『山椒大夫』に関する臨床心理学的考察
波多江 洋 介
1. はじめに
本論文においては森鷗外(1938)による『山椒大夫』を登場人物の一人 である厨子王の外傷的な体験からの回復の物語であると捉え、客体水準で の理解と主体水準での理解を併用して考察を行う。客体水準での理解とは、
主人公以外の登場人物を主人公にとっての実在の他者とみなす方法である が、これに対して主体水準での理解では主人公以外の登場人物は主人公の 内的な世界の一側面として理解される(Kast,1986/1989)。したがって、
もしも主人公が物語の中で魔女に出会った場合、客体水準では主人公が外 的現実としての魔女に出会ったと理解される一方、主体水準では主人公が 主人公自身の内的な世界において魔女的な側面に出会ったと理解される。
2. 心理的な守りの弱さ
この物語の冒頭において母親と安寿と厨子王、そして、女中の4人が姉 弟の父に会うために旅をしている。物語を理解する際に、最初の場面で欠 けている人物に注目する必要があるとFranz(1975/1979)は指摘してい るが、この場面において家族の成員の中で欠けているのは父親であり、こ の家族に父性的な機能が欠如していることを示唆している。実際、4人は 山岡大夫という男に騙されてしまい、姉弟は母親からさらわれてしまうの だが、父性的な役割である外部の危険から家族の成員を守るという機能が 欠けているのだと考えられる。また、母親に関しても知らない土地を旅し
ているにも関わらず、家族が直面している危険性を敏感に察知することが できないのだが、こうした母親の在り様もまた家族の成員を守る力の不足 を示している。したがって、この家族の特徴として家族の成員を守る力の 弱さを指摘できるが、こうした家族のありようは主体水準では、主人公で ある厨子王自身の心理的な守りの弱さと理解できる。
3. 外傷的な体験による混乱
親からの分離は子どもにとっての外傷的な体験となりうるが(Martin, 1976)、母親と強制的に分離させられた厨子王が「奴頭の詞ことばが耳に入いらぬ」
状態となったり、「ただ目を睜みはって大夫を見ている」状態となったりした ことは、母親との分離が厨子王にとって外傷的な体験となり、内的な世界 が大きく混乱したことを示している。また、山椒大夫を見た時に「恐ろし いよりは不思議がって、じっとその顔を見ている」と、厨子王が自らの恐 怖心を理解できなくなったことからも、母親との分離による混乱の大きさ が推測される。さらに、厨子王は自分の名前を言えずに山椒大夫から「我わが 名なを萱わすれぐさ草」と名付けられるが、名前と自我同一性には密接な関係があると 考えられるため、こうした状態は厨子王の外傷的な体験による自我同一性 の混乱と理解できるだろう。
4. 心的外傷の攻撃性と共感性に対する影響
厨子王が連れていかれたところは山椒大夫が支配する石浦という場であ るが、山椒大夫の支配する場に登場する人物の特性を考察することは、主 体水準では厨子王の外傷後の心理的なありようを理解することにつなが る。そして、心理的な外傷を受けるとその影響は攻撃性を適切に表現する 能力や他者と親密な関係を持つ能力に現れることが指摘されているため
(Herman, 1992)、ここでは「攻撃性」と親密な関係を築くための土台と
なる「共感性」という2つの視点から考えたい。まず攻撃性であるが、山 椒大夫は攻撃性を有してはいるものの、そうした攻撃性は奴婢の犠牲の上 に自らの土地を管理するということに用いられているため、山椒大夫の攻 撃性は肯定的なものであると捉えることはできない。また、三郎の攻撃性 は迫害的と言えるようなものであり、山椒大夫同様に肯定的に用いられて いるとは言い難い。さらに、二郎は「邸やしきを見廻って、強い奴が弱い奴を虐しいた げたり、諍いさかいをしたり、盗ぬすみをしたりするのを取り締ま」る役割を担っており、
秩序を維持するという肯定的な攻撃性をある程度持っていたと言えるが、
石浦という奴婢を使役させるというシステム全体を変える力は持っておら ず、こうした肯定的な攻撃性は限定的なものであったと考えられる。
一方、共感性であるが、長男である太郎は「十六歳の時、逃亡を企てて 捕えられた奴やっこに、父が手ずから烙やき印いんをするのをじっと見ていて、一いち言ごんも物 を言わずに、ふいと家を出て行ゆ く え方が知れなくなった」とのことであるから、
