昭和初期,小売商業における「統制機能」再検討
著者 吉田 裕之
雑誌名 同志社商学
巻 56
号 5‑6
ページ 68‑82
発行年 2005‑03‑15
権利 同志社大学商学会
ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007313
昭和初期,小売商業における「統制機能」再検討
吉 田 裕 之
はじめに──問題提起にかえて──
蠢 商業組合における「小売統制機能」の態様 蠡 商業組合における「小売統制機能」の変容 蠱 「百貨店問題」をめぐる商業組合の位置づけ
おわりにかえて
はじめに──問題提起にかえて──
手元に一編の古びた論考がある。筆者が大学院に在籍していた当時の,原稿用紙二十 数枚の手書きもので,「近代商業史特講」担当教授:藤田貞一郎氏の朱筆の跡がある。
「残念,腰くだけ。しかし,この問題をさらに突込んでみよ。」ほとんど全ての項に書き 込みがなされた朱筆はこれで終わっている。
朱筆にある「この問題」とは,「昭和十二年(1937年),百貨店法の成立の同年二月 十六日,東京商工会議所が提示した小売商業統制組合法案要綱」にまつわる問題であっ た。そして,「腰くだけ」とは,小売統制問題に行き着きながら,なんら言及せずに論 を終えようとしている事を指す。爾来,四半世紀。この論考を事実上の契機として,筆 者にとっては全くの門外漢の研究領域であった商業政策史研究がはじまる。
冒頭ここにあげたことは,当時担当教授であった藤田貞一郎氏にまつわるエピソード を意図しない。ノスタルジアでもない。本稿における問題意識への導入を意図してい る。けだし,昭和初期における商業政策の理解は未だに多様性に満ちているからであ る。その多様性は史実に対する認識不足に起因するとしても,商業政策史にかかる史実 の整理が必要なことだけは確信できる。
その際,鍵となる概念は二つあると考えられる。すなわち,「営業の自由」と「組織 化による統
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制」である。しかも,これら二つの概念は,相対立するものではなく,表裏 一体の概念として理解されるべきものであるというのが,筆者の本論における問題意識 である。
藤田氏おいても,「営業の自由」に関する問題意識から,「組織化による統制」を理解 しようとする問題意識を提示している。たとえば,以下のような記述がこのことを物語 ってい
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る。すなわち,
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1 まさに,上述した「最後の朱筆」はこの「組織化による統制」問題を指摘したものであった。
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「同業組合に対して,規制緩和の視点から,時にその機能を制限したかと思う と,時には規制強化を認めるという動きは,これ全て政府行政当局側からでたもの であった。したがって,重要物産同業組合法第四条但書により,百貨店と公設市場 は同業組合に加入する必要なしとする,昭和三年(1928)の商工大臣裁定が出るわ けである。同業組合側は強制加入遵守を言うに終始し,これに対して百貨店と公設 市場側は同業組合に加入しなくても良いのだから公(おほやけ)ならざる
public
理念とは遠く離れた個人の権利・私権の主張としての,むき出しの『営業の自由』…(略)…に従って営業活動に邁進すればいいのだと言うことになる。もっとも,こ れを野放しにしておくことは経済社会のあり方として,行政は難題にぶつからざる を得ぬから,これを避けるべく自ら乗り出し一定の枠をはめる。これが昭和戦前期 の,いわゆる第一次百貨店法が出てくる理由であると,私は考える。」
そもそも,この「むき出しの『営業の自由』」は,(筆者の問題意識の範囲において)
遡れば,明治期初頭における株仲間解散のよる経済社会の混乱・難題を生み出し,これ に対処しようとした政府行政当局に「一定の枠」=「同業組合への組織化による統制」を 提示せしめ,重要物産同業組合法として制度化のための法的基盤を与えた経緯をもつも のであ
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る。が,しかし,以後の日本における経済の発展,とりわけ,日用品流通機構の 近代化にとって,「同業組合への組織化による統制」の役割の終了と弊害が認識された 時,政府・商工省は,なし崩し的に,同業組合の形骸化(重要物産同業組合法を廃法処 理とはせずにという意味においての)を画策する。その第一弾こそ,昭和三年(1928 年)の百貨店と公設市場の同業組合への強制加入除外裁定である。ここに,日用品流通 機構,とりわけ小売部門に,新たな「むき出しの『営業の自由』」とその弊害=野放し 状態が,藤田氏の記述の如く,頭をもたげてくる。そこで,政府・商工省は,同業組合 に代わる新たな「一定の枠」を提示するために,昭和七年(1932年),商業組合法をそ の法的基盤とする「商業組合への組織化のよる統制」の実施を画策する。第二弾の幕開 けである。
