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現代フランス歌曲の可能性

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現代フランス歌曲の可能性

―オリヴィエ・メシアンの歌曲を中心に 大 原 宣 久

1.はじめに――フランス文学と歌曲

フランス文学と音楽の関係、とりわけ歌曲―クラシックの独唱声楽曲―

について考えてみたい。

周知のようにフランスでは19世紀、ドイツ歌曲にやや遅れを取るかたちで、

文学(詩)におけるロマン主義の勃興に合わせてロマン派(ロマン主義)の作 曲家がさかんに歌曲を作るようになり、やがて高踏派や象徴派の詩にも多くの 曲がつけられて、世紀後半にフランス歌曲は黄金時代を迎えることとなる。詩 人としては、ゴーチエ、ユゴー、ルコント・ド・リール、そしてボードレール やヴェルレーヌらの詩が好んで取り上げられ、作曲家としてはグノーやベルリ オーズから始まり、フォーレやドビュッシーが競うようにフランス詩に曲をつ けていった時代である。

文学と音楽が共鳴しながらともに進化し、発展していった、いわば両者の蜜 月時代である。言葉そのものの響き、つまりは音楽性を追求したヴェルレーヌ らに対し、フォーレやドビュッシーは、大森晋輔のいうように「象徴詩が蓄え た富を存分に汲み取り、音楽という形でそれに存分に応答し得た作曲家だっ た」1 といえるだろう。

20世紀に入ると、初頭から前半にかけては、引き続きフォーレやドビュッシー に加え、ラヴェル、ルーセル、プーランクらあらたな面々が歌曲の分野で活躍 し、それまで好まれてきたような文学的な定型詩にとどまらない多様な詩・テ クストに曲がつけられるようになる。

しかしその後―アポリネールやジャコブ、エリュアールといったほぼ同時 1 大森晋輔『フランスの詩と歌の愉しみ』、東京藝術大学出版会、2012年、52頁。

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代の詩人の詩に、戦後に至ってもわかりやすい調性音楽の曲をつけたプーラン クという稀有な存在もあるが―、無調音楽からいわゆる現代音楽への潮流が 芸術音楽のなかで主流となっていくと、一部では文学的なフランス詩(現代詩)

に現代的な音楽をつけた曲も存在するものの、その数は19世紀~ 20世紀初頭 に遠く及ばず、音楽と詩の距離は広がってしまったと言わざるを得ない状況に なる。

とはいえ世界的に見ても、けっして20世紀以降音楽と文学が乖離していった わけではあるまい。ただ、2016年にボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞し た事実が象徴するように、クラシック音楽が詩的・文学的言語との結びつきに おける特権的地位を失い、20世紀後半以降はその座をロックやラップなども含 めたポピュラー音楽に譲ったのだといえるだろう(プーランクにしろサティに しろ、あるいは武満徹にしろ、歌曲となるとポピュラー音楽に寄っていく傾向 は顕著だ)。

以上は揺るぎのない事実かもしれないが、それはそもそもなぜだったのかと いう疑問が本論の出発点である。答えは明白? たしかに、筆者のような音楽 の素人でも簡単に答えが推察できるところはある。

すなわち、20世紀以降芸術音楽の側が複雑化、難解化する傾向が強まるのと 同時に、詩においても多くの場合、定型が破壊されて自由詩が主流となったこ とで、両者を融合させるのが困難になったということだ。

しかし、本当にそれだけで説明がつくだろうか。そうだとするなら、さまざ まな詩的テクストから着想を得たピエール・ブーレーズや、アンリ・デュティ ユーらの歌曲の実践、さらに、文学的価値の高いオリジナルの詩に曲をつけた オリヴィエ・メシアン、彼らの作品は、いかにして困難を乗り越えたのか、そ の先にどのようなあらたな価値や意義が生起したのだろうか。

もちろん、本稿でこうした大きなテーマを論じきることは筆者の能力・知識 の限界もあり到底できないし、さらに筆者は音楽の専門家ではないため、音楽 的・音声的な分析もほとんどできない。しかし、たとえば文学的観点から歌詞 を分析し、そこに音が付随することの効果を考察するなど、素人の立場から20

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世紀の稀有な作品をいくつか個別に分析することで、素人受けしなくなってし まった現代歌曲の可能性やその困難を再検討することに、いささかなりとも寄 与できるのではないだろうか。

昨今、日本のフランス文学研究の場でも、フランス歌曲を紹介し、その詩に ついても考察・解説するような機会が増えている印象を受ける2。ただ、その場 合もほとんどは19世紀から20世紀初頭にかけての歌曲に照準を合わせた催しと なっている。本稿によって、耳に心地の良い従来のフランス歌曲のイメージを 超えるような、フランス歌曲のあらたな一面を提示できれば幸いである。

