援助行動の意思決定過程の研究 : Schwartz,S. H.
の規範的モデルについて
その他のタイトル "A study of Schwartz's normative
decision‑making model of altruism : In the case of blood donation"
著者 高木 修
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 17
号 2
ページ 23‑48
発行年 1986‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/00022725
援助行動の意思決定過程の研究
—Schwartz, S. H. の規範的モデルについて一一
高 木 修
"A study of Schwartz's normative decision‑making model of altruism: In the case of blood donation"
Osamu Takagi
Abstract
The object of present study is to validate "A normative decision‑making model of altruism" CS.H.Schwartz, 1970; 1981) in the case of blood donation by one hundred thirty two college students. Awareness of consequences, de‑ nial of responsibility, social and personal norm, intention and overt dona‑ ting behavior are related With each other.
Personaしnormcorrelates more closely with the intention of blood donation than social norm does With it. Although awareness of consequences and denial of responsibility are significantly related, they don't correlate with the intention. They, however, can control the extent that personal norm pre‑
scribes tlie intention in the・direction of hypothesis.
That overt behavior recalled is correlated only with the intention sug・‑ gets the existence of sequential process of norm—intention—behavior.
Key word: prosocial behavior, helping behavior, altruism, blood donation, social norm, personal norm, decision‑making model
抄 録
この研究の目的は, 132名の大学生を調査対象者として, S. H. Schwartz (1970 ; 1981)が 提案した「愛他心に関する規範的意思決定モデル」の妥当性を,献血行動に関して,検討するこ
とである。 Schwartzの尺度を翻訳して,行為の影響の認識力と行為責任の否認傾向を,また,
Schwartzの研究を参考にして,献血に関する社会的,および個人的規範,献血意図と実際の献 血行動などを測定し,それらの間の関連性を検定した。
その結果,個人的規範は,社会的規範よりも,一層密接に行動意図と相関していた。影響の認 識と責任の否認は有意に相互相関するが,それらは実際行動や行動意図とは有意に相関しなかっ た。しかしながら,これらは,個人的規範が行動意図を規定する程度に対して,仮説と一致する 方向で,影響を与えていた。
実際行動は,行動意図とのみ有意に相関しており,このことは,行為の影響の認識力と責任の 否認傾向に依存して,個人的規範に規定された行動意図が,実際行動を決定するという過程の存 在を示唆した。
キ ー ワ ー ド : 順 社 会 的 行 動 援 助 行 動 愛 他 心 献 血 行 動 社 会 的 規 範 個 人 的 規 範 意思決定モデル
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1. 援 助 行 動 の 規 範 的 説 明 と そ れ に 対 す る 批 判
人はなぜ,時に自己を犠牲にしてまでも,困っている他者を援助するのであろうか。この疑問 に対して種々の視点から解答が試みられてきたが,その中の1つに,規範 (norm)からの説明が ある。すなわち,人は,社会化の過程で内在化した社会的規範がそうすることを指示するという 理由で,愛他的に行為するというのである。一般に規範とは,人がある仕方で行動するだろうと 集団成員が思っている期待であり,ある状況においてどのような行動が,集団成員間のコンセン サスのもとに,自分に期待されているかを教えてくれる規則 (rule)のことである (Thibaut&
