Ryukoku University
NII-Electronic Library Service Ryukoku Unlverslty
常設
研
究
仏
教
思 想
の
現
代
的意味
実
道
資
信
健
博
本
本
村
楠
岡
芳
任 主 究 研 員 員 究 究 研 研 は じ め に上の課 題の下で ,
2003
年 度よ り共 同 研 究を続 けて来
た。 こ の研 究チー
ム をス ター
トさせ た最 大の理 由は, 研 究 員 そ れぞ
れ が仏教資
料を扱い な が ら, 専 門 的 知 識 を要
求さ れ る中
で ,学
問と しての基
本か ら無意識
に離
れて い くこ とであっ た。 サ ソ ス ク リッ ト, パー
リ, チベ ッ ト,
漢文
な どの語
学を学 習 することが, そ れ らの資 料を読
む前提
で あるが, 古代文献
を紐解
く過 程で,語
学を習熟す
ればす
る ほ ど, 伝 統 的 研 究 者の解 釈が,
無意識
の 内tr
こ, 読み手に影 響を与え制
限 を 加 える。
特に,
仏 教 分 野で の漢
訳の影響
は,非常
に強
く, 長い間, 目本 人の仏 教 研 究者
を縛
っ て来た と言っ て よい。勿論
現代
日本
の学者
達の幾 人かが, こ の呪縛
か ら解 き放
たれることを 目指し て, それぞ れ の仏教
術語
を現代
用語
に直
す とい うような試み を地道
に,
かつ,
盛んに行っ て い る ことも事実
である。翻
訳とい う作
業の中で, その恩 恵に浴しなが ら も,
しか し, 我々は仏教
の持
つ素晴
ら しさ を今, 友 人に伝
え切れず
にい る現
実がある。仏 教の
伝統
の外
に身を置
くこれら友
人達
に,
現代
に も有 意 義 な 仏 教の片鱗で も分か ち合
えれ ば, こ の共 同研究
の意 義は ある ことにな ろ う。現
代の高 等 学 校 を卒
業し た人 間な らば,
理 解 可能
な仏教断
片を景非
,友
人に示し たい, と望ん で の研 究である。今 回は,
楠
本 信 道と岡本健資
の 二人
の論文
を 掲載
して, 我々 の研 究 成果
の一
端を 示す
こと と し たい。(
芳 村博実)
(1 ) N工 工一
Eleotronlo LlbraryRyukoku University
NII-Electronic Library Service Ryukoku University 仏 教 思 想の現 代的意味
怒
り
の
抑
制
0
.
はじ
め に0
.
1
「仏 教 思 想の現 代 的
意味
」 とい うテ・
一
マh
:要請
する こと「仏 教 思 想の
現代的
意 味」 とい うテー
マ のも とに筆
者 が行
う具体的作
業は,筆
者 自身が現 代 における問 題と感じ るこ とを 意 識 しつ つ 仏 教 文 献を読
み直す
こ と である。 その 作 業は,
筆 者が従来行
っ て きたこ と とはや や 異 なる 。筆 者 が
従来行
っ て きた ことは, 特 定の仏 教 文 献(
主に紀元後
3
〜
4
世紀
頃イン ドに お い て成 立 した仏 教 説 話)
を対象
と し て, その成立 し た時 代 背 景 や 文 脈を踏まえながら, そこ に説 示 さ れた内 容を明らか に し ようとすることであっ た。
そ して,
その成立背景
と文脈
を踏
ま え るとい う立場は大 切 な もの で ある と自負
して いる。 とい うのも,
その様
な文献
に おいて説 示 された内
容を,時代
背景
や文
脈を無 視し て 自 由に捉えるな ら ば, その こ とに よっ て, 本 来の意味
とかけ 離 れた勝 手 な解 釈が生み出さ れ, ひい てはその文 献の説 示 内 容に対 する大 ぎな誤解
が 引 き起こ されることに もなるか らである。「
仏
教の持
つ 広 く深
い思想
のどの部 分に現代
へ の提
言があるの か」 を探る ことを 主眼と し た 「仏教
思 想の 現 代 的 意 味」 とい うテー
マ は, 以 上の様
なこれま で筆
者が行っ て ぎた作 業に,
も う一
つ の視 点を要 請 する。 す なわち, 仏 教 文 献に説示 さ れ た内
容が現 代の問 題 と ど う関わ るの か,
とい う視 点である。 そ れは 仏 教 文 献を読 む 際の現代
的視点
とい っ てもよいだ ろ う。
し か し,既
に述べた と お り,
仏 教 文 献に説 示された内容
を, その時代
背景
と文
脈と を無 視し て現 代 的に解 釈 する な らば,
誤解
を生むこ とにな りかね ない。
その点
か ら筆
者に は大い なる不 安が存
在 するの であ る。し か し
一
方で仏 教 文 献をひ もとけば,
そこ に は仏 教徒
が 現実
社 会(
当時の現 代社
会〉
とつ ね に 向 き合っ て きた歴 史を見 出すこ とがで きる。 その 歩みは, 律 典で は, 当時の現実社会
に応
じ た教
団 規 則の 変 更に お い て確 認で きる し,
論 典で は,
当 時の仏 教 徒の様々な現 実 生 活に応
じた 実 践 道とその意 義 を 教 示 する箇 所に おい て確
認で きる。 仏教
思想
を直
に教 示 する経 典ですら,当時
の現実社会
に適
応 する ように教 えの表 現 方 法を変 えて きた歴史
があ
る。 こ の様な事実
か ら は, 仏教徒
が現 代 的 視 点を失わず仏教
を眺
め てい たこ と が見 えて くる。 とする な らば, 現 代の 問 題を意
識しな がら仏教文献
を読
むこ ともま た認め られて良い作 業であろ う。現
代
的 視 点を持
っ て仏教文献
を読み進めるとし て も,
現 代の 問 題に対
する解決法
は見 出せな い か もしれ ない 。 し か し,
現 代 的 視 点か ら注目 され る仏 教 文 献における説 示 内 容は, 現 代の問 題 を考えつ づけるきっ かけ を 与 えて くれるだろう。 (2 ) N工 工一
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仏 教 思想の現代的
意
味0 . 2
裁判員
創 度につ い て本
稿
におい て,
筆 者が現 代における問 題 として興味
を抱い たのは,最
近 話 題 となっ て い る裁 判 員 制度
である。 まず
は その概要
を 示 そ う。国
民
が 裁判官
と一
緒に 刑 事 裁判
を行い,
有罪 ・無罪
の決定 及
び刑
の決定
を行 う「裁
判員
制 度」 導入の た め の法 律が,2004
年4
月に衆 議 院を通 過し,
同年
5
月には参 議 院を通 過して成 立(
5
月2
ユ日)す
ること と な っ た。国
民 が裁判官
と対等
な 立場で刑事裁
判に参加
する, とい うの が 既に決定 し た こ の制度の 大 枠で あるDf裁
判員
舗 度」 の実 施が導 くことは, これ まで刑 事 裁判
に おける決定
に聞 接 的に しか参
加し ていなか っ た国 民が,
直 接 的に参
加す
るとい うこ とで ある。
もし,筆
者が重 大な犯罪
を行
っ た な らぽ,
これまで刑の決定
に関
わ っ て こなか っ た一
般
の人
々 の意見
が加味
さ れ て筆者
は裁
か れ るこ と となる。 ま た,筆
者 自身 が 犯罪
を行わ な かっ た と し て も ,仮
に筆者
が裁
判 員と なっ た な らば, 刑の決 定に何 ら知識 を 有しない 筆 者 自身が, 刑の 決定
に参
加せねば な ら ない こと と な るe0
.
