• 検索結果がありません。

Nathaniel Hawthorneの"Tales of the Puritans" : 使用可能な過去としてのピューリタン時代史

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "Nathaniel Hawthorneの"Tales of the Puritans" : 使用可能な過去としてのピューリタン時代史"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Nathaniel Hawthorneの"Tales of the Puritans" : 使用可能な過去としてのピューリタン時代史

著者 森本 康敬

雑誌名 Core

号 34

ページ 89‑107

発行年 2005‑03‑15

権利 同志社大学英文学会Core編集部

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015067

(2)

Nathaniel Hawthorneの"Talesof the Puritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 89 

N  a t h a n i e l  Hawthorne の T a l e so f  t h e  P u r i t a n s 押 :

使用可能な過去としてのピューリタン時代史

森 本 康 敬

はじめに

N athaniel Hawthorne (1804‑64)が初期の創作段階においてピューリタ ン時代史を題材に作品群を書き連ねたことはよく知られている事実である。

ニュー・イングランドの地方作家として作家業を開始するにあたって Hawthorneは、郷土史としてのピューリタン時代をその作品内に取り込む という創作方法をとったのだが、それは 1830年代当時のアメリカにおいて ピューリタン時代史は一地域の過去であることを越えた特別な意味をもちえ たからだ、ったといえるO ピューリタン時代史の「使用可能な過去」として の範型性について、 StephenCarl Archは以下のように指摘している。

For writers in the 1820s and beyond, the Puritans  supplied a  creative irritant' ,a site where national destiny and character could  be analyzed and debated.  Suddenly, the seventeenthcentury past  became usable.  (Arch

, 

108) 

領土拡張や奴隷制などの諸問題を通して南北聞の対立が徐々に顕在化し始 め、連邦分裂( secession")の危機が迫りつつあったこの時期にあって、

アメリカが直面していたのは国家的一体感をいかに取り戻すかという時代要

(3)

90  Nathaniel HawthomeのTalesof the Purins"使用可能な過去としてのピューリタン時代史 請であった。来たりくる南北戦争の予兆を感じ取りながら、 Hawthorneを 含めたジャクソン時代の作家たちは、地域差を超えた歴史的一体性が収殺す

る起源を求める形で、自分たちの共通の過去としてのピューリタン時代へ向 かったのである。本稿では、 Talesof the Puritans"として総称される作品 系列中の一作品 TheGray Champion"に焦点を当てて、ニュー・イングラ ンドの地方作家としてHawthorneがいかにしてピューリタン時代を再構築 し、分裂の危機を迎えていたアメリカに収束のヴイジョンを与えようとした のか、という問題を考察してみる。1

1. 

The Gray Champion"は語り手の以下のような興味深い語り出しととも に始まるO

There was once a time, when New‑England groaned under the actual  pressure of heavier wrongs

, 

than those threatened ones which  brought on the Revolution. (9) 

この部分で語り手が回顧の眼差しで振り返っている時代背景( Therewas  once a time")は1689年のBostonにおける反乱であるのだが、語り手によ ると、このときにニュー・イングランド古来の「自由

J

ゃ「信仰

J

のありか た( ourliberty,"our religion")は深刻な危機にさらされ、「私人としての 権利

J

(the rights of private citizens")は探聞されたという(9)。ここでい う「それよりもっと過酷な権利侵害を実際に受けて岬吟した

J

(the actual  pressure of heavier wrongs")というのは、 JohnLockeのいう自然権への

(4)

Nathaniel Hawthorneの"Talesofthe Puritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 91  不当な侵害を暗示していると読みえようO この白熱権の確保こそは独立宣言 の思想的礎として革命を正当付ける根拠となったものであり、上の引用部分 における独立革命への言及がある種の意図されたアナクロニズムとして読み 手に示唆してくるだろうように、語り手はBostonにおける反乱の延長線上 に革命を念頭においていることがわかるO 語り手は明らかに革命後 (post‑ revolution)の位相から握り返って自由アメリカの歴史を語りなおそうとし ている。繰り返される our"という人称が指すのは、語り手の同時代である 1830年代アメリカの読者であり、語り手は連邦全体の規模で想定されたそ の読者に対して国家の起源という共通の過去を語ろうとしているのである。

