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雑誌名 国立民族学博物館研究報告

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トーゴ北部諸族の技術誌をめぐる諸問題 : パレオ ニグリティックを中心に

著者 和田 正平

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 13

号 3

ページ 583‑614

発行年 1989‑01‑27

URL http://doi.org/10.15021/00004318

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和田 トー ゴ北部諸族 の技術 誌をめ ぐる諸問題

トー ゴ北 部 諸 族 の技 術 誌 を め ぐ る諸 問 題

パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク を 中 心 に

平*

Some Problems of Ethnotechnology among "Montagnards paleonigritiques" in Northern Togo

Shohei WADA

People classified as "montagnards paleonigritiques" inhabit the central area of the Atakora mountains : the Tamberma, the Kabre, the Naudemba, the Lamba, and others.

J.-C. Froelich describes their cultural features, as follows:

intensive agriculture, segmental organization, iron smelting, habitation, nakedness, and others. His definition of "monta- gnards" and "paleonigritiques" is not clear. But the existence of a third cultural zone of the mountain dwellers between the Guinea forest culture and the Sudan savannah culture can be accepted.

As mentioned by J.-C. Froelich, there are common cultural traits which exist among the people in the Atakora mountains, the Jos Plateau, the Mandara mountains, and the Nuba Hills.

Although a common genealogical origin of these peoples cannot be proved, the origin of the African negro culture can be ap- proached by examining the cultural features of the "montagnards paleonigritiques" from the perspective of technology. In this paper the author proposes an approach toward an analysis of the core of African negro culture, based on field research in Northern Togo from 1978 to 1979.

*国 立 民 族 学 博 物館 第3研 究 部

 本 稿 は,昭 和60年 度,61年 度,62年 度 にわ た って行 われ た 国 立民 族 学 博 物 館 の共 同研 究 「ア フ リカ諸 民 族 の技 術誌 の 整理 と分 析 」(代 表 者 ・和 田正 平)の 成 果 の一 部 で あ る 。 な お,本 研究 に か か わ る海 外学 術 調 査 に 関 して は文 末 の付 記 を 参 照 され た い。

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国立民族学博物 館研究報告  13巻3号

1.は じめ に

2.パ レオ ニ グ リテ ィ ックの 文 化 と民 族 の 構

1.文 化 特 性 2.山 地 型 の文 化 3.第3の 文 化

3.パ レオ ニ グ リテ ィ ックの 文 化特 性 1.集 約 的農 耕

2.分 節 組 織 3.裸 体 性 4.鍛 冶 師

5.そ の 他 の文 化 特 性 4.北 部 トー ゴ の文 化 特 性

1.平 地 民 の技 術 誌 2.山 地 民 の技 術 誌

1.は

  トー ゴ 国 を 南 部 と 北 部 に 地 理 的 区 分 す る の は,ギ ニ ァ 湾 に 面 す る 西 ア フ リ カ 諸 国 の す べ て に 共 通 す る 地 域 特 性 に 基 づ い て い る 。 湿 潤 な ギ ニ ア 湾 か ら 乾 燥 した サ ハ ラ に 向 って 段 階 的 に 推 移 す る 西 ア フ リ カ の 気 候 帯 は,通 常,南 部 の 赤 道 型 気 候 と 北 部 の ス ー ダ ン型 気 候 と の 対 比 と して 把 握 さ れ る。 そ の 気 候 区 分 に 応 じて 植 生 も ま た,G.  P.マ ー ド ッ ク が 概 略 的 に 示 して い る よ う に

,南 部 の 熱 帯 あ る い は 亜 熱 帯 雨 林 に 対 し,北 の サ バ ン ナ が 基 本 的 な 景 観 に な り,生 態 学 的 な 構 図 に な る[MuRDocK  1959]。

  だ が,こ の 気 候 的 植 生 帯 の 推 移 は,ト ー ゴ と ベ ニ ン で そ の 秩 序 が 乱 れ て い る。 ス ー ダ ン 型 気 候 の 影 響 が 海 岸 に ま で 及 ん で い る た め で,約2000マ イ ル の ギ ニ ア 湾 の 海 岸 部 が こ こ で は 森 林 で お お わ れ ず に サ バ ン ナ に な っ て い る 。P.メ ル シ ェ は こ の 東 の 中 央 ア フ リカ 森 林 部 と 西 の ギ ニ ア 森 林 部 を 切 り 離 し て い る サ バ ン ナ を 「ベ ニ ン 分 離 帯 」 (1a trou6e  du  B6nin)と 呼 ん で,緯 度 的 に 推 移 す る 西 ア フ リカ の 植 生 帯 を 海 岸 部 か ら ベ ニ ン(b6ninienne),バ ウ レ(baou16enne),ス ー ダ ン(Soudanienne),サ ヘ ル (Sah61ienne)と 区 分 した[MERdlER  1954]。 「ベ ニ ン分 離 帯 」 を 重 視 した か らで あ る 。 す な わ ち,「 ベ ニ ン分 離 帯 」 と い う 環 境 が 内 陸 と 海 岸 の 関 係,及 び 両 地 域 の 民 族 分 布 に 重 大 な 影 響 を 及 ぼ し,強 大 な ダ ホ メ 王 国 の 出 現 を も た ら し た と み て い る 。   「ベ ニ ン 分 離 帯 」 が な ぜ 形 成 さ れ た か,自 然 科 学 的 な 説 明 は 困 難 で あ る が,.同 緯 度

の 海 岸 部 よ り も 雨 量 が 少 な く,山 地 を 背 後 に し た 首 都 ロ メ で は,ス ー ダ ン ・サ バ ン ナ と 同 じ く ら い の500〜750ミ リ と い う 低 い雨 量 を 記 録 す る。 雨 林 の 形 成 が み ら れ な い か わ り に,ア ブ ラ ヤ シ が 植 え ら れ,特 徴 の な い叢 林 に バ オ バ ブ の よ うな サ バ ン ナ の 樹 木 が 出 現 す る 。 住 民 は 内 陸 か ら 海 岸 に 向 っ て 触 手 の よ う に突 き 出 した サ バ ン ナ の 生 態 に 適 応 し て 穀 類 も栽 培 す る 。 こ う した 植 生 に 対 応 す る 栽 培 植 物 の 分 布 は,モ ル ガ ン と ピ ユ の 西 ア フ リ カ 研 究 に よ っ て 明 示 さ れ,「 ベ ニ ン分 離 帯 」 は 穀 作,根 栽 混 合 地 帯 に 位

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和 田  トー ゴ北部諸族 の技術誌を め ぐる諸問題

図1 ベ ニ ン 分 離 帯(Savane  Beninienne)[MERclER  1954]に よ る

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国立民族学博物館研究報告  13巻3号 置 づ け ら れ た 。[MoRGAN&PuGH  l964]。

  し か しな が ら,「 ベ ニ ン分 離 帯 」 は 地 理 的 に は 明 らか に 南 部 に 所 属 す る。 栽 培 作 物 が 北 部 の ミ レ ッ ト(Burlush  millet),ソ ル ガ ム(Guinea  corn),フ ォ ニ オ(Fonio) 等 の 穀 作 と 南 部 の マ ニ オ ク(Manioc),ヤ ム イ モ(Yam),タ ロ イ モ(Taro)等 の 根 栽 類 の 作 付 と対 比 さ れ た と き,「 ベ ニ ン 分 離 帯 」 は 穀 作 よ り は む し ろ イ モ 類 の 栽 培 が 主 流 に な る 。

  1968年,乾 燥 サ バ ン ナ か ら 湿 潤 な 雨 林 へ 移 行 す る 植 生 の 変 化 を 観 察 し た 中尾 佐 助 氏 は,栽 培 植 物 の 分 布 と そ れ に対 応 す る農 耕 技 術 の 変 化 に 注 目 し,西 ア フ リ カ の 農 業 シ ス テ ム が 北 部 の 「ス ー ダ ン農 耕 文 化 」(Sudan  Complex)と 南 部 の 「ギ ニ ア 農 耕 文 化 」 (Guinean  Complex)の2つ に 区 分 で き る と い う か な り 明 快 な 結 論 を 提 示 した[中 1969]。 か れ の 所 説 の 中 で は 「ベ ニ ン分 離 帯 」 の 存 在 は言 及 さ れ て い な い が,と うぜ ん 「ギ ニ ア農 耕 文 化 」 に 包 摂 さ れ る も の で あ る 。 西 ア フ リカ を 南 ・北 に2大 区 分 す れ ば そ の 通 り で あ る が,し か し,「 ベ ニ ン分 離 帯 」 は 「ギ ニ ア 農 耕 文 化 」 の 中 に 一 括 し て 扱 え な い 文 化 的 な 意 味 あ い を も っ て い る 。K.ポ ラ ン ニ ー に よ る と,穀 作 が で き る

