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民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件 : 最高裁平成13年7月19日判決を素材として

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(1)判例研究. 民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件    一最高裁平成13年7月19日判決を素材として一. 渡辺 靖明            一CONTENTS− 1.はじめに H.本判決に対する学説の評価と疑問.  1.履行詐欺の成立を否定した最高裁判決  2.「財産損害」否定説  3.「量的な可罰的違法性」否定説 皿.当事者の「意思」と詐欺罪の成立要件.  1.処分行為者の「同意」と「錯誤」との関係  2.行為者の「意思」と「欺岡」との関係 IV.むすびに. 1.はじめに  単純な民事債務不履行を引き起こしただけでは,犯罪とはならない。これは,. 刑法の「補充性の原則」が妥当する例として多くの教科書・体系書内で挙げら れている1)。だが,民事債務不履行が刑法上の犯罪構成要件に該当しなければ,. 犯罪(財産領得罪)が成立しないのは当然である。それゆえ,上記の例示には,. 単純な民事債務不履行に基づいて代金を不正に支払わせる行為が財産領得罪の 成立要件に形式的に該当する場合でも,犯罪の成立が謙抑的に判断されるべき, 139.

(2)  横浜国際経済法学第15巻第3号’(2007年3月),. ことが含意されているのではないだろうか。しかし,例えば,債務者が故意に 虚偽の申出を債権者にして債務の履行を免れたにもかかわらず,債権者から代 金等を支払わせた場合はどうか。この場合に,詐欺罪の成立が謙抑的に判断さ れることがありうるとしても,民事債務不履行が詐欺罪のいずれの成立要件に どのように関連するのか。この点については,議論が尽くされているとは言え ず,さらに厳密な検討が必要であると思われる2)。.  この問題を考えるうえで,興味深い判例(最判平成13年7月19日刑集55巻5. 号271頁。以下,本判決と呼ぶ。)がある。本件の事案は,大阪府から「定 額・一括契約」でくい打ち工事を請け負った建設会社の現場代理人Xらが,工 事本体は蝦疵なく完成させたが,付随的な債務の履行(汚泥の適法処理)につ いて虚偽の申告をした後,請負代金を請求して,これを大阪府から受領した, というものである3)。本判決は,結論として詐欺罪の成立を認めなかった(原 判決を破棄,原審に差戻し)。.  従来,判例は,詐欺罪の法定構成要件(刑法246条)に従い,基本的に欺 岡・錯誤に基づく交付により財産が行為者側に移転したこと自体を損害として 詐欺罪が成立することを認めてきた(いわゆる「形式的個別財産説」(形式説))4)。. しかし,本件調査官解説を含め,これまで公表された大部分の見解は,本判決 が「実質的個別財産説」(実質説)5)に立ち,代金支払(交付)を越えた「財産. 損害」の発生が欠けたことを理由に詐欺罪の成立を否定したもの,との理解で ほぼ一致している6)。すなわち,この見解によれば,本判決によって判例が形. 式説から実質説に移行することが示唆されたことにもなりうる。だが,本判決 は,判文中で「財産損害」の文言をまったく用いていない。さらに,本判決後 も形式説に立つと解される最高裁判例が出されている7>。確かに,本判決の判. 示は,多義的で難解であるといえる。だがそうだとしても,Hで指摘するよう に,本判決が実質説に立つと解する大部分の見解には,その理論構成にあいま いで疑問が残る点が少なくない。さらに,ことさらに実質説との整合性のみを 強調している感が否めないのである。 140.

(3)                    民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件.  本稿は,本判決につき,次のように理解する。本件では,皿で詳細に検討す るように,本件工事請負契約の発注者(債権者)である大阪府側に「当該債務 (汚泥の適法処理)に対する履行請求の意思」が欠け,代金支払に真意として 「同意」していたとみられる。これを前提とすれば,未遂の成立を別として,. 本件では詐欺罪(錯誤に基づく財産の処分行為)が成立しえないことになる。 本判決は,このように考えたのではないか。すなわち,本件での詐欺罪の成否 には,当事者たる大阪府側の「意思」・「同意」の内容が極めて重要な意義を もっていたことになる。.  本稿は,このような観点から本判決を検討し,民事債務不履行と詐欺罪との 関係を考えるうえでの理論的な端緒を示そうするものである。. H.本判決に対する学説の評価と疑問  1.履行詐欺の成立を否定した最高裁判決  本判決は,「請負人が本来受領する権利を有する請負代金を不当に早く受領 したことをもって詐欺罪が成立するというためには,欺岡手段を用いなかった 場合に得られたであろう請負代金の支払とは社会通念上別個の支払に当たると いい得る程度の期間支払時期を早めたものであることを要する」と判示した。. そのうえで,本判決は,Xらが工事の際に排出される汚泥の適法処理につき内 容虚偽の処理券を大阪府側に提出したことで,「工事完成払金の支払時期をど れだけ早めたかは,記録上,必ずしも明らかでない」などとして,詐欺罪(い わゆる「履行詐欺」)の成立を否定した。.  この判示内容からは,本判決でもなお形式説の判断枠組が維持されていると 解しうる8)。つまり,当該(債務の履行内容に関する)平岡手段が用いられな ければ,大阪府が早期の「請負代金の支払」(「錯誤に基づく財産の処分行為」). に応じなかったであろう,という因果連関の存否が問われているとの理解も充 分に可能である。もっとも,−「社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度.                                  141.

(4) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). の期間支払時期を早めたものであることを要する」との部分からは,確かに一 定の量的な財産損害が発生することを要求しているようにもみえる。しかし,. 後述するように,この量的損害の存否も,可罰的違法性の問題として理解すれ ば形式説からも同一の結論に至りうる。それゆえ,この判示部分から,本判決. が実質説を採用したとは即断しえない。それにもかかわらず,本判決では「実 質的な財産損害」の発生が否定されたとする見解が,少なからずみられる。以 下では,この見解の当否につき,検討を加える。.  2.「財産損害」否定説  ①1項詐欺罪の成否として把握する見解  実質説の立場では,支払時期が単に早められたのみでは,処分行為者(大阪 府)の代金支払につき,実質的(経済的)な損害を生じさせる処分行為と評価 しえない。本見解は,本判決がこのような観点から詐欺罪の成立を否定した, と解している9)。.  しかし,本来実質説は,処分行為者側の「経済的・財産的な取引目的の失敗 (ないし錯誤)」を考慮して,財産損害の存否(詐欺罪の構成要件該当性)を (いわば質的に)評価する学説10)である。すなわち,実質説は,財産が交付さ. れたことで処分行為者側に生じる量的な財産損害の大小により詐欺罪の成立範. 囲を画そうとする学説ではない。この点で本見解は,すでに樋口亮介助教授が 正当に示唆されているように,本判決を把握するに当たり,実際には実質説の 従来の判断枠組から大きく転換してしまっている11>。.  この点を措くとしても,そもそも,どの程度支払期間を早めれば実質的な 「財産損害」が発生すると評価できるのであろうか。この点は,本件調査官解 説として朝山芳史判事も指摘されている12)。この疑問について,本見解(1項 詐欺罪説)に立つ前田雅英教授は,「月単位の期間が想定される」とされたう えで,同時に「契約の具体的内容,企業の活動形態,金利水準」という諸要素 を考慮される13)。同様に,伊藤渉助教授も,「当該債権の価額の多寡,債権者 142.

