上越教育大 学 心理 教 育相 淡研 究
2 0 0 1 , Vo 1 . 1 . 4 9 ‑ 6 8 原 著
境界性人格障害の形成 に関す る生物一心理社会的モデルの理論 的検 討
井沢功一朗
上越教育大学心理 臨床講座
要 旨
DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ の出版以後,境界性に関する研究の枠組みは病因論的 ・ 心理的 ・ 理論的なものか ら,記述的 ・ 機 械的 ・実際的なもの‑ と移行 した. 1 9 8 0 年代初頭には境界性人格障害 ( BPD) の診断法に関す る研究が多 くなされ,その後は BPD の形成要因に関心が向けられた.それらの要因として生物学的要因,心理学的要 因及び社会的要因が個別にレビューされた.生物学的要因としては BPD における遺伝 と大脳生理 ・ 分子生 物学の側面での特徴が取 り上げられ,心理学的要因としては心的外傷理論に焦点が向けられた. また,社 会的要因としては家族関係の分裂,両親の養育態度の非一貫性,地域 ・社会的 ・文化的な文脈の不連続性 や矛盾が多様な研究結果か ら見出された.以上のレビューか ら ,BPD 形成に関する生物一 心理社会的モデル が理論的に構築 され,その限界 と臨床実践のアセスメン トにおける利用可能性が検討 された.
キー ワー ド :境 界性 人格 障害,形成要 因,生物‑心理社会的モデル
境界性人格障害研究の歴史的変遷 精神分析 か ら DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ ‑
本論 は, 臨床心理学 の領域 で長 い年 月の間関 心 を集 め て きて い る境 界性 人格 障害 ( Bor de r ‑ l i nePe r s onal i t yDi s or de r: 以下 BPD と略す)
を,生物 一心理社会 的 ( bi o‑ ps yc hos o c i a l )な観 点か らと、 らえ,生物学的,心理学的,社会 的要 因のそれ ぞれ を個 々 に検討 し,最終 的に 1 つの 理論的 モデル を提 出す るこ とを目的 とす る.特 にここでは ,BPD の諸特性 を形成す るような具 体 的で介入可能 な要 因に着 目し,個 人 ・家族 ・ 地域 ・社会 な どさまざまな レベ ルに対応 した治 療 ・予 防 ・教育 的プ ログラムに先立つ アセス メ ン トに役 立つ よ うなモデル を提 出す るこ とが課 題 とな る.
BPD につ いては,半世紀以上 にわた る研究の 蓄積 が あ り, そ こで示 され た様 々 な見解 の変遷 は 2 0 世 紀後半 の精神 医学 ・臨床心理学の歴史 を その まま反映 してい る. その流れの中で, この 問題 につ いて論 じた初期 の研 究者の 多 くが広 い 意味 での精神分析 の立場 に立つ人々であった点 は留意す る必要が あ る. そ して,米 国において 精神分析 が興 隆 を極 め た 1 9 4 0 年代 か ら 5 0 年代 を
出発点 として,様 々な研究が蓄積 されてい った.
bo r de r l i ne 概 念 の 原 型 を初 め て 唱 え た の は St e r n( 1 9 3 8 ) であ る.早期 幼 児期 に愛情 の剥 奪 を体験 してお り,劣等感が強 く,精神分析 治療 に対 して強 い陰性 の転移 を生 じる治療 困難 な一 群 の 患 者 に対 して St e r n( 1 9 3 8 ) ぱ ̀ 境 界神 経 症 ( bo r de rl i nene ur o s i s ) " とい う名称 を与 えてい る.その後 bor de r l i ne の研 究 は継続的に行 われ, Zi l boo g( 1 9 4 1 ) に よる"外来分 裂 病 ( a mbul a t o r y s c hi z o phr e ni a) " , Due t s c h( 1 9 4 2 ) の"か の よ う
な パー ソ ナ リ テ ィ ( as i f pe r s onal i t y)" , Sc hmi deber g( 1 947) の"境 界 例 ( bor der l i ne c a s e ) " , Ho c h& Pol a t i n( 1 9 4 9 ) に よる" 偽性神 経 症 性 分 裂 病 ( ps e udo ne ur o t i c s c hi z o phr e‑
ni a) " ,Kni ght( 1 9 5 4 ) に よる" 境 界状 態 ( bor de r ‑ l i ne s t at e s ) " , Ke r n be r g( 1 9 6 7 ) に よ る"境 界 パー ソナ リティ構 造 ( bo r de r l i ne pe r s o nal i t y o r ga ni z at i o n) " ,Gr i nke r ,We r bl e ,& Dr ye ( 1 9 6 8 ) に よ る" 境 界 症 状 群 ( bo r de r l i ne s yn‑
d r o me) " ,Ma s t e r s o n( 1 9 7 1 ) に よる" 青年期 境 界
例 ( bor de r l i neadol e s c e nt s ) " な どとい った研究 へ
が な されて きて い る( これ ら 1 9 8 0 年 以前 の諸研
究 の具体 的 内容 につ いて は井 沢 ( 2 0 0 2 a) を参 照
の こ と).
