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古典的官僚制理論と組織社会学

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商経学叢 第42巻第2·3号 1995年11月

1925-1995

古典的官僚制理論と組織社会学

齋 藤

I. 序

最近, 官僚制組織論の展開にあらためて注目 を迫る二つの理論的動向がある。 そのつが,

今日の組織社会学の活発な展開であるとすれ ば, いまつは, 自己組織化パラダイムの著し い台頭であろう。

組織社会学は, マックス ヴェーバー (Max Weber) の官僚制の理念型を, 実証的理論形成 の図式にのせることをめざして展開してきたと いわれているように111, 元来, 官僚制組織論と 組織社会学の間には, 前者が後者の源流あるい は前身ともいうべき密接 不可分の関係があ る。 ここに官僚制組織論の展開を, 組織社会学 のそれとの関連においてとりあげ, 両者の関係 を明確にするという分析課題が出てくるが, こ の課題の持つ意義をますます大きくしているの が, 最近のアメリカにおける組織社会学の活発 な展開であろう。 今日, 組織社会学は, 経営組 織論とならんで組織理論における二大潮流の つであり, 両者間の活発な交流や相互作用は,

組織理論の基本的動向にも大きな影響を及ぼし ている。 このように組織理論の分野において組 織社会学の比重がとみに高まってくるにおよん で, 官僚制組織論の展開を組織社会学のそれと の関連においてとりあげる動きが出てきても不 思議ではないであろう。 いまや, この面を看過 しては官僚制組織論の現代的意義や官僚制理論 の経営学的意義も十分には把握しがたい。

(1) 高瀬武典稿.「現代社会における実証的理論形 成の検討」. 第57回日本社会学会報告資料, 1984 年. 3頁。(以下, 当論文は「高瀬論文l」と略 記する。)

美 雄

ところがその際に最初に直面する問願は, 官 僚制組織論それ自体の発展段階の区分である。

まず, ヴェの官僚制の理念型にみられる

「古典 的 官 僚 制 組 織 論」 とマ トン(R. K.

Merton) の「官僚制の逆機能の理論」にはじま

る官僚制組織への連の機能主義的アプロ チ, すなわち「機能主義的官僚制組織論」 の区 分が不可欠であろう。 両者のアプロチには基 本的な性格の差異があるばかりでなく, それぞ れが組織社会学の展開において占める位置にも 基本的な差異があるからである。 また, 本論 (II. 1.) において言及するごとく, 後者の機能 主義的官僚制組織論はさらにこれを必要に応じ て,「新古典的官僚制組織論」と「近代的官僚制 組織論」 にも区分しうるであろう。 しかし, こ のような官僚制組織論の区分に先行して, ま ず, 目を向けねばならないのが, ヴェーバーの 官僚制理論の古典理論としての特質である。 こ れを検討することは古典的官僚制理論の展開に おいて占めるヴェーバー理論の位置やヴェ

バーの官僚制理論の全体としての特質や基本的 性格を明らかにすることに通じるばかりでな い。 官僚制の理念型の意義を正しく理解するた めにも, それが必要であろう。 換言すれば, 官 僚制組織論と組織社会学の関連の検討に先行し て, その不可欠な予備的作業の環として,

ヴェーバー理論を中心に, 古典的官僚制理論と 組織社会学の関連が検討されねばならない。 か くて, ここに, 官僚制理論と組織社会学の関連 の検討は, 次の連のテマにもとづく四つの 段階を経て行なうことがつの方法として考え られることになる。

-285 (481)-

(2)

第42巻 第2·3号

① 古典的官僚制理論と組織社会学

(第論文)

② 古典的官僚制組織論と糾織社会学

(第二論文)

③ 新古典的官僚制組織論と組織社会学

(第三論文)

④ 近代的官僚制組織論と組織社会学

(第四論文)

本稿はその考えにもとづいて, この四つの論 文からなる連のシリズの出発点として執筆 されている。 その意味では後の三つの論文を続 編に予定する上記の第論文にほかならない。

なお. 機能主義的官僚制組織論を再評価や再 検討の対象としてクロ アップさせるいま

つの動向にもこの際,言, 付言しよう。 す なわち. 近年. いわゆる合理主義的組織理論12) の限界についての問題意識の尖鋭化や自己組織 化モデルの台頑が著しく. いまや組織理論の分 野は急激なラダイム変革の過程にある。 かと いって, 合理主義的組織理論のもつ意義の性急 にすぎる全面否定も問題ではあるが, いずれに しても, それは往々にして従来の組織理論につ いても見直しや再評価をせまるであろう。 その

環として. ここに「機能主義的官僚制組織論」

の展開がとりわけ注目されるのは. そこではい ち早く, 社会学的機能主義あるいは構造機能 分析の立場から,「フォマル組織」への本格的 な社会システム論的アプロチが, 意欲的に展 開されているからであるばかりでない。 その基 本的分析用具はマトンの提示した機能分析の

ラダイムにあるが. そこには「順機能」と「逆 機能」の概念的区分,「機能的代替項目」の概念 の導入など. とかく静学的といわれる構造 能分析の動学化への第歩としても重要な意義 をもつ要素も少なくない。パーソンズの「構造 (2) 高瀬武典によれば,ここに「合理主義的組織理

論」とは, ①強い「合理主義志向」, ② 「公式的 構造の強調」, ③ 「客観的所与としての環境の概 念化」の3点の特徴を顕在的にあるいは潜在的に もつ従来の組織論を括した呼称である。『組織 科学』 Vol. 22 No. 3 1988, pp. 15-16.

一機能理論」の修正による社会システム理論の 動学化が自己組織システムの理論化にとって童 要な意義をもつといわれる今日131, 「構造機能 分析Jの組織理論における意義の再検討の としても, それは看過しがたい理論的動向の ったりうる。 ここに機能主義的官僚制組織論の 基本的フレムワクの解明が,つの重要な 分析課題をなすが, それについての論議の場は 上記の連のシリズに照らせば, 第三論文な らびに第四論文ということになる。

II. 官僚制組織論と組織社会学

1. 官僚制組織論の発展段階

組織社会学の基本的出発点は, ヴェーバー 官僚制の理念型にある。 この点については, す でに多くの論者が言及しているが, とくにマイ ンツ (Renate Mayntz) の次の言菓が印象深 ぃ。「マックス ヴェーバーの官僚制の概念と 理論は, 組織社会学者, とりわけ, アメリカの 組織社会学者に受け人れられることによって,

般化したが, このような巡り合わせは, 科学 の歴史では決して珍しくなく, むしろ典型的な 一駒とも言えよう。 組織社会学の甫要文献のほ とんどが, はっきりとヴェーバーの名をあげ て, 彼にこの研究分野の創始者としての地位を 優先的にあたえている呪」しかるに組織社会学 がただちにヴェーバーと結びつき, 直接に彼に 鼓舞されながら, すぐさま連続的に彼の官僚制 の分析にひきつづいて展開してきたかというと 決してそうではない。すなわち,組織社会学は,

ヴェーバーよりもかなり時代を後にして, しか も, むしろ別の源泉から展開してきたのは,

トンに始まる1940年代から50年代にかけて のアメリカ社会学における官僚制組織への機能 主義的アプロチに, その第段階があること (3) 富永健一「〈巻頑言〉特集『自己組織モデルの

再検討』に寄せて」, 『組織科学』 Vol. 28 No. 2 1994, pp. 2-3.

