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『
Vajravidarapa
−dharanl ( 金 剛 摧 砕 陀 羅 尼 )
』 の儀 礼 につ い て
一 現代
に おける実
践方法
の考察 ( 1 )
田
村 宗 英
0
は じ め に『
Vajravidaraipa
−dharanl
』 は、 イ ン ド ・チベ ッ トに おい て古
くか ら受
容 さ れ流 行 してい た と考
え られ る。 現在
で もチベ ッ トにお い て根 強い 信 仰 を集め てお り、今
日広 く使
用さ れ てい る常
用経典集
の 中にも
こ の陀 羅 尼が組み 込 まれて い る。 主に、 山 や川の 浄 化、 い わゆ る地鎮 作
法
に おい て多 く
用 い ら れて い るよう
であ
る。本
研究
では、 原典 や 註釈 書
、 リン ポチェ か らの 聞 き取 り調
査、 チベ ッ トの常
用経典集
な どを拠
りどこ ろ として、 現 代 に も息づ く 『Vajravidarana
−dharapi
』 の実
践につ い て考察
していく
もの であ
る。
1
テキス ト類につ い て(
1 )
原典 と そ の内容につ い て原
典
の テ キス ト類につ い ては、 これ まで の 論考
で述べ て きた が、後
の考察部
分 との関連
上 、改
め て紹介
してお きたい 。成
立年
代につ い て は7
世 紀 末〜8
世 紀 頃に成 立 して い たの で はない かと目され 、文 献
上 の位
置 付 け に 関 して は、 『プ トン仏 教 史』(T
・h
蔵 外5197
)・第 四 章 「目録 部」1)に従 う
と、所
作 タ ン トラのう
ちの金 剛手
タ ン トラ (金 剛部)に属 す
る もの であ
る。
ま た、 ネパ ール で まとめ ら れ、 現在で も重ん じ られ てい る短い 七 つ の 陀 羅尼 経 典 集 『
Saptavara
』2)の 第二番 目を構 成 する もの である。陀 羅 尼の 内容 につ い て は、 金 剛 手が仏の 不 可 思 議 な力(加 持)を
う
け、 忿 怒 金 剛1
) 西 岡祖秀 :『プ トゥ ン仏教 史 目録部 索 引III
』(『東京 大学 文学 部 文化交流 研究施設 研究紀 要』6
,1983
>2
) 『saptavara 』:1
.Vasudharanama
$tottara
§ataka2
.Vajravidarapa
−dharalii
3
.Garpapatihr
−daya
4
.USpt
$avijayadharapt5
.ParrpaSabar
エdharapt
6
.Marlcldharapi
7
.Grahamatrkadhara4
正(詳細につ い て は、『梵語仏典の研 究 IV 密教 経 典 編』、 平楽寺書店、 1990, p .
67
を参照)(
35
)N工工一Eleotronlo Llbrary
智 山学報第六 十 三輯
手
となっ て説
い てい る もの で ある 。 「一切の有 情 を恐れ さ せ る」、 「停 止 させ る」、「
惑
乱 させ る」 な ど荒
々 しい 内容
が 中 心 となっ ており
、最後
に陀羅尼
の功徳
を偈
の 形で説い て い る。
〈 Vajravidaraロa−dharapl
原 典>
skt . ed :
Yutaka
lwamoto
:Beitrage
zurIndologie
,II
,S
.7
−9
.Tib
:Toh
750
=949
,0ta
406
=574
Badsra bi
da
ra na
na ma dha
ra nl/
rDo rje rnarn
par
hjoms
pa
sesbya
bahi
gzus
/Ch
:(
a) 大
正1416
金 剛摧 砕 陀 羅尼
(一巻)宋 慈 賢 訳
( b ) 大
正1417
壊
相 金 剛 陀 羅 尼 経(一巻〉元
沙
囃巴訳
く
註釈 書>
Toh
2678
−2687
;Ota3502
−3511
〈
儀 軌類>
Toh
2907
−2942
;Ota3733
−3767
( 2 )
註釈
書 ・儀 軌 類につ い て 今回 は、 シ ャ ー ン タ ラ ク シ タ ・パ ドマ サ ン ヴァ バ ・ヴ ィマ ラ ミ トラの 註釈書
を
参
照 した。 シ ャ ー ン タラ ク シ タの註 釈書
に関
して述べ る と、 こ こ で シ ャ ー ン タ ラ
クシ タ は 「親
