論 説
食糧農業植物遺伝資源国際条約について
一遺伝資源の保全 と持続可能な利用をめ ぐって一
板
倉
美奈子
は じめ に
地球環境問題 を考 えるにあた り、環境 と発展(開発)をいかにして調和 させ るのか は重要な論点である。 これは、地球環境 を構成する資源の保 全 を図 りつつ、その持続可能 な利用 を通 じて、そこか ら得 られる利益(成 果)を享受 し、発展 を維持 す るための方策 を探 ろうとす るものである。
WTO、 ITTO(国際熱帯木材機関)等の国際貿易機関 における「貿易 と環 境」問題(1)や、クジラ、ミナ ミマグロな ど日本人の食生活 にも深 く関わ る 海洋(漁業)資源 をめ ぐる国際摩擦 において問われているの も、 まさにこ
うした資源の保全 と持続可能 な利用のあ り方である。
この ような資源の一つ として、近年その重要性 を増 しつつあるのが、
生物遺伝資源である。近代的なバイオテクノロジーの発展 により、生物 遺伝資源やそ こに含 まれる情報の価値 に対する関心が ます ます高 まる一 方、遺伝資源の無秩序 な利用、流出による遺伝学的・ 生物学的多様性の 喪失 に対す る危惧や懸念 も強 くなっている。
本稿 では、FAO(国連食糧農業機関)で2001年 に採択 された「食糧農業 植物遺伝資源国際条約」 を取 り上 げ、植物遺伝資源の分野 におけるこれ までの取組みを通 して、生物遺伝資源の保全 と持続可能 な利用のあ り方 をめ ぐる議論の現段階 を探 ることとする。
I.植物 遺伝 資源 をめ ぐる これ までの動 き
1900年のメンデルの法則の「再発見」 により、それ まで農民な どイン フォーマルセクターにより担われてきた品種改良 に代わ り、 フォーマル セクターによる組織的・ 科学的な品種交配等の育種活動が本格化するこ とになった。そして、 こうした動 きとほぼ同時 に、 フォーマルセクター による育種活動の成果 に対す る育成者(育種家)の貢献 を「(植物)育成者 の権利 (plant breeder's right:PBR)」 として保護 し、 これに相応の価 値 を与 えようとす る主張が出され るようになった。
1.UPOV(植物 新 品種保 護 同盟 )に よる「育成 者 の権利 」の保 護
育成者の権利の保護 の形態 としては、一般 の特許法令 による保護 と植 物品種(plant varieties)保護 に関す る特別法令 による保護がある。
米国では、1930年 の植物特許法 により、無性繁殖植物 に限定 した形で はあったが、植物品種の特許 による保護が導入 され、現行特許法 におい ては、実用特許 による植物、種子、遺伝子 に対するクレームが認 め られ ている。 また、1970年の植物品種保護法では、有性繁殖植物の新品種 を 対象 とす る品種保護制度が導入 され、1985年のHibberd審決 によって、
実用特許、植物特許、品種保護法 による品種登録の重複保護 も認 め られ ている。
他方、 ヨーロッパでは、1930年代か ら40年代 にか けて、一部の国にお いて、一般の特許法令 による植物品種の特許制度が開始 されたが、育種 過程 における反復可能性(再現性)が乏 しい こと、育種過程や新品種 を客 観的な叙述 により特定することが困難であること等、育成技術特有の特 殊性 が重視 された ことか ら、 これ らの制度 は有効 に機能 しなかった。 そ のため、UPOV条約 に基づ く植物品種保護のための特別法 による保護が
選択 され、1977年に発効 した欧州特許条約(EPC)において も、植物品種 は不特許事 由 とされた(第53条b)項)。 その後、1998年のEUバイオ指令 に より、トランスジェニ ック植物(外来遺伝子 によって形質転換 した少数の 遺伝子 により特徴づ けられ る創作植物)など包括的植物(現実 に創作 され た植物 自体ではな く、そ こか ら抽出された技術的思想 を保護す るための 概念)についての特許が認 め られ ることとな り、植物品種 はUPOV条約 に基づ く品種保護制度 によ り保護 され、所定の要件 を満たす包括的植物 は一般の特許法令 により保護 され るとい う体制が確立 した②。
国際的なレベルにおいては、1938年 に設立 されたASSINSEL(国際植 物 品種保 護育成者協会)は、当初工業所有権 の保護 に関す るパ リ条約 (1883)による保護 を求める運動 を展開 していたが受 け入れ られず、方針 転換 を余儀 な くされた。か くして、協会 は1956年 に植物品種保護 システ ムを検討す るための国際会議の開催 をフランス政府 に要請、57年 にヨー ロッパ11カ国が参加 して「植物新品種 のための国際会議」が開催 された。
その後 さらに4年間の議論 を経て、1961年に「植物新品種保護国際条約 (IntematiOnal Convention for the Protection of New Varieties of Plants)」が採択、同条約 に基づ き植物新品種保護同盟(the Union for the Protection of New Varieties of Plants:UPOV)が設立 された(このた め条約 はUPOV条約 と呼 ばれ る)。
UPOV条約 はその後78年、91年 に改訂 されてい る(61年条約 は72年追 加議定書 により改正 されている)。 ここでは、現在多 くの途上国が加入 し ている78年条約 と最新の91年条約 を中心 に概観する0。
まず、この条約の基本的な立場 は、「植物新品種の保護が農業の発展の ためばか りでな く、植物育成者の利益 を保護するためにも重要」であ り、
「育成者の権利の承認及び保護 により生ず る特別 な問題、 とりわけ公共 の不U益による要請が この権利 の自由な行使 にもた らしうる制約」が「統
