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昭和三年六月三日九州天草島附近の地震の調査(地震エネルギー發散の様式に就て)

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(1)

ム ハ 占 八 h 昭 和 三 年 六 月 日

調

( 地 震 旦 ネ Y ギ I 殺散の様式に就て)

)

J

J

r=t I司

此調査の結某とし℃、地震計記象、震域等よ A り考察する民、地震ヱネ Y ギ I 後散の機巧、径路に 二種類の様式あるととを謂へ

b

。 即ち張主地震 K A V 田'りては﹁地震の始まらの結﹂(初震原)に於℃瞬時的に其地震金ヱネ Y ギーの後 散を了するものの外、多くの大地震は、初援に引き績きて、初震源又は之れに蓮績或は近接せる 地域に於て或る小時間内にも逐次的又は漸進的に地震勢力を唆散する様式の地震寧ろ多し。 L L の 議 論 に , 傾 け

h

一 、 緒 一 言 昭和三年六月三日十七時三十一日分九州の大部に亙

0

て人身戚莞をせし地震の後現があった、 地震勢力としては必しも強烈ではない、強き所も震度階級にて五(強震)に過ぎないが、此の地震前 の暫くの期間に亙'りて、との地方にては殆んど注意する程.の地震後せず、極めて卒静であ.った、それ故 乙の地震が相静岡に注目せられた。 且つ東京観測に依れば、共地震記象型が特種の位相を記録せしを以℃?支に皐者の注意を捉し E 他 の

(2)

方面からも各測候所にて観測せる記象察し借覧方の要求があったので、筆者が其等記象等の蒐集乞なす 可︿本塁長関下及び図富技師よ h ノ 下 命 あ P 9 、更に調査すべき事をも命ぜられた。 ぞれ故調査の結果気付注しととを設に羅列的に記載して、 一つは復命

K

替 へ 、 一つは同業先輩各位の 御数一不を希ム次第である。 元来九州地方は縦斜化走貫してゐる火山群があ'り、其れ等りあるものは平時に活動勢力を有するとと 本邦の他の地域に比し大である ζ と.即ち火山構這地域であるととをば、本地震後生理由の封象として は有鵡する事柄であらう。 然し地震後生の本原が、何んであるかまだ確の立詮な

3

現今に於℃は、単に抽象的に、此地方の地震 調査

K

蛍・りて、是等火山系を参照す可しとのみ、記し得るのみであらう。 =、震央の決定 現 A T K 於て.震源又は震央を決定なし得る要素は我同業各測候所に於て熱心に観測せられし多くの記 象によるの外、方法決してない。今気象要覧よ h 是等貴重なる観測値乞左表

K

掲 円 、 。 第一表 各 初 1.周1j

エ │ 動

i

所 西南│一一

l

の i方初

l

税 向動

I

iJIJJ 温 泉 岳 観測所 崎 浪 芸 時 刻 一 時 分 匂 秒 一 一 七 ・ 一 一 二 ・ 一 ニ 0 ・0 一 観測所 震 時 刻 一 ll 剛 ll 州 11 制 ﹂ 一 七 ・ 一 一 二 ・ 50 ・ 九 一 初期微動 斗三

画面│五五

元喜│向動 長 一 六 七

(3)

',.L'、b 1j5 .,・、 本 鹿 児 島 名 ‘ 彦 八 京 徳 豊 仁 神 大 洲 、 多 高 庚 名 殿 下 佐 古 度 屋 根 木 城 島 岡 川 戸 阪 本 津 知 島 j頼 原 関 賀

一 一

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一 一 一 七 ・ o 四 四 ・ 0 四 九 ・ o 五 一 ・ 九 五 六 ・ 宜 70 四 ・ ニ 四 ・ 九 一 五 ・ O = 四 ・ 七 一 一 六 ・ 一 一 一 ニ 八 ・ 一 一 一 一 四 ・ 。 一 一 一 四 ・ 四 百 五 ・ 五 一 一 一 七 ・ 六 四 0 ・ 四 四 九 ・ 一 一 五 一 ・ E ニ 穴 ・ 3 繭 一 レ レ 一 七 ・ 七 一 間 四 四 ・ A 一 南 四 0 ・ ニ 一 南 九 七 ・ o 一 六 六 ・ 豆 一 南 西 七 四 ・ o 一 西 南 西 七 一 10 一 南 々 西 九 三 一 南 了 一 一 一 一 西 ニ ・ o 九 0 ・ 六 お 穴 ・ 一 一 件 、 、 : 南 一 ・ 2 一 p p . 2 西 、 ・ 八 七 九四・九一南ニ・有 一 西 一 ・ 九 八 0 ・ 四 一 九 0 ・ 三 一 一 一 一 一 ・ 六 一 一 一 六 ・ 四 一 一一三一蹴 々 東 西 │ 々 で~でー量一・【-・- --ーニニーノ、ーーー 主 ニ ニ0 7丸 ぞi" 仁:1 一七否: 却品 同 岐 牽 潮 京 緬 央 境 和 津 牽 室 滋 宮 釜 宇 大 歌 和 山 北 戸 田 津 山 鳥 分 同 崎 山阜束 lfi申者r~ 井

