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食 の 教 育 学 的 考 察

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食 の 教 育 学 的 考 察

高 田 熱 美

はじめに

人が教育されたというとき、意図的働きかけによるものと、そうでないもの とがある。後者は、意識せずして、教育になっているようなもので、これは生 活ないし暮らしによって成就されるのである。この暮らしとは、働くことのほ かに、眠ること、入浴すること、遊ぶこと、語り・歌い、祝い、そして食べる こと、排泄することなど、いわば生きることのすべてである。

これら日常の暮らしは、教育すること以前のものである。以前とは、暮らし は、教育が生まれ、可能となる土台であること、さらに、歴史的にも、意図的 に教育が行われる近代以前において、暮らしが教育的機能を果たしていたとい うことである。かりに、暮らしのなかで、教えるということがあったとしても、

それは、日々の暮らしが求めたものを、その都度ことばで助言し、諭し、忠告 するということであった。これは、意図せず、直接に示される暮らしそのもの からの教えである。

暮らし、すなわち生きることが、人が人になることを確かにする。意図的教 育による学習は、その後から始まるのである。現代の学校教育がそうである。

学校において、特定の時間・空間が設定され、そこで意図的学習が施される。

福岡大学人文学部教授

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これは、意図的であるということにおいて、理知の働きが首座を占め、それゆ え、感情に関与するのではなく理解することに照準をおいている。この意味で、

意図的学習は間接的であって、当初から限界をもっている。

暮らしは、理知的なものを越えており、生きることをくまなく現している。

それだけに、暮らしは、人の育成の原点となっている。したがって、ここでは、

まず、食に教育学的焦点を絞る。食は生の根本現象であり、生を充溢して、人 間の育成を支える。本稿はこのような了解のもとに、食の教育的意味を明らか にする。

1 生理学的位相

生命は「代謝の持続的変化」1)であるという。ここには、物理学の観点から いえば、原子のランダムな熱運動(ブラウン運動や拡散)がある。これが熱力 学的平衡(エントロピー最大の)状態に達した時、生命は死んだことになる。

これをのがれることは、生命が外界から負のエントロピーを取り込むことであ る。よって、生命は、正と負のエントロピー、すなわち分解ないし破壊と合成 ないし創造との持続する流れである。

生命は、周囲から負のエントロピーを食べることによって、生命であり続け る。生命とは食べることであり、食べることが生命である。

食べることは、まず、まず外部の環境に触れることからはじまる。単細胞生 物であれ、多細胞生物であれ、同様である。ちなみに、イソギンチャクやクラ ゲは、触れたものを腔腸に入れる。それゆえ、触覚が生命の機能である。

解剖生理学の知見によれば、人体の判別感覚のなかで、体性感覚が他の感覚 の基底にあることが明らかである。この感覚は原始・古層の感覚に由来するの であって、外部からの刺激は脊髄を経由して、大脳に至り、知覚が成立する。

体性感覚に含まれる皮膚感覚(触覚)においても、そうである。

これに対して、味覚や臭覚においては、特殊な器官において刺激が受容され、

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それは、脳神経を経由して大脳に至り、知覚される。これらの感覚は、食べる ことに関与するが、触覚よりもずっと後に生まれたものである。味覚は、もの が食べられるかどうかを判別する感覚であった。これは、「おいしい」とか

「まずい」とかを味わう感覚以前の感覚である。ひりひりする、からい、にが い、すっぱい、など刺激のあるものは吐き出される。こういうものには、身体 に害のあるものが多いからである。ちなみに、乳幼児は、何でも口に入れたが るが、それを吐き出すのは、このような刺激味のあるものを口に入れたときで ある。

臭覚においても同様である。臭いもの、異臭のあるものは避けられる。もち ろん、これは生物によって多様であるので、何をもって異臭とするかは、生物 それぞれに違いがある。いずれにせよ、ある種の臭いが食べられるか否かを臭 覚は判別するのである。たとえば、ある種のダニは、イノシシ、イヌ、リス、

など哺乳動物が発する酪酸の臭いを嗅いで、その動物の体に落ち、その体温に ひきよせられて皮膚にたどりつき、血をすうのである。

同じく特殊感覚である聴覚や視覚は食べ物の摂取にじかに関わる感覚ではな い。これらの感覚は、食べものの探索・追跡に関与している。とくに、視覚は この探索・追跡に用いられる。むろん、この視覚は、進化の過程のなかでは、