我 が 国 で も精 神 分 析 医 で あ る武 田 ( 1 9 5 8 ) の
" 境界線例 "に関す る研究には じまって, その後 精神分析系の精神科 医な どに よ り研究が進め ら れ,その中で bor de r l i ne とい う語 は Sc hmi de be r 一 g( 1 9 4 7 ) の研 究が紹介 され た以後, それ を受 け て境 界例 と訳 され用 い られ るこ とが 多 くなっ た. そ して,境界例 とい う疾病概 念は広 く心理 臨床家の中に も浸透 してい き,今 日に至 ってい る.
しか し欧米においては,精神分析 の技法や理 論 は次 第 に相 対化 され て ゆ き,上 に列挙 した 様 々を境界例研究の成果 は精神障害のための診 断 ・統計的マニュアル第 3 版 ( Di a gnos t i ca nd St at i s t i c alMa nualf o rMe nt alDi s or de r s3 r d e di t i o n: 以下 DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰと略す : Ame r i c a nPs y‑
c hi a t r i cAs s oc i a t i o n , 1 9 8 0 ) の中で, BPD とし て具体 的 な診断基準の形に整理 され,以後,境 界例 は人格障害の 1 つ として位 置づ け られた.
こ こで留意 してお くべ きこ とは, DSMJI I が それ までの精神分析 を中心 とした病 因論的,心 理 的,理論的 な方法 ではな く,記述的,機械 的, 実際的 なアプ ローチに よ り明文化 され,組織的 に まとめ られているこ とであ る.つ ま り ,DSM‑
Ⅰ Ⅰ Ⅰ が発表 されたこ とに よ り,米国の精神 医学 は それ まで主流であった力動精神 医学の枠組みか らはなれ, タレペ リンの診断学 を基礎 に した記 述精神病理学 と生物学的精神 医学‑ とパ ラダイ ム ・シフ トしたのだ といえる. 、
こ うしたこ とを背景 に して欧米 では精神分析 理論 は急速 に相対化 され, 1 9 8 0 年以後 は DSM‑
Ⅰ Ⅰ Ⅰに よ る BPD 診 断 を基 準 と した実 証 研 究 が 徐 々に蓄積 され始め た. これ らの研究 は当初 は BPD の診断や測定 に関す るものが 多か ったが, DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ ‑ R( Ame r i c an Ps yc hi a t r i c ・ As s oc i a‑
t i o n,1 9 8 7 ) 以後 は, BPD 形成要 因につ いて さま ざまな観 点 か らの研 究 が な され るよ うに なっ た.現在 では DSM‑ Ⅰ Ⅴ( Ame r i c a n Ps yc hi at r i c As s oc i a t i on,1 9 9 4 ) が用 い られ, BPD に関す る 研 究は さらに多様化 して きている.本論 では こ
れ らの研究 をレビュー し,理論的モデル を構築 す るこ とを目的 とす るが,それに先立 ち, BPD その ものにつ いての診断法 に関す る研究 を概観
したい.
BPD の診断法
面接法 DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ に よる診断基準 の操作化 を 受 けて ,BPD のための診断面接法が整備 されて きた. ここではい くつかあ る面接法の うち代表 的かつ性質が対照的 な 2 つの面接法 につ いて簡 単 に まとめ る.
Gunde r s o n& Si nge r( 1 9 7 5 ) , Gunde r s o n&
Kol b( 1 97 8) , Gunde r s on , Kol b , & Aus t i n ( 1 9 81 ) は境界例 患者 を他 の疾患か ら明確 に区別 し,診 断 す る た め の 半 構 造 化 面 接 法 ( s e mi ‑ s t r uc t ur e di nt e r vi e w) であ る境界例 のための診 断面接 ( Di a gnos t i cI nt e r vi e w f o rBor de r l i ne pat i e nt s: 以降 DI B と略す)を作成 した.現在 で はその改訂版 であ る DI B‑ R( Zanar i ni & Gun‑
de r s o n , 1 9 8 9 ) が用 い られている. DI B‑ R は 1 0 6 の質 問項 目と 5 5 の評定項 目か らな り, それ らは 社会適応,衝動一 行動のパ ター ン,感情,精神病, 対 人関係 の 5 つの領域 に分・ け られている.各領 域 には均一 に 2 点が与 えられ合計 7 点以上 を境 界例 診断のカ ッ トオフポイン トとしてい る.我 が国では三宅 ・皆川 ・守屋 ・生 田 ・宮本 ・小此 木 ( 1 9 8 7 ) が DI B 第 1 版 日本語翻 訳版 を作成 し実 証研究 を行 っている.