-豆王 四 0 ・ E 四 五 ・ 六 五 0 ・ O R 四 ・ O R 八 ・ 一 一 一 一 ゴ 了 四 ・ 穴 一 五 ・ o 一 穴 ・ 五 ニ 王 ・ 八 ニ 八 ・ o 一 一 一 一 ・ 六 一 一 一 回 ・ ニ 一 一 王 ・ 0 2 一 六 ・ 七 四 0 ・ 0 ↑ 四 八 ・ o 四 九 ・ 七 一 一 一 一 ・ 一 一 A 一 六 八 寸ニエ 斗二 ヨ王 '-(;エ 区!d gg 区日 主ろ 一 ー ニ ユ ブ し ニ ニ ニ 二 ム 主ζ ーー ζコ O 五 八 o ~八 O 八 西 南 南 西 南 西 西 北 北 西 一 一 一 一 了 。 九 五 ・ 。 一 八 穴 ・ 四 7 南 六 八 ・ 四 一 O 五 ・ { 八 一 嫡 九 九 ・ 二 一 一 九 六 ・ O 一 一 一 ・ 一 一 一 七子。

一 一 一 九一一一 四 五 七 O 東 西 西 三三宝王

(4)

』 濁 北 沼 秋 水 差 大 甲 高 布 這 熊 高 幌 幌 津 田 津 南 蓮 府 田 良 分 谷 山 一 四 ・ 九 ニテ四 ニ 七 ・ 四 一 二 ・ 七 百 石 ・ 。 一 一 一 八 ・ o 四 九 ・ 一 一 豆 七 ・ 四 一 ・ 穴 ム ハ 六 二 一 喝 一 一 一 0 ・ 一 一 ニ 八 ・ 。 五 三 ・ o 一 一 一 一 一 一 一 ・ 一 一 一 ニ 九 ・ 一 一 一 0 ・ 王 一 六 ・ 四 一 四 子 主 一 四 四 ・ o 一 五 七 ・ 一 一 一 一 四 千 七 一 五 一 一 一 ・ 一 一 ニ 六 ・ o 一 一 子 C ニ 一 八 ・ 王 ニ 四 旦 ・ 。 大 水 横 函 盛 石 仙 東 銚 柿 長 墓 松 泊 戸 演 館 岡 容 牽 京 子 岡 野 中 本 一 五 ・ o 一 一 六 ・ o ニ 七 ・ 四 一 一 一 一 一 ・ 一 三 七 ・ 八 四 五 ・ 一 五 一 ・ o 五 七 ・ 四 五 一 一 一 ・ 一 一 七 ・ o 一 一 一 四 ・ 。 一 千 一 八 五 -0 ニ ー ノ 、 ニ 二 三 O 三 三 三 三 五 六 九 二 二 三 三 O 四 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ー 一 三 三 ご コ - cコζコ寸 コ ー - 0 0 九 一 子 八 七 九 ・ o 一O 四 ・ 一 一 一 3 て本地震に於て、弦に震央と云ムは.地下の地震初後位置の地表に於ける直上の位置を稀する。随つ て地震会勢力の中心、或は特使位陣阻積の中心、其会質量の重心の地表直上位置等の如

3

意味にてはない事 論及するまでもない、即ち﹁地震の始ま'りの勤﹂ で あ る 。 の地表直上の位置でも寧ろ﹁初震央﹂ 1 ζ 稀ふべき場廃 二 ハ 九

(5)

震 度 分 布 、 初 動 方 向 第一国 三 七 O @↓山里

2

3手 平 方 自五 エ 勧 告 ; 氏 方 反L d己 伺

(6)

然して地震ヱネ Y ギ I 後 散 の 機 巧 、 径 路 は 後 に 記 す る こ と と し て ・ ・ ・ ・ ・ ・ 抜

K

は兎も角も、﹁地震の始ま 。の結﹂の地表直上の位置(即ち初震央)が直に震度強き震域叉はそれの中央貼とは一致せ、ぎる関係の もののあることは、費験的事費であ

b

、更に震域の形成が著しく歪形を主する現象の存在も、叉過去の 質例の多くによ h て 肯 定 3 る L ととろである。 震央並

K

震源を正確化定め得らる L ならば、地震皐でな 3 る - L 調査研究上に好結果を得らる k 誇であ る。そこで是等を決定する手段として、尤も理想的なるものは、多くの観測所に於ける正確且つ精密な る後震時を以てなすととである。然しそれは、器械と観測上司どの良さ努力を要する。現今にては普通は 初期微動機績時間 ( P 1 8 波の速度差)を以℃な 3 れてゐる。との方法は震央又は震源距離と、ぞれと (大森公式実他の式)、又は等初期微動 線方法(時報二容一九八頁)二つは観測所間の距離を初期微動による比例軌跡化分割せし方法(中央気 が比例をなすとの限定を基本として、 一つは官験的に常数ル定め 象 主 管 一 欧 文 葉 報 一 巻 四 披 ) 、 等 で あ る 。 何れにせよ、是等の方法はある仮設よ h 震央(叉は震源)を求 h u e へ主ものである。高一ムと P S とが 比例をなすとの仮設が八例へば P 波と S 波通路が地屠によhJて異る様衣場合の)少しにでも正確ならゴ れば、‘理論上は精密に求められないとと L なる(観測よ h 生ずる誤差は別として)。 此 同 の 地 震 記 象 を 見 る と ら ・ d は、初期微動時間が可成。に一一讃み取。難く、恐くは、議取る技術者、摩者 七 三..