(5)                    民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件. と債務者の人的な関係の濃淡,履行期限の確定性・厳格性といった点」14)を挙 げられる。確かに,この判断基準には正当なものが含まれている15)。しかし,. この判断基準は,多くの要素に左右されるため,財産損害の明確な限界づけが 困難であるといわざるをえない。実際に,前田教授も自説の判断基準につき, 「微妙に変動せざるを得ない」16≧と自認されている。.  林幹人教授がまさに指摘されるように,実質説は,(形式的)個別財産説の 生命線たる「論理的明快性」および「罪責判断の形式性」を乗り越えても17),. 詐欺罪の構成要件該当性の限定性を重視する価値判断を選択した見解である。 それゆえ,実質説では,財産損害の存否の判断においてある程度不明確となる ことが,宿命的に不可避なものとして容認されている。しかし,そうだとして も,前田説・伊藤説による上記の判断基準は,恣意的かつ流動的であって,あ まりにも法的安定性を欠くものと言わざるをえない。.  そもそも,上記の判断基準では,各要素を具体的にどのように関連づけて実 質的(経済的)な財産損害の存否が判断されるのか,必ずしも明らかではない。. さらに,この点については,次のことも指摘しうる。例えば,契約の具体的内 容,企業の活動形態または債務者との人的な関係を前提としても,債権者がな お履行期限を極めて厳格に解している場合には,金利水準,債権の価額の多寡 にかかわらず,早期の代金支払から財産損害が発生しうることになろう。そう だとすれば,詐欺罪の成否(財産損害の存否)にとって決定的なのは,もはや. 客観的な経済的・金銭的要素ではない。むしろ,債権者が早期の代金支払を許 容するか否か,すなわち代金支払が債権者の真意としての「同意」に基づいて いるか否か。それが重要となるのではないだろうか。しかもこのような理論構. 成は,判例が従来から依拠する形式説ともなお整合性を有するものと考えられ る。この点は改めて皿で論じることにしたい。. ②2項詐欺罪の成否として把握する見解 本見解の代表的論者である木村光江教授は,実質説の立場から,本判決のい                                 143.

(6) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). う「『別個の支払』の実質的内容は『利息分の利益』」と解したうえ,支払が早. められた期間が「1ヶ月未満の程度であれば,その『利益が軽微』であること を理由に,2項詐欺罪の構成要件該当性を欠くと評価したほうが,妥当な結論 が得られる」とされる18)。この見解が,端的に量的な軽微性のみで「財産損害」. の存否を判断することを意図しているとすれば,①説と比べ,基準として流動 性が少ないといえよう。.  しかし,本見解に対しては,そもそも「実質的被害と1項,2項どちらが成 立するかは無関係」であるとの指摘もなされている19)。それゆえ,朝山判事も,. 本件が2項詐欺罪の成否として論じられるべきであったことを示唆されつつ も,その理論構成の当否についてはなお留保を示されている20)。しかし,この. 点を措くとしても,やはり,なぜ1ヶ月未満の期間であれば,大阪府が喪失し た,、決しで低額とは言えない財産的な利益が,全体財産説を採用しないにもか. かわらず,「軽微」と判断されるのだろうか。これは,上記前田説にも共通す る疑問であるが,月単位で財産損害の存否を判断することに,特に明確な根拠 が示されているわけではない。むしろ,今日の金融取引では,日歩計算での高 利融資が行われている。それゆえ,個別財産説を前提とする限り,そのような 利息分の利益(金銭的利益)の喪失が「実質的な財産損害」にあたらないとの. 理解は,経済社会の常識にあまりにもそぐわない。また,本判決後も,最高裁 は,身分証明を偽って他人名義で銀行に預金口座を開設させ,価格約350円相 当の預金通帳1冊を交付させこれを受領した場合にも,(1項)詐欺罪が成立す. るとしている(最決平成14年10月21日刑集56巻8号670頁)21)。すなわち, 最高裁は,預金通帳の交付のみで既遂とし,交付客体の価格(取引価格)が比 較的低額であっても,詐欺罪の構成要件的結果が生じることを認めている。こ のような最高裁の立場からして,本件の利息分の利益に着目したとしても,本. 判決が詐欺罪の構成要件該当性を否定するとは考えにくい。本件では,約 7000万円の請負代金が交付客体となっており,その利息は,たとえ1ヶ月未満 でも,通帳自体の価格数百円とは比較にならないほどに高額なものとなること 144.

(7)                    民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件. は明らかだからである。この点,朝山判事がXらの行為につき「2項詐欺罪を 構成するとみることは可能であろう」22>とされていることが注目に値する。し. かしながら,本判決がなぜそのような結論をとらずに詐欺罪の成立を認めなか ったのかについて,積極的な根拠は示されていない。いずれにせよ,これらの 点で,本見解(とりわけ木村説)にも賛同しえないものが残る。.  3.「量的な可罰的違法性」否定説 (1)それでは,樋口助教授が示唆されるように,可罰的違法性としての量的な. 財産損害の存否という観点から,本判決が詐欺罪の成否を検討した,との理解 は可能であろうか23)。先にも触れたように,形式説の判断枠組と可罰的違法性 の理論とは必ずしも両立しえないわけではない24)。なぜならば,形式説は,処. 分行為者側が「欺かれなかったならば,交付しなかったはずの」財産の交付・ 移転(領得)で,詐欺罪の構成要件該当性のみを認める見解であって,可罰的. 違法性の理論自体を否定する見解ではないからである。その限りでは,「量的 な可罰的違法性」否定説によれば,少なくとも本判決と従来の判例の立場(形 式説)との整合性は維持されるようにもみえる。.  だが,朝山判事は,可罰的違法性の理論の採用に消極的である判例の立場で は,本判決が可罰的違法性を否定したものと理解するのは困難である,と指摘 されている25)。また,上記のように預金通帳事件と対比しても,大阪府側に発 生しうる財産損害は,決して軽微なものとは言えない。.  しかも,判例は,いわゆる「絶対的軽微型」に該当する可罰的違法性の存否 について,単に結果(損害)の大小のみならず,被告人の行為の態様・性質等 をも考慮して,判断を下している。例えば,犯罪の成立が否定された「一厘事. 件」すなわち被告人が煙草専売法に違反して,価格わずか一厘相当を自ら費消 した事案でも,「零細ナル反法行為」が「犯人二危険性アリト認ムヘキ特殊ノ 情況ノ下二決行セラレ」ない限り,「刑罰ノ制裁ヲ加フルノ必要ナク」として いる(大判明治43年10月11日刑録16輯1620頁)26)。また,「長沼温泉事件」.                                 145.