このような愛国的なレトリックは作品を通して支配的であるということがで きるO

物語本体は反乱の象徴的空間である Kingstreet"を舞台にして展開して いくoWilliam IIIが王位纂奪の計画に乗り出したといううわさに反応した 植民地の人々の反乱を恐れた統治者たちは、自らの圧倒的な力を見せ付ける ことで植民地における専制政治を確固としたものにしようと、 King‑

street"を軍事行進することに決める。ここでも語り手は King‑street"とい う空間がやがて果たすこととなる歴史的象徴性を指摘することを忘れない。

Kingstreet

which was destined to be the scene

, 

nearly a hundred  afterwards, (jf another encounter between the troops of Britain, and  a people struggling against her tyranny."同

「宿命づけられていた

J

(destined")という語が示すように、この King‑

street"という空間の前景化を通して語り手は予弁法的にBostonにおける

(5)

92  Nathaniel Hawthorneの"TalesoflePuritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 反乱を革命の予兆としてとらえる視点を提供する。語り手のこの重層化され た視点を経由することで、 King‑street"はー植民地都市の地名であること を超えて、国家の起源が物語られる場として機能するのであるO King‑

street"に集まったのは巡礼の父祖たちの魂を未だ忘れていないピューリタ ンたちであり、他方には軍事力を誇示している「ニュー・イングランドの不 俣戴天の敵ども

J

(the bitterest foes of New‑England"同)と呼ばれてい る専制的な統治者連中がいた。迫り来る血なまぐさい惨劇から Bostonの 人々を救うことになるのは、突如として国家起源が物語られる場に登場する

ことを許された、古きピューリタンの装束を身にまとった一人の威厳ある老 人である。この老人の正体は「その昔、国王自身の行進を止めたこともござ る

J

(I have staid the march of a King himself, ere now." (63))という言葉 の中に見つけることができる。場所も時代も変更を加えられているとはいえ、

この部分で物語が準拠しているのはMassachusettsのHadleyで1675年に 起こった 血1ge1of Hadley"伝承として知られている出来事である。

語り手の重層化された視点を通して語られてきた国家の起源の物語におい て、 お1ge1of Hadley"伝承はいかなる役割を果たすのだろうか。ここで、

歴史的事実としての お1ge1of Hadley"伝承がHawthorneの同時代である 19世紀アメリカにおいてどのように受け止められてきたかを確認する必要 がある。 KingPhilip's War"の最中である 1675年にさかのぼって辺境の町 Hadleyはインデイアンの襲撃を受けたのだが、そのとき突如として威厳に 満ちた風情をたたえたある老人が現れ、町の人々を鼓舞するだけでなく自分 もその先頭に立って闘い、敵の襲撃から町を守ったO しかしながら、

Hawthorneの作品内における theGray Champion"の造型と同様に、突如 としてこの iHadleyの解放者」は町から姿を消してしまうO この不可思議

(6)

Nathaniel HawthorneTalesofthe Puritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 93  な現象を説明することができなかった人々は驚きの中に取り残されたとい う。さて、このときの rHadleyの解放者」とは、実は清教徒草命期のイギ リスで1649年にCharleIを処刑した59人の高等法院判事たちの内の1人 で、 1660年のCharles11による王政復古後にニュー・イングランドの Hadleyに逃亡を余儀なくされたWilliamGoffeであると考えられている。

この rregicide =玉殺しの判事」はHawthorne以前にもスコットランド人 作家SirWalter ScottやJames Fenimore Cooperなどによって作品化され てきたモチーフであるが、ここで注目したいのはこの「王殺しの判事

J

をア メリカ革命の本質と結び付けて捉える視点がHawthorneの同時代にはすで に存在していたという点であるO 伝承譜が独立への前哨として読み解かれて きたこの事情については、 MarkL. Sargentが次のように指摘している。

During the Romantic era, American writers treated the 'Angel of  Hadley' legend as a study of revolution and religious zealotry

, 

a  meditation on the Puritan antecedents of the American War of  Independence." CSargent 432) 

Hawthorne版 お1ge1of Hadleダ'伝承である TheGray Champion"の中 でも、この「玉殺しの判事」という人物類型は革命の精神 (theRevolutio nary Mythos)の象徴という当時のコンヴ、エンションをなぞる形で利用され ている。象徴的なのは、物語の終罵部分において前景化される語り手の介入 的な声である。

[…

whenever the descendants of the Puritans are to show the spirit 

(7)

94  Nathaniel Hawthorneの"Talesof the Purit即日;":使用可能な過去としてのピューリタン時代史

of their sires, the old man appears again.

