九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
リチウムイオン電池用三元系層状正極材料への元素 置換と表面被覆によるサイクル劣化抑制
木村, 尚貴
http://hdl.handle.net/2324/4060167
出版情報:九州大学, 2019, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
2020 1
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目次
第1章 序論
1.1 エネルギー消費の拡大と地球温暖化 1.2 世界におけるCO2削減の取り決め 1.3 自然エネルギーの利用によるCO2削減 1.4 水素エネルギーの利用によるCO2削減 1.5 EVによるCO2削減
1.6 LIBの原理
1.7 EV向けLIBに要求される特性 1.8 セルの高エネルギー密度化
1.9 高エネルギー密度化が可能な正極活物質とその課題
1.10 高エネルギー密度化が可能な負極活物質とその課題
1.11 EV向けLIBの仕様
1.12 EV向けLIBの正極の課題
1.13 表面改質によるサイクル特性向上の検討
1.14 充放電サイクル寿命の定義 1.15 本研究論文の概要
1.16 本研究の目的 1.17 参考文献
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第2章 NCM622およびNCM811を用いたセルのサイクル劣化要因 2.1 序論
2.2 実験方法 2.2.1 電極の作製 2.2.2 セルの作製
2.2.3 充放電サイクル試験 2.2.4 解体分析
2.2.5 正極の充放電曲線解析
2.2.6 正極の分析 2.3 結果と考察
2.3.1 充放電サイクル試験 2.3.2 解体電極の電気化学特性 2.3.3 解体負極の分析結果
2.3.4 解体正極の分析結果
2.3.5 NCM811のSEI層成長要因の考察 2.4 結言
2.5 参考文献
- 4 -
第3章 Mo置換NCM622を用いたセルのサイクル劣化抑制効果とその要因
3.1 序論 3.2 実験方法 3.2.1 材料の作製 3.2.2 電極の作製
3.2.3 セルの作製および試験 3.2.4 材料および電極の分析 3.3 結果と考察
3.3.1 Mo置換正極活物質の定性 3.3.2 充放電サイクル試験
3.3.3 解体した電極の単極容量
3.3.4 正極の分析結果 3.3.5 負極の分析結果 3.4 結言
3.5 参考文献
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第4章 Al2O3被覆NCM811を用いたセルのサイクル劣化抑制効果とその要因 4.1 序論
4.2 実験方法
4.2.1 Al2O3被覆NCM811の作製 4.2.2 電極の作製
4.2.3 セルの作製および試験 4.2.4 材料および電極の分析 4.3 結果と考察
4.3.1 Al2O3被覆NCM811正極の特性 4.3.2 Al2O3被覆NCM811/黒鉛のセル特性 4.3.3 充放電サイクルしたセルの解体分析
4.3.4 Al2O3混合正極を用いたセルのサイクル特性 4.4 結言
4.5 参考文献
第5章 総括
報文 謝辞
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記号と略号
COP: Conference of Parties Toe: Tonne of oil equivalent LIB: Lithium Ion Battery
NAS: Na (Sodium) S (Sulfur) Battery NiMH: Nickel Metal Hydride Battery PEFC: Polymer Electrolyte Fuel Cell EDLC:Electric Double Layer Capacitor
SMES:Superconductive Magnetic Energy Storage CAES: Compressed Air Energy Storage
LAES: Liquid Air Energy Storage EV: Electric Vehicle
FCV: Fuel Cell Vehicle PCU: Power Control Unit INV: Invertor
DC-DC: DC-DC converter HEV: Hybrid Electric Vehicle
NEDO: New Energy and Industrial Technology Development Organization NCM111: LiNi1/3 Co1/3 Mn1/3 O2
NCM523: LiNi0.5 Co0.2 Mn0.3 O2
NCM622: LiNi0.6 Co0.2 Mn0.2 O2
NCM811: LiNi0.8 Co0.1 Mn0.1 O2
- 7 - EC: Ethylene Carbonate
EMC: Ethyl Methyl Carbonate DEC: Di Ethyl Carbonate DMC: Di Methyl Carbonate VC: Vinylene Carbonate
FEC: FluoroEthylene Carbonate PVDF: Polyvinylidine Difluoride NMP: N-Methyl-2-Pyrrolidone CMC: Carboxy Methyl Cellulse SBR: Styrene Butadiene Rubber CC: Constant Current
CV: Constant Voltage
DCR: Direct Current Resistance OCV: Open Circuit Voltage SOC: State of Charge
SEI: Solid Electrolyte Interface XRD: X-Ray Diffraction
SEM: Scanning Electron Microscope
EDX: Energy Dispersive X-ray Spectroscopy
STEM: Scanning Transmission Electron Microscope EELS: Electron Energy Loss Spectroscopy
XPS: X-ray Photoelectron Spectroscopy
- 8 - XANES: X-ray Absorption Near Edge Structure
ICP-AES: Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry
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第 1 章 序論
1.1 エネルギー消費の拡大と地球温暖化
20世紀半ば以降、アジア新興国の経済発展や人口増加により、エネルギー消費量が 著しく増加している。Figure 1.1に世界のエネルギー消費量、Figure 1.2に各発電のエ ネルギー消費量をそれぞれまとめた [1-1] 。2010年における世界のエネルギー消費量 は1980年に比べ約2倍に増加、アジアでは約3倍に増加している。これは、特に中国 やインドの経済発展および人口増加に伴う影響と考えられる。また、各年におけるエネル ギー消費の約80%以上は化石燃料を利用した火力発電で賄われており、これら化石燃 料消費量の増加は二酸化炭素などの温室効果ガス排出量の増加を引き起こすと考えら れている。Figure 1.3に世界全体の二酸化炭素発生量と1985年基準とする上昇した年 平均気温をまとめた [1-2,1-3] 。エネルギー消費量の増加とともに、二酸化炭素濃度が 増加し、それに伴い、気温の上昇が見られ、5年間で約0.1 ℃ずつ上昇していることが 分かる。二酸化炭素の増加と気温の上昇による直接的な因果関係は解明されていない ものの、スーパーコンピュータを用いた気候変動シミュレーションの検討によると、大気中 の温室効果ガスの増加が気温上昇の一つの要因であると結論付けている [1-4]。そのた め、温室効果ガスの一つである二酸化炭素の削減が必要であると考えた。また、この地 球温暖化は、海面上昇、異常気象、自然災害、生態系破壊などにつながると考えられ、
