印度學佛敎學硏究第69巻第2号 令和3年3月
(186)
―
793
―『方広大荘厳経』の満州語訳について
楊 暁 華
1
.研究の起因『方広大荘厳経』とは仏伝
Lalitavistara
の漢訳である.筆者はLalitavistara
とそ のチベット語訳(ʼ phags pa rgya cher rol pa shes bya ba theg pa chen po ʼ i mdo )
,モンゴル語 訳( qutu γ tu a γ ui yekede čenggegsen neretü yeke kőlgen sudur )
の比較作業を進め,それらの 経典に関連する満州語訳umesi aiman badaraka amba fujurungga yangsangga nomun
(満州語『大蔵経』第 44 巻)
の存在に気づいた.Lalitariseara
とその諸訳研究の一部 として,本稿でこの満州語訳について報告する.学界において満州語『大蔵経』の研究は進んでいない,学者の間でも満州語
『大蔵経』の原本
(漢文か,チベット語か,モンゴル語の『大蔵経』か)
とその翻訳の仕 方について一致した見解は存在していない.そこで,筆者は一経典の研究を手掛 かりにして,満州語『大蔵経』の原本とその翻訳の仕方が幾許かでも明らかにで きるのではないかと考えた.2
.経典について満州語仏伝
umesi aiman badaraka amba fujurungga yangsangga nomun
は全体が27
章で( 248 葉, a/b 両面)
,ブッダが初転法輪を行うまでの主な事跡を叙述している.この満州語訳には序と跋が付けられてないので,訳者と翻訳年について不明とさ れる.この満州語訳の年代を満州語『大蔵経』の完成した年代
( 1773–1790 )
に求 めるしかない.筆者の比較研究により,その満州語訳の章名と内容は『方広大荘厳経』と一致 し,『方広大荘厳経』の翻訳であることが確かめられた.以下は
Lalitavistara
と『方広大荘厳経』とチベット語訳との各章名の対照である.
(187)
『方広大荘厳経』の満州語訳について(楊)
―
792
―Lalitavistara 『方広大荘厳経』 チベット語訳 満州語訳
第1章Nidāna 序品 gleng gzhi deribun uju
第2章Samutsāhana 兜率天宮品 yang dag par spro ba urgungge abkai gurung eci
第3章Kulapariśuddhi 勝族品 rigs yongs su dag pa wesihun mukūn
第4章Dharmālokamukha 法門品 chos snang baʼi sgo numon i duka
第5章Pracalana 降生品 bskyod par brtsams pa wasime banjire
第6章Garbhāvakrānti 処胎品 lhums su ʼjug pa tebku de bisire
第7章Janma 誕生品 bltam pa ebunjiwi banjire
第8章Devakulopanayana 入天祠品 lha khang du khyer ba abkai juktehen de dosire
第9章Abharaṇa 宝荘厳具品 rgyan boobai i miyamime
yangselaha jaka
第10章Lipisaṃdarśana 示書品 yi ge bstan pa bithe tuwabure
第11章Kṛṣigrāmaka 觀農務品 zhing baʼi grong usin baita be cincilata 第12章Śilpasaṃdarśana 現芸品 sgyu tsal bstan pa modan iletuleme tuwabuha
第13章Saṃcodanā 音楽発悟品 bskul ba komun i modan deribure de
ulhehe
第14章Svapna 感夢品 rmi lam tolgin de acinggiyabuha
第15章Abhiniṣkramaṇa 出家品 mngon par ʼbyung ba booci tucike 第16章 Bimbisāropa-
saṃkramaṇa
頻婆娑羅王 勸受俗利品
gzugs can snying bo ʼongs pa
Binbasara han i jalan i aisi alikinii seme huwekiyebura 第17章Duṣkaracaryā 苦行品 dkaʼ ba spyad pa katungga yabun yabure
第18章Nairañjanā 往尼連河品 Nairañjanā Niranšara birai bada genere
第19章 Bodhimaṇḍa- gamana
詣菩提場品 byang chub kyi snying por bzhud pa
bodi mujilen de genehe 第20章Bodhimaṇḍavyūha 厳菩提場品 byang chub kyi snying por
bkod pa
bodi mandal be yangselaha
第21章Māradharṣaṇa 降魔品 bdud br tul ba ari be dahabuha
第22章Abhisaṃbodhana 成正覚品 mngon par rdzogs par byang chub pa
unenggi hafūn fucihi sanggaha