DI B , DI B‑ R はそれ までの境 界例研 究の成果 を稔合す る中で開発 された半構造化面接法 であ り,そ こでの診断規定 は DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ 以降の BPD の 診断基準の中に多 くとりいれ られた とい う経緯 があ る. しか し, その基本 には精神分析 的 な前 提があ り ,DSM にそった診断 を行 うための手段
とはいい きれない側面があ る.
一方,国際パー ソナ リティ障害診断面接 ( Pe r ‑
s o nal i t yDi s or de rExami nat i o n‑ I nt e r na t i onal
ve r s i o n: 以 下 I PDE と略 す : Lo r ange r , Sus ‑
man , & 01 dham,1 9 8 7 ) は, DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ ‑ R の基準
につ いてすべ ての人格 障害 を評定す るために開
境 界性 人格 障害 の形成 に関す る生物一心理社会 的 モデルの理論 的検討 発 された半構造化面接法 であ る.これは ,WHO
の人格 障害診断に関す る国際比較研 究 に用 い ら れた面接法 であ り,標準的 な人格 障害診断のた めの手段 であ る といえる.その うち BPD 尺度 で は, リテス ト法 に よる〝係数 が . 8 7 であ り,十分 な信頼性 が確認 されてい る ( Lo r ange r ,Sa r t o r ‑ i u s , Andr e o l i , Be r ge r , Buc hhe i m , Chan‑
na bas a va nna,Coi d,Da hl ,Di e ks t r a,Fe r s o n , J a c o bs be r g,Mombour ,Pu l l ,Ono ,& Re i ge r , 1 9 9 4 ) . また,現在 では I PDE を DSM‑ Ⅰ Ⅴの診断基 準 に合 わせ て一部 改変 した I PDE‑ DSM‑ Ⅰ Ⅴ様 式
( Lo r ange r ,1 9 9 5 ) が用 い られてい る.
I PDE は理論 的前提 を持 たず, DSM の人格 障 害すべ て をで きるか ぎ りその基準 に沿 って正確 に診断す るこ とを 目的 として構成 されてい る.
また各項 目は様 々 な人格 障害 に特有 の認知 ・行 動的特徴 を具体 的 な形 で質 問す るようにで きて い る.
しか し,以上 に述べ た診断面接 はいずれ も数 時間 を要 し ( 最 も項 目の少 ない I PDE‑ DSM‑ Ⅰ Ⅴ 様式 で も 2 時間半かか る), 臨床面 ・ 研 究面 で患 者の負担や効率 の面か ら見て適切 な方法 とはい えない.そ こで, BPD をよ り簡便かつ正確 に診 断す る方法 として 自己記入式質 問紙 の利用が考 え られ るこ とにな る.
自己記入式質 問紙 自己記入式質 問紙 の領域 で も多 くの診断手段 が開発 されてい る.
分裂病 型質 問紙 ( Sc hi z ot ypal Que s t i o nna r ‑ e: 以 下 STQ と 略 す : Cl a r i d ge & Br o c ks , 1 9 8 4 ) は ,DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ の発表 に呼応 して開発 された もので,分裂病 型人格 障害 と BPD のそれ ぞれ を 診 断す る 2 つ の下位 尺 度 を持 つこ その うち, BPD に対応す る尺度 では,ア イゼ ン クパー ソナ リティ質 問紙 におけ る精神病尺度 との相関が.
3 8 と低 く ( Cl ar i dge , Ro bi ns on , & Bi r c ha l l , 1 9 8 3 ) ,精神病 との関連性 は認め られていない・
また,内的「貫性 としては α 係数 で .8 0 が確認 さ れてい る ( Cl a r i dge & He wi t t , 1 9 8 7 ) . しか し, DSM に よる厳 密 な診 断 を外 的基準 とした妥 当 性 の検討 はお こなわれ ない ままで きてい る.