我々は世界規模で地球温暖化を防止しなければならない状況下に置かれている。
- 10 -
Figure 1.2 各発電のエネルギー消費量
×106
0 2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000 16000
1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015
Energy (toe)
Year New energy
Hydro Power Nuclear power
Gas-fired thermal power Oil-fired thermal power Coal-fired thermal power
Figure 1.1 世界のエネルギー消費量 0
2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000 16000
1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015
Energy (toe)
Year AsiaAfrica
Middle East Russia (+ Soviet) Europe
South America North America
×106
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Figure 1.3 世界全体の二酸化炭素発生量と上昇した年平均の気温:
上昇した年平均の気温は1985年を基準とした 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7
340 350 360 370 380 390 400 410
1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015
Increased average temp. since 1985 (℃) CO2concentration (ppm)
Year
- 12 - 1.2 世界におけるCO2削減の取り決め
上記背景のもと、1995年から気候変動に関する国際連合条約締結国会議 (COP) が 開催されるようになり、毎年世界各国の代表者が集結し、議論が行われている。そして、
1997年のCOP 3では、史上初めて先進国における二酸化炭素を主とする温室効果ガ
スの削減量を京都議定書にまとめられた。また、2015年のCOP 21では、発展途上国 を含めた取り組みや、世界共通の「2 ℃目標」を盛り込んだパリ協定が新たに採決され た。「2 ℃目標」とは、2100年までに世界の平均気温の上昇幅を2 ℃未満に抑える目標 である。さらに、同年2015年のG7エルマウサミットにおいて、2050年までに二酸化炭 素排出量を2010年比で40-70%削減することをG7首脳間で取り決めている。
1.3 自然エネルギーの利用によるCO2削減
地球温暖化を緩和するために、世界中で化石燃料エネルギーから自然エネルギーへ のシフト、エネルギー変換効率の向上、緑化活動などが行われている。特に、化石燃料 エネルギーから自然エネルギーへのシフトの効果がもっとも大きいと考えられている。
Figure 1.4に発電方式と二酸化炭素の排出量について示す [1-5] 。水力、地熱、原子
力、風力、太陽光発電などの自然エネルギーを利用した発電は、化石燃料を利用した火 力発電に比べ、二酸化炭素排出量が1/30程度であることが分かる。これら自然エネル ギーを利用した発電は発電時に二酸化炭素が排出されないが、発電システムの製造時 や機器輸送時などに二酸化炭素が排出される。Figure 1.4の自然エネルギーを利用し
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Figure 1.4 発電方式と二酸化炭素排出量 0
200 400 600 800 1000
Coal-fired
thermal Oil-fired
thermal Gas-fired
thermal Solar Wind Nuclear Geothermal Hydro
Amount of CO2(g/kWh)
- 14 -
た発電は各システム寿命を30年とした総発電エネルギーあたりの二酸化炭素排出量を 示している。
1.4 水素エネルギーの利用によるCO2削減
自然エネルギーの活用とともに、水素エネルギーの活用も期待されている [1-6]。
Figure 1.5に水素エネルギー活用の代表例として、燃料電池車 (FCV) の概念図の例を
示す [1-7]。FCVは固体高分子型燃料電池 (PEFC) を主動力源として使用した自動車 のことで、水素ボンベを搭載し、空気中の酸素と反応させることで、発電する仕組みであ る。FCVにはPEFCとともにリチウムイオン二次電池 (LIB) が搭載されており、LIBは高 負荷時のモータへのアシスト用、ブレーキの回生エネルギーの利用などに使われている [1-7]。パワーコントロールユニット (PCU) には電圧を調整するDC-DCコンバータ (DC- DC)、直流と交流を変換するインバータ (INV)、それらの制御用コントローラで構成され、
モータを駆動させている。また、FCVはCO2を発生させず、Well to Wheelとしても390- 760万トン程度削減する効果が見込まれている [1-6]。
Figure 1.6に各電力貯蔵技術における出力と放電時間をそれぞれ示す [1-8] 。各電
力貯蔵技術の位置づけとして、燃料電池などの水素エネルギーは出力規模が10 MW から1 GW級と高出力で、放電時間は時間単位から四半期単位と幅広く、かつ長期で 利用できる特徴がある。その一方、LIBなどの蓄電池は1 kWから100 MW 級まで幅広 い出力規模であるが、放電時間は秒単位から日単位と短い領域となっている。本研究は kW規模で分単位から時間単位で利用する電気自動車 (EV) に着目した。
- 15 -
Figure 1.6 各電力貯蔵技術における出力と放電時間
msec. sec. min. hour day week month quarter 1kW
10kW 100kW
1MW 10MW 100MW 1GW
Discharge time scale
Power
Hydrogen
Storage Battery Pumped-storage
hydroelectricity
Fly- wheel EDLC
SMES
CAES / LAES
Figure 1.5 燃料電池車の概念図 Li-ion Battery
Fuel Cell
PCU INV/DC-DC Motor
Hydrogentank
Current direction:
- 16 - 1.5 EVによるCO2削減
現在、世界の石油の半分はガソリン車により消費されており、地球温暖化防止にはガ ソリン車の電動化が重要である。ガソリンの燃焼による二酸化炭素排出量はガソリン1 L に対し、2.3 kgである。つまり、ガソリン車の2011年平均燃費約20 km/Lの場合、ガソ リン車の二酸化炭素は115 g-CO2/km となる。一方、EVの場合、二酸化炭素排出量は ゼロに等しいが、Well to Wheelとして、充電時の電力分の二酸化炭素排出量を考慮し なければならない。たとえば、九州電力を例にとると、平成28年度は電力1 kWhを生 み出すために、約0.5 kgの二酸化炭素を排出している [1-9] 。そのため、量産EVの先 駆者である日産自動車株式会社のLEAF 2010年モデルを例にとると、LEAFの平均電 費約7 km/kWhなので、LEAFの二酸化炭素発生量は約71 g-CO2/km となる。つま り、ガソリン車をEVに変えることができれば、ガソリン車の二酸化炭素115 g-CO2/km からEVの二酸化炭素発生量71 g-CO2/kmになることから、1台あたりガソリン車が発 生する二酸化炭素を約40%削減できる計算である。