2.音楽とテクスト

前提としてもう少し、音楽とテクストの関係を述べておきたい。

この分野の数少ない研究者であるオード・ロカテッリによれば、ドイツでも、

伝統である歌曲(リート)の形式をリヒャルト・シュトラウスは20世紀半ばま で保持しつづけたが、彼がヘッセとアイヒェンドルフの詩に作曲した《四つの 最後の歌》(1948)は、ロマン主義的歌曲の終焉を刻印づけたといわれている。

ほかにウィーン楽派の作曲家たち、たとえばシェーンベルクはゲオルゲの詩 に、ベルクはアルテンベルクの詩にもとづいて歌曲集を書いていて、それらは 歌曲(リート)の伝統から完全に背を向けたものではないかもしれないが、作 曲家が「無調」―ジャンケレヴィッチが「正しく歌うことと間違って歌うこ との区別がもはやつかない(…)臨界」を成していると評するもの―に訴え るようになった時点で、音楽とテクストとの調和を語るような従来通りの歌曲 についての言説が必然的に不可能になってしまったのは確かなことだ3

フランスでも、「20世紀初頭のフランス歌曲は、作曲家たちの関心が、詩人 2 「フランス詩と歌曲の夕べ」(2017 ~ 2019年、学習院大学)や「フランス音楽と

詩の楽しみ」(2019年、明治学院大学)など。

3 オード・ロカテッリ『二十世紀の文学と音楽』、大森晋輔訳、白水社(文庫クセジュ)、

2019年、125頁(原書:Aude Locatelli, Littérature et musique au XXe siècle, Paris, Que Sais-Je / Humensis, 2001)。引用は邦訳にもとづく。

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がたどった行程を忠実にたどり、彼らのテクストを誠実に尊重し、音楽とテク ストの力を一体化することにあったこと」を示していた。しかし、その後の両 者の関係性は「両立」や「相互補完性」よりも「痙攣から矛盾」の方向へと進 み、そうした緊張関係の末に「音楽と詩はともに、その意味がさらに別のもの となる、より広範な全体性を引き起こす」4こと、いわば弁証法的関係性を打ち 立てることが目指されるようになったのである。もちろん、現代音楽において も音楽によってテクストを説明したり、両者を統合したりする意志が完全に消 えてしまったわけではないのだから、理屈のうえでは、両者の関係性には20世 紀初頭までのそれよりも豊饒な可能性がひらけたともいえるはずなのだが

……。

理論的な話はこれくらいにしておこう。このような流れのなかで、20世紀以 降のフランスにおいて音楽と詩の出会いは―ロカテッリは「折衷的かつ断片 的に文学に依拠することが多いとはいえ」5と留保をつけるものの―、じつは 数としてけっして少なくはない。ひとつのやりかたを示す代表的な例として、

やはりピエール・ブーレーズ(1925-2016)の名前を挙げるべきだろう。

3.ピエール・ブーレーズ

ルネ・シャール、アンリ・ミショー、アントナン・アルトー、時代をさかの ぼるならマラルメら、多くの詩人たちの詩作品に影響を受け、作曲活動をおこ なったブーレーズ。一例をあげるなら、きわめて有名な作品であるが《ル・マ ルトー・サン・メートル(主なき槌)》

Le marteau sans maître

(1954)は、

彼の詩の扱いかたを知るうえで、また20世紀の詩と音楽のかかわりを知るうえ で、やはり欠かせないものだ。

十二音技法やセリー・アンテグラルを超越した、本作のきわめて精緻な作曲 技法を論じる能力は残念ながら筆者にはないが、しかし現代音楽に通暁した人

4 同書、127-128頁。

5 同書、125-126頁。

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間でなくとも、ヴァイオリンやヴィオラ、フルートに加え、さまざまな打楽器 が代わる代わる間欠的に、音楽というよりも人工物や自然の音を思わせる短く もきらびやかな音色を響かせるさまは、刺激的でありながらじつに心地よく感 じられる。セリエル音楽という機械的ともいえる作曲法を出発点にしていなが ら、そこに無機的な冷たい印象はまったくない。そこにアルトの独唱が加わる と、人間の歌声もまたひとつの楽器―ひときわ存在感の強い楽器―となり、

他の楽器と重なったり衝突したりする。詩の意味内容がまったく問題になって いないわけではないのだろうが、少なくとも、他の楽器が伴奏としてテクスト を説明することはないといってよいだろう。

