究』
著者 安田 寛子
出版者 法政大学史学会
雑誌名 法政史学
巻 70
ページ 89‑93
発行年 2008‑09‑30
URL http://hdl.handle.net/10114/10885
本書は著者根崎光男氏が、二○○八年九Ⅱに法政大学に提川した、博士の学位請求論文の一部に手を加えてまとめられたものである(二○○六年三月学位取得)。学位論文は三部構成であったが、本書はこのうちの第一部と第二部に新たな論文を加えて再構成されている。これまで、江戸幕府放鷹制度については、さまざまな角度から多くの研究が積み重ねられてきた。にもかかわらず、いまだ不明瞭な部分も多いのが現状である。そのようななかで、本書は放鷹制度研究の諸問題を克服し、その本質的な解明をすることを目指したもので、著者入魂の一書といえる。以r、まず本書の構成を記し、次にその概要を紹介していく。序論江戸幕府放鷹制度研究の現状と課題一問題関心の所在と分析視角二放鷹制度に関する研究動向とその課題三本書の構成第一部徳川将軍権力と鷹狩・鷹場第一章鷹狩をめぐる将軍と天皇・公家
はじめに
根崎光男箸 「江戸幕府放鷹制度の研究』
書評と紹介書評と紹介 安田寛子 一幕府成立期の朝廷・公家政策1公家の統制と鷹狩禁止策2天皇への「御鷹之鶴」の進献二犬皇・公家の鷹狩権の行使と鷹儀礼1天皇・公家の鷹狩権の行使2天皇・公家の諸烏の贈答儀礼3犬皇・公家の諸烏の振舞いおわりに第二章幕府鷹場の存在形態とその支配櫛造
はじめに一関東領国時代の鷹狩と鷹場二幕府鷹場の成立とその支配1関東の幕府鷹場とその支配2束海道筋の幕府鷹揚とその支配3畿内近国の幕府鷹場とその支配三寛永五年鷹場令の内容とその歴史的意義1寛永五年鷹場令の内容とその性格2寛永五年鷹場令の雌史的意義山寛永中期以降の幕府鷹揚とその支配1関東の幕府鷹場の編成とその支配2畿内近国の幕府鴬場の推移とその支配おわりに第三章鷹場の下賜をめぐる将軍と大名
はじめに
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法政史学第七十号
一鷹場下賜儀礼の性格1鷹場の下賜文一一一一口の歴史的推移2鷹場下賜の対象者とその特質二恩賜鷹場の編成とその利川1恩賜鷹場の編成とその特質2恩賜鷹場の鷹狩と礼秩序3恩賜鷹場の利用と被下賜者の権限三恩賜鷹場の支配とその特質第四章将軍の鷹狩をめぐる儀礼と主従関係はじめに一鷹野見舞と鷹野科の献上二鷹狩の供奉と作法・儀礼1近世前期の鷹狩と供奉・儀礼2享保期の鷹野御成と鷹野行列三将軍の鷹狩と「御鷹之鳥」の贈答儀礼l「御鷹之鳥」の賄答儀礼とその性格2「御鷹之鳥」の拝領とその基準おわりに第二部徳川政権と放鷹制度の腱開第一章初期徳川政権と放鷹制度の成立
はじめに一豊臣政権の放鷹制度の構造二江戸幕府放鷹制度の成立過程1膳の確保体制の整備 2鷹狩権の編成をめぐる社会関係3幕府鷹場の支配とその特質4鷹職制の整備とその特色おわりに第二章綱吉政権の鷹政策と社会の動向はじめに一将軍家綱と大名綱行間の鷹儀礼二綱吉政権初期の鷹政策1将軍綱吉の鷹狩中止2鷹方支配の帰属の再編と鷹役人の削減3鷹儀礼の縮小4鷹場政策の変容三元禄期放鷹制度の変容1鷹遣いの停止とその影響2「御鷹場」の廃止と一御留場」の成立3鳶・烏の巣払いと放鳥4鶴の放し飼いとその組織体制Ⅲ綱吉没後の幕府・諸藩の動向おわりに第三章吉宗政権と放鷹制度の復活
はじめに一鷹狩の復活と放鷹制度再興の特質1膳職制の整備と鷹狩の復活2御留場の復活と公儀鷹場の再編 九○
3諸烏の賄答・饗応儀礼の復活4鷹野御成と諸施設5鶴の確保とその訓養体制二諸烏生息環境の整備とその組織体制1幕府鷹場の再編とその支配強化2綱差の設潰と飼付御用3諸烏の保護・放鳥と飼付場の設擶4鷹野役徴収体制の整備と鷹揚組合の結成おわりに第四章寛政期における放鷹制度の展開過程はじめに一代官伊奈忠尊の失脚と鷹野御川1勘定奉行兼帯関東郡代の鷹野御用引継ぎ2烏兄機構の整備とその権限強化3「領々触次」「御鷹野御川触次」の掌握二幕藩財政の窮乏と放鷹制度の変容1御三家・御三川の鷹場返止と恩借鷹場2御鷹餌鳥請負人の交替と餌烏御用おわりにあとがき索引著昔はまず序論において、江戸幕府放鷹制度に関する研究動向を整理し、研究進股に不可欠な五つの探題を提起する。①将軍制・天皇制とも関わる、鷹狩権・鷹場支配権の構造問題②近肚全期に
