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『方広大荘厳経』の満州語訳について

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Academic year: 2022

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(1)

印度學佛敎學硏究第69巻第2号 令和33

186

793

『方広大荘厳経』の満州語訳について

楊   暁 華

1

.研究の起因

『方広大荘厳経』とは仏伝

Lalitavistara

の漢訳である.筆者は

Lalitavistara

とそ のチベット語訳

(ʼ phags pa rgya cher rol pa shes bya ba theg pa chen po ʼ i mdo )

,モンゴル語 訳

qutu γ tu a γ ui yekede čenggegsen neretü yeke kőlgen sudur )

の比較作業を進め,それらの 経典に関連する満州語訳

umesi aiman badaraka amba fujurungga yangsangga nomun

(満州語『大蔵経』第 44 巻)

の存在に気づいた.

Lalitariseara

とその諸訳研究の一部 として,本稿でこの満州語訳について報告する.

学界において満州語『大蔵経』の研究は進んでいない,学者の間でも満州語

『大蔵経』の原本

(漢文か,チベット語か,モンゴル語の『大蔵経』か)

とその翻訳の仕 方について一致した見解は存在していない.そこで,筆者は一経典の研究を手掛 かりにして,満州語『大蔵経』の原本とその翻訳の仕方が幾許かでも明らかにで きるのではないかと考えた.

2

.経典について

満州語仏伝

umesi aiman badaraka amba fujurungga yangsangga nomun

は全体が

27

章で

248 葉, a/b 両面)

,ブッダが初転法輪を行うまでの主な事跡を叙述している.

この満州語訳には序と跋が付けられてないので,訳者と翻訳年について不明とさ れる.この満州語訳の年代を満州語『大蔵経』の完成した年代

1773–1790

に求 めるしかない.

筆者の比較研究により,その満州語訳の章名と内容は『方広大荘厳経』と一致 し,『方広大荘厳経』の翻訳であることが確かめられた.以下は

Lalitavistara

『方広大荘厳経』とチベット語訳との各章名の対照である.

(2)

187

『方広大荘厳経』の満州語訳について(楊)

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Lalitavistara 『方広大荘厳経』 チベット語訳 満州語訳

1Nidāna 序品 gleng gzhi deribun uju

2Samutsāhana 兜率天宮品 yang dag par spro ba urgungge abkai gurung eci

3Kulapariśuddhi 勝族品 rigs yongs su dag pa wesihun mukūn

4Dharmālokamukha 法門品 chos snang baʼi sgo numon i duka

5Pracalana 降生品 bskyod par brtsams pa wasime banjire

6Garbhāvakrānti 処胎品 lhums su ʼjug pa tebku de bisire

7Janma 誕生品 bltam pa ebunjiwi banjire

8Devakulopanayana 入天祠品 lha khang du khyer ba abkai juktehen de dosire

9Abharaṇa 宝荘厳具品 rgyan boobai i miyamime

yangselaha jaka

10Lipisaṃdarśana 示書品 yi ge bstan pa bithe tuwabure

11Kṛṣigrāmaka 觀農務品 zhing baʼi grong usin baita be cincilata 12Śilpasaṃdarśana 現芸品 sgyu tsal bstan pa modan iletuleme tuwabuha

13Saṃcodanā 音楽発悟品 bskul ba komun i modan deribure de

ulhehe

14Svapna 感夢品 rmi lam tolgin de acinggiyabuha

15Abhiniṣkramaṇa 出家品 mngon par ʼbyung ba booci tucike 16 Bimbisāropa-

saṃkramaṇa

頻婆娑羅王 勸受俗利品

gzugs can snying bo ʼongs pa

Binbasara han i jalan i aisi alikinii seme huwekiyebura 17Duṣkaracaryā 苦行品 dkaʼ ba spyad pa katungga yabun yabure

18Nairañjanā 往尼連河品 Nairañjanā Niranšara birai bada genere

19 Bodhimaṇḍa- gamana

詣菩提場品 byang chub kyi snying por bzhud pa

bodi mujilen de genehe 20Bodhimaṇḍavyūha 厳菩提場品 byang chub kyi snying por

bkod pa

bodi mandal be yangselaha

21Māradharṣaṇa 降魔品 bdud br tul ba ari be dahabuha

22Abhisaṃbodhana 成正覚品 mngon par rdzogs par byang chub pa

unenggi hafūn fucihi sanggaha

23Saṃstava 讃歎品 mngon par bstod pa ferguweme maktara

24Trapuṣabhallika 商人蒙記品 ga gon dang bzang po hūdai niyalma de biwanggirit bahabure

25Adhyeṣaṇā 大梵天王勸請品 bskul ba amba eserun abaki han

dacilame baire 26 Dharmacakra-

pravartana

転法輪品 chos kyi ʼkhor lo bskor ba nomun i kurdun be forgošabure

27Nigama 属累品 ʼjug sdud pa delhentume afabure

3

.「逐語訳」について

仏典の翻訳伝統で漢訳は意訳,チベット訳とモンゴル訳は「逐語訳」と認めら れる.『方広大荘厳経』の満州語訳は『方広大荘厳経』を基づいてが,漢訳仏典 の意訳伝統に従わず,チベットとモンゴルの仏典訳に一貫している「逐語訳」に 従っている.人名と仏教用語の音訳を除いた訳文を見ると,『方広大荘厳経』と その満州語訳は逐語的に対応している