Figure 1.7に二次電池のパックエネルギー密度についてまとめた [1-10,1-11] 。二次 電池には、鉛、ナトリウム硫黄(NAS)、ニッケル水素(Ni-MH)、LIB、空気電池などがあ る。空気電池は理論容量を示しており、2030年ごろの実用化を見込んでいる。そのた め、現状、最もエネルギー密度の高い二次電池はLIBであり、LIBが最もEVに適して いると考えられている。
- 17 - 0
50 100 150 200 250 300 350 400 450 500
0 200 400 600 800 1000
Weight Energy Density (Wh/kg)
Volume Energy Density (Wh/L) Lead
NiMH Li-ion
NAS
Metal-Air
(theoretical value)
Figure 1.7 各電池のエネルギー密度
- 18 - 1.6 LIBの原理
Figure 1.8にLIB の構成、Figure 1.9に LIB の動作原理をそれぞれ示す。LIB は正 極、負極、セパレータ、電解液で構成され、円筒型 LIB の場合、これらを捲回、セル缶に 封入することで構成される。LIB の動作原理としては、正極と負極の間をリチウムイオン が移動することで充放電、すなわち電子が動き、電流が流れる。正極はアルミニウム箔 上に、負極は銅箔上にそれぞれ活物質、導電材、バインダを混合した合材層が塗工され ている。一般に正極活物質はリチウム遷移金属酸化物、負極活物質には黒鉛が用いら れる。導電材には炭素、バインダにはポリフッ化ビニリデンなどの樹脂が用いられる。セ パレータは電気を通さず、イオンのみを通すポリエチレンなどの微多孔質膜が用いられ、
微多孔部には電解液が含浸されている。電解液は LiPF6などのリチウム塩とエチレンカ ーボネートなどの有機溶媒で構成されたイオン伝導体が用いられる。なお、これらセル材 料はセル特性を大きく左右するため、これら材料の改良が日々行われている。
1.7 EV向けLIBに要求される特性
Figure 1.10 に国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) の EV用LIB開発ロードマップを示す [1-11]。EV用LIBは、航続距離に相当するエネルギ ー、アクセルを踏んだ際の応答性に相当する出力、従来の車両寿命と同等の15年の寿 命が要求されている。2012 年のロードマップ作成時の航続距離は 200 km程度が限界 であり、現在 EV 普及のカギは航続距離の伸長と考えられている。今後、2020 年から 2029年の間に電池パックでエネルギー密度250 Wh/kg、出力密度1500 W/kgを達成
- 19 -
Cathode Anode
Electrolyte
Separator Aluminum foil
Dis- charge Charge
Li
Li+
Li+ Li+ Li+
Li Li Li
Li Li
Li Li
Li+ Li+ Cupper
foil
Li
Li Li
Li Li+
Li+
Power Source
Charge
Discharge
e-
e-
Figure 1.9 LIBの動作原理 Figure 1.8 LIBの構成
Anode
Separator
Cathode
Aluminum foil Cupper foil
Li-M-O Carbon
- 20 -
FY2020-2029 250 Wh/kg 1500 W/kg Energy:60-100 Wh/kg
Power :330-600 W/kg
10-15 years 1000-1500 cycles Calendar life: 5-10 years
Cycle life:500-1000 cycles
250-350 km Driving range: 120-200 km
FY2012
For Battery Pack
Figure 1.10 NEDOのEV用LIB開発ロードマップ
- 21 -
することで、車両寿命を迎える15年の間、1回の充電で350 km以上の実走行が可能 となるものと考えられている。つまり、東京-名古屋間に相当する約350 kmの走行が可 能となることで、EVがより普及していく想定である。なお、日産自動車株式会社のLEAF 2010年モデルのパックエネルギー密度とJC08モード航続距離は81 Wh/kgで200 km走行 [1-12]、同2017年モデルは132 Wh/kgで400 km走行とされているが [1- 13]、実際、暖房稼働時は132 Wh/kgで280 km程度の実走行と報告されている [1- 14]。そこで、本研究では、これらの実走行データをもとに目標の初期パックエネルギー 密度250 Wh/kgは500 km走行可能で、350 kmを走行させるために必要なエネルギ ー密度は165 Wh/kg以上と仮定した。つまり、初期エネルギー密度250 Wh/kgが165
Wh/kgに到達した時点、つまり初期の70%に到達した時点をエネルギー密度の電池寿
命とした。
また、15年の車両寿命として、15年の保存寿命と1500回の充放電サイクル寿命の 両方が要求されている。一般に、保存寿命とサイクル寿命を比べると、保存寿命の課題 は小さく、適切に設計された電池であれば保存による容量低下が小さいことが報告され ている [1-15]。さらに、保存による容量低下や直流抵抗 (DCR) 上昇の要因は充放電サ イクルによる容量低下やDCR上昇の主要因とほぼ同じで、正極や負極活物質の界面 における固体電解質界面 (SEI) の生成成長が主要因の一つと考えられている [1-16]。
すなわち、サイクル劣化抑制の検討は結果的に保存劣化抑制につながると考えられる。
- 22 -
以上のことから、本研究では、15年の車両寿命の項目の一つである15年の保存寿 命については議論せず、もう一つの1500回のサイクル寿命について議論した。サイク ル寿命の定義については、1.14節で詳細を述べる。
次に、電池パックのエネルギー密度250 Wh/kg、出力密度1500 W/kgの性能を単セ ルに換算した。冷却システムやコントローラの重量が電池パックの2割程度 [1-11] と仮 定した場合、セルの目標値はエネルギー密度320 Wh/kg、出力密度1900 W/kgが要 求される。Figure 1.11に2017年末までに発売されたEV用LIBの電池パックエネルギ ー密度とNEDOの目標値を示す [1-13,1-17,1-18,1-19,1-20]。2019 年12月末時点で もっとも高エネルギー密度な電池パックを搭載したEVは2019年の米国のTesla, Inc.
のModel 3であり、電池パックのエネルギー密度は168 Wh/kgと報告されている [1- 19]。一方、2020年代市場向けLIBのNEDO開発目標は電池パックのエネルギー密度 250 Wh/kgであるため、Model 3の電池パック比でエネルギー密度約1.5倍となり、
NEDOの開発は高い目標設定と考えられる。
また、本研究の議論からは割愛したが、これら高エネルギー密度化に伴い、新たに充 電時間の課題が生じると考えられる。1.5節で述べたように電費7 km/kWhと仮定する と、500 km走行に必要な1台あたりの電池搭載エネルギーは71 kWhとなる。家庭用 電源は200 V、15 Aの3 kW程度であるため、0%の充電状態 (SOC) から100%SOC への充電は24時間程度かかる計算であり、今後、外部施設における急速充電器の設 置数増加もEV普及の鍵となってくると考えられる。
- 23 -
Figure 1.11 発売されているEV用LIBの電池パックエネルギー密度とNEDO目標値 0
50 100 150 200 250 300
2005 2010 2015 2020 2025
Energy density of battery pack (Wh/kg)
Released year
2025
GM Bolt
Nissan LEAF2017 Nissan
LEAF2015 VW e-Golf
VW E-up!
