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仏教文化研究所紀要43 005芳村 博実・楠本 信道・岡本 健資「仏教思想の現代的意味」

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(1)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  Unlverslty

常設

思 想

的意味

 

 

任 主 究 研 員 員 究 究 研 研 は  じ め  に

 

上の課 題の下で ,

2003

年 度よ り共 同 研 究を続 けて

た。 こ の研 究チ

ム をス タ

トさせ た最 大の理 由は, 研 究 員 そ れ

れ が

仏教資

料を扱い な が ら, 専 門 的 知 識 を

求さ れ る

で ,

問と しての

か ら

無意識

れて い くこ とであっ た。 サ ソ ス ク リッ ト, パ

リ, チベ ッ ト

な どの

を学 習 することが, そ れ らの資 料を

前提

で あるが, 古

代文献

紐解

く過 程で,

学を習

熟す

れば

る ほ ど, 伝 統 的 研 究 者の解 釈が

意識

の 内

tr

こ, 読み手に影 響を与え

限 を 加 える

特に

仏 教 分 野で の

訳の影

,非常

く, 長い間, 目本 人の仏 教 研 究

っ て来た と言っ て よい。

 

勿論

現代

学者

幾 人かが, こ の呪

か ら

解 き放

たれることを 目指し て, それぞ れ の

仏教

を現

す とい うような試み を地

かつ

んに行っ て い る ことも

事実

である

。翻

訳とい う

業の中で, その恩 恵に浴しなが ら も

しか し, 我々は仏

素晴

ら しさ を今, 友 人に

え切れ

にい る

実がある。

 

仏 教の

伝統

くこれら

も有 意 義 な 仏 教の片鱗で も分か ち

えれ ば, こ の共 同研

の意 義は ある ことにな ろ う。

代の高 等 学 校 を

業し た人 間な らば

理 解 可

な仏

教断

片を

景非

人に示し たい, と望ん で の研 究である。

 

今 回は,

本 信 道と岡

本健資

の 二

論文

を 掲

して, 我々 の研 究 成

端を 示

こと と し たい。

       (

芳 村

 博実)

(1 ) N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(2)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  University 仏 教 思 想の現 代的意味

0

め に

0

1

 

仏 教 思 想の現 代 的

意味

とい うテ

h

る こと

  

仏 教 思 想

現代的

意 味 とい うテ

マ のも とに

者 が

う具

体的作

業は,

者 自身が現 代 における問 題と感じ るこ とを 意 識 しつ つ 仏 教 文 献

み直

こ と である。 その 作 業は

筆 者が

従来行

っ て きたこ と とはや や 異 なる 。

 

筆 者 が

従来行

っ て きた ことは, 特 定の仏 教 文 献

主に紀元

3

4

頃イン ドに お い て成 立 した仏 教 説 話

を対

と し て, その成立 し た時 代 背 景 や 文 脈を踏まえながら, そこ に説 示 さ れた内 容を明らか に し ようとすることであっ た

そ して

その成立

背景

と文

ま え るとい う立場は大 切 な もの で ある と

自負

して いる。 とい うのも

その

文献

に おいて説 示 された

容を

,時代

脈を無 視し て 自 由に捉えるな ら ば, その こ とに よっ て, 本 来の意

とかけ 離 れた勝 手 な解 釈が生み出さ れ, ひい てはその文 献の説 示 内 容に対 する大 ぎな誤

が 引 き起こ されることに もなるか らである。

 

つ 広 く

い思

のどの部 分に現

へ の

言があるの か」 を探る ことを 主眼と し た 「

思 想現 代 的 意 味 い うテ

以 上

なこれま で

者が行っ て ぎた作 業に

も う

つ の視 点を要 請 する。 す なわち, 仏 教 文 献に説示 さ れ た

容が現 代の問 題 と ど う関わ るの か

とい う視 点である。 そ れは 仏 教 文 献を読 む 際の現

視点

とい っ てもよいだ ろ う

し か し

,既

に述べた と お り

仏 教 文 献に説 示された

内容

を, その時

脈と を無 視し て現 代 的に解 釈 する な らば

を生むこ とにな りかね ない

その

か ら

者に は大い なる不 安が

在 するの であ る。

 

し か し

方で仏 教 文 献をひ もとけば

そこ に は仏 教

が 現

社 会

当時の現 代

とつ に 向 き合っ て きた歴 史を見 出すこ とがで きる その 歩みは 律 典で は 当時の

現実社会

団 規 則の 変 更に お い て確 認で きる し

論 典で は

当 時の仏 教 徒の様々な現 実 生 活に

じた 実 践 道とその意 義 を 教 示 する箇 所に おい て

認で きる。 仏

に教 示 する経 典ですら,

当時

現実社会

応 する ように教 えの表 現 方 法を変 えて きた歴

る。 こ の様な事

か ら は, 仏

教徒

が現 代 的 視 点を失わず

仏教

め てい たこ と が見 えて くる。 とする な らば, 現 代の 問 題を

識しな がら

仏教文献

むこ ともま た認め られて良い作 業であろ う。

 

的 視 点を

っ て仏

教文献

を読み進めるとし て も

現 代の 問 題に

する

解決法

見 出 い か もしれ ない し か し

現 代 的 視 点か ら注目 され る仏 教 文 献における説 示 内 容は, 現 代の問 題 を考えつ づるきっ かけ を 与 えて くれるだろう (2 ) N工 工

Eleotronio  Library  

(3)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  Unlverslty

      

仏 教 思想の現代的

0 . 2  

判員

創 度につ い て

 

稿

におい て

筆 者が現 代における問 題 として興

を抱い たのは

,最

近 話 題 となっ て い る裁 判 員 制

である。 ま

は その

概要

を 示 そ う。

 

が 裁

判官

緒に 刑 事 裁

を行い

罪 ・無罪

の決

定 及

の決

を行 う

 