3
本稿
の 目的
特 別の知 識 を 持っ た 人 物 (裁 判 官
)
が刑の決定
を 行っ て いた これ まで と異
な り, 筆
者を含
め, 刑の決 定にあた り留 意 すべ きことに対 する知 識 を 殆 ど持た ない人の意
見が, 直 接 的に刑の 決 定に反 映 され るこ とに対し て,
筆 者は 躊 躇 を 禁 じ得
ない 。筆
者 自身
が裁判員
となった場
合 に,被告
人に対して抱
く感情
が冷静
な判 断を失わせ, 不当な る刑の 決 定を導い て し まうの で は ないか, とい う恐怖
を感
じ る か らである。本 稿の 冒的は こ の創 度の 是 非を論 ずるこ とではない
。
本稿
の 目的 とする こと,
筆 者が興 味を抱
くこ ととい うの は, この 「冷
静な る判 断を失わ せ 不 当 なる刑の 決 定に導 く感
情」 とは何
か , とい うこ と である。特
に,
こ の裁判員制度
に対
し て,
重罰
化の引 き金
と な る とい う論
評 が多
く な さ れ てい る こ とから.
本稿
で は 厂必要以
上に重い刑の決 定に導
く感情
」 とは何か とい うこ と にしぼっ て考
え て み る。
こ の こ と を
考
える際
の手 がか りとして,
古代
イン ドの王 に焦点
を当
て る。古代
イγ ドに おい て, 王は刑事 ・
民亊
を問わず,
裁判
に おける判決
の最終責任者
であっ た か らであ
る,特
に, 仏教
徒
の王 とし て知
ら れ る紀
元 前3
世紀
に実在
したア シ H一
力王に つ い て は, 仏典中
に彼
の行
状 を語
る伝 説が保存
されて い るの で, これ を検討
の対
象とする。 ア シ ョー
カ王の伝 説の分析
に よ っ て, 刑の泱定者
が どの様
に描かれて い る の か を探っ てみ ることにする。
1
.
ア シ a一
力王伝 説
につ い て アシ ョー
カ王 は紀
元 前3
世 紀にイ ン ドに実 在した王である。
彼が石 柱 や 自 然 石に銘 刻 させ た ( 3 ) N工 工一
Eleotronlo LlbraryRyukoku University
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碑
文(
= ア シ ョー
カ法 勅)
の内 容は, 歴 史 的 事 実 として 彼が 仏 教 徒で あっ た有力
な証拠
であ
る。 また, その碑文の記 述に よれ ば,
彼は戦 争の 際の多 くの犠 牲 者 を 目の当た りに し て, 仏教
徒になっ た とい う。
さて, 以 上の
資
料とは 別に, 仏 教徒達
が残した典籍
資料
に もア シ ョー
カ につ い ての記述
が存
在し て い る。 これ らを本 稿で は アシ ョー
カ王伝 説 と呼ぶ、 そ れ らの 資 料の 中で , ア シ ョー
カ は仏 教に対して 多 大 な布
施を し た老, 仏 教の庇護
者 として 描かれて い る。 そし て, その様 な 姿は特に1
)iPavarpsa とMChdvampsa
とい うス リラ ン カ 上 座 部の 保存
する 歴 史 書,
ま た,
』
Diaydv
‘uidna とい う説
一
切有
部の系統
に属す
る説
話集
に含
まれるア シ ョー
カ王伝 説(
以下
,ASokavaddna
と呼ぶ)
及びそ れ と一
致 する内 容 を 含 む 漢 訳r
阿 育 王 伝』,r
阿 育 王 経』等に お い て詳 細に記 されて い る。
1 . 1
殺 害 者とし て の アシ ョー
カ仏 典に おい て
,
ア シ ョー
カが 仏教帰
依 以後
, 理想
的な在
家信者
と し て描
かれてい るこ と は事
実
である。 同時
に, 仏典
は アシ ョー
カ が 仏教
帰 依前
に は 王位継
承を 巡 っ て兄弟達
を殺
した こと も記 録し て い る。
そして,
こ の様 な仏 教 帰 依 前に おけるア シ ョー
カ の 殺 害 者 としての 姿に注 目 する研究者
もい る。 山 崎 元一
氏は, こ の殺害
者と し ての姿を, アシ ョー
カ の仏 教 帰 依以
観の仏教徒
と し ての姿を際
だ た せ る ため の文 学的
手 法で ある1, と指 摘 する。し か し
,
この様なア シ ョー
カの持つ 殺害
者と し ての姿
は,
J
.
S
.
