光州における市民の抵抗権
村上 俊介
1.光州にて ソウルのホテルを出たのが 8 時過ぎ。それからバスは高速道路を南下し、途中 2 度の休憩を 入れて、光州市に着いたのは予定より 1 時間早く 12 時頃だった。全南大学の正門を通過し、まっ すぐ進むとその先に時計台の付いた、大学のシンボル的な煉瓦造りの建物があった。「光州事件」 のパンフレットに全南大学正門(現在は建て替えられている)を挟んで学生と機動隊の対峙す る写真がよく使われているが、その学生たちの背景に大きく屹立しているのがこの建物だ。こ の日はこの建物に、「歓迎専修大学社会科学研究所訪問団 全南大学 5.18 研究所」の横断幕が 大きく掲げてあった。全南大学内にあるこの 5.18 研究所は 1996 年に設置され、始めは学外に 置かれていたが、のちに全南大学内に移転され現在に至っている。建物の入り口ロビーには当 時の写真が壁一面に大きく掲げてあり、資料室、展示場などが備えられている。位置づけるという思想から、国家権力に対する市民の「抵抗権」承認へはもうほんの一歩であ る。だから私は上記の『社研月報』論文の最後に次のように書いた。「7.20 事件を顕彰するこ とは、突き詰めれば国家に対する市民の抵抗権を再確認させることにつながりはしないか。「抵 抗運動」の残したわれわれへの遺産はまことに「もろ刃」である」(21 頁)、と。 ただし、ことはそれほど簡単ではない。ドイツ抵抗運動に関する包括的な研究書を編集し、 ベンドラーブロックの抵抗記念館の学術監修を行なっていた、ベルリン自由大学(当時)のペー ター・シュタインバッハは、この抵抗権についてかなり入りくんだ議論を展開している。結論 から言えば、彼はドイツ抵抗運動を称揚しつつ、同時に国家権力に対する市民の抵抗権を否定 するという荒技をやってのけるのである。