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通貨同盟と同盟国政府の財政規律 ―通貨同盟から 財政同盟への進展の可能性―

著者 岩村 英之

雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =

Annual report of the Institute for International Studies

巻 20

ページ 71‑75

発行年 2017‑10‑01

その他のタイトル Fiscal Discipline in a Monetary Union: A

Perspective from Fiscal Decentralization

URL http://hdl.handle.net/10723/3267

(2)

通貨同盟と同盟国政府の財政規律

―通貨同盟から財政同盟への進展の可能性―

岩 村 英 之

欧州通貨同盟に関して、その発案当初から財政統合あるいは政治統合が併走することの必要性 が議論されてきた。この議論の依拠する仮説のひとつは、通貨同盟には本質的に加盟国政府の財 政規律を緩める効果が内在するというものである。したがって、仮説に従えば、共通通貨の存続 のためには、加盟国政府の財政主権をある程度制限することはひとつの選択肢となる。本報告で は、こうした議論の背景を説明し、当該仮説の検証に関わる筆者の研究の途中経過を報告した。

1 通貨同盟と財政同盟

複数の主権国家による共通通貨は、矛盾した表現ではあるが、相当程度の主権の放棄によって はじめてその持続性を保証される。一部の論者は、欧州通貨同盟の構想がにわかに現実味を帯び てきた 90 年代初頭から、政治権力の集権化の欠如を制度上の欠点として問題視してきた。すな わち、同盟参加各国が強い政治権力―特に財政主権―を保持したままでは、共通通貨の存続は危 ういと考えている。

特に、近年の南欧諸国における政府債務危機によって、共通通貨の存在が同盟国政府の財政規 律を緩める可能性を信憑性の高いものとする見方が数を増してきている。その背景には、加盟各 国の政府は共通の中央銀行による最終的な救済を期待して、放漫財政に走るかもしれないという 懸念がある。さらに悪いことに、共通中央銀行による救済のコストは、共通中央銀行の純資産の 減少あるいは貨幣ファイナンスによる同盟全体のインフレーションの加速という形で同盟国全体 が負担するため、各国政府にはフリーライドするインセンティヴが存在する。

このような状況への直接的な対応は、財政に関する加盟国の裁量権を制限することである。実 際、欧州通貨同盟においては、こうした可能性を強く懸念したドイツの主張によってマーストリ ヒト条約に「安定成長協定」が盛り込まれ、財政赤字への数量的な上限を課すという形で加盟国 の財政主権はある程度制限されている。そして、近年の南欧諸国の政府債務危機を契機として、

財政主権の一層の制限の必要性も取沙汰されている。

はたして、通貨同盟は加盟国政府の財政規律を悪化させる要因となり得るのだろうか。したが って、一部の論者の言うように、通貨同盟の存続には加盟各国の財政主権の制限、すなわちある 種の「政治統合」が必要なのだろうか。

2 通貨同盟における各国財政と連邦国家における地方政府財政の類似性

この問いに対して、財政分権化に関する研究成果が有用な示唆を持ち得る。これは、財政分権 化の進んだ連邦国家とユーロ圏とが、単一の金融政策と複数のある程度独立した財政政策の組み

(3)

合わせという点で類似しているためである。ユーロ圏において、安定成長協定による制約がある とはいえ、同盟各国政府は財政政策についてほとんど独占的に決定権を有しているが、金融政策 については一切の裁量権を持たない。同様に、分権化の進んだ連邦国家において、州政府などの 地方政府は高いレベルの財政主権を持つが、金融政策については中央銀行が独占的に決定してい る。

このような類似性があるとはいえ、両者の単純な比較はこの問いに対する答えを得るには適当 でない。すなわち、分権化のかなり進んだ連邦国家であっても地方政府の財政裁量権は限定的で あり、ユーロ圏における加盟国政府には遠く及ばない。したがって、仮に既存の連邦国家で地方 政府の財政規律がある程度守られていたとしても、それがすぐにユーロ圏においても財政規律が 守られることを示唆すると解釈することはできない。

一方で、既存の連邦国家における財政分権化の「進展」と地方政府の財政規律の関係を見るこ とは、通貨同盟における財政規律を考察するうえで重要な手掛かりとなる。すなわち、既存の連 邦国家における分権化の進展と財政規律の間に負の関係があるならば、財政分権化が極端に進ん だ「連邦国家」であるユーロ圏においては、財政規律は悪化するという示唆を得ることができる。