書評と紹介 わたる各時代の特質の解明③徳川政権の鷹政策や放鷹制度の構造に関わる推移の究明④鷹儀礼を権威性のみならず賄答一般のなかで捉えるなど、幅広い内容の総合化⑤放鷹制度と民衆との関係分析。藩肴は以上の課題を念孤に、江戸幕府放鷹制度の全体像とその政治的・社会的意義を時代の推移のなかで探るとともに、近世国家における鷹をめぐる諸関係の構造を追求していく。第一部は、鷹狩および鷹場に焦点を当て考察を行っている。第一章では、鷹狩をめぐる将軍と天皇・公家との関係が、将軍の権刀櫛造や大泉・朝廷を靴み込んだN家の椛力編成を考える上で、非常に重要であるにも拘わらず、これまで本格的に研究されてこなかったことを指摘し、その解明を行っている。結果、近世の鷹狩権は武家と朝廷との二つの体系のもとで糊成され、幕府の御鷹のヒエラルヒーは、形式上、朝廷の御鷹の体系のなかに包摂されていたことを明らかにしている。また、朝廷を徹していたのが幕府法ではなく、朝廷法ともいうべき天皇の叡慮だったとの指摘は、近世天皇制の歴史的意義を考える上で非常に重要である。第二章では、近世初・伽期における幕府鷹場の存在形態と文配構造について考察し、徳川氏の関東鷹場が関東領国時代から設定され、これが開幕後も継承されて、さらに繊内近川や東海道筋にも拡人したこと、そして、その一部が有力大名への恩賜鷹場として下賜されることで公儀鷹場としての性格を帯び、それが将軍権力の強化と主従関係の構築に機能したことを指摘。また、寛永八年発令「近郊放鷹の地の制」について、幕府鷹場の成立を示すものとの評価を否定し、これは江戸五収四方の既存の鷹場村々に鷹
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場法度を触れたもので、関東鷹場が江戸五里四方とその外側とに分化し、新たな支配編成が構築される端緒となったと指摘する。第三章では、幕府が大名に下賜した鷹場を「恩賜鷹場」と概念規定し、それが幕府・将軍の御恩の一環を形成するもので、主従関係の維持・強化に機能したこと、またそこでの鷹狩権行使には、一定の作法や礼秩序が存在し、その決定権は将祁のもとに一元化されていたと指摘する。一方、下賜された大名は恩賜鷹場での鷹場支配権を独占し、大名や旗本・藩戚匝にその利川を許可することで、主従・交際関係を維持していたとする。さらに捕獲できる鳥の種類は位階制的編成の下にあり、その全般に将軍支配が及んでいることから、n然の領有との密接な関連を折摘する。第囚章では、まず、従来まったく知られていなかった鷹野見舞としての鷹野科の献上が、大名から将軍・大御所に対し、主従の絆を構築・維持すべく最大限の気配りで、毎年の恒例行事として実行されていたことを明らかにしている。次に、将軍の鷹狩への供奉が、近世初期の大名参加型から幕臣中心形へ移行し、将軍権威の示威や家臣団の統制に大きな役割を果たしたことを指摘する。また、鷹狩の獲物である「御鷹之鳥」の贈答は、武家社会においては将軍を頂点に編成されていたが、これが将軍から天皇へ進献されていたことから、最終的には天皇を頂点に編成されており、このことは将軍任官の保障と徳川政権の全国支配を支える礼の体系において頑要な役割を担っていたと指摘する。また朝廷への進献は、幕府鷹場での鷹狩で捕獲されたものに限定されていたことを明らかにしている。 法政史学第七十号
第二部は、放鷹制度の成立から展開までを扱う。第一章では成立期を検討し、鷹をめぐる諸関係が将軍主権の確立や国家の権力編成に大きな役割を果たしたと指摘する。そして、豊臣政権は鷹関連諸役を大名に強制することで放鷹制度を維持していたが、これに対し、江戸幕府はそれを踏襲しつつ、次第にその一部の諸役を農民に賦課し、身分制社会の構築に活川したとも指摘する。第二章では、綱吉政権の鷹政策の変容過租と社会への影響について検討し、綱吉政権が主従制や身分制を維持する方法として、「御鷹」による支配から儒教や仏教の思想を基盤とした「生類憐み」の仁心教化による支配へと転換させたことを指摘しているが、当初から放鷹制度の廃止を意回していたわけではなく、「仁政」を実現していく過程で徐々に縮小し廃止に至ったのだと指摘する。