Kelley, 1959)。つまり,人は,自分が規範の指示する仕方で行為することを, 他の人々が期待 していると信じているために,規範に合致する愛他的行動をとるというのである。
援助を指示する愛他的規範は,困っている他者に対して愛他的に行為し,利己的な行動を抑制 することを人々に期待する。現在までに,援助に関係する規範がいくつか提案されている。例え ば,与えることそれ自身に価値があるとしてそのことを指示する贈与規範(Givingnorm, Leeds, 1963), 援助してくれたことのある人は援助すべきであり, 傷つけるべきでないと指示する互恵 規範 (Reciprocitynorm, Goulder, 1960), そして,頼ってきた人を助ける責任があると指示す る社会的責任規範 (Socialresponsibility norm, Berkowitz & Daniels, 1963)などがある。
これらの規範を基にして,研究者は人々の援助行動を説明しようとしたが,この視点からのアプ ローチに対して問題指摘がなされた。
最も代表的な批判は, Latane& Darley (1970 a)によるものである。彼らは,規範が援助行 動の重要な決定因ではなく,他の全ての説明が失敗するまで,これに頼るべきでない,と主張し た。彼らにこのような考えを持たせるにいたった論拠を順次みると,
① 規範は多様過ぎて,その説明の有効性が低い。
状況によって種々の援助が存在する。それらの相違を説明するためには,したがって,種々 の規範が使われる。このようにすると,いかなる援助行動も規範によって説明できるが,それ は真の説明でなく,事後的な説明でしかない。
② 規範はしばしば,相互に矛盾することがある。
例えば,他者を援助せよとの規範の指示は,むやみに他者から助けを受け入れるぺきでない とか,他者の問題に干渉してはならないという別の指示によって弱められる。
③ 規範はあまりにも漠然と一般的に述べられ過ぎている。
ある状況において規範が有効な指針になるほど,規範は詳細に記述されていない。規範によ って援助行動を説明するためには,極く稀れにしか起こらない状況をカバーできるほど,入念 に限定された,長々と述べられた,しかもよくまとめられた規範コード集が必要である。
④ 行為の選択決定時に,人が規範のことを,本当に考慮したことを示す証拠がほとんどない。
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緊急事態に介入した人の反応には,介入決定前に複雑な規範の選択や検討がなされたことを 示す徴侯が認めにくい。実際,そのことの有無を報告させても,規範のことを考えたと回答す る者が非常に少ない。
⑥ 規範は事実と十分に一致しない。
例えば,他者の存在は愛他的規範を顕現化し,規範逸脱に対する否定的な処罰のおどしによ って,人に規範への同調を押し付ける。したがって,愛他的行動は他者の存在によって促進さ れる,と規範的説明は述べている。しかしながら,緊急事態への介入行動の研究は,他者の存 在が援助を抑制するという「傍観者効果 (bystandereffect)」を報告している。
Latane & Darley (1970)以外の問題指摘もある。例えば, Schwartz(1973)によると,
⑥ 規範は行動の個人差を説明できない。
社会化の過程を通じて,もし全ての人々が規範を内在化しているのならば,広く存在する行 動の個人差を規範によって説明することができない。それは,変数を定数で説明しようとする
ことに等しい。それよりはむしろ,状況変数の導入の方が必要である。
また, Krebs(1970)によると,
⑦ 規範による説明はトートロジーに陥りやすい。
規範から予測された行動の生起は,その規範の因果的な影響の証拠とされ,その行動の不生 起は,その規範が当該の状況において未だ活性化されていなかった証拠として受け取られる。
以上のように指摘を受けた諸点はそれぞれ容易に否定し難く,規範を中心に置いた援助行動の 説明は,そのままでは支持を維持できないように思われる。
規範的立場を堅持しつつ,これらの批判にも応えうるものとして,いくらかの新しい理論や考 え方が提案された。それらは,主として,行為決定の基底にある知覚的・認知的過程を検討しよ
うとするものである。
Latane & Darley (1970 b)は,「意思決定モデル」を提案した。これは,内在化された社会 的規範が行為決定の一要素になっているモデルであり,特に,緊急事態における傍観者の反応を 分析しようとするものである。つまり,人が援助するために緊急事態に介入するには,①その出 来事に気付くこと,Rそれが緊急なものであると解釈すること,⑧介入する個人的責任が自分自 身にあると考えること,そして,④事態の要求する介入行動を自分が行なえると信じること,の すべてが必要であると仮定している。
2. Schwartz, S. H. (1970, 1981) に よ る 新 し い 規 範 的 説 明 : 個 人 的 規 範 説 (Personal norm theory)
Schwartzは個人的規範と社会的規範とを区別して,それらを基にして,行為者が活性化され た両規範の影響を受けて,ある特定の援助行動に従事しようと意思決定する際の,行為者の認知
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欲求を低減できる 行為は?
ある
それらの行為を 行なうことがで きると思うか?
