曲面の変分問題
—
極小曲面論入門—
「さきがけ数学塾」
2011.3.7 – 3.9
小磯深幸
(
九州大学大学院数理学研究院& JST
さきがけ)
概要 面積の極小値や臨界点を与えるような曲面を極小曲面という.極小曲面は,その 問題の自然さから,古典的な課題でありながら現在も活発に研究されており,数学内外 への応用も多い.本講義では,
3
次元ユークリッド空間内の極小曲面について,基本的 かつ重要なトピックスを選んで解説する.さて,与えられた枠で張られる極小曲面につ いて調べるという問題は,Plateau
問題と呼ばれている.第1
節では,極小曲面論及びPlateau
問題の研究の歴史を概観する.第2
節では平面曲線の曲率,第3
節では空間の曲面の曲率について説明し,極小曲面を平均曲率が至る所
0
である曲面として定義する.第
4
節では,平均曲率が至る所0
であることと,面積の臨界点であることが同値である ことをみる.第5
節では,極小曲面に,等温座標と呼ばれる有用な表示を与える.これ を用いて,第6
節では,Weierstarss-Enneper
の表現公式と呼ばれる極小曲面の表現公 式を与える.極小曲面は,正則関数と有理型関数(
正則関数も有理型関数も,大雑把に 言えば,複素数を変数とし複素数を値に持つ関数で,この複素変数について微分可能な 関数のことである)
の積分を用いて表される.この公式は,極小曲面の性質を調べるの にも例を構成するのにも大変有用である.さらに,複素解析学的な手法を用いて得られ る極小曲面の重要な性質のいくつかを紹介する.第7
節では,極小曲面が面積極小であ るための条件を求める.この課題は比較的現代的なものであり,解析学を本質的に用い る必要がある.第8
節では,極小曲面に対する最大値原理と呼ばれる有力な方法を述べ,その応用として,複数個の単純閉曲線を境界に持つ連結な極小曲面についての非存在定 理を求める.第
9
節では,極小曲面の研究についての現状や課題について,ほんの少し だけ述べる.なお,本講義中のいくつかの話題は,高次元空間内の極小超曲面や極小曲面に対して 一般化されるが,簡単のため,主として
3
次元ユークリッド空間内の極小曲面について 述べる.また,この講義で扱う関数はとくに断らない限り何回でも微分可能であるとする.
目次
1
極小曲面論の歴史—
古典的Plateau
問題を中心に—
1.1 Plateau
問題とは何か.古典的Plateau
問題誕生前後の歴史1.2
古典的Plateau
問題の解の存在1.3
古典的Plateau
問題の解の一意性1.4
解の安定性(面積極小か否か)1.5
安定な極小曲面の個数1.6
平均曲率一定曲面に対するPlateau
問題1.7
一般化2
平面曲線の曲率3 R 3
内の曲面の曲率3.1
第1
基本形式3.2
第2
基本形式3.3
第1
,第2
基本形式の図形的意味3.4
曲面の曲率3.5
例(
回転面)
4
極小曲面の定義と変分問題の解としての特徴付け4.1
極小曲面の変分問題の解としての特徴付け4.2 Plateau
問題5
極小曲面の等温座標表示5.1
等温座標5.2 Gauss
写像5.3
調和関数6 Weierstarss-Enneper
の表現公式6.1
正則座標6.2 Weierstrass-Enneper
の表現公式6.3
随伴極小曲面6.4
極小曲面に対する鏡像の原理とその応用6.5
極小曲面のGauss
写像とGauss
曲率についての補足7
面積の第2
変分公式と安定性7.1
面積の第2
変分公式7.2
極小曲面の安定性7.3 Gauss
写像の像と安定性8
最大値原理と非存在定理への応用8.1
極小曲面に対する最大値原理8.2
極小曲面の非存在について9
おわりに参考文献
1
極小曲面論の歴史—
古典的Plateau
問題を中心に—
1.1 Plateau
問題とは何か.古典的Plateau
問題誕生前後の歴史針金を使って閉じた曲線を作り,石鹸液の中にひたしてからそっと引き上げてみよう.す ると,針金の枠に石鹸の膜が張るのが見られる.このような,石鹸膜がモデルとなるよ うな数学的概念を極小曲面と言う.また,シャボン玉
(
空気を包む石鹸膜)
がモデルとな るような数学的概念は,平均曲率一定曲面と呼ばれている.石鹸膜は非常に薄いのでそ の重さを無視すれば,表面張力の作用により,それ自身に近い曲面と比べてできるだけ 面積が小さい形になる.つまり,面積極小になる.同じ針金枠を張る
2
種類の石鹸膜(
どちらも向き付け可能)
同じ針金枠を張る石鹸膜
(
左:向き付け可能,右:メビウスの帯型.向き付け不可能)
さて,空間の中に与えられた閉曲線Γ
に対し,Γ
で張られる(Γ
を境界にもつ)
曲面 全体の成す集合をS
とおこう.S
は無限次元である.S
に含まれる曲面X
に対し,X
の面積をA(X)
で表そう.すると,A
はS
から0
以上の実数の成す集合R +
への写像で ある.このような「無限次元空間上で定義された『関数』」を汎関数という.A : S → R
は面積汎関数と呼ばれる.汎関数に対しても,「微分」を定義することができる.面積汎関数
A
の微分がX
で0
になるとき,X
を極小曲面という.(
極小曲面の厳密な定義は 第3
節で与える∗
.)