ずっと後で生まれたのである。

光を身体の表皮全体で感じることはできたとしても、それが映像となるには、

新たな器官が必要であった。つまり、映像を生むことのできる目(レンズ)が 不可決であった。これが、可能となったのは、五億四千三百年前・カンブリア 紀であったという2)。この目は食べるものを探索し、追跡し、捕獲するのに威 力を発揮したはずである。もっとも、このことは、捕獲を逃れるための目をも 発達させたのであったが。

いずれにせよ、すべての生命は、生きるために食べる。そして、進化した生 命は食べるために餌をさがして動きまわる。たとえば、モグラは、終日、とほ

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うもないエネルギーを使って地中を動きまわり、餌をさがす。食べた餌からエ ネルギーをえて、また餌をさがす。エネルギーの獲得と消費のくりかえし、そ の収支(帳じり)を合わせながらモグラは生きている。それができなくなった とき、モグラは死ぬのである。

古生物学によれば、ナメクジ魚のなかから、陸に上がったものがあって、こ れに四肢ができ、胴から頭部が独立し、頭が自由に動くようになると、脳の進 化がはじまる。これは、神経、ホルモン、免疫のシステムをつくりあげる。さ らに、脳は進化して、爬虫類では、食の欲動ができあがる。これは、エネルギー

(食)の摂取と消費のバランスを調節可能にする。これがあると、不要かつ過 剰な食の摂取を避けることができる。人も、食欲によって、過剰なエネルギー の摂取を抑制する。

2 社会的位相

人は、生きるために、衣食住を要する。衣と住は保温と太陽熱の遮断のため、

食は代謝のためである。そのなかでも、食は生の根源である。

人においては、食はたんに代謝、食欲の充足のためばかりではない。大脳が 進化している人においては、触覚、味覚、臭覚、視覚、聴覚は、すべて大脳の 新皮質において統合されて、知覚される。人の千億の細胞から成る脳のなかで、

大脳新皮質は百五十億の細胞をもつというが、これは、経験ないし学習の回路 の場であって、原始的反射(遺伝的に獲得された本能)の場を越える働きをし ている。それゆえ、この経験および学習は、人びとの共同体のなかで生まれ、

共有され、文化となりうるのである。

大脳新皮質において、触、味、臭、視、聴の五つの感覚が統合されることは、

言語学的知見からも明らかである。すなわち、大脳新皮質にある言語中枢は、

頭部にある特殊器官で受容された刺激を言語化する。ここでは、特殊感覚であ る視、聴、味、臭覚は、何々「を」見る、聞く、味わう、嗅ぐ、というように、

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格助詞「を」を前にとる。この刺激は脳神経を経由して大脳皮質に達して、知 覚を成立させるのであった。これにたいして、触覚は、身体のすべてにゆきわ たり、身体そのものにおいて刺激を受容し、その刺激は脊髄神経を経由して、

大脳新皮質に達して、知覚となるのであった。大脳新皮質の言語中枢は、何々

「に」ふれる、というように、格助詞「に」を前において、特殊感覚と区別し たのである。

食に関して言えば、ここでは、五感すべてが稼動して、それは、言語の中に 融解し、言語として表現され、享受される。言語は共同体から生まれ、共同体 を成立させる機能である。この言語が生理的感覚を共同体の文化に創造するの である。

人の学習は共同体のなかで促進される。たった一人で生きる者があるとすれ ば、その者の学習は学習とはいいがたい。学ぶことは、つねに共同体・他者と の関わりにおいて成立する。人においては、直立して歩くことさえ、共同体の なかで、歩く人を模倣して学ばれるのである。食べることも同様である。

人は、食べる時、食べ物を囲み、車座になって食べる。もちろん、集団で食 べる動物はいくらもいる。シマウマ、ヌー、ライオン、オオカミなどを見ても そうである。しかし、これらは、群れてはいるが、他者とは無関係に食べてい る。狩をおえたチンパンジーでさえ、自分だけで食べる。人だけが車座になる。

人は、自分が食べるのではなく、みんなと共に、自分であるみんなが食べるの である。ここで、人は食べ物の感触、舌ざわり、歯ざわり、歯ごたえ、のどご し、熱さ、冷たさ、硬さ、軟らかさ、味、香り、かたちや色、などを語り、楽 しみながら、食べる。これは、食物のおいしさに関する認知を広げる。甘い、

