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石川県小松織物同業組合の機能 : 明治後期〜昭和 初期を中心として

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石川県小松織物同業組合の機能 : 明治後期〜昭和 初期を中心として

著者 竹内 庵

雑誌名 同志社商学

巻 56

号 5‑6

ページ 30‑49

発行年 2005‑03‑15

権利 同志社大学商学会

ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007311

(2)

石川県小松織物同業組

1

合の機能

──明治後期〜昭和初期を中心として──

竹 内 庵

はじめに

石川県能美郡内地用絹織物同業組合の機能

石川県能美郡内地用絹織物同業組合の定款変更とその機能変化

──大正5年重要物産同業組合法の改正との関連を中心として──

おわりに

はじめに

小松織物は近世以前からの長い伝統を有し,江戸期には相当の産業的発展をとげたこ とでも知られている織物である。本稿はこの小松を中心とした織物業の近代における新 たな発展過程を概観する中で,その担い手である同業者の組織面に焦点をあてその発展 的動向の背後にあって,具体的にどのような機能を担って展開していたのかを検討する ことがねらいである。検討の時期は資料の制約等もあり明治後期から昭和の初期頃まで とする。尚,具体的検討対象は石川県能美郡内地用絹織物同業組合とその後の同業組合 の活動である。

近年,在来産業を中心舞台とする同業組合の研究はかなり広がりをもってきている

2

が,同業組合の具体的機能も含めわが国の同業組合を歴史的に位置づける作業はまだ必 ずしも充分なものではないといえよう。因みに織物業に関して若干指摘しておくと,松 本貴典「両大戦間期日本の製造業における同業組合の機能」(『社会経済史学』第

58

巻 第

5

号,1992年)が同業組合の機能を総括的に示そうとしているし,橋口勝利「両大 戦間期知多綿織物業の国内市場展開」(『社会経済史学』第

69

巻第

3

号,2003年)は,

同業組合を直接対象としたものではないが,国内市場における同業組合の役割を視野に 入れている。また大森一宏「戦間期日本の海外情報活動」(『社会経済史学』第

69

巻第

4

号,2003年)は,綿織物を含め戦間期日本の代表的輸出産業は同業組合の組織化率が 高いことを検出し,同業組合の情報活動機能を評価している。織物業は一般的に江戸期 以来の伝統を有するわが国の代表的在来産業であることはいうまでもないが,実は明治 以降の同業組合(政策)の形成・展開過程においても織物業は主導的な役割を果たして

────────────

正確には明治36年成立の「石川県能美郡内地用絹織物同業組合」と名称変更後の組合をさす。

藤田貞一郎『近代日本同業組合史論』清文堂出版,1995年,はその一つの成果である。

0(550

(3)

いるといえるのであ

3

り,その意味でも興味のあるところである。

それではまず小松織物業の大まかな変化を概観することから始めよう。17世紀後半

期の天和

3(1683)年には,既に小松本町の家数 1,092

軒のうち

280

軒が「絹屋敷」で

あったと,川良雄『小松織物組合史』(小松織物工業協同組合,1965年,119ページ)

は指摘しており,また江戸後期の安永〜寛政期頃には,ほぼ連年

5〜7

万疋の「絹出来 高」があったことも明らかにされている。

ところで明治期織物業を全国的に検討した神立春樹氏は,石川県機業について「石川 県には小松・大聖寺に絹織物(加賀絹)が産出されるというように,すでに一定度の機 業の展開があったとはいえ,この両県(福井県と石川県−引用者)が機業県として登場 するのは明治二十年代に入ってからである。」(神立春樹『明治期農村織物業の展開』東 京大学出版会,1974年,27ページ)と述べ,石川県の織物業が福井県と共に明治

20

年 代以降新たな展開をみせるとしている。そしてそれは同時に機業を絹織物へと単一化し ていく時期でもあったのであるが,(同書,56ページ)さらにその後の展開で動力化に ついては明治

42

年から大正

3

年にかけて,石川県は力織機率を急速に高め「当時の織 物業の動力化の先頭に立っていたものと思われる。」(同書,58ページ)と指摘してい る。しかし石川県内に目を転ずると地域差がかなり存在し,動力化についても金沢市を 中心として進められており能美郡は遅いといったことも指摘されている。(同書,156 ページ以下)小松織物業の所在する能美郡は「きわめて多数の機業者をもつが,その圧 倒的多数が「家内工業」であって,独立の小規模生産者が多い。」ことが特徴であり,

そしてさらに「伝統的機業地小松町以外に多数の機業者をうみ出し,そこが能美郡機業 の担い手となっていく」(以上は同書,160ページ)と神立氏は述べている。

以上のように見てくると,小松織物業は近世期に相当の発展を示しつつもそのまま明 治以降の発展につながったというよりも,その周辺農村地域への拡大を含む新たな発展 形態がみられたといえそうである。つぎに小松織物業の生産動向を前掲『小松織物組合 史』(以下『組合史』と略す)の数値で簡単にみておこう。

1

表から窺えるように,能美郡内地用絹織物の生産量は全体的にみて拡大基調にあ ることは間違いなかろう。尚,『組合史』は当然ではあるが輸出羽二重の生産高は示さ ないが,明治末については第

2

表の数値が掲載されているので参考に示した。

それでは次に明治

30

年代に本稿で検討対象とする同業組合が成立するまでの能美郡 絹織物業の動きを簡単に窺い次節以下の本論に入ることにしよう。明治

16

年には輸出 羽二重が能美郡小松で試織されたのが石川県における発祥とされている

4

が,確かに明治

────────────

竹内 庵「同業組合の歴史的位置−産業=貿易構造との関連を中心として−」(神木哲男・松浦 昭編 著『近代移行期における経済発展』同文舘,1987年)。明治10年代については,同「明治10年代にお ける同業組合の位置」『四国大学紀要』第22号,2004年。

神立『明治期農村織物業の展開』168ページ。以下は『組合史』142ページ以下を参照。

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 551)3

(4)

20

年代以降にむけて能美郡絹織物業に新しい展開がみられている。明治

18

年には郡長 のすすめで小松町に「羽二重共同工場」が数名により設立され,19年には桐生から星 野伝七郎を招き指導を受けるとか,新田甚左衛門が同じ小松町に「機業改良会社」を同 志と始めている。さらに郡費の補助を得て機台

30

台を桐生から買い求め教師

8

名を招 き,輸出羽二重や内外向縮緬を製織するに至っている。しかしその後同社は成績は振る

1 能美郡内地向絹織物生産高

生産高(疋) 価額(円)

明治40 41 42 43 44 大正1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 昭和1 2 3 4 5 6

94,786 109,216 141,581 142,764 128,509 143,673 135,329 125,307 134,920 155,589 177,839 237,584 308,871 210,911 476,442 364,870 416,081 423,176 371,170 373,700 416,032 572,864 615,876 691,988 1,088,221

