石原和夫*、北村美貴**、鈴木裕行*
Isolation snd Identification of Oxo and Hydroxy Acids, as Flavor Components in Shoyu (Soy Sauce)
Kazuo Ishihara*, Miki Kitamura**, Hiroyuki Suzuki*
大豆を利用した日本古来の発酵調味料として 醤油と味噌がある。醤油は平成10年度では世界 60ヶ国に輸出され、輸出高も24億円となった。1)
さらに、1973年にはアメリカで現地生産が始ま り、その後、シンガポール(1984年)、オラン ダ(1997年)と続き、今や世界の調味料の域ま で達した。これは、醤抽を使った肉料理が TERIYAK工として定着したことからも、特1に 万入に受け入れられる醤油の香りによるものと 考えられる。
醤油の香りは、焙焼香、花香、果実香、肉の 香りなどの多くの芳香成分を有し、きわめて複 雑である。2}その醤油の香気成分は成因別には 次のように分類される。3}(1)脱脂大豆や小麦な
どの原料に由来する香気成分、②Aspergillus oryzaeやAspergitlus sq/aeなどの麹菌酵素によ
る原料の分解により生成される香気成分、(3)
耐塩性酵母や耐塩性乳酸菌などの発酵微生物に より生成される香気成分、(4)原料成分の熟成 中及び火入れに伴って化学的反応により生成さ れる香気成分などである。そして、これらの過 程でつくりだされる主な香気成分はアルコール 類、エステル類、アルデヒド類、フェノール類、
アセタール類、フラノン類、揮発性有機酸など である。
一方、著者らは、味噌の香気成分成因も上記 醤油の香気成分成因に準じることをもとに・特
に、味噌の香気付与及び矯正に耐塩性酵母の関 与が不可欠であるとの観点から、合成培地を使
用して、揮発性有機酸4}や揮発性含硫化合物5}
などの生成や消長に対する而}塩性酵母の役割に ついて検討した。
その結果、耐塩性酵母によって生成が認めら れた揮発性有機酸(以下、揮発性酸)は、acetic、
propionic、 isobutyric、 n−butyric、 2−methylbuta−・
noic、3−methylbutanoic(isovaleric}acid、 2−oxo−3−
methylbutanoic、 2−oxo−3−methylpentanoic、2−
oxo−4−methylpentanoic、2−hydroxy−3−
methylbutanoic、2hydroxy4methylpentanoic
acid、 benzoic acid、 phenylacetic acidなどで あった。
これら揮発性酸のうち、炭素数5、6の分岐 オキソ酸やヒドロキシ酸を除く揮発性酸は、醤 油及び味噌中の揮発性酸として既に報告されて いるのでこれら揮発性酸の生成に対する耐塩性 酵母群の関与を考察した。
本報では、醤油の揮発性酸として、、いまだ報 告されていない炭素数5、6の分岐オキソ酸や
ヒドロキシ酸の分離、同定を試みたので、その 結果を報告する。
実験方法
L供試醤油
醤油は原料及び製造工程上の特色から、濃口 醤油、淡口醤油、たまり醤油、再仕込み醤油、
白醤油及び生揚げの6種類に分類される。また、
醤油の製造方法による分類では、本醸造方式、
生活科学科食物栄養専攻・専攻科食物栄養専攻1、専攻科食物栄養専攻騨
新式醸造方式、酵素処理・アミノ酸混合方式に 分類される。1998年度のデー…一タによれば、品目 別では生揚げを除く、5種類のうち、83%近く
を占めるのが濃ロ醤油であり、また、生産方式 別では本醸這が約80%を占め、更に等級別では 特級、上級、標準のうち、特級が約7G%を占め ている。
本醸造方式の濃口醤油(以下、醤油)は通常、
蒸煮大豆または脱脂大豆と妙り小麦で麹をつく り、その麹に食塩水を加えて、諸昧とし、発 酵・熱成させ製造する。
実験には市販されている2種類の本酸造濃口 醤油め特級を用いた。その1は、全蜜規模で販 売されているキッコーマン株式会社(千葉県)
製造の「キッコーマン本醸造しょうゆ」(以下、
キッコーマン醤油)で、その2は、薪潟県内で は最大手の山崎醸造株式会社(新潟県小千谷市)
製造の「純正ゆき本醸造・こいくちしょうゆ」
(以下、山崎醤油)であった。
なお、両醤油の原料大豆は脱脂大豆であるが、
キッコーマン醤湘には丸大豆も使用されてい
た。
2.揮発性酸の分離及び定量とそのフチルエス テル化