一的かつ明確 に定義 された諸原則 に従 って解決 され るべ きである」 とい うものである(61年条約・ 78年条約前文)。 そして、UPOVは「社会の利 益 となるように、植物新品種の開発 を奨励することを目的 として、植物 品種の保護のための有効 なシステムを提供、促進する」 ことをその使命
とする(UPOVのミッション・ステー トメン ト)。
締約国の基本的な義務 は、「品種 を育成 し、または品種 を発見 し、かつ 完成 させた者」、「締約国の法令 に定 めがある場合 には、当該者の使用者 または当該者 にその作業 を委託 した者」並びに「 これ らの者の承継人」
(以上が本条約 における「育成者」 とされる:91年条約第1条)に条約が 定 める権利 を与 え、保護す ることである(同第2条)。
育成者の権利が与 えられ る品種 は、(i)当該種苗 または収穫物が当該品 種の利用 を目的 とした他の者 に販売その他の譲渡が されていない とい う 意味 において「新規性(Novelty)」 があること(同第6条)、 (五)その存在が 一般 に知 られているすべての品種(公知品種)と明確 に区別 され るとい う
「 区別性(Distinctness)」が あること(同第7条)、 liill特性が十分 に均一で あるとい う「均一性 (Unifomity)」 があること(同第8条)、 livl反復増殖 後 または増殖周期 ごとに特性が変わ らない という「安定性
(Stability)」
があること(同第9条)とい う要件 を満たす ものである(同第5条 ;この
うち(五)、 60、 livlの三要件 はDUS要件 と言われ、植物品種 についての一般
的な要件である)。 これに関 して、78年条約では「すべての植物の種類(all
botanical genera and species)」 に適用することがで きるとしつつ も、
締約国は「可能 な限 り多 くの植物 の種類(the largest possible number of botanical genera and species)」 について漸進的に条約が定める措置 を
とれば足 りる(第4条)とされていたのに対 して、91年条約では「すべて の植物の種類」 に条約 を適用 しなければならない(第3条)と してお り、
保護の対象 となる植物 の範囲が拡大 されている。
保護の形態 について、78年条約で は、「特別法 または特許法 により保護
することがで きる」が、「同一の種類 の植物 についてはそのいずれか一つ の保護形態だけを提供す ることがで きる」(第2条第1項)と して、いわ ゆる二重保護 を禁止 していたのに対 して、91年条約ではこのような規定 は置かれてお らず、保護形態 は締約国に委ね られている。
育成者の権利 の範囲については、78年条約では「商取引(corrmercial marketing)のための生産、販売の申出(the Orering for sale)、 商業 目 的による譲渡(marketing)」(第4条第1項)とされてお り、種苗業者 によ る商取引のための生産及び販売 に限定 されていたのに対 し、91年条約で は「生産 または生産、増殖のための調整(conditioning)、 販売の申出、販 売 その他の商業 目的による譲渡、輸出、輸入、及び これ らを目的 とす る 保管」(第14条第1項)と種苗 に関する行為全般 に拡大 されたばか りでな く、種苗段階で権利 を行使する合理的な機会がなかった場合 には、収穫 物 に も及 び(同第2項)、 さらに収穫物段階で もこのような機会がなかっ た場合 には、当該収穫物か ら直接 に生産 された加工品にまで拡大するこ
とが認 め られた(同第3項)。
また、これに関連 して、78年条約では農家 による自家増殖(農民が保護 品種 を自己の経営地 において栽培 して得た収穫物 を、 自己の経営地 にお いて増殖の目的で使用する行為)や「他の品種 を育成す るための素材 とし て特定の品種 を使用する場合、及び育成 された当該品種 を販売する場合」
等の非商業的な試験 目的での行為 は、育成者の権利 の対象 としてはな ら ない とされていたが(第5条第3項)、 91年条約では、 この うち前者(「農 家(農民)特権(farmer's privilege)」 )は任意的例外(Optional exception)
とされ、締約国の裁量 に委ね られ ることになった。
さらに、91年条約 においては、「原品種 の遺伝子型か ら生ず る根本的な 性質 または遺伝子型の組合せか ら生ずる本質的な特殊性 を維持 し」つつ も、「原品種 と明確 に区別 され る」ことがで きる品種 を「本質的に由来す る品種(Essentially derived varietiettEDV)」 として、 これにまで育成
者の権利が及ぶこととされている(=「従属関係」の導入:第14条第5項)。
この ように、UPOVにおいては、元来の目的であつた育成者の権利 の 保護が、91年条約 によ リー段 と拡大・ 強化 されていることか ら、当初途 上国の多 くはUPOVへのカロ盟 には否定的・消極的であった。しか し、1995 年か らスター トしたWTOのTRIPs協定(知的所有権 の貿易関連 の側面 に関す る協定)の第27条第3項
(b)但
書(「加盟国 は、特許若 しくは効果的な 特別の制度 (an effective協 グ多πιtt system)ま たはこれ らの組合せ に よって植物 の品種 の保護 を定 める。」)によ り、途上国 において も2000年 (後発途上国については2005年)までに植物品種の保護 を定めることが義 務化 された こと、さらに78年条約の下でのUPOV加盟期限が1999年 4月とされた ことにより、途上国の加盟が一気 に進み、2004年 6月 1日 現在
UPOV加盟国54カ国の うち、途上国(中国、南アフ リカを含 む)は 18カ国 を占めている(但し、この うち育成者の権利が拡大強化 された91年条約 を 批准 しているのは韓国、チ ュニジアの 2カ 国のみ) ヽ