「ベ ニ ン分 離 帯 」 で は,余 剰 食 料 の 生 産 が 可 能 に な り,特 別,資 源 の な い ダ ホ メ 王 国 で も,人 口 を 増 大 さ せ,奴 隷 貿 易 に 着 手 で き た と い う[ポ ラ ンニ ー   1975]。 そ れ は 北 部 住 民 に は 重 大 な 恐 怖 の 出 現 に な り,後 に 詳 述 す る パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク 山 地 民 を よ り防 禦 的 に 山 奥 に 潜 入 さ せ る 大 き な 圧 力 に な っ た 。 文 化 的 に は,ダ ホ メ 王 国 は 「ギ ニ ア 農 耕 文 化 」 に 咲 い た あ だ 花 で あ り,ベ ニ ン,オ ヨ,ア シ ャ ン テ ィ等 の 森 林 王 国 等 が う っ そ う と 茂 っ た 雨 林 に よ っ て 海 岸 か ら独 立 を 維 持 して い た の に,分 離 帯 に興 っ た こ の 国 は,奴 隷 貿 易 港 と 直 接 結 び つ く こ と に な っ た 。

  す な わ ち,15世 紀 以 降,外 交 と交 易 を 通 し て ヨ ー ロ ッパ 人 と の 接 触 が は じ ま っ た ギ ニ ア 湾 岸 部 で は,煉 瓦 工,石 工,大 工,鍛 冶 師 等 を 含 む ヨ ー ロ ッパ 人 の 上 陸 に よ っ て, 社 会 的 に 有 益 な 知 識 や 技 術 が も た ら さ れ た 。 しか し,や が て,薪 大 陸 で 砂 糖 と タ バ コ

に よ る プ ラ ン テ ー シ ョ ン が 発 達 す る と,多 大 の 労 働 力 の 供 給 が 要 求 さ れ,「 ベ ニ ン分 離 帯 」 は 奴 隷 海 岸 の 異 名 を と る ほ ど 西 ア フ リ カ の 一 大 奴 隷 供 給 地 に か わ っ て い っ た の で あ る。 当 時,ギ ニ ア 湾 岸 で は,金 属 加 工 法(失 蝋 法),象 牙 細 工,ラ フ ィ ア 細 工, 土 器 製 作 等 の 伝 統 技 術 は 頂 点 に 達 し て い た が,銃,火 薬,銅,金 物,絹 織 物,ガ ラ ス 玉,ビ ー ズ 等 が 奴 隷 と の 交 換 で 輸 入 さ れ,伝 統 的 な 文 化 項 目 に イ ン ドや ヨ ー ロ ッパ 等 の 新 し い 文 化 要 素 が 導 入 さ れ て い っ た 。 こ れ に 対 し,内 陸 奥 地 の 西 ス ー ダ ンで は,ガ ー ナ,マ リ,ソ ン ガ イ の 黒 人 諸 国 家 が 興 亡 した 後,15世 紀 以 降,サ バ ン ナ に は ハ ウ サ, グ ル マ,フ ル ベ,モ シ,バ リバ 等 の イ ス ラ ム 化 し た 小 国 家 群 が 形 成 さ れ た 。 壮 大 な モ

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和田  トーゴ北部諸族の技術誌をめ ぐる諸問題

ス ク の 建 設,イ ス ラ ム 王 権 の 樹 立,騎 馬 戦 士 の 養 成,イ ス ラ ム 服 の 着 用,皮 革 加 工, 織 物 と 染 色 の 発 達 等 々,イ ス ラ ム 化 し た ス ー ダ ン国 家 の 文 化 が 普 及 し,し だ い に 南 部

の森 林 部 へ 拡 大 し て い っ た 。

  こ う した 南 部 ギ ニ ア森 林 部 と 北 部 サ バ ン ナ 帯 の 文 化 的 対 比 は,す で に1924年,M.

ハ ー ス コ ヴ ィ ッ ツ の ア フ リ カ文 化 領 域 論 に よ って 「ギ ニ ア 文 化 領 域 」 と 「ス ー ダ ン 文 化 領 域 」 と し て 設 定 され て い た[HERsKovlTs  l924]。 問 題 は そ こ で 取 り 上 げ ら れ な か っ た 「ベ ニ ン 分 離 帯 」 と 「ダ ホ メ 王 国 」 を 文 化 的 に ど の よ う に 位 置 づ け る か に あ る 。 南 部 諸 族 と 北 部 諸 族,ギ ニ ア 農 耕 と ス ー ダ ン農 耕,森 林 と サ バ ン ナ と い っ た 顕 著 な 対 照 性 を 前 提 に,「 ベ ニ ン 分 離 帯 」 を 独 立 し た 歴 史 舞 台 と して 評 価 し,ダ ホ メ 王 国 の 北 部 諸 族 に あ た え た 影 響 を 検 討 しな け れ ば な ら な い 。 ダ ホ メ 王 国 は 集 権 的 な 政 治 組 織 の 中 に奴 隷 狩 団 を 編 成 し,サ バ ンナ 北 部 地 方 へ 侵 攻 した 。 弱 小 部 族 は 難 を の が れ 山 岳 地 帯 に逼 塞 し,対 外 的 な 接 触 を 断 っ た 。 こ う した 避 難 民 た ち は,南 北 二 大 対 比 論 の 中 で は 北 部 諸 族 に 包 摂 さ れ る 。 が,し か し,山 岳 地 に か くれ,閉 鎖 的 な 社 会 を 構 成 し た の で 開 放 的 な サ バ ン ナ に 住 む 平 地 民 と は 異 な る 特 殊 な 文 化 形 態 を 維 持 し た 可 能 性 が 強 い 。

  フ ラ ン ス の 民 族 学 者J.・c.フ レ ー リ ッ ヒ は,ト ー ゴ,カ メ ル ー ン等 の 現 地 調 査 か ら, 山 地 に 潜 入 し た 弱 小 諸 族 の 文 化 に ア ル カ イ ッ ク の 性 格 を み た 。 か れ ら は ど ち らか と い え ば,北 部 諸 族 に 言 及 さ れ る が,平 地 サ バ ン ナ に は 住 ま な い 山 地 民 で あ る 。 トー ゴ で は 北 緯10度 線 を は さ ん で 隆 起 して い る ア タ コ ラ連 山 の 中 に居 住 し て い る 。 大 規 模 な 造 化 の 戯 れ の せ い か,西 ア フ リ カ で は 海 抜 高 度 の 高 い ナ イ ジ ェ リア の ジ ョス 高 原(Jos), カ メ ル ー ン の マ ンダ ラ山 地(Mandara),ス ー ダ ン の ヌ バ 丘 陵(Nuba)等 は す べ て ア タ コ ラ 山 脈 と ほ ぼ 同 緯 度 の 位 置 に 並 ん で お り,同 様 に 避 難 民 の 隠 れ 家 に な っ て い る 。 避 難 民 が 発 生 し た 歴 史 状 況 は,か な ら ず し も 一 致 し て い る わ け で は な い が,こ れ ら の 山 岳 や 丘 陵 地 帯 に は ア タ コ ラ 山 脈 と 相 重 な る い くつ か の 重 要 な 文 化 特 性 が 看 取 さ れ る 。   ア タ コ ラ 山 脈 で は,い つ も の 弱 小 部 族 が 統 合 さ れ る こ と も な く散 村 形 態 で 分 布 して お り,社 会 組 織 は 未 発 達 で,も っ と も 重 要 な 単 位 は 家 族 で あ り,政 治 首 長 の在 存 は 認 め ら れ な い 。 だ が,農 耕 技 術 は 巧 智 で 集 約 的 な 農 耕 を 営 ん で い る 。 た だ,不 思 議 な こ と に 裸 体 か 素 朴 な 揮 で 生 活 し て い て,衣 文 化 と し て は 原 始 生 活 を 想 起 させ る。 フ レ ー リ ッ ヒ は こ う し た 南 部 ギ ニ ア,北 部 ス ー ダ ンの ど ち ら に も属 さ な い ア タ コ ラ 山 地 の 文 化 を パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク1}と 呼 ん で 「第3の 文 化 」 と設 定 し た[FRoELIcH  1964]。

1)フ ラ ンス 語 のパ レオニ グ リテ ィ ック(pal60nigritiques)は,通 常 は形容 詞で あ るが,バ ウマ   ンは,民 族 学 の 専 門用 語 と して 名詞 的 に も用 いて い る。 フ レー リ ッヒ もま た,こ の 用語 法 を そ   の ま ま踏 襲 した と考え られ る 。

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国立民族学博物 館研究報 告  13巻3号 ギ ニ ア湾 に面 す る国 々で,ト ーゴ と同 じよ う に北 緯10度 線 に大 き く隆 起 した 標 高 差 の あ る地 形 を もつ 国 々で は,ア タ コ ラ山 地 と 同様 に 「第3の 文 化」 の存在 が 認 め られ る。

