、 法 を 持 し て 散 失 せ し め な い 作 用 と い う こ と に な る で あ ろ う か ら、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ で い う よ う に、 誰 そ れ に 属 す と い う 違 い を 知 る た め の 特 徴 と い う 意 味 と は 少 し 異 る。 そ う し て み る と、 ジ ャ イ ニ 氏 の 指 摘 す る ﹃ デ ィ ー パ ﹄ の 建 立 (byavasthiti) と、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 巳 得 不 失 因 (prati d k r mavipranasa-karana) と の 一 致 に 関 し て は、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ 中 の 毘 婆 沙 師 説 を 採 用 し て い る の で あ る か ら、 有 部 に 属 す る ﹃ デ ィ ー パ ﹄ と 衆 賢 が 一 致 す る の は 当 然 で あ り、 ま た、 も う 一 つ の 有 法 性 (dharmavatta) と 智 標 幟 (jnana-cihana) と が、 同 じ こ と を 定 義 し な い か ら、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ と ﹃ 順 正 理 論 ﹄ と が 得 に 関 し て 同 じ 考 え 方 を も つ て い た と い う 積 極 的 理 由 に は な ら な い。 3 同 分 (sabhagata) に つ い て ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は、 聖 と 非 聖 と を 区 別 す る 実 有 の 法 で あ り、 ( 5 ) 愛 楽 の 因 (ruci-hetu) で あ る と 述 べ る。 ジ ャ イ ニ 氏 は、 衆 賢 の、 ﹁ 身 根 の 建 立 (sarirendriya-samsthana) ・ 動 作 ( c esta) ・ 飲 食 (ahara) な ど が 相 似 る 因 (sabhagya-karana) と、 互 い に 結 び つ く 因 (abhisambandha-nimitta) と が、 同 分 で あ る。 ﹂ と い う 説 と、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ の 説 と が 似 て い る と い う の で あ る が、 内 容 的 に は、 ま つ た く 一 致 を 見 な い。 た だ し、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ のanyonyabhir abhidambandha-niiitta を、 漢 訳 で は、 コ 展 転 相 い 楽 欲 す る 因 L と 訳 し て お り、 玄 莫 訳 の よ う に 見 れ ば、 定 義 に 類 似 が な く も な い が、 積 極 的 理 由 は な い。 4 所 覚 (mata) に つ い て 眼 ・ 耳 ・ 鼻 等 の 六 識 に よ る 認 識 の 仕 方 を、 見 ・ 聞 ・ 覚 ・ 知

