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実演家の人格権に関する比較研究

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Academic year: 2021

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(1)実演家の人格権に関する比較研究 胡 雲 紅. はじめに. 一.人格権の発展及び位置づけ. 実演家の人格権が国際条約のレベルで初めて. ㈠ 一般的人格権と著作権法上の人格権. 規定されたのは「実演及びレコードに関する. 1.一般的人格権の発展及び権利内容. 世界知的所有権機関条約」 (以下「WPPT」と. 大陸法体系 の 歴史 に お い て は,著作者 の 人. いう. )においてである.WPPT においては,. 格権は非常に重要な位置付けがなされている.. 「文学的又は美術的著作物に関するベルヌ条約」. ローマ時代に法制は大きく発達したものの,著. (以下「ベルヌ条約」という)における著作者. 作権はその部門の一つになっておらず,当時著. の人格権に関する規定を踏襲し,実演家の人格. 作権という概念はなかったものと考えられてい. 権が非常に重要な位置づけをされている.その. る.しかし,知的な創作を行う者が高い評価を. 後,2001 年に中国著作権法が改正される際に,. 受けており,当時の社会において,全般的な文. WPPT における実演家に関する規定を踏まえ,. 化の創造に対するその貢献が広く認識されてい. 実演家に人格権が付与されたが,氏名表示権の. た1).また,人格価値の法的保護を可能にする. 省略,同一性保持権に関する判断基準及び人格. 制度が既にローマの十二表法において存在して. 権の法的救済措置についての詳細な規定が不十. いたが,人格権概念は設けられていなかった.. 分なまま,現在に至っている.. その後 18 世紀後半から 19 世紀後半にかけて,. 本稿においては,人格権の発展及びその位置. ドイツでは「人格の権利」ないしは「人格権」. づけを踏まえ, 人格権保護の意義を論じた上で,. という概念が認識され,それについてさまざま. ベルヌ条約及び WPPT における著作者と実演. な議論がなされた.すなわち,カント(Kant). 家の人格権を比較し,実演家人格権の保護の必. による「人格的権利」(「人に対する何らかの請. 要性について検討することとする.また,日本. 2) 求権と同義である」 やサヴィニー(Savigny). 著作権法における実演家の人格権に関する規定. による「個人の意思の独立的支配の範囲」3)等. を参考にしつつ,国内外で起こった事案の分析. である.しかし,19 世紀に制定されたドイツ. と関連づけて,将来中国著作権法においていか. 民法典においては,人格権に関する一般的規定. に自国の現状を踏まえ,実演家の人格権の保護. がなく,個別的に氏名権,身体・健康・自由の. を充実するのかについて提言することとした. 違法な侵害を不法行為として保護する旨を規定. い.. するに止まっている4).他の大陸法国家,例え ば,フ ラ ン ス 民法典 に お い て は,人格的諸利 益は不法行為の規定によって救済されてきた. また,20 世紀初頭のスイス民法典においては,.

(2) 46. 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). (720). 個別的な人格権だけではなく,一般的な人格権. なお,氏名の保護は,戸籍簿上の氏名に限らず,. が広く承認され,その後の各国における人格権. 人の人格を表現し,それと密接不可のものであ. 5). の発展に対し多大の影響を与えた .. る限り及ぶと思われる.例えば,ペンネームや. 大陸法体系における人格権の発展に対し,英. 雅号等の変名も戸籍簿上の氏名と同じく保護さ. 米法においては, 人格権という概念は存在せず,. れている8).. 人格的な諸利益は主に名誉毀損法によって,保. 次に,名誉権である.名誉の法的保護はもっ. 護されている.. とも古くから不法行為法上の保護を受けてい. 一般的人格権 は,19 世紀 の 後半,最初 に ド. た.大陸法体系の典型国であるドイツ法にお. イツの学説・判例が承認した権利であり,その. いては,最初名誉はもっぱら刑法によって保護. 内包を構成する生命,身体,健康,自由,名誉,. され,民法典は名誉について特に言及していな. 氏名といった利益を総称して民法上の人格権を. い.その後,判例及び学説の努力の結果,今日. 指すこととなった.ただし,民法上の人格権の. では,名誉は一般的人格権の一内容として保護. 保護に関しては,国によって,内容も異なる.. されている.他の大陸法体系の諸国,例えば,. 例えば,ドイツの民法においては主に名誉毀損. フランス,スイス等の民法典においても,それ. やプライバシー侵害からの救済を図るのが一般. ぞれ名誉を人格権として保護されることとなっ. 的人格権であるが,日本の民法においては名誉. た.これに対し,英米法においては,名誉毀損. やプライバシーのほか,生活妨害のようなケー. は不法行為の一類型として,名誉権は複雑な体. スも人格権構成で処理されているのである.ま. 系を有する制度によって保護されている9).. た,中国の民法においては生命,健康,名誉,. 一方,日本では大審院の判例によれば,「名. 栄誉などが人格権の保護対象となっている.. 誉トハ各人ガ其品性徳行名声信用等ニ付キ世人. 2.民法上の氏名権及び名誉権. ヨリ相当ニ受クベキ声価ヲ云フモノナリ」とさ. 通常,著作者人格権といえば,公表権,氏名. れる10).言い換えれば,名誉とは,特定の自然. 表示権及び同一性保持権が想起される.実演家. 人又は法人に対する社会評価であり,社会性,. に関する人格権は氏名表示権及び同一性保持権. 客観性及び特定性の特徴を有する.自然人の名. である.したがって,著作権法の人格権ともっ. 誉を言えば,社会はその人に関する品質,能. とも緊密な関係のある一般的人格権は,氏名権. 力,信用等の総合の評価であり,法人の名誉と. 及び名誉権であろう.. は,社会はその法人の信用,生産経営能力,資. まず,氏名権からみると,日本の最高裁判決. 産状況等の総合の評価を指す.したがって,名. によれば, 「氏名は,社会的にみれば,個人を. 誉は積極的ないしいい社会評価であるため,名. 他人から識別し特定する機能を有するものであ. 誉の主体にとって,重大な人格価値だけでなく,. るが,同時に,その個人からみれば,人が個人. 経済上及び精神上の価値をもたらす可能性もあ. として尊重される基礎であり,その個人の人格. る.そのことにより,大陸法体系の国家におい. の象徴であって,人格権の一内容を構成する」. ては,名誉毀損は古くから不法行為として刑法. 6). とされている .すなわち,氏名権は身分権の. により厳しく規制されてきた.今日の民法にお. 色彩があり,ある人を特定し又は尊重する機能. いては,名誉権は人格権の重要な一つとして保. を有し,ないしはその人に関する社会的評価或. 護されている.. いは人格の象徴に繋がる権利である.日本にお. 3.著作者人格権の発展. ける裁判例からみれば,氏名権の態様には,氏. 著作権法上の人格権に関する保護の要望が出. 名専用権,氏名の無断利用を禁止する権利及び. 現したきっかけは,ヨーロッパが産業革命によ. 7). 氏名呼称権や敬称の使用等が含まれている .. る技術の進歩や市場の拡大が顕著に見られた時.