各醤油%中の揮発性成分を、Fig.1に示した 装置を用いて補集した。ただし、醤油を減圧蒸 留すると激しく起泡するため、消泡剤としてシ
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リコーンオイルを使用し、且つ、1回の蒸留量 を約工00mlずつと分割して行った。装置Aは一 5℃、BとCは一80℃に冷却し、醤油を6N塩
酸でpH2.0に調整後、ロー・タリーエバポレ・一タ
ーに接続したフラスコに入れ、10mmHg以下 で醤油が乾固するまで減圧蒸留を行った。さら に約100mlの蒸留水を加えて減圧蒸留を繰り返 した。なお、留液はほとんどAに補集され、B には少量の氷結、Cには極めてわずかな氷結が 認められた。BとCの氷結を解凍後、 Aの留液 と合わせて揮発性酸分析のための試料溶液とし
た。
留液申の総揮発性酸量は、アルカリ滴定法で 求め、酢酸として算出した。
揮発性酸の分画方法をFig2に示し、得られ た揮発性酸のアンモニウム塩は山下ら6)の方法 でブチルエステル化した。最終的には、揮発性 酸のブチルエステルを溶媒のヘキサンへ移行
し、さらに、ガスクロマトグラフィー用内部標 準物質としての5%ノナデカン1mlを加えた 後、ヘキサンで25mEの一定容にした。そして、
脱水のための無水炭酸ナトリウム約0.5gを添加 し、容器のふたをパラフィルムで密封してから 冷蔵庫で保管した。
3.揮発性酸ブチルエステルのガスクロマトグ ラフィー(GC)
GCは島津GC44A(検出器:水素炎イオン化検
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出器;FID)を用いて行った。注入部と検出器 の温度は共に250℃とした。カラムはPEG20M に相当するShimadzu fused silica capillary column(CBP20−M25025、 O.2mmi.d.x25m)を 使用し、カラム温度は60℃で5分間保った後・
1分間当たり5℃の昇温で60℃から200℃まで とし、さらに200℃で7分間保った。キャリヤー ガスとしてヘリウムを用い、1分間当たり5 mlの流速で、スピリット比は1:28であった。
試料中の揮発性酸ブチルエステルのGCは1 試料につき、2回繰り返し、定量には島津クロ マトパックC.R5Aを用いた。また、 Retention index(Kovats Index)を自動的に算出するた め、杉沢ら7)のBASICプログラムを同クロマ
トパックに組み込んだ。
各ピークに相当する化合物の推定は標準物質 のRetention time(Rt.)とKovats Indexとの比 較、標準物質の添加試験により行った。
実験結果および考察
1.醤油中の総揮発性酸量
アルカリ滴定による酢酸としての総揮発性酸 量は、キッコーマン醤油が1535mg/100mL山 崎醤油が17.70mg/100mlで、山崎醤油の揮発性 酸量はキッコーマン醤油の揮発性酸量の1.2倍 であった。
2.揮発性酸の同定
各醤油の揮発性酸ブチルエステルのガスクU
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Rt.(min)
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マトグラムをFig.3に示した。また、揮発性酸 ブチルエステルの各ピー一クの同定結呆およびピ ーク面積の比率などをTablelにまとめた。
ガスクロマトグラムのピークAは溶媒の hexane、ビP一クBは揮発性酸のブチルエステJk 化時に生成するdibutyl ether、ピークCはブチ ルエステル化時に使用した試薬のn−butyl
alcoholのピークであった。
ガスクロマトグラムのピ・・一一ク総面積値の大き さは、アルカリ滴定によって求められた揮発性 酸黛の結果と一・致した。すなわち、山崎醤油の
ピーク総面秋値は、キッコーマン醤油のそれを うわまわった。
両醤油に共通して、acetic acid、 n−butyric acid、 2−oxo−4−methylpentanokc.acid、 n−
decanoic acid、 benzeic acidの存在が認められ た。これらのほか、キッコーマン醤抽には2・
hydroxy・3・methylbutanoic acid、2−hydroxy・4・
methylpentanoic acidのヒドロキシ酸が認めら れた。これら醤油中の揮発性酸のうち、acetic
