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ニホンミツバチ ―生態とその飼育法 Ⅱ―

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(1)

HoneybeeScience(1997)

ニホ ン ミツバチ一生態 とその飼育法

Ⅱ-4.

日本 各地 で の伝 統 的飼 育 法 と採 蜜 日本各地で続 いているニホ ンミツバチの伝統 的な飼育 は,実 に様 々な巣箱が用 い られ,特徴 的 な採蜜法や採蜜道具 の工夫 がみ られ る.最 近,ハチとヒ トの生態人類学的な視点や民具研 究の立場か らニホ ンミツバチの伝統的養蜂が注 目されている (滞田,1986;宅野,1991,1992, 1993, 1994;佐治, 1995a,1995b,1995C, 1996;井上 ら,1995a,b).滞田 (1986)は巣 箱 の構造,分蜂群の取 り扱 い,採蜜方法か らニ ホ ンミツバチ養蜂を3型 に分類 している. Ⅰ型 は空の巣箱 に分蜂群 が営巣す るのを待 ち,採蜜 時 に蜂群を逃亡 させ るか死滅 させ,内部 の巣を すべて取 り去 る原初的養蜂. Ⅱ型 は所有群か ら の分蜂を捕獲 し,採蜜時 に巣板の一部を残 し, 蜂群を維持す る継続的養蜂

.

Ⅲ型 は可動巣枠式 巣箱を用 いる近代的養蜂である. 現在, 日本各地 で営 まれて い る伝統 的養蜂 は,これ らの3型 に類型化で きると考え られ る が,セイ ヨウ ミツバで行われているよ うな商業 養蜂 は確立 されてな く,趣味的養蜂が一般的で ある. その飼育法や採蜜法 について, これまで の報告や調査結果を もとに紹介 したい. (1)福島県 ・会津盆地 東北地方 の伝統的養蜂 についての報告 は少 な く,岡田 (1990)が岩手県二戸市 および九戸村 で,古木の丸太巣箱での飼育 を確認 している. 佐治 (1995a,1995b) は民族学的な立場か ら, 福島県 の西部,会津盆地両線 の山間地域 に継承 される養蜂 について報告 している. 福島県大沼郡会津高田町大字東尾岐では,磨 塞,豪雪のなかで越冬 したニホ ンミツパテが多

吉田 忠晴

数 み られ,特徴的な養蜂が行われている. ニホ ンミツバチは 「ヤマバチ」,セイ ヨウ ミツパテは 「アツカイパ

」,巣箱 は 「ミツバチタッコ」 と 呼ばれている. ミツバチ タッコは, この地方 に 多 く植え られているキ リが使われ, この幹 の空 洞 になった丸太が利用 されている. その他 にス 辛,サ ワグル ミ, ケヤキが用い らている.直径 30-50cm の幹 を長 さ 50-60cm の輪切 りに して,内部の空洞を内径30cm ほどにのみなど を用 いて広 げている (図17).5,6月の分蜂期 に空 の ミツバチタッコを適当な場所 に置 き,分 蜂 したヤマパテが タッコに飛来す るのを待つの である (図18).営巣後 はそのまま飼養 して, 図17 福島県会津地方の巣箱, ミツバチタッコ 図18 薬師堂に並べ,分蜂群の飛来を待つタッコ

(2)

66 図19 クマの被害から守るために高所に置かれた タッコ 10月∼11月 に採蜜す る. 採蜜時には蜂群 を逃 亡 させ るか,巣箱 に残 ったハチは焚火で燃や し 死滅 させ る.巣箱内の巣板 は全て取 り去 り,鍋 で煮て,蜜 とろうを分離 して-チ ミツを得 る. 採取 した-チ ミツはほとんどが 自家用 として利 用す るか,親類や隣近所 に分配 され る.翌年, 再 び野生群 の捕獲が繰 り返 される原初的な養蜂 である. この地方でヤマバチの最大 の害敵 はツキノワ グマで あ る. クマか らの被害 を回避 す るため に,鉄パイプを組んだ足場を用 いて タッコを高 所 に置 くなどの工夫がなされている (図19). 東尾岐よりさらに奥部の集落である琵琶首地区 では,大 きなキ リの丸太 を横置 きに した巣箱が み られる (図20). この特徴的な養蜂形態の伝 承 についての調査が進 め られている (佐治,未 発表). (2)長野県 ・伊那谷 南 アルプスと中央 アルプスにはさまれた伊那 谷 の3市 8町 17村でのニホ ン ミツバチの調査 が,岩崎 ・井原 (1992,1993a∼e,1994)によ り報告 されている.伊那谷でのニホンミツバチ の飼育者 は318名で,飼育数 は 1208群 と判明 したが, 1500群 を越え る群が飼育 され, 長崎 県対馬や和歌山県熊野地方 に劣 らない日本有数 の飼育規模 が確認 され て い る (岩 崎 ・井 原, 1992,1994).伊那谷の複雑 な地形 は,巣箱の 巣門の形態,巣箱保温の材料,巣箱 の架台,栄 箱 の屋根部分 の形 態 に工夫 が ほどこされて い る.巣箱 の設置型 として,縦型 の巣箱 を家の壁 や樹木 にとりつける 「壁掛 け型」,縦型 の巣箱を 地面 に置 く「縦置 き型」,そ して福島県琵琶首で もみ られた横型 の巣箱 を地面 に置 く 「横 置 き 型」の3型 に大別 される. さらに伊那谷で注 目 され るの は,外周 の直径35cm,長 さ 55-60 cm の ミツパ テ用 の蜜桶 が各地 に残 されて い る. この蜜桶 は,江戸時代 に紀州熊野の養蜂が 紹介 された 「日本山海名産図会」(前号 の図 3) に措かれている吊された桶 に類似 してお り,辛 運 にも発見 された 「熊野蜜御入」 と書かれた蜜 桶の蓋か ら,蜜桶養蜂 は熊野か ら伝承 されたの ではと考え られている (岩崎 ・井原,1994). (3)京都 ・花背別所 京都 の北山奥地の関門にあたる京郡市左京区 花背別所町でのニホンミツバチについては,平 木 (1981),野 口 (1983;1986),原 (1989) の報告がある.巣箱の材質 にはスギかマツが使 われ, セイヨウ ミツバチに用 いられている巣板 が6枚入 る輸送箱程度 の大 きさで,底板が開閉 で きるようにな っている. この巣箱を毎年春 に なると,マチ箱 (待 ち籍) と称 して回 りの山々 に しかけ,分蜂群が入 るのを待つのである.分 蜂群が入 った巣箱 は,天秤棒でかついで 自宅へ 運 び,家の周辺で秋 まで飼 って蜜を採 る.蜜源 は トチ, ク リ, レンゲ, ウツギ, ホウノキ, シ ソ, イタ ドリなどが上 げ られている.採蜜 には 「ゴザ」が使われる.ゴザの一方を縛 って円錐形 にひろげ,その内側 に底板を取 った巣箱をひっ くり返 して置 く.巣箱 を トン トンとたた くと, ハチはゴザの上 に登 ってい く.全てのハチが ゴ 図20 横置きにした丸太巣箱

