イギリスの企業政策と中小企業
太 田 進 一
Ⅰ 本稿の目的と課題
Ⅱ 労働党政権と中小企業政策の準備期
Ⅲ 保守党政権と中小企業政策の本格期
Ⅳ 労働党政権への交代と中小企業政策の発展期
Ⅴ イギリス中小企業政策の現状
Ⅰ 本稿の目的と課題
この論文では,戦後イギリスにおける経済発展との関係において,中小企業政策の役 割を明らかにすることを目的とし,イギリスにおける中小企業政策の登場と推移,発展 として,その時期での政権との関係において中小企業政策の時期的区分を試みることを 課題としている。
イギリスの中小企業政策は,1969年に「ボルトン委員会」の設置がなされた第1次 ウイルソン労働党内閣時代を,①「中小企業政策の準備期」と位置づけることが可能で あろう。この時期に中小企業振興策が企画された。次いで,71年のヒース保守党政権 時代に,『ボルトン委員会報告書』が刊行され,その報告書を参考にしながら,中小企 業政策が用意され始めた。さらに,74年から76年の第2次ウイルソン労働党政権,76 年から79年のキャラハン労働党政権によって,中小企業政策は具体化され始めた。実 際に,1970年代,80年代と中小企業は増加し始め,中小企業政策の効果が現れ始め た。
しかし,②「中小企業政策の本格期」を迎えたのは,79年から政権に就いたサッチ ャー保守党政権の時代である。さらに,メージャー保守党政権によって競争力強化やIT
(情報技術)化策が補完され,中小企業の重点策へと移行する。
労働党内閣の時代に中小企業政策が徐々に具体化され始めるとともに,保守党政権の 手によってそれが強化・発展させられ,相乗効果をもたらし始めたと見ることができ る。その後,従来の雇用省と貿易産業省に分割されていた中小企業政策は,ブレア労働 党政権の手によってSBS(中小企業庁)の設置によって統括され,③「中小企業政策 の発展期」を迎えた。以下にその具体的な展開と内容を見ていくことにしよう。
(185)185
Ⅱ 労働党政権と中小企業政策の準備期
イギリスの中小企業の絶対数や比重が低下してきたのは,1930年代に入って,こと に第2次世界大戦以降,1960年代後半からであった。イギリスの巨大企業の国際競争 力を目的とした巨大企業の集中や国有化が,大企業や中堅企業,中小企業との合併や吸 収を伴いながら以前よりもさらに進展したためであ
1
る。
1964年10月に総選挙があり,労働党はかろうじて勝利し,第1次ハロルド・ウィル ソンの政権となり,70年まで続いた。翌65年7月にはダグラス・ホーム保守党党首が 辞任して,エドワード・ヒースが党首となった。1966年3月に総選挙となり,労働党 が勝利し,翌67年3月には製鉄が再国有化された。5月には2度目のEECへの加入が 申請されたが,11月に仏大統領ドゴールがイギリスのEEC への加入を反対している。
さらに68年10月には道路運送が再国有化された。
このような労働党による基幹産業の国有化政策により,上記のような合併・吸収が進 展するとともに,中小企業の比重の低下が中小企業の衰退として把握された。中小企業 自体がもつ革新性や新陳代謝を通した経済へ活力を付与する役割を重視することから,
中小企業問題として意識され始め,ウイルソン政権時代に1969年「ボルトン委員会」
が設置された。
1970年6月には総選挙があり,保守党が勝利し,ヒース政権となった。この政権は74 年まで続いている。71年2月にロールスロイスが破産し,国有化された。71年には先 の『ボルトン委員会報告書』が提出された。この報告書は,労働党のウイルソン時代に 委員会が組織され,保守党のヒース政権の時代にその成果である中小企業の業種別報告 書などのシリーズが刊行されたことになる。72年1月には失業者数は100万人を超え た。同年6月にポンドは変動相場制へと移行し,同年11月に90日間の給料と価格の凍 結がなされた。翌73年1月にイギリスはEECへ加入し
2
た。
1974年から76年の期間は,第2次ウイルソン労働党政権の時代であった。74年は小 売物価が前年比で19% も上昇,賃金は29% 上昇というインフレの傾向の強い時期であ る。翌75年には,小売物価はさらに26.9% へと上昇した。1976年から79年の時期 は,ジェームス・キャラハンが率いる労働党政権の時代であった。77年3月には,航 空機産業,造船産業を相次いで国有化し,労働党は自由党と提携している。78年2月 にはようやくインフレ率は収束に向かい,10% 以下へと落ち着いた。