Strong
氏 が指摘す
る様
に2,幾
つ か の 仏典
に お い て は 仏 教 帰 依 以後
に お い て も 見いだ される ところである。 Strong
茂はAs
’
ekdwaddna を事 例 として , ア シ ョー
カが仏 教 帰 依 以後
に も殺害
等の残 酷 な 行 為を行っ た と い う記 述に着 目する。Strong
氏は, 「基 本 的にMChdvamsa
におい て描写
されるア シ ョー
カ 王の姿に親しんだ 読 者 達は,
A
‘o航跏4
伽 σ に おける彼
の姿
が, ス リ ラ ン カの 歴史書
に おける そ れの ように は, 明る く栄えあるもの とは 限 らない とい うこ とに気づ き 驚 くであろ う 3 」 と述 べ ,Divoravaddnate
おける ア シ ョー
カが身 体 的に醜 悪 なる者 として描かれて い る点 と4,人
々 に害 を 与 える側 面を有してい る点に注 目してい る5。更
に氏は, これ ま で指摘
さ れ て きた 「仏 教に帰 依 する前の ア シ ョー
カの 所行
が,帰
依後
のア シ ョー
カを強
調 する た め に 使われて お り, そ れ は伝説
とい うもの の 中に よく見 られる手 法である 」 との意 見に反 論して, 「し か し そ れ は物語
の残
りの部分
を み れば そ うでない ことに気が付 く。 例えば, 彼(
= ア シ ョー
カ)
が帰 依 と い う体 験の直 後, 彼が見い だ し た新しい価 値(
盡 仏 教の教 え)
に よ っ て強 く心 を動
か さ れ た 6と 考えられる時に, ア シ ョー
カ は ギ リ カ 7に温情
を 示すこと な く, 死刑
に処す
の であ
る 8 」 と指 摘 する。 そ し て, 「これ らの行
為(=
王によっ て な さ れ る殺 害)
の含む ところは, 本 質 的に, お そ ら くは必 ず その様 な 行 為 を な す 傾 向のある者とし て王 を見て い た仏 教 徒 達の潜在
的認識
を反 映してい る9」 と結 論づけてい る。
つ ま り, 仏
典
に おけるアシ ョー
カ の姿は, 歴 史 的に ア シ ョー
カがそ うして い た か否か とい う ( 4 ) N工 工一
Eleotronio LibraryRyukoku University
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姿
を描
写し て おり, 処 罰の決 定 権 を 持っ て いた 王 とい う存 在が, その様に温情無
き殺害行為
を なす傾 向
を持っ ていた こ と を示し て いるとい う のである。もちろん, その 可 能 性は十 分 考 えられ る。 しか し,
A60
妨脚4
跏 σ に おけるア シ ョー
カに よ り行
われる殺害
と, その際
に 周 辺に居た人 物の反 応の描 写に注 意を払 うとき
, ア シ ョー
カに よ る処 罰を通し て 更に指 摘 すべ き点を見
い だすことがで きる。2
.制
止 され
非
難 され
る処 罰
周
辺の 人 物の反
応の 描 写に注意
を払
うべき
, と述
べ た 理由
は,物
語の 中で アシ ョー
カが処 罰 を行
う前後
に, その 周辺の 人物
か ら 制 止や 非 難 を される描 写 が 存 在 する場 合 が ある か らであ
る。 これらの制
止 や非難
の描
写の存在
は, ア シ ョー
カ に よっ てな される処 罰 が不当
なものとし て と ら え られ ていた可能
性を示して い る と考 え られる。
以 下に, その制
止 や非難
が な される処
罰
の場 面の経緯
を示す。2
.
1
大臣達
と宮 女達
と を殺害
し た経緯
自
らの兄を殺害
し, 王位 争奪戦
に勝 利し たア シ ョー
カは,怒
りに よっ て躊躇
な く殺害
を行
う人 物 として 描かれは じめ る
。
ア シ ョー
カ は,自分
を尊敬
せず
, 三度にわた り命令
を無視
し た
大臣達
に対
して怒
り(
rusitena)
, そ れ らの大 臣達500
人を殺害
し た1° 。 ま たア シ ョー
カ は
自身
と 同じ名
である とい う理由で, アシ ョー
カとい う名の樹木
に 愛情
を感
じ てい たが
,
アシ ョー
カ王 を 嫌 う宮 女 達は腹いせ に こ の樹
の枝
を折
る。 王は これを知っ て怒
りを生じて
(
arnarSajatena ), 樹に害をなした宮 女 達500
人を殺害
する11。 こ の ように残 虐 な 行 為を見て, ア シ ョ
ー
カ王 を 人々 は 「凶 暴 なるア シ ョー
カ(
Ca4da60ka
)
」 と呼んだ12。
こ こ におい て
,
人々がア シ ョー
カ に与 える 「凶暴
な るアシ ョー
カ 」 とい う呼び名は,
決し て肯定的
と考
えられ るもので な く,非難
と解
釈 すべ き もの である。従
っ て, この 呼び名を導いた ア シ ョー
カ に よ る処 罰は非 難されるべ き ものと考 え られる。
2 . 2
王 妃テ ィ シュ ヤ ラ ク シ ター
を 殺 害し た経緯
アシ tt
一
ヵ王は複数
の妃
を有
し ていた。 妃達の 内,
第一
の 妃ティ シ ュ ヤ ラ ク シ ター
は,眼の美しさの点で
名声
を有す
るク ナー
ラ 王子(
テ ィ シ ェ ヤ ラ クシ ター
に とって は義 理の息子)
に懸
想し た。 テ ィ シ = ヤ ラ ク シ ター
は ク ナー
ラ王子を誘 惑しようとするが, 王子は こ れを拒む。 そこ で テ ィ シ ュ ヤ ラク シ ター
は王子を逆 恨み し,
仕 返し を しよ う とい う思いを 持っ て いた。
或る時, 王子はタ クシ ャ シ ラー
市における 反 乱を 鎮圧 しに 行 くこ とに な った。 クナ