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-222-に 分 け て 論 ず る の で あ る が、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ に は、 ﹁ 鼻 ・ 舌 ・ 身 の 三 つ に よ つ て、 そ れ に、 こ れ ら の 識 と 意 識 と に よ つ て 所 知 ( 6 ) (anubhuta) が あ り、 そ れ が 所 覚 (mata) と い わ れ る。 ﹂ と あ り、 こ の 考 え 方 は、 ヤ シ ョ ー ミ ト ラ の 引 用 す る 衆 賢 の ﹁ 三 つ の 自 根 (svendriya) に よ つ て 得 ら れ た も の が、 所 覚 (mata) で あ る ﹂ と い う 思 想 に 類 似 す る と い う の で あ る。 実 は、 こ の 考 え 方 は ﹃ 順 正 理 論 ﹄ 独 自 の も の で は な く、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ に 出 て く る 毘 婆 沙 師 の 考 え 方 で あ る。 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ も ﹃ 順 正 理 論 ﹄ も 有 部 説 に 立 つ て い る 限 り、 こ の 説 を と る の 鳳 当 然 で あ り、 こ れ を も つ て、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 影 響 と は 言 え な い。 さ ら に、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ で は、 三 識 と 意 識 と の 所 知 を 所 覚 と し て、 意 識 を 数 え る の で あ り、 こ れ は、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 考 え 方 と は 異 る の で あ る 5 僑 (mada) に つ い て ﹃ デ ィ ー パ ﹄ で は、 六 煩 悩 垢 (klesamala) 中 の 僑 に つ い て ( 9 ) 心 の お ご り (citta-smaya) が 僑 で あ る。 し か し て、 こ れ は、 色 (rupa) ・ 善 (kula) ・ 力 (bala) ・ 若 さ (yauvana) ・ 無 病 (aro-gya) ・ 弟 子 (parijana) ・ 囲 ハ盛 事 (sampatti) の 染 著 か ら 生 ず る (samragaja) 放 逸 の 住 処 (pramadaspada) で あ り、 種 々 の 根 (vividhendriya) が 住 し (vibhrama)、 生 じ (utpada)、 生 起 (ja-naka) す る。 と 説 明 し、 ジ ャ イ ニ 氏 の 指 摘 す る ヤ シ ョ ー ミ ト ラ の 解 釈 で は、 自 己 の 法 (svadharma) に お い て、 染 著 す る (rakta) 放 逸 の 心 (darpacetas) の 故 に、 傲 慢 (pratisamhara) の 故 に、 諸 の 善 法 の り 所 作 (kusaladharma-kriya) か ら 遠 ざ か る (pratisamhara) こ と が、 僑 (mada) で あ る と、 ア ジ ャ リ ・ サ ン ガ バ ド ラ は い う。 と あ り、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 漢 訳 で は、 染 著 す る 自 法 で あ る 対 象 を 具 体 的 に、 勇 健 ・ 財 位 ・ 戒 ・ 慧 ・ 族 等 と あ げ る が、 こ の う ち ﹃ デ ィ ー パ ﹄ と 一 致 す る の は、 財 位 (bhoga) の み で あ り、 ま た、 す で に ﹃ 大 毘 婆 沙 論 ﹄ 巻 第 四 十 三 に は、 ( 8 ) 橋 者 不 レ 方 レ 他 但 自 染 二著 種 姓 色 力 財 位 智 等 一心 傲 慢 相。 と あ る か ら、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ や ﹃ 順 正 理 論 ﹄ 独 自 の も の と は い え な い ま た、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 染 著 (rakta) と、 ﹃ デ ィ パ ﹄ の。 ・ 穿 m r 鋤 gq 餌 は 類 似 し た 言 葉 で あ る が、 こ れ は、 す で に ﹃ 倶 舎 論 ﹄ に ( 9 ) し か し て、 僑 (mada) と は 自 法 (svadharam) に 染 著 (rakta) す る そ の 心 か ら、 傲 逸 (paryadana) が あ る。 と あ る の で あ る か ら、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は ﹃ 倶 舎 論 ﹄ を 参 考 に し て い る 以 上、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ か ら の 影 響 と は い え な い 自 法 の 内 容 に つ い て、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ 随 眠 品 に は、 ( 10 ) 有 余 師 説、 従 レ 貧 所 レ 生 侍 一一己 少 年 無 病 寿 等 諸 興 盛 事 一心 傲 名 レ 僑。 と あ つ て、 こ れ は ﹃ デ ィ ー パ ﹄ に き わ め て よ く 似 て い る。 こ ﹃ ア ビ ダ ル マ デ ィ ー パ ﹄ 作 者 に 対 す る 二 ・ 三 の 問 題 ( 三 友)