本作は、平明な言葉遣いでありながらも難解なルネ・シャールの同名の詩集

(1934)に題材をとっている。とはいえ、全9楽章からなる本作でこの詩集の テクストが使われているのはごく一部(三篇の詩)のみであり、ブーレーズが ここでおこなっているのは詩の単なる音楽化や詩の模倣ではない。ロカテッリ の言葉を借りれば、テクストの「再構成=再作曲(ルコンポジシオン)」や音 楽的な「再創造」であり、ブーレーズ自身が語るところでは、「詩的な核をめ ぐる音楽の増殖」6なのである。

ブーレーズにはこのほか、マラルメの詩から着想を得て、その詩を分解した り引き延ばしたりした《プリ・スロン・プリ(マラルメの肖像)》

Pli selon pli, portrait de Mallarmé

のような作品もある。こちらでは、テクストの分量はか

なり少なくなっていて断片化されている印象は受けるものの、テクストとの向 き合いかたの哲学としては《ル・マルトー・サン・メートル(主なき槌)》か

6 ピエール・ブーレーズ、クロード・サミュエル(編)『エクラ/ブーレーズ 響き 合う言葉と音楽』、笠羽映子訳、青土社、2006年、317頁。(原書:Pierre Boulez, Claude Samuel, Éclats 2002, Paris, Mémoire du Livre, 2002)。引用は邦訳にもとづ く。

(6)

ら大きく変わってはいないのではないだろうか7 。繰り返しになるが、もはや

「歌曲」の伝統におけるようなテクストのひとつひとつの語やその意味を音楽 に置き換えていくことが問題なのではない。いわば、詩の高次の解釈として音 楽化がなされているのである。

4.オリヴィエ・メシアン

ピエール・ブーレーズを20世紀なかば以降における広義のフランス歌曲のひ とつの代表例として措定するなら、もうひとつの例としてオリヴィエ・メシア ン(1908-1992)の名前をあげるのはけっして恣意的な選択ではないだろう。

ブーレーズの師でもあったメシアンだが、彼こそが「因習的な調性のシステ ムという規範を破りつつ、フランス歌曲の精神を根本的に変革させた」8 存在で ある(『フランス歌曲の歴史と詩学』の著者ミシェル・フォールら)。ここでい う「フランス歌曲の精神」とは、感性への働きかけとか、場合によっては政治 的、宗教的な呼びかけとか、そういったたぐいのものである。形式面でも、ソ プラノとピアノという歌曲の定型にこだわらず、またサロンでの上演ではなく、

より聴衆に開かれたコンサートという形式を念頭に作曲した点も、従来の歌曲 のありかたを一変させた。

歌曲として発表された作品は、いずれも連作歌曲集である《三つのメロ ディー》

Trois mélodies

(1930)、《ミのための詩》

Poèmes pour Mi

(1936)、《天 7 もちろん、作品ごとにブーレーズの方法論に違いがあることはいうまでもない。

やはりシャールの詩をもとにしている《婚礼の顔》Le Visage nuptialでは、シャー ルの原詩が「きわめて過剰かつ論証的」であるため、「テクストが要求する以上の 音楽をそれに割り当てるわけにはいきませんでした」(前掲書、317頁)とブーレー ズは語っており、たしかに聞いた印象としてもここでの音楽はテクストに比較的 寄り添っていると感じられる。音楽がどこまでテクストに寄り添うのか、テクス トから離れてもよいのか、それは詩のありかた、内容にも依存するということだ ろう。さらなる検証の余地がある。

8 Michel Faure, Vincent Vivès, Histoire et poétique de la mélodie française, Paris, CNRS, p. 302.

(7)

と地の歌》

Chants de Terre et de Ciel

(1938)、《ハラウィ―愛と死の歌》

Harawi, chant d'amour et de mort

(1945)となっており9、メシアンの作曲家 生活の前半に集中している。

本稿では、これらの作品における詩の扱われかたに注目する。メシアンが曲 をつけた詩は、いずれももはや定型詩ではない。それに加えてメシアン歌曲に おいて特徴的なのは、ほぼすべての詩を彼自身が書いているということだ(《三 つのメロディー》のうちの二曲目《ほほえみ》が、メシアンの実母である詩人 セシル・ソヴァージュの詩に曲をつけられたものであるのが唯一の例外)。こ れは、《抒情的散文》において自身で詩を書いたドビュッシーのような例はあ るものの、クラシック音楽の作曲家としては極めてまれなケースである。「作 曲家自身が作詞もおこなっているから、その作曲家はテクストを重視している」

と結論づけるのはやや短絡的かもしれないが、語ひとつひとつの選択を作曲家 がおこなっていることの価値、意義はやはり大きい。それもあってか、ブーレー ズと比べるとメシアン作品では、音楽はテクストのひとつひとつの語(意味)

や音にずいぶんと寄り添っているように感じられるはずだ。以下、いくつかの 曲の詩をとりあげ、検討してみたい。

4-1 《帰らぬ許嫁》――《三つのメロディー》より

最初の歌曲集《三つのメロディー》(1930)は、母セシル・ソヴァージュを 追想して作られたとされている曲集である。1曲目の《なぜ?》

Pourquoi?

