︹書 評 ︺
能 代 市 史 編 さ ん 委 員 会 編
﹃ 能 代 市 史 資 料 編 古 代 ・ 中 世 一 ﹃ 能 代 市 史 資 料 編 中 世 二 ﹄
昨 年 、 待 望 の ﹃ 能 代 市 史 資 料 編 古 代 ・ 中 世 一 ﹄ ﹃ 同 中 世 二 ﹄ が
あ い つ い で 刊 行 さ れ た o い ず れ も 一 〇 〇 〇 頁 を 超 え る 大 部 の 書 で あ り 、
青 森 県 域 の 歴 史 と も 深 い 関 係 の あ る 能 代 市 域 の 古 代 ・ 中 世 関 連 史 料 が 1
覧 で き る こ と に な っ た 。 ま さ に 学 界 の 慶 事 で あ る 。
能 代 市 で は 、 昭 和 三 十 1 年 か ら ﹃ 能 代 市 史 稿 ﹄ (全 七 冊 ・ 年 表 1 冊 ) の
刊 行 が 続 け ら れ 、 さ ら に ﹃ 能 代 市 史 資 料 ﹄ の 刊 行 も な さ れ て き た が 、 そ
う し た 長 い 年 月 を か け て の 地 道 な 作 業 の 上 に 、 こ う し た 立 派 な 市 史 の 刊
行 に 至 っ た も の と 推 測 さ れ る 。 す で に 平 成 七 年 三 月 に は ﹃ 能 代 市 史 資
料 編 考 古 ﹄ が 刊 行 さ れ て お り 、 そ れ も 意 欲 的 な 方 針 で 編 集 が な さ れ て
い た た め 、 学 界 で も 注 目 さ れ て い た が 、 今 回 も ま た 、 こ れ ま で の 自 治 体
史 を 一 歩 踏 み 越 え た も の と な っ て い る 。
さ っ そ く 目 次 か ら 紹 介 し よ う 。
○ 古 代 ・ 中 世 l
第 三 早 古 代 図 版
概 説
第 二 即 律 令 国 家 と 北 方 地 域
第 二 節 律 令 国 家 の 変 質 と 北 方 地 域
第 三 節 王 朝 国 家 と 北 方 地 域
第 四 節 出 土 文 字 資 料
出 羽 国 官 人 表 口 雅 史
第 二 章
図 版
概 説
第 一 節
第 二 節
第 三 節
第 四 節
第 五 節
参 考 資 料 中 世 1
橘 公 業 と 大 河 兼 任 の 乱
胎 動 す る 北 奥 羽 の 世 界
槍 山 安 東 氏 の 成 立
下 国 愛 李 と 槍 山 ・ 湊 両 家 の 併 合
秋 田 実 李 と 豊 臣 政 権
資 料 解 題
中 世 文 書 目 録
資 料 索 引 (古 代 ・ 中 世 )
人 名 ・ 地 名 ・ 事 項 索 引 (古 代 ・ 中 世 ) 人 名 ・ 地 名 ・ 事 項 索 引
○ 中 世 二
図 版
第 三 章 中 世 二
概 説
第 一 節
第 二 節
第 三 節
第 四 節
第 五 節
第 六 節
第 四 章
概 説
第 二 即
第 二 節 秋 田 実 李 の 領 内 支 配 と 太 閤 蔵 人 地
秋 田 実 李 と 南 部 ・ 浅 利 両 氏 と の 抗 争
豊 臣 政 権 へ の 杉 材 運 上
秋 田 領 の 経 営 と 諸 商 品 の 流 通
徳 川 政 権 下 の 秋 田 実 季
秋 田 実 李 と 羽 賀 寺
非 編 年 史 料
第 三 節 軍 記 ・ 記 録
参 考 資 料
中 世 二 文 書 目 録
資 料 索 引 第 三 早 は 古 代 の 史 料 集 で あ る が う ま ず 第 一 節 で ' 能 代 (「 淳 代 」) の 地
名 が 初 め て 史 上 に 登 場 す る ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ 斉 明 天 皇 四 年 の 阿 倍 比 羅 夫 北 征
記 事 か ら 八 世 紀 末 の 平 安 遷 都 の 直 前 ま で ' つ い で 第 二 節 で ' 平 安 遷 都 徳
か ら 九 世 紀 末 ま で ' さ ら に 第 三 節 で 、 1 0 世 紀 か ら 1世 紀 末 の 鎌 倉 慕
府 草 創 の 直 前 ま で を 扱 う O
こ の 時 代 の 自 治 体 史 で は 、 そ の ほ と ん ど が そ う で あ る よ う に 、 当 地
「能 代 」 が 直 接 的 に 史 料 に 登 場 す る の は ' 第 l 節 で 二 度 ' 第 二 節 で 1 度 '
第 三 節 で は 皆 無 と い っ た 具 合 で あ る 。 し か し 回 数 こ そ 少 な く と も 北 方 に
お け る 中 央 政 府 の 蝦 夷 支 配 上 ' 重 要 な 場 面 で 登 場 し て お り ' そ れ を 前 堤
と し て の 出 羽 国 史 が な り た つ 。 ま た 当 時 の 北 方 史 の 流 れ は そ の ま ま 能 代
の 歴 史 の 基 調 で あ ろ う か ら ' 本 書 の よ う に 、 基 本 的 に 出 羽 国 関 係 史 料 集
成 と し て 編 集 さ れ る の は 当 然 の こ と で あ る 。
能 代 市 域 が ' 中 央 政 府 に よ る 律 令 制 支 配 下 に 組 み 込 ま れ て い く 過 程 か
ら は じ ま り ' 九 世 紀 の ' 国 家 史 的 に み て も 一 大 事 件 で あ る (し た が っ て 中
央 の 側 に 多 数 の 記 録 が 残 さ れ た ) 「 元 慶 の 乱 」 を 中 心 と し た 出 羽 国 史 が 濃 密
に 描 き 出 さ れ て い く 。 出 羽 国 に つ い て の 記 事 が 豊 か に な っ て く る の は 、
出 羽 国 の 動 向 が 中 央 に 関 心 を 持 た れ る よ う に な っ た こ と の 証 で も あ り '
こ の よ う な 中 で 起 こ っ た 元 慶 の 乱 は ' 能 代 地 域 や 出 羽 国 の み な ら ず 中 央
政 府 か ら み て も 国 家 的 な 一 大 事 件 で あ っ た 。
た だ 第 三 節 を 「王 朝 国 家 と 北 方 地 域 」 と し て 立 て ' 九 世 紀 と 一 〇 世 紀
と の 間 で 時 期 区 分 し た 点 は 、 い ろ い ろ と 議 論 の あ る と こ ろ で あ ろ う 。