(8) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). すなわち旅館主がサービスの一環として買い置きしていた煙草を宿泊客に定価 で販売した行為がたばこ専売法違反に問われた事案でも,「右のごとき交付又 は所持は,たばこ専売法制定の趣旨,目的に反するものではなく,− ミ会共同生. 活の上において許容されるべき行為」である,として被告人を無罪としている (最判昭和32年3月28日注油11巻3号1275頁)。  他方で,偽計業務妨害罪の成立が認められた「マジックホン事件」すなわち 被告人が電話料金を無料にする機械を購入し,これを電話機に取り付けた後,. テストのため一度だけ使用して通話料金10円の支払を免れた事案では,最高 裁は,「被告人がただ1回通話を試みただけで同機器を取り外した等の事情が あったにせよ,それ故に,行為の違法性が否定されるものではない」と判示し. ている(最決昭和61年6月24日刑集40巻4号292頁)。この最高裁決定は,同 種事件の多発を背景として,まさに行為自体の反復される危険性や社会的な許 容性などを考慮したうえ,「予防の必要性」を重視したものと解されている27>。.  それゆえ,本判決が行為の性質とは独立して,「被害額,被害者に特に現金 保有の必要があったかなど」の「被害者側の事情」28)のみを考慮して,量的な 財産損害すなわち「絶対的軽微型」の可罰的違法性を否定したと解することは, 上述の判例の立場とは整合性を欠くことになる29)。また,従来の可罰的違法性. をめぐる判例の事案は,いずれも,損害自体がそもそも極めて軽微なものであ った。上記の判例でも,このことを前提として,可罰的違法性の存否が判断さ れている。それゆえ,上述のように損害が決して軽微とはいえない本件につい. て,本判決が可罰的違法性を否定したと解するならば,Xらの行為の態様・性 質等のみを考慮してその判断が下されたことになる。しかし,それは,従来の 判例の判断枠組とは大幅に異なる。本判決が,そのような重大な判断を下した とすれば,その具体的な根拠が判示されるはずではないだろうか。しかし,本 判決では,この点について何ら述べられていない。これらのことを総合すると,. 本判決の内容を可罰的違法性の観点から把握するのは,なお困難であると思わ れる。 146.

(9)                    民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件. (2)このような疑問があるにもかかわらず,樋口助教授は,裁判例の一般的な. 傾向としても「被害の量を慎重に検討するという実質判断は採用されている」 と指摘される30)。そこで,特に「損害の量的判断」により財産犯罪の成立範囲. を限定した先例として,大阪高聴昭和59年11月27日高刑集37巻3号438頁 (以下,昭和59年判決と呼ぶ。)が重視されている31)。昭和59年判決は,金銭. 債務の弁済を免れようとした被告人が債権者を殺害した事案で,債権者の相続 人との関係で「速やかな債権の行使を相当期間不可能ならしめたときにも」2 項強盗殺人罪が成立するとしたものである。そこでは,樋口説の当否が以下で 検討されるべきことになる。.  確かに,同種の事案で,債務者が(債権者を殺害したことで)債権の行使を. 事実上不可能にしたこと自体が2項強盗罪における「財産上の利益」を得たこ. とになる,とした最高裁判例(最判昭和32年9月13日速了11号2263頁)と比 べて,昭和59年判決は,「相当期間不可能ならしめた」との基準を用いて,2. 項強盗罪の成立範囲を制限的に解しているようにもみえる。しかし,昭和59 年判決は,結論として被告人が当該債務の弁済を免れたとして2項強盗(殺人) 罪の成立を認めている。それゆえ,「相当期間」との基準によって,「被害の量」. が実際にどのように判断されたのかは,全く明らかではない。この点を措くと. しても,昭和59年判決は,次のように理解されるべきである。例えば,被相 続人が殺害された時点で「履行期」が到来していなければ,相続人はそもそも 債権を行使(弁済の請求)しえない。この場合,行為者にとっても,債権者を. 殺害した時点ではまだ支払猶予という「財産上の利益」を得たとはいえないで あろう32)。「支払猶予」という利益の存在が欠けるからである。そこで,昭和. 59年判決は,「相当期間の支払の猶予」という「財産上の不法の利益」それ自. 体が生じていたかどうかを検討したと解される。換言すれば,昭和59年判決 は,2項強盗罪の成立要件として一定の量的な(期間に関連した)財産損害の 発生を要求しているわけではない。債権の行使を「不可能ならしめた」事実の. 存否自体を問題にしているのである。これらの点からして,昭和59年判決に                                  147.

(10) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). 「損害の量的判断」を行った先例としての意義を認めることは,おそらく妥当 ではないであろう。. 皿.当事者の「意思」と詐欺罪の成立要件.  1.処分行為者の「同意」と「錯誤」との関係 (1)Hで検討した本判決についての従来の見解は,財産損害の存否に着目して 一方的に自説を展開している感が否めず,本判決の理解としてはいずれも疑問. が残るといわざるをえない。これらの見解とは異なり,本稿は,次のことに着 目する。まず,府議会において大阪府の当該工事の担当職員が,本件によって                      ! 「大阪府としては詐欺被害を被ったとは考えていない」と発言していることで ある33)。また,大阪府の他の担当職員も公判において「結局工事自体が設計図. 書に定められた基準どおりに完成しておれば,工事完成検査は合格とし,工事 代金全額の支払に応じざるを得ない」との証言をしており,この点は弁護i人肥 の上告趣意でも改めて主張されている。もっとも,これらの証言内容の当否に ついては,第1審では,特に検討されていない。原審でも,必ずしも説得的な』 根拠が示されることなく,その内容が曖昧であり推測にすぎず信用できない, などとされた。さらに,本判決でもこの点については直接には触れられてはい ない。.  しかし,これらの証言の内容が本件工事請負契約の発注者(債権者)である. 大阪府側の真意であったとすれば,大阪府側は少なくとも代金支払時に「汚泥 の適法処理」の履行請求をする意思を欠いていたものと解される。このことの. 証左として,さらに次のことも挙げられる。例えば,大阪府側は,Xらから工 事完成の通知を受けた当日,工事完成検査を実施・完了し,即日合格としてい るが34),「汚泥の適法処理」の有無に関しては,処理券の提出を受けたのみで. あり,当該履行の存否についてそれ以上の実地調査・確認等は一切行っていな いようである。しかも,当該大阪府の工事監督員は,本件工事の汚泥がどのよ 148.

(11)                    民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件. うに処理されるかにつき,関心を有していなかった旨の証言も行っている35)。. これらのことからも,大阪府(発注者・債権者)側が,Xらに対し汚泥の適法 処理の履行を促す意思をまったく有していなかったことが示されている36)。.  また,そもそも本件捜査の端緒は,当該汚泥の処理を担当した廃棄物処理業 者による汚泥運搬車両の過積載であった。その捜査の過程で,当該処理業者が,. 本件請負工事の際に排出された汚泥の処理量につき内容虚偽の汚泥処理券をX らに発行していることが明らかとなり,Xらがこれを利用した詐欺の嫌疑が浮 上したため,Xらが逮捕・起訴されたものである37)。すなわち,大阪府による 詐欺罪の被害届の提出・告発などはまったくなされてはいなかったのである。. この点からも,Xらの不履行を当初より問題視する意思が大阪府側に欠けてい たことが,強くうかがえる38)。. (2)そこで,(1)で挙げた事情を踏まえたうえで,本件民事契約関係における. 大阪府(処分行為者)側の「意思」および「同意」の内容に着目して,改めて. 本判決を検討することにしたい。上記の大阪府側の対応は,一般的に,公共工 事の効率性を図るだけではなく,法令を遵守することを前提にしてなされる行 政契約の原則39)に照らして,適正なものであったか,極めて疑問である。とは. いえ,行政機関が取引相手の契約違反に法的に対処する場合にも,基本的には 民事契約法理が適用される40)。これは,本判決でも,Xらの民事契約上の義務 と公法上の義務とを区別して,(詐欺罪の成否にかかわる)本件契約内容が検 討されていることからも明らかである41)。このことを前提として検討するに,. 民法上は,債務の履行過程・結果が債権者の意思に反するところがなければ, 履行請求権が行使されることはありえない42)。例えば民法414条1項前段では,. 「債務者が任意に債務の履行をしないときは,債権者は,その強制履行を裁判. 所に請求することができる。」と定め,634条1項前段も「仕事の目的物に蝦疵 があるときは,注文者は,請負人に対し,相当の期間を定めて,その瑠疵の修 補を請求することができる。」と定めている(傍点はいずれも筆者による)。す. なわち,履行の強制・蝦疵の修補を請求するかどうかは,あくまで取引当事者                                  149.