辛い、渋い、酸味がある、舌がとろける、歯ごたえがある、やわらかい、こし がある、香りがよい、おいしい、うまい、などが口の端に上る。

食べ物の味や食べ物に関する好みは、このように、共同体のなかで学習され る。これは、共同体の趣味(味・taste)となって、食の文化を醸成するので

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ある。

人の味覚は、他のいかなる動物よりも発達しており、食に関する執着は並外 れたものである。これは、化石人類学の知見が示すように、直立歩行と連動し ている。直立歩行は、口を小さく、舌を短くし、口腔をひろげ、食べ物を口の なかにとどめる構造にした。舌は、その間、食べ物を味わうことができる。さ らに、咽喉と声帯が発達する。そのうえ、発達した大脳は呼吸の調節を自由に できるようにした。こうして、口の中で自由に動く舌を使い、呼吸の調節をし ながら、人は音声をだすようになる。これが共同体における語らいを可能にし た。人は、食べながら、語り合い、語り合いながら、食べることを楽しむので ある。食べる楽しみも、語り合う楽しみも、食事において成就される。

チンパンジーも、食べ物の味を楽しむことができるというが、これは、舌や 口腔の構造から、ある程度、可能なことであろう。だが、人ほど食べることに 喜びを見出す動物はいない。イヌやネコも、ある物が食の対象として好ましい か否かは判別できる。団子より肉の方が好ましいのである。とはいえ、肉を味 わいながら食べることはない。ただ、噛んで肉をひきちぎり、ガツガツと胃の なかに呑みこむのである。

食べることが、共同体のなかで行われるため、食べ物が惹き起こす味覚や食 感などのすべてが、学習され、文化となる。もちろん、これは、文化の基底に あるものとしての下位文化であるが、それだけに、民族、地方によって食の好 みないし趣味は異なってくる。ある民族はカニやイカを好み、ある民族はそれ らを嫌う。食べ物の好みは、ことばと同じように多様である。食べ物そのもの が、ことばないし意味を表している。

それだけに、共同体のなかでの食は、共同体への帰属意識をたかめ、共同体 の維持・発展に資することになる。共同体において、食べることが可能である とともに、食べることが共同体の形成を進めるのである。

人が食べ物を囲み、共に食べることは、食べ物を分けることである。一つの

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皿のものを分けて食べようと、すでに分けてあるものを食べようと同じことで ある。いずれも、同じ釜の飯なのである。人は、食を分け合うことで、和気あ い合いとなり、気心が知れ、気が通う仲となる。家族はいうまでもなく、寄宿 生活などで、寝食をともにした者たちは、心の通い合う親しい仲となる。一味 同心とは、共に食を味わった者たちが心を同じくしている、との謂いである。

人は、食べるならば、おいしい物を、よりおいしく食べることを望む。質素 を旨とする禅宗でさえ、食事を担当する典座は、おいしいものを作ろうとする。

できる限りまずい物をつくることは、終局には生命を危険にさらすことになる。

こうしたことはありえないのである。

こうして、人は、食材を選び、味付け、色・かたち、香り、食感、美感など あらゆることに工夫をこらす。このため、料理の研究にさえも手をそめる。さ らに、食器、テーブル、部屋の装い、雰囲気をもりたてる音楽にも人は配慮す る。ついに、食は、食欲という生理上の欲求を越えてしまうのである。美食が 追求され、エネルギーの摂取と消費の循環を脱して、食べること自体が目的と なる。ちなみに、こうしたことは、かの「トリマルキオの饗宴」3)にその典型 を見ることができる。人は、生きることとして食べるのではなく、食べるため に生きる、というのである。

人類は、農耕を発見して以来、食べる物にゆとりが生まれ、食に工夫をこら し、仲間と共に食を楽しむ時が増えたのであった。これは、共同体に生きると いう意識を高揚させ、文化を創造し、普及に寄与したのであった。古代ギリシ アに見られたように、学問でさえも、饗宴(シンポジオン)において進められ たのであった。人は、おいしいものを食べている時、舌や胃袋そのものになる。

私は舌や胃袋にいるのである。そうであるから、この時、私は消える。すなわ ち、私のことに関わるさまざまな雑事に思いわずらうことも、不快なこと、嫌 なことも立ち去るのである。俗念を離れて、人は、仲間と共に語り合い、学問 をも自由に論じることができる。

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食べることは、日常生活の基本でありながら、非日常的な気圏にふれるので ある。食の現象には、日常生活からの離脱がある。これを、さらに酒なるもの が促進する。祝宴には酒がつきものとなる。ここで、各人は共同体に同一化し て、日常性を離脱し、超俗的な気のなかを漂うのである。

おいしいものを食べるとき、「私は舌や胃袋にいる」のであったが、このと き、自己の意識は後退している。意識の場である大脳新皮質の働きも後退して いる。食べている時、夢中になって、我を忘れるのである。とはいえ、これは、