「王朝 国 家 」 と い う 時 代 区 分 論 は、 主 に 中 世 史 研 究 者 の 側 か ら提 起 さ れ
た も の で 、 当 時 の 国 家 体 制 を 基 本 的 に 初 期 封 建 国 家 と 位 置 付 け て 、 中 世
の 側 に引 き つ け て理解 す る立 場 の も の で あ る 。 した が っ て 古 代 史 の 側 か
ら は 必ず しも 全 面的 に 賛 成 す るわ け に は い かな い O ま た 評者 自 身 は こ の
時 期 に 画 期 を 求 め る こ と に は 賛 成 で あ るが 、 古 代 史 研 究 者 だ け で な く 王
朝 国 家 論 者 の 中 で も 、 画 期 に ついて は 異 論 が多 数 あ る 。 本 書 では ﹃ 延書
式 ﹄ の 諸 規 定 が 本 節 に 収 め ら れ て い るが 、 当 然 も っ と 古 代 に 引 き つ け て
理 解 す る 立 場 も あ る 。 も ち ろ ん遠 藤 巌 氏 の よ う に 、 「王朝 国家 」 の 国策
と 北 方 地 域 の 歴 史 動 向 を 密 接 にと ら え る べ き で あ る こ と を 強 く 主 張 す る
研 究 者 も い る が 、 こ の 時 代 に つ いては そ の 他 今 後 に残 さ れ た 課題 も な お
多 い 。 こ う し た こ と を考 え る 時 、 節 の 立 て 方 に は な お 工 夫 が あ っ て も よ
か っ た の で はな か ろ う か 。 せ め て 、 一 般 読 者 に は な お 誤 解 が多 い と 思 わ
れ る 「王 朝 国 家 」 と い う 用 語 に つ い て 、解 説 で 十 分 に 触 れ て は し か っ た
と 田 ・j A つ 。
な お 本 章 で は 、 以 上 の よう な 編 年 の 区分 と は 別 に 、 第 三 節 ま で の 理鰭
を 助 け る も の と し て 、 第 四節 に 出 土 文字 資 料 集 を 割 当 て て い る 。 残 念 な
が ら能 代 市 域 では 木 簡 や 漆 紙 文 書 は末 出 土 で あ り 、 墨 書 土 器 の 出 土 も 少
数 で あ る が 、 平 城 宮 跡 ・ 秋 田 城 跡 ・ 払 田 柵 跡 の 木 簡 や 漆 紙 文書 、 お よ び
市 内 の 遺 跡 か ら 出 土 し た 墨 (刻 ) 書 土 器 を 紹 介 し て い る O 近 年 の 古 代 史
研 究 で は こ う し た 考 古 学 的 発掘 成 果 を踏 ま え る こ と が 必 須 とな っ て い る
か ら で あ る ︹﹀ ただ せ っ か く な らば 、 第 三節 ま で と 同等 の 扱 い に し て 、 詳
細 な 註解 を 付 し て い た だ け れ ば 、 1 股読 者 に も そ の 意 味 が伝 わ っ た ので
は な か ろ う か 。 さ ら に 章 末 に出 羽 国 官 人 表 と し て 、在 任 の 判 明 す る 出 羽 国 司 ・ 陸 奥 也
羽 按 察 使 が ま と め ら れ て い て 、 研 究 の 便 宜 が は か ら れ て い る 。
第 二 章 ・ 第 三 章 では 中 世 を扱 う。 能 代 市 域 の 中 世 を い つ か ら い つ ま で
と 見 る か は 難 し い 問 題 で あ るが 、 本 書 では中 世 史 の 主 人 公 の 叫 人 で あ る
地 頭 に注 目 し て そ の 設 置 か ら 扱 う こ と と し 、 終 末 は 、 秋 田 中 世 史 の 主 人
公 の 一 人 で あ る 安 東 氏 に 注 目 し て 、 そ の 秋 田 に お け る活 動 の 終 末 を も っ
て区 切 る こ と と し て い る 。 中 世 部 分 が 第 二 章 ・ 第 三 章 と 、 文 禄 二 年 前 徳
で 二 つ の 章 に 区 切 ら れ て い る が、 そ れ は 資 料 編 中 世 が 、 製 本 の 都 合 上 か
ら 二 冊 にわ け ら れ た こ と に よ る も の で あ ろ う 。
第 二 章 第 一 節 で は 、 奥 州 合 戦 後 に秋 田郡 湯 河 ・ 環内 ・ 湊 の 地 頭 職 を 与
え ら れ た橘 公 業 の 入部 と 、 そ の 一 方 で の 大 河兼 任 の 乱 を 主 要 な テ ー マ に、
﹃ 吾妻 鏡 ﹄ の 描 く鎌 倉 期 北 奥 羽 の 世 界 を み て い く 。 こ の 時 代 に つ い て も
能 代 市 域 にと っ て の 直 接史 料 は 存 在 し な い が 、 周 辺 史 料 か ら能 代 の 置 か
れ て い た 歴 史 的 環 境 を 描 き 出 し て い る 。 第 二 節 で は 、 やが て 能 代 市 域 と
深 く 関 わ る 安 東 氏 の 、南 北 朝 期 か ら室 町 時 代 中 期 に か け て の 津 軽 に お け
る 動 静 を 中 心 に 見 て い く (︺ 北 奥 羽 に お け る館 の 存 在 や領 主 の 帰 趨 を 紹 介
し 、 ま た 社 会 情 況 と し て 時 宗 や 熊 野信 仰 な ど多 様 な 面 を 描 き 出 し て い く O
こ う し て 能 代 市 域 も 徐 々 に で はあ るが直 接 そ の 姿 を 現す よ う に な る 。 第
三 節 で は、南 部 氏 によ っ て 津 軽 を 追 わ れ た 安 東 氏 が 、 蝦 夷 が 島 を 経 て 檎
山 に 入 る と い う 、 槍 山 安 東 氏 の 成 立 を 中 心 に 、 そ れ 以 前 に 秋 田 地 域 に 入
っ て い た 同族 湊 安 東 氏 と の 桔抗 関 係 や、 津 軽 ・ 南 部 、 越 前 ・ 越 後 、 さ ら
に は上方 と の 交 流 を 含 め た 、 室 町 時 代 後 半 の 動 静 を 描 き 出 す 。 節 の 名 は
単 に 「槍 山 安 東 氏 の 成 立 」 であ る が 、 ﹃ 能 代 市 史 ﹄ で あ る 以 上 ' 槍 山 安
東 氏 に 主 眼 を 置 く のは当 然 と い え 、 内 容 的 に は そ れ を は る か に上 回 る幅