────────────
1 〔1〕317ページ。
2 〔10〕。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
186(186)
Ⅲ 保守党政権と中小企業政策の本格期
1979年から1990年の時期は,マーガレット・サッチャー首相による保守党の政権時 代となった。サッチャーは,マネタリズムを基礎に新保守主義(サッチャリズム)路線 を進め,福祉の切り捨て,非効率な経済部門の切り捨て,民営化を含む行政府の徹底的 な縮小を行った。大企業もリストラを迫られ,失業者を増大させ
3
た。他方では,業績の 低い企業が整理され,生産性の高い企業が残り,イギリスの生産性は向上し
4
た。
1979年1月には公務員ストライキが全国的に広がった。また翌80年4月には再びイ ンフレ率は21.8% へと増大した。80年10月には失業者数が200万人へと拡大してい る。同時期に「小さい政府」を目指しているサッチャーは,81年3月には35億ポンド の歳出削減を行った。82年6月にイギリス軍がフォークランド島に進出し,アルゼン チンから取り戻した。83年1月にはインフレ率は5.4% へと落ち着いてきている。同年 6月に総選挙があり,保守党が大勝利を収めた。インフレ率は3.7% へと収束してい る。84年4月に,ブリティッシュ・テレコム民営化法を実施した。さらに翌85年10 月には国営バス会社を民営化へ移行した。86年2月にサッチャーは,単一欧州法に署 名し,同年に失業者数は340万人を超えている。同年12月にはブリティッシュ・ガス をも民営化し,また,1987年1月には英国航空を民営化した。このように,相次いで 基幹産業での国有企業を民営化路線へと移行させ,その成果で同年6月の総選挙では保 守党が勝利した。失業者数は,ようやく300万人を割っている。90年10月には,イギ リスは欧州為替交換機構に加盟した。
この期間におけるイギリス国内での多くの企業倒産,失業者の増大から,失業者を吸 収する雇用の場が求められることになる。そのため,中小企業の経済的役割として雇用 の創出が期待されるようになった。
1982年から企業開設手当制度(Enterprise Allowance Scheme : EAS)が導入され,企 業を開設したものには週40ポンドの手当が支給され,自営業者を増大させることにな った。また,雇用吸収の場も,従来の製造業中心のものからサービス業へと拡大されて いくことになる。1985年には,中小企業担当部署(Small Firm Division)が,貿易産業 省(DTI)から雇用省(DE)へと移っ
5
た。
雇用省は三つの基本方針を保有している。
① 公正な競争のもとでの中小企業の発展。
────────────
3 〔4〕8ページ。
4 〔2〕157ページ。
5 〔2〕158ページ。
イギリスの企業政策と中小企業(太田) (187)187
② 中小企業分野へのより積極的な支援。
③ サプライサイドからの中小企業の不利是正を展開。
中小企業金融に関わる政策の実施が新たに行われた。中小企業信用保証制度(Small Firms Loan Guarantee Scheme : LGS),事 業 拡 大 制 度(Business Expansion Scheme : BES),事業創業制度(Business Start−up Scheme : BSS)がそうであ
6
る。
1990年から97年の期間は,ジョン・メージャー首相が率いる保守党の政権時代であ った。1990年にメージャー政権が誕生し,イギリス経済の「競争力」強化,民営化の 推進,独占化の弊害排除,外資導入の促進などが図られ,1993年に『競争力白書』が 発表され
7
た。92年9月には,イギリスは欧州為替交換機構から脱退した。93年8月に はイギリスはマーストリヒト条約を批准している。94年5月に労働党党首のジョン・