2.FAOの「植物 遺伝 資源 に関 す る国際的 申 し合 わせ 」
FAOは、1950年代後半か ら植物遺伝資源 に関す る活動 を開始 していた が、その基本的な立場 は、食糧問題、すなわち食糧安全保障のためには、
植物遺伝資源 を活用 した研究開発が重要であるとの観点か ら、植物遺伝 資源 を「人類の共同の財産 (common heritage of mankind)」 として保 全 を図 りつつ、その自由な利用、交換が促進 されることが望 ましい とい
うものであった。
1967年 に開催 された第1回国際技術会議では、国際的なジー ンバ ンク の設立が勧告 され、 これを受 けて、1972年のス トックホルムでの国連人 間環境会議で採択 された行動計画 においては、植物遺伝資源 を保存す る ための国際計画の策定や、遺伝資源 に関する情報やサ ンプルの交換 を促
進 す るた めの国際的 なネ ッ トワークの必 要性 等 が勧 告 され た (勧告 39〜45)。 そ して、「緑 の革命」で知 られ る国際農業研究協議 グループ (CGIAR:1971年設立)は、FAOの支援 を受 けて、1974年に国際植物遺伝 資源理事会(IBPGR)が設置 され、一応の体制が整 うこととなった。
しか し、70年代末 になると、作物の遺伝的な画一化 による遺伝的浸食 (genetic erosion)の 問題が顕在化 した。このような問題 に対する懸念 は、
一方で は遺伝資源 を含 む生物 の多様性 の保全 を求 める生物多様性条約 (CBD)と して結実 し(後に詳述)、 他方では遺伝資源のほ とん どを提供す る立場 にある途上国か らの遺伝資源の利用 に関する国際的なルール作 り を求める声 として具体化 した。 これが1983年にFAOが採択 した「植物遺
伝資源 に関する国際的申 し合わせ (Intemational Undertaking of Plant Genetic ResourcesIUPGR)」 (FAO Res.8/83)で ある。 また、同 じ1983 年のFAO総会 において、植物遺伝資源委員会(CPGR)が設置 され ること
とな り、組織面で もこの問題 に関す る体制が整 えられることとなった(同 委員会 は1995年に食糧農業遺伝資源委員会(CGRFA)に改組0拡充 され ている)(り。
IUPGRでは、「植物遺伝資源が人類の財産であ り、したがって制限 され ることな く利用 され るべ きである」(第 1条)とい う立場か ら、「科学的研 究、植物育成 または遺伝資源の保全 という目的のために要請があった場 合 には、植物遺伝資源のサ ンプルヘのアクセス及びその輸出を認 め、相 互 に合意す る条件 または相互交換 に基づいて、無償でサ ンプルを利用で きるようにすること」(第5条)が求め られている。 また、ジー ンバ ンク の国際的なネ ッ トワークの形成、世界的な情報交換及び早期警戒 システ ムの構築 な どを通 じて「グローバル システム」 を確立することが決めら れている(第7条)。他方で、遺伝資源 を提供する途上国の利益や現状 に対 する懸念 に配慮 して、植物遺伝資源活動 に関する途上国の能力強化、植物
遺伝資源の保全や交換のための国際的な活動 を強化すること、植物遺伝 資源 に関する活動 に融資す るための資金提供 メカニズム(基金)を設立す る等の措置について検討することが合意 されている(第6条及 び第8条)。
これ らの諸方策 は、その後 さらなる議論や決議 を経て体系化・ 整備が 進め られ、「FAO植物遺伝資源の保全の利用 のためのグローバル システ ム」として、その実現 に向けての取組 みが進 め られている(図 1参照)。)。
図1:FAO/食糧農業植物遺伝資源の保全及び利用のためのグローバル
システ ム 国際的 な合意 IUPGR(1983)
附属書I「合意解釈」
(1989)
附属書 Ⅱ「農民の権利」(1989)
附属書Ⅲ(国家の主権的権利)(1991)
行動綱領・ 国際基準 生殖質の収集移転のための行動綱領(1993) ジーンバンクに関する基準・ガイドライン バイオテクノロジーに関する行動綱領
グローバ ル な文書 遺伝資源白書(WR)
世界行動計画 (GPA)(1996) グローバルメカニズム
生息域外コンクション国際ネットワーク 世界情報・早期警戒 システム
(FAOホームページhttpプ/ww.fao.org/AG/偲 ra/PGR.htmを 元に筆者が作成)
IUPGRには、その後3つの附属書が加 えられている。
附属書 Iは「国際的申し合わせ についての合意解釈」(FAO Res.4/89) で、遺伝資源への自由なアクセス、利用及び交換 を基本 とするIUPGRの
立場がUPOV条約 の求 める育成者 の権利 と抵触 す るので はないか とい う先進国側の懸念 に応 えようとした ものである。 ここでは「植物遺伝資 源 は、現在及び将来の世代 の利益 のために、保全 され、 自由な利用 に供
され るべ き人類 の共同の財産である」 との原則が改めて確認 されている 一方で、「UPOVが定 める『植物育成者の権利』は、 この申し合わせ と矛 盾す るものではない」(第 1項)と して、「国家 は、国内及び国際的な義務 を遵守す るために必要な限 りにおいて、IUPGRが定 めるサ ンプルの 自由 な交換 について最小限の制限を課す ことがで きる」(第2項)と した。他 方で、「 自由なアクセス"は無償 を意味す るものではない」(第5項)と
して、遺伝資源の提供 に対 して相応 な利益配分がなされるべ きとの立場 が示 されている。さらに、「農民 による植物遺伝資源の保全及び開発への 貢献 を認識 し、 これが『農民の権利 (Farmerゞ Rights)』 概念の基礎 とな る」(第3項)ものであ り、「『農民の権利』 を実現する最善の方法 は、現 在及び将来の世代 の農民の利益のために、植物遺伝資源の保全、管理及 び利用 を確保すること」であ り、FAOに よる植物遺伝資源のための国際 基金 な ど適切 な手段 により、 この権利が実現 され うる」 として、育成者 の権不Uに対す るアンチテーゼ として途上国が主張 していた「農民の権不U」