思わない 思う
図1 注意段階:関係のある認知の活性化
動機づけ段階
的過程をモデル化した。 このモデルは「愛他性に関する規範的意思決定モデル (Anormative decision‑making model of altruism)」と呼ばれ, 5つの連続する段階,すなわち, ①注意
(attention), ②動機づけ (motivation),③評価(evaluation),④防衛 (defense),そして,
⑥行動 (behavior)から成っている。以後に各段階を順次説明する。
1) 注意段階(図 1参照)
行為決定を要求している状況の特色や他者からの手掛りに行為者が「気付くこと」である。
この状況知覚によって,行為者はある行為の 適切さ,ふさわしさ を決定する。この段階は さらに次の3つのステップに分かれる。
く1>他者の欲求,つまり,困っていることに気付く。
行為者は他者の欲求に気付かねばならない。そうでなければ,そもそも,一連の意思決定 過程そのものが始まらないからである。行為者は次に,他者の欲求状態を困っているものと して解釈しなければならない。また,その状態をそのまま放置しておけば,その人に否定的 な結果が及ぶと,解釈しなければならない。さらに行為者は,その知覚された状態と理想的 な状態,つまり他者の幸福の状態との間の矛盾を感じ取らねばならない。さもないと,行為 者は,その矛盾を解消する行為に向けて動機づけられることがないだろう。
ところで,他者の欲求状態に行為者が気付くには,主に,行為者がそれに自発的に気付く 場合と,困っていることを他者,あるいは第三者から知らされる場合とがある。特に前者に おいて,欲求や状況に対する「行為者の感受性」が問題となる。その能力の個人差が気づく ことに影響を与える。また,行為者がその状態を「重大である (seriousness)」と評価し,
定義する際には, 欲求の顕現性 (salience)や明瞭性 (clarity)という状況特徴が影響して くる。
このように,「欲求に気付くこと」,そしてその結果としての援助行動には,欲求の手掛り に対する行為者の感受性(個人要因)と欲求の顕現性・明瞭性(状況要因)とが影響を及ぽ してくるのである。
そこで, Schwartzは,個人要因であるところの,状況における欲求の手掛りに対する感 受性の個人差を測定するために,「影響の認識尺度 (awarenessof consequences scale:
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ACスケール)」を考案した。この尺度は,他者の幸福にとっての自分の行為の潜在的影響に 行為者が気付く程度を測定できるとしている。そして, 「他者の欲求を自発的に気づきやす い者は,測定された個人的規範と外顕行動との間の関連度が高く,他者に対して一層援助的 になる」と仮説した。
く2>欲求を緩和できる行為を確認する。
知覚された他者の現状と理想的な状態との間の矛盾を和らげるのに有効な行為を,行為者 は確認できなければならない。もしこの有効な行為の発見に失敗すれば,意思決定過程は中 断されることになるだろう。
く3>その行為を行なう自分の能力を認識する。
行為者は有効な行為を自分が遂行できるかどうか検討する。遂行可能な行為は選択される が,もしその能力に欠けていると思えば,その行為は選択されず,別の行為が検討される。
いずれの行為を行なう能力も自分が持っていないと思った場合には,行為の義務感が生じて こない。なお,この能力の中には,個人の持つ資産や資格も含まれる。
以上のように,注意段階は,行為の意思決定に必要な知覚を活性化する連続的なステップから 成っている。十分な知覚の活性化が遂されないと, 意思決定過程は「無為 (inaction)」 に 終 る。なお,この無為は,他の段階におけるそれと異なり,内在化された規範に基づくものでは ない。
2) 動機づけ段階(義務感の喚起)(図2参照)
前段階において,もし他者の欲求に応じうる行為を知覚し,それを自分が行ないうると感じ たならば,行為者は次の段階として,その行為の意味 (implication)を検討する。
行為の意味には以下の3つのクイプがある。すなわち,行為から直接生起するであろう身体 的,物質的,および道徳と無関係な心理的意味,行為者に内在化された道徳的価値にとっての 意味,そして,社会的意味,つまり他者の反応による諸結果である。
行為者にとっての行為の意味は?
道徳に関係のない心理的、
身体的、物質的意味
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内在化された(道徳的)心理的意味は?
ない ある
社会的意味は?