スミス氏が急死し,7月にトニー・ブレアが党首となった。94年10月にブレア労働党 党首が党の綱領の近代化を訴えた。95年3月には電力会社の完全民営化が保守党の手 によって実現された。95年4月に臨時労働党大会が開かれ,党の綱領の第4条である
「産業の国有化」を書き換えている。96年2月には旅客鉄道が民営化され,同年7月に 原子力発電も民営化された。
1990年代においては,中小企業政策の対象は,創業者数を増大させることから成長 力の高い企業の支援へと政策の重点が移っていった。成長が見込める企業に支援の対象 を絞り込んだほうが,より多くの雇用を創出できると考えられたからであ
8
る。
サッチャー政権下での中小企業政策の中心が雇用対策,失業政策であったとすれば,
メージャー政権下では,競争力を持つ中小企業の創出へと変化していった。新規開業,
創業支援を中心とした中小企業政策から,既存の中小企業の経営を強化するための育成 策,訓練制度,企業間連携などの支援を中心とした政策へと移行したのであ
9
る。
1990年から熟練労働力の供給と地域経済活性化を目的として,訓練・企業評議会
(Training and Enterprise Councils : TECs)が各地で設立された。1992年には中小企業に 対する経営指導,教育訓練,情報提供などを行う機関のサービスを一元化する「ワンス トップ・ショップ」構想が打ち出され,後に1995年頃から「ビジネス・リンク」と呼 称されるようになった。イングランドではビジネス・リンク,ウェールズではビジネス
・コネクト,スコットランドではビジネス・ショップと呼ばれてい
10
る。
このように英連合王国内の各国において,地域に密着した中小企業の成長のための経 営診断や指導,情報提供,教育訓練などが実施されたのである。
────────────
6 〔2〕158〜159ページ。
7 〔2〕159〜160ページ。
8 〔4〕9ページ。
9 〔2〕160〜161ページ。
10 〔5〕12ページ。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
188(188)
Ⅳ 労働党政権への交代と中小企業政策の発展期
1997年から現在(2002年)までは,トニー・ブレアが率いる労働党政権の時代へと 18年ぶりに返り咲いた。97年5月に総選挙があり,労働党が大勝利を収めた。エディ ンバラ出身で,オックスフォード大学出身のトニー・ブレア(Anthony Charles Lynton
Blair)が,43歳(当時)という20世紀最年少の首相として誕生した。労働党は,近代
的で公平なイギリスを構築することを約束し,97年の総選挙以降において,新しい労 働党政権は,勤勉な家庭に対してイギリスを,一歩一歩,より良くするという約束に直 面している。97年における労働党の政策は次の7項目に集約されている。
①国民の健康サービスと看護において最大限の支援を増大すること。
②子供の教育においてクラス規模を30人未満とすること。
③1972年以降において働く家庭に対して最低の課税負担とすること。
④少なくとも150万人に対して,最低賃金を獲得すること。
⑤ニュー・ディール政策の支援によって,100万人以上の仕事を創出すること。
⑥インフレを30年間で最低にすること。
⑦所得税に新たに10% を設け,また所得税の基準率を22% まで減少させること。
新労働党の政策は,教育改革,保健サービス改革などに取り組み,技術革新と教育を 最優先する「福祉のニューディール」と「新産業主義」の推進に特徴が見出せる。ま た,労働党党首として,産業国有化を規定した党綱領を改正して党の近代化に努め,労 働党を労働組合の政党から国民全体の政党へと転換させた。これは,従来のサッチャリ ズム(新自由主義路線)や,これまでの硬直化した社会民主主義政党を標榜した労働党 から,「第三の道」の中道へと路線転換を推進し,旧保守党に飽き足りない人々をも味 方につけて支持層を増やしてきたのである。労働党は,経済政策の基本を市場メカニズ ムにおきながら,競争を促進し,インフレなき持続的成長と健全財政による経済の安定 を目指している。他方で,地方分権,北アイルランド和平の推進,教育改革などに取り 組んでいる。