もちろん、分権化の進展が財政規律を改善するならば、近年の政府債務危機は別の要因によるも のであると考えることができる。

3 財政分権化と財政規律

財政の分権化が地方政府の財政規律にどう作用するかについては、すでに多くの議論がある。

財政の分権化が財政規律を改善するという論者は、公共財の供給が中央政府による独占から複数 の地方政府間の競争へと変化することに着目する。競争原理の作用によって財政の効率化が進み、

支出と収入の両面で縮小する可能性がある。さらに、政府間競争によって徴税能力を制限される 地方政府は、収入サイドの制約から市場への介入を抑制する。中央政府は強大な徴税能力を持つ が故に過剰に市場介入する傾向があることを考えると、財政分権化によって一般政府の規模は縮 小されるだろう。これらの議論に従えば、ユーロ圏においてユーロ圏政府のような中央集権的な 財政主体を創生するならば、財政の効率性は損なわれ、かえって政府部門が肥大化するというこ とになる。

これに対して、分権化は財政規律を失わせる方向に作用すると主張する論者もいる。分権化に 肯定的な議論は、地方政府が(少なくとも長期的には)収入と支出を一致させることを前提とし ている。一方で、地方政府が中央/連邦政府による事後的な借金の肩代わりを期待するならば、

財政主権の委譲はかえって過大な支出を誘発する可能性がある。地方政府が事後的な救済を期待 するならば、地方政府間の競争は、税率は低く抑え、一方で過剰な借入によって充実した地方公 共財供給を行う誘因を与え、財政規律に負の影響を及ぼす。こうした効果を懸念するならば、ユ ーロ圏において各国政府に現在のような財政裁量権を認めることは再考が必要となろう。

これらとはやや趣が異なるが、財政分権化と中央銀行の関係に焦点を当てた次のような議論も ある。すなわち、中央/連邦政府は中央銀行による貨幣ファイナンスを期待して、税収を超える 支出を行う誘因を持つ。そこで、分権化によって財政の意思決定を自前の中央銀行を持たない

(4)

(=貨幣ファイナンスを期待できない)地方政府へと移管すれば、財政支出が抑制される可能性 がある。確かに、フランス政府がフランス銀行に財政赤字の貨幣ファイナンスを要求することに 比べれば、欧州中央銀行に同様の要求をすることのほうが難易度は高いように見える。この議論 に従えば、ユーロ参加国は自前の貨幣発行銀行を失ったことで、財政規律を回復するということ になる。

一方で、地方政府が自前の中央銀行を持たなくとも、国家の中央銀行による救済の可能性は残 されている。そして、分権化の進んだ国家では中央/連邦政府の財政規模は小さく、地方政府を 救済するだけの財政力はないかもしれない。自ずと、唯一その能力を持つ中央銀行に救済を要請 する社会的な圧力が強まると考えられる。このような状況で、中央/連邦銀行による救済の期待 が生じ、財政規律が緩む可能性もある。

4 財政分権化をどう測るか

このように、理論的には財政分権化は地方政府の財政規律に正負両方の効果を持ち得る。そこ で、最終的な効果については、近年はデータに基づいた実証的な議論が中心となっている。この とき、研究者が最初に直面する問題は、財政の分権化をどう数値化するかである。これまで最も 多く採用されているものが、地方政府による支出が一般政府支出に占める割合、いわゆる「支出 シェア」である。すなわち、一般政府支出に占める地方政府支出の比率が高いほど、公共財供給 における地方政府の役割が高まっていると考えるのである。

しかし、支出シェアは分権化の指標としては2つの問題を抱えている。第1に、地方政府によ る支出には中央/連邦政府から委託された業務・政策の単なる代理執行が含まれるため、支出シ ェアは地方政府の意思決定の及ぶ範囲を過大評価する傾向を持つ。第2に、支出責任の委譲が中 央/連邦政府の赤字対策として行われる場合、それに見合った収入源の委譲が行われないため、