これ以後,百貨店商業組合,商店街商業組合,商工組合中央金庫を始め,商業組合法 改正にいたる一連の法的制度的措置は,全て「新たな組織化による統制」(=同業組合 によらない統制の整備)よって,日用品流通機構の近代化=前期的商業資本の日用品流 通機構からの駆逐を意図して画策されたものと解することができよう。
このことからも理解できるように,「営業の自由」を望めばそれほどに,「ある一定の
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2 藤田貞一郎『近代日本経済史研究の新視角』清文堂,2003年,465ページ。
3 同業組合における統制と営業の自由については,藤田貞一郎「同業組合と営業の自由」(『近代同業組合 史論』清文堂,1995年,第8章所収。)に詳細に言及されている。
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枠」=「組織化による統制」の必要性(当該組織が,公的・私的であろうとも)が顕在化 する状況が生まれてくるのである。筆者が,「営業の自由」と「組織化による統制」と いう概念は表裏一体の関係にあるという意味はここにある。問題は,「組織化による統 制」にかかる組織主体をどのように観るかということで,昭和初期における商業政策に 対する理解の在り様が変わってくるということである。
長々とした「まえがき」になったことは否めない。が,しかし,昭和初期にかかる商 業問題を,「中小小売商問題=救済政策問題」とか,商業政策を単なる「国家統制政策」
の問題として,短絡的にすりかえるような理解の在り様もあることも否めない以上,避 けざるものとしてご理解いただきたい。
Ⅰ 商業組合における「小売統制機能」の態様
実のところ,筆者が「組織化による統制」にたいして問題意識をもったのは
1986
年 である。「昭和初期における小売商問題の手がか4
り」と題する小論であった。ただし,
問題意識とは言っても,まだ明確なものでもなく,未熟で暗中模索の域をでないもので あった。重複を恐れず,また,新たに解釈を加えながら,昭和初期における「中小小売 統制問題」について言及したいと考える。
昭和三年(1928年)百貨店と公設市場にたいして同業組合への強制加入除外裁定が なされた後,小売商における「組織化による統制」の主体をめぐって攻防がはじまる。
具体的には,言うまでもなく,既存の同業組合か,政府行政側が画策する新組織・商業 組合かの攻防である。
昭和五年(1930年)に提示された商業組合法案要
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綱は十項目からなる。筆者は,1986 年の小論において,「統制」の項目にとらわれすぎ,「統制」に関する項目だけを取り上 げて重要なものを見落としていた。それは,第二項:「商業組合は出資制度とすること」
である。要するに,組合員であるための資格(qualification)問題を第二項でとりあげ ている点である。強制加入を前提とする同業組合においては,事実上,このような組合 員の資格問題は無きに等しい。有資格者のみを組合員とする組合であるからこそ,商業 組合にたいする加入・脱退は任意でありえ(第三項),商業組合の組合員は同業組合か らの脱退を可能とする(第七項)のである。さらに,商業組合においては組合員以外の 者にまでその統制力を及ぼすことを得(第三項),その統制の具体的内容を,第四項
(二):「営業上の弊害を矯正するために必要となる検査その他の取締又は営業上の制限」
において明記する。また,有資格者を組合員とする組合であるからこそ,組合の設立及
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4 拙稿「昭和初期における小売商問題の手がかり」『市場史研究』第3号,1986年,49−60ページ。
5 『商工政策史』第七巻,「内国商業政策」174ページ。
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び解放,組合費の分賦,出資,登記,組合員の権利義務,定款記載事項,届出事項,認 可事項,総会,役員,検査,処罰等の規定を設けることもできる(第十項)のである。
すなわち,資格問題を前提とする商業組合においては,個人の権利・私権の主張から なる「むきだしの『営業の自由』」は最早承認されるはずもなく,有資格者の営業に関 する権利と義務を前提とする「営業の自由」を保証するための「組織化による統制主 体」として商業組合は認識されると解釈できるのである。したがって,商業組合が行う 事業内容が,有資格者である組合員における営業上の権利と義務の範囲をあらわすもの となる。要綱では,第四項が商業組合の事業内容をあらわし,それは
(一) 商品の共同仕入,共同保管,共同配送,選別,包装,荷造り等の共同施設
(二) 営業上の弊害を矯正するため必要となる検査その他の取締又は営業上の制限
(三) 組合員の貯金の取扱及び資金の貸付
(四) 組合員の債務保証
(五) 指導,研究,調査
(六) その他組合の目的を達するに必要なる事業 と,同業組合におけるものと全く相違する。
このような認識,すなわち,組合員に対する営業上の権利と義務についての認識は同 業組合にはない。小池金之助は『同業組合及準則組合』第五章「同業組合の組合員」に おいて,「組合員の権利義務及資格−大審院判決例」と副題をつけ,以下のように権利 と義務に言及してい