広 い 視 点 に た っ た 叙 述 が 新 鮮 で あ る 。 第 四節 では 、 「下 国 殿 」 愛 李 が槍
山 ・ 湊 両家 を併 合 し、 独 立権 力 と し て 力 を 伸 ば し 、織 田 信 長 や 周 辺 諸 大
名 か ら も秋 田 領 域 を 統 括 す る 権 力 と し て認 知 さ れ て い く戦 国 期 を描 き 出
す 。 こ の あ た り は古 文 書 も 豊 富 で 、 安 東 氏 の 戦 国大 名 化 の 過 程 が た く み
に論 じら れ て い る 。 第 五 節 では' 愛 季 没 後 に そ の 地 位 を 受 け 継 い だ 秋 田
実 李 が 、 豊 臣政 権 下 に お い て 全 国政 権 の 秩 序 の 下 に 位 置 づ け ら れ て い く
動 向 を描 き 出 す 。 太 閤 検 地 に 関 わ る知 行 目 録 な ど の 解 説 も 詳 し く 親 切 で
あ る 。
第 三 章 で は、 秋 田 実 李 の 領 内 支 配 の 完成 か ら 豊 臣政 権 ・ 徳 川 政 権 下 で
の 秋 田 氏 の 動 向 を 、 宍 戸転 封 の 頃 ま で を 中 心 に 扱 っ て い る 。 第 二 章 ま で
は 政 治 動 向 に そ っ た き ち んと した 編 年 体 で あ っ た が 、 こ の 章 は 政 治 構 造
だ け で は な く 社 会 ・ 経 済 構 造 に ま で 踏 み 込 んだ 総 体 的 な 史 料 集 と な っ て
い るた め 、 理解 を 容 易 に す る た め に 内 容 に 応 じ て あ え て 編 年 体 を 一 部 く
ず し て 関連 史 料 を 7 所 に と り ま と め る 体 裁 と な っ て い る 。 こ れ に は 編 集
当 事 者 のかな り の 苦 労 が あ っ た も の と 推 測 さ れ る 。
第 二 即 で は、 実 李 の 領 内 の 支 配 構 造 を 描 き 出 す。 冒 頭 の 「代 官 所 家 中
知 行 高 帳 (写 )」 (市 川 湊 文 書 ) は 、 太 閤 検 地 後 の 秋 田 領 支 配 の 到 達 点 (比
内 の 浅 利 領 を 除 く ) を 示す 貴 重 な も の であ る 。 ま た こ う した 知 行 目 録 や 宛
行 状 の ほ か に 実 李 か ら 秀 吉 に提 出 さ れ た 蔵 人地 の 算 用 状 や ' 実 季 家 臣 の
代 官 所 の 算 用 状 が ま と め ら れ て い る 。 こ れ ら は 従 来 も 伏 見作 事 板 関 係 の
経 費 の 研 究 材 料 と し て 注 目さ れ て き た も の で あ る が 、 こ う し て 集 成 さ れ
た こ と に よ り 、 一 層 の 研 究 の 進 展 が 期 待 さ れ る 。 第 二 節 では ' 実 季 政 檀 を め ぐ る 南 部 氏 と 浅 利 氏 の 動 向 を 描 き 出 す 。 つ ま り第 二 即 と あ い ま っ て 、
実 季 政 権 の 完 成 を 説 明 す る こ と に な る 。 秋 田 氏 に 接 近 し て い っ た南 部 氏
と' あ く ま で 独 立 を め ざ し た 浅 利 氏 の 動 向 と が 対 照 的 に、 か つ 理 解 しや
す く 説 明 さ れ て い る 。 近 年 学 界 で 注 目 さ れ た 「 日 本 の つ き あ い 」 (南 部 梧
直 黒 印 状 ) を 記 す 文 書 も 含 ま れ て い る 。 つ づ く 第 三節 と 第 四節 と で は、
経 済 の 問 題 を 扱 う 。 ま ず 杉 材 の 運上 と そ れ に 深 く 関連 す る 材 木 積 出 港 と
し て の 能 代 湊 の 創 設 を 描 く 。 安 宅 船 ・ 伏 見作 事 板 や 木 材 流 通 の 問 題 に は
じ ま り、広 い 角 度 から の 経 済 環境 の 分 析 に 踏 み 込 ん で い く 。 こ こで は 商
品 形態 ・ 商 人 の 動 向 、 金 融市 場 な ど ' 能 代 に ま つ わ る 様 々 な 経 済 問 題 や 、
さ ら に は 具 体 的 な 庶 民生 活 に い た るま で を 考 え う る 豊 富 な 素 材 が 提 供 さ
れ て い る 。 第 五 節 は 実 李 の 秋 田 領支 配 の 終 蔦 を 描 く も の 。 最 上 義 光 と の
連 携 を 深 め な が ら も 、 関 ケ 原 の 合 戦 に 参 陣 しな い かわ り に 仙 北 で 損 な 役
割 を 演 じ て い た 実 李 の '常 陸 宍 戸 へ の 転 封 に い た る 過 程 が 説 明 さ れ る 0
第 六 節 は 朝 熊 に 塾 居 さ せ ら れ た 晩 年 の 実 李 が 、 そ の 精 神 的 拠 り所 と し て
い た 若 狭 羽賀 寺 と の あ い だ でか わ した 往 復 書 簡 を 中 心 に ま と め ら れ て い
る 。 羽賀 寺 の 再 建 や自 家 の 系 図 作 成 に 情 熱 を 燃 や す 実 李 の 姿 が 如 実 に 描
かれ る 。
第 四 章 は 、 系 図 ・ 縁 起 ・ 軍 記 ・ 記録 な ど 、 後 世 の 編 纂 物 を ま と め て と
り あげ て いる 。 部 分的 に は第 二 章 ・ 第 三 章 で 利 用 さ れ て い る が 、 そ の 場
合 で も 、 理 解 を よ り確 か な も の に す る た め ' 重複 を い と わ ず 全 文 を 掲 げ
てくれ て い る の は あ り が た い 。
第 二 即 では、 秋 田 家 系 図 ・ 安 倍 姓 下 国 民 系 図 ・ 下 国 伊 駒 安 陪 姓 之 豪 語
・ 安 倍 姓 湊 氏 系 図 ・ 野 村 平左 衛 門覚 書 ・ 浄 願寺 系 譜 ・ 浅 利 氏 系 図 と い っ
た 系 図 類 を 収 め る 。 安 東 ・ 秋 田 氏 に つ い て は 非 常 に 多 く の 系 図 が 残 さ れ
て お り 、 他 に も 重 要 な も の が あ る の で あ る が 、 紙 数 の 都 合 で や む を え な
