︿論説﹀
公立学校と宗教をめぐる諸問題
アメリカ合衆国の判例展開を中心に
公 立 学校 と宗 教 をめ ぐる諸 問 題 61
序論 藤田尚則
アメリカ合衆国憲法修正第一条は︑﹁連邦議会は︑国教の樹立を規定し︑もしくは宗教の自由な活動を禁止する法
律⁝⁝を制定することはできない︒﹂とし︑いわゆる国教樹立の禁止と宗教の自由な活動の権利の保障を規定してい
る︒
合衆国最高裁判所は︑国教禁止条項の解釈原理として﹁三部分テスト(p冨81冨昌奮け)﹂を数十年に亘って引き出
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し︑これを採用してきている︒レモン事件ピ①目8タ訳霞訂ヨきで法廷意見を述べたバーガー主席裁判官は︑①法律は世俗的な立法目的を有するものでなければならない︑②法律の主要な又は基本的効果は宗教を助長するものでも抑
圧するものであってもならない︑③法律は︑政府の宗教との過度のかかわり合いを助長するものであってはならない,
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( 2 )
と判示している︒( 4 ) ( 3 )
また︑合衆国最高裁は︑ブラウンフェルド事件じ◎霊二三①一血く.じσき毒︑シャーバート事件ω冨筈①昌く・<①ヨ零及び( 5 ) ・
ヨーダi事件を一︒・8蕊ぎく.く巳霞の三つの主要な判決で宗教の自由な活動条項をめぐる解釈原理を展開しているが︑これらの判決は︑宗教上の諸権利を侵害する立法を審理する場合に以下の審理を命じている︒まず︑立法が不当に宗
教上の権利を侵害するか否かを決定するためには︑裁判所は︑立法により負担を課されていると申し立てられた活動
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が実際に宗教的であるか否かを決定しなければならず︑その活動が宗教的である場合︑裁判所は︑次にどのように著しく立法が宗教活動に負担を課しているかを決定しなければならない︒その場合︑負担が単に付随的(一コ象①=琶)に
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生ずるものである場合︑当該立法は宗教への負担を主張する個人に有効に適用される︒他方︑負担が著しいものと認定された場合︑裁判所は次の段階として当該立法によって助長される公益(竃菖6葺霞①ω8)を審理しなければならず︑
この利益が決っしてやむにやまれぬ(8暑①=ぎσq)ものではなく︑或いはより制約的でない方法(一$︒・=①ω三亀く①
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日︒彗︒・)によって達成できるものと認定された場合︑当該立法は適用されない︒しかし︑公益がやむにやまれぬものであり︑より制約的でない方法が有効でない場合︑宗教への負担と州の利益との比較衡量が行われなければならず︑
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﹁最も高度の秩序(け冨7勘σ・冨巴︒巳①﹃)﹂といった利益のみが自由な活動の権利の主張に超過するのである︒本稿は︑かかる解釈原理を念頭に置き︑アメリカ合衆国における﹁公立学校と宗教﹂の問題を①公教育機関が行う
宗教教育︑②学校内で生徒が主催する宗教活動︑③宗教的理由に基づく非宗教的(世俗的)教材の排除︑④宗教上の
理由に基づいて異議を申し立てる生徒の免除︑の四つの観点から判例展開を中心に論ずることを目的とする︒
(1)きω⊂φ①8(這謡).
(2)疑●90一NI一も︒・
(3)G︒O①qω●昭Φ(お2)●
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公 立 学 校 と宗教 をめ ぐる諸 問題 63
1公教育⁝機関が行う宗教教育
アメリカの公立学校では長期間に亘り︑毎日始業時に宗教的行事を行うことが慣行とされ︑その内容は︑聖書の一
( 1 V
章の朗読︑讃美歌の合唱︑主の祈りの朗唱といったものであった︒かかる慣行について︑合衆国最高裁判所は沈黙を続けていたが︑一九六二年︑ニューヨーク州教育委員会作成の祈
祷文を同州の公立学校の各教室で毎始業時に教師出席のもとに朗唱する制度の合憲性が争われたエンゲル事件国嶺巴
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<●≦琶で︑国教禁止条項を侵害するとの判決を下した︒また翌一九六三年︑シェンプ事件QQ畠︒︒一∪一ω巳9︒{( 3 )
﹀げぎαq8=目勺こ剛﹀.<・ω警①ヨも℃では︑﹁各公立学校の授業のある日の始業時に聖書の少なくとも一〇節が註釈なしに朗読されなければならない︒いかなる児童も親若しくは保護者の書面による要請に基づき︑右の聖書朗読若しくは聖
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書朗読への出席を免除される︒﹂と規定したペンシルヴェニァ州法︑及びメリーランド州ボルティモア市の市立学校で始業時に﹁聖書の一節を註釈なしで朗読すること︑または主の祈りを朗読すること﹂を定めた同市の教育委員会規
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則の合憲性が争われたが︑最高裁は違憲判決を下したのである︒( 6 )
