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関東支部報

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Academic year: 2021

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日本ロシア文学会

関東支部報 No.38 (2020 年 9 月)

〒223-8521横浜市港北区日吉4-1-1 慶應義塾大学 日吉キャンパス 朝妻恵里子研究室気付

日本ロシア文学会関東支部事務局 E-mail: [email protected]

【ご挨拶】

毎年初夏におこなってきた関東支部の研究発表会ですが、今年は新型コロナウィルスの感染拡大のた め延期し、来る2020年9月12日(土)14時よりZOOMを用いたオンラインの形で開催することにい たしました。3本の修士論文成果報告と、1本の博士論文成果報告がおこなわれます。その後、支部総 会も開催する予定です(残念ですが、懇親会はありません)。

参加ご希望の方は下記申込フォームに必要事項をご記入のうえ送信してください。研究発表会の数日 前にご招待の URLをメールでお送りいたします。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScfMXM81UaBPPZczCPZ9uYh4MUon4l1cdntC18rdwcy1wUoWA/viewform 本報に発表要旨を収録しております。どうぞふるってご参加ください。

沼野恭子

【研究発表会プログラム】

14:00 開会の辞

[修士論文成果報告]

14:05-14:35 新谷 修一 (筑波大院)

「ロシアおよび日本におけるアルツィバーシェフ

──20世紀初頭における『サーニン』受容の比較研究──」

司会: 源 貴志(早大)

14:35-15:05 奥村 文音 (東外大院)

「フレーブニコフの作品における「逆行」と「反転」

──回文詩『ラージン』とその周辺から」

司会: 八木 君人(早大)

15:05-15:35 小手川 将 (東大院)

「アンドレイ・タルコフスキーの時間論

──瞬間という時間性について」

司会: 坂庭 淳史(早大)

[博士論文成果報告]

15:45-16:20 金沢 友緒 (電通大)

「『ロシア語愛好者の友』誌と感情の主題」

司会: 三浦 清美(早大)

16:20-16:30 支部総会

(2)

日本ロシア文学会 関東支部報 第 38 号

目次

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【支部長 巻頭言】

沼野 恭子 「コロナ禍と文学──ウリツカヤの『ペスト』について」 ... 3

【研究発表会 報告要旨】

修士論文成果報告

新谷 修一 「ロシアおよび日本におけるアルツィバーシェフ

──20世紀初頭における『サーニン』受容の比較研究──」 ... 4

奥村 文音 「フレーブニコフの作品における「逆行」と「反転」

──回文詩『ラージン』とその周辺から」 ... 5

小手川 将 「アンドレイ・タルコフスキーの時間論

──瞬間という時間性について」 ... 6

博士論文成果報告

金沢 友緒 「『ロシア語愛好者の友』誌と感情の主題」 ... 7

【規約・執行部】

日本ロシア文学会 関東支部 規約 ... 8 現行執行部メンバー ... 9

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(3)

【支部長 巻頭言】

コロナ禍と文学──ウリツカヤの『ペスト』について

沼野 恭子 (東京外国語大学)

コロナ・パンデミックがなければ、今夏はICCEES(国際中欧・東欧研究評議会)モントリオール大 会に出かけていたところだ。てんやわんわだった5年前のあの熱いICCEES幕張大会を懐かしく思いだ していたにちがいない。

ところが、すべてが大番狂わせである。イベントは中止、授業はオンライン、外出は自粛……という状 況の中で、人と接することがいかに大事か、舞台芸術・コンサート・シンポジウムなどの文化活動がいか に必要かということをつくづく思い知らされることになった。とはいえ、そうした不便はあったものの、

ウェブ会議ツールで何がどこまでできるかさまざまな可能性を探ったり、これまでのような生活様式を 続けていいのかを考えたりする機会になったし、いつもより少し本を読む時間が取れたのも事実だ。だか ら「引きこもり」は必ずしもネガティヴな面ばかりではなかったと言える。

リュドミラ・ウリツカヤがモスクワで自粛生活を送るなか、部屋を整理していたら1978年に自身が 書いた映画シナリオ『ペスト』の原稿を偶然見つけたという。活字にもならず映画にもならずに、40年 以上も書棚の奥で眠っていたのである。疫病を扱っていてアクチュアルなので発表することにしたとい うので、読んでみたら面白く、Zoomと格闘する砂漠のような日々のなかで思わぬオアシスに行き当た ったような気がした(Людмила Улицкая. Чума, или ООИ в городе. М.:АСТ, 2020)。