教師
ボ ーデ ィサ ッ トヴ ァ (mkhan po
Bodhisattva
)」3)と呼ばれてお り、
か な り古
い 段 階
で作 成
さ れたこ とがわかる 。 内 容を み る とか な りま と ま りが あ り、
一種
の 講義録
と して書
か れた もの で は ない かと考
え られる。 また、 奥書
に 「註釈
の
後
半が終わっ た」 と記 され てい る が 、現在
の ところ、 目録 等 を見て もその前
半 部 分を確 認 する こ と がで きて い ない 。散
逸 した 可能 性 も大 きい が、 今 後 とも確 認 作 業を続 けて い く予定
で ある。3
) チ ベ ッ トの 流伝 前 期におい て、シ ャー ン タラ クシ タは 「親 教 師Bodhisattva
(mkhan poBodhisattva
)」 と呼ば れる。 こ こか らもVajravidarapa
が古くか ら信 仰さ れて いた こ とが わ か る。NII-Electronic Library Service
『
Vajravidarapa
−dhararpl
(金剛摧砕 陀羅尼 )』 の儀礼につ い て (田村)儀 軌類 に関 して は 、 ガン ガ ー ダ ラ ・マ ニ ヴ ァ ジュ ラ ・ジュ ニ ャ ーナ シュ リーの
著作
が相 当数残
されて い るこ とが わ か る。 こ の3
人につ い ては、 ジ ュ ニ ャ ーナシュ リー とその
師
マ ニ ヴァ ジ ュ ラ、 先々 師ガ ン ガ ー ダラ という
関係に なっ てお り、ジュ ニ ャ ーナシュ リー は、
自身
の著作
だけではな くその師お よ び先々 師の著作
を相 当数
におい て紹介
してお り、 一伝統
を形 成 してい る。 ジュ ニ ャ ーナシュ リーにつ い て は、 顕 密 兼 修の学 僧であっ た よ
う
で 、 顕 教 者 として は特に ダルマ キ ール ティ を
信奉
し、 唯 識 ・如来蔵
を得
意 してい た よう
である。密
教者
と しては、 師 匠のマ ニ ヴ ァ ジュ ラ に
無
上瑜伽系
の著作
があ
る に も関わ らず
、翻
訳 をしてい ない こ と な どか ら、無
上瑜
伽 までは志 向
して い なか っ た よう
である4)。( 3 )
チベ ッ トの常用経
典集
につ い て今
日、 チベ ッ トで宗 派
や学派
を問
わず使
用さ れてい る常
用経典 集
に 『bla
mahi rnalhbyor
dan
yi
darn
khag
gi
bdag
bsked
sogs shalhdon
gces
btus
bshugs
so 』5)カミあ り
、 こ のp
.426
−441
に 「rnamhjoms
khrus
chog 」 という Vajravidaranaを用
い た浄化
儀軌
が収
め られ て い る。こ こ に
収
録 さ れて い る陀 羅尼
につ い て は 、原 典 と ほ ぼ一致
して い る。
2
現 代に お ける儀 礼の実践 事 例( 1 )
リンポ チェ か らの 聞 き取り調査
に つ い て 2013.5
.11 (
土)
に、 ギュ トゥ ー寺
副 院長
の チャ ト ・リンポ チェ 師6)にお会
い する機会
を得
7)、Vajravidarar
iaが現 在
どの よう
に実践
されて い るの か をお 聞 きす るこ とがで
き
た。 その際
、聞
き得
た内容
を、項
目立て る と以下 の 通 りとなる。4
) 羽 田 野伯 猷 :『チベ ッ ト ・イン ド学 集成 イン ド篇II
』 「ジュ ニ ャーナ ・シ ュ リー ・バ ドラ 著 『聖 入楞伽経註』 お ぼ え が き」(法蔵 館、1987
>p
.104
−121
5
) チベ ッ ト亡命政府の教育出版社で あるTibetan
Culture
& ReligiQus PublishingCenter
(
TCRPC
)が 発 行 してい る。6
) チ ャ ト・リンポ チェ 師(1954
−):3
歳の 時、チャ ト(bya
do
)リンポ チ ェ の転生 とし て認 定 さ れ、イ ン ド亡命後 、セ ラ寺で 学修し、最高学位の ゲシ ェ ー ・ラ ラン パ を取得。’
97
年に ダ ラ イ ・ラマ 法王直属の本山であるナムギェ ル 寺僧院長とな る。 現 在は、 ギュ トゥ ー寺の副 院 長を務めて い る。顕 密 両 教 に精通 した碩学であ り、 特に瑜伽タ ン トラの事相に関する専門家と して知ら れ てい る。