判員

度」 導入の た め の法 律が

,2004

4

月に衆 議 院を通 過し

5

月には参 議 院を通 過して成 立

5

2

ユ日

)す

ること と な っ た。

民 が

裁判官

対等

な 立場で刑

事裁

判に

参加

する, とい うの が 既に決定 し た こ の制度大 枠るD

 

f裁

舗 度」 の実 施が導 くことは, これ まで刑 事 裁

に おける決

に聞 接 的に しか

加し ていなか っ た国 民が

直 接 的に

るとい うこ とで ある

もし,

者が重 大な犯

っ た な らぽ

これまで刑の

決定

わ っ て こなか っ た

々 の

意見

加味

さ れ て

筆者

か れ るこ と とな ま た

,筆

者 自身 が 犯

わ な か た と し て も

筆者

判 員と なっ た な らば, 刑の決 定に何 ら知識 を 有しない 筆 者 自身が, 刑の 決

加せねば な ら ない こと と な るe

0

3  

稿

の 目

 

特 別の知 識 を 持っ た 人 物 (裁 判 官

が刑の決

を 行っ て いた これ まで と

な り

, 筆

者を

め, 刑の決 定にあた り留 意 すべ きことに対 する知 識 を 殆 ど持た ない人の

見が, 直 接 的に刑の 決 定に反 映 され るこ とに対し て

筆 者は 躊 躇 を 禁 じ

ない

者 自

が裁

判員

となった

合 に,

被告

人に対して

感情

冷静

な判 断を失わせ, 不当な る刑の 決 定を導い て し まうの で は ないか, とい う恐

じ る か らである。

 

本 稿の 冒的は こ の創 度の 是 非を論 ずるこ とではない

稿

の 目的 とする こと

筆 者が興 味を

くこ ととい うの は, この 「

静な る判 断を失わ せ 不 当 なる刑の 決 定に導 く

情」 とは

か , とい うこ と である。

こ の

裁判員制度

し て

化の

引 き金

と な る とい う

評 が

く な さ れ てい る こ とから

稿

で は 厂必

要以

上に重い刑の決 定に

感情

」 とは何か とい うこ と にしぼっ て

え て み る

 

こ の こ と を

える

の手 がか りとして

イン ドの王 に焦

て る。

古代

イγ ドに おい て, 王は刑

事 ・

を問わず

に おける

判決

最終責任者

であっ た か らで

る,

に, 仏

の王 とし て

ら れ る

元 前

3

実在

したア シ H

力王に つ い て は, 仏

典中

状 を

る伝 説が保

されて い るの で, これ を

検討

象とする。 ア シ ョ

カ王の伝 説の

分析

に よ っ て, 刑の

泱定者

が どの

に描かれて い る の か を探っ てみ ることにする

1

ア シ a

力王

伝 説

につ い て アシ ョ

カ王 は

元 前

3

世 紀にイ ン ドに実 在した王である

彼が石 柱 や 自 然 石に銘 刻 させ た       ( 3 ) N工 工

Eleotronlo  Llbrary  

(4)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  University       仏 教 思想の現代的 意 味

= ア シ ョ

カ法 勅

の内 容は, 歴 史 的 事 実 として 彼が 仏 教 徒で あっ た

有力

証拠

る。 また, その碑文の記 述に よれ ば

彼は戦 争の 際の多 くの犠 牲 者 を 目の当た りに し て, 仏

徒になっ た とい う

 

さて, 以 上の

料とは 別に, 仏 教

徒達

が残した

典籍

に もア シ ョ

カ につ い ての

記述

在し て い る。 これ らを本 稿で は アシ ョ

カ王伝 説 と呼ぶ、 そ れ らの 資 料の 中で , ア シ ョ

カ は仏 教に対して 多 大 な

施を し た老, 仏 教の庇

者 として 描かれて い る。 そし て, その様 な 姿は特に

1

)iPavarpsa

MChdvampsa

い うス リラ ン カ 上 座 部の 保

する 歴 史 書

ま た

Diaydv

‘uidna とい う

部の

系統

まれるア シ ョ

カ王伝 説

ASokavaddna

と呼

及びそ れ と

致 する内 容 を 含 む 漢 訳

r

阿 育 王 伝』, 

r

阿 育 王 経』等に お い て詳 細に記 されて い る

1 . 1

  殺 害 者とし て の アシ ョ

 

仏 典に おい て

ア シ ョ

カが 仏

教帰

依 以

, 理

的な

信者

と し て

かれてい るこ と は

である。 同

に, 仏

は アシ ョ

カ が

帰 依

に は 王位

承を 巡 っ て兄

弟達

した こと も記 録し て い る

そして

こ の様 な仏 教 帰 依 前に おけるア シ ョ

カ の 殺 害 者 としての 姿に注 目 する研

究者

もい る。 山 崎 元

氏は, こ の殺

者と し ての姿を, アシ ョ

カ の仏 教 帰 依

観の仏

教徒

と し ての姿を

だ た せ る ため の文 学

手 法で ある1, と指 摘 する。

 

し か し

このなア シ ョ

カの持つ 殺

者と し ての

姿

J

 

S

 

Strong

氏 が

指摘す

に2,

つ か の 仏

に お い て は 仏 教 帰 依 以

に お い て も 見いだ される ところである

。 Strong

茂は

As

ekdwaddna 事 例 とて , ア シ ョ

カが仏 教 帰 依 以

に も殺

等の残 酷 な 行 為を行っ た と い う記 述に着 目する。

Strong

氏は, 「基 本 的に

MChdvamsa

におい て描

されるア シ ョ

カ 王の姿に親しんだ 読 者 達は

A

‘o航跏

4

伽 σ に おける

姿

ス リ ラ ン カの

史書

に おける そ れの ように は, 明る く栄えあるもの とは 限 らない とい うこ とに気づ き 驚 くであろ う 3 」 と述 べ ,

Divoravaddnate

おける ア シ ョ

カが身 体 的に醜 悪 なる者 として描かれて い る点 と4

,人

々 に害 を 与 える側 面を有してい る点に注 目してい る5。

に氏は, これ ま で指

さ れ て きた 「仏 教に帰 依 する前の ア シ ョ

カの 所

が,

のア シ ョ

カを

調 する た め に 使われて お り, そ れ は

伝説

とい うもの の 中に よく見 られる手 法である 」 との意 見に反 論して, 「し か し そ れ は

物語

りの

部分

を み れば そ うでない ことに気が付 く。 例えば, 彼

= ア シ ョ

が帰 依 と い う体 験の直 後, 彼が見い だ し た新しい価 値

盡 仏 教の教 え

に よ っ て強 く心 を

か さ れ た 6 考えられる時に, ア シ ョ

カ は ギ リ カ 7

温情

を 示すこと な く, 死

処す

の で

る 8 」 と指 摘 する。 そ し て, 「これ らの

(=

王によっ て な さ れ る殺 害

の含む ところは, 本 質 的に, お そ ら くは必 ず その様 な 行 為 を な す 傾 向のある者とし て王 を見て い た仏 教 徒 達の

潜在

認識

を反 映してい る9」 と結 論づけてい る

 