このような概念が初めて文献に現れたのは,
1762
年にフランスの数学者J. L. La-
grange
が彼の論文∗
の中に「与えられた閉曲線を境界にもつ曲面全体の中で面積最小のものをみつけたい」と書いた時である.
Lagrange
は,(x, y)
平面の領域上で定義された 関数f(x, y)
のグラフz = f(x, y)
の形で表されている曲面が極小曲面であるために関数f
が満たすべき条件∂
∂x
f x 1 + f x 2 + f y 2
+ ∂
∂y
f y 1 + f x 2 + f y 2
= 0 (1)
を導き
†
,例として平面をあげた‡
.一方,L.Euler
は懸垂曲面x 2 + y 2 = a
2
e z/a + e −z/a
, (a > 0)
が面積最小曲面の例であることを証明した.1776
年にJ.B.M.C.Meusnier
は(1)
と同値な式1 + f y 2
f xx − 2f x f y f xy +
1 + f x 2
f yy = 0 (2)
を導いた.これは今日,極小曲面の方程式と呼ばれており,極小曲面論において基本的 なものである.また彼は,
(2)
が,曲面z = f(x, y)
の平均曲率§
が0
であることと同値 であることを示し,この事実により,その後,平均曲率が至るところ0
であるような曲 面が極小曲面と呼ばれるようになった.さらに,常螺旋面y
x = tan(az), (a = 0)
が(2)
をみたすことを示した.懸垂曲面(左),常螺旋面(右)
∗「面積汎関数
A
の微分が曲面X ∈ S
で0
になる」という性質は,平均曲率と呼ばれる曲面の曲が り具合を表す量が0
であるということと同値であることがわかる.実は,「平均曲率が至るところ0
であ る」という性質を満たす曲面を極小曲面と定義するのである.一方,「平均曲率が至るところ一定である」という性質を満たす曲面を平均曲率一定曲面という.
∗
Essai d’une nouvelle m´ ethode pour d´ eterminer les maxima et les minima des formules int´ egrales ind´ efinies
†
f
の右下の添字は当該の変数での偏微分を表す.‡全平面で定義されたグラフ
z = f (x, y)
で極小曲面であるものは,平面のみである.§平均曲率の定義は第
3
節で与える.このころ,極小曲面を関数として具体的に表すことや,新しい例をみつけるための研 究が盛んになされたようである.あるいは,
Lagrange
が与えた「与えられた閉曲線を境界 にもつ曲面全体の中で面積最小のものをみつけたい」という問題を解こうとしたのかも知 れない.G.Monge
が1784
年に,次いでA. Legendre
が1787
年に,後にS.F.Lacroix
,A.M.Amp´ ere
,その他の数学者達が,(1)
を積分することにより,極小曲面を複素解析関 数を用いて表す公式を得たが,これらは新しい極小曲面を得るのには有効ではなかった し,Lagrange
の問題を解決するのにも有効ではなかった.1816
年にJ.D.Gergonne ¶
が次のような具体的な問題を提起し,それは数学者達の極小曲面に対する関心を高めた.(i)
2つの同じ半径の円柱の交わりで張られる曲面の中で面積最小のものを求めよ.(ii)
空間の四辺形で張られる曲面の中で面積最小のものを求めよ.(iii)
与えられた2つの円を通る曲面の中で面積最小のものを求めよ.19
世紀に極小曲面を求めるための道具として知られていたのは複素解析的な方法だけ であり,与える境界としては直線,円,多角形等だけしか扱うことができなかったので ある.1832
年,1835
年にH.F.Scherk
がz = log e
cos y cos x
を含む
5
つの新しい極小曲面の例を得た.1855
年頃から極小曲面の研究は非常に盛んに なり,O.Bonnet
,J.A.Serret
,B.Riemann
,K.Weierstrass
,A.Enneper
,H.A.Schwarz
他の数学者により,多くの新しい結果を得た.彼らは,極小曲面の例の構成,表現公式 の導出,与えられた直線や円や多角形を境界にもつ極小曲面の構成やその性質の研究な ど,多くの新しい結果が得られた.Scherk