acid、 n』butyric acid、 benzoic acid iま既に醤…温1
中での存在が報告されているが細、2−oxo−4−
methylpentanoic acidN 2−hydroxy−3−
met−hyibtttanolcN 2−hydroxy・4−
methylpentanoic aeid、 n−decaneic acidはいま だその存在が報告 されていない揮発牲酸であ
る。なお、2−oxo−4−methylpentanoic acid、2・
hydroxy−3−methylbutanoic、2・hydroxy−4・
methylpentanoic acidのオキソ酸やヒドロキシ 酸に関しては、昧噌より分離された耐塩性酵母 によって生成されることを既に報告した。4〕こ のことは醤油の発酵・熟成に関与する耐塩性酵 母は、味噌の発酵・熟成に関与する耐塩性酵母 と同種であることから、上記オキソ酸やヒドロ キシ酸の醤油中での存在の可能性は示唆されて いたことではあるが、本研究によりこれらオキ ソ酸やヒドロキシ酸の醤油中での存在をはじめ て確認することが出来た。そして、これらのオ キソ酸やヒドロキシ酸は、いずれもエチルエス テルではあるが、清酒の重要な香気成分として 報告されている。 9 1°)一方、N、 Nunomuraら7}
や横塚らs}は、醤油の揮発性酸としてacetic
acid、 n−butyric acid、 benzoic acidのほかに、
propionic、 isobutyric、2−methylbutanoig、3−
rnethylbutanoic(isovaleric)acidなど多数の揮発 性酸を報告している。しかし、本実験ではこれ
らの揮発性酸が確認できなかったので、今後は 醤油の供試量を増やし、複数のGCカラムや質 量分析計を連結させたガスクロマトグラフ
(GC−MS)などの使用により詳細に検討したい と考えている。
醤抽中に存在が認められた揮発性酸の大部分
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Peak凧 Rし価。)。 K.i。d。xd K Y
韮 1
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2 3 4 5 6 7
2 3
3,666 1e78 Aeetate
7.083 1226 n−B冒ヒyr{}te
1フ.581 1586 2−Oxo−4−mo廿iylpent且noate
18.022 t597 2−Hydirexy−3・・而e廿hylbutarleate
20,B63 1706 2−Hydroxy−4一銅n母廿lyTpentanoate
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95、00 93.195S68B2
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O.21
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722093
(759.9)
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・T。tat、peek、a,ea、e脚t・P・・k。f・h・・ene,・dib・tyt・ti・e・,・n−b晦1・[・。h。1加d・。・・Clec。・・〔ht。m・1・ta・由・d)・
がacetic acidで、キッコーマン醤油では約93%、
山崎醤油では約95%占めた。ついで、量的に多 かったのは、キッコーマン醤油ではn−butyric acid、 benzoic acidであり、山崎醤油では benzoic acidであつた。両醤油中の揮発性酸を 比較すると、acetic acidとbenzoic acidが、キ ッコーマン醤油よりも山崎醤油にそれぞれ、
1.2倍、2、8倍多いことが認められた。逆に、キ ッコーマン醤油のn−butyric acidは山崎醤油の それの1.4tuであった。さらに、これら揮発性 酸のほか、キッコーマン醤油には2−hydroxy−3−
methylbutanoic acid、2−hydroxy−4−
methylpentanoic acidのヒドロキシi酸が認めら れたが山崎醤抽には認められなかった。これら