は、

自然の美しさを感じられないことに« pourquoi? »(なぜ)と繰り返すことで 悲しみが表現されている詩だが、音楽的には「ドビュッシー風」と評されるこ とが多く、実際その影響を強く感じさせるいっぽうで、繰り返し奏される終止 和音群には来るべきメシアンの音楽言語を暗示するものがあるとされる10。 9 《フランソワ・ヴィヨンの二つのバラード》(1921)や《ヴォカリーズ》(1935)

をこれらに加える場合もあるが、前者は未発表作品、後者はヴォカリーズなので 歌詞はない。

10 ピーター・ヒル、ナイジェル・シメオネ『伝記 オリヴィエ・メシアン』、藤田 茂訳、音楽之友社、2020年、37頁参照。

(8)

2曲目はセシル・ソヴァージュの詩に短くおだやかな曲をつけた《ほほえみ》

Le sourire

、そして3曲目はふたたびメシアン自作の詩による《帰らぬ許嫁》

La fiancée perdu

。「母の詩ひとつを自作の二つの詩で囲むようにして、わた

しは三つの歌曲を書きました」11と、後年のインタビューでメシアンは答えて いる。ここでは《帰らぬ許嫁》を取りあげてみよう。

La fiancée perdue(帰らぬ許嫁)

C’est la douce fiancée,(それはやさしい許嫁、)

C’est l’ange de la bonté,(それは善意の天使、)

C’est un après-midi ensoleillé,(それは光に満ちた午後、)

C’est le vent sur les fleurs.(それは花の上を吹く風。)

C’est un sourire pur comme un cœur d’enfant,(それは幼心のように純 真なほほえみ。)

C’est un grand lys blanc comme une aile, (それは翼のように白い大輪の ユリ、)

très haut dans une coupe d’or!(黄金の杯のなかで丈高く咲いた!)

O Jésus, bénissez-la!(おお、イエス様、彼女に祝福を!)

Elle!(彼女!)

Donnez-lui votre Grâce puissante!(彼女にあなたの力強いご加護をお 授けください!)

Qu’elle ignore la souffrance, les larmes!(彼女が苦しみも涙も知らずに いますよう!)

Donnez-lui le repos Jésus!(彼女に安息をお授けください、イエス様!)12

11 同書、36頁。

12 邦訳は中地義和による既訳(CD「奈良ゆみ オリヴィエ・メシアン歌曲全集」、

ALM RECORDS、2005年に収録)を使用したが、訳語の選択など、一部を引用者 の判断によって改変した。なお、メシアンのテクストも同CDのブックレットに依 拠している。

(9)

先に述べたようにこれは亡き母をうたった個人的な詩ではあるのだが、もち ろんその事実を知らなくても、普遍的な追想、追憶、あるいは喪の詩として読 むことができる。

きわめてシンプルな言葉づかいからなる詩だが、前半ではC'est…(それは~)

で始まる表現が反復され、「やさしい許嫁」などと形容された語り手にとって の愛の対象が、「天使」という霊的存在から、光や風といった自然の事象にも たとえられている。タイトルからも推し量ることができるように、その愛の対 象はおそらく永遠に失われてしまっている。彼女への語り手の心情が自然の情 景に溶けこむさまは、自然と人間との共感という意味において、広い意味では 象徴主義における「万物照応」correspondancesを思わせるところもあるが、

さらに聖母マリアの象徴たる「白いユリ」のイメージも重ねられてから、詩の 後半ではキリスト教的な祈りが前景化してくる。

メシアンがきわめて敬虔なカトリックであることはよく知られており、彼自 身、その信仰を伝えるために作曲をしているとまで公言しているが13、しかし この曲でもどの曲でも、メシアンの音楽は、長木誠司も述べているように宗教 曲の紋切り型(典礼で用いられるような音楽)とはまったく無縁である。むし ろ、音楽の内容として、信仰心をもたない者にも伝わるような、より普遍的な 宗教性がある。