(3)

図21 クマの被害から守るために納屋の二階に置か れた巣箱 ザに入 った ところで ヒモで下部 を縛 り,- チを 閉 じこめ, ゴザ ごと池 な どの水中に沈 めてハチ を殺 して しま う.ハチのいな くな った巣箱 の巣 板 は全て切 り取 り,底 と側面 に小 さな穴 を開 け た1斗缶 に入 れて 自然 に垂 れ落 ち る蜜 を別 の 容器 に受 け取 る福 島県東尾岐地区 と同様 な原初 的養蜂であ る. ここで もクマによ ってマチ箱 が 相 当被害 を受 けるよ うである. この地域 とは異 な るが,京都市福知山市 ではクマの被害 にたま りかねて,納屋 の二階 に巣箱 を置 いて いるのが み られた (図21).

(

4)

紀伊半島南部,熊野地方 紀伊半島南部 の熊野地方 の養蜂 は,江戸時代 の 「日本山海名産図会」 にその様子が描かれて いる (前号 の図3).明治 にか けて は 「蜜市」 こ と貞市右衛門 によ って養蜂が大成 され,現在で も 「熊野蜜」 の産地 であ り, その養蜂形態 につ いて多 くの報告がある (下 地,1981;磨,1981 a,b;揮 田,1986;岡田,1990,1991;井上 ら,1995,井上 ・井上,1995). ニホ ンミツパテは

,

「や まばち (山蜂

)

,

「や まんぼち

,

「わばち (和蜂

)

,

「みつばち (塞 蜂

)

,

「やまみつばち (山蜜蜂

)

」 と地域 によ っ て様 々に呼ばれている.巣箱 には幹 が空洞 にな ったサ クラ, ツガ, モ ミが好 まれ るが,最近で は直径40cmほどの スギを50-60cmに切 り, 中を内径30cmに くり貫 いた ものや,スギ板 な どで作 った直方体 の ものが巣箱 とな って いる. 巣箱 もまた地域 によ って様 々に呼 ばれてお り, 「ゴー ラ

,

「ゴー

,

「ウ トー

,

「ウロー

,

「ミ ツダル」 な どであ る.分蜂群 の飛来 を待つ空の 巣箱 が山中に置かれ

,

「待 ち ゴーラ

,

「待 ちウ ト ー

,

「待 ちダル」 と呼ばれている. 「待 ちゴー ラ」の10-40%に分蜂群 が入 り,盆前後 に年1 回の蜜切 り (採蜜) を行 う.蜜源 はウメ, アセ ビ, ヒサカキ, サ クラ, レンゲ, スダジィ, ト チノキ, ク リ, カキ, ナ ンテ ン, サカキ,ハ ギ 頬, イタ ドリなどである.採蜜 は巣板全部 を切 り取 って しま う原初的な方法か ら,冬期 の全滅 を防止 す るため に全巣板 の約60%を切 り取 る 方法, ゴーラをひ っくり返 して, ゴー ラの底 に サ クラの樹皮で作 った円筒形 の筒 を乗 せ, その 筒 に-チを移動 させてか ら巣板 を切 り取 る方法 な どが あ る.採蜜塁 は ゴー ラ当 た り最 高 で12 kg (5升),通常 は4.8-7.2kg (2-3升)であ る.サ ク ラや スギの樹皮 は分蜂群 を誘 導 す る 「ツ リカ ワ」 と呼 ばれ る分蜂集合笠 と して使 わ れている.樹皮 を40×60cmほどに剥離 し,外 皮 を内側 に して乾 燥 させ笠 状 に した もので あ る. 紀伊半 島の中央部で熊野地方 に近 い,奈良県 吉野郡十津川村で は,巣箱 はス半坂作 りの箱 の 前後 の戸 が取 り外せ るもの,底板が取 り外せ る もの, ゴー ラ型 の ものが使 われ,分蜂集合笠 も 熊野地方 と同形 の ものが利用 されている (原, 1987). (5)四国 ・愛媛県 愛媛県 は長野県 や紀伊半 島 と同様 にニホ ン ミ ツバチ養蜂 の盛 んな地域 であ り,岡田 (1957), 山上 (1981), 越智 (1985), 佐治 (1995, 1996)による報告 があ る.上浮穴郡美川村 で は ニホ ン ミツバ チを通常 「ミ