(3) 実演家の人格権に関する比較研究(胡). (721). 47. 代であったことと関係する.最初に注目された. 違がある.例えば,多くの国は人格権を財産権. 著作者の人格権に関する主張は,作者の氏名表. と並ぶ著作権の一つの権利として位置づけてい. 示権や作品の回収権であったが,18 世紀に入. るが,日本の著作権法においては,著作権は,. ると,人格的権利の保護の原則が確立された.. 著作財産権のみを指し,人格権は著作権には含. それは,偽作者が原作の著作物の正確さと意味. まれていないのである.. を歪め,変更するなどの行為によって著作者か. ベルヌ条約が改正されたとき,著作者人格権. らその名誉を奪うことを防止することである.. に関する規定を提案したのは,フランスやイタ. その後,それぞれの国で,人格的権利の保護に. リアなどの大陸法系諸国であった.そのため,. 関する判決を通じ,著作者に氏名表示権,同一. イギリスを始めとする英米法系諸国にとっては. 性保持権,変更権などの権利がさらに明確化さ. 人格権を設けることはなじみが薄く,条約改正. れ,法律上で認められることになった. 1886. 後もカナダを除き,ほかの英米法系の国の著作. 年に初めての著作権に関する国際条約であるベ. 権法においては,しばらく人格権を設けていな. ルヌ条約が締結されたが,1928 年の条約の改. かった.その後,イギリスが 1988 年の法改正. 正により,ついに著作者の人格権が国際的に確. により著作者人格権を導入した.また,アメリ. 立されることとなった.. カ著作権法第 106 条 A 条の⒜においては,視. 1948 年ベルヌ条約ブラッセル改正会議では,. 覚芸術著作物の著作者に氏名表示権及び同一性. 著作者人格権の保護に関して,著作物自体の質. 保持権が付与されているが,視覚芸術著作者以. との緊密な関係において次のように規定され. 外の著作者には人格権が付与されていないこと. た.すなわち名誉又は声望の保護は,著作者と. となっている12).ただし,ベルヌ条約の著作者. しての著作者の名誉又は声望ばかりではなく,. 人格権の適用については,コモン・ローの伝統. 著作物が用いられる文脈のような側面において. に従う国においては,コモン・ローによる保護. も人間としての名誉又は声望にも拡張すべき. で十分と考えられるようになったため,たとえ. であることが明確にされたのである.ブラッセ. アメリカ,英国などの英米法体系の国の著作権. ル会議の報告書によれば, 「著作者は,自己の. 法において人格権に関する規定が設けられてい. 名誉又は声望を害する行為に対し異義を申立て. なくても,民法や刑法等において一般的人格権. る権利を有する.その議論は,著作者の作家と. の保護,名誉毀損に対する保護又は不正競争に. しての能力だけではなく,文芸の舞台において. 対する保護などの既存の法制度に基づいてこの. 果たす役割においても,著作者が保護されなけ. 権利を保護しようとすれば,条約違反にはなら. ればならないということを明らかにした.いか. ない.. なる侵害行為に対して異義を申し立てることが できる.そして,その侵害行為は著作物の改変. ㈡ 実演家の人格権. による人格侵害に対して責を負う行為を意味す. 実演家の人格権に関して,ローマ条約では全. るものと理解されるということが付加されたの. く言及しておらず,財産権のみを規定している. は,その理由のためであった」と説明されてい. が,従前,実演家の人格的利益を侵害して,実. る11).すなわち,著作者人格権の保護は著作物. 演家の実演を利用する場合に,全く保護の可能. に関する人格的利益だけではなく,人間として. 性がなかったわけではない.つまり,民法・不. の人格的利益も考慮しなければならないことと. 法行為法により,一般に名誉やプライバシーに. なった.. 係る人格的利益の保護が図られうることとされ. ところで,著作権法上の人格権の内容及び各. ており,実演家の名誉・声望が損なわれるよう. 支分権については国によって,意味と範囲に相. な実演の利用についても,理論的には不法行為.

(4) 48. (722). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 法の適用がありうる.しかし,具体的にどのよ. まず,著作者人格権に関する国際条約の規定に. うな場合に人格権の侵害を問いうるかは,ケー. 着目するところから始まる.. スごとにさまざまであり,実演家の権利主張を. 1.ベ ルヌ条約における著作者人格権に関する. より定型的になし得るようにするためには,著 作権法上の特別な規定が重要な役割を担うこと 13). 規定 著作者の人格権に関しては,ベルヌ条約第 6. になる .. 条の 2 の第 1 項によれば,「著作者は,その財. ローマ条約が成立した後,各国における実演. 産的権利とは個別に,この権利が移転された後. 家の保護がますます重視され,実演家にも著. においても,著作物の創作者であることを主張. 作者のような人格権を付与するようになった.. する権利及び著作物の変更,切除その他の改変. このような状況に鑑み,1996 年「実演及びレ. 又は著作物に対するその他の侵害で自己の名誉. コード に 関 す る 世界知的所有権機関条約」 (以. 又は声望を害するおそれのあるものに対して異. 下「WPPT」という)が制定される際に,実演. 議を申し立てる権利を保有する」と定めてい. 家の権利に人格権を加え,ローマ条約よりも強. る.また,第 2 項において,著作者人格権は「著. い保護を与えた.一般的には著作者人格権は公. 作者の死後においても,少なくとも財産的権利. 表権,氏名表示権,同一性保持権及び作品回収. が消滅するまで存続し,保護が要求される国の. 権などを含むが,国によって,用語及び内容の. 法令により資格を与えられる人又は団体によっ. 相違がある.例えば,ドイツ著作権法には,著. て行使される」と規定している.以上の人格権. 作者に公表権,氏名表示権及び同一性保持権が. に関する規定からみれば,著作者人格権は以下. 付与されるのに対して,中国の著作権法におい. の三つの特徴を有する.. ては,著作者は公表権,氏名表示権,改変権及. ⑴ 独立性. び同一性保持権を有している.実演家の人格権. すなわち,著作者の人格権は財産権から独立. に関しては,著作者の場合と比べ,規定の相違. している.このような規定ぶりは,民法上の人. が大きくないが,通常,主に氏名表示権及び同. 格権と財産権の「二元論」と類似している.. 一性保持権が含まれ,これらの制度が整備され. ⑵ 移転不可. たのは実演家の声望及び名誉を保護することを. すなわち,著作者の財産権が移転された後に. 目指した,各国の立法機関と実演家業界の努力. おいても,人格権は相変わらず著作者のところ. の結果である.. に残っている. ⑶ 著作者の死後においても存在. ㈢ 人格権の特性について. この点は民法上の一般的人格権に関する規定. 実演家の人格権と著作者人格権の間には,何. とは異なる.すなわち,民法上においては,名. らかの関連があると思われる.なぜならば,著. 誉権を除き,氏名権や生命,健康権などの人格. 作権法上の人格的利益という点において,両者. 権は人の死とともに,失われることとなってい. とも主に著作者又は実演家の名誉及び著作者又. る.これに対し,著作者の人格権は著作者の死. は実演家である身分を保護するために設けられ. 後においても存在することができる.. たものであり,著作者と実演家との間で異なっ. 著作者 の 死後 に お け る 著作者人格権 の 保護. たとしても,人間は人格上で平等であるという. は,1967 年ストックホルム改正会議において,. 自然法の原則に従えば, 人格的利益に関しては,. 採択されたものであり,理論上は,「少なくと. さほど大きな相違がないからである.また,実. も」経済的権利の保護の消滅まで,同盟国が著. 演家の人格権は,著作者人格権の発展に伴い,. 作者人格権を保護することを義務付けている. 発展してきたため,実演家の人格権の検討は,. が,「永久的な」保護もあり得ると思われる..