(4) Renate Mayntz, Hrsg., Bi.irokratische Crgan­

isation, 1968, S. 27.

-286 (482)-

(3)

古典的官僚制理論と組織社会学(齋藤)

に照らしても明らかであろう。

組織社会学の基本的性格に関しては, マイン ツは次のように指摘している。「組織社会学は 元来, システム論としての性格をもち, その分 析的範略は, サイバネティ ックスや般システ ム論の展開の影響も多少は受けはするが, 基本 的には構造ー機能理論の範疇に属している。 分 析の焦点は, システムの維持と目標達成との関 連にある。 したがってつの関心の中心は組織 目標にあり, これが組織の類型的区分の基準に もなっている丸」この組織社会学に関する性格 規定は, 明らかに機能主義的官僚制組織論には 妥当しても, ヴェバーの立場には妥当しな い。それどころか,「方法論的個人主義と結びつ く強い名目論的立場から, 一切の流出論的解釈 に抵抗するヴェは, 彼の理解社会学や理 念型の方法に馴染まないという点から, 機能主 義的・ システム論的志向の全面的受容をあくま でも拒否する姿勢を貫いている。 種々の団体形 式の類型的区分にあたっても, 正当的秩序に立 脚する社会関係を特に甫視するので, その秩序 のもつ特質こそが基本的な基準をなしてい る呪」とすればヴェーバーのアプロチが, そ の基本的性格において, 機能主義的官僚制組織 論のそれとは多分に異質的であるのはすでに自 明であろう。 さらに, それに応じて, 両者が組 織社会学の展開において占める位置も当然に異 なるとすれば, 官僚制組織論と組織社会学との 関係を解明しようとする場合にも, 第図のご とく, 官僚制組織論の発展段階において, 両者 を明確に区別しておくことが不可欠であろう。

既述の如く, ここに「機能主義的官僚制組織 論」とは, いわゆる「官僚制の機能分析」の同 義語であって, 官僚制組織にたいして機能主義 的アプロチを展開する連の研究をさしてい る。 それはまず, マトン (R. K. Merton)171

(5) Renate Mayntz, 1968, a. a. 0., SS. 27-28.

(6) Renate Mayntz, 1968, a. a. 0., S. 28.

(7) マトンの官僚制の逆機能の理論は, 彼のつぎ の論文で展開されている。

R. K. Merton,'Bureaucratic Structure and Personality', Social Forces, 18, 1940, pp. 56か/

に始まり, セルズニック (P. Selznick)i81, グ ルドナ (A.W. Gouldner)191, プラウ (P.M.

Blau)11rnなどに受け継がれているのみならず,

フランスのクロジェ (M. Crozier)1111の 「官僚 制組織の権力関係モデル」もその延長線上にあ る。 ここで, これらの論者の連の研究業績に みられる共通の特色に目を向けると, さしあた り次の二点をあげうるであろう。

① そこでは組織分析の出発点をなす基本的 な概念的図式をヴェーバーの官僚制の理念型概

/'568.

この論文はまた 彼の次の主著(論文集)にも転 載されている。

R. K. Merton, Social Theory and Structure, 1949; 1968 enlarged ed., pp. 249-260.

(8) P. Selznick, TV A and the Grass Roots, Berkeley, 1949.

この主要著書のほかにも, 官僚制組織にかかわる 彼の注目すぺき主要論文としては, つぎの二つが ある。P. Selznick,'An Approach to a Theory of Bureaucracy', American Sociological Review, Vol. 8, 1943, pp. 47-59.

P. Selznick 'Foundations of the Theory of Bureaucracy', American Sociological Review, Vol. 13, 1948, pp. 25-35

(9) グルドナによる産業官僚制への経験実証的 アプロチの成果は次の二flttの著書にまとめられ ている。A. Gouldner, Wildcat Strike, Yellow Springs,

Ohio, 1954.

A. Gouldner, Patterns of lndustガal Bureau­

cracy, 1955.

なお, 主要論文には次のものなどがある。

A. Gouldner, 'Organizational Analysis', in Merton, Broom, and Cattrell (eds.) Sociology Taday, 1958, pp. 400-428.

A. Gouldner,'Reciprocity and Autonomy in Functional Theory in L. Z. Gross (ed.), Sym­

posium on Social Theory, 1959, pp. 241-270.

(IQ) プラウの官僚制や組織へのアプロチはきわめ て活発で, 文献も多いが, かれの業績を, 官僚制 紐織への機能主義的アプロチを中心とした「前 期プラウ」とフォマル組織への構造比較分析を 中心とする「後期プラウ」 に区分すると 「前期 プラウ」の中心著書としては次の二冊をあげうる。

P. Blau, The Dynamics of Breaucracy, 1955.

P. Blau, Bureaucracy in Modem Society, 1956.

(11) クロジェの官僚制組織に関する主著は, まず,

1963年にフランス語版が そしてその翌年に英語 版が出版されている。

M. Crozier, Le phenomene bureaucratique, 1963.

M. Crozier, The Bureaucratic Phenomenon, 1964.

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(4)

第 42巻 第 2·3号 念に見出しているばかりでない。それと現実の

組織における実際の機能様式との間にみられる さまざまのギャップやへだたりが注目されると ともにそれらが生じてくる条件や過程に分析の 焦点をおくことによって, 官僚制組織につい て, 単事例研究的手法を主体とする経験実証 的アプロチにもとづく多様な記述的モデル構 築や実証的理論構築の試みがなされている。

② そこではマトンの提示した機能分析の パラダイムが基本的な分析用具として活用され るのみならず, インスピレションの主要な源 泉にもなっている。すなわち「予期しない結果」