ヵ 。

語り手によると、「王殺しの判事

J

が再ぴ姿を現したのは具体的には1770年 のBosn大虐殺、 1775年のLexingtonの戦い、 BunkerHillの戦いといっ たような革命へと至る重要な節目であったというO ここにおいて、「王殺し の判事

J

は「自由

J

という御旗を掲げた革命の精神の象徴として、時代を超 えた普遍性を与えられていることがわかるO イングランドの出自である「王 殺しの判事

J

は、アメリカの土壌において「自由の擁護者

J

としてのアイデ

ンテイティを獲得したのだ。さらに、語り手は以下のように続けるO

But should domestic tyranny oppress us, or the invader's step pollute  our soil, still may the Gray Champion come. (1カ

この語り手の予言的な言葉は直ちに、ピューリタン時代史を1830年代アメ リカという現在に連結することを可能にするO 危機の時には何度でも現れる

「王殺しの判事」という象徴を通して、自然権として平等に与えられた自由 のための革命という精神は未来においても失われることはない、ということ を語り手は予言しているのだ。

むろんこれら愛国的な語り手の声はHawthorneによる創作であるのだ が、語り手が「私は聞いています

J

(1 have heard")と付け加えているよ うに、その典拠を民衆の声に仮託していることに注意したい。ピューリタン 時代から革命期に受け継がれた「自由」という精神を物語る Angelof Hadley"伝承が、民衆の記'憶に根付いていることを腕曲ではあるがはっきり

と宣言しているのである。まさにこの語り手はWalter Benjaminがいう

(8)

Nathaniel HawthorneのTalesof the Puritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 95  the story teller"的要素を持っているということができるだろうO

Benjaminによると、「物語作者

J

(Erzahler)とは古い形式に保存されてい る「経験の伝達可能性

J

を救い上げる役割を担う存在である。

The story teller takes what he tells from experience‑his own or  reported by others. And he in turn makes it the experience of those  who are listening to his tale. (Benjamin, 87) 

よく知られているように、 Hawthorneの語り手はしばしば民間伝承や噂話 に物語の起源を求める素振りを見せるo (Some reportedヘ Others soberly affirmedヘ Butall agreedヘ 1have heard"など)。共同体によっ て共有された経験を繰り返し語る (Benjaminは retelling"と呼ぴ、

Hawthorneが twicetold"と呼ぶ行為)という語りの戦略を通して、この

「物語作者j的語り手は聞き手に Angelof Hadley"伝承を自らの直接的経 験として受容させることを可能にするのである。このように、 Hawthorne は語りの愛国的レトリックを通してピューリタン時代史の一事象である

Angel of Hadley"伝承を国民の起源が刻み込まれた物語として語りなおし ている。

2 . 

今まで見てきたような「革命後的j な語り手の愛国的レトリックがあまり にも前景化されているので見落とされがちぢはあるのだが、同時代的な植民 地の人々の視点を経由することで「王殺しの判事

J

の違った側面が浮かび、上 がってくるO 奇妙なことだが、植民地の人々を描く際、語り手のトーンは先

(9)

96  Nathaniel Hawthorneの"Talesofthe Puritans":使用可能な過去としてのピユ}リタン時代史 に見た愛国的レトリックとは違った色合いを見せる。作品において本来的な ピューリタン的気質として挙げられているのは、 thesober garbヘ the general severity of mienヘ thegloomy but undismayed expression"、 the scriptural forms of speechヘそして theconfidence in Heaven's  blessing on a righteous cause"など少なくとも肯定的響きのみを帯びてい るわけではない一連の言い回しである例。 Hawthorneが他の作品でもしば

しば描くように、これらの気質は時として狂信的な攻撃性を内に秘めるO

Indeed it was not yet time for the old spirit to be extinct; since there  were men in the street, that day, who had worshipped there beneath  the trees

