せんさ
fいいちく・う おっくう えいどう
*千載一遇の載とは何か.億劫,未来永劫の劫とは何か.
*英語の数詞はどのようにしてつくられたか.
*メートル法の単位名はどのようにして決められたか.
百・千・万は最初は多数の意味だった
現在の数調は最初からひとまとめにつくられたものではなく数観念の発達 に伴って少しずつ順につくられてきたものです.一,こまでしか数詞がない 頃には三は多数を表す数詞でした.三(ミ)は「満つ」に通じます.未聞社会の 人たちの数詞にイチ,ニ,沢山というのがありました.相撲に三番稽古とい う言葉があります.これは稽古を三番だけ取るということではなく,どちら かが止めるというまで何番でも取るということです.つまり三は多数の意味 なのです.四にも四海(世界),四方(全方位)のように多数の意味がありま す.八にも八百八町,八百八橋,八方美人,八方破れ,八方塞がり,八宝菜 のように多数の意味があります.同様に,百は十の
10倍,千は百の
10倍 , 万は干の
10倍というのは後に数詞が組織だてられたときに決められたもの で,数詞が百までしかないときは百は多数の意味に使われていました.千,
万も同様です.次のような言葉があります.
* 百芸に通ず,読書百遍,百科事典,百も承知.
* 千里眼,千日手,千差万別,千客万来.
3
大数と小数の名称の由来
万古不易.
万年床,
万葉集,
万年筆,
*
最大の数は無量大数
万の次は億,兆です.最近は兆ぐらいまでは国家予算にも出てき 江戸時代の数
千
ますからよく使いますが,兆の上の数詞もたくさんあります.
ロんこう
学書『塵劫記
H寛永
20年版)に「大数の名」として次のように書かれています 百 ,
ジョウ
穣,
ガイ チョ
咳 , 梓 , 那由他
ケイ
尽,
ア ソ ウ ギ
阿僧祇 億 , 兆
ゴ ウ ガ シ ャ
恒河沙,
万 台 極 百,千,
セイ サイ
正,載,
ムリョウタイスウ
無量大数.
(小→大の順).
一,十,
コウ
カン
溝 , j 閲 ,
カ シ ギ
不可思議,
万から極までは万進法で,極から上は万万 ーから万までは十進法ですが,
万載が極となりま 万億が兆,
万万が億,
つまり,
進法になっています.
万万不可 万万恒河沙が阿僧祇,
万万極が恒河沙,
これから先は,
すが,
もっともこれは寛永
8年版のもの 思議が無量大数(1 0刊というわけです.
十万を億,
十億を兆とするような数え方もあったようです.『塵劫記』の「日本国中男女 の数積事」に,
それ以前の寛永 4年版ではすべてが十進法になっています.
で ,
男は十九億九万四千八百二十八人,女は二十九億四千八百二 この 十万を億とした数え方をしているわけです.
十人と書かれているのは,
数字は行基図といわれる『日本全図』に書かれているものです.
陪書や唐書に記載されている中国の古算書『孫子算経
H3世紀頃)には,数 万万兆を京というように万 の名称は載までしか出ていません.万万億を兆,
万 (
8桁)進法になっています.大数の名称は載で終わっているわけですが,
千載一遇(非常に長い年月に一度しか巡り合えない絶好の機会)などという言 数が大きくなると大地に載せられなくなる とい これ 葉からも推察できます.