や「潜在的機能」および「(潜在的)逆機能」な どの概念的カテゴリや分析視角が導入され,

官僚制組織にかかわるヴェーバーの比較歴史的 な分析視角にもとづく特殊歴史的論議を基本的 にはむしろ補完する関係にある種々の現時点的 分析が社会システムとしての組織について展開 されている。

周知のごとく, ヴェーバーの官僚制理論は古 典的官僚制理論におけるもっとも代表的な業 績のひとつである。官僚制の理念型における ヴェーバーの論議もその部であるのはいうま でもない。したがって, これを「古典的官僚制 組織論」 とも称することができよう。すると,

ここに官僚制組織論は「古典的官僚制組織論」

と「機能主義的官僚制組織論」 の二段階に区分 しうるばかりでない。第一図のごとく後者は更

(二段階区分)

に, それぞれのアプロチの特性に即して, こ れをマトンのアプロチとその後の連の経 験実証主義的アプロチの二段階に区分しうる であろう。この場合, マトンの官僚制組織の 逆機能モデルには種の理念型理論としての性 格がみられる点において, これを「新古典的官 僚制組織論」とも呼びうるとすれば, 経験実証 主義的な後者はそれを「近代的官僚制組織論」

とも称しうるであろう。したがって官僚制組織 論は必要に応じてこれを三段階に区分すること も可能である。

2. 組織社会学の発展段階

「組織社会学」は,主にヴェーバーの理論にも とづいて, 官僚制を組織の水準でとらえる実証 的な研究志向にもとづく連の業績を指す名称 である。換言すれば, 組織社会学は, ヴェ の官僚制にかんする理論を実証的理論形成 の図式にのせることを目標として発展してきた のは既述のとおりであるが, 高瀬武典によれ ば, このことは組織社会学における四つの主要 な研究, すなわち官僚制の機能分析 (機能主義 的官僚制組織論)・組織構造分析 (構造比較分 析)・構造コンティンジェ ンシモデル・個体 群静態学モデルのすべてに妥当することは重要 である叫 ここには, はからずも組織社会学の 四つの発展段階が指摘されているが, いずれの 段階においても, それぞれの視角から, 経験的

(三段階区分)

(1)古典的官僚制組織論 ①古典的官僚制組織論…··M. ヴェーバーの官僚制の理念型

官僚制組織論{ (官僚制組織の順機能モデル)

②新古典的官僚制組織論…R. K. マ トンの官僚制組織の

- (2)機能主義的官僚制組織論{ 逆機能モデル

③近代的官僚制組織論・・・・・・セルスニック クルドナー,

プラウ,クロジェの経験実証主 義的アプロ

第1図 官僚制組織論の展開

(1� 高瀬論文I. 4頁。

-288 (484)-

(5)

古典的官僚制理論と組織社会学(齋藤)

資料にもとづくヴェーバー官僚制論の再検討に 論議の出発点があったのはいうまでもない。 概 念枠組みの水準において組織社会学がヴェ

バーの強い影響のもとにあることは, 既存の サヴェイ研究が致して指摘するところであ るが03, 組織社会学の成果を, ヴェーバーの理 論体系と比較検討する試みが, 今日もなお大き な意義を持つかぎりにおいて, 組織社会学の基 本的出発点としてのヴェーバー官僚制論の占め る比重はきわめて大きい。

ヴェーバーの官僚制理論と組織社会学の間に は, 周知の如く, 方法論的志向においても, 概 念的枠組みにおいても大きな差異があるが, こ こから必要になってくるのが, ヴェの官 僚制にかんする命題がどのように検証されてい くかという観点から組織社会学の展開を回顧す るという作業であろう。 この点についても既に 高瀬による鋭い分析があり叫 それがここでも 一つの有用な拠所となる。

まず第段階の機能主義的官僚制組織論は,

トンによって提示された社会学における機 能分析のパラダイムを組織研究に応用したもの である。 その最初の試みは「官僚制の逆機能の 理論」ともいうべきマトン自身の1940年の論 文であって咲 彼はそこで, 組織成員が与件と しての官僚制的組織構造のもとでどのような行 動を取るかを考察し, 官僚制組織はその生得的 な作用として, 所与の目標の達成を阻害する逆 機能的な面をも備えていることを指摘した。

このマトンの試みに剌激されて, 1950年前後 からは, 連の経験実証主義的アプロチが,

セルズニックやグルドナ, プラウなどに よって活発に展開され, 大きな成果をあげてい る。 この機能主義的官僚制組織論においては,

ヴェの官僚制論は「官僚制的な組織は機 (I] 高瀬武典稿.「組織社会学における官僚制論の

変容と課題」,「思想』 1985年. 4月号, 259頁。

(以下, 当論文は「高瀬論文II」と略記する。)

(14) 高瀬論文I. 3-5頁。

(15) R. K. Merton, "Bureaucratic Structure and Personality," Social Forces, 18 (1940), pp.

560--568.

械のように固定された構造をもち, 与えられた 目標の達成のために高度に順機能的にはたら く」という命題として捉えられ, そのうえで,

事例研究による経験的資料にもとづいて, 官僚 制組織には目標達成に関し, 逆機能的に働く側 面もあることを指摘し, 現実に組織がうごいて いく過程においては, ヴェーバーが捨象した側 面が重要な意味をもつことを強調した呪

第二段階の構造的比較分析の段階で, 組織構 造の変異の把握が中心課題となるのは, ある意 味では第段階において直面する官僚制化にか かわる単次元命題への疑問がもたらす複次元命 題への移行にともなう必然的な帰結でもあっ た。 かくて1960年代から, ピュ (D.S. Pugh) やヒクソン(D.J. Hickson) らのいわゆるアス

トン グルプ, 後期プラウおよびプラウ達 (P. M. Blau=R. Schoenherr) さらにホ(R.H. Hall) やヘイグCJ. Hage) などにより,

構造的比較分析が活発に展開されるにいたった が. そのもっとも甫要な研究成果は「単次元性 の命題への反証, すなわち官僚制的組織構造の 複次元性の発見」onに他ならない。 そこでは ヴェーバーの官僚制論は「官僚制化は単次元的 な現象である。 つまり, 官僚制化の過程におい ては集権化 分業化・公式化の構造的特性のす べてが同程度に進行している。」という命題と して捉えられ, そのうえで組織構造の集権化・