(5) 実演家の人格権に関する比較研究(胡). (723). 49. し か し,第 6 条 の 2 の 第 2 項 の 後半 に よ れ. る」15)と定めている.すなわち,実演家は自分. ば, 「もっとも,この改正条約の批准又はこれ. の実演に対して,氏名表示権,同一性保持権を. への加入の時に効力を有する法令において,前. 持つこととされている.しかし,実演を利用す. 項の規定に基づいて認められる権利のすべてに. る態様により削除することがやむを得ない場合. ついて著作者の死後における保護を確保するこ. には,人格権が制限される可能性がある.. とを定めていない国は,それらの権利のうち一. また,同条第 2 項では,実演家の人格権の存. 部の権利が著作者の死後は存続しないことを定. 続期間については,「実演家の死後においても,. める権能を有する」と規定することで,著作者. 少なくとも財産的権利が消滅するまで存続し,. の死後において著作者人格権が保護されない可. 保護が要求される締約国の法令により資格を与. 能性を示している.WIPO の解説によれば,こ. えられる人又は団体によって行使される」とさ. のような規定ぶりは, 「コモン・ローの伝統に. れている.. 従う国による著作者人格権の適用を促すための. ところで,以上述べた WPPT における実演. 妥協の結果であった」 .なぜならば, 「これらの. 家の人格権の規定は音に関する実演のみに限. 国は, 名誉毀損に対する保護を根拠として, 「同. り,映像に関する視聴覚的実演についての人格. 一性保持権」を保護する義務を履行しようとし. 権の付与については,現在 WIPO において検. ていた.しかしこれらの規範は,一般に関係す. 討されている「視聴覚的実演の保護に関する条. る人の死後には適用することはできない」から. 約案」(仮称)第 5 条において同様に人格権を. 14). であるとされている .. 付与すべきこととされている.. 2.WPPT における実演家の人格権. ⑵ WPPT における人格権の特徴. ⑴ 人格権に関する規定. WPPT において実演家に与えられている人. WPPT はローマ条約に基づく「既存の義務. 格権は,以下の特徴を有する.. であって締約国が相互に負うものを免れさせる. A.独立性. ものではない」と規定した上で,実演家により. すなわち,WPPT はベルヌ条約における人. 明確な権利を与えている.. 格権の規定ぶりを踏襲し,実演家の人格権は財. WPPT の 第 2 章 で は,実演家 の 権利 を 規定. 産権から独立した権利であるという人格権と財. しており,ローマ条約における実演家の財産的. 産権の「二元論」を採っている.. 権利をさらに明確に定めたほか,ベルヌ条約第. B.譲渡できないこと. 6 条の 2 で著作者に与えられている人格権に関. 実演家の人格権は実演家の人格的利益と緊密. する規定を参考にし,実演家にも人格権を付与. に繋がっているため,財産権のように譲渡され. することになった.. たり移転されたりしてはならない.すなわち,. WPPT 第 5 条第 1 項では, 「実演家はその財. 実演家は,財産的権利が移転された後において. 産的権利とは別個に,当該財産的権利が移転さ. も,現に行っている実演及びレコードに固定さ. れた後においても,現に行っている実演(音に. れた実演に関して,これらの実演に係る実演家. 関する部分に限る. )及びレコードに固定され. であることを主張する権利及びこれらの実演の. た実演に関して,これらの実演に関る実演家で. 変更,切除その他の改変で,自己の声望を害す. あることを主張する権利(これらの実演を利用. るおそれのある者に対して異議を申し立てる権. する態様により削除することがやむを得ない場. 利を保有する.. 合を除く. )及びこれらの実演の変更,切除そ. C.放棄できないこと. の他の改変で,自己の声望を害するおそれのあ. 実演家が自分が有する人格権を放棄すること. るものに対して異議を申し立てる権利を保有す. ができるか否かについて,条文では明確ではな.

(6) 50. (724). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). い.WPPT 草案 の 注釈 に よ れ ば, 「実演家 は,. さ ら に,WPPT 第 6 条 に お い て は,実演家. その人格権を行使することも,放棄することも. に固定されていない実演の放送又は公衆への伝. 可能である.例えば実演家は,契約によって,. 達や固定する行為関する排他的許諾権が付与さ. 自分の特定の実演について,無期限に氏名表示. れており,この場合の実演は,音の実演に限ら. を求めないことを合意しうる.ある実演を行っ. ず,全ての実演が含まれると思われる.このよ. た実演家であるという地位は,もちろん他者に. うに,固定されていない実演を行う実演家に財. 移転することは出来ない.この意味で,何人も. 産権が付与される一方で,人格権が付与されな. その実演家に取って代わることが出来ないので. いとすれば,権利保護という点でアンバランス. ある」と述べた16).しかし,この点については,. となると考えられる.. 人格権は人の人格的利益と離れることができな. したがって,この点に関しては,視聴覚的実. い権利であることから,実演家自ら人格権を放. 演家に関する国際条約の成立を待たず(現時点. 棄することはできないのではないかと思われ. において),聴覚的実演家と視聴覚的実演家の. る.なお,上述の例示のような場合における氏. 保護 の 均衡 に 鑑 み,WPPT 第 5 条第 1 項 の 人. 名表示権の行使をするか否かについては,実演. 格権の規定については,音に限らず,少なくと. 家自身の意志次第だと思われる.. も生の実演に対し,すべての実演家に人格権を. D.実演の音に関する部分に限ること. 付与すると広く解釈したほうがいいのではな. WPPT 第 5 条 の 第 1 項 に よ れ ば,人格権 を. いかと考える.すなわち,暫定的措置として,. 与えられる実演家の範囲は聴覚的実演を行う者. WPPT における実演家の人格権及び固定され. に限られている.すなわち,歌手などの実演家. ていない実演に関する財産権を広く解釈し,音. がコンサートで歌ったり,踊ったりするとして. の実演家にとどまらず,全ての実演家に人格権. も,その歌手は,自分の音に関する実演あるい. を付与し,視聴覚的実演家に関する国際条約の. は歌う行為についてのみ,人格権を主張でき,. 締結の際に改めて,WPPT における人格権や. 仮にそのコンサートの映像から歌手の踊る姿が. 未固定の実演に関する権利主体と視聴覚的実演. 切除されたり,改変されたりしても,著作権法. 家との調整を図るべきであると考える.. 上の人格権を主張することはできない. これは, 映像などの視聴覚的実演に関する人格権の付与. 二.実演家の人格権. については,現在 WIPO において検討されて. ㈠ WPPT における人格権. いる「視聴覚的実演の保護に関する条約案」 (仮. WPPT はベルヌ条約における著作者人格権. 称)で規定する予定であるため,WPPT で規. を踏襲し,実演家にほぼ同様の権利を付与して. 定する必要がないと考えられたからである.. いるが,権利の内容においては,実質的な相違. しかし,同条約第 2 条の実演家の定義におい. が見られる.. ては,実演家の範囲には歌手などの聴覚的な実. 1.氏名表示権. 演家のみならず,俳優など著作物を上演する者. WPPT 第 5 条第 1 項 に よ れ ば,実演家 は 自. も含まれており,人格権が聴覚的実演家だけに. 分の実演に対し「実演家であることを主張する. 付与されることとの整合性がないように思われ. 権利」すなわち,氏名表示権を有している.こ. る.また,仮に舞踊家たちがコンサートにおい. の氏名は実演家の真実の名前か否かに関らず,. てその場の雰囲気を盛り上げるため踊る行為に. その実演家であることを示すことができれば,. 対し,氏名表示権すら主張できないとすれば,. 充分であるとされている.しかし,実演家の氏. 他の実演家と比べてあまりに不公平であると考. 名表示権は,ベルヌ条約第 6 条の 2 第 1 項に規. えられる.. 定する著作者の氏名表示権と異なり,「当該実.

