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伊藤理裕 目次

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【論説】

フリーバンキングの秩序

伊藤理裕

目次 はじめに

フリーバンキングとは 在庫投資理論 複雑性と秩序 おわりに

●●●■●勺‐‐‐△〈叩〃“《】(、ざ、四)・幻毎m}△|‐屋迅、)

1.はじめに

貨幣の最適保有量問題に対して需要予測を利用した在庫理論は有益な示唆 を与えてくれる')。在庫とは本来,企業・商店などが加工や販売するために 保有する原材料・仕掛品・製品あるいは商品などの財貨である。企業が自ら の製品在庫を抱えることは,それと同じ価値を持つ別の資産を保有する場合 と比べて収益をもたらさず機会費用としての損失が発生する。さらに在庫を 抱えることは貯蔵費用などの費用要因になるため,在庫管理ではできるだけ 在庫を少なく抑えることが目標になる。一方で,在庫が不足すると,いざと いう時の生産やサーピスレベルが下がる可能性があるため,在庫を持つこと に伴う在庫費用とサービスレベルをうまくバランスさせる必要がある。

在庫理論を貨幣需要の側面に援用したポーモルートーピンモデルは,機会 費用と取引費用との関係から貨幣の保有動機がどのように増減するのかを分 析している。これは個人の資産の最適保有量を決定する役割を果たすもので あるが,それだけにとどまらず銀行が法定準備とは別に保有する預金払い出 し用準備金の最適保有量にも援用され得る。国内の金融機関は強制的に預金 の一定割合を準備金として日本銀行に預け入れ,残りを信用創造にまわすも

(2)

のであるが,日常および緊急時の引き出しに備えて銀行内に保管されている 通貨もある。信用創造にまわされないそのような通貨は,それ自身では新た な価値を創出せず在庫とみなすことができる。もし銀行が同じ価値を持つ利 付債券を持てば得られたであろう利子分は機会費用として損失しているから である2)。

上記の内容は現代の金融システムの下での話しであるが,より通貨在庫量 を精繊に扱わなくてはならなかったシステムとしてフリーバンキングが挙げ られる。フリーバンキングとは政治・経済活動のみならず不可侵の領域と考 えられる貨幣発行すらも市中銀行による自由競争に任せた方が消費者の便益 を高めるとして,18世紀から19世紀に登場した通貨発行自由化制度である。

しかし通貨発行を自由に行えたといえども無闇に紙幣を発行できたわけでは ない。ホワイト(White,LH)によると,過去において経験されたフリー バンキングでの通貨は党換銀行券であり,通貨発行に対する党換準備として 50%以下の商品準備(たいていは全および他の銀行券)がなされていたこと が示されている3)。当時の通貨には使用料がかけられており,銀行にとって

の収入源は通貨発行量を増やすことであった。銀行は党換需要を正確に予測 し,いかにしてこの党換準備の在庫を必要最小限に留めることができるかが 問題であったといえる。つまり銀行側は在庫保有を抑え,積極的に投機的な ポジションをとって信用創造を行っていたのであり,筆者はこのような形で 投機的ポジションをとる銀行の行動によってフリーバンキングシステムに一 定の安定性がもたらされたのではないかと考えている。ここにフリーバンキ ングにも在庫理論を用いてその過程が説明される余地があるのではないかと 思われる4)。

これまで在庫の問題に関してはポーモルの僚友であるブラインダー (Bhnder,AS)が言うように,在庫理論を構築しそれを用いた実証研究に ついては議論がなされてきたが,在庫に関する行動が経済学の体系の中に組 み込まれたときに,その体系の結論がどのように導かれるのかという点に関 しては,あまり問題にされることはなかった5)。また,思想的観点や歴史的 観点からフリーバンキングと金融の関係について論じられた研究は多数存在

(3)

するが理論的観点から論じられたものは少ないと思われる6)。

本稿では在庫理論を検討しモデルの結論がフリーバンキング制度下での秩 序にどのような示唆を与えてくれるのかを検討する。次節では本稿で想定す るフリーバンキングとはどのようなものであるのかを確認しておく。その上 でフリーバンキングに適応する在庫理論として,線形モデルとして有名な ポーモルートーピンではなく7),より適合性の高いと思われる非線形モデル のカバレロ(Caballero,R)やスカーフ(Scarf,H)らの在庫理論を検討する8)。