,

「ジ ミツ」 と呼 び, セイ ヨウ ミツバチは 「ヨウ ミツ」 と呼ばれ ている.巣箱 は 「ミツ ド

ゥ」

,

「ドゥ」と言 われ, 形態 や材料 の違 いか ら2種類 に分 かれて いる. 一つ はスギ,サル スベ リ, カキ, ツガ, ク リの 30-40cmの幹 を長 さ36-45cmに切 り,外側 か ら3-5cmの厚 み を残 して くり貫 いた マル ドゥである (図22-1).マル ドゥには冬 の防寒 や乾燥 によるひび割れを防 ぐためにムシロ, コ モ,古 い畳表 を巻 き付 ける (図22-2).もう一 つ はク リなどの厚 さ1-1.5cm,縦35-50cm, 横30-40cmの板材 を4枚 張 り合 わせ たカ ク

(4)

68 図22-1 愛媛県のマル ドゥ 図22-2 ムシロを巻いたマル ドゥ 図22-3 板材のカク ドゥ 図22-4 軒下 につ り下げたカク ドゥ 図23 愛媛県での採蜜 左 :巣箱をひっくり返 して,円錐状のムシロを被せる.中 :巣箱の側面を樺でたたいて,ハチをムシロに追 い 出す.右:2-3枚の巣板を残 して,他 は全て取 り去 る.

(5)

ドゥ,-コ ドゥである (図22-3). これ らも, 冬期間 はムシロを巻 き付 ける.また愛媛県で は,軒下 に巣箱 をつ り下 げる形態がみ られ る (図22-4).採蜜には京都花背別所でみ られた ような 「ムシロ」や 「コモ」が使われているが, -チを全て殺 して しまうことはな く,継続的な 養蜂が行われている.マル ドゥやカク ドゥの巣 箱は天地をひっくり返 し,底の部分を覆 う様 に 円錐状のムシロを被せる (図23).巣箱の側面 を棒でたたき,女王蜂がムシロへ移 るのを注意 深 く観察 しなが ら, ほとんどのハチをムシロに 追い出す (図23). ムシロの上部 には-チが逃 げないように布が詰めてあり,ハチが入 ったム シロは巣箱か ら静かに外 して巣箱のあった場所 に立てかけてお く.-チを除去 した巣箱内の巣 板を一部 は手ではが し取 り,残 りは専用の 「蜜 切 り刀」 と呼ばれる採蜜用の道具で切 り取 る. 巣箱内の巣板の2-3枚を残 してムシ口内のハ チを巣箱に戻 し,元の場所 に設置する (図23). 採取 した巣板の蜂児部分 は取 り除 き,蜜 と花粉 の部分をザルに入れて垂 れ蜜を取 る.採蜜量 は 1群2.4-4.8kg (1-2升)である. (6)西中国山地周辺 西中国山地 は島根,広島,山口の3県にまた がる地域であり, この地域での伝統養蜂につい ては,宅野 (1991,1992)により報告 されてい る.巣箱 は ミツ ドゥと呼ばれてお り, スギ, ク リ,アカマツの大木を くりぬいた筒型, スギを 材料 とした長方形の板使用型, スギ板の立方体 の箱を積み重ねた重箱型 の3型式がみ られ る. 巣箱 は石台や平 らな板の上 にのせる方法や愛媛 図24 山口県美祢市で軒下につり下げられた 重箱式巣箱 県でみ られる軒下 につ り下 げる方法がある.分 蜂群を収容するために,-チの入 っていない ミ ツ ドゥを山中 に設置す ることは行 われていな い.その大 きな理由としては, クマの存在によ るその被害によるものと考 え られている. (7)山口県西部,北九州 山口県西部の下関市,美祢市,北九州市若松 での調査が報告 されている (白石, 1975;蜂 屋,1986;原,1988). この地域での特徴 は西 中国山地の一部でみ られた重箱式である.一辺 が25-27cm,高 さ 10-12cm のスギ材の枠を 重ねていくものである.枠の中央には巣板の落 下防止 のための竹が十文字 にはめ込 まれてい る.軒下っ り下 げ型や (図24),地上に設置型 がある (図25).採蜜時 は箱 と箱の隙間に針金 や魚っ り用のワイヤーを入れ,それを引っ張 り なが ら巣板を切 り,重箱を分離す る方法が取 ら れている. (8)長崎県 ・対馬 紀伊半島南部の熊野地方 と同様にニホ ンミツ バチの飼育が盛んな対馬の伝統的養蜂について は,これまで多 くの報告がある (杉山,1974; 東京農業大学, 1974a,b;井上, 1978;井上 , 1981;荏田,1984;大坪 ・宮川,1988;杉本, 1989;大坪,1990;吉田,1990;宅野,1993, 1994).対馬養蜂の歴史 については,古 くは元 禄年間に書かれた陶山納庵 (1657-1732) の 「津嶋紀署乾」に 「養蜂は継体天皇 (507-531) の頃,太田宿称が山林よ り巣をとって飼育する 図25 地上に設置された重箱式巣箱

(6)