この両判決は︑特に不評をかい︑全国にわたる論争を引き起こし︑上下両院︑教会関係者︑学者︑新聞︑雑誌等のs4
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問で論陣がはられ︑組織的宗教活動を公立学校に復活させようとの多くの試みがなされてきている︒一九八二年五月七日付けニューヨークタイムズは︑国民の七〇%が公立学校に任意の祈祷を復活させることを望んでいる旨を報じて
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いる︒かかる動きにも拘らず︑最高裁は︑公立学校で宗教に便宜を計ることについては︑かたくなな姿勢をくずしていな
い ︒
( 9 )
まず︑マッコラム事件竃60︒一ξヨ<●じ08乙鉢国含︒鋤酔凶8をみることにする︒一九四〇年︑イリノイ州シャンペイン郡のユダヤ教︑ローマ・カトリック及び小数のプロテスタントの関係者は︑宗教教育協議会と呼ばれる自主組織を
つくり︑公立学校の四年生から九年生までの生徒に対して宗教教育の授業を受けさせるための許可を第七一学区教育
委員会から得た︒授業は︑出席を要請する書面に親が署名した生徒を対象とし︑一週間当り低学年生は三〇分︑高学
年生は四五分の宗教の授業であった︒同協議会は︑学校当局に金銭的負担をかけずに講師を雇ったが︑講師は校長の
認可及び監督に服さなければならなかった︒授業は三つの宗派別グループに分かれ︑学校の正規の教室で行われた︒
宗教教育を受けたくない生徒は︑教室を去り︑世俗の学習を行うため他の場所に移動することが要請され︑授業に出
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席する生徒は︑世俗的学習を免除されるが︑出欠席の報告を世俗の教師に対して為さなければならなかった︒多数意見を述べたブラック判事は︑次のように判示している︒上述の事実からして︑税金によって維持される財産
の宗教の授業への使用及び宗教教育の促進という点に︑学校当局と宗教教育協議会の間に密接な協同関係があること
が明らかである︒従って州の義務教育制度の施行が︑宗派別セクトによってなされる宗教教育のプログラムを援助し
且つそれと統合されている︒世俗的教育を受けるため登校を法律によって義務づけられている生徒は︑いくぶんかは
宗教の授業に出席するという条件でその法的義務を一部免除されてはいるが︑税金で設立され︑維持されている公立
( 11 )
学校制度を宗教団体が自己の信念を流布するために利用することに他ならないのである︒本件においては︑宗教的教公立 学 校 と宗 教 をめ ぐる諸 問 題 65
義の普及のために州の税金で維持される公立学校が使用されるのみならず︑州は公立学校の義務教育制度を利用して
宗教の授業に児童を出席させる手助けをするという非常に貴重な援助を宗派グループに提供しているのであり︑この
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ことは︑教会と国家が分離しているとはいえない︒( 13 )
しかし︑最高裁は︑マッコラム事件の四年後の一九五二年︑ゾラク事件N︒轟島く・Ω碧ω8で公立学校の生徒は校外の宗教施設で宗教教育を受けるために授業を免除されると判決したのである︒ニューヨーク市は︑ニューヨーク州
教育法の﹁宗教行事及び宗教教育を受けるための欠席は︑教育長の定める規則に基づいて許可するものとする︒﹂と
いう規定に基づいて︑公立学校の生徒が授業時間中に宗教教育や祈祷に参加できるよう校外の宗教施設に行くことが
できるとするいわゆる免除時間制(邑$ω巴ぎ①︒・k︒・8ヨ)を立てた︒生徒は︑親の書面による申請に基づいて授業を免
除され︑免除されない生徒は︑教室にとどまる︒また︑教会は︑授業を免除されていながら宗教教育を受けない生徒
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について毎週学校に報告するものとしていた︒ダグラス判事は︑法廷意見の中で次のように判決を下している︒免除時間制は︑公立学校の教室での宗教教育も公
金の支出もその内容とはしておらず︑申込用紙を含むあらゆる費用は宗教団体によって支払われ︑かかる点でマッコ
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ラム事件とは異なっている︒何人も宗教施設へ行くことを強制されることはなく︑いかなる宗教教育も公立学校の教室内に持ち込まれてはいない︒生徒は︑宗教教育を受ける必要性はなく︑自らの宗教的礼拝の方法やその時間につい
て自己の決定に任されている︒学校当局は︑生徒を宗教施設に行かせることについての強制の点については中立であ
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り︑親が申請する生徒を免除するそれ以上のことは何もなしてはいない︒そして︑憲法は︑政府が宗教を敵対視する必要性もその力を宗教的影響力の効果的範囲を広げる努力に向ける必要性も要請していないのであるから︑本件免除
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時間制は合憲である︒公立学校の校内で行われる宗教活動は︑不当に宗教を助成することになるが︑校外での宗教活動を認めないことも︑