分業化・公式化の概念を操作化し. 実際に複数 の組織について測定してみたところ. 組織に よって. 集権化や分業化や公式化は別々にうご いている。 つまり非常に集権度が高いのに公式 化がそれほど進んでいない組織もあれば. 逆に 公式化が高くて集権化が低い組織もあるといっ たぐあいで, 実は官僚制化が単次元的な現象で はないという点が指摘され, それにとってか わって, 組織構造の官僚制的諸特性のあいだに は互いに独立的なものが存在するという意味で 官僚制的組織構造は複次元的であるとする命題

U!N 高瀬論文I. 4頁。

(17) 高瀬論文II. 267頁。

-289(485)-

(6)

第42巻 第 2 · 3 号 が提起されるにいたったのである呪

組織社会学の第三段階は, 1967年の ロレン ス= ロシ ュ の研究U9 などに代表される構造 コンテ ィ ンジェ ンシ理論であるが, そこでは ヴェバ ー 官僚制論は 「官僚制的構造を も つ組 織は他の種類の組織と比較して, 最高の効率を あげる」(相対的有効性優位命題) という命題と してとらえられて いるばかりでない。 技術進歩 の度合ある いは景気の変動などの環境条件の違 いによ って最高の効率をあげる組織の タ イプは 異なる, つまり, 官僚制的な組織形態は, 経営 管理上の one-best-way ではな いことが指摘 されている。 かくて構造コンテ ィ ンジェ ンシ 理論の最大の成果は, 官僚制的組織 (機械的経 営システム) が他の種類の組織 よ り も 有効性が 高いか低 いかが特定の条件に依存することの発 見 すなわち相対的有効性優位命題への反証に ある。 この場合 「構造コンティンジェ ンシ 論」 の名で総称される諸研究の間で致をみて いるのは, まさにこの 「組織管理の方法に唯 最善の策はなく, 組織が高い 有効性をあげるか どうかはなんらかの外部条件と内部要因の適合 に依存する」⑳ という命題のみにとどまり, 「そ れ以上の命題の体系としての理論が多数の研究 者の間で共通に受容されて いるわけではない」

のは いうまで もない。

組織社会学の展開の第四段階は, 1977年以 降 ハ ナンやフ リマン達によ って推し進めら れて いる個体群静態学モ デルにあるQI)。 この モ デルは基本的には, 組織が充足すべき条件が環 境によ って賦課される, という構造コンティン

(18) 同上, 267頁。

(19) P. R. Lawrence & J. W. Lorsch, Organiza­

lion and Environment : Managing Differentia­

lion and Integration. 1967.

(2()) 裔瀬論文 I . 4頁。

�I) 個体群静態学モデルの代表文献には次の論文な どがある。

M. T. Hannan and J. Freeman, "The Popula­

tion Ecology of Organizations," American Journal of Sociology, 82 (1977) pp. 929-964.

M. T. Hannan and J. Freeman, "Social Iner­

tia and Organizational Change," American Sociological Review, 49 ( 1984) pp. 149-164.

ジェ ンシ理論の前提を採用しながら, 「適応」

の考え方をかえて「構造的慣性」の概念を強調 することによ って. 同の環境の も とで も さま ざまな組織が 共存する態様を説明し よ うとす る。 ちなみに構造的慣性とは, 環境に対する組 織の適応能力に限界があること, つまり変動に 抗して組織構造がそのままの状態でありつづけ よ うとする傾向をさす概念であり, この慣性が 組織 自 体の変動を阻止するため, 環境に対する 組織構造の適応は個体群の水準で生じると考え られるのである。 換言すれば. そこでは, 環境 にた いする組織の適応は. 従来の 『適応』 重視 の考え方のように単の組織にお いて構造変動 が生じると いう形ではなく, たまたま環境に適 合する構造を本来備えていた組織がそのまま存 続し. それ以外の組織は消滅して淘汰されてい き, 長期的には環境に適合的な組織が分布に占 める割合が上昇する, という形が想定されてい る。 かくて, そこでは比較的長 い期間を単位に とって, 組織の変動をとらえよ うとするので.

当然「歴史的に見て社会の官僚制化が進行して いくというヴェ的な命題 も 射程に含めら れる」ことになるのみでない。「組織が消滅する 可能性は. 時代的背景 よ り も . それぞれの組織 自 体が設立以後へてきた年数に依存する」 と い うキ ャ ロ ルたち に よ る命題などは. 官僚制的 組織構造と組織の消滅の間の関係について何ら かの仮定を加えれば. 時代の趨勢として社会の 官僚制化を位置づけたヴェーバー命題に対する 反証として提示される可能性を も つことを高瀬 は指摘して いる生

3 . 官僚制組織論と組織社会学の関連 官僚制組織論と組織社会学の発展段階の区分 を重ねあわせると, 前者が後者の源流, あるい は前身たることは 自 明である。 すなわち組織社 四 Glenn R. Carroll & Jaques Delacroix, "Or­

ganizational Mortality in the Newspaper In­

duslries of Argentina and Ireland : an ecol­

ogical approach," Administrative Science Quar­

terly, 27, pp. 169-198.

(23) 高瀬論文 I . 4頁。

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(7)

古典的官僚制理論と組織社会学(齋藤)

会学の基本的出発点が古典的官僚制組織論 (官 僚制の理念型) にあるとすれば, その展開の第 一段階は機能主義的官僚制組織論にある。 し か るに第二段階の「構造比較分析」 の段階以降,

「官僚制組織論」 という名称が姿を消すが, それ に取って変わって急速に般化 し てくるのが,

「組織社会学」 という名称である。 こ の こ とは第 一段階の 「機能主義的官僚制組織論」 の段階に おいてすでに, 官僚制理論に固有の特殊政治学 的論議や特殊行政学的論議が大きく払拭されて 組織論的性格が強まってきた こ とを反映するも のであろう。 かくて官僚制組織論において純粋 に組織理論と し ての性格が強まってくると, 官 僚制組織論と組織社会学は実質的にほとんど同 義語になってくる。 かかる官僚制組織論や組織 社会学の展開の重要な理論的契機をな し たの が, マ ト ンの機能分析のパラダイムと官僚制 の逆機能の理論にほかならない。 それはヴェの官僚制論のアメ リ カ 社会学への受容の試 みの嗚矢であったば かりでない。 その後の実証 主義的な近代的官僚制組織論や組織社会学の展 開を方向づけるうえ でも, それはきわめて大き な影響力を発揮 し てきており, 「古典的官僚制 組織論」 と位置づけられるヴェーバーの官僚制 の理念型にたい し て, 「新古典的官僚制組織論」