図26 対馬のハチドゥ 上左:丸洞と角洞 上右:山間地に配置したハチドゥ 下左:家の周辺に置かれたハチドゥ 下右:ハチドゥが造 られる丸太桐 方法を村人の数えた」 とい う記録があ り,文献 の出処 は不明であるが,対馬でかな り古 い時代 よりニホ ンミツパテが飼養 されていたようであ る.江戸時代 にな ると- チ ミツの生産 が行 わ れ,朝鮮使節への差入れ,将軍,諸大名への進 物 にハチ ミツが用 い られていた記録が対馬藩 日 記 などに残 されている (大坪 ・宮川,1988;大 秤,1990).対馬での飼養者 は 2000人,蜂群数 は2700-4000群 と推定 されている. 対馬 の伝統的巣箱 は

,

「ハチ ド

,

「ハ ッ ト

,

「ドゥ」 と呼ばれる蜂洞である.ハチ ドゥ 図27 -チ ドゥの近くにつり下げた分蜂収容笠 は直径28-47cm,長 さ 54-92cm の ヒノキ, スギ,ハゼノキ, ケヤキな どの丸太材の中央を 16-26cm ほどに くり抜 いた円筒形の丸洞が主 体である.また板材を使用 した角洞や重箱式が 一部使われている (図26).飼養者 は平均 5-10本 の- チ ドゥを所有 してお り,空 の ドゥは 山間部 に配置 して分蜂群の飛来 を待 ち,分蜂群 が入 ったハ チ ドゥはその まま山間部 に置 いた り,家の近 くに持 って くる.すでに営巣 してい るハチ ドゥの近 くには熊野地方で使われている よ うな分蜂収容笠 の設置がみ られた (図27). 図28 有刺鉄線でツシマテンの被害を防ぐ

(7)

71 図29 ハチ ドゥの上に乗せた継ぎ ドゥ 対馬 にはクマが生息 していないため,本州以南 で問題 にな るよ うな山間地 に置かれた- チ ドゥ の被 害 は全 くな い. ただ大 きな被 害 で はな い が, ミツをね らう害敵動物 と して上 げ られ るの はツシマテ ンで, その対策 として巣門の周辺 に 有刺鉄線 が巻かれている (図28).対馬で ニホ ン ミツバチに大 きな被害 を与 える害敵 がいない ことがニホ ン ミツバチの生 息密度や個体数 の維 持 を保 ち, そのために養蜂環境が維持 されて き て いると考 え られ る. 蜜源 は

3

∼7

月の ツバ キ, ヤマザ クラ, ス ダ ジィ, カエデ, セ ンダ ン,- ゼ頬, ク リ, ネ ズ ミモチか ら,9月∼10月 の ヌルデ,ハゼ,ア キニ レ,カ ラスノサ ンシ ョウ,ソバなどである. 採 蜜 は秋 ソバ の開花後 の10月 中旬 か ら 11月 上旬 に 1回行われ るのが一般的であ る.ハ チ ド ゥにセイ ヨウ ミツバチで使 われて る継箱 と同様 図30 立てたハチ ドゥでの採蜜 上:ハチ ドゥの蓋を軽 くたたき,ドゥの下に-チを移 動させる 下:上部の巣板を切 り取る に貯蜜用 の 「継 ぎ ドゥ」 を乗せた改良型 もみ ら れ るが (図29),一般 的にはハチ ドゥ上部 の巣 板 を切 り取 る方法であ る. -チ ドゥの蓋 を軽 く た た き,ハ チを ドゥの下 方 に移動 させ る (図 30).蓋 を取 り,専用 の 「蜜切 り刀」で上部 の巣 板 を1/3ほどを切 り取 るが,蜜 がたれ落 ち, 盗 蜂 が飛 来 して大騒 ぎに な る ことが あ る (図 30).蜜 のたれ落 ちは採蜜 時 の悩 みであ るが, それを解消す るためにハチ ドゥを横転す る方法 が用 い られている.蓋 を軽 くたた き,ハチを下 図31 横転させたハチ ドゥでの採蜜 左:横転させたハチ ドゥを一人が下方を持ち上げた支え,巣板を切り取る 右:ハチ ドゥ下部に移動 した働き蜂

(8)

72 図32 対馬での重箱式巣箱 による採蜜 上か ら,1段目左 :春先に庭 に置かれた重箱式の 3段巣箱 右 :傾斜 した専用台の上 に蓋部分を下 に して重箱式 巣箱を乗せる.下部 には切 り取 った巣板を受 ける容器を置 く 2段 目左 :蓋を取 り外す と巣板が剥が し取 られる 中:煩燥器で煙を軽 くかけて,ハチを移動 させ る 右 :巣門部に溢れ出た働 き蜂 3段 目左 :巣板を切 り取 るた めの蜜切 り刀 右 :蜜切 り刀で巣板を切 り取 り,下部の容器 に入れる 4段目右 :切 り取 った巣板 中:落下防 止の横棒が付 いている2段 目中央まで切 り取 る 左 :巣板を砕 き垂れ蜜を取 る

(9)