うことから載が大数の名になったということです.載の次は極ですが,
4 |
数と計算に関する用語・記号
は 万載で極まる ということからつけられたもののようです.極の次の恒 河抄は,恒河はインドのガンジス河のことですから,
7ゲンジス河の砂(沙)の 数という意味になります.このように恒河沙から後の名称はインド起源で,
仏典から出たものが多いのです.阿僧紙は党語(古代インドの標準文章語)
asankhya
の漢訳で,その意味は,数えることのできないほどの大数,すな
くしゃろん
わち無数ということのようで,
2世紀頃の仏教の基礎的教学書『倶舎論』に出 てきます.次の那由他も仏典に出ています.『華厳経j に,古代インドでは,
グ テ イ
百千(
100×
1000)を倶抵(グチとも読む,
koti),百倶低を阿由多(
ayuta),百阿由多を那由他(
nayuta)と名づけると書かれています.また,
1 koti
×
1 koti二 layuta, 1 ayuta×
1 ayuta=
1 nayutaのように書かれています.那由他(多)は党語の
nayutaの漢訳で,この意味 も極めて大きい数ということのようです.『華厳経』には
10140もの大数が出 てくるということですから,『塵劫記』に書かれている無量大数など問題にな
りません(中桐大有『数の歴史と理論
J,明笛書房,昭和 2 3年 ) .
ところで,億のような字は「人+意」で,意は「音(口をつぐむ)+心」で,
黙って心で考える という意味になることから,億は 心でいっぱいに考 えられるだけ考えた大きな数 とい 7 ょっに解釈きれていますが,他の数詞 はどう解釈したらよいかわかりません.兆,京,
I変は都市でその人口を表 し,中子,穣は穀物に関係して,その粒の数を表し,溝,澗は水のあるところ でその水量を表しているという説があります.
最小の数は塵
小数の名前は分,厘,毛くらいまでは今でも使われていますが,それより 下の小数もあり,『塵劫記
Jの「小数の名」に次のように書かれています(大→
小の順).
I.
大数と小数の名称の由来
5フン リ モウ シ コツ ピ セン
シヤジン アイ
分 , 厘 , 豪 , 糸 , 忽 , 微 , 融 , 沙 , 塵 , 壊 .
ゴ ウ モ ウ
小数第
l位が分(普通はブと読む),第
2位が厘,第
3位が老(毛)というこ とになります.
38.5度を
38度
5分というようなものです.最近学校で歩合 を
3割
5分
7厘などのように教わると,これは小数で
0.357だから
5分は
0.05,つまり分は小数第
2位の名称,
7厘は
0.007,つまり厘は小数第
3位 の名称と思い込んでしまう生徒がいるようです.そう思っている先生に会っ たことがありました.歩合では割を単位として計算しているので,その
10分の
l, 100分の
1を小数単位名を使って分,厘と呼んでいるわけで,分は 小数第
1位,厘は小数第
2位の名称であることに変わりはありません.
ところで,割という割合の単位は利息の計算に使われたのが始まりです.
利息の計算は奈良時代から行われていましたが,農民対象の貸借では収穫が 年に一度しかないので,利率は年何割というように計算きれていました.初 めは「
10について
3」のようにいわれたりしましたが,後に
3和利とか
3害 ! と書かれるようになりました.江戸時代になって商人の聞で短期間の貸借が 行われるようになると,割では大きすぎるので,小数を使って,その
10分 の 1の分まで使われるようになったのです.
きて,『塵劫記』の種本となった中国の『算法統宗』(1
592年)には,数の最 小の単位は 塵 になっていて,その下に次のように書かれています.
アイ ピョウ パク モ コ シュンジュン シュユ シュンソク
塵 , 壊, j 砂 , 漠 , 模糊, 遼巡, 須央, 瞬息、,
ダンシ セ ツ ナ リクトク コクウ セイジョウ
弾指, 剃那, 六徳, 虚空, 清浄.
そして ただこの名ありて実なし.公私また用いず と書かれています.
大数に対して形式的に小数の名を考えたものと思われます.
最小の単位 塵 は『倶舎論』にも出てきます.
物質にはみな分量がある.分量のあるものはいくら細かく割っても
ご く み じ ん
決してゼロにはならない.その一番小さいものを極微塵という.極微塵
ね
こん
*ルート(
root,植物の根)がどうして平方根になったのか.
*平方根の記号にはどういうものがあったか.
キ
Jーの形はどのようにしてつくられたのか.
