《論 説》
連合王国一九七八年国家免除法の前後
――
リーディング・ケースを中心に――
松 田 幹 夫
一 はじめに 二 一九七八年法以前 1 一九四九年のKrajina v The Tass Agency and Another2 一九五七年のRahimtoola v Nizam of Hyderabad三 一九七八年法の成立
1 背景 2 趣旨・目的 四 一九七八年法以後 1 一九八〇年のPlanmount Limited v The Republic of Zaire2 一九八四年のAlcom Ltd v Republic of Colombia五 おわりに
一 はじめに 本稿のメイン・テーマである一九七八年国家免除法(State Immunity Act 1978)(以下「一九七八年法」)自身は、国家免除についてどう説明しているかというと、つぎのようである。コモン・ローのもとで、独立主権国家は、その意思に反し、かつ、その同意なしに、イングランドの民事裁判所で訴えられなかった。……この絶対免除(absolute immunity )ルールは、コモンウェルス外の世界の残余が免除の一層制限的な(more restrictive)セオリーに賛成して放棄していたにせよ、この国では、堅固にはめ込まれたままであった。……本法第一部(Part
classical caseも引用されて、「古典的判決()」と評価されたほどである。 source れの外国主権免除判決の源泉()」と位置づけられたほどである。それのみか、イギリスの複数の教科書に アメリカ連邦最高裁判所マーシャル長官の意見である。この意見は、後年の連邦最高裁別件判決の中で、「われわ The Schooner Exchange v McFaddon この序論的部分で注目しておきたいのは、一八一二年の事件判決における 滅多に考えられない。 るが、現実を反映するのは、前者である。統治機構が主権をもつ一個人の手に握られるという状況は、今日では、 sovereign immunityなお、「国家免除」のほかに、「主権免除()」の語も、使われる。伝統的用語は後者とされ の裁判権からの免除を享受しないように、連合王国での制限免除セオリーを法典化することにある。 ( private individuals個人()によって平等に遂行され得た主権国家の活動が一般的にもはや連合王国民事裁判所 corporations の主目的は、貿易に従事する法人()または私的 Ⅰ )
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本件は、以下のように、展開された。訴状が、帆船「エクスチェンジ号」に対し、同船を所有し占有すると主張する二名のアメリカ市民によって提示された。二名は、同船はフランス皇帝のために行動する兵力によって一八一〇年公海で拿捕されたが、権限ある捕獲審検所による判決を与えられなかったと申し立てた。同船のために出廷するものは、いなかった。しかし、合衆国代理人は、合衆国およびフランスが平和状態にあること、フランス皇帝の公船(public ship)が悪天候によりやむを得ずペンシルバニア港に入港したことなどを合衆国政府に代わって陳述するため出廷した。合衆国代理人は、たとえ同船が違法に拿捕されていたとしても、そこにある財産はフランス皇帝に移転したと述べた。したがって、訴状は却下され、同船は解放されるということが、要求された。地方裁判所は訴状を却下したが、巡回裁判所は、これをくつがえした。合衆国代理人は、最高裁に上訴した。マーシャル長官の意見は、こうである。「主権者のこの完全平等および絶対的独立は……あらゆる国家の属性と述べられて来た完全な排他的領域裁判権の一部の行使をあらゆる主権者が放棄すると理解される一定種類の判決を生じさせた。……国有の軍艦(ships of war)が受け入れのために開放されている友好国の港に入港するさい、友好国の同意によってその裁判権から免除されると考えられる……」。本判決は、外国主権者の軍艦に適用された。しかしながら、時間が経過すると、免除ドクトリンは、他の外国政府船舶、他の外国政府財産、外国に対するいずれかの訴訟に拡大された。一九世紀から二〇世紀初めにかけて、この免除は本質的に絶対と考えられ、もし被告が外国の主権者と資格づけられると、それが純粋に商業的な行為であっても、行為のすべてについて免除をもつとされた。このように、国家免除は、絶対免除として登場した。本稿は、リーディング・ケースをベースに、絶対免除から制限免除への推移をトレースするであろう。 (
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二 一九七八年法以前 1 一九四九年のKrajina v The Tass Agency and Another