舞台は1939年12月。サラトフのアンチペスト研究所の研究員ルドルフ・マイエルがペスト菌の培養 をしていて自ら感染してしまう。モスクワの医師会に講演のため呼ばれていたマイエルは、感染に気づ かず列車でモスクワに行き、発症。ペストと診断した医師アレクサンドル・ソーリンが、死を覚悟して マイエルとふたりで「自己隔離」に入る。ただちに当局の指示で秘密裡に接触者の追跡が行われ、サラ トフからモスクワへの列車に乗り合わせた客、講演会に来ていた医師、ホテルの従業員など接触者のほ ぼ全員が隔離のため病院に「連行」されていく…。

カミュの『ペスト』(1947)では疫病の恐怖がファシズムの恐怖に重ね合わせられていたが、ウリツ カヤのこの作品ではスターリン時代の粛清と二重写しになっている。夜中に迎えが来て夫や息子が連行 されていったらまず逮捕や流刑を想像した暗黒の時代である。勘違いして夫の過去を密告し保身に走る 女もいれば、ただただ正気を失ってしまう女もいるし、監獄前の行列に並んで差し入れをしようとする 女もいる(アフマートワを思わせる)。

映画化されることを前提に書かれた作品だけあって、場面転換がスピーディで爽快だ。スターリン時 代の恐怖に満ちた雰囲気が漂い、一人ひとりの個性が丹念に描き分けられている。しかも、その内容は まったく古びていない。それどころか、良心的な医療従事者の存在、愛する人との別離の苦悩、卑しい 人間性の発現など今私たちが直面していることに符合し、時代は異なるのにリアリティがある。

1939年のペスト騒動は実際にあったことだという。このときは疫病を封じ込めることに成功し、感染 は食い止められた。それに対して世界中にコロナ禍が拡大してしまった2020年現在、私たちはどう生 きのびればいいのだろう。「新しい生活様式」とやらが手洗いやソーシャル・ディスタンスといった皮 相な生活習慣しか意味しないとしたら、あまりにお粗末ではないか。

「新しい生」による未来とはいったいどういうものなのか。経済を「まわす」ことばかり考えていない で、何の役にも立たないように見える文学に、今こそ立ち戻ってヒントなりとも探る潮時だろう。

(了)

(4)

【研究発表会 報告要旨】(修士論文)

ロシアおよび日本におけるアルツィバーシェフ

──20世紀初頭における『サーニン』受容の比較研究──

新谷 修一(筑波大修士課程修了)

本研究は20世紀初頭にロシアで執筆活動を行ったミハイル・アルツィバーシェフ(Михаил

Арцыбашев, 1878-1927)の長編作品『サーニン Санин』がロシアと日本の同時代の読者に如何に受容さ れたのかを当時の雑誌記事や書籍を用いて分析し、両国の受容の諸相を明らかにすると共に、それらを 比較研究する事により、両国の『サーニン』受容の特徴を更に明確に描き出すことを目的とした。

論文構成は2部構成とし、第1部ではロシアにおける『サーニン』受容の諸相を、第2部では日本に おける『サーニン』受容の諸相を論考した。第1部では2次文献も含め、1907年から1917年までに出 版、掲載されたものを中心にアルツィバーシェフやその作品に言及した雑誌・新聞の21記事と14冊の 書籍を利用した。文献の量と分析の質を補う為、先行研究であるГараев(2008)の研究を本論内で参照 した。第二部では明治40年から大正15年までに出版された文芸誌、及び総合雑誌36種を確認し、ア ルツィバーシェフに言及した記事を収集した。本論文では『サーニン』がブームとなった1912年から 1915年の記事を分析の中心とした。結章では本論を踏まえた比較分析を行い、日露両国の『サーニン』

の同時代的な受容の特徴を更に明確にした。又『サーニン』における文学的表現の新規性について考察 を加えた。

ロシアにおいて『サーニン』は時代の閉塞感を打ち破るための解決策を携えた文学として読者に受け 入れられ、その主人公の特徴は同時代の知識人の姿勢を色濃く反映したものとして語られた。サーニン の個人主義はロシア文学史という文脈の中に回収され、バザーロフに繋がる知識人の新しい形として捉 えられていた。