平方根は平方数のもとになる数
平方というのは
2乗で,根は 根っこ ですから平方根は直訳すると
2乗の根っこ,平方のもと になります.平方の平は平ら,方は四角で,平ら
な四角すなわち正方形のことで,その面積が
1辺の
2釆になることから
2乗 が平方になったわけです.同じように立方は立体の四角すなわち立方体で,
その体積が
1辺の
3乗になることから,立方が
3乗を意味するようになった のです.根は根っこのことで,これから元を意味することにもなったわけで す .
根を意味する言葉で平方根を表したのはアラビア人です.彼らは平方数を 木のように根から生成したものと考えました. 9( 二 3 2)という平方数は 3と いう根からつくられた数と考えたわけです. 3 2という平方数の根は 3だと いう考え方です.
33 = 27という立方数は
3という根から生じたと考えて
27の立方根は
3というわけです.平方根,立方根は平方数,立方数の根(もと)
になっている数という意味なのです.
46 |
数と計算に関する用語・記号
平方根は英語では
squarerootです.
squareは正方形とか四角とか平方 という意味,
rootは根っこの意味ですから,
squarerootは 正方形を形成 する根っこ,もとになるもの ということで,直訳すれば平方根になるわけ です.
rootの語源はラテン語の
radix(植物の根)ですが,これはアラビア語 の
aljidr(植物の根)を翻訳したものです.英語ではハッカ大根(の根)を
radish(ラディッシュ)といいますが,これは明らかに
radixからつくられた
ものです.代数はアラビアからヨーロッパへ伝えられたものです.
平方根を求めることを英語では
extractthe square root,,といいます.
これは直訳すると 平方根を抜き取る となります.植物の根っこを引き抜 くということです.これは余談ですが,いまでは方程式の中の文字(変数)に 適する数を 解 といっていますが,最近まで文字(未知数)の値を方程式の
こん 根 と日乎んでいました.
平方根の計算は古代パビロニアで行われていた
平方根の計算は古代パビロニア時代から行われていました.パビロニアの 古い粘土板のなかに,正方形の
1辺と対角線の比が
60進 法 で
1; 24, 51, 10 (1+
24/60十
51/602+
10/603で約
1.414212)と書かれているものがあり ます.三平方の定理はかなり早い段階で世界的に発見きれていましたので,
その計算では
x2=2から
zを求める計算が必要でした.面積がわかってい る正方形の土地の
1辺を求めるよフな計算もさかんに行われていました.
パビロニア人は
2次方程式になる問題も解いていますから平方根の計算は ここでも必要だったのです.
それではパビロニア人はくわしい平方根の値をどうやって求めたのでしょ
うか.彼等は
bが
azに比べて小さいとき成り立つ j(l τ
b'=i a十b/2aと
いう近似式を使ったらしいのです.
6.
平方根の根とは何か,記号はどうして
Jになったのか 47 右の図で斜線の部分の面積は
bにな
りますから,外側の正方形の
1辺の近似 値は α +
b/2aとなるわけです.この 式を使って
!2を計算すると
!2=λ京子瓦面一=1.4
+
0.04/2.8ニ
1.4142のようにかなりくわしい値が求まりま す .
古代中国でも平方根の計算が行われていました.古代中国の『九章算術』巻
b/2a第四少庚には,面積が
55225の正方形の田の
1辺を求める問題が出ていて,
答えの
235が右下の図式のような方法で計算されています.また巻第九勾股 には三平方の定理が出ていて, 勾股各自乗,併而平方除之,即弦 のよう に書かれていて,平方根が計算されています. 平方除之 は後に 平方に 聞く となってこれが日本でも用いられたものです. 開平 という用語は
ここから出たものです.