について も言及 されている。
附属書 Ⅱは、 この「農民の権利」に関するものである(FAO Res.5/89)。
これによると、「農民の権利」とは「特 に起源及び多様性の中心地 におけ る過去、現在及び未来 にわたる植物遺伝資源の保全、改良、利用のため の農民の貢献 に由来する」ものであ り、「農民 に十分 な利益 を確保 し、そ の貢献 を支援することを目的 として、現在及び将来の世代の農民のため の受託者(trustee)と して国際社会(IntematiOnal Community)に与 えら れ る」 としている(第3段)。 そして、その具体的内容 として、(all■全 の 必要性が普遍的に承認 され、そのための十分な資金が不U用で きるように す ること、
(b)世
界の全 ての地域、特 に植物遺伝資源の起源/多様性 の地 域 において、植物遺伝資源及び自然の生物圏(biosphere)の保護及び保全 のために、農民及び農村社会 を支援すること、(C)全
ての地域 における農 民、農村社会、諸国が、植物育成 その他の科学的手法 により改善 された植物遺 伝 資源 の利 用 か ら派生 す る利 益 に、現在 及 び将 来 において、十分 に参カロで きるようにすることを挙 げている。
「農民の権利」に関 しては、FAOが1996年 に採択 した「食料農業遺伝 資源の保全 と持続可能 な利用 に関す る世界行動計画(Global Plan of Action:GPA)」 において、生息域内における遺伝資源の保全のための取 組 みの一環 として、農民 による生息域 内保全の活動 を支援す るためのメ カニズムについての検討が進 められることとされた。)。
1991年 に採択 された附属書Ⅲ (FAO Res.3/91)で は、前文 において、植 物遺伝資源 を維持す るための最善 の方法 は全 ての国において有効 かつ利 益 をもた らす ような利用が行 なわれ ることであ り、農民が長年 にわた り 植物遺伝資源の保全、改良に貢献 し続 けていること、植物遺伝資源 の保 全及び利用 においては、先端技術 も土着の技術 も重要かつ相互補完的で あ り、遺伝学的多様性 を維持するにあた り、生息域内保全 も生息域外保 全 も重要かつ相互補完的であるとの認識が示 されている。これはIUPGR
本文が 自由なアクセス、交換 を通 じて、生息域外 に持ち出され、保全、利 用 され ることになる植物遺伝資源 についての制度づ くりを主たる対 象 と
していたのに対 して、生息域内での資源の保全の重要性 を再確認 しようと するものであった と言 える。そして、その延長線上 に登場することになる のが、「植物遺伝資源 に対する国家の主権的権利」(第 1項)であつた。
この翌年のUNCED(国連環境発展会議)で採択 されたCBDでも、 これ に関連する規定が入れ られている。「各国は、自国の天然資源 に対 して主 権的権利 を有す るもの と認 め られ、遺伝資源の取得 の機会 につ き定 める 権限は、当該遺伝資源が存する国の政府 に属 し、その国の国内法令 に従 う」 とす る第15条 (遺伝資源の取得の機会)第 1項と、締約国に対 して、
可能かつ適当な場合 に、「 自国の国内法令 に従 い、生物の多様性の保全及 び持続可能 な利用 に関連する伝統的な生活様式 を有す る原住民の社会及 び地域社会の知識、工夫及び慣行 を尊重 し、保存 じ及び維持す ること、
そのような知識、工夫及び贋行 を有す る者の承認及び参加 を得てそれ ら の一層広い適用 を促進す ること並びにそれ らの利用が もた らす利益の衡 平な配分 を奨励すること」 を求 める第8条(生息域 内保全
)(j)項
である。これ らの規定 は、米国の製薬会社イーライ・ リリーがマダガスカルの 人々が長年薬草 として利用 してきた蔓性ニチニチ ソウを利用 して医薬品 を製造 し、その利益 を独 占していた事例 に代表 され るような「バイオパ イラシー(biopiracy)」 に対 す る批判 を受 けて置かれた ものであること は、よ く知 られているとお りである0。 ここで重要なのは、「遺伝資源 に 対す る国家の主権的権利」 は、遺伝資源の取得の機会
(ア
クセス)とその 利用 によ り生ず る利益の配分 について定 め、バイオパイラシーが行 なわ れないようにす るとい う遺伝資源提供国政府の権限 と責任 を明確 にしよ うとするものであるとい う点である。つ まり、 この権不Uは、生息域内で の遺伝資源の保全の重要性が再確認 され、 これに対す る過去、現在及び 将来 における農民の貢献が「農民の権利」 として、利益配分な ど相応の 評価 を受 けるべ きもの とされた ことに伴い、農民や農村社会 の利益 を代 表 し、 これ を支援するとい う立場か ら、遺伝資源提供国の政府が「遺伝 資源へのアクセス と不J益配分(access and benefit‐ sharing:ABS)」 に関 す る国際的・ 国内的メカニズムを確立す る等の措置 を講ず る権限 と責任 を負 うことを求めているもの と理解 され るべ きであろう。Lこのように、IUPGRは「人類の共同の財産」原則 を掲 げていたが、後 に追加 された附属書 において「農民の権利」、「植物遺伝資源 に対す る国 家の主権的権利」をも認 めることとなった。特 に、「植物遺伝資源 に対す る国家の主権的権利」を認 めた ことは、それ までの「人類の共同の財産」
原貝Jを実質的に修正するものであった ことに留意すべ きであろう。 この ことは、IUPGR附属書Ⅲにおいて も、冒頭で「IUPGRにおいて適用 され ていた人類 の財産 とい う概 念 は、植物遺伝 資源 に対 す る国家 の主権
