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内田義郎

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長崎大学教養部紀要(人文科学篇) 第23巻 第2号 77‑91 (1983年1月)

"Poems by William Morris" についての覚え書

‑Walter Pater 研究‑

内田義郎

Notes on Walter Pater's

"Poems by William Morrisz"

Yoshiro UCHIDA

1872年11月2日、 33歳のWalter Paterは、出版社主Alexander Macmillan に宛てて、 「一両日中にあの論文集の結びになるエッセイをお送りしたいと思っ ています」l)と書く。 「あの論文集」とは、翌1873年2月に出版されることにな

るStudies in the History of the Renaissanceのことであり、その「結び になるエッセイ」とは、同書の、後に有名になる"Conclusion"のことである。

この時彼は、 5年前に書いた論文"Poems by William Morris"の後半約四 分の一にあたる部分に手を入れて、 「結びになるエッセイ」にあてようと決心す

る。

"Poems by William Morris'つま、 "Coleridge's Writings" ( 1866年1

剛、4) "Winckelmann" (1867年1月)5)と同様、季刊評論認Westminster

Reγiewに発表(1868年10月)された匿名書評論文である。前述のように、こ

の後半約四分の‑は、 5年後1873年のThe Renaissance出版の際、多少の

改変をうけて"Conclusion"として用いられた。が、さらに4年後の同書の第

二版(1877年)は"Conclusion"を削除した。さらに11年後の第三版(1888

午)で"Conclusion"は、削除と再録の理由を述べる脚注をつけ、 「些少の改

変」を加えて再録された。さらに5年後の、 Pater生前の最終版となる第四版

(1893年)は、 "Conclusion"に多少の修正を加えた。今日全集版で読むことが

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できるのは、この第四版のものである。6)

一方、"PoemsbyWilliamMorris"の残りの部分、つまり前半の約四分の

三にあたる部分は、21年後のAppreciations(1889)出版の際、多くの改変を 加え、"AestheticPoetry"と改題されて再録された。("AestheticPoetry"

と"Conclusion"の間にreprintされなかった一つのパラグラフがある。)が、

翌年の同書の第二版Pater生前の最終版‑で"AestheticPoetry'つま

削除され、したがって全集版からも洩れている。ただ、AlbertMordell編集 のSketchesandRev(1919)に"AestheticPoetry"として採録され

ている。7)Mordellの序文にはWestminsterReγiewへの言及があるが、こ れはAppreciations初版のもののreprintである。

このような事情のため、今日の読者は、"PoemsbyWilliamMorris"を、

前半の四分の三はSketchesandReγiewsの"AestheticPoetry"で、後半

の四分の‑は全集版の"Conclusion"で読んでいる。つまり、それぞれにかな り改変された前半と後半を、両者を論理的に結びつける役割をもったパラグラ フを欠いた形で、読んでいるのである。その結果、Morris論の原形は捉えに くいものになっている。

が、近年、SamuelWright編集のABibliographyoftheWritingsof WalterH.Pater(1975)*が"AestheticPoetry"の、DonaldL.Hill校訂 のTheRenaissance;StudiesinArtandPoetry(1980)が"Conclusion"

の、詳細射交合を提供するにいたり、またこれまでreprintされることがなか った繋ぎのパラグラフも後者で読むことができるようになった。"Poemsby WilliamMorris"の原形がようやく捉えられるようになったのである。そし て、Morris論の原形が明らかになるとともに、これまでの通説を修正するこ とが必要になったのである。

Paterは、生前、自己の著作についての問い合わせに対して、著作リストを 提示して回答したことが何回かある。が、一度も"PoemsbyWilliamMorris を挙げていないTheRenaissance初版の時"Conclusion"前述のよう

に、それはMorris論の後半四分の‑である‑がひきおこした非難が彼を用 心深くさせたのであろうSamuelWrightによれば、BodleianLibrary所 蔵のPater自筆の履歴書からも"PoemsbyWilliamMorris"は欠落してい るという10)‑p

5raterの死後、遺稿管理人CharlesL.ShadwellがMiscellaneous

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"Poems by William Morris"についての覚え書79