の極小曲面(左),Enneper
の極小曲面(右)¶
Questions propos´ ees, Ann. Math´ em. p. appl. 7 (1816)
たとえば,
Riemann
は,前述の問題(iii)
の研究から,現在Riemann
の極小曲面と 呼ばれている曲面の族を発見した.なお,円の族によって構成される曲面(管状曲面と いう)で極小曲面であるものは,懸垂面とRiemann
の極小曲面だけである.Riemann
の極小曲面ところで,
Lagrange
の問題「与えられた閉曲線を境界にもつ曲面全体の中で面積最 小のものをみつけたい」についてはどうなったのであろう? Riemann
は,空間内の特別 な等辺四辺形で張られる極小曲面の存在を証明することに成功し(1865
年頃)
,さらに,Schwarz
は一般の空間四辺形で張られる面積最小曲面の存在証明に成功した(1867
年)
.これらの証明はいずれも極小曲面を具体的に構成することによって与えられた.
Riemann
とSchwarz
によって構成された極小曲面は,(u, v)
平面上の関数x(u, v), y(u, v), z(u, v)
を成分とする点(x(u, v), y(u, v), z(u, v))
の集合として,次のように表される.⎛
⎜ ⎝
x(u, v) y(u, v) z(u, v)
⎞
⎟ ⎠ =
⎛
⎜ ⎜
⎜ ⎜
⎜ ⎜
⎝
Re w
w
01 2 (1 − g(ζ) 2 )f (ζ) dζ Re w
w
0√ −1
2 (1 + g(ζ) 2 )f (ζ) dζ Re w
w
0f(ζ)g(ζ) dζ
⎞
⎟ ⎟
⎟ ⎟
⎟ ⎟
⎠
(3)
ただしここで,
w = (u, v) = u + √
− 1v
であり∗
,w 0
は(u, v)
平面上の定点である.f (w)
とg(w)
は複素変数w = u + √
− 1v
の関数f (w) = (1 − 14w 4 + w 8 ) −1/2 , g(w) = w
で,(3)
の右辺の積分は,複素積分である.なお,この曲面を滑らかに拡張して得られる三重周期をもつ曲面は,
Schwarz D
曲 面と呼ばれている.ダイヤモンドと同じ対称性をもち,ナノスケールやミクロスケール のソフトマターなどの自然現象にしばしば現れる曲面として,物理学,化学,工学その 他の分野の研究にもしばしば登場する.(
例6.3.2
参照.)
∗
2
つの実数の組(u, v)
と複素数u + √
−1v
を同一視する.Schwarz D
曲面の基本領域(
左図)
と,それを拡張した三重周期極小曲面の一部(
右図) (
図の出典:岡山大学・藤森祥一氏のHP
http://www.fukuoka-edu.ac.jp/˜fujimori/min surf/index.html)
(3)
は,Enneper(1864
年)
とWeierstrass(1866
年)
によって独立に導き出され,Weierstrass-Enneper
の表現公式と呼ばれている(
第6
節で詳しく述べる)
.なお,この 公式の最も簡単な応用例は,(3)
にf(w) = 2, g(w) = w
を代入して得られる曲面x = u − u 3
3 + uv 2 , y = − v + v 3
3 − u 2 v, z = u 2 − v 2
で,Enneper
の極小曲面と呼ばれる.さて,
Lagrange
の問題への解答を数学的に与えたのは,19
世紀末までの時点では,上述の
Riemann
,Schwarz
による,空間四辺形で張られる面積最小曲面の存在証明のみであった.一方,
19
世紀後半に,ベルギーの物理学者Plateau
は,石鹸膜の実験を行う ことにより極小曲面の性質を調べた.このことにちなんで,与えられた枠で張られる極 小曲面について調べるという問題はPlateau
問題と呼ばれるようになった.1.2
古典的Plateau
問題の解の存在さて,
Plateau
問題についての第一の課題は,与えられた閉曲線で張られる極小曲面が「存在するかどうか」であろう.このことを初めて数学的に証明したのは,
J.Douglas
とT.Rad´ o
で,1930