(7)

民 よ , o a f -1 夫れ/¥個性的誤差は免れない程の、困難なものであって、共何れが異で何れを達。となす‘ 七 べきか、容易に見掛上では黒白を知るべくもない。 は少しく考察を要すであらう口 それ故に此震央を求める手段として、諸観測所記象の初動を以てなした。然し此の初動方向に就き℃ ‘震央よムワ遠距離に於ける初動方向付、震波の通過する途中の媒鵠である各地殻の影響によって偏るベ きは勿論である。本邦の様な複雑なる地殻に於ては、更に然るべきで、殊に地殻の表衣が念に軟い土地 叉 は 、 、 A守山に旦(る股態の土地の上に在る観測所に於℃口同 一 一 暦 此 の 影 響 は 著 し い 。 然し震源に近い観測所の初動に於てはーとの偏'りは、あのとしても僅少である故無親して支障ない。 此れよより起る偏

0

よ ι りも却て、容貝際の観測上では、地震計が持つ夫れ/¥の異る性能によっ℃生ずる誤 差の方が大であるからである c ぞれ故、}近距離の数個所の初動が明瞭に現れたと

- 3

は、其初動方向延長 線の交姑の平均を以℃、其初震央となし得べ

3

で あ る 。 初動方向 此同の地震に於℃ ι 夫れ等近距離観測所に於ける初動方向を讃取る民、次の遁'のであった。 初動方向 千 n M h リ レ ワ τ ﹄ j ヨ ヨ ヌ ﹁ -観 温

i

JtlJ 泉 所 崎 岳 名 北 南 七 二 ' 十 十 度 度 西 西 宮 . 事見 鹿 長 j周j 児 所 島 崎 名 北 十 度 西 観 熊 測 所 本 名 南 四 「十 度 西 南六度西

(8)

w 是等の初動は極めて明瞭であること、記象国附国(第二国)にて一不すものである。 との初動方向を地同上に記入し℃、其延長線の交貼の位置を求 h u るに‘第一閏の殺に、それ等は熊本 牒天草島中部地方にで平均の交貼があるとと L な る 。 以上によムりて、此地震の﹁初'りの貼﹂即ち初震央が此附近にあ ι りしと見倣し得る。 単に此一事費を以℃初震央をと L K 決定するとと、早計の恐あれば、克にチヱヅクを要する。 前に述べし様に、此同の地震は初期微動の剣定困難なれども.第一表の測候所先輩の護取 λ り と 筆 者 と の 一 積 み 取 ' り と を 封 照 し て A 、 P 8 ダイヤグラム及び走時曲線を作製してみた。此の結果に依るに、第三 固にて一不す様に、先主に初動方向の交貼卒均である天草島中央附近を原動にと'りたる是等の曲線が大陸 調和をなし℃ゐる。 闘に見る裁に、震央に返さ値が、曲線外に多少のバラツキ b w 一持てども、共等卒均を取れば不合理でな きを得る、一般の小規模の費験にあ ι り℃も、多少の誤差は免れね、況んや地震の如き大きな賓験の結果 は此様な誤差は現今命免れぬであらう。殊に本地震の運動様式が後記の如主に於てをやである。もし横 軸に比じ、縦軸を小に取る(即ち大陸の値を取れば)攻らば、是等の黙は良く曲線の内に接還する。 此 の - 7 久トに依'りても、先主に初動方向にて定めし初震央位置が不 A 口理でない。もし此位置に誤差あ 1りとしても、それは十粁以内の差であるから第一国の天草島中部地方を初震央として、取扱ひてなした 三七三

(9)

三七四 る。後記の調査が、大過ないであらう。 (前掲の初動方向に於て長崎測候所の方向が濁り著しく西方に偏をおろ‘もし地震計の調整等め結果に依らずとぜぱ‘此附注はては 震波の屈折現象の穿在める存想像ぜしむべく‘他の地震に際しても常に斯る現象めらば、注意すべきこと L 思はれ記して蛇足する) = 一 、 初 震 源 の 深 さ 一般に震原の深 3 を確賓に求むる事は、精密なる殺震時を要し特に震央の極めて附還の精密なる後震 時に依る事尤も理想的であるの共他の方法は限定を基としてなすから精しく震源の深 3 は求められない。 此同の地震の震源も、震央の極く近くの観測値なさを以て、後記の方法にて求めし深 3 京 精 密 常 一 候 ︿ うら以あること‘会く止むを不得れども、其誤差としては十粁以内である。 先ず前章第一表の各測候所の観測値から作。し走時曲線から震源の深 3 を考へることをなした。 との曲線によ h ノ℃先づ本地震の縦波の速度机の値及び横波の速度 VH と を 求 め た 。 現今の観測に℃は各波の速度として、確らし主精し 3 は十分ノ一粁毎秒で、ぞれよ

6

精しき値は種々 の誤差が加はるであらう 0 3 て本震々波透度とし℃ JJH 吋 ・

2

1

1

1

1

吋 ・ ∞ 凶 事 増 制

S ω

H

﹁ 八 JJH 吋・吋金事 叉 横 波 の 一 速 度 は

(10)

<" .