Studies (1895)につけたPater著作年表も、 1868年に対しては"Aesthetic Poetry. Written in 1868. First published 1889 in Appreciations."ll)と 記載しているだけで、 "Poems byWilliam Morris"にもWestminster Review にも言及していない。 Shadwell編の著作年表の遺漏を補ったFerris Greenslet 編の著作年表も、この項に関してはShadwellの記載を写しているにすぎな

い12)

Shadwellの年表は半世紀以上にわたって信じられた。そのため次のような 伝説が生まれた。 Paterは、 1868年に"Aesthetic Poetry"と題する論文を書 いた。が、公表をためらい、 1889年Appreciationsに収めるまで21年の長きに わたって、この論文を原稿のまま匡底に秘めつづけ、いったん公表したものの 翌1890年の第二版で再び‑そして永久に‑削除した、という伝説である。

この伝説は、近年にいたってようやく訂正された。が、その代りに、新たな 誤解が生まれた。今度は、 Paterが1868年に"Aesthetic Poetry"を内容と するMorris諭を発表した、という誤解である。 Paterは、 1868年という早い 年代にWestminster ReγiewのMorris論において、 「唯美詩」及至は「唯 美主義」のmanifestoを発表した、とされるのである。後年の改題である

"Aesthetic Poetry"という名称とそれが呼び起こす連想を21年前の現実に読 み込もうとしているのである。

1868年の"Poems by William Morris"は、 Morrisの三冊の詩集、 The

Defence of Gueneγere and Other Poems (1858)、 The Life and Death of

Jason: aPoem (1867)、およびThe Earthly Paradise : a Poem (1868)に 対する書評という体裁をとっている。が、この論文におけるPaterの最大の関心 は、現代文学、いや現代文化(‑教養)において、ギリシア的要素と中世的要素 が占めるべき役割にある。この関心において、 Morris論は前年のWinckelmann 論、特にGoetheのギリシア精神を論じたその第三部13)に直接つながっている。こ の観点からPaterはMorrisの詩を検討し、三段階の変化に注目する。 Morris の詩風は、

(1) The Defence of Gueneγere and Other Poemsの中値精神から、

(2) The Life and Death ofJasonのギリシア精神を経て、

(3) The Earthly Paradiseにおける中世精神とギリシア精神の融合(た だし、後者が支配的要素)

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という三つの段階をたどって変遷している、とPaterは言う。この変遷は、後 で詳しくみるように、必然的に価値の増大を含んでいる発展なのである14)

PaterがMorris論で中世精神のsomnambulismのせ界を、その「夢想、

幻覚、錯乱」15)の美を、 aesthetic poetryの名称で讃美したと説く人がいる。

これが誤読であることは、上述のPaterの論旨からして明らかであろう。こ のような誤解が生じたのにはいくつかの原因が老えられる。まず、全体として 反中性的なこの論文に見られるPaterの中性精神の美に対する一種の同情が、

讃美と読み誤られたためであろう。また、後年この論文が"AestheticPoetry"

と改題されたばかりでなく、 Morrisの詩風の三段階がいずれも" aesthetic poetryと呼ばれることになったために、上述の論旨がそれだけ不明瞭になっ たことも手伝っているであろう。

が、ともかく、 Paterは、中世精神の「夢想、幻覚、錯乱」の世界を讃美し ようとしたのではない。むしろ、 Jasonの「ひとびとが幼年時代を復活させる 安らかを眠りを眠り、 GalahadやGuenevereの夢ならぬ、古代ギリシア世界 におけるように幸福な、子供らしい驚異に満ちた夢を夢みる」16)世界を讃美し ようとしたのである。いや、それ以上に、 「The Earthly Paradiseの主要モ チーフをなす、中世の悲しみを背景にしたギリシア精神の優美」17)を賛仰しよ

うとしたのである。

このMorris詩風の三段階で思い起こされるのは、もう一つの三段階Pater 自身の教養理想の三段階‑であろう。 Paterの教養理想は、 (1) "Coleridge's Writings"執筆前の一時期(1864年よりも前)、 (2) "Coleridge's Writings"

