2.1 序論
第1章で述べたように、H. Nohらによって、LiNi1-x-yCoxMnyO2 (0.075≦x, y ≦1/3) 正 極の充放電サイクルにおける容量変化が報告されている [2-1]。具体的に、NCM111 は 初期容量約160 Ah/kgに対し、100サイクル後は約 150Ah/kgで、容量維持率としては 92%であった。一方、NCM622や NCM811はそれぞれ初期容量約180 Ah/kg、約200 Ah/kgに対し、100サイクル後はNCM111と同等以下の約150 Ah/kg、約140 Ah/kgと なり、容量維持率としては 85%、70%であった。すなわち、NCM111 に比べ、NCM622、
NCM811は容量を1.2、1.3倍させることが可能であるが、100サイクル後の容量維持率 はそれぞれ7%、22%程度劣ることが報告されている。つまり、NCM622や NCM811は サイクルにおける容量低下が懸念される。
サイクルにおける容量低下の主要因は正極活物質表面のNiO-like層の生成成長 [2-2,2-3,2-4,2-5] と、正極活物質と電解液との界面におけるSEI層の生成成長が進行する ためと考えられている [2-5,2-6]。NCM523/黒鉛のセルにおいては、充放電サイクルによ って、正極活物質からMnが溶出し、正極活物質の結晶構造が変化することで容量が低 下すると報告されている [2-7]。
一方、黒鉛や Si 混合黒鉛負極も同様に、従来ハイブリッド自動車 (HEV) などで使用 されていた非晶質炭素負極に比べ、高容量が期待できるが、充放電における膨張収縮
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が大きいことから、新規界面が露出し、SEI 層が生成成長すると考えられている [2-8,2-9,2-10]。負極のSEI層が生成成長することで、リチウムの移動を阻害し、DCRが上昇す るが、それ以外に、負極のSEI層が生成成長する際に負極中に吸蔵されたリチウムを消 費するため、電池内の負極の作動電位が高電位側にずれ、正極と負極の作動電位のバ ランスが崩れ、充放電サイクルにおける容量低下を引き起こすことも報告されている [2-11]。
そこで、本章では、NCM622/黒鉛のセルと NCM811/黒鉛のセルについて、充放電サ イクルにおける初期容量に対する容量維持率 (以下、充放電サイクルにおける容量維持 率) と、充放電サイクルにおける初期DCRに対する DCR上昇率 (以下、充放電サイク ルにおけるDCR上昇率) から 1500サイクルの寿命目標達成可否を確認した。さらに、
充放電サイクル後のセルを解体分析することで、サイクル劣化要因を検討し、サイクル 劣化抑制に向けた課題を明確化した。そして、得られた課題に対応したサイクル劣化抑 制アイテムを、第3章と第4章で検討するために、これらの研究の位置づけをまとめた。
2.2 実験方法 2.2.1 電極の作製
正極活物質として、リチウム遷移金属酸化物のNCM523、NCM622、NCM811を用 い、正極を作製した。正極の作製は、正極活物質、導電剤のアセチレンブラック (HS-100) (デンカ株式会社製)、バインダの ポリフッ化ビニリデン (PVDF) (クレハ株式会社 製) を93:3.5:3.5 wt%で混合し、これらにN-メチル-2-ピロリドン (NMP) (富士フィルム
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和光純薬株式会社製) を加え、スラリーを作製した。PVDFはNMPに12 wt%溶解した KF#1120を用いた。得られたスラリーを15 μmのアルミニウム箔上へ塗工量220 g/m2 となるように、株式会社サンクメタル製のコンマコーターで塗工し、120 ℃で乾燥させ、電 極合剤密度3.1 g/cm3となるように、日立パワーソリューションズ製の120 ℃熱ロールプ レス機でプレスし、塗工厚71 μmの正極を得た。一方、負極は、負極活物質の黒鉛 (日 立化成株式会社製)、増粘剤のカルボキシメチルセルロース (CMC) (ダイセルファインケ ム株式会社製)、バインダのスチレンブタジエンゴム (SBR) (JSR株式会社製) を重量比 98:1:1 wt%で混合し、これらに純水を加え、スラリーを作製した。CMCは1 wt%で希釈 した水溶液を用いた。得られたスラリーを8 μmの銅箔上へ容量比1.2となるように塗工 し、乾燥後、電極合剤密度1.4 g/cm3となるように100 ℃でロールプレスし、負極を得 た。
2.2.2 セルの作製
2.2.1で得られたNCM622、NCM811の正極と負極を用いて、それらを対向するよう に、セパレータ (宇部興産株式会社製) を介して、30 Ah級セルを作製した。電解液には エチレンカーボネート (EC)、エチルメチルカーボネート (EMC)、ジメチルカーボネート (DMC) を体積比1 : 2 : 2 vol%で混合したものに、ビニレンカーボネート (VC) を1.0 wt%と、六フッ化リン酸リチウム (LiPF6) を1.2 M溶解させた溶液を用いた。VCは長寿 命化のための電解液添加剤として、一般的にLIBの製品で使われている。そこで、より