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る。すなわち,
「組合員の権利 組合員の権利及義務はこれを定款に規定すべきものである。(施 第十條)法令に定めてある権利は,(一)総会召集請求権(施第十七條),(二)総 会召集権(同條)で…(以下省略)。
組合員の義務 組合員の義務に就いては法令には規則はないが,義務の重なるも のを挙ぐれば,(一)経費負担の義務,(二)検査に応ずる義務,(三)定款初期則 及会議の議決に従ふ義務等である。(以下省略)」
同業組合においての組合員の権利と義務は,組合員個々の営業上のものではなく,あ くまでも組合自体および「営業品の検査」にたいするものに限定されている。したがっ て,同業組合においては,個々の組合員における営業上の統制にたいする認識は,「同 業組合への強制加入」という狭い範囲内に留まり,商業組合法案要綱における第七項の 削除と第八項の修正,これに固執する以外にはないのも当然と言えば当然であったので ある。とまれ,昭和七年(1932年),商業組合法は成立する。
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6 小池金之助『同業組合及準則組合』昭和図書,1939年,100−101ページ。
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Ⅱ 商業組合における「小売統制機能」の変容
かつて,筆者は商業組合を「日本型ボランタリー・チェーン」として性格規定をおこ なっ
7
た。再掲すれば,以下のようにな
8
る。
「商業組合が遂行していた各種経済事業をみれば,商業組合が中小小売商の卸売商・
問屋資本からの自立を,卸売り機能を代替することによって実現しようとしていた中核 組織であったことは疑い得ないのである。そして,商業組合こそ日本型ボランタリー・
チェーンであったのである。ここにいう『日本型』とは『商業組合法という法的存立基 盤によって支えられ,金融助成(=商工組合中央金庫;筆者挿入)をはじめ,各種助成 制度が政府・商工省によって与えられている』という意味である。
それは,中小小売商の経営の近代化を卸売機能の代替で遂行しようとした政府・商工 省にとっては当然のことであり,そうしなければ,卸売商・問屋資本とその利益団体で ある同業組合の経済的存立基盤の喪失をなさしめる事は不可能であったのである。」
この記述については,現在でも,いささかの疑問をいだいてはいない。もちろん,商 業組合を上述のように性格規定をしたところとて,ボランタリー・チェーンとしては余 りにも店舗数が多い商業組合もあり,その店舗数の過多をもって,チェーン・ストアと しての機能を成し得たかの疑問を呈する向きもあることは否めない。しかし,このよう な疑問は,現在の「目」でもってする先入観に過ぎないと考えてい
9
る。
それはともかく,商業組合は,昭和初期にあっては,中小小売商の組織化による統制 主体であることは否めない。更に言えば,組合内部(=組合員)にたいしては,営業に 関わる自主的統制=自主的管理をなす組織として機能し,組合外部,すなわち,非組合 員(=アウトサイダー)にたいしても,その統制(管理)機能を有する組織であること が特徴的であったのである。
このような商業組合の特質を理解したうえで,昭和十一年小売業改善調査委員会第三 回総会決議を斟酌することが必要となろう。本章との関連で注目すべき項目は,「小売 業統制に関する事項」における「三,統制強化に関する事
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項」である。すなわち,
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7 拙稿「同業組合の衰退と近代小売業の成立−中小小売商の近代的経営の成立における商業組合の役割
−」『市場史研究』第10号,1992年,64−77ページ。もっとも,商業組合においては卸売商をその構 成員をする組合も多々あったことは事実である。が,商業組合自体は小売経営の近代化の為に組織化さ れたことは疑うべくもない。藤田,前掲書,1995年,第6章 同業組合と商業組合を参照のこと。
8 拙稿,同論文,74ページ。
9 なぜならば,大正末期,政府当局はさかんに海外におけるボランタリー・チェーンの研究をしていた節 があるからである。また,このことは,レギュラー・チェーン,フランチャイズ・チェーンには日本語 訳がなく,ボランタリー・チェーンにだけ「自由連鎖店」「任意連鎖店」なる訳語があるのかとも関連 してくる。筆者は,史料で政府当局のボランタリー・チェーン研究の実態を垣間見た記憶があるが,史 料が手元から散逸している現在,これを明らかにするすべがない。残念である。
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(一)営業ノ統制ノ強化ヲ図ル爲商業組合法第九條ノ規定ニ依ル命令ノ発動ニ關シ左 ノ事項ヲ考慮スルコト
(イ)商業組合ニ依ル自治的統制ガ組合ニ加入セザル當業者ノ爲其ノ效果ヲ充分ニ 發揮シ得ザル場合尠カラザルヲ以テ,商業組合法第九條ノ規定ニ依ル命令ヲ 事態ニ應ジ遲滯ナク發動シ得ル樣適當ナル時期ニ相當ナル範圍ニ於イテ其ノ 權限ヲ地方長官ニ委任シ中央官廳ハ其ノ指導監督に遺憾ナキヲ期スルヲ適當 ナリト認ム。