第 二 回 記 象 潟 じ (PP'z P'3及び88'2"..を示す)

一 七 一 五

(11)

一 七 六 & JJH ∞ -C H I l l ∞ ・

8

M 市

S M

H

﹁ 八 ︿ HHH ∞ ・ 同 事 培 ー との町刊は縦波横波が、後に計算したる深 3 七十粁の地殻を遜る卒均の速度である。 叉引と丸との比例は 二~I ごゴ H ω ・ 品 、 吋 である、今迄に欧州大陸の値としては

H H ・ 吋 。 であるから、今同と ζ れとを比較すれば稲異る。 とれ或は九州地方の地殻が其物理的性質を欧州大陸と は相異するととに依るべきか。 今以上によムりて速度を知 A り し p -以℃.是れを用び℃、深 3 を出し℃見る。それは、多くの皐者、技術 者 に よ ム リ ℃ 、 常 に な

3

れた援に、ム、 P S グラフ(附圏第三)の曲線が縦軸と切 h Aロム貼を求むればよい。 f !

P

ち h u c に於ける初期微動総績時間を

ω

とすれば、曲線ょ。 向 。 H H ω 2 2 ・0

(12)

それ故に 1 1 b -<I~ ぐ

l

'

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"

1

-

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の関係がある。、とれに前記の値を入れて計算乞いなすと

3

は、本地震初夜勤の深 3 仰は F H h v h 刊 の ∞ 当 日 ・ と な る 。 此の方法にて困難の知は寸

H

O

K

於ける結を求なるととに誤差の伶い日勿さ一事である、然し曲線の性質 から、此誤差を非常に大・ 9 く例へば一秒としてみても、結果に於 J しは凶ト七粁であるから、前述した様 ・に十粁以内の差に於ては充分算出が出来る。 克に他の方法、走時又は A 、

p

s

グ一プアを伎はずに震源の深 3 を出し、前記の値を検査してみるとと は必要である。 今 それは震央のなる可く附近の観測値乞用ひる、 h v ︼ 凶 け1 J 湖沼田譲 h v 一 一 日 湖治目薬

h

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( h Y H ) 民 + F H -( ︼ ) = -七 七 '

(13)

三七人 b

~I ヨ I E>

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1

-

-〈 1 1 ~ - ・ ・ ( N ) なるこつの関係によムツ℃、数ケ所の観測値の夫れ/¥の、この値をとることによムツて、未知量を消去し 得。然るときは結局 1 1 司 ' 圃 圃 副 ¥¥、、 I I /ー「 b

I

?

/ーヘ b とな ' n 士、右透は総て賓際の観測によ ι り て 知 ι り得る値のみとなる。 {同︹¥ ¥ p p け か 浩 一 一 台 湖 沼 尚 三 沼 葉 山 口 ﹂ r r h v z h r H H 、、 測 〉 骨 減 妥吉 田 諜

-

-此式の性質本吟味して知らる L 様に、可成。の誤差の件い易・

3

事通即ち右透の数値の各々の差が僅少 であるから、精密なる観測値に符たねばならね。 然し検算としては充分役に立つ。是れから出した値につ

3

其卒均をとると主は F H 吋 0 ・ 。 特 ﹃ にして、前記の深遣に近い、それ故本地震初夜勤の深 3 は 、 天草島の直下約七十粁

(14)

にあること L し て 大 過 ・ な か ら む 。 日本民於ける不運績面所説モホログチヅク屠が約四十粁(鷺坂、岡山口同雨氏による

v

k

多く存在し、叉 此地方にては、熊本附還にての不漣績面三十六粁(隼田氏による)とすれば、今岡の地震はそれよ ι り 以 下更に三、四十粁の深 3 に其の初夜姑が存在すること¥なる。、 叉日本通常の地震にあ A りては、共の初後原深 3 三、四十粁のもの多し。ぞれ故今同の地震は其初後原 が稲や深さに存在してゐる。 本地震の脱税震時刻を以上よ ι り計算するときは' 初震源に於℃ 六月三日十七時三十一分十九秒 曹と十 μ m h ノ 随って震央に於ける接震時刻は= 十七時三十一日分二十八秒 而して、本地震の初動方向は第一固にて知る殺に、震央広向ふことから、其初援に於ては先づ地球中 と な る 。 心の向