い と こ ろ で あ ろ う 。 つ づ く 第 二 節 で は 、 本 浄 山 羽 賀 寺 縁 起 ・ 羽 賀 寺 縁 起
・ 古 四 王 社 縁 起 ・ 赤 神 山 本 山 縁 起 ・ 八 森 不 動 明 王 記 ・ 房 住 山 昔 物 語 と い
っ た 縁 起 類 を 収 め る 。 こ れ ら の う ち 、 円 仁 伝 説 に ま つ わ る ﹃ 八 森 不 動 明
王 記 ﹄ は 今 回 初 め て 公 表 さ れ た も の 。 第 三 節 で は 、 奥 羽 永 慶 軍 記 ・ 新 罪
之 記 録 ・ 津 軽 一 統 志 ・ 鹿 角 由 来 集 ・ 戸 沢 家 譜 ・ 浅 利 軍 記 と い っ た 軍 記 ・
記 録 類 か ら 、 秋 田 氏 な い し 檎 山 に 関 わ る 部 分 を 中 心 に 抜 華 し て 編 集 さ れ
て い る 。
以 上 の 様 な 内 容 を も つ 本 書 で あ る が 、 手 に し て み て す ぐ に 気 が つ く い
く つ か の 特 徴 が あ る 。
ま ず 「古 代 」 「中 世 一 」 「中 世 T こ の 各 章 と も 、 そ れ ぞ れ の 冒 頭 に 多 数
の カ ラ ー 写 真 図 版 を ま と め て 載 せ て い る こ と で あ る ( 一 部 は 白 黒 写 真 )。 「古 代 」 で は 、 ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ 斉 明 天 皇 四 年 四 月 条 (国 立 公 文 書 館 蔵 本 ) ・
﹃ 続 日 本 紀 ﹄ 宝 亀 二 年 六 月 二 十 七 日 条 (蓬 左 文 庫 蔵 本 ) ・ ﹃ 日 本 三 代 実 録 ﹄
元 慶 二 年 三 月 〜 七 月 条 (宮 内 庁 書 陵 部 蔵 本 ) の 記 事 の 部 分 を カ ラ ー で 載 せ
て い る 。 1 般 市 民 の 方 々 に は 日 頃 あ ま り 接 す る こ と の な い 古 典 籍 を こ う
し た カ ラ ー 写 真 で 提 示 す る こ と に よ っ て 、 能 代 市 域 に 関 す る こ れ ら の 育
代 史 料 が ど の よ う な 形 で 現 在 に 伝 え ら れ て い る の か と い う こ と を 、 視 覚
的 に 理 解 で き る よ う に し て い る 。 「中 世 一 」 「中 世 二 」 で は ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ 文 治 六 年 条 (吉 川 資 料 館 蔵 本 ) と
い っ た 典 籍 の ほ か 、 主 要 な 古 文 書 群 か ら 重 要 な も の を 選 ん で カ ラ ー な い
し 白 黒 写 真 で 提 示 し て い る 。 古 典 籍 と は 異 な っ て 原 文 書 の 場 合 に は 、 カ
ラ ー 写 真 は 読 者 に か な り の 臨 場 感 を 盛 り 上 げ る の に 貢 献 す る 。 と り あ げ
た 文 書 群 と し て は 新 渡 戸 文 書 (岩 手 大 学 蔵 ) や 秋 田 家 文 書 (東 北 大 学 附 属 図
書 館 蔵 ) ・ 熊 野 那 智 大 社 文 書 (同 社 蔵 ) ・ 音 喜 多 文 書 (八 戸 市 音 喜 多 氏 蔵 ) ・ 槍
山 浄 明 寺 文 書 (同 寺 蔵 ) ・ 市 川 湊 文 書 (市 川 市 湊 氏 蔵 ) ・ 南 部 文 書 (盛 岡 中 央
公 民 館 蔵 ) ・ 南 部 家 文 書 (府 中 市 南 部 氏 蔵 ) ・ 羽 賀 寺 文 書 (同 寺 蔵 ) そ の 他 で '
従 来 の 自 治 体 史 と は 異 な っ て か な り の 頁 数 を 費 や し て お り 、 貴 重 で あ る 。
た だ 一 部 の カ ラ ー 写 真 に つ い て は 、 お そ ら く 撮 影 時 の 照 明 の 問 題 で 発 色
に や や 難 が あ り ' ま た 白 黒 写 真 に つ い て は 、 お そ ら く 転 用 に 際 し て 利 用
さ れ た 原 版 の 問 題 で 、 文 書 の 端 が 白 っ ぽ く な っ た り 、 逆 に 暗 く な っ て し
ま っ た り し て い る も の が あ る の が 気 に な る が 、 し か し 美 術 全 集 で は な い
の で あ る か ら 、 そ れ は そ れ と し て 、 古 典 籍 や 古 文 書 の 様 式 ・ 形 態 を 確 認
し た り 、 文 字 を 判 読 す る た め に は 支 障 は な い レ ベ ル の も の と い え る 。 費
用 を 惜 し ま ず こ れ だ け の 量 の 写 真 を 提 供 し た 編 集 担 当 者 ら に 経 緯 を 表 し
た い 。
さ ら に よ り い っ そ う 本 書 を 特 徴 づ け る も の と し て は 、 読 者 層 の 代 表 で
あ る 一 般 市 民 を 念 頭 に お い て 、 か な り の 史 料 に 読 み 下 し 文 ・ 語 句 注 釈 ・
現 代 語 訳 ・ 解 説 を 付 し て い る こ と で あ ろ う 。 こ う し た 試 み は こ れ ま で も
折 に 触 れ て 提 唱 さ れ て き た し 、 そ れ を あ る 程 度 実 行 し た 自 治 体 史 も な い
わ け で は な い が 、 こ こ ま で 徹 底 し て 実 行 し た 自 治 体 史 は 稀 で あ ろ う 。 「古 代 」 編 集 顧 問 の 熊 田 亮 介 氏 が 本 書 に 「市 民 の た め の 資 料 編 」 と し て
一 文 を 、 ま た 古 代 東 北 史 研 究 の 泰 斗 新 野 直 吉 博 士 が 、 本 書 に 投 げ 込 み の
「能 代 市 史 だ よ り 」 に 「市 民 尊 重 の 市 史 」 と い う 一 文 を 寄 せ て い る 所 以
で あ る 。
基 本 的 な 体 裁 と し て は 、 綱 文 番 号 の 下 に 年 月 日 と 綱 文 お よ び 出 典 名 を
記 し ' さ ら に 各 史 料 の 掲 載 に あ た っ て は 、 二 段 組 の 上 段 に 原 文 を 、 下 段