絶対免除ドクトリンの「高潮位(high-water mark)」に達したと評されるのが、本判決である。
⑴ 事 実原告は、(シティ・オブ・ロンドンのフリート・ストリートで営業する)(モスクワの)「タス通信社(The Tass Agency)」と令状に記述された被告が発行した一枚新聞「ザ・ソビエト・モニター」の一九四八年五月七日掲載の論説において名誉を毀損されたと主張して、損害賠償を請求した。被告は、令状の無効を要求した。なぜなら、被告はソビエト社会主義共和国連邦という外国の一部門(a department)であり、裁判権からの免除を受ける権限をもつからである。補助裁判官は、令状およびその送達は無効であると命令した。命令は、バーケット裁判官によって確認された。その命令を理由として、原告が、上訴した。令状無効の申し立てに賛成して、タスは、駐連合王国ソビエト通商代表団法律顧問アンドリエンコ氏による確約を提出した。これは、タスに関する一九三五年一月一五日の制定法(以下「一九三五年法」)の規定の要約であって、初めの一六カ条の抜粋でもあった。タスは「ソビエト社会主義共和国連邦の中央情報機関」および「社会主義共和国連邦閣僚会議の支配下」にあると記述した確約は、タスの法的立場について明確な陳述を含まなかった。その後、 (
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ソビエト大使からの証明書を示す宣誓供述書が提出されたが、その重要部分は、「タスまたはタス通信社として通常知られているソビエト社会主義共和国連邦の電信機関が法的団体(legal entity)の権利を行使するソビエト国家すなわちソビエト社会主義共和国連邦の一部門を構成すること」を証明した。一九三五年法一条は、「ソビエト社会主義共和国連邦の電信機関(TASS)は、USSRの中央情報機関であり、USSRのソビエト人民委員会に所属する」と規定した。また、一五条は、「USSRの電信機関および連邦共和国の電信機関は、法人(juridical person)のすべての権利を享有する」と規定した。原告は、タスの地位について裁判所に出された証拠はあいまいであり、免除への権利を確証する責任は被告にあると主張した。
⑵ 判 決一九四九年六月二七日、イングランド控訴院は、左のような判決を与えた。令状を無効とするバーケット裁判官の命令は確認され、上訴は、棄却される。タス通信社がソビエト国家の一部門であるとしたソビエト大使の証明書ののち、これを否定する責任は原告に課せられたが、その責任は、果たされなかった。したがって、被告は、裁判権からの免除を受ける権限を有する。
⑶ 意 義ソビエト国家の一部門であるとソビエト大使発行の証明書で記述されたタス通信社は、一九三五年法一条によれば、「USSRの中央情報機関」であり、一五条によれば、「法人のすべての権利を享有する」。したがって、他の (
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重要証拠、とくに法的証拠がない場合、控訴院としては、タス通信社がソビエト国家から分離した別の法的団体の地位をもつ法人であると推論することを不可能とみた。こうした結論は、不可避であったようである。ただし、絶対免除ドクトリンの「高潮位」に達したとされる本判決は、皮肉にも社会的動揺をもたらしたため、判決の約五カ月後の一一月二三日、上院で討議が行なわれる契機ともなった。その討議中、大法官ジャウィット伯(Lord Chancellor, Earl Jawitt )は、「この国の法が世界各国で遵守される国際法によって望ましいか、厳密に要求されるものより広い免除を外国の機関に与えるか否か」という重大問題が存在することを認めた。ジャウィット伯は、この問題について審議し報告するための部局間委員会の設置を発表した。サー・ドナルド・サマービルが、委員長に任命された。九名の委員には、サー・ハーシュ・ラウターパクト(ケンブリッジ大学)といった高名な学究が、含まれた。委員会は一九五一年に報告書を提出したが、「国際法のもとで正確な立場を確立することを困難にするような重大な相違を国家実行の上で」見出していたとナッティング外務次官が下院で述べたのは、一九五三年二月一三日であった。全委員が到達したのは、「連合王国の現行法は、大多数の他国によって事実上認められるものより大きな免除を認めるという結論」であった。委員会の唯一の積極的提案は、コモンウェルス諸国、アメリカなどと議論せよという内容であった。いずれにせよ、この委員会が建設的解決を示さなかったので、改革に通じる踏み石をみつけるまで、二〇年以上もの時間を要した。それにしても、「絶対免除ルールは……堅固にはめ込まれた」と述べた前言は、再考されなければならなくなった。