(ロ)現行法ニ依レバ第九條ノ規定ニ依ル命令ノ適用ノ範圍ハ商業組合ノ組合員,
又ハ其ノ組合員ニ非ズシテ地區内ニ於テ組合員タル資格ヲ有スル者ニ限ラル ルモ,第九條ノ規定ニ依ル命令ノ目的ヲ充分ニ逹スル爲ニハ更ニ其ノ命令ヲ 當該地區内ニ於テ組合員ト同種類ノ商行爲ヲ爲ス者ニモ及ボスコトヲ必要ト ス。
(二)小賣業者ノ商業組合ト牽連關係ヲ有スル生産者竝ニ卸賣業者ノ組織化ヲ促進 シ,之等ノ團體トノ協調ニ依ツテ統制ノ強化ヲ圖ルコト,小賣業ノ統制ノ強化 促進ニ付テハ生産者,問屋,卸賣業者等關係業者ノ團體トノ提携強調ニ依リ其 ノ效果ヲ擧グルコト尠カラズ,依ツテ生産者,問屋卸賣業者等關係業者ノ組織 化ヲ促進シテ之等ノ團體ト小賣業者ノ商業組合トノ協調機關ノ設立ヲ普及スル コトヲ適當トス。
(三)小賣配給機關相互間ノ協調ニ依リ統制ノ強化ヲ圖ルコト
小賣業ニ於ケル統制ノ強化ヲ圖ル爲ニハ,同種ノ商業組合又ハ關係業種ノ商業 組合相互ノ協調連絡ヲ緊密ナラシムコトノ要アルト共ニ,百貨店,小賣市場,
産業組合等他ノ小賣配給機關ヲ設立シ,之等相互ノ利害ノ調整ヲ圖ルコト緊要 ナリ。
この史料の解釈として,『商工政策史』では,以下の様に述べてい
11
る。すなわち,
「…当面の対策としては商業組合を活用した統制の強化に重点が置かれた。その 方法としては商業組合の共同事業を通しての自治的統制を主体としながら,統制を より強化するために商業組合よる自治的統制が非組合員のために効果を発揮できな い場合に,商業組合法第九条の規定による命令権をより迅速に発動しうるように,
その権限を地方長官に委任すること,又その命令の範囲──現在は非組合員であっ ても地区内の有資格者に限られているので,地区外及び零細業者には適用されない
──を拡大することが提案され,更に流通機構全体を統制するために製造業者,卸
────────────
10 商工省商務局『小賣改善調査委員會第三回總會決議』昭和11年,14−15ページ。
11 『商工政策史』第七巻,「内国商業」192ページ。
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売業者の組織化とそれらの諸団体と商業組合との協調機関の設置,あるいは小売業 者間の紛争を調整するために百貨店,小売市場,産業組合等競合関係にある業者及 び団体間の小売協調機関の設置等が提起されたのである。」
ここにあげた『商工政策史』の解釈において,解せないことは,「流通機構を統制す るために製造業者,卸売業者の組織化」を意味するものが,工業組合と卸売業者からな る商業組合であることを明記していない点である。さらに,百貨店,小売市場,産業組 合が,いずれも,同業組合の統制を受けない機関であるという点である。この決議にみ られる重要な点は,小売統制強化の主体として,同業組合の役割を排除するという明確 な政府・商工省の意図を『商工政策史』では曖昧な表現で終始していることにある。
それはともかく,ここでの問題点は,第三回総会決議にかかる「小売業統制」の意味 解釈である。商業組合=「日本型ボランタリー・チェーン」がもつ,有資格者である組 合員にたいする統制機能(=営業上の権利と義務における管理機能)が,無資格者=非 組合員にまで適用範囲が拡大した時,その統制機能は文字通りの「国家統制」の意味に 変質する。すなわち,この非組合員は地区外及び零細業者(=例えば行商人)にまでお よぶため,商業組合は日本型ボランタリー・チェーンとしての機能を完全に喪失してし まうことになり,国家統制の意味における「統制」のみが先走り,醸成されるのであ る。
昭和十二年小売改善調査委員会第四回総会決
12
議を経た後,商業組合法の改正により,
商業組合の国家統制機能への変質は現実のものとな
13
る。ここに商業組合における「営業 の自由」と「組織化による統制」の表裏一体の関係は崩壊し,ボランタリー・チェーン としての性格は喪失する。すなわち,「政府・商工省は商業組合による統制強化事業と 強制加入を認可する商業組合法改正を行おうとするのである。ここで商業組合の統制事 業は質的に劇的変化をとげる。…(省略)…商業組合がボランタリー・チェーンとして機 能するために,構成員である組合員を一定の意志のもとに管理してゆく必要があり,こ の管理統制を行う主体はボランタリー・チェーン本部である商業組合本部である。この ような意味での統制事業として理解される。
しかし,戦時統制経済体制下における商業組合の統制事業は政府・商工省による統制 事業(国家統制事業;筆者挿入)であり,それには任意加入ではなく強制加入が前提と
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12 第四回総会決議の内容について,『商工政策史』は百貨店法の関係から「小売業者と百貨店との関係に 関する事項」のみを取り扱うだけである。他の事項「商店街の整備改善に関する事項」「小売業金融損 失補償制度に関する事項」に関する記述はない。第4回総会決議の内容については,商工省商務局『小 賣業改善調査委員会第四回總會決議』昭和12年,および,拙稿「同業組合の形骸化と商店街組織の確 立−昭和初期における中小小売問題と内国商業政策−」『社会科学』第35号,1985年,205−235ペー ジを参照のこと。
13 これに関する経緯については,拙稿,前掲論文,1986年,53−57ページ。
