硫化水素の発生を伴わないマイクロスケール化合実験
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第61巻 第1号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.61,No.1. 平成22年8月 August,2010. 硫化水素の発生を伴わないマイクロスケール化合実験 桜庭 一宏・中村 秀夫 北海道教育大学函館枚化学教室. MicroscaleCombinationExperimentsFreeof HydrogenSulfideGeneration SAKURABA Kazuhiro and NAKAMURA Hideo. LaboratoryofClle上11istry,HakodateCa上11puS,HokkaidoUlliversltyofEducatioll. 概 要 教材研究の意義は実際に通常行われている実験においても,より安全で簡単・短時間・そして再現性を良 くすることで授業をより効果的なものにすることにある。学校教育においての理科教育では危険を伴う,若 しくは難しいから実験を行わないというスタンスではなく,その危険や困難を実験方法や装置の改善により, 簡便にそして安全に行える工夫が求められている。本研究では中学校理科における化合実験に関して鉄と硫. 黄に代用し得る,反応の確認が容易で,安全性が保たれ,生徒実験が可能であるような教材として,硫化水 素の発生を伴わない,鉄とヨウ素のマイクロスケール化合実験について検討を行った。. 30年ぶりに授業時間が増加し,理科においては前 1.はじめに. 現行の指導要領は「ゆとり教育」の推進を掲げ. 述のような課題も踏まえ,小・中・高等学校を通 じ,子どもたちが知的好奇心や探究心を持ち,目. 1998年に告示された。旧指導要領(1989年告示). 的意識をもった観察・実験を行うことにより,科. と比較して内容が削減され,その影響から多くの. 学に関する基本的概念の一層の定着を図り,科学. 観察や実験などから原理や法則を見つけ出し,理. 的な見方や考え方を養う構成へと改善が図られ. 解を深めるような理科の授業を構成しづらくな. た。. り,教科書上の項目を暗記することを重視する傾. しかし,改訂され,改善が図られたとは言って. 向が見られていた。このような学校教育の実情が. も教科書に記載されている観察・実験について授. 理科に対する興味・関心の低い子どもや日常的な. 業で扱う際には,常に検討が必要である。より簡. 科学的知識を持たない子どもが増えたという,い. 単適切な操作法や展開例の吟味はもとより,実験. わゆる「理科離れ」の一因と考えられる。. 自体の信頼性を追求し,既存の内容を改良してい. その指導要領が2008年3月に改訂1)され「ゆと り教育」からの方針転換が明確に打ち出された。. くことも重要な視点である。また,この類の教材. 研究においては実践に向けてより有効に活用され. 219.
(3) 桜庭 一宏・中村 秀夫. ることが目的なので,コンセプトをしっかりと持. 第一に数グループが一斉にこの実験を行った際. ちながら改良のねらいを明確にし,十分な予備実. に,発生する硫化水素の処理についてである。近. 験を経て実践を行い,その結果を踏まえてさらな. 年世間を席巻しているこの気体は毒性を有し,高. る検討を加えていく必要がある。本研究では中学. 濃度での暴露を受けた場合には数分間で呼吸麻痔. 枚理科で扱われる化合実験について,内容を分析. を起こし,死に至る場合もある。よって実験室規. し,改良を加えた。. 模の発生に際しても,安全性を確保するために十 分な換気の確保と理科教員による監視・管理のも. 2.化合実験 中学校において固体物質同上の化合を学習する. と実施される必要がある。理科室には当然,換気. 扇が設置されてはいるが,時にはその排出能力を 大幅に上回る量が発生することもあり,生徒が不. 際,生徒実験では鉄と硫黄を用いた実験である硫. 調を訴えた経験をお持ちの方もいるのではないだ. 化鉄の合成が一般的である。以下は現行の教科. ろうか(fig.2)。. 書2)に記載されている展開例である。 ① 硫黄と鉄の混合物を2つの試験管A及びB に取り分ける。. ② 試験管Aを加熱し,時間の経過とともに, 赤熱化を呈し,反応が進んでいることが確認 できる。. ③ 冷却後の試験管A及びBを外部より磁石を 用いて磁性の有無を確認する。その結果,試. 験管Bでは磁性を確認し,試験管Aの生成物 は磁石に対して反応が見られない。. ④ 次に希塩酸を加え,試験管Aからは刺激臭 の気体(硫化水素),試験管Bからは無臭の 気体(水素)の発生を確認する(fig.1)。. 以上の結果より,硫黄と鉄の混合物は加熱によ り化合し,別の物質に変化したと判断できる。 ここまでが教科書に記載されている実験操作及 び考察内容である。. 試験管A:FeS+2HCl→FeC12+H2S† 試験管B:Fe+2HCl→FeC12+H2† fig.1中学校における化合実験. 3.改良のポイント 現場で指導を行う中学校の先生達の中には,前. 理科実験中に硫化水素=区立中学,6人不調 訴える一乗京. 11月6日 時事通信 6日午前11時10分ごろ,東京都練馬区東大 泉の区立大泉第二中学校から,「理科の実験 中に硫化水素が発生した。吐き気を訴えてい る生徒がいる」と119番があった。. 東京消防庁と警視庁石神井署によると,2 年生の女子生徒6人が吐き気など体調不良を 訴えている。同署が原因を調べている。 同署によると,実験は1時限目の午前8時 50分から同9時40分の間,校舎2階の理科室 で行われた。カリキュラムに沿い,硫化水素. を発生させるため,鉄と硫黄に塩酸を混ぜた という。 ¶g.2 硫化水素による実験事故. 第二に鉄の消失に基づく磁性の有無の確認を磁 石を用いて行うが,この方法が曖昧である。前述. の手順③において冷却後の試験管Aは外部より磁 石を用いて磁性の有無を確認した結果,磁石に対 して反応が見られなかった。生徒実験では生成物 の固化により試験管を破損させることを伴うた め,行わない場合が多いが,本研究では前述の実. 述の実験過程においていくつかの問題意識を抱え. 験過程に加え,加熱後の試験管Aより生成物を取. ている方も少なくないはずである。. り出し,乳鉢にて粒子状に細分し,磁性を調べた。. 220.