BMW i3 GM Spark Renault
ZOE Tesla Model S
Mitsubishi i-MiEV-G
Mitsubishi i-MiEV-M Nissan
LEAF2010
2030 NEDO target area
★
BJEV EX7 Tesla Model 3
- 24 - 1.8 セルの高エネルギー密度化
セルのエネルギー密度U (Wh/kg) は式1で表される。
U = E / m …式1
ここで、Eはセルのエネルギー (Wh)、mはセルの重量 (kg) である。また、エネルギーE (Wh) は式2で表される。
E = C V …式2
ここで、Cはセルの容量 (Ah)、Vは平均作動電圧 (V) である。そして、セルの容量C
(Ah) は正極活物質と負極活物質にリチウムイオンが吸蔵または放出される量で決まり、
1モルのリチウムイオンが吸蔵または放出される場合、ファラデー定数より26.8 Ahの容 量が生み出される。そのため、正極活物質および負極活物質は重量あたりのAhを活物
質容量c (Ah/kg) として用い、この活物質容量を向上させることが高エネルギー密度化
のポイントとなっている。また、正極の作動電位と負極の作動電位の電位差がセルの作 動電圧となるため、正極は高作動電位、負極は低作動電位とすることでセルの作動電圧 を高くすることが可能となる。すなわち、正極の場合、高容量化と高作動電位化、負極の 場合、高容量化と低作動電位化が高エネルギー密度化のポイントとなる。
次に、セルの出力密度W (W/kg) について述べる。セルの出力密度は式3から算出 される。
W = P / m …式3
ここで、Pは50%SOCにおけるセルの出力 (W)、mはセルの重量 (kg) である。また、
出力P (W) は式4から算出される [1-21]。
- 25 -
P = V I = Vlow (VOCV – Vlow) / R …式4
ここで、Vlowはセルの下限電圧 (V)、Vocvはセルの50%SOCの開回路電圧(OCV) (V)、
RはセルのDCR (Ω) である。つまり、セルのDCRとセルの出力は反比例の関係であ
り、サイクルでセルのDCRが上昇することでセルの出力は低下する。
1.9 高エネルギー密度化が可能な正極活物質とその課題
Figure 1.12に現在検討されている正極活物質の容量と電位をまとめた [1-11] 。なお、
これらは理論容量を含む数値である。セルの高エネルギー密度化のために、正極は高 電位かつ高容量な活物質が望ましい。そのため、近年、構造式 Li2MO3-LiMO2で表され るような高電位作動の層状固溶体正極やリン酸系正極が検討されているが、充放電に 伴う結晶構造変化が大きいために、実用化の目途はたっていない [1-22,1-23]。また、硫 黄正極についても研究されているが、電位が低いことや比重が低いことから、EV 用 LIB への適用は難しい [1-24]。一方、構造式 LiMO2 (M=Ni,Mn,Coなど) で表される三元系 層状正極は、前述の正極に比べると、エネルギー密度、出力密度、寿命特性など、電池 性能のバランスが優れていると考えられており、製品適用事例が多い [1-17]。たとえば、
1.7 節 の Figure 1.11 で 示 し た 2012 年 発 売 の BMW i3 は Ni 比 率 33.3%の LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2 (NCM111) が採用されているものと推定され [1-25]、正極の容量は 160 Ah/kg程度と考えられている [1-26]。また、2017年発売のGM Boltに使われている セルの正極はNi比率60%のLiNi0.6Co0.2Mn0.2O2 (NCM622) と推定されており [1-14]、
その容量は180 Ah/kg程度と考えられている [1-24]。このように、Niを含む三元系
- 26 -
Figure 1.12 正極活物質の容量と電位
2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5
100 200 300 400 500
Poten ti a l (V v s Li +/Li )
Capacity(Ah/kg)
1600 1700
LiM2O4 LiMPO4 Li2MPO4F
S Li2MSiO4
V2O5, LiV3O3
Li2MO3-LiMO2 LiMO2
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層状正極は Ni 比率を増やすことで高容量化が可能であるが、充放電サイクルによる容 量低下が大きいことも知られている。Figure 1.13にH. Nohらによって報告されたLiNi1- x-yCoxMnyO2 (0.075≦x, y ≦1/3) 正極の充放電サイクルにおける容量変化を示す [1- 26]。NCM111 は初期容量約 160 Ah/kg に対し、100 サイクル後は約 150Ah/kgで、容 量維持率としては92%であった。一方、NCM622やLiNi0.8Co0.1Mn0.1O2 (NCM811) は それぞれ初期容量約180 Ah/kg、約200 Ah/kgに対し、100サイクル後はNCM111と同 等以下の約150 Ah/kg、約140 Ah/kgとなり、容量維持率としては85%、70%であった。
すなわち、NCM111に比べ、NCM622、NCM811は容量が1.2、1.3倍となるが、100サ イクル後の容量維持率はそれぞれ 7%、22%程度劣ることが報告されている。つまり、
NCM622を使用していると推定されるGM BoltはNCM111を使用していると推定される
BMW i3に比べ、充放電サイクルにおける容量低下が大きいと推察される。
以上のような背景から、本研究では EV用 LIB向け正極として、三元系層状正極を研 究対象とし、その中でも高Ni系NCM正極のNCM622と、さらに高容量のNCM811の 2つに着目した。
1.10 高エネルギー密度化が可能な負極活物質とその課題
Figure 1.14 に現在検討されている負極活物質の容量と電位をまとめた [1-11]。容量 は理論容量を含む値である。1.8 節で述べたようにセルの高エネルギー密度化のため に、負極は低電位かつ高容量な活物質が望ましい。本来であればリチウム金属を負極 に用いることがもっとも高容量であるが、針状金属リチウム析出によるセルの短絡や発
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Figure 1.13 Li(NiCoMn)O2正極の充放電サイクルにおける容量変化 [1-18]
LiNi0.85Co0.075Mn0.075O2 LiNi0.8Co0.1Mn0.1O2 LiNi0.7Co0.15Mn0.15O2 LiNi0.6Co0.2Mn0.2O2 LiNi0.5Co0.2Mn0.3O2
LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2
Figure 1.14 負極活物質の容量と電位
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
0 200 400 600 800 100012001400
Poten ti a l (V v s Li +/Li )
Capacity (Ah/kg)
v Li4Ti5O12
MOx
Graphite
Amorphous Carbon Alloy-type
NOx SOx
Si Li SiOx, Si-alloy
4000 4500
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火破裂など、安全性の面から普及することは困難である。また、近年はSi系負極活物質 への期待が高まっている。Si 系負極活物質の課題は充放電サイクルにおける容量低下 とDCR上昇であり、主要因としては膨張収縮に伴うSEI層の生成成長と考えられている
[1-27,1-28]。そのため、膨張収縮を抑制する検討や添加剤で表面被覆させて SEI 層の
生成成長を抑制する検討がなされている [1-29,1-30]。しかしながら、課題を十分解決で きておらず、高容量負極の製品適用としては膨張収縮を抑制したSiOを少量混合させた 炭素ベースの負極の例が報告されている [1-31]。
炭素負極は大きく分けて難黒鉛化炭素と黒鉛がある。難黒鉛化炭素は黒鉛よりも放 電容量が高いが、不可逆容量は黒鉛の 10%以下に対し、難黒鉛化炭素は 20%以上と 高く、真比重も黒鉛の約 2.3 g/cm3に比べ、難黒鉛化炭素は約 1.4 g/cm3と低いため、
電極として高密度化できず、電池としては黒鉛の方が高容量となる。そのため、EV 用 LIB向け負極として、黒鉛負極をベースにSi合金を混合させた Si合金混合黒鉛負極を 対極に想定し、次節で設計した。ただし、本研究では Si のサイクル劣化の影響を除くた め、黒鉛負極を用いて検討した。
1.11 EV向けLIBの仕様
Table 1.1に2020年代市場向けEV用LIB を想定して設計したセル仕様をまとめた。
設計上、NCM622正極とSi合金混合黒鉛負極、NCM811正極とSi合金混合黒鉛負極 の両方の仕様で、セルのエネルギー密度320 Wh/kg、電池パックのエネルギー密度250 Wh/kg、セルの出力密度2500 W/kg、電池パックの出力密度2000 W/kgとなり、目標達
- 30 -
Table 1.1 EV向けLIBの仕様
Cell specification NCM622 / Si-Gr. cell NCM811 / Si-Gr. cell
Cathode
Active material LiNi0.6Co0.2Mn0.2O2 LiNi0.8Co0.1Mn0.1O2
Available capacity 180 Ah/kg 200 Ah/kg
Mixture ratio
(Active material:Conductive material:Binder) 93 : 3.5 : 3.5 wt%
Coating weight 240 g/m2
Density 3.1 g/cm3
Anode
Active material Graphite
with a lot of Si-alloy
Graphite with Si-alloy
Available capacity 800 Ah/kg 600 Ah/kg
Density 2.3 g/cm3 2.1 g/cm3
Designed capacity 27 Ah
Designed cell energy 320 Wh/kg (Target:320 Wh/kg) Designed cell power 2500 W/kg (Target:1900 W/kg) Designed pack energy 250 Wh/kg (Target:250 Wh/kg) Designed pack power 2000 W/kg (Target:1500 W/kg)
- 31 -
成の見込みと推定した。なお、仕様は、日産自動車株式会社の LEAF の実規模サイズ
の 30 Ah 級積層型ラミネートセルを想定した仕様であり、出力密度は過去知見と電極面
積から推定した [1-32]。
1.12 EV向けLIBの正極の課題
1.9節で述べたように、NCM622やNCM811は NCM111に比べ、Ni比率を増やすこ とで初期容量が増えるが、サイクル特性に課題があると考えられている [1-26]。また、Ni 比率が増えることでサイクル特性が低下する要因は正極活物質表面の NiO-like層の生 成成長 [1-32,1-33,1-34,1-35]と、正極活物質と電解液との界面における SEI 層の生成 成長が進行するためと考えられている [1-35, 1-36]。これら課題についての詳細な議論 は第2章で実施した。
1.13 表面改質によるサイクル特性向上の検討
小久見らは、LIB の反応過程の中で、リチウムイオンの移動で律速になるのは活物質 と電解液との界面であり、充放電の際に溶媒和されたリチウムイオンが脱溶媒和しなが ら、正極活物質や負極活物質に吸蔵放出される過程において、SEI が生成成長し、リチ ウムイオンの移動を阻害することで容量低下や DCR 上昇を引き起こすと報告している
[1-15]。そのため、界面のSEI生成成長を抑制するために、正極活物質や負極活物質の
表面を改質する技術が重要と考えられている。サイクル特性を向上させる表面改質技術 として、負極の場合、電解液添加剤の還元分解による負極活物質への被覆が報告され
- 32 -
ている。具体的には添加剤としてビニレンカーボネート (VC) やフッ素化エチレンカーボネ ート (FEC) が挙げられ、VCは負極電位 2.0 V、FECは0.34 Vで還元分解し、リチウム イオン伝導ポリマーが負極に人工 SEIとして被覆され、負極界面と電解液との還元分解 によるSEI層の生成成長を抑制できると考えられている [1-37,1-38,1-39]。ただし、高温 時にはこれら被覆物が溶解し、新規界面が露出することで、再度負極上で電解液が還 元反応し、容量低下やDCR上昇を引き起こす課題もある [1-40]。他の負極活物質の表 面改質の方法としては、正極からの金属溶出による負極への被覆が報告されており、た とえば、LiCoO2正極から Co が溶出し負極に Co が被覆されることで、電解液との反応 を阻害し、SEI層の生成成長を抑制すると報告されている [1-41,1-42]。正極活物質の表 面改質の方法としては、事前に活物質へ被覆する検討がなされている。具体的には、