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なってくる。しかも,政府・商工省は無出資による統制組合の設立を画策するのであ
14
る。」
Ⅲ 「百貨店問題」をめぐる商業組合の位置づけ
前章まで,「営業の自由」と「組織化による統制」という問題意識から,商業組合の 統制主体としての役割を観てきた。有資格者をその構成員とする商業組合は,その限り において,ボランタリー・チェーンの本部機能を遂行することで,同業組合・前期的商 業資本の小売支配からの自立=小売経営の近代化を具現化するものであった。しかし,
昭和十一年の小売改善調査委員会第三回総会決議以降,商業組合のもつ「統制機能」の 意味が変質してゆくのである。「商業政策目標の転換」の側面からはそう言え
15
る。その 要因として挙げられるのは,疑いもなく「戦時統制経済への移行」であろう。
しかし,「戦時統制経済への移行」以外にも考えておかなければならない要因があ る。すなわち,いわゆる「百貨店問題」がそれである。筆者は,この「百貨店問題」自 体が,昭和初期における商業政策にたいする一種の通念(=「(国家)統制政策」,ある いは,「中小零細小売商救済政策」の側面だけからしか把握できない近視眼的問題意識)
を醸成させてきた要因ではないと考えている。
「百貨店問題」にたいして,冷静な分析をする学者もいる。商業組合法が小売商の自 立にとって適合的だという立場をとる早稲田大学教授小林行昌である。小林が商業組合 中央会の商業組合問題研究会における講演「小売商の更正と商業組合」で語った時と,
時をほぼ同じくする,昭和十一年七月二九日,東洋経済新報社において『百貨店対中小 商業問題』と題する座談
16
会で語ったことに言及してみることにする。
講演「小売商の更正と商業組合」における小林の発言は以下のようなものであ
17
る。
「元来小売商が更正する為に,此法案が出来たと見ておる。同時に其法案の内容 を見まして,共同仕入或は保管,輸送,調査研究其他金融,無論是等のものは問屋 に於ても必要でありますけれど,最も小売商が利益を得るもので,調査研究などに
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14 拙稿,前掲論文,1992年,75ページ。
15 この点について,昭和十一年をもって商業組合が小売経営の近代化への活動を停止していたことを意味 しない。これ以降においても,商店街商業組合の設立だけではなく,活発な活動をしていたことは事実 である。藤田,前掲書,1995年,第6章に詳しい。
16 この座談会の出席者は,東京商工会議所理事;木村!太郎,商工省商務課長;大島永明,早稲田大学教 授;小林行昌,貴族院議員・全日本商店界理事長;山崎龜吉,衆議院議員;松村光三,同;櫻井兵五 郎,同;阿部磯雄,全産連常務理事;膳桂之助,婦選獲得同盟;市川房枝,社会運動家;奥むめを,全 国銘仙連盟委員長;小林吉之助,東京府商店界連盟副理事長;森濱三郎,白木屋専務;山田忍三,大丸 専務;里見順吉,衆議院議員;田川大吉郎,東京帝大教授;中西寅雄,商工政務次官;池田秀雄,司 会;石橋湛山であった。(出席者は発言順に記載した。)
17 藤田,前掲書,〔史料六−三〇〕,1995年,195ページ。
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しましても大きな問屋なら勝手に自分でも出来る。小さな小売など調査研究など思 ひも寄らぬ。金融にしましても大きな問屋は銀行からでも,信用組合からでも借り られる。小さい商人は信用組合さへも利用出来ず,銀行は無論駄目,己むを得ず無 尽とか高利貸しの門を叩かなければならぬ。さう云ふのは小売商店に多いのであり ます。保管にしても輸送にしてもさうでありますが,此商業組合の営業項目を見ま しても,是は立法者でないからわかりませぬが,小売を目標にしたものであると私 は思ひます。」
これにたいして,座談会『百貨店対中小商業問題』における小林の発言は,「百貨店 はなぜ膨張するか」「小売業困窮の原因」「対策はどうするか」「百貨店法は不可」と題 する四項目にわたってい
18
る。ここで,小林は,百貨店の成長の要因をその社会的便利性 に求めながら,百貨店が中小小売商業者にあたえる要因を以下のように述べている。
「…その次に昭和五,六年の金解禁時代に又不況に遭ひ,百貨店同志の競爭が激 しくなつたので盛にサービスをする。今日,百貨店の自制協定の中に加へられてあ る項目は,多く昭和五,六年の苦しい時代に始めたのが多いやうに思うのでありま す。百貨店が苦しい爲に始めた,それが一般小賣商に打撃を與えるといふので自制 協定といふことになったのであります。」
昭和七年,百貨店協会の声明による自主協定の中に盛り込まれた項目は,出張販売の 禁止,商品券供託金拠出,支店分店の新設禁止,囮販売の禁止,無料配達の自粛等々で あることは言うまでもない。しかし,小林はこのような項目が小売業困窮の直接的要因 ではないとするのである。すなわち,
「一般財界の不況,申すまでもなく大正七,八年に於ける異常なる好況時以後の 段々の不景氣が根本的に小賣商に祟つて居ると考えへる。…(省略)…勿論諸物價が 低落し,國民の購買力が減るといふ様なことが,小賣商の打撃の因を爲して居る が,又一面小賣商の數が殖えた。この點は一寸申上げますが,農村窮乏の爲めに,
農村から都會に出る者が
!