とも位置づけられうる。

組織社会学の第二段階以降の展開をみると,

た し かに, 名称的には「官僚制組織論」 からの 分離が顕著であるが, 論議の脈絡や理論的内容 からすると, こ れらのアプロチがなお多分に ヴェーバーの官僚制論や官僚制組織論の延長線 上にある こ とは注目を要するであろう。 ヴェの命願の検証をめざす実証主義的アプロ チという点においては, 第二段階以降の論議も 第段階の論議とほとんど変わりがないからで ある。 広義の「官僚制組織論」 が多分に 「組織 社会学」 の同義語たるゆえ んである。 いずれに し ても「社会学的組織論」 という点では, 官僚 制組織論と組織社会学の間には基本的な同性 と連続性がみられる。 し たがって, 「組織社会 学」 という名称の般化は, 決 し て官僚制組織

論の後退や相対的な重要性の低下を示すもので はない。 む し ろそれは, 官僚制組織論を, その 発展 し た段階において表現する名称ともいえよ う。 その意味で今日の組織社会学の活発な展開 は, 官僚制理論や官僚制組織論のもつ現代的意 義をむ し ろ大きくクロズ・アップさせる面 をもつ。

皿 古典的官僚制理論の展開 と 組織 社会学

1 . 古典的官僚制理論の三つの ア プ ロ ー チ 官僚制の理念型は, 官僚制組織論や組織社会 学の基本的出発点をなすも, こ れはヴェバ ー の官僚制理論においては, その部であり, 彼 の全体の立場は, あくまでも基本的に, 全体社 会の レ ベルに基本的分析単位をおく古典的官僚 制理論のマクロ 的アプロチにあるが, ムゼ リ ス はそ こ に次の三つの代表的アプロチを見出

し ている究

第ーは, 官僚制を資本家階級に奉仕する階級 支配の用具とみなすマ ルキス トのアプロチで ある。 こ の立場は, マ ルクス の階級国家論的官 僚制理論に基本的な出発点をもち, レニ ンや トロ ッ キ, 毛沢東などの官僚制の論議に受け 継がれている。

第二に, 官僚制を支配社会学の脈絡でとりあ げるマックス ヴェのアプロチであ る。 こ こ では 「官僚制」 は, 合法的支配のもと における合理的な管理 シ ス テムにかかわる概念 であり, それは多かれ少なかれ, 大規模な管理 業務を効率的に達成するための組織原理と し て 近代的 フ ォマ ル組織に般的に妥当する。

第三は, 官僚制それ自体を種の政治的支配 シ ス テムそのものとみなす立場であり, ミ ヘル ス の「寡頭制の鉄則」 に代表的 で あるが, プ ル リ ッチ(Bruno Rizzi)の「官僚制的集 団主義」 やバナ ム (J. Burnham) の「経営者 革命論」 も こ の流れに属する。

辺) N. Mouzelis, Organisation and Bureaucracy, 1967, pp. 7-37.

- 291 (487 )-

(8)

第42巻 第 2 · 3 号 ムゼ リ ス はこの三つのアプロチを, 単に並

列しただけで な い。 彼はこれらのアプロチ が, 現代社会における大規模組織の普及の増大 が次々に新たに提起してくる諸問題の性格の変 化を反映してそれぞれに独自の発展段階を構成 する, つの貫性のある思想体系 と して と ら えよう と している究

まず第段階のマ ルキ ス トの分析では, 官僚 制概念の適用範囲は厳格に国家行政における諸 問題だけに限定されており, 官僚制は資本家階 級によ る「階級抑圧装置」 と して捉えられてい る。「官僚制化」は単に政府職員やその活動の量 的増殖を意味するだけであり, それによ っ てな んらかの基本的変化が官僚の権力的地位に生 じ るわけではな い。 マ ルクス 達によ れば, い かに 官僚制化が進んでも, 階級支配の用具 と しての 官僚制の基本的性格はいささかも変わらな い。

かくて官僚制の問題は究極的には階級闘争の成 り行きの如何にかか っ ている。 すなわち, プロ レ タ リ アトの勝利 と 無階級社会の実現によ っ て, それが必然的に消滅する運命にある と すれ ば, もはや官僚制の問題が彼らの論議にお いて 中心的位置をしめなくな るのは当然であろう。

かくてマ ルキス ト達は官僚制化の動向やその帰 趨についてはきわめて楽天的である。

しかし産業化 と と もに, 国家行政を特色づけ る組織類型が, 次第に社会のすべての制度的領 域に普及してくる と , 官僚制の最終的 な 滅亡 を, 無階級社会の実現に託すマ ルキ ス トの楽天 的な展望はあまりにも非現実的にな っ てくる。

ここに登場してくるのが, 第二段階 と しての ヴェーバーのアプロチであ っ て, かれは, 官 僚制を組織の類型 と して と らえるこ と によ っ て, この現象の現代社会における普遍的な性格 と その将来における消滅に希望を託す見解の素 朴さを強調した。 このよ うにして分析の焦点を 拡大する と , 問題の性格 と それを表現する用語 の意味も変わ っ てくる。 マ ルクス に と っ て, 階 級闘争が他のすべての問題を規定する中心問題

125) N. Mouzelis, ibid., p. 32.

である と すれば. ヴェーバーに と っ ては, 官僚 制が中心概念にな っ てくる。 この分析視角 から する と . 官僚制が衰退するか い な かは問題にな らな い。 現代社会において官僚制が多かれ少な か れ技術的に不可欠である と する と , 官僚制の 永続性は, も と よ りその当然の前提をな す。 こ こで問われねば ならな いのは. この種の組織類 型の高度の発達が, 社会構造や個人のパソナ リ テ ィにお よ ぼすインパク トである。 すなわ ち. 官僚制的社会の内部において. いかなる制 度的諸形態が可能であるのか。 私生活のも っ と も個人的な側面にまで介入してくる巨大官僚制 が数多くみられる社会にお いて, 個人の自由の チ ャ ンス はどこまで保証されるのか と いうこ と が重大な問題にな っ てくる。 このよ うに問題の 性格 と 分析視角が変化する と , 用いられる用語 の意味もそれに応 じ てかわ っ てくる。 すなわち ヴェーバーの立場では, 官僚制化は主 と して.

