いのちの学習 に関す る発達的研究
善 岡 宏* 島 屋 亜矢子* *
Thede v e l o p me nt a ls t ud yo fl e a r nl ngO nl i f e
Hi r os hiYOSHI OKA AyakoSHI MAYA
問題 および 目的
現在 の 日本では子 どもたちの自殺や,児童虐待 な どが増加 している。 また,子 どもを狙 っ た凶悪 な犯罪 も多発 している。 これ らの事件 の要 因には様 々な ものが複雑 に関わっている と考 え られる。
まず筆者 は,それ らの要 因の一つ に
,
「いのち」 に実感 の希薄化 がある と考 える。 つ ま り,
「いのち」
その ものへ の実感が,子 どもに,そ して大人 に も,薄 くなっている とい う ことである。例 えば,子 どもが成長 してい く過程 で, 自然 の ままの草木や小動物 との触 れ合 いはほ と ん どな くなっている。 そ して,空腹感や喉の渇 きに耐 えなが ら遊 んだ り,山や川で泥 だ ら けになって走 り回った り,友達 の中で喧嘩 し合 いなが らも一緒 に何 か をや った りといった 直接的な体験 に乏 しくなっている。 その代 わ りに,テ レビやゲームの映像 に代表 されるバー チ ャルな環境 に囲 まれて時間を過 ごす ことが多 くなっている。
また,核家族化が進み, さらには出産 も死去 も病院で子 どもの 目か ら隔離 された形で行 われ ることが多 くなっている。 このため,多 くの子 どもは, 自分 の生活環境 の中で 「いの ち」が誕生す ることも,時間の経過 とともに老 いてい って終 には死 とい う形で,その人が 消滅す ることも十分 には体験 しない まま成人 してい く
。
「いのち」 についての全体 的なイ メージが,多 くの現代 日本人 に,実感 として形成 されない ままになっているのは, こうし た状況では当然の ことなのか もしれない。 この ことはまた,表面 に出て活動 している元気 な若者や壮年 の人たちだけで社会が構成 されてい る とい う錯覚 を生み,社会の表層 か ら隠 されが ちな年老いた人や病 んでいる人等 のこ とに思 いが至 らない, とい う状況 も生 んでい るので はないだろ うか。こう した事情 によって, 自分 自身の 「いのち
」
について, また他 の人の 「いのち」 につ いて, さらには生 きとし生 ける ものの 「いのち」 について,現代 人の多 くに現実的な実感 が形成 されない ままになってい ることは十分 に考 えておかなければな らない。鳩 や猫 な ど を虐待 し,その無惨 な死骸 を校庭 や公 園にさらしてお く, とい った事件の頻発 も,子 ども の 「いのち」 に迫 る危険性 と同根 の ものであろう。 また,いったん死 んで もまた何 かの きっ かけで生 き返 るだろ う, とい うリセ ッ ト可能 なイメージを 「いのち」 について もっている 子 どもが少 ない とい う現実 も,基本 的 には同根 ではないだろ うか。昨今の この ような事態 をうけて,学校現場 において も,いのちの教育の重要性が叫ばれ, 道徳 の時間や総合的な学習の時間 を中心 に,様 々な取 り組みが なされている。 た とえば,
*人間発達講座 **長崎市立虹が丘小学校
50 長崎大学教育学部紀要 一教育科学‑ 第72号
永 田は,子 ども一人 ひ と りの個性 的 な生 き方 を うながす ため に も, いの ちの教 育 は学校 の 道徳教 育 の基盤 であ る と考 えてい る。 そ して, い の ちは 「息 の力」 で あ り, 「生 きる力」
であ るが, それが何 に も代 え られ ない もの とい う感 覚が子 どもの 中で揺 らいで い る と指摘 してい る。 そ して,人 は一度死 んで も, また生 き返 る こ とが あ る と感 じる子 ど もが増 えて い る と同時 に,子 ど もに 「自分 が好 きか
」
と問 うて も,最近 の調査 で は,小 学校 高学年 の3分 の 1以上 の子 どもが 「好 きで はない」 と答 える とい う,現在 の子 ど もの状 況 を示 して い る。 そ して,いの ちに対 す る意識 の弱 さ と自己肯定感 の低 さは関連 が あ る と した。 そ こ で,学校 にお いては, 子 どもが いの ちにつ い て多様 に考 え,語 り合 い,その イメー ジ を深 め,広 げ る こ とを行 い,様 々 な もの とのかか わ り豊 か な体験 を通 して, いの ちの実感 を深 めてい く必 要が あ る と してい る。 子 どもた ちにいの ちの実感 を深 め るため に,以下 に示 す
7つの視 点 か ら 「いの ちの授 業」の提 案 を行 ってい る。
1) いの ちが生 まれ育 つ 2) いの ち といの ちが共存 す る
3) いの ち といの ちがつ なが る 4) いの ち といの ちが支 えあ う 5) いの ち をかが やかせ る
6) いの ち を守 り抜 く 7) いの ちの有 限 さを考 える
この7つ の視 点 に よ り,低 学年 , 中学年 ,高学年 とい う発達段 階 に分 け,授 業 を提 案 し てい る。
低学 年
1.授 業者 :岡田ちえ子 (東京都杉並 区立桃井 第五小 学校教 諭 ) 2.授 業名 : 「み んな 生 きてい るんだね
」
(1) の視 点 か ら考 えた授 業) 中学 年
1.授 業者 :埼 玉県越谷市 立新方小 学校教 諭 小 林優子 2.授 業名 : 「ヒー ロー に学 ぶ生 き方」
(5) の視 点 か ら考 え られ た授 業 ) 高学 年
1.授 業者 :東京都文京 区立誠之小 学校教 諭 斎藤 道子 2.授 業名 : 「きみ に あ りが とう
」
(1) の視 点 か ら考 え られ た授 業)
島屋 と砂 川 (2005)は,子 ど もた ちが 「い の ち を どの よ うに考 えてい るか」, その実態 を把握 す る こ とを行 った。 また,前述 した ようにいの ちの実感 が希 薄化 してい る現在 の 日 本社会 にお いて, どの ように して実感 の伴 ういの ちの大切 さを伝 えてい くか を考 えてい く ため に,調査 を行 った。 この よ うな考 えの もと,卒業研 究 にお い て, 「い の ち を強 く実感 す る とき」 や 「いの ち を感 じる̀もの」 を調査 した。結 果 は以下 に示 す通 りであ る。
被験者 を小 学5年生 , 中学2年生 ,大学 生 と して
,
「きょうだい はい ますか。」,
「ペ ッ トを飼 ってい ますか。」,「好 きな遊 びはなんですか。」 な どの一般 的 な質問, また,「人 は死 んだ ら生 き返 る, または,生 まれ変 わる と思い ますか。」
,
「死 について考 えた ことはあ り ますか。」,
「生 きるのがつ らい と思 ったことがあ りますか。」,
「死 んだ後 の世界 はある と思 い ますか。」 な どのいのちについて尋 ねる質問 を行 った。そ して,間1 「あなたは どの ような ときに,生 きているこ とを強 く感 じますか
。 」
や間2 「あなたは次 にあげ られた もの にいのちを感 じますか。」 とい う質問 を行 い,因子分析 によ り処理 を行 った。その結果 は, 年齢 によ り,いのちの感 じ方 に違 いがある とい うことであった。 ここでは,小学生,中学 坐,大学生のいのちの捉 え方 を,因子分析 で得 られた因子名 と,項 目のかたま りの2つの 視点で比較 してい く。問 1の 「あなたは どの ような ときに,生 きていることを強 くかん じますか
。 」
において は,小学生 は,
「感覚的 ・情動的 ・生理的」,「推量 的」,「知覚的」,「戦争」
の ことに 「生」を感 じていた。
中学生 では,「感覚的 ・情動 的 ・生理的」
,
「推量 的」,
「戦争」,
「具体物」 に 「生」
を感 じていた。大学生 では,「感覚的 ・生理的」,「推量 的」
,
「精神 的」,