つ ま り, 仏

に おけるアシ ョ

カ の姿は, 歴 史 的に ア シ ョ

カがそ うして い た か否か とい う       ( 4 ) N工 工

Eleotronio  Library  

(5)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  University       仏 教 思 想の現 代的意味 ことよ りも, む し ろ, 古 代イ ン ドに おける 王の

姿

写し て おり, 処 罰の決 定 権 を 持っ て いた 王 とい う存 在が, その様に温

情無

殺害行為

を な

す傾 向

を持っ ていた こ と を示し て いるとい う のである。

 

もちろん, その 可 能 性は十 分 考 えられ る。 しか し,

A60

妨脚

4

跏 σ に おけるア シ ョ

カに よ り

われる

殺害

と, その

に 周 辺に居た人 物の反 応の描 写に注 意を払 うと

, ア シ ョ

カに よ る処 罰を通し て 更に指 摘 すべ き点

い だすことがで きる。

2

止 され

難 され

処 罰

 

辺の 人 物

描 写

注意

うべ

, と

べ た 理

は,

語の 中で アシ ョ

カが処 罰 を

前後

その 辺の

か ら 制 止や 非 難 を される描 写 が 存 在 する場 合 が ある か らで

る。 これらの

止 や

非難

写の

存在

は, ア シ ョ

カ に よっ てな される処 罰 が不

なもとし て と ら え られ ていた可

性を示して い る と考 え られる

以 下に, その

止 や

非難

が な される

の場 面の経

を示す。

2

1

  大臣達

と宮 女

と を殺

し た経

  

らの兄を殺

し, 王位 争

奪戦

に勝 利し たア シ ョ

カは

,怒

りに よっ て

躊躇

な く

殺害

  

う人 物 として 描かれは じめ る

ア シ ョ

カ は,

自分

尊敬

, 三度にわた り

命令

無視

  

し た

大臣達

して

rusitena

そ れ らの大 臣達

500

人を殺

し た1° 。 ま たア シ ョ

  

カ は

自身

と 同じ

である とい う理由で, アシ ョ

カとい う名の樹

に 愛

じ てい た

  

アシ ョ

カ王 を 嫌 う宮 女 達は腹いせ に こ の

る。 王は これを知っ て

りを生

  

じて

arnarSajatena に害をなした宮 女 達

500

人を殺

する11。 こ の ように残 虐 な 行 為

  

を見て, ア シ ョ

カ王 を 人々 は 「凶 暴 なるア シ ョ

Ca4da60ka

と呼んだ12

 

こ こ におい て

人々がア シ ョ

カ に与 える 「凶

な るアシ ョ

カ 」 とい う呼び名は

決し て

肯定的

えられ るもので な く,

非難

釈 すべ き もの である。

っ て, この 呼び名を導いた ア シ ョ

カ に よ る処 罰は非 難されるべ き ものと考 え られる

2 . 2 

王 妃テ ィ シュ ヤ ラ ク シ タ

を 殺 害し た経

  

アシ tt

 

ヵ王は

複数

し ていた。 妃達の 内

の 妃ティ シ ュ ヤ ラ ク シ タ

は,

  

眼の美しさの点で

名声

有す

るク ナ

ラ 王子

テ ィ シ ェ ヤ ラ クシ タ

に とって は義 理の息

  子)

想し た。 テ ィ シ = ヤ ラ ク シ タ

は ク ナ

ラ王子を誘 惑しようとするが 王子は こ   れを拒む。 そこ で テ ィ シ ュ ヤ ラク シ タ

は王子を逆 恨み し

仕 返し を しよ う とい う思いを   持っ て いた

或る時, 王子はタ クシ ャ シ ラ

市における 反 乱を 鎮圧 しに 行 くこ とに な っ

 

た。 クナ

ラ王子が

地 に去る と, ティ シ = ヤ ラ クシ タ

は行 動を開 始 する

。彼

女 はア シ       (5 ) N工 工

Eleotronio  Library  

(6)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  University       仏 教 思 想の現 代 的 意 味 こ

 

カ王 が 眠っ てい る

r

王子の 眼を抉 れ」 とい

命 令

を 造 りタ クシ ャシ ラ

  市

っ た。 王子は その

命令

容を知っ たが, 既に ヤシ ャ ス とい う名の上

か ら 「眼は     無 常である 」 とい う内 容の説 法 を 聴 聞し て い た の で, 動 揺 する ことな く, タ クシ

ヤ シ ラ

  市

じて王の

令書

りに 眼 を

らせた。

こ の

末を知っ た ア シ ョ

  

王はテ ィ シ ュ ヤ ラ ク シ タ

し て 怒り 1s , 「お

しきこ と を

っ た ta 」 と して

  

に罰

danda

)を与え ようとする15。 ク ナ

ラ王子は, 眼が抉 ら れた こ とは

らの 過 去 世の

  

業の果 報であ り, またテ ィシ ュ ヤ ラ ク シ タ

が良か らぬ行 為

naryakar 皿 a)を な し た と

  

して も王は 良 き行 為

aryakarma

を なすべ である

と言っ て自重を促 すt6。 し

し,

  

アシ ョ

カ 王 は王子の 言

け 入 れず,

っ て

a皿 arsitena

妃を処 刑し, 王子の眼

  

われた 土地であるタ クシ シ ラ

市の住 民

をも殺 して し ま うW。

 