ない ある
図2動機づけ段階:(道徳的)義務感の喚起
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く1>身体的,物質的,および道徳と無関係な心理的意味
あらゆる行為には,少なくとも何らかの身体的,物質的諸結果と道徳的価値とは無関係な 心理的結果が伴う。そこで行為者は,確認された行為にそれらの諸結果がどの程度伴うかを 検討する。なお,このモデルにおいては,この種の結果の検討は,あまり重要視されていな い。むしろ以下の2つの意味が重視されている。
く2>内在化された道徳的価値(個人的規範)にとっての意味
行為者は,確認された行為に含まれる意味を,自分自身の価値体系に照らして検討する。
行為者は,この場において,その行為をとることの道徳的な責任が自分にあるかどうかを,自 分自身に尋ねる。彼らは,その責任を受容することによって,はじめて行為の遂行や抑制の 道徳的義務感を持つ。この道徳的義務感こそが「個人的規範」と名づけられるものである。
これは,内在化された価値から生み出された,ある行為に対する自己基準(期待)なのである。
この個人的規範に伴うサンクションは,自己概念と結びついており,規範同調は自己満足 感を生み出し,それからの逸脱は自己否定感を生じさせる。したがって,個人的規範は,価 値に基づいた行動期待という認知的成分と,この期待に関係した感情,つまり予期される自 己満足感,不満足感といった感清的成分との 2成分から構成されている。
個人的規範は,持続するものとしてよりもむしろ,一時的なものとして構成されている。
なぜならば,内在化された価値体系によって検討される刺激は,外界から得られたものであ り,状況によって変化するからである。これに対して,個人の価値は,行動の諸結果,もし くは型に対する比較的安定した好みである。したがって,個人的規範は,ある行為に対する 個人の価値の認知的意味と感情的意味を,状況的,特定的に映し出したものと考えられる。
このように,個人的規範が状況の手掛りに基づいて構成されるとすることから,規範的説明 に対する 1つの批判,すなわち,漠然と一般的に述べられ,行動の指針にはならないという 批判を無効にすることができた。
相互に矛盾する規範とかトートロジーに陥りやすいという別の批判は,次のように,規範 を直接測定することによって解決された。すなわち, Schwartzは,ある行動の選択状況に 直面した時,個人がどの程度の道徳的義務感 (moralobligation)を持つかによって,個人 的規範を測定しようとした。 この場合, 義務感 (asense of oughtness)とは,行為に向 かわせる力 (aforce toward action)と概念化されている。義務という語は,その行為に 伴うサンクションをも暗示している。このような義務が自分自身の価値から引き出され,ま た,そのサンクションが自分自身に根ざすことを示すために,道徳的という修飾語が付けら れている。
く3>社会的規範にとっての意味
知覚されたある行為に対する社会的期待が「社会的規範」であり,これが行動の意思決定 に影響を与える。行為者は,自分がある行為をとることが他者によって期待されているかど
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うかを自分自身に尋ねる。社会的規範にも外的サンクションが伴う。そして人は,強化を最 大にするために社会的規範に従う。個人的規範と同様に,この社会的規範も,行為に対する 社会的期待に気づくという認知的成分と, 行為に関して予期される他者の反応, つまり,
恥,不安,誇りなどの感情といった感情的成分との2成分から構成されている。
社会的規範が行為決定に影響を与えるためには,行為者が関わりを持つ集団の成員がその 行為に対する期待を共有していると,その行為者が信じていなければならない。また,意思 決定に際して,その共有された期待に注意を払わねばならない。 Schwartzは,ある状況に おいて,他者がある行為に対する期待を共有していると,行為者が知覚しているかどうかを 調べることによって,社会的規範を測定しようとした。すなわち,行為に対する社会的義務 感を測定することによって,知覚された社会的規範を測ろうとしたのである。具体的には,
準拠集団の考えに基づいて, 個人が知覚した重要な他者 (significantothers)からの期待 を尋ねることによって,この社会的義務感を捉えようとした。
3) 評価段階(図3参照)
前段階で行為者は,ある行為に含まれる身体的,物質的,社会的,および道徳的な諸結果の 意味を検討した。この段階では,それらの諸結果の予期される結末を評価ずる。すなわち,行 為した結果,自分にふりかかる出費(cost)と報酬(rewards)を見積り,計算するのである。
出費と報酬は,行為する時はもちろん,行為しない時にも伴う。つまり,援助の出費と報酬 のみならず,非援助の出費と報酬も存在する。もちろん,それらの出費と報醒には,身体的,
物質的,社会的,および道徳的なものがある。また,それらは,行為や状況によって異なる。
一般に行為者は,出費・報酬分析に基づいて,予期される強化を最大にするような行為を選 択する。図4に示されているように,ある行為の遂行に伴うと予期される報酬が出費にまさる とき,または,行為の抑制に伴うと予期される出費が報酬にまさるとき,その行為は実行され る。逆に,行為の遂行に伴うと予期される出費が報醜にまさるとき,または,行為の抑制に伴 うと予期される報酬が出費にまさるとき,その行為は無為に終る。
この段階において,行為か無為かの意思決定がなされる場合,次の防衛段階は飛び越され,
防衛段階
援助の潜在的結果(出費/報酬)
の評価
: 決定不可能
. . .