(7) 実演家の人格権に関する比較研究(胡). (725). 51. 演を利用する態様により削除することがやむを. より著作者に付与されている同一性保持権の内. 得ない場合」には制限されることとなってい. 容とほぼ同じであるが,用語に相違がある.. る.これは, 「大勢の者が参加する合唱,ある. ベルヌ条約第 6 条の 2 によれば,著作者の人. いはバック・グラウンド・ミュージック(BGM). 格権 に つ い て は,著作者 は,「著作物 の 変更,. として楽曲をメドレーで演奏するなど,実演の. 切除その他の改変又は著作物に対する他の侵害. 態様や利用の性質によっては実演家名を表示す. で自己の名誉又は声望を害するおそれのあるも. ることが極めて不適切であるような場合があ. のに対して異議を申し立てる権利を保有する」. り,また,そのような場合実演家の権利を制限. と定めている.. してもその被る不利益が必ずしも大きくないこ. この規定からみると,著作者の同一性保持権. 17). とが予想されるためである」 とされている.. の内容に関しては,著作物を改変することだけ. 実演家の氏名を「削除することがやむを得な. でなく,同時にその改変が著作者の名誉又は声. い」場合とはいったいどのような場合であるの. 望を害するおそれのある場合には,権利侵害に. か条文からは明らかでないが,1996 年ジュネー. なる可能性がある.また,改変行為に限らず,. ブで開催された外交会議において,放送番組の. 他の侵害で著作者の名誉又は声望を害するおそ. 中で,オーケストラを構成する極めて多くの実. れ が あ れ ば,同一性保持権 が 働 く.こ れ に 対. 演家の氏名をすべて表示するのは不可能といっ. し,実演家の同一性保持権は「声望を害するお. た例が指摘されていた18).また,日本及び諸外. それのある」改変行為のみに,申立てる権利は. 国の著作権法の規定をみると,通常,業界の公. 働き,他の声望を害する行為に対し,権利は及. 正な慣行に反しない限り,実演家の氏名を削除. ばないこととなっている.. することができるものと思われる.. 一方,実演家の同一性保持権の侵害になる条. 2.同一性保持権. 件は,WPPT の規定によれば,その改変が実. 同一性保持権 とは,実演家の「実演の変更,. 演家の「声望を害するおそれのある」ものであ. 切除その他の改変で,自己の声望を害するおそ. ることとなっており,著作者に関するベルヌ条. れのあるものに対して異議を申し立てる権利」. 約の規定にあるその改変が著作者の「名誉又は. 19). である .ここでいう「変更,切除及びその他. 声望を害するおそれのある」行為と規定されて. の改変」とは実演家の「声望を害するおそれの. いる.なぜ同一性保持権について,実演家は自. あるもの」に限られている.また,異議を申し. 己の「声望」を害するおそれのある改変に対し. 立てる時点については,実際に改変行為がもた. てのみ異議を申し立てる権利とされ,著作者の. らした影響があるか否かを問わず,悪い影響が. ような自己の「名誉」を害するおそれのある改. 形成されていなくても,その実演家の声望を害. 変についての権利が付与されていないのか.こ. するおそれさえあれば,権利を主張できると考. の点について,文化庁著作権課による WPPT. えられる.. の解釈においては,「これは,実演の変更・改. 「自己の声望を害するおそれのある」ことを. 変等の行為が人格的利益を害するおそれがある. いかに判断するのか,条文では明らかにされ. かどうかを裁判所が判断するに当たって,本人. ていない.「自己の声望」という用語から,お. の主観的な名誉感情だけをもって判断すること. そらく実演家自身の判断によるものと思われ. は難しいことから,第三者が,ある実演に関す. るが,その基準となるのは自己の名誉感情で. る改変行為について実演家の名誉を害すると感. な く,客観的 な 声望 の 低下 の お そ れ で あ る.. じるかという客観的な判断基準を取り入れたも. この点においては WPPT によって,実演家に. のである」20)としている.しかし,この解釈で. 付与されている同一性保持権は,ベルヌ条約に. は「声望を害する」場合と「名誉を害する」場.

(8) 52. (726). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 合の区別が明らかに説明されていない. 一方,WIPO の解説によれば,実演家人格権. 3.人格権の保護期限及び実演家の死後におい ての人格権の保護. と著作者人格権の規定ぶりの相違について,. WPPT 第 5 条第 2 項 で は,実演家 の 人格権. (WPPT の)外交会議における非公式協議でパ. の保護期限及び実演家の死後においての人格権. ロディの例が挙げられ,名誉を害するおそれを. の保護などを定めている.人格権の期限に関し. 根拠に実演家がパロディに意義を申立てること. ては,「実演家の死後においても,少なくとも. を許すのは適切でないと考えられたことから,. 財産的権利が消滅するまで存続し,保護が要求. 実演家の場合には著作者とは「同一性保持権」. される締約国の法令により資格を与えられる人. が保護される条件が異なるというシグナルを発. 又は団体によって行使される.」とされている.. すること,また,おそらくは,保護の水準が著. ここでいう保護期限については二つの場合が考. 作者の場合よりもいくぶん低いのだというシグ. えられる.まず,実演家がその実演を行ってか. ナルを発することを意図したのではないかとさ. らの生存期間が財産権の存続期間より長い場合. れている21).. には,もちろん実演家の生存する間,彼の人格. この点について, 「声望」は「名誉」と同じ. 権が保護される.一方で,仮に実演家の死後に. く,特定の人に対する社会的な客観的評価であ. おいて財産権の存続期間がまだ残っているとす. るため,実演家の声望を害するような行為がそ. れば,実演家が死んでも人格権は財産的権利が. の名誉を害しないというケースは極めて希であ. 消滅するまで存続することとなる.この場合,. り,このような規定ぶりにおいて著作者人格権. 人格権を行使する主体は実演家ではなく,「保. と実演家の人格権の区別を強調する必要はない. 護が要求される締約国の法令により資格を与え. ように思われる.また,各国の事案,特にアメ. られる人又は団体」となる.. リカの裁判例をみれば,パロディに関する利用. また,人格権を保全するための救済方法は,. は実演に限らず, 著作物にも含まれる. したがっ. 保護が要求される締約国の法令により定めるこ. て,パロディという芸術形式の存在を理由とし. ととなり,条約では規定されていない.. て,実演家に著作者より低い人格権を付与する という理由は不十分であると思われる. 最後に,. ㈡ 日本著作権法における規定. 人格権は人格的利益に関する権利であり,すべ. 日本著作権法では,実演家の人格権が財産権. ての自然人に平等に与えられるべき権利である. と並ぶものとして規定されている.人格権に関. ため,著作者であるか実演家であるかにかかわ. しては,氏名表示権と同一性保持権が含まれて. らず,同じ内容の権利を付与すべきであると考. おり,著作者人格権のように公表権は位置づけ. える.. られていない.これは,未公表実演の公表につ. ところで,WPPT における実演家の人格権. いても当該実演家の人格的利益に関わることは. の規定とベルヌ条約における著作者の人格権の. 否定できないものの,生実演の場合には,通常. 規定とは,このようにニュアンスが異なる面が. 公衆を前にして演じられており,実演と同時に. あるとしても,侵害行為及び侵害となる判断基. 公表がなされていることから特に公表権が問. 準などからみると,保護のレベルがかなり近づ. 題となることはないと考えられること,また,. いているといえる.特に WPPT により,実演. CD や DVD などの商品に固定されて世に提供. 家の人格権の保護レベルは大きく進むことと. される実演については,実演家の存在なくして. なったといえる.. 当該商品の作成はできず,当該商品作成の段階 において,いつどのように公表するかは契約の 中で処理され得ることによるものである.また,.