2 一九五七年のRahimtoola v Nizam of Hyderabad
⑴ 事 実 (
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インド部隊がハイデラバード(パキスタン南部の都市)に侵入した一九四八年、ロンドンのウェストミンスター銀行におけるニザム(ハイデラバード君主の称号)およびその政府の口座に存在する金銭が、モイン(ニザムの財務相で口座を操作する権限のある者のひとり)による授権なしに、上訴人(当時、駐連合王国パキスタン高等弁務官)の名義に移転させられたが、上訴人は、パキスタン外相の訓令に基づきそれを受領した。そこで、銀行は、総額約一〇〇万ポンドの金銭を上訴人名義の口座預金に移転して、その信用状開設を通知した。上訴人は、宣誓供述書を作成して、つぎのように述べた。①自分は、自国政府の訓令に従い、自国政府の代理人として、金銭の移転を受け入れた。②自分は、当時のパキスタン外相サー・モハメッド・ザフルラ・カーンによって移転を受け入れるよう訓令された。③自分は、パキスタン高等弁務官としてそうするよう明示的に訓令されなかったならば、前記移転に合意しなかったであろう。④自分は、ニザムの代理人または受託者として、私的個人である自分自身の口座に前記資金を受け入れるということは、提案されなかった。しかし、もしそうであったなら、そうすることを拒否したであろう。なぜなら、高等弁務官の立場を保持しながら、そのような方法で行動することは不適切であったであろうからである。⑤前記移転を受け入れたのち、自分は、自国政府の訓令に従って口座を処理しなければならないと考えた。ニザムは、モインが移転する権限をもたないとする宣誓供述書を作成したが、それは、争われなかった。一九五四年、モイン、銀行および上訴人に対して、共同原告人としてのニザムおよびハイデラバード国家により、三つの選択的項目のもとでの金銭支払いを請求する令状が、発せられた。⒜ニザム(本上訴において、ハイデラバード国家は消滅しており、その権利は形式的にニザムに帰属したが、それは無視された)に信託された金銭、⒝ニザムに支払われるべき金銭、⒞ニザムの使用に応じられる金銭。上訴人は、自分に対する訴訟令状が無効とされるこ
と、および、外国の主権者であるパキスタンを訴え、または、金銭上、パキスタン政府の権利もしくは利益に干渉しようとしていることを根拠に、銀行に対する手続を停止せよと請求した。
⑵ 判 決一九五七年一一月七日、イングランド上院が与えた判決は、以下のようである。上訴は、認容される。上訴人に対する令状は無効とされ、銀行に対する手続は、停止される。金銭が上訴人に不法または事実の錯誤のもとで支払われたにせよ、彼はパキスタンという主権国家の代理人であるから、金銭についての法的権限および銀行を訴える権利をもつ。
⑶ 意 義五名の裁判官中、デニング卿(Lord Denning )は、「有名な単独反対意見(famous lone dissent )」と呼ばれる意見を表明した。もし紛争がたとえば外国政府の商業取引に関係し……それが当然われわれの裁判所の領域裁判権内で発生するならば、免除を認める理由は、ない。……すべての文明諸国では、主権者を彼自身の裁判所で訴えられるとする方向への進歩的傾向が、みられた。……外国主権者は、なんらか違った立場におかれるべきではない。外国は連合王国裁判所のすべての手続から免除されると説く古い権威は、一九七八年法制定の三〇年も前に挑戦されていた。 (
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三 一九七八年法の成立 1 背 景
連合王国の裁判所が顕著な不可変性をもつ絶対免除ルールを固守しているあいだ、欧州審議会は、この主題をとりあげ、ストラスブルクでの多数の会合ののち、連合王国も署名した国家免除条約を、一九七二年に採択した。ほぼ同じころ、アメリカも法案を作成し、これが、そのご、一九七六年外国主権免除法(Foreign Sovereign Immunities Act of 1976)(以下「FSIA」)として成立した。欧州国家免除条約は、「国家が外国の裁判所で免除を請求できる場合を制限する傾向が国際法上存在するという事実を考慮し」(前文)、免除を請求できない場合を列挙した(一―一四条)あと、それ以外の場合は免除されると規定する。アメリカのFSIAは、「議会は、合衆国裁判所の裁判権からの免除に対する外国の請求を合衆国裁判所が決定することは、裁判の利益に役立ち、合衆国裁判所における外国および訴訟当事者双方の権利を保護すると認定する。国際法のもとで、国家は、商業活動(commercial activities)に関する限り、外国裁判所の裁判権から免除されない」(一六〇二条)と規定して、「商業活動」を基準とする制限免除主義を採用する。 (