執筆の時期(1864‑65年)、 (3) "Winckelmann"第三部の執筆の時期(1866 午)という三つの時期に、

(1)ロマンテイク精神の教養‑Coleridge的教養、

(2)ギリシア精神の教養‑Winckelmann的教養、

(3)ロマンテイク精神とギリシア精神の融合(ただし、後者が支配的要素)

‑Goethe的教養

という三つの段階をたどって発展した、と推測されうるのである。18)

二つの三段階を比べれば、 PaterがMorrisの詩風の変遷のうちに、彼自 身の教養理想の変遷‑その弁証法的発展‑を見ようとしていることは明ら かであろう。が、それだけではない。この詩風の変遷は、 Morrisという一人 の詩人の生涯を超えて、 「一つの推移過程を‑現象形態は多様であるけれど も、人間精神の発展という一つの大法則に由来する推移過程を‑明らかにし

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"Poems by William Morris"についての覚え書81

ているのであって、いわゆるルネサンスも、同じ推移過程の一つの最高事例に 他ならない」19)とPaterは言うのである。ここでPaterは、今後ルネサンスの 研究に向かうことをいわば予告している。が、現在の論点にとってより重要な ことは、ここで彼がMorris論執筆の‑そしてやがて始まることになるルネ サンス研究の‑動機を明らかにしていることである。つまり、 Paterは、Morris の詩風の変遷のうちに、またルネサンスの展開のうちに‑いや、実は、彼自 身の教養理想の変遷のうちに‑ 「人間精神の発展という一大法則」を、歴史 の弁証法を見ようとしているのである。

「自己教養」の追求は、いかに激しい熱意をこめてなされようとも、."hard, jemlike flame"20)がいかに燃えようとも、畢竟、私的ないとなみである。魂 が夢みる密かな、孤独な夢にすぎない。 Paterは、この本質的に孤独ないとな みを自己のうちに維持し、鼓舞し、強化するために‑「絶えず激しい、宝石 のような焔をもって燃え」21)んがために‑人類史の弁証法という宇宙大の法 則によってこの孤独ないとなみを支えようとしているのである。そしてこれが、

PaterをMorris論の執筆に駆りたてた動機なのであり、またルネサンスの研 究に向かわせた動機なのである。

1872年の秋、 Paterは、これまでに書きためたルネサンス研究の論文を一冊 の本にまとめて出版する計画を立てる。その時彼は、その論文集をしめくくる

「結論」として4年前のMorris論の結びを再び活用しようと決心する。それ は、 Pater自身にとって、けっして単なる思い付きではなかったはずである。

Morris論の、後に"Aesthetic Poetry"として再録された部分は、 The Earthly Paradiseの「中世の悲しみを背景にしたギリシア精神の優美」を讃 美するパラグラフで終っている。その後に、 "Conclusion"として再録された 部分が続くのであるが、実は、その間にいずれにも再録されなかった一つのパ

ラグラフがある。それは次のように始まる。

これらの新しい詩(these new poems)は、異教精神(pagan spirit の一つの特徴をはっきり現わしている。すなわち、いのちの短さが、ある

いは哀愁を湛え、あるいは熱情をこめて、絶え間なく暗示されているとい う特徴である。このいのちの短さは、人の世の華やかさと対照されていて、

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それに新しい魅惑をそえている。死の意識と美の欲求、死の意識によって 強められた美の欲求という魅惑を。22)

実は、ここまでは"Aesthetic Poetry'つこも再録されているのである。が、

そこでは、 「これらの新しい詩」が「唯美詩」 ("the aesthetic poetry")と書き 改められている。そのため、 「唯美詩」とは、 Morrisの詩全体を指すと解釈さ れうるのであり、実際そう解釈されている。が、 1868年の原Morris論におい ては、コンテキストから、 「これらの新しい詩」が、特にThe Earthly Paradise によって代表されるMorrisの新しい詩、第三段階の詩、 「ギT)シア精神の優 美」と「中世の悲しみ」を兼ね備えた詩を指すことは明らかである。それに、