「戦争」の ことに 「生」 を感 じ ていた。 この ように因子名 の推移 に注 目 して も,小 学生,中学生,大学生 と,年齢 を追 う ごとに変化が見 られる とい うことが わか る。次 に項 日ご とに見 てい くことにす る。
第1因子 においては,小学生では
,
「自分が汗 をかいた とき」や,
「自分がねむ くなると き」 な どの生理的な もの に加 え,
「けが を して痛 み を感 じる とき」 な どの感覚的 な もの, そ して,「自分が泣 いている とき」 な どの情動 的な もの に 「生」 を感 じてい る とい うこ と がわか る。中学生で も,「感覚的 ・情動 的 ・生理的
」
な もの に 「生」 を感 じる とい うことは,小学 生 と同様 であった。 しか し,因子 の内容 を詳 しく見 てい くと, 自分 の中に直接生 じている ものに限 って 「生」 を感 じる とい う小学生 に対 して,中学生 は 「人が笑 っているの を見た とき」 な どの ように, 自分以外 の他者 に起 きている感情 を自分 の こととして実感す るよう になる とい う変化が見 られた。大学生では,小学生や 中学生が 「生」 を感 じる時 に要 因 として強 く働 いていた情動的な ものではな く,感覚的 ・生理的な ものに 「生」 を感 じるようになる とい う変化が見 られた。
小学生 は自分 の中に直接生 じてい る もの に 「生」 を感 じるとい うことがわか った。
第2因子 においては,小学生,中学生,大学生ではほ とん ど変化 は見 られなかった。 し か し,因子 の内容 を詳 しく見てい くと,大学生 においては 「あか ちゃんが生 まれ るの を見 た り,聞いた りした とき
」
とい うものが含 まれていた。大学生 は,小学生や中学生 に比べ , 生 きて きた年数が長 い とい うことが関係 しているだろ う。 つ ま り,あかちゃんの誕生 を直 接的 に見 る とい う経験 や,テ レビの ドキュメンタリー番組で間接 的にで も見る機会が多 い とい うことか ら,大学生の2因子 に限ってこの ような ものが含 まれていたのではないか と 考 え られ る。第3因子 を小学生,中学生,大学生で比較す る と,年齢 によって変化が見 られた。
小学生で は,「人が笑 っているの を見 た とき」 や 「虫 を見た とき」 な どの ように,視覚 的 な もの を受 け入れ,それ を自分 の中で感覚的 に捉 えることで 「生
」
を感 じていた。52 長崎大学教育学部紀要 一教育科学 一 第72号
中学生 にお いて は, 「生 き物 を見 た とき」 や 「虫 を見 た とき」 な どの ように, 「具体 物」 に
「生
」
を感 じてい た。大学 生 で は, 中学生 の ように 「具体 物」に 「生」を感 じる こ とに加 え
,
「自分 が悩 んでい て苦 しい とき
J
や 「感動 す る話 を見 た り,闘いた りした とき」 な どの ことを,精神 的 な もの と して組 み立 てなお していの ちを捉 えていた。 また, 中学 生 にお いて は 「具体 物」は 第4因子 で見 られた。第4因子 にお い て は,小 学 生 , 中学 生 ,大 学 生 で はそれぞ れ 「戦争
」
に関す る もの に「生」 を感 じていた。 これは
,
「戦争J とい う言葉 自体 に左右 され3者 で共通 した もの になっ たので はないか と考 え られ る。 これ らの世代 で は 「戦争」 は未経験 で あ り,感 覚 的 で も具 体 的で もないが ,やや観念 的 に反応 してい る と思 われ る。 また, 中学 生 で は 「戦争」
は, 第3因子 で見 られた。間2「あ なた は次 にあ げ られ た もの にいの ち を感 じます か。」 にお い ては,小 学生 にお いて
,
「意識 的 ・無意識 的生物」,「生理 的 ・生物 的」,
「静止 的」 の3因子 が抽 出 され た。中学生 で は,「意識 的 ・無 意識 的生物」, 「生理 的 ・生物 的」
,
「静止 的」 と小 学生 と同様 の3因子 が抽 出 され た。大学 生 で は, 「静 ・動 的」
,
「生理 的 。生物 的」,
「意志 的生物」
の3因子 が抽 出 され た。因子分析 を行 った結 果 ,小 学生 で見 出 され た因子 , 中学生 で見 出 され た因子 ,大 学生 で 見 出 され た因子 は,ほ とん ど共通 してい た。 しか し,大学生 にお い ては変化 してい る もの が あ った。
そ こで問 2において は,各項 目ご とに小 学生 , 中学生 ,大学生 の比較 を行 った。
第 1因子 にお いては,小 学生 , 中学生 で は, 自 らの意識 を持 って動 くもの, また無意識 的 に起 こる もの にいの ち を感 じていた。
しか し,大学生 にお いて は,無 意識 的 な ものが 除か れ,意識 的 な もの に限 って,いの ち を感 じてい た。 これ は,小 学生 や 中学生 にお いて は,意識 と無 意識 の区別 が充分 に行 えな いが,大学生 になる と違 い を区別す る こ とがで きる とい うこ とか ら, この ような結果 になっ たので はないか と考 え られ る。 また,大学生 におい て は 「意識 的生物」 は第3因子 に見 ら れ た。
第2因子 にお いて,小 学生 , 中学生 ,大学生 を比 較す る と,変化 は見 られ なか った。 こ の ことか ら,生理 的 な もの と して区別 し,い の ちを感 じていた とい うこ とがあ きらかであ る。
第3因子 で は,小 学生 ,中学生 ,大学生 を比較 す る と,大学生 にお いて変化 が見 られた。
小 学生 , 中学生 において は, 「動 きの ない もの」 や, 「何 を して も反応 が ない もの」 にはい の ち を感 じてい なか った。
そ して,大学 生 で はそれ に加 え, 「急 に, また は,少 しず つ変 わ る もの」 が含 まれ てい た。 これ は,成 熟 に よる変化 を,明確 な変化 とは区別 してい る と思 われ る。 また大学生 に お いて は言葉 に反応 す るので はな く,言葉 の持 つ意味 を考慮 した上 での回答 だ ったので, この ような結果 になったので はないか と考 え られ る。 大学生 にお い て は 「静 ・動 的
」
は第1因子 に見 られ た。
この ように,卒業研 究 にお いては,小 学生 , 中学生 ,大学生 と異 なる年齢 の被験 者 を比 較 す る こ とに よ り,「生 きてい る こ とを強 く実感 す る とき
」
や 「いの ち を感 じる もの」 に違いがある とい うことがわか った。つ ま り,小学生,中学生,大学生 と成長 してい くにつ れ,感覚的な ものか ら具体 的な もの,抽象的な もの‑ といのちの捉 え方が変 わってい くと い うことが明 らか になった。 これは, ピアジェの示 した発達段 階 と対応 している。
この結果 を受 け,筆者 は卒業研究 においては,次 の ような 「いのちを大切 にす る授業」
を提案 した。
小学生 においては,直接 的に 「死」 を取 り扱 うのではな く,子 どもたちが実感 しやす く, 自分の こ ととして受 け止 めることがで きる 「生」 を核 として,授 業 を組み立てる とい うこ とである。 例 えば, 自分 の誕生 を振 り返 り, 自分 とい うもの を捉 えなおす, 自分史の作成 辛,人生 をまっ とうした人の人生 を振 り返 ること, 自分の身近 にいる人で頑張 っている人
を発見す るな どの授業 の提案である。
中学生 においては,年齢 としては小学生 と大学生の中間にあ り,小学生の ように物事 を 考 える子 もいれば,大学生の ように,物事 を冷静 に捉 えることが出来 る子 な ど様 々な子が いる と考 え られる。 したが って,小学生 と大学生 の両者の考 えをお りまぜ て, クラスの状 況 に応 じて授 業 を組み立ててい く必要がある と考 え られる。