年のことであった.Lagrange
が問題を提出した1762
年以来,1930
年 までずいぶん長くかかったのには,大きく分けて次のような2
つの理由がある.(I)
具体的に解を表現することなしに,単に「解が存在する」ということだけを証明 するという非常に抽象的な概念が,19
世紀までにはなかった.(II)
数学が1762
年から1930
年までの間に発展し,有用な道具がそろってきた.Douglas
はこの研究により,第1
回のフィールズ賞∗
を受賞した.Douglas
の方法は,高 次元空間内の曲面に対しても適用できるし,また,複数の閉曲線より成る枠を張る曲面 に対しても適用可能である.∗
40
歳以下の極めて優れた数学上の研究業績をあげた者に授与される権威ある賞.その後,
Courant ([1])
は,Douglas
の方法を改良し,より理解しやすい証明法を考 案した.ここではCourant
による証明の概要を述べよう.まず,基本的なアイデアを述 べる.Γ
を3
次元ユークリッド空間R 3
内の閉曲線とする.Γ
を張る円板型曲面†
全体S
を考え,その面積の最小値をA 0
とする.すると,S
に属する曲面の列{ X n } n=1,2,···
でn→∞ lim A(X n ) = A 0
となるものが存在する.lim
n→∞ X n
をX
とおけば,X
の面積はA 0
であ り,このX
はΓ
を張る面積最小曲面となっている.故に,X
はΓ
を張る円板型極小曲 面である.この方法は最小化法と呼ばれ,変分問題(無限次元空間上の極値問題)の解 の存在証明の方法として基本的なものである.この最小化法で難しい点は,極限
lim
n→∞ X n
が存在するかどうかという点である.Douglas-Courant
は,次のようにしてこの困難を克服した.Γ
上に異なる3
点Q 1 , Q 2 , Q 3
をとる.2
次元ユークリッド空間R 2
の点w = (u, v)
を複素数u + √
− 1v
と見なすことにより,R 2
を複素平面C
と同一視する.R 2 = C
の 単位円C = { (u, v) | u 2 + v 2 = 1 }
上に異なる3
点P 1 , P 2 , P 3
をとる.C
が囲む閉円板をB
とする.B = { (u, v) | u 2 + v 2 ≤ 1 }
である.B
からR 3
への2
階連続的微分可能な写 像で,C
をΓ
の上に1
対1
に写すもの全体をS
とおく.X ∈ S
に対し,B
からB
への 滑らかな全単射ϕ
との合成X ˜ := X ◦ ϕ
をとる(つまり,曲面の形を変えないで,表示 の仕方のみ変える)ことにより,(i) ˜ X(P j ) = Q j j = 1, 2, 3 (ii)
∂ X ˜
∂u =
∂ X ˜
∂v
, ∂ X ˜
∂u · ∂ X ˜
∂v = 0
をみたすようにできる
∗
.故に,S
に属する写像X ˜
で(i), (ii)
をみたすもの全体の成す集 合をS ˜
とおくと,S ˜
もまた,Γ
を張る円板型曲面全体の集合となっている.さて今,S ˜
に属する曲面X
の面積A(X)
の成す集合{ A(X) | X ∈ S} ˜
は非負の最小値A 0
をもつ.このとき,曲面の一助変数族
X n = (x 1 n , x 2 n , x 3 n ) ∈ S ˜ , (n = 1, 2, 3, · · · ),
で,面積がA 0
†円板から
R
3への滑らかな写像によって与えられる曲面.∗条件
(ii)
が成り立つとき,(u, v)
は曲面X ˜
の等温パラメータであるという.に収束する,すなわち
lim
n→∞ A(X n ) = A 0
なるものが存在する.条件(ii)
を使うと,A(X n ) =
B
∂X n
∂u × ∂X n
∂v
dudv =
B
∂X n
∂u ·
∂X n
∂v
dudv
= 1 2
B
∂X n
∂u 2 +
∂X n
∂v 2
dudv
= 1 2
3 k=1
B
∂x k n
∂u 2
+ ∂x k n
∂v 2
dudv
= 1 2
3 k=1
D(x k n )
となる.ただし,一般に
B
上の2
階連続的微分可能な関数h
に対し,D(h) :=
B
∂h
∂u 2
+ ∂h
∂v 2
dudv
とおく.