境 界 性 症 候 群 目 鼻 ( Bo r de r l i ne Syndr ome l nve nt o r y: 以下 BSI と略す : Co nt e ,Pl ut c hi k , Ka r a s u ,& J ar r e t t ,1 9 8 0 ) は,従 来の境界例概 念 と DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰの BPD の規 定 とを稔 合 して項 目
を選択 し作成 され た尺度 であ り, Kur de r‑Ri ‑ c ha r ds on 係数 ‑. 9 2( Co nt ee ta1 . ,1 9 8 0 ) , 日本 の精神科 サ ンプ ル を用 いた研 究 では α 係 数 ‑.
9 5 が確認 されてい る( 町沢 ,1 9 8 9 ) . しか し,妥 当性 の面 で問題 が あ り,感情障害や抑 う・ つ症状 お よび分裂病症状 に対す る判別性 の低 さが指摘 されてい る( 町沢, 1 9 8 9 ) .
MMPI 一 境 界性尺度 ( Mo r e y , Wa ug h ,& Bl a
‑s hf i e l d,1 9 8 5 ) は,広 く普及 してい る MMPI の項 目の内, 4 人の臨床家 に よ り内容 的 な妥 当性 が あ る と判 断 され た 2 2 項 目か ら構成 された もので あ る.内的一貫性 は Kur de r ‑ Ri c har ds o n 係数 で.
7 1 で あ るが, DSM‑ m
‑R の 診断に対 して は r‑. 5 6 と低 い一 致 度 しか兄 い だ され て い な い
( Tr u l l ,1 9 9 1 ) .
人 格 障 害 質 問 紙 改 訂 版 ( Pe r s onal i t y Di s ‑ o r de rQue s t i o nnar e ‑ Re vi s e d :以 下 PDQ‑ R と 略す : Hyl e r ,1 9 8 7 ) は, DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ ‑ R の人格 障害 すべ て を診断す るための人格 目録 であ り ,BPD に関 して も DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ ‑ R の診断基準 に忠実 に沿 っ た項 目選択が な されてい る. BPD 尺度 の リテス ト法 に よる信頼性 は 〟‑.6 4 と幾分低 く ( Hur t , Hyl e r ,Fr a nc e s ,Cl ar ki n ,& Br e nt ,1 9 8 4 ) ,樵 造化面接 に よる DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ ‑ R の確 定診 断に対す る 一致度 も 〝‑. 4 1 とか な り低 い ( Hyl e r , Sko dol , Ke l l ma n,01 d ha m,& Ro s a ni c k,1 9 9 0 ) .
ミ ロ ン 臨 床 多 軸 目 録 Ⅰ Ⅰ( Mi l l o n Cl i ni c al Mut i axi al I nve nt o r y‑ Ⅰ Ⅰ: 以 下 MCMI ‑ Ⅰ Ⅰと略 す : Mi l l o n , 1 9 8 7 a) 境界性尺度 は, DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ ‑ R の 人格 障 害 の 診 断基 準 に沿 って作 成 され て お
り,高 い 内 的 一 貫 性 ( Kur de r ‑ Ri c ha r ds o n 係
数 ‑. 9 2 ) と DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ ‑ R 診断に対す る比較 的高 い
基準関連 妥 当性 ( 感受性 ‑. 7 2 ,特殊性 ‑. 9 3 )
が確認 されてい る ( Mi l l o n, 1 9 8 7 a) . また, よ り
重 い得 点荷 重が なされてい る重要項 目のみ用 い
て診断 した場合 の方が,全項 目を用 いた場合 よ
りも診断的中率が高 い とい う指摘 もな一 されてい る ( Ma c Cann,Fl y nn ,& Gr e s h,1 9 9 2 ) .
自己記入式質 問紙 に よる BPD 診断につ いて, STQ,BSI ,MMPI 一境界性尺度 ,PDQ‑R では
いずれ も信 頼 性や 妥 当性 に何 らか の問題 が あ る. それ に対 して MCMI ‑ Ⅰ Ⅰ 境 界性 尺 度 は信 頼 性 ・妥当性が確 認 されてお り実用可能性があ る と考 え られ る.また,この尺度 は DSM‑ I I I 以降の 人格障害の診断基準 を作 った人格心理学者 Mi 1 ‑ l on 当人に よって開発 され て い る点 も注 目に値 す る. 日本 の精神科 サ ンプル を用 いた研究の中 で も ,I PDE に よる人格 障害 診断 を外 的基準 と した時の高 い信頼性 ( α‑.87 ) お よび妥当性 ( 感 受性 ‑1 . 0 0 ,特殊性 ‑. 9 0 ) が確認 され,短縮版 が構成 されている( 井沢 ・大野 ・浅井 ・小此木, 1 9 9 5 ) . さらに,その短縮版 では I PDE‑ DSM‑ Ⅰ Ⅴ 様式 ( Lor ange r ,1 9 9 5 ) を用 いた人格障害診断 を 外 的 基 準 とす る妥 当性 ( 感 受 性 ‑ 1. 0 0 ,特 殊 性 ‑. 9 0 ) も確認 されてい る( 井沢 2 0 0 2 a) .