支出シェアの拡大が地方政府の予算不足と相関してしまう。これは、意図せずして、支出シェア が地方政府の予算不足を計測してしまう可能性を示唆する。

こうした問題に対処すべく、本研究は地方政府の収入面に注目することで、地方政府による支 出の中から決定権を伴うものを抽出することを試みた。具体的には、地方政府の裁量権の及ぶ収 入によってファイナンスされる支出は、そうでない支出に比べて裁量的な決定が容易であると考 え、地方政府の自律的な収入の一般政府支出に対する比率を計算した。ここで、「地方政府の自 律的な収入」に含まれるのは、(A)地方税のうち税率か課税ベースのいずれかを決定する権限 を地方政府が保持しているもの(自律的税源)と、(B)中央/連邦政府からの補助金のうち使 途の定めがなく、かつ一定の条件を満たす限り自動的に供与されるもの(non-earmarked, mandatory

grant, NEM補助金)である。

地方政府は NEM補助金の額に対する裁量権は持たないが、中央/連邦政府の裁量による不安 定性にさらされることなく、その収入を長期的な計画に組み入れることができる。また、使途の 定めがないため、地方政府の裁量の及ぶ公共財の枠を広げることに貢献する。たとえば、(一般 政府の予算額を一定として)中央/連邦政府から1億円のNEM補助金が増額されるならば、そ れは一般政府の支出の中で地方政府の意思決定による部分の比率が増えたことを意味する。した

(5)

がって、たとえ金額を裁量的に調整できないとしても、支出の分権化への貢献という観点からは、

NEM補助金を積極的に評価することができる。

なお、分権化研究の中には自律的税収の一般政府税収に対する比率(税収の分権化指標)を採 用するものもある。しかし、これはあくまで収入の分権化をとらえる指標であり、支出の分権化 をとらえるものとは区別して考えるべきであろう。

以上のような定義によって「支出の分権化指標」を計算した結果(図表)、以下のことが明ら かにされた。

(1) 従来から用いられてきた支出シェアは、支出に関する決定権の委譲の度合いを測る指標とし て一般的妥当性を持たない。収入面を考慮し、地方政府による意思決定の自律性を近似した 指標と比較すると、無視できない乖離が確認される。

(2) ただし、支出シェアが突出して高い国々については、支出シェアが支出の分権化の適当な代 理変数となっている。実際、それらの国々は、収入面を考慮した支出の分権化指標によって もポジションを変えることはなく、いずれの指標で見ても上位を占めている。

(3) 支出の分権化を進める手段としては、中央/連邦政府から地方政府への税源の委譲と、

NEM 補助金の増額の 2 つがある。両者は代替的に用いられており、税源の委譲の不十分な 国がNEM補助金によって地方政府の支出決定の自律性を担保する傾向がある。

(4) したがって、税源の委譲に注目した税収の分権化指標に比べて、NEM 補助金を考慮した支 出の分権化指標では各国間の評価の差が縮小する傾向がある。税源のみに着目した収入サイ ドの分権化は、支出サイドの分権化と密接に関連しているが、分けて考えるべきである。

(5) 支出の分権化指標で上位に位置する国々は、地方政府の自律性のほとんどを税源の委譲によ 0

10 20 30 40 50 60 70

LUX POR FRA CZE HUN ICL POL AUT NOR NED BEL FIN KOR AUS IRL SWE JPN SPA SUI DEN CAN

支出シェア 支出の分権化指標(EDec)

(%)

出所:OECD Fiscal Decentralization Database のデータ。

(注)支出シェアの順に並べている。

図表 支出シェアと支出の分権化指標

(6)

って担保しており、NEM 補助金の貢献はわずかである。このことは、本格的な支出の分権 化が、NEM補助金を通じてではなく)税収における地方政府の収入・支出両面にわたる裁 量権の拡大によってのみ実現されることを示唆している。

(6) 公式に連邦制を採用している国が、必ずしも支出サイドの分権化が進んでいるわけではない。

一方で、中央集権体制を採用している国には、連邦国家と同程度に支出の分権化が進んでい る国もある。法的な(de jure)連邦国家と事実上の(de facto)連邦国家とは、少なくとも財 政の分権化に関する限り完全には一致しない。

5 今後の展望

本研究の最終的な目的は、財政分権化の度合いと財政規律との関係を検証することである。今 回のフォーラムでは、その前提としての財政分権化の指標化について、現在までの試行錯誤の成 果を報告した。したがって次に行うべきは、ここで呈示した支出の分権化指標と財政規律の関係 を統計的に検証することである。

ところで、本研究は今のところ、公共財供給における中央/連邦政府と地方政府の関係を規定 する法的・制度的な側面は一切考慮せず、地方政府の支出が結果としてどうなされているかとい う点にのみ注目している。しかし、どの程度の決定権・裁量権が法的に認められているか、ある いは制度的に担保されているかという、いわば「潜在的な財政分権化」の度合いは、結果として 出てくる地方政府の意思決定に大いに影響すると考えられる。したがって、こうした制度的側面 も考慮に入れて分権化の度合いを測ることが、より精緻な検証には求められるだろう。

(7)

図表 支出シェアと支出の分権化指標

参照

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