《帰らぬ許嫁》でも、消えてしまった「彼女」の「安息」を神に祈る痛切な 思いがひしと感じられる。絶対的な帰依がなければこのような詩は書けない。

このシンプルな詩からも、象徴派を思わせる内面と自然の描写に加え、メシア ン独自の宗教性―きわめて真摯な祈り―を感じ取ることができよう。

音楽的には、《三つのメロディー》のほかの2曲がおだやかな曲調であるの とくらべて激しく(冒頭の演奏記号はvif)、前奏なしに歌が冒頭からフォルテ 13 「私が表現したいと思う第一の理念、すべての上にあるが故に最も重要なるもの、

それはカトリック信仰の真理の現存ということです。〔…〕私の作品の相当数がカ トリック信仰の神学的真理を照らし出すことを目指しています」。(クロード・サ ミュエル『オリヴィエ・メシアンとの対話 ―現代音楽を語る』、戸田邦雄訳、

1975年、13頁)。

(10)

で始まる。1、2行目、« C’est … »では音程がソから始まり、各行の最後の 音節(-cée, -té)で、上のミまで駆け上がっていき、7行目までメロディーは 繰り返しと抑揚をつけながら愛を高らかに歌いあげる。だが、« O Jésus… »(お お、イエス様……)と祈る箇所からドビュッシー風のきらきらとしたピアノ伴 奏とともに一転、つぶやくようにピアノで歌い、速度もモデレとなりスピード を緩める。ここは前半の「彼女」への激しい想いとは対照的に、キリストの祝 福を求める内に秘めた痛切な祈りや安らかな眠りを体現するかのようで、最後 の« Jésus!»(イエス様!)はピアニッシモで消え入るかのようにささやく。

歌曲の伝統の枠組みをかろうじて残した作品だけあって、「テクストを誠実 に尊重し、音楽とテクストの力を一体化すること」への関心は当然認められる が、むしろ、テクストだけを読んだときの印象を超え出るようなイメージ―

たとえば「彼女」への形容を並べた前半部の静謐さにひそむ不穏さ―をも音 楽によって付与していく、そういった方向性をも感じられる一曲だ。

4-2 《感謝の祈り》――《ミのための詩》より

つづいて、連作《ミのための詩》(1936)からいくつか取り上げてみたい。

不思議なタイトルだが、「ミ」Miとは本作発表の4年前にメシアンと結婚した ヴァイオリン奏者クレール・デルヴォスの愛称で、本作はメシアンにとって もっとも幸せに満ちた時代の作品ともいわれる。とはいえその事実を知らなく ても、愛や不安を、そして神への感謝を、後半では愛する二人が苦難とともに 生きるさまを(メシアンによればトリスタンとイズー伝説を借りて)語った作 品であることがわかる。なお、この連作はピアノ伴奏版だけでなく、のちに管 弦楽版としても作り直されている。

全9曲のうちの1曲目《感謝の祈り》

Action de grâce

を見てみよう。

(11)

   Action de grâce (感謝の祈り)

Le Ciel, (天、)

Et l’eau qui suit les variations des nuages,(変わりゆく雲を見守る水、)

Et la terre, et les montagnes qui attendent toujours,(地、いつもそこに ある山、)

Et la lumière qui transforme.(姿を変える光。)

Et un oeil, une pensée près de ma pensée,(眼、私の思いに寄り添う思い、)

Et un visage qui sourit et pleure avec le mien,(微笑み、泣く顔―私 の顔とともに、)

Et deux pieds derrière mes pieds (私の両足についてくる二本の足、)

Comme la vague à la vague est unie. (波と波とがひとつになるように。)

Et une âme,(魂、)

Invisible, pleine d’amour et d’immortalité,(眼には見えず、愛と不死に満 ちたもの、)

Et un vêtement de chair et d’os qui germera pour la résurrection, (復 活のために芽吹くであろう、肉体と骨からなる一枚の衣服)

Et la Vérité, et l’Esprit, et la Grace avec son héritage de lumière, (真実 と、魂と、恩寵、その光の遺産とともに、)

Tout cela, vous me l'avez donné.(それらすべては、あなたが私に与えて くれたもの。)

Et vous vous êtes encore donné vous-même(そしてあなたはあなた自 身をも与えた、)

Dans l’obéissance et dans le sang de votre Croix,(従順さと、君の十字 架の血のうちに、)

Et dans un Pain plus doux que la fraîcheur des étoiles,(星のみずみずし さよりも甘美なパンのうちに、)

Mon Dieu. (神よ。)

(12)