ー
ラ王子が任
地 に去る と, ティ シ = ヤ ラ クシ ター
は行 動を開 始 する。彼
女 はア シ (5 ) N工 工一
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ヨ
ー
カ王 が 眠っ てい る間
にr
王子の 眼を抉 れ」 とい う偽
りの 命 令書
を 造 りタ クシ ャシ ラー
市
に送っ た。 王子は その命令
の内
容を知っ たが, 既に ヤシ ャ ス とい う名の上座
か ら 「眼は 無 常である 」 とい う内 容の説 法 を 聴 聞し て い た の で, 動 揺 する ことな く, タ クシ・
ヤ シ ラー
市
の住
民に命
じて王の命令書
の通 りに 眼 を抉
らせた。後
に,
こ の願
末を知っ た ア シ ョー
カ王はテ ィ シ ュ ヤ ラ ク シ タ
ー
に対
し て 怒り 1s , 「お前
は悪
しきこ と を行
っ た ta 」 と して,
妃に罰
(
danda
)を与え ようとする15。 ク ナー
ラ王子は, 眼が抉 ら れた こ とは自
らの 過 去 世の業の果 報であ り, またテ ィシ ュ ヤ ラ ク シ タ
ー
が良か らぬ行 為(
naryakar 皿 a)を な し た として も王は 良 き行 為
(
aryakarma)
を なすべ きである,
と言っ て自重を促 すt6。 しか
し,アシ ョ
ー
カ 王 は王子の 言葉
を受
け 入 れず,怒
っ て(
a皿 arsitena)
,
妃を処 刑し, 王子の眼が
奪
われた 土地であるタ クシ ャシ ラー
市の住 民達
をも殺 して し ま うW。こ こ では
,
テ a シ ュ ヤ ラ ク シ ター
に対 する処 罰後
に非難
の 記 述は存 在しない が,
処 罰の前に 〜ナー
ラがア シ ョー
カ の行 為 を 制 止して い る。2 . 3
外 道 とその在 家 信 者 達 を殺 害し た経 緯プ ン ダヴ ァル ダナ市に お い て, ニ ル グラ ン タ
(
需 外 道の出家
者)
に従 う一
人の在家信者
が, ニ ル グ ラン タ の
前
でひざまず くブッ ダの姿
形 (buddhaprati
皿 a)
を絵
に描い た「e。.
これを知っ て 王 は
怒
り(
r崢
tena)
19,
その 都 市の アー
ジー
ヴィ カ(
證外
道の出 家 者)
達を全て
殺
すよ う命令
し,殺害
は実行
さ れ る。 ま た 別の時
に,今
度はパー
タリプ トラ市で同 様の事件
が起
こっ た。怒
っ た(
enarfiita
)
王は,絵
を描
い た者 とその家 族・親
類を殺害
し 20,
厂ニ ル グ ラ ン タ の首 を 差し出し た者に
1
ディー
ナー
ラ を21与 える」 とい う命 令を出 し た。 その 時, ア シ ョー
カ王の弟ヴィー
タ シ ョー
カ は既に出 家し仏 教 猶とな っ て いた。 彼は病 気 を患っ て お り,
その ため,
彼の 衣 服は汚 れ,
髪 も爪 も髭 も長か っ た。
そこ で,
彼 をニ ル グラン タと
見
關違
え たee者
が,賞
金を望
ん で彼
を殺
してし まう。 ヴィー
タ シ ョー
カの首
が 王宮
に持
ち来
た られ た とき
, 王 は そ れがヴィー
タシ ョー
カの首
で あるこ と を知ると, 王 は意識
を失
っ て し ま う。 意 識を取
り戻
し た 王 に,大
臣達
は 「貪欲
を離
れ た者達
も苦し んでい ます。
衆
生 達に無畏
施を施し て下
さい 2『
」 と述べ る 。 以後,
王 は殺害
を禁
止 する。こ こ では, 外 道の
出
家 者 達 とその在
家 信 者 達が処 罰の対 象 となる。 王は 自 らが発した命 令に よっ て,
自らの弟
を失 うことにな る が,
その後
に大 臣 達が命 令の中 止 を 求めたことは, 処 罰の制
止 と見
るこ とができる。以 上の
2
.
1
か ら2
.
3
ま での事
例に見た ように,
ア シ ョー
カの 行 う処 罰に対して制
止 や非
難がなされる場 合がある。 そし て こh
らの制 止や非難の存 在は, そこ に お ける処 罰が, 正 当 性 を 欠 く もの,
不 当 な もの と考 え られてい た 可 能 性 を 示して いる。
更に,
そ れ らの 事 例には必ず,
王 のf
怒 り」 を表 現 する語(
amarsa ある い は τu§量ta)
が存 在する点で共 通し て い る。逆
(6
) N工 工一
Eleotronio LibraryRyukoku University
NII-Electronic Library Service Ryukoku University 仏教 思想の現代的意味 に, 以上 の
事
例を除
く, すな わ ち制止 や非 難の記 述が存 在し.
ない処 罰の場 面 24に お い て はチ こ れ らの 「怒り」 を表 現 する語が存 在しない の で ある。 こ の こ とか ら, A60kdvadana
におい て は,
不当な処 罰を表 現 する場 面で 「怒
り」 とい う語が重 要な役
割を果た し てい る と 言 え る。 lt3
.処 罰
の決
定
の際
に 「怒
り」 を抑 制 す
べ き こ と前
節
まで に,A9
θkdvnddna
に おける処 罰の記 述を提 示しPt 不当
な処
罰を表現す
る際に 「怒.
り」 とい う語
が共通
して用
い られることを指摘
した。 こ こか ら,F怒
Dj
’
が 「不当 な 処 罰」と
の関連
を有す
る, との仮説
を導
き 出 すこ と ができる。 そこ で次に, これ ら 「不当
な処罰
」;.
と1
「怒
り」 との関連
が,Agekdvndana
の み に見 出さ れ るもの で あるの か否か を検 証 する作 業 を行
う。3
.