以上概観 したよ うに ,BPD の診断に関 して 自 己記入式質問紙 の領域 では様 々な尺度が構成 さ れている. . これ らの研 究は DSM が発表 され臨床 実践 に取 り入れ られ始め た 1 9 8 0 年代初頭か ら 8 0 年代半ばにかけて数 多 くなされた. こ うした研 究動 向は,当時の欧米において DSM の記述的 な 診断が広 く受容 されは じめていたこ とに呼応 し ている と考 え られ る.そ して ,DSM 診断が定着
しは じめ た 8 0 年代 後 半 に な る と BPD の診 断法 に関す る研究 は下火 にな り, 入れ替 わ るように して BPD の様 々 な形成要 因に関す る研 究 が数 多 くなされ るようになった.
我が国で も 8 0 年代後半か ら臨床実践 におけ る DSM 診断の受容 が本格化 したが,それに ともな い DSM の BPD 診断基準 につ いてい くつか の問 題点 も指摘 された.大野 ( 1 9 8 8 ) は, BPD はその 症状 の 多様性か らして単一 の臨床単位 と見 なす のは不可能 であ り, む しろ様 々 な他 の疾病 の症
BPD 形成要因に関する諸研究 生物学 的要 因に関す る研究
状 のバ ラバ ラな寄せ集め として考 えるのが適切 であ る と考 え," 境界パー ソナ リティ症状群"と い う概 念 を提 出 してい る. また,皆川 ・三宅 ・ 守屋 ・生 田 ・西 園( 1 9 9 4 ) も, DSM‑ Ⅰ Ⅴにおけ る BPD の規定 は従 来 の さまざまな立場 か らの境 界例研 究のエ ッセ ンスであ る反面, 内容的 な統 一性 に欠け,単一 の臨床単位 とは見 な し得 ない の で は な い か との 批 判 を して い る.井 沢 他 ( 1 9 9 5 ) の研究 で も, MCMI ‑ Ⅰ Ⅰ 境界性尺度短縮版 は他 の人格 障害 に対 して高 い判別性 を有す るの に対 し,比較的低 い内的一貫性 ( α‑. 7 4) しか示 さないこ とが確 認 されてい る.ここで も, BPD の症状 におけ る統一性 の低 さが浮 き彫 りとなっ てい る.
その一方で,人格 障害以外 の他 の精神疾患の 症 状 と BPD の症 状 との重複 に関 す る研 究 ( 井 沢, 1 9 9 6 ) では, BPD の症状 は DSM‑ Ⅰ Ⅴの第 1 軸 疾患 との間にほ とん ど関連性 を有 きないこ とが 確認 されてい る.つ ま り大野 ( 1 9 8 8 ) のい う" 境界 パー ソナ リティ症状群 " 概 念 とは異 な り, BPD は単 一 の臨床 単位 と しては統 一 一性を欠 くもの の,他 の疾患か らは独立 しているとい うこ と, いわば" 拡散 しなが ら閉 じてい る"といった逆説 的 な性質 を有 しているこ とが確認 されている.
したが って,臨床単位 としての BPD の問題 は, その症状 の拡散 自体 にあ るのではな く,拡散 し てい るような様 態 を示 しなが ら他 の疾 患か らの 独立性 を推持 させ ている何 らかの要 因が明確 で
ないこ とが問題 ではないか と考 える.
欧米 では 8 0 年代後半 に DSM に よる BPD 診断 の受容 が進み,それ を前提 として BPD 形成要 因 に関す る研究が展開 して今 日に至 ってい る.以 降では, これ らの研究 を生物学的要 因に着 目し た もの,心理学的要 因に着 目した もの,社会的 要 因に着 目した ものに分類 し,個 々に レビュー
してい くこ とにす る.
BPD 形成要 因 を生物 学 的 因子 に求 め る研 究
は,疾病 の遺伝 に関す る研究 と大脳生理 ・分子
境界性人格 障害の形成 に関す る生物一心理社会的モデルの理論的検討 生物学的要 因に関す る研究 とに分 け られ る.