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2 趣旨・目的 一九七八年一月一七日、大法官エルウィン=ジョーンズ卿(Lord Elwyn-Jones )は、上院において、一九七八年法案の提案理由を左のように説明した。一九七八年法案の主目的は、現在、コモン・ローで全面的にカバーされる主題である連合王国裁判所の裁判権から外国が享有する免除についての法を制定法の形式で規定することにあります。もし法が制定されますと、外国の免除は、もはや完全でなくなるでしょう。……広範囲な事項に関して、外国は、今日の私人または法人と同じ方法で、私たちの裁判所の民事裁判権に服することになるでしょう。刑事裁判権からの免除は、影響されません。エルウィン=ジョーンズ卿は、右のように説明したあと、前記・一九四九年のKrajina事件判決、部局間委員会の設置、欧州国家免除条約などへの注意をも喚起した。一九七八年法の目的は、その長いタイトルによれば、「他国によるか他国に対する連合王国での手続に関して新しい規定を制定すること、欧州国家免除条約当事国裁判所において連合王国に対し与えられる判決に効力を与えること、国家元首の免除および特権に関して新しい規定を制定すること、ならびに、関連する目的」である。そして、一九七八年法は、一条⑴項において、「国家は、連合王国裁判所の裁判権から免除される」と規定したあと、その例外を二条から一一条までにおいて規定するという形をとる。すなわち、免除を原則として例外を列挙するから、同法のパターンは、欧州国家免除条約のそれに類似する。一九七八年法の通過は、部分的には、FSIA通過の結果、貴重なビジネスがニューヨークに放たれたというシ (
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ティ(国際金融街)(および政府)の関心事のためである。法務次長(Solicitor-General)は、一九七八年五月四日、法案の下院での審議中、つぎのように、危機感を示した。合衆国裁判所でいま実施中の立場は、商業上または金融上、外国との取引に従事するすべての人々の利益に合致します。私たちが私たちの法を変えない限り、これらの取引と結びつけられる仕事の多くは、この国で失なわれるでしょう。一九七八年一一月二二日、一九七八年法が成立すると、連合王国は、主権的権限行使のさいの確実な行為(certain acts in the exercise of sovereign authority)(acta iure imperii)についてのみ免除を認められるとする制限免除ドクトリンを採択する増加中の国家に参加した。FSIAは、たしかに、一九七八年法成立の引き金としての役割りを演じた。
四 一九七八年法以後 1 一九八〇年のPlanmount Limited v The Republic of Zaire
⑴ 事 実一九七八年、建築企業である原告は、駐ロンドン・ザイール共和国大使の公邸において、実質的事業を実施した。原告は、総額四万七八〇〇ポンドを支払われた。しかし、一万四六〇〇ポンド以上の残高が未払いであり、これについて、原告は、令状を発した。被告は、ザイールは独立主権国家であり、したがって、主権免除を受ける資格が (
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あるという根拠で、令状送達を無効にせよと請求した。補助裁判官は、原告が絶対免除という障害を乗り越えるのは非常に困難であるとして、令状を無効にした。原告は、上訴した。
⑵ 判 決一九八〇年四月二九日、イングランド高等法院女王座部は、左のように、上訴認容の判決を下した。外国は、その政治的行為に関してのみ免除を受ける資格がある。大使公邸建築事業のための契約は、私的または商業取引であるから、主権免除という抗弁は、利用可能ではない。一九七八年法は、直接、適用されない。なぜなら、契約は、一九七八年法発効前に締結されたからである。しかし、対物訴訟であれ、対人訴訟であれ、一九七八年法通過前に外国がイングランドの裁判所で絶対免除を得なかったということは、明らかに確立された。以前の法が対物訴訟においてのみ制限免除プリンシプルを受けたということを一九七八年法の商業取引に関する規定から推論するのは、誤っている。
⑶ 意 義一九七〇年代末までに、イングランドの裁判所は、制限アプローチに肯定的に動いていた。コモン・ロー上のなんらかの不確実性を明確化したのが、本判決である。多数の相対立する先例を検討したのち、本判決は、「一九七八年法通過前に外国がイングランドの裁判所で絶対免除を得なかった」と結論づけた点を評価された。 (