大学生 においては,平和学習 を例 に考 えると,戦争の残酷 な映像や写真等 を見 て,かわ いそ うとい う気持 ちや, きたない,み に くい とい うふ うに知覚的 に捉 える とい う側面があ る。 しか し,大学生 はそれで終わるのではな く,それ らを通 して平和 の尊 さを考 えること がで きる とい う年齢 に達 している。 したが って,大学生 においては,抽象 的な ものや,観 念的な題材 を扱 い,いのちの大切 さを伝 えることがで きる と考 え られる。
また,筆者 は卒業研究 においては,いのちの教育 を行 うときには,小学生, 中学生,大 学生のいずれの学年 において も,物語 を媒体 としたいのちの教育 を行 うことが効果的であ る とい うことが明 らか になった。 しか し,「物語 に していのちについて考 える問題」 (*) と
,
「人 は死 んだ ら生 き返 る, または,生 まれ変 わる と思 い ますか。 」
な どの一般 的 ・常識 的な問い を分 け,小学生,中学生,大学生で比較 を行 うと,有意 な関連が見 られた。「物語」では,小学生 は
,
「少女 は生 き返 る」,
「物語 は続いている と思 うが,わか らない, 想像 で きない」
が有意 に多 く,「何 も変 わ らない (生 き返 らない,生 まれ変 わ らない) 。 」
が有意 に少 なか った。 中学生 は, 「少女 は生 まれ変 わ って, ちが う人 になって この世 に生 まれ る」が有意 に多か った。大学生 は,「何 も変 わ らない (生 き返 らない,生 まれ変 わ ら ない)。」が有意 に多 く,「少女 は生 き返 る」
,
「少女 は生 まれ変 わって,ちが う人 になって この世 に生 まれる」
が有意 に少 ない。「一般 的 ・常識的な問い」 では,中学生で 「生 き返 る」 と回答す る人が有意 に多 く
,
「生 き返 らない」
と回答す る人が有意 に少 なかった。 この ことは,「物語」 と 「一般 的 ・常識 的な問い」 の捉 え方 には年齢 によって違いがある とい うことを示 している。 これは,間 0 の⑫ の質問が,被験者 自身が直接経験 した ことのない質問であった とい うことが大 きく関 係 している と考 え られる。 小学生 において も, 自分で直接的 に経験 していない ことなので,この間 に答 える ときには, 自分 の頭 の中で想像 して答 えることになるであろ う。 したが っ て, 自分 の思考の中だけで考 えるには限界があ り, 自身 を取 り巻 く,親や教 師, またはテ レビの影響 を同程度 にうけ,有意 な関連 は見 られなかった と考 え られ る。 しか し,間3に おいては,物語 とい う媒体 を通 して, 自分 自身が物語 に入 ってい きやす く,主人公 の気持 ちに共感す る とい う間接経験 を行 うことがで きる。 つ ま り, 自分 を主人公 の立場 にお き,
54 長崎大学教育学部紀要 一教育科学 一 第72号
自分 自身の考 えを含め問題 を考 えることがで きた とい うことか ら,有意 な関連が見 られる とい う結果 になった と考 え られる。 したが って,小学生 において,いのちの教育 を行 う場 合 には, この ように,子 ども達が 自分の考 えを深 め,他人の気持 ち と共感す ることがで き る物語 と,子 どもに強い影響 を与 える,親や教 師な どを一体 に して授 業 を構成 してい くこ とが効果的であると考 え られる。
中学生 においては,問3の 「物語
」
において も,問0の⑫ の 「一般 的 ・常識的 な問」に 関 して も 「生 き返 る」 と回答す る人が多か った。 よって,小学生 と同様 自分 に置 き換 えて 考 え られる ような状況 を設定することが,効果的ないのちの教育 を行 うことがで きる と考 え られる。 大学生では,間 3の 「物語」
において も,間0の⑫ において も 「生 き返 らない」
と回答す る人が多い。小学生,中学生 とは違い, 自分 に置 き換 えて考 え られるような状況 を設定 しな くて も,抽象的な もので思考す ることがで きる段 階 に達 している と言 える。 ま た,問0の⑬ 「死 について考 えた ことが あ りますか」で は,小 学生 において,「考 えたこ とがあ る」 と回答 した人が有意 に少 な く,「考 えた こ とが ない」と回答 した人が有意 に多 かった。 しか し,大学生 においては,小学生 とは逆 の結果 になった。 これは,生 きて きた 年数が長いほ どいのちに対 して深 い認識 を持つ ようになる とい うことを示 してい る。 した が って,死 について考 える機会が少 ない小 学生 とい う段 階では,「死」 ではな く
,
「生」
を 扱 った授業がいいのではないか と考 え られる。重い病気 にかかった女の子がい ま した○周 りの人は毎 日毎 日一生懸命看病 し ま した○ しか し,その看病 のかい もむな しく,病気 は どん どん悪 くなるばか
りで した○ しか し,その女 の子 にはなん として も生 き続 けたい強い思 いがあ りま した○ また,両親 も少女 に何 とか して生 き続 けてほ しい とおいの りを し てい ま した○ しか し,少女 は,生 き続 けたい とい う強い思い をの こ したまま
あなたは, この後 この物語 は どの ようになった と思い ますか。
当てはまる番号 に○ をつけて くだ さい。
1 少女 は生 き返 る。
2 両親 の心の中で生 き続 ける。
3 少女 は生 まれ変 わって,ちが う人 になって この世 に生 まれる。
4 物語 は続いている と思 うが,わか らない,想像 で きない。
5 何 も変 わ らない。 (生 き返 らない,生 まれ変 わ らない。)
6 物語 は続かない。
島屋 と砂 川 (2005)は子 どもたちがいのちをどの ように とらえているかの実態調査 を行 い,子 どもたちの,いのちの とらえ方 は,年齢 に よ り異 なることを明 らかに した。す なわ ち,いのちについて感覚的 ・情動的 に とらえる段 階か ら,具体 的 に考 え られる段 階へ , さ らに,抽象的 ・合理的 に考 えることがで きる ようになる とい うことである。
一方,宗方 と二宮 (1985)は, (1) プロソー シャルな道徳 的判断が年齢 あるいは性別 によって異 なるか否か,(2)その判 断の理 由をEisenbergのカテゴ リーに分類 した とき,
その結果が年齢 や性 別 に よって異 なるか否 か, さ らに (3) 6つ の発達 レベ ル に分 けた と き,年齢が上が るにつれ レベ ルの上昇がみ られ るか, を実験 的 に検 討 してい る。
その結果が年齢 や性別 に よって異 なるか否 か, さらに (3)6つの発 達 レベ ル に分 けた と き,年齢が上が るにつれ レベ ルの上昇がみ られ るか, を実験 的 に検討 してい る。
Tablel プロソー シャル な道徳 的判断の発達 レベル レベ ル1 "快楽主義 的 ・実際的"志 向
道徳 的 な配慮 よ りもむ しろ利 己的,実際的 な結果 に関心 を持 ってい る。
"良い"行動 とは,行為者 自身の欲 求や要求 を満 たす の に役 立つ行動 であ る。 他者 を助 けるあ るい は助 けない理 由は, 自己へ の直接 的な利益 ,将来 の互恵性 お よび好 きな人 あるいは必要 な人へ の気づかい とい った考慮 であ る。
レベ ル2 ̀他 者の要求"志 向
た とえ他者 の要求が 自分 の要求 と相容 れな くて も,他者 の身体 的,物 質 的,心理 的要求 に関心 を よせ る。 この関心 は,役割取得 とか同情 の言語 的 表明,罪悪感 の ような内面化 された感情へ の言及 とい った明確 な もので は な く, ご く単純 な言葉で表現 され る。
レベ ル3 "承認 お よび対 人的"志 向 な らびに "紋切 り型"志 向