628,601 648,052 989,814 1,009,875 955,085 1,013,200 1,005,135 800,226 1,003,736 1,119,183 1,680,378 3,713,256 5,720,326 3,807,976 7,446,500 6,602,691 7,801,712 7,458,095 6,640,772 6,233,070 6,163,036 8,133,208 7,769,299 5,898,133 7,309,371

注:大正5年以降は生産高が組合の「業務成績」からも明らかになる。対照する と大正5・6年は両者の数値は一致するが,7年以降については数量では

「業務成績」の数字が10ヶ年,価額では8ヶ年大きい。しかしその違いはそ れ程大きいものではない。算定時期による違いかもしれない。

資料:明治40〜44については『組合史』153〜155ページ。大正1〜昭和6につ いては同書,398ページ。

2 能美郡輸出羽二重製造高

明治39 40 41 42 43 44

143,079 123,655 123,304 93,420 85,593 119,610

2,687,143 2,734,025 2,155,234 1,538,181 1,409,480 1,816,390 資料:『組合史』153ページ。

同志社商学 第56巻 第5・6号(25年3月)

2(552

(5)

わずこれは閉鎖となるが,23年には新田他

5

名が株主となり新会社「新田機業場」を 新たに創設している。尚,21年には機業改良会社に福井から伝習生が派遣され,その 技術で福井羽二重の端緒をつくったともされている。24年には岸本利助が「八ツ橋織」

を試織し,ついで「紋八ツ橋」「玉八ツ橋」などを製織している。26年には木下三郎が

「一本経平羽二重」の製織を案出しているが,これは一本経平羽二重の嚆矢であった。29 年には石田安兵衛が「紋織絹模範工場」を設け織機

30

台を備えている。30年には織物 の染色法改良で石田安兵衛が小松町に建言して染色伝習所を設け

5

た。

以上の流れをうけて,明治

30

年代には組織化の動きが具体的にみられてくるのであ る。ところで,同業組合政策史の流れについて付言しておくと,明治

20

年代特に後半 期には従来の同業組合準則(明治

17

年制定)の枠組を超える新しい展開がみられてく ることは周知のことである。つまり地方における重要・特定産業「特有物産」について は,「同業組合取締規則」によってより強力な組織が政策的に打出されてい

6

く。そして そうした政策登場の背景に

20

年代の全国的絹織物業の発展があるだろうという点をわ れわれは既に指摘してい

7

る。実は石川県もこの時期同業組合取締規則を制定しており,

その対象業種は絹織物業であったのである。実際同規則に基づいて「石川県絹織物同業 組合」が成立したようであるが詳細は不明である。ただ石川県の同業組合取締規則(明 治

29

1

月制定)の概要を『組合史』266ページは掲げているので示しておく。

一.県下一円をその区域とする 一.支部を各郡市におく 一.組合には県費補助を行う

一.製品について諸般の取締を行い,品質を検査して粗製濫造の弊を防除する 一.営業者を海外に派遣して,需要の状況と改良の要点を調査せしめる

ここでは石川県独自の取締規則の特徴が示されている。この段階で,県費補助と製品 の品質検査,さらに海外市場の動向調査を視野に入れている点に注目したい。このよう な経緯を経て明治

30

年代の組織化の動きが登場することを指摘しておきたい。

石川県能美郡内地用絹織物同業組合の機能

明治

20

年代以降の絹織物業の全国的発展を背景として,石川県でも同業者の組織化

────────────

5 『組合史』146ページ。

由井常彦『中小企業政策の史的研究』東洋経済新報社,1964年,38ページ。

竹内 庵「明治中期同業組合政策の展開−日本資本主義との構造的連関を中心に−」『地方史研究の諸 視角』安藤精一先生還暦記念論文集,国書刊行会,1982年),330ページ以下。

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 553)3

(6)

が問題となっていったと思われる。特に福井県と共に石川県は輸出羽二重を中心に発展 をみせる地域であったのであり,実際その過程で

20

年代後半期には既述のように同業 組合準則に基づく同業組合体制の枠を超えて,より規制力を伴う同業組合取締規則が絹 織物業を対象として石川県で制定されていたのである。しかしこの間における組織化の 動きは,能美郡に関する限り『組合史』はほとんど伝えていない。

しかし明治

30

年代に入り,30年の重要輸出品同業組合法及びそれに代る重要物産同 業組合法が制定されるに及び新しい動きがでてくる。31年には能美郡をはじめとして 金沢市・江沼郡・石川郡・羽昨郡・鹿島郡に組合組織が相次いで結成されてい

8

る。因み にこれらの地域で結成された組合は準則組合であるとされているが,(しかも能美郡の 場合,輸出織物業者のみならず内地織物業者それに問屋や仲買業者を網羅したとある)

「能美郡輸出織物同業組合」が同年

2

月に成立したという記述もあり,(『組合史』146 ページ)おそらく文脈から準則組合ではなく重要輸出品同業組合法に基づく同業組合で はないかと考えられる。しかし現在確認できていない。

この間の事情は明確ではないが,その後明治

35

4

月に至り,「石川県輸出織物同業 組合」が県下一円を区域として成立することになったため,各郡市の組合が廃止とな る。そこで能美郡の内地織物業者は組合組織の必要を痛感して,彼らもまた重要物産同 業組合法に基づく組合の結成を企図することになる。実はその前明治

34

11

30

日 付「認可

9

願」が県知事宛に既に提出されている。これによると営業の種類は,内地用絹 織物製造業者,同商業者であり,発起人

17

名の所在は小松町

15

名,本折村

1

名,田川 村

1

名となっている。小松町を中心とした構成となっている。その後組合の内容につい て詳細を求めた「照会」が

12

4

日付であり,それに対し

12

12

日に返答している 資料がある。その資料を掲げよう。

勧丁第一四二二号ヲ以テ絹織物同業者員数等取調可届出旨御照会ニ拠リ,別紙ノ通 リ調置達仕候也。

石川県能美郡同業組合発起人惣代 石田安兵衛 明治三十四年十二月十二日

第壱課長能美郡書記 岩地勘七殿 石川県能美郡絹織物同業者員数 一 六百七拾弐名 絹織物同業者

内 六百五拾弐人 製造業者

────────────

8 『組合史』226ページ。

9 『組合史』267・268ページ。

同志社商学 第56巻 第5・6号(25年3月)

4(554

(7)

弐拾人 仲買業者

組合之設置ヲ必要トスル理由

本郡ハ往昔ヨリ絹織物ノ製産地ニシテ近年製品ノ改良ヲ謀リ,一ノ同業団体ヲ起 シ,今日迄孜々連綿トシテ組合設置経続罷在候処,今般輸出羽二重ハ県下一般組合 ト相成候ニ付,絹織物重要物産ハ更ニ組合ヲ設立シ,法律第三十五号ニ基キ今一層 同業ノ秩序ヲ保持シ製品ノ粗製濫造ノ弊害ヲ矯正シ,益々団結ヲ固カラシメン為,