Al2O3 [1-43,1-44,1-45]、 MgO [1-44,1-46]、ZrO2 [1-43,1-44,1-47]、TiO2 [1-43,1-48,1- 49]、ZnO [1-43,1-50]、AlPO4 [1-43,1-51,1-52] な ど を 被 覆 さ せ た LiCoO2, LiNiO2, Li2MnO4正極の報告がなされており、Y.J KimやC. Li らは、表面被覆で活物質と電解液 との接触を防ぐことで、正極活物質表面の SEI 層の生成成長を抑制し、サイクル特性を 向上できると報告している [1-43,1-44]。
1.14 充放電サイクル寿命の定義
1.7節で述べたように、350 kmの走行に必要な電池パックのエネルギー密度は165 Wh/kg以上と仮定した。つまり、初期エネルギー密度250 Wh/kgの場合、350 kmを満足 させるエネルギー密度維持率は約70%まで、すなわち、1.8節の式2における平均電圧に
- 33 -
変化がないと仮定すると、350 kmを満足させる容量維持率は70%以上となる。また、同 様に、350 kmを走行させるために必要なパック出力密度は1400 W/kg以上であると仮 定すると、初期のパック出力密度2000 Wh/kgに対し、出力密度維持率は約70%以上が 必要となる。すなわち、1.8節の式4におけるOCVに変化がないと仮定すると、DCR上昇 率として130%以下となる。また、Figure 1.10より、15年に相当するサイクル数は1500サ イクルと設定されているため、サイクル特性の目標値は、1500サイクルに到達したとき に、初期の容量に対して70%以上の容量維持率であること、初期のDCRに対して130%
以下のDCR上昇率であることの2つとした。
また、本研究では充放電サイクルによる容量維持率とDCR上昇率がサイクル数の平 方根に比例すると仮定し [1-53]、直線近似で外挿し、1500サイクル (サイクル数の平方 根38.7) の容量維持率70%以上、DCR上昇率130%以下を目標値とした。
具体的な本研究のサイクル条件として、第2章は一般的なEV用LIBの評価条件 [1- 53] をもとに、20%SOCから100%SOCのΔ80%SOC範囲とし、充電電流0.5 CA、放
電電流2.0 CAで1200サイクルした。第3章は充放電による正極活物質の膨張収縮に
伴うヤーンテラー効果でMnやMo溶出を生じさせるため、試験時間に対する充放電サ イクル数を増やし、25%SOCから75%SOCのΔ50%SOC範囲で、充電電流2.0 CA、
放電電流2.0 CAで3000サイクルした。第4章は定電圧 (CV) 充電時間を追加するこ とで、Al2O3被覆NCM811と被覆無NCM811のSEI層の生成成長の差を顕著にする ため、20%SOCから100%SOCのΔ80%SOC範囲で、充電電流0.5 CA、終止条件 1/100 CA、放電電流0.5 CAで200サイクルした。
- 34 - 1.15 本研究論文の概要
第1章では背景と課題について述べ、第2章ではNCM622/黒鉛とNCM811/黒鉛の サイクル劣化メカニズムを検討し、課題の詳細を議論するとともに、第3章と第4章のサ イクル劣化抑制のアイテムと研究の位置づけについて議論した。第3章では、第2章で
得られたNCM622/黒鉛の劣化要因である正極のMn溶出と負極のSEI層生成成長を
抑制するために、Mo置換NCM622正極を用いたセルで充放電サイクルし、Mo置換に よるNCM622正極のMn溶出の抑制と、Mo溶出によるMo被覆黒鉛負極のSEI抑制 を中心にサイクル劣化抑制メカニズムを検討した。第4章では、同様に第2章で得られ たNCM811/黒鉛の劣化要因であるSEI層の生成成長とNiO-like層の生成成長を抑 制するために、Al2O3の被覆量を変え、被覆率とサイクル特性の相関を調査し、最適な 被覆量を選定して、SEI層とNiO-like層生成成長の抑制を中心にサイクル劣化抑制メカ ニズムを検討した。最後に、第5章でこれらを総括した。
1.16 本研究の目的
本研究は2020年代向け市場のEV用LIBとして、NCM622/黒鉛およびNCM811/黒 鉛のセルで、充放電サイクルにおける容量維持率とDCR上昇率を調査し、サイクル劣 化要因を検討した。そして、解析結果に基づいた対策案として、Mo置換NCM622正極 を用いたセルと、Al2O3被覆NCM811正極を用いたセルによるサイクル特性改善の効 果を検証した。さらに、今後の更なる長寿命化に向けた材料開発へのフィードバックのた めに、サイクル劣化抑制メカニズムを検討した。
- 35 - 1.17 参考文献
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- 41 -
第 2 章 NCM622 および NCM811 を用いたセルの サイクル劣化要因
2.1 序論
第1章で述べたように、H. Nohらによって、LiNi1-x-yCoxMnyO2 (0.075≦x, y ≦1/3) 正 極の充放電サイクルにおける容量変化が報告されている [2-1]。具体的に、NCM111 は 初期容量約160 Ah/kgに対し、100サイクル後は約 150Ah/kgで、容量維持率としては 92%であった。一方、NCM622や NCM811はそれぞれ初期容量約180 Ah/kg、約200 Ah/kgに対し、100サイクル後はNCM111と同等以下の約150 Ah/kg、約140 Ah/kgと なり、容量維持率としては 85%、70%であった。すなわち、NCM111 に比べ、NCM622、
NCM811は容量を1.2、1.3倍させることが可能であるが、100サイクル後の容量維持率 はそれぞれ7%、22%程度劣ることが報告されている。つまり、NCM622や NCM811は サイクルにおける容量低下が懸念される。
サイクルにおける容量低下の主要因は正極活物質表面のNiO-like層の生成成長 [2- 2,2-3,2-4,2-5] と、正極活物質と電解液との界面におけるSEI層の生成成長が進行する ためと考えられている [2-5,2-6]。NCM523/黒鉛のセルにおいては、充放電サイクルによ って、正極活物質からMnが溶出し、正極活物質の結晶構造が変化することで容量が低 下すると報告されている [2-7]。
一方、黒鉛や Si 混合黒鉛負極も同様に、従来ハイブリッド自動車 (HEV) などで使用 されていた非晶質炭素負極に比べ、高容量が期待できるが、充放電における膨張収縮
- 42 -
が大きいことから、新規界面が露出し、SEI 層が生成成長すると考えられている [2-8,2- 9,2-10]。負極のSEI層が生成成長することで、リチウムの移動を阻害し、DCRが上昇す るが、それ以外に、負極のSEI層が生成成長する際に負極中に吸蔵されたリチウムを消 費するため、電池内の負極の作動電位が高電位側にずれ、正極と負極の作動電位のバ ランスが崩れ、充放電サイクルにおける容量低下を引き起こすことも報告されている [2- 11]。