73 図33 女王蜂 方 に移動後,-チ ドゥを横転 させ る.一人が下 方 を持 ち上 げて支え, もう一人が用意 した容器 にハチ ドゥ上部 の巣板を切 り取 るのである (図 31} 対馬で は,ハチ ドゥを改良 した厚 さ 3cm の材で作 った外形27×34cm,高 さ 19-24cm の重箱式の巣箱が使 われている. この巣箱 によ る採蜜法 について紹介 したい.採蜜期 を迎えた 重箱式 の3段巣箱 を上部 が傾斜 す る専用 の台 に乗せ,切 り取 った巣板を入れるための容器を その下 に置 く.蓋を取 り外 す と蜜の入 った巣板 が剥が し取 られ,煩煙器でハチを巣箱 の後方 に 移動 させ ると,ハチがあふれ出て くる.先端の 形 状 が異 な る2種類 の蜜切 り刀 で巣板 を切 り 取 り,下 の容器 に落 とし入れ る. この重箱式の 巣箱の中央 には,巣板の落下防止 のために竹の 横棒が2本取 り付 けてある.貯蜜の状態 に もよ るが,通常 は2段 目の中央 まで切 り取 る (図 32). 採取 された蜜巣板 は, ザルの上 に置かれ た晒の上 に入れ,その上で細か く砕 き,垂れ蜜 を一昼夜かけて採取す る.採蜜量 は山間部 と家 の周辺で異 なるが,1群か ら2.4-4.8kg (1-2 升)が平均的で,1群か ら9.6kg(4升)を 2年 間連続で取 った記録 もあ る. 対馬 にはセイ ヨウ ミツバチが一次導入 された とい う情報 もあ るが,1989か ら5年間の調査 でセイヨウ ミツバチは確認す ることはで きなか った.その後,宅野 (1993)によって もセイ ヨ ウ ミツバチは確認 されて いないため, ニホ ンミ ツバチだけが生息す る日本 で唯一 の島であると 考 え られる.

5.

二ホ ンミツパテの生態 図34 産卵する女王蜂 (1)女王蜂 トウヨウ ミツパテのイ ン ド亜種 についての研 究 によ ると,女 王蜂 の羽化 まで の生育 日数 は 15日であ り,セイ ヨウ ミツバチの 16日に比較 して- 目早 い ことが報告 されて い る (Singh, 1962). これまでセイ ヨウ ミツバチの 24の亜 種間で,生育 日数 の差 は報告 されていない.そ のため トウヨウ ミツバチにおいて も同様 のこと が言えると考え られる. ニホ ンミツバチ女王蜂 の生育 日数 は, これまでに観察 した結果か らも イ ン ド亜種 と同様 に15日である. 女 王 蜂 の周 りに は働 き蜂 が取 り囲 み (図 33), 働 き蜂が直接給餌 した り, 女王物質をな め取 る行動 がみ られ る.女 王蜂 の動 きは活発 で, また黒色の体色 は働 き蜂 と酷似 しているた め,女王蜂を確認す ることがで きないこともあ る,女王蜂の産卵 は新女王蜂の1年 目は旺盛で (図34),2年 目も順調であるが,3年 目の春 に なると突然,死亡 した り, その兆候がない場合 には産卵が低下 して秋か ら越冬期 に死亡す る傾 向がみ られ, そのため群が消滅す るす ることが 多い. これまでの飼育結果か ら,女王蜂の寿命 図35 傾斜 している卵

(10)

74 図36 王台先端のろうが取り除かれ, 繭の先端が現 れた王台 (左)と蓋がされる前の王台 (右) は3年程度 と考えている.セイ ヨウ ミツバチで は,産卵直後 の卵 は直立 しているが, ニホンミ ツバチでは傾斜 している (Tokuda,1924;図 35). 4-6月 の繁殖時期 に巣板 の下部 に王台が造 られ る.王台の先端が塞 がれてか ら約4日後 に は,先端のろうが働 き蜂 によってか じり取 られ 茶褐色の繭が完全 に露出す る (図36).その頃 図38 交尾飛行に出巣する新女王蜂 図39 クヌギ樹上の雄蜂の集合場所 図 37 王台先端部に残された羽化女王蜂が噛み切っ た繭 になると,働 き蜂 は女王蜂 に対 して盛んに産卵 を妨害す る背腹振動 (DVAV)を行 うのがみ ら れ る.繭が露出 してか ら

6-8

日目に旧女王蜂 は働 き蜂 と共 に分蜂す る.分蜂 した翌 日に新女 王蜂 は王台より出房す るが, その際に新女王蜂 が噛み切 った先端部 の繭が王台に蓋状 に付 いた 状態で残 っている (図37).新女王蜂 は羽化後 6日を過 ぎると 14:00頃 よ り交尾飛行 に飛 び 立っ (Yoshidaetal,1994;図 38).女王蜂 は,周囲の地形の中で 目立 っ木 の特定な上空部 分 にある雄蜂 の集合場所 (吉 田, 1994;Fuji -waraetal,1994)に飛行 して (図39),10匹 前後 の雄蜂 と多回交尾をす る.新女王蜂 は交尾 標識 と呼ばれ る最後 に交尾 した雄蜂の生殖器 の 一部 を腹部先端 に付 けて帰巣 し (図40),2-3 日後 に産卵を開始す る. セイヨウ ミツパテでは,女王蜂が消失 して無 王群 になると,す ぐに変成王台が造 られる. し か しニホ ンミツバチでは変成王台 は一般 に出来 難 く,群 の状態によっては希 に変成王台を確認 することがで きる (図41).新女王蜂が突然消 図40 交尾標識を付けて帰巣 した女王蜂

(11)

41

変成王台 左:巣坂上の変成王台 中:変成王台内部の成熟 した幼虫 右:羽化直前の新女王蜂 失 して撫王 になった場合 は,若 い幼虫が存在 し ないため,若い蜂児を含む巣板を導入 して変成 王台を造 らせ ることは可能 である. (2)雄 蜂 雄 蜂 の 生 育 日数 は, イ ン ド亜 種

(

Si

ngh

,

1

962

)

と同様 に

21

日で, セイ ヨウ ミツバチよ り3日短 い.雄蜂の巣房 は蓋がけされた当初 は 外見上特質すべ き点 はないが, その後,働 き蜂 により表面 のろう層が除去 され る. ろう層が除 去 され ると繭が表れ,その項部中央 にセイ ヨウ ミツバチにはみ られない トウヨウ ミツパテに共 図

4

2

小孔のある雄蜂巣房 図

4

3

雄蜂の羽化 通 の小孔がある

(

To

kuda

,1

92

4

;図42

)

.