加したり,或は財界不況の爲にルンペンが小賣商店を始める。
"
ち素人の小賣商が殖えるといふやうなことで之も小賣商の困厄の原因となった。」
「…その中でも都會では呉服店,洋品店,家具店,運動具店と云つたやうな或る
────────────
18 『百貨店対中小商業問題』東洋経済新報社,昭和11年,16−26ページ。以下の小林行昌における引用は 全て,同書からの引用である。
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種類のものが著しく困つた。其一原因は百貨店の勃興もあるが,一つは時代の變化 もあつて,下駄や女の装飾品などは其適例である。…(省略)…要するに百貨店の打 撃を受けると申しましても,魚屋,八百屋,酒屋,米屋なんといふものは大した打 撃を受けない。…(省略)…一般の百貨店では,魚や青ものなどは少ないから大した 打撃を受けますまい。是等は寧ろ公私の市場の方から打撃を受ける方が多い。然し 百貨店の爲めに或る種類のものは著しく受ける。」
小林は冷静な分析をしていると言って良い。不況期における農村の疲弊と都市への人 口流入にともなう過剰労働力の受け皿としての小売商の増加,百貨店との品揃えの競合 を,小売業困窮の直接的要因と見たうえで,以下のように百貨店の存在意義を認める。
「…社會的に見て非常に便利のものが現れて,それが爲に從來の營業者の一部の 者が段々沒落することも亦或る方面から言へば己むを得ない。…(省略)…この百貨 店を沒落させるために非常に強い百貨店法を制定しても何か之に代わるものが出来 る。或は小賣市場が今より一層發逹するのか,或は共濟會,消費組合のやうなもの が著しく伸びはしないか,斯樣な場合,小賣商に打撃を與えるからといふて如何に 何でも消費組合まで沒落させることはできますまい。」
このように百貨店の存在意義を述べた上で,小林はその対策として中小小売商の自力 更生うながす政府の政策の必要性を訴求する。
「それではどうしたら宜いかと申しますと,矢張先程商工省の方(商工省商務課 長大島永明;筆者挿入)がお話あつたように,小賣商自身が自身の缺陷を補ふ。こ の缺陷と申しましても實は色々あるので,經營の合理化といふ樣なこともあります が,大體素人が矢鱈に小賣を始めるといふやうなことをやらない樣にする。俸給取 がルンペンになったから直ちに小さな資金で慣れもしない小賣を始めるとか,或は 後家さんが小賣商を始めるといふ樣なことをなくする。要するに小賣商といふもの は經營が難しいものであるといふことを一般に知らして先づ第一に無暗に小賣商店 を始めないといふことが必要である。…(省略)…此外從來の小賣商には,會計,金 融,仕入,販賣,位置の選擇,使用人の訓練等々種々雜多の缺陷がありましてこの 子賣商自身の缺陷を補ふ。何と申しますか,自力更生と申しますか,さういふ方面 をやるのであります。」
「政府としては從來餘りに國内の卸賣商や小賣商などといふものに對しては,單 に監督とか制限といふ方面に重きを置いて,保護とか助長といふことは餘りやらな
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い方針であつた。…(省略)…斯う云つた政府の方針を幾らか改めて,中小商業の金 融の改善を圖るとか,先程お話があった指導をやるとか,何とかいふ樣なことに力 を注いだらどうか,私の考えでは商人自身の改善と,政府の政策はこの程度の助長 策より外にはないのであります。」
小林にあっては,「百貨店問題」における中小小売商業政策にとって,自力更生をう ながす政策と金融助成政策が念頭にあることは,先に引用した講演「小売商の更正と商 業組合」の内容とも符合する。小林は,百貨店における社会的存在意義と百貨店が日本 固有の小売機関ではないことを挙げ,以下のように,百貨店法の制定にたいしては不可 とするのである。すなわち,
「…この陜會的に見て必要な制度を,少なくとも現状を維持させる必要があると すれば,斯ういふ法律を作ることは實は餘り感心した政策ではない。或は極端に申 上げれば有害無鎔ぢゃないかと思ふのであります。…(省略)…若し強ひて百貨店法 を制定すると致しますれば,先程お話のあつた現在の自制協定の程度を稍々強める 位のものしかならない。若し果してさうであれば現在の自制協定を強めて,協定の 項目を殖やし,百貨店も之を潜るやうなことはせず,政府も統制規定を實行すれ ば,よろしいではないか。」
そして,昭和七年から同十一年にかけて,政党はじめ関係各方面から提出された百貨 店法案について以下のような批判を加える。
「多少の寛嚴はあり,また寛嚴の程度によつて影響も固より違ふと思ひますが,
百貨店に著しき障害を與えない樣な,少し位のものであるとたいして效果はない,
或は害がある。モウ少し進めて極端な百貨店壓迫の法律を設けるといふことにする ならば,それは先程申上げたやうに多少或方面の營業に對し效果はあるかも知れま せんが,この事は殆ど不可能と考えるのであります。結局然らばどの程度に百貨店 法を制定するかといふことは,これは政治問題でありまして…(省略)…政治問題と いふのは,制限の程度をどの邊にするか,それは客觀的社會的情勢の外,各人の主 觀に由るからであります。要するに百貨店法の制定は一般小賣商の復活の爲或は救 濟のためであるが,それは一般社會なり或は消費者,生産者なりを犠牲にしてやる といふ建前から起つて居るのだと思ひます。…(省略)…例えば從來大都市に於て相 當擴張したり,支店を設けた百貨店は,之が爲獨占權を得て有利な地位に立つが,