最後に在庫問題をシステムの枠組みに入れることで,フリーバンキングにお ける秩序や安定性の要因を明らかにする9)。

2.フリーバンキングとは

一般にフリーバンキングとは民間銀行業務に対するさまざまな裁量的規制 を撤廃するだけでなく,通貨の発行権をも複数の市中銀行に認める自由かつ 競争的な貨幣信用制度と定義される。銀行券発行自由をめぐる論争は19世 紀半ばに銀行学派と通貨学派の間でなされたが,中央銀行制度の発展によっ て終止符を打たれた。しかし1970年代になるとハイエクの『貨幣発行自由 化論jを契機に,オーストリア学派によってフリーバンキング制度について 体系的な研究が再開された。

シューラー(Schuler,K)の研究によれば,参入や支店開設が完全に自由 でないといった障壁は多少存在するところもあったようだが,18世紀から 20世紀の間に約60カ国でフリーバンキングが経験されているIC)。この時代 にフリーバンキングの下地が整った地域では法律の定めを満たしさえすれば 銀行の設立自体は容易であり,市中銀行が自由に銀行券を発行することがで きた。ただし発行された通貨はリーガルテンダ-とは異なり党換の裏づけを 要するもので,地金,債券および他行の銀行券などの預託義務を伴うもので あった。また銀行の信用度により多数の銀行券が対等に交換されたわけでは なく,発券銀行の党換準備などの信用度を考慮した評価に基づく割引率で行 われた。そうした銀行券の評価にあたっては銀行券取引所が存在しており,

(4)

さらに市中銀行によって会員銀行間での銀行券の対等交換を実現するための 私的決済制度(サフォーク・システム)も生まれている'1)。このような抑制 システムによりフリーバンキングであっても銀行券の乱発が野放図に起こる ことはなかった。

その一方で他の市中銀行とも競争しなくてはならなかった状況下では,効 率的な銀行券発券が求められた。大衆の銀行券需要を満たすだけでなく,自 銀行の銀行券を使用してもらうことで,使用料およびシニョレッジを獲得で きたからである。銀行券発券に関してミーゼス(MisesL)やハイエク(Hayek,

FA)らが提唱するような100%の党換準備を備えることは銀行経営側から すれば非効率であり,実際そのような形態を採るところはほとんどなかっ た'2)。

一定レベルを維持して銀行は党換準備を行っていたが銀行側からすれば 党換準備はそれ自身では新たな価値を創出しない非効率な在庫に他ならな い。しかしその在庫を強要されたことで,私利を動機としつつも各銀行券同 士の党換性を高め,信用秩序の健全効果をもたらしたと考えられる。ホワイ トなどの銀行券多発を抑えるための要因を規制的側面から考察したものは有 名だが'3),党換準備のための在庫保有を党換準備と関係付けて議論したもの はないと思われる。以下ではフリーバンキングの状況を想定して,見換準備 である在庫の数量調整がどのように経済に影響を与えるのかを考察していく ことにする。

3.在庫投資理論

ポーモルートーピンに代表される,一般的な在庫理論の前提には,経済主 体は将来の取引の決済のために富の一部を貨幣で保有するという仮定が敷か れている。こうした貨幣の保有動機に基づく理論は,企業が自らの製品の在 庫を抱えて将来の需要の変動に備えるということに対応するために,在庫理 論的接近という別称もある。企業が自らの製品在庫を抱えることは,資産の 一部を製品の形で持つことを意味する。しかし,製品の形での資産の保有は,

(5)

それと同じ価値をもつ別の資産(多くは金融資産)を保有する場合に比べて,

収益をもたらさない上に,貯蔵費用その他の出費が必要となる。

一方で,在庫を抱えることによって需要の急激な変化に対応することがで きる。具体的には,急激に生産量を変化させた場合に生ずる費用や,需要に 対応できなかった場合の信用の失墜から生ずる損失などを避けることができ る。ゆえに企業は,在庫を持つ費用と便益を比較検討して適切な在庫量を決 める。これと同様に一般に経済主体は,貨幣を保有すると,決済の便利さを 享受する一方で,同じ価値をもつ利付き債権を持つ場合の利子を失うことに なる。経済主体は貨幣をもつ便益と費用を比較検討して,貨幣の需要を決め ると考えられている。

この理論は有益な示唆を与えてくれるものであるが分析対象は-企業も しくは一個人に焦点を当てた静学モデルである。現実の在庫調整でも見られ ることだが,ある企業による在庫調整は他企業の在庫変動にも非常に大きな 影響を及ぼしていくものである。すなわち,波及的経路が経済体系の中に見 出されるのである。本稿ではこの数量調整メカニズムによる変動の影響を重 視していくことにする。