本組合設立ヲ必要トス。

地方経済上該物産ノ重要ノ程度

本郡ハ往昔ヨリ絹織物ノ生産地ニシテ,其後年々改良ヲ図リ奉書袖及斜子紋絹,

子リ絹等ヲ製産ス。就中小松町ノ如キハ住民過半数,該業ニ就事シ其他ハ近村ニテ 産出高不少。製出スル物品ハ加賀絹ト称シテ,京阪地方或ハ越後等ヘ販路スルニ 付,今ヤ益々信用ヲ得テ販路拡張セリ。依テ年ニ収入スル金額五拾余万円トス。郡 中経済上,一ノ物産タリ。

組合之目的

本組合目的トスル物品ハ,奉書袖・生絹・紋絹・斜子子リ絹・甲斐絹,其他組合 地区内ニ産出スル絹織物ノ品位ヲ進メ,信用ヲ保持シ販路之拡張ヲ謀ルコト。

組合業務概目

一 粗製濫造ノ弊害ヲ矯正シ,営業ノ秩序ヲ保持シ斯業発達ヲ謀ルコト。

一 営業上必要ナル事項ハ,之ヲ組合員ニ報導シ及組合員ノ需メニ応シ紹介ヲ為ス コト。

一 営業上ノ利害損失ニ関スル事項ハ質問応答ヲ為シ組合員ニ通知スルコト。

(ママ)

一 職工取締ニ関スル規定ヲケ并ニ職工奨励ニ関スルコト。

一 品評会ヲ開キ品位之進歩ヲ謀ルコト。

一 組合業務上ノ統計ヲ詳ニスルコト。

一 業務上ニ関シ行政庁ヘ意見開申シ又ハ其諮問ニ応スルコト。

────────────

0 「製産高」の表記は読みやすく改めた。尚,合計欄も略した。

本組合最近五ヶ年間ノ製産

10

年次

29 30 31 32 33

絹織物

95,018 91,098 111,756 73,620 71,000

447,806.73 509,486.90 619,037.76 495,060 410,500

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 555)3

(8)

一 博覧会共進会等開設スルトキハ之ガ出品ヲ勧誘スルコ

11

ト。

これによると,同業者

672

名で内訳は製造業者が

652

名,仲買業者が

20

名であっ た。ここでは製造業者の多さに注目しておきたい。生産高については,約

7〜11

万疋で

価額は約

40〜60

万円となっており,これらはすべて内地向として第

1

表と対照すると

やや低い数値となり,40年代に向けて生産高は上昇傾向にあったと思われる。「組合ノ 設置ヲ必要トスル理由」をみると,「近年製品ノ改良ヲ謀リ,一ノ同業団体ヲ起シ,今 日迄孜々連綿トシテ組合設置経続罷在候」とあるから,この段階までに何らかの組合組 織はあったものと思われる。また生産状況については,「就中小松町ノ如キハ住民過半 数,該業ニ従事シ其他ハ近村ニテ産出高不少」とあるのでこの段階で既に周辺農村へ の広がりが想定できる。組合の目的としては,「絹織物ノ品位ヲ進メ,信用ヲ保持シ販 路之拡張ヲ謀ルコト」を基本として,以下組合業務内容の要点が

8

点掲げられている。

ここからは「粗製濫造ノ弊害ヲ矯正シ,営業ノ秩序ヲ保持」することを前提に,漓営業 上の必要情報を組合員に周知させる 滷職工取締・奨励 澆品評会の開催とか博覧会・

共進会等への出品 潺組合業務上の統計の整備 潸行政との窓口機能等が指摘でき,こ れらがこの段階における主要な組合業務として念頭にあったといえよう。

ところでその後も認可がなく,明治

35

4

月再度願書を提出している。設置要請の 強さを示すものといえよう。「昨三十四年十一月三十日付ヲ以テ申請置候処,今以テ御 認可無之,然ル処今度石川県輸出織物同業組合設置認可相成候ニ付テハ,元組合ハ自然 ノ結果解散セシニ付,内地用絹織物……大イニ差閊ヲ来シ,不利益ノ廉有之候間,至急 発起認可相成候様致度此段相願候

12

也」という内容であった。結局知事から正式認可され たのは

35

7

3

日であった。その後創立総会を

9

20

日に開催し定款その他を協議 決定し,中央に認可願を提出後農商務大臣から正式認可が下りたのは

36

2

25

日で あっ

13

た。尚,創立総会出席者は製造業者

349

名,仲買業者

27

名,販売業者

3

名で計

379

名であった。こうして「石川県能美郡内地用絹織物同業組合」が発足することになった のであるが,以下では組合活動の基本となる「定

14

款」から主要な機能を探ることにしよ う。

定款は全体で

14

64

条からなっている。第一章「総則」第一条で,重要物産同業組 合法に基づく組合であることが明記される。第二章「名称組織区域位置」第三条で,営 業の種類は内地用絹織物製造業,同販売業,同仲買業で,地区は能美郡一郡とし事務所 は小松町に設置となった。次に第三章が重要である。全文を掲げよう。

────────────

1 『組合史』269〜271ページ参照。

2 『組合史』271・272ページ。

3 『組合史』287ページ。

4 『組合史』276〜286ページ。

同志社商学 第56巻 第5・6号(25年3月)

6(556

(9)

第三章 目的及業務

第六条 本組合ハ製品ノ粗製濫造ノ弊害ヲ矯正シ営業ノ秩序ヲ保持シ信用ヲ鞏固ニ シ斯業ノ発達ヲ謀ルヲ目的トス

第七条 本組合ハ前条ノ目的ヲ達スルタメ左ノ事項ヲ執行スルモノトス 一 営業上ニ関シ必要ナル調査及報告ヲナス事

二 斯業ニ関スル諸種ノ統計

三 業務上ニ関シ官庁ヘ請願ヌハ建議シ及ビ行政庁ノ諮問ニ応ズル事 四 職工取締ニ関スル事

五 職工奨励ニ関スル事 六 業務上参考品ヲ蒐集スル事

七 販路拡張ノ為メ内外枢要ノ地ニ製品見本ヲ陳列,若クハ送付シ及ビ視察員ヲ 派遣スル事

八 他府県同業組合ト気脈ヲ通スル事 九 品評会及共進会ヲ開設スル事

第八条 本組合ハ組合員ニ於テ製造スル絹織物ニ貼用スル左ノ証紙ヲ発行シ之ヲ組 合事務所ヨリ交付スルモノトス

第六条を前提に第七条は組合業務事項を示しているが,既述の組合申請時の資料中に みられる「組合業務概目」を具体化したものと思われる。比較すると大体同様である が,○販路拡張の具体策(七の製品見本陳列,視察員派遣等で,六も同列と考えられ る),○他府県同業組合との連繋(八)が組合業務事項として新たに付加されている。