トウ ヨウ ミツバチ雄蜂の巣蓋 は,働 き蜂 に比較 して 巣房面 に密着す るよ うに蓋掛 けされて い るた め, この小孔 は空気 の流通 口と考え られている (

Tokuda

,1

92

4)

.

小孔 は幼虫が繭を造 り,最 後 に幼虫が出す酵素 (ククナ-ゼ)の作用 によ って繭 が溶 けて 出 き る と報 告 され て い るが

(

He

ne

la

ndRut

t

ne

r

,1

985

)

,繭を造 る幼虫が 吐糸 しなが ら小孔 を造 り上 げてい くことが確か め られている

(

Sa

s

a

kie

ta

1

,1

9

95

)

.

雄蜂 は繭 の蓋を噛み切 って羽化する (図

43

)

.雄蜂巣房 の内径 は

5

.

36mm

であ る.台湾か ら輸入 した セイ ヨウ ミツパテ働 き蜂 の巣礎 の内径 は

5

.

30

mm

と日本 の もの

(

5

.

1

0

mm)

より若干内径が 大 きいため,巣板全面が雄蜂巣房 とな り,雄蜂 研究の多方面で活用 している (図

4

4)

.

雄蜂 は 働 き蜂か ら給餌を受 けるが,セイ ヨウ ミツバチ と異 なり,雄蜂 自身が直接,貯蜜巣房か ら餌 を 取 ることがみ られ る (図

45)

.雄蜂の飛行 は羽 化後

5

日目か ら開始 され

,8-1

0

日目に多 くの 雄蜂 が集合場所 を 目指 して交尾飛行 に飛 び立 図

4

4

巣板に造られた雄蜂巣房

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76 図45 働き蜂から給餌を受ける雄蜂 (上) と餌をと る雄蜂 (下) つ.出巣時刻 は13:15か ら開始 され るが,14:30 - 15:00に最 も多 い飛 行 が 観 察 され た ( Yo-shidaetal,1994;図46). (3)働 き蜂 働 き蜂 の生 育 目数 は, イ ン ド亜 種 (Singh, 1962;Mishra and Dogra,1983) と同様 で 19日で羽化 し (図47),セイ ヨウ ミツバチの働 き蜂 よ り2日短 い.働 き蜂 の性質 は温和で,煉 煙器 を使 うことはない.一般的 には管理時 に面 布 を使用す るが,流蜜期 は殆 ど攻撃性 はな く刺 す ことはない. しか し冬期や春先 の低温時 は, 流蜜期 とは打 って変 わ った攻撃 を示 し,温和 な 性質 とは極端 な場合があ る. 訪花 と採餌 岡田(1991)はニホ ン ミツパテが訪 れ る蜜源 植 物 につ いて, これ まで の報 告 を もとに して 104種 を記載 して いる.主 な植物 と して,春 の ウメ,ナ タネ,アラセイ トウ,ツバキ,タンポポ, レンゲ, ミカ ン,ア ンズ,スモモ,スダジィ,サ ンゴジュ, ク リ,夏 のネズ ミモチ, クロガネモ チ,ヤプガ ラシ,イ タ ドリ,サルスベ リ,クズ, 秋 のカナムグラ,ソバ,セ イタカアワダチ ソウ, 図46 雄蜂の出巣 ツワブキ, サザ ンカ,冬 の ビワ, サザ ンカ, ツ バキなどが挙 げ られ る.蜜源植物 の種類 はセイ ヨウ ミツバ チと共通性があ る. しか しセイ ヨウ ミツバチが レンゲ, ニセ アカシア, トチノキ, シナ ノキなどの主要植物 に集中す る傾向があ る のに対 して, ニホ ン ミツバ チはセイ ヨウ ミツバ チよ りも訪花植物 の選択 が多岐 にわたるなど, 花の噂好性があると思 われ る. ニホ ンミツバチ の訪花 の様子 を図48に示 した. ヨー ロ ッパで はモ ミなどの葉 に付 いて いるアブラム シの分泌 物 を ミツバチが採取 して くる甘露蜜が知 られて いるが, ニホ ンミツパテ もク リに付 くク リオオ アブラムシの葉上 につ いた甘露 を盛 んに採取 す るのを観察す ることがで きた (図49). 花蜜や花粉源を知 らせ る収穫 ダンスは,尻振 り (8の字) ダ ンスで距離 と方 向を仲間 に知 ら せ る (図50).8の字 を一回描 く際 に発せ られ る音信号 による 「距離 と発音時間の関係」 の研 究か ら,玉川大学 キ ャンパ ス内で飼育 している ニホ ン ミツバチの採餌距離 は2.2km,セイ ヨウ ミツバ チは3km で,採餌対象面積 はそれぞれ 15km2および28km2で, ニホ ン ミツバ チはセ 虹′ 1,_IL 1 図47 働き蜂の羽化