1
王の
責務
と し ての処罰
前節
で見た通 り,Afokavnddna
の事
例に お い て, アシ ョー
カ王 は処 罰 としての殺害
を実
行 す る。 し か し, ア シ ョー
カ王のみ が処 罰 と結びつ い て いた わけでは ない 。 既に述べ た が,
古代
イ ン ドの王は処 罰 と密 接に関 わウ てい た。 そこ で先
ず, 王 と処罰
の関 係 を記 す 事例
を,A
繰 励 α一
ddna
と成 立時期
が重なる ヒ ン ドゥー
法典
類の一
つ ,MantesmrtttZ5
(
以 下,
Manut
・
と略す)
に お い て確 認して み る。 そこ におい て は, 「ダル マ に忠 実な王は盗 品 な くして盗 賊を殺さ ぜ て は ならない
,
盗 品があ り, 〔盗みに使 用した〕 道 具がある とぎは,躊躇
な く殺させ るべ し。
2eJ ま た 「王の 国 庫を略 奪 する者,
〔王に〕 常に敵 対 する者
,敵
を扇 動 する者を種
々 の罰
に よっ て殺
させ るべ し 。 27 」な ど と, 処 罰と しての殺 害が語 られて い る。
ま た, 厂彼 (
王)
のため に, 主 は, 初め に, あ ら@る生 き物の守 護 者であり,
ダル マ で あり,〔
主自身
の} 息 子である,
.
ブラ フ マ ン の威
光より な る罰(
da
姆
a)
を創
造した。……
彼,〔
すな わ ち〕
罰は王で あ り, 男 子で ある。 彼は指導
者であり, 彼は支 配 者であり, そ して四アー
シ ュ ラマ の生 き方の保証
人である と言われるc 罰は あ らゆる人 民を支 配 する。
罰の み が 〔あらゆる人 民を〕 守護
する。 罰は〔
人 々 が〕寝
てい ると きに 目覚め て い る。
賢 者は罰 がダル マ(
正義)
である ことを知る281 と し て , 王 に よ る罰 (
da4da
) が 人 民 守 護を 目的
と し たもの であるこ とを記して い る。以 上の様に,
Manu
.
で は王が 処 罰を なすべ きこ と を 示 してい る。 更に, 罰 (dapqa
)
とい う 語を使
用し ない が, 「王 は泥棒
の 制圧に最高
の努
力を傾 けるべ し。 泥 棒を制圧するこ と に よっ て彼の名
声と領
国は栄え る2『」 とい う記述
や 「〔王は〕
努 力し てr/
不正 な る者を三種の仕方
すな わち投 獄, 足枷
, およ び種々 の体刑
に よっ て制 圧 すべ し 3e 」 とい う記
述は, 王に対して処 罰の 実 行を促
す もの で ある。 また, 「罪
人を制
圧し, 善 人を守 護 するこ とに よっ て,
王は. 供犠
に よ っ て 〔浄め られる〕ブラー
フマ ナと同じ ように 絶 えず 浄められる81」 とい う記 述は,
罪 人の 処 罰を 王 自身の浄
化に結
びつ け,
バ ラ モ ンに よる供犠
と等置
し ている。 以上の 様に.
王 と処 罰 (7
) N工 工一
Eleotronio LibraryRyukoku University
NII-Electronic Library Service Ryukoku University 仏 教 思想の現 代的意珠 とが密 接に
関
わ っ てい ること をManu
.
におい て も確 認で きる。3 .
2
Manu
.
に おける 不当な処罰
と怒
り との 関 連王の責 務とし て の処
罰
は,
既に述
べ たよ うに殺害
をもし ばしば伴 う ものである が,
こ の様 な罰
を与
える訴 訟審
理に あた り,Manu .
は 厂そ れ ゆ えに 王は〔
司 法神〕
ヤマ の様
に 自ら好 き嫌
い を捨て, 怒 りを克 服し(
jitakrodha
), 感 官を制 御し てヤ マ に相 応し い ように行動す
べ し 。 s2」あ
るい は 「しか し愛 欲 と怒 り(
krodha
)
を制し,
正 しく事件
を審
理 すると きセこは, ちょ うど河 川が大 海に注 ぐように人 民は彼 (
王)
に付
き従
う。 e3 」 と語 り, 処 罰の決定
に際し,
王が 「怒 り」 を抑制
すべ きこ とを説い て い る。 この様に, 王の責務
と して殺害
を含
む罰 (
da
鱒
a)
の決
定
の際,
度々 「怒
り」 の抑 止が説かれる こ とは, 「怒 り」が存 在 する場合
に は, 王が 処 罰を正 しく行 使で き ない ことを示して い ると考 え られる。
以上の事
例に見
る様
に,
王 は一
般 的に, 罪 に応 じて殺 害 を 含 む 処 罰 を 行 うぺ ぎと される が, そ こに おい て も,
不 当 な処 罰を避 けるために 厂怒
り」 の抑
制 が説
かれてい る こ とがわかる。3 . 3
仏 典における不 当な処罰
と怒
り との関連
また
,
処 罰の 行 使に あたっ て, 王の 「怒 り」を警戒
するのは, ヒ ン ドゥー
法 典であるManu
.
の み な らず
, しばし ば仏典
に お い て も記
されて い る。例 えば
Buddhcvcarita (
以 下,Buddhac .