第八条では組合員の製品に組合事務所交付の「証紙」を貼用する点が明示される。基本 的には県内外の情報を収集把握し,職工等の製造過程にも留意しながら製品の質を確保 して販路を拡大することが眼目であったといえよう。

第四章「加入及脱退」に続く第五章「製造業仲買業販売業者」が重要である。全文を 掲げよう。

第五章 製造業仲買業販売業者

第十五条 製造業者ハ左ノ各項ヲ犯スベカラズ

一 製造者ハ製品ノ両織端ニ太糸ヲ以テ線織込ムベシ

二 総テ製品ニハ其織端ニ組合ノ証紙ヲ貼用シ及ビ丈尺幅員記入ノ上,自己ノ名 記アル製造印ヲ以消印スベシ

三 総テ製品ノ耳又ハ織端ニ綿糸ヲ用ユル事ヲ不得 四 粗製濫造品ハ其注文ニ応スル事ヲ不得

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 557)3

(10)

五 商業者ハ結託シテ第二十六条ノ手続ヲ経スシテ密売スルコトヲ不得 六 総テ製品ノ畳方ハ組合ノ指揮ニ従ヒ決シテ自己ノ適宜ニ委ス事ヲ不得 第十六条 仲買業者販売業者ハ左ノ各項ヲ犯スベカラズ

一 製品ニ組合ノ証紙貼用シ丈尺幅員記入ナキモノ及ビ製造者ノ消印ナキモノハ 売買スル事ヲ不得

二 粗製濫造品ノ依頼アリト雖ドモ其注文ヲ受ス事ヲ不得

三 製造者ト結託シテ第二十六条ノ手続ヲ経ザル物品ヲ買取ル事ヲ不得

第十七条 本組合員ハ組合監査員ヲシテ製品ニ組合証紙ノ貼用及ヒ製造者捺印洩レ ノ有無其他営業ニ関スル監督ノ為メ臨検セシメタル時ハ正当ノ事由ナクシテ其臨 検ヲ拒ム事ヲ不得

製造業者,仲買業者,販売業者それぞれについての詳細な規制が注目される。第十五 条は製造業者についてであるが二項で製品の織端に組合証紙の貼用が義務とされ,その 次に「丈尺幅員記入ノ上,自己ノ名記アル製造印ヲ以消印スベシ」とあり,ここでは単 に組合組織レベルでの品質保証だけでなく,各製造者の自己責任の所在を喚起している 点は注目されよう。四,五項は取引上の項目だが,粗製濫造品は注文に応じてはならな いこと,商業者は

26

条の規定(これは丈尺幅員について規定外の注文品は取引前に

「組合事務所ヘ届出,組長ノ指揮ヲ乞フベシ」という規定)を経ないで密売することを 禁じたものであり,「製品ノ畳方」についても「組長ノ指揮」に従うべきことが示され ている。要するに第十五条二項の個別製造者レベルの品質管理も含まれてはいるが,あ くまでも組合規定に合致した商品のみ製造販売させるというのが基本であり,組合を中 心とした品質管理を明確にしているものといえよう。第十六条は仲買業者,販売業者に ついてであるが,製造者ヘの規制ほど詳細ではないがほぼ同様の規制が与えられてい る。第一項で組合の証紙貼用に加え「丈尺幅員記入ナキモノ及ビ製造者ノ消印ナキモノ ハ売買スルコトヲ不得」となっており,製造過程のみならず流通レベルでも個別製造者 の製造責任に対し監督の目を及ばせようとしている点は注目されよう。

第十七条は,以上のような規制を現実に機能させるための監査員に関する規定であ る。監査員が組合証紙の貼用・製造者の捺印の有無その他営業に関わる監督のために臨 検する場合を規定しているのであるが,広い意味での検査(員)規定といえるだろう。

第六章「職工取締ニ関スル件」に移ろう。第六章も全文示しておこう。

第六章 職工取締ニ関スル件

第十八条 同業組合員ハ相互ニ承諾ヲ得スシテ他ノ男女職工ヲ自家ニ使用スル事ヲ 不得

同志社商学 第56巻 第5・6号(25年3月)

8(558

(11)

第十九条 製造業者ニシテ職工ヲ雇入レ及ヒ伝習生ヲ置時ハ雇主ヨリ被雇人ノ住所 氏名生年月日并ニ戸主ノ氏名等ヲ詳記シ組合事務所ヘ届出テ左ノ証票ヲ受クベシ 届出テナキ職工雇人ハ事実ノ如何ヲ問ハズ自家ノ職工又ハ雇人トシテ主張スル 事ヲ不得 転居改氏名若シクハ毀損紛失等ノ場合ハ証票ノ書替又ハ再渡ヲ請クベ シ

(「証票」(表)(裏)は略す−引用者)

本条第一項及前項ノ場合ハ証票料トシテ金壱銭宛即納スベシ

第二十条 職工又ハ伝習生ヲ解雇若シクハ退場セシメタル時ハ直チニ組合事務所ヘ 届出既渡ノ証票ヲ返納スベシ

第二十一条 甲家ニ於テ使役スル職工又ハ伝習生ハ如何ナル業務ト雖モ他ノ製造家 ニ於テ雇使スル時ハ甲家ノ承諾ヲ受クベシ

第二十二条 職工ニ於テ解雇ヲ求ムル理由アルモ雇主ニ於テ正当ノ理由ナクシテ之 ヲ拒ム時ハ職工ヨリ組合事務所ヘ其旨届出スベシ 此場合ハ組長ハ事実ヲ糺シ之 ヲ所断ス 但伝習生ニ於テ退場ヲ求ムル時亦同ジ

第二十三条 職工中満五カ年以上同業務ニ従事シ他ノ模範トナル者アル時ハ其成績 詳細雇主ヨリ組合事務所ヘ届出スベシ 本条ノ場合ハ組長ハ其事実ヲ調査シ評議 員会ノ決議ヲ経テ相当ノ褒賞ヲ為ス事ヲ得

第十八・十九条は,組合員相互の承諾なくして職工・雇人を雇用できないとする原則 を組合事務所が管理する体制であり,組合への届出がない場合「職工雇人ハ事実ノ如何 ヲ問ハズ自家ノ職工又ハ雇人トシテ主張スル事ヲ不得」ということだから,個別経営権 の上で組合が職工管理するという古い体質とも思える。(第二十一条などはその可能性 を含んでいる。)しかし個別経営権を超えたところで同業組合が機能する体制を法的に 強化・制度化したことこそがまさにわが国の明治

