厚生労働行政推進調査事業費補助金(化学物質リスク研究事業)
分担研究報告書
肺を標的とする中・短期発癌モデルの開発に関する研究
研究分担者 横平 政直 香川大学医学部 腫瘍病理学 准教授
A.研究目的
ラットの肺腫瘍誘発物質としては、
N‑nitrosobis(2‑hydroxypropyl)amine (DHPN)(2 週間 の飲水投与)が知られている。しかし、肺腫瘍発生まで には約 30 週間と長期間を要する。 マウスでは、
4‑(methylnitrosamino)‑1‑(3‑pyridyl)‑1‑butanone (NNK)の腹腔内投与による肺腫瘍モデルが存在するが、
これも肺腫瘍発生までに最短で 12 週間を要する。
これらのモデルにおいて、早期に気管支肺胞上皮過形 成(以下、過形成)が出現するが、将来、その病変が消 失するものと悪性化するものが混在している。特に、最 近のナノテクノロジーの発展によって、ナノ粒子の吸入 毒性が問題となっている。ナノ粒子の種類によっては時 に過形成病変が発生する場合があり、この病変が、将来 に腫瘍化するリスクが高いのか否かを判別する方法も 期待されている。
以上より、本研究では肺発癌の早期病変における将来 の悪性化リスクを予想可能なマーカーの検索を目的と した。このマーカーにより、上記の期待に応えるのみで なく、早期病変での悪性化のメカニズムについて、新た な病理組織学的知見を得られる可能性がある。
これまでに、肺の早期腫瘍性病変の同定に有用なマー カーの候補の検索を目的とした研究を行ってきた。DHPN により誘発された過形成は経時的に腺腫、腺癌へ進展す る。DHPN 投与により肺に生じた代表的な腫瘍性病変に ついて、複数の抗体を検討し、候補となるマーカーの検 索を行った。検討した抗体は Cyclin D1、Napsin A、p27、
Thyroid transcription factor 1 (TTF‑1)、Ki‑67、
Cytokeratin (CK) 7、CK 20、CK 34βE12、CK 5/6、
surfactant proteins‑A (SP‑A)、p53、Endothelial growth factor receptor (EGF‑R)、estrogen receptor α (ERα)、 progesterone receptor (PR)、
carcinoembryonic antigen1 (CEA)、 p16、proliferating cell nuclear antigen (PCNA)、chromogranin A および synaptophysin の 19 種類である。その結果、染色性か ら Napsin A が最有力候補として絞られた。
Napsin A は肺胞サーファクタント B の成熟に関与し ていることから、その発現機序解明を目的として、サー ファクタントプロテイン(SP)の分子種である SP‑A, B, C, D について染色を行い、Napsin A の発現と比較検討 を行った。用いた材料は DHPN 誘発 F344 雄ラット肺腫瘍
(腺系腫瘍、30 週)及び quartz 誘発 F344 雄ラット肺
(炎症性変化、28 日目)の固定標本である。
以上の実験から、Napsin A は、肺に発生する過形成 病変の将来の腫瘍化リスクについての判別に有用であ ることが判明した。また、 Napsin A の発現は肺サーフ ァクタントプロテイン‑B の発現に若干の相同性を示し た。
さらに、Napsin A の有用性に関しての検証的実験も 行った。ラットにおける多種の肺発がん物質(DHPN、
Urethane、N‑Nitrosodimethylamine(DMN)、
Benzo[a]pyrene(B[a]P))により誘導された肺過形成病 変、およびマウスにおける Urethane, NNK, B[a]P に誘 発された肺過形成病変のいずれも、Napsin A の肺胞壁 内高発現が確認された。以上より、ラットおよびマウス の過形成性病変における Napsin A の高発現は将来の 腫瘍化を示唆することが明らかになった。早期肺病変と しての可逆性過形成と潜在腫瘍性過形成の鑑別が可能 であり、肺動物モデル試験系において有用なマーカーと 期待された。
今回は、他の分担研究者が早期の腫瘍マーカーとして 期待しているγH2AX についての実験を行った。形態的 な変化は見られないが、腫瘍化の可能性が高い実験早期 の肺にγH2AX の発現上昇が見られる可能性がある。こ れまでに行った実験の肺標本を用いて、形態的に異常の 見られない肺胞上皮におけるγH2AX の発現について検 討を行った。
研究要旨
本研究は動物の肺腫瘍モデルにおける早期病変について、将来の腫瘍化の推定が可能なマーカーの同定を目 的としている。ラットにおいて、肺早期病変である過形成病変に対する Napsin A の肺胞壁内細胞への高発現 の有無により、腫瘍化リスクの判別の可能性が明らかになった。さらに、DHPN 以外にも種々の発がん物質によ り誘導されたラットおよびマウスの肺過形成病変について、Napsin A の肺胞壁内細胞への高発現が確認され た。また、他の分担研究者が注目しているγH2AX について、これまでの実験での材料を用いて肺での発現に関 する検討を行った。しかしながら、発癌物質投与によるγH2AX の発現率の差は認められなかった。
B.研究方法
2006年〜2014 年に当教室で実施した 6 週齢または 7 週齢で開始した F344 ラットによる実験の肺ブロック標 本を用いて検討を行った。用いた肺ブロック材料の実験 内容の要旨を表 1 に示す。各群、3匹ずつの肺について 検討した。
免疫組織学的検討
γH2AXの染色に関して、抗体は、Phospho‑Histone H2A.X (Ser139) antibody (Cell Signaling,MA, USA)を用い た。すべての染色行程はベンタナ自動免疫染色装置
(VENTANA Discovery XT system,VENTANA medical Systems,AZ,USA)を使用した。クエン酸buffer (CC2 extended(90分))で抗原賦活化を行い、1次抗体は10倍 希釈で60分、2次抗体(rabbit)は30分反応させた。
形態的に変化の見られない肺胞上皮について、細胞 1000 個以上あたりのγH2AX 陽性細胞数を計測し、その 割合(%)を算出した。