良い人,悪 い人あ るいは良い行動 ・悪 い行動 の紋切 り型の イメー ジ,他 者の承認 や受容 とい った考慮 が, プロソー シャル に行動す るか しないか と い うこ との理 由 に用 い られ る。
レベ ル4 "共感 的"志 向
判断 は,同情 的な応答 ,役割取得 ,他者 の人 間性へ の気づ かい とい った もの を含 んでい る。 あ るいは また,行為 の結果 に関連 した罪悪感 とかポ ジ テ ィブな感情 を含 んでい る。
レベ ル5 "移行段 階"
助 けるあ るいは助 けないの理 由の根拠 は,内在化 された価値 ,基準 ,義 務お よび責任性 を含 んだ ものであ り,他者 の権利 や尊厳 を守 るこ との必 要 性 に言及す る。 しか し, これ らは明確 には述べ られ ない。
レベ ル6 "強 く内在化 された段 階"
助 けるあ るいは助 けないの理 由の根拠 は,内在化 された価値 ,基準 ,や 責任性 に基づ いてお り,個 人 と社会の契約上 の義務 を維持 しようとす る願 望お よびすべ ての人の尊厳 ,権利 ,平等 についての信念 に基づ いてい る。
自分 自身の価値 や受容 した基準 に従 って生 きる こ とによる自尊心 の雄持 に 関連 したポジテ ィブあ るい はネガテ ィブな感情 も, この段 階 を特徴づ けて いる。
56 長崎大学教育学部紀要 一教育科学 一 第72号
Table2 お はな し (例話)
「ある 日,太郎君がお友 だちのお誕生会 に急 いで行 くところで した○ ひ と りの男 の 子が 自転車で転 んで泣 いてい ま した○その子 は,太郎君 に 『ぼ く足 をけが して とて も いたいんだ○お医者 さんに早 く見 て もらいたいので,ぼ くの家へ行 って,お母 さんを 呼 んで きて くれない ?
』
と頼 み ま したOで も,その子 のお母 さんを呼 びに行 っていた ら,お誕生会 に遅れて しまい,おい しいケーキや アイスクリームは もうな くなるか もその結果, (1)性差 について
カテ ゴリーに分類 した際の比較 においては,女子 の方が よ り高次 の カテ ゴリーに属す る反応 を示す とい う性差が見 られた年齢 もあった。 しか し,発達 レベルに換算 した場合 の比較 では, どの年齢 に も統計 的 に有意 な性差 は見 出せ なか った。 また, プロソーシャ ルな道徳判断のみ を男女で比較 した場合 に も,顕著 な性差 は見 られない。
(2)年齢差 か ら推測 される発達 レベルの順序性 について
発達 レベルの順序性 を支持す る傾 向 にある ものの,い く分不 明瞭であった。 「未熟 な 型の理 由付 けは,年齢 とともに頻度 を減ず る一方,児童期の理 由付 けの様式 は最 も年長 の者 に よって も場合 に よっては使 われ る」 (Eisenberg,1982)と述べ てい る ように,
レベルの進行 は必ず しも単調 な ものではない。
ことが明 らかになった。
本研究 は道徳的判断 に関す る先行研究の技法 を準用 し,いのちの捉 え方 (学習 レベル) を発達的 に検討す ることである。
方 法
Ⅰ.調査対象
長崎市 内の公立小学校3校 の小 学2年生201名 ,4年生208名 ,6年生218名 の計627名 であった。
Ⅱ.調査期間
平成18年 11月‑11月中旬
Ⅲ. 調査用紙 1.各設問の意図
子 どもたちがいのちを守 る とき,奪 うときには どの ような道徳 的 な判断 を している のか を調査 す るため に,例話 を作成 した。
2.質問紙の構成
Eisenberg‑Berg(1979b),坂 上 (1981),宗方 ・二宮 (1985)を参考 に,Eisenberg‑
Berg (1979b)のプロソーシャルな道徳的判断の22カテゴリー,お よび22カテゴ リー
を集約 した10カテ ゴリーを基 に質問紙 で行 った 「お はな し
」
に対す る選択肢 を作成 し た。本研究では,子 どもたちに自由に考 え させ記述 させ る とい う自由記述 を行 わず, あ らか じめ選択肢 を用意 したのは,選択肢 か ら自分の考 えを選ぶ ほうが 子 どもたちに とって考 えやす く, 「なん とな くそ う思 う」 や 「当た り前」 な どの漠然 とした子 ども たちの気持 ちを表現 しやす くす るためである。 なお,子 どもたちの考 えを幅広 く得 る ために,複数 回答可 とした。3.質問紙の内容
Table3 おはな し (例話1)
あゆみ さんのがつこうには, きれいな花が うえられている花 だんがあ ります○あゆみ さ んは,いつ も水や りやざつそうぬ きなどをして,その花 をたいせつにそだてています○
しっもん
なぜ あゆみ さんは,花 をたいせつ にそだてているので しようか。
つ ぎの中にあてはまる ものはあ りますか。
い くつで もいいので,あてはまる もの に○ をつけて くだ さい。
1 せ んせいや,おや に しか られるか ら。
2 せ んせいや,おやか らおれいが もらえるか ら。
3 じぶんが こまった ときに助 けて もらえるか ら。
4 花 は ともだちだか ら。
5 じぶ んは,はなをそだてるのが とくいだか ら。
6 花 は じぶんでみず をのんだ り, ざっそ うをぬ くことがで きないか ら。
7 おせ わを しない と花がかな しむか ら。
8 花 をそだてるのほおたがい さまだか ら。
9 おせ わをす ることはいい ことだか ら。 10 おせ わをす ることはあた りまえだか ら。
11 おせ わをす るように,おかあ さんやせ んせ いにたの まれたか ら。 12 おせ わを した ら,おかあ さんやせ んせ いが はめて くれるか ら。
13 おせ わを しない と花がかわいそ うだか ら。 14 じぶんが花 だった ら,おせ わを しては しいか ら 15 おせ わを した ら, じぶんが ほっ とす るか ら。
16 おせ わを した ら, じぶんの きぶ んが よ くなるか ら。
17 花がかれた ら, じぶんが こうかいするか ら。
18 おせ わを しない と,あ とで じぶんをせ めた くなるか ら。
19 あゆみ さんは,おせわ をす る ように きめ られているか ら。
20 花 に もい きることがみ とめ られているか ら。 21花 も人 もおたがい にたす けあったほうがいいか ら。
22 みんなが たす けあった ら, しゃかいは もっ とよ くなるか ら。
58 長崎大学教育学部紀要 一教育科学‑ 第72号
4.質問紙の修正
質問紙調査 を実施す るにあた り,訂正 を要請 された学校があった。それについては, 他 の学校 との回答 に違いが生 じない ように一部修正 した。
結果および考察
Ⅰ.学年間の比較
1.「守る」
Ta b l e4
お はな し①2.4.6
年生比較(上段実測値,f段期待値)
レベル1 レベル「 「 レベル3 l レベル4 】 レベル5 レベル6 36 45 51 64 61 78 48.995 51.444 49.607 60.324 55.119 69.511
63 66 56 64 62 80 57.185 60.044 57.899 70.409 64.333 81.131
61 57 55 69 57 69 53.821 56.512 54.494 66.267 60.548 76.358 レベル1
2年生 483.9695 4年生 63
57.185 6年生 61
Ⅹ2(10)‑10.106 ,ns Phi=0.067
カイ二乗検定の結果,2年生,4年生,6年生 において,それぞれ有意 な関連 は見 られなか ったo
おはな し① では,守 る対象が花 である。生物 の中では植物 は, もっ とも晒乳類 であ る人間か らは,遠い存在 である。 したが って, 2年生,4年生,6年生 とい う異 なる 発達段 階 にある子 どもたちにとって,比較的客観 に考 えることがで きたので,年齢 に
よる差異 はなか った と考 え られる。
Ta b l e5‑1
おはな し②2