DSM‑ Ⅰ I I 以後 に な され た BPD の遺 伝 研 究 で は,感情障害 とで比較的強い結 びつ きが認め ら れ るが ( Aki s kal ,1 9 81;Andr ul o ni s , Gl ue c k , St r oe be l ,&Vo ge l ,1 9 8 2;Sol l o f&Mi l l wa r d , 1 9 8 3 ) ,同時に物質依存や 人格障害 も親族 内に多
く確認 されてお り ( Tul i s ,1 9 8 0;Andr ul o ni se t a1 . ,1 9 8 2;Lor a nge r ,01 dham, &Tul i s ,1 9 8 2;
Ba r o n, Gr ue u, As ni s , &Lo r d,1 9 8 5;Lo r a nge r
&Tul i s ,1 9 8 5 ) ,特定の疾患 と BPD との遺伝的 関係がはっき りと兄 いだ されているわけではな い。 また,子供 で学校不適応が生 じやす いこ と ( Gunde r s o n , Ke r r , &Engl und,1 9 8 0 ) ,父親 に犯罪歴 を有す る者が分裂病患者に比較 して多 いこ と ( We a ve r&Cl um , 1 9 9 3 ) などの報告 も ある.
一方近年 では ,BPD の大脳生理機能 その もの に も関心が向け られ るようになってい る. そこ ではセ ロ トニ ンシステムの失調 とノルエ ピネフ リンの過剰 活性化 ( Si e ve r&Da vi s , 1 9 9 1;de Ve gr a r , Si e ve r , &Tr e s t man , 1 9 9 4 ) や ノルア
ドレナ リンシステムの活動性克進 ( Ye huda , So ut hwi c k,Pe r r y, &°i l l e r ,1 9 9 4;St e i n be r g , Tr e s t ma n, &Si e ve r , 1 9 9 4 ) といった仮説が提 出されてい る.
Cl o ni nge r( 1 9 8 7 ) は,各種 の脳 内神経伝達物質 と気質の特徴 との対応関係 についてモデル を構 築 し,その理論枠組 みか ら DSM‑ I V の人格 障害 全般 を説明 しようとしている.彼は,人が環境 に 適応 しよ うとす る中で明 らか となって くる 4 つ の気質 の次元 を提 唱 してい る.それ らは遺伝 的 であ りかつ それ ぞれが独立 しているとい う. そ の 4 つの気質 は新 奇性 追求 ( no ve l t ys e e ki ng) , 傷害 回避 ( ha r m a voi da nc e ) ,報酬依存 ( r e wa r d de pe nde nc y) お よ び 持 続 性 ( pe r s i s t e nc e ) で あ
る. Cl oni nge r&Svr aki c ( 1 9 9 7 ) はこれ らの気 質のプ ロフ十一ルパ ター ンに よ り各種 人格障害 が説明 され るとしてい る.
新奇性追求の気質次元は単調 さを避け,潜在 的 な報酬 に対す る積極 的 な探索行動 をもた らす
傾 向であるとされ る.傷害 回避 の気質次元は,そ の人に とって敵対的 な意味 を持 つ刺 激や罰,新 奇性,欲求不満 を回避す るため に 自らの行動 を 強 く抑制す る傾 向 とされて い る.た とえて言 う な ら,人間の脳 の中で,新奇性追求はア クセル, 傷害回避 はブ レー キの ような機能 を果 た してい
ると言 うこ とがで きるだろ う.報酬依 存の気質 次元は,報酬 ( 特 に社会的賞賛や感傷,言語的 な おだて)に強 く反応す る傾 向 と定義 されてい る.
よ り くわ し くい えば,報 酬 を得 るこ とにつ な が った行動や,罰 を避け るこ とがで きたような 行動がなかなか消去 されない傾 向 とい うこ とに なる. 最後の持続性の気質次元は,忍耐 と関連す るとされ る. ( Cl o ni nge r , Svr aki c , &Pr z ybe c k , 1 9 9 3 ) .
新奇性追求には神経伝達物質 である ドーパ ミ ンの賦活系が,傷害 回避 には同 じ く神 経伝達 物 質 であ るセ ロ トニ ンの賦 活系が,そ して報酬依 存には ノルエ ピネフ リンの賦活系が それぞれ生 理 的ベー ス としてあ り,それ らの持 続的 な活性 化の レベルは人それぞれ遺伝 的に決定 されてい るとい う. 新奇性追求 につ いては,その ドーパ ミ ン との結びつ きとい う仮説が分子生物学的な事 実 として解 明 されつつ ある ( Be n j a mi n, Pat t e r ‑ s o n , Gr e e n be r g , Mur phy , &Hame r ,1 9 9 6;
Ebs t e n , No vi c, Umans ky , Pr i e l , Os he r , Bl ai ne , Be nne t , Ne ma no v, Ka t s , &Be l make r , 1 9 9 6;Ono , Ma nk , Yo s hi mur a , Mur a ma t s u , Mi z us hi ma , Hi guc hi ,Ya gi , Ka nda,& As ai , 1 9 9 7 ) .これ らの気質 と結びつ いた行動の特徴 は 幼児期 に早 くも明か とな り,その人の生涯 を通 じて変 わ らな い とされ る. ( Cl o ni nge re ta1 . , 1 9 9 3 ) .そ して Cl o ni nge r& Sv r aki c( 1 9 9 7 ) は BPD に関 して,その衝動性や感情不安 定性 な ど の特徴 は,高い新奇性追求傾 向,高い傷害 回避傾 向そ して低 い報 酬依 存傾 向 とい う気質 のプ ロ フィールパ ター ンに よ り,遺伝的に規定 されて いるとの仮説 を示 している.