3K

丁皮陥溶の扶態として始ま'りしを想はしむる。しかし此の初殺の運動状態が、本地震運動朕 態の会部の状態と等しきゃ否やは、更に吟味するを要するであらう。 問、初動波の週期 震源よ'り地表に到着する地震波の第一動を伎ひ℃、共の震源運動の波態を知る事は、士山田、台ノオ U Y カ 三七九

(15)

ー氏の方別である。

-A O e f 而して、勿論、'其震源の運動とは、共地震会勢力が作用をなせる運動技能 ω でなく、初動波を生ぜし北九 地震の始ま'り、即ち初震原の且つ初殺の運動股態である。 v それ故、共地震会勢力が初夜之等しき運動をなす場合の外、初動紋態乞以℃、其地震会館の運動放態 とはなし難きとと勿論であらう。 各測役所第一初動波四分一週期ュ ,釜下踊長鹿 t~ 紳高官波大 j}~ ノ 見 泉 ‘ 山 閥 岡 崎 島 岳 戸 知 崎 田 ヲ 分 本 司均王 可, 週 四 a 期ノ?分)ーノ 一 圃.圃圃圃・ ー-~・ ー- -ー-・ -・ ~唱圃圃・ 一・・・- 一~ ー・e・- 一・・・・4‘寸 -- ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 入 七 六 五 三 四 九 七 O 一 八 八 一 三 、 , ♀むG震央E離巨 三 一 一 一 五 三 一 三 一 O 入 三 四 O 三 一 三 三 二 六 六 二 六 O 八 二 六 一 七 ゐ

o

0.0五 3 て本地震につ主て、初動波遡期を調査してみる。 地震波動は錯雑なる波動なるが、今震波の或る微部分をと れ

.

正弦波動の一部とみる。然し賓際の記象議み取・'りに嘗 'りては、初動波の次に直に績

3

て、次々

K

到着する位相異る 波動ある故.此等の互の干渉は、初動波一遡期の、短き問に 於℃も、命共の影響を免れず、魚に確賞に初動波を記録せし め な い 。 それ故賓際の初動波遡期は)それの四分

J

一週期を議み)' 之れよ ι り算出すれば、和良(に近いものとなるであらう。 今岡の地震に於て、各記象よ λ り読み取。たる初動波四分ノ

(16)

一週期﹄乞上に掲ぐ、之等は明かなる現れのものである ο H 疋れに依れば、此同の地震波第一動の遡期は緩没な波動である。 而し℃震央距離の大小に依'りては殆んど無関係に客一様である。之れを一週期間正弦波として改算ず れ ば ] { ・ ∞ × h F H 吋 ・ 凶 器 J 可 F -司 A h コ , r 一 , となちて可成。緩

3

遡期波である。 ヨて初動波遡期につ

3

次の二つの性﹃質を考へてみる。 初動波遡期は、ぞれの殺震結の地殻が持つ物理的性質によるものにじて、地震

F

-起すべ

3

に 夫 れ/¥異なる力を奥ふるも、地分子は或ろ定常の遡期の初動を生ずるとの考へ。 二初動波沼期は、直に地震初成時運動の遡期其ものであるとの考へ。 との問題に就主て.倫解決を制作るに至らないが、恐くは之等一、二の二つの成・分を合

U

ものど考へらる 〆 I 、 、 , , ‘ 、 、、。(勿論震源の極く近くに於ては波動ではないであらう)叉地殻表皮が、外力によので-なさる L 脈動の 理期は 1 四秒乃至一分の定常的遡期乞もつ。 然し℃地震波に . J しは震央に}返さ慮に於ては、地震運動によ A り て な

3

る冶二の成分の方一に打ち勝つべ し と 考 へ ら る 、 ょ に よ ι りて‘震央附近の初動は大韓地震運動がなした一る遡期な O T ζ 見倣し狩るであらう。 三 入 一

(17)

}辺地地震記象には.初動直後念激なる傾遡期波を記録すれどもも前に云へる如く)初球官後刻々に来る ゴ 一 八 ニ 震波の影響を考 P F e へ 主 で あ る 。 今 近 来 の 若 一 名 二 三 地 震 に 就 ・ 3 其大なる初動を掲出すれば次の遜 ι りである、(初動四ノ一週期にて) (勿論急激なろ地震減動めることも可能なれども‘拾 には大地震の一一、三の例与取れり‘例へば‘濃尾大地震の根尾大断層が徐動によりて生じ‘活に断層上の民屋には被害なかりし‘叉関東 地震にても.其れが地表になしれる地盤は徐動と認め符らる L ものめり) 北 丹 後 一 地 震 闘 東 大 地 震 丹空 津王 山 年 !柑一 泡月 地主 震日 東4公 沼 演 銚 沼 彦 大 八 盟 京 本 洋 │ 松 子 津 │ 根 阪 木 岡 八 八 七 │ 七 七 八 │ 四 二 七 九 飯 甲 │ 長 束 │ 踊 京 津 豆、地震ヱネルギ