こ こ では

テ a シ ュ ヤ ラ ク シ タ

に対 する処 罰

非難

の 記 述は存 在しない が

処 罰の前に 〜ナ

ラがア シ ョ

カ の行 為 を 制 止して い る。

2 . 3

  外 道 とその在 家 信 者 達 を殺 害し た経 緯

  

プ ン ダヴ ル ダナ市に お い て, ニ ル グラ ン タ

需 外 道の出

に従 う

家信者

  

が, ニ ル グ ラン タ の

でひざまず くブッ ダの

姿

形 (

buddhaprati

皿 a

に描い た「e。

  

れを知っ て 王 は

r

tena

19

その 都 市の ア

ヴィ カ

道の出 家 者

  

すよ う

命令

し,

殺害

実行

さ れ る。 ま た 別の

,今

度はパ

同 様

  事件

こっ た。

っ た

enarfiita

王は,

い た者 とその家 族

・親

類を殺

し 20

  

厂ニ ル グ ラ ン タ の首 を 差し出し た者に

1

ディ

ラ を21与 える」 とい う命 令を出 し た。    その 時, ア シ ョ

カ王の弟ヴィ

タ シ ョ

カ は既に出 家し仏 教 猶とな っ て いた。 彼は病 気    を患っ て お り

その ため

彼の 衣 服は汚 れ

髪 も爪 も髭 も長か っ た

そこ で

彼 をニ ル グ

  

ラン タと

え たee

が,

金を

ん で

してし まう。 ヴィ

タ シ

カの

が 王

  宮

た られ た と

, 王 は そ れがヴィ

カの

で あるこ と を知ると, 王 は意

  識

っ て し ま う。 意 識を

し た 王 に,

は 「

貪欲

れ た

者達

も苦し んでい ま

  

す。

生 達に

無畏

施を施し て

さい 2

」 と述べ 。 以

後,

王 は殺

止 する。

 

こ こ では, 外 道の

家 者 達 とその

家 信 者 達が処 罰の対 象 となる。 王は 自 らが発した命 令に よっ て

自らの

を失 うことにな る が

その

に大 臣 達が命 令の中 止 を 求めたことは, 処 罰の

止 と

るこ とができる。

 

以 上の

2

1

か ら

2

3

ま での

例に見た ように

ア シ ョ

カの 行 う処 罰に対して

止 や

難がなされる場 合がある。 そし て こ

h

らの制 止や非難の存 在は, そこ に お ける処 罰が, 正 当 性 を 欠 く もの

不 当 な もの と考 え られてい た 可 能 性 を 示して いる

更に

そ れ らの 事 例には必

ず,

王 の

f

怒 り」 を表 現 する語

amarsa る い は τu§量ta

が存 在する点で共 通し て い る

。逆

      (

6

) N工 工

Eleotronio  Library  

(7)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  University       仏教 思想の現代的意味 に, 以上 の

例を

く, すな わ ち制止 や非 難の記 述が存 在し

ない処 罰の場 面 24に お い て はチ こ れ らの 「り」 を表 現 する語が存 在しない の で ある。 こ の こ とか ら

, A60kdvadana

におい て は

不当な処 罰を表 現 する場 面で 「

とい う語が重 要な

割を果た し てい る と 言 え る。 lt

3

.処 罰

に 「

り」 を

抑 制 す

べ き こ と

 

まで に,

A9

θ

kdvnddna

に おける処 罰の記 述を提 示しPt 不

罰を

表現す

る際に 「怒

り」 とい う

が共

して

い られることを指

した。 こ こか ら,

F怒

 

Dj

が 「不当 な 処 罰」

関連

有す

る, との

仮説

き 出 すこ と ができる。 そこ で次に, これ ら 「不

な処

」;

1

関連

Agekdvndana

の み に見 出さ れ るもの で あるの か否か を検 証 する作 業 を

う。

3

1

 

王の

責務

と し ての処

 

前節

た通 り,

Afokavnddna

例に お い て, アシ ョ

カ王 は処 罰 としての殺

行 す る。 し か し, ア シ ョ

カ王のみ が処 罰 と結びつ い て いた わけでは ない 。 既に述べ た が

イ ン ドの王は処 罰 と密 接に関 わウ てい た。 そこ で

ず, 王 と

処罰

の関 係 を記 す 事

を,

A

繰 励 α

ddna

と成 立

時期

なる ヒ ン ド

法典

 

MantesmrtttZ5

以 下

 

Manut

略す)

に お い て確 認して み る。 そこ におい て は, 「ダル マ に忠 実な王は盗 品 な くして盗 賊を殺さ ぜ て は ならない

盗 品があ り, 〔盗みに使 用した〕 道 具がある とぎは,

躊躇

な く殺させ るべ し

2eJ ま た 「王の 国 庫を略 奪 する者

 

〔王に〕 常に敵 対 する者

,敵

を扇 動 する者を

々 の

に よっ て

させ るべ 。 27 」な ど と, 処 罰と しての殺 害が語 られて い る

ま た, 厂

彼 (

のため に, 主 は, 初め に, あ ら@る生 き物の守 護 者であり

ダル マ で あり,

  〔

自身

の} 息 子である

ブラ フ マ ン の

光より な る罰

da

a

造した。

……

彼,

すな わ ち

罰は王で あ り, 男 子で ある。 彼は指

者であり, 彼は支 配 者であり, そ して四ア

シ ュ ラマ の生 き方の

保証

人である と言われるc 罰は あ らゆる人 民を支 配 する

罰の み が 〔あらゆる人 民を〕 守

する 罰は

人 々 が〕

てい ると きに 目覚め て い る

賢 者は罰 がダル マ

正義

である こと281 と し て , 王 に よ る

罰 (

da4da

) が 人 民 守 護を 目

と し たもの であるこ とを記して い る。

 

以 上の様に,

Manu

で は王が 処 罰を なすべ きこ と を 示 してい る。 更に, 罰 (

dapqa

とい う 語を

使

用し ない 「王 は泥

圧に最

力を傾 けるべ し。 泥 棒を制圧するこ と に よっ て彼の

国は栄え る2『」 とい う記

や 「王は

努 力し てr

不正 な る者を三種の仕

すな わち投 獄, 足

, およ び種々 の

体刑

に よっ て制 圧 すべ し 3e 」 とい う

述は, 王に対して処 罰の 実 行を

す もの で る。 また, 「

人を

圧し, 善 人を守 護 するこ とに よっ て

王は. 供

に よ っ て 〔浄め られる〕ブラ

フマ ナと同じ ように 絶 えず 浄められる81 とい う記 述は

罪 人の 処 罰を 王 自身の

びつ

バ ラ モ ンに よる

供犠

等置

し ている。 以上の 様に

王 と処 罰        (

7

) N工 工

Eleotronio  Library  

(8)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  University        仏 教 思想の現 代的意珠 とが密 接に

わ っ てい ること を

Manu

におい て も確 認で きる。

3 .