一方日本に眼を向けるならば『サーニン』が受容された時代の特徴は驚くほど似通っていた。ロシア では革命の失敗により、知識人は内面の変革へとエネルギーを向けざるを得ず、新しい世紀の到来にも 関わらず変化の見られない社会に対する閉塞感は新しい英雄を求めていた。日本では、大逆事件に始ま る思想弾圧により、作家は社会変革に関する作品を書くことは危険であり、力を持っていた自然主義は 未来への展望を失い、若い世代は自己変革への強い思想を体現した文学を望んだのである。『サーニ ン』はロシアにおいては文学伝統の延長線上に現れた知識人の新しい型として受け入れられたが、日本 においてそれは外部から時代の閉塞感を打ち破るべく到来した正に「福音」なのであった。日本の読者 は『サーニン』をロシアについて知る為のツールとしてではなく、自己の問題を解決するための手段と して受容した。このテキストのコンテクスト移動は、日本において聖書とヨーロッパの思想の混合体で あるアルツィバーシェフの「空」の思想が、東洋的な虚無主義と解釈されたという事実に端的に現れて いる。

しかしその成功要因が時代の特徴に大きく影響を受けていた『サーニン』はその思想的展望を失い、

その名は忘れられていくこととなるのである。

(5)

【研究発表会 報告要旨】(修士論文)

フレーブニコフの作品における「逆行」と「反転」

──回文詩『ラージン』とその周辺から

奥村 文音(東外大博士課程)

本論文では、ヴェリミール・フレーブニコフの作品にみられる「反転」および「逆行」という主題につ いて、各行が回文の形で編まれた長詩『ラージン』(1920)を軸に考察した。フレーブニコフは、ステ ンカ・ラージンのある種の「分身」としての自己意識を持っていたが、その関係性は「逆さ」のものと して想定されていた。回文という、軸を中心に反転させたテクストの構造には、まさにこの「逆さの分 身」という関係性が反映されているといえよう。

論文の第一章では、まずフレーブニコフの諸作品から見いだせる彼のラージン観を探る。その独自の

「数学的」世界観に基づき、フレーブニコフは自身をラージンの「負の分身」「鏡像の分身」などと位 置づけている。後者に関して注目すべき点は、フレーブニコフの作品において、しばしば湖などの水面 が、こうした「鏡像」としての自分自身に対面するための鏡として機能していることである。フレーブ ニコフのラージンに対する「逆さ」性が、非常に鮮やかな形で示される場もまた水面であった。すなわ ち、伝説によるとラージンは、略奪したペルシア王女を水中に捨てたが、「逆ラージン」たるフレーブ ニコフは彼女を水から救う存在として描かれる。ラージンと「逆ラージン」は、精神性を一にすると同 時に対極的な存在であり、両者が揃うことで均衡が保たれるのである。

第二章では、ラージンとフレーブニコフを繋ぐ存在としてのルサールカ像について考察する。フレー ブニコフの作品においてルサールカは、しばしば創作・詩の化身として描かれる。「逆ラージン」がペ ルシア王女を救いあげるという先述のプロットも、まさにここに関係してくる―ラージンの手によって 水死したペルシア王女は、フレーブニコフに救われてルサールカとなり、彼の創造の助力者となるので ある。したがって、水面は、鏡としての機能に加えて、ルサールカという形象を通じても、この「対極 の分身」という関係にある二人を分かつ境界となっているといえる。回文詩『ラージン』においては、

その水面に相当するのが回文の軸である。

第三章では、テクストの形式としての狭義の回文だけでなく、フレーブニコフの諸作品にみられる時 間的・空間的な「反転」や「逆行」を、ある種の回文的現象として論じる。ラージンの文脈において

「反転」の軸にあたるのは水‐鏡であるということは既に述べたが、ここで扱う広義の回文においてそ の役割を担うのは「死」である。「反転」の軸は、見方を変えれば逆方向への動きの始点であり、ゆえ にフレーブニコフにおける「死」は終点ではなく何らかの切替の地点にすぎないのである。しかも生と 死は一回限りのプロセスではなく、円環する運動として永遠に繰り返される。この運動は、フレーブニ コフの「均衡」への指向に通ずるものであるといえよう。これらをふまえると、『ラージン』は各行が 回文であるということに加えて、テクスト全体がラージンの生という一つの物語としての回文をなして いるといえ、二重の意味で「回文詩」として捉えることができる。物語を締めくくるのはラージンの死 であるが、それは回文の軸、すなわち折り返し地点であって、ラージンの神髄は「逆ラージン」フレー ブニコフの新たな生へと受け渡されていくのである。