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製品に近い条件でサイクル特性およびサイクル劣化要因を検討するため、すべてのセ ルにVCを用いて検討した。
また、本研究において、NCM622正極を用いたセルをCell-622、NCM811正極を用 いたセルをCell-811と呼称した。
2.2.3 充放電サイクル試験
これらセルをナガノサイエンス製の恒温槽内に固定し、25 ℃で充放電サイクル試験し た。充放電サイクル試験は東洋システム株式会社製TOSCATを用い、20%SOCから 100%SOCの間を充電0.5 CA、放電2.0 CAの休止なしで定電流 (CC) 充放電を繰り 返した。なお、1 Cの電流値は設計容量をもとに決定した。充放電100サイクル毎に容 量とDCRを測定し、充放電サイクルにおける容量維持率とDCR上昇率を算出した。容 量測定は、充電上限電圧4.2 V、充電電流0.5 CA、CC-CV (定電流-定電圧) で3 時間 充電し、30分間の休止後、下限電圧2.5 V、放電電流1.0 CA、CC放電し、放電容量を 算出した。また、DCRは3点以上の異なる電流値で放電させた際の電圧をそれぞれプ ロットし、それを結んだ直線の傾きから算出することが一般的であるが [2-12]、本章では 試験時間を考慮し、簡易的に1点法で測定した。1点法は50%SOCに相当する3.7 V にCC-CV (定電流-定電圧) で充電電流0.2 CAでCC充電し、30分間の休止後、放電
電流3.0 CAで10秒間放電した際の電圧降下を用いて、オームの法則により、DCRを
算出した。
- 45 - 2.2.4 解体分析
充放電サイクル試験後のセルを3 Vに放電し、アルゴン置換されたグローブボックス 内で解体分析した。Figure 2.1に解体後の解析フローをまとめた。解体分析は全て 25 ℃で試験した。解体した電極は三極式セル試験および分析で用いるため、SEIへの ダメージを考慮し、溶媒で洗浄することなく取り出した。取り出した電極をφ16 mmに打 ち抜き、単極評価のために10 mAh級の三極式セル (ハーフセル) を作製した。電解液 やセパレータは同一の新品を用いた。また、開回路電圧 (OCV) はハーフセル作製直後 の値を比較した。その後、正極は上限電圧4.3 V、充電電流0.2 CA、終止条件5時間 のCC-CV充電をし、下限電圧3.0 Vで、0.2 CAのCC放電により放電容量を算出し た。負極は下限電圧0.01 V、充電電流0.2 CA、終止条件5時間のCC-CV充電をし、
上限電圧1.5 Vで、0.2 CAのCC放電により放電容量を算出した。また、正極は 50%SOCに相当する3.7 V、充電電流0.2 CA、終止条件5時間のCC-CV充電をし、
下限電圧3.0 Vで、3.0 CAのCC放電により、正極のDCRを算出した。
充放電サイクル試験後のセルにおける正極の NiO-like 層と SEI 層を調査するため、
断面にて、走査型透過電子顕微鏡 (STEM) と電子エネルギー損失分光法 (EELS) を組 み合わせたSTEM-EELS分析をした。断面加工は株式会社日立ハイテクテクノロジーズ 製FIB FB-2100を用いて、加速電圧40 kV、イオン源Ga液体金属イオンで、横30 μm、
高さ 15 μm、厚み 100 nm に電極を切り出した。STEM は日本電子株式会社製球面収 差補正機能付き走査型透過電子顕微鏡JEM-ARM200Fを用いて、加速電圧 200 Vで 厚み方向に電子線を透過させ、STEM像を観察し、電子線回折測定した。なお、加工時
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Figure 2.1 解析フロー
Disassembled
electrode Φ16mm 10mAh-class Half Cell OCV and capacity check of cathode and anode DCR check for cathode
Instrumental
Analysis Cathode STEM-EELS,
Electron diffraction
Analysis of NiO-like layer and SEI layer
XPS Analysis of Mn dissolution
and SEI layer Anode
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はSEI被膜を溶解させないために、-100 ℃にて実施した。