(12)  横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). たる債権者の任意に委ねられている(私的自治の原則)。このことから,本件 請負契約の発注者(債権者)たる大阪府が具体的な契約内容を踏まえ,履行の. 状態・期間・諸経費などを勘案して,履行内容の変更を黙認したり,債務の一 部免除を選択することが,民法上も自由なものとして許容されている。また,. 例えば,契約内容として明示された「汚泥の適法処理」につき,大阪府がこれ を例文的に解して,履行請求の意思を実際には欠いていたとすれば,そもそも. 当該債務の本旨(民法415条)が欠け,当該債権債務め合意自体が存在してい なかったとも解される。いずれにせよ,一部の債務不履行の存否にかかわらず,. 大阪府が,くい打ち工事本体の履行に満足して請負代金の支払に真意として 「同意」することも,上記民事契約法理からして尊重されるべきであろう。さ らに言えば,民事契約法理を前提とした民事債務不履行の存否も,債権の価額 の多寡,金利水準,被害額といった客観的な要素のみで決せられるわけではな いのである。.  他方で,特に判例が依拠する形式説でも,処分行為者側の財産の交付・移転 への「同意の欠如」が,詐欺罪の違法性にとって一層重要な意味を持つ。なぜ ならば,財産の交付・移転以上の財産損害の発生を不要と解する形式説では, 「欺かれなかったならば,(当該財産を)交付しなかったであろう」という意味. における「同意なき」財産の交付・移転(領得)こそが,まさしく詐欺罪の構 成要件的結果(ひいては不法領得)を基礎づけることになるからである43)。こ. の意味で,形式説は,その名称に反して,単に「形式的」な財産の交付・移転 のみで詐欺罪の違法性を判断する見解と捉えられるべきではない。形式説は, 詐欺(既遂)罪の構成要件該当性を判断する際に,財産取引における処分行為 者側の(真意としての)「同意」の存否を特に重要な要素と捉える見解として 理解されるべきである。この限りで,形式説は,取引当事者の「意思」と「同意」. とを最大限尊重する上記民事契約法理とも極めて整合的であるといえる44)。こ. の理解を踏まえて,本判決の判示と詐欺罪の具体的な構成要件該当性との関係 を述べるならば,以下のようになる。 150.

(13)                    民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件 ・.  すなわち,本判決がいう「どの程度代金の支払時期を早めたか」という判示 内容は,財産損害の存否ではなく,大阪府の代金支払に向けられた蝦疵ある意. 思すなわち「錯誤に基づく財産の処分行為」にかかわる。形式説の判断枠組で は,代金支払が処分行為者の真摯な「同意」に基づく場合には,まさに鍛疵あ る意思すなわち「錯誤」が欠け,欺岡と処分行為との因果連関が否定されるこ とになるからである45)。本件では,上述のように,当該工事の担当職員の証言. 等から,大阪府側が早期の代金支払に真意として「同意」していたとも考えら れる。そのため,最高裁は,大阪府側にとって支払時期が「早められた」こと がなお「錯誤に基づく財産の処分行為」に当たるか,審理が尽くされていない と判断したのではないか。本件が原審に差戻された実質的な根拠は,まさにこ の点に求められるべきことになる。. (3)また,上記のように解することで,本判決を判例が従来から依拠してきた. 形式説に位置づけることが可能となる。本判決では,(上述の実質説による意 味での)財産損害の不存在によって詐欺(既遂入罪の成立が否定されたのでは                      ミ ないことになるからである。もっとも,詐欺罪の構成要件要素である「錯誤に. 基づく財産の処分行為」が本件では否定されたとする帰結は,形式説以外の見 解,例えば近時有力に主張されている法益関係的錯誤説などからも導きうるで あろう。しかし,法益関係的錯誤説は,論者によりその内容には相違があるも のの,一般的には,被欺偉者(法益主体)の「財産処分の自由」を前提としつ つも,「錯誤」(ひいては「欺岡」)の対象としての財産処分(取引)の目的を. 経済的および社会的に重要な場合に限定して,詐欺罪における法益(財産)侵 害(すなわち違法性)の範囲を客観的に画そうとする見解だと思われる46>。こ. れに対して,本稿の理解によれば,詐欺罪の構成要件要素たる「錯誤に基づく 処分行為」の存否自体は,国家(裁判所)が当該「錯誤」を客観的に限定する ことによるのではなく,むしろ,処分行為者側の「意思」を基準として判断さ れるべきだと思われる。すなわち,「錯誤に基づく処分行為」の存否自体の判. 断では,当該「錯誤」の客観的性質は関係がない。なぜならば,個人が間主観                                  151.

(14) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). 的に承認される価値観に基き自らの財産を所有・占有および移転することは, その個人の「意思」・「同意」に委ねられ,私権として法的に保障されている からである(憲法13条・29条)。それゆえ,処分行為者側の財産の交付・移転 へと向けられた「真意としての同意」があったかどうかこそが決定的なのであ る。このことから,本件では「錯誤に基づく財産の処分行為」が否定されたと する帰結は,取引当事者の(真意としての)「同意」の存否自体を特に重視す る形式説の判断枠組によって,より直接的・親和的に導かれるといえよう47)48)。.  さらに,本稿の理解によれば,本判決では,債務不履行をめぐる当事者の自 己決定・自律の尊重という点で,民刑の法理が実質的に統一して把握されたこ とにもなる。すなわち,原則的に,経済法・消費者法など他の法領域から要請. される場合を除き,債権者の代金支払への具体的な真意としての「意思」・ 「同意」の内容を越えて,刑法(財産領得罪)が民事債権債務関係に介入する ことは,国家の役割としてあまりにも過剰である。ひいては,財産取引をめぐ る当事者の自己決定・自律を前提とする民事契約法理と抵触することにもなり かねない49)。この点でも,本判決は,.正当に,本件での詐欺罪の成立範囲を (黙示的にせよ)限定的に解したものと評価しうる50)。.  2.行為者の「意思」と「欺岡」との関係 (1)さて,本件の差戻審である大阪高裁は,検察官が「『支払時期をどの程度. 早めたかについて』,訴因変更の請求や追加立証をしない旨釈明し,また前記 公訴事実のままでは,上告審判決が説示する通り,罪とならない」と判示して,. Xらに無罪を言い渡している(大阪高判平成14年10月8日季刊刑事弁護33号 164頁掲載)。すなわち,大阪高裁は,検察官が詐欺未遂罪の訴因変更や追加 立証をしなかったため,同未遂罪の成否につき何らの判断も示していない。し かし,理論上は,なおXらの行為が詐欺未遂罪を構成するか否かが問題となる。 この点は,朝山判事も,本(最高裁)判決は必ずしも詐欺未遂罪の成立を否定. しておらず,Xらの行為が「欺岡行為に当たると評価し得る否かにかかってい 152.