(4) 硫化水素の発生を伴わないマイクロスケール化合実験. その結果,粒子のほとんどが磁石に付いた。この. 本(A.B)に取り分け,ヨウ素の昇華5). 反応は粒子同士の接触部分(表面)で起こるため,. を防ぐためにアルミ箔で蓋をする。同時に. 粒子表面は硫化鉄になっても,内部では混合物が. ビーカーに沸騰水を用意しておく。. 未反応で残っている可能性が高く,その結果磁性. ③ Bを沸騰水中に隠れるくらいまでひた. を示したものと考えられ,硫化鉄の生成が不十分. し,約10分間放置した後,冷却する。. であったことがわかる。 これらの点を改良のポイントに据えて実験の見. ④ ミクロチューブAとBと比較する。 ⑤ 磁石を用い磁性を確認する。Aは十分に. 直しを検討した。基本的には硫化水素の発生を伴. 鉄が付着する様子が見られ,磁性を確認す. わずに,化合の本質を損なわない実験方法を目指. ることができる。Bは磁性を示さない。. すことにした。更に,使う試薬をできるだけ少量. ⑥ 次に炭酸カリウム水溶液を加え,呈色の. にし,なおかつ個に応じた授業形態を展開すべく. 違いを確認する。A,Bそれぞれに炭酸カ. マイクロスケール実験が実施できることをねらい. リウム水溶液をピペットで少量(2∼3滴). として改良を加えた。. 加え,試験管を振ると,Aは緑褐色沈殿に. なるのに対し,Bは茶褐色沈殿になる 4.新しい実験の提案. (丘g.3)。. 4.1ミクロチューブを用いたマイクロスケール 実験. 前述のポイントを踏まえ,この分野を学習すべ く鉄と硫黄に代用し得る,反応の確認が容易で, 安全性が保たれ,生徒実験が可能であるような教. 材として,前回荒田らが掟案した実験3)に改良を 加え,鉄とヨウ素のマイクロスケール化合実験に ついて提案する。. (1)準備. 試薬:鉄粉,ヨウ素,炭酸カリウム水溶液 (10wt%). 器具:乳棒,乳鉢,薬さじ,アルミ箔,ミク. 4.2 実験に際しての注意事項 (1)ヨウ素は弱い刺激臭を持ち,また常温でも. ロチューブ(ガラス製1ml)×4,ビー. 昇華してしまうため,鉄粉と混合させる時は. カー(100ml),ガスバーナー,三脚,. 素早く取り扱うように指示する。今回の鉄. 金網,ピペット. 0.5gとヨウ素1.5gの乳鉢による混合では, ヨウ素の臭いは感じたが,視覚や嗅覚,喉な. (2)操作. ① 鉄(Fe)とヨウ素(Ⅰ2)が反応すると八ヨウ. どを刺激する程度ではなかった。 (2)前述の通りヨウ素には昇華性があるため,. 化三鉄(Fe3Ⅰ8)となることにより4)質量. 化合させる際にはアルミ箔で蓋をした。この. 比を鉄:ヨウ素=1:3とし,これらを乳. 際,ミクロチューブの栓で密閉してしまうと,. 鉢でよく混合した粉末を使用する。今回は. 反応の進行とともに栓が突然外れてしまう恐. 鉄0.5g:ヨウ素1.5gとした。. れがあるので注意が必要である。. ② 混合物0.5gを乾いたミクロチューブ2. (3)ヨウ素を用いた化合に際しては直接,ガス. 221.
(5) 桜庭 一宏・中村 秀夫. バーナー等で加熱してしまうと,ヨウ素が気 体となるので危険である。. 5.おわりに 教材研究の意義は実際に通常行われている実験 においても,より安全で簡単・短時間・そして再 現性を良くすることで授業をより効果的なものに することにある。また,中学校だけではなく,学. 校教育においての理科教育では危険を伴う,若し くは難しいから実験を行わないというスタンスで. はなく,その危険や困難を実験方法や装置の改善 により,簡便にそして安全に行える工夫が求めら れている。今回は中学校理科における化合実験に 関しての教材研究について取り上げたが,この他 にも身近なところに研究課題は多く存在している と感じる。その点で,この種の教材研究は常時行 われ,実際の授業実践を通して検討を加え,改良 されていくことが望まれる。. 6.参考文献 (1)文部科学省,中学校学習指導要領解説 理科編,pp. 4−53(2008). (2)教育出版,理科1分野下,pp.21−22(2007) (3)亀井孝志・宮崎秀紀・中村秀夫・荒田一志,「鉄とヨ ウ素を用いた化合の実験」,化学と教育,49(3),p.166 (2001). (4)中原勝偏,無機化合物・錯体辞典,講談社,p.982 (1997). (5)長倉三郎ら,岩波理化学辞典第5版,岩波書店,p. 1410(1998). 桜庭 一宏 (函館校大学院生) 中村 秀夫 (函館校准教授). 222.
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