そ の文 化 的 共 通 性 は 単 に避 難 民 に よ る山地 適 応 の結 果 と考 え て は解 明 で きな い 面 が あ り,起 源 的 に古 さが 感 じられ,ア ル カ イ ッ クな 面 で のか か わ りあ いを 予 想 させ る部 分 が あ る。 パ レオ ニ グ リテ ィ ック とい う発 想 も そ こか ら生 ま れ た 。 つ ま り,パ レオ ニ グ リテ ィ ックの 概念 は 時間 的 に も空 間 的 に もア フ リカ全 体 に広 が って い る。 そ こで,具 体 的 にア タ コ ラ山地 のパ レオ ニ グ リテ ィ ックを 問 題 にす る前 に,こ の概 念 と 用語 に関

して全 体 的 な検 討 を して お く必 要 が あ る。

2.パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク の 文 化 と 民 族 の 構 成

1.文

  ま ず,「 パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク」 と は,今 世 紀 初 頭,ド イ ッ 民 族 学 に お い て 初 め て 使 用 さ れ た 用 語 で あ る 。 言 葉 は 文 字 通 り,古 代 ニ グ ロ 人 種 を さ し て 西 ス ー ダ ン 地 方 の も っ と も 古 い 文 化 形 態 を 暗 示 し て い る が,用 語 に専 門 的 な 意 味 を あ た え た の は,H.バ ウ マ ン(1902‑72)で あ る 。

  ア フ リ カ 大 陸 を フ ィ ー ル ド に 歴 史 民 族 学 を 構 築 し よ う と し た バ ウマ ン も,最 初 は, 単 に 西 ス ー ダ ン で 製 作 さ れ た 素 朴 な 装 身 具,楽 器,飾 り ひ ょ う た ん 等 に 注 目 して,ア フ リ カ の 古 代 的 文 化 要 素 の 発 見 に つ と め た が,よ き僚 友,D.ヴ ェ ス テ ル マ ン と の 共 同 研 究 を 通 して,よ り 広 範 な 文 化 項 目 を 掲 げ て,パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク 文 化 論 を 展 開 す る こ と が 可 能 に な っ た 。 こ れ ら2人 の ドイ ッ 人 学 者 は,現 存 す る 西 ス ー ダ ン諸 族 の 中 に 古 代 ア フ リ カ の 文 化 要 素 の 一 部 が ほ と ん ど そ の ま ま 保 持 さ れ て い る と い う 点 で 見 解 が 一 致 して い た 。 そ し て,そ う し た パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク の 文 化 を も っ た 諸 族 は, セ ネ ガ ル か ら コ ル ドブ ア ン(ス ー ダ ン)ま で の サ バ ン ナ の 近 づ き が た い 山 岳 地 帯 に 分 布 し て い る と想 定 さ れ た 。

  パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク の 文 化 特 性 と は,     a)共 有 の 意 識,共 同 生 活

    b)  祖 先 儀 礼

    c)集 約 的 農 耕,男 性 労 働

    d)  裸 体,ふ ん ど し,皮 片 や 葉 茎 の 陰 部 覆 い     e)割 礼 な し,抜 歯,傷 痕 の 慣 習

    f)  円形 住 居,円 錐 屋 根,板 の 寝 台

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49. BABUR 50. TERA 51. LONGUDA 52. HONA 53. WAJA 54. TANGALE 55. TCHAM

GROUPE NORD-CAMEROUN 56. BATA

57. TCHAMBA 58. DAKA 59. HIGI 60. MARGI 61. DOAYO 62. VOKO

63. MATAKAM 64. KAPSIKI 65. MOFOU 66. DABA 67. HINA 68. GUIDAR 69. FALI

70. DAMA 71. DOUROU

GROUPE TCHAD

72. KANGA 73. DIONGOR 74. DANGALÉAT 75. BIDIO

GROUPE KORDOFAN 76. NYIMANG 77. MIRI 78. KOALIB 79. HEIBAN 80. LOTORO

ヴ ェス テル マ ンに よるパ レオニ グ リテ ィック 文化 の影響 範囲

パ レオニ グ リテ ィック文化領 域 山地 民潜 入地

GROUPE FOUTA-DJALON 1 . CONIAGUI 2 . BASSARI

3. DOGON 4. TOUSSIAN 5. SAMO 6. TOURKA 7. DOROSIÉ 8. KOMONO 9. GOUIN

GROUPE VOLTAIQUE

10. SENOUFO 11. KIÈFO 12. BIRIFOR 13. LOBI 14. LORO 15. KOUROUMBA 16. GOUROUNSI

17. KASSENA 18. SISSALA 19. DAGARI 20. WALA 21. MOBA 22. LAMBA 23. KONKOM BA

24. BERBA 25. NANUMBA 26. SOMBA 27. NAOUDÉBA 28. KABRÉ 29. AKÉBOU

GROUPE NIGERIEN 30. KAMBÉRA

31. KANUKU 32. GWARI 33. KAJE 34. KATAB 35. IRIGWE 36. KAGORO

37. BUTA 38. MAGUZA 39. WARJA 40. RUKUBA 41. BIROM 42. JARA 43. BARON

44. ANGAS 45. AFO 46. GWANDARA 47. SURA 48. ANKWE

[FRoELIcH1968]よ

図2    パ レオ ニ グテ ィ ック文 化 領 域

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和田  トーゴ北部諸族 の技術誌を めぐる諸問題

    g)杭 の 上 に建 て られ た 穀 倉

    h)鍛 冶 師 へ の威 怖,鉄 製 品 の儀 礼 的 役 割,ふ い ごの 木 製 送 風 管,土 製高 炉     i)  簡 単 な 弓,鉄 製 鏃,護 身 用杖

    」)社 会 組 織:長 老 が土 地 を宗 教 的 に支 配 す る,土 地儀 礼,集 団 の トーテ ミズ ム,         人 間一 動 物 関係

    k)天 空 の神 の祭 り よ り も祖 先 の 祭 りの ほ うが 重 要 で あ る こ と

    1)天 空 に関 す る神 話 に乏 しい。人 類 最 初 の 人 間 は,助 言 者 で あ り,偉 大 な祖 先         で も あ る。 この 最 初 の 人 間 は,岩 壁 か らか,沼 沢 か らか,洞 窟 か らも 出 て き         た 。 か れ は祖 先 の 生 ま れ か わ りで あ る。

  m)  雨乞 師 の 存在,地 神 に対 す る黒 色 動 物 の犠 牲,聖 な る木,男 根 の 祭 壇,死 者         の 再 生 と結 び つ い た祖 先 祭 祀

    n)死 の起 源 に 関 す る神 話     o)貧 しい芸 術 性

の15項 目で あ る。

  以 上 は,す べ てバ ウマ ンの 研 究 に原 拠 して フ レ ー リ ッヒが列 挙 したパ レオ ニ グ リテ ィ ック の文 化 特 性 で あ る。 言 語 特 性 が あ げ られ て い な い の は,現 在 のパ レオ ニ グ リテ ィ ッ クに は明 瞭 な 言 語 的 共 通 性 が 発 見 で きな か った か らで あ ろ う。

  民 族 移 動 に と もな い,そ れ まで 使 用 して い た言 語 が勢 力 を失 い,完 全 に他 の言 語 に 入 れ 替 わ る例 は珍 しい こ とで はな い。 現 在,パ レオ ニ グ リテ ィ ック と呼 ば れ る諸 族 は, 言 語 的 に は ニ ジ ェ ール ・コ ンゴ語 族 の1)大 西 洋 岸 諸 語2)グ ル諸 語(ヴ ォル タ諸 語) 3)ベ ヌ エ ・コ ンゴ諸 語,ア フ ロ ・ア ジ ア語 族 の4)チ ャ ド諸 語,コ ル ドフ ァ ン語 族 の5)

コア リブ諸 語,に 分 類 され て い る。パ レオ ニ グ リテ ィ ック と して の言 語 は な く,祖 語 を想 定 す る こ と も困 難 で あ る。 だ が,主 と して 西 ア フ リカ に 分布 す る諸 語 を ス ー ダ ン 諸 語 と して 名付 け たヴ ェス テ ル マ ンは,パ レオ ニ グ リテ ィ ッ ク文 化 の影 響 範 囲 を ス ー ダ ン ・ベ ル トに沿 って か な り大 巾 に想 定 して い る(図2参 照)。 上 記 の15文 化 項 目 に し て も熱 帯 に居住 す るニ グ ロイ ドに広 い範 囲 に適 応で きる 内容 に な っ て い る。 これ は, パ レオ ニ グ リテ ィ ックが言 語 と して は 消滅 した け れ ど,文 化 は広 範 囲 に わ た っ て大 き な 影響 を 残 した こ とを 意 味 して い る。 も しア フ リカ に お け る ニ グ ロ イ ドの起 源 が 明 ら か に され た な らば,現 存 す るア フ リヵ諸 族 の文 化 か らパ レオ ニ グ リテ ィ ッ クの文 化 項