,4
年生の比較(上段実測値,下段期待値)
レベル1 レベル2 レベル 3 レベル4 レベ ル5 レベル6 2年生 67 67 83 122 10 0 105
11 2 .413 67.582 78.957 97.692 10 1 .70 7 85.648
4年生 101 34 35 24 52 23
Ⅹ2(5)‑87.670 ,p<.01 Phi=0.328
Ta b l e5‑ 2
「実測値 と残差分析 の結果」レベル1 レベル2 レベル3 レベル4 レベル5 レベ ル6 2年生 67 ▽ 67 83 122 ▲ 100 105 ▲
(▲有意 に多い,▽有意 に少 ない,p<.05)
カイ二乗検定 の結果,2年生 と4年生 において,有意な関連が見 られた。残差分析 の紘果,2年生 は, レベル4とレベ ル6が, レベル 1に比べ有意 に多か った。4年生 では, レベル4とレベル6が レベ ル 1に比べ有意 に多か った。
各 レベル間で比較 をす ると, レベル1では,2年生 に比べ4年生が有意 に多か った。
レベル4では,4年生 に比べ2年生が有意 に多か った。 レベル6では,4年生 に比べ 2年生が有意 に多か った。
2年生 と4年生で結果 に有意 な関連がみ られたのは,おはな し② で は対象が昆虫 に なっている とい うことが関係 している と考 え られる。 昆虫 は花 とは異 な り,動 きを伴 う生 き物 である。 つ ま り,花 に比べ て人間に近い存在 となる。 この ことが,学年 間で 結果 に有意な関連がみ られた ことに関係 している と考 え られる。
また,2年生 とい う発達段 階 にある子 どもたちは,周 りの親や教師の言葉 な どが, 物事 の判断の基準 となるが,4年生の子 どもたちは,周 りの影響 を受 けなが らも,自 分 自身の中で,それ らを考慮 して判断で きる段 階 に移行す る とい う発達的の特徴 が関 係 している と考 え られる。
Ta b l e6‑1
おはな し③2
.6
年生の比較(上段実測値, 下段期待値)
レベル1 レベ
ル2
レベ ル 3 レベル4レ ベ ル 5
l■ レベ
ル 62年生 151
1 5
.29
73 96.1 1
8263 93.98473 18115.1469 194.1 9
9214 !
200.2 0 6
900Ⅹ2(5)‑17.331 ,p<.01 Phi=0.106
Ta b l e6‑ 2
「実測値 と残差分析 の結果」F レベル1
盲有 「 五 rL"【 レベル112 ▲2 レベル94 3 レ15ベ4ル4▽ レ19ベル54 レベル206 6
(▲有意 に多い,▽有意 に少 ない,p<.05)
60 長崎大学教育学部紀要一教育科学一 第72号
カイ二乗検定の結果,2年生 と6年生 において,有意 な関連が見 られた。残差分析 の結果,2年生では, レベル2が レベル4に比べ有意 に多かった。6年生 においては,
レベル4が レベル2に比べ有意 に多かった。
各 レベル間で比較 をす る とレベル② では,6年生 に比べ2年生が多かった。 レベル 4では, 2年生 に比べ 6年生が有意 に多かった。
守 る対象 は犬であ る。 2年生で は
,
「子犬 は じぶ んでは, どうす る こともで きない か ら」 (他者の身体 的物質的要求‑ の関心),
「おせ わを しない と子犬がかな しむか らJ(他者 の心理的要求へ の関心)が多 く選 ばれていた。 これは,
2
年生 とい う発達段 階 においては,けが を している とい う視覚的に も理解 しやすい動物 の生理的 なことや, かわいそ うとい う情動 的 な もの に判断が左右 されやすい とい うことを示 しているので はないか。6年生では, 「‑こまっている ときは,おたがい さまだか ら」 (人間性への言及 と関心),
「かんぴ ょうしない と,子犬がかわいそ うだか ら」 (同情志 向),「じぶんが 子犬 だった ら,おせ わ を しては しいか ら」 (役割取得)が多 く選 ばれていた。 これ は,6年生 と い う発達段 階では,2年生 に比べ,二宮 ・宗方が示 した道徳 的判 断の発達 レベルが高
くなっている といえる。 また,6年生 になる と, 自分 自身 を犬 の立場 に して考 えるこ とがで きるようになっている。 つ ま り,児童期 の特徴 である 自己中心性 か らの脱却 を 果 た している といえる。
Table7 おはな し④ 2, 6年生の比較
(上段実測値,下段期待値) レベル1 レベル2 レベル3 レベル4 レベル5 レベル6 2年生 12112.3383 808.7436 818.8350 15194.8402 1618.74154 18128.0674 6年生 95 61 64 143. 128 141
96.617 F 64.264 65.150 127.1.98 133.846 144.926
Ⅹ2(5)‑4.558 ,ns Phi=0.056
カイ二乗検定の結果,2年生,6年生 において,それぞれ有意 な関連 は見 られなかっ た。
おはな し④ では,対象 は人間である。 したが って,被験者である子 どもたちに とっ ては,花 や昆虫,犬 に比較 し, 自我 関与が高い生物 である といえる。 したが って,そ れぞれの発達段階 にある子 どもたちに とって も
,
「守 らな くてはな らない。」 とい う思 いが強 く働 きこの ような結果 になったのではないか と考 え られる。2.「奪 う」
Table8‑1 お はな し⑥ 4,6年生比較
(上段実測値,下段期待値) レベル1 レベル2 レベル3 レベル4 レベル5 レベル6 4年生 18158.3328 504.4994 1114.03704 15185.4139 19107.2706 11114.5430 6年生 151 42 99 131 173 57
Ⅹ2(5)‑26.119 ,p<.01 Phi=0.133
Table8‑2 「実測値 と残差分析の結果」
レベル1 レベル2 レベル3 レベル4 レベル5 レベル6 2年生 183 49 107 l154 177 ▽ 144 ▲
(▲有意 に多い、▽有意 に少 ない、p<.05)
カイ二乗検定の結果,4年生 と6年生 において,有意 な関連が見 られた。残差分析 の結果,4年生 において, レベル5に比べ レベ ル6が有意 に多か った。6年生 におい ては レベル6に比べ レベル5が有意 に多か った。
各 レベ ル間で比較 をす る と, レベル5で は,4年生 に比べ ,6年生が有意 に多か っ た。 レベル6では,6年生 に比べ ,4年生が有意 に多か った。
4年生 とい う発達段 階にある子 どもたちの 「奪 う」 とい うことについての判断基準 は,自分 自身の中ではな く,外 にあると考えられる。つまり,親や教師の言葉や,ニュー スな どの外的な ものが基準 になっている と考 え られる。 6年生 は,4年生 に比べ る と
「奪 う」 ことの判断基準 に,外 的 な もの も含 まれ るが, 自分 自身の考 え とい うもの も 含 まれ る ようになる段 階であ ろ う。 つ ま り,状況 に応 じて, 「なぜ , この ように しな い といけないのか
。 」
とい うこ とを判 断で きる ようになる移行期 である と考 えるこ と がで きる。 したが って, この ような結果 になった と考 え られる。3.おはな し⑧ 「ごん ぎつね」の分析
お はな し(砂において, レベル間で適合性 の検定 を行 った。その結果, レベル間で反 応 の仕方が,有意 に異 なっていた。
レベル1,2,3,5が多 く,それに比べ レベル4,6は少 なかった。 この結果か ら,二宮 ・宗方の示 した道徳 的判断の レベルの順序付 けの組み換 えが必要である と考 え られる。 二宮 ・宗方 は レベル1‑6と道徳的判断の レベルが高 くなる と示 していた。
しか し,今 回の結果か ら,いのちを 「奪 う」 とい うことに関 しての道徳 的判断 は,必 ず しもレベル1‑6と発達 してい くわけではな く, レベル 1,2,3の後 に, レベル