(15)                    民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件 る」51)52)と指摘されている。.  とはいえ,本件では,皿1でみたように,Xらの当該虚偽申告がなされる前 から,大阪府側がすでに早期の代金支払に真意として同意していたとみられる。. それゆえ,大阪府側には,不当な代金支払(処分行為)の前提となる「錯誤」. を引き起こされる余地がなく,その結果,Xらの当該「欺岡」ひいては詐欺未 遂罪が成立しえないとも解しうる。その具体的な理論構成としては,大阪府の 当該同意の存在を前提として,Xらの代金請求・受領行為は民事上の正当な権 利行使にすぎないとすることが考えられよう53)。もっとも,仮に本件Xらの行. 為が権利行使に該当しうるとしても,自力救済の禁止を図るため,詐欺未遂罪 の成立が認められるべきことを肯定的に示唆する見解もある54)。この見解の当. 否を含め,さらに本件詐欺未遂罪の成否をめぐっては,詳細な検討を有すると 思われるが,ここでは以下の点を指摘するに留める。. (2)そもそも,Xらに故意または不法領得の意思が欠けると認定しうる場合に は,いずれにせよ硬質の存在が否定されることになる。.  例えば,大阪高岳昭和56年3月6日判時1015号137頁(以下,昭和56年判決 と呼ぶ。)は,マンション建設工事の請負人である被告人が施工上の理疵(階. 高不足)を秘して部分前払いの支払請求をして発注者から約束手形の交付を受. けた事案で,被告人に無罪を言い渡している。その理由として,昭和56年判 決は,被告人の行為につき「工事の完成を急いで既成事実を作り,これを背景 に本件階高不足の問題を解決しようとしたためであって,約束手形を不正に早 期に入手して利益を得ようとしたためではなかった」として,「欺岡の意思」 が欠けるとした。.  ここで重要なのは,昭和56年判決が,被告人の「欺岡の意思」すなわち詐 欺罪の「故意」または「不法領得の意思」に着目して,「欺岡」ひいては詐欺. 未遂罪の成立をも否定している点である。すなわち,昭和56年判決では,当 該事案において,債務者が約定の履行を最終的に提供する意思のもとでなされ た虚偽の申告が,「欺岡」に該当しないことが示されている。確かに,そもそ                                  153.

(16)  横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). も債務者が債務を完全に履行するつもりであれば,債務不履行は生じず,それ に関する債権者の錯誤はもとより,代金の不正獲得’ i不法領得)へと向けられ た行為者の「意思」(「故意」または「不法領得の意思」)が否定されることに. なろう。この点で,昭和56年判決は正当なものと評価しうる。.  このことを踏まえて改めて本件をみるに,Xらによる汚泥の処理が産掃法上 不法なものであったか否かは,第1審と原審とで結論がわかれるほど判断がつ きにくい微妙なものであった55)。それゆえ,実際にはXら自身にもそもそも 「汚泥の不法な処理」すなわち本件での「債務不履行」の認識が欠けていたの ではないか。そこで,仮に大阪府から民法上の「完全給付請求権」に基づき, 汚泥を回収して再び適法に処理するなどの追完(蝦疵担保責任に基づく場合に. は「修補」)が求められた場合に,Xらに,本件約定の支払期間(完成検査の. 期日14日を含む54日間)内で,これに応じる意思がまったくなかったとは必 ずしも断定しえない。そうだとすれば,Xらの詐欺罪の故意を認定した原審の 判断にもかかわらず,詐欺罪の「故意」(または「不法領得の意思」)が欠けて いると評価することもあながち不当とはいえないように思われる56)。このよう. な観点からも,Xらを無罪とした大阪高裁(差戻審)の判断は,結論的になお 肯定しうる。. IV.むすびに  本稿で論じたことを要約すれば,以下のようになる。本稿では,幽まず本判決. が実質説の立場から財産損害の発生を否定したと解する大部分の見解を批判的 に検討した。これらの見解とは異なり,本稿は,処分行為者(発注者・債権者). たる大阪府側の代金支払への真意としての「意思」・「同意」の内容に着目し. て,本判決の内容を理解しようと試みた。そのうえで,本件では大阪府(処分 行為者)側の「錯誤に基づく」財産の処分行為が否定されるとの帰結を導き,. 詐欺罪の成立を限定的に解した本判決の結論を支持したものである。この理解 154.

(17)                     民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件. によれば,本判決を従来の判例の基本的立場である形式説に位置づけることが. できる。それのみならず,本判決の結論は,まさに債権債務関係における当事 者の「意思」・「同意」の内容を最大限尊重する民事契約法理に合致すること にもなる。本判決は,この点でも支持するに値する。また,民事債務不履行と の関係でも,このように取引当事者の「意思」・「同意」の尊重という民田に 実質的に共通する法理を取り入れてはじめて,財産領得罪の成立要件に刑法の 補充性が適正に反映されることになるのではないか。これが,論証が不充分な がらも,本判決の検:討を通じ,本稿が指摘しようとしたことである57)58)。.  ところで,近時では,民事法の領域で,消費者被害のセーフティネット構築 が立法・解釈論ともに迫られつつある59>。このような民事法の動向は,衡平・. 適正な財産取引秩序を維持すべき現在の財産法制度が必ずしも充分に確立・機 能していないことを物語っている。このような現状を踏まえ,厳格な罪刑法定 主義の下で解釈・運用がなされる刑事法によって,財産取引(債権債務・契約 関係)による消費者被害(財産損害)を法的に適正かつ明確に防止しうる局面 もますます増大していくように思われる60)。もちろん,そうであるとしても,. 原則的には,民事財産取引秩序への刑事法による介入は必要最小限でなければ ならない。しかし,立法論・解釈論のいずれにせよ,その介入は,刑法の補充. 性ないし二次規範性を形式的に理解するのではなく,経済法・行政法等との連 .携も踏まえて,民事契約法理を基礎として実質的に検討されるべきだと思われ る。本稿の今後の研究課題は,民事契約法理に基き,具体的な債権債務関係と 財産領得罪の成立要件との関係を引き続き考察していくことである。そうする ことで,民事財産取引に対する刑事法の普遍的・実質的な意義と役割とを明ら かにしていきたいと考えている。. 1) 西原春夫「刑法における財産の保護」『現代刑法講座第4巻』(中山研一・西原春夫・藤木.  英雄・宮澤浩一編・1982)216頁,板倉宏『刑法総論』(2005)4頁,西田典之『刑法総論』  (2006)31頁,山口厚『刑法総論』(補訂版・2005)4頁以下,井田良『刑法総論の理論構造』  (2005)143頁など。なお,主としてフランスの判例・学説の検討を中心に,「刑法の補充性」 155.