他者に対する共感性は低くなかったと想像されるが、その太郎がこの場か ら出て行ってしまったことは、この場に共感的な人物が不在であることを 象徴している。また、ここでも不在の人物に注意してみると、家族成員の 中でこの場に不在なのは母親であり、このことは母性的な資質、つまり他 者を包み養う力を持った人物の欠如を示唆している。そして、共感性とは 母性的な資質の基礎となるものであるため、母親の不在もこの場の共感的 な人物の欠如を示唆しているのだろう。
さてそれでは、こうした在り様は主体水準ではどのように理解できるで あろうか。すでに述べたように、主体水準では登場人物は主人公の内面の ある側面を表すと考える。したがって、ここでの肯定的な攻撃性や共感性 を持った人物の欠如も厨子王自身の内面の特性であると捉えられ、厨子王 は母親との分離という外傷的な体験を受けて他者に対する攻撃性を肯定的 に用いることが困難となる一方、他者に対する共感性を失った状態である
と考えられる(図1)。
5. 運命を受け入れる覚悟と無意識的なエネルギーの取り込み
翌日の朝「霜が降って」おり、「ひどく寒かった」のは、姉弟の運命の 厳しさを表していると思われるが、2人は「運命の下もとに項うなじを屈かがめるより外 はないと、けなげにも相談」している。人は自分の運命を受け入れる時に
「自分の生をほんとうに変えることができる」(Kast,1984/1995)のであっ て、厳しい運命を受け入れる覚悟が、この後の厨子王の内的な変容を促し たに違いない。
また、この地において安寿と厨子王が命じられた仕事は潮汲みと芝刈り であったが、芝刈りも潮汲みも自然界の素材をエネルギーとして人間が活 用するための活動である。したがって、主体水準で理解するとこうした活 動は人が自らの無意識的なエネルギーを取り込むことを表していると考え られ、厨子王が心的外傷から回復して内的な世界を変容させるためには、
まず自らの無意識的なエネルギーの取り込みに従事する必要があるという ことを示している注1。
図1.外傷的な体験の後の厨子王の攻撃性と共感性の状態 ( は不在を示す)
太郎
二郎
三郎 山椒大夫
共感性
肯定的な攻撃性 否定的な攻撃性
6. 攻撃性・共感性の芽生えと自己治癒力の賦活
安寿と厨子王は印象的な夢を見る。そして、夢の中で姉弟は山椒大夫の ところに連れて行かれ、三郎が火箸を安寿の顔に当てようとした時に、厨 子王は三郎の「肘ひじに絡からみ附く」という攻撃的な行動を初めて取ることにな る。Jung(1916/1977)は夢を「無意識の告示者」であり、「(夢は)驚異 的な完璧さを以ってわれわれにわれわれ自身の内奥の秘密を語り告げる」
と述べて夢が夢見手の無意識の表れであることを指摘しているが、意識的 には自らが置かれている状況を的確に把握できていなかった厨子王も無意 識的にはその危険性を認識しており、結果的に自分を守るための肯定的な 攻撃性も芽生えたのだと考えられる。
その後、2人は三郎に火箸を額に当てられて傷つくものの、守本尊の「右 左にぬかず」くと、「額の痛いたみが、搔かき消すように失せ」て、「創きずは痕あともなく なった」とされている。こうした守本尊による治癒は人が本来持っている 自己治癒力の高まりを表していると捉えられるのだが、2人にこうした変 化が生じたのはなぜであろうか注2。その理由としては、まず、2人が「歯 をくいしばってもこらえられぬ額の痛」を感じたことが挙げられる。つま り、2人がこの時感じた痛みは、母親と強制的に分離させられたことに対 して無意識的に抱いていたものの実感として感じることはこれまで避けて きた感情であると考えられるが、Franz(1974/1981)が指摘するように、
人は「内奥の地獄に入りこみえたときだけ」に「彼を助けるものが内側か ら現れる」のであって、安寿と厨子王の2人も自らの傷つきと痛みを実感 を伴って受け入れ始めたことで自己治癒力が賦活したと考えられる。
しかしHerman(1992)が、心的外傷からの回復は「孤独な状態では決 して生じない。人間関係という文脈においてのみ回復が生じる」と述べて、