井沢 ( 2 0 0 2 b) は Cl o ni nge r&Svr aki c( 1 9 9 7 )
の仮 説に沿 い,数量化Ⅰ 類理論 を用 いて新奇性追
求傾 向の高 さ,傷害 回避傾 向の高 さおよ び報酬 依 存傾 向の低 さが BPD 傾 向の高 さに対 して有 す る説明力 を検討 した. その結果,心的外傷体 験や両親 の養育態度 な どに くらべ これ らの気質 傾 向は低 い偏相関 しか有 きないこ とが明 らか と なった. こ うした結果 を導 いた要 因 としては, この よ うな生物学的指標 を質問紙 に よ り評価 し よ うとす るこ と自体 に問題 があ るこ と, その質 問紙 である気質 と性格 のための 目録 ( Te mpe r a一 me れtand Char ac t e r I nve nt or y:Cl o ni nge r , Pr z ybe c k, Svr aki c , &We t z e l ,1 9 9 4 ) の 日本語 翻 訳版 ( 木 島 ・斉藤 ・竹 内 ・吉野 ・大野 ・加藤 ・ 北村, 1 9 9 6 ) に翻 訳上 の問題があること, さら に Cl oni nge r& Svr aki c( 1 9 9 7 ) が概 念化 してい る BPD が DSM‑ Ⅰ Ⅴの規定 とずれ て い る こ とな どが あげ られ る.今後, これ らの問題 を解決 し た上 で,精神科サ ンプル を用 いて さらに検討 を 重ねてい く必要がある.
BPD の生物 学的要 因に関す る研 究 か らは さ まざまな仮 説や検証が なされて きてい るが,他 の 多 くの精神疾 患 と同様 に,決定的 な素 因 と呼 べ るよ うな ものは兄 いだ されていない.しか し,
それ らの研究に共通 してい るのは ,BPD が感情 や衝 動 の不統 制 に関連 して い る とい う点 であ る. その指標 として ドーパ ミン, セ ロ トニ ン, ノルエ ピネフ リンお よび ノルア ドレナ リンな ど に焦点が向け られている といえる.今後 は これ らの生理学的指標 とパー ソナ リティ との関連性 が経験的に証 明 され る必要があ る. そ して最終 的 には BPD に特有 な遺伝 子構 造 配列 のパ ター ンが探求 され るこ とになる と考 え られ る.
心理学的要 因
先 に も論 じた ように DSM は現象学的 ・ 記述的 方法 に もとづ いた診断分類体系 であ り‑ , その背 景 に は生 物 学 的精神 医学 の考 えが あ る. した が って, DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ 以降の米国精神 医学 では生物 学的研究 と薬物療法が主流であ り, そ うした傾 向は世 界的に広が りつつ あ る. DSM‑ Ⅰ Ⅴの診断 分類 を力動精神 医学 の観点か らとらえ直そ うと
す る試み もあ るが ( Ga bbar d , 1 9 9 4 ) , そ うした 動 きは少数派に属す る. この よ うな現状 の中で は,心理学的要 因は独立 した因子 としては考 え られず,む しろ生物学的 な背景 を持つ素 因 と, その素 因を何 らかの精神 障害の形 で発現 させ る 環境要 因 との相互作用のプ ロセス として考 える 素 因‑ス トレスモデルが とられ るこ とになる.
BPD の生物学 的 な素 因に関す る研 究 は前節 で概略 した.本節 では, DSM‑ Ⅰ Ⅰ Ⅰ 以後 BPD につ いて とりあげ られた トピックの中で最 も代表的 な 素 因‑ス トレ ス モ デ ル で あ る 心 的 外 傷 ( t r auma) 論 に的 を絞 って まとめ る.
心的外傷論 では BPD と幼児 ・児童期 におけ る 心的外傷 体験 との関連性 に注意が向け られ る.