Alléluia, alléluia. (ハレルヤ、ハレルヤ。)14

まず詩として見たとき、先に引いた《帰らぬ許嫁》とよく似て、愛する人へ の想いとともに、それを見守っている自然―とくにその基本元素ともいえる 水、雲、地、山、光―が挙げられ、ついで魂や身体・衣服と、人間の構成要 素に焦点は移り、それらすべての創造主たる「神」への感謝と祈りがささげら れている。1行目の「天」を筆頭に、2~4行目まで自然物に関する名詞が列 挙され、それが愛する人の「二本の足」や「魂」と並置されるさまは、やはり 象徴主義を思わせるところはあるが、すべては神への感謝に回収される点(「甘 美なパン」によって「あなた自身をも与えた」というのは、キリスト教の聖体 の秘跡のイメージだろう)はメシアンらしいところで、それこそが彼にとって 創作の動機のひとつとなっていることがうかがえる。

音楽的には、「リズム面での探求の初期の例」(クロード・サミュエル)とい われるだけあって、リズム面で固定された拍子をもたず、素人が聞いてみても メシアンらしい斬新な試みのあとがうかがえる。ハーモニーにおいても然り。

ただ、詩に注目したうえで音楽面において興味深いのは、まずピアノの前奏の のち、1行目の歌い出し« Le Ciel »(天)から4行目まで、伴奏がまったくな いことだ(ちなみに歌の音程もほとんど「ファ#」で、途中わずかに上下し、

最後の« transforme »で大きく抑揚をつける)。まずは言葉を―この箇所は いわば自然の情景描写である―淡々と聞かせようという配慮か。その後、中 間部も多少音程を変える程度でレチタティーヴォのような歌がつづき、ピアノ 伴奏も合いの手を入れるかのようだ。

徐々に伴奏も歌も激しさを増していくのだが、曲調が一変するのは « Et la Vérité, et l’Esprit, et la Grace avec son héritage de lumière »(真実と、魂と、

恩寵、その光の遺産とともに)の最後、« lumière »(光)はかなり長く引き 延ばされ、それからピアノ伴奏もテンポを速めながら高く上昇していく。そこ から、« Tout cela »(それらすべて)をフォルテで力強く歌い、伴奏も下降と 14 既訳を参照したうえでの拙訳。

(13)

上昇を繰り返しながら曲調としては緊迫感を増していく。

白眉は、« Mon Dieu »(神よ)の前で« éエ ト ワ ー ルtoiles »の語、とくに[a]の音がヴォ カリーズ(歌詞をもたない、ひとつの母音のみによる歌唱曲)さながらに非常 に長く引き延ばされ(演奏者によるが30秒程度続くようだ)、これによってタ イトル通りに神への感謝、祈りを体現する歌声が実現されているのである。

そのあとも、アルペジオによる天上を思わせるようなピアノ伴奏ともに、

expressif, avec une joie sereine

(「澄んだ喜びとともに、表情豊かに」とでも 訳せるか?)との演奏記号つきで、歌は« alléluia »(ハレルヤ)を何度も繰り 返す。賛美歌や聖歌のお決まりの形態とはまったく異なった先進的な音楽であ りながら、歌の言葉がそのメロディーと伴奏する音楽と混然一体となって、ひ とつの祈りを実現している稀有な例だといえよう。

4-3 《風景》ほか――《ミのための詩》より

連作《ミのための詩》のほかの曲についても少し触れておきたい。2曲目の

《風景》

Paysage

は、テクストを読むかぎり、じつにほほえましい、幸福感に

あふれる詩となっている。短い詩なので、以下に引いてみよう。

   Paysage(風景)

Le lac comme un gros bijou bleu.(大きな宝石のような湖。)

La route pleine de chagrins et de fondri

è

res,(悲しみとぬかるみでいっ ぱいの道、)

Mes pieds qui h

é

sitent dans la poussi

è

re,(埃のなかでためらう私の足、)

Le lac comme un gros bijou bleu.(大きな青い宝石のような湖。)

Et la voil

à

, verte et bleue comme le paysage!(そして、ほら彼女がいる。

風景のように緑と青の!)