The Defence of Gueneγereはすでに10年前に出版されていたのに対して、 The Earthly Paradiseは、この年(1868年)に出版されたばかりで、文字通り「新 しい詩」だったのである。つまり、 Paterは、 The Earthly Paradiseにおける、

中世精神とギリシア精神の融合である「新しい詩」について論じているのであ り、間接的には、彼自身が到達した教養理想の「新しい」境地である、ロマン テイク精神とギリシア精神の融合について論じているのである。そして、 Pater が「死の意識によって強められた美の欲求」と言うとき、これはMorrisの詩 の特徴であるばかりでなく、彼自身の教養理想の特徴でもあることに気付くの である。

ここまで論じてきたPaterは、突然、読者の反論を予想する。

時代おくれ(Aiこのような詩の欠陥がここにはっきり現われて いる。現代世界は、さまざまの真(truths)を所有するにいたっている。

芸術的な形式美を目的自体とみなし、これらの真やそれと関わりのある生 ける人間の関心事を等閑に附し、異教の物語の焼き直しに腐心するが如き 詩に対して、現代世界はただ欄笑をもって答えうるのみ。23)

「其」にもとづく「詩への熱情」、24) 「美への欲求」25)への反論である。

この挑戦にPaterは応ずる。

では、挑戦に応じよう。そして真正の現代哲学が、人生について、人生に おいて到達されうる真について、また真と美への欲求との関係について、

実際に何を語るかに耳を傾けてみよう。26)

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̀̀Poems by William Morris"についての覚え書83

Paterは、 「真」にもとづく「詩への熱情」、 「美への欲求」への反論に、同じく

「真」にもとづいて再反論しようと言うのである。そして"Conclusion"とし て再録される文章が続く。つまり、後に有名になるあの文章の意図は、 「真」

が、世間一般の予想とは反対に、 「詩への熱情」、 「美への欲求」を正当化する ことを示すことにあったのである。

The Renaissanceの初版が現われた時、 John MorleyはFortnightly Review に"Mr. Pater's Essays"と題する好意的な書評を書いた。そのなかで彼は PaterをRuskin、 Raphael前派の人びと、 Swinburne、 Morrisとともに、

「美を愛好する人びと」(aesthetic spirits)に数えている。そしてMorleyは、

これらの「美を愛好する人びとが、 J. S. MillのLogicによって陶冶された、

科学(science)を信奉する人びとに対する反動として出現した」と書いてい る。27)後で見るように、 Pater自身には、このような反動はあてはまらないの であるが、 Morleyのような見かたは、彼だけのものでなく、当時の知識人の 多くに共通の見かただったと思われる。

前述の反論(「時代おくれ!一一」)でPaterは、 「真」の追求を第一義とす るMill派の人びとの「詩への熱情」、 「美への欲求」への反論を想定したので ある。そして、それへの再反論である、後に"Conclusion"として再録される 文章の意図は、 Mill派の人びとの「其」、つまりイギリス経験論哲学が、世間 一般の予想に反して、 「詩への熱情」、 「美への欲求」を正当化することを示すこ

とにあったのである。

後に"Conclusion"として再録されることになる文章は、六つのパラグラフ ("Conclusion"では、短い第三パラグラフが省略されているので五つのパラグ ラフ)からなる、極度に圧縮された、詩的な文章である。最初の文、

あらゆる事物、および事物の原理を変転つねなき形態あるいは様式とみ なすことは、いよいよ現代思想(modern thought)の傾向となってきてい る。28)

においてPaterが「現代思想」という言葉で意味しているのは、再録されなか

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ったパラグラフの「真正の現代哲学」と同じく、現代経験論思想のことである。

より具体的に言えば、 「肉体的生命」を考察する第一パラグラフでは、当時の 科学哲学的思想であり、 「思想・感情の内的な世界」を考察する第二パラグラ フでは、 Locke、 Berkeley、 HumeからJ. S. Millにいたる経験論哲学の認 識論である。