両者の結 びつ きを検討す る研究 では,心的外傷 として放 置,性的虐待,身体 的虐待,父母 間 も しくは家庭 内暴力の 目撃, 人生早期 におけ る養 育者 との別離 な どを取 り上 げ, こ うした心的外 傷体 験 と BPD との結 びつ きを実証 的手法 に よ り検討 した ものが 多い. He r man , Rus s e l l , &
Tt oc ki ( 1 9 8 6 ) は半構造化面接 に よ り ,BPD の女 性外来患者 1 2 人 を対象に性的虐待体験の有無 に つ いて調査 した.その結果 8 人 ( 6 7 %) が何 らかの 性 的虐待体 験 を報告 した. この結 果 を受 け, He r man&vande rKol k( 1 9 8 7 ) は, BPD と心的 外 傷 後 ス トレ ス 障 害 ( po s t ‑ t r auma t i c s t r e s s di s o r de r: 以下 PTSD と略す)とでは,感情の調 整,衝動 コン トロール,現実検討,対人関係, 自己の統合 といった各側面 におけ る障害が共通 す る点 を指摘 し,虐待体験 ( 特 に性的虐待)が BPD 形成の主要 な要 因であ るとした.
この見解 以降,心的外傷体験 と BPD との結 び
つ きを検討す る研究が増加 した.心的外傷体験
の カテ ゴ リー別 に BPD と他 の精神 疾 患 とで体
験 頻 度 を比 較 した研 究 結 果 を ま とめ た の が
Ta bl e lであ る.各研究 で比較 の対象 とされた群
の属性 が異 な るため結 果 の一般 化 はで きない
が,概 して どの心的外傷体験のカテ ゴ リーにお
いて も BPD 群 での体 験率 が 高 い. また,井 沢
( 1 9 9 9 ) は心的外傷体験 として身体 的虐待,両親
境界性 人格障害の形成に関す る生物‑心理社会的モデルの理論的検討 Tabl e 1 BPD 患者における心的外傷体験率
He r mane ta l . 半構造化面接 女性 BPD( 1 2 ) / 8 人 ( 6 7%) ( 1 9 8 6)
He r mane ta l . 半構造化面接 女性 BPD( 21 ) / 1 4 人 ( 6 7%) / 1 5 人 ( 71 %) / 1 3 人 ( 6 2%) / ‑ ( 1 9 8 9 ) 非 BPD 外来 ( 2 3 ) 6 人 ( 2 6%) 9 人 ( 3 9%) 7 人 ( 3 0%) She ar e re ta l . 半構造化面接 女性 BPD( 4 0) / 1 6 人 ( 4 0%) /
( 1 9 8 9)
ws t e ne ta l . ケー ス記録 の 思春期女性 BPD( 2 7 ) / 1 4 人 ( 5 2%) / ( 1 9 9 0 ) 評 定 非 BPD 思 春 期 女 性 4 人 ( 2 2%)
( 2 3 )
Ogat ae ta l . 半構造化面接 BPD 入院 ( 2 4 ) / 1 7 人 ( 71 %) / ( 1 9 9 0 ) 非 BPD 抑 う つ 入 院 4 人 ( 2 2%)
( 1 8 )
Byr ne ta l . 構造化面接 BPD 外来 ・入院 ( 1 5 ) / 1 3 人 ( 87 %) / ( 1 9 9 0 ) 分裂病患者 ( 1 4 ) 4 人 ( 2 9%) par i se ta l . 半構造化面接 女性 BPD( 7 8 ) / 5 5 人 ( 71 %) /
( 1 9 9 4 a) 非 BPD 女性 ( 7 2 ) 3 3 人 ( 4 6%) par i se ta l . 半構造化面接 男性 BPD( 61 ) / 2 4 人 ( 4 5%) / ( 1 9 9 4 b) 非 BPD 男性 ( 6 0) 1 5 人 ( 2 5%)
1 4 人 ( 51 %) / 6 人 ( 2 6%)
1 0 人 ( 3 7%) / 3 人 ( 1 3%)
1 0 人 ( 4 2%) / 4 人 ( 1 7%) / 6 人 ( 3 3%) 1 人 ( 6%)
5 人 ( 3 3 %) / 7 人 ( 4 6%) / 6 人 ( 4 0%) / 1 人 ( 7%) 6 人 ( 4 2%) 1 人 ( 7%) 5 7 人 ( 7 3%) / ‑
3 8 人 ( 5 3%) 4 0 人 ( 6 6%) / ‑ 3 5 人 ( 5 8%)
*l
BPD 群 ( 人数 )/対照帯 ( 人数)
*2