そこで、本章では、NCM622/黒鉛のセルと NCM811/黒鉛のセルについて、充放電サ イクルにおける初期容量に対する容量維持率 (以下、充放電サイクルにおける容量維持 率) と、充放電サイクルにおける初期DCRに対する DCR上昇率 (以下、充放電サイク ルにおけるDCR上昇率) から 1500サイクルの寿命目標達成可否を確認した。さらに、
充放電サイクル後のセルを解体分析することで、サイクル劣化要因を検討し、サイクル 劣化抑制に向けた課題を明確化した。そして、得られた課題に対応したサイクル劣化抑 制アイテムを、第3章と第4章で検討するために、これらの研究の位置づけをまとめた。
2.2 実験方法 2.2.1 電極の作製
正極活物質として、リチウム遷移金属酸化物のNCM523、NCM622、NCM811を用 い、正極を作製した。正極の作製は、正極活物質、導電剤のアセチレンブラック (HS- 100) (デンカ株式会社製)、バインダの ポリフッ化ビニリデン (PVDF) (クレハ株式会社 製) を93:3.5:3.5 wt%で混合し、これらにN-メチル-2-ピロリドン (NMP) (富士フィルム
- 43 -
和光純薬株式会社製) を加え、スラリーを作製した。PVDFはNMPに12 wt%溶解した KF#1120を用いた。得られたスラリーを15 μmのアルミニウム箔上へ塗工量220 g/m2 となるように、株式会社サンクメタル製のコンマコーターで塗工し、120 ℃で乾燥させ、電 極合剤密度3.1 g/cm3となるように、日立パワーソリューションズ製の120 ℃熱ロールプ レス機でプレスし、塗工厚71 μmの正極を得た。一方、負極は、負極活物質の黒鉛 (日 立化成株式会社製)、増粘剤のカルボキシメチルセルロース (CMC) (ダイセルファインケ ム株式会社製)、バインダのスチレンブタジエンゴム (SBR) (JSR株式会社製) を重量比 98:1:1 wt%で混合し、これらに純水を加え、スラリーを作製した。CMCは1 wt%で希釈 した水溶液を用いた。得られたスラリーを8 μmの銅箔上へ容量比1.2となるように塗工 し、乾燥後、電極合剤密度1.4 g/cm3となるように100 ℃でロールプレスし、負極を得 た。
2.2.2 セルの作製
2.2.1で得られたNCM622、NCM811の正極と負極を用いて、それらを対向するよう に、セパレータ (宇部興産株式会社製) を介して、30 Ah級セルを作製した。電解液には エチレンカーボネート (EC)、エチルメチルカーボネート (EMC)、ジメチルカーボネート (DMC) を体積比1 : 2 : 2 vol%で混合したものに、ビニレンカーボネート (VC) を1.0 wt%と、六フッ化リン酸リチウム (LiPF6) を1.2 M溶解させた溶液を用いた。VCは長寿 命化のための電解液添加剤として、一般的にLIBの製品で使われている。そこで、より
- 44 -
製品に近い条件でサイクル特性およびサイクル劣化要因を検討するため、すべてのセ ルにVCを用いて検討した。
また、本研究において、NCM622正極を用いたセルをCell-622、NCM811正極を用 いたセルをCell-811と呼称した。
2.2.3 充放電サイクル試験
これらセルをナガノサイエンス製の恒温槽内に固定し、25 ℃で充放電サイクル試験し た。充放電サイクル試験は東洋システム株式会社製TOSCATを用い、20%SOCから 100%SOCの間を充電0.5 CA、放電2.0 CAの休止なしで定電流 (CC) 充放電を繰り 返した。なお、1 Cの電流値は設計容量をもとに決定した。充放電100サイクル毎に容 量とDCRを測定し、充放電サイクルにおける容量維持率とDCR上昇率を算出した。容 量測定は、充電上限電圧4.2 V、充電電流0.5 CA、CC-CV (定電流-定電圧) で3 時間 充電し、30分間の休止後、下限電圧2.5 V、放電電流1.0 CA、CC放電し、放電容量を 算出した。また、DCRは3点以上の異なる電流値で放電させた際の電圧をそれぞれプ ロットし、それを結んだ直線の傾きから算出することが一般的であるが [2-12]、本章では 試験時間を考慮し、簡易的に1点法で測定した。1点法は50%SOCに相当する3.7 V にCC-CV (定電流-定電圧) で充電電流0.2 CAでCC充電し、30分間の休止後、放電
電流3.0 CAで10秒間放電した際の電圧降下を用いて、オームの法則により、DCRを
算出した。
- 45 - 2.2.4 解体分析
充放電サイクル試験後のセルを3 Vに放電し、アルゴン置換されたグローブボックス 内で解体分析した。Figure 2.1に解体後の解析フローをまとめた。解体分析は全て 25 ℃で試験した。解体した電極は三極式セル試験および分析で用いるため、SEIへの ダメージを考慮し、溶媒で洗浄することなく取り出した。取り出した電極をφ16 mmに打 ち抜き、単極評価のために10 mAh級の三極式セル (ハーフセル) を作製した。電解液 やセパレータは同一の新品を用いた。また、開回路電圧 (OCV) はハーフセル作製直後 の値を比較した。その後、正極は上限電圧4.3 V、充電電流0.2 CA、終止条件5時間 のCC-CV充電をし、下限電圧3.0 Vで、0.2 CAのCC放電により放電容量を算出し た。負極は下限電圧0.01 V、充電電流0.2 CA、終止条件5時間のCC-CV充電をし、
上限電圧1.5 Vで、0.2 CAのCC放電により放電容量を算出した。また、正極は 50%SOCに相当する3.7 V、充電電流0.2 CA、終止条件5時間のCC-CV充電をし、
下限電圧3.0 Vで、3.0 CAのCC放電により、正極のDCRを算出した。
充放電サイクル試験後のセルにおける正極の NiO-like 層と SEI 層を調査するため、
断面にて、走査型透過電子顕微鏡 (STEM) と電子エネルギー損失分光法 (EELS) を組 み合わせたSTEM-EELS分析をした。断面加工は株式会社日立ハイテクテクノロジーズ 製FIB FB-2100を用いて、加速電圧40 kV、イオン源Ga液体金属イオンで、横30 μm、
高さ 15 μm、厚み 100 nm に電極を切り出した。STEM は日本電子株式会社製球面収 差補正機能付き走査型透過電子顕微鏡JEM-ARM200Fを用いて、加速電圧 200 Vで 厚み方向に電子線を透過させ、STEM像を観察し、電子線回折測定した。なお、加工時
- 46 -
Figure 2.1 解析フロー
Disassembled
electrode Φ16mm 10mAh-class Half Cell OCV and capacity check of cathode and anode DCR check for cathode
Instrumental
Analysis Cathode STEM-EELS,
Electron diffraction
Analysis of NiO-like layer and SEI layer
XPS Analysis of Mn dissolution
and SEI layer Anode
- 47 -
はSEI被膜を溶解させないために、-100 ℃にて実施した。