(9) 実演家の人格権に関する比較研究(胡). (727). 53. 商品の発売の方法やタイミングは,製造販売者. しないと認められるとき」あるいは「公正な慣. の商業戦略に委ねられるべきものとの認識もあ. 行に反しないと認められる」とは言えない場合. 22). ると思われる .. でも,「実演家の利益を害するおそれがないと. 1.氏名表示権. き」についても,氏名表示を省略できることと. 日本著作権法第 90 条 の 2 で は,実演家 は,. し,著作者の場合よりも広く省略できる場合を. 「その実演の公衆への提供又は提示に際し,そ. 認めている.. の氏名若しくはその芸名その他氏名に代えて用. 2.同一性保持権. いられるものを実演家名として表示し,又は実. 実演家の同一性保持権の規定も著作者のそれ. 演家名を表示しないこととする権利を有する.. と比べ,相違が設けられている.第 90 条の 3. また,実演を利用する者は,その実演家の別段. では,「実演家は,その実演の同一性を保持す. の意思表示がない限り,その実演につき既に実. る権利を有し,自己の名誉又は声望を害するそ. 演家が表示しているところに従って実演家名を. の実演の変更,切除その他の改変を受けないも. 表示することができる」と規定している.しか. のとする」と規定すると同時に,同条 2 項では,. し,実演家名の表示は, 「実演の利用の目的及. 「前項の規定は,実演の性質並びにその利用の. び態様に照らし実演家がその実演の実演家であ. 目的及び態様に照らしやむを得ないと認められ. ることを主張する利益を害するおそれがないと. る改変又は公正な慣行に反しないと認められる. 認められるとき又は公正な慣行に反しないと認. 改変については,適用しない」とされている.. められるときは,省略することができる」とい. すなわち,同一性保持権は一定の条件が満たさ. 23). う制限がある .すなわち,実演家の利益を害. れた場合に,制限される.. するおそれのない場合あるいは公正な慣行に反. 通常,「名誉又 は 声望」と は,実演家 が 社会. しない場合には,実演家の氏名を省略すること. から受ける客観的な評価を指すものである.し. ができる.. たがって,実演家が自分自身の人格的価値につ. しかし,実演家と著作者の氏名表示権を比べ. いて有する主観的な評価,いわゆる名誉感情は. ると,実演家の氏名表示権は,著作権者の権利. 含まれない.なお,著作者については,著作権. より,少々弱い感じがする.たとえば,氏名表 示の省略に関する規定は,日本著作権法第 19. 法第 20 条に規定する「同一性保持権」により, 「著作者の意に反する改変」を受けないことと. 条第 3 項では, 「著作者名の表示は,著作物の. し,「主観的要件」を規定しているが,「実演」. 利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者で. は編集して利用する場合や,部分的に利用する. あることを主張する利益を害するおそれがない. 場合などが多いことから,実演の円滑な利用を. と認められるときは,公正な慣行に反しない限. 阻害することのないよう,「名誉又は声望を害. り,省略することができる」とされている.す. する改変」のみを権利の対象とし,「客観的要. なわち,著作者の氏名表示を省略する際には,. 件」を規定している25).. 「著作者 の 利益 を 害 す る お そ れ が な い」及 び. 実演家 に 同一性保持権 を 付与 す る と いって. 「公正 な 慣行 に 反 し な い」と い う 二 つ の 要件. も,実演の性質並びにその利用の目的及び態様. を同時に満たさなくてはならない.これに対. に照らし「やむを得ないと認められる改変」や. して,実演家の場合は, 「実演家の利益を害す. 「公正な慣行に反しないと認められる改変」に. るおそれがないとき」又は「公正な慣行に反し 24). ついては,前項の規定を適用しない.すなわち,. ないとき」は省略できることとなっている .. 実演家の同一性保持権については,「やむを得. すなわち, 「実演家の利益を害するおそれがな. ないと認められる改変」ではなくても,「公正. い」とは言えない場合でも, 「公正な慣行に反. な慣行に反しないと認められる改変」であれば.

(10) 54. (728). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 同一性保持権を行使できないこととしている.. 変換に伴う技術的な制約による場合その他の著. 同様に, 「公正な慣行に反しないと認められる. 作物又は実演等の利用の目的及び態様に照らし. 改変」ではなくても, 「やむを得ないと認めら. やむを得ないと認められる場合を除く.)を著. れる改変」であれば同一性保持権を行使できな. 作者人格権や実演家人格権を侵害する行為とみ. いこととしている.著作者の場合に比べて,実. なすこととなっている.また,それらの行為が. 演家が広く権利行使できない場合を認めている. 行われた著作物若しくは実演等の複製物を情を. が,これは,実演については,編集して利用す. 知って頒布し,若しくは頒布の目的をもって輸. る場合,部分的に利用する場合などが多いこと. 入し,若しくは所持し,公衆送信し,若しくは. から,実演の円滑な利用を阻害することのない. 送信可能化する行為も権利侵害とみなすのであ. よう,公正な慣行に反せずに行われる編集行為. る.これは,おそらくインターネットの発展に. や部分利用の場合には,同一性保持権を行使で. よって,権利管理に関する情報は容易に改変さ. 26). きないこととしたものである .. れうることとなった状況を踏まえ,著作者人格. ここで述べた実演家の人格権の主体について. 権や実演家人格権をより広い範囲において保護. は,音声に関する実演と映像の実演とは区別し. するためであると見られる.. ていないため,映画などの著作物を演じる俳優. しかし,第 113 条第 6 項における人格権侵害. なども含まれると思われる.. とみなす規定については,著作者の人格権しか. 3.人格権侵害とみなす行為. 及ばないこととなっており,実演家の人格権は. 日本著作権法においては,実演家に氏名表示. 及ばないこととされている.第 6 項によれば,. 権と同一性保持権が与えられているほか,第. 「著作者の名誉又は声望を害する方法によりそ. 113 条では,著作者人格権,実演家人格権を侵. の著作物を利用する行為は,その著作者人格権. 害する行為とみなす場合を規定している.. を侵害する行為とみなす」と規定しているが,. まず,第 113 条第 1 項によれば,国内におい. 実演家の名誉又は声望を害する方法によりその. て頒布する目的を持って,輸入の時において国. 実演を利用する行為は実演家の人格権を侵害す. 内で作成したとしたならば著作者人格権,著作. る行為とみなされていない.すなわち,実演家. 権,出版権,実演家人格権又は著作隣接権の侵. の名誉に関する人格権の保護については,その. 害となるべき行為によって作成された物を輸入. 実演の改変行為のみに留まり,他の利用行為に. する行為は著作権又は著作隣接権の人格権及び. 及ばないこととなっている.. 財産権の侵害とみなされることとなっている.. このような規定は実演家にとって,不公平で. すなわち,輸入物が日本で作成されたとすれば. あると考えられる.. 日本著作権法に規定する権利者の許諾を得てい. 4.人格権の一身専属性. ない著作物の複製物であると判断されると,そ. 日本著作権法では,人格権の内容を規定する. ういう行為によって作成されたものを輸入する. とともに,実演家人格権の一身専属性等も規定. 行為は,権利侵害になるのである27).また,同. している.まず,実演家人格権も著作者人格権. 項第 2 号によれば,権利を侵害する行為によっ. と同様に,その権利の特性上,譲渡することは. て作成された物及びその輸入物を情を知って頒. 認められないこととされている.また,実演家. 布する行為及び頒布を目的として所持する行為. の死後における人格的利益の保護に関する規定. も権利侵害とみなすこととなっている.. が設けられている.すなわち,実演家の死後に. 次に,同条第 3 項によれば,権利管理情報と. おいても,実演家が生存しているとしたならば. して虚偽の情報を故意に付加したり,除去し又. その実演家人格権の侵害となるべき行為をして. は改変したりする行為(記録又は送信の方式の. はならない.ただし,「その行為の性質及び程.