(「逐語訳」といっても満州語の文法規範に準じ

て,漢文の述語と目的語の位置を転倒している)

(3)

188 『方広大荘厳経』の満州語訳について(楊)

791

『方広大荘厳経』には散文の表現と偈の表現も存在する.紙幅の制限もあるた め,本稿において経名,散文,偈の一例だけをとりあげ,「逐語訳」を示す

(対応 関係を明らかに示すために,満州語訳の下にそれに対応する漢文を付ける)

3.1

.経名の翻訳

経 名『方 広 大 荘 厳 経』 を 満 州 語 で

umesi

aiman badaraka

amba

fujurungga

yangsangga

nomun

と訳している.すなわち「方:

umesi

」,「広:

aiman

badaraka

」,

「大:

amba

」,「荘:

fujurungga

」,「厳:

yangsangga

」,「経:

nomun

」というふうに対 応している.普通,漢文で「荘厳」を「荘」と「厳」に分けて理解する必要がな いが,満州語訳でわざわざ一つ一つ文字に分けて訳している.このよう訳仕方は

『方広大荘厳経』の満州語訳で一貫している.たとえば,以下の

3.3

の翻訳例では

「清淨」,「智慧」,「冥暗」を「清」と「淨」,「智」と「慧」,「冥」と「暗」に分け て満州語の

6

bolgo boloko sure ulhisu butu farhūn

で訳している.

3.2

.散文の翻訳

爾時,如來於中夜分入佛莊嚴三昧,從於頂髻放大光明.

(『方広大荘厳経』大正 187 , 539 ) nerginde   ineku   jihe   fucihi   tubori   dulin   de   fucihi   i   fujurungga   yangsangga

爾 時, 如 來 [佛] 夜 中分 於 佛 莊 嚴 samadi   tusinafi.   giyolo   ci   amba   elden   badarakan.

三昧 入 於頂髻 從 大 光 明

(満州語『大蔵経』上 3 , ll. 9–12 )

以上の散文で,

fucihi(佛)

が追加された訳語であるほかに,漢文と満州語訳は 一つ一つが対応している.

giyolo

は「頭,上,頂」という意味で,漢文の「頂 髻」とは微妙な差が明らかである.

3.3

.偈の翻訳

sigiyamuni fucihi   i   beye   gisun   gūnin   bolgo   boloko, 牟尼 [佛] 身 口 意 清 淨 sure   ulhisu   i   genggiyen   elden   jalan   de   eldešehe

智 慧 明 光 世間 照

ere   elden   umesi   wesihun   butu   farhūn   be   geterembure   be   dahame

此 光 最 勝 冥 暗 除

sigiyamuni   arsalan   de   nikeme akdaci acambi

釋 師子 於 歸命 應

(『方広大荘厳経』大正 187 , 539 )

(4)

189

『方広大荘厳経』の満州語訳について(楊)

790

(満州語『大蔵経』上 3 , ll. 19–23 )

上の偈で漢文での「牟尼」と「釈」を同意語として,満州語で

sigiyamuni fucihi

(釈迦牟尼仏)

sigiyamuni(釈迦牟尼)

と訳している.第

3

行で

dahame(降伏する)

は 追加された訳語である.第

4

行の末,

3

個満州語

nikeme akdaci acambi(信頼するべ く)

は漢文「應歸命」の意訳である.それ以外,満州語訳と漢文は一つ一つが対 応している.

4

.まとめ

満州語『大蔵経』に収まれている

umesi

aiman

badaraka

amba

fujurungga

yangsangga

nomun

についての研究発表が学界においてなされていない状況にお

いて,筆者はまず,その章名を整理し,

Lalitavistara

とその漢訳,チベット訳,モ ンゴル訳に比較作業に進み,それは

Lalitavistara

の漢訳『方広大荘厳経』からの 満州語訳であることが確かめられた.さらに,『方広大荘厳経』の満州語訳は漢 訳仏典の翻訳伝統と違い,チベットとモンゴルの仏典翻訳伝統に一貫している

「逐語訳」に従ったことを確認できた.このようなな「逐語訳」のおかげで,『方 広大荘厳経』の満州語訳あるいは満州語『大蔵経』はより短期で完成できたと考 えられる.今後,他の研究で『方広大荘厳経』の満州語訳は

Lalitavistara

のチ ベット訳とモンゴル訳の影響を受けたかどうかについて展開して論じる.

〈参考文献〉

(一次資料)

『方広大荘厳経』(地婆訶羅訳)大正 187.

umesi aiman badaraka amba fujurungga yangsangga nomun. 満州語『大蔵経』 44 ,紫禁城出版 社, 2002.

(二次資料)

楊暁華  2016 「モンゴル語訳 Lalitavistara の第 14 章について」『印度学仏教学研究』 65 ( 2 ) : 945–948.

―  2019 「蔵文仏伝 rgya cher rol pa の研究」『宗教学研究』 3 : 160–164.

( 2017 年中国国家社会科学基金一般項目 17BZJ006 と 2020 年中国国家社会科学基金西部項目

20XYY031 による研究成果の一部)

〈キーワード〉『方広大荘厳経』,満州語,翻訳

(中国・内蒙古民族大学蒙古学学院準教授,文学博士)

参照

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