平方根の記号などはありません.数の計算だけな ら記号なんか必要ありません.和算では平方根を求 めることを 平方に聞く といって,平方根を 平 方商 と呼んでいました.甲の平方根は甲商,五の
2 2 3 5 2 5 : 52 : 25 43 4
3 1 52 465 1 29
5 23 25 23 25
てんざん
平方根は五商と書きました.もっともこれは『貼寵 術』という代数の段階になって使われたものです.
インドでは代数が発達していたので平方根についての計算 もしっかり
frわれていました.ノ〈スカラの『ビージャ・ヵーニ タ
Jという代数の本には, 正数の平方根は正および負であ る.負数の平方根はない.なぜならそれは平方数でないか
ら と書かれています.彼はアラビア人と同じように平方数 −
F Oザゐ共通﹁
| |
−
J l
伊
48 I
数と計算に関する用語・記号
の根といういい方をしているのです.平方数の元になる数が平方根だという 考えです.
ru 36の平方根は
ru6と
ru6で ,
yava16 (l6x2)の平方根は
ya 4と
ya4 になると書いています.平方数でない数の平方根の場合,
IPは
pkarani(面積 ρ の正方形をつくるロープ)と呼んだということです.
ka 3 ru 2と書いて
13 2を表しています.インド人は
2次方程式が
2つの 解をもつことを認識して解の公式をはっきり示していることは前にもお話し
した通りです.
平方根の記号 f は
rootの頭文字 rの変形
平方根の記号
fが発明される以前は平方根は
radixなどの言葉をそのま ま使って表していました.例えばイタリアのフィボナッチ(
Fibonacci,ピ サのレオナルド(
Leonardoo.f Pisa) 117 4〜
1250頃)は
Aを
radixde 4,
ドイツのレギオモンタヌス(
Regiomontanus,Johann Muller, 1436〜
1476)はていねいに
radixquadrata de 4のように書いています.
quadrataは 四角のことです.またフランスのシューケー(
NicolasChuqet, 1500頃死)
は
16の
racinesecond, , は
4のように書いています.
racineは
radixのフ ランス語訳です.
次の段階は言葉の省略形を用いるようになります.イギリス,フランスの ある数学者は
fを用いて平方根を表しています.これはラテン語の
latusの 頭文字で英語の辺
sideにあたる言葉です.正方形の面積に対して
1辺の長 さはその平方根にあたることから考えられたものでしょう.
£5は
/5,fc 8は 拘 (
= 2)を表します.
cは
cube(立方)の頭文字です.対数で有名なイ キ、リスのブリッグス(
HenryBriggs, 1560?〜
1630 ?)は大文字の
Lを使っ て ,
L5とか
Lc8と書いています.
次の省略記号としては
Radixを縮約した
R(Rと
xをくっつけたもの)が
*横座標,縦座標,座標という用語はどのようにしてつくら れたか.
*楕円,放物線,双曲線という用語はどのようにしてつくら れたか.
日本人が創作した数学用語
日本の数学用語の多くは中国数学書と西洋数学の中国語訳書から採用され たものですが, 日本人が創った用語もたくさんあります.東京数学会社の訳 語会で創ったものもあるし,いろいろな数学者が西洋数学の翻訳書をつくる
とき創作したものもあります.座標などは日本人の創作です.
日本でよく読まれた西洋数学の中国語訳書の一つに『代微積拾級](羅密士 撰,偉烈亜力口訳,李善蘭筆述,
1859年)があります.羅密士はアメリカの 数学者ルーミス(
EliasLoomis, 1811〜
1889)のことで,この本は『
Elements of Analytical Geometry and Di妊erentialand Integral Caluculus』の訳て、、
解析幾何,微積分の初歩を書いたものです.表題の代は代数幾何の略で,解 析幾何(
analytic geometry)は中国では代数幾何と訳きれていました.
ana lyticの訳語を考えたとき,適当なものがなかったため,代数を使って幾何 の問題を解く方法という意味で,代数幾何と訳したものと思われます.つま
り解析幾何を代数学の応用とみて代数的幾何学,代数幾何と訳したのです.