第23章Saṃstava 讃歎品 mngon par bstod pa ferguweme maktara
第24章Trapuṣabhallika 商人蒙記品 ga gon dang bzang po hūdai niyalma de biwanggirit bahabure
第25章Adhyeṣaṇā 大梵天王勸請品 bskul ba amba eserun abaki han
dacilame baire 第26章 Dharmacakra-
pravartana
転法輪品 chos kyi ʼkhor lo bskor ba nomun i kurdun be forgošabure
第27章Nigama 属累品 ʼjug sdud pa delhentume afabure
3
.「逐語訳」について仏典の翻訳伝統で漢訳は意訳,チベット訳とモンゴル訳は「逐語訳」と認めら れる.『方広大荘厳経』の満州語訳は『方広大荘厳経』を基づいてが,漢訳仏典 の意訳伝統に従わず,チベットとモンゴルの仏典訳に一貫している「逐語訳」に 従っている.人名と仏教用語の音訳を除いた訳文を見ると,『方広大荘厳経』と その満州語訳は逐語的に対応している
(「逐語訳」といっても満州語の文法規範に準じ
て,漢文の述語と目的語の位置を転倒している)
.(188) 『方広大荘厳経』の満州語訳について(楊)
―
791
―『方広大荘厳経』には散文の表現と偈の表現も存在する.紙幅の制限もあるた め,本稿において経名,散文,偈の一例だけをとりあげ,「逐語訳」を示す
(対応 関係を明らかに示すために,満州語訳の下にそれに対応する漢文を付ける)
.3.1
.経名の翻訳経 名『方 広 大 荘 厳 経』 を 満 州 語 で
umesi
aiman badaraka
amba
fujurungga
yangsangga
nomun
と訳している.すなわち「方:umesi
」,「広:aiman
badaraka
」,「大:
amba
」,「荘:fujurungga
」,「厳:yangsangga
」,「経:nomun
」というふうに対 応している.普通,漢文で「荘厳」を「荘」と「厳」に分けて理解する必要がな いが,満州語訳でわざわざ一つ一つ文字に分けて訳している.このよう訳仕方は『方広大荘厳経』の満州語訳で一貫している.たとえば,以下の
3.3
の翻訳例では「清淨」,「智慧」,「冥暗」を「清」と「淨」,「智」と「慧」,「冥」と「暗」に分け て満州語の
6
字( bolgo boloko sure ulhisu butu farhūn )
で訳している.3.2
.散文の翻訳爾時,如來於中夜分入佛莊嚴三昧,從於頂髻放大光明.
(『方広大荘厳経』大正 187 , 539 ) nerginde ineku jihe fucihi tubori dulin de fucihi i fujurungga yangsangga
爾 時, 如 來 [佛] 夜 中分 於 佛 莊 嚴 samadi tusinafi. giyolo ci amba elden badarakan.
三昧 入 於頂髻 從 大 光 明
(満州語『大蔵経』上 3 , ll. 9–12 )
以上の散文で,fucihi(佛)
が追加された訳語であるほかに,漢文と満州語訳は 一つ一つが対応している.giyolo
は「頭,上,頂」という意味で,漢文の「頂 髻」とは微妙な差が明らかである.3.3
.偈の翻訳sigiyamuni fucihi i beye gisun gūnin bolgo boloko, 牟尼 [佛] 身 口 意 清 淨 sure ulhisu i genggiyen elden jalan de eldešehe
智 慧 明 光 世間 照
ere elden umesi wesihun butu farhūn be geterembure be dahame
此 光 最 勝 冥 暗 除
sigiyamuni arsalan de nikeme akdaci acambi
釋 師子 於 歸命 應
(『方広大荘厳経』大正 187 , 539 )
(189)
『方広大荘厳経』の満州語訳について(楊)
―
790
―(満州語『大蔵経』上 3 , ll. 19–23 )
上の偈で漢文での「牟尼」と「釈」を同意語として,満州語で
sigiyamuni fucihi
(釈迦牟尼仏)
,sigiyamuni(釈迦牟尼)
と訳している.第3
行でdahame(降伏する)
は 追加された訳語である.第4
行の末,3
個満州語nikeme akdaci acambi(信頼するべ く)
は漢文「應歸命」の意訳である.それ以外,満州語訳と漢文は一つ一つが対 応している.4
.まとめ満州語『大蔵経』に収まれている
umesi
aiman
badaraka
amba
fujurungga
yangsangga
nomun
についての研究発表が学界においてなされていない状況において,筆者はまず,その章名を整理し,
Lalitavistara
とその漢訳,チベット訳,モ ンゴル訳に比較作業に進み,それはLalitavistara
の漢訳『方広大荘厳経』からの 満州語訳であることが確かめられた.さらに,『方広大荘厳経』の満州語訳は漢 訳仏典の翻訳伝統と違い,チベットとモンゴルの仏典翻訳伝統に一貫している「逐語訳」に従ったことを確認できた.このようなな「逐語訳」のおかげで,『方 広大荘厳経』の満州語訳あるいは満州語『大蔵経』はより短期で完成できたと考 えられる.今後,他の研究で『方広大荘厳経』の満州語訳は