(sovereignity)に 従 属 す る」 として確認 され てい る。
3.CBDにお ける遺伝資源 問題
CBDでは、前述 した ように、第15条第1項において「遺伝資源 に対す る国家の主権的権利」 を認 めている。同条では、遺伝資源へのアクセス に関 して、「他の締約国が遺伝資源 を環境上適正 に利用するために利用す るために取得す ることを容易 にす るような条件 を整 えるよう努力 し、 ま た、 この条約の目的に反するような制限 を課 さないよう」求めている(第
2項)。 そして、遺伝資源へのアクセスを認 めるにあたっては、「事前の 情報 に基づ く提供国の同意」が必要であ り(第5項)、 財目互 に合意す る条 件で」(第4項)で行 なわれなければな らない としている。 また、利益配 分 に関 して も、提供国 と利用国 との間で、財目互 に合意す る条件で」、「公 正かつ衡平 に配分す る」 ことが求め られている(第7項)。 さらに、第8 条
(j)項
において、「原住民の社会及び地域社会の知識、工夫及び慣行 を尊 重 し、…それ らの利用が もた らす利益の衡平 な配分」が求め られていることは既 に見た とお りである。
他方、1995年に発効す ることとなるWTO/TRIPs協定 との関係 につい
ては、「特許権 その他の知的所有権 によって保護 され る技術の取得の機会 の提供及び移転 については、当該知的所有権 の十分かつ有効 な保護 を承 認 し及びその ような保護 と両立す る条件で行 なう」こと(第16条第2項)、
「締約国は、特許権 その他の知的所有権が この条約の実施 に影響 を及ぼ す可能性があることを認識 し、 そのような知的所有権が この条約の目的 を助長 しかつ これに反 しない ことを確保するため、国内法令及び国際法 に従 って協力する」 こと(同第5項)と規定 している。
これ らの規定 は、いずれ も主権的権利 を根拠 に遺伝資源活動 に対する 影響力や利益配分への関与 を強 めようとす る途上国 と、遺伝資源へのア
クセスや利用 に対す る規制 を最小限に とどめ、かつ利用 により生ずる成 果 に対す る知的所有権 による保護 を確保 しようとす る先進国 との政治的 な妥協の産物であるため、具体的な運用 をめ ぐっては多様 な解釈がなさ れ る余地が残 されている(10。
そのため、CBD発効後、ABS問題 に関 しては、締約国会議(COP)その 他の会合 において議論が進め られ、2002年 のCOP6では「ABSに関す るガ イ ドライン」(ボン・ガイ ドライン)が採択 されている。 これ までの議論で は、「遺伝資源提供国」(CBD第 2条)に、「原産 国」ばか りでな く、 ジー ンバ ンク等 を通 じて「遺伝資源 を有す る国」 を含 めるべ きかをめ ぐり、
ジーンバ ンク等 を介 した第二国への遺伝資源への移転 について も、原産 国 としての権不Jを認 めるべ きである とする途上国 と、 こうしたケースを 直接原産国か ら移転 され る場合 と区別 しようとする先進国 との間で、見 解の相違が残 されている。また、知的所有権 に関 して、ボン・ガイ ドライ ンでは、「事前の情報 に基づ く同意」及び「相互 に合意す る条件」が遵守 され るようにするため、遺伝資源の原産国や原住民及 び地域社会の伝統 的知識、工夫及び慣行の出所 の表示 を推奨するための適切 な法律上、行 政上、政策上の措置 をとることが、遺伝資源利用者 を管轄する締約国に 求 め られている(第16項0))(11ヽ
Ⅱ.食糧農 業植物遺伝 資源 国際条 約
CBDにおいて、「遺伝資源 に対す る国家の主権的権利」が認 め られた こ と、 また、それに先ん じてIUPGR自体が附属書Ⅲ において「人類の共同 の財産」原則 よりも「国家の主権的権利」が優先す ることを認 めた こと によ り、IUPGRをこれに適合 させ るために改訂することは必須の課題 と なった。そこで、FAOは、1993年総会 において、IUPGRの改訂 を行 な う ことを決定 した(FAO Res.7/93)。 この決議では、a)IUPGRをCBDと調
和するように改訂すること、b)CBDでは取 り扱われなかった生息域外の コンクション
(laを
含む植物遺伝資源への相互 に合意 された条件でのアク セスの問題 について検討すること、C)農民の権利の実現 という問題 につ いて検討することが求められている。このIUPGR改訂交渉 は1994年 11月か らスター トした。また、CBDが動 植物 を含 む全ての「生物資源」を対象 としていることに鑑みて、FAOで
の議論 は食糧及び農業用 の植物遺伝資源 に対象が絞 り込 まれ ることに なった(10。 そして、7年にわたる改訂交渉の結果、2001年11月に採択 さ れたのが、「食糧農業植物遺伝資源国際条約(Intemational Treaty on Plant Genetic Resowces for Food and Agriculture)」 である。同条約 は第28条第1項に定める発効要件が満たされた ことか ら、2004年 6月29 日に発効 している(10。
1.概
この条約の目的は、「生物多様性条約 に合致 した、持続可能 な農業及び 食糧安全保障のための食糧農業植物遺伝資源の保全及び持続可能 な利用 並びにその利用か ら生ず る利益の公正かつ衡平 な配分」である(第1条)。
対象 となる「食糧農業植物遺伝資源」とは、「食糧及び農業 に とって現 実的 または潜在的な価値 を有す るすべての植物起源の遺伝素材」であ り、
この「遺伝素材」とは、「再生素材及び無性繁殖素材 を含む遺伝の機能的 な単位 を有す るすべての植物起源の素材」(下線 は筆者)である と定義 し ている(第2条)。 これ らの用語の定義 に対 しては、一部 の先進国か ら、