目を 確 認 す る こ と も可 能 に な るだ ろ う。

  しか しな が ら,考 古 学 的発 見 を の ぞ い てア フ リカ文 化 の 古 代 要 素 は解 明 され ず,ほ とん ど未 知 の ま ま残 さ れ て い る。 バ ウマ ンやヴ ェス テ ル マ ンが 掲 げ たパ レオ ニ グ リテ

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国立民族学博物 館研究 報告  ユ3巻3号 イ ッ クの15の 文 化 項 目 も民 族 文 化史 的 な推 論 に す ぎな い。 だ が,そ れ に もか か わ らず, パ レオ ニ グ リテ ィ ック文 化 の 存在 は民族 誌 的 に根 拠 のな い空 理 空 論 で はな い。 部 族 社 会 を対 象 に した構 造 一 機 能 分析 が 民 族 学研 究 の主 流 にな った1950年 代,フ レ ー リ ッヒ は逆 に不 当 に軽 視 され た 文 化 圏説,文 化 領 域 論 に学 問 的意 義 を あた え る フ ィ ール ド ・ ワー クの成 果 を 発 表 した。

2.  山 地 型 の 文 化

  フ レ ー リ ッ ヒ に よ る と,パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク と は 基 本 的 に 山 地 民 で あ り,避 難 民 と して の 性 格 を も っ て い る。 弱 小 部 族 が 潜 入 し た 地 域 と して は,

    1)  セ ネ ガ ル 東 南 か ら 国 境 を 越 え て ギ ニ ア 北 部 に ま た が る タ ン ゲ(Tamgue)山     2)  マ リ,バ ン デ ィ ア ガ ラ(Bandiagara)断

    3)  ブ ル キ ナ ・フ ァ ソ 南 部 か ら 国 境 を 越 え,ガ ー ナ の 北 端 部 及 び 北 西 部 に つ ら な         り,そ して コ ー ト ・ ジ ボ ア ー ル へ 続 く広 い 丘 陵 地

    4)  ベ ニ ンか ら トー ゴ を 南 西 に は し り,ガ ー ナ に い た る ア タ コ ラ(Atakora)山     5)  ナ イ ジ ェ リア 中 部,ジ ョス(Jos)高

    6)  ナ イ ジ ェ リア 東 部 の ゴ テ ル(Gotel)山 地 と シ エ ブ シ(Shebshi)山 地 か ら カ メ         ル ー ン北 部 の マ ンダ ラ(Mandara)山 地 ま で

    7)  チ ャ ドの 中 南 部,ゲ ラ(Guera)山

    8)  ス ー ダ ン,コ ル ド フ ァ ン地 方 の ヌ バ(Nuba)山 等 が あ げ られ て い る 。

  フ レ ー リ ッ ヒに した が う と,こ れ ら の 諸 地 域 は 現 在,何 ら か の 意 味 で,パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク の 存 在 に 関 連 す る文 化 領 域 で あ り,系 統 別 に民 族 構 成 を 示 す とつ ぎ の 通 り で あ る 。

 1.  テ ンダ ・グ ル ー プ(Groupe  tenda)

    1)  セ ネ ガ ル,ギ ニ ア:バ ッ サ リ(Bassari),コ ニ ア グ ィ((】oniagui) 2・  ヴ ォ ル タ ・グ ル ー フ゜(Groupe  voltaique)

    1)  マ リ:ド ゴ ン(Dogon)

2)  ブ ル キ ナ ・フ ァ ソ:グ ル ン シ(Grunshi),カ セ ナ(Kass6na),キ エ ホ(Kiさfo) 3)  ガ ー ナ:ダ ガ リ(Dagari),シ ッ サ ラ(Sissala),ト ゥル カ(Turka)

4)  コ ー ト ・ジ ボ ア ー ル:ロ ビ(1・obi),ロ ロ(Loro),ビ リフ ォ ー ル(Biri for),         ト ウ シ ア ン(Toussian),サ モ(Samo),ド ロ シ エ(Dorosi6),コ モ ノ(Ko‑

       mono),グ イ ン(Gouin),セ ヌ フ オ(S6noufo)

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和 田   トーゴ北部諸族の技術誌をめ ぐる諸問題

  5)  ベ ニ ン:ソ ン バ(Somba),ナ ヌ ム バ(Nanumba)

6)  ト ー ゴ:カ ブ レ(Kabr壱),モ バ(Moba),タ ン ベ ル マ(Tambcrma),ラ ン       バ(Lamba),ナ ウ デ ン バ(Naoud6mba)

3.  ナ イ ジ ェ リ ア 。 グ ル ー プ(Groupe  nig6rian)

  1)  ナ イ ジ ェ リ ア 中 部:ビ ロ ム(Birom),バ ロ ン(Baron),ル ク バ(Rukuba),       ジ ャ ラ(Jara),ア ン ガ ス(Angas),ワ ル ジ ャ(warja),ブ タ(Buta),マ       グ ザ(Maguza),カ タ ブ(Katab),イ リ グ ウ ェ(Irigwe),カ ゴ ロ(Kagoro),       ア フ ォ(Afb),グ ワ ン ダ ラ(Gwandara),ス ラ(Sura),ア ン ク ウ ェ(Ankwe)   2)  ナ イ ジ ェ リ ア 中 西 部:カ ン ベ ラ(Kamb6ra),  カ ヌ ク(Kanuku),  グ ワ リ       (Gwari),カ ジ ェ(Kaje)

4.  北 カ メ ル ー ン ・ グ ル ー プ(Groupe  nord  cameroun)

  1)  ナ イ ジ ェ リ ア 東 部:テ ラ(Tera),バ ブ ル(Babur),ロ ン グ ダ(Longuda),       ワ ジ ャ(Waja),タ ン ガ レ(Tangale),チ ャ ム(Tcham),ビ タ(Bata),チ       ャ ン バ(Tchamba),ダ カ(Daka),ホ ナ(Hona),  ヒ ギ(Higi),マ ル ギ       (Margi)

  2)  カ メ ル ー ン:ド ア ヨ(Doayo),  ブ ォ コ(Voko),  ド ゥ ル(Dourou),  ダ マ       (Dama),  フ ァ リ(Fali),ダ バ(Daba),カ プ シ キ(Kapsiki),マ タ カ ム       (Matakam),マ フ(Mofou),ヒ ナ(Hina),ギ ダ ー ル(Guidar)

  3)  チ ャ ド:カ ン ガ(Kanga),デ ォ ン ゴ ル(Diongor),ビ デ ィ ォ(Bidio),ダ       ン ガ レ ア ト(Danga16at)

5.  コ ル ド フ ァ ン ・グ ル ー プ(Groupe  Kordofan)

  .1)  ス ー ダ ン:ニ イ マ ン グ(Nyimang),コ ア リ ブ(Koalib),ヘ イ バ ン(Heiban),       ロ ト ロ(Lotoro),ミ リ(Miri)

こ の 中 で,山 地 適 応 度 が も っ と も 進 ん だ 地 域 と 民 族 は,   1)  バ ン デ ィ ア ガ ラ 断 崖 の ド ゴ ン 族

  2)  ア タ コ ラ 山 脈 で は ソ ン バ 族,タ ン ベ ル マ 族,カ ブ レ 族

  3)  ジ ョ ス 高 原 の ビ ロ ム 族,バ ロ ン 族,イ リ グ ウ ェ 族,ル ク バ 族,ア ン ガ ス 族   4)  マ ン ダ ラ 山 地 の マ タ カ ム 族,カ プ シ キ 族,ダ バ 族,フ ァ リ族

  5)  ヌ バ 山 地 の ロ ト ロ 族,ヘ イ バ ン 族,ミ リ 族

  6)  チ ャ ド,ゲ ラ 山 地(Guera)の デ オ ン ゴ ル 族,ロ ト ロ 族

で あ る 。

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国立民族学 博物館研究報 告  13巻3号

3.第3の 文 化

  フ レ ー リ ッ ヒ は こ う した 山 地 諸 族 に対 し て 広 範 な 民 族 誌 資 料 を 収 集 し,自 ら の フ ィ ー ル ド ・ワ ー ク に 基 づ い た 比 較 研 究 を 行 っ た の で あ る

。 す で に 述 べ た よ う に,第2次 大 戦 後,ヨ ニ ロ ッパ 諸 国 で は 文 化 圏 説 に結 び つ くパ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク 文 化 に 対 す る 学 問 的 関 心 は 薄 く,ア フ リ カ に9つ の 文 化 領 域 を 設 定 し たM.ハ ー ス コ ヴ ィ ッ ッ も,