, 

before a house was reared ωthe God

, 

for whom they had  become exiles.  Old soldiers of the Parliament here too, smiling  grimly at the thought, that their aged arms might strike another  blow against the house of Stuart.  Here also

, 

were the veterans of  King Philip's War, who had burnt villages and slaughtered young  and old

, 

with pious fierceness

, 

while the godly souls throughout the  land were helping them with prayer.  Several ministers were  scattered among the crowd, which, unlike all other mobs, regarded  them with such reverence, as if there were sanctity in their very  garments. (1功

このように、植民地の人々による暴動( mobviolence")の危機は間近に迫 っており、横民地の家父長的存在である前総督SimonBradstreet自身が

「子供たちょ…無分別なことをしてはいけない。大声で叫ぴたてずニュー・

(10)

Nathaniel HawthorneのTalesof the Puritans";使用可能な過去としてのピュ}リタン時代史 97  イングランドの安寧のために祈りなさい、そして神がこの事態に対しなした まうことを辛抱強くお待ちなさい!

("My children

, 

• • • do nothing  rashly. Cry not aloud, but pray for the welfare of New.England,and  expect what the Lord will do in this matter!" (12))となだめなければならな いほどであった。もはや彼らは、今よりももっと自治と自由を享受していた かつての旧勅許状( OldChter")時代のように、「父のごとき国王への愛」

that filiallove" (9)をもって母国に忠誠を誓うことをしなかったのであるO

引用中の mobs"という言葉が示すように、植民地民衆を支配していたのは 放玲な攻撃性なのであるO

暴徒と化した植民地の人々に対して自分たちの一体性回復の必要を認識さ せたのが「王殺しの判事JであるといえるO 植民地の人々が自己認識に至る 場面は注目に値するo

r

ああ、万軍の主よ卜日あなたの僕のために戦士をお 遣わしください!

(Oh!  Lord of Hosts

, 

• • • provide a Champion for thy  people!"帥)という言葉に呼応するように「王殺しの判事」は King‑

street"に突如現れ、かつてイングランド王を断頭台に送ったように、今回 もまた抑圧的な統治者連中の行進を止めた。もちろんこのなぞの戦士の正体 は植民地の人々の知るところではないのだが、「身内のぞくぞくするような 興奮が群衆をとらえました

J

(A tremulous enthusiasm seized upon the  multitude."同)というように、この場面において植民地の人々は情動の部 分に何らかの強い促しと方向づけを受けていることがわかる。そして、その ような感化はやがて「ニュー・イングランドの解放」というヴイジョンを 人々に抱かせるに至る( Theyraised a shout of awe and exultation

, 

and  looked for the deliverance of New‑England."同)。植民地の人々にとって

この「ニュー・イングランドの解放」というヴイジョンは、日の前にいる抑

(11)

98  Nathaniel HawthorneのTaloftheP'itans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 圧的な統治者の打倒ということによってのみ達成させられるべきものであっ た。その証拠に彼らは何かに愚かれたように攻撃性をむき出しにしているO

But his [the Gray Champion'sl voice stirred their souls.  They  confronted the soldiers, not wholly without arms, and ready to  convert the very stones of the street into deadly weapons.  Sir  Edmund Andros looked at the old man; then he cast his hard and  cruel eye over the multitude, and beheld them burning with that  lurid wrath, so difficult to kindle or quench. (16・・7)

この場面において「王殺しの判事」は植民地の人々を結束させ、植民地の未 来に明確なヴイジョンを与える仲介者として機能しているといえるだろう。

「玉殺しの判事」の仲介者的機能を経由することで、植民地の人々は「抑圧 的な宗主国に対する暴力的抵抗

J

という急進的で攻撃的な原則に裏付けられ た、「ニュー・イングランドの解放」という新しい共通の未来像を抱くこと ができたのであるO

Frederick N ewberryによると、「王殺しの判事

J

という使い古されたモ チーフには暗に悪魔的で好戦的な属性が結び付けられてきたという。さらに Newberryは、本作 TheGray Champion"の中で、「王殺しの判事」と彼 によって導かれた植民地の人々の本質的な信仰心の欠如と悪魔的な側面を強 調する CNewberry,57)。先に見たように、語り手によって「革命後」の位 相から再造型されたときの「自由の擁護者」的「王殺しの判事」像において はそのような悪魔的側面は希薄であった。しかしながら、革命以前の植民地 の人々にとってGrayChampionは、「王殺し」という言葉本来にひめられ