(倫理面への配慮)
いずれの動物実験も実験に先立ち、香川大学、動物実 験委員会に動物実験計画書を提出し、その許可を得た後 に総合生命科学研究センター、同実験部門において香川 大学動物実験規程に従って飼育管理した。
C.研究結果
気管支肺胞腺腫(adenoma)においては、γH2AX 発現細 胞が多く認められた(図1)。一方、正常肺胞上皮につ いては陽性細胞が散見されるのみであった。これらの陽 性細胞数を集計したものが表2である。今回の 12 週以 降の検討では、発癌物質の有無や種類、実験期間によっ て、その発現に差は認められなかった。06CB2 の実験は 経時的な変化を検討するものであり、DHPN 投与後、γ H2AX の経時的発現変化についての結果が期待された。し かしながら、その発現率に変化は認められなかった。
また、実験ごとに、γH2AXの発現に差が見られた。特に、
2014年の実験である14EXは、2006年の実験である06CB2 に比べてγH2AX発現細胞率が高い。それらの2つの実験
討した 12 週以降には発現がすでに低下している可能性 が推測される。今後はより早期に評価する動物実験を計 画し検討する必要があると考えられた。
また、同内容の実験でも実験を行ったタイミングでγ H2AX 陽性細胞率に変化が見られた。これは古い実験ほど γH2AX の発現率に低下が見られ、ブロックの保存期間が 発現に影響を与える印象であった。
E. 結論
今回、発癌物質投与後のラット正常肺胞上皮における γH2AX の発現率に関する検討を行ったが、発癌物質の有 無や種類、実験期間によって、その発現に差は認められ なかった。今後はより早期に評価する動物実験を計画し 検討する必要があると考えられた。
また、γH2AXの発現率の検討には、ブロックの保存期間 も重要であることが判明した。
F. 研究発表
1.論文発表
1) Yokohira M, Kishi S, Yamakawa K, Nakano Y, Ninomiya F, Kinouch S, Tanizawa J, Saoo K, Imaida K., Napsin A is possibly useful marker to predict the
tumorigenic potential of lung bronchiolo‑alveolar hyperplasia in F344 rats. Exp. Toxicol. Pathol., 66:
117‑123, 2014.
2) Yokohira M, Yamakawa K, Nakano Y, Numano T, Furukawa F, Kishi S, Ninomiya F, Kanie S, Hitotsumachi H, Saoo K, Imaida K.
Immunohistochemical characteristics of surfactant proteins‑A, ‑B, ‑C and ‑D in inflammatory and tumorigenic lung lesions of F344 rats. J. Toxicol. Pathol.,
27(3‑4):175‑182, 2014.
2.学会発表
3) 横平政直; 山川けいこ; 中野裕子; 沼野琢旬; 岸宗 佑; 二宮芙美子; 竿尾光祐; 今井田克己、
Immunohistochemical characteristics of surfactant protein A, B, C and D in the lung of F344 rats.、
第 72 回日本癌学会学術総会、2013.10
4) 横平政直; 山川けいこ; 木内茂巳; 中野裕子; 二宮 芙美子; 岸宗佑; 竿尾光祐; 今井田克己、
Immunohistochemical characteristics of the lung prolifetrative lesions in F344 rats.、第 71 回日本 癌学会総会、 2012.09
G.知的財産権の出願・登録状況
1.特許取得 なし
2.実用新案登録 なし
3.その他 なし
表1 今回の検討で用いた肺ブロック材料についての情報
Used animals
Exp. Code Year Animal Age Experiment Treatment No. Exp. period 06CJ 2006 F344, F 7 weeks Toxicity study of asperagine Untreated 3 90days (13weeks) 06CB3 2006 F344, M 6 weeks Promotion study of nanoparticle Untreated 3 23 weeks
14EX 2014 F344, M 6 weeks DHPN, Urethane, DMN, B[a]P DHPN 3 16 weeks 14EX 2014 F344, M 6 weeks DHPN, Urethane, DMN, B[a]P Urethane 3 16 weeks 14EX 2014 F344, M 6 weeks DHPN, Urethane, DMN, B[a]P DMN 3 16 weeks 14EX 2014 F344, M 6 weeks DHPN, Urethane, DMN, B[a]P B[a]P 3 16 weeks 06CB2 2006 F344, M 6 weeks DHPN or NNK, 12〜30 weeks DHPN 3 12 weks 06CB2 2006 F344, M 6 weeks DHPN or NNK, 12〜30weeks DHPN 3 16 weeks 06CB2 2006 F344, M 6 weeks DHPN or NNK, 12〜30weeks DHPN 3 23 weeks 06CB2 2006 F344, M 6 weeks DHPN or NNK, 12〜30weeks DHPN 3 30 weeks 06CB2 2006 F344, M 6 weeks DHPN or NNK, 12〜30weeks NNK 3 12 weks 06CB2 2006 F344, M 6 weeks DHPN or NNK, 12〜30weeks NNK 3 16 weeks 06CB2 2006 F344, M 6 weeks DHPN or NNK, 12〜30weeks NNK 3 23 weeks