30

年代以降の同業組合の特徴であっ た点を想記する必要があろ

15

う。当該期の職工規制についての充分な知識がないが,第二 十二条などをみると能美郡の場合必ずしも閉鎖的ともいえないようにも思え,組合が能 美郡内の職工雇人を一括して管理する体制がむしろ地域内の生産活動を有効に進展させ る条件となったのではないかと考える。第二十三条は,既述の第七条五(職工奨励)を 具体化したものといえよう。

第七章「製品丈尺幅員」は詳細な製品規格であるが,既述の第二十六条では規格外の 注文品は「組合事務所ヘ届出,組長ノ指揮ヲ乞フベシ」とされたのである。

第八章「役員資格権限及選挙」については特に指摘すべきものはないので,次の第九 章を検討することにしたい。

────────────

5 竹内「明治中期同業組合政策の展開」参照。

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 559)3

(12)

第九章 事務員ニ関スル規定

第三十七条 本組合ニ左ノ事務員及使丁ヲ置ク 一 書記 若干名 有給

一 監査員 若干名 同上 一 量目検査員 若干名 同上 一 使丁 若干名 同上

第三十八条 前条ノ事務員等ハ評議員会ノ協賛ヲ経,組長之ヲ任免ス

第三十九条 監査員ハ組長ノ指揮ヲ受ケ組合地区内ヲ巡視シ製品ニ組合証紙ノ貼用 洩レ等ノ有無,定款ニ違犯セシ者及ヒ違犯ト認メタル者ハ説諭ヲ加ヘ,猶応セザ ル者アル時ハ組長ノ処分ヲ乞フベシ

第四十条 監査員ハ組合員ノ営業ニ関スル帳簿物件ヲ閲覧シ又ハ営業者ニ尋問スル 事ヲ得 本条ノ場合ハ組長ノ命令書ヲ携帯スベシ

第四十一条 書記ハ組長ノ指揮ニ従ヒ庶務ニ従事シ其他金銭ノ出納ヲ取扱フモノト ス

第四十二条 量目検査員ハ組合地区内外ノ生糸絹織物ノ量目検査ヲ求ムル者アル時 ハ之ヲ検査ス 此場合ハ検査手数料ヲ徴収ス

書記,監査員,量目検査員等の組合事務員等は,組長に任免権があることが第三十八 条で規定され,第三十九条では監査員は「組長ノ指揮ヲ受ケ組合地区内ヲ巡視シ製品ニ 組合証紙ノ貼用洩レ等ノ有無,定款ニ違犯セシ者及ヒ違犯ト認メタル者ハ説諭ヲ加ヘ,

猶応セザル者アル時ハ組長ノ処分ヲ乞フベシ」とされており,監査員を中心とする製品 管理体制を組合全体が支持しているものといえよう。第四十条では,「監査員ハ組合員 ノ営業ニ関スル帳簿物件ヲ閲覧シ又ハ営業者ニ尋問スル事ヲ得 本条ノ場合ハ組長ノ命 令書ヲ携帯スベシ」とされ,組長の権限下ではあるが,監査員は個別営業者の帳簿物件 の閲覧あるいは営業者への尋問が可能であることを明記したのである。第四十二条で は,量目検査員を設定し,必要な場合「組合地区内外ノ生糸絹織物ノ量目検査」が可能 となる体制を設けている。

既にみたように,第五章で製造過程・流通過程における厳格な製品管理体制を規定し たが,本章ではそれらを有効に機能させるために,監査員による商品管理体制ともいえ る仕組を改めて明記している点に注目したい。個別営業者の帳簿閲覧等を含むかなりふ み込んだ業務内容となっているのである。

次に第十章「会議ニ関スル件」,第十一章「会計ニ関スル規定」と続くが,第十二章

「違約者処分」では第五十五条に注目しておこう。第五十五条は「違約者ハ処分ノ通知 ヲ受ケタル日ヨリ七日以内ニ過怠金ヲ組合事務所ヘ納入スベシ 若シ期日内ニ納入セザ

同志社商学 第56巻 第5・6号(25年3月)

0(560

(13)

ル者アル時ハ組合ハ法衙ノ制裁ヲ仰クモノトス」であるが,重要物産同業組合法の規制 力を背景にした条文である。過怠金を納入しない者には司法に訴えると規定しているの である。第十三章は「定款変更増補及組合解散ニ関スル規定」であり,第十四章「補 足」では若干の条文が加えられている。以上が定款の概要である。

以後組合は定款第三章に代表される組合業務を展開することになるのだが,その背後 には第五章でみた生産者・販売者に対する厳格な規制が設定されているのである。そこ では個別製造業者の製造責任をも視野に入れながら,基本的には組合による品質管理を 明確にして販路拡張をはかるという意図が充分読みとれる。この段階では商品検査は組 合業務としては前面には出ていないが,広い意味での検査体制は特に第五章・第九章で 理解できたようにかなり整っているといえるし,商品に対する管理意識は相当に感じと れるのである。こうした組合組織のあり方は,当然当該期の市場動向,つまり

20

年代 から大きく拡大をみせていく絹織物市場の動向を反映したものであったと思われる。内 地向織物といえども間接的には国際市場と繋がっているのであり,能美郡内地用絹織物 同業者はそうした国内外の市場動向を感じとりながら組合運営を迫られていたのであ る。

既述のように,能美郡は独立の小規模業者が多いことを神立氏は析出したが,彼らは 輸出物と内地物とで必ずしも分断されていたのではない。実際彼らは輸出向と内地向を 市場動向に対応して生産していたといわれている。『組合史』は「石川県の産業」から 大正初期(4年)の当地方の業界の大要を抜き書きしている。

「当時,能美郡の機業戸数は千六百八十四戸であって,全県下三千三百二十八戸中 の五〇%を占めていた。機業者は,内地織物組合と輸出織物組合の二組合の組合員 となっていて,内地織物が好況であれば,輸出織物業者がこれに転じ,輸出織物活 況を呈すれば,内地織物業者がこれが転織を始める風習があった。

工場組織の業者は,概して輸出羽二重を製造し,家内工業の比較的大きな業者 は,内地用織物を,小さな家内工業者は副業的に綿織物,麻織物,紬類をつくる傾 向にあっ

16

た。」

「内地専業者は三割,輸出専業者は二割,その時の利益関係で双方を併織しうるも の五割の割合となってい

17

る。」

こうした能美郡内地用絹織物業者の現実的基盤の上に同業組合は結成されていったと いえるのである。

────────────

6 『組合史』163ページ。

7 『組合史』165ページ。

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 561)4

(14)

石川県能美郡内地用絹織物同業組合の定款変更とその機能変化

──大正

5

年重要物産同業組合法の改正との関連を中心として──

本節では,明治

36

年に成立した能美郡内地用絹織物同業組合のその後の展開を通じ て同業組合の機能変化を検討することが課題である。特に定款変更の過程をフォローす るというのが具体的作業である。その場合大正