パプ リ ック セクタの内外を問わず. すべて の管理 シ ス テムにおける合理的組織類型の浸透 の増大を意味する。

かくてマ ルクス に と っ ては官僚制は階級抑圧 手段であり. ヴェーバーに と っ ては合理的な目 標達成の手段であ っ たが, 古典的官僚制理論の 展開の第三段階 と して登場してくる ミ ヘルス 派に と っ ては, それは手段から主人公そのもの に変身する。 すな わち, 彼らの間では, 次々に 登場する当時の全体主義体制についての強い 印 象から, 民主主義に関するマ キ ャ ベ リ 的な非観 主義がはびこり, これが官僚制についての認識 にも反映してくる。 かくてここでは官僚制は.

権威の正 当 な 源泉から. その専門知識のゆえに 実質的には支配者の地位にある官朦保有者に事 実上. 権力が移転するこ とによ っ て成立する つの政治的支配 シ ス テ ムそのものに な っ てく る。 ヴェー バーに と っ ては. 官僚制が政治的支 配者 と しての権力的地位につくか否かは. 個々 のケス における具体的状況に作用している諸 カのい かんによ っ ては じめて決まり, それまで は未決定であるのにたいして. ミ ヘルス やバー ナ ムに と っ ては. それは官僚制の内的動態に内 - 292 ( 488 )-

(9)

古典的官僚制理論と組織社会学 (齋藤)

在する必然的帰結であるがために, 資本主義と 社会主義の二者択はほとんど無意味になる。

換言すれば, この新しい寡頭社会の真の性格の 解明こそが, 中心課題となってくるが, そこか ら出てくるのは民主主義の実現の可能性につい てのきわめてペシ ミ ステ ィ ック な展望である。

周知の如く, ミ ヘルスは大規模組織の内部政治 行動についての彼の実証的分析から, すべての 大規模組織は, 組織内民主主義の可能性を締め 出してしまう官僚制的構造を発展させる傾向を 持つという結論を導き出してくるが, それは直 ちにより般的な制度的 レ ベルにも援用される ことになる。 すなわち, 確かに現象的には, 人 類の歴史は,変革や革命の連続である。しかし,

小数のエリトによる大衆の支配とそれにとも なう搾取という基本的図式にはほとんど変化が ない。「それは人類の歴史の永遠の特徴であり,

民主主義と正義をめざすいかなる革命も, たと えその成功の暁でさえ, 究極的には寡頭支配の 状況に導かれることによって, 再びはじめから 同じサイ ク ルがくりかえされることになる」の である究

これらの古典理論の根底にある歴史観につい ていえば, マル ク スが人類の歴史における発展 と変化の必然性を強調するのに対して, ミ ヘル スはその根底にある事態の基本的同性を強調 する。 ヴェーバーの官僚制についての論議が,

社会の合理化についての認識と不可分に結びつ いているのは言うまでもないが, マル ク スと ミ

ヘルスの ア プロチはともにすぐれて決定論的 (deterministic) であり, この点では官僚制と 民主主義の関係についても, 安易な先験的 化を避けようとする ヴェーバーの慎重な方法論 的立場とは好対照をなしている。

また, マル ク スも ミ ヘルスも, ともに彼らの 理論的図式において, 官僚制を中心問題として

R. Michels, Political Parties, second Free Press Paperback ed., 1968, p. 371. ( な お本書 のドイ ツ 語版の タ イ ト ルは, Zur Soziologie des Parteiwesens in der Modernen Demokratie.

でその初版 は1 9 1 1年である。)

位置づけていない。 しかるに ヴ ェーバーは, ま さにそれ 自 体がマルキス トの ア プロチにたい するつの アンチゼにほかならないが,

官僚制を視代社会にきわめて般的な, 合法 的 ・ 合理的な管理的パ タンとして定式化する とき, ヴ ェーバーの図式では, 官僚制それ 自 体 が中心問題であり, 主題となっていることは重 要であろう。 なぜならば, ここにわれわれは,

なぜ ヴェーバーが官僚制理論において最大の古 典理論家としての地位を占 めたかという問いに たいする答えを見出すからである。 すなわち,

それは官僚制を主題とする大理論体系の社会 科学における本格的な確立が, 彼によってはじ めてなしとげられたからにほかならない。

ここでムゼリスの論議をふまえて, 古典的官 僚制理論に共通な特色に 目をむけると, およそ 次の諸点をあげうる列

に, 古典的 ア プロチにおいては, 官僚 制の問題はつねに, 全体社会の政治的構造との 関連でとりあげられており, この点で, 多分に 政治的 ・ 社会的真空のもとで論議を展開する組 織社会学の ア プロチとは大きなへだたりがあ る。

第二に, 彼らの ア プロチはそれぞれに, 定の歴史観に根差しており, 官僚制や官僚制化 の意義の解明も, それを, 社会における歴史的 発展と変化の脈絡のなかに位置づけてとらえる ことによって, はじめて可能であるとみなされ ているが, このような広い分析視角こそが, 現 代の組織文明の直面する諸問題を, その, きわ めて根源的な次元でとりあげることを可能にし ていると言いうるであろう。

第三に, 彼らの ア プロチには, いずれの場 合も,「たてまえ」と 「現実」との差異やギャッ プに対する鋭い感覚がみられ, それが多かれ少 なかれ「権力の移転」 という主題に結びつき,

社会における形式的な制度的側面よりも, 現実 の社会構造や権力構造の実態に分析の焦点をお いている。

N. Mouzelis, op. cit., pp. 35-37.

-2 93 ( 489)-

(10)

第42巻 第 2 · 3 号 第四に, 古典理論は多かれ少なかれ, 個人の

自由やパソ ナリティにおよぼす影響という 点から官僚制を問題と し て おり, いわゆ る 官僚 制の制御問題を中心に論議を展開 し てい る 。

2 . 古典的官僚制理論の社会学的展開過程 官僚制概念の起源および理論の歴史的展開過 程について緻密な分析を展開 し てい る ア ル プ ロ ウ は, 官僚制理論が19世紀の末から20世紀の初 頭にかけて大き く その方向を転じ, 従来の政治 学や行政学 的 ア プ ロチから, 社会学的 ア プ チの著 し い台頭に注目す る とと もに, その 大きな推進力を, モスカに始 ま り, ミ ヘルスを へ て ヴ ェ ー バ ーに い た る 流れ に見 出 し て い る 究 ここで特筆すべきは, 政治 ・ 行政学的 ア プ ロチを中心とす る 官僚制理論の19世紀的展 開と社会学的 ・ 組織論的 ア プ ロチを中心とす る 官僚制理論の20世紀的展開の橋渡 し という大 役をモスカが果た し たところに彼の理論が, そ の他の19世紀的理論と線を画 さ れ る ゆえんが あ る ということばかりでない。 ヴェー バーがモ スカから ミ ヘルスヘの流れをうけて, それ ま で の 種々の理論におけ る 異質的な諸要素を, 支配 社会学の脈絡で総合 し , 官僚制理論の社会学的 展開の基礎を確立 し たということが, 彼が組織 社会学の創始者と目さ れ る 基本的な理由をな し て い る 。 けだ し 組織社会学の登場が, このよう な官僚制理論の社会学的展開の延長線上にあ る のはいう ま で も ないからであ る 。

モスカの政治学的研究の 出発点は, 「民主制」

や「貴族制」,「君主制」という従来の政治類型 にかんす る 伝統的区分への批判にあ る 生 すな

⑳ M. Albrow, Bureaucracy, 1970, pp. 31-32.