(11) 実演家の人格権に関する比較研究(胡). (729). 55. 度,社会的事情の変動その他によりその行為が. 方法も異なるため,通常以下のいくつかの方式. 当該実演家の意を害しないと認められる場合. により実演家の身分を表明する:①公開展示の. 28). は,この限りでない」 とされている.さらに,. スチール写真,ポスター又は番組リストに実演. 財産権である著作隣接権に対する制限規定は,. 団体又は実演家の氏名を表示することが多い.. 実演家人格権に影響を及ぼすものではない旨が. ②司会は実演を行う際に実演家を紹介する.③. 29). 確認的に規定されている .すなわち実演家人. 放送機関のアナウンサーは番組を放送する際に. 格権の一身専属性の規定については,著作権者. 実演家を紹介する.④テレビなどの映写幕に実. の場合と全く同じなのである.. 演家の氏名を表明する.実態としては,すべて. このような人格権の一身専属性に関する規定. の実演家の氏名を表示するのは困難であるた. は,ベルヌ条約及び WPPT における著作者人. め,通常実演団体或いは主役の実演家のみ氏名. 格権又は実演家人格権の独立性に対応し,さら. が表示される30).. に人格権の譲渡不能などを明確化し,著作者又. しかし,映像に関する映画などの著作物を演. は実演家から離れられない特性を強調したので. じる際に,主役のスタントマン又は代役は氏名. ある.. 表示権を持つのか否か検討すべき問題である.. 5.人格権侵害に対する救済措置. たとえば,映画の撮影において,特技や裸の場. 日本著作権法では,実演家に人格権を付与す. 面で,多くの場合にはスタントマン又は代役が. る ほ か,実演家人格権 の 実効性 を 確保 す る た. 主役に代わり,自分の顔を公衆に見せずに出演. め,著作者等と同様に,実演家等が実演家人格. することが少なくない.映画のセリフにあわせ. 権を侵害する者に対して,民事救済措置として. るとすれば,スタントマン又は代役の動作や動. 「差止請求」 「名誉回復等 の 措置」 「実演家 の 死. きは本来主役がすべきことであるが,主役自身. 後における人格的利益の保護のための措置」な. の限界があるため,実際は他人にやってもらう. どを定めるとともに,刑事的救済措置を定めて. ことにならざるを得ない.それらのスタントマ. いる (第 112 条,第 115 条,第 116 条,第 119 条,. ン又は代役の署名権などの人格権をいかに保. 第 120 条) .これらの規定はいずれも実演家の. 護するのか中国の著作権法には詳しい規定がな. 人格権の保護に有力かつ確実な保障措置となっ. い.これに関する事例としては,昨年中国で有. ている.. 名な「章子怡(チャン・ツィイー)裸替署名権」 という事案が起こった.. ㈢ 中国著作権法における規定. この事案では有名な女優章子怡が主演する「夜. 中国著作権法第 37 条 の 第 1 項 と 2 項 で は,. 宴」という映画の中で,ある代役が三つの裸の. 実演家の人格権を規定している.実演家は,自. 場面に章子怡の代わりに出演したが,映画が発. 分の実演に関しては「実演家であることを表明. 行される際にその代役の氏名が映画の中に表示. する権利」及び「歪曲から実演家を保護する権. されていなかったため,代役と映画監督との間. 利」が付与されている.すなわち,実演家は氏. に紛争が起こった31).この事案は司法問題まで. 名表示権と同一性保持権を有している. それに,. に至らなかったが,その代役は多くのスタント. 中国著作権法における実演家に関する人格権も. マンと代役の声援を獲得することとなった.そ. 日本と同様に音の実演と映像の実演を区別せず. の背景には,スタントマンと代役たちが,映画. に,すべての実演家が含まれることとなってい. を撮影する際に,自分たちの利益がよく保護さ. る.. れていないという共感があるようだ.同時に,. 1.氏名表示権. 法律的にも問題ありとされた.例えば,ある見. 通常,実演は芸術の形式によって氏名表示の. 解によれば,この事案に関る法律問題は主に「身.

(12) 56. (730). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 体権」と「詐欺」に関するものである32).なぜ. れている.たとえば,実演家の氏名は「実演家. ならば,まず, 「身体権」は「人身権」の一種と. の利益を害するおそれがないとき又は公正な慣. して, 「生命権」 , 「肖像権」及び「姓名権」と同. 行に反しないとき」は省略できると規定されて. じように専属的な権利であり,映画が営利を目. いる.もし,中国著作権法にもこのような明確. 的として実演家(すなわち,この事案における. な規定があれば,いわゆる「裸替事件」は,代. 代役)の身体権を使う以上,その使う行為につ. 役の氏名を表示しなくても,「公正な慣行に反. いて実演家の許諾を得る必要があるのである.. しない」という理由で,映画の製作者側はその. それから観衆の中には章子怡の実演を見に行く. 代役の請求を拒否してもかまわないとされたで. 人が多いため,代役を使って,観衆に章子怡の. あろう.. 偽裸体を見せる行為は「詐欺」になるおそれが. 要するに,中国著作権法では,氏名表示権を. あるという見解もある.. 設けているが,その権利に関する制限などの詳. しかしながら, 「裸替事件」は実演家の氏名. しい規定がないため,裁判において,法を適用. 表示権(署名権)に関する紛争に過ぎないと考. する十分な環境がまだ整っていないのである.. えられる.なぜならば, 「身体権」は民法上の. したがって,氏名表示権の制限及び例外などの. 権利であり,公民が自分の身体を支配する権利. 規定が今後の課題になると思われる.. であるが,この事案の場合,当該代役の同意を. 2.同一性保持権. 受けて撮影している以上,代役の氏名を映画の. 中国著作権法においては,著作者が享受して. 中に表示しなくても彼女の身体権を侵害するこ. いる人格権と比べて,実演家は実演に関する変. とにはならないからである.また,映画は商品. 更等の行為に対して,権利が付与されていな. として,完備しているせりふとすばらしい画面. い.実演のイメージを歪曲した場合だけ,実演. で観衆に注目されるのであり,その撮影におい. 家の人格権を侵害する可能性がありうる.ここ. てスタントマン又は代役を使う目的は,観衆に. でいう「歪曲」は,偽り,捻じ曲げ,醜化など. 完璧な画面あるいは物語を見せることであるた. の方式により,実演を表すことであり,或いは,. め,スタントマンや代役を使用する行為は観衆. 実演のイメージをカッティングして,実演を醜. を詐欺する行為にもならないと思われる.問題. 化し,不適当な状態で放送し,又は不適切な方. となるのは,スタントマン又は代役等の氏名表. 式により実演のイメージを表現することなどを. 示権である.. 指す.. 中国の現行の著作権法によれば,スタントマ. ところで,通常実演を録音録画する際に,必. ン又は代役等の実演家は主役としての実演家と. 要な編集が行われたり或いはある部分の体の動. 同様に氏名表示権を享有している.仮に,映画. 作又は表情が強調されたりすることは,実演家. の製作者が事前にスタントマン又は代役との契. の人格権侵害にならない.言い換えれば,実演. 約において,氏名を表示しなくてもよいことと. 家の名誉若しくは声望を損なうおそれのない改. していれば,契約優先の原則に従って,問題は. 変は,実演家の人格権侵害にならない.. ないが,契約の中にこのような合意がない場合. 3.人格権の専属性及び保護期限について. には,法律上いかに規定すべきか検討する価値. 中国著作権法では実演家の人格権の専属性に. がある.. ついての規定はしていない(著作者の人格権に. WPPT や 日本著作権法 に お け る 関係規定 を. ついても規定されていない).ただし,映画の. 見ると,実演家の氏名表示権については,権利. 著作物の場合,著作者の人格権は氏名表示権以. を付与するとともにその氏名表示権について省. 外の財産権と一緒に法定帰属により製作者に移. 略できる場合又は権利制限などの規定も充実さ. 転するという特別規定があり,人格権が財産権.