(18) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月)   の意義を包括的に論じるものとして,恒光徹「刑法の二次規範性と補充性(一)(二)」法学.   論叢113巻1号(1983)28頁,5号38頁(1983)がある。 2)消費者取引をめぐる「刑法の補充性」の限界と問題点とを論じる先駆的研究として,長井圓   「消費者取引と詐欺罪の法益保護機能」刑法雑誌34巻2号(1995)293頁がある。.   なお,設楽裕文「詐欺罪における錯誤と損害」日本法学71巻4号(2006)386頁以下では,   「実は債務不履行に過ぎないものが詐欺罪と認定されたのでは,経済活動の円滑のみならず,.   国民の行動の自由,人身の自由が害されることになる。詐欺罪の要件は,適正・確実な事実   認定に資するように定めなければならない」とされる。この見解は基本的に正当であろう。.   本稿の問題関心は,まさに「債務不履行に過ぎないもの」と債務不履行をめぐって「詐欺罪   と認定される」ものとを,どのように理論上適正に区別するかにある。. 3)本件の詳細な事案は,以下のとおりである。被告人は,大阪府から新築住宅くい打ち工事を.   請け負った建設会社Aの現場代理人X及び同主任技術者のYである。Xらは,くい打ち工事   本体は暇疵なく完成させたものの,工事の際に排出された汚泥を「不法投棄」した結果,正.   規に処理された汚泥の量が府の見積量の1割に満たない約45立法メートルに留まったにも   かかわらず,約480立方メートルの汚泥を適法に処理したとの内容虚偽の処理券を提出して,.   汚泥処理費を含む工事完成払金の交付を受けた。第1審は,Xらが「汚泥の適法処理」につ   いて虚偽申告をしたことで,代金支払の前提となる完成検査に不正に合格し,支払時期を早.   めたとして詐欺罪の成立を認めた。これに対して,原審は,「汚泥の適法処理」が不完全履   行であり,それにより減額されるべきであった金額と汚泥の適法処理の実費を大幅に上回る   工事代金とを一体不可分のものとしてこれを騙取したとして詐欺罪の成立を認めた。最高裁   は,本件請負契約が「定額・一括契約」であることを本件請負契約の解釈として確認したう   え,大阪府に請負代金の減額請求権が発生するとはいえないとして,原審の理論構成をまず   否定した。その後,第1審の判断の当否を検討したのである。.   ちなみに,第1審はXらによる汚泥の「不法投棄」の事実を認定しなかった。それにもかか   わらず,詐欺罪の成立を認めたのであるが,その構成に対する疑問点については,後掲注55)   参照。. 4)その代表的な判例として,行為者が「たとえ価格相当の商品を提供したとしても,事実を告   平するときは相手方が金員を交付しないような場合において,ことさら商品の効能などにつ.   き真実に反する誇大な事実を告知して相手方を誤信させ,金員の交付を受けた場合は,詐欺.   罪が成立する」とした最判昭和34年9月28日刑集13巻11号2993頁がある(この判例につい   ては,田中利幸「詐欺罪と財産上の損害(1)」刑法判例百選H各論(第五版・2003)90頁   以下参照)。』.   なお,形式説を採用する代表的見解として,団藤重光『刑法綱要各論』(第三版・1990)619   頁,大塚仁『刑法概説(各論)』(第三版補訂版・2005)256頁,大谷實『新版刑法講義各論』   (追補版・2002)269頁などがある。. 5) 実質説を採用する代表的見解として,前田雅英『刑法各論講義』(第4版・2007)287頁以   下,西田典之『刑法各論』(第三版・2005)182頁以下,井田良『理論刑法学の最前線H』   (2006)145頁以下(佐伯論文に対するコメント))などがある。ちなみに,実質説は,「欺か.   れなかったならば交付しなかったであろう」財産の交付で直ちに詐欺罪の構成要件該当性を 156.

(19) 民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件   認める形式説では,詐欺罪の成立範囲が不当に拡がる,と批判したうえで主張されている。   もっとも,実質説が詐欺罪の構成要件該当性を明確かつ適正に限定しうるとは言い切れず,.   その理論的・原理的な内実は,さらに検討される必要があるとの指摘も近時なされている   (小田直樹「財産犯論の視座と詐欺罪の捉え方」広島法学26巻3号(2003)208頁以下,長井   圓「証書詐欺罪の成立要件と人格的財産概念」『現代型社会犯罪の諸問題』(板倉理博:士古稀   祝賀論文集・2004)336頁以下,山口厚『新判例から見た刑法』(2006)211頁参照)。なお,.   日田の学説の検討を踏まえ,詐欺罪の成立範囲の限定および実質説による「実質的判断」の   内容を欺岡要件における「財産的処分の自由」の侵害として構成しようと試みる見解として,.   足立友子「詐欺罪における藤岡行為について(一)∼(五)」法政論集208号97頁   (2005)・211号167頁・212号137頁・214号329頁・215号391頁(2006)がある。 6) 朝山芳史・最判解刑事真平成十三年度136頁,前田雅英「詐欺罪と実質的個別財産説」平成.   13年度重判解(ジュリスト1224号・2002)161頁以下,同・前掲注5)287頁以下,伊藤渉   「詐欺罪と財産上の損害」刑法判例百選H各論(第五版・2003)92頁以下,大塚裕史『刑法   各論の思考方法』(2003)220頁以下,板倉宏『刑法各論』(2004)129頁,山中敬一『刑法   各論1』(2004)337頁,西田・前掲注 )182頁。   これに対して堀内捷三『刑法各論』(2003)154頁は,実質説の立場から,「本来の交付時期.   に先立って交付者の意図しない交付が行われた以上は,財産上の損害を肯定すべき」とされ   る。. 7) 最決平成16年7月7日刑集58巻5号309頁は,特別措置法に基づき,いわゆる住専の不良債   権の回収を業務とし,担保不動産に関する利益を債務者に残さない方針を採っていた住管機   構に対して,被告人が真実は自己の支配する会社への売却であったにもかかわらず,担保不.   動産を第三者に正規に売却すると欺き,(住管機構が相当と認めた)弁済額を支払って根抵   当権等の放棄に応じさせた事案で,2項詐欺罪が成立するどしている。この事案では,根抵   当権を放棄しても,住管機構には純粋な意味での経済的(金銭的)損害は生じえなかった。   このことから,本判決後も,最高裁は詐欺罪の成立に交付・移転された財産以上の財産損害   の発生を不要と解しているように思われる。なお,量的な財産損害の存否という観点からで.   はないが,実質説の立場から同決定に反対するものとして,松宮孝明『刑法各論講義』   (2006・補訂版)247頁がある。. 8)例えば,形式説を採用される大塚仁教授は,本判決を「行為の具体的意味を考慮すべきこと   を示したもの」と把握されている(大塚・前掲注4)697頁)。 9) 前田・前掲注6)(昏晦解)161頁,伊藤・前掲注6)92頁以下などがある。 10)注5)で掲げた実質説の代表的見解参照。   なお,前田・前掲注6)(重宝解)163頁は,実質説の本来の判断枠組からも本判決を把握し,.   「行政法上違法性がある行為により産出されたが財産的に関係ない暇疵がある場合には,損   害が認められない」としたうえ,「本判決はその点についても方向性を示したもの」と解さ   れる(同旨の理解を示唆するものとして,井田良『刑法各論』(2002)110頁,『ケースブッ   ク刑法2 各論』(中森喜彦・塩見淳編・2006)126頁)。しかし,最高裁判例では,被告人   が金銭的な相当対価を反対給付として支払ったとしても,行政法上の取引目的を偽って財産   の交付を受けた場合に,基本的に詐欺罪が成立することが認められている。例えば,被告人 157.