い ぜ ん と し て ブ ッ シ ュ マ ン や ホ ッテ ン ト ッ トを と り あ げ て もパ レオ ニ グ リテ ィ ッ ク の 位 置 づ け は 行 わ ず に 終 っ た[HERsKovlTs  l967]。 い わ ん や,ア フ リカ 研 究 の お くれ て い た 日本 で は,パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク が 論 議 さ れ る 機 会 は ほ と ん ど な か っ た と い っ て よ い 。

  1978年,筆 者 は フ レ ー リ ッ ヒ の 所 説 の 基 礎 に な っ た フ ィ ー ル ドの ひ と つ,ト ー ゴ 北 部 の ア タ コ ラ 山 地 で 調 査 を 行 う機 会 に恵 ま れ た 。 そ こで 懸 案 の パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク

と 目 さ れ る 第3の 文 化 の 検 証 に 向 っ た 。

  海 岸 に あ る 首 都 の ロ メ か ら 国道1号 線 を 北 へ 約400キ ロ,お よ そ 北 緯9度 の 地 点 で 山 塊(Faille  d'Aledjo)に 遭 遇 す る 。 ニ ジ ェ ー ル 川 西 岸 に は じま り,ベ ニ ン を 北 西 方 向 に よ ぎ っ て ガ ー ナ 南 部 に つ な が る ア タ コ ラ 山 脈 で あ る 。 地 形 は 厳 し い が,一 帯 に は 数 世 紀 に わ た っ て 北 方 か ら 移 動 し て き た 諸 族 の 堆 積 層 が み ら れ る 。 時 に は 東 方 か ら モ ノ(Mono)川 を 横 切 っ て や っ て き た 人 び と の 定 着 した 可 能 性 も あ る 。 ま た 北 西 方 向 か ら逃 げ 場 を 求 め て 移 動 し て き た 集 団 も認 め られ る 。

  そ れ 故,一 口 に ア タ コ ラ 山 地 民 と い って も 起 源 は 多 様 で あ る 。 同 じよ う に 山 腹 や 丘 陵 地 に 居 住 し て い て も,か な ら ず し も言 語 や 生 活 様 式 が 一 致 して い る わ け で は な い 。 た だ 南 部 の ギ ニ ア 森 林 文 化 と北 部 の ス ー ダ ン ・サ バ ン ナ 文 化 の い ず れ に も 属 さ な い 境 界 的 な 文 化 形 態 を も っ て い る の が,こ こ を 訪 問 し た だ れ の 目 に も 看 取 さ れ る 。 ベ ニ ン 分 離 帯 に は 強 力 な ダ ホ メ 王 国,北 部 の ブ ル キ ナ ・フ ァ ソ(旧 オ ー ト・ヴ ォ ル タ)に は 騎 馬 軍 ナ コ ン セ を 率 い る モ ロ ・ナ バ 王 の モ シ王 国,ア タ コ ラ 山 脈 の 東 端 部 の ベ ニ ン(旧 ダ ホ メ)に は バ リバ 王 国,西 部 の ガ ー ナ に は ダ ゴ ンバ 王 国,ア シ ャ ン テ 王 国 が あ り,

こ れ ら の 諸 王 国 の 攻 撃,掠 奪,奴 隷 狩 り か ら の が れ る た め に は,人 び と は 自 然 の 要 害 で あ る ア タ コ ラ 山 地 に 隠 れ 住 み,可 能 な 限 り,外 部 の 王 制 社 会 と の 接 触 を さ け て,自 給 自 足 的 に 生 き る 必 要 が あ っ た。 防 禦 的 な 住 居,山 地 に 適 応 した 農 業 を 発 達 さ せ た の

も,生 活 の 安 全 を 確 保 す る た め に 必 要 な 手 段 で あ り,か れ ら の 文 化 の 基 盤 で あ っ た 。 そ れ だ け に,ア タ コ ラ 山 地 民 の 文 化 は 閉 鎖 性 が 強 く,停 滞 的 で あ っ た 。

  植 民 地 時 代,内 陸 へ 向 う伝 統 的 な 交 易 路 か らは ず れ て,ア タ コ ラ 山 地 へ 入 っ た ヨ ー ロ ッパ 人 は,そ こ に 海 岸 の 森 林 部 で も 内 陸 の サ バ ン ナ 地 帯 で も み か け な か っ た 別 系 統

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和田  トーゴ北部諸族の技術誌をめ ぐる諸問題 の 文 化 を 発 見 した 。 そ れ は,も っ と も 顕 著 な 文 化 標 識 と し て キ ー ・ ワ ー ドで 表 現 す れ ば,1)裸 体 生 活,2)分 組 織3)集 約 的 農 耕 の3項 目 に な る 。 半 世 紀 以 上 の 時 間 的 経 過 の 後,民 族 学 の フ ィ ー ル ド と し て ア タ コ ラ 山 地 を 選 ん だ 筆 者 も ま た,も は や,裸 体 生 活 が 顕 著 な 文 化 標 識 で は な か っ た も の の, 基 本 的 な 文 化 特 性 は や は り こ れ ら3つ の キ ー ・ワ ー ド に 関 連 して い る こ と を 確 認 した の で あ る 。 い い か え る と,パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク と 呼 ば れ る 文 化 特 性 は,度 合 い を 別 に す れ ば,現 在 で も 経 験 で き る 民 族 学 的 事 実 で あ る 。 ア タ コ ラ 山 地 に は,フ レ ー リ ッ ヒが 提 唱 す る 西 ア フ リ カ の 第3の 文 化 タ イ プ が 確 か に 存 在 して い た の で あ る 。

  筆 者 は そ の 後,フ ー タ ・ジ ャ ロ ン山 地,バ ンデ ィア ガ ラ 断 崖,そ して マ ン

写真1  全裸で水を運搬する女性       (タ ンベルマ族)

ダ ラ山 地 に も足 を 運 び,フ レー リ ッヒの論 拠 を 確認 す る 手続 きを と った。 ア タ コラ 山 地 と同様 に,こ れ らの 北 緯8度 か ら12度 の あ いだ に位 置 して い る西 ア フ リカ の起 伏 の 大 きな 山岳 地 帯 に は確 か に共 通 の 文 化 標 識 が 観 察 さ れ る。 パ レオ ニ グ リテ ィ ック が 同 一 起 源 の 集 団で あ るの か ど うか を 別 に して も,は た か らみ て文 化 的 に共 通 性 が高 い こ と は注 目 すべ きで あ る。

  フ レー リッ ヒは民 族 誌 の 比 較 研 究 を 行 うた め に東 西 に長 い ス ー ダ ン ・ベ ル トに島 状 につ らな る 山岳 地 帯 に住 む諸 民 族 を

    1)ヴ ォル タ 集 団,2)ナ イ ジ ェ リア中 部 集 団,3)カ メ ル ー ン及 び ナ イ ジェ リア     東 部 集 団,4)コ ル ドフ ァ ン東部 集 団

の4つ の 主要 な 山地 民 族 集 団 群 に系 統 分 類 した 。 む ろ ん,こ れ らの4民 族 集 団群 の あ い だ に は現 在,相 互 に接 触 や交 流 はみ られ な い。 そ れ に もか か わ らず,文 化 的 に は あ た か も同 じ集 団で あ るか の よ うに高 い類 似 性 が 表 出 して い る。 問題 は,そ う した4集 団 の基 本 的 な 文 化 の類 似 性 がパ レオ ニ グ リテ ィ ック に起 源 を も って い るの か ど うか に

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国立民族学博物館研究報告  13巻3号

あ る 。

3.パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク の 文 化 特 性

1.  集 約 的 農 耕

  フ レ ーリッヒ は ま ず,4集 団 に 発 達 し て い る 集 約 的 な 農 耕 に 注 目 す る 。4集 団 は 現 在,い ず れ も 標 高 差 の あ る 起 伏 に 富 ん だ 山 岳 地 に 生 活 し て い る 。 こ こ で,食 料 を 確 保 す る た め に は,農 業 を 集 約 化 す る 必 要 が あ る 。 岩 山 が 多 く,可 耕 地 が 限 定 さ れ て い る の で,テ ラ ス を つ く り,土 地 を 最 大 限 に 効 率 的 に 利 用 しな け れ ば な らな い 。 つ ま り, 集 約 的 農 耕 は,山 岳 地 帯 に 封 入 さ れ た 諸 族 の 必 然 的 な 適 応 形 態 で あ り,パ レオ ニ グ リ

テ ィ ッ ク の 文 化 と は 直 接 関 係 な く,環 境 要 因 に基 づ き 発 達 し た 農 耕 技 術 と み る こ と も 可 能 で あ る 。