̲̲̲̲̲̲̲̲̲̲ ̲
I
} 決定可能
: I 援 助
I 非援助
I
図3予期的評価段階
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行動
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援助報酬
報酬
非援助報酬 援助報酬
為
1丁ヽ1
非援助出費
図4出費・報酬分析による行為の選択決定
防衛:
欲求の否認
‑‑‑‑‑‑
効果的な行為の否認
‑‑‑‑‑
能力の否認
‑‑‑‑ ・‑
責任性の否認
予期的評価:
決定不可能
決 定 可 能 ~[王こ己
注 意 ̲ 動 機 づ け ̲ 予 期 的 評 価 ー → ( 防 衛 ) ̲ 行 動 関係ある認 義務感
知の活性化 の喚起
図5防衛段階:規範的意思決定モデルにおける防衛的再循環
その次の実行段階,すなわち,決定された行為(無為)の実行へと移る。しかしながら,考慮 されている行為に伴うと予期される出費と報酬とが相対的に釣り合うと評価される場合には,
行為者は,それらの諸結果の選択に際して葛藤を感じるであろう。行為者は,この葛藤を減じ る試みとして,状況の再定義を次の防衛段階において行なうだろう。その間,行為の意思決定 は延期されることになる。
4) 防衛段階(図5参照)
体験される葛藤を減じるために,行為者は,状況の知覚および解釈を再定義し,それによっ で活性化された個人的義務感を弱めようとする。一般に,現実の状況や行為の物理的,社会的 結果は,行為者によって統制できないため,それらの再定義は不可能である。しかしながら,
行為者自身の認知,判断,解釈は再定義や変容が比較的容易である。そして,これらの再定義 は, しばしば,自己を防衛しようとする形でなされる。すなわち,活性化された個人的規範を 弱めるために,先になされた認知,判断,解釈を否認しようとする。この防衛ゆえに,意思決
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定過程は再循環することになる。そしてその再循環は,否認された段階の所から開始されるの である。
防衛のための否認には,欲求の否認,効果的な行為の否認,能力の不認,そして責任性の否 認の4つのタイプがある。
く1>欲求の否認 (denialof need)
困っている人の欲求を否認したり,その欲求の重大性の評価を軽減する。この際,状況お よび欲求の手掛りがあいまいだと,この種の否認は容易となる。この欲求の否認によって,
行為者はその意思決定過程から退くことになる。他方,状況の重大性が再定義によって弱め られた場合には,次の動機づけ段階へと進むことになるが,その時には,より一層弱い個人 的規範の構成へと導びかれることになるだろう。
く2>効果的な行為の否認 (denialof effective action)
行為者は,必要とされる行為がその状況において,あるいは,困っている人にとって有効 でないと否認することによって,自己を防衛することができる。この種の否認は,出費の少 ない別の行為を一層ふさわしい行為として定義することになるだろう。この新しく確認され た行為は,意思決定過程において評価を受けることになる。この間接的,代理的援助による
自己防衛は,しばしば見受けられるものである。
く3>自分の能力の否認 (denialof personal ability)
行為者は,必要とされる行為を行なう能力,もしくは,資産を否認することによって,自 己を防衛することができる。この種の否認は,非援助でこうむる社会的出費を減じるのに効 果的である。
く4>責任性の否認 (denialof responsibility)
行為者は,規範的義務に従うことの否認によって,自己を防衛することができる。つま り,活性化された個人的規範,あるいは社会的規範に従う自分の責任を否認しようとする。
この種の否認によって,活性化された規範は中性化 (neutralization)される。そして行為 者は,意思決定過程から退くことになる。
行為に対する個人的責任性を減じる理由の受容や責任性を拒否する個人的傾向を測定する ために, Schwartzは,「責任性否認尺度 (responsibilitydenial scale : RDスケール)」
を考案した。責任性に関しては,「責任性帰因尺度 (responsibilityascription scale : AC スケール)」が用いられていたが,活性化された規範的義務における責任を否認しようとする 防衛的傾向を一層強調するために, RDスケールに改訂された。