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2 一九八四年のAlcom Ltd v Republic of Colombia
⑴ 事 実一九八二年五月、原告は、在連合王国外交使節団を有する友好的な外国主権国家である被告に対して令状を発し、売却され引き渡された商品に関する一定額の金銭を請求した。一二月、原告は、防御意思の通告不履行(default of notice of intention to defend)という判決を得て、そのご、在ロンドン外国大使館の信用で保持される銀行口座の金銭を取り立てるむね請求した。一九八三年九月、原告は、それぞれの口座に対する仮弁済禁止命令(garnishee orders nisi)を獲得した。その外国は、命令取り消しを高等法院(High Court)に申請し、一九七八年法の規定のもとで、取り立てからの免除を請求した。一九七八年法一三条⑵項⒝によれば、国家財産は、「判決執行のため、訴訟手続に服する」ものとされない。しかしながら、一三条⑷項によれば、「当分の間、商業目的のために使用されるか使用を意図される財産」に対する判決執行は、免除されない。ここでの財産は、一七条⑴項において、商業取引のためと定義される。免除の請求にさいし、外国大使は、銀行口座の資金が商業目的のために使用されるか使用を意図されるのではなく、外交使節団の月々の運営のために必然的にかかる支出を満たすためであることを証明した。一三条⑸項によれば、そのような証明書は執行を要求される財産が反対が証明されない限り商業目的のために使用されなかったとする充分な証拠である。裁判官は、大使館のために使用される銀行口座は一見非商業的であると判断し、仮弁済禁止命令を取り消した。原告が上訴した控訴院は、大使館の日々の運営のために使用される銀行口座資金は「商業取引」のために使用されるか使用を意図されており、したがって、取り立てられる財産であると判決した。外国は、上院
に上訴した。
⑵ 判 決一九八四年四月一二日、上院は、上訴認容の判決を下した。理由は、つぎのようである。① 商業銀行の流通口座にある外交使節団の信用で存在する額は、一三条⑵項⒝および⑷項の目的からすれば「財産」であり得るが、一三条⑷項でいう「商業目的のために使用されるか使用を意図される……財産」ではない……。② 大使の証明書はその論点について終結的であるので、銀行口座は、取り立てから免除される。
⑶ 意 義五名の裁判官中、ディプロック卿(Lord Diplock )の左記のような意見が、説得的である。イングランドでは、外国の主権国家に対する請求をめぐる司法裁判所の裁判権は、コモン・ローによって規律された。外国主権者に対する裁判権行使を裁判所が拒否することは、一八世紀、イングランドのコモン・ローの一部として、本来、国際法に受け入れられたが、二〇世紀、イングランドの裁判所は、過去五〇年以上、国際公法で起こりつつあった変化を徐々に承認し、変化に効果を与えて来ており、それにより、貿易国家の大多数においては、主権免除の制限セオリーが、絶対セオリーに取って代わった。このように、過去を振り返ったディプロック卿は、国内裁判所の裁判権からの外国の免除については、現行法(existing law)、イングランドのコモン・ローおよび国際公法によって引かれた決定的な区別が、「主権的権能の ( 29)
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行使として国家がなしたこと」と「商業的または貿易活動の過程でなしたこと」とのあいだに引かれるとして、前者は免除を享有するが、後者は享有しないと明言した。いずれにせよ、本判決は、「免除の制限セオリーの明らかな受け入れ」を再確認した先例の中にカウントされている。
五 おわりに
締めくくりに留意するのは、二〇〇〇年のHolland v Lampen-Wolfe事件判決である。原告は、合衆国市民であり、合衆国の一大学教授であって、同大学は、大学・合衆国政府間の契約により、ヨーロッパに駐留する多数の合衆国軍事基地に複数の課程を提供した。被告は、合衆国国防省の文民被用者(civilian employee)である合衆国市民であった。彼は、連合王国駐留の合衆国要員(personnel)によって使用される基地であるイギリス空軍メンウィズ・ヒル(RAF Menwith Hill)で、教育事業職員(Education Service Officer)として雇用された。被告は、基地における訓練ならびに教育プログラムの計画、展開および履行について責任を有した。原告は、大学が提供するプログラムの一つで学位のために研究する同基地のスタッフのために、国際関係論のセミナーを実施した。被告は、大学の役員(official)にメモランダムを書いて、セミナーにおける原告の行為について苦情を述べた。原告は、名誉毀損としてイングランドで被告を訴えた。被告は、主権免除を主張した。彼は、令状無効を申請した。彼の申請は、控訴院によって支持された。そこで、原告は、上院に上訴した。 (