ブレア政権下において,この間の経済状況は次のとおり推移している。実質経済成長 率(GDP)は,1997年から2001年までに毎年次で3.5%→2.6%→2.2%→3.1%→3.0%
へと推移した。また,この間に失業率は,7.0%→6.3%→6.1%→5.6%→5.3% へと低下 してきた。インフレ率も,1.8%→1.6%→1.3%→1.0%→1.3% と非常に落ち着いている。
1998年に導入された福祉のニューディール政策は,労働党の従来の「富の再分配」
を「機会の平等」に代える政策である。若年者の失業を減らすために長期失業中の若者 に教育訓練を施し,半年以内に就職しなければ失業手当は大幅に削減されるという制度
イギリスの企業政策と中小企業(太田) (189)189
である。福祉政策の重点を,従来の福祉手当の支給から人々の能力開発に移行させてい る。社会投資国家とも表現される国づくりを目指している。目的は,人々に技術を身に つけさせて再び自活できるように支援することにあり,サッチャリズムの「セイフティ ネット」と称される必要最低限の社会保障とも異なるものである。
ブレア首相は,保守党が推進してきた構造改革路線はほぼそのまま継承し,深刻にな った社会の格差の是正を目指した。社会保障の予算の国内総生産(GDP)に占める割合 も,80年代のサッチャー政権時代とほぼ同じ水準で推移させてきた。年金改革では,
公的年金の縮小を図る一方で,政府が枠組みを作って,民間が運営を担う新型個人年金 を創設し,政府と民間部門との協力によって,安全性が高く,保険料も低い新型年金の 提供を目論んだのである。
サッチャリズムでの行き過ぎた個人主義を是正して,労働党は社会の連帯を強調して いる。個人が市場の中で「自助の精神」で活動していくためには,所属するコミュニテ ィの充実が必要だと考えているのである。また,家族,地域社会,ボランティア活動な どの市民社会の活性化を重視してい
11
る。
イギリスの生産的投資が長期にわたって低迷している大きな原因として,労働党は二 つを掲げている。第一に,企業戦略において,資本収益率の向上よりも配当支払いに重 点が置かれていること。第二に,経済活動が上場された巨大企業に偏っていること。
第二の問題点である,経済活動が巨大企業へ集中することを是正するために,何より も中小企業の育成が肝要であり,そのために,以下のような政策を公約として掲げてい る。
① 地域経済の発展を促進するために,地域開発機関のネットワークを確立して,ベ ンチャー・キャピタルとともに,官民協調の中小企業ファイナンスを実施する。
② 中小企業が輸出信用や保険を利用する際の問題点を見直す。
③ 中小企業が短期債務で倒産を余儀なくされることを防止する。
労働党は,雇用政策では雇用を最大限に増加させるために,持続的な経済成長をベー スとした,中小企業の発展および地域の協同組合,非営利法人による職業技能訓練が不 可欠であるとしている。大企業と中小企業,大都市と地方の間にある経済的格差を是正 し,職業技能訓練を通じて,どこでも通用するように技能の汎用性を高めようとする発 想である。
ブレア政権下の中小企業政策は,基本的には保守党時代のものを受け継いで展開され ており,これまでの中小企業経営の強化・支援策に加えて,企業規模に起因する不利問 題への対応が始められている。1998年11月に商取引の支払遅延防止法(Late Payment of Commercial Debts〔Interrest〕)が実施されてい
12
る。この第1段階では,従業員50人
────────────
11 〔3〕1ページ。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
190(190)
以下の企業は,大企業の支払い遅延に対して利息の支払いを請求できる。さらに,第2 段階が2000年11月で,50人以下の企業は,たとえ相手方が中小企業であっても支払 い遅延の利息支払いの請求ができる。第3段階が2002年11月からで,公営,民営を問 わず,あらゆる企業に適用され
13
る。