RDスケールには,対人的影響を持つ28個の行為と,それぞれの行為に対する責任を受容 する,あるいは拒否する理由とが示されている。応答者は,それぞれについて,賛成から反 対までの4段階評定尺度で反応するように求められる。そして,全応答の合計点をもって,
「責任性否認」の個人得点とする。この得点が高い者ほど,行為に対する自己の責任を否認し
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やすく,得点の低い者ほど,責任を一層自分に帰する傾向があると判断される。
この責任性の否認傾向は,個人的規範と表出された行動との関係に影響を与える。すなわ ち,この傾向の強い者において,両者はほとんど関連せず,他方,この傾向の弱い者におい ては,緊密な関係が存在し,援助性が認められると仮説された。
責任性の否認は,状況要因によって左右される。例えば,援助が直接要請されたり,援助 の可能性が自分に限定される場合,個人の責任性は顕現化し,否認しにくい。しかし,例え ば,他者が存在していると,責任が否認され,分散されやすい。
以上の4種のクイプの防衛によって,行為者は,その意思決定過程から退き,あるいは,別 の新しい行為に対する義務感が生じて,その行為が評価しなおされるかもしれない。そして,
行為者は,意志決定がなされるまで,この過程を循環するのである。非緊急事態においては,
このような防衛によって,意志決定は延ばされやすくなる。しかし,緊急事態では,防衛によ って決定が延ばされる間に,状況は刻一刻と変化する。欲求が明らかとなり,重大性が増し,
介入の遅れによる出費が増大して,一層援助的な行為に対する義務感が発生し,活性化される かもしれない。逆に,決定が延期される間に,欲求が減少し,活性化された規範が否認されやす くなるかもしれない。このような再定義が繰り返されと,決定や介入が益々遅れることになる。
5) 行動段階(図5参照)
意思決定された行為は,最終的に,表出されるか,もしくは無為に終る。行動が表出される と,それによって状況は変化し,別の新しい欲求や責任が生じるかもしれない。そのために,
行為者は,新しい意思決定過程に移るだろう。
行為者は,行為の後に,それに伴う諸結果をこうむるだろう。行為者は,それらの諸結果と 選択されなかった別の行為が伴うと予想した諸結果とを比較して,不協和を経験するかもしれ ない。もしそうならば,行為者は,その不協和を低減する行動に向けて動機づけられるだろ ぅ。現実の諸結果と予期した諸結果とが異なる場合もあるだろう。行為後の諸結果は,行為者 の認知,感情および能力感に変化を生じさせ,また,行為者の価値観,規範構造,出費・報酬 評価にも変化を来たすこともある。このような変化は,将来遭遇する状況の意思決定に影響を 及ぼすことになる。
3. 愛 他 性 に 関 す る 規 範 的 意 思 決 定 モ デ ル の 検 証 研 究
規範的意思決定モデルに従って, Schwartz,S. H. (1968 a, b)が提出した以下の6つの仮説 を,提供行動を用いて,日本において追試的に検証することを目的にして,次の調査研究を行な った。
1) 検証を試みた仮説
仮説1 愛他的行動は,「重要な他者からの知覚された期待」,すなわち,社会的規範より
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も,「行為への個人的義務感」,すなわち,個人的規範によって一層強く規定される だろう。
仮説2 他者に幸せをもたらす行為の影響に気づくこと,すなわち,「影響の認識 (AC)」 の程度の低い者よりも,それの高い者は,他者に対して一層援助的であろう。
仮説3 援助規範意識と行動(または,行動意図)との間の関係は, ACの程度の低い者よ りも,それの高い者において,一層緊密であろう。
仮説4 行為に対する自己の責任を否認すること,すなわち,「責任の否認 (RD)」の程度 の高い者よりも,それの低い者は,他者に対して一層援助的であろう。
仮 説5 援助規範意識と行動(または,行動意図)との間の関係は, R Dの程度の高い者よ りも,それの低い者において,一層緊密であろう。
仮説6 ACの程度が低く,かつR Dの程度の高い者においては,援助規範意識と行動(ま たは,行動意図)との間の関係が弱いだろう。逆に, ACの程度が高く,かつR D の程度の低い者において,その関係は強いだろう。なお, ACとR Dの程度が共に 高い者,あるいは,共に低い者におけるその関係は,中程度の強さであろう。