新進の都市では,百貨店を設立することも,支店を設けることもできぬ。(
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か認可とか規定しても事實之を與へぬことになる。)」
小林にあっては,百貨店法の制定は政治的な問題=妥協の問題になっており,理論的 には解決し得ないものに映っていたのであろう。
長々と小林の言葉を借りて論を進めてきたのは,当時にあっても,「百貨店問題」に たいする見解が全て,商業政策にかかる問題意識において「(国家)統制政策」や「中 小零細小売商救済政策」を醸成しないものであったということを言わんがためである。
では,政府・商工省は,この「百貨店問題」をどのようにとらえていたのであろう か?同じ座談会の席上,商工省商務課長大島永明は,昭和七年に百貨店協会が自主協定 の声明を発表した経緯と同年臨時国会に提出された商品券取締法(五円未満の小額商品 券の発行禁止を柱とする)について述べたあと,商業組合法の制定の趣旨説明をおこな
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う。
「…當時の當局としては小賣商自體については經營の改善を圖り現代の陜會に適 應するだけの組織内容を持たせることが必要ではないか,それには現在の樣な經濟 事情の下に於ては,個々の小賣商の努力は勿論大切ではあるがその外に小賣商の共 同の力,つまり協同組織を以て小賣商の組織經營の改善を圖る必要があるといふ見 地から商業組合法と言ふ法律を作つたのであります。これは皆樣も既に御承知のこ とと思ふのでありありますが,經濟的行爲も出來又統制行爲も出來るといふ同業者 の協同組織であるのであります。この協同組織に依りまして,中小商業全體の改善 を圖る──申す迄もなく小賣業者が其の數から申しまして最も多いのでありますが
──ことにしたのであります。要するに國民經濟の健全なる發逹を企圖する大局的 見地に立つて外部的壓迫に就ては適當なる制約を加へ,内部的問題は小賣商の自力 更生に依る協同組織を以て改善を圖るといふ兩面殻の改善策を講じて参つたのであ ります。」
このような座談会での大島の発言は,商業組合法が「百貨店問題」自体にたいする対 応政策ではなく,中小商業全体の改善を目的とするものであることを意味する。特に商 業組合の事業を「経済的事業」と「統制的事業」に分けて説明している点は,本論の趣 旨と同様である。引き続き,大島は百貨店協会による自主協定と商業組合との関係を述 べる。
「百貨店側の自制協定は當初は紳士協約でありましたが商業組合法が施行された
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19 『百貨店対中小商業問題』6−16ページ。以下の大島の引用は全て同書からの引用である。
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後は百貨店も亦商業者と見られますので,全國の有力百貨店に商業組合を組織させ 從來の紳士協約であった自制協定を商業組合法に依る統制規定になおしたのであり ます。…(省略)…商業組合の統制規定になりますとその内容とか勵行に就きまして は商工大臣自らこれが監督に當り得るのでありますので,統制も強化されますし,
又商業組合法の規定の依りまして偶々商業組合に加盟しない百貨店がありまして,
その行爲が統制を紊すといふ樣な場合に於ては商業組合法の所謂統制命令の力に依 りましてアウト・サイダーを統制規定に從はしめるといふ強い統制の實を擧げ得る のであります。」
大島にあっては,「百貨店問題」はいわゆる百貨店商業組合による統制で対応ができ るという認識もつと解せられる。したがって,中小小売商業者における百貨店対策は商 店街を単位とする商業組合設
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立の事例をあげ,百貨店法の制定の必要性をいささかもこ の座談会では言明していない。大島は以下のような事例をあげて,商店街と百貨店との 協同を商業組合の事業内容に組み込める余地があるとの示唆を投げかけるのである。
「…(省略)…その一例は京都の四條通を中心にした小賣業者であります。これは 今申上げました商店街の商業組合を作り,それぞれの分野で商賣の繁昌を圖らうと 努力致しております。例へば例の配達問題にしても,商店街の共同施設として共同 配達を行ひ百貨店と同樣な満足を消費者に與へる樣に致しております。…(省略)… 共同配達は言ふべくして難しいのでありますが,四條通りの共同配達は大丸が援助 されまして初めにプランを作つてくださつたといふことであります。」
このような大島の発言から見ても,「百貨店問題」自体が,先にあげた近視眼的問題 意識を醸成してきたようには思われない。むしろ商業組合の「小売統制機能」にたいす る役割が強調されているのである。