ブレア政権下では,中小企業政策はいっそうの充実が図られている。2000年4月に は,Small Business Service(SBS)を立ち上げている。SBSは貿易産業省の一つの庁
(Departmental Agency)として正式に発足した。中小企業庁(SBS)が設立されたので ある。2000年5月には,The Small Business Council(中小企業協議会)を設置した。こ れは,20名の実業家や実務家などから構成された非行政機関の団体で,SBSへのアド バイスや,政府の中小企業政策に対する意見を行う機関である。2000年11月にSBS は新たな中小企業の支援策として,Think small first(中小企業をまず考える)の草案を 発表し,2001年1月にフルペーパーが公表され
14
た。①企業文化と企業環境,②規制,
③事業支援の三つの分野で政府の果たすべき役割を述べている。
2001年6月にはブレア政権は2期目に入り,2004年をめどにBritish Company Law
(英国会社法)の抜本的な改正を行い,従業員50人未満の小企業の優遇を図ろうとして いる。小企業の株主総会義務の撤廃や,企業監査の簡素化などを図って,小企業の負担 軽減と事業転換の迅速性を高めようとしてい
15
る。
Ⅴ イギリス中小企業政策の現状
1.SBS(中小企業庁)の目的,哲学,施策
SBSの目的は,すべての中小企業が成長し,可能性を達成する企業社会を構築する ことにある。また,SBSのビジョンは,事業を創業し,経営するために,2005年まで にイギリスが世界で最適な場所になるようにすることである。目的は次のとおりであ
16
る。
①規制の負担を最小限にし,中小企業の可能性を実現するように支援する。
②中小企業の実践力を高めるために世界水準の事業支援をすること。
③恵まれないグループを企業へと発起する。
④最高水準のサービス分配と貨幣価値を提供すること。
SBSの哲学は,政府の一部ではあるが,中小企業を支援するために存在する別個の
────────────
12 〔2〕163ページ。
13 〔5〕13〜14ページ。
14 〔7〕。
15 〔2〕165ページ。
16 〔6〕。
イギリスの企業政策と中小企業(太田) (191)191
前向きな組織である。「中小企業をまず考える」(think small first)ために,政府内や,
私的ボランタリー部門,サービスを提供するスタッフとともに行うものである。
事業を立ち上げようと検討している人たちや,既成の中規模の事業でも助言から恩恵 を得られるようにと,依頼人が多様であることを認識している。厳しい顧客を焦点と し,また地域的で全国的な共同出資者により,透明性がある,統合された世界クラスの サービスを目標としている。注意深く依頼人の声に耳を傾け,通常のフィードバックを 求めている。開放的で,素早く対応し,協力的であろうとしている。依頼人の需要や発 展段階に対して,適正で柔軟な一連のサービスを提供することを目的としている。
設定や達成,高水準の重要性を認識しており,チームワークや,他からの学習,自己 啓発の継続の重要性を強調している。SBSを専門に扱い立派な場所にすることに情熱 を持っており,スタッフの育成に力を入れ,革新と起業家精神を奨励している。
戦略として次のような10項目の差別化を図ろうとしている。
①中小企業の需要を確保するための調査プログラムを設けること。
②世界水準の支援サービスの対策を下支えするために,戦略を生み出すこと。
③政府やEUにおける規制の負担を軽減するために,中小企業のために有効に機能さ せること。
④創業を奨励するために,国家的な企業キャンペーンを行い,代表的な不利な地域社 会のもとで,開業や小企業に対して特別な助言を提供すること。
⑤現代のビジネス・リンクを適正な高品質なネットワークへと転換させること。
⑥適正な金融支援の拡大と改善をはかること。
⑦インターネットや電話のネットワークを通じた全国的な情報と助言サービスを提供 すること。
⑧中小企業によるインターネットと電子商取引の利用を奨励すること。
⑨事業支援のためのビジネス・スクールの設立準備をすること。このビジネススクー ルは,依頼人に対してSBSのスタッフとパートナーが最善のサービスを提供する ことを目的としている。