と略 す)
におい ては, 釈 尊の父である シ = ッ ドー
ダナ王 は,
行い 正しぎ王 とし て 描かれて いる が, その中で, シ ュ ッ ドー
ダ ナ 王につ い て 「王は 訴 えた者が好 きだか ら とい っ て同情
を 示し た り,嫌
い だか ら とい っ て罪
を重 くするようなこ と はし な か っ た。 34 」 と語
り, ま た,
「罪
入たち を死 刑に値 する と考えて も, 王は死刑に処す
るこ とな く。 彼ら を怒りを もっ て見る こと も なか っ た。 そし て, 彼ら を軽い罰
で繋
いだ。放免
する こ とも悪
と見
な さ れ た か らである。
35」 と記し, 正 しき王の 行 動 とし て 「怒 り」 を欠い た処罰
の 執 行を述
べ て い る。ま た,
M
翫η4
魏1
め の中に は,
仏 教 僧ナー
ガセー
ナが ミ リンダ 王 に対論
を請
わ れ た際
の次
の様
な や りとり が記 録されて い る。「大王 よ, もしもあな たが
賢
者の 論を以て対 譌なさ る の であ れば,
私はあ なた と対 論 するで しょ う。 し か し,
〔
大王 よ,〕
もしもあ なた が 王者の論を以て 対 論 な さるの で あるならば, 私はあ なた と
対論
し ない でし ょ う。」「ナ
ー
ガセー
ナ よ,賢
者は どの よ うに し て対 論 するの ですか。
」「
大
王 よ,賢
者の対 論に お い て は解 明がなされ, 解 説が な さ れ, 批 判 がな され, 修 正がなされ, 区 別 がな さ れ, 細かな 区 別がな されるけ れ ど も, 賢 者はそ れに よっ て怒ることが
あ りま せ ん。 大王 よ,
賢者
は実
に こ の よ うに対 論 するの です。」「尊 者よ, 王者は どの ようにして対 論 するの ですか
。
」 (8
) N工 工一
Eleotronio LibraryRyukoku University
NII-Electronic Library Service Ryukoku University 仏教思想の現代的意味 「大王 よ, し か る に
,
実にも ろ も ろの王者は対 論に おい て,一
つ の 事の み を主 張 する。
もし その事
に従わ ない もの が ある な らば, 『この者
に罰
を加え よ 』 とい っ て, その者
に対
する処 罰 を 命 令 する。 大王 よ, 実に もろもろ の王者は この ように対 論 するの です。
3e 」この事 例は,
対
論に際
しての 心構
えに関して,
「怒
り」 の抑制
を説
示 し た文
である。 もち ろ ん, 王が罰
を与
え る際
に, 直接
に 「怒
り」に 言 及 さ れ ては いないが, 文 脈か ら見 れ ば,
王 が対論者
に対
し て 不当
な処罰
を命令
する原 因は 「怒
り」 であるこ とが容 易に予 測で きる。以上の様に,
Manu .
やBuddhac .
やMilindapalho
の 中にも 「不 当 な処 罰」 と 「怒 り」 との
関連
を見 出すこ とができた。 従っ て,ASokdvaddna
に お け る 「怒 り」 の語の存 在は 「不当 な処 罰」 を 表 現 するため に使 用された もの で ある,
と言 うこ とがで きる。
4
.
まと
め
Agohavadana
の中
に存
在す
る処
罰の 場 面の 中に,
処 罰に対し て制 止や非 難の 描 写が存
在し てい る場 合 が あっ た。 そ して, そ れ らの場 合における共 通 点 として, 処 罰を行 使 する者
の 「怒 り」 の表
現が見 出された。 この 「怒
り」 の表
現は,
Buddhac
.
やMilindapafiho
とい っ た仏典
のみ な らず,Manu
.
とい うヒ ン ドゥー
法 典に おい て も見 出され,
「怒 り」 は処 罰を行 使 する 者が抑 制 すべ き ものとして指 摘 さ れて いた。 こ こ か ら, これ らの資 料に お いては, 処 罰の決 定者
が 「怒
り」を抱
く場合
, その者
に よっ て決定
さ れ た処
罰に は 正当 性 が 欠 落 する,
とい う見 解 を見 出すこ と がで きる。本
稿
で は, 仏 教 思 想の現 代 的 意 味とい うテー
マ の もとに,筆
者 個 人 が 興 味を持つ 「裁
判 員制
度
」 を手 がか り と して,厂不当な る刑
(
処 罰)
の決定
に導
く感 情」 につ い て, 仏 典の中か ら,
特
にASokdvnddna
を用い て探
っ た。 その結果
,ASokav
αdaua
では処 罰の 決定
者が抱 く 「怒り」が 「不 当な る処
罰
」 を導
くと さ れてい るこ と を指 摘 するこ とがで きた。 もち ろ ん,
「不 当 な る処 罰に導
く感情
」 は 厂怒
り」 の みでは な か ろ う。 ま た, 仏 典 とい う膨 大 な資 料の内, 僅か 二, 三の資 料のみ を使
用し て検討
を行
うこと に は,筆者
自身 も少
な か らず無
理を感じ るところ であ
る。 し か し, その様
な限
られ た資
料において で はある が,
「不 当 なる処 罰に導 く感 情」 と し て 「怒
り」が挙
げられて い る ことは事実
とし て認
めねばな ら ない。裁 判 員 制 度は 「国 民の
健
全 な社
会 常 識」あるいは 「民 意」 を刑 事裁 判の判 決に反 映さ せ るこ と を 主要な 目的とする。、
社 会に おける多 元 的 な価 値 観 を 有 するもの として招 集される多 数の裁判員
の参
加に よ っ て, 少 数の職
業裁
判 官の判決
よ りも公平
・
中 立 性を高め よ う とい うわ けであ る。 しか し, その一
方で感情
的・
情 緒 的 裁 量に は注 意 を 払 うべ きで, 制 度 導入に よ り重 罰 化に 至る ことの無い ようにせね ばな ら ない ことが指摘
されて い るS7。もし実 際に裁
判員制
度が導 入 される場 合)こは, 古 代イン ドに おいて 王 に要 請さ れ た 「怒
りの ( 9 ) N工 工一
Eleotronio LibraryRyukoku University
NII-Electronic Library Service Ryukoku University
仏
義
思想の現 代的意味抑 制」 は, 裁
判員
各 人に も要請
さ れ るこ と と な ろ う。(
岡 本 健資)
〈
略
号 >Buddhac
.
=
ASvag
ん){a’
sBudd
んlcarita orActs
げ
theBtsddha
;ed.
by E
.
H
。
Johnston
,
Delhi−
:Motilal
Banarsidass
,1984
.
Divy .
=
Div
ッdvaddna, ed
.
by
E
.
B
.
Cowell
andR .
A .
Neil
,Cambridge
,1886 (Reprint
:Delhi
,1987).
Miln
.
=
The
Milindapafi
’
ho
with1
協 勘44
葡 , ed.
by
V
.
Tren
〕ckner ;London
:PalE
’
T
’
extSociety
,
工880
;Manu
.
==
Manusmrti
,10
vols.
, ed.
by
G
.
Jha
’
,
Delhi
:Mo
傾laL
Banarsidass
Publisher3
,
1999
.
註 12 34 5678910
11 26D11 工4 山 崎 元一
rア シ ョー
カ王伝 説の研 究』東 京 :春 秋 社,
1979,
p.
46.
」
,
S.
Strong.
The Legend げ King A∫oka ’ ASttz・
d
ツ of Transl’
ation げ theA50
航伽 命 π α,
Princeton
:Princeton
University
Press
,1983
, p.