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二〇〇〇年七月二〇日、上院は、全員一致で上訴棄却の判決を与えた。被告は、イングランド裁判所の裁判権から免除される。① 国家がイングランド裁判所の裁判権から免除される権限をもつ場合、その免除は、公式資格で遂行される行為(acts performed in an official capacity)に関する国家公務員をカバーする。メモランダムが公式資格の被告によって書かれたというのが、共通の根拠である。② 一九七八年法一六条(除外事項)⑵項の効果は、同法第一部で規定される国家免除についての制定法上の制度が連合王国駐留外国武力によって、または、外国武力関係でなされたいずれかに関する手続に適用されないということである。この規定は、外国武力の文民被用者によってなされるなにかに拡張可能である。とにかく、軍事要員の教育および訓練を監督する義務の一部としての被告によるメモランダム発表は、連合王国駐留合衆国武力「関係の(in relation to)」の行為であった。したがって、被告の免除請求は、一九七八年法の規定ではなく、慣習国際法を編入するコモン・ローを参照して決定されなければならない。こうしたテストのあと、被告は、その行為が主権的性格(sovereign chracter)を帯びるならば、免除を受ける権限をもつ。③ 行為が主権的性格を帯びるか否かを決定するさい、行為を起こしたコンテクストを検討することが、必要である。本件では、コンテクストは軍事基地内での教育提供であり、それは、国家の武力を維持する主権的機能(sovereign function )の一部である。本判決については、主権的行為と私的行為(acts iure imperii and iure gestionis)とのあいだのコモン・ロー上の区別に基づいて決定されたという指摘が、ある。判決文には、このラテン語のフレーズは、あらわれない。五名の裁判官の中でミレット卿(Lord Millet)がこのフレーズを使ったので、彼の意見に当たらなければならない。 (
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ある国家が主権的に遂行される行為(acts perfomed jure imperii)のために他国裁判所で訴えられないということは、慣習国際法の確立されたルールである。……免除は、国家の裁判権行使という主権的性質、および、すべての国家は平等であるとする国際法の基本的プリンシプルに由来する。その規則は、「同等者は、同等者に対して命令権をもたない(par in parem non habet imperium.)」ということである。免除が適用される場合、それは、公式資格で遂行される行為に関する国家公務員をカバーする。本件では、すべての重要な時期において被告が連合王国駐留合衆国武力に責任をもつ部局である合衆国国防省の公務員としての資格で行動したというのが、共通の根拠である。被告の免除請求は、コモン・ローのもとで処理される。……問題は……請求された行為が主権的(jure imperii)か私的(jure gestionis)かである。……私は、請求された行為が主権的であると指示する……。本判決②は免除請求の決定基準として一九七八年法を否定したが、これは、一九八四年のAlcom事件判決においてディプロック卿が「……一九七八年法は……国際公法上よく知られるドクトリンとなっていた主権的行為と私的行為とのあいだの率直な二分法を採択しない」と述べたことと関連するであろう。ディプロック卿の意見を踏まえたのか、つぎのような酷評すら登場した。すなわち、一九七八年法以前、主権的行為と私的行為とのあいだに国際公法上引かれた区別はイングランドのコモン・ローの一部となっていたのに、不運にも、一九七八年法は、よく知られた区別を採択せず、広く延びる例外に服する絶対免除という古い一般的プリンシプルを制定法の形式で再言した。しかし、ディプロック卿も、ミレット卿同様、二分法を肯定した。冒頭に引用したように、一九七八年法は、「制限免除セオリー」の法典化と自称したものの、二分法不採択という重要問題点を内包した。一九七八年法がコモン・ローに取って代わることはあり得ないが、制限アプローチを適 (
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用する裁判所を鼓舞するであろう。したがって、二分法は、一九七八年法、コモン・ローなどから成る「現国家免除法にとって決定的(crucial to the present law of State immunity)」とする説が、一応の結論として妥当である。