(12)

Nathaniel Hawthorneの''Talesof the Puritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 99  た支配/被支配関係の転覆という急進的なヴイジョンをこそ体現する象徴的 人物なのであるoGray Championと植民地の人々の両者は抑圧的な過去か らの解放、すなわち支配/被支配関係の転覆、というその一点において親和 性を持:つといえるだろう。

Donald Peaseが negativefreedom"という言葉で示唆するように、革命 以前のアメリカはイングランドとの連続性として捉えられた過去、いわばみ ずからのイングランド的過去がはらむ抑圧性からの決別という意味で「自由」

を定義していた。否定することそれ自体が自己同定の手段として機能してい たのである 3"The Gray Champion"に登場する植民地の人々にとってもま さにこの negativefreedom"こそが自らのアイデンティティを再確認する 唯一の根拠であるといえるoGray Championに付与された「王殺しj に潜 む支配/被支配関係の転覆のヴィジョン、そしてイングランド人としての過 去と決別しアメリカにやってきた「逃亡者」としての「王殺し」像は、革命 以前の植民地の人々の心象を代弁する象徴として作品内で機能しているO 革 命後の位相から語りなおされたときに見えてくる「自由の擁護者」としての 側面とは違い、革命以前的な植民地の人々の視点を経由したときに際立つて くるのは、狂信的であり攻撃的な転覆のヴイジョンをむき出しにする

negative"な側面なのである。

3 . 

これまで見てきたように、 Angelof Hadley"伝承は国家の起源の物語と いう性格を持ちながらも、革命以前と以後というこつの位相からとらえられ たときに、全く違った側面を見せることがわかる。作品内に並列された二つ の「王殺しの判事」像、すなわち革命以前的な狂信的転覆者像と革命後的な

(13)

100  Nathaniel Hawthomeの"Talesof the P'Itans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 自由の擁護者像は、そのままに革命以前/後の歴史記述方法のあり方として も認めることができるo Sargentが指摘するように、 19世紀における「王 殺しの判事」伝承は2つの異なった視点を持ったテクストをその出自として いるO 一つは、史実の忠実性において最も権威があるとされていたThomas HutchinsonのHistoryof Mαssαchusetts  (1765)であり、もう一つが、

Hutchinsonに反論する形で書かれた、独立革命の熱心な支持者EzraStiles  によるHistoryof Three of the Judges of King Chαrles 1 (I794)である。

「代表なくして課税なし」で知られる印紙法の衝撃が走った革命前夜の 1765年、 Hutchinsonは本国イギリスの国王によって任命されマサチューセ ッツの副総督の任にあった。国王派の彼は「王殺しの判事」という宗教的熱 狂ゆえに祖国を追放になった人物の伝承を、「自由の息子

J

(sons of liberty) 

と名乗り暴力的に抵抗をした植民地人に対する警告の寓話として利用し、植 民地と本国イギリスとの関の諦いを緩和しようとした。(ちなみに、ボスト ンにおける印紙法反対闘争の中でHutchinsonの邸宅は暴徒と化した植民地 の人々によって襲撃を受けている)。それとは対照的に、フランス革命の最 中である 1793年に執筆途中であったStilesは、この「王殺しの判事

J

の伝 承をアメリカとフランスにおける自由への革命を擁護するものとして、当時 流 布 し て い た 民 間 伝 承 を 取 り 入 れ な が ら 、 仕 立 て 上 げ た の だ っ た 。 Hawthorneが「王殺しの判事」を構想したとき、おそらくはこの二つのテ ク ス ト の 存 在 を 意 識 し て い た は ず だ と 考 え ら れ る O というのは、

HawthorneはHutchinsonのHistoryof MαssαchusettsをtheSalem  Athenaeumから1826年と 1829年の二回借り出しているし、またStilesに

よって再解釈され当時広く浸透していた民間伝承に書き込まれた「王殺しの 判事」解釈は明らかに語り手の戸に反映されているからである。

(14)