  し か し,フ レ ー リ ッ ヒ は 古 代 ア フ リカに お い て す で に 避 難 場 所 が 存 在 し て お り [FRoELIcH  l964:387],け わ し い 丘 陵 の 斜 面 に 土 壌 を 保 持 し,階 毅 式 農 耕 を行 う 技 術 が 発 達 して い た と み て い る。

  た と え ば,中 央 ア フ リ カ の ブ ァ ル 地 方(Bouar  region)に 残 っ て い る 巨石 文 化 は, 高 度 な 農 耕 生 産 を 背 景 に 成 立 し た と考 え ら れ,ま た,東 部 ア フ リカ に み ら れ る 階 段 式 農 耕 の 跡 も,古 代 ア フ リカ 人 が 斜 面 耕 作 を 可 能 に す る巧 知 な 農 耕 技 術 を も っ て い た 証 拠 と み ら れ て い る 。

  ス ー ダ ン西 部 の ダ ル フ ー ル 地 方 に 残 る ジ ェ ベ ル ・ウ リ(Jebel  Uri)や ジ ェ ベ ル ・マ ッ ラ(Jebel  Marra)の 階 段 状 遺 構 も ま た,メ ロ エ 王 朝 滅 亡 後,王 家 一 族 が 避 難 した 廃墟 で あ り,幾 世 代 に も わ た っ て 農 耕 民 が 生 活 して い た 痕 跡 と して 認 め ら れ て い る 。 そ し て,ジ ェ ベ ル ・ウ リか ら 南 東 へ10キ ロ,エ イ ン ・ フ ァ ラ(Ain  Farah)の 遺 跡 は ヌ ビ ァ の キ リス ト教 徒 が 隠 れ 住 ん だ と こ ろ と い う 見 方 が 有 力 で,時 代 は10世 紀 頃 と 推 定 さ れ る 。

  タ ンザ ニ ア 北 部,ン ゴ ロ ン ゴ ロ噴 火 口 の 東 方 に あ る エ ンガ ル カ(Engarka)の 遺 跡 も,マ サ イ族 が遊 動 す る辺 鄙 な 場 所 に あ り,こ こ も 避 難 民 の 住 居 趾 と 考 え ら れ て い る 。 こ の 遺 跡 の 成 立 年 代 は 比 較 的 新 し く,一 部 の 学 者 の 間 で は,約300年 か ら500年 前 の 間 と 推 定 さ れ て い る[SAssoON  1967]。 山 麓 一 帯 に 広 が る石 造 構 築 物 は,現 在,遺 の 近 く に 住 む 諸 部 族 と は ま っ た く関 係 が な い が,ア フ リ カ 人 の 手 に よ っ て つ く ら れ た こ と は ま ち が い な い,と い わ れ て い る 。

  ケ ニ ア 西 部,リ フ ト ・ヴ ァ レ ー の 西 側 の 斜 面 に 発 達 し た灌漑 農 耕 は,さ ら に年 代 が

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和田  トーゴ北部諸族の技術誌をめ ぐる諸問題

新 し く,強 力 な牧 畜 民 に よ って牛 を奪 わ れ た ポ コ ッ ト族 が,リ フ ト ・ヴ ァ レー に避 難 場所 を み つ け,農 業 に よ って生 き の び るた めに灌漑 を 発 達 させ た と い う。

  この よ う に,住 居 遺 跡,階 段 耕 作,灌漑 設 備 等 の痕 跡 は,多 くが,辺 鄙 な 人 目に つ か な い 地 形 や,接 近 しが た い場 所 に あ って,歴 史 的 に は,古 代 か ら現 代 にわ た って類 例 を み る こ とがで きる。 パ レオ ニ グ リテ ィ ックの 場 合 は,い つ 頃 か ら山岳 地帯 に潜 伏 す る よ うに な っ た の か,正 確 な歴 史 年 代 は明 らか にで きな いが,お そ ら く西 ス ーダ ン に古 代 諸 王 国 が成 立 した 頃 か らと推 定 され る。 集約 的 な 農 耕 形 態 は,そ れ 自 体 で は か な らず し もパ レオ ニ グ リテ ィ ック特 有 な 文 化 特 性 と は いえ な いが,西 ア フ リカ の 山岳 地帯 で は,パ レオ ニ グ リテ ィ ック に限 っ て発 達 した。 そ の 意 味 で は,古 代 的 な 文 化 特 性 の発 現 形 態 と い え る か も しれ な い。

2.分

  さ て,西 ス ー ダ ン諸 王 国 の支 配 領 域 か らの が れ て 山岳 地 帯 に潜 入 した パ レオ ニ グ リ テ ィ ック避 難 民 は,自 らの存 在 を知 られ な いた め に,つ とめ て 平 地 諸族 との 接触 や 交 流 を 断 って生 活 して い た。

  集 落 も,丘 陵地 に住 居 や屋 敷 等 が点 在 す る散 村 形 態 で,全 体 が 一 望 に把 握 さ れ る こ とは な い。 平地 村 の よ うに,集 落 を囲 続 す る防 壁 や 村 界 を つ くる こ とは 困 難 で あ り, ドゴ ン族 の よ うな集 村 形 態 は,パ レオ ニ グ リテ ィ ックで は 例 外 的 で あ る。 た だ し,こ うい った 山地 環 境 に も か か わ らず,人 口密 度 は意 外 に高 く,急 峻 な 頂 上 附近 に も集 落 が集 中 して い る。 防 備 の必 要 か ら入 口密 度 が 高 くな った の で あ り,外 敵 の 侵 入 に は城 塞 の よ うな地 の利 を生 か して戦 闘 員 の 数 で 対 抗 した の で あ る。

  す で に述 べ た よ うに,パ レオ ニ グ リテ ィ ック には,政 治首 長 に組 織 され た戦 闘体 制 は な く,家 族 のな か か ら戦 闘 員 が供 給 され た 。 社 会 組 織 の 基 礎 は拡 大 家 族 で あ り,そ の地 域 的結 合 と して ク ラ ンが あ る。 ク ラ ン は,パ レオ ニ グ リテ ィ ッ クの場 合,同 じ単 系 血 縁 に属 す る い くつ か の 拡 大 家 族 が 同 じ土 地 に集 ま り,よ り大 きな共 同生 活 の単 位 と して集 落 の 一 部 を構 成 して い る。 か れ らの世 代 深 度 は浅 く,タ ンベル マ族 で は3〜

4世 代 まで しか 祖 先 を た ど る こ とが で きな い。 ク ラ ン ・ リニ ア リテ ィを もつ コ ン コ ン バ 族 も6世 代 以 上 は さか の ぼれ な い とD 。タイ トは報告 している[TAIT  1961:222]。

血 縁 的連 帯 よ りはむ しろ,土 地 の 共 通 性,農 業 労 働 の 協力,集 団 的防 衛 等 を基 礎 に し た 地域 的 に連 帯 の ほ う が第 一 義 的 に重 要 な の で あ る。 つ ま り,最 大 の政 治 単位 は部 族 で はな く,地 域 共 同体 で あ り,そ の 地縁 的境 界 は か な りな程 度 ま で生 態 学 的 な地 形 で きま って い る。 重 要 な 政 治 的 意 志 や祭 宴 の執 行 は 地 域共 同 体 ご との家 族 長 の合 議 に よ

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国立民族学博物館研究報告  13巻3号 って 決 定 され,最 大 の危 機 に直 面 した と き は,地 域 共 同体 は 連 盟 も実 現 す る。

  しか し,中 央 的 な 政 治権 威 は存 在 しな い。 そ して,そ う した地 域 共 同体 を 構 成 して い るの が,家 族 を 基礎 に した分 節 組 織 で あ り,儀 礼 組 織 な の で あ る。 パ レオ ニ グ リテ ィ ックの 中 に は イ ス ラム教 の影 響 を 受 け て,政 治首 長 を創 設 し,平 地 諸 族 に対 抗 した 山地 民 もあ る が,こ れ は,伝 統 的 には 存在 の認 め られ な い政 治 組 織 で あ る。 か れ らの 政 治 過 程 は,通 常,呪 的権 威 に よ る儀 礼支 配 を とお して実 現 され るの で あ る。

3.裸

  と こ ろ で,パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク の 防 衛 意 識 が も っ と も典 型 的 に 現 わ れ て い る の が 住 居 形 式 で あ る 。 中 で も,ア タ コ ラ 山 地 の シ ャ ト ウ(Ch飢eau)と 呼 ば れ る ソ ンバ 族, タ ン ベ ル マ 族 の 城 塞 住 居[和 田  1979a],ガ ー ナ 北 部 の カ セ ナ 族,ロ ビ族 等 の 塗 塁 の よ う な 砦 形 住 居[川 田  1979a,1979b,1979c],マ ンダ ラ 山 地 の 尖 っ た 円 錐 形 の 屋 根 を も つ 円 形 住 居 を い くつ も つ な ぎ 合 わ せ た ラ ビ ー リ ン ス の よ うな マ タ カ ム,カ プ シ キ,