(6)

【研究発表会 報告要旨】(修士論文)

アンドレイ・タルコフスキーの時間論

――瞬間という時間性について

小手川 将(東大博士課程)

映画にかんする自身の文章を編纂した著作『刻印された時間』においてアンドレイ・タルコフスキー は、直接時間を刻印する手段であると映画を定義し、さまざまな独自の概念を用いながら映画と時間と のかかわりを考察するなかで「瞬間」という時間性について語っている。タルコフスキーによれば、映 画が現実の時間の流れを捉えるのは瞬間においてのことであり、この瞬間という時間性こそが映画の用 いる素材の本質であるという。

本発表では、映画における瞬間という時間性が何であるのかという問いについて考察するために、ま ずはタルコフスキーによる瞬間の概念規定を確認する。現実の時間の流れはそれ自体としては捉えるこ とができず、何らかの形式によって形象化されなければならないというのがタルコフスキーの基本的な 考えである。曰く、現実の流れる時間は「事実」という形式において具体的に現れていて、時間の流れ のなかにある事実に対する「観察」を通して映画は時間を捉えることができる。そして、この観察こそ が流れる時間を瞬間として把捉し、固定すると述べられている。このようなタルコフスキーの論理の道 筋を整理しつつ、瞬間という時間性のなかに異なる二つの性質が潜んでいることを示す。それは、事実 や具体性や正確さと結びつけられている客観的なものと、感情や手触りと結びつけられている主観的な ものである。

また、タルコフスキーにとって瞬間という時間性が単一のショットと関係していることを確認し、そ の関係性について具体的なショットを取り上げながら検討する。そうした読解のなかで、瞬間という時 間性に同居している異質さと似たような問題がタルコフスキーによる理想的なショットについての言 述、さらには自身の映画芸術の定義のうちにも見られることを指摘し、瞬間という概念の射程を示す。

このような分析によって本発表が試みるのは、異なる二つの性質を備える瞬間という時間性が、タル コフスキーの先行するソ連映画への批判的態度や現実世界に対する認識論的立場ともかかわっており、

それがタルコフスキーの映画製作においてどのように実践されたのかを明らかにすることである。

(7)

【研究発表会 報告要旨】(博士論文)

『ロシア語愛好者の友』誌と感情の主題

金沢 友緒(電通大)

本発表は博士論文『近代ロシアと「啓蒙の手法」―О.П.コゾダヴレフの文筆活動を通して』の一部に依 拠したものである。博士論文ではロシアの高等教育の発展に大きな貢献を果たした官僚、О.П.コゾダヴ レフ(1754-1819)に光をあて、彼の文筆活動の考察を通して、18世紀後半から19世紀前半のロシアに おける啓蒙主義の一端を明らかにした。本発表は論文の第4章に該当し、ここではロシア・センチメン タリズム文学と啓蒙の関係を取り上げる。

18世紀は人間と社会が教育を通して成長を遂げることが期待された「啓蒙の世紀」であり、初期には理 性偏重の傾向にあったが、次第に人間の「感情」「感受性」に対する評価が高まっていく。1780年代末から 1790年代のロシア・センチメンタリズム文学の興隆は、こうした変遷を背景としてあらわれた現象であ った。

ロシア・センチメンタリズムの流行を牽引した作家としては、まずН.М.カラムジンの名が挙げられる が、実は、18世紀研究者のП.А.オルロフが述べるように、この思潮は1760年代に既に始まっており、

В.И.ルキンの喜劇やФ.А.エミーンの書簡体小説等においても既にその片鱗が窺えた。

こうした事情の中で、センチメンタリズム文学の隆盛を目前に控えた1780年代前半の文学動向はこ の思潮の性質を把握する上できわめて重要であるが、いまだ明確な理解が提示されていない。本発表で はこの時期に文筆活動を展開したО.П.コゾダヴレフに注目した。

О.П.コゾダヴレフは、青年期に、エカチェリーナ2世治下でライプツィヒ大学に派遣され、帰国後は

ドイツで蓄積した経験や知識を活かして政治・経済・教育等、諸方面の仕事に従事した。彼は世紀を跨 いで3代の皇帝に仕え、アレクサンドル1世時代の新体制下では内務大臣に任命されるまでになった。