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図48 働き蜂の訪花 左から,ウメ,ウツ半額, スモモ,ヤブガラシ 図49 クリオオアブラムシの甘蒜を採る働き蜂 イ ヨウ ミツパテより約半分 の狭 い面積 を採餌圏 に して いることが推察 されて いる (佐 々木 ほ か,1993).花蜜の採集か ら帰巣 した外勤蜂 は, 巣坂上 の内勤蜂 に口移 しで蜜を渡 し (図51), 内勤蜂 は巣房の中に蜜を蓄 える (図51).花粉 の採集蜂 は後肢 に花粉をだん ご状 に丸めて持 ち 帰 り,花粉 だん ごを貯蔵す るために巣房に頭部 を入れて確かめる (図51).巣板 は食料である 蜜 を貯蔵す る貯蜜圏, その下 に花粉をためる花 粉圏,そ して幼虫を育てるための育児圏に分か れて巣板が利用 されて行 く (図51). 分 蜂 図50 巣坂上での尻振りダンス 4月末か ら5月になると分蜂が起 こるが, 二 ホ ンミツパテの分煙群 の多 くは, ウメ, モモ, サ クラ, カキ, マツなどの太 い枝分かれた樹皮 の下 に付着 したように付 く.セイヨウ ミツバチ のように細 い木の枝を包むよ うな分蜂 はみ られ ない.蜂球を形成 している働 き蜂が頭を上 に し て給麓に並ぶ点 も特徴的である (図52).分蜂 群 は時には市街地 に飛来 して街路樹 に蜂球を造 り,J副証匠)人 々を驚かせることがある.分蜂群 は毎年同 じ樹種の同 じ場所 に集 まる傾向がある (岡田,1993).熊野地方や長崎県 ・対馬で分蜂 群 を誘導す る分蜂集合笠を用 いているの も, こ 図51 花蜜と花粉の貯蔵 左から,蜜の口移 し,貯蜜,花粉だんご,貯蜜 ・花粉 ・育児圏に分かれた巣板の利用

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78 W .,: ;::. TT;n . :.. .:.I .I; 1.. . ,.. ・: .・ 7 . . , 薫 ︰衰 ㌫ 長 図52 分蜂群 左 :カキの太い枝分かれ した樹皮下 に付着 した横か らみた分蜂 中:正面か らみた分蜂 左上 :空中を舞 う分蜂群 左下 二頭部を上 に して椅露に並ぶ働 き蜂 図53 キンリョウへンへの分蜂群の飛来 と働き蜂,雄蜂 上段右 :巣箱の前に置いたキ ンリョウへ ンに飛来 した分蜂群 上段左 :花 には働 き蜂や雄蜂がひ しめ くように取 り付 いている 下段左より後胸背板 に花粉塊を付 けた働 き蜂,ランに訪花 して花中に潜 る雄蜂,働 き蜂 と同様に花粉塊を付けた 雄蜂,巣箱 に持ち込 まれた花粉塊を運 び出す働 き蜂

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芋 璽 図54 働蜂産卵 左から,黄白色のバンドが消失して腹部が黒く光る働き蜂,産卵する働き蜂,働き蜂による産卵, 女王蜂によ る正常な産卵 れ らの習性を利用 した ものである. 分蜂群が花 にひかれ る極 めて特異的な現象が 東洋 ランの一種であるキ ンリョウへ ンでみ られ る.1986年 5月, 熊本県八代市 の福田道広氏 よ り下大野町地区で 「ミツバチラン」 と呼ばれ ているキ ンリョウへ ンに飛来す る分蜂群 につい ての話があった.早速筆者 らは八代 に赴 き, こ の地区では ミツパテランで蜂群 を確保 している ことや,春 の楽 しみの一 つ と して分蜂群の飛来 を待 ち望んでいることを聞 くことがで きた.蛋 や花粉 がないキ ンリョウへ ンに分蜂群が誘引さ れ る最初の報告が福 田(1988)によって発表 さ れ,更 にランの提供を受 けた本学で,花を訪れ ることがない雄蜂 も誘引 されることがわか った (Sasakieta1,1992;佐 々木,1992).働 き蜂 や雄蜂 は後胸背板 にランの花粉塊 (ポ リニア) を付 けてお り,花粉媒介 を行 っていることが確 認 された (図53).分蜂群や雄蜂 まで も誘引す るランの匂 いについては,最近の研究で働 き蜂 のナサノフ腺か ら出され る集合 フェロモ ンと同 一 な化合物を複数共有 しているとの報告 もある 働蜂産卵 女王蜂が急 に死亡 して無王群 になると,セイ ヨウ ミツバチは変成王台を造 るが,ニホ ンミツ バチでは一般 に出来難 い.特 に新女王蜂が事故 死 した り,交尾飛行中の不測の事態で撫王にな った場合,変成王台を造 るための若 い幼虫 も見 あた らず,無王 にな ってか ら4-5日の内に働 蜂産卵が開始 され る. これはセイ ヨウ ミツバチ に比べて,極 めて早 い産卵の開始である.働蜂 産卵群の働 き蜂 は腹部 にある黄 白色のバ ン ドが 消失 して黒 く光 るようにな り (図54),数匹の 産卵働 き蜂が巣房 に卵を産みつける (図54). 女王蜂が巣房 に一個一個卵を産みつけるのとは 異 な り (図54),数匹の働 き蜂が産卵す るため, 巣房 のE[りこは数個 か ら数十個 の卵がみ られ る (図 54).最終的 には卵字化 した一匹の幼虫 が育 ち,働 き蜂 は交尾で きないため,働 き蜂巣房で 育 った小型 の雄蜂が羽化 して くる. 巣造 り ニホン ミツバチは越冬中に激 しい巣板か じり によって,巣箱の底部-の巣屑 の堆積 は著 し