第一パラグラフでPaterは、おそらくHerbert Spencerによって、当時 の科学的自然観を述べる。291人間の肉体的生命は、自然界のすべての現象とお をじく、諸元素の絶えざる集合・離散にすぎないと説く。

われわれの周囲はるか遠くまで、これらの〔われわれの肉体的生命を構成 する〕元素は散在し、いくたの潮流をなして経めぐっている。人間の誕生 や、行動や、死や、墓地から董の花が咲きでるということは、これらの元 素の無数の結びつきから生じる現象のわずか射列にすぎない。301

肉体的生命は流転してとどまることがないのである。

第二パラグラフでは、対象的世界の認識がBerkeley‑Hume的な認識論によ って分析される。あらゆる認識は、 「孤立した個人がいだく印象」に還元されて

しまう。

すでに一群の印象に還元された経験は、われわれの一人‑人にとって、個 性という厚い壁に囲まれていて、この壁を貫いて、いかなる実在の声もわ れわれのところに届いたことはなく、また逆にわれわれの方から、外部に 存在すると憶測することしかできない憧界に届いたこともない。これらの 印象は、すべて、孤立した個人がいだく印象であって、各人は、独房にあ る同人のように、それぞれ独自の世界を夢み続けている。31)

独在論の憧界である。

分析はさらに進んで、自我の恒常性を否認する。

この流動、すなわち、印象と心像と感覚の推移と崩壊に達して‑われわ れ自身の絶え間のない消滅、われわれ自身を織ってはほぐす、永久に繰り 返される奇異ないとなみに達して‑分析は終る。32)

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"Poems by William Morris"についての覚え吾85

自我も、肉体的生命と同様、流転してとどまることがないのである。

続く、短い第三パラグラフ(ただし"Conclusion"では削除)で、 Paterは、

第一一、第二パラグラフを要約して言う。

このような思索は、寂家の感を募らせるように思える。時としては、生 のあらゆる悲痛がこれにこめられているように思える。このような思索か らおのずと浮かんでくるのは、引き潮に流されて砂洲の彼方まで運ばれた 人‑その肉体を構成する諸元素がその結合を新たにしつつある間、みず からの肉体すらも失ってゆく人‑のイメジである。おのが身を救わんと 懸命にもがきつつ、彼は時々刻々おのが身を失いゆく。33)

第一、第二パラグラフの思索は、肉体的生命の流転も、独在論的他界も、自 我の恒常性・持続性の否定も、すべて、この孤独、寂家、悲痛の感をもりあげ

るため、この死の意識が遍在する雰囲気を設定するためだったのである。

そして、突如として、この死の意識が遍在する世界のなかから、死の雰囲気 によって強められつつ、死の雰囲気を雄々しく打ち破るように、鋭い「美」の 歓喜の叫びが三パラグラフにわたって鳴り響く。 Morris論は、読者の心理的 反応を計算し尽した文章なのである。

一一一時々刻々、手や顔がある完全な形を獲得し、山や海のある色調が他 にまさって美しくなり、熱情や直観や知的感激から生まれるある情調が抗 し難いほどありありとした魅力を呈して迫ってくる。それもただその瞬間 のことにすぎない。 〔人生の〕目的は、経験の果実ではなく、経験自体で ある。この多様な、劇的な人生を昧うべく与えられているのは、ある定め られた数の脈博が打つ時間にすぎない。この短い時間のうちに、最も鋭い 感覚が捉えうるすべてを捉えんがためには、どうすればいいのだろうか?

いかにすれば、点から点へと最も迅速に移動し、最大多数の生命力がその 最も純粋な力で結集している焦点につねに身を置くことができるのだろう か?‑‑‑‑われわれの周囲の人びとにある情熱的な姿勢が現われるのを、