(20) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月)   が農地法による農業振興の目的に基づき開墾利用する意思がないのに,その旨を秘匿して国.   から未墾地の売り渡しを受けた事案(最判昭和51年4月1日刑集30巻3号425頁)などであ   る(なお最期平成16年7月7日・前掲注7)も参照)。このような最高裁の立場を踏まえると,.   本件での「汚泥の適法処理」が,直ちに欺岡・錯誤の対象から排斥されるとは考えにくい   (この点については,木村光江「欺岡行為により請負代金の支払時期を早めた行為と1項詐   欺罪の成否」法学教室258号(2002)120頁,長井・前掲注5)336頁参照)。 11)樋口亮介「平岡による請負代金の本来の支払時期より前の受領と詐欺罪の成否」ジュリスト.   1249号(2003)158頁以下。この理解に対して,佐伯仁志「詐欺罪の理論構造」『理論刑法   学の最前線II』(2006)105頁は,「判例は,請負代金を『不当に早く』受領したことを前提   としながら,詐欺罪の成立を限定しようとしているのであるから,実質的個別財産説と親和   的な判例であると理解する方が」適切である,とされる。. 12)朝山・前掲6)138頁。なお大場亮太郎「馬事により請負代金の支払い時期より前に同代金   を受領した行為と詐欺罪の成否」警察学論集55巻5号214頁以下参照。 13)前田・前掲注6)(重半解)163頁。 14)伊藤・前掲注6)93頁。. 15)これらの見解の判断基準は,特に行為者の量刑責任の程度を考えるうえでは,なお意義を有   する。この点につき,長井・前掲注5)336頁参照。 16)前田・前掲注6)(重焼解)163頁。. 17)林幹人「詐欺罪における財産上の損害一最高裁平成13年7月19日判決を契機として一」現   代刑事法44号(2002)53頁。. 18)木村・前掲注10)120頁。なお,林幹人教授は,全体財産説の立場から,本件につき「被害   者の損害は,本来の支払時期までの問,金銭を占有していることにより生じる利益であり」,.   「期間があまりにも短ければその被害は微々たるものである」ことを重視される(林・前掲.   注17)49頁。なお同・「詐欺罪の新動向」法曹時報57巻3号11頁も参照)。しかし,全体財   産説には,わが国の詐欺罪の条文上採用しうるかにつき根本的な疑問がある。. 19)樋口・前掲注11)160頁。この点については,さらに古川伸彦「簡易生命保険証書の騙取と   詐欺罪の成否」ジュリスト1221号(2002)172頁以下参照。 20)朝山・前掲注6)139頁以下,144頁(注22)。. 21)もっとも,この判例は,「上記通帳自体の価額は少額であること」などを考慮し,有下鞘文   書偽造罪・同行使罪などのみの成立を認めて量刑評価をおこなった原判決を破棄してはいな   い。この点も含め,同判例の立場を支持するものとして,長井圓「刑法246条1項の「財物」.   と預金通帳」平成14年度重判解(ジュリスト1246号・2003)153頁参照。なお,行為者が   預金契約者であることに変わりなく「預金契約者が通帳を受け取ることを財産犯とみるのは   疑問である」として同判例に反対するものとして,松宮・前掲注7)243頁がある。. 22)朝山・前掲注6)138頁以下。なお,伊東研祐『現代刑法と刑法各論』(第二版・2002)230   頁は,2項犯罪における「財産上の利益」に関する一般論として,「金銭的計算という観点   からすれば,極めて多額の金銭債務の支払の猶予を得る場合のように,猶予期間が例えば一   日と僅かであっても,膨大な経済的利益を得ることの出来る場合があることは明らかであり,.   その意味で利益は一時的なものであっても良い」とされる。 158.

(21) 民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件 23)樋ロ・前掲注11)158頁。. 24)形式説の立場からも,可罰的違法性の理論などにより詐欺罪の成立範囲が一般的に限定され   うることを示唆するものとして,藤木英雄『刑法講義各論』(オンデマンド版・2003)306   頁,十河太朗「詐欺罪における財産的損害」『判例講義刑法H各論』(大谷畔編・2002)74   頁などがある。. 25)朝山・前掲注6)143頁(注15)以下。なお,判例の一般的な傾向を詳細に検討したうえ,   同様の指摘をする先駆的研究として,前田雅英『可罰的違法性論の研究』(1982)がある。.   ちなみに,裁判例では,次のような客体については,そもそも「財物性」が否定されている。.   例えば,メモ用紙1枚(大阪高判昭和43年3月4日下町集10巻3号225頁),ちり紙10数枚   (東京門前昭和45年4月6日判例タイムズ255号235頁),はずれ馬券(札幌簡判昭和51年12.   月6日刑月8巻11・12号525頁),パンフレット入り封筒(東京高判昭和54年3月29日判例   時報977号136頁)などである。これらの客体は,交換価値・経済的価値および(所有者・   占有者の)主観的価値も肯定しえず(前掲大阪高冷昭和43年3月4日参照),絶対的「軽微」   ともいえないほどに財産的価値が存在しないものであるといえよう。 26)この判決では,可罰的違法性が否定される前提として,被告人の行為が単に「軽微」ではな   く「零細」な反法行為であったとしている点にも注意を要する。. 27)丹羽正夫「被害軽微の場合の可罰的違法性一マジックホン事件」判例百選1(五版・2003)   37頁(ただし,同決定には反対),西田・前掲注1)189頁以下など。同決定については,田.   中利幸「有線電気通信妨害罪及び偽計業務妨害罪の成否」昭和61年度重判解(ジュリスト   887号・1987)160頁以下も参照。   なお,長井圓「クレジットカードの会員による第三者利用への承諾と詐欺罪の成否」クレジ.   ット研究36号(2006)145頁以下では,刑法での違法性の程度は,行為の反復可能性という   「行為者の再犯危険性」に基づいて決せられることを正当にも指摘される。 28)樋口・前掲注11)158頁。. 29)ちなみに;裁判例には,自ら持病を抱え,かつ病弱な妻と子供二人を抱えて,生活保護法に.   よる金銭的保護を受けていた被告人が,ガードマンとして勤務し毎月継続的に収入を得て生   活保護基準額を上回ったにもかかわらず,その事実を秘して,生活保護が依然として必要で   あるかのように装って,福祉事務所から生活保護費として1年間で計40万円余を交付させて   いた事案で,本件について違法性がないといえるほど,事案が軽微であるとはいえない,と.   するもの(東京高判昭和49年12月3日東高刑時報25巻12号111頁)や被告人が金銭5000万   円を17日間流用した事案で横領罪の成立を認めたもの(大阪地唄平成4年2月25.日判例時報   1427号3頁)がある。. 30)樋口・前掲注11)158頁。もっとも,樋口助教授は,同時に「本件において,最高裁によれ   ば,不法投棄の存否は契約と無関係であるため,結局,不法投棄の調査機会を失ったことを.   根拠にした詐欺罪の成立は認められない」とも述べられている。樋口助教授が量的な財産損   害と契約関係との二つの観点をどのように統合して本判決の内容を理解されようとしている.   のか,必ずしも明らかではない。この点を措くとしても,第1審が認定した事実によれば,   本件では「汚泥の適法処理」が「現場説明書」に記載されていた。この「現場説明書」は一   般的に契約内容を構城するものと解されている。それゆえ,本件請負契約では「不法投棄の 159.