Entre le bl

é

et le soleil je vois son visage: (麦と太陽のあいだに彼女の顔 が見える、)

Elle sourit, la main sur les yeux. (目の上に片手にかざしてほほえんでい

(14)

る。)

Le lac comme un gros bijou bleu. (大きな青い宝石のような湖。)15

テクストのみに注目するが、この詩では風景描写にいっそうの重点が置かれ たうえで16、悲しみの記憶だろうか、「埃」にたとえられる何かのせいで前に進 むことをためらっていた「私」が、「彼女」とともに―そのイメージは青い「湖」

と重ねられ―歩き出そうとする様子がうたわれている。この詩は色彩表現が 豊かになっているいっぽうで17、語り手たちが周囲の自然と同化するさまは、

やはり象徴詩を思わせるところがある。とはいえ、ここにもやはりメシアン的 な主題である神への感謝の念を透かし見ることはできそうだ。

《ミのための詩》は、前半の4曲を「第1巻」としているのに対し、後半の 5曲は「第2巻」としてまとめられており、後半では《二人の戦士》

Les

deux guerriers

などで、愛する人とともに苦難の道を乗り越えていく決意が劇

的にうたわれている。

最 後 の 曲《 叶 え ら れ た 祈 り 》

Prière exaucée

の 一 部 分、« O Jésus, Pain vivant et qui donnez la vie, / Ne dites qu’une seule parole, et mon âme sera

15 中地義和訳をそのまま利用した。

16 メシアンは1936年、イゼール県プティシェのアルプスを望む壮大な景色のなか に建てられたあたらしい家で過ごした。《ミのための詩》で描写されている風景は、

メシアンが実際に目にしていたそこでの風景にもとづいているという(ピーター・

ヒル、ナイジェル・シメオネ『伝記 オリヴィエ・メシアン』、前掲書、93頁参照)。

17 色彩に関する語彙は、以降のメシアン歌曲の詩においても頻出するようになり、

連作『ハラウィ―愛と死の歌』(1945)では、愛の対象が「緑の鳩」にたとえら れるいっぽう、それを脅かす「闇」や「鎖」などのイメージに赤、黒、赤紫といっ たどぎつい色彩が付与されている。なお、メシアンにとって色彩は音とつねに結 びついていたようで、「私は、音楽を聴いたり楽譜を読んだりしているとき、自分 の内部で、精神の眼で、音楽とともに動く色彩を見ることができます」、「私は実 際に色彩を音楽に翻訳しようとするのです」(クロード・サミュエル『オリヴィエ・

メシアンとの対話―現代音楽を語る』、前掲書、37-38頁)という。

(15)

guérie... »(おお、イエスよ、生命あるパンよ、/ただ一言をおかけください、

そうすれば私の魂は癒されるでしょう)という箇所でも、« âme »(魂)の語 がヴォカリーズさながらに引き延ばされ、神々しいまでの祈りの歌声によって

「われわれは聖なるミサに参列する」18のである。

4-4 《赤ん坊ピリュールの踊り(私の幼いパスカルのために)》

      ――《天と地の歌》より

ここまで、メシアン歌曲の詩における自己の内面と自然との一体感や、愛の 対象とそれをもたらしてくれた神への祈りといった信仰を見たうえで、それら を十全に伝えるためにこそ、ときにはテクストの字面の印象を大きく超えるよ うな激越なる音楽をもって表現されることを確認してきた。その音楽に声が

―もはや意味をもたない純粋な声として―参入する、ヴォカリーズという 手法も効果的に採り入れられていることも確認した。この最後の脱意味化した 声という手法に、もうひとつ別の例を最後に加えておきたい。

6つの歌曲からなる連作《天と地の歌》(1938)も、前作《ミのための詩》

と同様に幸福な家庭生活のなかで生まれた作品とされており(とはいえ安易 に幸福感を得られるようなメロディーはどこにもないのだが)、妻に捧げられ た《 ミ と の 睦 ま じ い 暮 ら し( わ が 妻 の た め に )》

Bail avec Mi(pour ma

femme)

という私的な主題の曲もあるいっぽう、《真夜中の表と裏(死のため

に )》

Minuit pile et face(pour la Mort)

や《 復 活( 復 活 祭 の た め に )》

Résurrection (pour le jour de Pâques)

といった、やはり宗教的な主題をも つ曲もある。

この歌曲集の中心の2曲は、「ピリュール」の愛称で呼ばれる、生まれたば かりの息子パスカルに捧げられており、幼年時代をたたえた天真爛漫な曲と なっている。そのイメージこそがこれにつづく死の悪夢を追い払うことにつな がり、復活祭の祈りの賛歌でしめくくられる、というのが連作全体の構造だ。

18 Michel Faure, Vincent Vivès, Histoire et poétique de la mélodie française, op.

cit., p. 305.