D(h)
はh
のDirichlet
積分と呼ばれる.さて,y n k
を,x k n
と同じ境界値をもちB
で調和,すなわち∂ 2 y n k
∂u 2 + ∂ 2 y n k
∂v 2 = 0
をみたす関数とし,
Y n = (y n 1 , y 2 n , y 3 n )
とおく.Y n ∈ S ˜
である.同じ境界値をもつ関数の 中で調和関数がDirichlet
積分の最小値を与えることが知られているので,A(X n ) = 1 2
3 k=1
D(x k n ) ≥ 1 2
3 k=1
D(y k n ) = 1 2
B
∂Y n
∂u 2 +
∂Y n
∂v 2
dudv
≥
B
∂Y n
∂u ·
∂Y n
∂v
dudv ≥
B
∂Y n
∂u × ∂Y n
∂v
dudv = A(Y n )
が成り立つ.
(
ここで,最初の不等式は「相加平均≥
相乗平均」よりわかる.)
故に,A 0 = lim
n→∞ A(X n ) ≥ lim
n→∞ A(Y n ) ≥ A 0
よって,n→∞ lim A(Y n ) = A 0
である.また,
Y n
が条件(i)
を満たすことから,Y n
の境界値{ Y n | C } n
が同程度連続であ ることが示されるから,Y n | C
の極限ψ := lim
n→∞ Y n | C
が存在することがわかる.さらに,B
での調和関数はB
の境界C
上の値のみで決まることから,ψ : C → R 3
を境界値にも ちB
で調和な写像をY : B → R 3
とおくと,Y = lim
n→∞ Y n , A(Y ) = A 0
であることがわ かる.このY
はΓ
を張る「円板型曲面」の中で面積最小であり,したがって,Γ
を張る 極小曲面である.注意
1.2.1.
実は,この「面積最小曲面」は「分岐点」と呼ばれるある種の特異点を持つかも知れない.これが「分岐点のない滑らかな曲面」であることは,
R. Osserman (1970)
による「本質的な分岐点がないことの証明」を経て,
R. D. Gulliver II (1973)
による「曲面の表示の仕方からくる特異点がないことの証明」により完全に証明された.
1.3
古典的Plateau
問題の解の一意性さて,存在することはわかった.次に基本的な課題の
1
つは,「1
つの枠を与えたとき,その枠で張られる極小曲面は
1
種類だけだろうか? 」という問題である.閉曲線Γ
に 対して,それで張られる極小曲面(
解と呼ぶ)
の一意性は一般には成立しない(
下図)
し,解の個数が有限であるかどうかすら自明ではない
(
下図)
.実際,この課題は現在でもま だ完全には解決されていない.「完全な解決」が何を意味するかといことすら明らかでな いであろう.2
種類の極小曲面を張る閉曲線の例(
上段)
と3
種類の極小曲面を張る閉曲線の例(
下段)
モンスター曲線:無限個の極小曲面を張る閉曲線
「
1
種類だけ 」なのか,もっとたくさんあるのか,ということは,極小曲面の性質 について調べる時に大変重要になってくる.「解の一意性」について知られている結果で 基本的なものをあげる.定理
1.3.1.
平面内の単純閉曲線∗
,平面閉曲線に十分近い単純閉曲線は,コンパクト極 小曲面をただ1
つしか張らない.(
下図 右)
定理
1.3.2 (T. Rad´ o, 1933).
閉曲線Γ
が平面内の凸閉曲線に1
対1
に直交射影(
また は,中心射影)
されるならば,Γ
で張られるコンパクト極小曲面はただ1
つしかない.(
上図 左)
定理
1.3.3 (J. C. C. Nitsche, 1973).
閉曲線Γ
の全曲率=
Γ
k ds
が4π
よりも小さい ならば,Γ
で張られる円板型極小曲面はただ1
つしかない.ここで,閉曲線
Γ
の全曲率とは,接線の向きの,長さに対する変化率(
曲率と呼ば れる)
をΓ
上で積分したものである.たとえば,半径r
の円については,この円上のど の点においても曲率は1/r
であり,全曲率は2π
である.より一般に,平面内の凸閉曲 線の全曲率は2π
である.上の3
つの定理は,「比較的単純な閉曲線は,極小曲面を1
つ しか張らない」ことを示している.全曲率が約
6π
の閉曲線の例1.4
解の安定性(面積極小か否か)さて,面積汎関数
A
の微分が0
となるような曲面が極小曲面であった.ここで,実数値 関数の極大極小問題を思い出してみよう.たとえば,R
上で定義された関数f (x) = x 3
について,f (0) = 0
であるが,f
はx = 0
において極大値も極小値も取らない.つま り,x = 0
はf
の変曲点である.同様に,面積汎関数A
の微分が曲面X
において0
で あってもX
が面積極小とは限らない.極小曲面X
が面積極小となっているとき,X
は 安定であると言う∗
.つまり,境界を動かさずに曲面を少し変形させた時に面積が最小に なっているような曲面を,安定な極小曲面と呼ぶのである.たとえば,安定でない極小 曲面の形をした石鹸膜が現れたとしても,一瞬の後には安定な極小曲面へと形を変えて∗自己交差をもたない閉曲線.