心理的な回復のためには対人的な交流が必要不可欠であることを指摘して いる通り、この物語においても2人の夢見に先立って姉弟と樵・小萩との
交流があったことの重要性は見逃せない。小説の中では樵・小萩は、姉弟 を援助してくれるやや共感的な人物として描かれているために、姉弟はこ の場面に至るまでに他者と深い情緒的な関係を持ったとは思われない。し かし、それにも関わらず自らの内面から宗教的な守りのイメージが出現し て奇跡的ともいえる癒しが生じるところにこの物語の魅力があると思われ るのだが、樵・小萩との情緒的な交流があってこそ安寿と厨子王の共感性 の芽生えが生じたのであろうし、そうした変化が結果的に自己治癒力の賦 活を促したのだと考えられる注3。
7. 共感性の高まり
守本尊に癒された体験を通して、安寿は「顔には引き締まったような表 情があって、眉の根には皺しわが寄り、目は遥はるかに遠い処を見詰めている」とい うことになったのだが、自らの深い内面に触れて自己治癒力に気づいたこ とが弟を脱出させる決断を促したに違いない。その後、安寿は「弟と同じ 所で為事がいたしとうございます」と申し出たところ、奴頭は安寿の申し 出を受け入れる代わりに安寿の髪の毛を切ることを求める。これに対して 厨子王は「胸を刺されるような」思いをする一方、意外にも「安寿の顔か らは喜の色が消えなかった」のだが、安寿にとっては自分が“女性”とな ることよりも厨子王の逃走を助けること、つまり、厨子王の母親的な役割 を取ることの方が重要であったのだろう。つまり、ここでの安寿は「犠牲 的な母親役」(河合,1982)を担っていると考えられるが、個人としての 自分より他者を優先する態度の背後には共感性の高まりがあったと推測さ れる注4。
8. 死と再生による回復
安寿は厨子王と別れた後、沼に入水したのだが、どうして安寿は死なね
ばならなかったのだろうか。まず、客体水準で考えると、追手につかまる ことに対する安寿の恐怖感が理由として挙げられる。実際、厨子王の「で もわたしがいなくなったら、あなたをひどい目に逢わせましょう」という 問いかけに対して、安寿は「それは意い地じめるかも知れないがね」と三郎に 迫害的な扱いをされる可能性を認めているが、三郎の性格を考えてもつか まった際に非常に厳しい取扱いを受けることは明白であり、そのような取 扱いを受けることに対する恐怖感に耐えかねて自死したというのが考えら れる理由の1つである。また、二郎や小萩を裏切ったことに対する罪悪感 があったのかもしれない。安寿の「わたくしは弟と同じところで為事がい たしとうございます」という申し出た際に、二郎は「まあ、二人の穉おさないも のが無事に冬を過ごして好かった」という声をかけており、二郎は2人に とってより共感的な存在に変化しつつあったが、そのような二郎を騙して 裏切ったことに対する罪悪感、また、これまで物質的も心理的にも援助し てくれた小萩を残して弟だけを脱出させることに対する罪悪感があったと も考えられる。
一方主体水準で考えると、安寿の死は死と再生による変容を示唆してい るとも考えられる。これまで見てきたように安寿の攻撃性や共感性はある 程度高まっていたものの、それは個人的な能力の範囲内であり、三郎など の迫害的な勢力から守るほどの力は持っていなかった。それに対して、そ の後出現する曇猛律師は厨子王を追ってきた三郎に対して寺の正当性を語 り、追手としての三郎を排除するほどの攻撃性を持つ一方で、厨子王と別 れる際に「父母の消息はきっと知れる」と励ますなど他者に対する共感性 も兼ね備えている。つまり、宗教的な力を背景とした個人のレベルを超え たより高い次元の攻撃性や共感性を体現した人物だと考えられるのだが、
こうした変化を主体水準で捉えるならば、安寿の死と曇猛律師の出現は厨 子王の内的世界において死と再生の変容が生じてより高い次元での攻撃性
や共感性が回復しつつあることを示している。Jung(1987/1992)は、「変 容が成就するためには犠牲が払わなければならない、ということである。
新しいものをかち取るために、古いものは少なくともその一部を見捨てな ければならない」と述べているが、ここでも安寿の死という犠牲があって こそ、曇猛律師で象徴されるより高い次元での攻撃性や共感性が出現し始 めたと捉えられる注5。