I

設散の機巧に就て 悶 府

野 京 │ 井君!) 円辺等は強大なる地震であるが‘共初動四 分ノ一週期は一秒七、となる、隠って共一週 一 ・ 七 一 ・ 一 一 均 一 ・ 七 秒 期の平均は七秒程となる。 一 ・ 七 一 ・ 入 i:!j 了七秒 H M 等が前記の考の裁に地分子がなす定常 的遡期に非ずとせば、大地震に於ける初夜 の運動が割合に徐動乞なすとの結論に遣す 一 ・ 一 心 ・ 七 均 一 ・ 入 秒 る 。 第一章にて肯定せし様に、初震央と費際の強主震域とが、震央距離に必しも比例をせゴるととと.戎 比震域の型肢が著しく歪形をなす一場会ある事そ記した ω

(18)

。叫剖

l

代eFP トヨ~~同 m トガ国 !l! 浪 、

骨 。〉

、 ふ も U そ当 、喝

-園田『砂 X 吋 2 Z L 。 内 出 ﹁ 旦 自 己 目 。 ロ Fキ 同 も も いE b

c . , 、長》 む ~ 一 ↑ 一 入 三

(19)

三 八 四 今同の地震にては、それの著し

3

現象乞なした。今各測候所よ'りの報告によ λ りて其震度を掲ぐる。 官邑 本 牒 .--ーーーーー..J、一ーー,ーーー‘、 強 弱 微 長 崎 腕 一 一 一脳同腕微 宮 崎 腕 m m 鹿 F 児 島 ,畷 戸ーーー一ー人一ーーーー、、 強 弱 倣 @'? JJ3乏 ~. E乏 ε p 万三三 熊本市、京町‘藍回、人吉 砥用、松橋、八代、本渡 震 震 佐敷、本渡田本 @'? E乏 長崎、平戸 震 鼻、諌早、富江、温泉岳 一蹴岡、四ツ山、三池 沖水、高原 震 震 釣掛崎、原田、枕崎、限之披、脇本、木田、五拾町 震 鹿児島、加世田.下谷口、武本、渡 日疋等震度を地国上に記入して震度分布を現すと即ち第一闘である。翻内観測所に於ける観測は多少の誤

0

・な主にしも非主れども、微震を強震までに誤測するととはなく z 且つ附固第一に現してみるに左程突 飛のものな主ことよ

' o

大館正し

3

ものと倣られる。 此の震度分布よ A りみると主は、前きに云へる様に、強

- 3

震度の地方は初震央なる天草島附涯に非ずし

(20)

て、寧ろ鹿児島市乃至楼島火山を含む薩摩企・・島の中部の地方に存在することをみるであらう。叉測候所 の器械的観測によ 0 て も 、 初 震 央 に 近 ぬ け 熊 本 よ

0

も、却って泣き鹿児島測候所の記象迩かに優勢である-新る震域の異常型をなす事に就いて、古く大森博士は、明治三十一年福岡腕糸島郡地震の時其震域が 矢張 h 今同の裁に歪形をなせし理由を仮設せられて.地表とある傾殺をもっ、ライン、 y I スの震源を 考へられ。例へば蒸気瓦斯等が、共震源をなすべ主地殻中の或る線位以問一障に作用すると主は、震源と岡 方向線上にけ強・ 3 地震勢力を停ムベ

3

も、之れとは直角の方向に℃は、勢力を停達すること弱主乞以℃ 地表の震域は闘形とはならず、

z h

形をなすべきであるを例言せられた。叉最近寺田博士は地理皐評論に てブロックの採に於ける関係よ'り震波異獄停波を論ぜられた ψ 最近に和達技師は深層地震の研究よ L り、その深 4 3 震源が異常の震域をなす理由の一っとせられたは卓 見であるが。然し充分なる理由、保件ではないであらう。 筆者が嘗℃日へる異常震域は特種の地震に就いてのみ関東地方が跳躍的に特別夜る強震域となるので あるかム嘗℃筆者が仮想脅し殺に(集誌第四ノ六時抗)一複雑なる理由の廷に相加

1 0

て存するであらう片例 へば今同の地震に於て議論し得る、複合地震叉は複雑地震の場合と同じ機巧に、関東地方と深層地震を 接する地下どが、特別なる地殻上の連絡.カ一ブクリノの存在乞持するを以℃.深層地震を殺したる時は、 毎に関東方面に於でも直にある作用を楼起するの股態に、共構造がな 3 れて居るを想はしめ?叉初動の 一 入 五

(21)

入 / 、 遡期即ち地震初殺の迩動が割合

K

前記の裁に徐動であるな ' h ば‘地震後生の本原特に深層地震

K ρ

き夏 に思考したいと思ふ。 此等の事賓に就

3

℃は後日更に後表する考である。 只深海地震の如く.極めて地表に}返さ地震にては、共震波緩慢なるによ

0

、観測者の注意力又は戚受 度の差によ A り℃.人身戚畳ある庭所と否との所を生じ、所謂第二穫の異常震域となる、然し是は寧ろ心 理率上よ'りの分類であるから、随って五口々が弦に云ム地震の分類とは別の議論のものである。 3 て本地震の議論に蹄'りて、今第二固に掲出せる各地の地震計記象に就いて、何人も直に注意する様 に、北日一連の初期微動波中に於て、蓬かに其振幅遡期の相異せる波動の、混入して存在することに気付く で あ ら う 。 而して H 一応等の特使異相は、九州以外の遠方の観測、例へば四園、山陽地方に於ても.明かに験出するこ' ' ど が 出 来 る 。 鹿児島測候所微動計は震幅著大のため描針逸出せしを以て、強震計記象を掲ぐる。強震計白己遡期は 四秒なるによ

0

.