∗厳密な定義は第
1.4
節で与えるしまう.その意味で,物理的に実現される極小曲面は安定なものだけであると言ってよ い.したがって,極小曲面のうちで安定なものとそうでない
(
不安定な)
ものとを区別す ることは自然である.この問題について,知られている結果を述べよう.同じ枠を張る
2
種類の極小曲面(
懸垂曲面)
.左は安定
(
面積極小)
.右は不安定(
面積極小ではない)
.今,極小曲面
X
上の点P
に対し,P
における単位法ベクトルをν(P )
とする.ν(P )
は空間R 3
内の長さ1
のベクトルだから,それを平行移動して始点がR 3
の原点と一致 するようにすれば,終点は原点中心の単位球面S 2
上の点となる.この点をG(p)
とお こう.すると,G
は極小曲面X
からS 2
への写像を与える.この写像をX
のGauss
写像という.p X
ν(p)
→
G(p)
S
2定理
1.4.1 (J. L. Barbosa-M. do Carmo, 1976).
コンパクトで向き付け可能な極小曲面
X
のGauss
写像の像の面積が2π
よりも小さいならば,X
は安定である.単位球面
S 2
全体の面積は4π
であることに注意しよう.定理1.4.1
から,極小曲面 の法線方向の変化があまり大きくなければ安定であることがわかる.したがって,極小 曲面の十分小さい部分は安定である.一方,任意の数
a ∈ (2π, 4π)
に対し,Gauss
写像の像の面積がちょうどa
であるよ うな不安定な極小曲面が存在する.では,Gauss
写像の像の面積がちょうど2π
である ような極小曲面は,安定か不安定かどちらであろうか?
M. Koiso (1984)
は,このよう な極小曲面が安定であるか否かを(
特別な場合を除き)
決定した.この結果を用いること により,たとえば,ぎりぎり面積極小でない極小曲面の具体例を無限にたくさん構成す ることができる.下図の曲面は,それ自身は面積極小でないが,その一部(
どの部分で も,どんなに小さな部分でもよい)
を削り取れば面積極小である,という意味でぎりぎ り面積極小でない極小曲面である.x = u cos v + 1
4 u 2 cos(2v ) − 1
3 u 3 cos(3v) − 1
8 u 4 cos(4v)
y = − u sin v − 1
4 u 2 sin(2v) − 1
3 u 3 sin(3v) − 1
8 u 4 sin(4v) z = u 2 cos(2v ) + 1
3 u 3 cos(3v) 0 ≤ u ≤ 1, 0 ≤ v ≤ 2π
ぎりぎり不安定な極小曲面
(M. Koiso, 1984)
この極小曲面の
Gauss
写像は半球面の上への1
対1
写像であるので,定理1.4.1
によ り,その任意の真部分集合は面積極小である.一方,この曲面全体については,面積汎 関数の2
階微分(第2
変分という)は0
であり,第3
変分が0
でないような曲面の変形 の方向があるので,面積極小ではない.第3
変分の計算及び具体例の構成には,上述のWeierstrass-Enneper
の表現公式(3)
が用いられる.1.5
安定な極小曲面の個数3
次元ユークリッド空間R 3
内の単純閉曲線Γ
に対し,Γ
で張られる円板型極小曲面が一 意的であるための十分条件のいくつかを第1.3
節で紹介した.また,解が2
つ以上ある 例,3
つ以上ある例も紹介した.では,解が2
つ以上ある場合に,解の個数が境界Γ
の 性質を用いて表せるであろうか?
この問いに対する解答を筆者は知らない.次の有限性 定理を知っているだけである.定理
1.5.1 (M. Koiso, 1983). R 3
の凸領域の境界上にある滑らかな単純閉曲線は,安定 で自己交差をもたない円板型極小曲面を高々有限個しか張らない.定理
1.5.1
証明の方針は次のとおりである.Γ
を定理の仮定を満たす閉曲線とし,Γ
で張られる安定で自己交差をもたない円板型極小曲面全体を
S 0
とする.S 0
がコンパク トであることと,S 0
の各点が孤立点であることが示せる.このことより,S 0
が有限集 合であることがわかる.次の問いに対する解答は,一般にはまだ得られていない.
問
1.5.1.
解の個数が境界Γ
の性質を用いて表せるか?