Nathaniel HawthorneTalesofthe Puritans":使用可能な過去としてのピユ}リタン時代史 101  HutchinsonとStilesという二人の歴史家による「王殺しの判事j像は革 命以前と以後におけるアメリカの歴史観を反映していると考えられるo

Hutchinsonによってとらえられたのは、イングランドからの決別という negative freedom"をこそ自らのアイデンテイテイの拠り所とし、暴力的 な抵抗をも辞さない革命以前のアメリカであった。「玉殺しの判事

J

に導か れた植民地の人々のように、彼ら植民地の人々を支配していたのは「過去と の決別=自由」という理想への狂信的な追従であった。しかしながら、

Peaseの言うように、対抗すべきイングランドという過去が無くなってしま った革命以降のアメリカにおいては、かつてアメリカに国家的一体感のヴイ ジョンを与えた決別の論理は国家を揺るがす危険な論理以外の何者でもなか った。なぜなら、革命が生み出した決別を正当化する論理は人々に深く根付 いていて、それは後に南北戦争という国家の分裂に至る危機を字んでいたの だから。4

Stilesを経てHistoryof the United Stαtes  0834‑74)を書いた歴史家 George Bancroftに至る革命以降の歴史記述が字んでいる重要な問題の内の 一つは、アメリカにおける国家アイデンテイテイの危機をいかにして解決す るか、という点であったとも言えよう。 Bancroftはイギリスによる植民地 的専制から独立、そして現在に至るアメリカの歴史を、過去との決別として negative"に定義するのではなく、自由の実現に向かう一貫した自己展開の 歴史という図式の中でとらえることで、そこにアメリカの自己正当化の根拠 を提示した。ロマン派の歴史家として文学的素養に長けていたBancroftに よって、アメリカ史はある種の「収束の幻影」を与えられたのだ。5そのと きに 血1ge1of Hadley"伝承というピユ}リタン時代史はアメリカに国家的 一体感を与えるための格好の題材となりえたのである。自由の擁護者として

(15)

102  Nathaniel Hawthorneの'Talesof the Puritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史

「王殺しの判事」を革命神話の中に再構築することを通して、 Angelof  Hadley"伝承はピューリタン時代から現在、そして未来へと続く国民の歴史 を「自由の自己展開の歴史」という新たな図式の中に収束させるための根拠 となったのだ。

本作 TheGray Champion"においても、その物語構造にBancroftの収 束のレトリックとの類似を指摘することができるだろう。作品を思い出して いただきたい。ここで注目すべきはこの作品があくまでも 1830年代的視点 から語られているという事実である。植民地の人々によって演じられる「イ

ングランド的過去からの決別」という革命以前的物語は、特に冒頭部分と終 罵部分において前景化される語り手の声によって、革命後的「自由の自己展 開の歴史

J

という枠組みの中で語りなおされていた。民衆の記憶を出自とし ているという語り手の声は、イングランドとの決別をも自由の自己展開とい う進歩的歴史の中の一事象にすぎなかったとして国家の歴史の語りなおしを 行っているのである。幾度となく読者に向かつて「私たち

J

と語りかけてい るように、語り手は共通の過去としてのピューリタン時代史に思いをはせる ことを通して、自分たちもまたこの自由の自己展開の歴史の中にいるという 国家的一体感を取り戻そうとしたのである。このように、 "TheGray  Champion"において、 Hawthorneもまたアメリカが苧んでいたアイデンテ イティの危機に答えを与えようとしたと言えるO

4. 

HawthorneとBancroftはともに同時代にあってアメリカが抱えていた自 己正当化( selflegitimation")の危機の問題に取り組んだ。そのときに彼 らが取った方法とはどューリタン時代史をアメリカの起源としてとらえ、過

(16)