こ こ で注目 を要するの は, ヴ ェー パ ーと ミ ヘルス の関係 に お いて, 時間的 な前後関係に お ける両者 の位置づけが, 前述 し た ム ゼ リ スの分析とは逆 に な っ ている ことで ある。 し か し, ほ ぼ同時代 に生 き , 個人的親交 も あ っ たとい う 両者間の学問的な 影響や相互作用の方向 や その前後関係 に つ い て は, 視点の いかん によ っ て, 異 な っ た捉え方がで て き て も 決 し て不思議で は な い で あ ろ う 。 両者の 異なる判断は, 両者の見解の対立とい う よ り は,

む し ろ異なる視点の反映とみ な すべ き で あ ろ う 。

わちそこでは, 政治有機体の進化におけ る 単一 のモメ ン ト し か観察 し て おらず, 現実の実体的 差異ではな < ' その形式的差異だけ しか考慮に いれられていない。 換言すれば, モスカにとっ て, かれの追求す る 新 し い分類原理は, 「権威」

という用語の真意を見ぬき, 政治過程の現実を 明 る みに出す も のでなければならないが, 彼が その核心を「権力」 という事実に見いだすとき にでて く る の が, 「政府とよばれ る も の が存在 す る す べ て の 常態 的社会 (regularly consti­

tuted societies) では, … …支配階級, ある い は公権力の行使にあずか る 人々は, つねに少数 派であり, 彼等の も とには, いかな る 真の意味 で も , 決 し て政治に参加す る ことな く , もっば らそれに従属す る ことを常とす る 多数の人々,

すなわち被支配階級 が存在す る 。 」°° という基 本命題であり, これがモスカによる 政治形態の 分類の基礎をなす。 か く てモスカは, 支配階級 の 内部にお け る 主要な制度的機能の分担の有無 に着目 し て, すべて の政治形態を「封建的」 類 型と「官僚制的」 類型の二つの タ イプに区分す る が, 後者においては国富の部が 「有給官吏 団」 すなわち官僚制に配分 さ れてい る 。 し か る に, 自由 の可能性はま さ し く 支配階級それ 自体の分化にかかっている とみなすモスカは,

官僚制によって富と軍事力が独 占 さ れ る 場合を

「官僚制的絶対主義」と表現す る が,この政治形 態こそは「最悪の形態の専制政治」であ る がゆ えに, 彼にとって も 官僚制が代議機関によって 制御 さ れ る ことが肝要となり, 結局, モスカの 主張す る 政治制度は, ミ ルやフィシ ェ ルの青写 真とほとんど同一にな る 呪

ここでモスカの立場が菫要なのは, 官僚制の 制御の必要性について19世紀の自由主義者と意 見を同じ く す る も , 異な る 分析に も とづいて 同 ーの結論に達 したという点にあ る 。 すなわち,

ち な み に モ ス カ の 古典的業績 『政治学要綱』

(Gaetano Mosca, Elementi di Scienza Politica, 1896.) の出版は1896年であ り , 暦の上では,19 世紀的文献に属する。

00) M. Albrow, Bureaucracy, 1970, op. cit.. p. 34.

ClO ibid.. pp. 34-35.

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(11)

古典的官僚制理論と組織社会学(齋藤)

彼にと っ て官僚制は,「官吏の団」という意味 以上の複雑な内包は切もたず, これに関連す るものをすべからく「官僚制的」 と呼んでいる。

たとえば「官僚制国家」の特徴としては, 専門 化と中央主権化があげられているが, その本質 は明らかに「有給職員が公務に任用されて い る」 ということにある。 このようなモ ス カ の観 念の外見上の未熟さは, 用語の中立化によ っ て. 官僚制と民主主義をめぐる論議を科学の領 域にもち込みたいという彼の意図に帰するとこ ろが大きい。 その際に彼が範としたのがス ペン サ(Spencer) や コ ン ト (Comte) の図式であ り, ここに「官僚制」の概念はつの集合名辞 として. 政治的論議の舞台からはずされ, 新し い 文脈のなかに置かれることになる。 すなわ ち. それは社会学という当時はなお未発達の科 学の主要範疇として提出されたのである。 しか しアルプロ ウによれば, モス カ は決してそれ以 上には進まず. ミ ヘルス がそれを受け継ぐこと になる。 モ ス カ は. 官僚制が近代国家の支配階 級に. その地位をしめる理由についてはかなら ずしも明 確な分析を加えたわけでな い が, 彼 が. 官僚制は政治的支配階級がその地位を維持 するつの方法であるのみならず. 国家雇用に 安定性を求める不安定な中産階級にと っ ても,

重要な存在であるという意味において, 官僚制 を近代国家の必需品であるとみなすとき, ミ へ ルス もまた. この見解に賛成する。 しかし彼が 官僚制の台頭の理由を見だそうとする場合. い まや分析を国家のみに限定する必要はさらにな ぃ。 モス カ は暗黙のうちに国家を特別の存在と みなしていたが. それをより包括的な範疇 す なわち組織の実例のつとみなすことによ っ て, 近代的組織構造の般的特徴を調杏すれ ば , より基本的な連の理由を見だすことが可 能である。 アルプロウによれば. これをなした 最初の論者が ミ ヘルスであ っ たが. 官僚制の分 析の本質的部分にかかわる重要な社会学的諸概 念を解明し, 体系的に関連づけることによ っ て. 官僚制の社会学的分析を さらに大きく前 進させるという巨大な仕事に取り組んだ学者こ