⑩投資家として再認識させるように努めること。
ここには,新旧取り混ぜた中小企業政策が盛り込まれている。規制軽減や金融政策の 旧来的な政策とともに,近年発展してきたネットワークやインターネット,電子商取引
(EC),何よりも戦略構築による差別化政策(中小企業の成長政策)が導入されている のが特徴である。
2.中小企業信用保証制度(Small Firms Loan Guarantee Scheme : LGS)
1981年に創設され,20年近くにわたって一定の保障実績を挙げてい
17
る。イギリスの
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
192(192)
中小企業政策としては,最も高い評価を得てい
18
る。しかし,臨時的な措置を導入しなが らこの保証制度は維持されてきた。
口蹄疫伝染病がイギリスで2001年2月に発生し,2002年4月には発生件数が1000 件を突破した。その口蹄疫伝染病の影響による事業に対する2002年6月30日までの臨 時的な措置がとられている。この措置は,2001年4月6日時点での既存の事業取引に 対してのみ有効で,口蹄疫伝染病が事業に大きく影響を与えたという証明が必要であ る。臨時的な措置として以下の事業に限定されている。農場を除く小売業,酒場との兼 業を除く料理屋,理髪業および美容室,自動車修理業,不動産業,図書館・博物館・美 術・その他の展示場,劇場,その他である。
LGSは,銀行やその他金融機関からの中小企業への融資に対して保証する制度であ る。保証人が欠けているために融資されない,成功しそうな事業に適用される。保証 は,5千ポンドから10万ポンドで,2〜10年の返済期間で,事業が2年以上継続してい る場合は,25万ポンドまで保証される。SBSは融資の70% を保証し,事業が2年以上 継続している場合は85% を保障し,1.5% の手数料で,固定金利をとられている場合は
さらに0.5% の手数料が削減される。年商150万ポンド以下のイギリスの企業に適用さ
れ,製造業では年商500万ポンド以下に適用される。しかし,適用が除外される場合も ある。
3.規制(regulations)
中小企業は経済の重要な要素であり,SBSの重要な仕事の一つは,中小企業への規 制の負担を最小限にすることである。中小企業向けヨーロッパ憲章(The European Char- ter for Small Enterprises)は,中小企業と起業家に適正な環境を創造することを支援 し,奨励することを求めている。憲章は,よりよい立法と規制が必要であると強調して い
19
る。
SBSは,インターネット経由で中小企業の需要に合致した「仮想の」SBSを創造す るビジョンを託されている。規制と経営診断に中小企業が容易にアクセスできるよう に,SBSによるビジネス・リンクのホームページが提供されている。サービスには次 のようなものが含まれる。
①事業向け政府への直接アクセス(Direct Access Government for Business : DAG)──
中小企業の立地に関連した規制情報,指導,経営診断へのホームページ。
②中小企業の開業支援(The Small Business Start−up Service : SBSS)──試験的サー
────────────
17 〔8〕。 18 〔12〕p. 129。
19 〔9〕。
イギリスの企業政策と中小企業(太田) (193)193
ビスを2001年12月末まで行い,それをフィードバックしてコメントを構築する。
このサービスの新版であるQ&A方式のインターネット経由の経営診断を,2002 年4月から提供している。
③地域事業提携(Local Business Partnership : LBP)──地域事業提携の仕事に対する 支援と推進,地域事業に対して規制的な情報を提供することで,地域的で全国的な レベルでとられている最善の実践活動を分かち合うことを目的とする。
④情報ショップ(Infoshop)──このプロジェクトはITを基準としたワン・ストップ