に そ の 読 み 下 し 文 を 配 す る (原 文 が 漢 字 仮 名 交 じ り の 場 合 に は 省 略 さ れ る こ と
も あ る ) 。 ま た 必 要 に 応 じ て 語 句 注 釈 と 現 代 語 訳 を 付 し 、 最 後 に 各 史 料 ご
と に 解 説 を 付 す と い う も の で あ る 。 い さ さ か 版 組 み が 煩 雑 で 、 基 本 と な
る 史 料 本 文 が 埋 没 し て し ま っ て 、 か え っ て 読 み に く い と 思 わ れ な い で も
な い が 、 そ う し た 評 価 は 慣 れ の 問 題 も あ っ て 一 概 に は 言 え ま い
。従 来 の 自 治 体 史 編 集 に 際 し て は 、 資 料 編 の 役 割 は ' 正 確 な 原 文 を で き
る だ け 原 文 書 に 忠 実 な 様 式 で 提 供 す る こ と が 最 大 の 責 務 と さ れ 、 そ こ か
ら さ き の 解 釈 は 読 者 に 委 ね ら れ る こ と が 多 か っ た 。 も ち ろ ん ' 自 治 体 史
と い え ど も 「史 書 」 で あ る こ と は 間 違 い な い か ら 、 正 確 な 史 料 を 提 供 す
る こ と は 当 然 に し て 至 高 の 目 標 で あ る で あ る こ と は 言 う ま で も な い 。 従
来 は こ う し た こ と を 前 提 に 、 資 料 編 を ど う 理 解 す る か は 、 も っ ぱ ら 通 史
編 の 記 述 に 任 さ れ て き た わ け で あ る 。 し か し ひ る が え っ て 考 え る に 、 こ
う し た 姿 勢 は 、 一 般 市 民 の 方 々 の 資 料 編 離 れ を 助 長 し て き た と い う こ と
も 否 定 で き ま い 。 せ っ か く の 資 料 編 で あ る 。 ぜ ひ と も 一 般 市 民 の 方 々 に
も 読 ん で も ら い た い と 思 う の は 編 集 者 の 人 情 で あ っ て 、 こ れ ま で 多 く の
自 治 体 史 編 纂 に 携 わ っ て き た 評 者 と し て も 共 鳴 で き る も の で あ る 。
読 み 下 し を す る こ と も 、 い や そ れ 以 前 に 、 そ も そ も 原 史 料 に は な い 句
読 点 を う つ こ と す ら 、 そ の 担 当 者 の 一 つ の 解 釈 に 過 ぎ ず 、 ま し て や 現 代 語 訳 と も な れ ば 、 そ れ こ そ 本 当 に 正 し い 解 釈 か ど う か 、 異 論 が 多 数 噴 出
す る 場 合 も 想 定 さ れ 、 こ う し た 編 纂 の 在 り 方 に 強 い 批 判 も あ る で あ ろ う 。
一 般 読 者 は 原 文 な ど 読 ま ず に た だ 現 代 語 訳 ば か り を 見 て 、 結 論 が そ こ に
誘 導 さ れ て い っ て し ま う の で は な い か と い う 懸 念 も あ ろ う 。 し か し い ず
れ 通 史 編 執 筆 に 際 し て は 、 そ う し た 作 業 を 経 て 一 つ の 解 釈 に 絞 り 込 ん だ
結 果 を 論 述 し て い く わ け で あ る 。 そ れ を ど の 段 階 で や る か と い う 問 題 に
過 ぎ な い と も 言 え る っ 原 文 校 訂 が 正 確 に な さ れ 、 印 刷 時 の 校 正 が 行 き 届
い て い る こ と さ え 確 認 さ れ れ ば 、 本 書 の 様 な ス タ イ ル も 容 認 で き る と 評
者 は 思 う 。 む し ろ 今 後 の 自 治 体 史 資 料 編 の 一 つ の モ デ ル と し て 多 く の 自
治 体 史 編 纂 関 係 者 に 本 書 を 手 に と っ て も ら い た い と 思 う 。 ま た こ の ス タ
イ ル だ と ' な ぜ こ れ ら の 史 料 が 採 用 さ れ た の か が 明 瞭 に な り 、 総 体 と し
て 地 域 史 が 見 え て く る よ う な 構 成 も 十 分 に 可 能 で ' 一 般 市 民 の 郷 土 研 究
に 無 限 の 可 能 性 を 与 え て い く 効 用 も あ る よ う に 思 わ れ る 。
さ ら に 細 か く 見 て い く と 、 こ う し た 編 集 上 の 英 断 と も い う べ き ス タ イ
ル が と ら れ て い る せ い か 、 読 み 下 し 文 自 体 に つ い て も 、 な お 多 く の 配 慮
が な さ れ て い る こ と に 気 が つ く 。 ル ビ が 多 用 さ れ る と と も に ' 史 料 本 文
中 の 用 語 の 引 用 に つ い て は カ ギ か っ 二 が 丁 寧 に 付 さ れ て い る こ と も 注 目
で き よ う 。 た だ し ル ビ に つ い て 言 え ば 、 ど う も 全 体 の 編 集 方 針 と し て '
原 史 料 に ル ビ が あ っ た 場 合 に は 、 そ れ を 徹 底 的 に 生 か す 方 向 で 作 業 が な
さ れ た ふ し が あ る
。ま た そ れ に と も な っ て 読 み 下 し に 際 し て も 、 そ の 影
響 が 見 ら れ る 箇 所 が あ る 。 こ の ス タ イ ル に つ い て は 今 後 な お 検 討 し て い
く 必 要 が あ ろ う 。 ま た そ も そ も 読 み 下 し 文 の 作 成 の し か た は 、 き わ め て
オ ー ソ ド ッ ク ス な 伝 統 的 文 語 文 で あ る 。 読 み 下 し 自 体 す で に 原 史 料 か ら
の 解 釈 に な っ て い る わ け で あ る か ら ' 原 史 料 さ え 忠 実 に 翻 刻 さ れ て い れ
ば 、 読 み 下 し 部 分 は ' む し ろ も っ と 口 語 的 な ス タ イ ル を と る 試 み が な さ