2

 

Manu

に おける 不当な

処罰

り との 関 連

 

王の責 務とし て の処

既に

よ うに殺

をもし ばしば伴 う ものである が

こ の様 な

える訴 訟

理に あた り,

Manu .

は 厂そ れ ゆ えに 王は

司 法

神〕

ヤマ の

に 自ら好 き

い を捨て, 怒 りを克 服し

jitakrodha

), 感 官を制 御し てヤ マ に相 応し い ように

行動す

。 s2

るい は 「しか し愛 欲 と怒 り

krodha

を制し

正 しく

事件

理 すると きセこ ど河 川が大 海に注 ぐように人 民

彼 (

う。 e3 」 と語 り, 処 罰の

決定

に際し

王が 「怒 り」 を

抑制

すべ こ とを説い て い る。 この様に, 王の

責務

と して

殺害

罰 (

da

a

際,

々 「

抑 止が説かれる こ とは, 「怒 り」が存 在 する場

に は, 王が 処 罰を正 しく行 使で き ない ことを示して い ると考 え られる

以上の

例に

王 は

般 的に, 罪 に応 じて殺 害 を 含 む 処 罰 を 行 うぺ と される が, そ こに おい て も

不 当 な処 罰を避 けるために 厂

」 の

制 が

かれてい る こ とがわかる。

3 . 3  

仏 典における不 当な処

り との

関連

 

また

処 罰の 行 使に あたっ て, 王の 「怒 り」を警

するのは, ヒ ン ドゥ

法 典である

Manu

の み な ら

, しばし ば

仏典

に お い て も

されて い る。

 

例 えば

Buddhcvcarita (

以 下, 

Buddhac .

と略 す

におい ては, 釈 尊の父である シ = ッ ド

ダナ王 は

行い 正しぎ王 とし て 描かれて いる が, その中で, シ ュ ッ ド

ダ ナ 王につ い て 「王は 訴 えた者が好 きだか ら とい っ て同

を 示し た り,

い だか ら とい っ て

を重 くするようなこ と はし な か っ た。 34 」 と

り, ま た

入たち を死 刑に値 する と考えて も, 王は死刑に処

るこ とな く。 彼ら を怒りを もっ て見る こと も なか っ た。 そし て, 彼ら を軽い

いだ。

放免

する こ とも

な さ れ た か らである

35」 と記し, 正 しき王の 行 動 とし て 「怒 り」 を欠い た処

の 執 行を

べ て い る。

 

ま た,

M

翫η

4

  魏

1

め の中に は

仏 教 僧ナ

ナが ミ リンダ 王 に

対論

わ れ た

な や りとり が記 録されて い る。

   

王 よ, もしもあな たが

者の 論を以て対 譌なさ る の であ れば

私はあ なた と対 論 す

  

るで しょ う。 し か し,

  〔

大王 よ,

もしもあ なた が 王者の論を以て 対 論 な さるの で あるな

  

らば, 私はあ なた と

対論

し ない でし ょ う。」

   

「ナ

ガセ

ナ よ,

者は どの よ うに し て対 論 するの ですか

   

,賢

者の対 論に お い て は解 明がなされ, 解 説が な さ れ, 批 判 がな され, 修 正が

  

なされ, 区 別 がな さ れ, 細かな 区 別がな されるけ れ ど も, 賢 者はそ れに よっ て怒ることが

  

あ りま せ ん。 大王 よ,

賢者

に こ の よ うに対 論 するの です。」

   

尊 者よ, 王者は どの ようにして対 論 するの ですか

」       (

8

) N工 工

Eleotronio  Library  

(9)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  University       仏教思想の代的意味   「王 よ, し か る に

実にも ろ も ろの王者は対 論に おい て

,一

つ の 事の み を主 張 する

もし その

に従わ ない もの が ある な らば, 『この

を加え よ 』 とい っ て, その

する処 罰 を 命 令 する。 大王 よ, 実に もろもろ の王者は この ように対 論 するの です

3e 」

 

この事 例は,

論に

しての 心

えに関して

り」 の

抑制

示 し た

である。 もち ろ ん, 王が

え る

に, 直

に 「

り」に 言 及 さ れ ては いないが, 文 脈か ら見 れ ば

王 が対

論者

し て 不

な処

命令

する原 因は 「

」 であるこ とが容 易に予 測で きる。

 

以上の

Manu .

Buddhac .

Milindapalho

当 な処 罰 怒 り

関連

を見 出すこ とができた。 従っ て,

ASokdvaddna

に お け る 「怒 り」 の語の存 在は 「不当 な処 罰」 を 表 現 するため に使 用された もの で ある

と言 うこ とがで きる

4

 

 

 

Agohavadana

罰の 場 面

処 罰に対し て制 止や非 難の 描 写

し てい る場 合 が あっ た。 そ して, そ れ らの場 合における共 通 点 として, 処 罰を行 使 する

の 「怒 り」 の

現が見 出された。 この 「

り」 の

現は

Buddhac

Milindapafiho

とい っ た仏

のみ な らず,

Manu

とい うヒ ン ドゥ

法 典に お も見 出

処 罰行 使 す 者が抑 制 すべ き ものとして指 摘 さ れて いた。 こ こ か ら, これ らの資 料に お いては, 処 罰の決 定

が 「

り」を

く場

, その

に よっ て

決定

さ れ た

罰に は 正当 性 が 欠 落 する

とい う見 解 を見 出すこ と がで きる。

 