前節で述べたような貨幣発行が市中銀行によって自由化されているという 状況を想定した場合,金融機関が貨幣発行をするときには,その裏づけとな る党換準備をしなくてはならない。そのときの在庫変動による他銀行への波 及効果が問題になる。はじめに単純化のため,一般化された波及効果を確認 することからはじめよう。

いま,線形関数で表されるn個の銀行からなる産業連関モデルにおいて,

各銀行の準備率のベクトルをx,企業間取引および個人的貨幣需要による要 求払い出しの内生需要をF,銀行間同士のつながりを表す関連行列をAとす

る。このとき,

(1)

X=AX+F

となり,このモデルにおける波及効果は

(6)

x=(1-A)-'F=(1MMコM]+…)F (2)

と表せる。各銀行の準備率は銀行間系列の影響を受けていることが分かる。

この級数は行列の級数となっているために安定性の条件は複雑になるが,

ホーキンスーサイモンの条件と呼ばれる条件を満たせばこの過程は収束す る'4)。

3.1.数量調整過程

ここで後の議論の意味を明らかにするために,在庫投資理論を簡単に確認 しておくことにしよう。通常,産業連関分析のモデルが単純な結論を導くの は,背後に図1で表されるような線形の費用関数(あるいは生産関数)を持 つ企業を想定しているからである。

線形の費用構造,すなわち収穫一定のもとでは規模に関する経済性がない ために生産調整の必要はなく,生産は各期の需要と同じ量をその都度行えば よい。ゆえに在庫政策の必要性はない。また,線形写像の性質から重ね合わ せの原理が適応でき,銀行の数に関わらず調整過程の性質は変わらない。こ れらの性質から一つの方程式体系を解くことにより,調整過程を記述するこ

とができる。

一方,60年代から行われてきた研究分野であるが,ミクロレベルの生産

c(Q) 需要=生産

Qo

図1 0

(7)

在庫取り消し

需要

c(Q)

生産

在庫積み増し

0 0

図2

関数に図2のような凸性がある場合,銀行は需要の変動に対して生産を平準 化させた方が費用を抑えることができる。したがって銀行は需要の少ないと きでも需要の多いときの分を生産し時間を通じた平準化を行う。よって在庫 保有が存在することになる。しかしこの場合も非常に広いクラスにおいて銀 行の利潤最大化から導かれる最適政策は線形であり,複雑な振る舞いは生じ ない。

最後に図3のようなミクロレベルの生産関数に非凸`性がある場合には事情 が大きく異なる15)。費用関数に非凸性が存在する場合,企業の在庫政策は(S’

s)ルールと呼ばれる状態依存型の離散的なルールに従うことがスカーフに

よって証明されている16)。(S,s)ルールとは次のようなルールである。企業

はある在庫保有の上限Sと下限sを持っており,上限と下限の間にあるよう に在庫水準を維持する。在庫が下限を下回らない範囲では注文に対して保有 する在庫で対応し,在庫が下限を下回ったときにだけ上限を回復する分だけ まとめて生産を行うというものである。したがって生産のタイミングは飛び 飛びになり一回の生産量が大量になる。すなわち線形な関数や凸な関数の調 整過程に対して,非凸な関数のもとでの調整過程は離散的で一塊`性をもつ。

また,このような生産の離散性一塊性は生産における中間投入として生 じる他銀行への派生需要によって産業連関構造を通じて伝播する。派生需要 を受けた銀行も在庫ルールに従っていればそこでの生産も離散性,一塊性を

(8)

生産

111

c(Q 需要

0s

在庫

FC

S(U

図3

持ち派生需要も離散性,一塊性を持つ。このような調整過程のもとでは産業 連関を通してみると相互作用している他企業には激しく伝わる一方,中間投 入による相互作用のない企業にはまったく伝わらないこともある。すなわち 局所的な相互作用によってのみ形成されており一組の方程式体系で記述す ることはできない。線形の環境では方程式体系の単純収束として記述できた 波及過程も非凸環境のもとでは非常に複雑な振る舞いをすることになる。