(13) 実演家の人格権に関する比較研究(胡). (731). 57. と同様に移転されることはありうると考えられ. 演家の法的保護制度を設けた点で大きな進歩が. る.一方で,中国著作権法においては映画の著. あったといえるが,人格権として氏名表示権及. 作物に出演した俳優と歌手等の実演家を区別せ. び同一性保持権を規定していても,具体的な保. ず,実演家としてのすべての権利が付与されて. 護措置がなければ,意味がなくなると思われる.. いるため,映画に出演した実演家は,映画の著. 残念ながら,現行の著作権法には,実演家の人. 作物 に 対 し,氏名表示権 の ほ か 同一性保持権. 格権侵害に関する民事あるいは刑事的な救済措. も享有することとなっている.これを著作者の. 置がまったくなく,これは,立法上の抜け穴. 場合と比較すると,映画の著作物に関する財産. だと言わざるを得ない.2005 年 5 月中国国務. 権が譲渡されても,実演家はその実演に関する. 院により頒布された「情報ネットワーク伝達権. 同一性保持権などの人格権を有しているが,か. 保護条例」においては,インターネット環境に. えって監督等の著作者が,同一性保持権を有し. おける実演家人格権の侵害に対し法的措置が設. ないこととなる.換言すれば,人格権の保護に. けられていることとなっているが33),インター. 関しては,映画に出演した俳優の権利は監督等. ネット以外の実演家人格権の保護に関しては現. の著作者の権利よりも強い保護が付与されるこ. 在に至るまで,いまだ規定されていない.. ととなっている.このような規定は映画の著作. したがって,今後,いかに実演家の人格権侵. 者達にとって,不合理ではないかと思われる.. 害に対する保護措置を整備するのかという点. また,権利行使について,たとえば,集団実. が,立法上の課題である.. 演の場合(ローマ条約第 8 条)に,いかに行使 するのか.また,個人である俳優と演出単位の 間で,いかに人格権を享受するのか明記してい ない.例えば,演出単位の名義で実演をする場. 三.インターネット環境における実演家の人格 権に関する保護. 合に,氏名表示権は個人実演家と演出単位共同. 人格権の保護はマスメディアの発達とともに. に享受できるが, 同一性保持権を主張する際に,. 強化されてきた.著作権の保護が最初に重視さ. 主体は個人実演家なのか演出単位なのか検討す. れたきっかけも 18 世紀の産業革命によりもた. べきである.この点については,演出単位の名. らされたレコードなどの蓄音機の出現であっ. 義で実演をした以上,その同一性が侵害された. た.今日,伝統的な著作権の保護制度において. 場合には,まず,演出単位が同一性保持権を主. 大きな課題となっているのはインターネットの. 張すべきであり,仮に演出単位が主張しない場. 発達によるものである.インターネットの出現. 合には,個人実演家も主張できることとするこ. は,世界を一つの地球村になることが夢から現. とが適当であると考える.すなわち,職務実演. 実のものとなった.インターネットを通じ,全. の人格権については演出単位と個人実演家が平. 世界の人々が情報交換や交流をより簡便に行う. 等に享有すべきであると考える.. ことが可能となった.しかし,インターネット. 実演家 の 保護期間 に 関 し て は,第 38 条第 1. の急速な発展により,著作者の経済的利益の保. 項で,実演家の人格権の保護期間は無期限とす. 護及び人格権の保護にさまざまな課題がもたら. ると規定しているものの,実演家の死後におけ. されている.インターネット環境において,い. る人格的利益をいかに保護するのか,又は権利. かに著作者又は実演家等の人格権を保護するの. 主張の主体は誰であるか等の具体的な規定は設. かということが,今後焦点となる課題となって. けられていない.. いる.. 4.人格権侵害に対する保護措置 2001 年に改正された中国著作権法では,実.

(14) 58. (732). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). ㈠ インターネット環境における人格権侵害の 現状 1.イ ンターネット環境における人格権侵害の 深刻性. トレイティングス」によれば,2007 年 2 月に 日本からの利用者だけ,月間 1017 万人に達し たと発表された34). しかし,テレビ番組の一部など著作権のある. 以前の印刷及び録音録画技術とは異なり,コ. 影像を無断で公開する違法コンテンツも後を絶. ンピューターに関するさまざまな技術の発展に. たず,問題となっている.これらの違法コンテ. つれて,大量の文学的,美術的著作物又は実演. ンツは,著作権者及び実演家の送信可能化権を. 等が紙やレコードなどの有体物を介さなくても. 侵害するほか,人格権も侵害するおそれがある.. 創作したり, 公表することが可能となっている.. 例えば,著作物や実演のアップロード時,ダウ. しかし,著作物の電子化とともに,権利侵害も. ンロード時に著作者又は実演家の名前が削除さ. より簡単に生じるようになっている.. れたり,著作物又は実演の中身が改変されたり. 例えば,著作物や実演はインターネットを通. することが予想できるが,いったん著作者や実. じ伝達される際に,著作者の名前が削除された. 演家の名誉又は声望に大きく影響を与える改変. り,著作物や実演が改変されたりすることも紙. が生じれば,短時間で全世界に広がる可能性が. 時代より簡単になっているのは否めない事実で. ある.経済的利益は事後に訴訟などの手段で賠. ある.また,インターネットの伝達は,伝統的. 償又は補償できるが,人格的利益についてはい. な新聞や放送などの媒体に比べ,伝達の速度や. くら金銭が支払われても完全に元に戻すことは. 伝達範囲などにおいてはるかに優れているた. 困難であろう.. め,いったん著作者や実演家達の人格権が侵害. このような問題は,ユーチューブにとどまら. されたとすれば,より深刻な影響を生じると思. ず,ほかの多くのウェブ運営者のウェブサイト. われる.. で存在している.例えば,ネットレイティング. したがって,いかにインターネット環境にお. ス社によると,2007 年 2 月の時点で利用者が. いて著作者及び実演家の人格権の保護を強化す. 1000 万人を超えるサイトは「Yahoo! JAPAN」. るのかということが,各国の著作権研究者や立. や「楽天」な ど 18 サ イ ト あ る.し た がって,. 法機関の重要な課題となっている.. 今後,著作権法上においてはユーチューブのよ. 2.イ ンターネット環境における焦点となる著. うなインターネット事業者にどのように対応す. 作権又は著作隣接権の保護に係るケース. るのかということが,日本のみならず多くの国. ⑴ ユーチューブについて. の直面しなければならない課題であろう.. ユーチューブ(You Tube)と は,ア メ リ カ. ⑵「饅頭事件」と「無極」の間の紛争. のネットベンチャー企業ユーチューブ社が立ち. 昨年中国で最も注目されたのはいわゆる「饅. 上げた一種のソージャル・ネットワーキング・. 頭事件」に関する活発な議論であろう.「饅頭. サイト(SNS)のことである.ユーチューブは. 事件」とは,胡戈という人が,許諾を得ずに,. 2005 年 2 月に設立され,映像コンテンツの投. 中国の著名な監督である陳凱歌により創作さ. 稿サイトを運営している(youtube.com)英語. れた「無極」という映画の一部の画面を再編. のサイトであるが, 日本語でも検索可能であり,. 集し,自ら創作した脚本と組合せた 20 分ほど. 各テーマの 10 分程度の映像を無料で見ること. の「饅頭血案」という影像を作り,インター. が出来る.ユーチューブにおいて,誰でも閲覧. ネットを通じて公衆に伝達した事件である.. は可能であり,会員登録をすれば映像を投稿・. 「饅頭血案」は,新しい台詞により陳凱歌の. 公開もできることから,簡易な映像サーバー感. 映画の不足点を揶揄しており,公衆中でも,特. 覚で利用するなど, 利用者数が増え続け, 「ネッ. に 80 人民元を支払って「極めてつまらない映.