(1) Halsburyʼs Statutes(of England and Wales)4th edn 10(1995 Reissue)(hereinafter“HS”)758 General Note.(2) R. C. A. White “State Immunity and International Law in English Courts” The International and Comparative LawQuarterly 26(1977)674 n 3.(3) 124 Supreme Court Reporter 2247.(4) I. A. Shearer Starkeʼs International Law(1994)191.(5) L. F. Damrosch et al International Law:Cases and Materials(2001)1200;松田幹夫・判例研究「オーストリア共和国対アルトマン」『獨協法学』一〇一号(平成二八年)四七ページ。(6) Damrosch et al op cit 1200, 1202.(7) C. A. Bradley and J. L. Goldsmith Foreign Relations Law:Cases and Materials(2003)572.(8) F. A. Mann Further Studies in International Law(1990)305;松田幹夫「制限免除主義の確立過程」松田幹夫編・寺沢一先生古稀『流動する国際関係の法』(平成九年)二六三ページ。(9) International Law Reports(hereinafter “ILR”)16(Year 1949)(1955)129-130.(
( 10Ibid 130.)
( 11F. A. Mann Notes of Cases The Modern Law Reviewhereinafter MLR121949494.) “”(“”)()
( 12Mann supra n8305.) ()
( 13Ibid 305, 306.)
( 14ILR 24Year 19571990175176.) ()()-
( 15Ibid.)
16R. C. A. White Statutes MLR 42197972.) “”() (
40)
(
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(
( 17ILR supra n14176, 197.) ()
( 18White supra n1672.) ()
( 19Mann supra n8306.) ()
( 院大学論叢法学研究』二九号(昭和五八年)二二ページ。 20International Legal Materialshereinafter ILM111972470474;) (“”)()-広瀬善男「国際法上の主権免除の現況」『明治学
( 21ILM 1519761389;) ()太寿堂鼎「民事裁判権の免除」『新・実務民事訴訟講座」七巻(昭和五七年)五四―五五ページ。
( 22The Parliamentary DebatesLords388 cols 5158.) ()-
( 23HS 757.)
( 24Ibid 757764;) -山崎公士「1978年国家免除法」『外国の立法』一〇四号(昭和五四年)三〇三ページ。
( 25White supra n167273.) ()-
( 26ILR 641983, 268, 269.) ()
( 27Ibid 268269.) -
( 28J. OʼBrien International Law2001269.) ()
( 2919842 All ER 6.) []
( 30Ibid 6, 7.)
( 31Ibid 8.)
( 32Ibid 9.)
( 33M. N. Shaw International Law2008707.) ()
( 34ILR 1192002368.) ()
( 35Ibid 368369.) -
( 36D. J. Harris Cases and Materials on International Law2004317 n 1.) ()
( 37ILR 1192002378, 381.) () 3819842 All ER 10.) 〔〕
(
( 39S. Ghandhi Notes of Cases MLR 471984600.) “”()
( 40H. Fox The Law of State Immunity2002136.) () 41Ibid 22.)