以上の様な縫異相の、緩 3 波動に℃はこの地震計固有の遡期の矯め、容貝際波動とは金 く似もつかゴる記象となるが、命共の初期波動は会館として)西南西の方向に見掛上の傾斜乞なしてゐ 4 Q d

(22)

兎も角も、前述の務異波動の賓存は決して疑ム徐地がない。然らば斯の特使異波動は何によ'りて生じた る哉、其理由を確む可主である。 その手段として、今是等線一位波動の殺現時を縦軸にと λ り、震央距離を積軸にと ι りて.グラア第三国を 作 ' り て み る 。 然して之れを‘初期微動機績時間及び初動四分ノ一週期とを針照し℃みる。 此の第三国によれば、是等の級一異波の殺現時は横軸に平行である。 此の一事費は始震原、又は其近傍の地に℃.兎に之等の竣真相波を後散すべ

3

波原あることを考へらる。 故に是等の移一位相乞町 N N H ・ ・ ・ ・ ・ ・ 等 と す れ ば 、 も し n 同の漸進的地震運動を後生せば、巳迄現る L 乙 と L な る 。 G 而し℃、若し斯く漸注的に震波を出す地震の機巧あらば、之れに封象すべき

W

-U

M

-即 答 リ な か る べからゴる事となる。 然るに S 波は共遡期井に振幅大疋ることと

P

波の混入とによ ι り て 、 P 波の場合の如くには!明瞭とな らゴれども、第二国の記象乞見ると

3

は、亦明かに、主要動に於ても数段に区別し待ら名、のである。 此 の

U

.

U

M

-U

等 に 就 ・ 3 ては、隼田氏によ今、本年五月二十二日の日向灘地震の研究にて、共の 存在を確定せられてゐる。 八 -ヒ

(23)

I 困 四 kλ5・ 対3 震 士 山 tづ 複雑地震作~合地震) CII)

i

}JP1' P/ P,/81"叶8/. 8 3 一 一 -八 人 設に於て、以上の理由を蹄納し ℃、此問の地震は初震原に於て最 初の初動酌を出す運動をなし、引 き績きて 1 其初震原或は其附涯の 地が漸次に震原となり、計町駅等 を 都 民 せ る も の で あ る 。 新る地震運動の機巧は、例へば 国間の﹁ヒピ割れ﹂叉は破壊の場 舎に見らる L 如く.始めの一ヒピに 蓮綾して、夏に大

3

攻破れの生ず るととぺ恰も精子板の割れて行く 現象に溺らるぺ

3

で、叉、割れの , 。 症

U

遮 3 は、震波速度に比し若小 で あ る 。 叉、大地震の後に績殺する所謂

(24)

徐 震 は 、 一般に付小規模なれども、之れは必しも絶針的の定則ではない。例へば大正九年十二月信濃大 町地震の際は、初の地震の後績主て次のよ・ 9 大なる地震あ台、叉廃史上有名なる安政年間の南海東海道 大地震は時間を置℃数度に漸進的に殺せしは明である 0 . 然して何れの地震が立︿勢力最も大であ ι り し か は 不明であ

b

-共震源も亦詳ならぎるも恐くは、筆者が後記する複合地震又は複雑地震であらう。 F 火山爆殺の知 - a d際の地震に於℃も号、先づ大爆殺の一地震を生じ℃、日疋れに績会て地震乞漸⋮次に生ずる。 大正十一年の擦島爆後も然台、叉尤も逗主本年九月十八日の浅間小爆授の際の地震記象には、日疋の漸次 的地震が明に記録ヨれてゐる'(之れに就

3

て は 次 競 に 掲 記 し た い と 息 子 戸 ) 。 地震の本原をなすものが何れにせよ、兎も角も.賓際の大地震の例に於ては、例へば関東大地震にて、 却に熊谷測候所長平野技師が始めて稀へられた、(集誌第一一、第二審凶銃)庚き震域を有し L は事賞であ る。叉最近地震研究所坪井忠次氏は震後に施行せし地形測量の結果の吟味によムりて、地殻がある片々的 構造なるを論ぜられてゐる(震実報第七銃一冊) 以上によ'り℃、今同の地震にて、前記の特使異相をなすは、初援に引主緩・