Nathaniel HawthorneTalesof the Puritans"使用可能な過去としてのピューリタン時代史 103  去と現在のつながりを確認することによって、国家が収束しうるようなヴイ ジョンを生み出すというものであった。文学作家と歴史家はともに想像力を 介すことによって、「収束の幻影」を創造することができたのであるO ただ し、ニュー・イングランドの地方作家として作家業を始めたという点は Hawthorneに独自の視点から国家の歴史を書く必然性を与えた。産業化時 代に移行しつつあった 1830年代において、文学作品は商品として文学市場 なるものを形成していたのであるが、このような市場経済の枠組みの中では 読者の期待にそうことが作家性( authorship")成立の条件であった。しか しながら、自己利益追求という産業化時代の新たなる理念の背後に潜む攻撃 的な自己利益至上主義の可能性は、作家Hawthorneにとっては何より身近 な自己正当化の危機として理解されていたに違いない。自己利益至上主義が 蔓延する産業化時代にあって読者とのつながりを確認すること、すなわち作 家性を確立することはニュー・イングランドの地方作家として作家業を開始

したHawthorneに課せられた課題であった。

作家性の開題はHawthorneの創作方法に多大な影響を与えているO ジャ クソン的民主主義の信奉者であったBancroftがアメリカに国家的一体感を 与えるような「国家の物語

J

(national naative")を構想したとき、そこ には政治的な意味合いが濃厚であったo 一方、ニュー・イングランドの地 方作家として作家業を始めた当時のHawthorneにとって、「国家の物語」

を書くという行為は作家性確立のための戦略でもあった。ニュー・イングラ ンドの地方作家Hawthorneの出版の事情については、 JohnMcWilliams  が近著で以下のように指摘しているO

The importance to Hawthorne of his tale about 1689, 'The Gray 

(17)

104  Nathaniel Hawthomeの"Talesof the Puritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 Champion,' cannot be understood apartomhis desire to publicize  himself as a New Englandαuthor prepared to represent‑not shyly  withdraw from‑the accepted historical attitudes of his time.  (McWilliams, 137) 

「国家の物語」におけるニュー・イングランドという一地方の役割を位置づ けるような「地方の物語

J

(local narratives")を書くことによって、

Hawthorneはニュー・イングランドの「物語作者」という作家性を確立し ようとしたのであるo

ニュー・イングランドの地方作家としてHawthorneがどのように自身を

「売り込んだ

J

(publicize")のか、もう一度 TheGray Champion"のテク ストを振り返ってみる必要がある。 Twice‑told11αlesの巻頭を飾るこの The Gray Champion"は、文字通り二度三度と語りなおされた物語であるO

目すべきは、同じように「王殺しの判事jを扱ったSirWalter Scottの Preuαil  of the Peαk (1822)の中では具体的に「王殺しの判事

J

の1人 Richard Whalleyとされ、 James Fenimore CooperのTheWept of Wish‑ Ton‑Wish (1829)の中では Subjection"という名前が与えられているにも かかわらず、 Hawthorneの TheGray Champion"においては匿名にされ ているということである。匿名にすることによってHawthorneが「王殺し の判事」をより象徴的な存在として描いていることについては本稿の中で既 に触れた。ただし、以下の引用からもわかるように、作品内の「王殺しの判 事

J

はニュー・イングランドという土地柄において、過去と現在を結ぶとい

う象徴的役割を果たすとされているO

(18)

Nathaniel HawthomeのTalesof the Puritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 105  for he is the type of New Englαndhereditαryspirit; and his shadowy  march, on the eve of danger, must ever be the pledge, that New‑

England's sons will vindicate their ancestry.  (My italics, 18) 

この部分はBancroftの歴史記述には見られないHawthorne独自の創作で ある。 Bancroftが「王殺しの判事Jを国家収束の政治的装置である「国家 の物語」中に位置づけ地方色を希薄にしたのに対し、ここでは「王殺しの判 事」は「ニュー・イングランドに代々伝わる精神の典型

J

(the type of  New England's hereditary spirit")として、ニュー・イングランドの地方 色が色濃く付与されているのであるo

r

王殺しの判事」をニュー・イングラ ンドに土着化させることを通じて、地方作家Hawthorneはニュー・イング ランドという一つの「地方の物語」が「国家の物語」に収数しうるという可 能性を示唆したのであるO