原始生物の摂食、すなわち生理運動に返ることではない。食において忘我の気 にいたることは、精神の気圏にふれることである。それゆえ、食には祈りがあ る。

かつて、食は家族、仲間、共同体のなかにあった。わが国においても、1人 で食べるとか、1人で酒をのむなどというのは、罰当たりといわれたものであっ た。だが、資本・市場の原理が力を増し、共同体から個人が析出され、さらに、

個人が私人、つまり単独者に変容すると、1人で食べることが一般的になる。

食べることの文化は瓦解し、それに代わって、資本の宣伝によって作られた味 覚が拡大する。食のグローバル化である。すなわち、味の文化は、資本の宣伝 によって、最も大衆にうける味、いわば統計的味に解体される。ちなみに、コ カコーラやハンバーガーがそうである。これらは最大公約数の味である。これ らは、世界のどこにもある。それぞれの地域性を消去して、どこにあっても、

同じ味のものとして受容される。こうして、食が文化を創造し、共同体を発展 させることが困難な世になったのである。

3 精神の位相

人間においては、食べることは精神的意味をもつ。古代人においても、食べ ることは祝祭であった。祝祭とは、超越的存在にふれることであった。どこに あっても、人びとは、仲間と共に食べるだけではなく、神々にお供え物をし、

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神々と共に食べるのであった。食べることは、神々を祭ることのなかに求心さ れるのである。

わが国においても、神々に、五穀豊穣や豊漁をねがい、豊穣・豊漁に感謝す るものとして祭りがあった。その祭りに、食べることは不可欠であった。もっ とも、わが国の古代宗教では、自然のいたるところに神々がましますのであっ て、日常においても、お供え物が捧げられたのである。これは、日常において も、人は神々と共に食べるということを意味している。

祝祭は、非日常の世界であるので、衣食住のすべてが祝いのために供される。

食事は、日常とちがって贅を尽くしたものになる。着るものは晴れ着になり、

住まいは清められる。こうして、神々の訪いを待ち、神々を招き入れるのであ る。この祝祭において、人びとは、非日常の超越的気圏にふれ、それによって 新たな共同体および自己の生成を可能にする。これは、共同体および自己の再 生ないし蘇生である。人びとは、こうして、枯れた気に精気を吹き込まれ、元 気を取り戻す。新しい時に生きるのである。かく見れば、祝祭は、人生を行く 者にとって、オアシスのごときものであったのである4)

食べることは、祝祭のみならず日々の生活においても、超越的気圏に開かれ ているのであった。食において人は超越的なものと交信する。わが国において も、まず神仏にお供えをして祈り、そのあと合掌をして食べるのである。神道 であれ仏教であれ、食における祈りは、食の超越性を現している。こうしたこ とは、キリスト教にも見られる。ちなみに、かのイエスの最後の晩餐なるもの は、パンとぶどう酒がイエスの血と肉であり、信仰の契約であることを語って いた。

食における祈りは、キリスト教信者においては、神の恵みに対する感謝であっ たが、仏教においては、食べられるものへの赦しと感謝の祈りであった。仏教 の世界観は、生きるものすべてが仏であって、人間は生きるものの仲間であっ た。こうであるため、「草木叢林の無常なる、すなわち仏性なり」(正法眼蔵仏

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性)といい、「朝顔に 釣瓶とられて もらひ水」(千代尼句集)とあり、「浜 は祭りのようだけど 海のなかでは 何万の いわしのとむらい するだろう」

(金子みすゞ)5)といったことも、諾うことができる。これらは、仏教の根本お よび仏教的感情を明らかにしている。

さらに言えば、わが国には、山形の草木塔のように草木の慰霊碑があり、大 学医学部の動物慰霊祭がある。針供養さえも見ることができる。

かくして、食において、「いただきます」「ごちそうさまでした」との祈りは、

生きとし生けるものへの赦し、感謝、そして鎮魂であったのである。それゆえ、

人は祈ることなしに食べてはならないのである。

仏教のなかで、食を修行のなかに截然と定位したのは禅宗であったが、なか でも、道元の曹洞禅は、栄西の臨済禅をさらに進めて、食そのものを悟りの道 行きないし悟りの境位にあるとしたのであった。それゆえ、炊事をする典座も また修行のただ中にいるのである。道元の「典座教訓」「示庫院文」「赴粥飯法」

などは、いずれも、食の行的意義を語り、「食は諸法の法なり」としたのであっ た。すなわち、食を受けるのは仏道を成就するためであり、しかも、食そのも のが法である。食と法とは一体であったのである。