・ショップ(one−stop shop)である。地方政府の第一線のスタッフが,公共ないし 事業からの混合した質問に答えることを認める。プロジェクトは,地方の権威ある 部門が中央の政府とともに作業し,コストが有効な方法において,高品質の情報対 策が事業と広範なサービスにわたる公共に対して与えられる。たとえばフッド・ハ イグレーン社(FoodHyglene)や,健康・安全・計画社(Health and Safety and Plan- ning)がそうである。優秀ウェブサイト賞(An Award Winning Website)は,サー ビスを支援するまでに到達した。政府は最善の行動に努めている。
SBSは,「まず中小企業のことを考えよ」という原則と,規制改善特別委員会(Better Regulation Task Force : BRTF)によって設けられた公正な規制5原則である①透明,② 責任,③均整,④密度,⑤目標によって,統制する政府から委託されている。
内閣は,政策立案への指導指針である規制に関する影響評価(Regulatory Impact As-
sessment : RIAS)において明らかにしており,特定の規制上でSBSが経営診断しても
しなくても表示するであろうし,SBSはRIASにおいて表示されている見解を持つ権 利を保有している。規制政策と範囲が決定される段階で中小企業に影響するすべての提 案に関してSBSが当初から関わるために,政府の省は重要である。助言への要求を歓 迎し,特別な問題を経営診断されるべき中小企業社会において適正な接触を政府の省が 認めるように手助けしている。
SBSは以下のとおりの委託を行った。
①規制政策と規制実施に関する開発に影響を及ばすこと。
②規制要求に関する改善情報と改善指導を開発・推進すること。
③統制する政府を改革することを優先するために,中小企業に関して増大する規制の 影響と負担を測定すること。
④新しい規制の提案と経営診断の整序,指導に関して早期の段階で意見を求めるこ と。
⑤中小企業庁長官であるデビッド・アーウイン(David Irwin)は,規制の責任に対し て内閣の一員としての役割では,中小企業の見解を代表すること。
⑥委員会に報告する規制改革大臣と中小企業庁長官との会議を設定すること。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
194(194)
⑦EUの規制の影響とイギリスの規制実施に関する作業を行うこと。
事業が成長し企業が報われる環境を立法府が提供することが可能になる最善の指導と 助言を内閣は与える。一方で,公正な仕事と安全な生産,清潔な環境を確保するため に,最低限の基準が存在してい
20
る。
イギリスの中小企業政策の三つの特徴は,①市場メカニズムの重視,②支援対象の絞 込み,③民間の活用,であ
21
る。イギリスの中小企業政策には,中小企業を保護するとい う発想はなく,政策全体が市場主義で貫かれている。公共政策の範囲は,あくまでも中 小企業が競争に参加できる環境を整備することにとどめるべきだという考えに基づいて いるのである。そのため,国が企業に直接融資する制度は設けられていない。
イギリスでは,各施策機関が支援対象を明確に絞り込んでいる。一つは開業希望者で あり,もう一つは,成長力の高い企業である。イギリスでは,施策を実施するうえで民 間を活用している事例が数多く見られる。雇用創出や地域経済の振興,競争力の強化と いった目的を共有し,協力し合いながら中小企業を支援しているのである。
他方で中小企業政策は,英連合王国を構成する各地方政府に権限委譲し始めているの も最近の特徴の一つである。
1999年の法律による自治権の委譲により,スコットランドの行政部,ウェールズの 立法議会,北アイルランドの立法議会が設立され,これらの制度や実行されるべきもっ と地域に特化した計画に対して権限委譲されたことによって,経済開発に対する責任が 増大した。英連合王国では,新たに8つの地域開発庁(RDAs)が,1999年に創設され た。ロンドンを除いたすべての地域をカバーした中小企業計画と経済活動の調整を含 む,地域的な中心的課題を提供している。ウェールズとスコットランド,北アイルラン ドは,自治権委譲に先行して自ら整備を行った。スコットランドでは,地方企業・生涯 教育庁(ELL)が計画を公式化し,企業ネットワークに対する企業支援を外注した。ス コットランド企業庁(SE)とハイランド・アイランド企業庁(HIE)およびその22の 民間部門のネットワークの構成は,地方企業公社(LEGs)を誕生させた。北アイルラ ンドでは,中小企業への政府支援は,主として地方企業開発局(LEDU)によって提供 される。宗教会議・平和・調停パートナーシップと地方企業庁が含まれるところの,約 100の経済開発パートナーシップの集約的なネットワークによって,直接に操業されて い