7 72
| | 式と関数に関する用語・記号
日本でも明治
20年頃までは代数幾何と呼ばれていました.また, 日本では 軸式幾何学とか座標幾何学などと訳した人もいました.
きて,『代微積拾級
Jは座標の説明から始まっていますが,
z軸 ,
g軸にあ たるものを横軸,縦軸,まとめて縦横軸,
x座標,
u座標にあたるものを横 線,縦線,まとめて縦横線と訳しています.原点という訳語も使われていま す . 日本でも縦軸,横軸,縦座標(縦軸方向の座標),横座標(横軸方向の座 標)という用語はいまでも使われています.ただ中国語訳では下の図のよう
に ふ U とかは使わずに,みんな漢字に置き換えてしまいました.
横軸は日甲
H天線,縦軸は
H甲
I地線,点の横線は岬
H乙,縦線は
H甲日丙というわけで す .
H
地H 内 / 巴
日
甲 乙 日 日 天
座 標 は 英 語 で
co ordinatesですが,横座標は
abscissa, 縦 座 標 は
or dinateです.
abscissaの語源はラテン語で
o百+
tocut(切り離きれた部 分) という意味で,
ordinateはラテン語で
ordinate‑wise(一定の方法で 引かれた線分) という意味だということです.ですから,これらは点の座 標と無関係な言葉です.それがどうして横座標,縦座標になったのかという
ことです.
abscissa, ordinate
は実はギリシア起源なんです.アポロニウス(
Apol‑ lonius of Perga B.C.260頃〜
200頃)の『円錐曲線論
Jという本に出てくる用 語なのです.次のページの図のような円錐を考えます.
BCは底面の円の直 径 ,
BCと
Mで直交する線分
DEを含む平面で円錐を切った切り口の曲線
を
DPEとします.
7.
横縦線から坐標へ,坐標から座標へ 113 切り口の曲線
DPE上の任意の点を
Q Aとし,
Qを通り
DEに 平 行 な 直 線
QQ'を引き,
QQ' と
PMの交点を
Vとしま す
.vは
QQ'の中点になります.この
とき,
QVを 直 線
PMに 引 い た
or‑ dinate,直径から
QQ'によって切り取
られた線分
PVを
abscissaという意味 のギリシア語で表したのです.つまり
DEに平行に,あるいは
Vで二等分され るように引かれた線分
QQ' が
ordinateで,横線の
PVはそれによって切り取ら れる線分という意味です.
まず縦線が決まって,次にそれによっ て切り取られる横線が決まるわけです.
横座標,縦座標の原語は現在の座標とは
B
E
p
D
M
Q
c
全く無関係なもので,座標という概念が使われるようになったとき,ラテン 語に訳きれて使われたというわけです.座標の概念を導入したときに,用語 を新しくつくるより,ギリシア数学に出ているそれに近い用語を利用した方 がよいと考えて採用したのだと思います.
明治時代に, 日本でも訳語をつくるとき,漢字を組み合わせて新しい用語 をつくるより,中国の数学書にすで、に使われている由緒のある用語を転用す る方がよいという意見の人がたくさんいたようなものです.
楕円・放物線・双曲線の原語は曲線の形とは無関係な用語
座標の原語は円錐を切断したときの切り口の曲線の研究から生まれたもの
ですが,切り口の曲線というと楕円,放物線,双曲線が出てきますが,これ
7 74
| | 式と関数に関する用語・記号 らの原語も曲線の形とは無関係なものです.
アポロニウスは円錐を平面で切ったとき,切る平面が円錐の底面と成す角
αが円錐の母線と底面の成す角。より 小さいか,等しいか,大きいか によって異なる曲線になることを発見しました.そして
α< e のとき
ellipsis(不足する),
α= e の と き
parabole(一致する),
α> e の と き
hyperbole(超過する)と呼びました.これらが楕円(
ellipse),放物線(
parab‑ ola),双曲線(
hyperbola)の原語になったのです.
α