また放鷹制度については、法と組織とに基礎づけられた放鷹制、鷹場制、鷹儀礼を主たる構成要素とするものであるとの理解を示している。第三章では、享保期の放鷹制度復活を解明するため、将軍の鷹狩の問題を中心に、その復活の実体と意義の究明を行っている。放鷹制度の復活については、江戸周辺の地域秩序の動捕に対する対応策の一環であったとする見解があるが、著者はこれに疑問を呈し、この期の鷹場再編とその支配強化は、鷹狩時における将軍の生命の安全や鷹場環境の保全のための施策であったと指摘する。将軍の権威化、主従関係、身分制社会の維持などのためには、将軍が鷹狩で獲物を捕獲する体制を築くことが必要で、そのため
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には鷹場環境の保全・改善と諸烏の飼育・繁殖対策が不可欠だったからである。また、財政再建問題を抱えていた吉宗政権は、放鷹制度の復活に際し、その縮小・見直しを図りつつ実施したことを指摘し、それが権力編成や社会秩序の維持に重要な役割を果たすことを認識していたからだとする。そして、縮小された放鷹制度の下で新たな掛を設椅し、将軍鷹狩時の諸施設を権威化・顕在化させて、将軍権威を高めることに作用させたこと、また、鷹狩が武威の復活に結果したことなどを指摘する。第四章では、宝暦から天明期にかけて、然災害や凶作が頻発し、領主財政の窮乏・地域社会秩序の変貌を生じさせ、それが寛政期における幕府放鷹制度の変化に繋がったと指摘する。そして鷹場の返上、「御鷹之鳥」下賜の中肚のみならず、鷹場村々による鷹場免除・放棄要求など、幕府権威を揺るがす事態まで発生する。一万で、代官伊奈氏の失脚は鷹野御用の職務の再編を促し、鳥見の格式上昇、機能拡大をももたらした。そのような新体制のr、幕府は地域社会に根付き、自治・日立的活動を展開する触次を支配の吋而で捉え返しながら、中間支配機構として柄用しなければならなかった。そこには、幕府の政策意図とは違った、矛盾を孕んでいたとする。また、寛政期における御鷹餌烏請負人の交替が、焼印札判鑑の全血的交換に繋がったことについて、これによって御膳餌烏請負人の特権的立場の再確認、餌差の権利の追認がなされたのだと指摘する。以上が本書の構成と概略である。著者は現在、これまでの研究成果を修正しつつ、鷹狩を中心に据えた放鷹制度の全容解明を指
書評と紹介 川して研究を続けていると一一一一口うが、本書はその目的を充分に果たしたものと言えよう。しかし、著者はまだこれで満足しているわけではない。自身の放鷹制度研究はまた中途であり、とくに文化・文政期以降の研究は今後の課題であると述べている。筆者もまた放鷹制度を研究する身であるが、著者同様、その必要性を強く感じている。放鷹制度の意義は、明らかに時期によって大きく変化しているからである。筆背は箸者とは逆に、幕末の放鷹制度解体を視野に入れた研究に集中してきた。それは、政治的・社会的に不安定な状況下にあった幕末期において、幕府放鷹制度がいかに変質し、解体に至るかの推移や、その性格を追求することは、幕末期の国家構造や政治改革の問題を考えるうえで、非常に重要な課題だと認識しているからである。しかし、それも各時代における放鷹制度の位置づけがきちんとなされていなくては意味をなすものではない。著者の目指す放鷹制度の本質的解明は、欠くことのできないものなのである。また本書では、これまで知られていなかった鷹野兇舞としての鷹野科の献上を取り上げて考察するなど、新たな事実の発掘もなされている。そして何より、これまで本格的にⅢ先されてこなかった、鷹狩をめぐる将軍と天皇・公家との関係を明らかにした功績は大きい。鷹狩権における武家と朝廷との二つの体系の問題、朝廷を律する天皇の叡慮の問題など、本書によって放鷹制度研究が、また大きく前進したのは明らかである。(二○○八年一月刊A5判三九一頁一一一一六五○円吉川弘文館)
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