時々刻々排別せず、また彼らの天賦の才が燦然と輝くそのさなかに、すで に力の悲劇的な分解が進行しているのを看取しないのは、霜と日光の相争

う短い一日に、夕べを待たずして眠りにつくにひとしい。 ‑‑‑‑この激し い生命感をわれわれに与えてくれるのは、愛の快惚と悲しみ、私心の有無

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はともかく、われわれが自然に経験するさまざまな熱中せる活動など、大 いなる熱情であろう。ただ、それが真の熱情であるかどうかに‑それが この激しい、豊かな生命の意識をわれわれにもたらすかどうかに‑注意 せねばならぬ。これを識別する叡智を最も多くそなえているのは、詩への 熱情、美への欲求、芸術を芸術のために愛する心(the poetic passion, the desire of beauty, the love of art for art's sake)である。何故な

ら、芸術は、率直にこう明言してくれるからである‑過ぎ行く瞬間に最 高の価値のみを与えよう、しかも、その瞬間のためだけに与えようと34)

これは、 「芸術を芸術のために愛する心」35)というよく引用される句を含むに もかかわらず、 「芸術のための芸術」の信仰告白ではない。芸術観の表明と見る ならば、これは「人生のための芸術」を告白していることになる。ある特殊な 着想にもとづく道徳のために、芸術が価値をもつということを主張しているこ とになる。が、これは、何よりもまず、人生観の告白である。 Paterが、死の 意識を強調する舞台装置を用いて、強烈に表現しようとしているのは、美の経 験による生の充足を最高の理想とする人生観、 R.V.Johnsonの言う「観照 的唯美主義」 contemplative aestheticism)36)なのである。あるいは、 Pater 自身の言葉で言えば、 「最高の芸術的人生観」 (the supreme, artistic view of life)37)なのである。

そして、 Pater自身の意図に関して言えば、経験論哲学の「真」‑肉体的 生命の流転、独在論的世界、自我の恒常性・持続性の否定‑は、死の意識が 支配する雰囲気を設定することによって、 「詩への熱情」、 「美への欲求」を心 理的に(論理的にではなく)正当化している、と言ってよいであろう。

Morris論の一年前、 Paterは、もう一つの匿名書評論文"Winckelmann"

の末尾で、 Goetheのギリシア精神を解説することによって、 「自己教養」の

‑つまり自我を正しく形成するための‑基本設計図を示していた。

教養の生活をこころざすあらゆる人は、教養のいろいろな形態を兄いだす。

‑これら‑天賦の種々さまざまな形態‑は、教養の生活をこころざ す人々に対して、それぞれその権利を要求する。が、この人々が真になす べきことは、このような権利〔の大小〕の比較考量にあるのではない。ま

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"Poems by William Morris"についての覚え書87

た、自己教養の其の本能は、このような天賦のさまざまな形態が与えうる いっさいを収穫しようと欲するのでもない。この本能は、これらの天賦の 形態によってみずからの力を行使しようと欲するのである。知性は、みず からの活動を感知することを要求する。知性は、教養のあらゆる細分され た形態の法則、作用、知的報酬を洞察し射すればならない。知性は、これ らの教養の形態と取り組んで苦闘する。ついにそのおのおのからその秘密 をかちとるまで苦闘する。が、ひとたび秘密をかちとれば、知性は最高の 芸術的人生観に立って、それぞれの教養の形態をその帰すべきところに帰 せしめる。38)

同じ「自己教養」を説く文章ではあるが、 Winckelmann論のそれとMorris論 のそれは、大きく相異している。問題は、この相異をどう考えるべきかという ことである。

Winckelmann論では、 Paterは、 「自己教養」を正面から論じている。そし て、当然のことながら、自我の持続性を認めている。したがって、 「自己教養」

は、自我が、変様と離脱を繰り返しながら、不断に生成をつづける時間的過程 として述べられている。他方、 Morris論では、 Paterの関心は、 「自己教養」

の過程の‑局面である「詩への熱情」、 「美への欲求」の擁護に集中している。

「詩への熱情」、 「美への欲求」を効果的に強調するため、 Paterは、 Humeに ならって、自我の持続性をほとんど完全に否定して、死の意識が支配する舞台 装置を設定している。ここでは、自我は、時間的過程のなかで生成をつづける