しかし、彼の活動の多くは公務に費やされていたこともあり、同時期にライプツィヒ大学の留学生であ

ったА.Н.ラジーシチェフに比して作家としての活躍は殆ど知られておらず、今日に至るまで、彼の手が

けた作品に対する言及も僅少である。

コゾダヴレフは『ロシア語愛好者の友』誌(1783-1784)の運営に携わり、自ら文章も発表していた。

博士論文では、特にその中の3つの作品『心地よき旅』『クレリーへ』『友へ』が「感情」の主題の下に 構想された連作であることを明らかにし、そのことによって作者の意図を示した。彼の意図には、18世 紀末の啓蒙主義とロシア・センチメンタリズム文学の関係の一端が認められる。

(8)

【規約・執行部】

日本ロシア文学会関東支部規約

1988105日制定・支部登録 20176月最終修正

第1条 本支部は日本ロシア文学会関東支部と称する。

第2条 本支部は日本ロシア文学会の会則に基づいて,その目的達成のために独自に次のような事業を行う。

(1)共同の研究ならびに調査。(2)研究発表会・講演会の開催。

(3)機関誌の発行。(4)その他本支部の目的を達成するために必要な事業。

第3条 本支部は原則として,関東地方および新潟県在住の日本ロシア文学会会員をもって組織する。

第4条 本支部について次の機関をおく。

(1)総会 (2)運営委員会

第5条 総会は本支部の最高議決機関であり,毎年 1 回開催するものとする。ただし必要に応じて臨時総会 を開くことができる。 総会の議決は出席会員の過半数によって成立する。

第6条 運営委員会は支部長と運営委員をもって構成し,支部の運営にあたる。

第7条 本支部に次の役員をおく。

(1)支部長 (2)運営委員 (3)事務局長 (4)監事

第8条 支部長は支部選出の理事の互選により選出する。

第9条 支部長は本支部を代表し,支部の運営を統轄する。

第10条 運営委員は,別に定める選出規定により選出する。

第11条 運営委員は,運営委員会を構成し,支部の運営を分担する。

第12条 事務局長は,支部事務局担当大学選出の運営委員とし,会計・事務を担当する。

第13条 監事は,別に定める選出規定により選出する。

第14条 監事は,年度末に会計監査を行い,総会でその報告を行う。

第15条 役員の任期は2年とし,重任を妨げない。

第16条 本支部の経費は会費,補助金その他の収入をもってこれにあてる。

第17条 会費に関する規定は別に定める。

第18条 本支部は,事務局をおき,本支部の会計および事務全般を委ねる。事務局設置の規定は 別に定める。

第19条 運営委員会は毎年決算報告を作成し,総会の承認を求めなければならない。

第20条 本支部の会計年度は4月1日に始まり,翌年3月31日をもって終わる。

第21条 本規約の改正および諸規定,内規の制定・改正は総会の議決による。

支部規約に関わる規定 1) 第10条に関わる運営委員選出規定

支部事務局分担大学所属会員,および関東地方と新潟県にある日本ロシア文学会事務局分担大学所 属会員がそれぞれの大学から1名の委員を選出したのち,支部長とそれら委員が上記大学所属会員 以外から若干名選出する。

2) 第13条に関わる監事選出規定

監事は,支部会員から2名を支部長が指名するものとする。

3) 第15条に関わる会費規定

年額1000円とする。会費の改訂は支部総会の承認を要するものとする。

4) 第16条に関わる事務局設置規定

支部事務局は,関東地方と新潟県にある大学のうち,原則として所属会員が2名以上いる大学が協議 の上,もちまわりで適宜順番を決め,2年ずつ担当する。ただし日本ロシア文学会事務局分担大学は この限りでない。

5) 第8条に関わる理事候補選出規定

支部選出の理事候補については、支部総会で承認を受けた選挙管理委員会が選挙を実施する。支部選 出分14名のうち、10名は選挙結果に基づいて選び、4名は支部長が運営委員会の承認を得た上で指 名するものとする。ただし、選挙結果によって選ばれる10名分については、三期連続の選出(過去 の支部長指名枠での選出を含め)を認めない。なお、この規定は2017年度の理事選挙から適用され る。

(9)

現行執行部 支部長: 沼野恭子

運営委員: 秋山真一、朝妻恵里子、大森雅子、加藤百合、古賀義顕、齊藤陽一、寒河江光徳、

佐藤千登勢、野中進、乗松亨平、前田和泉、八木君人 事務局長: 朝妻恵理子

監事: 野中進、乗松亨平

参照

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