1.6
平均曲率一定曲面に対するPlateau
問題与えられた枠で張られる平均曲率一定曲面について調べるという問題も,自然で興味深 い.この問題は,平均曲率一定曲面に対する
Plateau
問題と呼ばれる.以下では,平均 曲率一定曲面(surface with constant mean curvature)
を,CMC
曲面と略記する.ま た,平均曲率が一定でH
の曲面をCMC-H
曲面と書く.CMC
曲面に対するPlateau
問題の解の存在と一意性については,極小曲面の場合と は異なる状況がある.まず,存在については次のことが知られている.Γ
を半径R
の閉 球に含まれる単純閉曲線とする.このとき,| H | ≤ 1/R
なる任意の実数H
に対し,Γ
で 張られる円板型CMC-H
曲面が存在する.解の一意性については,一般には成立しない.実際,
| H | < 1/R
ならば,Γ
で張られる円板型CMC-H
曲面は少なくとも2
つ存在する.たとえば,
Γ 0
を単位円としよう.すると,| H | < 1
なる任意の実数H
に対し,Γ 0
で 張られる半径1/ | H |
の球面帽子∗
が2
つ存在する.これらはCMC- | H |
である.また,Γ 0
で張られるCMC-1
曲面は,半径1
の半球面のみである.さらに,| H | > 1
なる実数H
に対しては,Γ 0
で張られる円板型CMC-H
曲面は存在しない.同一の円で張られる
3
つの球面帽子ところで,円
Γ 0
で張られる極小曲面は,Γ 0
が囲む円板だけである.Γ 0
で張られるCMC
曲面は球面帽子だけであろうと予想するのは自然だが,実際はそうではない.3
以 上の任意の整数g
を種数†
にもつ解が存在する.しかしながら,比較的単純な解は球面帽 子に限ることが知られている.中でも次の2
つの結果は基本的である.定理
1.6.1 (M. Koiso, 1986). Γ 0
をR 3
内の単位円とし,Γ 0
を含む平面をΠ
とする.X
はΓ 0
で張られるコンパクトで自己交差をもたないCMC-H
曲面(H = 0)
とする.もしも
X
がΠ
におけるΓ 0
の外部と交わらないならば,X
は球面帽子である.定理
1.6.2 (L. Al´ıas-R. Lopez-B. Palmer, 1999).
円で張られる円板型CMC-H
曲面(H = 0)
であって安定なものは,球面帽子に限る.∗球面の部分集合を球面帽子と呼ぶ.
†種数
g
の解とは,円板にg
個の把手を付けたものの表面を滑らかに変形させてできる曲面であって,Γ
0を境界にもつものである.自己交差してもよい.Figure 1: Delaunay
曲面(
平均曲率一定回転面)
.左から,球面,円柱,懸垂曲面,un- duloid
,nodoid
.1.7
一般化上では,主として,
3
次元ユークリッド空間内の1
つの単純閉曲線で張られる極小曲面 について述べた.この問題の一般化として,次のような問題が考えられる.[1]
境界条件や空間を一般化する.(i) 2
つ以上の単純閉曲線で張られる極小曲面について調べる.(ii)
一般のn
次元ユークリッド空間や一般のRiemann
多様体内の曲面や超曲面につ いて調べる.[2]
汎関数を一般化する.(i)
「面積+
重力エネルギー」の臨界点について調べる.(ii)
「非等方的表面エネルギー」(
曲面の各点で,法線の向きに依存するエネルギー 密度を考え,その曲面全体での和(
積分)
をエネルギー汎関数とする)
の臨界点について 調べる.(iii) (i), (ii)
以外にも,自然現象と密接に関連するさまざまな汎関数が考えられる.(iv)
「曲面が囲む体積を保つ変分にたいする」上述の汎関数の臨界点について調べ る.たとえば,「曲面が囲む体積を保つ変分に対する面積の臨界点」は平均曲率一定曲面 である.2
平面曲線の曲率この節では,平面曲線の曲率の定義を与え,「平面曲線はその曲がり具合によって形が決 定する」ことをみる.標準的な事柄であるので,この節及び次節を飛ばして,第
4
節に 進んでいただいてもよい.ベクトルは通常縦ベクトル
p
q
を意味するが,面積の節約のために横ベクトル
(p, q)
で代用することも多い.内積の記号は,
を用いる.平面曲線
γ(s) = (x(s), y(s))
が| γ (s) | ≡ 1
を満たすとき, 弧長表示 されていると いう.このとき,a ≤ s ≤ b
間の長さはb
a
x (s) 2 + y (s) 2 ds = b
a | γ (s) | ds = b
a
ds = b − a
となる.(それが弧長表示といわれる理由.)このとき
γ (s) = (x (s), y (s))
は単位ベクト ルで,その方向角θ(s)
を用いてγ (s) = (cos θ(s), sin θ(s))
と表示される.方向角の微 分θ (s)
を曲線γ(s)
の(
符号付き)
曲率κ(s)
という.γ (s) =
− sin θ(s) · θ (s) cos θ(s) · θ (s)
= θ (s)
− sin θ(s) cos θ(s)
であるから,
| κ(s) | = | γ (s) |
がなりたつ.問
2.0.1.