稿

で は, 仏 教 思 想の現 代 的 意 味とい うテ

マ の もとに,

者 個 人 が 興 味を持つ 「

判 員

」 を手 がか り と して,

 

厂不当な る刑

処 罰

の決

く感 情」 につ い て, 仏 典の中か ら

ASokdvnddna

を用い て

っ た。 その結

, 

ASokav

α

daua

では処 罰の 決

者が抱 く 「怒

り」が 「不 当な る処

」 を

くと さ れてい るこ と を指 摘 するこ とがで きた。 もち ろ ん

「不 当 な る処 罰に

感情

」 は 厂

の みでは な か ろ う。 ま た, 仏 典 とい う膨 大 な資 料の内, 僅か 二, 三の資 料のみ を

使

用し て

検討

うこと に は,

筆者

自身 も

な か らず

理を感じ るところ で

る。 し か し, その

られ た

料において で はある が

「不 当 なる処 罰に導 く感 情」 と し て 「

げられて い る ことは事

とし て

めねばな ら ない。

 

裁 判 員 制 度は 「国 民

全 な

会 常 識いは 「民 意 刑 事裁 判の判 決に反 映さ せ るこ と を 主要な 目的とする

。、

社 会に おける多 元 的 な価 値 観 を 有 するもの として招 集される多 数の裁

判員

に よ っ て, 少 数の

判 官の判

よ りも公

中 立 性め よ う と うわ け る。 しか し, その

情 緒 的 裁 量に は注 意 を 払 う 制 度 導入に よ り重 罰 化に 至る ことの無い ようにせね ばな ら ない ことが

指摘

されて い るS7。

 

もし実 際に

判員制

が導 入 される場 合)こは, 古 代イン ドに おいて 王 に要 請さ れ た 「

りの       ( 9 ) N工 工

Eleotronio  Library  

(10)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  University

思想の現 代的意味

抑 制」 は, 裁

判員

各 人に も要

さ れ るこ と と な ろ う。

岡 本 健

資)

号 >

Buddhac

ASvag

ん)a

s 

Budd

んlcarita  or 

Acts

the 

Btsddha

;ed

 

by E

 

H

 

Johnston

   

Delhi−

Motilal

 

Banarsidass

1984

Divy .

Div

dvaddna

, ed

 

by

 

E

 

B

 

Cowell

 and  

R .

 

A .

 

Neil

, 

Cambridge

1886 (Reprint

   

Delhi

1987).

Miln

The

 

Milindapafi

ho

 with  

1

協 勘

44

葡 , ed

 

by

 

V

 

Tren

〕ckner ;

London

PalE

 

T

ext

   

Society

880

Manu

 

Manusmrti

10

 vols

, ed

 

by

 

G

 

Jha

, 

Delhi

Mo

laL

 

Banarsidass

 

Publisher3

     

1999

註 12 34 567

8910

11 26D11 工4 山 崎 元

rア シ ョ

カ王伝 説の研 究』東 京 :春 秋 社

1979

p

46

S.

Strong.

 The Legend King  A∫oka ’ ASttz

d

of Transl

ation げ the 

A50

航伽 命 π α

Princeton

Princeton

 

University

 

Press

1983

 p

41.

Strong,

 The 

Legend

 of  

King

 

A50

距σ

, P

40

彼の父ヴィ ソ ドゥサ

ラ王 は

アシ ョ

カ の触れ る場 合に心 地 よくない身 (

dubspar

§agatra )を

喜 ぱ なかっ た (Divy

 p

370.

12−

13)。 またア シ ョ

カの後宮の若 き婦人達は

彼が その ような不快な

身 体を して いた為に

彼に触れ ること を望ま ない (

Divy.

 p

374

2

−3

)b

St「ong

 

The

 

Legend

 of  

King

 

ASoka,

 p

40

文脈か ら見て仏教的価値観の こと

具 体 的に は不 殺 生 等 を 指 す と考 え られ る。

ギ リカとい う名の人物は, 他 人に害 を 与 え ることを 好み, その点を見 込まれて アシ ョ

カが造った牢

獄の刑 吏とし て雇われる。

Strong

, The 

Legend

 ef  

King

 

A60ka

, P

4L

Strong,

 

The

 

Legend

 ef  

King

 

A

∫oka , P

42.

Divy

 p

373

22

28

 

r

」 のる の は以 下の文章である

「そこで

彼ら (大 臣 達)は三 度 と も

王の命 令に応じ な かっ た。 そこ で , 怒っ た 王は剣 を 鞘か ら抜い て, 五 百 人の大臣達の首を切り落 とした

 (tair yavat  trir api  rajfia  Ejfia pratikalita /tatO rajfia ruSi

tenfiSirP niSkogarp  

kgtva

paficanam  amatyaSatanarp  

6irarpsi

 chinnfini /)」 (

Divy.

 p

373.

26

28)

Divy

 p

373

28

−374.8・

」 のが 出の は以 下の文 章である。 「そして

〔宮女達ボアシ = 

 fi

樹を切っ たことを〕聞いたの で

怒 りを 生じ た 王 は 五 百人の女 性達を諸々の 〔熱し た〕銅 板で もっ て囲

い, 焼 ぎ殺し た

SrutvE

 ca t訌

jfifim

ar §ajatena  paricastri6atfini 

k.

itikai

b

 sa 甲 veya 

dagdhani

〆)」

(Divy

 p

374

6

7)

Divy.

 p

374.

7

−8.