5,そ して レベル4,6と順 を追 って発達 してい くと考 え られ る。
この こ とか ら,「いのち」の授 業 を行 うときには,道徳的 な判 断の レベ ルに沿 って
62 長崎大学教育学部紀要一教育科学一 第72号
行 うことが重要であるといえる。 つ まり, レベル1の段階にある子 どもたちに, レベ ル2や3を飛び越 えて, レベル4の段階を想定 した授業 を行 った り,題材 を選ぶ こと は,子 どもたちに 「いのち」 を大切 にする心 を養わせる授業 としては,適 していない と考 えられる。
授業 を行 う際には,一つずつ積み重ねなが ら,題材 を選んだ り,教材 を用いる必要 がある。
また,今 回少なかった レベル4や6については,小学校段階そ して,中学校教育 に おいて,身につけるべ き課題である。
今回の結果か ら,教材や題材の作成 における配慮 として,学習者の能力,発達段階 に沿 う必要性が示 された。
Ta b l e9‑ 1道徳的判断 レベル と度数
判断 レベル 度 数 全 体
レベル1 116 659
レベル2 204 659
レベル3 135 659
レベル4 60 659
レベル5 107 659
Ta b l e9‑ 2
適合性の検定結果Ⅹ2乗値 自由度 P値 判定
おはな し(参
Ta b l el O A
小学校の度数,%度数 % 度数 % 度数 %
1 5 6.6 9 3 3.9 17 8 10.5 2 4 5.3 10 18 23.7 18 6 7.9 3 4 5.3 ll 2 2.6 19
0 0
4 l 10 13.2 12 5 6.6 20 1 1.3 5 3 3.9 13 4 5.3 21 2 2.6 6 73 96.1 14 1 1.3 22 p2 2.6 7 3 3.9 15 5 6.6
Tablell B小学校 の度数 ,%
度数 % l度数 t % !【 II‑叫墾14一一+i % 1 12 r亘 を 9 J1 12 T1 13.2 17 15.4 2 「「 「】 18.7 10 31 34.1 i l8 l一 丁 7.7 3 + +1∴ 16.5 ll 5 5.5 19 7 7.7
4 9 ; 9.9 12 20 22.0 20 0 0
5 1 1.1 ∃ 13 10 ll.0 21 6 6.6
0 」 0 15 LZ 12.1 】
Table12 C小学校 の度数 ,%
l l
l
i T ‑ 「 ‥ 三 三 l
l
【
お はな し⑧ においては,選択肢 の6「兵十 は, ごんが,今 までた くさん悪 い ことを した と思 ってい るか ら」や10「いたず らをす るごん をうつ こ とは,悪 い ことで はない か ら」 が多 く選 ばれていた。 この背景 には,勧 善懲悪 (善 い行 い をすす め,悪 い行 い をい ま しめこ ら しめる こと) とい う考 えが あ るので はないか。善い行 い をすす め,忠 い行 い を悪い とす る ことは, とて も重要 な こ とである。 しか し,い くら悪 い行 い を し て も,生 き物 のいのち をうぼ って もいいのであ ろ うかO筆者 は,そ うは思 わない。い の ちを奪 うとい う行為 にまで は,至 ってはい けない と考 える。 もし,悪 に対 して悪 で むか ってい くとすれ ば,それ は,現在行 われてい るテ ロに対す る反撃 と同 じような結 果 になるであろ う。 つ ま り,悪 に対 して悪 でむか って も,根本 として,問題 は解決 し ない と考 えるのであ るo筆者 は
,
「善 に対 して善 で向か う,悪 に対 して も善で向か う」こ とがで きる子 どもたちを育 んでい きたい。 そのため に, 「ごん ぎつ ね」を題材 に し て,1つの教育 プログラム を提案す る。
最初 に, ごんが兵十 に うたれ た とい う事 実 を取 り上 げ る。 そ して,「兵十 は ごんの いの ち を奪 う必 要が あったのか どうか」を子 どもたちに問いか ける。 その後 ,いの ち
64 長崎大学教育学部紀要一教育科学一 第72号
を奪 うこと以外 の選択肢 を子 どもたち と考 えてい く。 子 どもたちの中には,「いのち を奪 わな くて も, ごん をとじこめて反省 させ る
」
な どの行動 の制限や, 「ごん と友達 になる。 そ うす るこ とで, ごん もいたず らを しな くなるか もしれない。」 な どの考 え も出て くるだろ う。 これ らの意見の中か ら,悪 に対 して善で向か うとい う立場 か ら,「ごん と友達 になる」 とい う考 えを取 り上 げ,そのためには どうすればいいか を考 え てい く。 例 えば
,
「ごんにえさをあげる」や 「一緒 に遊ぶ」
な どの意見がでるだろ う。この ように して, ごんがいたず らを したか らといって,いのちを奪 うのではな く, 他 に どの ようにす ることがで きるのか,子 どもたちの考 えや視野 を広 げてい くことが 重要である と筆者 は考 える。 また, ごん と兵十 とい う,動物対 人の事柄か ら,人対人 の人 間社会の こと‑発展 させ ることも必要であ る。
これは,学校 でい じめがあった ときの指導 に も用い ることがで きる。 例 えば,い じ めのひ とつ として,「無視」 とい うものがあ る。 無視 をされ る とい うことは,子 ども たちを傷つ ける行為 であ る。 そ こで まず,教 師 としては,「無視」 とい う行為 に対 し て,それは,悪 い ことである とい うことを子 どもたちに伝 えることが必要である。 そ れか ら,なぜ無視 をす る, される とい うことになったのかその原 因 を明 らか にす る必 要がある。 無視 には,何 か明 らかな原 因があ り,その結果 として無視 をす る とい うこ とがある。 その場合 ,原 因 (友人間の トラブルな ど) と結果 (無視 をす る) を認識 さ せ る ような手立 てが必要である。 そ して, してはいけない ことを指導 し,それ と同時 に 「して もいい こと
上
「しな くてはいけない こと」 を伝 えることが大切 であろ う。 そ して,子 どもたちに同 じような悪 い ことを繰 り返 させ ない ようにす る必要がある。 こ の ような指導 を一 回で終 わるのではな く,機会 を見つ け, また機会 を作 り,繰 り返 し て指導 してい くことが必要である。また,
4
「ごんは友達ではないか ら」や3「ごんをうって も, 自分 は困 らないか ら」とい う回答 も多 く見 られた。 この ことは, 自己中心的な考 えをす る子 どもが多 くいる とい うことを表 しているのではないか。
花や昆虫 よ りも四足動物 ,人間によ りいのちを身近 に感 じる とい うことが明 らか になっ た。つ ま り,子 どもたちは自分 に近 い存在 の もの,そ して, 自我関与が高い ものほ ど 「い のち」 を感 じやすい といえる。
また,「守 る
」
対象が花 であ る場合 と,人であ る場合 で は学年 間で有意 な関連 はみ られ なかった。結果 としては同 じであるが,結果の示す意味 は異 なる と考 え られる。 子 どもた ちは,対象が花 の場合 だ と, 自分 とは遠い存在 になるため客観 的 に考 えやす く,学年 間で 関連 はみ られない とい う結果 になった。 しか し,対象が人の場合 は, よ り自分 に近 い存在 であるか らこそ,「守 らな くてはな らない」 と考 えることがで き,学年 間で有意 な関連 は み られなかった と考 えることがで きるだろ う。「いのちを奪 う」 とい うことに関 しては,低学年 にある子 どもたちほ ど
,
「奪 う」
とい う ことについての判断基準 を, 自分 自身 にではな く,外部 の ものに求める と考 え られる。 つ ま り,低学年の子 どもたちは, 自分 自身の しっか りとした考 えが,十分確立 されてお らず, 親や教 師の言葉や,ニュースな どの外 的な ものが判断の基準 になっている と考 え られ る。中川 (2006) は,「幼児期 になれば,子 どもは大人の価値基準 や態度 を自分 のなか に取