半径r
の円の曲率を求めよ.補題
2.0.1.
平面曲線の曲率は平行移動と回転(
行列式が正の直交変換)
で不変である.直線に関する対称変換では
− 1
倍される.Proof.
平行移動ではθ
は変わらない.正の回転ではθ
は定数だけ変化する.直線に関する対称変換では
c − θ(s)
が新しい方向角となる.このように,曲率は合同変換で不変な量である.もっと強く,曲率は曲線を特徴づけ る量であることがわかる.
定理
2.0.1. a ≤ s ≤ b
上定義され,弧長表示された2
つの曲線γ 1 (s), γ 2 (s)
を考える.もし,
γ 1
がγ 2
に正の合同変換(
平行移動と回転の合成)
で重なり合えば,γ 1
とγ 2
の曲 率は等しい.逆に,γ 1
とγ 2
の曲率が等しければ2
つの曲線はある正の合同変換で重な り合う.Proof.
前半は上の補題で示した.逆を示す.γ 1
とγ 2
に平行移動と回転を施しても曲率は変わらないから,
γ 1 (a) = γ 2 (a) = (0, 0), γ 1 (a) = γ 2 (a) = (1, 0)
であると仮定してよ い.そのとき,曲率が等しいことからθ 1 (s) ≡ θ 2 (s)
であり,またθ 1 (a) = θ 2 (a) = 0
で あるからθ 1 (s) ≡ θ 2 (s)
となる.よって,任意のs
においてγ 1 (s) = s
a
cos θ 1 (s) cos θ 1 (s)
ds = s
a
cos θ 2 (s) cos θ 2 (s)
ds = γ 2 (s)
問
2.0.2.
曲率が定数となる曲線は円または直線であることを示せ.問
2.0.3.
長さL
の閉曲線γ(s)
γ(L) = γ(0), γ (L) = γ (0)
について,その曲率の積 分
L
0
κ(s) ds
は2π
の整数倍であることを示せ.この整数を閉曲線の 回転数 という.また,回転数が
0
となる曲線の具体例を与えよ.次に,弧長表示されていない曲線
γ(t)
の曲率についての公式を与えておく.定義域 上の各点t
で,γ (t) = 0
であることを仮定する.(そのような曲線を正則曲線 という.)γ
の弧長表示を考えて,曲率の定義を使うことにより,κ = | γ | −3 γ × γ , e 3 , | κ | = | γ | −3 | γ × γ | .
が示せる.ただしここで,
×
はR 2
をR 3 = R 2 × R
に自然に埋め込んだときの外積で あり,e 3 := (0, 0, 1)
である.問
2.0.4.
放物線: y = x 2
および楕円: x 2 /a 2 + y 2 /b 2 = 1
について曲率の最大と最小を 求めよ.問
2.0.5.
螺線: (x, y) = e t (cos t, sin t)
と(x, y) = t(cos t, sin t)
について曲率を求めよ.t → ∞
のときに曲率はどうなるか.3 R 3
内の曲面の曲率この節では曲面の曲がり具合を記述する量として第
1,
第2
基本形式を導入し,曲面の曲 率を定義する.この節も,前節に続き標準的な事柄であるので飛ばして,第4
節に進ん でいただいてもよい.式を短くするために,添え字を多用し,
Einstein
の規約: x i y i :=
i x i y i
を用いる.すなわち,上下に
1
つずつ同じ添字がある時には,和を表す記号が書かれていなくて も,和をとるものとする.
また,
δ i j :=
1, i = j
0, i = j δ ij :=
1, i = j 0, i = j
とおく(
クロネッカーのデルタ)
.R 2
の閉領域D
からR 3
へのC ∞
級写像(
何回でも偏微分可能な写像)
X : D → R 3 , X(u) = (x 1 (u), x 2 (u), x 3 (u)), u = (u 1 , u 2 ) ∈ D
が「はめ込み」であるとは,