22
るのである。
以上のとおり,イギリスの中小企業政策は現状において豊富化されてきているのが大 きな特徴である。しかし,相対的にイギリスの中小企業政策を評価すると,三つの問題
────────────
20 〔9〕。
21 〔4〕12ページ。
22 〔11〕p. 193。
イギリスの企業政策と中小企業(太田) (195)195
点が指摘されてきた。第一に,施策に一貫性が乏しいこと,第二に,施策組織が体系化 されていないこと,第三に,個々の施策機関においてサービスの質にばらつきがあるこ と,であ
23
る。
しかし,なおかつ,1970年代の中小企業政策の「準備期」から,80年代の「本格期」
を経由して,1997年以降における「発展期」を通して,この30年あまりの期間におい てイギリスの中小企業政策は,上記の欠点をも補完・是正してきた。「準備期」におけ る日米などの先進諸国の中小企業政策の習作や導入に始まり,「本格期」から「発展期」
を迎えることによって,徐々に独自色を強め,イギリスの産業構造や地域構造,中小企 業の課題に合致した,イギリスらしい中小企業政策への転換を図ってきたと評価できる であろう。
(なお本稿は,太田進一編著『企業と政策―理論と実践のパラダイム転換―』ミネルヴァ書房,2002年12 月刊行の第13章部分に加筆・削除・修正を行ったものである。)
参考文献
〔1〕太田進一「第18章イギリスの中小企業」森本隆男編著『中小企業論』八千代出版,1996年。
〔2〕岡田浩一「第6章イギリスの中小企業政策―サッチャー政権からブレア政権まで―」福島久一編著
『中小企業の国際比較』㈱新評論,2002年。
〔3〕藤森克彦「英国のブレア労働政権の「第三の道」と社会保障改革」『研究リポート』(富士総合研究 所)2000年10月。
〔4〕武士俣友生・神村法光・塩谷直樹「英国の中小企業政策に学ぶ―企業の可能性を引き出す競争イン フラ―」『国民生活金融公庫調査月報』February 2001,No. 478.
〔5〕渡辺俊三「ブレア政権による中小企業政策の展開」『中小企業季報』(大阪経済大学)2001年No. 4.
2002年1月。
〔6〕SBS vision, purpose, philosophy and strategy, http : //www.sbs.gov.uk/organisation/purpose.asp, 02/03/31.
〔7〕Small Business Service, 2001/02 Business Plan.
〔8〕Small Firms Loan Guarantee Scheme, http : //www.SBS.gov.uk/SFLGS/default.asp, 02/03/31.
〔9〕Regulations, http : //www.sbs.gov.uk/regulations/, 02/03/30.
〔10〕http : //www.tomokikugawa.fsnet.co.uk/three.htm, 02/03/30.
〔11〕OECD, OECD Small and Medium Enterprise Outlook, Enterprise, Industry and Services, 2000 Edition.
〔12〕David Goss, Small Business and Society, Routledge, 1991.
────────────
23 〔4〕12ページ。
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
196(196)