2) 方 法 (1) 対 象 者
D私立大学において「心理学」を受講する男女大学生132名を対象者とした。なお,彼らの 性別内訳は,男子109名,女子23名であった。
(2) 調査の実施
第1調査は,昭和58年12月19日から24日かけて,約10人の小集団を構成して,集団検査法に よって実施された。その所要時間は約90分であった。この調査で用いた質問紙には,次に示す
4種類の尺度が含まれていた。
① 影響の認識 (AC)尺度(図6参照)
Schwartzが考案した尺度を翻訳して用いた。この尺度では,投影的な物語完成法が使わ れている。他者の幸福に影響を及ぼす葛藤的な決定に主人公が直面している出来事(物語)
が6種類提示される。各出来事について,対象者は,何をするか決定しようとする時の思考 過程とその時に主人公の心に浮かぶ考えや感情を,あたかも自分自身がその主人公になった つもりで回答するように求められる。なお,この尺度は名目上『洞察カテスト』と名づけら れていた。
応答は,意思決定の一部分として,他者の幸福に自分の行動が潜在的に影響を持っている ことに主人公が気付いている程度を,得点化の手引(附録参照)に従って, 0点(行為の影 響を全く認識していない)から 4点(長期の影響に気付き,他者についての展望を受け入れ,
他者の観点から影響を考える)までの5段階でコーディングされた。得点化には 2人があた り,得点が一致しない場合には協議して,得点を決定した。そして, 6つの出来事の得点を
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図6 影響の認識 (AC)尺度の教示と項目例 洞察カテスト
このテストは,人が行動へと自分の意志を決定してゆく過程について,あなたがどの程度理解できる かを調べるものです。以下のページには,人が日常場面において経験するであろう 6つの出来事が書か れています。それぞれの出来事は,人が何をするかの決定に直面しているところで終っています。
そこで,あなたは,彼がどのようにそれを決定していくか,彼が行うべきことについて, どのように 考えているのか,彼の感情状態はどのようなものか,などについて想像して下さい。そして,あなたの 思うところを自由に書いてください。
あなたは, 自分がこの人の立場にいると想像して下さい。彼は, 決定に際して何を考えたでしょう か。それぞれの出来事を読んで,その要点をよく考えて下さい。あなた自身がその決定をするかのよう に,その主人公について書けばよいのです。その人が何を行うかについて書く必要はありません。彼が どのように考えていくのか,その進行過程を書いて下さい。彼が経験していると思われることをできる だけ詳しく,そのすべてを書いて下さい。
1. 土曜の朝, 7時30分, 目覚ましがけたたましく鳴り響いている。しかし,いつも昼前まで寝ている 正雄は,なかなか起きられない。それにここしばらくの寒波のせいか,冷え込みも厳しく,布団の外 はとても寒い。正雄は,布団の中でぼ一つと昨日の約束の事を思い起こしていた。今日は,仲間たち とスキーに行く予定であり,混雑を避けるため少しでも早く出発しようということになって, 8時に 友人が車で迎えに来てくれることになっている。皆,この日を心待ちにしていたのだ。早く起きなけ ればいけないと思いつつも,彼はなかなか布団から出られない。
さて彼は,これから自分のとるべき行動をどのように決めていくでしょうか。そのとき, どのよう なことを考え, どのような感情を経験するでしょうか。あなたが正雄になったつもりで,それらを想 像して自由に書いて下さい。
合計して「影響の認識」得点した。この得点が高いほど,他者の幸福にとっての自分の行為 の潜在的影響に気づきやすいことを意味する。
② 責 任 の 否 認 (RD)尺度(図7参照)
Schwartzによって考案された尺度を翻訳して用いた。この尺度は,行為の責任の帰属,
または否認の理由が陳述された28個の項目から構成されており,その内の11項目は逆転項目 である。なお,項目分析によって, 24個の項目が選ばれた。各項目は,非常に賛成 (1点)
か ら 非 常 に 反 対 (4点)までの4段階尺度によって評定される。全項目の合計点をもって,
個人の責任の否認得点とする。この得点が高いほど,対人的影響をもつ自分の行為に対する 責任を減じる理由を受け入れやすいこと,すなわち,責任を否認しやすいことを意味する。
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