3

τ

次々の漸進的蓮績したる 運動乞なせし結果・ f 一 想 は る 1 ・ S 1 s . , 一 , a ' J 或は、それ等の愛異相は震波が地層途中にて反射等の魚に生ぜしものとするあらば、それ等の考には 左の不合理がある、 三八九

(25)

一 九 O

(

1

)

本地震は七十粁の深誌に在ムりて 不逗績面の下方三十粁にあれば、此の面に℃の反射は考へら れ な い ゆ (2) 地表又は不逮績面の他に於て、何等かの影響によちての反射、屈折波な A りとすれば.何故に同 一 一 地 方 に 於 て 、 特 使 異 相 L L現す地震と、然らゴる普通の記象をなす地震あ ι り 哉 故に本地震のヱネ Y ギ I 殺散の機巧は、天草島直下七十粁附還にその﹁初。の結﹂あ

0

、次で此の初震 原又は此の近接(垂直にも)地方にも漸活的震源を生じて、斯くて漸次に‘立︿金ヱネ Y ギーを後散せし ものと思考する。 それ故に初夜姑の迩動機巧が全地震全般の迩動機巧と必しも等しからぎる場合を生ずるであらう。 本邦に於ては、本地震の如く漸準的なる迩動の様式をなす地震決してまれならゴるによムツ、筆者は斯 の 如

3

地震をば複雑地震叉は複合地震とと般稀しゃうと忠ふ。 六、地震ヱネルギ

I

設散の様式によるこ種類の地震 日本侭℃ロ此同の如く逐次的に主ハヱネ戸ギーを後散するものと、其初震貼に於て瞬間的に会ヱネ Y ギ ーを後散ずるものとあるを以℃、弦に筆者は地震を斯の見地よ'りし℃次の二種類に区別する。 第 -一 極 草純地震 初震原に於て、初動と等しき運動に依りて、瞬間的に其全エネルギーを援散する も の 、

(26)

第一種は特に小地震又は小区域破壊的地震に多く。其の地震計の記象付初期微動と主要動とが割合に確 然たる不蓮績をなしてゐる。叉小破壊的地震に蛍'りて生ずる地表の小断層は瞬間的

K

梼らる L であらう 其れ故に此の様な断層上にては被害大であらう。 第二種 複雑地震叉は複合地震 此同と等しく初震源叉は之れに逗績或は近接地方に於て.更に震源 をなし、時間と共に次々に漸次其全エキネルギーを竣散するもの、 第二種は地震の大部分のもの之れに屈し、特に大地震の場合には多し。立︿地震計記象は初期微動と主 要動ーとの区別、概して確然でなきものが多い、且っそれの初期微動波中には、漸次に新しくなぷるる、 次々の運動から殺する縦波によみて、務異相 (WUWH: ・・・・町)を混へる、隠って其主要動に於℃も、亦 U ・

U

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等数段に区別ぷる¥波動を記録す、へ主である。 今 H 疋等の二種類の地震記象乞般に園式にで現すとせば右同第四の様式となる。震源よムり少じく遠方の 観測にては、複雑地震の記象も漸次に草純地震記象と相似となるは、震波通路による影響を被るもので あるが、もし震源の運動が逐次的なる乞知るを得ば.和や遠地記象によムツても、町別 ha---" ・ ・ 及 び U ・

U

・ ・ -・ 等 を 摘 指 得 る の で あ る 。 (例へば本年九月十八日午前一時

O

八介頃の浅間山爆殺地震記象に見る如く震源逗くに℃は三同の引

3

緩く地震あムりし事其記象に確然と録するも、少しく遠方例へば東京記象にては‘其様な三同の地震は 三 九 一

(27)

三九二 漸次不明とな λ リ車純の記象と近似の型式となる、然れども注意する時は倫明かに三同の引綾

3

し記象乞 指示し得る、(之れの詳細は次務第四巻第一波参照) -以上を要する.に、志田クオ Y カ I 氏の法則なる、初動方向の分布に依 ι りて地震金惜の運動の機巧を求 め 相 什 j ゎ 0 . 付、第一種の箪純地震の場合であらう。 :多くの地震が属する、第二種の複雑地震又は複令地震殊に大地震の場合に於ては、初動方向の分布に 依 ム サ J L求め得べ

3

震 源 運 動 の 機 巧 は 、 ー 山 県 に 立 ︿ れ の 寸 ム ダ I A P の運動機巧であるから、ぞれ乞以℃全地震の 運動様式として論ぜられるーであらう。、 .例へば関東大地震、濃尾大地震、陸相判大地震等の結果とし℃の、地表への現象が此の好例である。 叉大地震に際し、土'り長

3

徐動の存在するやも知る可らまれども、(例へば傾斜運動の如き)斯の如 3 長沼期波動又は動揺に至。℃は、現今五日々の地震計観測の配囲内ではない。 設に筆者は、地震ヱネグギ I 後散の様式には前記の二種類の存在乞主張し、随って多くの地震運動は、 初動の外克に幾エーの逐次的に生ずる運動及び震原を考ム可きであらうことを力説し、記し℃数を希ム次 第である o z 日 ︾ 屯 ‘ . ι f ¥

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