5

年の重要物産同業組合法の改正との関 連が一つの焦点となる。

定款変更については明治

30

年代は充分明らかではないが,明治末の

44

年頃からかな り追跡が可能となる。明治

44

年には以後の組合定款の概観からしてもかなり大きな変 更がなされたことが窺える。残念ながらこの

44

年の定款変更関連の原資料は『組合史』

には掲載されていないが,「主なる変更事項」が列記されているので示してみよう。

一 組合名称を能美郡内地織物同業組合と改正したこと 一 精練業者を新しく組合加入を認めたこと

一 組合の業務に左記の事項を新しく追加したこと

1.各種織物の意匠考案に関し内外の標本を蒐集し当業者の参考に供す 2.組合業務に関し功績著しき者を表彰すること

3.職工傭人に対し慰安の方法を設くること 4.組合主催の講演会を設くること

5.新規織物考案者を保護奨励すること

6.染色上の智識を普及せしむる為,必要に応じ伝習所を設置すること

一 製品に関する規定を全部改正したこと

一 組合員間に生ずる紛議は当事者の請求に依り組合に於て之を仲裁又は調停する こと

一 其他業務追加又は製品規定改正に伴う条文の修正又は追加をなしたこ

18

まず組合名称が若干変更になっている点,精練業者が新たに組合員となった点がある 他,組合業務に

6

点新事項が追加されたことが注目される。いずれも生産を促進させる という意味あいの具体策であると特徴づけることができる。1は織物の意匠の改良策,

4

は講演会,2・3・5は組合業務者,職工,新規織物考案者等への奨励ないし配慮,6 は染色技術に関するものとなっている。

石川県の絹織物業は既述のように明治末〜大正初期にかけて機械化が急速に進展し,

────────────

8 『組合史』307ページ。

同志社商学 第56巻 第5・6号(25年3月)

2(562

(15)

構造的にも大きく変化をとげようとする時期であった。神立氏がこの時期の石川県機業 について,当時の織物業の動力化の先頭に立っていたものと思われると述べたが,能美 郡は県内では動力化が遅れるとはいえ,そうした状況下で小松織物業周辺でも次のよう な変化が起ころうとしていた。明治

30

年代から若干みておこう。明治

35

年は内地用絹 織物同業組合の設立に動いている時期であったが,同年小松町長は桐生・足利・八王寺 などに石田安兵衛を視察に赴かせる一方,町費でジャガード機を

30

台購入し,業者に 貸与製織させてい

19

る。36年には郡費補助をえて,「機業試験場」を設けている。39年に は武部政吉が郡技手と共に絹綿交織の半襟地を製織しているし,奈良本玉吉他数名は輸 出紋羽二重の販売拡張に努めている。41年には木下三郎が小松町の工場ではじめて力 織機を備えており,これが能美郡における力織機使用の始めであったとしている。因み に金沢では

33

年で

8

年の遅れであったが,これが工場経営の改善となり以後賃織によ る手織が次第に減少していったとし,41年は当地方の産業革命の年であると『組合史』

は記している。尚,44年は同業組合定款が大幅に変更された年だが,同年には本仁粂 次郎がはじめて電力で力織機を運転している。

この時期組合業務として新しい事項が追加されたことは当該期の構造的な変化への対 応であったと思われる。さらに変更項目をみると「製品に関する規定を全部改正した」

とある。内容は不明だがおそらく明治

36

年定款で既に検討した製造業者,仲買業者,

販売業者への規制等も含まれるだろうと思われる。規制の枠組を大きく変化させたこと は間違いなかろう。大正

5

年に重要物産同業組合法が改正されそれに伴って各地の組合 にも変化がみられることが予想されるが,ここでは大正

5

年以前に能美郡組合では新し い変化が既に起っていたことに注目しておきたい。変更事項で今一つ留意しておきたい 点は,組合員間の紛議調停機能が明記されたことである。「組合員間に生ずる紛議は当 事者の請求に依り組合に於て之を仲裁又は調停すること」という内容である。能美郡の 当組合の場合,組合機能としてはそれ以前には見られなかったものであり,この時期に 新たに登場した機能であることを記しておきたい。

ところで,大正

5

年にも大幅な定款変更がなされるが,これは重要物産同業組合法の 改正に伴うものであった。大正

5

11

29

日付で組合長から知事宛に「重要物産同業 組合法改正ニ伴ヒ組合定款変更,検査員選任規定等ヲ設クルノ必要ヲ生シ候ニ付,十一 月二十二日組合総会ニ於テ別紙決議書朱書ノ通リ議定候条,御認可相成度此段及申請候

20

也」という資料がある。この文面にあるように検査員関連の法改正を受けた定款変更で あるが,われわれの関心からすれば極めて重要であるので検討を加えたい。『組合史』

によると改正条文のみ示されている

21

が,それでも相当の分量となっている。かなりの改

────────────

9 以下は『組合史』148ページ以下参照。

0 『組合史』308ページ。

1 『組合史』308〜313ページ。

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 563)4

(16)

正であったことは間違いなかろう。第五章「加入及脱退」に数ヶ条,第七章「役員ノ資 格権限及選挙」にかなりの条文変更があるが,第九章「事務員」が条文は少ないが重要 である。全文を掲げる。

第九章 事務員

第三十五条 本組合ニ左ノ事務員ヲ置ク 一 理事 一人

一 書記 若干人 一 検査員 若干人

第三十六条 理事ノ任免ハ評議員会ノ協賛ヲ経テ組長之ヲ行フ 書記及検査員ノ任 免ハ副組長及理事ノ意見ヲ聴キ組長之ヲ行フモノトス 但検査員ノ選任解任ハ地 方長官ノ認可ヲ受クルコトヲ要ス

第三十七条 理事ハ組長ノ指揮ヲ受ケ諸般ノ事務ヲ担任シ書記ヲ指揮監督ス 書記 ハ組長及理事ノ指揮ヲ受ケ事務ニ従事ス

第三十八条 検査員ハ検査員服務規定ニ拠リ其事務ニ従事ス

以上のように第三十五条で「検査員」が明記される。大正

5

年組合法改正の重要なポ イントは単なる検査規定ではなく,検査員に関する規定が法の中に大きく位置づけられ たことであっ

22

た。法改正の内容についてはここでは言及しないが,1点指摘しておく と,この改正法の対象業種は表面的には輸出関連業種が念頭にあったことは否定できな いが,国内向産業と無関係であったわけではないということである。同業組合における 検査員の明確な位置づけは重要物産同業組合の全体に少なからぬ変化をもたらしたと思 われるのである。本稿で対象とする能美郡の内地織物同業組合はその一つの典型的事例 となるはずである。第三十六条では,理事・書記については任免の最終決定権は組合長 にあると規定するが,検査員については但書にあるように地方長官の認可が必要とされ た。つまり検査員は組合組織から自立し,いいかえると組合長を中心とする組合幹部の 支配下から離れうる体制が築かれたということである。ここに大正