アシ ョ

カ の次の様な言葉に よっ て怒っ て いる様子 が示 されてい る

、 r

私の息 子の両

を抉っ たの

tt

誰なのか。甘美な暮らしを 捨て去 ることを 決定づけたのは誰なのか。 〔私の〕心に怒りに満 ちた憂い の

火 が 降 りてき た。息 子よ

早 く語 れ。誰に対し て私が罰を 与 えれ ばよい のかを 〔と〕。 (kenoddhTtani

nayanEni  sutasya  mahyam  

ko

 

jivitarP

 sumadhurarP  tyajiturp v アavastab /

90kanalo

 nipatito

h

;daye praca44ab  acak §va  putra  laghu 

kasya

 hari皿 i da 姆am ノ)」

Divy・

P

416

25

28)

祥 〔なら ざる〕 者よ,

体どう

し て おま ぬ の か

。 私は 〔お前の〕頭 を 諸々 の斧の打

(10)

(11)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  University

思想の現代的意味

  

撃に よっ て破砕しよ う 私は

度を越 えた悪 を 実 行し

非 法 と結 びつ い た お前を捨て去ろう

〔あた か

  

も〕賢 者 が 富

て去る

よ うに

 

(katha甲 hi dhanye na  nimajlase  

k

§itau chinnitai  6ir§a甲

  

para6uprahairaib/

tyaja

血y aliarP 歯a皿 atip互pak 劭

i

阜iln adhalnlayukt 且甲

iyam

 atmavan

  

iva

t

)」 (

Divy.

 p

417

1

4)

1

5 Divy

 p

416

28.

16 Divy

 p

417.

14

−−

27

17 

こ で, 怒っ たア

シ ョ

カ王に よっ て テ ィ シュ ヤラ グシタ

は樹 脂 〔で でぎた〕 屋舎に入れ られ 焼

  

き殺さ れ た

ま た

タ クシ ャ シ ラ

の住 民 達 も殺 害された。 (yavad

r 互」漁

60kena

 ti§ya

k

且 ama

  

r 等itena

 

jintugThatp

 prave6a

ft

》a dagdha tak§a6

il且6 ca pa亡r盃聴praghatitab

 

])

iv

 p

418

   

1−2

18

 

「ま た

その

プン ダヴァ ル ダナ と

t

’う都市におい て

ニ ルグラソタ に従う在家者がニ ル グ ヲン タ

  

両 足して い るブ ッ ダの姿形 を 絵に描いた。 (tasniitpS

ca

 sa血ae pua マaで

ah

跏 跏 agare

  nirgranthopasakena  

buddliapratimfi

皿irgranthasya padayOr 皿ipatita citr 護rpita /)」 (

Div

 p

   

427.

2

−3

19

 

し て, 〔絵 を描い た者を 〕見たの で」 王は怒っ て

じ た。 (

dX

§‡va  ca  ru§itentibhihit

am

    (Divy

 p

427

6

7

20

 「そ し て

〔ブッ ダが跪 く絵が描かれたことを 〕 聞い たの で

怒っ た 王に よっ て

か の ニ ル グヲソタ

  

に従 う在家信者は家族

親類 もろ とも

屋舎に入 れ られ, 焼 き殺 された。 (‘rutva  ca

r

fijfiti

皿 ar

  

§

itena

 sa nirgra

nthopasakah  sabandhuvargo  gha prave 首ayit マAgniria 

dagdhab

ノ)

 

Divy.

   PL427

10

12)

21

  「ディL

(di

hiara

)」

とは当 時流通 してい た貨 幣である。 22 比 丘 が外 道の者 と見 間 違 え られた事 例は

Divy.

第 7 章 翫 9α痂 洳

Z

α 叨巌 劭 α

4

δπ α に も 見だ す   とがでる。 そこ では

髪と髭を伸ばし

好ま しくない衣服 (1廿hacivara )を 纏っ たマ ハ

シ ャ

  

と見間違え られてい る。 (

DiVy・

Pl 81

25

82:

9

尚, この章につ いて は平岡聡民が

  

翻 訳 を 発 表して い る。 平 岡聡 「町の洗 濯 婦に よ る布 施 物語

『ディヴ ィヤ

ア ヴァ ダ

ナ 』第

7

章和     訳

」 『仏 教 大 学 総 合研 究所 紀 要』3

1’996

pp

69L88.

23

 

は言っ た。 r陛下, 貪欲 を離 れ た者 達に対して もこ こに お い て害 が生じ ま し た

5

か, あ

  

ら ゆる衆 生に無畏 施を施し て下さい

』 そこで

王 は無 畏 施 を 施した。 『今 後

如何な る者も殺して

  

は な ら ない 』

 

〔と〕

 

(amatyai6  cabhihitalp  deva vTtaraga4arp  apy  atra  pida 

j

a

tia

・dlyattirP

  

sarvasattveSv

 

abhayapradanam

 

yavat

 

rajfiabhayapradanarp

 

dattarp

 

na

 bhayalj kaSicit

  praghEtayitavyab /)」(

Divy.

 p

427.

27−428.

1

24 兄であるスシ

殺 害された 場 面 (Divy

p

373

18

21);刑 吏ギ リカが 殺害さ れ る場 面 (

Divy,

   p

380

10

15)

25 山崎 氏は

Manusmrti

の成立 を前

200

100

200

年頃とする (山崎 元

「古代イソ ドの王権と宗

  教』

東京 :刀 水

1994年

p

x)

26  na  

hodhena

 vina caura 甲 ghatayed  dhSrmiko  n ;pabff sahodharP  sopakaraparp  ghatayed

  aviearayanli

270,

f

Manu .

9

270)

以 下

 

Manu .

につい て

テ キス トは以 下の もの を 用い る

  

Ganganath

 

Jha

 ed

ハ惣π螂町 彦∫

10 vols

, 

Delhi

Motilal

 

Banarsidass

 

Publishers

1999

  た

訳文 は以下の研 究か らの用であ る

渡 瀬 信之訳 『マ ヌ法 典』東 京 :中央 公論 社

1991

27

 

rajfia

 ko

首ApahartrrpS

 

ca

 

pratikUlye§v

 

avasthitan /

 

ghatayed

 

vividhair

 dapdair 

arip 亘lp

  copajapakan /t

275/

f

Manu .

9

275)

28tada

・thatP sarvabhtitanarP  9・pta・arP 

dha

・m・m  atm・

j

・m !/・

b

・ahmat ・」・m ・y・rP da4 ¢・m ・ ・

jat

  

ptirvam i≦varah !