そがヴェーバーに他ならな い汽 あえて繰り返 すが. ヴェーバーが今日. 組織社会学のみなら ず. 組織論の創始者ともみなされる理由も, 基 本的にはここにある。

3 . ヴ ェ官僚制論に お け る 知的影響力

の源泉

アルプロウはヴェーバーの官僚制理論の形成 に大きな影響を及ぼした主要な知的源泉として,

19世紀のドイ ツ 行政理論のほかに, マ ルクス と ミ ヘルス , さらには当 時のドイ ツ における社会 経済史家の長老であ っ た シ ュ モ ラ (Gustav Schmoller) をあげているがCG, おおよそ, その 概要は以下のごとくである。

まずドイ ツ 行政理論に関しては, 法律家とし ての教育をうけ, 不朽の名著 『法社会学』 (Rec­

htssoziologie) を書いたヴェーバーが, それに 通暁して い たのは想像に難くな い。 したが っ て, 官僚制の理念型における彼の特徴づけにそ れが多分に反映されていたとしても, 決して驚 くにはあたらない。 とりわけ「単支配制」と

「合議制」の明瞭な対比とそれぞれの相対的な 長短についてのランス トは, 19世紀の 初期以来, ほとんどの行政の教科書にみられる が, 間違いなくヴェーバーは国家行政を能率の 縮図とみなす先例をそこに見だしている。

ミ ヘルス とヴェパ ー の関係に目をむける と, ヴェー バーがモス カ を介して官僚制と民主 主義の関係という19世紀的な問題設定とは っ き りとしたつながりを持 っ たのは, ミ ヘルスの業 績からであるのみならず, ヴェーバーはこの問 願を中立的な科学的方法において研究しようと するつの範例をも, そこに見だしたといわれ ている汽 かくてヴェーバーは官僚制を方的 に非難しようとしなか っ たのみならず, その合 理性の強調においては, 逆の方向への傾斜もみ せている。 すなわち, 民主主義にと っ て近代行

ぼ ibid., pp. 36-37.

図 M. Albrow, Bureaucracy, 1970, op. cit., pp.

50-54.

Cl4l ibid., p. 51.

- 295 ( 49 1 )-

(12)

第42巻 第2 · 3 号 政が問題になるのは, むしろそれが合理的だか

らであ っ て, この問題点を可能な限り要約した 表現法が, 19世紀的思考からするとつ の語法 違反とも い う べき「合理的官僚制」の概念で あ っ た。 しかし. ヴェー バーは. 「近代国家に官 僚制化が不可欠である」 という点では ミ ヘ ルス に同意するが. 「官僚の不可欠性が彼に権力を もたらす」 という ミ ヘルス 流の論法には「官僚 制の権力そのものの増大を, このような理由に もとづいて. あらか じめ決定することはできな い」 と反論する。 それは「官僚制組織は. それ を統制する人の手中にある技術的にも っ とも高 度に発展した権力手段であるという事実は, 官 僚制そのものが特定の社会構造においてもちう る比重の大きさを決定するものではない」°° か らであ っ て, 権力と支配の概念的な区別が重要 にな っ て く るのもここからである。

ヴェーバ ーが. 自分自身のものではない部屋 から. 自分が最初に発案したものではない命令 を下す官吏の地位を. 自己の労働力以外には何 ももたない収奪された労働者の地位にたとえる とき, そこには確かにマ ルクス からの影響が現 れている。 しかし. マ ルクス がヴェー バーにお よぼした影響は, マ ルクス が明示的に官僚制に 言及した「ヘゲル国法論批判回 (それはまだ 大 部 分 が 未 公 刊 で あ っ た。) からではな く , ヴェバ ー が合理化の理論において超絶した人 間疎外にかかわる般的命題に関してである。

しかし, ア ル プロ ウによると. 家産制的形態 から合理的形態への官僚制の発展にかかわる ヴェ理論につ いては. マ ルクス の影響を さほ ど過大視すべきでないが. その理由は, 行 政の成長につ いての シ ュ モラの発展段階説に よ っ て, ヴェの述べようとするところが かなり正確に先取りされているからである叫

⑮ ibid., pp. 51-52.

00 ibid., p. 52.

罰 K. Marx, ℃ ritique de la philosophie de l'etat de Hegel', in Oeuvres philosophiques, translation by Molitor, Paris, 1937, vol. 4, pp. 96-104.

� ibid., p. 52.

ス ペ ン サ (Herbert Spencer) の影響のも とに, シ ュ モラは, 社会は指導者とその幹部 および大衆の三部分から構成されているという 前提に立つが, ヴェー バーの組織構造にかんす る図式がこれと酪似して いるのは決して偶然で はないであろう。 シ ュ モラによれば , 社会の 発展はこれらの三つの構成要素の分化の増大に 依存し, 国家間の立憲上の相違も, これらの構 成要素の相対的重要性の変異に起因する。

注目を要するのは, 指導者に従う幹部につ い て, シ ュ モラが次の四つの発展段階を区分し ていることである。 第ーは社会における他の役 割からの官戦の純粋な分化がみられない原始共 同体の段階である。 これに続 く のが, 時間的に 重複する次の二つ の段階である。 そのつは行 政官識への任用が世襲による封建社会の場合で あり, 今一つは, 官職における任期がきわめて 短 く , 任用が抽選制や選挙による場合で, これ らは古代ギ リ シ ャ やロマに特に般的であ っ たが, この場合, 両者はともに有産支配階級に 依存して いた。

最後は, 官職への任用が終身専門官吏の経歴 構造におきかえられる第四段階であるが, 注目 を要することに, これに関する シ ュ モラの特 徴づけは, 近代官僚制にかんするヴェーバーの それときわめて多 く の致点をも っ ている。 た とえば終身の有給専門官吏, 専門的な準備を要 する明確で固定的な経歴構造, 国家の長による 官吏の任命と, 彼らの身分 ・ 権利 ・ 義務を規定 した官吏法典の整備, 高度の分業の産物として の官喘構造, 戦位と俸給の階統制, 自由意思に よる契約な どがそれである。 さらに シ ュ モラ は, この制度の発展を促進してきた制度的要因 として, 高等教育や学校制度の発達をあげ, な かんづ く 専門化された職務に対する報酬を俸給 と言うかたちで与えることを可能にする貨幣経 済の発達によ っ て, この制度が盛んにな っ て く ることを指摘するとともに, それが近代国家に 欠 く べからざる要素と見る点でも, ヴェー バー の見解と重要な共通性をもつ。

表面的には若干の差異や食い違いはあるにし - 296 (492)-

参照

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