3.2.在庫の波及効果

ミクロレベルでの在庫調整に離散性,一塊性が存在するとマクロレベルの 調整過程にも非常に大きな影響を与えることになる。その過程の複雑さにつ いてひとつ例を挙げておこう。もし,いま各銀行の免換準備の在庫保有状況 が一定であり在庫がストックアウトしたら何単位かの財を準備保有すると しよう。ところが党換準備100%が法的に決められているフリーバンキング 制度下であれば,l単位くらいの党換需要があったとしても,その需要は在 庫ストックに吸収されてしまい銀行の準備はストックアウトすることはない であろう。この場合,在庫保有の状態がl単位減少するだけで,急務に在庫

(9)

表1非凸環境での在庫調整の波及過程

銀行A銀イTB銀行C銀イTD銀イ丁E銀行F 11(免換需要発生)112 10112 03012 31302 31231

準備に取り掛かる必要性はなく波及効果は生じない。

それに対し,党換準備を極力減少し効率的な発券状態を追求していたフ リーバンキング制度を想定してみよう。いま銀行は(Ss)=(3,0)の在庫 政策ルールに従っており,同様の銀行が複数存在するとしよう。この(S,s)

=(3,0)の意味は,各銀行は自分の党換準備の在庫がストックアウトした ときにのみ3単位の準備を行うというものである。同時に各銀行は準備に際 して,両隣の銀行に対して保有銀行券の党換を請求して準備投入に充てる。

ゆえにそれぞれの銀行は在庫政策ルールに従って状態依存的に準備を行いな がら準備投入のつながりによって局所的に相互作用することになる。

上の表は,まず銀行Cに外生的な党換需要が発生し在庫がゼロになった ところから出発している(t=0の時点)。すると銀行Cは追加的な突然の党 換請求に対処するために在庫の上限3まで在庫水準を回復すべく3単位の準 備を行う。このとき銀行Cは他行の保有銀行券を利用して準備投入のため 銀行Bと銀行Dにl単位ずつの党換を請求する。この派生需要によって今 度は銀行Bと銀行Dの在庫がゼロになり,銀行Bと銀行Dが3単位の準備 を行う(t=2の時点)。この際,銀行Bと銀行Dは保有銀行券を利用してそ れぞれ両隣の銀行からl単位ずつの準備投入を得,その銀行へのl単位ずつ の派生需要が生じる。このようにして派生需要の連鎖が生じ,すべての銀行 が在庫水準を回復したt=3の時点で連鎖は終了する。この一連の派生需要 の連鎖が非凸環境における派生過程とみなすことができる。

この過程の中では同時に複数の銀行が競争を行っている。ここでの派生需 要による銀行のつながりは局所的なつながりであるから,複数の異なった方

銀行A 銀行B 銀行C 銀行, 銀行E 銀行F

初期状態

2 1

1(免換需要発生)

1 1 2

t=0 2 1 0 1 1 2 t=1 2 0 3 0 1 2 t=2 1

0 2 t=3 1 3 1 2

(10)

向へ派生需要が生じ,その連鎖が続いていくこともありうる。そしてその派 生の仕方によって同じl単位の外生需要から生じた過程であっても複数の波 及過程の生じ方があることになり,それだけ秩序も複雑化をもたらすことに なる。

このようにミクロレベルにおける非凸性のもとで銀行が(S,s)型の在庫 政策を採ると個々の銀行の調整過程に離散性,一塊性が生じ銀行間競争に秩 序をもたらす。しかもそれは産業連関の中で伝播させながらマクロレベルの 調整過程が非常に複雑で多様なものとなっていくことが分かる。

4.複雑性と秩序

上に見たように非凸環境における派生過程は複雑なものであり,線形の分 析手法を利用することは不可能である。そこでこのようなシステムの分析に 適したオートマトンの概念を導入して非凸性における秩序形成の分析の糸口 を探ることにする。ここで用いるオートマトン(automaton)とは内部状態 と入力から出力と次の内部状態が自動的に決定されるシステムである。一般 に有限オートマトンMは次のように定義される。

M=(gz,′,

90,F) (3)

ここで,Q:内部状態の有限集合,z:入力記号の有限集合,′:QとZから 次のQを決めるQ②Z→Qという状態変移関数,90:Qの要素で初期状態,F:

Qの部分集合で受理状態の集合である。有限オートマトンでは出力を出す代 わりにオートマトンの最後の状態がFの要素になるときに入力を受理する という仕組みを持っている。ウォルフラム(WolframS.)は1次元2状態3 近傍のオートマトンにおいて遷移関数′の挙動の特性を分析している。彼に よると遷移ルールは256通り存在することが分かっており,挙動パターンが 4つに分類できることを明らかにしている。すなわち,