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﹃ ア ビ ダ ル マ デ ィ ー パ ﹄ 作 者 に 対 す る 二 ・ 三 の 問 題 ( 三 友) の 有 余 師 の 考 え 方 は、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ に も、 ( 11 ) (酔 が) 酒 か ら 生 ず る よ う に、 ( 僑 は) 貧 か ら 生 ず る (ragaja) 欣 挙 の 差 別 (samraharsanavisesa) が 橋 で あ る と 他 の 人 々 は い う。 と あ り、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 有 余 師 説 に あ る 食 よ り 生 ず る と い う 原 語 は、ragaja で、 こ の 言 葉 は、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ のsamragaja と 同 じ で あ る か ら、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は、 こ の 有 余 師 の 考 え 方 に 立 つ て い た こ と が わ か る。 こ の ﹁ 有 余 師 ﹂ が 具 体 的 に 誰 を 指 す の か は 明 確 で な い が、 ﹃ 大 毘 婆 沙 論 ﹄ で も、 有 余 師 が、 僑 を 貧 の 等 流 果 と 見 て い た と あ り、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ の 学 系 は、 衆 賢 と は 別 で あ つ た こ と が わ か る。 (6) 界 (dhatu) に つ い て 仏 の 十 力 の う ち の、 種 々 界 智 力 ( nana-dhatujnana-bala) に つ い て、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ に (13 ) ま た、 こ れ ら 前 の 薫 習 界 (purvabhyasa-vasanadhatu) は、 宿 生 に お い て、 徳 (guna) ・ 過 (dosa) ・ 知 (vidya) ・ 工 巧 (silpa). 業 の 窯 習 (karmabhyasa) の た め に、 こ れ ら 薫 習 さ れ た も の が、 実 に、 こ こ で は、 諸 の 界 で あ る と、 差 別 に よ つ て 知 る べ き で あ る。 と し て、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ や、 そ れ 以 前 の 論 書 に は 見 ら れ な い 解 釈 を す る。 ヤ シ ョ ー ミ ト ラ に よ れ ば、 衆 賢 は、 ﹁ 前 の 重 習 の 招 集 し つ つ あ る 意 楽 (purvabhyasa-vasa-asaya) が 界 で あ る と 主 張 し た と 述 べ て お り、 こ の 点 に 関 し て は ﹃ 順 正 理 論 ﹄ と ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は 似 た 考 え 方 を 持 つ て い た こ と が わ か る (7) ( vitarka) と 伺 (vicara) に つ い て ﹃ デ ィ ー パ ﹄ に よ れ ば、 尋 と 伺 と は 同 時 生 起 を し な い と 主 ( 14 ) 張 す る。 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ で は、 毘 婆 沙 師 の 同 時 生 起 説 が 紹 介 さ れ て お り、 ﹃ 大 毘 婆 沙 論 ﹄ は、 有 余 師 の 異 時 生 起 説 に 対 し、 同 ( 15 ) 時 生 起 説 を 主 張 し て い る の で あ る が、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ は こ れ に 対 し、 異 時 生 起 説 を 採 用 し て い る の で あ る。 こ の 点 に 関 し て は、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ と ﹃ デ ィ ー パ ﹄ と は、 新 し い 見 解 に 立 つ て い る こ と が わ か る。 (8) 神 通 (rddhi) と 三 昧 (samadhi) に つ い て 三 示 導 中 の 神 通 に 関 し て、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は、 神 通 を 三 昧 所 ( 16 ) 成 (samadhi-rupa) と す る。 こ の 考 え 方 は、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ に 出 て ( 17 ) く る 毘 婆 沙 師 の 考 え 方 と 同 じ で あ る が、 ヤ シ ョ ー ミ ト ラ は、 三 昧 を 神 足 (rddhi-pada) あ る い は 神 通 と す る の は 衆 賢 の 考 え 方 で あ る と い う の で あ る。 ( 18 ) ジ ャ イ ニ 氏 は、 こ の こ と か ら、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ と ﹃ 順 正 理 論 ﹄ と の 教 理 内 容 が 一 致 す る と い う の で あ る が、 す で に ﹃ 倶 舎 論 ﹄ に 毘 婆 沙 師 の 説 と し て 紹 介 さ れ て い る の で あ る か ら、 ﹃ 順 正 理 論 ﹄ 独 自 の 考 え 方 と は 言 え な い し、 有 部 の 立 場 に 立

(5)