ヒドロキシ酸のエチルエステルは清酒の重要な 香気成分とされることから、ヒドロキシ酸の有 無が醤抽の品質にどのような影響を与えるか興 味が持たれる。
醤油の香りにどの揮発性酸がどのような影響 を与えるのか、また、どのようにして生成され るのかは今後の課題であるが、醤油の有機酸
(揮発性酸+不揮発性酸)はpH、酸度、緩衝能 などを決定するとともに、微生物の増殖を制御 する作用にも寄与していると言われる。例えば、
正常な発酵を経た醤油のpHは4.6−−4.8と言わ れ、本実験に使用した醤油のpHは、キッコー マン醤油がpH4.7、山崎醤油がpH4.8であり、
両者とも正常な発酵過程を経たと考えられる。
また、適量の有機酸は醤油の苦味、塩味を柔ら げ食味を増進させると言われる。全国醤油品評 会に出品された市販醤油を評価別に上・申・下 位に分け、有機酸などを分析すると・濃口醤油 の上位のものは総有機酸量(その中でもlactic acidとacetic acid)が多く、また・淡口醤油で は総有機酸量の少ないものがおだやかで、無難 な評価をうけることから、有機酸が醤油の品質 に深く関与していることが認められる。1t)
要 約
約L200年前に中国から朝鮮を縫て日本に伝 えられた醤は醤油となり、日本で独自の発達を とげた。その香りは様々の芳香成分を宥し・今 日ではその香りが世界各国でうけいt・られ「世 界の調味料」と呼ばれるまでになoた。
本報では日本最大手のキッコーマン株式会社 と新潟県内最大手の山崎醸造株式会社で製造さ れた本醸造濃口醤油2種類を用い、醤油香気成 分のうち揮発性酸をガスクロマトグラフィーで 分析し、比較・検討を行った。
アルカリ滴定による酢酸としての総揮発性酸 量は、キッコーマン醤油が15.35mg/100ml.山 崎醤滴が17.70mg/100m1でs山崎醤油の揮発性 酸量はキッコーマン醤油の揮発性酸量の1.2倍 であった。
醤油中から分me ・同定できた揮発性酸は7種 類であった。両醤油に共通して存在した揮発性
酸諄ま、 acetic acid、 n−butyric acid、 2−oxo・4・
methylpentanoic acid、 n−decanoic acid・
benzoic acidであった。これらのほか、キッコ
・・一 一}ン醤…油には2−hydroxy−3−methylbutanoic
acid、2−hydroxy−4・methylpentanoic acidの ヒドロキシ酸が認められた。これら揮発性酸の うち、acetic acid、 n−butyric acid、 benzoic
acidは既に醤抽中での存在が報告されている が、2−oxo−4−methylpentanoic acid、2−
hydroxy−3−methylbutanoic、 2−hydroxy 4−
methylpentanoic acid、 n−decanoic acidはいま
だその存在が報告されていない揮発性酸であ り、本研究によりはじめて確認することが出来
た。
両醤油とも揮発性酸の大部分をacetie acidが 占めており、その割合はキッコーマン醤油では 約93%s山崎醤油では約95%であった。Acetic acidとbenzoic acidは山崎醤油の方がキッコー・
マン醤油よりもそれぞれ、1.2倍、28倍多く、
逆に、キッコーマン醤油のn−butyric acidは出 崎醤油のそれの1.4倍多く含有していた。
文 献
1)しょうゆ輸出実績:大蔵省統計局資料
(1998)
2)内田一生:「醤油の科学と技術」.栃倉辰六 郎編,P.285,躰醸遡轟会,東京(lg−8s)
3)浅,毛{呆夫,横塚 {呆:「1漸?}1反醸造成葦}一覧玉
日本醸造協会編,P.367.日本醸造協会,東 京(1977)
4)石原和央,本間紳央,小笠原長宏:醗酵工
学, 63, 279 (1985)
5)石原和夫,本間伸夫,内山武夫:生物工学,
73, 463 (1995)
6)山下市二,田村太郎,吉川誠次,鈴木重 治:分析化学,22,1334(1973)
7)N.Nunomura, M. Sasaki, T.,Yokotsuka:
Agric. Biol. Chem.,44,339(ユ98G)
8)横塚 保,佐々木正興,布村伸武,浅尾保 夫:醸協,75,717(1980)
9) 山本i享:農イヒ, 35,619 (1961)
10)山本淳:農化,35,711(1961)
11)内田一生1「醤油の科学と技術」,栃倉辰六 郎編,p.284,日本醸造協会,東京(1988)