EELSはGatan, Inc. 製GIF QuantumER を用い、正極活物質の一次粒子のバルク 側最表面から数十nm程度にかけてNiのライン分析、Liの点分析をした。測定試料は Ar雰囲気のグローブボックス中でサンプリングし、大気に触れることなく測定した。
充放電サイクル試験後のセルにおける負極のSEI成分のLiと、正極からのMn溶出 を調査するために、X線光電子分光法 (XPS) を測定した。装置は株式会社島津製作所 製AXIS-HSを用いた。X線源には管電圧15 kV と管電流15 mAのAl-Kα を用いた。
測定条件は、走査速度を0.1 eVステップで20 eV/minとし、ジオメトリをθ = 90°、分析 面積を600 μm × 1000 μm、イオン銃の加速電圧を2.9 kV、励起電流を15 mAとした。
また、Arエッチング時間を0.75-20分間、すなわち、Arエッチング深さはSiO2のエッチン グ速度の4 nm/minを標準とする換算で3-80 nmに相当する深さで分析した。
2.2.5 正極の充放電曲線解析
2.2.1で得られたNCM523正極、NCM622正極、NCM811正極を用いて、φ16 mm に打ち抜き、10 mAh級ハーフセルを作製し、充放電サイクル試験前のdQ/dV充放電 曲線を測定した。具体的には電圧変化dVの範囲を0.01 Vとし、0.01 Vの変動に対す る容量変化dQを測定した。また、dQ/dV充放電曲線は、4.3 Vまたは4.9 Vで設計容 量換算の0.05 CAのcc充電と2 hのCV充電、30分の休止後、3.0 Vまで0.05 CA のCC放電で測定した。
- 48 - 2.2.6正極の分析
充放電サイクル試験前のNCM523正極、NCM622正極、NCM811正極の格子定数 を測定するために、3.0 Vから4.5 Vまで10%SOCごとにIn-situ X線回折プロファイル (XRD) を測定した。In-situ XRDで用いたセルは2.2.1で作製した正極を用いたハーフセ ルの構造で、ラミネートフィルムで封入して用いた。正極のサイズは20 × 20 mm、リチウ ム金属の負極は25 × 25 mmとした。In-situ XRDはセルを上限電圧4.3 Vで0.1 CA、
終止条件1 hでCC-CV充電し、3.0 Vまで0.1 CAのCC放電を行い、その後、0.1 CA で3.0 Vから 4.5 Vまで約 10%SOCごとに充電しながら、XRD測定した。装置は株式 会社リガク製XRDで、解析ソフトはSmart Labを用い、正極活物質におけるa軸および c軸の結晶格子定数を算出した。X線源にはCu、管電圧45 kV、管電流200 mA、走査 範囲 10°≦2θ≦80°、走査速度 1.0 deg./min.、サンプリング間隔 0.01 deg./step、受光 スリット0.114 deg.で透過法にて測定した。
NCM523正極、NCM622正極、NCM811 正極の充電状態におけるLi量を測定する
ため、誘導結合プラズマ発光分析法 (ICP-AES) で測定した。装置は、PerkinElmer, Inc.
製OPTIMA8300を用いた。解体した正極のφ16 mmの試料を王水に浸漬し、得られた
抽出液を測定試料とした。
- 49 - 2.3 結果と考察
2.3.1 充放電サイクル試験
Figure 2.2にCell-622、Cell-811のセルの充放電サイクルにおける容量維持率と DCR上昇率を示す。600サイクル後の容量維持率はCell-622とCell-811 でそれぞれ
93%、92%、DCR上昇率は120%、185%であり、正極活物質のNi比率を増やすこと
で、DCR上昇率が大幅に高くなることが分かった。また、外挿した1500サイクルで比較 すると、容量維持率は目標の70%以上に対し、Cell-622で90%程度、Cell-811で85%
程度といずれも容量維持率の目標を達成できる見込みであることが分かった。一方、
DCR上昇率は目標の130%以下に対して、Cell-622で145%程度、Cell-811で260%
程度であり、目標のDCR上昇率は未達成の見込みであることが分かった。
次に、Cell-622およびCell-811の充放電サイクルにおける容量低下の主要因と DCR上昇の主要因を調査するために、充放電サイクル前後のセルを解体した。なお、
Cell-811は600サイクル後、Cell-622は1200サイクル後に解体した。
Table 2.1に解体前後のセル特性をまとめた。解体したセルはいずれも充放電サイク
ルにおける容量維持率92%、DCR上昇率はCell-622が142%、Cell-811が185%で あり、Cell-811はCell-622に比べ、約2倍のDCR上昇率のセルで調査した。
2.3.2 解体電極の電気化学特性
Table 2.2に解体した正極と負極のOCVを示す。Cell-622は充放電サイクル前後に おいて高電位側への電位ずれが見られ、一方Cell-811は高電位側への電位ずれは見