つ ﹃ デ ィ ー パ ﹄ が、 こ の 説 を 採 用 し た に し て も ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 影 響 と は 断 定 で き な い。 (9) 三 明 (bidya) に つ い て ﹃ デ ィ ー パ ﹄ に よ れ ば、 宿 住 智 証 明 (purvanivasajnanas a-ksatkriyavidya) に よ つ て、 前 際 の 愚 (purvanta-sammoha) が 治 せ ら れ、 死 生 智 証 明 (byutyupadajnanasaksatkriyavidya) に よ つ て 後 際 の 愚、 漏 尽 智 証 明 (asavaksayajnanasaksatkriya-( 19 ) vidya) に よ つ て 中 際 の 愚 が 治 せ ら れ る と 説 明 さ れ て い る。 ジ ャ イ ニ 氏 は、 ヤ シ ョ ー ミ ト ラ の 引 用 す る 衆 賢 の 考 え 方 が、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ と ま つ た く 一 致 す る 所 か ら、 こ れ を も つ て ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 説 を 採 用 し て い る と す る の で あ る が、 実 は、 こ の 考 え 方 は、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ に す で に 述 べ ら れ て い る の で あ る。 そ れ 故 に、 こ の 説 の 一 致 を も つ て ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 影 響 と は い え な い の で あ る。 ( 20 ) 以 上 の 考 察 の 結 果、 ジ ャ イ ニ 氏 の 指 摘 す る ﹃ デ ィ ー パ ﹄ と ﹃ 順 正 理 論 ﹄ と の 教 理 内 容 の 一 致 の 根 拠 は、 そ の ほ と ん ど が ﹃ 倶 舎 論 ﹄ に す で に 述 べ ら れ て い る 毘 婆 沙 師 の 主 張 で あ り、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ が ﹃ 倶 舎 論 ﹄ を 参 考 に し て、 有 部 説 を 展 開 し て い る 以 上、 こ れ を も つ て ﹃ 順 正 理 論 ﹄ の 説 を 継 承 し て い た と い う 証 拠 に は な ら な い し、 む し ろ、 衆 賢 の 説 で は な く 有 余 師 の 説 を 採 用 し て お り、 衆 賢 の 主 張 を ま つ た く 無 視 し て い る と ( 21 ) こ ろ も か な り 多 く あ る の で あ る。 そ れ 故、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ は 衆 賢 と 学 系 を 異 に す る 人 で は な か つ た か と 考 え ら れ る の で あ る 1 F.

S. Jaini" Abhidharmadipa with vibhs

p. 6 5. 2 大 正 蔵 二 九 ・ 三 八 三 c。 3 玄 婁 訳 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ は ﹁ 色 聚 の 極 細 な る は 微 聚 の 名 を 立 つ ﹂ ( 大 正 蔵 二 九 ・ 一 八 b) と し て 微 聚 と い う 言 葉 を 使 う が、 原 語 は paramanu で 極 微 の こ と で あ る。 衆 賢 は 世 親 説 と 異 る と き 必 ず 非 難 す る の に、 こ こ に は 何 ら 非 難 が な く、 ま た 玄 突 は 微 聚 の 語 を 極 微 に お き か え て い る。 そ う す る と 衆 賢 は 必 ず し も 事 極 微 説 を と つ て い た と も い い き れ な い か も し れ な い。cf. 吉 元 信 行 説 ( 印 仏 研 二 〇 1 三)。 4 Dipa, p. 87. 5 Dipa, p. 89 6 Dipa, p. 162. 7 Dip, p. 3 0 7. 8 大 正 蔵 二 七 ・ 二 二 三 a。 9 Pradhan: K osa, p. 6 1. 10 大 正 蔵 二 九 ・ 六 四 六 c。 11 K osa, p. 61. 12 大 正 蔵 二 七 ・ 二 二 三 a。 13 Dipa, p. 38 5. 14 Di pa, p. 83. 15 大 正 蔵 二 七 一 九 a。 16 Dipa, p. 399 17 K osa, p. 425 18 大 正 蔵 二 九 ・ 七 二 七 b。 19 Dipa, p. 3 9 7 20 ジ ャ イ ニ 氏 は こ の 他 bija に つ い て も あ げ て い る が、 衆 賢 の 考 え 方 と 一 致 し て い る と い う の で は な く、 ﹃ デ ィ ー パ ﹄ が 種 子 説 を 批 判 し て い る と い う だ け で あ る の で、 紙 数 の 都 合 上 省 略 し た。 21 拙 稿 ﹁ ﹃ ア ビ ダ ル マ デ ィ ー パ ﹄ 業 品 の 検 討 一 ﹂ ( 仏 教 学 七 号 掲 載 予 定)。 ﹃ ア ビ ダ ル マ デ ィ ー パ ﹄ 作 者 に 対 す る 二 ・ 三 の 問 題 ( 三 友)

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