れ て し か る べ き で は な い か と も 思 わ れ た 。 こ こ ま で 先 進 的 な 試 み を 実 施
し て き た 本 書 な の だ か ら ' こ う し た 点 に つ い て も ' 今 後 ' 何 ら か の 新 し
い 試 み を 期 待 し て い き た い O
ま た こ れ ま で の 長 い 研 究 の 積 み 重 ね に よ っ て ' 史 料 解 釈 が 落 ち 着 い て
い る も の も 多 く あ る こ と は 言 う ま で も な い 。 現 代 語 訳 ま で し て も 問 題 な
い 史 料 も 多 数 あ る の で あ る 。 本 書 に つ い て 言 え ば 、 津 軽 ・ 能 代 地 域 も 含
め て 九 世 紀 の 東 北 史 上 、 最 大 の 反 乱 と も 言 え る 元 慶 の 乱 に つ い て ' そ の
一 連 の 膨 大 な 史 料 の 詳 細 な 解 釈 の 提 示 は 注 目 さ れ る 。 こ う し た ス タ イ ル
の 自 治 体 史 で は ' 各 史 料 の 担 当 者 の 力 量 が そ の ま ま 示 さ れ て し ま う わ け
で ' か え っ て 引 き 締 ま っ た 叙 述 が 期 待 で き る と こ ろ で あ る O
ま た 二 冊 を 通 じ て の 圧 巻 は 千 葉 県 市 川 市 湊 学 氏 所 蔵 の 市 川 湊 文 書 の '
初 め て の 体 系 的 な 紹 介 で あ ろ う 。 こ れ ま で も 個 々 の 研 究 論 文 で い く つ か
引 用 さ れ ' ま た 中 世 部 分 に つ い て は ﹃ 千 葉 県 史 料 中 世 篇 諸 家 文 書
補 遺 ﹄ ﹃ 秋 田 市 史 8 中 世 史 料 編 ﹄ な ど に あ る 程 度 ま と ま っ て 紹 介 さ れ
た こ と も あ っ た が ' 史 料 群 と し て の 本 格 的 な 紹 介 は 本 書 が は じ め て で あ
ろ う 。 能 代 市 域 に と ど ま ら ず 秋 田 領 を 含 め て の 研 究 の 進 展 に 多 大 な 貢 献
が な さ れ る こ と が 期 待 さ れ る 。
ま た 巻 末 の 詳 細 な 索 引 も ' こ の 資 料 編 を 繰 り 返 し 活 用 す る 際 に は 至 便
な 道 具 で あ る こ と こ の 上 な い 。 難 読 語 に は 索 引 の 中 で も 読 み 方 が 付 さ れ
て い る っ 例 に よ っ て l 般 市 民 に 対 し て の 十 分 な 配 慮 で あ る o 通 史 編 に 索
引 が 付 く こ と は 珍 し く な い が ' 資 料 編 の 場 合 に は ' 前 述 の よ う に 、 語 句 の 区 切 り 自 体 が 解 釈 で あ る と い う こ と も あ っ て ' や は り こ れ ま で は 付 さ
れ な い こ と が 多 か っ た 。 し か し こ う し て い ざ 付 せ ら れ て み る と 、 こ ん な
便 利 な も の は な い と い う の が 実 感 で あ ろ う 。
最 後 に ' 以 上 の 様 な 画 期 的 な 自 治 体 史 で あ っ て 、 先 進 的 な 試 み に 取 り
組 ん で い る が ゆ え に 気 に な る ' い く つ か の 点 を 挙 げ て み た い o 従 来 通 り
原 史 料 の 提 示 だ け に と ど ま っ て い れ ば ' こ う し た 問 題 は 生 じ な い の で あ
る が 、 し か し せ っ か く の 英 断 で こ う し た 書 が 刊 行 さ れ た か ら に は ' 私 ど
も 研 究 者 も 真 筆 に そ れ に 応 え る 必 要 が あ ろ う 。
も っ と も こ れ だ け の 大 著 で あ る の で ' 熟 読 し て 詳 細 に 吟 味 す る に は な
お 多 く の 時 間 を 要 す る 。 こ こ で は 現 時 点 に お い て 評 者 が ざ っ と 一 瞥 し て
気 づ い た こ と の 一 部 だ け を 紹 介 す る に 留 め た い 。
そ れ は 主 に 近 年 の 研 究 史 と ' 語 句 注 釈 ・ 現 代 語 訳 な い し は 解 説 の 部 分
と の 敵 齢 の 問 題 で あ る o た し か に 自 治 体 史 は ' 学 界 の 最 新 の 成 果 を ' ま
だ 定 説 と し て 定 着 し な い う ち に 取 り 込 む 必 要 は な い と い う 意 見 も あ ろ う 。
伝 統 的 に 人 口 に 胎 英 し て き た 古 典 的 学 説 を 踏 ま え て 書 く の が 無 難 で あ る
こ と は も ち ろ ん 承 知 し て い る 。 た だ ま だ 発 表 さ れ て そ う 目 が 立 っ て い な
い 学 説 で あ っ て も 、 既 に 大 方 の 了 承 を 得 て い る よ う な 場 合 ' あ る い は 樵
拠 が 明 白 な 場 合 に は 、 従 来 の 旧 説 を 捨 て る こ と も 必 要 で あ る と 思 う 。 ま
た こ う し た 詳 細 な 解 説 を 付 け る 以 上 は ' 単 に そ の 史 料 の み か ら 得 ら れ る
結 論 で は な く ' 他 の 関 連 史 料 と の 甑 酷 や ' そ れ に よ る 解 釈 の 変 更 の 可 能
性 に も 言 及 し て い た だ け れ ば 、 読 者 と し て 安 心 し て 読 む こ と が で き る 。
以 下 に い く つ か 具 体 的 な 例 を 挙 げ て 考 え て み た い 。
○ 宇 佐 美 平 次 実 政 の 死 去 に つ い て (史 料 S )
こ の 人 物 に つ い て ' 通 説 で は ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ に 「被 討 取 」 と あ る の を 根 拠
に ' 注 釈 に あ る よ う に ' 大 河 兼 任 の 乱 で 戦 死 し た と さ れ て い る 。 し か し