①時間が経過すると,すべての状態が0かlのどちらか一様な状態に落ち着 く。

(11)

②個々の作用が遠くまで伝わらず,時間的に摂動するか,時間的には一様で も空間的に周期的な状態に落ち着く。

③個々の作用が遠くまで伝わり,出現するパターンは時間的にも空間的にも 不規則なものになる。

④時間的に長い遷移性を持つ複雑なパターンを作る。

ウォルフラムは①~④の分類に関して力学系とアナロジーを見出そうとし ている。すなわち一様な状態に収束する①は平衡安定点,周期的なパターン を示す②は周期解になる。また不規則なパターンを示す③はカオスに対応 する。彼の分類に従うと,フリーバンキングにおける在庫調整過程による複 雑性は,競争が近郊の銀行のみで行われ調整過程が短期的に収束する場合,

上記①,②に該当し在庫調整が周期的になり安定的な市場秩序をもたらすこ とになる。それに対し,もし銀行の設置が無計画的になさたような銀行のス プロール現象が生じていた場合,競争の影響は近郊の銀行だけに止まらず遠 方にまで及び,その波及過程は周期的なものではなく不規則なものになると いう可能性が示されている。ロンバード街に存在した銀行は顧客獲得を拡大 するために支店銀行を郊外に設立しており,その波及効果は③に該当するも のと考えられる。このようなフリーバンキングは短命的なものに止まってい る。

では,④のパターンはどのように解釈できるのであろうか。時間遷移に対 して単調でない複雑なパターンが持続する④の挙動パターンは力学系には見 られず明確なアナロジーが存在しない。このような挙動が生じる理由は,オー トマトンが局所的な遷移ルールによって生成されていることによると考えら れている。フリーバンキングに置き換えていうならば,貨幣発行自由化の世 界における市中銀行の追加的貨幣発行の状態を決めるのは近傍の市中銀行の 状態のみであり,その系の挙動はそこの局所的なルールによってのみ制御さ れている。言い換えるならば自立分散的な制御によって挙動が決まっている のである。このような局所的な遷移ルールが,ある意味での局所的な秩序を 形成し長期における安定性を持続させていくのである。約200年という長 期に渡り存続したスコットランドの事例では,銀行は局所的に点在していた

(12)

複雑さ

01

図4入パラメータと複雑さC,Langton.``LifeattheEdgeofChaos,,

ことが明らかにされており,④のような安定的秩序をもたらしていたと考え られる。

ところで④のような挙動の性質とは何なのだろうか。人工生命の創始者で あるラングトン(LangdonCG.)は1次元2状態3近傍のオートマトンの 挙動を解析するためにノ|パラメータを導入している'7)。入パラメータとは個 のとりうるK個の状態の中である状態を繰り返すようになるときを「静状態」

と呼び,個のうちn個が静状態になるとしたときのNを近傍数とすると,

几=KⅣ-〃 (4)

KⅣ

として与えられる。1次元2状態3近傍のオートマトンのときはK=2,N

=3である。すべてが静状態になるときは入=0,すべてが静状態にならな いときは入=lである。ラングトンは入パラメータを変化させたときに相 互情報量がどう変化するかを分析することでオートマトンの挙動の複雑性を 分析した。図5は横軸に/しパラメータ,縦軸に相互情報量の複雑さをとっ たものである。

これによると,すべてが静状態に落ち着く①や周期的な静状態に落ち着く

(13)

②は複雑さが低く,さらに相互に激しく作用することで不規則なパターンが 生成している③も複雑さが低いことが分かる。③の相互情報量が低い理由は,

個々の間の局所的な相互作用が激しいために生成したパターンはすぐに撹乱 ざれ崩壊してしまうことによる。すなわち局所的な相互作用が弱すぎても強 すぎても相互`情報量で表される複雑さは低いということになる。

それに対して④では非常に高い複雑性を示し④に分類される遷移ルール におけるAパラメータは②と③の境目にあることが分かった。ラングトンは この④の領域を③の境目にあることから「カオスの縁(EdgeofChaos)」と 名づけている。

カオスの縁は情報処理や秩序形成,分散制御システムにおけるコーディ ネーションの観点から重要な性質を持っている。分散制御システムにおいて は,時間遷移において情報を保存する機能と伝達する機能が必要になる。シ ステムが①や②のような静的なものであるとき,情報は凍結されてしまい伝 達されない。一方システムが③のような極めて動的なものであるとき,伝達 は過剰になり途中で撹乱され壊されてしまう。このような意味でシステムは 静的であり過ぎても,動的であり過ぎても情報を伝達することはできない。