再生素材及び無性繁殖材 の ような「構成要素」 も含 めていることについ て、反対意見(1りや定義の曖昧 さを指摘す る意見(10が出されている。同様 の意見の対立 は、CBDにおける「遺伝資源」の定義(第2条)について も 見 られ る(1つ。
条約 は、「農民の権利」について、 まず「(食糧農業植物遺伝)資源 を保 全、改良及び禾U用す るにあたっての世界の全ての地域、特 に起源及び多 様性 の中心地 における農民の過去、現在及び将来 にわたる貢献が農民の 権利 の基礎」(第7段)であ り、「 この条約が認 める農場で蓄積 された種子 その他の繁殖材 を貯蔵、利用、交換及び販売す る権利、並びに、食糧農 業植物遺伝資源の利用 に関す る意思決定及びその利用か ら生ず る利益の 公正かつ衡平な配分 に参加す る権利が、国内的、国際的なンベルにおけ る農民の権不Jの実現及 び増進 に とって不可欠である」(第8段)と述べて いる。 その上で、次の ように規定 している。
第3部 農民 の権利 第9条 〔農民の権利〕
9.1 締約国は、世界 の全ての地域、特 に作物の起源及び多様性の中心 地 の地方及び原住民社会並びに農民が世界 中の食糧及 び農業 の生 産 の基礎 を構成す る植物遺伝資源の保全及び開発 に対 して行 い、ま た今後 も行 なうであろう多大 な貢献 を認 める。
9.2 締約国は、農民 の権利 は食糧農業植物遺伝資源 に関連するもので あ り、その実現 は各国政府の責任であることに同意する。各締約国 は、適当な場合 には、国内法令 に従 うことを条件 として、以下の も のを含む農民の権利 を保護 し、促進す るための措置 を、その必要性 お よび優先順位 に応 じて行 な うもの とする。
(a)食糧農業植物遺伝資源 に関連す る伝統的知識 の保護
(b)食糧農業植物遺伝資源の利用か ら生ず る利益 の配分 に衡平 に参 加する権利
(C)食糧農業植物遺伝資源の保全及 び持続可能 な利用 に関連 す る事 項 についての国内おける政策決定 に参加する権利
9.3 本条のいかなる規定 も、国内法 に従 うことを条件 とし、かつ適当
な場合 に、農場で蓄積 された種子 その他の繁殖材 を貯蔵、利用、交 換及び販売す ることについて農民が有するいかなる権利 をも制限す
るもの と解釈 されてはな らない。
他方で、「 この条約 は他の国際協定の下での締約国の権利及び義務 に何 らの変更 を加 えるもので はない と解釈 されなければな ら」ず(前文第10 段)、 かつ「 このような記述が、この条約 と他の国際協定 との間に階層関係 を構築することを意図 した ものではない」(同第11段)としている。他の国 際協定 との関係 について述べた この規定 は、当初 の案では本文 に置かれて いたが、各国の意見の調整がつかず、前文 に入れ られるにとどまった(10。
そして、この条約の中核 となるのは、第4章(第10条〜第13条 )で規定 さ れ る「(遺伝資源)取得 の機 会及 び利益配分 についての多 国間 システム (Multilateral System of Access and Benefit‐ Sharing:MLS)」 である。
まず、第10条では、「植物遺伝資源 を取得する機会 について決定す る権 限が各国政府 にあ り、国内法令 に従 うものであることを含 めた、食糧農 業植物遺伝資源 に対する国家の主権的権利」(第1項)が認 められる とし た上で、 このような主権的権利 を行使す るにあた り、締約国が「効率的、
有効かつ透明性 を有す る多国間システム」 を構築す ることに同意す ると している(第2項)。
MLSが適用 され るのは、「食糧安全保障及び相互依存の基準 に従 って」
条約の附属書Iのクロップ リス トに列挙 され る食糧農業植物遺伝資源で (第11条第1項)、「締約国の管理及び監督(control)の下 にあ り、公共領域 に属す る」(同第2項)(=知的所有権が消滅 している :筆 者注)作物 で、
この リス トには35種 の食用作物(food crOps)及び29属の飼料作物
(for̲
ages)が挙 げられている。
これ らの資源の取得の機会
(ア
クセス)には、次のような条件が付 される(第12条第3項)。
(a)食
糧及 び農業 のための研究、育種及び研修のみを 目的 とす ること(但し、化学、医薬品及び/また はその他食糧/飼料以外 の産業利用 はこれに含 まれない)、(b)個
別 の取得 に至 る経緯 について追跡 することを必要 とせず、無償 または有償 の場合で も必要 とす る最低限の コス トを超 えてはな らない、(CttU用可能 な全ての通行許可記録(passport data)その他の秘密ではない情報 を、遺伝資源 とともに入手で きるよう にすること、(d)受
領者 はMLSから取得 した形態のままで、食糧農業植物 遺伝資源 またはその構成要素の円滑な取得の機会 を制限するような知的 所有権 その他の権利 を主張 してはな らない(下線 は筆者)、(e)開
発途上の 植物遺伝資源の取得の機会 については、当該開発期間中においては、開 発者の裁量 に委ね られなければな らない、(f)知
的所有権 その他の権利 に より保護 され る食糧農業植物遺伝資源の取得の機会 は、関連す る国際協 定及 び国内法令 に従 う、(OMLSの下で取得 され、保全 される食糧農業植 物遺伝資源 は、当該資源の受領者が利用 し続 けることがで きるもの とす る、(h)生
息域内にある食糧農業植物遺伝資源の取得の機会 は、国内法令、またはそのような法令がない場合 には、全締約国によ り構成 され る運営 機関(Goveming Body:第19条 )が定 める基準 に従 って提供 され ること に同意す ること、である。そして、条約では、 このような条件 を満た し た円滑な取得の機会が提供 され るために、条約 に基づいて運営機関が採 択する「素材移転契約(material transfer agreement:MTA)規 格(stan̲