114

tasya sarv

i

 

bhatani

 sthavarfi4i  carapi  caS

bhayfid

 

bhogaya

 

kalpante

  

svadharmanna

 

calanti

 

ca //

15,

f

 

talp

 de6akElau 

首aktir 罫

 

ca

 

vidyarp

 

cfivek §ya

 

tattvatahf

(正1 )

(12)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service RyukokuUniversity

ratsNMoEftanft..wt

yathartah samprapayen naresv anyayavartifiu,f16f sa rajE puruso

darp4ah

$a neta

Sasita

ca sabf caturrparn aSramfi4arp ca

dharmasya

pratibhitb smgtabf17f

darp4ah

Sasti

prajab

sarva

da44a

evabhira'keatif

daudab

suptesu

jagarti

da4darp dharmaip vidurbudhabf18f

(Manu,

7.14-18).

29 paramarp yatnam atisthet stenanarp nigrahe n;pahf stenanarp nigrahEd asya yage raetrarp

ca vardhatef302f

(Manu.

8.

302).

30

adharmikarp tribhir nyayair nigFh4iyat prayatnatabY nirodhanena bandhena vividhena

vadhena caf310f

(Manu.

8.

310).

31

nigraheua

hi

papantirpshdhanarp sarpgrahela caM dvijataya

ivejyabhih

payante satatarp

n;paljf31V

(Manu.

8.

311).

32 tasmad yama

iva

svami svayarp

hitva

priyapriyef varteta yEmyayti v;ttya

jitakrodho

jitenariyabf173f

(Manu.

8.173).

33

kamakrodhau

tu sarpyamya yo 'rthan

dharmega

paSyatif prajas tam anuvartante samudram

iva sindhavabM175f

(Manu.

8.

175).

34

istesyanistestt ca

karyavatsu

na ragadosaSrayatfirp prapedel

(Buddhac,

2.39ab).

ELLirkde

su

rtnredz,pacelog

fv`ti"eL"JBs,

p.22.

35

krtagaso

'pipratipadya vadhyan najlghanan nfipi rusa

dadarga!

babandha

sfintvena pha!ena

caitarps tyago 'pi tesarphy anayaya

d;staljf

(Buddhac,

2.42).

E-tctspt

rMaetspteg10g

v'vssi'fvVSs, p・22e

36 sace tvarp mah5rfija papditavada sallapissasi sallapissami, saee pana rnjayada sallapissasi

na sallapissamiti.

katharp

bhante nfigasena pa4ditE sallapantiti. papditanarp

kho

maharEja

sallape avethanam pi

kayirati,

nibbetihanam pi kayirati, niggaho pi

kayirati,

patikammam

pi

kayirati,

viseso pi

kayiratl,

pativisesopi

kayirati,

na ca tena paudita kuppanti, evarp

kho

maharaja

papdita

sallapant-iti. katharp pana

bhante

rajfino sallapantlti. rajano

kho

maharaja sallEpe ekarp vatthuTp patijananti,yo tarp vatthurp vilometi tassa da44arp

anapenti:

imassa

da4darp

palethati,evarp

kho

maharaja rajfino sallapantlti.

(Miln,pp.28.

29-29.7).

XsctaxFPtstit・rpk%iEltoMeerbi5oglM.

P*tX・\kutEpt

k

v7frlouaL.

(1)s

(a=-ig),

Mrt:MZNtr,

1963, p.76--77.

37

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(13)

Ryukoku University

NII-Electronic Library Service Ryukoku  Unlverslty 仏 教 思想の現代 的 意 味

   

0

1

意味

る動

 

仏教

代 的 意 味」 とい うテ

, 現

人に とっ て,

仏教

が どれだけ

有効

か と い うこ とに着 目し

掲 げ られたテ

マ である。 なぜ, この テ

 W

につ い て

する必 要がある の か。

 

かに学

に おい て も, 「仏 教 学」の 様々な 研 究 発 表は,

毎年

の よ うに活 発に 行わ れてい る。 し か し, 学

議論

される内

は, 学 者で な け れば わ か ら ない ほ ど テクニ カル で, 世 間

人々に は理

しづ らい も多い。 仏 教

想が 「仏

学」と し て

え ら れ る場 合

,一

つ の

研究対象

して専 門 的 な 知

を以て

われる の は

然で あ り, また, 非

い歴

ち, かつ ま た 地 理的に も

広範

囲にわ た る仏 教 思 想に対 し て, あ らゆる視 点か ら可 能 な 限 り考 察 を深め てい くのは重 要 なこ とであ る。

 

し か し

これ まで の 「仏 教

」 の成 果 とい う ものが, いつ までも研 究のため の研 究と し て

わ れ

け, その情 報が社 会に全 く開か れ

, ま た

社会

に何ら

貢献

し ない ま まで よ い の か , とい う

念が

こ のテ

隠 されて い る の で

 

こ の よ うな 理由で 々は 「仏 教 思

代的意味

とい うテ

V の も と

代 人に対 する 仏 教 思 想の有 効 性」を

出そ うとして いるの で ある。 果して , 仏 教 思 想は, 現

に生 きる

々 に対して

どの よ うな 「

有効

性」 を示して くれるの か。

   0.

2.

二っ の思 想基

 

仏 教思想に

如何

な る 「有 効 性

る か

えてい

く前

こ の

効 性が, どの ような視 点か ら捉えられるべ きなのか

まず

考察

して お かねば な ら ない。 なぜ私が こ の よ うに言うのか と言 え ば

二 つ の

点が予 想さ れ る か らである。 以 下, 二つ 問い を提示する。

  A  

そ もそ も

,仏教

は, 何 を 教 えてい るの か。

  

B

 

この社 会 を生 きる私に とっ て, 仏 教は何を教 えて くれ るの か。

 A

い は, もともと

仏 教が どの よ うな思 想であっ た か を探るもの である

こ の間い の場 合, 問 題を取り

う側の思 想 基 盤は, 仏 教 思 想の側に

る。 つ ま り

この

合,

 

仏教

的な

値観

」がその思 想の

心 にあるの で

って,

現代

価値観

はあま り問 題 とな らない

ま た, あ る

定の時

の仏 教 思 想を正

る た め に は

その 思

どの ような思

景 を前 提 と し てい た か

ま た

その思 想が どの よ う な思 想 的 な 経 緯 を 経て展 開して い るかを 押 さてお く必       (13 ) N工 工

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