5

年組合法の改正が 地方の現場で具体化していることを確認できるのである。第三十八条では「検査員ハ検 査員服務規定ニ拠リ其事務ニ従事ス」としている。従って,検査員服務規定が重要と思 われる。第十章「会議」もかなりの条文変更があり,さらに第十一章「会計」,第十七 章「組合解散及精算」にそれぞれ

1

条変更がある。以上が定款変更の概要である。

────────────

2 竹内 庵「大正5年・重要物産同業組合法の改正と経済調査会」『四国女子大学紀要』第10巻第2号,

1991年,及び同「生産調査会における同業組合問題の一考察−1910〜1912年−」『四国女子大学紀要』

11巻第2号,1992年,参照。

同志社商学 第56巻 第5・6号(25年3月)

4(564

(17)

ところで検査員制度に関連して『組合史』は定款変更条文の後に,「検査員選任規定」

「検査員服務規定」「検査員懲戒規定」「検査員俸給支給規定」「検査員旅費支給規

23

定」を それぞれ掲載している。従って大正

5

年の定款変更はこれらを含め一体として理解する 必要がある。まず「検査員選任規定」をみよう。

検査員選任規定

検査員ハ廉直ニシテ且ツ剛毅ナル素質ヲ有スル者ニシテ左ノ各号ノ一ニ該当スル資 格ヲ具備スル者ヲ選任ス

一 高等小学校卒業程度以上又ハ中学校第二級程度以上ノ学力ヲ有シ一年以上検査 ニ関スル職業又ハ任務ニ従事シタル者

二 検査品ニ関係アル技術ニ堪能ナル者

検査員は「廉直ニシテ且ツ剛毅ナル素質ヲ有スル者」でなければならないとし,検査 に関わる学識経験が必要であると位置づけられていることに注目しておこう。次に「検 査員服務規定」を掲げる。

検査員服務規定

第一条 検査員ハ組長ノ監督ヲ受ケ事務ヲ掌理ス

第二条 前条ノ監督ハ検査員ノ判断ニ影響ヲ及スコトナシ

第三条 検査員ハ素行ヲ慎ミ職権ヲ濫用セズ懇切叮寧ヲ旨トスヘシ

第四条 検査員ハ定款ノ規定ニ従ヒ厳正確実且迅速簡便ニ之ヲ行ヒ検査品ノ取扱ニ 鄭重ナルヲ要ス

第五条 検査員ハ検査品ニ関スル営業ニ従事シ又ハ検査品ニ関スル営業ヲナス他人 ノ使用人を兼ネルコトヲ得ス

第六条 検査員ハ職務ニ関シ組合員ノ秘密ヲ漏洩スヘカラス

第七条 検査員ハ組長ノ承諾ヲ得ルニ非サレハ擅ニ職務ヲ離レ又ハ職務上居住ノ地 ヲ離ルコトヲ得ス

第八条 検査員ハ其職務ニ関シ組長ノ承諾ヲ得ルニ非サレバ何等ノ名義ヲ以テスル ト直接又ハ間接ナルトヲ問ハス組合員ヨリ贈遺ヲ受ケ又ハ其饗応ヲ受ケルコトヲ 得ス

第九条 検査員ハ毎月十五日迄ニ翌月ノ検査施行ニ関スル計画ヲ定メ組長ノ承諾ヲ 受クヘシ

第十条 検査員ハ其月ニ於ケル検査ノ成績ヲ翌月五日迄ニ書面ヲ以テ組長ニ報告ス

────────────

3 以上は『組合史』313〜316ページ。

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 565)4

(18)

ヘシ 但其急ヲ要スルモノハ其都度之ヲ為スヘシ

第十一条 検査員ハ定款違反者ヲ発見シタルトキハ先ツ其故意ニ出デサルモノハ之 ヲ戒告シ故意ニ出テタルモノハ直ニ之カ処分ヲ求ムルノ手続ヲ為シ又ハ其権限内 ノ事項ニ付テハ自ラ所定ノ処置ヲ為スベシ 前項ノ処置ヲ為シタルトキハ遅滞ナ ク之ヲ組長ニ報告スヘシ

第十二条 前条第一項ノ場合ニ於テ組長又ハ役員会ノ措置定款ニ違背シ又穏当ナラ スト認ムルトキハ検査員ニ於テ意見ヲ述フルコトヲ得 前項二条ニ依リ意見ヲ述 ヘタルニ拘ハラス其措置ヲ改メサルトキハ其旨ヲ知事ニ報告スヘシ

第十三条 検査員ハ組合員ノ定款違反ニ関スル帳簿ヲ作成シ戒告及初犯以上ノモノ ヲ登録スヘシ

みられるように検査員業務の基本に関わる詳細な服務規定といえよう。ここで検査員 が組合長から一定の距離がおかれていることは,第一・二・十二条からも窺うことがで きる。また第四条では,検査員は「厳正確実且迅速簡便ニ之ヲ行ヒ検査品ノ取扱ニ鄭重 ナルヲ要ス」とあり,第六・七条さらには第八条も検査員の業務姿勢を述べており,こ の時期検査員規定の登場によって,検査員自体はもとより組合関係者は検査に対し意識 の変化を促されたものと思われる。尚,「検査員懲戒規定」は検査員業務に明確な懲戒 規定を与えたものである。さらに「検査員俸給規定」「検査員旅費支給規定」があり,

検査員は組合活動の中で特異な存在が与えられることになったことが解る。そのことは 別言すれば,この段階以降検査員を軸とした検査体制の整備は,同業組合の独占的閉鎖 性を崩壊させつつより市場動向に対応しうる方向を与えることになったといえるのでは ないかということである。当該期の政府の政策意図がここで具体化していることを確認 できたのである。

さて,大正

5

年の大幅な定款変更後は昭和初期までそれ程大きな変更は見当らない が,簡単に概要を窺っておきたい。まず大正

7

3

月に行われた変更事項では,第一項 目に「組長は事務員又は検査員を営業所又は其他の場所へ派遣し一定の調査又は検査を 為さしむる事」とあり,「営業所」等への派遣が明文化している。他は,役員・評議員 の任期,選挙関連の変更といった程度であるが,ここでも事務員・検査員の業務活動内 容が整備されていったと思われる。その後大正

9

8

月,10年

2

月・10月,12年

8

月,14年

3

月,昭和

2

5

月,5年

2

月と変更があるが,大きいものではなくまた指摘 すべきものもない。ただ

1, 2

点だけ記しておきたい。大正

10

2

月に検査員旅費支給 規定が変更になってい

24

る。みておこう。

────────────

4 『組合史』319ページ。

同志社商学 第56巻 第5・6号(25年3月)

6(566

(19)