さらに,東京帝大教授中西寅雄は,座談会の席上,「百貨店問題」において小売商の 窮状が認められるのは,零細規模の小売商ではなく,一定業種の中規模経営である,買 回り品を扱う中資本家的経営である小売商であるとする。すなわち,百貨店と直接的に 競合関係にある小売商であり,零細規模の小売商ではないとするのである。そして,こ のように百貨店との競合関係にある小売商にたいしては,百貨店自体の抑制策よりもむ しろ商店街組織のよる専門店化をうながし,その経済的機能を充実させることが急務で あるとして,商店街商業組合の必要性を説
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く。
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20 商店街商業組合の設立が政策上初めて提示されるのは『小賣業改善調査委員會第四回總會決議』昭和12 年であるが,これより以前に商店街商業組合設立におよんだ商店街もあったのである。
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そして,「百貨店問題」にかかる内容を 漓免許制問題
滷課税問題 澆営業統制問題 潺同業組合加入問題
に分類し,本論の問題意識と関係のある,営業統制問題にたいしては,
「現行商業組合法第九條によつて百貨店にも適用さるべきものであり,從つてた だその發動を迅速簡易ならしむるだけで充分だらう」
とし,同業組合加入問題については,
「これ(同業組合加入;筆者挿入)によって營業統制,否業者の制限をも百貨店 に強制しようとする趣意に基づくものですが同業組合そのものは相互に對等の條件 をもつ同業者ばかりであった自由競爭時代の産物であり,現在の獨占經濟時代には 工業組合,商業組合等が代わるべきでものであらうと思いひます。寧ろ一面に於て は小賣業の商業組合,他面に於ては百貨店の商業組合を強化し,兩者の利害を調整 するためにより高い調整機關を設置するべきでせう。」
との認識を示す。このような認識をもとに,中西は「百貨店問題」に起因する小売商問 題の考察を以下のように述べ,この座談会の総括をする。
「
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加人口の吸收場面たる零細經營としての小賣業の問題と,百貨店の重壓を蒙 る中資本家的經營としての小賣業の問題を區別しなければならぬと思ふ。零細經營 としての小賣業の對策は,業種的商業組合を結成して組織化することが必要であ り,百貨店の被壓迫者としての小賣業の對策は地域的商業組合,"
ち商店街の結成 による特殊專門店化とその組織化が必要と思ひます。勿論何れに對しても中央金庫(商工組合中央金庫;筆者挿入)の擴大,組合指導員の養成によつて,金融及び組 織上の援助を必要とすることは申す迄もないことです。」
中西にあっても,「百貨店問題」における商業組合の役割を強調し,同業組合の統制 は切り捨てていることがわかる。これによっても,商業組合の組織化による統制機能が はたす役割が,「百貨店問題」においても強調されていたことが理解できよう。
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21 『百貨店対中小商業問題』93−101ページ。以下の中西の引用は全て同書からの引用である。
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おわりにかえて
本論は,「営業の自由」と「組織化のよる統制」の相互関係を問題意識として,昭和 初期における「小売統制問題」の再検討を試みたものである。昭和三年における百貨 店,小売市場の同業組合への強制加入除外裁定を嚆矢として,小売統制機能の中核組織 は同業組合から商業組合に移行したことは,「百貨店問題」にいたるまで明白な事実で あった。では,なぜ,先にあげた近視眼的問題意識が存在しえたのか?それは「戦時統 制経済体制」自体にあるだけでなく,おそらく,昭和初期の商業政策が常に政治問題化 することによって醸成されてきたのではないかと思われる。本論第四章で史料としてあ げた『百貨店対中小商業問題』における座談会に参加した商工政務次官池田秀雄の以下 の言が象徴的であ
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る。
「それ(各方面から中小商業者を支援して建て直してゆくこと;筆者挿入)に關 連して百貨店問題でありますが,これは今日では政治問題となつて居りますが,小 賣業者と百貨店とは恰も相對立せる敵國のやうに云われております。」
《付記》藤田貞一郎先生の古稀記念論集に参加させていただき,心から光栄に思います。本論冒頭で朱筆 のことにふれました。そこではエピソードでもなければノスタルジアでもないと記したのですが,執 筆を終えての感想はまさにそう思えます。藤田先生から多年にわたりご指導をいただき,勉強させて いただくことばかりでした。ただ,大学で就いた行政職によって多忙を極め,執筆を断念せざるを得 ない状況にあったことも事実で,漸く,ここまでこぎつけたことで,安堵の気持ちで一杯でありま す。ありがとうございました。
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22 『百貨店対中小商業問題』103ページ。
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