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80 図56 巣門の門番蜂 (左)と侵入蜂への攻撃 (右) い. この巣板か じりによ って蜂球が巣板で分断 されないので巣内の保温効果が高 まっているの で は な い か と考 え れ れ て い る (Sakagami and Kouta,1958). 3月中旬 にな り繁殖期が 近づ くと,か じり上 げていた部分 に新巣 を造 り 出 し (図55),巣板 ははば元の状態に戻 る. ニ ホ ンミツバチが大顎 を使 って噛む力 は以外 に強 く,観察時などに手 に止 まった働 き蜂 に噛まれ た痛 さに驚 くことがある. 門 番 自然巣や巣箱の巣門で は,門番蜂が巣 を出入 りす る- チ を絶 え ず チ ェ ック して い る (図 56).他 の巣箱 の- チが侵入 しよ うとす る場合 には噛みついた りして攻撃す る (図56)しか し 春先や越冬前 に,貯蜜を盗みに飛来す るセイ ヨ ウ ミツバチの盗蜂 に対 しては,執捌 なチェック はみ られず,多 くの盗蜂 による被害を受 けるこ とになる. 扇 風 巣門の前で行われ る扇風の向 きは, ニホ ンミ ツバチが頭部を外側 に向 けて (図57),新 しい 空気を巣の奥へ送 り込むような気流を作 り換気 している (生田 ・佐々木,1996).一方,セイ ヨ ウ ミツバ チは巣 内側 に頭部 を向 けて扇風 を行 い,巣 の中の空気を排 出す るような空気の流れ にな り,基本的に扇風の方法が異 な っている. その他 その他のニホ ンミツバ チの生態的な特徴 とし ては,巣箱 の蓋を開 けた際や,内検作業中に振 動 を与えた り,巣板上 の働 き蜂 に息を吹 きかけ た りす ると,一斉 に特異 な羽音であるシマ リン グ(Shimmering)と呼ばれる警戒音 を発す る. 図57 巣門での扇風 図58 葉をか じる働き蜂 セイヨウ ミツバチは巣 の穴や隙間の修繕,倭 入者 の死体の遺棄 に植物 の樹皮であるプロポ リ ス (ハチャニ)を集 めて くるが, ニホ ンミツバ チはプロポ リスの採集 はみ られない. 蜂 の出入 りの邪魔 にな る巣門前の雑草を働 き 蜂 が か じる行 動 が観 察 され て い る (後 北, 1997).葉をか じる例 は,岡田 (1990)によっ て も報告 されてお り,筆者 はスズメバチがあ ら われ る秋季 に,巣門の近 くにある葉 をか じる働 き蜂を観察 した (図58). この行動 の目的は正 確 に分か っていないが, オオスズメバチがマー クのために付 けていった匂 いをか じり取 ってい るのではないか とも考 え られる. オオ スズメバ チを含 む害敵 の生態 につ いて は,次号 で解説す る. 一つづ く一 参考文献 は最終号 にまとめて掲載す る. (〒194 1町田市玉川学園6-ト1 玉川大学 ミツバチ科学研究施設)

YosHIDA,TADAHARU.Japanesehoneybee,ecol -ogyanditsrearingmethods

E.

HoneybeeSci -ence(1997)18(2):65180.Honeybee Sci.Res. Center,Tamagawa Univ.,Machida-shi,Tokyo,

図 21 クマの被害から守るために納屋の二階に置か れた巣箱 ザに入 った ところで ヒモで下部 を縛 り,‑ チを 閉 じこめ, ゴザ ごと池 な どの水中に沈 めてハチ を殺 して しま う.ハチのいな くな った巣箱 の巣 板 は全て切 り取 り,底 と側面 に小 さな穴 を開 け た 1 斗缶 に入 れて 自然 に垂 れ落 ち る蜜 を別 の 容器 に受 け取 る福 島県東尾岐地区 と同様 な原初 的養蜂であ る
図 26 対馬のハチドゥ 上左:丸洞と角洞 上右:山間地に配置したハチドゥ 下左:家の周辺に置かれたハチドゥ 下右:ハチドゥが造 られる丸太桐 方法を村人の数えた」 とい う記録があ り,文献 の出処 は不明であるが,対馬でかな り古 い時代 よりニホ ンミツパテが飼養 されていたようであ る.江戸時代 にな ると‑ チ ミツの生産 が行 わ れ,朝鮮使節への差入れ,将軍,諸大名への進 物 にハチ ミツが用 い られていた記録が対馬藩 日 記 などに残 されている ( 大坪 ・宮川,1 988; 大 秤,1
図 41 変成王台 左:巣坂上の変成王台 中:変成王台内部の成熟 した幼虫 右:羽化直前の新女王蜂 失 して撫王 になった場合 は,若 い幼虫が存在 し ないため,若い蜂児を含む巣板を導入 して変成 王台を造 らせ ることは可能 である
図 48 働き蜂の訪花 左から,ウメ,ウツ半額, スモモ,ヤブガラシ 図 49 クリオオアブラムシの甘蒜を採る働き蜂 イ ヨウ ミツパテより約半分 の狭 い面積 を採餌圏 に して いることが推察 されて いる ( 佐 々木 ほ か,1993)

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