41.
Strong,
TheLegend
ofKing
A50
距σ, P
.
40.
彼の父ヴィ ソ ドゥサ
ー
ラ王 は,
アシ ョー
カ の触れ る場 合に心 地 よくない身 (dubspar
§agatra )を,
喜 ぱ なかっ た (Divy.
p.
370.
12−
13)。 またア シ ョー
カの後宮の若 き婦人達は,
彼が その ような不快な身 体を して いた為に
,
彼に触れ ること を望ま ない (Divy.
p.
374.
2−3
)bSt「ong
,
The
Legend
ofKing
ASoka,
p.
40.
文脈か ら見て仏教的価値観の こと
,
具 体 的に は不 殺 生 等 を 指 す と考 え られ る。ギ リカとい う名の人物は, 他 人に害 を 与 え ることを 好み, その点を見 込まれて アシ ョ
ー
カが造った牢獄の刑 吏とし て雇われる。
Strong
, TheLegend
efKing
A60ka
, P.
4LStrong,
The
Legend
efKing
A
∫oka , P.
42.
Divy
.
p.
373.
22−
28.
r
怒 り」 の語が出る の は以 下の文章である。
「そこで,
彼ら (大 臣 達)は三 度 と も,
王の命 令に応じ な かっ た。 そこ で , 怒っ た 王は剣 を 鞘か ら抜い て, 五 百 人の大臣達の首を切り落 とした。
(tair yavat trir api rajfia Ejfia pratikalita /tatO rajfia ruSi.
tenfiSirP niSkogarpkgtva
paficanam amatyaSatanarp6irarpsi
chinnfini /)」 (Divy.
p.
373.
26−
28).
Divy
.
p.
373。
28−374.8・
「怒り」 の語が 出るの は以 下の文 章である。 「そして,
〔宮女達ボアシ =一
一
fi樹を切っ たことを〕聞いたの で
,
怒 りを 生じ た 王 は 五 百人の女 性達を諸々の 〔熱し た〕銅 板で もっ て囲い, 焼 ぎ殺し た
。
(SrutvE
ca t訌jfifim
’
ar §ajatena paricastri6atfini
k.
itikai・
b
sa 甲 ve贈yadagdhani
〆)」(Divy
.
p.
374.
6−
7).
Divy.
p.
374.
7−8.
アシ ョ
ー
カ の次の様な言葉に よっ て怒っ て いる様子 が示 されてい る、 r
私の息 子の両眼
を抉っ たのtt
誰なのか。甘美な暮らしを 捨て去 ることを 決定づけたのは誰なのか。 〔私の〕心に怒りに満 ちた憂い の
火 が 降 りてき た。息 子よ
,
早 く語 れ。誰に対し て私が罰を 与 えれ ばよい のかを 〔と〕。 (kenoddhTtaninayanEni sutasya mahyam
ko
jivitarP
sumadhurarP tyajiturp v アavastab /90kanalo
nipatitoh
;daye praca44ab acak §va putra laghukasya
hari皿 i da 姆am ノ)」(Divy・
P.
416.
25−
28)・
「吉祥 〔なら ざる〕 者よ,一
体どう.
し て お前が大地に沈ま ぬ の か。 私は 〔お前の〕頭 を 諸々 の斧の打
(10)
Ryukoku University
NII-Electronic Library Service Ryukoku University
仏
教
思想の現代的意味撃に よっ て破砕しよ う。 私は
,
度を越 えた悪 を 実 行し,
非 法 と結 びつ い た お前を捨て去ろう。
〔あた かも〕賢 者 が 富
貴
を捨
て去る』
よ うに。
(katha甲 hi dhanye na nimajlase
k
§itau chinnitai 6ir§a甲para6uprahairaib/
tyaja
血y aliarP 歯a皿 atip互pak 劭i
阜iln adhalnlayukt 且甲 醗iyam
atmavan
iva
!t
)」 (Divy.
p。
417.
1−
4).
1’
5 Divy.
p.
416.
28.
16 Divy.
p.
417.
14−−
27.
17
「そこ で, 怒っ たア』
シ ョー
カ王に よっ て テ ィ シュ ヤラ グシター
は樹 脂 〔で でぎた〕 屋舎に入れ られ 焼き殺さ れ た
。
ま た,
タ クシ ャ シ ラー
の住 民 達 も殺 害された。 (yavad幽
r 互」漁60kena
ti§ya田k
麟且 ama−
r 等itena
jintugThatp
prave6aブft
》a dagdha tak§a6’
il且6 ca pa亡r盃聴praghatitab/)」(])
iv
夕,
p.
418.
1−2
).
18
「ま た
,
その時,
プン ダヴァ ル ダナ とt
’う都市におい て,
ニ ルグラソタ に従う在家者がニ ル グ ヲン タの両 足に平伏して い るブ ッ ダの姿形 を 絵に描いた。 (tasniitpS
”
casa血aアe pu姆a マaで
ah
跏 跏 agarenirgranthopasakena
buddliapratimfi
皿irgranthasya padayOr 皿ipatita citr 護rpita /)」 (Div
ア.
p.
427.
2−3
).
19「そし て, 〔絵 を描い た者を 〕見たの で」 王は怒っ て
命
じ た。 (dX
§‡va ca ru§itentibhihit’
am /’
)」 (Divy.
p,
427.
6−
7).
20
「そ し て,
〔ブッ ダが跪 く絵が描かれたことを 〕 聞い たの で,
怒っ た 王に よっ て,
か の ニ ル グヲソタに従 う在家信者は家族
・
親類 もろ とも,
屋舎に入 れ られ, 焼 き殺 された。 (‘rutva ca’
r’
fijfiti:
皿 ar−
§
itena
sa nirgra.
nthopasakah sabandhuvargo g『ha卑 prave 首ayit マAgniriadagdhab
ノ)」(
Divy.
PL427。
10−
12)。
21
「ディL ナー
ラ (di’
hiara
)」「
とは当 時流通 してい た貨 幣である。 22 比 丘 が外 道の者 と見 間 違 え られた事 例はDivy.