(15) 実演家の人格権に関する比較研究(胡). (733). 59. 画」を見た人々は, 「饅頭血案」を見て, 「これ. る 必要 が あ る.中国著作権法第 10 条第 4 項 に. は「無極」という映画を揶揄する作品である」. よれば,同一性保持権とは「著作物が歪曲,改. ということをすぐに理解した.その後,多くの. 竄されたりしないように保護する権利」である. 国民がインターネットを通じ, 「饅頭血案」を. と規定しており,第 37 条第 2 項によれば,実. 見ながら「無極」の下等さを批判し, ひいては,. 演家は「実演のイメージが歪曲されないよう保. わずか五日間で創作された「饅頭血案」のほう. 護する権利」を有すると規定しているが,いわ. が陳凱歌により 3 億元ほどの費用を使って創作. ゆ る「歪曲」や「改竄」を 判断 す る 基準 は 著. された「無極」より,はるかに観賞の価値が高. 作者又は実演家の主観的判断によるのか公衆の. いという評価も少なくなかった35).. 客観的判断によるのかが明確に規定されていな. このケースについて,陳凱歌をはじめ映画の. い.ベルヌ条約や WPPT において著作者及び. 著作者が権利侵害を主張したが,胡戈側は 「 「饅. 実演家に同一性保持権を与えた趣旨は,著作者. 頭血案」という短い影像は自分の練習のために. 又は実演家の名誉又は声望を保護することであ. 作ったものであり,フェア・ユースにあたる」. る.これに対し,中国著作権法における同一性. と主張した.. 保持権に関する規定は,著作者又は実演家の名. このケースがフェア・ユースに当たるか否か. 誉又は声望について明確に言及されておらず,. に つ い て は,後述 す る「パ ロ ディ(parody) ,. 著作物又は実演の歪曲から保護される権利であ. 引用及び人格権保護」において論じるため,こ. ると思われる.したがって,その歪曲の判断基. こでは割愛する.仮にフェア・ユースに当た. 準は客観的基準か主観的基準かについて検討す. るとしても,この事案においては,少なくと. る必要がある.. も「無極」の著作者及び実演家の氏名表示権を. 陳凱歌監督は「饅頭血案」が「無極」におけ. 侵害したことは事実であろう.中国著作権法に. る画面又は影像をカッティングしたり,映画の. おいては,映画の著作物への出演であるか否か. 内容と異なるせりふと組合せるなどにより,映. を問わず,著作物に出演した際に,実演家の権. 画「無極」を醜く描き出し,映画の作品の社会. 利を有することとなるため,映画に出演した俳. 評価を低下させ,映画の著作者,特に監督の精. 優達は氏名表示権,同一性保持権などの人格権. 神的権利(人格権)を侵害したと主張した36).. を有することとなる.また,映画の著作物に関. 主観的判断によれば,「饅頭血案」は著作物の. する著作権は法定帰属により制作者に与えられ. 同一性保持権を侵害したと判断できると思われ. ることとなっているが,氏名表示権については. る.. 監督,撮影者などの著作者が有しているため,. しかし,客観的判断によれば,別の結論が成. 「饅頭血案」をインターネットで上映する際に,. り立ちうる.なぜならば,多くの人々は「饅頭. 著作者や実演家の氏名を一切表示しないことは. 血案」は新しい作品の形式として励まされるべ. 権利侵害となりうる.. きであると考え,また,「饅頭血案」により「無. 一方, 仮にフェア・ユースに当たらなければ,. 極」が醜く描き出されたどころか逆に宣伝とな. 複製権や情報ネットワーク伝達権などの侵害は. り,より多くの観衆を映画館に引きつける効果. さておき, 「饅頭血案」におけるほとんどの画. を挙げたと評価しているのである37).このよう. 面や影像は「無極」から選択されたものである. に,一般的 に は,「饅頭血案」は 映画 の 著作物. ため,その再編集は映画の原作者又は実演家の. の権利侵害にはならないとの判断が大勢のよう. 同一性保持権又は改変権の侵害となりうる.. である.. しかし,ここでいう同一性保持権又は改変権. また,ある学者はアメリカで起こったパロ. の侵害となる基準をいかに判断するのか検討す. ディに関する裁判例を引用し,「饅頭血案」を.

(16) 60. (734). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 「無極」に対するパロディであり,新たな芸術. ともに,国際条約における原則的な規定や自国. 形式として保護すべきであると主張した38).し. の法的な伝統又は社会的実情も踏まえ,総合的. かし,仮に「饅頭血案」がパロディとしてフェ. に分析したほうがよいのではないかと思われ. ア・ユースに当たるとしても,著作者又は実演. る.. 家の人格権を侵害したとすれば,許されないこ. 1.パロディとパロディに関する法的取扱い. とであると思われる.また,そもそもベルヌ条. ⑴ パロディの定義について. 約や WPPT における著作物又は実演の権利制. 三省堂 の「大辞林,第二版」に よ れ ば,パ ロ. 限或いはフェア・ユースに関する規定に関して. ディとは, 「既成の著名な作品又は他人の文体・. は,適法の利用を前提として設けられた制度で. 韻律などの特色を一見してわかるように残した. あるため, 人格的な利益を害する場合には, フェ. まま,全く違った内容を表現して,風刺・滑稽. ア・ユースにならないのではないかとも考えら. を感じさせるように作り変えた文学作品」であ. れる.. り, 「日本の本歌取り・狂歌・替え歌などもそ. 「饅頭血案」は結局裁判には至らなかったが,. の例.演劇・音楽・美術にも同様のことが見ら. このケースがもたらした議論からは,中国著作. れる」とされている.. 権法における人格権に関する規定はまだ不十分. パロディという芸術形式は,昔から伝えられ. であり,今後いかに人格権の内容及び権利侵害. てきたものであり,古代ギリシア文学では,パ. の判断基準を整備していくのかということが喫. ロディとは他の詩歌の形式を模倣した詩の一形. 緊の課題であることが浮き彫りとなったといえ. 態であった.古代ローマの作家たちは,ユーモ. る.. ラスな効果を狙った詩による模倣作としてパロ ディを解釈していたし,フランスの新古典主義. ㈡ パロディ,引用及び人格権の保護. 文学においても,「パロディ」はユーモラスな. 前述のとおり「饅頭血案」に関する議論の際,. 効果を狙って他の作品形式を模倣した詩の一形. ある学者がアメリカにおけるパロディの裁判例. 態とされていた.. を紹介し,フェア・ユース論による解決を図っ. しかし,以上に紹介したパロディに関する定. ていた.確かに, 「饅頭血案」とアメリカにお. 義及び性質は文学芸術の一形態として着目した. けるパロディとは似ているところがあるが,著. 場合のものであり,著作権保護の観点からみた. 作者又は実演家の人格権を犠牲にしてまで,パ. ときに,いったいどのようにパロディを位置づ. ロディを保護することが公平といえるのかどう. けるのかという点については検討の余地があ. かについて検討の余地があると思われる.特に. る.. 今日,コンピューター技術とインターネットの. パロディの定義及びそれに対するさまざまな. 発達に伴い,著作物又は実演がより容易に改変. 評価からみれば,パロディの存在はその模倣さ. され,より広範囲に広がることが現実となって. れた原作品と緊密に繋がっており,原作品がな. いるため,いかに新たな芸術形式と原作品の権. ければ,パロディを創作することは困難である.. 利者の間において保護のバランスを取るのかと. また,パロディという芸術形式は,原作品の内. いうことについて,慎重かつ真剣に考えなけれ. 容のみならずその知名度を利用して創作される. ばならないこととなる.. ものである.すなわち,原作品の内容と知名度. アメリカ等の先進諸国における裁判例を積極. 等の利用価値はそのパロディの源泉であり,こ. 的に参考にしつつ,自国で起こったケースを解. れは,二次的著作物と共通する性質があると考. 釈することも一つの手法ではあるが,新たな事. えられる.翻訳作品や映画の作品は二次的著作. 案が起こった際に,外国の裁判例を考慮すると. 物として保護されており,その原著作物が翻訳.

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