り入れて超 自我 を形成す る。 それは良心 とな り,罪悪感 をもつ ようになる。 例 えば子 ども の 自我 は,虫 を弄 びたい衝動 と,倫理的感情の間で葛藤す るが, この ような経験 は自我の 成長 に必要である
。 」
としている。 この ように,幼児期 にあ る子 どもたちは,善悪 の判断 を大人の価値基準 に求めることか ら, この ような結果 になる と考 え られる。 そ して,高学 年 になるにつれ 自分 自身の考 えが確 立 し,「奪 う」
ことの判断基準 は,外部 に求め る傾 向 が弱 まる と考 え られる。 つ ま り,高学年 になるにつれ,状況 に応 じて,
「なぜ , この よう に しない といけないのか。 」
とい うこ とを判断で きる ようになる とい う,判 断の移行期 に なる と考 えることがで き, この ような結果 になった と考 え られる。また,今 回の調査 で は,「いの ちを大切 にす る心」 を育 むための教育 プログラム を作成 するにあた り,生 き物のいの ちを守 る,そ して奪 うとい う2つの視点でおはな しを作成 し, 子 どもたちの道徳 的な判断の基準 について調査 を行 った。
その結果 として得 られた ことに,子 どもたちが生 き物のいの ち (この場合,花 や昆虫, そ して動物 のいの ち を扱 ったお はな しを行 った) を奪 うとい う判断の基準 の ひ とつ に,
「勧 善懲悪
」
とい う思考が関与 してい る とい うこ とがあ った。つ ま り,悪 い こ とを したか らいのちを奪 うのは当然である と考 える傾 向がみ られたのである。 そ して,その他 に結果 で示 されていたこ とと して,「自分 には関係が ない こ とだか ら, た とえ生 き物 のいのちが 奪 われて も関係が ない」 とい うような, 自我 関与の高低 で生 き物 のいのちについて考 えて いる とい うことが示 されていた。 これは, 自分や 自分 にとって身近 な生 き物 (植物 ,昆虫, 動物 ,人 間,あ らゆる もの を含 む)のいのちが奪 われることについては,関心 を示すが,自分 とは関係が薄い対象 に対 しては,関心 を持 たない とい う傾 向があることを示 している。
この こ とは,現在の 日本人 に増 えている とい う,個人主義 な どの影響 もあるだろ う。
この ような結果 を受 け,悪で悪 にむか うので はな く,悪い ことを した人 に対 して も,善 で対応 していけるような子 どもたちを育みたい。そ して, 自我関与の低 いことに対 して も, 自分 の こととして考 え られるような子 どもたち, また,相手 の気持 ちを推 し量 ることがで きる ような子 どもたちを育みたい とい う考 えの もと, ごんの立場 に立 った 「ごん ぎつね」 を書 き,教育 プログラムの提案 を行 った。今 回は,実際 に子 どもた ちに,教育 プログラム を実施す ることがで きなか った。 したが って,筆者 自身が教壇 にたった ときの課題 とした い と考 えている。
また,おはな し⑧ で適合性の検定 を行 った結果, レベル間で反応の仕方が,有意 に異なっ ていた。
この結果か ら,二宮 ・宗方の示 した道徳 的判断の レベ ルの順序付 けの組み換 えが必要で ある と考 え られる。二宮 ・宗方 は レベ ル1‑6とい う順序で,道徳 的判断の レベルが高 く なる と示 していた。 しか し,今 回の結果か ら,いの ちを 「奪 う
」
とい うことに関 しての道 徳的判断 は,必ず しもレベル1‑ 6と発達 してい くわけではな く, レベル1,2,3の後に, レベル5,そ して レベ ル4,6と順 を追 って発達 してい くと考 え られる。
この こ とか ら
,
「いの ち」 の授 業 を行 うときには,道徳 的な判断の レベル に沿 って行 う ことが重要である といえる。 つ ま り, レベル 1の段 階 にある子 どもたちに, レベル2や3 を飛 び越 えて, レベル4の段 階 を想定 した授業 を行 った り,題材 を選ぶ ことは,子 どもた ちに 「いのち」 を大切 にす る心 を養 わせ る授業 としては,適 してい ない とい える。授業 を行 う際 には,一つずつ積 み重ね なが ら,題材 を選 んだ り,教材 を用 いる必要があ
66 長崎大学教育学部紀要‑教育科学 ‑ 第72号
る。
また,今 回少 なか った レベ ル4や6については,小学校段 階そ して, 中学校教 育 におい て,身 につ けるべ き課題 であ る。
さらに,今 回の結果か ら,教材や題材 の作成 にお ける配慮 と して,学習者 の能力,発達 段 階 に沿 う必要性が示 された。
本研 究で は,道徳 的判 断の レベルは,年齢 に応 じて,必 ず しもレベ ル
1‑6
に順 をお っ て発達 してい くわけではない とい うこ とが示 された。その理 由 としては,上述 した ように, 低学年 にあ る子 どもた ちほ ど,判断の基準 の 中心 が, 自分 自身の 中にある とい うわけで はな く,外部 (親や教 師) の影響 を多 く受 ける とい うことを示 した。 その他 の理 由 として,
Ko h l b e r g
の道徳 的判 断 の発 達段 階 を追試 ,検討 した山岸( 1 9 7 6 )
は,次 の ように示 して い る。 山岸 は, 中2が小5よ り道徳 的判断の低 いステーージを多 く選択 す る とい う結果 を示 し,「視 点 が未分化 であ るためで な く, 自 ら低 いステー ジの志 向 を選 ぶ者 もあ る と思 われ る」 と討論 している。 二宮 ・宗方( 1 9 8 5 )
の研究 で も,小学生 に模範 的解答が多 いの に対 して, 中2で は,
「自分 も大切 だか ら」 とい う本音 や,
「自分の力 で は無理 だ」 とい う現実 認識が多 く含 まれていた。この ような理 由か らも,遺徳判断の レベ ルは,必ず しも1‑ 6と順 を得 て発 達す るので はな く, レベ ルの進行 は必ず しも単調 な ものではない と考 え られ る。
卒業研 究 に続 き,本研 究 において,子 どもたちに実感 と していの ちを感 じてほ しい, ま た,いの ちを 「いの ち を大切 にす る心 を育 む」 には どの ように した らよいのか を,考 え続 けていた。そ して,今 回本研 究 においては,上述 した ような結果が得 られ,い くつかの教 育 プログラムの研究 を行 った。
筆者 は,いの ちは大 切であ る とい うこ とを知識 として知 っているだけの子 どもではな く,
「いの ちは大切 であ る とい うこ とを しっか りと理解 してい る。 そ して,いのち を大切 にす るため には, 自分 で は何 がで きるか を考 え,黄終 的 には行動 に移す こ とがで きる子 ども」 を育 んでい きたい と考 えてい る。 本研 究 での結果 を踏 まえなが ら,実際 に教壇 に立 った と き,そ して,母親 にな り子 どもを養 う立場 になった ときの指導 に生 か してい きたい と考 え る。
時代 は, 日々変化 してお り, 子 どもたちを取 り巻 く環境 も変化 している。 しか し,時代 を超 えて も, 「いの ちは何 よ りも大切 であ る」 とい う心 を,子 どもた ち, そ して,大 人た ちの心 に育 んでい くこ とがで きる ように, これか らも,研 究 を続 けてい きたい。
【引用 ・参考文献】
「あす を生 きる」 編集委 員会
2 0 0 5
「中学校 道徳 あす を生 きる1
」,
「中学校道徳 あす を生 きる 2」,「中学校 道徳 あす を生 きる 3
」
日本文教 出版安達喜美子 山[コ豊‑
1 9 9 1
「道徳 的判 断力の測定 とその問題」 教 育心理学研 究3 3
巻4 4 5‑4 4 6 .