システムが静的過ぎず動的過ぎない④においてのみ情報伝達の安定性と流動 性が確保されるのである。

このような情報伝達の観点はオートマトンを社会状態と置き換えることに よって社会の秩序形成に関して示唆を与えてくれる。すなわち,ある種の自 律分散的な経済システムが何らかの安定的な秩序を形成するとすれば,それ はカオスの縁にあるのではないかということである。すなわちフリーバンキ ングについていえば,ウォルフラムがオートマトンの挙動を4つに分類した 中で,「時間的に長い遷移性を持つ複雑なパターンを作る」に該当しさら にラングトンが解析したカオスの縁に該当する情報量などの複雑性があった ときにフリーバンキングシステムの長期的な存続が可能であったと考えられ るのである。実際,アメリカで発生したフリーバンキングが10年程度の短 命であった理由は,個々の銀行が山猫銀行に徹し銀行間相互の交流が途絶 えたことにあるという指摘もある'8)。これはシステムがあまりにも静的であ

(14)

り局所的な相互作用が弱すぎたためである。

フリーバンキングというシステム自体明確なものであり静的にも動的にも なり得るが,そこでとり得る戦略が極端に閉ざされたものや,選択の幅の広 いものでない限りシステムはカオスの縁に留まることができる。それはホワ イトがスコットランドのフリーバンキングには行き過ぎた競争を抑える「自 己規制的な競争システム」が働いていたことを指摘している点からも想起で きる'9)。よって銀行間における適度な競争こそがフリーバンキングを存続 させる紐帯であったと考えられるのである。この視点はフリーバンキングの みならず経済システムの複雑さと秩序形成の一つの指標にすることもできる であろう。

5.おわりに

これまで我々は在庫理論をもとにフリーバンキング下における経済秩序の 形成に関していくつかの主要な結論を導いた。今回参照にしたオートマト

ンにおけるカオスの縁は,物理学で古くから知られていた相転移に類似して いる。相転移とは,水が摂氏0度において固体から液体に変わるように,あ るパラメータにおいて物質の状態を大きく変化させることをいう。この相転 移点においては,臨界現象といわれる特殊な現象が生じることが知られてい る。臨界現象では,ある相からある相への状態を変化させようとする揺らぎ が発散し,いわゆるベキ乗則が成立する。これまで見てきたカオスの縁にお ける情報伝達と秩序形成もベキ乗則やフラクタル性と関連があると考えられ る20)。長期的な秩序を可能にするかどうかの分水嶺として何か特殊な秩序状 態が生じている可能性もある。

今回われわれが扱ったモデルは単純なものであり,在庫に関する設定と いう面からだけで見ても,まだまだ精繊化する余地は大きいものである。もっ と進んだ在庫理論によって,モデルの改善をすることが必要であることは明 らかである。しかしながら,本稿において議論しようとしたことは,モデル を用いることによってバンキングシステムの秩序形成には様々なパターンが

(15)

あることを示すことであり,その成果は,このような単純なモデルにおいて むしろはっきりと現れている。さらにフリーバンキングモデルにおける在庫 理論のフィードバックメカニズムは,波及効果の中で経済秩序が幾重にもな る可能性があることが考察された。形成される秩序も競争の程度によって存 続可能性が異なってくることが示されている。フリーバンキングの党換準備 という在庫制度が銀行間相互のパフォーマンスに大きく影響を及ぼし様々な 秩序を形成することに寄与している。これが,本稿の主要な結論である21)。

l)在庫理論では,定期発注方式での適正な発注量が次式により算出できるとい うものが有名である。発注量=サイクル在庫十安全在庫一現在庫童=予測需 要量十予測外れをカバーする在庫量一現在庫量在庫理論。ただ,この理論は 古く費用概念が考慮されていない。この点に関する基本的な分析については,

Brian,SandHowardRVane,2001.(岡地勝二訳「マクロ経済学はどこまで進ん だか-トップエコノミスト12人へのインタビュー」東洋経済新報社)を参照。