実 政 は 後 の 史 料 に 姿 を 見 せ る の で 、 こ れ は お そ ら く 誤 報 で あ る 。 同 じ こ
と は 橘 公 業 の 場 合 に も 言 え る 。
○ 宇 曽 利 鶴 子 洲 か 、 宇 曽 利 ・ 鶴 子 別 か (史 料 60 Cg )
安 藤 (東 ) 氏 に 関 す る 根 本 史 料 で あ る ' ﹃ 諏 方 大 明 神 画 詞 ﹄ や 「安 東
師 季 願 文 」 (こ こ で は 宇 楚 里 鶴 子 遍 地 ) に 見 え る 右 掲 の 地 名 に つ い て は ' 学
界 で も 議 論 が あ る が ' 本 書 で は 前 者 を と り ' 後 者 に は ま っ た く 触 れ て い
な い 。 し か し こ れ が 安 藤 (東 ) 氏 の 旧 領 に 関 わ る 地 名 で あ る こ と か ら す
れ ば ' 下 北 の 宇 曽 利 を 指 し て い る 可 能 性 は 否 定 L が た く 、 そ の こ と に も
触 れ て ほ し か っ た 。 ま た 本 書 で は ' ﹃ 諏 方 大 明 神 画 詞 ﹄ に つ い て は 焚 舜
本 を 底 本 に し て い る が ' こ れ は 権 祝 本 を 底 本 に す べ き で は な か っ た か 。
こ の 問 題 の 箇 所 に つ い て も ' 「安 東 師 季 願 文 」 と の 比 較 か ら 見 て 、 権 祝
本 に あ る よ う に 「宇 曽 利 鶴 子 別 」 と お こ し た 方 が よ さ そ う で あ る 。
○ 歴 史 的 地 名 と 現 地 名 (夏 料 S )
語 句 注 釈 に あ た っ て ' 歴 史 的 地 名 を 現 在 の ど こ に 比 定 す る か と い う 問
題 に は ' 常 に 困 難 さ が 伴 わ れ る O ま た そ の 表 現 に も い ろ い ろ 難 し い 問 題
が あ る 。 例 え ば こ の 史 料 の 注 ( 2 ) で ' 「鼻 和 郡 船 水 楯 = 鼻 和 郡 は 現 中
津 軽 郡 Q し か し 船 水 楯 は 現 弘 前 市 に 含 ま れ る 」 と い う よ う な 表 現 は 誤 解 を 招 か な い だ ろ う か
。こ れ だ け 市 域 が ひ ろ が っ た 現 時 点 に お い て は ' 当
時 の 郡 を そ の ま ま 現 在 の 郡 に お き か え る の は 問 題 が あ ろ う 。 あ る い は 常
識 で は 弘 前 市 は 中 津 軽 郡 で は な く 南 津 軽 郡 が 主 体 だ と い う 配 慮 が あ っ た
の か も し れ な い が ' い ず れ に し ろ 、 注 釈 を 付 け る 場 合 に は ' 現 弘 前 市 ○
○ と 市 の 下 の レ ベ ル ま で お ろ せ ば 問 題 な い と 思 う 。
○ 合 戦 奉 行 安 藤 太 師 季 は な に も の か (史 料 71 )
本 書 で は ' 南 北 朝 期 の 津 軽 の 争 乱 の 舞 台 に 登 場 す る 安 藤 太 師 李 に つ い
て ' 何 者 か わ か ら な い と し て い る が ' こ の 人 物 に つ い て は 早 く 遠 藤 巌 氏
な ど の 研 究 が あ り ' 鎌 倉 末 期 の 安 藤 氏 の 内 乱 で あ る 津 軽 大 乱 に お い て 勝
利 し た 安 藤 宗 李 の 子 息 高 李 で あ り (北 条 高 時 か ら の 一 字 拝 領 )' 後 に 尊 氏 方
に つ い た 時 に 、 尊 氏 執 事 高 師 直 か ら ' 「師 」 の 一 字 を 拝 領 L t 名 を 改 め
た の だ と さ れ て い る 。 こ の 解 釈 が 妥 当 で あ る と 思 う 。
○ 夷 千 島 王 を め ぐ っ て (史 料 1‑4 )
夷 千 島 王 が 何 者 で あ る の か に つ い て は ' 今 後 な お 慎 重 に 検 討 し な け れ
ば な ら な い 。 そ の 史 料 と し て は ﹃ 朝 鮮 王 朝 実 録 ﹄ が あ る が ' そ の 解 説 で 、 「韓 国 国 史 編 纂 委 員 会 刊 の ﹃ 朝 鮮 王 朝 実 録 ﹄ と い う 影 写 本 が あ り 」 と あ
る の は 疑 問 。 他 に も あ る が 本 書 の 解 説 で い う 「影 写 本 」 と い う 用 語 に は '
注 意 が 必 要 で あ る 。
ま た 夷 千 島 王 を 九 州 北 部 の 者 と 見 る 長 節 子 論 文 に つ い て は ' 解 説 文 に
引 く も の よ り も ' 「夷 千 島 王 道 叉 の 朝 鮮 遣 使 を め ぐ っ て I u 」 (九 州 産 業 大 ・
学 国 際 文 化 学 部 紀 要 一 ㌧ 二 )' 「朝 鮮 へ 遣 使 し た 「夷 千 島 王 」 の 王 名 ‑ 遊 又
・ 遺 文 ・ 避 又 I 」 (﹃ 西 南 地 域 史 研 究 ﹄ 一 〇 ) の 方 が 適 切 。
○ 屋 形 と い う 用 語 (史 料 1‑7 他 )
本 書 で は 「屋 形 」 に つ い て 、 「館 、 す な わ ち 居 館 を さ す が 、 こ こ で は
そ こ に 住 む 領 主 を い う 」 と い う き わ め て 一 般 的 な 定 毒 づ け を し て い る 。
し か し こ の 「屋 形 」 は 「御 所 」 と と も に 、 当 時 の 家 の 格 式 を 示 す 重 要 な
語 で あ り 、 そ う し た 点 を ふ ま え た 的 確 な 語 句 注 釈 や 解 説 が な い と ' 史 料
が 生 き て こ な い の で は な い か 。
○ 北 奥 の 葛 西 氏 (史 料 ∬ 他 )
本 書 で は 、 北 奥 地 域 の 葛 西 氏 に つ い て 、 著 名 な 葛 西 の l 族 が 出 羽 の 北
部 に 進 出 し た と い う 記 録 は な い と し て 、 深 入 り を 避 け て い る が 、 し か し