天野幸輔
2 0 0 4
「中学校授 業 にお けるいの ちの教 育 ‑ペ ッ ト ・動物 の死 をめ ぐる実践 か ら 「授 業の留意点」を考 える‑」
ター ミナルケ ア1 4 1 9 8‑2 0
1.稲村博 小 川捷之
1 9 8 3
「シ リーズ 現代 の子 どもを考 える 死 の意識」
共立 出版 岩 田慶 治2 0 0 0
「死 をふ くむ風景 私 の アニ ミズム」NHK
ブ ックス大伴 栄子 (訳 )
R.
デ プ リーズ・L.
コールバ ー グ1 9 9 2
「ピア ジェ理論 と幼児教 育 の実 践 (上巻 ) ‑モ ンテ ッソー リ, 自由保 育 との比較研 究‑」
北大路 書房金森俊 朗
2 0 0 3
「いの ちの教科喜 一学校 と家庭 で育 てたい生 きる基礎 カ ー」角 川書店 九州小 学校 理 科サ ー クル1 9 8 7
「生 き もの を教 え る 小 学生編 人 間選書1 0 2 」
社 団法 人農 山漁村文化協 会
教 育 と医学 の会
1 9 9 8
「教 育 と医学 (特 集 )生 きる力 と生 きる こ との意味」慶応 義塾大 学 出版 会日下義 明
2 0 0 5
「子 どもに 『いの ち』 を どう教 えるか」
児童心理2
月号 臨時増刊 ・第5 9
巻3号 金子 書房
近藤 卓
2 0 0 2
「いの ちを学 ぶ ・い の ち を教 える」大 修館 書店柴 田薫
1 9 7 5
「道徳 的判 断の発達 的推 移 に関す る検討」教育心理学研 究3 3
巻1 7 5‑ ‑1 7 9 .
島屋 亜 矢子 砂 川美 智 瑠
2 0 0 5
「いの ちの教 育 に関す る一考 察」 長 崎 大学教 育学 部卒業 論 文 (教 育心理 )未公 刊社 団法 人 農 山漁村 文化協 会
2 0 0 4
「食農教 育1
1月号」得 丸定子 田原加津江 嵐美香
2 0 0 0
「学校教 育 にお ける 『死 の教 育』 一死 に対 す る意 識調査 か ら見 た学校教 育 とのかか わ り方」日本 家庭科教 育学 会誌 第4 3
号得丸 定子 吹 山八 重子
2 0 0 5
「悲 嘆 を伴 う死 別 に関す る意 識調査 ‑′上 中 ・高等 学校 の 児童 ・生徒 を対 象 と して‑」
日本家庭科教 育学 会誌 第4 7
巻 第4
号得丸定子
2 0 0 5
「若 い世代 へ の 『いの ち教 育』 」
教 職課程1
1月号2 2 ‑2 5 .
協 同出版 得丸 定子 ・菊 地亜 弥 子2 0 0 5
「子 ど も とともに 『い の ち』
につ いて学 び続 け る とい うこと」 教 職課程
1
1月号 第3 1
巻 第1 5
号 協 同出版内閣府
2 0 0 6
「青少年 白書 一青少 年 の現状 と施策‑」( 1 8
年版 )申出佳操
2 0 0 4
「生涯学 習 にお け る命 の教育実践 と評価 に関す る一考察」
北 海道浅井学 園大学 生 涯学習研 究所研 究紀 要 「生 涯学習 と実践」第6号
中村秋 生
2 0 0 2
「組織 にお ける反道徳 的行為 一人 は何 故 ,悪 と知 りつつそれ を成 す のか」
共栄大学研 究論 集 創刊号
4 1 ‑6 0 .
二宮 克美
1 9 8 9
「子 ど もは 『思 いや り』 を どう判 断 してい るか ;プ ロソー シ ャル菊池亜 弥 子2 0 0 5
な判 断 の発 達過程 の観 点 か ら (Ⅶ 思 いや りの発 達 と教 育)
」教 育心 理学 年報2 8
巻3 4‑3 5 .
二宮 克美
1 9 8 1
「児童 の遺徳 的判 断 に及 ぼす意 図 と結 果 の情 報提 示順序 の効 果」教育 心 理学研 究 第2 9
巻 第 1号6 1 ‑6 5 .
二宮 克美
1 9 8 0
「児童 の道徳 的判 断 に関す る一研 究‑Gut ki n
の実験 的検討‑」
教 育心理学研 究 第
2 8
巻 第1
号1 8‑2 7 .
二宮 克美
1 9 82
「児童 の道徳 的判 断 に関す る一一研 究‑Gut ki n
の4
段 階説 の発達 同時 性 の検討」教 育心 理学研 究3 0
巻4
号2 8 2 ‑2 8 6 .
二宮 克美 宗 方比佐 子
「
プロソー シ ャル な道徳 的判 断 に関す る研 究展望」 名古屋 大学教 育学部紀 要 教 育心理学科3 2
巻2 1 5‑2 3
1.橋本和 明 ・森恭子
1 9 9 6
「童話 と心 の深層」創 元社福 岡県 立 久留 米 筑 水 高校
「
『命 の大 切 さ』 を実 感 す る心 の教 育 ‑ この体 験 が 生徒 を変 え た ‑」2 0 0 4
学事 出版68 長崎大学教育学部紀要 一教育科学一 第72号
法務省 法務 総合研 究所 2006 「犯 罪 自書 一刑事 政策 の新 たな潮流 ‑」(18年版 )
村 田昇 2006「(特 集
)
『いの ち』 を大切 にす る心 を育 て る」
金子 書房 児 童心 理 7月 号 第60巻 第10号山口昌則 「遺 徳 的実 践 力 を高 め る ため の総 合 的 な学 習 ‑総合 ユ ニ ッ ト方式 の道 徳 学 習
「ペ ッ トのいの ち
‑」
URL:http://www.edu.city.kyoto.jp/school/adcon/hl1/e̲yusai/yusai.html
山田卓 三 1998 「いの ち を感 じる遊 び事 典」 社 団法 人 農 山漁村 文化協 会
山 田卓 三 2005 「(いの ち )を大切 にす る心 を育 む ‑道徳授 業 の展 開
‑」
別冊教 育技術 第23巻 第6号 小 学館吉 田寿夫 坪 田雄二 早川貴宏 2003 「児童 の感 情認知 を促 す方策 に関す る実践 的研 究」 教 育心理学研 究 第51巻
吉村斉 1996 「幼児期 の遊 び仲 間形成 にお ける道徳 的判 断 と村 人行 動 の特性」 高知学 園短期大学紀 要 第26号 1‑9.