2)ユーロのような統一通貨制度にも在庫理論は援用されている。ヨーロッパ各国 の銀行に対し,従来であれば外国為替取引用として複数通貨を保有せざるをえ なかった不便や機会費用を省く利点を与えてくれている(伽。)。通貨統合と 在庫理論に関する研究としては,久保田哲夫「在庫理論とマクロ経済学」「商 学論究」第46巻第3号,41~54頁および高山洋一「ユーロの中央銀行論一ユー ロシステムの銀行監督とLOLR機能」「龍谷大学経営学論集」第40巻第2号,

92~104頁を参考にされたい。

3)White,LH・ルeeBan/cmgMnB7jtam,London,ThelnstituteofEconomic Affairs,1995,ppl37-l49・フリーバンキング論が一躍脚光を浴びたのは,オー ストリア学派のミーゼスやハイエクらが自由主義の立場から金融市場を論 じたことに始まる。彼らは銀行券発行に対する準備を100%にするよう主張 しているがそうした場合,銀行の収益はごく限られたものになるであろう

(Mises,LHumanAction,Edinburgh(WmiamHodge),Chicago,1949.,Hayek,F、

A比"αtZo〃αldsatZo〃q/WO〃eZノーWzeAmzLme7zmGbfii"edA〃A"αlZ/sZsq/T/ze Wzeo7Y/α〃d〃αctjceq/、Co7zc皿γTwztQLγγwzcZes,SecondEdition,Thelnstitute ofEconomicAffairs,London,1978(川口慎二訳「貨幣発行自由化論」東洋経済 新報社1988年)。

4)需要のばらつきに応じた安全在庫を統計的手法を用いて求めるという在庫理論 は,現実の世界ではロジステイクスの実現に不可欠な理論であるにも関わらず,

(16)

フリーバンキングとの関係で検討されたことはない。フリーバンキングと通貨 統合は本質的に異なるものであるという認識があるためと思われるが,他方で,

需要が季節により大きく変動する,いわゆる季節商品には直近の需要データか ら適正在庫を算出する手法は使えないという認識が強いため敬遠される傾向が 強いと思われる。

5)Bljnder,ASmue7zto7Y/Wzeo7Z/a7zdCO7zsumeγBe伽Dioγ,HarvesterWheatsheaf,

1990.

6)思想的観点や歴史的観点から論じたものとして,池田幸弘「フリーバンキング:

評価と展望」「経済思想にみる貨幣と金融』,三嶺書房,2002年,江頭進『FAハ イエクの研究」日本経済評論社,1999年などを参考にされたい。

7)需要に応じた在庫を統計的手法を用いて求めるという在庫理論はポーモルー トービンモデルに対応するが,季節的変動に対しては,通常,需要予測を併用 することにより対応される。つまり,サイクル在庫を発注サイクルと平均需要 の積で求めるのではなく,サイクル期間中の需要を一括で予測した値を用い,

一方,安全在庫は需要の標準偏差の代わりに,需要の予測値と実績値の差の標 準偏差を用いて計算される。しかし季節商品の需要予測は過去何年か分の需 要データから季節性を判断するため,年により需要パターンが変わると対応で きない。そのため,消費動向の移り変わりの激しい昨今では,折角高価なシス テムを構築したのにも関わらず活用されないというケースもあるようである。

しかし,需要予測が困難な現実的な財とは異なり,ある程度,季節的需要予測 が可能な通貨であればこのような問題に直面することはないのかもしれない。

8)ルーカスが指摘するようにポーモルートーピンモデルでは,売れないものを なるべく動かさない無駄の少ないロジスティクスを説明することが困難であ る。非線形であれば必要最小限の在庫を保有したうえで,売れたものだけを補 充する在庫管理システムを説明することができると考えられる(Brian,Sand HowardRVane,邦訳107ページ)。

9)1980年代以降の非ワルラス的調整過程として多く用いられているものにサー チ理論がある。ただし,サーチ理論の主要な論点は調整過程ではなく主体 間の戦略コーディネーションであり,ゲーム理論的な均衡概念が用いられ る。本稿では均衡という概念を用いないカバレロやスカーフに焦点を当てる。

Caballero,RandEngel,E,"Dynamic(S,s)Economics,,,Eco7zomet〃cα,59,1991.

Scarf,H(1960)Theoptimalityof(S,s)pohciesmdynamicmventolymethod,,,

Mzt/DemqtZcaZ/yet/zod伽tノzeSocZcMScie7zce,59.