のではなく、瞬間のうちに全生命を燃焼し尽すのである。

「自己教養」は、自我の可変性とともにその持続性を前提条件とするのだか ら、 「自己教養」論としては、 Winckelmann論の末尾の方が正しいと言わなけ ればならない。 Morris論の末尾は、 「自己教養」過程の‑局面を、他の局面か ら切り離して強調しすぎているのである。実際、 Morris論の末尾は、文字通 りに読めば、 「自己教養」よりも、むしろ瞬間的・感覚的快楽主義を唱道して いるかに見えるのである。おそらく、これは、文字通りに読むべき文章ではな く、詩的魅力を感ずればそれで足るとすべき文章なのであろう。

目的は、経験の果実ではなく、経験自体である。

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内田義郎

芸術は、率直にこう明言してくれる‑過ぎ行く瞬間に最高の価値のみを 与えよう、しかも、その瞬間のためだけに与えようと。

Paterが匿名書評の末尾にこう書きつけた時、これらの言葉は、何よりもま ず、自己自身への励ましの言葉であっただろう。 「自己教養」の追求という本質 的に孤独ないとなみを自己のうちに維持し、鼓舞し、強化するための、いわば、

自己自身への徴文、あるいは自己自身への呪文であっただろう。

が、 5年後、これらの言葉が公刊された本The Renaissanceの"Conclusion として再録された時、それは必然的にmanifestoの性質を帯びることになっ た。自己自身への励ましの言葉、自己の潜在的能力を目覚まさせ、奮い立たせ ることを唯一の目的とする言葉が、他者への伝達の言葉、他者との間に共通の 理解を打ち立てることを目的とする言葉になったのである。 "Conclusion"に おけるPaterの失敗は、自己自身への言葉をそのまま他者への言葉として発 表したことにあった、と言ってよいであろう。

Paterは、 The Renaissanceの第三版(1888年)で、第二版(1877年)で 削除していた"Conclusion"を再録(Me論から数えれば再々録)する。

その時、彼は、 「ここで暗示されている思想を、私はMarius the Epicureanで もっと詳しく論じておいた。」39)という注をつける。そのMarius the Epicurean (1885)で(特にその第八章と第九章で) Paterがしたのは、かつての自己自身 への言葉の、他者への言葉への番飛訳だったと言ってよいであろう。例えば、こ のセクションの冒頭に掲げた二つの自己自身への言葉は、 12年後、それぞれ次 のような他者への言葉に番飛訳されるのである。

快楽ではなく、生の全般的完成が、この反形而上学的形而上学が真に目指 した実践的理想であった。40)

このような〔広い、完全な〕教育‑感覚を通してわれわれに快い影響を 及ぼす事物の面を大いに重視する、今日の言葉で言えば「美的」教育("aes‑

thetic" education)においては、芸術、もちろん、すぐれた類の文学 を含む芸術が大きな役割を演ずることになるであろう。 ‑‑・いや、それば かりではない。想像力の所産である芸術作品は、それ自体、生の最も完全 な形式を‑ともに最も純粋な、最も完全か状態にある精神と物質を‑

熱情的な観照の最も適切な対象を提示している、と考えかすればならない。41)

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̀̀Poems by William Morris"についての覚え書89

1) Lawrence Evans, ed., Letters of Walter Pater (London: Oxford University Press, 1970), p. 9.

2)以下においては、これをThe Renaissanceと略記する。なお、この初版の表題は第 二版(1877年)でThe Renaissance: Studies in Art and Poetryと改められた。

3) "Poems by William Morris," Westminster Review, xc (October 1868), 300

‑12.

4) "Coleridge's Writings," Westminster Review, lxxxv (January 1866), 106‑

32.

5) "Winckelmann," Westminster Review, lxxxvii (January 1867), 80‑110.

6) Walter Pater, "Conclusion", The Renaissance : Studies in Art and Poetry (London: Macmillan, 1910), pp. 233‑39.

7) Walter Pater, "Aesthetic Poetry", Sketches and Reviews, ed. Albert Mordell (New York: Boni and Liveright, 1919), pp. 1‑19.

Samuel Wright, ed., A Bibliography of the Writings of Walter H.Pater (New York: Garland, 1975).