第 7 章 翫 9α痂 洳Z
α 叨巌 劭 α4
δπ α に も 見いだ す こ とができる。 そこ では,
髪と髭を伸ばし,
好ま しくない衣服 (1廿hacivara )を 纏っ たマ ハー
カー
シ ャパが
,
外道の者と見間違え られてい る。 (DiVy・
Pl 81.
25−
82:9
).
尚, この章につ いて は平岡聡民が翻 訳 を 発 表して い る。 平 岡聡 「町の洗 濯 婦に よ る布 施 物語
一
『ディヴ ィヤ・
ア ヴァ ダー
ナ 』第7
章和 訳一
」 『仏 教 大 学 総 合研 究所 紀 要』3,
1’996,
pp.
69L88.
23「大臣達は言っ た。 r陛下, 貪欲 を離 れ た者 達に対して もこ こに お い て害 が生じ ま し た
。
ど5
か, あら ゆる衆 生に無畏 施を施し て下さい
。
』 そこで,
王 は無 畏 施 を 施した。 『今 後,
如何な る者も殺しては な ら ない 』
〔と〕
。
(amatyai6 cabhihitalp deva vTtaraga4arp apy atra pida
j
’
a’
tia・dlyattirP
sarvasattveSv
abhayapradanam /
yavat
rajfiabhayapradanarp
dattarp
na
bhayalj kaSicit
praghEtayitavyab /)」(
Divy.
p.
427.
27−428.
1
).
24 兄であるスシ
ー
マ が殺 害された 場 面 (Divy・
p.
373。
18−
21);刑 吏ギ リカが 殺害さ れ る場 面 (Divy,
p.
380.
10−
15).
25 山崎 氏は
Manusmrti
の成立 を前200
年〜
後100
,200
年頃とする (山崎 元一
「古代イソ ドの王権と宗教』
,
東京 :刀 水書房,
1994年,
p.
x)。
26 na
hodhena
vina caura 甲 ghatayed dhSrmiko n ;pabff sahodharP sopakaraparp ghatayedaviearayanli
’
270,f
(Manu .
9.
270).
以 下,
Manu .
につい て,
テ キス トは以 下の もの を 用い る。
Ganganath
Jha
,
ed.
ハ惣π螂町 彦∫,
10 vols.
,Delhi
:Motilal
Banarsidass
Publishers
,
1999.
また
,
訳文 は以下の研 究か らの引用であ る。
渡 瀬 信之訳 『マ ヌ法 典』東 京 :中央 公論 社,
1991。
27
rajfia 辱
ko
首ApahartrrpSca
pratikUlye§v
avasthitan /
ghatayed
vividhair
dapdair
arip 亘lpcopajapakan /t
’
275/f
(Manu .
9.
275).
28tada
・thatP sarvabhtitanarP 9・pta・arPdha
・m・m atm・j
・m !/・b
・ahmat ・」・m ・y・rP da4 ¢・m ・ ・;jat
ptirvam i≦varah !
114
,
!/tasya sarv 碑i
bhatani
sthavarfi4i carapi caS!bhayfid
bhogaya
kalpante
svadharmanna
calanti
ca //
’
15,f
talp
de6akElau
首aktir 罫ca
vidyarp
cfivek §ya
tattvatahf
(正1 )
Ryukoku University
NII-Electronic Library Service RyukokuUniversity
ratsNMoEftanft..wt
yathartah samprapayen naresv anyayavartifiu,f16f sa rajE puruso
darp4ah
$a netaSasita
ca sabf caturrparn aSramfi4arp ca
dharmasya
pratibhitb smgtabf17fdarp4ah
Sasti
prajabsarva
da44a
evabhira'keatifdaudab
suptesujagarti
da4darp dharmaip vidurbudhabf18f
(Manu,
7.14-18).29 paramarp yatnam atisthet stenanarp nigrahe n;pahf stenanarp nigrahEd asya yage raetrarp
ca vardhatef302f
(Manu.
8.302).
30
adharmikarp tribhir nyayair nigFh4iyat prayatnatabY nirodhanena bandhena vividhenavadhena caf310f
(Manu.
8.
310).
31
nigraheuahi
papantirpshdhanarp sarpgrahela caM dvijatayaivejyabhih
payante satatarpn;paljf31V
(Manu.
8.
311).
32 tasmad yama
iva
svami svayarphitva
priyapriyef varteta yEmyayti v;ttyajitakrodho
jitenariyabf173f
(Manu.
8.173).33
kamakrodhau
tu sarpyamya yo 'rthandharmega
paSyatif prajas tam anuvartante samudramiva sindhavabM175f
(Manu.
8.
175).
34
istesyanistestt cakaryavatsu
na ragadosaSrayatfirp prapedel(Buddhac,
2.39ab).ELLirkde
su
rtnredz,pacelog
fv`ti"eL"JBs,
p.22.35
krtagaso
'pipratipadya vadhyan najlghanan nfipi rusadadarga!
babandha
sfintvena pha!enacaitarps tyago 'pi tesarphy anayaya
d;staljf
(Buddhac,
2.42).E-tctspt
rMaetspteg10g
v'vssi'fvVSs, p・22e36 sace tvarp mah5rfija papditavada sallapissasi sallapissami, saee pana rnjayada sallapissasi
na sallapissamiti.
katharp
bhante nfigasena pa4ditE sallapantiti. papditanarpkho
maharEjasallape avethanam pi
kayirati,
nibbetihanam pi kayirati, niggaho pikayirati,
patikammampi
kayirati,
viseso pikayiratl,
pativisesopikayirati,
na ca tena paudita kuppanti, evarpkho
maharajapapdita
sallapant-iti. katharp panabhante
rajfino sallapantlti. rajanokho
maharaja sallEpe ekarp vatthuTp patijananti,yo tarp vatthurp vilometi tassa da44arp
anapenti:
imassa
da4darp
palethati,evarpkho
maharaja rajfino sallapantlti.(Miln,pp.28.
29-29.7).
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(1)s
(a=-ig),
Mrt:MZNtr,
1963, p.76--77.37
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4e, 2oo4fii,pp.5el-530,ffIL
p.5e8, 514, 517oRyukoku University
NII-Electronic Library Service Ryukoku Unlverslty 仏 教 思想の現代 的 意 味