(16)

新しい命がキリストの復活に象徴されるのである。

3曲目の《赤ん坊ピリュールの踊り(私の幼いパスカル)》

Danse du bébé- Pilule(pour mon petit Pascal)

にはこんな一節がある。

Pilule, viens, dansons. Malonlanlaine, ma.(ピリュール、おいで、踊ろう。

マロンランレーヌ、マ。)

Ficelle du soleil. Malonlanlaine, ma.(太陽の紐。マロンランレーヌ、マ。)

C’est l’alphabet du rire(お前のママの指には)

Aux doigts de ta maman.(笑いのアルファベット。)

 (…)

Malonlanlaine, ma, ma, ma, ma, io!(マロンランレーヌ、マ、マ、マ、マ、

イオ!)

ha, ha, ha, ha, ha! io, io!(ハ、ハ、ハ、ハ、ハ! イオ、イオ!)

なんという詩だろう、これは赤ん坊をあやす言葉だろうか。あるいは、赤ん 坊自身の喃語や笑い声も反映されているのかもしれない。子どもや赤ん坊の世 界を創作の発想源にした作曲家は、シューマン、ドビュッシーから、ラヴェル、

サティ、そしてメシアンと同じく「若きフランス」一派のジョリヴェに至るま で、枚挙にいとまがない。しかし、子どもや赤ん坊を主題にした途端、音楽的 な敷居を下げたり、さらには芸術家の手すさびに堕したりする作品も少なくな いなか、メシアンはこの曲で少しの芸術的な妥協もなく、「付加音価」といっ た独自の技法やポリリズムを多用し、「ピアニスティック」の形容がぴったり の伴奏をつけたうえで、先進的な曲作りをおこなっている。そして、脱意味化 したテクストでありながらも劇的な声で歌われることによってはじめて、赤ん 坊をあやす親と子の空間が表現されるのである。一見、同時代に生まれた「レ トリスム」やそれにつづく「音響詩」、あるいはアントナン・アルトーのよう な詩人の実践を思わせるところがあるが、メシアンの場合、あくまで演奏され ること、歌われることが前提であり、必要不可欠である。

(17)

こうした方向でのメシアンの探求は、本作以後も続いていき、《ハラウィ

―愛と死の歌》

Harawi, chant d'amour et de mort

(1945)では南米ペルー のケチュア語のオノマトペが多用されているし、無伴奏合唱曲《5つのルシャ

ン》

Cinq rechants

(1948)では人造語―フランス語以外にサンスクリット

語やケチュア語に似た造語―が多く出てくる。「各単語はその音声の質を機 能として発明され、その母音や子音は特定のリズムや声の特定の音域に相応す るように選ばれているのです」19と、メシアンはみずからその原理を説明して いる。ある語のもつひとつひとつの音やその連なりを意識して、それにふさわ しい音楽をつけることなら珍しいことではないかもしれないが、メシアンの手 法はその逆で、音(音楽)と完全に融和した言葉を作り出す。それはある種の 理想言語といえるかもしれない。

やがてメシアンは、自然界のなかでももっとも美しい音=声の持ち主である と彼の考える20、鳥の鳴き声を表現することに腐心するようになり、鳥の鳴き 声をあらわす《鳥のカタログ》(1956-58)などを発表していく。そこでは(制 約のある?)声楽ではなく、もっぱらピアノなどの楽器を頼るようになってい き、人間の声での表現をメシアンが追求しなくなってしまったのがやや残念に も思われるが、この点については本論考の射程外としたい。

5.おわりに

これまで、20世紀フランス歌曲におけるテクスト(詩)と音楽の関係を考え るうえでの実践例として、ブーレーズのような詩の高次の解釈として音楽化を はかった作曲家と、それとは対照的な手法をとった作曲家であるメシアンの自 作の詩とその音楽を考察してきた。彼の手法は、高踏派や象徴派の詩に競って 作曲家たちが曲をつけていた19世紀後半の歌曲にも増してテクストの一語一

19 クロード・サミュエル『オリヴィエ・メシアンとの対話――現代音楽を語る』、

前掲書、142頁。

20 同書91頁参照。

(18)

語、言葉の一音一音に寄り添った音楽をつけるいっぽう、場合によっては字義 通りの印象を超える激しい音楽をつけて、テクストがあらわす意味を拡張させ もしていた。たとえば、キリスト教的な祈りの実践としての強度を歌声によっ て実現させていたように。そのためには、テクストが自作の詩であることは必 然であっただろう。定型どころか、ときに意味の拘束からも逃れた奔放な詩

―しかし、その実、音楽的な要求から精緻に組み立てられたであろう詩―

が彼の音楽に乗ることで、歌曲という音楽と詩のマリアージュの豊饒な可能性 をメシアンは示したといえよう。

※ 本稿は、早稲田大学特定課題研究助成費(課題番号:2020C-483)による研 究成果の一部である。

参照

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