ヒ デ 等 の 諸 族 の 要 塞 型 の 屋 敷[江 口  1978;ガ ル デ ィ  1960],そ して ナ イ ジ ェ リア 高 地 の ユ ー フ ォ ル ビ ア の 垣 根 で 囲 ま れ た ビ ロ ム 族,イ リ グ エ 族 の 奥 行 き の 深 い 屋 敷 [FROELICH  l968],等 に つ い て は,す で に 多 くの 民 族 誌 が あ り,そ こ で は,住 居 や 屋 敷 の 構 造 や 平 面 図 等 に合 わ せ て い か に 防 衛 を 中 心 に 建 築 が 行 わ れ て き た か が 明 ら か に さ れ て い る 。 そ こ で こ こ で は こ れ ら の 諸 族 の 住 居 形 態 に つ い て 繰 り返 し述 べ る の は さ け て,パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク に きわ め て 特 徴 的 な 文 化 の 対 照 性 に つ い て 言 及 し た い 。

写 真2  タ ンベル マ族 の城 塞 住 居

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和田  トーゴ北部諸族の技術誌をめ ぐる諸問題

写 真3  カ メル ー ン北 部 ・マ ンダ ラ山地 マ キ シ族(ヒ デ 族 の分 派)の 防        衛 的 な砦 形 住 居(1983  江 ロー 久 氏 撮 影)

  つ ま り,か れ らは家 屋 に 関 して は平 地 農 民 が及 ばぬ ほ ど卓越 した建 築 技 術 を 発揮 す るに もか かわ らず,身 体 を保 護 す る衣 類 に関 して は,ほ とん ど関 心 を 示 す こ とが な く, 衣 と住 との間 に きわ め て顕 著 な 対照 性 が み られ る ので あ る。

  裸 体 性 は アル カ イ ッ クな文 化 表現 のひ とつ で あ る。 巧 妙 に構 築 され た建 築 物 は,お そ ら くイ ス ラム侵 入 以 後 に防 衛 の た め に発 達 した比 較 的 新 しい 山地 民 の 文 化 で あ るが, 裸 体性 はパ レオ ニ グ リテ ィ ッ クの過 去 を明 確 にす る主 要 な 文 化 表 象 の ひ とつ の よ うに 思 わ れ る。

  中部 サハ ラに は,そ う した古 代 ア フ リカを 推 察 で き る有 力 な 手 掛 りが 残 され て い る。

そ れ は,タ ッ シ リ山地(Tassili)に 残 され て い る岩壁 画 で あ る。 フ ラ ンス人 ア ン リー

・ロ ー トの 先 駆 的 な 仕 事 に よ る と.サ ハ ラが ま だ緑 に お おわ れ て い た時 代(西 紀 前4000 年),タ ッ シ リか ら地 中 海方 面 に向 って肌 の黒 い人 種 が 占拠 して いた とみ られ,ロ ー ト 等 に よ って フ レス コ に見 立 て られ た岩 面 画 は2),現 在 の ニ グ ロ イ ドの遠 い祖 先 が 残 し た もの と考 え られ て い る[LHOTE  1958]。 傷 痕,ふ ん ど し,装 身具,仮 面 等3)の デ ザ

2)ロ ー トは サ ハ ラの壁 画 を フ レス コ(fresques)と 呼 んで い るが[LHoTE  1958],美 術 史で フ レ ス コ(fresco)と いえ ば ほ とん どの 場 合,漆 喰 壁 に描 かれ た 絵 画 を指 して い る 。 故 に サハ ラの 岩 壁 画 を フ レス コ と呼ぶ の は適 切 な表 現 で は な い。

3)n・ 一 トは ア ウア ン レ トの 山 塊(Aouanrhet)で 身体 に奇 妙 な縞 模様 を つ け,仮 面 を か ぶ った 男 の絵 を発 見 した 。 そ の仮 面 は現 在,象 牙 海 岸 の セ ヌ フ ォ族 が イ ニ シ エー シ ョ ンの際 に 用 い る 形 式 と類 似 して お り,ま た,頭 の 羽根 飾 りや 腕 や ふ く らは ぎに巻 い た飾 り,そ して 点 描 のデ ッサ ンは,今 で も 西 ア フ リカ の 奥 地 に よ って 実 行 され て い る傷 痕 に通 ず る ものが あ る とい う [LHOTE   1958:87‑90]。

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国立民族学博物館研究報告  13巻3号

図3  未婚女性の植物性の腰     飾 り(キ ルデイ族)

図4  既婚女性の鉄製の腰飾     り(ヒデ族)

図5  未婚女性の皮製腰飾 り     (ヒデ族)

イ ン は,現 在 の パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク の 文 化 に 相 通 ず る 共 通 性 が あ り,裸 体 性 に 結 び つ く もの で あ る 。

  す で に 筆 者 は,全 裸 あ る い は 素 朴 な ふ ん ど しが,ア タ コ ラ 山 地 民 の 文 化 特 性 で あ り, 伝 統 的 な ス タ イ ル で あ る こ と を 自 ら の 観 察 を 加 え て 紹 介 し た 。 ま た,山 中 で,傷 痕 を 施 さ れ た 少 女 た ち に 出 合 っ た と き の 最 初 の 衝 撃 に つ い て も 報 告 した[和 田  1981]。

マ ンダ ラ 山 地,コ ン ジ ェ ラ 峰 で ヒ デ 族(Hide)を 調 査 し た 江 ロ ー 久 氏 に よ る と,男 性 は ペ ニ ス を 覆 う こ と な く,尻 あ て の つ い た 腰 紐 を1本 巻 い て生 活 して お り,未 婚 で あ れ ば,パ ッ ァパ ッ ァ(PacaPaca)と 呼 ば れ る す だ れ 状 の 皮 の 腰 飾 り を つ け,結 婚 後 は カ ザ ンゲ ル(ugazdijgel)と い う鉄 製 の 腰 飾 り を つ け る だ け で あ っ た と い う[江 口  1978]。

た だ し,カ ザ ンゲ ル は 労 働 に は 適 さ な い の で,ふ だ ん の 畑 仕 事 に は こ の 腰 飾 り は 家 に 置 い て,か わ り に カ イ セ ド ラ(Kha2a  Senegatansis)等 の 葉 を 腰 に 巻 い て 出 か け る と い

う[江 口  1978:54‑‑55,115]。

  ナ イ ジ ェ リァ の ジ ョス 高 原 で も,1950年 代 の 民 族 誌 写 真 に よ る と,ふ だ ん は 腰 に 木 葉 の 束 を 巻 くだ け の 簡 単 な ふ ん ど し が 身 に つ け る す べ て で あ っ た 。 ま た,コ ル ドフ ァ ン の ヌ バ 山 地 に つ い て は,写 真 家 五.リ ー フ ェ ン シ ュ タ ール に よ っ て 完 全 な 裸 体 生 活 が カ メ ラ に お さ め ら れ て い る[RIEFENsTAHL  l976]。

  こ の よ う に,パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク は 樹 皮 布 さ え つ く ら ず,巧 妙 な つ く りの 屋 敷 に 住 み な が ら,も っ ぱ ら 裸 体 で 生 活 して い た 。 マ タ カ ム 族 も現 在 は,フ ル ベ 族 か ら教 え られ て 機 織 の 技 術 を も っ て い る 。 だ が,身 体 に シ ョ ー ル の よ う に 布 片 を か け る よ う に な っ た の は,独 立 後,し ば ら く し て か らで,局 部 の 露 出 に差 恥 心 を も つ よ う に な っ た の は 最 近 の こ と だ と い わ れ て い る 。 ア タ コ ラ 山 地 に お い て も,ほ ぼ 同 様 の 歴 史 経 過 を

た ど っ て 表 類 が 普 及 し,筆 者 の 調 査 時 点 で は 全 裸 は 古 老 に し か み ら れ な くな っ て い た 。 598

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和田  トーゴ北部諸族の技術誌をめ ぐる諸 問題

フ レ ー リ ッ ヒ の 指 摘 した パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク の 全 裸 性 も表 面 的 に う す れ つ つ あ る が, 文 化 特 性 と し て 消 滅 した わ け で は な い 。