9. トリックスターの出現
山椒大夫の支配地を逃げ出した厨子王がたどり着いた場所が国分寺であ り、ここで厨子王が出会ったのが曇猛律師と鐘楼守である。すでに論じた ように曇猛律師は攻撃性と共感性の両資質を兼ね備えた人物であったが、
一方で鐘楼守はどのような存在であろうか。彼は三郎が押しかけてきた際 に「そのわっぱはな、わしが午ひる頃ごろ鐘楼から見ておると、築つい泥じの外を通って 南へ急いだ」と三郎を騙し、騙された三郎を見て「大声で笑った」のだが、
河合(1987)がトリックスターの特徴として挙げている“いたずらもの”“策 略にとんでいる”といった要素を持っていることが窺える。そして、この トリックスターの役割としてKalsched (1996/2005)は、「象徴的なかたち では、以前に断片化されたものを全体にまとめる」や「パラドックスの両 側を仲介すること」ことを指摘しているが、ここでの鐘楼守もトリックス ターの「全体をまとめる」役割や「両側を仲介する」役割を果たしている と思われる。つまり、攻撃性という視点から見ると、これまで肯定的な攻 撃性や否定的な攻撃性の一方の資質のみを持った人物は存在したものの、
その両者を兼ね備える人物は存在しなかったのに対して、鐘楼守は国分寺 の中の人物として厨子王を保護するという肯定的な攻撃性を持っている一 方で、「山椒大夫に見まがうような親おや爺じ」と否定的な要素も兼ね備えており、
主体水準からみるとこうした両要素を統合した人物の出現は心的外傷に
よって分裂してしまった心の統合を示唆していると考えられる(図2)。
10. 攻撃性と共感性の回復
清水寺にて厨子王は、関白師実に尋ねられて、自分の歴史を語る。Kast
(1986/1989)は、主人公が「もう一度誰かの前で、自分の話を披露し、そ れによって、もう一度自分自身に何が起こったかを明らかにすることが重 要である」と意味深い体験をした者がその体験を他者に語ることの重要性 を指摘しているが、ここでの厨子王も自分が体験したことを老人に語るこ とによって自らの体験したことを実感して自我同一性を支える物語として 再編成したのであろう。実際、厨子王はその後に「元服して正まさ道みち」と名を 変えるが、このことは死と再生による新しい自我同一性の獲得を示唆して いる。
それでは、元服した正道(厨子王)がどのように変化したのか、ここで も攻撃性と共感性の観点から考察したい。まず、攻撃性であるが、厨子王 は丹後の国守となった後に、「人の売うり買かいを禁じ」て、山椒大夫も「悉ことごとく奴 婢を解放」している。その結果、山椒大夫の「一族はいよいよ富み栄えた」
図2.厨子王の攻撃性と共感性の変化
安寿 樵・小萩
安寿
曇猛律師
二郎 二郎
山椒大夫 鐘楼守 山椒大夫 鐘楼守
共感性
変化
トリックスターとして肯定と否定を仲介 変化
変化
死と再生による変化
肯定的な攻撃性 否定的な攻撃性
のだが、主体水準から理解すれば、このような変化は新しい内的な秩序を 確立する力を回復したという意味で正道(厨子王)の肯定的な攻撃性の回 復を示唆していると捉えられる注6。
一方、正道(厨子王)は父の死を知って「身の窶やつれるほど歎いた」り、
佐渡において盲目の女を見て「ひどく哀れ」に思ったりするなど他者に対 する感情を切実に抱くようになる。また、盲目の女が母であると気づいた 時には「臓ぞう腑ふが煮え返るようになって、獣めいた叫が口から出ようとする のを、歯を食いしばってこらえた」のだが、ここには共感性の高まりに伴っ て生じる自らの激しい感情となんとか折り合いをつけようとする正道(厨 子王)の姿勢が窺える。そして、最後の場面において、正道(厨子王)が 守本尊を母の額に押し当てた結果、母の目が開いたことは印象的である。
すでに、守本尊は姉弟の夢の中に出現した時と師実の養女が拝んだ時にそ の治癒力を発揮しているが、この場面では、正道(厨子王)が守本尊を「右 の手に」「捧ささげ持って」「(母の)額に押し当てて」いる。つまり、結果的 に癒しが生じたのではなく明確な目的を持って自らの治癒力を使っている が、こうした変化からは正道(厨子王)の自己治癒力のさらなる回復、あ るいは、内在化が窺えるであろし、そうした変化の背後には共感性の回復 が推測されるであろう。