10)Schuler,K"FreeBankinginCanada",mDowd,K,ed,meEZpe両e7zceqノルee Bq7z/bf7zg,London,Routledge,1992,pp、49-92.ダウドによればフリーバンキン グが終焉した理由はシニョレッジの追求,見換供給の不備,法的整備が行われ

(17)

た王立銀行に吸収されたといった点が指摘されている(伽d,pp、748)。

11)サフォーク・システムとは,黎明期アメリカのニューイングランドで商業銀行

(TheSuffolkBank)が自発的に銀行の銀行となる形で,発券諸銀行の党換準備 を集中化させて組織された私的な銀行券決済制度である。この運営で,ニュー イングランドの諸銀行が発行した銀行券の減価が抑制され,地域的かつ自発的 な通貨・信用管理が実現された。

12)Mises,Op,cZf,Hayek,Op,cZf

l3)一般に準備は多ければ銀行の安全性は確保されるが利潤的観点からは非効率で ある。また準備の少なさは利潤追求を促進するが銀行経営を不安定にしかねな い。二律背反的な側面がフリーバンキングには内在している。かつてスコット ランドでは競争相手の準備量を減らさせることで,その銀行の経営状態を不安 定に陥らせる銀行券党換競争が行われており,それを規制することを試みたが,

逆にシステムの早期崩壊1こつながったようである(White,LHCompe伽o〃

α〃do皿γγe7zcZ/,NewYork,NewYorkUmversityPress,pp45-62.)。

14)ホーキンスーサイモンの条件とは

トハ北にw二二Ⅲ|Ⅶ'三|に島毒ト

である。ホーキンスーサイモンの条件はすべての主座行列が正であることを述 べている条件であるが,以下のソロー条件ではこの条件が満たされるための十 分条件となっていることが知られている。

ソローの条件Zα,〈1,(ノー'’2,…,〃)

15)非凸性を伴う費用関数の例としては,生産に対して配達費用や荷出し費用がか かる場合などがある。

16)Scarf,OPcZt.(S,s)経済の定義は最初はカプリンによってされている

(Caplin,A`TheVariabilityofAggregateDemandwithS,slnventoryPohcies,,,

Eco7zometmca,1985.)。現代的な定義は以下のようになっている。「n個の企 業から構成される。企業はそれぞれ異なる(S,s)在庫政策をとる。企業は中 間投入による企業間相互作用を持つ。」ただし企業間相互作用が入った場合に ついてはさまざまな議論が残されている。たとえばキャンセルアウトすると いう意見はCabaUero,RandEngel,EOp,Citに述べられており,キャンセル アウトしないのではという疑念がKmgman,P."Theself-OrgamzingEconomy,,,

BlackweU,1996.(北村行伸,妹尾美起訳「自己組織化の経済学」東洋経済新 報社,1997年)に述べられている。またシミュレーションをしたら増進し

(18)

たという意見がBak,P.,Chan.,Scheinkman,J,andWoodfOrd,M"Aggregate nuctuationsfromindependentsectorshocks:self-orgamzedcriticahtyinamodel ofproductionandmventorydynamics,',Riceγ℃/zeeco"omZcノze,47,1993に述べ

られている。

17)Langton,CG.`LifeattheEdgeofChaos",Aγt抗cZqZL舵〃,SFIStudiesmthe ScienceofComplexity,X,1991.

18)Dowd,K“USbankinginthe`freebanking,period',,inDowd,K,ed.,T/ze EZpeme7zceq/FvγeeBa7zノtZ7zg,London,Routledge,1992,pp,206-241

19)White,L、H"FreeBankmginScotlandbefOrel844',,inDowd,K,ed,jb此pp

l57-186.

20)自然界ではこのような臨界現象や,オートマトンにおけるカオスの縁は,外部 パラメータをごく狭い領域(摂氏0度やカオスの縁)に合わせた時に生じるも のである。したがってパラメータのごく狭い領域でのみ観察される稀な現象で あると位置づけられている。

21)予想ないし期待という主観ファクターが経済のパフォーマンスにしばしば決定 的な大きな影響を及ぼすということは,最近の経済学の文献においてよく認 識されている。この点についての先駆的な議論はケインズに見られる。たとえ ば株式市場を美人投票にたとえて「自己言及的投機」について述べた有名な 第12章を参照されたい(Keynes,JM`WzeGe7zeγα1m/zeo?Y/Q/EnzPloZ/me7z4

〃eγestq7zcWO7zeZ/"MacmiUan,London,1936(塩野谷祐一訳「雇用・利子お よび貨幣の一般理論』東洋経済新報社)。この期待を考慮したモデルは今後の 課題である。

参照

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