9) Walter Pater, The Renaissance: Studies in Art and Poetry: The 1893 Text, ed. Donald L. Hill (Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 1980).

10) Wright, A Bibliography, p. 164.

ll) Walter Pater, Miscellaneous Studies (London: Macmillan, 1910), p. 2.

12) Ferris Greenslet, Walter Pater (London: Heinemann, 1903), p. 153.

13) The Renaissance, ed. Hill, pp. 179‑85.全集版では、 The Renaissance, pp.

224‑32.

14) DeLauraが指摘するように、 "Poems by William Morris"にはArnoldの反中世 的な"Dante and Beatrice"の影響が認められるPaterは、中性に万感の同情を注

ぎながらも、 Arnoldの反中世を受け継ぎ、新たに弁証法的綜合を加えることによってこ れを修正した、と言ってよい。 cf. David J. DeLaura, Hebrew and Hellene in

Victorian England : Newman, Arnold, and Pater (Austin: University of Texas Press, 1969), p. 224; Matthew Arnold, "Dante and Beatrice", Complete Prose Works, ed. R. H. Super (Ann Arbor; University of Michigan Press,

1962), ID, 3‑ll.

15) Sketches and Reviews, p. 7.

16) 76id., p.13.

17) Ibid., p.18.

18) Paterの教養理想の発展の詳細については、次の(私の)論文を参照していただきた い: ‑「Paterの"Winckelmann"における「教養」の問題(2)」長崎大学教養部紀要

(14)

90

内田義郎

人文科学第6巻(1977)、 pp.59‑70.

19) Sketches and Reviews, p. 12.

20) The Renaissance, ed. Hill, p. 189.

21) Ibid.

22) Ibid., p.272.

23) Ibid.

24) Ibid., p.190.

25) Ibid.

26) Ibid., p.272.

27) R. M. Seiler, ed., Walter Pater : The Critical Heritage (London:Routledge, 1980), p. 69.

28) The Renaissance, ed. Hill, p. 186.

29) Paterの自然観がHerbert SpencerがFirst Principles (1862)で提示してい る自然観に酷似していることについては、 Ruth C. ChildおよびPeter Allan Dale の指摘がある。 Cf. Ruth C. Child, The Aesthetic ofWalter Pater (New York Wellesley College, 1940), p. 86; Peter Allan Dale, The Victorian Critic and the Idea of History (Cambridge, Massachusetts: Harvard University Press

1977), pp. 211‑13.

30) The Renaissance, ed. Hill, p. 186.

31) Ibid., p.187.

32) 76id., p‑188.

33) 76id., p.273.

34) 76id., PP. 188‑90.

35) 「芸術を芸術のために愛する心」 (the love of art for art's sake)という"Poems by William Morris" (1868年)の句は、 The Renaissanceの初版(1873年)および 第三版(1888年)でもそのまま用いられたが、第四版(1893年)で「芸術をそれ自体の ために愛する心」 (the 一ove of art for its own sake)と修正され、全集版(1910年) に及んでいる。 Samuel Wrightは、 "art for art's sake'という有名な句は1893年に はすでに「不快な、不穏な響き」をもつにいたっていたとし、この修正にPaterの

「臆病な態度」を認めている。しかし、 Donald L. Hillが指摘するように、 Paterは、

1878年発表のLamb論ですでにこの有名な句を言い換えている。 "In the making of prose he 〔Lamb〕 realises the principle of art for its own sake, as com‑

pletely as Keats in the making of verse'"Charles Lamb", Appreciations (London: Macmillan, 1910), p. 109. Cf. Wright, A Bibliography, p. 170; The Renaissance, ed. Hill, p. 457.

36) R. V. Johnson, Aestheticism (London: Methuen, 1969), p. 12.

37) The Renaissance, ed. Hill, p. 183.

38) Ibid.

(15)

"Poems by William Morris"についての覚え書91

39) Ibid., p.186.

40) Walter Pater, Marius The Epicurean : His Sensations and Ideas, Vol. I (London: Macmillan, 1910), p. 142.

41) Ibid., p.147.

(昭和57年7月23日受理)

参照

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