食は、永平寺においては、修行の根本であった。修行の場である三黙堂とは、

東司、食堂、法堂である。ここで、道元は、清貧に生きること、食においても 同様であること、自分がそもそも食を食するに価する者であるかどうかを問い つつ、感謝の祈りのなかで食することを説いたのであった。食は、坐禅と等し く修行なのである。

周知のように、禅の教えは、日常の喫茶にも現れている。かの岡倉天心の

『茶の本』が語ったように、一服の茶でさえ、心身を清涼にするだけではなく、

行となって仏法にふれるのである。

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4 教育学的考察

食べることには、生理・代謝の維持、共同体の創発、超越的存在への解脱を 可能とする重層的意味がある。これらのすべてが食に現れている。こういう状 況のなかで、子どもは、家族、仲間、地域、神仏が生きる世界と共に、食べる。

これは、世界が子どもと共に食べることと同義である。食が裕であるというこ とは、このように、世界とともに食べることであって、贅沢であるということ ではない。この裕な食が子どもを裕に育むのである。

わが国において、経済成長が驀進する前、少なくとも、1960 年以前には、

子どもの多くは、裕な食事のなかにあった。家族、共同体、神仏が子どもと共 に食事をした。冠婚葬祭、各地にくり広げられる祭りにも、子どもはいた。こ こでは、かならず食がもたらされた。子どもは、食べることにおいて、多くの ことを学んだ。人としてあるべき振る舞い、所作、礼節、生きる知恵を学び、

大人になって行ったのである。ちなみに、子どもの暮らしは、わが国の民俗学 が明らかにしているが6)、明治・大正期に、わが国を訪れた外国人たちも、異 口同音に、日本の子どもたちはいつも大人と共にいると語り7)、しかも、五歳 にもなると、大人のような、落ち着きと威厳のある所作を見せることに、驚き を示している8)

食べることは、日常生活そのものであるので、教育が介入する間隙はない。

教育は、意図的かつ計画的に為されるものである。食の状況おいては、とりわ け意図し、意識することなく、ただその都度、大人は子どもに語りかけ、勧告 し、助言することになる。たとえば、「いただきます、と言おう。みんなもそう 言っているから。」「人の前を通ってはいけない」「自分ひとり、前に食べては いけない。みんながそろうまで待ちなさい」「食べ残すほどに、自分のお皿に盛っ てはいけない」など。これらは、状況のなかで起こる直接的働きかけである。

食に、抽象かつ間接的である教育が関与できないとしても、食が、前教育的 位相として教育の土台であることは自明である。教育は、裕な重層的意味をも

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つ食によって力をえる。

このため、学校教育は、間接的ながら、裕な食の蘇生を計る。家族や地域と の連携にも食が定位される。これは、教育の蘇生なのである。

現行の学校給食は、主として栄養、衛生、保健という生理学的観点から施行 されている。学校給食は、家族と地域共同体の崩壊によって、孤立している子ど もの健康保健を担っている。それゆえ、ここでは食べることが一義的になってい る。学校給食は、共同体の生成、重層的世界の醸成には資していないのである。

食は、異年齢の男女、いわば老若男女からなる共同体のなかで、しかも祈り において、食の名にふさわしいものになるのである。真に食べるとはこのよう な謂いである。したがって、子ども1人で食べるとか、同じ歳の子とだけで食 べるとかいうことは、食べることではなかったのである。かくして、学校教育 は、前教育である食が教育の養分となって、教育を支えていることを認識し、

その回復を図ることが望まれるのである。

1)福岡伸一『生物と無生物のあいだ』講談社 2007 p.164

2)アンドリュウー・パーカー『眼の誕生』渡辺政隆・今西康子訳 草思社 2006 3)青柳正規『トリマルキオの饗宴』中公新書 1997

4)オイゲン・フィンク(Eugen Fink:Oase des Glucks 1957)『遊戯の存在論』石原達 二訳、せりか書房 1971

5)与田準一編『日本童謡集』 岩波文庫 1957 p.114

6)『宮本常一著作集6』家郷の訓・-愛情は子供と共に- 未来社 1967 柳田国男編『明治文化史 13・風俗』原書房 1979

7)オールコック『大君の都』山口光朔訳 岩波文庫 1962 中 p.388 ネット,ワグナー『日本のユーモア』高山洋吉訳 刀江書院 1971 p.176

8)フレイザー『英国公使夫人の見た明治日本』横山俊夫訳 淡交社 1988, p.50, p.79 バード『日本奥地紀行』高梨健吉訳 平凡社 2000, p.123

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