7) 智 山伝法 院非常勤 講師クン チ ョ ック ・シタル先 生のお 取 り計らい によっ て お会い する機会 を得た。 こ こに深 く感謝 申し上げます。
(
37
>N工工一Eleotronlo Llbrary
智山学 報第六十三輯
信仰 して い る地 域、 ま た は宗 派 ・学 派につ い て
尊格
とその功徳
につ い てどの よ
う
な場合
に儀礼
が行
われるの かこれ ら
3
項 目を軸
と し、( 2 )
に おい てテ キス ト類
と併
せ て考察
を進
め ていく
。( 2 )
リンポチ ェ の回
答 とそ れに対 する考察
信仰
してい る地 域、 また は学派
・宗
派につ い てマ ンダラの
作
例 などが、 西 北イ ン ド(ラダッ ク)で多
くみ ら れ る という
こ とか ら、同様に西 北 イ ン ドにおい て篤 く信 仰 されて い るのか と予 測 して い た が、 リンポ チ
ェ の 見 解 と しては、 「チベ ッ ト・ヒマ ラ ヤ地 域 全 体におい て信 仰 されて い る」 と
い
う
お答 え
で あっ た。 また、非常
に古
くか ら人々 の信仰
を集
め 、 チベ ッ トで知
ら ない ひ と はい ない だろう
、 という
お話
しであ
っ た。信 仰 して い る学 派 や
宗
派につ い て は、 リン ポ チェ よ り 『グ ン タ ン ・ク ン チ ョ ク ・テ ンペ ー ・ドゥ ンメ8)著作 集
』 を参照
して み る と良
い だろう
と勧
め られた。これには、
「こ の陀 羅
尼経
典 (Vajravidarapa
−dharalti
)は仏説大乗荘 厳
宝 王経
9)な どは、[
チベ ットで ]タ ン トラが [翻 訳 さ れ は じ め た頃の]
初 期
の もので あ っ て 、最上 の法
王 た ち1°)が大
切に した ‘王の 五経 ’11)にも数
えら れて い る。宗派
・学派
に偏
らず
に信 仰
され、 すべ て におい て広 く信 仰 さ れて い て、ニ ン マ 派の もの た ち は vajrakila の本 質
の一つ であ
る と主張
して い る」12)8
) グ ンタ ン ・ク ンチ ョ ク ・テ ンペ ー ・ドゥ ン メ(Gung
thangDkon
mchogbstan
pahi sgron me /1762
−1823
)18
世 紀の ゴマ ン学 堂の伝統 に 属 す る ゲルク 派の 大学者。9
)『za ma tog
bkod
pa (hpags
−pa za−ma −togbkod
−pa shes−bya
−ba
theg−pa
chen −pobi
mdo )』(
TQh116
/Ota784
、大正1050
);観音 菩 薩の功徳につ い て説か れて い る。 om ・mani ・ pad ・ me ・ham
とい う六字大 明陀羅尼につ い て も示さ れてい る。 この こ と か ら、チベ ッ トで は 重 要視さ れ、 かな り早い 段 階で翻訳さ れ たもの と考え ら れる。10
) 仏教を保護し た 歴代の王 た ちの こ と を指してい る と考え られ る。11
) 『ドゥ ン カ ル大辞 典 (dung
dkar
tsig mdzod chen mo )』p .660
に は、rgyal po mdo
1
血abzafi
po spyod pa smonlam
gyi
mdo /_
念es rabsfiin po
lta
bahi
mdo /hda
単ka
yege
sgombahi
mdo /bya
血chubltuh
bSags
b
§agsbabi
mdornams yin no / とある。
12
) 理解の 便を 図 る た め に、 本文お よ び 註で示 す 訳文に [ ]で括っ て語句を補い、言い換えや チベ ッ ト語ロ ーマ ナ イ ズ、漢訳の慣用 語、還 元 サン ス ク リッ ト語 は( )で括っ て示 してい
る。
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『
Vajravidarana
−dharai
;ti(金剛摧砕陀羅尼 )』の儀礼につ いて (田村)と述べ られて お
り
、幅広
い人
々 に信仰
されて い た こ とがわか る。尊
格 とその功 徳 につ い てリン ポ チ ェ による と、
Vajravidarana
は金剛手の 一種
で あ り、一般 的 な見解
では所
作