*本稿は、 2004年10月31日、同志社大学英文学会2004年度年次大会にお いて行った口頭発表を基に、大幅に加筆修正を加えたものであるO

1. Tales ofthe Puritan"というタイトルはMichaelColacurcioのTheProvince  ofPieかの中の章題からである。

2.以後、 TheGray Champion"からの引用はTheCentenary Editionにより、

括弧内にはページ数のみを付す。なお、日本語訳は園重純二氏の訳を参考にした。

3.  PeaseはVisionαryCompactsの中で theRevolutionarmythos"が生み出し た否定による自己正当化( selιlegitimation")の論理に言及している。

4.  Peaseは特に南北戦争前夜という視点から、AmericanRenaissanceの作家た

(19)

106  Nathaniel Hawthorneの"Talesofthe Puritans":使用可能な過去としてのピューリタン時代史 ちがいかにして selflegitimation"の危機において culturalagreement"を共 有しうる作品を書こうとしたのか、を論じているO

.ロマン派時代における歴史記述と文学的想像力の相互関係については、 David L,巴vinHistoηαsRomαnticArt:Bαncroft, Prescott, Motley,αndPαrkmαn 中で詳細に論じている。 They[the New England historiansl

ncentrated on  literary techniqueinterest' and effect not only becaustheyhad been  literary men before they became historians, but also because they believed  that the recreation of the Past requires imaginative and literary skill." 

(Levin9) 

6.  Jonathan AracBancroftnationalnarrative"を以下のように定義して いる。

[Bancroftl conceived his task to resemble that of a primitive bard.  He  wanted to articulate what his people already knew and believed and had been  telling each other, but to give it  a shape and scope that would include as  much of the story as possible, more than could be directly known by any  single person or local tradition, and that would thumakepossible the  continuation ofthe people, their knowledge, and their story." (Arac, 623) 

引用文献

Arac, Jonathan. Narrative Forms." The Cαmbridge HistOTッofAmericαn  Literαture: Prose Writing 1820‑1865. ed. Sacvan Bercovitch. Cambridge: 

Cambridge UP, 1995. 

Arch, Stephen Carl.Romancing the Puritans: American Historical Fiction in  the 18208ESQ39(1993): 10732. 

Benjamin, Walter. The Stoηteller." llluminαtions. ed. Hannah Arendt. New  York: Harcourt, Brace World, 1968. 

Colacurcio, Michael J. The Province of Piety. Cambridge: Harvard UP, 1984.  Hawthorne, Nathaniel.The Gray Champion." Tωice‑Told Tales. William 

(20)

Nathaniel HawthorneTalesof the Puritans":使用可能な過去としてのピュ」リタン時代史 107  Charvat et., Vol.  of The Centenary Edition of The Works of Nathaniel  Hawthorne. Columbus: Ohio State UP, 1974. 

Levin, David.  History as Romantic Art: Bancroft, Prescott, Motley, and  Parkman. Stanford: Stanford UP. 1959. 

McWilliams, John. New England's Crisesαnd Cultural Memory; Literature,  PolitiHistoryReligion, 16201860.  Cambridge: Cambridge UP, 2004.  Newberry, Frederick. Hαwthorne's Divided Loyαlties.  Cranbury: Associated 

University Presses, 1987. 

Pease, Donald E.  Visionαry Compαcts: AmericαRenαtSSαnce Writings in  Cultural Context.  Madison: The University ofWisconsin Press1987. 

Sargent, Mark L. Thomas Hutchinson, Ezra Stiles, and the Legndof  Regicides." WilliαmαndMαryQuαrterly 49 (1993): 43148.

ナサニエル・ホーソーン「白髪の戦士」園重純二訳「ナサニエル・ホーソーン短編 全集1J南雲堂 1994. 

参照

関連したドキュメント

第2表 網代漁場・地先漁場・沖合漁場の特徴と囲い込みコストの関係 網代漁場 (沿岸を分割してできた漁場)

[r]

[r]

社会的なトピックとしての「戦争」とどう向き合うかが問われることになったが、そこで「戦争をモチ

徐々に伴奏も歌も激しさを増していくのだが、曲調が一変するのは « Et la Vérité, et l’Esprit, et la Grace avec son héritage

[r]

2000 年にはプラトンや徳川家康やマンモスが いないだけではなく、 2015 年である今、 2000

Here, we present unique satellite evidence of numerous elevated seabed locations that can potentially accommodate ice rises and rumples embedded in past and possibly