4.鍛

  と こ ろが,鍛 冶 師 は 今 で も一 糸 ま とわ ぬ全 裸 で作 業 を行 って い る。 マ ンダ ラ 山地 で は,R.ガ ル デ ィに よ って 報 告 さ れ たマ タ カ ム族 の 鍛 冶 師 の 全 裸 性 が 有 名 で あ る が [ガル デ ィ  19601,部 族 が ちが って も,こ の 地 方 に 住 む鍛 冶 師 た ち な らす べ て,精 錬 作 業 を成 功 させ るた め に,全 裸 で作 業 を行 い,ふ だん で も一 切 の衣 類 を ま と うこ とを しな い。 全 裸 性 は鍛冶 師 の証 明 で あ り,農 耕 民 との間 に一線 を画 す る ク ラ ン表 象 で あ る。 「ドラ」(dra)と 呼 ばれ る ヒデ族 の 鍛 冶 集団 を 調 査 した 江 ロー久 氏 も,「 ほん と

               

う の は だ か と は,か じ屋 の 男 た ち の こ と を い う の で す(傍 点 原 著 者)」 と述 べ て い る [江 口  1978:54]。 だ が,こ う し た 鍛 冶 屋 の 裸 体 性 そ れ 自 体 は,鉄 とパ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク の 結 び つ き に つ い て 何 ひ と つ 語 っ て は い な い 。 な ぜ,パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク が 鉄 を つ く る よ う に な っ た の か も 一 切 不 明 で あ る 。

  原 始 的 な 鉄 の 生 産 技 術 は,土 製 高 炉 に 鉱 石 と 炭 を 混 ぜ 合 わ せ て 投 入 し,火 を つ け る だ け な の で,原 理 的 に は そ れ ほ ど む ず か し い 仕 事 で は な く て,ニ グ ロ イ ドに よ っ て 発 見 さ れ た 可 能 性 が 強 い 。 ア フ リカ 大 陸 で は,ラ テ ラ イ トの 露 出 鉱 が 多 数 あ り,鉄 生 産 の 条 件 は そ ろ っ て い た 。R.モ ー 二 に よ る と,西 紀 前300年 頃,す で に 西 ス ー ダ ン ・サ バ ン ナ 帯 で は 鉄 生 産 が 開 始 さ れ て い た と い う[MAUNY  1947:34]。 た だ,現 時 点 で は 古 代 都 市 メ ロ エ の ボ タ 山 以 前 の 古 い遺 跡 は 発 見 さ れ て い な い の で,サ ハ ラ以 南 の ア フ リ カ に お け る 鉄 生 産 の 技 術 は,紀 元1世 紀 頃,古 代 の 製 鉄 セ ン タ ー,メ ロ エ か ら長 槍 を も っ た 騎 馬 民 族 を 介 し て,チ ャ ド方 面 に 伝 播 し,そ こ か ら さ ら に,ア フ リ カ 全 域 に広 が っ た と い う の が 通 説 に な っ て い る。 し か し,モ ー 二 の 研 究 を 基 礎 に 推 定 す る と, 鉄 製 法 は 北 ア フ リカ の カ ル タ ゴ や バ ー バ リ,コ ー ス トか ら サ ハ ラ を 越 え て,紀 元 前3 世 紀 頃,す で に ニ ジ ェ ー ル 河 畔 の 諸 都 市 に 伝 播 し て い た と い う見 方 も成 り 立 つ 。 い ず れ に して も パ レ オ ニ グ リテ ィ ッ ク が 鉄 生 産 に 関 係 し た 歴 史 は 古 く,少 な く と も西 紀 以 前 で あ っ た こ と は ま ち が い な い。

  同 様 に,現 在,ヴ ォ ル タ 集 団,ナ イ ジ ェ リア 集 団,北 カ メ ル ー ン集 団 に み ら れ る 鍛 冶 師 の 裸 体 性 も起 源 的 に は 古 く,お そ ら くパ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク に 直 接 結 び つ く文 化 特 性 の ひ と つ の よ う に 思 わ れ る。 シ ュ レ ・カ ナ ー ル に よ れ ば,ア フ リ カ に お け る 綿 織 物 は,11世 紀,エ ル ・ベ ク リ に よ っ て は じめ て 西 ア フ リ カ で 確 認 さ れ た の で あ り,イ ス ラ ム 以 前 に は 布 地 の 着 用 が な く,裸 体 が ふ つ う の こ とで あ っ た[カ ナ ー ル   1964:142]。

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国立民族学博物 館研究報 告  13巻3号 つ ま り 鉄 生 産 の 起 源 と裸 体 性 は ア ル カ イ ッ ク な 面 で 一 致 して い る 。 た だ し,パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク4集 団 の 中 で,コ ル ドフ ァ ン集 団 に は 鉄 工 職 人 は 存 在 しな い 。 今 日,こ の 地 方 に み ら れ る鍛 冶 師 は,ア ラ ブ 人 の 需 要 に 応 じ て 成 立 した も の で,伝 統 的 な ス ー ダ ン 人 の 生 活 に結 び つ い て い る わ け で は な い 。 お そ ら く,コ ル ドフ ァ ン地 方 は 古 代 都 市 メ ロ エ に 近 い 位 置 に あ り,部 族 内 に 鍛 冶 集 団 を か か え る こ と な く,何 ら か の 方 法 で 鉄 を 入 手 して い た と 思 わ れ る 。

  鉄 造 り は 秘 伝 で あ る。 何 の 変 哲 もな い 石 や 川 砂 を 鉄 に 変 え る 技 術 は 神 秘 性 を お び て い て,一 種 の 魔 術 で あ る。 故 に,鍛 冶 師 は し ば し ば 尊 敬 と威 怖 の 入 り ま じ っ た 目 で み られ て い た 。

  す で に 述 べ た よ う に,北 カ メ ル ー ンで は,鍛 冶 師 は 特 殊 な 職 能 ク ラ ン を 形 成 し,祭 式 を 主 宰 し,予 言 者 に な る。 内 婚 制 で,そ の 家 族 は 他 の 家 族 と ま じわ ら な い 。 鍛 冶 師 の 妻 も 助 産 婦 で あ り,土 器 作 り も か れ ら に だ け 許 さ れ た 専 門 職 で あ る。 鉄 工 と土 器 作 り は 技 術 的 に,関 係 が 深 く,ア フ リ カ の 製 鉄 法 は 土 器 作 りか ら 発 見 さ れ た と い う見 方 も 有 力 で あ る 。 鉄 も土 器 も 同 じ ク ラ ン 内 の 専 門 的 職 業 で あ る が,男 女 の 分 業 に よ っ て 生 産 さ れ て い る こ と は,注 目 す べ き事 実 で あ る 。

  ヴ ォ ル タ 集 団 も 鍛 冶 師 集 団 は 男 性 で,土 器 製 作 者 は 女 性 で あ る 。 し か し,か れ ら は カ メ ル ー ン集 団 の よ う に 内 婚 的 な 職 能 集 団 を 形 成 す る こ と は な く,ま た,む ら の 祭 式 の 主 宰 者 に な る と は 限 ら な い。 つ ま り,同 じパ レオ ニ グ リ テ ィ ッ ク で も,4地 域 で 鍛 冶 師 の 存 在 に 関 す る社 会 的 な い し 文 化 的 な 位 置 づ け が 異 な っ て い て,職 能 集 団 と し て の 役 割 に も バ リエ ー シ ョ ン が あ る。 し か し,パ レ オ ニ グ リ テ ィ ッ ク は,イ ス ラ ム 諸 王 国 の 支 酬 幾構 か ら 離 れ て い た の で,ウ ォ ロ フ(Wolof),セ レ ー ル(Serer),ト ゥ ク ロ ー ル(Tukulor)等 の 諸 族 に み られ る 鍛 冶 師 の 職 能 別 カ ー ス トは 存 在 せ ず,呪 的 権 威 は 認 め ら れ て も 集 団 構 成 と して は 平 等 だ っ た の で あ る 。

5.  そ の 他 の 文 化 特 性

  そ の 他 の パ レオ ニ グ リテ ィ ッ クの文 化 特性 は細 か な 項 目 にな り,ど の 程度 古代 ア フ リカ 的 な 要 素 を もつ の か ひ と つ ひ と つ論 証 す るの は む ず か しい。

  武 器 と して は 弓矢 が 伝統 的 に重 要 で,ユ ー フ ォル ビ アを 原 料 に した矢 毒 の製 法 が発 達 して い る。 ま た,遠 出の ば あ い は短 剣 の携 帯 が 一 般 的 で,通 常,肩 か首 に か け て歩 行 す る。 た だ し,コ ル ドフ ァ ン地方 で は,槍 が重 要 で 戦 闘 用 に常 備 され て い る。

  つ いで,武 器 と 同 じよ う に携 帯 され る もの と して,皮 製 袋 が あ る。 大 きな 物 は肩 か ら,小 さ な物 は首 か ら さげ る。 現 在 は,た ば こ,パ イ プ,塩,薬 草,そ して金 銭 等 を 600

参照

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