タ ン トラ に位 置 する もの で ある、 という
お答
えで あっ た。 これ につ い て は、1 ( 1 )で も言 及 した通 りである が、 行
タン トラ ・瑜伽
タ ン トラ に位 置付 ける考 え方
もあ
る、 とい う
お 話 しであっ た。
そして、 Vajravidarana
が持つ 力、 つ まり功徳
につ い て は 「浄 化」 で あ り、 リン
ポ チ ェ 自身
も灌 頂の 正 行 に先
立っ て行
われ る許
可 灌 頂に お い て 、 Vajravidara
ロa
を
本尊
と して用い る という
こ と であっ た。 それ は、私
た ちが これ まで積
み重 ねて きた罪障
を浄化 す る力が とて も強い尊格
であ
る という
理由
に基
づ く。功徳
につ い て は、 原典
・註釈書
・チベ ッ ト常 用 経典集
で も様
々 述べ ら れてい る が、 やは り強 調され るの は 「浄化
」 で ある。 そ れ ぞ れの該 当箇所
を挙 げ
る と以下 の 通り
と な る。■
Vajravidarapa
−dhararpi
原 典13)「
あ
ら ゆ る罪悪
は浄化
さ れて、 あ らゆ る苦
しみ を もた らす もの は な くなる。 全*該 当箇所 :
Gung
thang Dfeon mchog bstanp
αhi
sgron me gsWhhbum
,第9
(ta)巻、 (北京民族 出版社 .
2005
)p .206
,1
.23
−p.207
,1
.2
hdibi
gzufis mdodan
za matog
bkod
pa sogs rgyudbsgyur
babi
thog ma yin shin chos rgyal gon ma rnams thugsdam
mdsad pas rgya1 po mdo1
証ar grags pabytm
/grub mthab ris medla
hphrin
las
khyab
brdal
du
che shin /rfiih ma pa rnams rdophur
pa
dafi
fio
be
gcig
parbdod
/また、こ の 後に相承系 譜につ い て も述べ ら れてい る。 その うち sabariba (シ ャバ リパ だ と 思 われ る。 著作は、
Toh2932
,2933
,2936
)・devapUrnamati
(著 作 は、Toh2935
>の名前が一致 した。そ れ か ら、 「緑 と青の
Vajravidarana
が今 も広く知ら れてお り、これ はバ リ翻 訳 官の流 れ である」 とい う記 述 が見られ、 そこか らサ キャ派の流 れ も存 在 するこ とが わ かる。 ニ ンマ派につ い て は、「白の
Vajravidarapa
はニ ン マ 派の流れ を くんで お り、 十 九 尊の マ ンダラが 知ら れる 」 とい う記述 もみ ら れ る。13
) 定本はToh750
である。*該 当箇所 :
Toh750
,266b
,2
−4
sdig pa thams cad
byah
byas
nas 〃sdugbs
血al thams cad medpar
byed
〃 〃dpal
kun
gyis
nilegs
parbrgyan
//sems candbah
pefiams
padaili
//tshe zad pada
血 tshertafns
daii
//phun
sumtshogs min gah chags
dafi
ノ/lha
rnams rgyabkyis
phyogs padaii
〃 mdsah sdug skyebo
sdahba
da
血〃bran
bzah
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sogs gcos pada
血//phan tshun mthun pa ma yindah
//norhgribs
pas nignod pa dan//mya han fial las gnod pa
daii
//hjigs
padah
ni phoris pada
血〃gzahdan
rgyu skarbyad
stemsdafi
//mibzad
gdon gyis flen pada
血//mya fian nallas
byt
血ba
yi//rmilam
sdig pa mthoh na yah〃
des
ni rabbkrus
gtsa
血ma yin//(
39
)N工工一Eleotronio Library