検査員旅費支給規定変更

第二条 旅費ハ別表ニヨリ順路ニ従ヒ之ヲ支給ス 鉄道旅行ニハ哩数ニ応ジ鉄道賃 ヲ水路旅行ニハ海里数ニ応シ船賃ヲ支給ス

但シ郡内ノ出張ニテ宿泊ヲ要セザル場合ハ日当ノミヲ支給ス

(別表略−引用者)

変更理由

郡内ノ出張ニ旅費支給上里程ノ算出錯雑ナルヲ以テ支給額ヲ増シ日当ノミヲ支給セ ントスルニヨル

ここから,検査員の郡内での活動が活発化したための規定変更と思われる。

昭和

5

2

月の変

25

更に関しても

1

点指摘しておきたい。当該期には撚糸業者が増加し たようで,彼らを組合員として新たに加えている。従って定款第三条は次のようになっ た。

組合定款改正

第三条 本組合ヲ組織スル営業ノ種類左ノ如シ 第一部 内地織物製造業

第二部 同問屋業仲立業 第三部 精練業

第四部 撚糸業

(以下略−引用者)

尚,『組合史』323ページには,以下のような撚糸業者の所在が示されている。撚糸 業者

28

名がこの段階で新たに組合に加入したのだが,彼らの所在は小松町が

9

名と多 いものの,農村部に広く散在していることに注目しておきたい。昭和

5

2

月にはさら に臨時組合会で組合名称変更もなされ,第二条が「本組合ノ名称ハ小松織物同業組合ト 称ス」となったのである。

────────────

5 『組合史』323ページ以下参照。

3 撚糸業者の所在(昭和5年)

小松町 9 根上町 4 御幸村 3 寺井野町 3 苗代村 2

久常村 2 山上村 2 板津村 2 栗生村 1 28

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 567)4

(20)

以上本節では,明治

36

年の能美郡内地用絹織物同業組合定款が明治末以降どう変化 するかを概観することによって,同業組合の機能変化の実態に迫ろうとしたのだが,そ こから明らかになったことは明治末から昭和初期の期間内においてみるならば,大正

5

年の定款変更が最大のウェイトを占めていたという点である。しかもそれは単に定款変 更の量が多いというだけでなく,その内容において注目すべき特徴を指摘することがで きたのである。この定款変更は直接的には大正

5

年の重要物産同業組合法の改正を受け てなされたものであったが,能美郡の当組合では「検査員」の条文への明記を中心とし て,検査員の組合組織からの自立性の確立(変更定款第三十六条,「検査員服務規定」

の第一・二条に端的に示された)にみられるように,検査員の組合内における特異な位 置づけが重要である。当該期におけるわが国の同業組合政策は,明治

30

年代以降量的 に拡大していた実態としての同業組合を輸出産業を中心として念頭におきつつ,行政権 力の介入を通じて大きく再編成していこうとするものであった。その具体策がまさに同 業組合の検査制度の改革であったのである。能美郡内地織物同業組合は直接的には国内 市場を対象とする組合であるが,こうした政策に機敏に反応して極めて厳格な検査制度 を定款変更を通じて具体化したのである。こうした能美郡の当組合の行動を起こさせた ものは,単なる上からの法令の強制という側面だけでなく,能美郡組合をとり巻く国内 外の市場動向であったであろうと考えられる。その点で,大正

5

年の定款変更以前の明 治

44

年に既に大きな定款変更を経験していることに注目すべきと思う。この時期生産 促進策として多くの具体策が組合業務として登場しているし,何よりもそれまでの製品 規制を全部改正するといった対応を迫られていたことは象徴的であろう。具体的条文内 容が明らかになれば大正

5

年の変更よりあるいは量的に多いことも推定できるのであ る。こうした組織変更を経験する過程を通じて能美郡の同業者は力を蓄積していたと考 えられるのである。大正

5

年の定款変更を通じてなされた新しい同業組合体制は,結果 として確かに能美郡内地織物の生産高の増加を促進したといわねばならないであろう。

おわりに

ここでは本稿の検討から明らかになった事実の概要を示しておこう。

(1)まず全体として小松町を中心とする能美郡内地用絹織物業者は,明治以降の市場 動向特に

20

年代以降の絹織物業の全国的発展過程の中にあって,そうした動向に対応 しようとして同業組合の設置を強く求めていたことが指摘できる。明治

35

年の重要物 産同業組合の設立過程については,輸出物については県下一円を区域とする「石川県輸 出織物同業組合」がスンナリ成立したのに対し,内地物を対象とする石川県能美郡内地 用絹織物同業組合が重要物産同業組合法に基づいて成立するにはかなり手間どったとい

同志社商学 第56巻 第5・6号(25年3月)

8(568

(21)

う側面はあったが,彼らもまた組合が必要であったことは資料「照会」および

35

4

月の再度の願書からも充分窺うことができたのである。

(2)明治

36

年成立の石川県能美郡内地用絹織物同業組合の具体的業務としては,列 挙すれば漓営業上の調査・報告等広い意味での情報提供 滷職工奨励・取締 澆諸種の 統計整備 潺行政との窓口としての機能 潸製品見本の陳列・視察員派遣等による販路 拡張 澁品評会・共進会の開催 澀他府県同業組合との連繋,等を指摘することができ た。能美郡内地用絹織物同業組合は,こうした具体的業務を中心として以後展開してい くことになるが,定款第五章で製造業者,仲買・販売業者に関し規定されていたよう に,個別製造者の製造責任をも視野に入れながら,全体として組合員の生産・流通過程 に厳格な規制を加えることによって,組合による商品管理体制を明確にし販路拡張をは かるというのが,組合の主たるねらいであったといえる。広い意味での商品検査はこの 段階でも充分機能しうる体制にあったのである。

(3)明治末〜昭和初期における組合活動を定款変更を通じて眺めてみると,大正

5

年 の定款変更が一つの大きな画期になっていることが指摘できた。これは重要物産同業組 合法の改正を受けたものであったが,同業組合内における検査員の位置が明確にされし かも組長以下組合幹部の支配に左右されない自立性が確保されるという組合体制であっ た。これは従来の同業組合の運営から一歩踏み出た新しい制度づくりであったといえ る。

能美郡の当組合がこうした機敏な対応が可能だったのは,当該期の内外の市場動向に 敏感に反応しうる条件が同業組合内部に蓄積されていたことによるものと推定できる。

能美郡地域でも機械化・動力化が始動していくが,明治

40

年代のまさにその時期・44 年に大幅な定款変更がなされていたことは無関係ではなかろうということである。

ところで大正

5

年に新たに整備された同業組合の体制は,昭和期にかけての生産高の 増進に確かに寄与したものと思われる。直接輸出市場に結びつくものではなかったが,

内地用織物業の発展局面を担った石川県能美郡の当組合は,わが国同業組合の一つの典 型的な事例を提供しているように思うのである。

石川県小松織物同業組合の機能(竹内) 569)4

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