EELSはGatan, Inc. 製GIF QuantumER を用い、正極活物質の一次粒子のバルク 側最表面から数十nm程度にかけてNiのライン分析、Liの点分析をした。測定試料は Ar雰囲気のグローブボックス中でサンプリングし、大気に触れることなく測定した。
充放電サイクル試験後のセルにおける負極のSEI成分のLiと、正極からのMn溶出 を調査するために、X線光電子分光法 (XPS) を測定した。装置は株式会社島津製作所 製AXIS-HSを用いた。X線源には管電圧15 kV と管電流15 mAのAl-Kα を用いた。
測定条件は、走査速度を0.1 eVステップで20 eV/minとし、ジオメトリをθ = 90°、分析 面積を600 μm × 1000 μm、イオン銃の加速電圧を2.9 kV、励起電流を15 mAとした。
また、Arエッチング時間を0.75-20分間、すなわち、Arエッチング深さはSiO2のエッチン グ速度の4 nm/minを標準とする換算で3-80 nmに相当する深さで分析した。
2.2.5 正極の充放電曲線解析
2.2.1で得られたNCM523正極、NCM622正極、NCM811正極を用いて、φ16 mm に打ち抜き、10 mAh級ハーフセルを作製し、充放電サイクル試験前のdQ/dV充放電 曲線を測定した。具体的には電圧変化dVの範囲を0.01 Vとし、0.01 Vの変動に対す る容量変化dQを測定した。また、dQ/dV充放電曲線は、4.3 Vまたは4.9 Vで設計容 量換算の0.05 CAのcc充電と2 hのCV充電、30分の休止後、3.0 Vまで0.05 CA のCC放電で測定した。
- 48 - 2.2.6正極の分析
充放電サイクル試験前のNCM523正極、NCM622正極、NCM811正極の格子定数 を測定するために、3.0 Vから4.5 Vまで10%SOCごとにIn-situ X線回折プロファイル (XRD) を測定した。In-situ XRDで用いたセルは2.2.1で作製した正極を用いたハーフセ ルの構造で、ラミネートフィルムで封入して用いた。正極のサイズは20 × 20 mm、リチウ ム金属の負極は25 × 25 mmとした。In-situ XRDはセルを上限電圧4.3 Vで0.1 CA、
終止条件1 hでCC-CV充電し、3.0 Vまで0.1 CAのCC放電を行い、その後、0.1 CA で3.0 Vから 4.5 Vまで約 10%SOCごとに充電しながら、XRD測定した。装置は株式 会社リガク製XRDで、解析ソフトはSmart Labを用い、正極活物質におけるa軸および c軸の結晶格子定数を算出した。X線源にはCu、管電圧45 kV、管電流200 mA、走査 範囲 10°≦2θ≦80°、走査速度 1.0 deg./min.、サンプリング間隔 0.01 deg./step、受光 スリット0.114 deg.で透過法にて測定した。
NCM523正極、NCM622正極、NCM811 正極の充電状態におけるLi量を測定する
ため、誘導結合プラズマ発光分析法 (ICP-AES) で測定した。装置は、PerkinElmer, Inc.
製OPTIMA8300を用いた。解体した正極のφ16 mmの試料を王水に浸漬し、得られた
抽出液を測定試料とした。
- 49 - 2.3 結果と考察
2.3.1 充放電サイクル試験
Figure 2.2にCell-622、Cell-811のセルの充放電サイクルにおける容量維持率と DCR上昇率を示す。600サイクル後の容量維持率はCell-622とCell-811 でそれぞれ
93%、92%、DCR上昇率は120%、185%であり、正極活物質のNi比率を増やすこと
で、DCR上昇率が大幅に高くなることが分かった。また、外挿した1500サイクルで比較 すると、容量維持率は目標の70%以上に対し、Cell-622で90%程度、Cell-811で85%
程度といずれも容量維持率の目標を達成できる見込みであることが分かった。一方、
DCR上昇率は目標の130%以下に対して、Cell-622で145%程度、Cell-811で260%
程度であり、目標のDCR上昇率は未達成の見込みであることが分かった。
次に、Cell-622およびCell-811の充放電サイクルにおける容量低下の主要因と DCR上昇の主要因を調査するために、充放電サイクル前後のセルを解体した。なお、
Cell-811は600サイクル後、Cell-622は1200サイクル後に解体した。
Table 2.1に解体前後のセル特性をまとめた。解体したセルはいずれも充放電サイク
ルにおける容量維持率92%、DCR上昇率はCell-622が142%、Cell-811が185%で あり、Cell-811はCell-622に比べ、約2倍のDCR上昇率のセルで調査した。
2.3.2 解体電極の電気化学特性
Table 2.2に解体した正極と負極のOCVを示す。Cell-622は充放電サイクル前後に おいて高電位側への電位ずれが見られ、一方Cell-811は高電位側への電位ずれは見
- 50 -
Table 2.1 解体前後のセル特性
Cell Initial Capacity (Ah)
Initial DCR (mΩ)
Cycled Capacity (Ah)
Cycled DCR (mΩ)
Capacity Retention (%)
DCR Increase (%)
Cell-622 36.5 1.9 33.6 (92) 2.7 (142) 92 142
Cell-811 37.7 1.9 34.7 (92) 3.5 (185) 92 185
Figure 2.2 Cell-811とCell-622の充放電サイクルにおける容量維持率とDCR上昇率
100 120 140 160 180 200 220 240 260 280 300
0 10 20 30 40 50
DCR ratio (%)
Square root of cycles 50
55 60 65 70 75 80 85 90 95 100
0 10 20 30 40 50
Capacity ratio (%)
Square root of cycles Target
Target Cell-811
Cell-622
Cell-811
Cell-622
★
★
Cycle number
0 100 400 900 1600 2500
Cycle number
0 100 400 900 1600 2500
Table 2.2 解体した正極と負極のOCV
Cell
Cathode OCV
(V)
Anode OCV
(V)
Cathode –Anode OCV
(V) Cell-622 before cycling 3.60 0.50 3.10 Cell-622 after 600 cycles 3.63 0.61 3.02 Cell-811 before cycling 3.55 0.46 3.12 Cell-811 after 1200 cycles 3.55 0.39 3.22