dard)」 (標準素材移転契約)に基づ くことが求め られている(第12条第4 項)(19ヽ
これ らの条件 のうち、知的所有権 の主張 を禁ず る(d)において、遺伝資 源 の「構成要素」が含 まれていることは、農作物 の遺伝子の取得が必ず しも特許 に結びつかない可能性 を示唆す るものであった。の。このため、
先進国の一部か ら、構成要素 に関 しては、分離(isolation)や精製(purifi‐
cation)に よる変形 については特許 の対象 とす ることも認 め られ るべ き
である等、特許 に関する国内法令 との整合性 に基づ く反対意見が寄せ ら
れている(21)。
他方、「公正かつ衡平 な利益配分」については、情報交換、技術 の取得 の機会及びその移転、能力構築、並びに商業化 による金銭的その他の利 益 の配分の4分野 に関す るメカニズムが構築 され る こととされ てい る (第13条第2項)。 この うち、金銭的利益等の配分 に関 しては、MTA規格 において、商業化 により得 られた利益の「衡平な一部」をFAOの信託基 金勘定 (Trtlst Account:第 19条第3項
(f))に
支払 うことが義務づ けられ ることとされ(同項(dX五))。力、この勘定を通 じて、利益が資源提供国に還 元 され るとい うメカニズムが構築 され ることになった。このほか、これ までFAOが取 り組 んで きたグローバルシステムや改訂 交渉 中に策定 された世界行動計画(GPA)も、条約の構成要素 として組み 込 まれてお り、その実現 に向けての協力が奨励 されている(第14条〜第17 条)。
2.意義 と課題
この条約 により、MLS一特 に利益配分 のためのメカニズムの構築が決 定 された ことは重要である。なかで も、対象が限定 されているとは言 え、
金銭的な利益の配分 について、MTAにおいて利益の一部 を資源提供国 への還元 に振 り向けることを義務づ けるとい う具体的な道筋がつけられ た ことは評価 に値す る。「相互 に合意する条件」に象徴 され るように、当 事国間の交渉 を基礎 とす るバ イラテラ リズムの要素が強 いCBDに対 し て、FAOがそれ までのマルチラテラ リズムの根底 にあった「人類 の共同 の財産」原則 については方針 を転換 し、かつCBDの二国間ベースのバイ ラテラルな交渉 に基づ くMTA締結 を基本 としつつ も、MLSを通 じたマ
ルチラテラルなメカニズムの構築 にこだわったのは、CBD第15条第1項
に依拠 して一部 の途上国が制定 した国内法令の ように、食糧農業植物遺 伝資源へのアクセスが過剰 に規制 されて しまうことは、食糧安全保障 と い う観点か らも好 ましい ことではない との問題意識が根底 にあったので はないか と考 えられ る。 そうであるとするな らば、なおの こと、 このよ うな利益配分のメカニズムが実効的に機能 させ ることが、 この条約が立 脚 す るマルチ ラテラ リズムの成否 の鍵 をにぎる こととなるであろう。
もっ とも、MLSの対象 となるのは「締約国の管理及 び監督の下 にある」
機関であ り、その他の民間機関への適用 は任意 とされている(第11条第3 項)こ とか ら、MLS―特 に金銭的な利益配分 についての強制支払義務 を
どこまで拡大 してい くことがで きるのかは、今後の課題である●0。
また、条約及びMLSの対象 となる「植物遺伝資源」については、用語 の定義 をめ ぐり、 とりわけ知的所有権 との関連で、一部の先進国か ら反 対意見が出 されていた ことは既 に述べた とお りであるが、 このような反 対意見 を出 した先進国の大半 は現在 までの ところ条約 を批准 していない (米国、 日本、オース トラ リア等)。 この ことはこの条約がめざす遺伝資 源へのアクセス及び利益配分 についての多国間ベースのメカニズムの構 築 が真 に普遍的な もの となるためには、知的所有権制度、特 にWTO/
TRIPs協定 との調整 とい う困難 な課題 が ク リア され なけれ ばな らない ことを意味 している。
おわ りに
「人類の共同の財産」原則 においては、遺伝資源 は「公共領域(public domain)」に属するもの とされてきた。これは遺伝資源やそこに含 まれ る 情報の「公的性格」あるいは「公共財」 としての特性 に由来するもので あったが、 この ことは当該遺伝資源等が「公的な財産」であることを意 味す るものではなかった。むしろ、現実 はその逆であ り、遺伝資源 にア
クセス し、 これを利用 して成果 を挙 げ、利益 を得 る機会 と能力 に恵 まれ た少数の者が「育成者の権利」その他の知的所有権 による保護の下で、 こ れ らを私物化 し(appropriate)、「私的領域」に「囲い込む」ことが許 され ていたにすぎない。CBDによる「遺伝資源 に対する国家の主権的権利」
の主張 は、このような状況 に対抗す る論理 として主張 された ものである。
これ との関連で、食糧農業植物遺伝資源国際条約 において、「農民の権利」
については単独で詳細 な規定が置かれているのに対 し、「遺伝資源 に対す る国家の主権的権利」はMLSの前提 として原則的立場が確認 されている に とどまっている点が注 目され る。この ことは既 に指摘 したように、「遺 伝資源 に対す る国家の主権的権利」の承認 は、「農民の権利」の実現 との 関連 において理解 され るべ きであ り、この権利が 自己 目的化 し、「育成者 の権利」等、先進国(遺伝資源利用国)による知的所有権の主張 に対抗す るためだけのあらたな「私的利益」の「囲い込み」が正当化 され ること は、条約の企図するところではない ことを象徴 しているように思われ る。