(22) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月)   存否」が,「契約と無関係」とはいえない。また,本件での請負契約の内容を詳細に検討し   たうえ第1審・原審判決の当否を論じた最高裁がこの点を見落:とすとは考えにくい。この点   で,樋口助教授が前提とされる本判決の理解には疑問がある。.   なお,「現場説明書」の意義も含め,公共工事における請負契約の法的解釈ついては,建設   業法研究会・『公共工事標準請負契約約款の解説』(改訂版第2版・2001)62頁以下参照。   ちなみに,「公共工事標準請負契約約款」とは,中央建設業審議会が公正な立場から請負契   約の当事者間の具体的な権利義務関係の内容を律するものとして決定し,当事者にその採用   を勧告しているものである。現在では55条からなり,国の機関,地方公共団体,公団等の   政府関係機関等が発注する工事の契約内容が定められている(建設業法研究会・同書9頁参   照)。本件での請負契約でも,基本的に同約款が採用されているものと推測される。. 31)樋口・前掲注11)158頁。なお,昭和59年判決に本判決の先例的意義があることを示唆する   ものとして.伊藤・前掲注6)93頁,高橋則夫「2項強盗罪における不法の利益」刑法判例   百選1各論(第五版・2003)75頁。 32)西田・前掲注5)158頁参照。. 33)石松竹男「刑事弁護iリポート 最高裁判決を経て二度目の控訴審で無罪 大阪府汚泥処理詐.   欺被告事件(無罪)」季刊刑事弁護33号(2003)92頁。なお,石松弁護士は,第1審から上   告審および差戻審までXらの弁護人を務められた。. 34)弁護人上告趣意・刑集55巻5号480頁以下。 35)刑集55巻5号506頁参照。 36)この点は,預金債権者から誤振込相当額が含まれていることを秘されたうえで預金の払戻が   請求された際に,銀行側が有する「意思」とは大きく異なる。銀行側は,払戻請求額に誤振   込相当額が含まれていることを知れば,振込制度の円滑な運営・維持,振込者の保護などの   観点から,組戻や照会などの手続を取ることが実務として一般的であるとされる。すなわち,.   銀行側には,預金債権の払戻請求額に誤振込相当額が含まれていれば,即座の払戻には応じ   ない「意思」が看取.される。また,その「意思」は,衡平・適正な振込制度の維持という観   点から,法的にも尊重されるべきものであろう (今井猛嘉「預金の占有・誤振込と財産犯の.   成否」現代刑事法55号(2003)107頁参照)。それゆえ,誤振込の悪意の受取人(預金債権   者)が誤振込相当額の含まれていることを秘して預金の払戻を請求する行為を「欺岡」と認   め,それに基づき錯誤に陥った銀行側から実際に払戻を受けたことで1項詐欺罪の成立を肯.   肥した一決平成15年3月12日刑集57巻3号322頁は,正当なものとして支持しうる。なお,   本件と誤振込事例とにおける財産交付・移転の質的相違を示唆するものとして,伊東研祐   「自己の銀行預金口座に誤って振り込まれた金銭の引出しと詐欺罪の成否」ジュリス.ト1294.   号(2005)171頁。また,この「誤振込事例」に関する民刑の法的な相関関係・統一性につ   いては,長井圓・渡辺靖明「『誤振込』の告知義務と民刑の法的統一」横浜国際経済法学13   巻1号(2004)1頁以下参照。 ヨ7)石松・前掲注33)92頁以下参照。. 38)さらに,本件詐欺罪に関する当初の捜査・訴追の対象も,Xらが実際に処理した汚泥の量が   契約締結時の大阪府側の見積量よりも著しく少ないことから,請負代金もその分減額される   べきだったのに,当該処理券を提示して大阪府から代金を「水増請求」して受領した,とい 160.

(23) 民事債務不履行をめぐる詐欺罪の成立要件.   うものであった。しかし,第1審の公判において,弁護人から定額・一括契約である当該請   負契約の下では,(実際の処理量にかかわらず代金は増減されえないので)詐欺罪は成立し.   ない旨主張された。これを受けて,検察官はXらが汚泥の適法処理に関する内容虚偽の処理   券を提供して府側の工事完成検査に不当に合格して代金を請求・受領した,とする訴因への.   交換的変更を請求し,これが許可されたようである(以上につき,弁護人上告趣意・特集55   巻5号480頁以下,石松・前掲注33)\92頁以下参照)。これらの経過からして,民事債権債   務関係をめぐる具体的な事実関係が多面的に検討されたうえで,本件の公訴がなされたかに   ついても疑問が残る。. 39)宇賀克也「ベーシック行政法 第8回 第6章 行政契約」法学教室290号(2004)16頁以   下参照。. 40)宇賀・前掲注39)15頁以下。. 41)本判決は,「汚泥を場外搬出することは,請負契約上の義務に当たるが,場外搬出した汚泥   の処分を関係法令に従って行ったか否かということは,業者としての公法上の義務に係るも   のであって,請負代金の支払請求権とは対価関係に立つものではなく,これを理由に,発注   者に請負代金の減額請求権が発生するとはいえ」ず,「原判決が,汚泥の不法投棄によって   汚泥処理費用の実際の額が発注者の見積額を大幅に下回った場合に発注者が請負代金の減額   を請求できることを前提として,被告人両名が内容虚偽の処理券を提出して完成検査に不正   に合格し,工事完成払金を騙取したと判断する点は,到底是認することができない」として.   いる(二二55巻5号375頁)。もっとも,この判示は,本件定額・一括請負契約の法理を行   政法上の義務に優先させて,原審による「水増請求」に基づく詐欺罪の構城を否定したに過   ぎない。すなわち,行政法上の契約内容が詐欺罪の二刀・錯誤の対象から排斥されたと解す   るべきではない。この点については,なお,前掲注10)参照。 42)特に原審は,大阪府の担当職員による「定額・一括請負契約であることを強調し,積算額と   実際額とに差があっただけでは,工事代金の支払いに影響しないとする」旨の証言は,「そ   のまま採用できる契約解釈とはいえ」ないとする。しかし,民事契約法理(私的自治の原則).   からして,契約当事者である債権者自身の実際の意思を越えて,減額請求を行うべきであっ   たとすることはできないように思われる。. 43)長井・前掲注27)149頁以下参照。なお,同・149頁では,客体の占有移転に対する「原占   有者の同意」の有無で違法性(法益侵害)が決せられる点で,窃盗罪も詐欺罪も財産領得罪   として同一の基本的性質をもち,「占有移転につき行為者が物理的手段を用いる場合が窃盗   であり,心理的手段を用いる場合が詐欺罪であり,この点に差異があるにすぎない」とされ   る。. 44)長井・前掲注27)152頁は,形式説は「近代経済学的にも民事財産法にも忠実に,『個人の   財に対する自律・主観的効用・交換の自由』を保護法益と理解するものであり,詐欺罪の法   定構成要件にも適合するものである」とされる。. 45)なお,いわゆる「りんご事件判決」(最決昭30・7・7刑集9巻9号1856頁)について,処   分行為者である債権者側の個別事情に着目して詐欺罪の成否を検討したうえ,本判決との整.   合的な理解を試みる見解(高山佳奈子「2項詐欺罪における処分行為と利得との関係」刑法   判例百選H各論(第五版・2003)105頁)がある。これに対して,「りんご事件判決」でも, 161.

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