北 奥 地 域 に は 「葛 西 木 庭 袋 伊 予 守 」 の 記 録 は あ ち こ ち に で て く る 。 そ う
し た 記 録 と の 関 連 性 を 重 視 す る と 、 北 奥 に お け る 葛 西 氏 の 評 価 が 変 わ っ
た も の に な っ た の で は な い か o
O 安 藤 (東 ) 氏 関 係 の 系 図 類 (史 料 1‑8 以 下 )
秋 田 家 系 図 に は 、 秋 田 氏 の 直 系 の 子 孫 に 伝 え ら れ た も の と 、 本 書 で 底
本 と し た 東 北 大 学 の も の ' さ ら に 羽 賀 寺 所 蔵 の も の (実 李 か ら 来 雄 法 印 へ
贈 ら れ た も の ) な ど が 重 要 で あ る 。 そ う し た も の を す べ て ふ ま え て 本 書 の
編 集 に 当 た れ ば 、 さ ら に 使 い や す い 史 料 に な っ た も の と 思 わ れ る O
ま た 下 国 系 の 系 図 に つ い て は 、 本 書 で 検 討 の 対 象 と し て い る も の の 也
に な お 北 海 道 立 文 書 館 な ど に 多 数 架 蔵 さ れ て い る の で 、 そ れ ら と の 校 合
が 重 要 に な っ て く る 。 い く つ か 文 字 の 違 い が あ る の で 、 さ ら に 慎 重 な 検
討 が 必 要 で あ ろ う 。
な お ﹃ 下 国 伊 駒 安 陪 姓 之 家 譜 ﹄ に つ い て は 、 解 説 で は ﹃ 音 喜 多 文 書 ﹄
に 含 ま れ る と す る が 、 八 戸 湊 家 文 書 7 七 通 の う ち ' 音 喜 多 氏 が 保 管 す る
の は 二 通 の み で あ り 、 こ の 系 図 を 含 め て 六 通 が 現 在 は 行 方 不 明 で あ る 。 ま た こ の 、 江 戸 時 代 初 期 で 主 要 な 記 載 が 終 っ て い て 、 直 接 に は 近 世 八 戸
藩 南 部 家 中 湊 家 の 部 分 の 系 譜 を 含 ま な い 系 図 が 、 八 戸 湊 家 に 存 在 し た の
は 、 八 戸 湊 家 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ を 示 す た め の も の で あ っ た と 思 わ れ る
が 、 そ れ ゆ え 原 本 は 松 前 家 中 の 下 国 家 側 に あ っ た 可 能 性 も 高 い 。 既 述 し
た よ う に こ の 系 図 と 同 系 の 写 本 は 北 海 道 に 多 数 あ る 。 文 字 に も 若 干 の 出
入 が あ り 、 既 述 し た よ う に 他 の 諸 本 と の 校 合 を し っ か り と ふ ま え て ほ し
かっ
た 。
○ ﹃ 新 羅 之 記 録 ﹄ の 底 本 に つ い て (史 料 EM )
本 書 の 解 説 で は 、 奥 尻 島 の 松 前 家 が 所 蔵 す る 原 本 と 思 わ れ る も の が 、
現 在 見 ら れ な い た め に ' そ れ を も と に し た 函 館 図 書 館 所 蔵 の 写 本 を 底 本
と し て ﹃ 新 北 海 道 史 ﹄ に 収 め ら れ 、 本 書 で も そ れ を 利 用 し た と あ る が 、
﹃ 新 北 海 道 史 ﹄ の 段 階 で は ま だ 原 本 の 閲 覧 が 可 能 で あ っ た 。 写 真 も 非 公
開 な が ら 道 立 文 書 館 に 架 蔵 さ れ て い る 。 函 館 図 書 館 本 で は な く 、 ﹃ 新 北
海 道 史 ﹄ 本 を 底 本 に 翻 刻 す べ き で は な か ろ う か o
O 秋 田 藩 家 蔵 文 書 の 底 本
周 知 の ご と く 、 秋 田 藩 家 蔵 文 書 に は 臨 写 本 ・ 樋 口 本 ・ 東 大 史 料 編 纂 所
謄 写 本 の 三 つ が あ る 。 こ れ ま で 刊 行 さ れ た 秋 田 県 内 の 自 治 体 史 で は 、 秦
臣 側 に 原 文 書 が 現 存 し て い な い 場 合 に 、 必 ず し も 臨 写 本 に よ ら ず に 編 慕
さ れ て い た こ と が 学 界 で 問 題 視 さ れ て き た 。 本 書 の 資 料 解 題 で も ' そ う
し た こ と を ふ ま え て 、 近 年 の 市 村 高 男 氏 あ る い は 伊 藤 勝 美 氏 ら に よ る 秩
田 藩 家 蔵 文 書 の 取 扱 い に つ い て 正 当 な 指 摘 を し た 重 要 な 論 考 を 引 い て 解
説 が な さ れ て い る 。 し か し な が ら 、 い ち い ち の 指 摘 は 避 け る が 、 本 書 に
翻 刻 さ れ た 秋 田 藩 家 蔵 文 書 の 文 字 中 に は 、 臨 写 本 で は な く 樋 口 本 に 一 致
す る 文 字 が 散 見 さ れ る の が 気 に な る 。 秋 田 藩 家 蔵 文 書 中 に は 、 能 代 市 域
に 関 わ る 重 要 文 書 が 多 数 含 ま れ て い る 。 あ る い は 臨 写 本 か ら お こ す 際 に 、
偶 然 、 樋 口 氏 と 同 じ 誤 読 が な さ れ た の か も し れ な い が 、 よ り 慎 重 な 取 級
い が 望 ま れ る 。
○ 書 状 類 の 編 年 に つ い て の 問 題 (市 川 湊 文 書 を 中 心 に )
本 稿 7 で 紹 介 し た よ う に 、 本 書 は 基 本 的 に は 編 年 体 で の 編 纂 が な さ れ
て い る 。 そ の 場 合 に 、 編 纂 上 も っ と も 困 難 を き わ め る の が 、 戦 国 期 に な
っ て 史 料 が 増 加 す る 書 状 の 類 の 年 次 決 定 で あ る 。 書 状 に は 月 日 の み が 記
さ れ 年 次 が 記 さ れ な い の が 原 則 で あ る か ら 、 内 容 や 書 式 ' 人 物 の 肩 書 き
な ど を も と に ' 的 確 な 年 代 比 定 が 求 め ら れ る 。 特 に 政 治 史 の 解 明 の た め
には、