条約が規定するMLSはスター ト地点 についたばか りであるが、条約の 運用 によ り、集団 としての「農民」や農村社会の権利 の実現が図 られ、
遺伝資源や伝統的な知識 を、かつての「人類の共同の財産」原則 におい て措定 されていた「私的」な「囲い込み」 と表裏一体の「公共領域」 と は異なる新たな「公共領域」の財産 として再構築 してい くことがで きる か どうかが問われている●0。
註
(1)ITTOに おける「貿易 と環境」問題に関しては、拙稿「国際熱帯木材機関に おける環境保護 と持続可能な発展 との調和をめざす試み」『日本国際経済法学 会年報』第 7号(1998)を参照。
(2)欧米における植物保護の歴史的展開については、平木祐輔「欧米日における 特許制度 と品種保護制度による植物保護の交錯」『特許権 と強制実施制度』(日
本工業所有権法学会年報第24号)(2000)を 参照。
(3)UPOV条約 については、同上、18‑21頁 、及び山名美加「UPOVと生物多様 性条約(CBD)一イン ドにおける『育成者の権利』と『農民の権利』をめぐる考 察一」『阪大法学』第49巻第304号(1999)、 607‑611頁を参照。
(4)h眈)://―.upovoint/en/abOut/members/pdf/pub423.pdfを 参照。
(5)FAOの取組みについては、FAO/CGRFA(食糧農業植物遺伝資源委員会)の 公式サイ ト(http://―.fao.org/AG/cra/default.htm)、 及び山本昭夫「生 物多様性の保全 とその利用か ら生ずる利益配分に関する一考察」生物研研究 資 料m16(2001)(http://…
.gene.affrc.gojp/situation/report/report16‐
21‐118.pdD、
24‑32頁を参照。(6)IUPGRを含むFAOのグローバルシステムについては、同上、57‑67頁 を参 照。
(7)FAOにおける「農民の権利」をめぐる議論動向については、S.B.Brush, ' Pro宙ding Famers'Rights through勿 豆滋 conservation of crop genetic resources',Background Study Paper No.3,in Corrmssion on Plant Genetic Resources,1994,in hゅ://….faO.Org/AG/cra/BsP/bsp3E.pdf.
(8)CBD第 8条j)が規定する「伝統的な知識 (Tradidonal Kno祠edge:TK)を
めぐる「バイオパイラシー」問題 については、山名美加「生物資源 と伝統的知識 の保護一 bio‐piracy"を めぐるインドの提言一」『京都女子大学現代社会学研 究』第1号(2001)を参照。
(9)FAOにおける「植物遺伝資源に対する国家の主権的権利」をめ ぐる議論動向 については、CoM.Correa,'Sovereign and propeo rights over plant genetic resources,Background Study Paper No.2,in Comlmsslon on Plant Genetic Resources,1994,in hゅ ノ/… Ⅲfao.org/AG/cra/BsP/bsp2E.pこ
00 CBDにおける植物遺伝資源問題及び知的所有権 との関係については、さし あた り以下の文献 を参照。Fiona Macmillan,7nフ ″″ ιtt D物ゎ%%″′ (SWeet&Maxwell,2001),Chap.5、 最首太郎「遺伝資源の規制 と生物多様性
の保全―国連の環境政策 における環境 と開発の相克」大内和臣・ 西海真樹編
『国連の紛争予防・解決機能』中央大学出版部 (2002)所収、中川淳司「生物多 様性条約 と国際法的技術規制」『日本国際経済法学会年珊』第6号(1997)、 茶 園茂樹「生物多様性条約 と知的財産権」『知的財産権 と環境』(日本工業所有権 法学会年報第22号
)(1998)、
高倉成男「資源アクセス と利用を巡 る法制度 一生 物多様 陛条約 と知的財産権」議,ミイオインダス トリー協会監修、渡辺幹彦0二 村聡編『生物資源アクセスーバイオイングス トリー とアジア』東洋経済新報社 (2002)所収、大澤麻衣子「生物多様性条約 と知的財産権一環境 と開発のリンク が もたらした弊害 と課題」『国際問題』2002年 9月 号 (N610)(2002)、「WTOの貿易関連知的所有権(TRIPS)協定の諸問題(1)一ⅦTO/TRIPS協定 シンポジ ウム記録 一」、『貿易 と関税』2001年10月号(2001)、 64‑75頁。
CD ボン・ガイ ドラインについては、林希一郎「生物資源の利用 と保全に関する 国際ルールづ くり :生物多様性条約COP6の与 えるインパ ク ト」(http:〃
… . 面 。cojp/REPORT/PAPER/2002/rp02061000。pdflを参照。
O CBDにおける生息域外 コンクションヘの適用問題については、最首、前掲論
(注
10)、 230‑231頁を参照。αЭ 同上、227‑228頁 。
00 条約発効時における締約国は
54カ
国+EC。 内訳 は以下の とお り。アルゼン チン、バ ングラデシュ、ブータン、カンボジア、カナダ、中央アフリカ共和国、コー トジボワール、キプロス、チェコ共和国、韓国、コンゴ民主共和国、デン マーク、エクア ドル、エジプ ト、エルサルバ ドル、エ リトリア、エス トニア、
エチオピア、フインランド、ガーナ、 ドイツ、ギリシャ、ギニア、ホンジュラ ス、ハンガ リー、インド、アイルランド、イタリア、ヨルダン、ケニア、クウェー ト、ラ トビア、レバノン、ルクセンブルク、マラウィ、マレーシア、モー リタ ニア、モー リシャス、ミャンマー、ニカラグア、パキスタン、パラグアイ、ペ ルー、セン トルシア、シエランオネ、スペイン、スーダン、スウェーデン、シ リア、チュニジア、アラブ首長国連邦、英国、タンザニア、ウガンダ及譴 C。